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1 建物賃貸借契約と仲介業者の調査義務・説明義務
P1
2 入居前のキャンセル
P1
3 家主の修補義務と賃料の不払い
P2
4 賃料増減請求
P2
5 連帯保証人の責任
P2
6 原状回復
P3
7 敷引特約
P4
8 オーナーの破産と賃貸借契約
P4
【解説編】
1 建物賃貸借契約と仲介業者の調査義務・説明義務
P5
2 入居前のキャンセル
P7
3 家主の修補義務と賃料の不払い
P8
4 賃料増減請求
P9
5 連帯保証人の責任
P12
6 原状回復
P14
7 敷引特約
P18
8 オーナーの破産と賃貸借契約
P23
賃貸借契約、管理委託契約をめぐる紛争事例の考察
―
弁護士
及
川
健一郎
氏
―
1 建物賃貸借契約と仲介業者の調査義務・説明義務
第1問
都 市部の単身用ワンルームマンション内で自殺があったが,特に新聞 報
道 等はなされなかったケースで,次の賃借人には,自殺があったことを 説
明 して賃貸し,3年居住した後に退去した場合,さらに次の賃借人に対 し
て 建物を賃貸する際には,これを仲介する宅建業者は,自殺があった事 実
を 説明する義務を負うか?
第2問
宅 建業者が建物の賃貸を仲介した際に,建物の構造について重要事項 説
明 書に「鉄筋コンクリート造3階建」と記載したが,登記簿上は,「軽量
鉄 骨コンクリートブロック造一部鉄筋コンクリート造陸屋根3階建」で あ
っ たところ,震度6 の地震がきて,建物 が倒壊してしまい,賃貸建物がつ
ぶ れて,入居者が負傷した。この場合,宅建業者は,入居者に対して, 治
療 費等の損害を賠償する義務を負うか?
2 入居前のキャンセル
第3問
1
2
宅 建業者が賃貸マンションの賃貸借契約を仲介し,礼金,敷金,前家 賃,
共 益費を支払ってもらって契約を締結したが,借主が入居前に急遽転勤 に
な ったと言って,入居をキャンセルしたいとの申し出がなされた。
貸 主は,入居前のキャンセルに応じなければならないのか?
こ のようなトラブルを防止するために,賃貸借契約書にどのような定 め
を おいたらよいか?
- 1 -
3 家主の修補義務と賃料の不払い
第4問
単 身用賃貸マンションのユニットバスの浴槽が破損し,使用できなく な
っ た。しかし,東日 本大震災の影響で,ユニットバスの交換品が届くの に
少 なくとも3か月を要するとのことで,入居者は,その3か月間につい て
は ,賃料を一切支払 わなかった。この場 合,貸主が催告して も入居者が賃
料 を支払わない場合には,賃貸借契約を解除して,入居者に立ち退きを 求
め ることができるか?
4 賃料増減請求
第5問
A オーナーは,平成22年3月1日,マンションの1室をBに対し、 月
額 10万円の賃料で賃貸した。このBの貸室と同じ間取りである隣の部 屋
が 6か月以上空室だったため,平成22年10月に,月額8万円の賃料 で
賃 貸に出す広告を出した。すると,Bが Aに対して,自分の 部屋の賃料 の
相 場も月額8万円のはずだから,賃料を月額8万円に減額するよう請求 し
て きた。この場合,オーナーは,賃料の減額に応じる必要があるか?
第6問
近時,フリーレント等を導入し,入居者の初期費用を抑えるようなメ リ
ットを売りにして賃貸している例があるが,賃貸物件の競争力を高める た
めに,当初の賃料は安く設定し,次第に増額する特約を定めることは可 能
か?
5 連帯保証人の責任
第7問
A オーナーは,Bに対して,マンションの一室を月額10万円の賃料 で
賃 貸し,Bの会社の上司であるCが連帯保証人に就任した。
そ の後,賃貸借契約が2年ごと,3回更新されたのちに,賃料の滞納 が
始 まった。しかし,Bは,遅れながらも賃料を支払っており,4回目の 更
新 時期の時点では,3か月分の賃料が滞納になっていた。
連 帯保証人Cは滞納賃料の支払いについて,Aオーナーから催告を受 け
た ので,Aに対して「賃貸借契約を更新 しないでほしい。連 帯保証人を変
え てほしい。」と申し出た。しかし,Aオーナーは,更新を拒絶するこ と
な く,賃貸借契約は法定更新されたところ,その後全く賃料が支払われ な
- 2 -
い まま,Bは行方知れずになり,滞納賃料は9か月分になってしまった 。
こ の場合,Aオーナーは,連帯保証人Cから,滞納賃料全額を回収す る
こ とができるか?
6 原状回復
第8問
居 住用マンションの賃貸借契約において,下記の事項を借主の原状回 復
義 務に含まれるものとして,その補修費用を借主に負担させることがで き
る か?
