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国際社会による民主化支援の質的変換

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国際社会による民主化支援の質的変換
〔研究ノート〕
Note
国際社会による民主化支援の質的変換
─選挙支援の位置づけに関する考察─
A Qualitative Shift in International Democratic Support
— Consideration on the Position of International Support
for Domestic Elections in Developing Countries —
橋本 敬市*
Keiichi HASHIMOTO
要 約
1990年代以降、国際社会による選挙支援が急増している。伝統的な国際法の位置づけ
では、選挙は国内管轄事項であり、冷戦中は他国の内政に干渉することが、政治的動機
を反映した行為と受け取られる懸念があったため、東西両陣営とも選挙支援には消極的
だった。
ポスト冷戦期、地域紛争・内戦が増加する中で、政治的には大国が協調しさえすれば
国際社会による介入が可能となった。こうした環境変化のもと、国連や地域機関は民主
化支援の中心的課題として、紛争経験国や旧共産圏に対する選挙支援を拡大させたが、
制度の移植だけでは民主化が実現しないことが次第に明らかになり、現在では民主主義
の定着を目指した土壌づくりが主要関心事となりつつある。
選挙支援に関しては、わが国の実績はいまだ十分ではなく、内容も緊急無償資金協力
による物資供与や選挙監視要員の派遣などオペレーショナルなものが中心だった。国際
協力機構(JICA)が実施する技術協力でも、多くの場合スムーズな選挙実施を目的と
したオペレーション支援が行われてきている。国際社会における民主化支援の質的変換
をふまえ、今後はわが国も民主的価値観を根付かせるためのキャパシティ・ビルディン
グを中心に、援助の重点を民主主義の土壌づくりに移していく必要があるといえるだろ
う。
ABSTRACT
International support for domestic elections in transition countries has been increasing since the beginning of 1990s'. Under the framework of the traditional international
law, as domestic elections have been regarded as a domestic jurisdiction matter, both the
East and West camps were reluctant to support domestic elections, fearing that election
support would give rise to suspicion that it was based on political motive.
Since the end of the Cold War, international intervention in domestic matters has
* JICA国際協力専門員
Senior Advisor, Institute for International Cooperation, JICA
32
国際社会による民主化支援の質的変換
become possible if major powers agree to do so. From the view point of international
law, it can be said that international laws on human rights elaborated after the end of
WWII has led to intervention in "undemocratic countries." Under this context, the United
Nations and regional organizations have increased frequency of election support as the
main challenge for democratization. But it has become more and more obvious that
democratization process does not succeed if the support is limited to the transplantation
of systems, and therefore the main interest of the international community has shifted to
the consolidation of democracy.
Japan, which has limited experiences on election support, has been using its
resources chiefly on operational aspects of elections such as material supply for election
organizations by grant aid and dispatch of observers. Even the technical assistance provided by the Japan International Cooperation Agency (JICA) has been chiefly pointed at
smooth implementation of elections. In accordance with the international shift of focus
on democratization support, Japan also should put more emphasis on capacity building of
transition countries to foster democratic societies by introducing internationally accepted
values and practices of democracy.
