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第2節 農業分野への影響と政府の対応(PDF:1927KB)

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第2節 農業分野への影響と政府の対応(PDF:1927KB)
第1部
第2節 農業分野への影響と政府の対応
(1)放射性物質による農畜産物・食品等への影響と対応
農林水産省は、国民に安全な食料を安定して供給するため、様々な取組を行っています。
東電福島第一原発の事故に起因する放射性物質による汚染は、大気や土壌だけでなく農
畜産物にも広がりました。
このため、事故の発生直後から、農林水産省は、緊急的な対応として各地の空間線量に
関する情報を収集・解析し、その結果に基づき、コーデックス委員会 1 ガイドライン値や
原子力安全委員会の指標値を超える濃度でヨウ素 131 を含む農産物があると推定しました。
また、農林水産省は安全な食料の供給のためには農畜産物の放射性物質の検査が不可欠
と考え、生産現場で円滑かつ迅速に検査が行われるよう関係県や生産者に対して、科学的
が、農業の現場を踏まえたものとなるよう、食品衛生法を所管する厚生労働省等に対して、
情報提供等の協力を行いました(図 31)。
図 31 食品の放射性物質に関する関係省庁等との連携
原子力災害対策本部
・食品中の放射性物質に関する暫定規制値の考え方
・食品の出荷制限・摂取制限の設定・解除
提示
指示
関係都道府県等
・食品中の放射性物質の検査計画の策定
・上記計画に基づく検査の実施
・食品の出荷制限・摂取制限の実施
支援
※ほかに、消費者庁・文
部 科 学 省も検 査 機 器
の整備への助成を実施
要請 ・支援
報告
厚生労働省
・食品中の放射性物質に関する暫定規制値の設定
・検査結果の情報集約・公表
・検査機器の整備への助成
農林水産省
・検査計画策定への助言
・検査機器の整備への助成
(消費・安全対策交付金)
・検査協力
連携
諮問
答申
食品安全委員会
・食品の検査の企画・
立案への協力
食品中の放射性
物質に関する食
品健康影響評価
資料:農林水産省作成
ア 食品の暫定規制値の設定等
(食品中の放射性物質の暫定規制値の設定)
東電福島第一原発の事故の発生以前は、国内で生産された食品中の放射性物質に関する
食品衛生法上の規制はありませんでした。平成 23(2011)年3月 17 日、厚生労働省は、
原子力安全委員会が示していた放射性物質の飲食物摂取制限に関する指標値を食品衛生法
上の暫定規制値として設定しました(表9)。
1 消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を目的として、昭和 38(1963)年に FAO 及び WHO により設置
された国際的な政府間機関。国際食品規格の策定等を行っている。我が国は昭和 41(1966)年から加盟
53
特集2
根拠に基づく助言や、資金的な支援を行ってきました。さらに、検査や出荷制限等の措置
第2節 農業分野への影響と政府の対応
表9 食品中の放射性物質の暫定規制値(放射性ヨウ素、放射性セシウムのみ抜粋)
核 種
暫定規制値(ベクレル /kg)
飲料水
放射性ヨウ素
(混合核種の
代表核種:131Ⅰ)
牛乳・乳製品 ※
野菜類(根菜、芋類を除く)
魚介類
飲料水
牛乳・乳製品
放射性セシウム
300
2,000
200
野菜類
穀類
500
肉・卵・魚・その他
資料:厚生労働省資料を基に農林水産省で作成
※:100 ベクレル /kg を超えるものは、乳児用調整粉乳及び直接飲
用に供する乳に使用しないよう指導
(農畜産物等に含まれる放射性物質の検査の方法等)
食品中の放射性物質の暫定規制値の設定を受け、福島県をはじめとする複数の県等が、厚
生労働省が定めたマニュアル 1 を基に、農畜産物等に含まれる放射性物質濃度の検査を開始
しました。
その際、農林水産省は、関係県に対し、ほ場における試料採取の方法等に関する科学的助
言や、検査データの解析と検査計画策定への助言等といった多岐にわたる支援を行いました。
また、地方公共団体等の検査機器整備を支援するとともに、民間検査機関を紹介し、検査費
用を支援したほか、関係独立行政法人でも検査機器を整備して地方公共団体からの依頼に対
応しました。
さらに、農林水産省は、12 月に、地方公共団体等の検査担当者等を対象として、放射性物
質の分析に関する基礎知識や検査に使用する簡易機器 2 を活用する際の留意点等をまとめた
資料 3 と、放射性物質の測定結果を適切に評価するための基礎的な参考資料 4 を作成しました。
(検査計画、出荷制限・摂取制限の設定・解除の考え方)
都道府県が開始した農畜産物等の検査の結果、平成 23(2011)年3月 19 日に一部地域
のほうれんそう、原乳等から、食品中の放射性物質の暫定規制値(500 ベクレル /kg)を超
える放射性物質が検出されました。これを踏まえ、原子力災害対策本部長(内閣総理大臣)
は関係県知事に対し、特定の農畜産物等の出荷や摂取を制限するよう指示しました 5。
また、4月4日には、それまでの検査の実績やその時点の知見に基づき、原子力災害対
策本部が「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」を取りまとめまし
た。この「考え方」は、策定当初、事故直後の放射性物質(特に放射性ヨウ素)の降下に
よる影響を受けやすい食品に重点を置いた内容でしたが、その後、6月 27 日に、放射性
セシウムの影響及び国民の食品摂取の実態等を踏まえたものに充実するための改正が行わ
1 厚生労働省「緊急時における食品の放射能測定マニュアル」
(平成 14(2002)年3月)
2 放射性物質の検査機器には、精密測定に用いられるゲルマニウム半導体検出器や簡易測定に用いられる NaI(TI)シ
ンチレーションスペクトロメータがある。このうち、NaI(TI)シンチレーションスペクトロメータは飲料水や乳・
乳製品を除く食品全般の放射性物質について、ゲルマニウム半導体検出器を使って精密検査を行う必要があるかない
かを判断するための簡易検査に公的に使用することが可能
3 「放射性物質の分析について」
4 「NaI(TI)シンチレーションスペクトロメータを用いて測定した結果を適切に評価するために(初心者編)」
5 出荷制限、摂取制限の指示の状況については、第2節(1)
「農畜産物等の出荷制限等の現況」に記載
54
また、牛肉から暫定規制値を超える放射性セシウムが検出されたことや、米の収穫時期
第1部
れました。
を迎えることから、8月4日には、牛肉と米に関する検査等の考え方を追加する改正が行
われました。
イ 食品中の放射性物質の新たな基準値等の設定
(食品安全委員会による食品健康影響評価)
平成 23(2011)年3月 17 日に厚生労働省が定めた食品中の放射性物質の暫定規制値は、
東電福島第一原発の事故を受け緊急を要する中で、食品安全委員会の食品健康影響評価を
受けずに定めたものでした。このため、3月 20 日、厚生労働省は、食品安全委員会に対
し、食品中の放射性物質について指標値を定めることにかかる食品健康影響評価を要請し
暫定規制値の前提としている線量の値はかなり安全側に立っているなどとする内容の緊急
取りまとめを行いました。
その後、食品安全委員会は、 食品健康影響評価を継続し、10 月 27 日、「放射線による
影響が見いだされているのは、通常の一般生活において受ける放射線量を除いた生涯にお
ける累積の実効線量として、 おおよそ 100 ミリシーベルト以上」 等とする評価結果をと
りまとめ、厚生労働大臣に答申しました(図 32)。
図 32 食品健康影響評価の結果の概要
食品健康影響評価の結果の概要
(平成 23 年 10 月 27 日 食品安全委員会)
■放射線による影響が見いだされているのは、生涯における追加の累積線
量が、おおよそ 100ミリシーベルト以上(通常の一般生活で受ける放射線
量
(自然放射線や医療被ばくなど)を除く)
■そのうち、小児の期間については、感受性が成人より高い可能性(甲状腺
がんや白血病)がある
■100ミリシーベルト未満の健康影響について言及することは困難と判断
■曝露量の推定の不正確さ
■放射線以外の様々な影響と明確に区別できない可能性
■根拠となる疫学データの対象集団の規模が小さい
資料:食品安全委員会資料
(食品中の放射性物質の新たな基準値等の検討・設定)
この食品安全委員会からの答申を受け、厚生労働省は、食品中の放射性物質の新たな基
準値(以下「新基準値」という。)の検討を開始しました。
食品中の放射性物質の暫定規制値は、放射性セシウムの場合、食品からの被ばくに対す
る年間の許容線量を5ミリシーベルトとして設定されていました。この暫定規制値に適合
している食品は、健康への影響はないと一般的に評価され、安全は確保されていましたが、
より一層、食品の安全と安心を確保するため、年間の許容線量を1ミリシーベルトに引き
下げることを基本として検討が進められ、平成 23(2011)年 12 月 22 日に、新基準値の
案が作成されました。
55
特集2
ました。食品安全委員会は、緊急的な社会状況を踏まえ、集中的に議論を行い、3 月 29 日、
第2節 農業分野への影響と政府の対応
その後、12 月 27 日に、厚生労働省は文部科学省の放射線審議会に、食品中の放射性物質
の基準値の設定について諮問を行い、平成 24(2012)年2月 16 日、放射線審議会は、食
品中の放射性物質にかかる基準値については、放射線障害防止の技術的基準に関する法律に
定める基本方針の観点から技術的基準として策定することは差し支えないことを答申しまし
た。
2 月 24 日、 厚生労働省の薬事・食品衛生審議会は、 放射線審議会の答申やパブリック
コメントの結果等を踏まえ、新基準値の設定について適当であるとの答申を行い、厚生労
働省が 3 月 15 日に新基準値について公布し、4月1日から適用されています(表 10)。
なお、新基準値への移行に際しては、市場(流通)に混乱が起きないよう、準備期間が必
要な食品(米、牛肉、大豆)及び施行日より前に製造等した加工食品については、一定の
範囲で経過措置期間が設定されています。
表10 食品中の放射性物質の新基準値(平成24(2012)年4月1日)
基準値(ベクレル /kg)
放射性
セシウム
一般食品
100
飲料水
10
牛乳・乳製品
乳児用食品
50
資料:厚生労働省資料を基に農林水産省で作成
(検査計画、出荷制限等の考え方の見直し)
平成 23(2011)年に実施された食品中の放射性物質の検査の結果が集積されたことや
食品中の放射性物質の新基準値が施行されることを踏まえ、平成 24(2012)年3月 12 日、
原子力災害対策本部は、「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」の
見直しを行い、①複数品目で出荷制限の実績がある自治体について特に綿密な検査を実施
するとともに、 ②これまで 100 ベクレル /kg を超過した品目等について品目・地域ごと
の検体数を明確化し重点的に検査するほか、さらに、③地域の中でも高い濃度が検出され