1
た ばこによる「やに」の汚れ
2
結 露により発生したカビ
3
家 具を置いたことによる床のへこみ
4
鍵 のシリンダーの交換費用
第9問
自 然損耗についても,借主に原状回復義務を負わせたい。
1
借主の原状回復には,自然損耗(そんもう)は含まれないが,特約す れ
ば ,借主に自然損耗の原状回復義務を負わせることができると聞いた。店
舗 賃貸借契約では,借主に特約でどこまで自然損耗の原状回復義務を負 わ
せ ることができるか。
2
また,特約はどのように作ったらよいのか。例えば,「 退去するとき は,
ク ロスは破れたり・汚損していなくとも借主の費用で張り替えること。 」
と いう特約は有効か。
3
壁のクロスが破れた場合,借主が原状回復義務を負うとされる場合で
も ,使用期間が6年 以上経っていると,国土交通省が発表した「原状回復
を めぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(以下「ガイドライン 」
と いう)によれば,減価償却した後の残存簿価が1円となり,張り替え 費
用 をほとんど借主に負担させられないと言われているが,事業用ビルの 場
合 ,特約すれば,クロスの交換費用全額を借主に負担させることができ る
の か。
- 3 -
7 敷引特約
第 10 問 以下の内容の借家契約について、契約終了時に,敷引特約に基づき,貸
主 は保証金40万円から21万円を差し引くことができるか。
1) 居住用建物の普通借家契約
2) 賃貸期間:平成18年8月21日~平成20年4月30日退去
3) 礼金なし
4) 更新料2年に1回1ヶ月分
5) 賃料(1か月):9万6000円
6) 保証金40万円
7) 同 賃 貸 借 契 約 に は 「自 然 損 耗 の 原 状 回 復 費 用 を 借 主 に 負 担 さ せ な い 代 わ
り に敷引特約(保証引特約)、すなわち、保証金のうち一定額を控除し 、
こ れを貸主が取得する。」旨の特約が付されていた。
敷 引額:
契約経過年数1年未満 18万円
契約経過年数2年未満 21万円
契約経過年数3年未満 24万円
契約経過年数4年未満 27万円
契約経過年数5年未満 30万円
契約経過年数5年以上 34万円
8) 契 約 終 了 時 に 貸 主 が 保 証 金 4 0 万 円 か ら 2 1 万 円 を 敷 引 き , 借 主 に は
1 9万円が返金された。
8 オーナーの破産と賃貸借契約
第 11 問
A社は,Yオーナーから賃貸ビルの管理業務を受託していたが,突然 Y
オ ーナーの代理人弁護士から,破産手続開始を申し立てた旨の通知が あ
り ,さらに,ビルには,破産管財人弁護士が管理を開始したことを示 す
告 示書が貼り出された。
1
入 居者は賃料を誰に支払うべきか?
2
A 社は管理業務を続けなければならないのか?
3
入 居者は,立ち退かなければならないのか?
4
入 居者が立ち退く際には,敷金は戻ってくるのか?どのように保全す る
の か?
- 4 -
【解説編】
1 建物 賃貸借契約と仲介業者の調査義務・説明義務
第1問
【答】 設 問の事例では,宅建業者は,自殺についての説明義務を負わない。
【解説 】
1 宅建 業者は,不動産の賃貸・売買の仲介や代理を行う場合に,宅建業法 3
5 条や,47条に定められた事項に限られず,重要な事項については,宅 建
業 務を行うにあたっての一般的な注意義務として,説明すべき義務を負っ て
い る。そして,売買や賃貸の目的物に瑕疵が存在することは,重要な事項 で
あ るから,宅建業者がこれを知り又は容易に知り得た場合には,買主若し く
は 借主に対して,説明する義務を負うことになる。
また ,仲介を担当する宅建業者が,売買や賃貸の目的物に瑕疵が存在す る
こ とを知りながら,これを告げなかったときや,不実のことを告げたとき は,
宅 建業法47条1号ニの規定に違反したことになる。
2 自殺 があった建物(部屋)を賃借して居住することは,一般的に心理的 に
嫌 悪感を感じる事柄であり,物件の心理的瑕疵にあたる。したがって,そ の
よ うな物件を賃貸しようとするときは,これを仲介する宅建業者は,原則 と
し て,賃借希望者に対して,重要事項の説明として,当該物件において自 殺
事 故があった旨を告知すべき義務があると言える。
3 しか し,常識的に考えて,自殺後の物件を第三者が賃借して居住したと こ
ろ ,特に問題がなかったのであれば,その後は,過去の自殺に対する心理 的
嫌 悪感はかなり減少すると考えてよい。
また ,自殺の内容が,世間的に注目を集めるような事件であった場合に は,
そ ういった物件に居住すること自体が,賃借人の評判を下げたり,噂にな っ
た りといった不利益を被る場合があるが,そのような事情がなければ,当 該
物 件に居住しても,賃借人についての噂が流れるといった不利益はなく, 心
理 的な瑕疵の程度は低いとも考えられる。
4 本件 の類似事案についての裁判例では,①自殺事故による嫌悪感も,時 の
経 過によって希釈する,②一般的に自殺事故の後に新たな賃借人が居住を す
