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ステンレス鋼の外面応力腐食割れに対する MDK検査技術の適用評価
ステンレス鋼の外面応力腐食割れに対する MDK検査技術の適用評価 長谷川 勝宣 要旨 保温付きのオーステナイト系ステンレス鋼製の機器や配管は、その外表面での応 力腐食割れ(ESCC)が問題となることがある。近年は ESCC が顕在化する設備が 増加傾向にあり、その検査に多大な時間とコストを要している。そこで、検査効率 を改善するために、従来から適用されてきた浸透探傷検査(PT)に代えて、渦流探 傷検査(ET)を適用する検討を行った。ET 検査機器としては、MDK 検査装置を選 定し、実機への適用試験を実施した。その結果、ET は PT に代わる技術として有効 である可能性が示された。 1 はじめに のが一般的であるが,検査効率に問題がある。 設備の経年化に伴い,保温材下の外面腐食 本報告では,オーステナイト系ステンレス鋼の (Corrosion Under Insulation; CUI)の問題が近年顕著 ESCC の検査に対し,従来から実施されていた浸透 になっている。CUI の中でも,オーステナイト系ス 探傷試験(PT)に代わる効率の高い検査技術として, テンレス鋼の保温配管・容器においては,外面応力 MDK(Magnetic Detector Kaisei)検査装置による渦 腐食割れ(External Stress Corrosion Cracking;ESCC) 流探傷試験(ET)を適用した事例を紹介する。 への対応が課題となっている。オーステナイト系ス テンレス鋼の ESCC は,主に金属温度 50~150℃の 2 ESCC の検査方法 範囲で運転されている配管・容器に発生する。ESCC 2.1 各種検査方法の比較 は目視での検出が困難であり,炭素鋼の全面腐食の 金属の表面割れを検出する検査方法としては,表 ように保温材を剥がしての目視検査のみでは対応で 1に示すようなものがあるが,これらの中で,オー きず,装置停止中に浸透探傷試験(PT)で対応する ステナイト系ステンレス鋼の ESCC に対しては,以 表1 金属の表面割れ検出に対する各種検査方法 下の理由により磁粉探傷(MT)と超音波探傷(UT) の適用価値が高い。図1には,PT と ET を ESCC 検 は適用困難である。 査に適用する場合の現場作業プロセスを示すが,ET (1) オーステナイト系ステンレス鋼は非磁性体 を使用すれば,従来の停止中の PT に代わる,運転 であるため,MT は適用できない (2)UT では,表面・表層や溶接部の割れに対し 中設備にも適用可能な効率の高い検査技術として期 待できる。 ては検出精度が劣る したがって,オーステナイト系ステンレス鋼の ESCC 検出には原理的に PT または ET を適用するこ とになるが,両者の特徴を以下に述べる。 2.2 ESCC 検出における PT と ET の比較 非磁性金属の表面割れ検査方法は PT または ET が 一般的であり,CUI に関する米国腐食技術者協会 (NACE)の規格1)でもオーステナイト系ステンレ ス鋼の ESCC には両検査手法が推奨されている。 2.2.1 PT 検査 図1 PT と ET の検査フローの比較 PT は原理的に割れによる表面開口を直接観察す るものであるため,検査対象の表面前処理を行い, しかし,プラント現場においては,ET は主に熱交 割れ部への検査液の浸透と現像が確実にできるよう チューブの腐食検査に適用されてきたが,ESCC へ にしなければならない。それに伴って,PT 検査にお の適用事例は乏しいのが現状である。その理由とし いては以下のような問題点がある。 ては,ET はセンサプローブ構造,試験条件(励磁電 (1)検査対象部全てに表面グラインダ掛け等の前 流の周波数等) , 検出信号の処理方法の組合せを検出 処理を行うことで多大な時間を要する。 対象によって変えなければならず,検査装置の設計 (2)前処理のグラインダ掛けは火気作業となるた に経験的な要素が大きく,試行錯誤を繰り返さなけ め,実質上運転中の検査はできない。 (3)停止中の検査結果で拡大検査範囲が増加した 場合,工程への影響が大きい。 すなわち,PT は検査効率が低い。ESCC は発生時 ればならないことが影響しているためと考えられる。 すなわち,上記のメリットを活かすことができる ET 検査装置は限られており,現場検査に適した仕様 の ET 検査機器を選定することが肝要である。 期や場所の予見が難しい上に,近年は特に発生事例 が増加しているため,設備停止期間中に PT 検査に 3 ET の基本原理と MDK 検査装置 より広範囲の設備を検査するための工程・コストの 3.1 ET の基本原理2) 負担が大きくなりつつある。 