る可能性の高い地点について優先的に検体を採取するなどとしました(図 33)。
56
(食品中の放射性物質濃度の検査計画の考え方)
過去に、単一品目で出荷制限の対象となった
自治体 (青森県、岩手県、秋田県、山形県、
埼玉県、東京都、神奈川県、新潟県、山梨県、
長野県、静岡県)
50 ベクレル
/kg 超 市 町
村
主要産地の
市町村
その他の市
町村
50 ベクレル
/kg 超 市 町
村
主要産地の
市町村
その他の市
町村
100 ベ ク レ ル
/kg を 超 え る
放射性セシウ
ムが検出され
た品目*1
3検体以上
3検体以上
1検体以上
3検体以上
1検体以上
1検体以上
50 ∼ 100 ベ
ク レ ル /kg の
放射性セシウ
ムが検出され
た品目*2
3検体以上
1検体以上
3検体以上
1検体以上
乳
クーラーステーション*3単位で週 1 回
検出状況を考慮して1∼2週に1回
牛肉
農家ごとに3か月に 1 回
岩手県は農家ごとに3か月に1回
特集2
過去に、複数品目で出荷制限の対象となった
自治体 (福島県、宮城県、茨城県、栃木県、
群馬県、千葉県)
*1:野菜類(ちんげんさい等の非結球性葉菜類、かぶ等の根菜類)、果実類(もも、ぶどう、かき、かんきつ類等)、
肉(牛肉、豚肉、野生鳥獣の肉類)
、穀類(米、麦類、大豆、そば)、茶、はちみつ等
*2:野菜類等(じゃがいも、さつまいも)、果実類(りんご、なし)、肉(羊肉)、穀類(小豆)
*3:生乳を酪農家から乳業工場に届ける際に、途中で生乳を集積し、冷却のうえ、ミルクタンクローリーに積み込み、
工場への輸送を行うための施設
(食品の出荷制限と解除の考え方)
・検査結果に基づき、原子力災害対策本部長(内閣総理大臣)から関係県知事に出荷制限を指示
・原則として、1市町村あたり3か所以上、直近1か月以内の検査結果がすべて基準値以下の場合
に解除
(個別品目の取扱いの例)
野菜類・果実類等
出荷開始3日前から
出荷初期段階で検査
を行い、月単位で間
隔をあけて 定期的に
検査を実施。
牛肉
3か月に1回の生産者ごとの検査に基
づき、管理が可能な牛の種類、飼養地
域または飼養農家等の範囲で出荷制限
を設定・解除。
第1部
図33 「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」
(平成24(2012)年3月12日)
乳
クーラーステーションまたは乳業工
場単位で検査を実施。
米
市町村ごとに出荷開始前に検査。平
成23(2011)年産米で50ベクレル/kg
を超える生産者については綿密な検
査を実施。その他は地域の作付面
積、平成23(2011)年産米の検査結
果に応じ別途検査点数を設定。
詳細については、第2節(1)エ(「24年産稲の
作付に関する方針」等の公表)を参照
資料:厚生労働省資料、原子力災害対策本部資料を基に農林水産省で作成
57
第2節 農業分野への影響と政府の対応
コラム 農地土壌中の放射性セシウムの農産物への移行の程度について
東電福島第一原発の事故に伴って、放射性物質が環境へ放出され、農地土壌にも降下し
ました。これらの放射性物質が、農作物を汚染することが予想されたことから、農林水産
省は、農地土壌中の放射性物質の農作物への移行の程度について、過去のデータを用いて
検討しました。
米については、 平成 23(2011) 年4月8日、水田土壌中の放射性セシウムの玄米への
移行の指標(計 564 のデータポイントにおける移行係数 *1 の分布をモデル化し、 消費者
に安全な米を供給する観点から設定した値)0.1 を、原子力災害対策本部が、公表しました。
また、 野菜類・果実類については、 5月 27 日、 国内外の科学論文に報告された移行係
数のデータの解析を基に、農地土壌中の放射性セシウムの野菜類・果実類への移行の程度
を、農林水産省が、公表しました。
(移行の程度(概要))
移行係数
野菜類・果実類
(いも類除く)
いも類
*1
*2
*3
最大値
平均値*2
0.1 未満
0.05 未満
0.36 未満
0.05 未満
移行係数
(指標値)
0.1
米
キャベツ
*3
0.0078
ばれいしょ*3
0.067
移行係数とは、農作物を栽培した土壌中の放射性セシウム濃度(ベクレル /kg)に対する農作物中の放射
性セシウム濃度(ベクレル /kg)の割合。
平均値には、幾何平均値を使用。幾何平均値は、最大値と最小値とが大きく異なる場合に用いる。
キャベツ、ばれいしょについては、データが 50 程度存在したため米と同様の方法で指標値を算出
ウ 飼料・肥料等の暫定許容値の設定、自粛の状況
(飼料・肥料等の暫定許容値の設定)
平成 23(2011)年3月 19 日、農林水産省は、東電福島第一原発周辺県に対し、通常よ
り高いレベルの放射線量が検出された地域において、家畜が放射性物質を摂取しないよう、
事故の発生前に刈り取られ、屋内で保管されていた飼料を使用することや、家畜の放牧を行
わず畜舎内で飼育すること等を指導しました 1。また、4月 14 日には、牧草等の粗飼料が収
穫時期を迎えることから、食品中の放射性物質の暫定規制値を超えない牛乳や牛肉を生産す
るための目安として、牛に給与される粗飼料の暫定許容値を設定しました 2。
さらに、肥料やその他の飼料については、8月1日に、放射性セシウムによる農地土壌
の汚染拡大を防止するとともに、食品衛生法上問題のない農畜水産物の生産を確保する観
点から、暫定許容値を定めました 3 (表 11)。同時に、農林水産省は、各都道府県に対し、
暫定許容値を超える飼料や肥料等の施用・使用・生産または流通が行われないよう、関係
者に周知した上で、的確に指導を行い、その遵守状況を的確に確認するよう通知しました。
表11 飼料・肥料等の放射性物質の暫定許容値(平成23(2011)年8月1日)
暫定許容値(ベクレル /kg)
放射性
セシウム
肥料※・土壌改良資材・培土
400
飼料(牛・馬・豚・家きん用)
300
飼料(養殖魚用)
100
資料:農林水産省作成
※:汚泥肥料の原料となる汚泥については 200 ベクレル /kg 以下であることが必要
1 「原子力発電所事故を踏まえた家畜の飼養管理について」
2 「原子力発電所事故を踏まえた粗飼料中の放射性物質の暫定許容値の設定等について」
3 「放射性セシウムを含む肥料・土壌改良資材・培土及び飼料の暫定許容値の設定について」
58
飼料・肥料等については、それぞれの調査対象地域等において調査が行われ、暫定許容
第1部
(飼料・肥料等の自粛の状況)
値を超える放射性セシウムを含む場合には使用・流通等の自粛が行われました。
牧草等の飼料作物については、 平成 23(2011) 年4月から 12 月まで東北・関東地方
の各県で調査が行われ、放射性物質濃度が高かった地域では暫定許容値を下回るまで利用
を自粛するよう指導しました。
肥 料 に つ い て は、 7 月 25 日 に 農 林 水 産 省 が、 福 島 県 等 17 都 県 に 対 し、 生 産・ 流 通・
施用の自粛を要請しましたが、8月5日に定めた「肥料中の放射性セシウム測定のための
検査計画及び検査方法」に基づく検査の結果、暫定許容値以下であることを確認した場合
には、生産・流通・施用が可能となりました。
また、土壌改良資材・培土については、8月 31 日に、培土中の放射性セシウムの暫定
界団体等に検査方法等を通知しました 1。10 月7日には、土壌改良資材として利用される
木炭・木酢液について、放射性セシウムの暫定許容値(400 ベクレル /kg)を超えるもの
が利用されることのないよう、適切な検査が行われることを確保するため、検査の方法や
対象の選定等について定め、都道府県や業界団体等へ通知しました 2。これらの通知に基
づき、製造業者が暫定許容値以下であることを確認し、農林水産省及び関係都道府県にそ
の結果を報告する体制を整備しました。
(飼料の暫定許容値の見直し)
農林水産省では、これまでに蓄積した牛の飼養試験等のデータを活用して、食品中の放
射性物質の新基準値が平成 24(2012)年4月1日から適用される際に、この新基準値の
案を超えない牛乳や牛肉が生産されるよう、2 月 3 日に、牛用飼料に対する放射性セシウ
ムの暫定許容値を 300 ベクレル /kg から 100 ベクレル /kg に改訂しました。 また、 改訂
後の暫定許容値を下回る粗飼料への速やかな切替え等を指導しました(表 12)。
なお、切替えに必要な代替飼料の確保については、輸入業者に協力を要請するとともに、
利用できなくなる牧草の適切な処分、耕起等による牧草への移行低減を推進しています。
さらに、豚、家きん等用の飼料の放射性セシウムの暫定許容値についても3月 23 日に
改訂し、4月1日から適用しました。併せて、関係都道府県に対し、改訂後の暫定許容値
を超える飼料の使用、生産及び流通が行われないよう、指導しました。
表12 改訂後の飼料・肥料等の暫定許容値(平成24(2012)年3月23日)
暫定許容値(ベクレル /kg)
放射性
セシウム
肥料※・土壌改良資材・培土
400
家きん用
160
牛・馬用
100
飼料
豚用
80
養殖魚用
40
資料:農林水産省作成
注※:汚泥肥料の原料となる汚泥については 200 ベクレル /kg 以下であることが必要
1 「「培土中の放射性セシウム測定のための検査方法」の制定及び土壌改良資材中の放射性セシウム測定の扱いについて」
2 「土壌改良資材として利用される木炭・木酢液中の放射性セシウム測定の扱いについて」
59
特集2
許容値への適合性を判断するための検査が的確かつ適正に進められるよう、都道府県や業
第2節 農業分野への影響と政府の対応
エ 個別品目の放射性物質の検査等の状況と対応
(平成 23(2011)年産水稲の作付制限)
東電福島第一原発の事故による影響が懸念される中、東電福島第一原発周辺県での稲の
作付けをどうするかが差し迫った課題となっていたため、 原子力災害対策本部は、 平成
23(2011) 年4月8日に「稲の作付に関する考え方」 を示しました。 この中では、 避難
指示区域等に加え、水田土壌の放射性セシウム濃度の調査結果と、水田土壌中の放射性セ
シウムの米への移行の指標からみて、生産した米が暫定規制値を超える可能性が高い地域
については、稲の作付制限を行うこととされました。
この考え方に基づき、4月 22 日、原子力災害対策本部長(内閣総理大臣)は、福島県
との調整を踏まえ、避難指示区域(警戒区域)、計画的避難区域及び緊急時避難準備区域
の3つの区域における水稲の作付制限を指示しました。これらの区域の平成 22(2010)
年における水稲作付面積は、約 8 千 500ha で、福島県全体の水稲作付面積の約 11%(全
国の水稲作付面積の約 0.5%)を占めています。また、同地域における米の収穫量は、約
4万3千 t で福島県全体の米の収穫量の約 10%(全国の米の収穫量の約 0.5%)を占めて
います。
(米の放射性物質調査と出荷制限)
平成 23(2011) 年8月3日、 農林水産省は、「米の放射性物質調査の基本的な考え方
について」を公表しました。この中では、国民の主食である米は、生産農家数が極めて多
く、多様な流通形態であること等を踏まえ、米の放射性物質調査については、収穫前の段