れ ば,当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情がない限り, 心
理 的な嫌悪感の影響もかなりの程度薄れる,③都市部の単身用物件は,近 隣
と のつきあいも相当希薄であり,④本件自殺は,特に世間の注目を集める よ
う なものではなかったこと等の事情があるとして,賃貸人に自殺について の
告 知義務はないとした(東京地裁 H19.8.10)。
5 【ポ イント】
1) 自 殺があった物件を売却したり賃貸する場合に,仲介業者は,事件発 生
後 いつまで説明しなければならないのか,その期間を単純に年数で区切 る
の は難しいが,自殺事故後1回目に借すときには説明し,2度目以降は 説
明 しなくてよいと判断するのが無難。
- 5 -
2)
一 般的に,賃貸対象の建物内で,自殺があった場合に,それが心理的 瑕
疵 にあたりうるとする裁判例は多く,少なくとも,自殺事件発生後最初 に
賃 貸する場合の賃借人に対しては,説明義務があると判断されている例 が
多 い。
し かし,その後入居者がいて2~3年が経過した後に,次の借主に貸 す
際 には,自殺があったことについて貸主らは説明する義務はないと裁判 所
も 判断する傾向にある。
3) ま た,賃貸物件内で自殺したことによって,その物件の賃料が下がる こ
と による損害の賠償を遺族等に請求した事件では,裁判所は,低い賃料 で
し か貸せない期間を2~3年程度と認定する例が多い。
こ のような考え方からすると,裁判所は,3年程度で心理的嫌悪感が 相
当 希釈し,説明を要する心理的瑕疵が失われるという判断をする傾向に あ
る ことが窺われる。
4) し たがって,安全を期すのであれば,初回の賃貸では5年間くらいは 説
明 しておいた方がよいと考える(私見)。
な お,例えば自殺事件があった後,5年間空き室状態が続いていて, そ
こ に入居を希望する者が現れた場合に,入居希望者が空き室期間が長い こ
と の理由について説明を求められた場合に,自殺があったことを秘匿す る
と ,告知義務違反になるので注意が必要。
5) 自 然死や,賃貸物件内で自殺を企てたが,亡くなったのは病院であっ た
場 合,あるいは,屋上から飛び降り自殺があったマンションの一室を賃 貸
す る事例,階下の部屋で自殺があった上の部屋を賃貸する事例について ,
仲 介業者の説明義務を否定した裁判例がある。
第2問
【答】 宅建 業者は,入居者の治療費等の損害賠償義務を負わない。
【解説 】
1 重要事項説明書には,建物の構造について,正確に記載しなければなら ず,
その意味では,本件では,記載が誤っているという点について,重要事項説
明義 務違反の問題はある。
2 しかし,建物が倒壊した原因は,地震によるものであるところ,一般人が 考
えても「鉄筋コンクリート造」の建物か,「軽量鉄骨コンクリートブロック
造一部鉄筋コンクリート造」であるかで,入居するか否かの判断が変わると
は考え難く,仮に,建物の構造について,正しい記載をしていたとしても,
入居者は,この建物を賃借したであろうことから,重要事項説明書の記載の
誤り と,入居者の負傷との間には,相当因果関係が認められない。
3【 ポイント】
1) 重要事項説明書に誤記があってはいけないが,仮に誤記があったこと で,
クレームがあった場合に,その誤記の内容と,クレームの内容の関係を十
分吟 味して対応する必要がある。
- 6 -
2)
なかには,専門家のミスを逆手にとって,不正な利益を得ようとして,
過大な損害賠償を求めたり,仲介業者の説明義務違反の程度を考慮しない
まま入居者の要求がエスカレートして感情的なこじれが生じることで解決
が難 しくなる場合がある。
したがって,クレームに対する初期の対応が重要になるので,早めに弁
護士 等に相談して対応を誤らないように注意して欲しい。
2 入居 前のキャンセル
第3問
【答 】
設問 1 法律上は,貸主は,キャンセルに応じる義務は負わない。
1) 賃 貸借契約を締結した以上,その後借主の都合で解約する場合は,解 約
の条 項に則した手続によって解約をするのが原則となる。
例 えば,契約終了日の2ヶ月前までに解約を申し入れるよう定められ て
おり ,即時解約する場合は,2ヶ月分の賃料を違約金として支払うよう 定
めら れているような例では,入居者は2ヶ月分の賃料を違約金として支 払
われ ないと即時解約できないことになる。
2) し かし、入居者の責に帰すことのできない事情でキャンセルを申し出 た
場合 に、賃貸借契約書の中途解約条項を形式的に適用して処理しようと す
ると トラブルになることがある。
そ こで、トラブルを回避するための方策が問題となるが、賃貸借契約 締
結後 で,かつ,賃貸 期間開始前の時期に解約する場合についての条項を 定
めて ある契約書は少ないと思われる。
設問 2 本件のような問題に対処するために,以下の特約を定めるとよい。
【 特約 の例】
第 ○条 (契約期間開 始前の解約申出)
本契 約締結後契約 期間開始前に乙によ り解約の申出があっ た場合の敷金 ,