換しつつある中で、日本の支援は依然として選
はじめに
挙実施主体に対する物資供与、選挙監視要員の
派遣など、オペレーショナルな面に偏る傾向が
「家を建てることと家庭を作ることは同じでは
ある。民主化支援に関する実績が少ないことか
ない──」(Sztompka[1996]117)。ポスト冷戦
ら、依然として試行錯誤の状況にとどまってい
期、紛争経験国や旧共産圏に対する国際社会の
るともいえるだろう。
民主化支援が難航する中で、ポーランドの社会
冷戦終結に伴う政治状況の変化に加え、伝統
学者P・ストンプカが制度構築を中心とした支
的な国際法では内政干渉と認識されていたよう
援ばかりでなく、民主主義定着のための土壌づ
な事象も、看過できない問題として国際的な関
くりを意図した支援の重要性を強調して、こう
心事項とされ、国際的処理の対象となっている。
語っている。
こうした国際環境の変化の中で、日本としては
手続き的民主主義は、いくつかの制度的メカ
ニズムを内包しているが、その中心は選挙にお
いかなる支援を実施すべきであろうか。
本稿では、民主化支援の一環としての選挙支
ける競争であるというのが一般的認識であり、
援の背景、国際社会のスタンスの変遷を見なが
民主化支援の柱のひとつとして選挙支援が一般
ら、日本の果たすべき役割を考察したい。
化している 。
注1)
国連による選挙支援が世界レベルで拡大し、
I 国際的選挙支援の背景
欧州安全保障協力機構(OSCE)、米州機構など
地域機関による選挙管理・運営も増加する一方
冷戦終結まで、国際社会は選挙支援に消極的
で、制度の移植だけでは民主主義が定着しない
だった。伝統的な国際法の枠組みでは、選挙は
という認識が広がりつつある。「市民社会に見ら
「国内管轄事項」と認識され、選挙への介入は
れるような意見の調整機能が存在しなければ、
「内政干渉」にあたるとの懸念があったこと、冷
政治に対する有権者の影響は投票日当日に限定
戦下における第三国への介入は、東西いずれか
される」というわけである(Krol[1995]39)
。
の陣営からの反発が予想されたことなどによる。
国際社会による民主化支援の課題が質的に変
元来、内政不干渉原則は国家同士の介入に関
国際協力研究 Vol.22 No.1(通巻43号)2006.4
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して慣習法として確立されたものである。第一
主義の勝利と見なされ、人権の尊重、民主主義、
次世界大戦後に国際連盟が創設された際、加盟
法の支配、紛争の平和的解決といった規範・原
国は国内管轄事項(憲法上の諸問題、関税、移
則の普遍化が促進される契機となった。
民、国籍など)に対する連盟の干渉を懸念し、
冷戦期、援助が西側諸国の対外覇権工作とい
それを排除する条項(規約第15条8項)を挿入し
う戦略的視点から展開されていたという側面も
た。
あったが、冷戦終結に伴い、新たな援助理念を
国連憲章でも第2条7項で、同様の規定がなさ
求められるようになり、人権や民主化が援助条
れている。つまり、それは国家に対する国連の
件に課せられるようになった。こうして人権や
干渉を排除することであって、国家間の不干渉
民主制度という価値のグローバル化が始まった
原則に直接言及する条項は存在しない。
といえるだろう。
しかし、その後、独立国家が急増した状況を
特に欧州では共通価値・規範策定が進展し、
受け、1970年に国連総会が採択した決議2625
欧州安全保障協力会議(CSCE:1995年1月以降
(「国連憲章に従った諸国間の友好関係と協力に
はOSCEに改組)、パリ首脳会議(1990年11月)
関する国際法の諸原則についての宣言」)では、
で採択されたパリ憲章によって、欧州諸国は人
国際法原則に新しい解釈を提示し、内政不干渉
権、民主主義、法の支配が新しい時代の統治原
原則に関して「いかなる国家又は国家集団も、
理であるとの共通の価値に合意した。同憲章と
(中略)いかなる他の国家の国内または対外の事
相前後して、CSCE諸国は欧州共通の価値と規範
項に干渉する権利を有さない」として、国家間
を確立した。これには人権、マイノリティの保
の不干渉原則に言及していることが注目される。
護、民主主義、法の支配といった共通の価値・
冷戦の終結によって二極構造が崩れ、国際社
規範が含まれており、これによって不十分な民
会のスタンスは一変した。国際法の視点からは、
主化や民主制の崩壊の危機、メディアの独立の
内政干渉を阻む伝統的な国際法体系よりも、ポ
脅威、選挙制度の不備、マイノリティの抑圧、
スト紛争国などにおける人道上看過できない状
攻撃的民族主義の顕在化、難民・避難民の発生
