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こちら - 日本経済研究センター

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こちら - 日本経済研究センター
第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
2015 年 11 月 3 日発表
日本経済新聞社と日本経済研究センター共催の 2015 年度・第 58 回「日経・経済図書文
化賞」受賞図書は、次のように決まりました。
《受賞図書》賞(賞金 100 万円および副賞として記念品を著者へ、賞牌を出版社へ贈呈)
「実験制度会計論―未来の会計をデザインする」
田口聡志著(中央経済社)
「アウトソーシングの国際経済学―グローバル貿易の変貌と
日本企業のミクロ・データ分析」
冨浦英一著(日本評論社)
「拡大する直接投資と日本企業―世界のなかの日本経済:不
確実性を超えて7」
清田耕造著(NTT出版)
「計画の創発―サンシャイン計画と太陽光発電」
島本実著(有斐閣)
「近世日清通商関係史」
彭浩著(東京大学出版会)
総
評
現実的課題への意欲作
審査委員長/東京大学教授
吉川 洋
今年は日本経済の直面する現実的な課題を実証的に分析した書物が多く、審査は例年以上に
白熱した。最終的に、いずれも意欲的な研究書ばかり、5冊の受賞が決まった。受賞作が5作
となるのは2年ぶりである。
『実験制度会計論』
(田口聡志著)は、副題にあるとおり、「未来の会計をデザインする」と
いう野心的な構想を持った書物である。分析手法はゲーム理論と実験経済学で、会計制度の国
際統合、不正会計など今日的かつ重要な問題を、ゲーム理論の視点から分析している。会計の
制度設計などについて考察する上で有用な、新しい手法を開拓した点が多くの審査委員から高
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く評価された。
『アウトソーシングの国際経済学』
(冨浦英一著)は、企業が用いる特有の部品やソフトウエ
アなどを海外に委託・外注し輸入するアウトソーシングについて、膨大な企業データを用いて
分析した労作である。
何がアウトソーシングを決めるのかという観点から著者が長年にわたって発表してきた研究
成果を柱に、読みやすくまとめられており、今後の日本企業の国際化戦略を考える上で私たち
に多くの示唆を与えてくれる書と言えよう。
『拡大する直接投資と日本企業』
(清田耕造著)は、直接投資が日本経済に与える影響につい
て、実証分析に基づいて様々な角度から包括的に論じている。
19世紀末、当時新興国であった米国には欧州から資本が流入していたが、直接投資だけに
ついてみると、資本は米国から欧州に流出していた。このことから分かるとおり、直接投資の
本質はミクロの現象である。本書で展開される緻密で手堅い分析の存在意義・価値はまさにそ
こにある。
『計画の創発』
(島本実著)は、太陽光発電などの開発を進めた「サンシャイン計画」につい
て、30年以上にわたる歴史を、立案された計画、計画を担う企業や組織、さらに組織のなか
で動く個人、という3つの視点から詳細に考察したユニークな経営書である。
芥川龍之介の小説『藪の中』ではないが、同じものであるはずの歴史的事実からそれぞれ違
ったストーリーが生み出される。
『近世日清通商関係史』
(彭浩著)は、最近利用可能になった中国側の史料と日本の史料を中
国籍のまだ30代の若手研究者が丹念に読み込み比較することによって江戸時代、いわゆる鎖
国時代に、日清間の貿易がどのように行われていたのか詳細に分析した研究書である。
日本が歴史上初めて当時の先進国、中国に追いついた18世紀の日中関係についての考察は、
21世紀の両国関係を考える上でも私たちに様々な手掛かりを与えてくれるに違いない。
以上5つの受賞作以外にも今年は評価の高い書物が目白押しだった。
マクロ経済データの多くは国内総生産(GDP)の速報値のように事後的に改訂される。
『経
済データと政策決定』
(小巻泰之著)は、政策を後知恵で評価するのではなく、リアルタイムデ
ータで評価することの必要性を説いた優れた研究書だが、分析の対象領域が狭すぎるとの指摘
が出て惜しくも選から漏れた。
『中小企業のマクロ・パフォーマンス』
(後藤康雄著)は、中小企業の実像を多面的に捉えた
好著だが、税制や信用保証についての言及が乏しいとの意見が出て、受賞を逃した。
『「学力」の経済学』(中室牧子著)は、実証分析の結果に基づく政策立案の重要性を説く読