階で行う「予備調査」と収穫後の段階で行う「本調査」の二段階で行うこととしました(図
34)。
図34 平成23(2011)年産米の放射性物質調査の仕組み
予備調査(収穫前)
本調査(収穫後)
収穫後の段階で放射性物質濃度を測定し、
出荷制限の要否を判断するために実施。
暫定規制値を超える場合、旧市町村単位
(または市町村)で出荷制限。
立毛段階で放射性物質濃度の傾向を
把握するために実施。
本調査の結果がすべて判明するまでの間、
知事は当該市町村全域の米の出荷自粛を要請
ア 土壌調査で 1,000Bq/kg
以上の市町村
(旧市町村ごとに 1 点)
一定水準(※)
超過
500Bq/kg
超過
重点調査区域
500Bq/kg
以下
(おおむね 15ha に 1 点)
イ 空間放射線量率が平常
の範囲を超える市町村
その他の調査区域
(
おおむね5点 / 市町村)
ウ 上記以外で都県が選定
する市町村
一定水準(※)
以下
ア 予備調査で一定水準
以下であった市町村
(旧市町村ごとに 1 点)
イ 予備調査を実施して
いない市町村のうち都
県が選定するもの
資料:農林水産省作成
※:一定水準は暫定規制値のおおむね 1/2 の 200Bq/kg
60
一定水準(※)
超過
一定水準(※)以下
出荷制限
旧市町村単位
(または市町村
単位)
当該旧市町
村(または市
町村)の米
の販売可
当該市町
村の米の
販売可
17 都県においては 99.2%が 50 ベクレル /kg 以下となりました。 また、 福島県において
第1部
こうした調査の結果、本調査では、平成 23(2011)年産米の放射性セシウム濃度は、
は 98.4%が 50 ベクレル /kg 以下となりました。
しかしながら、本調査終了後、福島県内の一部の地域の米から暫定規制値を超える放射
性セシウムが検出されたことを受け、本調査で放射性セシウムが検出された地域等が所在
する 151 の旧市町村(29 の市町村)において、米を出荷する全農家を対象に、福島県が
米の放射性物質の緊急調査を実施することとなりました。その結果、約2万3千戸の農家
のうち 38 戸の農家の米から暫定規制値を超える放射性セシウムが検出されました。
これを踏まえ、これらの米が生産された地域(旧市町村)においては、当分の間、米の
出荷を差し控えるよう、原子力災害対策本部長(内閣総理大臣)は、福島県知事に対して
指示を行い、当該地域において産出された平成 23(2011)年産米の出荷が制限されました。
延べ 259 人の職員の派遣、検査費用の負担や検査試料の分析等の支援を行いました。
また、福島県とともに、緊急調査の結果を基に、暫定規制値を超える放射性セシウムが
検出された米が生産された水田の土壌分析、 栽培方法や周辺環境等の検証を行ったとこ
ろ、暫定規制値を超過した要因として、土壌中の放射性セシウム濃度が高いことに加え、
①土壌中のカリウム含量が通常より大幅に少なかったため、放射性セシウムの吸収が促進
されたこと、②山間部の面積が小さい水田は、浅い耕うんと常時湛水のため、根張りが浅
いことに加え、根が主に分布している土壌表層に高濃度の放射性セシウムが残り、放射性
セシウムを吸収しやすい状況にあったこと等が考えられました。
(「24 年産稲の作付に関する方針」等の公表)
平 成 23(2011) 年 産 米 の 放 射 性 物 質 の 調 査 結 果 や 新 基 準 値 の 案 を 考 慮 す る と、 平 成
24(2012) 年産稲についても、 一定の地域においては作付けを制限することが必要であ
るとの考えから、平成 23(2011)年 12 月 27 日、農林水産省は、①平成 23(2011)年
産米の放射性セシウム濃度が暫定規制値(500 ベクレル /kg)を超過した地区については
制限を行う必要があること、②平成 23(2011)年産米の放射性セシウム濃度が新基準値
の案(100 ベクレル /kg)の水準を超過した地域等については作付制限を行うかどうかに
ついて十分検討する必要があること等を内容とした「24 年産稲の作付に関する考え方」
を公表しました。
その後、農林水産省は、「24 年産稲の作付に関する考え方」に基づき、①高濃度の放射
性セシウムが検出された米の発生の広がりや程度、②作付制限を行った場合の賠償や水田
を荒らさないための保全活動、③稲の作付けを再開できるようにするための除染・試験栽
培等について、関係する地方公共団体や関係機関との意見交換を行いました。
この結果 を 踏 ま え、 平 成 24(2012) 年 2 月 28 日、 農林水産省は、「24 年産稲の作 付
に関する方針」を公表するとともに、宮城県、福島県及び関係地方公共団体に対し、①作
付制限を行う具体的な区域、②作付制限を行うか管理計画に基づく作付けを行うか等につ
いて、検討を依頼しました(図 35)。
宮城県及び福島県を通じて回答のあった地域ごとの取扱いに関する検討結果を受け、3
月9日、農林水産省として、各地域の作付けの取扱いを公表しました。
この公表した内容を踏まえた平成 24(2012)年産稲の作付制限区域の設定等については、
4月以降、原子力災害対策本部長から福島県知事に対し、改めて正式に指示されることと
61
特集2
福島県による緊急調査の実施に当たり、農林水産省は、検査が迅速に進められるよう、
第2節 農業分野への影響と政府の対応
なっています。
農林水産省としては、引き続き、関係する県及び地方公共団体と連携を密にして、①作
付制限を行う区域では、平成 25(2013)年産以降の作付再開に向けた取組を進めるとと
もに、②管理計画に基づく作付けを行う地域では、適切な管理の下、平成 24(2012)年
産の稲の営農準備を支障なく進めることができるように、的確な支援を行っていくことと
しています。
図 35 24 年産稲の作付に関する方針
Ⅰ 平成 23(2011)年産稲の作付けのあった地域
1 平成 23(2011)年産米から 500 ベクレル /kg を超過した数値が検出された地域
旧市町村単位(「字」等のより範囲の小さい行政区分でも可)で作付制限を行う一方、来年以降の作付再
開に向けた地域の一体的な取組に対する支援を実施
2 平成 23(2011)年産米から 100 ベクレル /kg 超から 500 ベクレル /kg 以下の数値が検出された地域
(1)上記1と同様の取扱いを基本とするが、
(2)関係県と地方公共団体が作成する管理計画の下、作付け前に放射性セシウムの吸収抑制対策を行うととも
に、米の全量管理と全袋調査を行い、新基準値(100 ベクレル /kg)を超過する米が流通しないことを担
保できる場合は、事前出荷制限*の下、作付けの道を開く。
(なお、100 ベクレル /kg を超過した平成 23(2011)年産米の発生が一部農家に限定される地域では、当
該農家の米の管理と全袋調査を実施することで、地域における作付けは可能)
3 平成 23(2011)年産米から 100 ベクレル /kg 超の数値が検出されなかった地域
作付制限は行わず、収穫後の放射性物質の調査により安全性を確保する。
Ⅱ 平成 23(2011)年産稲の作付のなかった地域
1 警戒区域、計画的避難区域(平成 24(2012)年2月 28 日現在)は作付制限を行う。
2 旧緊急時避難準備区域は、平成 23(2011)年産稲の作付けや米の調査が行われていない中で、作付制限が必
要であるとの判断ができないことに加え、関係地方公共団体が除染等を優先し平成 24(2012)年産米の作付
けの自粛を行う意向であることから、政府による作付制限は行わない。ただし、米の安全を確実に担保するた
め、上記Ⅰの2の(2)同様の取扱いとする。
* 事前出荷制限とは、政府が、作付けまでに、当該地域で生産される平成 24(2012)年産のすべての米についてあらかじめ出荷制限を
指示すること
資料:農林水産省作成
(平成 23(2011)年産米における 100 ベクレル /kg を超える米の特別隔離対策)
平 成 23(2011) 年 12 月 27 日、 農 林 水 産 省 は、 食 品 中 の 放 射 性 物 質 の 新 基 準 値 の 案
(100 ベクレル /kg)の水準を踏まえ、平成 23(2011)年産米について、放射性セシウム
の検出値が暫定規制値(500 ベクレル /kg)を超える米のみならず、新基準値の案を超え
る米についても、市場流通から隔離することにより、消費者の不安解消と生産者の経営安
定を図るとの考えの下、 ① 500 ベクレル /kg を超える数値が検出され出荷制限が課され
た地域の米、 及び② 100 ベクレル /kg を超える数値が検出された生産者の米を隔離する
「100Bq/kg を超える米の特別隔離対策」を実施することを公表しました。
その後、福島県、生産者団体等の要請を踏まえ、関係各市町村等との調整の結果、本調
査、緊急調査等で、500 ベクレル /kg を超える米が検出された地域と同様、100 ベクレル
/kg を超え 500 ベクレル /kg 以下の米が検出された地域の生産者が生産した全ての米を対
象とすることにしました。
また、隔離対象となる米については、市場流通しないよう、産地の倉庫等に隔離し、政
府、関係地方公共団体及び関係団体が一体となり廃棄・処分するとともに、対象となる米
の生産者等に対しては、対策の実施主体である米穀特別隔離対策推進協会が出荷代金相当
額(東京電力による損害賠償金により相殺)を支払うこととしています。
62
東電福島第一原発の事故の発生以降、政府は食品中の放射性物質の暫定規制値を超える
第1部
(牛肉の放射性物質の検査と出荷制限)
放射性物質を含む食品が市場に流通しないよう、食品の放射性物質検査や技術指導等を行
ってきました。 畜産についても、 農林水産省は、 平成 23(2011) 年3月 19 日に、 関係
都県に対し、家畜が放射性物質を摂取しないよう、東電福島第一原発の事故の発生前に刈
り取られた飼料の使用や、放牧を行わず畜舎内で飼うこと等の家畜の飼養管理についての
技術的な指導を行いました。また、4月 14 日に、生産した肉・乳が暫定規制値を超えな
いようにするための粗飼料中の放射性物質の目安について、4月 22 日に、粗飼料中の放
射性物質の目安を踏まえた飼料生産・利用等について指導を行いました。
しかしながら、7月8日から9日にかけて、福島県南 相 馬 市 内の肥育農家1戸が出荷し
た肉用牛 11 頭の牛肉から、暫定規制値を超える放射性セシウムが検出されました。また、
7月 11 日から 17 日にかけて福島県内の肉用牛飼養農家を対象とした放射線量測定検査
等の緊急立入調査を行いました。さらに、農林水産省は、東北・関東の 11 都県の畜産農
家や稲作農家への聞き取り調査を指示しました。この結果、東電福島第一原発の事故後に
収集された暫定許容値を超える放射性セシウムを含む稲わらが県境を超えて流通し、複数
県で牛に与えられていることが判明しました。
このため、農林水産省は、全国 47 都道府県を対象として稲わらの流通・利用に関する
緊急調査を実施し、7月 28 日に調査の中間取りまとめを公表しました。中間取りまとめ
では、16 県 170 戸の肥育農家において、東電福島第一原発の事故後に収集された稲わら