況に対する対応が重視される傾向が強まったと
などは、欧州共通の安全保障を脅かすものであ
いえるだろう
るとの共通合意ができ上がった。
。
注2)
選挙実施について1989年国連人権委員会は、
決議「定期的で真正な選挙の実施の原則の効果
を高める:将来の努力のための枠組み」の中で、
「定期的で真正な選挙を通じて表現された人民の
意志」を「政府の権威の基盤」と規定し、普通
ヘルシンキ首脳会議(1992年2月)では、
CSCEの人的側面に関する取り決めについて、
「すべてのCSCE参加国にとって直接的かつ正当
に関与すべき事項であって、当事国のみの内政
問題ではない」との原則を確認した。
平等選挙や秘密投票の原則、憲法に規定された
さらにブダペスト首脳会議(1994年12月)で
手続きに従って統治形態を変更する人民の権利
も、行動規範を含むすべてのCSCE原理の完全な
などの原則を確認した。さらに選挙実施に際し、
尊重と誠実な履行が、すべての加盟国の関心事
「(選挙を実施する)当該国は監視員を招聘した
項であると規定した。これにより、人権問題や
り、助言的用役を求めることができる。それら
政治体制のあり方など伝統的な内政問題と見な
の片方もしくは両方が地域機構または国際連合
されていた領域が、欧州では加盟国の共通の関
から提供され得る」として、国内選挙に対する
心事項と見なされるようになった。
国際社会の支援について、肯定的見解を示して
いる。
他方、政治的には冷戦の終結は、人権と民主
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こうした共通価値・規範は多国間での政治宣
言、政府間合意、条約で確認され、これら領域
への第三国や国際機関の介入・調停に対して内
国際社会による民主化支援の質的変換
政不干渉原則を盾に拒むことはできなくなり、
互関連を説き、民主的な国家の間には戦争が起
民主化支援の展開を大きく促進する結果となっ
こらないと主張する。同論については賛否両論
ている。
があるものの、欧米諸国の安全保障政策や援助
政策には本論に通じる発想が含まれており、民
II 国際社会による選挙支援の意義
主主義のグローバル化を促進する一助となって
いる注3)。ガリ前・国連事務総長は『民主化のた
民主化支援について、クリントン米大統領は
めの課題』の中で以下のような主張をしている。
「『封じ込めドクトリン』の後を引き継ぐもの」と
「民主的制度・過程は競合的利益を討論の場へ
宣言してその重要性を強調している(Carothers
と転換し、議論に参加するすべての当事者によ
[1997]86)。冷戦の終結が、民主主義や人権尊
って尊重され得る妥協の手段を提供し、相違・
重といった価値観の勝利と認識された結果、民
紛糾が武装紛争・対立へと発展する可能性を最
主化促進が国際関係の中心的課題となり、グロ
小化する。(中略)このように民主主義の文化は
ーバルな価値観と見なされるようになったので
根本的に平和の文化である(Boutros-Ghali[1996]
ある。
pp.6-7)」
。
民主化は政権獲得をめぐる開かれた競合を必
こうした認識に基づき、ガリは「民主的に選
要とし、それゆえ誰が統治するかを決定する自
出された政府に与えられた正統性は、他の民主
由で競合的な選挙を必要とすることになる。選
的国家の人々への尊重を持ち、国際関係におけ
挙は民主国家構築の基礎となるプロセスではあ
る交渉、妥協、法の支配への期待を促進する」
るが、これを国際社会が支援することにどのよ
として、国家が民主化すれば、戦争に訴える可
うな意味があるのだろうか。
能性が低くなるとの論を展開している。
まず紛争経験国など民主化の途上にある国に
ハンティントンも同様に、民主主義は「シス
おいて、選挙を実施することは、国内外に正統
テム内における異議や反対を表現するための公
性を主張し得る政府を樹立することを目的とす
的な回路を提供する」として、「一般的な民主主
る。このプロセスを国際社会が支援することは、
義システムは非民主主義システムと比べて市民
「崩壊ないし危機に瀕した古い制度の後に生まれ
た政治秩序の正統性を、国際社会が公正な外部
勢力として保証する」わけである(篠田[19992000]20)
。
的暴力を受けることが少ない」と結論づけてい
る(Huntington[1991]pp.29-30)。
前述したとおり、米国などは民主化を安全保
障政策の一環ととらえているが、ドナー各国が
国際基準に沿った選挙を実施した国は、同じ
民主化支援を重視しているのは、当該国の平
価値基準を有する国際社会に受け入れられるこ
和・安定ばかりでなく、ドナー側の利益にも資
とになる。国際社会が実施する選挙監視は、こ