み物としても面白い啓蒙書だが、著者独自の研究成果に乏しいことから受賞には至らなかった。
『金融システム改革と東南アジア』
(三重野文晴著)、『チャネル間競争の経済分析』(成生達
彦著)の2冊は、いずれも良書として評価は高かったが、メッセージ性、現実の変化との関連
性などの点で難が指摘され、選外となった。
*本文中の「総評」
「書評」は、2015 年 11 月 3 日付日本経済新聞朝刊(特集面)から
転載しています。
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◇審査対象
2014 年 7 月 1 日から 15 年 6 月 30 日(外国語著書は 14 年 1~12 月)の間に出版された日
本語または日本人による外国語で書かれた著作で、本賞に参加を得たもの(一般の人が自由
に購入できる図書に限る)
。
◇審査委員
(委員長)吉川洋東京大学教授
(委 員)八代尚宏昭和女子大学特命教授・国際基督教大学客員教授
斎藤修一橋大学名誉教授
岩井克人国際基督教大学客員教授
本多佑三関西大学教授
杉原薫政策研究大学院大学特別教授
伊藤元重東京大学教授
井堀利宏政策研究大学院大学教授
桜井久勝神戸大学教授
池尾和人慶応義塾大学教授
岡崎哲二東京大学教授
翁百合日本総合研究所副理事長
沼上幹一橋大学教授
大竹文雄大阪大学教授
松井彰彦東京大学教授
芹川洋一日本経済新聞社論説委員長
岩田一政日本経済研究センター理事長
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞作品
実験制度会計論
―未来の会計をデザインする
田口聡志著
中央経済社 ix,266 ページ、3400 円(税別)
書評
ゲーム理論用いた新境地
神戸大学教授
桜井久勝
会計基準の国際統合と企業の不正会計という2つの重要なトピックスを取り上げ、ゲーム
理論を援用して得た仮説を実験経済学によって確かめるという構成の、これまでにない研究
書である。
前半では会計基準の国際統合が考察される。ゲーム理論に立脚した著者の実験によれば、
各国が自国基準に固執して国際統合が成立しない可能性が大きいという。この状況下での国
際統合の達成には、最初から特定の単一基準に向けた統合を推進するのではなく、多様な基
準の併存を認めて相関均衡とよばれる合意点を目指す方法が有望だと著者はいう。
本書の後半では不正会計の原因や、監査の品質管理の在り方に関心が向けられる。著者は
信頼ゲームと呼ばれる理論を援用し、株主が経営者との「互恵」を求めて財務報告に信頼を
寄せても、経営者が一方的にそれを裏切る動機があることを明らかにし、その上で、その回
避策である監査の品質管理の方式に関して、会計士協会による自主規制と、国による第三者
規制の2つの効果を対比している。
現実のデータによって制度の有効性を確認する研究手法が、当然のことながら事後的にし
か制度分析に活用できないのに対し、ゲーム理論、実験経済学の手法を用いれば、例えばい
まだ実施していない設計段階の会計制度の評価も可能になるという著者の指摘は魅力的であ
り、傾聴に値しよう。実験会計学という新しい分野を開拓しようという著者の熱意が伝わる
書物である。
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞の言葉
たぐち さとし
1998 年慶応義塾大学卒業、
2003 年同大学院商学研究科博士課程修了。
04 年慶応義塾大学より博士号(商学)取得。同志社大学准教授を経て、
2013 年より同商学部教授。74 年生まれ。
未来をデザインする
同志社大学商学部教授
田口 聡志
「未来をデザインする」
。本書のメインメッセージは、極めて単純である。しかし会計の書籍としては、
少し風変わりかもしれない。会計研究は、どこか後ろ向きで退屈なイメージを持たれることが多いが、本
書は、いわば前向きな、未来の会計の姿を模索したものである。
特に近年の会計制度設計を巡る環境は激変しており、会計基準のコンバージェンスの問題や、会計不正
の問題など、多くの国や利害関係者の意図や行動が複雑に絡み合った中での制度設計が求められている。
本書は、ゲーム理論と経済実験を用いてこの問題に接近している。ゲーム理論は、人と人との相互作用を
分析する力を持っているし、現実にはない仕組みの未来の姿を描いたり、比較したりすることも得意であ
る。そして経済実験は、理論が予期し得なかった意図せざる帰結を発見し、制度設計にフィードバックす
ることが得意である。これらを会計制度設計に用いたのが本書である。
執筆に際し心がけていたのは、他領域とのコラボレーションないし総力戦である。つまり本書は、会計