賃 料等 は,次のとお り精算する。
① 礼金は返還しな い。
② 敷金は全額返還 する。
③ 前家賃のうち, 1か月分は返還しな い。
1) 上 記特約のうち,礼金については契約成立に対するお礼であるため返 金
する 必要はないこと,前家賃については中途解約において1か月の予告 期
間を設けて次の借主を募集する期間分の賃料収入を確保しているのと同
じ趣 旨から,礼金と前家賃は返還しないこととしている。
ま た,居住を開始していない以上,原状回復すべき損耗が生じていな い
と考 えられることから,敷金については全額を返金すると定めている。
2) 法 律上は以上のとおりだが,礼金を2か月徴収している場合には前家 賃
- 7 -
と併 せて3か月分を徴収することになる。このようにすると借主側の反 発
も強 く,トラブルが発生することも考えられる。
そ こで,貸主側としては,借主側の対応も見て,例えば,「前家賃1 か
月分 」は妥協して返還する等の柔軟な対応をしても良いと思われる。
※
手付について
1) 売 買 契 約 で は 初 回 の 支 払 金 を 通 常 手 付 と し て 授 受 す る こ と が 多 い ( こ
れは解約手付の性質を有する)。賃貸借契約においても法律上手付を定
め ることはできる。
2) と こ ろ が , 賃 貸 借 契 約 で は , 手 付 金 を 授 受 す る 慣 行 は な い 。 し た が っ
て,礼金とか敷金,前家賃を手付金にしたいのであれば,特約として明
記 しておくべきである。
【文 例】
第○ 条(手付金)
1 乙は,甲に対し て,本契約の手付金 として金○○○万円 を支払う。
2 乙は,第●条●項に定める契約期間の開始前に限り,前項の手付金を
放棄して,甲は,前項の手付金の倍額を乙に支払って,本契約を解除す
る ことができる。
3 本契約が開始したときは,第1項の手付金は本契約書第○条に定める
保 証金の一部として 振り替える。
3 家主 の修補義務と賃料の不払い
第4問
【答】 貸主 は賃貸借契約を解除して,入居者に立ち退きを求めることができる も
の と考 えられる。
【解説 】
1 建物 賃貸借契約において,借主の過失によらないで建物の一部が滅失し た
場 合には,借主は,貸主に対して,滅失した部分の割合に応じて賃料の減 額
を 請求することができる(民法611条1項)。
2 貸主 は,賃貸目的物が破損した場合に,修繕義務を負うが(民法606 条
1 項),貸主がその義務を履行しない場合であっても,建物が全く使用で き
な いような場合でない限り,借主は賃料全額の支払いを拒むことはできず ,
一部の支払いを拒絶することができるに過ぎないとされている(通説・判
例 )。
3 また ,居住に支障のない程度の障害(賃貸人の修繕義務不履行)を理由 と
し て賃料全額の支払を拒絶した例については,賃料不払いによる契約解除 を
認 容した判例が多い(最判 S38.11.28 など)。
例え ば,雨漏りや壁・畳の破損等が修繕されないことを理由に賃料全額 の
支払いを拒絶することはできないと判断したものがある(大審院判例
T5.5.22,最判 S43.11.21 の原審判決)。
- 8 -
4
本件 では,ユニットバスが破損して使えない事案であり,賃貸目的物の 破
損 の程度は小さいとは言えないが,居住可能である以上,借主が賃料全額 の
支 払いを拒んだ場合は,賃料不払いによる債務不履行を理由に,建物賃貸 借
契 約が解除されることになる。
した がって,貸主は入居者を立ち退かせることが可能となる。
民法 第611条(賃 借物の一部滅失によ る賃料の減額請求等 )
1 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは,賃借人は,
その 滅失した部分の 割合に応じて,賃料 の減額を請求するこ とができる 。
2 前項の場合において,残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を
達す ることができな いときは,賃借人は,契約の解除をすることができる 。
5
なお ,借主側から,家主の修繕義務の不履行を理由に,賃貸借契約を解 除
す ることができる場合があるが,本件では,震災が原因で部品の調達がで き
ず ,補修が遅れるという事案であり,家主側には,修繕義務を履行できな い
こ とについて,過失がない事案であると言える。
した がって,このような場合には,借主側からは,家主の債務不履行に よ
る 契約の解除は認められず,賃料の減額を請求できるのみである。
4 賃料 増減請求
第5問
【答】 オー ナー(貸主)は,Bによる賃料減額請求に応じる必要はない。
【解説 】
1 賃貸借契約における賃料は,契約当事者間の合意によって定められるも
のであり,貸主・借主は,賃貸借契約を締結する際に合意で定めた賃料に
拘束 されるのが原則である。
2 ところが,賃貸借契約は,長期間契約が継続することが予定されている
が,例えば,固定資産税の増減や土地・建物の価格の増減などの経済情勢
の変 化によって,従前の賃料が,不相応になってしまう場合がある。