するととらえているのは言うまでもない。
のプロセスを監視することを通じて選挙が国際
最後に、選挙は紛争後の国家再建を支援する
的規範に則ったものであることを見届け、その
国際社会の撤退戦略の一環としても重要である。
選挙結果に基づいて設置される立法府・行政府
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を終焉に導いた
の正統性を認めるものといえるだろう。
デイトン合意や、アフガニスタンの民主化プロ
次にポスト紛争国において、選挙支援が一般
セスを規定したボン合意など、紛争後の国家再
化している背景には、選挙を通じて民主主義を
建の道標となる合意文書には通例、選挙実施期
確立することが平和に資するとの認識がある。
日が設定されている。これはプロセスの目標を
このいわゆる「民主的平和(デモクラティッ
明確化することに加え、復興を支援するドナー
ク・ピース)論」は、政治体制と国際平和の相
国・国際機関に対し、前もって重点的支援継続
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の目途を提示するうえでも有効である。実際に
す概念だった。
は民主化プロセスが予定どおりに進行すること
ダールは民主主義の属性として、選挙で選ば
は困難であるため、プロセス途上で適宜修正が
れた公職者、自由・公正な選挙、すべての有権
必要となろうが、当該国における選挙実施・民
者による投票、立候補する権利、表現の自由、
主的権力機構の設立をもって、援助削減開始の
代替案に関する情報、連合体としての自治権の7
メルクマールとすることは、介入戦略全般を考
項目を挙げている(Dahl[1989]p.221)。つま
えるうえでも重要である。選挙後の早期撤退が
り選挙は民主的制度の主要判断材料と認識され
紛争再発につながる危険性も排除できないが、
ていた。もし選挙が合法的に計画され、包括的
二国間援助の場合は外交の一環としての民主化
で公正な競争原理に従って組織され、有権者が
支援であり、ドナー国政府自身が国内的に介入
正当に登録されたうえ、いかなる強制も受けず、
の正統性を説明するうえでも、明確なスケジュ
票が公正に集計され、勝利者がいかなる恣意的
ールが必要となる。
なマンデート終了も強制させることなく職務に
就くことができれば、民主主義の制度化が進ん
III 民主化支援の質的変換:
選挙オペレーション支援を超えて
だと判断されていたのである注5)。
しかし、1990年代中盤以降、選挙の実施だけ
が安定した民主主義を提供するのではないとの
民主主義の必要条件である自由選挙が、民主
指摘がなされ、選挙に加えて市民社会の構築、
主義の十分条件ではないのは、ボスニア・ヘル
法の支配確立、市場経済への移行といった広
ツェゴビナなどの紛争経験国で民主化移行が難
範で社会に根差した特質が強調されるようにな
航している状況を見れば明らかである注4)。マン
る(Allison[1994]8-26)
。
スフィールドとスナイダーが指摘するように、
「民主化」に関する議論は、民主的制度の確立
権威主義体制や独裁体制の下にある国よりも、
や、そのオペレーションよりむしろ、その持続
むしろ民主化移行期にある国のほうが、戦争を
性に重点が置かれるようになり、「定着(consol-
起こす危険性が高く、「安定した民主性の確立の
idation)」の重要性が増したといえるだろう。プ
ためには経済支援のみならず、寛容で自由主義
リドハムとルイスは、「われわれの目的を達成す
的な政治文化の涵養が不可欠」なのである
るための『民主化』は、体制の変換に関する包
(Mansfield and Snyder[1995]
)
。
括的なプロセス、つまり始めから終わりまでを
民主化支援のアプローチは、こうした認識に
指すものと見なされている。これには自由民主
基づいて変化を遂げつつあるが、新たなアプロ
主義への『移行』と呼ばれるものと、それに続
ーチは2つの主要な要素で構成されているといえ
く『定着』の両方が含まれる」と指摘する
るだろう。第1に、従来、民主化の尺度とされた
(Pridham and Lewis[1995]p.2)。ガンサーはま
自由・公正な選挙の実施や立法・行政府の設置
た、
「民主制度を創出して選挙を実施することは、
プロセスなど制度上のレベルのみならず、ある
安定し存続可能な民主制度が生まれるプロセス
社会の属性としての価値観や文化を重視するこ
と。第2に民主主義の定着という問題を国際化し、
民主化のためには国際社会の制度的ガイダン
ス・支援を必要とするという考え方である。
ポスト冷戦期の1990年代初頭まで「民主化」