が与えられた可能性があると確認され、その出荷頭数 2,965 頭のうち4県 31 頭の肥育牛
から暫定規制値を上回る放射性セシウムが検出されたことが報告されました。
一方、福島県産等の牛肉から暫定規制値を超える放射性セシウムの検出例が報告された
ことを踏まえ、7月 19 日から8月2日にかけて原子力災害対策本部長(内閣総理大臣)は、
福島県、宮城県、岩手県及び栃木県の4県知事に対して、飼養されている牛の出荷制限を
指示しました。
その後、牛の出荷制限の対象となった4県においては、汚染稲わらの区分管理等の適切
な飼養管理の徹底や全頭・全戸検査による検査体制の強化が図られたことを踏まえ、8月
19 日に宮城県、8月 25 日には岩手県、福島県及び栃木県の牛の出荷再開が認められました。
4県で行われる全頭・全戸検査や、各県で行われる牛肉の放射性物質の検査については、
平成 24(2012)年3月 31 日現在、99.8%が暫定規制値(500 ベクレル /kg)以下、98.8
%が新基準値(100 ベクレル /kg)以下となっています(図 36)。
図36 牛肉の放射性物質の検査の結果(平成24(2012)年3月31日現在)
︵放射性セシウム
︵ベクレル/ ︶︶
︶
kg
500∼
157
∼500
60
∼400
106
∼300
221
∼200
548
100 以下
0
30,000
60,000
89,569
検査点数
90,000
資料:厚生労働省資料を基に農林水産省で作成
63
特集2
この農家の稲わらからも高濃度の放射性セシウムが検出されたことを踏まえ、福島県は、
第2節 農業分野への影響と政府の対応
(牛肉に対する消費者の信頼確保に向けた取組)
このような中、農林水産省は、牛肉に対する消費者の信頼を確保するため、①飼料の放
射性物質の暫定許容値(300 ベクレル /kg)を超える稲わらを与えられた可能性のある牛
の肉の流通在庫については、食肉流通団体が実質買い上げて処分すること、②流通段階で
滞留している出荷制限県産の牛肉については、保管経費等を食肉流通団体が立替払いする
ことを内容とする対策を講じました(図 37)。また、肉用牛肥育農家の資金繰りのため、
飼養されているすべての肥育牛1頭当たり5万円を支援しました。さらに、稲わらや牧草
の不足が懸念される畜産農家へ代替飼料の現物供給を行う生産者団体を支援する対策等を
講じました。
なお、これらの支援はいずれも立替払いであり、東京電力からの支払いをもって生産者
が返還することを前提に支払われるものです。
図 37 牛肉の流通在庫の買上げ及び保管経費等の助成の概要
汚染稲わらが給与
された牛の肉
すべて買上げ
(立替払い)
処分
上記牛肉以外の
出荷制限県産牛肉
保管経費・凍結差損等を
立替払い
販売
食肉流通団体
原資
返還
(独)
農畜産業振興機構
資料:農林水産省作成
さらに、 平成 23(2011) 年7月 18 日以降、 暫定許容値を超える稲わらを与えられた
可能性のある牛の個体識別番号が厚生労働省から公表されたことを踏まえ、独立行政法人
家畜改良センターは、牛トレーサビリティ制度に伴い導入された「牛の個体識別情報検索
サービス」を拡充し、「牛肉の放射性物質に関する検索システム」を開発し、8月1日か
らその運用を開始しました(図 38)。このことにより、店頭に並んでいる牛肉に表示され
ている個体識別番号から、放射性物質検査の状況を簡単に確認することができるようにな
りました。
64
第1部
図 38 牛肉の放射性物質に関する検索システム
牛肉の放射性物質に関する検索システム
本サービスは、牛の個体識別番号を入力することで、農林水産省から提供を受けた情
報をもとに、汚染稲わらを給与した可能性のある牛由来の牛肉について、放射性物質
濃度の検査の結果、暫定規制値を超えた牛肉(回収対象の牛肉)であるのかどうか、
また、放射性物質濃度検査が未実施である牛肉(追跡検査対象の牛肉)であるのかど
うかを確認することができます。
※画面左側の枠の中に、半角数字で個体識別番号を入力してください。
検索実行
クリア
牛個体識別番号
10 桁の番号
○件目
10 桁の番号
平成○年○月○日 ○時現在
追跡検査対象の牛肉です。
特集2
1件目
検索結果
資料:
(独)家畜改良センター資料を基に農林水産省で作成
このような取組の結果、 東京都中央卸売市場における牛の枝肉の卸売価格と取扱頭数
は、牛肉の出荷制限が行われた直後に大きく低下しましたが、平成 24(2012)年3月時
点で、持ち直しつつあります(図 39)。ただし、福島県産の牛の枝肉卸売価格については、
他県産と比べ、依然として低い状態にあります。
図39 東京都中央卸売市場における牛枝肉卸売価格、取扱頭数の推移(平成24(2012)年3月31日現在)
(卸売価格)
円 /kg
2,000
宮城県
岩手県
栃木県
(取扱頭数)
全国平均
(4県を除く)
頭 /kg
1,000
1,800
福島県
栃木県
岩手県
800
1,600
1,400
600
福島県
1,200
1,000
400
800
200
600
0
4
5
6
7
8
0
3
3
24
(2012)
9 10 11 12 1
2
平成23
(2011)年
1月 2
宮城県
平成23
24
(2011)年
(2012)
1月 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3
資料:東京都中央卸売市場資料を基に農林水産省で作成
注:1)牛枝肉卸売価格は、和牛去勢牛全規格の枝肉の価格を平均したもの
2)8月の岩手県、福島県については、東京都中央卸売市場における取扱いはなかった。
(その他の農畜産物中の放射性物質の検査の状況)
農畜産物中の放射性物質の検査については、 米、 牛肉以外にも実施されています(図
40)。
食品中の放射性物質の暫定規制値を超過した放射性セシウムが検出された品目につい
て、 主な品目をみると、 原乳については、 平成 23(2011) 年3月 19 日に福島県 伊 達 郡
65
第2節 農業分野への影響と政府の対応
の原乳から暫定規制値を超える放射性ヨウ素が検出されました。その後も、東電福島第一
原発の事故発生当初に暫定規制値を超過したものがありましたが、4月以降は放射性ヨウ
素、放射性セシウムともに 50 ベクレル /kg 以下であり、暫定規制値を超過したものはあ
りません。
野菜については、3月から6月にかけて、ほうれんそう等の非結球性葉菜類 1 等で暫定
規制値を超過するものがあり、出荷制限等が行われました。これは、事故直後に放射性物
質が大気中に放出され降下し、栽培中の作物に付着したことによるものと考えられます。
7月以降は、大気中から降下する放射性物質が大幅に減少した一方で、東電福島第一原発
の事故発生後に播種、定植した野菜の収穫時期を迎えたことから、放射性物質はほとんど
検出されていません。
果実については、福島県の一部地域のうめ、ゆず等の国民の摂取量の少ない果実から暫
図40 放射性物質の検査の状況
(原乳の放射性物質検査
(平成23(2011)年3月)
)
(原乳の放射性物質検査
(平成23(2011)年4月∼平成24(2012)年3月)
)
200 以上 0
200 以上 1
︵放射性セシウム
︵ベクレル/ ︶︶︶
︵放射性セシウム
︵ベクレル/ ︶︶︶
kg
∼200 0
∼150 0
7
∼100
kg
165
50 以下
0
50
100
∼400
28
∼300
50
∼200
131
kg
3,138
100 以下
0
1,000
2,000
3000
∼400
25
∼300
37
kg
2,503
100 以下
0
∼200 9
8,475
点
2,000 4,000 6,000 8,000 10,000
192
500 以上
119
∼200
∼300 4
(茶(生茶葉、製茶、荒茶)の放射性物質検査
(平成23(2011)年3月∼平成24(2012)年3月)
)
︵放射性セシウム
︵ベクレル/ ︶︶
︶
︵放射性セシウム
︵ベクレル/ ︶︶
︶
kg
12
∼400 3
0
28
∼500
1,000
∼500 1
100 以下
点
4,000
(果実の放射性物質検査
(平成23(2011)年3月∼平成24(2012)年3月)
)
500 以上
500
500 以上 5
︵放射性セシウム
︵ベクレル/ ︶︶︶
︵放射性セシウム
︵ベクレル/ ︶︶︶
kg
20
1,741
点
1,500 2,000
(野菜の放射性物質検査
(平成23(2011)年7月∼平成24(2012)年3月)
)
134
∼500
∼100 0
0
(野菜の放射性物質検査
(平成23(2011)年3∼6月))
500 以上
∼150 0
50 以下
点
200
150
∼200 0
点
500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000
∼500
77
242
∼400
462
∼300
589
∼200
670
100 以下
0
200
400
600
資料:厚生労働省資料を基に農林水産省で作成
注:平成 24(2012)年3月 31 日までに厚生労働省が公表したデータに基づき作成
1 主に葉を食用とする野菜のうち、葉がキャベツのように球にならないもの
66
点
800 1,000
なし、ももといった摂取量の多い果実については、暫定規制値を超えたものはありません。
第1部
定規制値を超える放射性セシウムが検出され、出荷制限等が行われました。一方、りんご、
茶については、平成 23(2011)年5月 11 日に神奈川県 南 足 柄 市 の茶の生葉から、暫定
規制値を超える放射性セシウムが検出された後、9都県で暫定規制値を超える放射性セシ
ウムが検出され、出荷制限等が行われました。東電福島第一原発の事故以降、時間の経過
とともに、茶の放射性セシウム濃度は低下する傾向にあり、出荷制限等の一部は解除され
たほか、9月から 10 月に収穫された秋冬番茶ではほとんどが暫定規制値を下回りました。
(農畜産物等の出荷制限等の現況)
平成 23(2011) 年 3 月 21 日以降、 原子力災害対策本部長(内閣総理大臣) から、 食
品中の放射性物質の暫定規制値を超える放射性物質が検出された野菜、果実、畜産物、工
その後、安全性が確認された地域の農畜産物等については、順次、出荷制限等の解除が
行われており、 平成 24(2012) 年3月 29 日現在の出荷制限・摂取制限の状況は下表の
とおりとなっています(表 13)。
なお、避難指示区域(警戒区域)と計画的避難区域は、平成 24(2012)年3月 31 日現在、
原則的に立入りが禁止されており、
実質上、
農作物の生産を断念せざるを得ない状況にあります。
これらの区域には 11 市町村が含まれ、 平成 22(2010) 年における同区域の耕地面積
は約2万6千 ha となっており、福島県全体の約 17%を占めています。また、同区域の平
成 18(2006)年における農業産出額は 388 億円となっており、福島県全体の農業産出額
の 16%を占めています。
67
特集2
芸作物等の農畜産物等の出荷制限や摂取制限の指示が行われました。
第2節 農業分野への影響と政府の対応
表13 農畜産物の出荷制限等の状況(平成24(2012)年3月29日現在)
区 分
産地