研究者のみに向けた内向きなものというよりは、むしろ会計の外の世界へのメッセージとして執筆されて
いる。会計制度のエッセンスを取り出すと、実は、かなりシンプルな構造が見えてくるし、それに関わる
人間特有の興味深い現象が浮き彫りになる。そうすると、会計に馴染みのない他領域の方々とも、会計の
本質を一緒に考えることができる。人間の本質に迫ることで、翻って会計の本質に迫る。本書が、多くの
他領域の方々と一緒に、
会計の本質を考えるひとつのきっかけになれば幸いである。
またそれを意識して、
研究の重要なポイントについては、
(数式やデータ、専門用語だけでなく)できるだけ分かりやすい言葉で
伝えることを心がけたつもりである。本書が、
(会計研究だけでなく)広く経済・経営の研究を対象とした
賞を受賞できたことは、以上の趣旨からしても大変光栄なことである。
大学院生の頃からずっと憧れていた賞を賜ることができて素直に嬉しい。この栄誉を励みに、今後も人
間そして会計制度の未来を、多くの方々と共に考えていきたい。
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞作品
アウトソーシングの国際経済学
―グローバル貿易の変貌と
日本企業のミクロ・データ分析
冨浦英一著
日本評論社 x,196 ページ、3200 円(税別)
書評
膨大な企業データを分析
東京大学教授
伊藤元重
国際経済学、とりわけその実物経済面を扱う国際貿易論の分野は、その分析対象となる経
済実態が大きく様変わりしていることもあって、学問の重心も変化してきた。
完全競争から不完全競争に、単純な輸出入から国境を越えた企業内貿易や直接投資に、と
いった具合である。また、整備され、豊富になったデータを背景に、それらを活用した実証
分析も飛躍的に増加した。
そうしたなか、企業の分業がより一層広がり、深化する過程で、製品開発や原材料生産か
ら加工や販売に至る、いわゆるバリューチェーン化の動きが国境を越えて広がろうとしてい
る。それに合わせるかのように、他社に業務の一部を委ねるアウトソーシングも拡大の一途
をたどってきた。
著者は企業がどういう局面でアウトソーシングに踏み切るかという観点から研究を進め、
こうした動きが先進国と途上国の双方の賃金格差の動きの重要な説明要因となると指摘。ま
た、環太平洋経済連携協定(TPP)のような経済連携とも深く関わっていることを明らか
にしている。
アウトソーシングが日本企業や日本経済に与える影響についての分析が薄いのが残念だが、
膨大な日本企業のデータを活用して、日本企業のアウトソーシングの全貌について初めて示
したという意味でも、本書は価値が高い。近年、国際経済学分野から受賞作が出ていなかっ
たが、本書の受賞がきっかけとなって、若い研究者が後に続くことを期待したい。
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞の言葉
とみうら えいいち
1984 年東京大学卒業。同年通商産業省(現経済産業省)入省。1992
年マサチューセッツ工科大学 Ph.D.(経済学)取得。横浜国立大学教授
などを経て、2015 年 9 月より一橋大学大学院経済学研究科教授。61 年
生まれ。
グローバル化と日本企業の境界
一橋大学大学院経済学研究科教授
冨浦 英一
情報通信技術の高度化等を背景に、グローバル貿易は近年大きな変貌を遂げた。特に、部品の製造や最
終組立にとどまらず、ソフトウェア・プログラミング、コールセンター運営など多様なサービス業務が、
発展途上国にアウトソーシングされるようになった。経済学の研究においても、今世紀に入って、海外ア
ウトソーシングを含む企業のグローバル化行動の分析が新・新貿易理論として本格化した。本書では、日
本企業のミクロ・データを活用して、海外アウトソーシングを定量的に把握するとともに、その生産性、
雇用、研究開発との関係についての新・新貿易理論の仮説を検証した実証研究の成果をとりまとめた。
海外アウトソーシング企業の生産性は、国内企業に比べれば高いが、海外直接投資企業ほどには高くな
い。このように、企業のグローバル化モードは、生産性によってふるい分けされている。ただ、日本企業
による海外アウトソーシングの活用は、依然としてごく一部の大企業にとどまっている。しかし、ハイテ
ク産業やサービス業務であっても、インターネットを通じたアウトソーシングによって、国内雇用は発展
途上国との競争にさらされることになる。
本書で取上げたテーマは、国際経済学の前提である国境と、経済活動の主体である企業の境界という二