の一部にすぎない」と論じている(Gunther
[1999]39)。
民主的正統性に関する研究において、伝統的
に中心的課題だった選挙さえも、新生民主国家
の評価においては、それほど重要視されなくな
は、西側先進国のモデルに沿って、自由民主主
っている。前述したようにクロールは選挙につ
義や制度上の民主主義を確立するプロセスを指
いて、「市民社会に見られるような意見の調整機
36
国際社会による民主化支援の質的変換
能が存在しなければ、政治に対する有権者の影
響は投票日当日に限定されることになる」と論
IV 日本の課題
じ、「こうした調停・規制機能がない状況では、
悪意に満ちた非難のレトリック、敵意に満ちた
わが国は1992年に閣議決定された「政府開発
論争は、コントロールできなくなり、不作法な
援助大綱(ODA大綱)」において、「開発途上国
政治的対立は有権者に影響し、実の乏しい選挙
の離陸に向けての自助努力を支援することを基
を生む」と指摘している(Krol[1995]39)
。
本とし、広範な人づくり、国内の諸制度を含む
このような市民社会の不在から、新生民主国
インフラストラクチャー及び基礎生活分野の整
家では有権者の能力が公然と問われるようにな
備等を通じて、これらの国における資源配分の
っている。パロットは「市民社会の主要構成要
効率と公正や良い統治の確保」を図ると規定し、
素がなければ、形式上本質的に民主的に機能す
援助実施4原則の中で、「開発途上国における民
ることはできない」との見解を提示(Parrot
主化の促進、市場指向型経済導入の努力ならび
[1997]p.24)。冒頭に紹介したストンプカは「家
に基本的人権及び自由の保障状況に十分注意を
を建てることと家庭を作ることは同じではない」
払う」として、明示的に「民主化促進」を取り
という比喩を使い、
「前者はただの骨組みであり、
上げている。
中身のない枠組みにすぎず、建築家の関心事項
とはいえ、現在までのところ、同分野に対す
である。後者は社会的活動、社会的相互作用の
るわが国の支援実績は限定されており、特に選
関連事項であり、社会学の関心事項である。制
挙支援については、オペレーショナルな分野が
度の領域と文化・文明の領域との間の差異を多
中心となってきた。具体的には、国際機関に対
かれ少なかれ明確に認識することは、他の表現、
する資金拠出、緊急無償資金協力等による物資
つまり『公的領域』対『市民社会』という言葉
供与と、選挙監視団の派遣が主体となっている。
でも表現される」と論じている(Sztompka
国際協力機構(JICA)による技術支援も選挙
[1996]117)
。
オペレーションに対する個別専門家派遣(1999
こうした主張に共通するのは、①市民社会を
年インドネシア、2002年パキスタン)、選挙広報
構成する集団は公益に関心があり、利己的な目
の個別専門家派遣(2001年東ティモール)など
的のために政治権力を掌握しようとしないし、
選挙の実施そのものを円滑に進めるためのオペ
自分たちの見解を他人に押し付けようともしな
レーション支援に偏る傾向があった。1999年の
い、②市民社会は、寛容や節制、妥協を求める
インドネシアの際には、22名の短期専門家が選
意思、反対意見の尊重など民主主義の属性の発
挙管理委員会に派遣されたが、基本的にロジス
展にとって、極めて重要な場となり得る──と
ティックス支援である。
いう考え方である。
ポスト紛争国や旧・共産圏の民主化プロセス
これに対し、同じ二国間援助として米国国際
開発庁(USAID)は、「公正で自由な選挙の実施
において、市民社会の文化的価値観の重要性が
は民主主義を機能させるための必須条件である」
強調されるようになるにつれ、国家が民主主義
と位置づけ、オペレーション面の支援も実施し
を守るのに必要な文化・価値観を欠いていた場
ているものの、支援内容として「選挙実施への
合には、民主化は社会の核心にまで至る大幅な
短期的支援」以上に、「民主的選挙の定着を目指
変革を必要とするとの認識が広がったのである。
した長期的支援」を重視している点が特徴的で
ある(USAID[2005])
。
独開発公社(GTZ)も、支援分野「グッド・
ガバナンス」に「民主主義と法の支配」という
国際協力研究 Vol.22 No.1(通巻43号)2006.4
37
テーマを掲げて民主選挙の促進に取り組んでい
「日本からの要員を優先的に安全な地域に展開さ
るが、特に「相手国の特別な政治状況、社会
せるということは、他国の要員を危険地帯に派
的・文化的条件に適合するサービス」に言及し
遣することであり、アンフェアである」との声
て、制度定着の土壌づくりを目指した支援を謳
も聞かれるのである注7)。
っている注6)。