品目
解除済
野 菜
未解除
福 島 県(田 村 市・川 内 村(東 電 福 島 第 一 原 発 か ら 半 径
結球性葉菜類
福島県(右記以外の地域)
アブラナ科の
花らい類
20km 圏内の区域に限る)、南相馬市(東電福島第一原発か
ら半径 20km 圏内の区域等に限る)、川俣町(山木屋の区
域に限る)、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、 尾村、
飯舘村)
肉
出 荷 制 限・摂 取 制 限
非結球性葉菜類
福島県(相双地域2市7町村、県北地域4市3町1村)
いのしし肉
かきな
非結球性
葉菜類
ほうれんそう
茨城県、栃木県
茨城県、栃木県、千葉県
(香取市、旭市、多古町)
パセリ
茨城県、千葉県(旭市)
ちんげんさい、春菊、
サンチュ、セルリー
千葉県(旭市)
野 菜
かぶ
福島県(右記以外の地域)
くさそてつ
工芸作物
茶
福 島 県(田 村 市・川 内 村(東 電 福 島 第 一 原 発 か ら 半 径
20km 圏内の区域に限る)、南相馬市(東電福島第一原発か
ら半径 20km 圏内の区域等に限る)
、川俣町(山木屋の区
域に限る)、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、 尾村、
飯舘村)
福島県(福島市、桑折町)
茨城県(古河市、常総市、坂東市、八千代町、境町)、
千葉県(大綱白里町)、神奈川県(小田原市、南
足 柄 市、愛 川 町、真 鶴 町、清 川 村、相 模 原 市、
中井町、松田町、山北町)
茨城県(左記3市2町以外)、栃木県(栃木市、鹿沼市、
大田原市)、千葉県(野田市、成田市、勝浦市、八街市、富里市、
山武市)、神奈川県(湯河原町)、群馬県(渋川市、桐生市)
出荷制限
果 実
うめ
福島県(福島市、伊達市、相馬市、南相馬市、桑折町)
ゆず
福島県(福島市、伊達市、南相馬市、いわき市、桑折町)
穀 物
乳製品
くり
福島県(伊達市、南相馬市)
キウイフルーツ
福島県(相馬市、南相馬市)
平成23年産米
福島県(福島市(旧小国村、旧福島市の区域に限る)
、伊
達市(旧小国村、旧月館町、旧柱沢村、旧富成村、旧掛田町、
旧堰本村の区域に限る)
、二本松市(旧渋川村の区域に限
る)
)
原乳
福島県(田村市・楢葉町・川内村(東電福島第一原発から
半径 20km 圏内の地域に限る)
、南相馬市(東電福島第一
原発から半径 20km 圏内の区域等に限る)、川俣町(山木
屋の区域に限る)、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、 尾村、
飯舘村)
福島県(右記以外)、茨城県
福島県、宮城県、岩手県、栃木県
いのしし肉
福島県(郡山市、須賀川市、田村市、いわき市、鏡石町、
石川町、浅川町、古殿町、三春町、小野町、矢吹町、棚倉町、
矢祭町、塙町、天栄村、五川村、平田村、西郷村、泉崎村、
中島村、鮫川村)、茨城県、栃木県
くま肉
福島県(福島市、二本松市、伊達市、本宮市、郡山市、須
賀川市、田村市、白河市、桑折町、国見町、川俣町、三春町、
小野町、鏡石町、石川町、浅川町、古殿町、矢吹町、棚倉町、
矢祭町、塙町、大玉村、天栄村、五川村、平田村、西郷村、
泉崎村、中島村、鮫川村)
しか肉
栃木県
肉
牛※
資料:農林水産省作成
※:県の定める出荷・検査方針に基づき管理される牛を除く。
68
第1部
(2)放射性物質による農地土壌等の汚染と対応
(農地土壌の放射性物質による汚染状況の把握)
東電福島第一原発の事故に起因する放射性物質の放出により、大気のみならず土壌にも
放射性物質による汚染が広がりました。東電福島第一原発の事故に伴う大気、土壌、河川
等における放射線モニタリングについては、関係省庁や地方公共団体等との連携の下、継
続して実施されています。また、これらに関する情報については、文部科学省が設置した
ポータルサイトにおいて一元的に提供されています。
このうち、農地土壌について、農林水産省は、福島県と周辺5県(宮城県、栃木県、群
馬県、茨城県、千葉県)の総計約 580 地点を対象とした調査を行い、平成 23(2011)年
8月 30 日に農地土壌の放射性物質濃度分布図を公表しました。
これにより、東電福島第一原発周辺地域における農地土壌の放射性物質(放射性セシウ
向を示すことがわかりました。また、農産物が根を張る深さ等を考慮した調査であるため
営農上参考となる濃度の分布の傾向が明らかになりました。
その後、農地土壌の放射性物質濃度分布図については、平成 23(2011)年度第2次補
正予算を活用し、 調査対象を 15 都県 2 に拡大するとともに、 調査地点も約 3,400 地点ま
で拡大して放射性セシウム濃度を測定することにより、平成 24(2012)年3月 23 日に、
広域かつ詳細な分布図に更新しました(図 41)。
今後は、この分布図について、除染や生産現場での営農への活用を進めていくとともに、
放射性物質濃度の推移を把握するための調査を進めることとしています。
図41 農地土壌の放射性物質濃度分布図(平成24(2012)年3月23日)
(15 都県における農地土壌の放射性物質濃度分布図)
凡例
調査地点における農地土壌中の
放射性セシウムの濃度(ベクレル/kg)
推定値 実測値
0−500
500−1,000
1,000−5,000
5,000−10,000
10,000−25,000
25,000−50,000
50,000 以上
0
50
100
200km
1 対象とした空間の単位時間当たりの放射線量
2 岩手県、宮城県、山形県、福島県、栃木県、茨城県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、山梨県、
長野県、静岡県
69
特集2
ム)濃度の分布は、航空機モニタリング等で得られた空間線量率 1 の分布とほぼ同様の傾
第2節 農業分野への影響と政府の対応
(福島県における農地土壌の放射性物質濃度分布図)
凡例
調査地点における農地土壌中の
放射性セシウムの濃度(ベクレル/kg)
推定値 実測値
0−500
500−1,000
1,000−5,000
5,000−10,000
10,000−25,000
25,000−50,000
50,000 以上
0
15
30
60km
資料:農林水産省作成
注:1)農地の分布は、(独)農業環境技術研究所が平成 22(2010)年に作成・公開した農地土壌図
(平成 13(2001)年の農地の分布状況を反映)から作成
2)推定値は、航空機による空間線量率の測定結果等を参考に試算した推計に基づくものであり、一定の
誤差を含む。
3)農地土壌の試料は、放射性物質が耕起によって攪拌される深さや農作物が根を張る深さを考慮して、
地表面から約 15cm の深さまでの土壌を採取
(農地土壌の放射性物質除去に向けた取組)
平成 23(2011)年8月 26 日、放射性物質汚染対処特措法 1 (以下「特措法」という。)
が成立しました。原子力災害対策本部は、同日、特措法が全面施行される平成 24(2012)
年1月1日までの期間、 喫緊の課題である除染 2 の取組を推進するため、「除染に関する
緊急実施基本方針」を策定しました。
この方針では、①推定年間被ばく線量が 20 ミリシーベルトを超えている地域を中心に、
政府が直接的に除染を推進することにより、推定年間被ばく線量が 20 ミリシーベルトを
下回ること、②推定年間被ばく線量が 20 ミリシーベルトを下回っている地域においても、
市町村等の協力を得つつ、推定年間被ばく線量が1ミリシーベルトに近づくこと等が目標
とされました。
農地については、 原子力災害対策本部が平成 23(2011) 年8月 26 日に公表した「市
町村による除染実施ガイドライン」において、除染効果や、肥沃な土壌の維持可能性、営
農活動による空間線量の低減等を総合的に検討し、9月中に除染の適当な方法や必要な範
囲を公表することとされました。
このことを踏まえ、原子力災害対策本部は、5月 28 日以降、農林水産省を中心に進め
られてきた農地土壌の除染技術に関する実証実験の結果に基づき、9月 30 日に「農地の
除染の適当な方法等の公表について」を取りまとめました。この中では、農地の除染に当
たっては、農地に堆積した放射性物質による外部被ばくを可能な限り引き下げ、農業生産
1 正式名称は「平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された
放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」
2 土壌の放射性物質による汚染の除去
70
20 ミリシーベルトを下回っている地域において、2年後までに 50%減少、長期的には1
第1部
を再開できる条件の回復と安全な農作物の提供が図られるよう、 推定年間被ばく線量が
ミリシーベルト以下になる程度に空間線量率を引き下げることが目標とされました。
さらに、11 月には、「除染に関する緊急実施方針」を引き継ぐものとして、特措法に基
づく基本方針が策定されました。 この中では、 環境汚染への対処については、 各省庁、
関係地方公共団体、研究機関等の関係機関、事務所等が総力を結集し、一体となってでき
るだけ速やかに行うものとするとともに、農用地における土壌等の除染等の措置について
は、農業生産を再開できる条件を回復させるという点に留意することとされました。
農地の除染方法については、耕起されていないところでは、表層部分の土壌を削り取る
のが適当であるが、土壌中の放射性セシウム濃度が5千ベクレル /㎏以下の農地では、廃
棄土壌が発生しない反転耕 1 等を実施することが可能であり、土壌中の放射性セシウム濃
たは反転耕を実施することが適当としています(図 42)。
なお、環境省が 12 月に公表した「除染関係ガイドライン」においても同様の除染方法
が示されています。
このように、農地の除染についての基本的な対応方針が示されたところですが、農林水
産省では今後、開発された除染技術を様々な現地条件において工事実施レベルで実証する
ことにより、作業手順や作業工程、除染効果等を検証し、現地で適用可能な対策工法とし
て確立し、実用的な作業マニュアルを作成していくこととしています。実証では、福島県
飯舘村、川俣町において表土削り取り等による農地除染を約 40ha において実施すること
としています。
政府が直轄で除染を行う除染特別地域や、特措法に基づき市町村が除染実施計画を策定
する汚染状況重点調査区域においては、今後、本格的な除染が進められることになります
が、農林水産省ではこれら実証試験の成果等を積極的に提供することにより、除染の効果
的な取組に貢献していくこととしています。
除染作業により大量の除去土壌が発生することが見込まれていますが、除去土壌の収集、
運搬、保管及び処分の実施に当たっては、飛散流出防止の措置、モニタリングの実施等、周
辺住民の健康の保護及び生活環境の保全への配慮に関し必要な措置をとることとしています。
1 表土と下層の土を入れ替えること。廃棄土壌が発生しない。
71
特集2
度が5千ベクレル /㎏を超えている農地では、表土削り取り、水による土壌攪拌・除去ま
第2節 農業分野への影響と政府の対応