つのボーダーが交錯する中で、グローバル化により国民経済がボーダレスになる一方で企業の境界もはっ
きりしなくなっているため、経済活動はどう組織されるようになるのだろうかという深い問いかけにつな
がっていくものと考える。企業単位で収集されることの多い統計データを使って企業の境界を越えるアウ
トソーシングを分析すること自体に難しさが伴うが、貿易理論の歴史的変革期に偶然に立ち会え、また、
政府機関の承認や経済産業研究所の共同研究プロジェクトにより個票へのアクセスや独自調査の実施が可
能になったことにより、一定の成果をあげられたと認識している。今後とも、この受賞を励みに、日本企
業の国際化に関連した統計データを用いて計量的実証研究を続けていきたいと考えている。
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞作品
拡大する直接投資と日本企業
―世界のなかの日本経済:
不確実性を超えて7
清田耕造著
NTT出版 224 ページ、2500 円(税別)
書評
産業空洞化論 周到に斬る
関西大学教授
本多佑三
円高の進行に伴い、日本企業が国内ではなく、海外に管理・製造・販売の拠点を置いて活
動するようになる、その結果、国内産業が衰退し、国内雇用が減少する。これが「産業の空
洞化」と一般に呼ばれる現象である。
本書によれば、海外直接投資をする企業は平均的に生産性の高い企業が多い。従って直接
投資の結果、相対的に生産性の高い国内事業所が閉鎖される傾向があり、製造業の生産性成
長にマイナスの影響を与えているという。この点は一般の認識にも合致している。
しかし、直接投資は必ずしも国内雇用を減らすとは限らない。直接投資を補完する形で国
内の生産が拡大する場合、国内雇用も増えるからだ。
さらに(1)海外に生産・販売拠点を置くことができるという選択肢が新たに加わること
で、直接投資の資本に対するリターンが増え、日本企業の資本収益率が高まる(2)投資先
の所得の増加を通じて、日本から当該国への輸出を増やす(3)直接投資によって、海外子
会社から国内親会社への知識や技術の波及が起これば、日本企業の生産性が向上する――な
ど数多くのメリットが見込めるからである。
このように、本書を読めば、冒頭の空洞化論が実に大ざっぱな推論となっていることが分
かる。他方、著者によって本書で展開されるほとんどの主張は統計データに立脚した丁寧か
つ緻密な議論となっている。まさにこの点こそが、この本の最大の特徴であり、本書が受賞
に値するゆえんである。
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞の言葉
きよた こうぞう
1996 年慶応義塾大学卒業、
98 年同大学院経済学研究科修士課程修了。
2002 年慶応義塾大学より博士号(経済学)取得。横浜国立大学准教授
などを経て、2013 年より慶応義塾大学産業研究所教授。72 年生まれ。
巨人の肩の上に立つ
慶応義塾大学産業研究所教授
清田 耕造
「日本企業の海外進出が進むことで、日本の雇用は失われていると思いますか。
」
この疑問に対し、多くの人は「はい」と答えるだろう。企業が工場を国内から海外へと移転することで、
国内の工場を閉鎖してしまい、それが雇用の削減につながる、というイメージがメディアなどの報道を通
じて出来上がってしまっているためだ。このようなイメージが企業活動のグローバル化が不安をもたらす
一因になっている。
しかし、このイメージは、少なくともこれまでのところは、必ずしもデータによって支持されているわ
けではない。言うまでもなく、企業の雇用は海外進出以外の様々な要因にも影響を受ける。そしてそれら
の要因を詳細に見ていくと、海外進出が雇用に及ぼすマイナスの影響は、あるとしても極めて小さいこと
が、多くのアカデミックの研究によって確認されている。データにもとづくエビデンス(科学的証拠)に
よれば、国内の労働需要に減少は、むしろ他の要因――例えば、機械化の進展――に起因している。
1990年代以降、アカデミックな研究では、日本企業の海外進出に関する数多くの新しい事実が発見
されている。そしてその中には、先の例のように、多くの人が当たり前のように思っているイメージとは
異なるものもある。しかし、研究成果の多くが英文の国際的なアカデミック・ジャーナル(学術誌)に発
表されていることもあり、その知見の多くは研究者の間でしか共有されていなかった。本書は日本企業の
直接投資に関するアカデミックな成果を幅広く紹介することで、多くの人が持つグローバル化のイメージ
と、これまでに国際経済学者が蓄積しているエビデンスの溝を埋めようとしたものである。