わが国が実施してきた支援も前述のとおり、
こうした状況下、JICAは2004年9月のアフガ
ニスタン大統領選挙に際し、民主選挙の研究者
外交的な意義に加えて、選出された代表者に正
を派遣し、同国選挙管理委員会や女性候補者、
統性を付与すること、民主的価値観を共有する
選挙監視を実施する地元NGOに対するキャパシ
国家としての位置づけをすることなどによって、
ティ・ビルディングを実施した。このほか2005
手続き的民主制度の導入には寄与しているとい
年にはイラクやキルギスの選挙管理委員会に対
う見方も可能であろう。しかし、民主化支援そ
する人材育成を試みている。選挙支援の重点が
のものに対する認識の低さにより、手続き的民
制度の移植から先方国に対する能力開発に移行
主制度の導入支援さえも不十分な結果に終わっ
している中で、これらの援助はわが国の援助の
ている。それが象徴的に現れているのが、選挙
方向性を示すうえで示唆的である。
監視であろう。
「アンフェア」との評価を受けながら、従来の
選挙監視団については、国際平和協力法
ような名目上の選挙監視を継続するより、地元
(PKO法)に基づく派遣と外務省設置法に基づく
で選挙監視にあたるNGOに対する能力開発を実
派遣が中心であるが、JICAも調査団派遣という
施することで実効性のある選挙監視を保証する
形式を取りながら、選挙監視団に参加した実績
ことや、当該国の選挙管理委員会のキャパシ
がある(2004年アフガニスタン大統領選挙な
ティ・ビルディングを実施して民主化の土壌を
ど)
。
つくる支援に切り替えていくことが、長期的な
PKO法による派遣ではこれまでに、アンゴラ
視点で見れば、外交戦略にも適い、国際社会の
大統領・国会議員選挙(1992年9月)から東ティ
方向性とも合致しているといえるだろう。具体
モール大統領選挙(2002年4月)まで、計9カ所
的には支援の焦点を①選挙に対する財政支援、
に要員が派遣されており、通例民間人を一時的
②民主化促進のための技術協力に絞り、オペレ
に内閣府が任用することになる。
ーション自体に対して象徴的な意味しか持ち得
他方、外務省設置法に基づく派遣では当初、
ないような要員派遣は極小化していく方向が望
民間人を一時的に外務省員に任用して派遣する
ましい。「ドナー各国が自国の国内事情に左右さ
形態が見られたものの(1996年ボスニア選挙な
れるのは理解できるが、民主化に直接貢献しな
ど)、近年では外務省のプロパー職員を派遣する
い援助は、ドナー側の自己満足以外の何物でも
例が多くなっている。
ない」のである注8)。
紛争経験国では通例、最初の選挙実施時には
治安維持のための多国籍部隊(PKO軍も含む)
注 釈
が展開しており、選挙監視要員を派遣する欧米
諸国の多くが自国兵士を派遣しているが、わが
国は文民だけを派遣してきた。このため、わが
国の選挙監視要員は比較的安全な地域に限定的
に展開することになっている。わが国の政治的
状況を考慮すれば、危険地域への展開は困難で
あることは否めないが、選挙実施主体からは
38
1) シュンペーターは民主主義を「国民の票を奪い合
う競争によって,各個人が決定権を獲得するよう
な政治的決定に達するような制度的アレンジ」と
して,選挙の主導的役割を定義づけている(Shumpeter[1943]p.269)
.
2) 国際選挙支援に関する国際法上の議論については,
篠田[1999-2000]など参照.
3) たとえば,土佐[1997]43-55など参照.
国際社会による民主化支援の質的変換
4) ボスニア・ヘルツェゴビナにおける選挙の有効性
については,橋本[2004]など参照.
5) たとえば,O'Donnell[1996]37 など参照.
6) GTZホームページ[http://www.gtz.de/en]
.
7) 2000年8月13日,OSCEボスニア・ミッションのリ
ック・ベインター氏とのインタビュー.
8) 同上.
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大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修
了(国際公共政策博士).新聞記者,在オーストリア日
本大使館専門調査員,上級代表事務所(ボスニア・ヘ
ルツェゴビナ)政治顧問を経て,
現在,JICA国際協力専門員(平和構築担当)
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国際協力研究 Vol.22 No.1(通巻43号)2006.4
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