3 そのような場合には,合意で定めた賃料を相応の賃料になるように増減
調整 する必要があるとして,借地借家法32条が設けられた。
4 ただし,判例実務では,賃料は個別の契約によって合意により定められ
ると いう原則を重視している。
つまり,賃料は本来、当事者の契約によって自由に定めることができる
が、賃貸借契約は長期間続くことがあるので、その後の経済事情の変動に
よって、当初の合意を維持することが不合理になり、不公平な状態が起こ
りうるので、そのような場合には、当初合意で定めた賃料を修正すること
で、 貸主・借主の利害を調整しようというのが、賃料増減額請求の制度 。
具体的には、賃料の増額または減額請求を認める場合でも,最後に合意
- 9 -
で定めた賃料(最終合意賃料)を一定程度尊重した上で、貸主・借主が最
終的 に合意したときの周辺の賃料相場が,現在,どの程度増減している か,
その 増額率・下落率を把握して,最終合意賃料に掛けて算出する賃料額( ス
ライ ド方式)を重視する傾向にある。
そのほか,適正賃料の算定方式としては,取引事例比較法(比準方式 ),
収益還元法等があるが,これらの理論によって,適正賃料を算定した場合
でも,判例実務上はスライド方式が重視されるので,隣の部屋の貸し出し
賃料 と同一の賃料で貸さなければならないという結論にはならない。
これから賃貸借契約を締結する場合の賃料(新規賃料)と、契約が継続
している場合の賃料(継続賃料)とでは、金額が異なるのが当たり前であ
り、 借主Bの主張は、この常識に反する主張ということになる。
借地 借家 法第32条 (借賃増減請求権)
1 建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減によ
り ,土 地若しくは建 物の価格の上昇若し くは低下その他の経 済事情の変動 に
よ り,又は近傍同種 の建物の借賃に比較 して不相当となった ときは,契約 の
条 件に かかわらず,当事者は ,将来に向 かって建物の借賃の 額の増減を請 求
す るこ とができる。ただし,一定の期間 建物の借賃を増額し ない旨の特約 が
あ る場 合には,その 定めに従う。
2 建物 の借賃の増 額について当事者間 に協議が調わないと きは,その請求 を
受 けた 者は,増額を 正当とす る裁判が確 定するまでは,相当 と認める額の 建
物 の借 賃を支払うこ とをもって足りる。ただし,その裁判が 確定した場合 に
お いて ,既に支払っ た額に不 足があると きは,その不足額に 年一割の割合 に
よ る支 払期後の利息 を付してこれを支払 わなければならない 。
3 建物 の借賃の減 額について当事者間 に協議が調わないと きは,その請求 を
受 けた 者は,減額を 正当とす る裁判が確 定するまでは,相当 と認める額の 建
物 の借 賃の支払を請 求することができる 。ただし,その 裁判 が確定した場 合
に おい て,既に支払 を受けた 額が正当と された建物の借賃の 額を超えると き
は ,そ の超過額に年 一割の割 合による受 領の時からの利息を 付してこれを 返
還 しな ければならな い。
5
賃料の増減に関する特約について
1) 普通借家契約では,賃料を増額しない特約は有効だが,賃料を値下げ し
な い特約を定めても無効となる。また,自動的に増額していくような特 約
も 無効となる。
2) 定期借家契約では,賃料の増減額請求を認めずに固定する特約や,自 動
的 に増減する特約を定めることが可能(借地借家法38条7項)。
借地 借家法第38条 (定期建物賃貸借)
1 期間 の定めがあ る建物の賃貸借をす る場合においては,公正証書による 等
- 10 -
書 面に よって契約を するときに限り,第 三十条の規定にかか わらず,契約 の
更 新が ないこととす る旨を定めることが できる。この場合に は,第二十九 条
第 一項 の規定を適用 しない。
2 前項 の規定によ る建物の賃貸借をし ようとするときは, 建物の賃貸人は ,
あ らか じめ,建物の 賃借人に 対し,同項 の規定による建物の 賃貸借は契約 の
更 新が なく,期間の 満了により当該建物 の賃貸借は終了する ことについて ,
そ の旨 を記載した書 面を交付して説明し なければならない。
3 建物の賃貸人が 前項の規定による説 明をしなかったとき は,契約の更 新
が ないこととする旨 の定めは,無効とす る。
4 第一項の規定に よる建物の賃貸借に おいて,期間が一年 以上である場 合
に は,建物の賃貸人 は,期間の満了の一 年前から六月前まで の間(以下 こ
の 項において「通知 期間」という。)に建物の賃借人に対し 期間の満了 に
よ り建物の賃貸借が 終了する旨の通知を しなければ,その終 了を建物の 賃
借 人に対抗すること ができない。ただし ,建物の賃貸人が通 知期間の経過
後 建物の賃借人に対 しその旨の通知をし た場合においては,その通知の 日
か ら六月を経過した 後は,この限りでな い。