今回の受賞は身に余る光栄だが、実は本書は日本の国際経済学者がこれまで積み上げてきた研究成果を
まとめたにすぎない。
巨人の肩の上に立つ。
本書が評価されたことの背後には、日本の国際経済学者の研究の質の高さがある。言い換えれば、多数
の高質なエビデンスがなければ、本書が生まれることもなかった。日本の国際経済学者のこれまでの成果
に敬意を表し、結びとしたい。
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞作品
計画の創発
―サンシャイン計画と太陽光発電
島本実著
有斐閣 xxii,387 ページ、5000 円(税別)
書評
異なる現実の重層化 再認識
一橋大学教授
沼上幹
経営組織論を学ぶ人が感じる面白さの一つは多様なパラダイムが単一の理論体系に収束せ
ずに対話を続けていること、あるいは、その対話を通じて少しずつ現実の理解が深まるのを
体感できることではないか。本書では、まさにその面白さが一冊で味わえる。
著者は太陽光発電技術の開発を促進した通産省(現経済産業省)のサンシャイン計画がた
どった歴史に注目し、その計画の組織プロセスを3つの視点から分析している。
トップ(通産省の中核官僚)が合理的に環境適応しようとして組織が動いているという視
点。組織内の部門が自部門の生き残りをかけて行動した結果として組織全体が動いていると
いう視点。個々の技術者が自分の関わっている技術について魅力的な未来像を描き、周囲を
巻き込んで主体的に組織化した結果として巨大プロジェクトが動いているという視点。
その3つのどれが正しいというのではなく、それぞれに見える現実が異なり、その異なる
現実が重層化されていることこそが大規模な組織の現実であることを、私たちに再認識させ
てくれるところに本書の魅力がある。
本来、合理的な思考を経て事前にトップが決めるはずの「計画」と、ミドルや下位層たち
の試行錯誤を経て「創発」する現実を、同じタイトルの中に統合している点に、著者が本書
で目指した狙いが示されている。
外交史の古典、G・T・アリソンの『決定の本質』に類似した面白さを堪能できる好著で
ある。
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞の言葉
しまもと みのる
1994 年一橋大学卒業、99 年同大学院商学研究科博士課程修了。同年
一橋大学より博士号(商学)取得。一橋大学准教授などを経て、2014
年より同大学院商学研究科教授。69 年生まれ。
国家プロジェクトを複眼で見る
一橋大学大学院商学研究科教授
島本 実
東日本大震災以後、再生可能エネルギー開発には大きな期待が寄せられている。日本のエネルギー問題
解決のためにその役割は限りなく大きい。しかしながら新技術の開発・実用化は、政府の予算付与だけで
進むものではない。そこには何が必要であるのか。本書は太陽光発電システムの開発プロジェクトを題材
にそのことを問うものである。
実は 1970 年代、石油危機の際に日本では再生エネルギー開発の壮大な国家プロジェクトがあった。そ
れがサンシャイン計画である。本書はこの国家プロジェクトの歴史と組織を複眼的な視点から明らかにす
る。そこで本書では同一の物語が、異なる視点から三度記述される。
第一のケーススタディーは技術的合理の観点から記述される。1980 年代以後の石油価格の低下の中で計
画は苦しんだが、90 年代には環境問題の解決という意義が強調された。産官学連携の下、太陽光発電は一
定の成果をあげていった。しかしこの過程を組織や制度の側面から見れば、異なる様相が見える。第二ケ
ースでは、組織的合法の観点に立つことにより、サンシャイン計画における必ずしも技術面で合理的とは
言えない側面が明らかにされていく。そこには組織の慣性による計画の延命があった。さらに第三ケース
では、社会的合意の観点から計画に参画した個々人の意味の世界を見ることで、また異なる様相が見えて
くる。そこには政策を何とか成立させようとする官僚たちや、自らの技術の将来性を信じて、危険な橋を
渡ることを辞さない研究者や経営者たちがいた。そうしたところにこそ、計画を創発させるアントルプレ
ナーたちがいたのである。
一つの歴史的事件も、どういった視点からそれを見るかによって異なる様相を見せることになる。日本
の再生可能エネルギー開発についても、史実やデータを丹念に分析すると同時に、開発計画に参加した主
体の意味世界やその相互行為の制度化に視線を向けることによって、私たちはより効果的なプロジェク
ト・マネジメントのあり方を発見することができるはずである。その点で本書の試みが、経営事象を複眼