図 42 除染技術の例
反転耕
工程
反転プラウ(30cm)耕後の放射性
セシウムの深度分布
吸着剤をほ場表面に散布した後、
表土を浅く砕き、反転する
cm
0∼5
試験結果と考察の概要
・30cmの反転により、表層に集中して存在していた放射
性物質は15cmから20cmの深さを中心に0cmから30cm
の土中に拡散
・ほ場地表面の空間線量率は0.66マイクロシーベルト/時
から、0.40∼0.30マイクロシーベルト/時に低減
・比較的軽度の汚染土壌向き
・減水深の大きな水田では漏水対策が必要
5∼10
10∼15
15∼20
20∼25
25∼30
0
10
20
基本的な削り取り
固化剤を用いた削り取り
工程
工程
ほ場表面を浅く砕く
砕いた表面を削り取り、 表土をほ場外に排出し
集積する
土のうに詰める
試験結果と考察の概要
・約4cmの削り取りにより、土壌の放射性セシウムは
10,370ベクレル/kgから2,599ベクレル/kgに低減(75%
減)
・ほ場表面の空間線量率は7.14マイクロシーベルト/時か
ら3.39マイクロシーベルト/時に低減
・廃棄土壌量は40m3/10a
・土壌の排出と土のう詰めに最も時間を要した。特に排出
土の運搬を効率的に行う必要
・土ほこりや粉塵による作業者の内部被ばくを防止する措
置を講じる必要
水による土壌攪拌・除去
工程
水を入れて土壌攪拌を
行う
濁水を沈砂池に強制排
出する
凝集剤を投入し、固液
を分離する
試験結果と考察の概要
・放射性セシウム濃度は16,052ベクレル/kgから9,859ベク
レル/kgに低減(39%減)
・廃棄土壌量は1.2t∼1.5t/10aと推計
・粘土含量が少ない土壌では高い効果が期待できない
・上澄み液の放射性セシウム濃度は、検出限界以下であっ
たため環境中への排出が可能
固化剤を吹き付ける
30
40
50 %
十分に固化した表層土壌を
削り取る
試験結果と考察の概要
・3cmの削り取りで土壌の放射性セシウムは9,616ベクレ
ル/kgから1,721ベクレル/kgに低減(82%減)
・ほ場表面の空間線量率は7.76マイクロシーベルト/時か
ら3.57マイクロシーベルト/時に低減
・廃棄土壌量は30m3/10a
・表層土壌の固化により、土壌の飛散を抑制
・表層土壌が白くマーキングされるため削り残し等を目視
により確認可能
土壌の放射性
セシウム濃度
適用する技術
∼5,000
ベクレル /kg
反転耕、移行低減栽培※、
表土削り取り(未耕起ほ場)
5,000∼
10,000
ベクレル /kg
表土の削り取り、反転耕、
水による土壌攪拌、除去
10,000∼
25,000
ベクレル /kg
表土削り取り
25,000
ベクレル /kg
固化剤を使った表土削り取り
資料:農林水産省作成
※:作物による土壌中の放射性セシウムの吸収を抑制するため、カリウムや吸着資材を施用する栽培方法
72
農地土壌の放射性物質除去に向けた取組のほか、栽培技術の工夫による放射性物質濃度
第1部
(農作物中の放射性物質を低減するための対応)
の低減や作物の吸収抑制対策にも取り組んでいます。米について、食品中の放射性物質の
暫定規制値(500 ベクレル /kg)の超過がみられた地域を調査したところ、土壌中のカリウ
ム濃度が通常より低い場合や耕うんが浅い場合に米の放射性セシウム濃度が高い傾向がみ
られました。このため、平成 23(2011)年産米で高濃度となった地域において、土壌分析
を行い、その結果に応じて適正なカリウム施肥や深耕を推進し、吸収抑制の取組を支援す
ることとしています。
果樹については、根圏が深いため、土壌よりむしろ、セシウムが植物体内で可食部に移
行するものとみられており、樹体表面の粗皮削り、高圧水による樹体洗浄等、樹体表面の
放射性物質の除去を進めています(図 43)。
土壌から吸収されたのではなく、古葉に付着したものが葉面から樹体に吸収され新芽に移
行したものと推定されました。また、茶樹の部位別放射性セシウム濃度の調査により、葉
層に放射性セシウムが最も多く、根の部分には少ないことが明らかになりました。これら
の結果を踏まえ、深刈りなどの剪定によって刈り落とす枝葉の総量を増やすことで、新芽
に移行する放射性物質量の低減を進めています。また、本技術の実証事業により、茶生産
農家の営農継続を支援しました。
図 43 農作物中の放射性物質濃度の低減技術の例
果樹園地の除染方法
・粗皮削り
りんご、なし等の粗皮のある樹種に
適用。古くなった樹皮をはく皮
茶葉の放射性セシウム低減対策
・剪定
葉層を含めた剪定(深刈り、中刈り)を行う
・整枝
剪定を行っていない茶園については、整枝を行って刈
り落とす枝葉の総量を増やす
・高圧洗浄
もも等の粗皮のない樹種に適用。樹
体表面に付着した放射性セシウムを
洗い流す
・剪定
果樹全般に適用。旧枝を積極的に剪定する
・改植
果樹全般
(高濃度の汚染地域)に適用。地上部を伐採
した後表土を剥ぎ、抜根を行う
収穫
深刈り
中切り
地下部
資料:農林水産省作成
73
特集2
茶については、茶樹の汚染メカニズムについての調査を行った結果、放射性セシウムは
第2節 農業分野への影響と政府の対応
コラム チェルノブイリ原子力発電所事故等による放射性物質汚染地における調査
東電福島第一原発の事故に伴う放射性物質による農地土壌の汚染を踏まえ、農地の除染
技術等、安全な農産物を生産するための技術を早急に開発するため、 平成 23(2011)年
4月から 10 月にかけて、 農林水産省は、 昭和 61(1986) 年に発生したチェルノブイリ
原発事故を経験したロシア等や旧セミパラチンスク核実験場が所在するカザフスタンに赴
き、行政機関や研究機関等への聞き取り調査を行いました。
この調査結果については、これらの国々と我が国では、土壌、気候条件等が大きく異な
ることから、直接的に適用することは困難ですが、今後の技術開発の参考として十分活用
できるものです。
① ロシア
モニタリングとして、 5年に1度、 農地は地表から 20cm、 牧草地は 10cm の深さま
での土壌を対象としたセシウムとストロンチウムの放射能測定が行われていますが、平
成 19(2007) 年時点でも約1万5千 km2 の農地が汚染されています。 表土の除去は、
汚染濃度の高い校庭等で実施され、除去した土壌は、原発から 30km 圏内に設けた廃棄
場所に埋設しています。ただし、農地については、除去土壌が膨大となるため、表土の
除去は実施していません。
② ウクライナ
土壌の汚染状況に基づきゾーニングを行い農作物の作付けを制限しています。作物に
よるセシウムの吸収は、土壌のカリウム含量が低い場合、カリ施肥により抑制が可能と
されています。また、セシウムを吸着するゼオライト等の施用も有効ですが、大量の投
入が必要とされています。
③ ベラルーシ
セ シ ウ ム 137 の 汚 染 レ ベ ル が 1,480 キ ロ ベ ク レ ル /m2 以 上 の 農 地 で は、 飼 料 作 物 を
含むすべての作物の作付けが禁止されています。表土除去は、多額の経費を要すること
に加え、汚染地域では肥沃な作土層が極めて薄いため、校庭や病院の周辺等のみで実施
しています。
④ カザフスタン
旧 セ ミ パ ラ チ ン ス ク 核 実 験 場 内 は、 現 在 で も 原 則 と し て 立 入 り が 禁 止 さ れ て い ま す
が、汚染状況は改善しており、9割以上の土地は放牧地として利用可能なレベルまで回
復しています。また、原子炉排水からのセシウム除去には、フェロシアン化銅が有効と
されています。
74
第1部
(3)風評による農畜産物の買い控え等と対応
(風評による農畜産物・食品の買い控え等の被害)
文部科学省に設置された原子力損害賠償紛争審査会 1 が平成 23(2011)年8月5日に
策定した原子力損害の範囲の判定に関する中間指針 2 においては、「風評被害」 を「報道
等により広く知らされた事実によって、商品又はサービスに関する放射性物質による汚染
の危険性を懸念した消費者又は取引先により当該商品又はサービスの買い控え、取引停止
等をされたために生じた被害を意味する」としています。
東電福島第一原発の事故に伴う風評被害は、観光業や製造業・サービス業のみならず、
農林漁業や食品産業にも広がりをみせており、東電福島第一原発の事故の影響が懸念され
る地域で生産された農畜産物や食品の買い控え等が生じました。
平成 24(2012)年1∼2月に農林水産省が農業者を対象に行ったアンケート調査によ
た」が最も大きく、福島県が 79%、関東・東山地域が 52%を占めています(図 44)。また、
福島県では、「取引先の要求等による放射性物質検査の費用負担や各種証明書発行の費用
負担が生じた」が 41%を占め、他の地域を大きく上回っています。
図44 農業者における東電福島第一原発の事故の影響(複数回答)
11.6
取引先の要求等による放射性物質検査の費用負担や
各種証明書発行の費用負担が生じた 20.3
41.1
17.4
34.1
買い控えによる販売不振が生じた
41.0
78.6
51.9
3.0
4.1
諸外国の輸入規制や取引先からの輸入拒否により農産物等の
廃棄、または製造・生産を断念したことにより減収となった
8.9
3.7
1.7
0.9
雇用している労働者の給与を減額した、
または給与の支払いが不可能となった
8.9
2.4
6.8
5.1
7.1
4.0
5.9
6.0
7.1
2.7
8.9
買い控えされた農産物の代替としての販売量が増加した
事故以前と比較して販路や販売対象地域が拡大された
その他
全国
東北(福島県以外)
福島県
関東・東山
13.4
23.2
12.6
53.7
特になし
12.5
36.4
0
20
40
46.5
%
60
80
資料:農林水産省「食料・農業・農村及び水産業・水産物に関する意識・意向調査」(平成 24(2012)年1∼2月実施)
注:1)農業者モニター2千人を対象としたアンケート調査(回収率 84.7%)
2)東山は山梨県、長野県を指す。農業地域は〔用語の解説〕を参照
東電福島第一原発の事故を踏まえ、今後、農業者として取り組もうと考えていることに
ついては、いずれの地域においても「消費者等に対して食品の安全性を伝える PR 活動の
実施」が高い割合を占めています。また、福島県では、「農地の放射性物質濃度の検査の
実施を自治体等に依頼」と「出荷する農産物の放射性物質濃度の自主的な検査」の割合が、
他の地域を大きく上回っています(図 45)。
1 「原子力損害の賠償に関する法律」に基づき、文部科学省に設置。原子力損害の賠償に関して紛争が生じた場合にお
ける和解の仲介及び当該紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針の策定にかかる事務を行う。
2 正式名称は「東京電力株式会社福島第一、
第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」
75
特集2
ると、東電福島第一原発の事故による影響については、「買い控えによる販売不振が生じ
第2節 農業分野への影響と政府の対応
図45 東電福島第一原発の事故を踏まえ、今後、農業者として取り組もうと考えて
いること(複数回答)
39.4