5 第一項の規定に よる居住の用に供す る建物の賃貸借(床 面積(建物の 一
部 分を賃貸借の目的 とする場合にあって は,当該一部分の床 面積)が二 百
平 方メートル未満の 建物に係るものに限 る。)において,転 勤,療養,親
族 の介護その他のや むを得ない事情によ り,建物の賃借人が 建物を自己 の
生 活の本拠として使 用することが困難と なったときは,建物 の賃借人は ,
建 物の賃貸借の解約 の申入れをすること ができる。この場合 においては ,
建 物の賃貸借は,解 約の申 入れの日から 一月を経過すること によって終 了
す る。
6 前二項の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは,無効とす
る。 7 第三十二条の規定は,第一項の規定による建物の賃貸借におい
て ,借賃の改定に係 る特約がある場合に は,適用しない。
第6 問
【答 】
(1)
普通借家契約では、当初の賃料は安く設定し,次第に増額する特約( 自
動 増額特約)は,無効となる。
例えば,「賃料を毎年3%ずつ増額する」というような特約は無効 。
定期借家契約の場合は、上記特約も有効。
(2) 賃料額を定めておいて,それを契約当初の半年間30%減額し,半 年
経過時に当初賃料に戻るというような一時的な減額を認める特約は有
効 である。
- 11 -
【文 例】
第○ 条(賃料減額特 約)
第 ○○条に定める 賃料は,平成23年 4月1日より同年9 月末日まで の
6ヶ 月間に限り月額 金○○万円に減額す る。
【解 説】
(1) フリーレントや,一定期間の賃料減額の定めを置く場合で,中途解 約
条 項がある賃貸借契約を締結する場合には,●年以上賃借することを 条
件 にする,●年以内に解約する場合は,違約金を支払う等,貸主側が 物
件 から得る収益を一定以上確保できるよう配慮する必要がある。
そうしないと,借主が短期で解約してしまえば,借主だけが安い賃 料
で 借りるうまみだけを得て,貸主は期待した賃料収入が得られない結 果
と なってしまう。
(2)【 条項例】
第 ○条(違 約金)
本契約 が,第○条○項によ る中途解約,または ,借主の債務不履 行
に基づく解除により ,平成○○年○月○ 日以前に終了したと きは,借
主は貸主に対し,第 ○条により減額され た賃料と,第○条に 定める 賃
料との差額に,減額 期 間の月数を乗じた 金額を違約金として 契約終 了
までに支払うものと する。
第○条(解除-中途 解除原則不可の場合 )
甲及び乙は,本契約の賃貸借期間中は中途解約ができない。但
し,乙は,解約●か月前までに甲に通知し,下記の違約金を支払
うことで,中途解約 することができる。
① 契約開始後 ●年未満の解約 敷 金の●●%相当額
② 契約開始後●年 以上●年未満の解約 敷金の●●%相当 額
③ 契約開始後 ●年以上●年未満の 解約 敷金の●●% 相当額
5 連帯 保証人の責任
第7問
【 答】本 件の事案では,滞納賃料について連帯保証人に請求できるものと考え る
が,Aオーナーが,滞納賃料 の回収の努力をしないまま,漫然と法定更新 さ
せて ,滞納額を自ら増額したような事情があれば,連帯保証人に対する請 求
可能 額が制限される可能性がある。
【解説 】
1 建物 賃貸借契約の連帯保証人は,法定更新後も,当然に連帯保証人の責 任
が 継続する。
また ,建物賃貸借契約が継続している間は,連帯保証人からの一方的な 申
し 出によって,連帯保証契約を終了させることはできない。
- 12 -
なぜ なら,普通建物賃貸借契約は,法定更新や合意更新によって契約が 継
続 することが当然の前提となっており,当事者がそのことを了解して連帯 保
証 契約を締結しているからである。
2 した がって,このような原則的な考え方によれば,本件のCは,更新後 の
Bの滞納賃料も含めて,連帯保証人として弁済すべき義務があることにな
る。
3 ただ し,賃料滞納が相当長期間発生していて,その後の賃料の支払が見 込
ま れてないことを知りながら,債務不履行解除や更新拒絶等により契約を 終
了 させずに,貸主が漫然と契約を更新させたような場合にまで,更新後の 滞
納 賃料について,連帯保証人に負担させるのは,酷である。
また ,貸主は,債務不履行解除・更新拒絶後に,借主に建物の明渡を求 め
ることで,賃料滞納による損害の拡大を防ぐことができたのにもかかわら
ず ,それを怠ったと言えるような場合には,その損害は,貸主の責任によ っ
て拡大したとも言え,これを連帯保証人に負担させることは不公平と言え
る。
4 この ような,特殊な事情がある場合には,貸主による連帯保証人に対す る
請 求が制限される場合があるので,仮に連帯保証人に資力がある場合でも ,
滞 納者を長期間漫然と放置することは避けるべきである。
5 判例 紹介
【 事案】
貸 主は借家人が更新時に約8ヶ月(200万円)もの滞納があったのに ,
そ のまま法定更新させた。貸主は,法定更新後の滞納賃料465万円余り を
連 帯保証人に請求した。
連帯 保証人は更新後の未払いについて責任を負うのか?