的な観点から多面的に把握し、新たな社会的知見を導くきっかけとなるならば筆者としてこれ以上の喜び
はない。
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞作品
近世日清通商関係史
彭 浩著
東京大学出版会 viii,309 ページ、6000 円(税別)
書評
政策と通商 綿密な考察
東京大学教授
岡崎哲二
前近代・近代におけるアジア内部の貿易の重要性が近年の経済史研究によって明らかにな
ってきた。本書はこうした経済史研究の進展を背景として、日本の幕藩体制成立と、中国に
おける明・清の王朝交代という大きな政治的変動が生じた17世紀以降に焦点を当て、新た
に成立した日中両国の政権がどのような通商制度を構築し、その下でどのように通商が行わ
れたかを分析している。
17世紀末~19世紀半ばの日中間の通商関係は中国史の文脈では朝貢貿易体制ないし互
市関係、日本史の文脈では鎖国体制下における長崎の会所貿易を軸に捉えられてきた。
本書の貢献は、両国のこうした通商制度がそれぞれの政権の政策意図を反映して相互に関
連しつつ形成されたこと、その下で国交に基づかない通商関係が長期間にわたって安定的に
維持されたこと、両国の政権は幕府が発行する「信牌」という譲渡可能な一種の通商許可証
を利用して間接的に通商をコントロールし、それぞれが望む通商の成果の実現を期していた
ことを明らかにした点にある。
こうした貢献を可能にしたのは、著者が戦前以来蓄積されてきた膨大な関連文献の適切な
理解の上に、日本側の史料を読み直すとともに、最近利用可能になった清朝の史料を読解し、
両者を統合し、さらに考察を重ねたことにある。日清間の通商関係史にとどまらず、グロー
バルヒストリーや制度の経済史にもインパクトを与える貴重な研究である。
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第 58 回日経・経済図書文化賞決まる
受賞の言葉
ほう こう
2001 年曲阜師範大学卒業。05 年復旦大学大学院歴史学研究科修士課
程修了。2012 年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。同年
東京大学より博士号(文学)取得。2014 年より東京大学史料編纂所特
任研究員。79 年生まれ。
「外交」によらない通商体制の仕組みづくり
東京大学史料編纂所特任研究員
彭 浩
わたしたち現代人は、通商関係史の話を聞くと、おそらくまず、19 世紀半ば欧米諸国が東アジアに来航
し、中国や日本と通商条約を締結したことを想起されるであろう。たしかに、近代的な通商関係は、政府
間の交渉による通商条約に基づくものが基本的であると考えられるが、日本史・世界史のなかでは、国交
なき、または通商条約に基づかない国家間の民間貿易が長きにわたって維持できた例も少なくなかった。
拙著の研究対象となった「近世」日清間の通商関係も、その典型的な一例として挙げられる。
日本史の近世にあたる時代、西ヨーロッパ諸国の「大航海」およびそれに伴う積極的な海外進出に対し、
東アジア諸国は次第に「内向き」の政策転換を行い、それは歴史書のなかで、よく「鎖国」や「海禁」と
いった言葉で表現されている。この時代において、日清間では、国交はもちろん、政府間の通商をめぐる
交渉さえもなかった。しかし、それにもかかわらず、中国の商船が長崎に渡航して貿易を行うのが、ほぼ
毎年絶えることなく続いた。しかも、こうした中国商船の長崎貿易は、17 世紀後期、清朝が海禁を解除し
た以後、両政府のどちらから見ても合法的なものになり、言い換えれば、両政府がともに公認した通商関
係となったのである。
では、国交・外交(政府間の交渉という狭い意味の外交)なき環境のもと、日清間の通商関係はどのよ
うに長期的かつ安定的に維持されたのか。拙著は、こうした通商関係を維持するための仕組みを検討する
ことを主な目的とし、信牌システム、
「密貿易」に対する法的規制、商人の組織化などの課題について具体
的に考察を行った。結論を端的にいえば、両政府が互いに相手国の政策動向を注視し、制度上の衝突が発
生しないように自らの施策を展開・調整し、また民間商人も主体的に役割を果たすことにより、貿易を安
定して維持できる通商関係の仕組みができた、ということである。
今回の受賞を励みに、今後、さらに地道な研究を積み重ね、二国関係という枠組みに拘らず、よりグロ
ーバルな視野をもって、海域史・貿易史の研究を進めていきたい。
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