47.9
消費者等に対して食品の安全性を伝えるPR活動の実施
58.9
40.9
26.5
39.6
各種検査結果の積極的な公表
53.6
35.8
20.6
出荷する農産物の放射性物質濃度の検査を
自治体や納入先に依頼
43.8
55.4
33.7
19.5
37.8
農地の放射性物質濃度の検査の実施を自治体等に依頼
19.0
事故以前よりも詳細な産地情報を農業生産物に付記
62.5
33.2
23.0
37.5
18.4
12.0
出荷する農産物の放射性物質濃度の自主的な検査
13.8
44.6
5.7
7.8
農地の放射性物質濃度の自主的な検査
3.1
3.2
その他
20.1
全国
28.6
東北(福島県以外)
8.3
福島県
8.9
関東・東山
5.1
39.4
特になし
21.7
25.4
3.6
0
20
40
60
%
80
資料:農林水産省「食料・農業・農村及び水産業・水産物に関する意識・意向調査」
(平成
24(2012)年1∼2月実施)
注:農業者モニター2千人を対象としたアンケート調査(回収率 84.7%)
同様の調査を、食品流通加工業者を対象にして行ったところ、東電福島第一原発の事故
による影響については、いずれの地域においても「買い控えによる販売不振が生じた」が
最も高い割合を占めています。このことに加え、福島県では、「仕入れる農林水産物等を
風評被害の及んだ地域産から他地域産(国内)に変更した」、「取引先の要求等による放射
性物質検査の費用負担や各種証明書発行の費用負担が生じた」、「風評被害が及んでいると
認定される商品を取り扱っているために仕入量が減少した」の割合が他の地域を大きく上
回っています(図 46)。
76
第1部
図46 食品流通加工業者における東電福島第一原発の事故の影響(複数回答)
30.9
30.5
仕入れる農林水産物等を風評被害の及んだ地域産
から他地域産(国内)に変更した
57.1
40.8
37.8
43.9
買い控えによる販売不振が生じた
81.0
56.3
23.3
取引先の要求等による放射性物質検査の費用負担や
各種証明書発行の費用負担が生じた
39.0
52.4
28.3
15.9
18.3
風評被害が及んでいると認定される商品を取り扱って
いるために仕入量が減少した
47.6
24.0
2.8
1.2
諸外国の輸入規制や取引先の輸入拒否により商品の
廃棄、製造・生産を断念したことにより減収となった
9.5
2.0
6.8
7.3
仕入れる農林水産物等を風評被害の及んだ地域産
から他地域産(国外)に変更した
19.0
7.6
2.1
0.0
1.3
6.1
全国
東北(福島県以外)
10.6
8.5
その他
特になし
関東・東山
35.4
26.8
0.0
福島県
33.3
11.5
20.1
0
%
20
40
60
80
100
資料:農林水産省「食料・農業・農村及び水産業・水産物に関する意識・意向調査」
(平成24
(2012)年1∼2月実施)
注:流通加工業者モニター 1,650 人を対象としたアンケート調査(回収率 67.5%)
東電福島第一原発の事故を踏まえ、今後、食品流通加工業者として取り組もうと考えて
いること」については、いずれの地域においても「消費者等に対して食品の安全性を伝え
る PR 活動の実施が高い割合を占めています(図 47)。また、福島県では「各種検査結果
の積極的な公表」と「出荷・販売する商品の放射性物質濃度の自主的な検査」の割合が他
の地域を大きく上回っています。
図47 東電福島第一原発の事故を踏まえ、今後、食品流通加工業者として取り組もうと
考えていること
(複数回答)
37.5
42.7
消費者等に対して食品の安全性を伝えるPR活動の実施
71.4
47.0
22.8
35.4
各種検査結果の積極的な公表
61.9
27.0
21.4
出荷・販売する商品の放射性物質濃度の検査を
自治体や納入先に依頼
29.3
38.1
27.3
20.8
事故以前よりも詳細な産地情報を農業生産物に付記
25.6
42.9
24.3
17.9
28.0
出荷・販売する商品の放射性物質濃度の自主的な検査
66.7
20.7
4.2
2.4
その他
6.3
全国
19.0
東北(福島県以外)
37.2
特になし
25.6
4.8
福島県
関東・東山
24.3
0
20
%
40
60
80
資料:農林水産省「食料・農業・農村及び水産業・水産物に関する意識・意向調査」
(平成 24(2012)年1∼2月実施)
注:流通加工業者モニター 1,650 人を対象としたアンケート調査(回収率 67.5%)
77
特集2
事故以前と比較して業績が伸びた
第2節 農業分野への影響と政府の対応
震災を乗り越え、安全な原乳の生産に全力を傾注
― 福島県における酪農家の取組 ―
福島県南相馬市 酪農家 瀧澤昇司さん
私は福島県南相馬市で、 酪農を行っています。 飼養している搾乳牛は 36 頭で、 震災前
は月に 700㎏から 800㎏の搾乳量がありました。牛に与える餌には、牧草等の粗飼料とと
うもろこし等の濃厚飼料とがありますが、このうち、粗飼料を自家生産していました。ま
た、粗飼料を生産する畑に牛のふん尿を原料としたたい肥を生産し、循環型の酪農を行っ
ていました。
東日本大震災、特に東電福島第一原発の事故により酪農経営に大きな被害が発生してい
ます。私の畜舎は、東電福島第一原発から 30km 圏内にあり、一時期は屋内退避区域や緊
急時避難準備区域に指定されていました。事故発生の数日後から、乳業工場や飼料工場の
地震による被災と燃料不足により、原乳を回収する集乳車や燃料の販売車は立ち入らなく
なりました。 その後、 福島県内で生産された原乳から放射性ヨウ素が検出され、 平成 23
(2011)年3月 21 日には、福島県全域で原乳の出荷制限が指示されました。
このような状況の中、 搾乳した原乳は、 廃棄せざるを得ませんでした * 。 このため、 朝
夕2回だった搾乳を1回にし、廃棄する原乳の量をできる限り少なくしました。牛にとっ
て負担の大きい状態だったこともあり、結果として 14 頭の牛を処分しました。
原乳の出荷再開に当たっては、大きな努力が必要でした。出荷制限が解除されるために
は、放射性物質検査で3回以上、暫定規制値以下となることが条件となっています。私の
畜舎がある地域は、東電福島第一原発の事故発生当初、屋内退避区域に指定されており、
行政による放射性物質検査は実施されていませんでした。このため、私は民間業者に調査
を委託し、原乳の安全確認に取り組みました。その結果、原乳の放射性物質の検出値が暫
定規制値を下回っていることを確認できました。その後、屋内退避区域から緊急時避難準
備区域へと移行したことを受け、私たち生産者や生産団体からの要請により、5月中旬に、
南相馬市における原乳の放射性物質のモニタリングの実施に関する会議が実施され、行政
による検査が実施されることとなりました。 その結果、 6月 10 日からは原乳の出荷が再
開されました。
また、 平成 23(2011) 年産の牧草について、 放射性物質の検査の結果、 利用の自粛が
要請されたことから、 平成 22(2010)年産の牧草がなくなった6月以降、 それまで自給
していた粗飼料を購入に切り替えました。この飼料代の負担は非常に大きく、原乳の出荷
が再開された現在でも売上げの大部分を飼料代に費やしています。
今も、原乳や飼料の自主検査を実施し、安全性の確認を続けています。
今後は、早急に牧草地の除染を行い、粗飼料の全量を自給に戻したいと考えています。
消費者の方々に信頼していただくためには、検出下限値以下の原乳を生産し続ける必要
があると思い、努力を重ねています。消費者の方々に、データを基にして「安全だ」と訴
えることはできても、「安心だ」とはいえないことが非常に悔しいです。
現在、一時、月に 400㎏まで減少した搾乳量は震災前の 700㎏に近づきつつあります。
震災以降、出荷制限や自給飼料の使用禁止等、苦労は絶えませんでしたが、前向きに頑張
らなくてはならないと思い酪農を続けてきました。消
費者の方々には、徐々に前進している福島県の姿を見
守っていただきたいと思います。
* 事故後に集乳された原乳は、乳業工場が被災していたため、牛乳・
乳製品としては出荷されていない。
畜舎の中の牛
78
第1部
いわき産ハウストマトの信頼確保に向けて
― 福島県における農業法人の取組 ―
福島県いわき市 有限会社とまとランドいわき 専務取締役 元木寛さん
ガラスハウスの中のトマト
特集2
当社は、 冬期に日照時間が長いいわきの気候を活かし、2.4ha のガラスハウス内で水耕
栽培によるトマト生産を行っています。
平成 23(2011) 年3月 11 日に発生した大地震によりガラスハウス内の暖房施設が大
きく破損し、6月まで修理ができませんでした。この影響で、トマトの苗をすべて入れ替
えざるを得なくなり、通常であればトマトの最盛期である6月から9月にかけての収穫が
できず、例年より 100t 近く収穫量が落込み、約4千万円の損失となりました。
当社では、通常は首都圏や近隣大型観光施設への出荷を行うとともに、直売所やインター
ネットによる販売を行っています。しかし、震災直後の3月、4月には放射性物質の放出
に伴う風評により首都圏への出荷が停止され、 1日に数十 t のトマトを廃棄する事態とな
りました。そこで、当社では収穫したトマトを食料支援として避難所の方々にお届けする
ことにしました。野菜不足になりがちな避難所生活では非常に喜ばれ、このときにトマト
を食べたことがきっかけで、後に直売所を訪れる方もいらっしゃいました。
出荷先であった大型観光施設の被災等もあり、通常の出荷ルートがほぼ断たれたために
売値の安い市場へ出荷しましたが、冬期は他産地でのトマトが不作であったことから市場
価格が高騰し、想定よりは売上げの減少は小さく済みました。しかし、今後、他産地のト
マト生産が回復すれば、福島県産トマトの取扱量の減少が懸念され、これからが勝負だと
感じています。
消費者の信頼を得るためには、まずは確実に放射性物質に汚染されていない作物を生産
することが重要です。このため、雨水の使用の停止、換気のためにガラスハウスの窓を開
ける回数を減らすなどの営農上の工夫を行っています。
また、 いわき市が行う「「がんばっぺ!いわき」 オール日本キャラバン」 等の販売会に
積極的に参加し、消費者に直接、福島県産農産物の安全性を伝えています。
さらに、いわき市が主催する「いわき農産物見える化プロジェクト」にも参加していま
す。このプロジェクトは、単なる放射性物質の検査結果の公表のみならず、生産者自身に
よる生産過程の紹介等により、消費者が 安全・安心 と判断できる情報を提供すること
を目的とし、VTR やコマーシャルの放映を実施しています。
このような取組を継続的に行うことにより、いわき産の農産物の安全性に理解を示し応援
してくれる方々を増やすとともに、このような方々への販売を重点的に行っていこうと考え
ています。
販売会の様子
79
第2節 農業分野への影響と政府の対応
震災を契機として顧客ニーズの把握を強化した取組を展開
―福島県の老舗豆腐店―
福島県伊 達 郡 川 俣 町 ・有限会社 扇 田 食品代表取締役 高橋孝さん
私が勤務している会社は、 創業 90 年、 4代にわたる老舗豆腐店です。 当社では、 国産