図2に ET の基本原理の概要を示す。 コイルに交流電流を流すと磁束が発生する。この 2.2.2 ET 検査 交流磁束が金属を貫くと,電磁誘導現象により金属 一方,ET では,検査前処理は表面清掃程度でよく, 表面に渦電流が発生する。金属表面の渦電流も磁界 検査もセンサプローブを走査させるだけのため,検 を発生させるので,その磁界による信号(起電力) 査効率が高い。火気作業であるグラインダ掛けが不 を検出することにより金属表面の情報が得られる。 要であることから,運転中に検査を行うこともでき 金属表面にキズがあると,渦電流に乱れが生じる る。そのため,PT に代わる効率的な検査方法として が,この乱れにより磁界も変化する。この変化を検 出することが ET の基本原理である。 3.2 MDK 検査装置 MDK 検査装置は,偕成エンジニア㈱社が特許を 保有する渦流探傷検査装置であり,従来の一般的な 渦流探傷機器と比較して検出感度が高い 3)~6)とされ ている。MDK 検査装置では,非検査物の情報を含 む信号を,検出コイルを介してロックインアンプに 図2 渦流探傷試験の基本原理 送り,パソコンでデータ処理する。 渦流探傷では,キズ信号以外にも被試験体の表面 図3に ET における電磁誘導による起電力変化を 形状が原因で生じるリフトオフなどのノイズ信号が 示す。交流電流を使用するため,起電力の時間変化 避けられない。従来の過流探傷ではノイズ信号とキ は正弦波となる。被検査物にキズがあると,その部 ズ信号の判別が問題になることが多かったが, 分は健全部と比較して,起電力が電圧の絶対値であ MDK 検査装置ではロックインアンプでのノイズ処 る振幅及び時間遅れである位相の変化となって現れ 理や,センサ設計と制御部の電子回路設計の工夫に る。これらのパラメータを検出することによってキ よりキズ信号を精度よく取出すことができる。 (尚, ズ情報が得られる。 MDK 検査装置の詳細な構造については非公開の部 分が多い。 ) 図4に MDK 検査装置の構成を示す。 (1) センサプローブ ペン型センサとボタン型センサの2種類がある。ペン 型センサは先端径が3mm程度の大きさであり,溶接部 近傍の検査や,割れ位置の詳細確認に適している。走 査時のリフトオフ調整およびガタツキ防止のために走 図3 渦流探傷における起電力変化 査冶具を付加することも可能である。ボタン型センサは ペン型センサと比較して広いエリアの走査が可能であ 今回は割れに対するこれらのパラメータを,従来 の渦流探傷装置と比較して感度よく検出できる可能 性がある装置として MDK 検査装置を選定した。 るため,スクリーニング検査用として使用される。 (2) 制御部 ロックインアンプ方式を採用しており,検出したキズを 位相成分と振幅成分の信号に変換する。また,キズ以 外のノイズ信号をフィルター処理する。 図4 MDK 検査装置の構成 (3) 表示部 ノート型 PC の画面上にキズ信号を検出波形として表 示する。 尚,実験室試験においては,実装置の ESCC 発生運 転温度での適用性も確認するために,試験片を 100℃ 後述の図5に ESCC の検出波形を示すが,プロー 以上に加温した状態でも検査を行った。 ブが割れの上を通過すると,ピークとして表示され 図5に実験室での検査結果の例を示す。図5では,2 る。制御部でのノイズキャンセル機能により,キズ つの SCC に対応した検出ピークがそれぞれ得られて のある部分以外はフラットな波形となるため,キズ いる。SCC 以外の部位はフラットな検出波形であり,容 の判別が容易である。 易に SCC を判別できた。今回対象とした全ての SCC に 従来の過流探傷検査装置ではリサージュ波形と呼 ばれるキズ表示方式を使用することが多く,その読 ついて MDK 検査装置でピークを検出し,ESCC への 適用可能性が確認できた。 み取りに熟練を要したが,MDK 検査装置では,キ 試験片を加温しても,室温と同様の結果が得られ ズ部は図5のような,ピーク波形として表示される たが,温度が 120℃以上でプローブのプラスチック ため,検査結果の読み取りに熟練を要しないことも カバーが溶け始めたため,加温は 120℃で打切りと 利点である。 した。しかし,プローブカバーの材質を変えること により,ESCC が発生する可能性の高い温度範囲で ある 150℃までは室温とほぼ同等の検出精度が得ら れると推定され,運転中設備への適用性があると考 えられる。 4.2 実機での適用試験 実験室で適用性が確認されたため,実際に運転中実 図5 実験室試験結果の例 機の ESCC 検査への適用確認を行った。 (1)適用対象 4 MDK 検査装置の ESCC への適用性評価 前述のような MDK 検査装置の特徴が実際に得ら れるかどうかを実験室と実機で検証した。 配管×4箇所 タンク屋根×3箇所 運転温度 40℃~105℃ (2)材質・サイズ 4.1 実験室試験 ① 配管 まずは実験室にて SCC を有したオーステナイト系ス テンレス鋼への適用試験を実施し,き裂検出能を確認 SUS304TP,3/4B~4B ② タンク SUS304,3B・20B ノズル周り (3)試験方法 した。以下に示す供試材を実験室試験に適用した。 ① 保温材の撤去 (1) 実験室での SCC 付加材(C-リング試験片) ② 検査対象部の表面付着物をブラシ,やすり 材質 : SUS304 で除去 サイズ : 径 8B×97 mm ×4 mm L t SCC サイズ : 10mm ,5mm L L (2) 実機切出し配管材(計4種類) 材質 : SUS304,SUS316L サイズ : 3/4B~8B SCC サイズ : 3~50mm 長さの単独割れ および密集した多数の割れ ③ MDK プローブを検査対象部の全面に渡っ て走査,検出ピークの有無を確認 ④ MDK 検査終了後,検査対象部位の全面に 渡って,PT による確認 ⑤ MDK によるキズ検出部位と PT によるキ ズ検出部位の整合性を確認 ①部の PT 指示模様 ①部の MDK 検出ピーク 図6 タンク屋根の MDK および PT 検査結果 図6には ESCC が検出されたタンクノズル周り 図7には,当該容器に PT と MDK をそれぞれ適 の検査結果の例を示す。MDK 検査装置により, 用した場合に見込まれる検査作業時間の比較を示し ESCC が密集していた部位①に対して,多数の検出 ているが,小型容器であっても検査時間の短縮効果 ピークが得られている。実機試験からは以下のよう は大きい。MDK 検査で ESCC が正確に判別できる な結果が得られた。 ようになれば,検査効率の改善効果が期待できる。 (a)MDK 検査でキズ波形を検出しない部位において は,PT でも指示模様は検出されなかった。 (b)MDK 検査で検出したキズに対しては、PT でも全 て指示模様を検出した。 (c)溶接冶具のグラインダー跡、浅い表面キズなどの 欠陥ではない軽微なキズに対しても MDK 検査で はキズ波形として検出した。 図7 MDK 検査を適用した場合の期待 (d)キズ以外の材質変化と考えられる部位についても 改善効果の例 MDK 検査では波形を検出した。 6 おわりに 現場試験の結果から,ESCC に対して,MDK 検査は 過流探傷は今までは主に熱交換器チューブの検査 少なくとも PT 並みの検出能があると判断されるが, に活用されてきた。しかし,今回の調査で検査装置と検 ESCC 以外のキズや材質変化と ESCC の判別が課題で 査条件の適切な選定を行えば,オーステナイト系ステ あることが分かった。一方で,このような特徴は ESCC ンレス鋼の ESCC に対しても適用可能性があると評価さ 以外の欠陥検査にも適用できる可能性があることを示 れた。運転中検査にも適用できることから,PT に代わる 唆しているとも言える。 効率的な検査手法としての価値は高い。検出精度を上 げるための課題は残されているが,実用化に向けて取 5 現在の取組み ESCC の判別精度を向上させるために,実機から 採取した ESCC を有した容器(内径 600mm,長さ 950mmT.L.~T.L.)を使用して,詳細な検査条件の設 定やセンサの改良検討などをに取組んでいる。 組んでいきたい。 参考文献 1) NACE Standard RP0198-1998 ,“The Control of Corrosion Under Thermal Insulation and Fireproof Materials – A Systems Approach ” , NACE International,Houston (1998) 2) 星川,“渦電流を利用した金属の非破壊試験”,ふ ぇらむ,9,(4),22,(2004) 3) (社)日本高圧力技術協会,“経年変化を考慮した 長期備蓄タンクの検査・保全技術に関する調査・ 研究委員会報告書”,3-87 (2001) 4) 小濱,小林,“多様な非破壊検査を進める共振型 磁気センサ の実用例”,計装,41,(9),73-76 (1998) 5) 小濱,大湯,“MDK 磁気センサシステムによる非 破壊検査”,検査技術,3,(5),22-29 (1998) 6)例えば,加藤他, “新型渦流センサを用いた材料 の劣化損傷程度の定量的評価” , 第 8 回神奈川 県非破壊試験技術交流会, 2003 年 11 月 12 日