〔 東京 地裁平成10年12月28日〕
1) 判例の結論
こ の判例は,法定更新後の滞納賃料について,連帯保証人の責任を認 め
な かった。
2) 判例の事案
① 20年前に賃貸がなされ,借主を仲介した仲介業者が連帯保証人に 就
任 した。その後,2年ごとに合意更新がなされ,連帯保証人として署 名
・ 押印し印鑑証明もその都度提出した。
② 借主は240万等の賃料を延滞したため,平成6年2月訴訟が提起 さ
れ ,その後訴訟外で和解が成立し,連帯保証人も新たな連帯保証契約 に
応 じた。なお,和解のさいに作成された賃貸借契約書には借主は2度 と
滞 納しないこと,滞納した場合は直ちに明け渡すことが約定された。
③ 平成6年9月連帯保証人から,連帯保証人をやめたいとの希望が出 さ
れ た。貸主は借主に新たな連帯保証人を探すよう求めたがそのままに さ
れ た。
④ 平成8年3月31日には賃料の延滞が200万円にも達したため,合
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意 更新されず,法定更新となる。原告は平成8年の更新については滞 納
が あったため,連帯保証人に連帯保証の依頼もしなかった。
⑤ さらに法定更新後の延滞費も合計465万円余りになった。
⑥ 貸主は連帯保証人にこの法定更新後の滞納賃料と管理費の支払いを
求 めた。
3) こ の判例が更新後の未払い賃料等について請求を認めなかった根拠は 次
の 点にある。
① 法律的には原則として法定更新後の延滞についても連帯保証人は責
任 を負う。
② しかし,本件の連帯保証人は20年間に渡り,連帯保証人として借 主
に 延滞があれば支払いを促し,貸主も延滞があれば連帯保証人にその 都
度 連絡し,借主へ連帯保証人から支払いを促すよう要請した。
③ ところが,平成8年の法定更新の際,貸主は連帯保証人の辞任の意 向
を 承諾しており,連帯保証を求めず,かつ、それまでのように貸主か ら
連 帯保証人に対し,借主の延滞状況も知らせず,借主に支払いを促す よ
う な要請もしなかった。このような特殊な事情の下では連帯保証人に は
「更新後の延滞について保証責任を負わない特段の事情が認められる
の で,連帯保証人に更新後の延滞賃料については請求できないと判決 し
た。
④ この判例は,法定更新後の延滞賃料について連帯保証人は責任があ
る ,とする従来の判例と立場を異にするものではない。
⑤ 本件事例に置いては「特段の事情」があるから法定更新後の延滞賃 料
に ついて例外的に責任はないとした。
⑥ これまで連帯保証人の責任を約20年にわたり果たしてきているこ
と ,仲介した立場でやむを得ず連帯保証をしたこと,貸主も不動産賃 貸
を 業(目的)とする株式会社であること,貸主は法定更新後は連帯保 証
人 としての活動を期待していなかったこと,等の特殊な事情により,信
義 則により連帯保証人の責任を減縮したものと考えられる。
6 原状 回復
第8問
【答】 いず れも,原則として原状回復義務には含まれない。
【解説 】
1 原状 回復とは借主が壊 した ものは修繕する ,取り付けたものは 撤去する こ
とで ,借りた際の原状に戻すことをいう。但し,「借主の居住,使用によ り
発生 した損耗・毀損を復旧すること」までは含まない。
2 「特 約のない場合」の原状回復はどのように考えるの?
1) 「借主が設置したものを取り除く。」というのが原状回復の基本。
2) 「こわしたもの」は修復する。
3) 「 古 く な っ た も の 」 「 自 然 損 耗 ( そ ん も う ) 」 は , 原 状 回 復 の 対 象 と
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な らない。
① 自然損耗とは,物が自然に汚れたり磨り減ったりすることをいう 。
② 借家契約は,家を借りることの代わりに家賃を支払う契約であるか
ら,借りることに当然に伴う自然損耗は家賃でカバーされるべきもの
なのである。
→結果,自然に汚れたり,古くなって再度貸すときに,リフォームす
る費用は,貸主が入居者からもらってきた家賃でまかなう。
3
設問1 タバコの「やに」によるクロスの汚れ
1) 原状回復義務なし。
2) 未だ我が国ではタバコを吸う人は多く,日常生活に伴う自然損耗(そ ん
も う)とみられている。ただし,通常の 喫煙による汚れを超えて,余り に
ひ どいときは,「こわした」のと同視できるということで,修復を要求 で
き る場合もある。
4
設問 2 結露によって発生したカビによる汚れ
1) 原状回復義務なし。ただし,通常の 使用方法を超え,著 しい汚れを生 じ
さ せた場合には義務あり,と判断される可能性はある。
2) 借主が通常の使用をしている場合は,「こわした」とは 言えない。そ も
そ も結露というものは,建物の構造にその発生の原因があるので,加湿 器
を 使いすぎたり,ストーブを炊いたり,換気を積極的にしなかったとし て
も ,原則的には,原状回復義務の対象とはらならない。
《 名古屋地裁 平成2.10.19(判時1375号117頁)》
「 結露は,一般的に建物の構造によって発生の基本的な条件が与えられ る
の で,特段の事情のない限り,損害賠償特約には,結露による汚損は含 ま
れ ない。」
5
設問 3 家具を置いたことによる床のへこみ
1) 原 状回復義務なし。
2) 室 内に家具を置くのは,通常の用法であるので,床のへこみは通常の 用
法 にしたがって発生した損耗にあたる。
3) 床 のへこみを直せとなれば,家具を置くなというのに等しいことにな っ
て しまう。
4) 同 じように,じゅうたん・リノリューム(クッションフロア)につい た
テ ーブルの脚(あし)によるへこみや,壁際に家具を置いた場合の壁ク ロ
ス の黒ずみも,原状回復の対象とならない。
6
設問4 鍵の交換費用
1) 特約をしても鍵を紛失しない限り,原状回復というのは難しい。
借主が鍵を紛失した 場合は,第三者に使用される危険があり,錠(じ ょ
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う )としての効用がなくなるので,原状回復義務の一内容として,交換 費
用を借主に負担させる合理性が認められる。
2) 貸主は,借主に対して,原状回復として最初に貸与したマスターキーと
入居者が複製したキーの返還は求めることができる。
7
特約でどこまで原状回復を広げられるか?