の大豆、にがり、阿武隈山系の湧き水を使用して高級豆腐等の製造を行っています。
東日本大震災以前は、当社の製品を主として首都圏で展開する百貨店へ出荷していまし
たが、震災後は、放射性物質の漏えいに伴う風評被害により、早期に取引が打ち切られ、
地元の需要も大きく減少しました。
その結果、豆腐等の売上げは、震災直後の3月から4月にかけて前年同期比で7割から
8割減まで大きく減少するとともに、7月のお中元や年末のお歳暮等贈答品も前年に比べ
て9割も減少してしまいました。
震災の影響を少しでも払拭しようと、4月からは、会社から半径 10km 圏内の川俣町、
伊 達 市、 福 島 市 等 の 住 宅 街 に お い て 2 台 の ト ラ ッ ク に よ る 巡 回 販 売 を 始 め て い ま す。 1
丁約 400 円の豆腐は、 日常的に購入するには高価ですが、 現在では固定客が 500 人から
600 人程度まで増えました。 また、10 日に1度訪れる巡回販売は、 地域の人同士の交流
の場としても大いに喜ばれています。
このような巡回販売のメリットを踏まえ、地元以外でも、仙台、東京等での物産展等に
積極的に参加し、対面販売を行っています。
巡回販売は当初、日々の運転資金を得るために開始しましたが、現在は、顧客と直接コ
ミュニケーションを図ることができる良い機会となっています。従来は、主として首都圏
の百貨店で販売していたことから、高価な豆腐であっても一定の需要があり、顧客の声を
強く意識しませんでした。しかし、巡回販売には製造担当の社員も参加しており、顧客の
意見を直接聞くことにより、顧客のニーズを踏まえたより良い製品を製造しようといった
意識の変化が生じています。
また、地元での対面販売を通じ、東京であれ地方であれ高価な商品でもおいしいものに
対するニーズは必ずあることを痛感しました。地方の高級食品等が東京でのみ販売される
ことはよくありますが、地元で支持されている商品でなければ東京で成功しないのではな
いかと思います。巡回販売をきっかけに地元で信頼を得ることの大切さを改めて感じ、原
点回帰した思いです。
さらに、 物産展等への参加を通じ、 消費者は、「福島県の復興につながるよう購入した
い」という方と「放射性物質による汚染が不安なので購入したくない」という方とに大き
く分かれることを認識しました。後者の方に安全性を理解し購入いただくのは非常に大変
です。しかし、
「 応援してほしい」と消費者の同情心に訴えるだけの商売は長続きしません。
地元の消費者のみならず、首都圏等の消費者に対しても、丁寧な接客をとおして諦めず
に商品の安全性を訴え続け、信頼を得ていくことが重要です。震災をマイナス面だけで捉
えると惨めに感じてしまいます。震災は、消費者のニーズに沿った商品づくりの再認識を
行う契機だったと捉え、今後とも、地元に密着した経営を展開していこうと考えています。
この度の経験を通じ、改めて顧客との心のつながりが経営の基本であると感じました。
一人ひとりとの心のつながりを貯金のようにコツコツと一つずつ積み上げていくと、いず
れ顧客からの信頼として大きく花開くと思っています。今後とも真摯に製品づくりに取り
組んでいこうと考えています。
こだわりの豆腐
80
物産展の様子
東電福島第一原発の事故が発生した平成 23(2011)年3月以降、我が国の農畜産物輸
第1部
(東電福島第一原発の事故を受けた日本産食品の輸出の落込み)
出額は前年同月比でマイナスが続きました(表 14)。特に、我が国の農畜産物輸出額の4
分の3を占めるアジアへの輸出額は、前年同月比で大きく下回り、中でも、中国への輸出
額は、特に大きく減少しています。
表 14 国・地域別、農畜産物輸出額の前年同月比
(単位:%)
世界
アジア
香港
平成 23(2011)年2月
4.0
4.6
17.3
台湾
18.9
中国
米国
43.7
▲ 0.7
EU
1.4
豪州
24.6
▲ 5.0
▲ 2.4
▲ 8.1
6.7
▲ 1.5
▲ 21.0
▲ 2.0
10.3
4月
▲ 18.5
▲ 20.3
▲ 23.8
▲ 36.4
▲ 20.3
▲ 4.6
▲ 29.3
▲ 10.7
5月
▲ 9.8
▲ 12.3
▲ 29.4
2.6
▲ 30.1
▲ 3.5
▲ 8.5
39.1
6月
▲ 1.2
▲ 7.7
▲ 22.7
▲ 7.4
▲ 41.8
3.2
61.7
26.9
7月
▲ 4.3
▲ 5.2
▲ 5.4
▲ 9.8
▲ 44.4
▲ 2.4
10.9
6.0
8月
▲ 5.8
▲ 7.0
▲ 7.2
▲ 0.8
▲ 54.9
3.6
▲ 7.9
9.4
9月
▲ 13.5
▲ 14.9
▲ 19.2
1.4
▲ 45.0
▲ 13.5
10.2
▲ 4.4
10 月
▲ 15.0
▲ 13.8
2.6
▲ 13.6
▲ 60.4
▲ 14.0
▲ 11.4
▲ 2.4
11 月
▲ 5.4
▲ 3.7
▲ 3.3
▲ 0.9
▲ 38.3
▲ 5.3
▲ 16.4
4.9
12 月
▲ 1.5
▲ 5.6
▲ 16.4
7.8
▲ 34.7
▲ 1.0
2.1
27.0
資料:財務省「貿易統計」を基に農林水産省で作成
輸出額の減少の原因として、東電福島第一原発の事故を受け、諸外国において、日本産
食品に対する輸入規制が実施されていることや、 風評被害が生じたこと等が考えられま
す。 平 成 24(2012) 年 4 月 1 日 現 在、47 か 国・ 地 域 に お い て 輸 入 停 止 や 放 射 性 物 質 の
検査証明書等の提出要求、輸入国による検査の強化といった輸入規則措置がとられていま
す(表 15)。輸出額の落込みが最も大きかった中国においては、福島県等 10 都県の食品
の輸入を停止するとともに、その他 37 道府県の食品等についても放射性物質の検査証明
書の要求等の措置をとっています。
81
特集2
3月
第2節 農業分野への影響と政府の対応
表15 各国・地域が行っている輸入規制措置の例(平成24(2012)年4月1日現在)
国・地域
対象都道府県
福島、群馬、栃木、茨城、
宮城、新潟、長野、埼玉、
東京、千葉
中国
上記 10 都県以外
福島、群馬、栃木、
茨城、宮城、千葉、
神奈川
韓国
福島、群馬、栃木、
茨城、千葉、宮城、
山形、新潟、長野、
埼玉、神奈川、静岡、
東京
上記 13 都県以外
EU
台湾
香港
品目
規制内容
すべての食品、飼料
輸入停止
野菜及びその製品、乳及び乳製品、
茶葉及びその製品、果物及びその製
品、薬用植物産品
政府作成の放射性物質の検査証明書
及び産地証明書(産出県)を要求
水産物
上記に加え、中国輸入業者に産地・
輸送経路を記した検疫許可申請を要
求
その他の食品・飼料
政府作成の産地証明書(産出県)を
要求
ほうれんそう、かきな等、原乳、飼料、
茶等(県により異なる)
すべての食品
(上記7県の品目を除く)
すべての食品
輸入停止
(原乳は福島及び茨城が対象。飼料
は福島、栃木、群馬及び茨城が対象。
茶は群馬、栃木、茨城、千葉及び神
奈川が対象)
政府作成の放射性物質の検査証明書
を要求
政府作成の産地証明書を要求
福島、群馬、栃木、
茨城、宮城、山梨、
埼玉、東京、千葉、
神奈川、静岡
すべての食品、飼料
(日本酒、焼酎、ウィスキーを除く)
政府作成の放射性物質の検査証明書
を要求
輸入国にてサンプル検査
上記 11 都県以外
すべての食品、飼料
(日本酒、焼酎、ウィスキーを除く)
政府作成の産地証明(産出県)
を要求
輸入国にてサンプル検査
福島、群馬、栃木、
茨城、千葉
すべての食品
輸入停止
上記5県以外
野菜・果実、水産物、乳製品等
輸入国にて全ロット検査またはサン
プル検査
野菜・果実、牛乳、乳飲料、
粉ミルク
輸入停止
食肉(卵を含む)、水産物
政府作成の放射性物質の検査証明書
を要求
福島、群馬、栃木、
茨城、千葉
加工食品
上記5県以外
すべての食品
福島、栃木、宮城、
岩手、茨城、神奈川、
群馬、千葉
ほうれんそう、かきな、原乳、きのこ、
イカナゴの稚魚、牛肉製品等(県に
より異なる)
輸入停止
福島、栃木、茨城
牛乳・乳製品、野菜・果実等
政府作成の放射性物質の検査証明書
を要求
輸入国にてサンプル検査
食品、飼料
輸入国にてサンプル検査
米国
上記3県以外
資料:農林水産省作成
82
輸入国にてサンプル検査
東電福島第一原発の事故による輸出の落込みを挽回し、再び拡大するため、農林水産省
第1部
(日本産食品の輸出回復に向けた取組)
は、関係省庁と連携し、有識者からなる農林水産物・食品輸出戦略検討会を立ち上げ、審
議を行いました。この結果、平成 23(2011)年 11 月に、検討会における提言として、
「農
林水産物・食品輸出の拡大に向けて」が取りまとめられました。
本提言等を踏まえ、首脳会談等の場を通じ、諸外国・地域が震災後実施してきた輸入規
制に対する直接的な働きかけが継続的に実施されています。
具体的には、 野田内閣総理大臣が、12 月 25 日に北京で行われた日中首脳会談におい
て、 輸 入 規 制 の 緩 和・ 撤 廃 を 要 請 し ま し た。 ま た、 鹿 野 農 林 水 産 大 臣 が、10 月 7 日 の
ASEAN+3 農林大臣会合において中国、韓国及び ASEAN1 に対して、平成 24(2012)年3
月3日と4日に行われた香港政務長官等との会談において、それぞれ輸入規制の緩和・撤
基づいて対応したい等の回答がありました。
このような諸外国への働きかけに加え、政府一体となって我が国が実施している安全確
保のための措置等の情報提供を行った結果、カナダやチリにおいて、全面的に輸入規制措
置が解除されるなどの規制の撤廃や緩和の動きがみられており、今後とも規制の撤廃に向
け粘り強く働きかけていくこととしています。
このほか、農林水産省等のホームページにおいて、諸外国・地域の輸入規制措置を随時
更新するなど、輸出業者、関係者への情報提供を行うとともに、輸出に必要な産地証明書
や放射性物質の検査証明書の迅速な発行が行えるよう、都道府県の協力を得て証明書等の
発行体制を整備しています。なお、放射性物質の検査については、平成 23(2011)年度
第1次、第2次補正予算により、都道府県等が行う輸出農産物等についての検査に必要な
機器に対する支援を行いました。
また、諸外国の消費者や事業者等に対して、各種のメディアやイベント等を通じた情報
発信を行っているところです。
例えば、平成 24(2012)年3月2日から4日にかけて、香港で開催された「日本食品
展 in Hong Kong」においては、日本から食品加工業者及び流通業者 41 事業者が参加し、
香港及びアジア地域の事業者と商談を行いました。また、この食品展には鹿野農林水産大
臣が出席し、香港の一般消費者等に対し日本産食品の魅力をアピールするとともに、信認
の回復に取り組みました。
農林水産省としては、今後とも、この食品展のような実効が期待できる場等を通じて、
日本産食品の輸出回復に向けた取組を進めていくこととしています。
1 〔用語の解説〕を参照
83
特集2
廃を要請しました。これを受けて、香港側など先方から、輸入規制緩和には科学的根拠に
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