1) 特 約 す れ ば , 費 用 の 比 較 的 軽 微 な 「 小 修 繕 費 用 」 は , 借 主 に 負 担 さ せ ら
れる 。しかし,「大修繕」は特約しても借主に負担させられない。
2) 借 家 人 保 護 の 観 点 か ら 「 特 約 し て も , 『 大 修 繕 』 ま で 入 居 者 に 負 担 さ せ
るこ とはできない」というのが学説・判例。
8
大修繕・小修繕の区分
1) 大 修 繕 ( 特 約 し て も 入 居 者 に 原 状 回 復 と し て 負 担 さ せ る こ と は で き な い
もの )
① クロス・じゅうたんの張り替え(特に全面張替)
② 温水器の取替
③ 風呂釜の取替
→ いずれも費用が高額になるため,大修繕にあたる。
2) 小 修 繕 ( 特 約 に よ り 入 居 者 に 原 状 回 復 と し て 負 担 さ せ る こ と が で き る も
の)
① 障子紙・襖紙の張替え
② 畳表の取替・裏返し
③ 電球・蛍光灯の取替
④ 水栓のパッキングの取替
3) 小修繕か大修繕か(判断基準)?
これは流動的なものであって,判例上,今は「小修繕」とされているも
のでも,将来費用がかさむようになれば,判例が変更されて、大修繕にあ
たる とされる可能性があるので、判例の動向に注意が必要。
第9問
【答】
設問 1
法律上「借主の原状回復」には特約が無い限り,自然損耗(そんもう)は 含
まれ ない。これは,居住用の借家でも,店舗賃貸借契約でも同様である。
店舗賃貸借契約の場合は、特約を定めることで、自然損耗を原状回復の範 囲
に含むとすることも広く認められる傾向にあるが、そのためには、原状回復
に含まれる自然損耗の内容と、それによる借主の負担を具体的に定める必要
があ るとされている。詳しくは設問2の解説参照。
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設問 2 自然損耗の原状回復特約を作る場合の注意
1) 店 舗 賃 貸 借 契 約 で は , 特 約 に よ っ て , 自 然 損 耗 に つ い て も 借 主 に 原 状 回
復義務を負わせることが,居住用の場合よりも広く認められる傾向にある
が,借主が原状回復義務を負担する自然損耗の範囲は,特約によって明確
にな っている必要がある。
2) 最 高 裁 平 成 1 7 年 1 2 月 1 6 日 判 決 ( 判 時 1 9 2 1 号 6 1 頁 ) は 「 建 物
の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗について原状回復義務を負
わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから,賃借
人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負担
することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記
されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口
頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容とし
たものと認められるなど,その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」とい
う。)が明確に合意されていることが必要である と解するのが相当である 。」
と判 示している。
3) こ の 最 高 裁 判 決 後 , 店 舗 賃 貸 借 契 約 に お け る 通 常 損 耗 の 原 状 回 復 特 約 の
有効性が問題となった事案にも,この最高裁判例が示した基準に則って,
判断 する下級審判例(大阪高裁平成18年5月23日判決Lexis 判例速 報
11 号74頁,東京簡裁平成21年4月10日判決新判例秘書 LLI 登載 I
D0 6460021)が出されている。
4) 上 記 最 高 裁 判 例 は , 口 頭 に よ る 説 明 が あ る 場 合 も , 自 然 損 耗 補 修 特 約 が
有効となる余地を認めたが,実務上は,賃貸借契約書の特約を明文で定め
るこ とにより紛争を防止すべきである。
5) 具体的にどのような特約を定めるべきか。
① 原状回復義務を負担する対象箇所,設備及び,借主の負担(金額)の
範囲を明確に定めるべきである。
② 例えば,「退去 するときは,自然損 耗も含めて原状回復を行うこと 。」
という特約については,このような抽象的な定めでは,借主が契約時に
自己の負担を明確に認識しているとは言えないので自然損耗の原状回復
を借主に負担させる特約としては無効になると考える。
③ そもそも,損耗していないものに対して原状回復義務を負わせること
が許されるのかが問題となるが,原状回復の対象が合理的であり,借主
の負担内容(金額等)が明確にされていれば,上記特約も有効になるも
のと考える。
④ ただし,借主に特約に基づいて原状回復費用を負担させておきなが ら,
実際に貼替え工事等を行わない場合には,不当利得や暴利行為理由とす
る公序良俗違反などの主張が借主からなされ,これが認められる場合も
ありうるので,ごく短期の中途解約等の事案(例えば,数か月で退去)
で,全く汚損が生じなかった場合等にまで借主に原状回復費用を負担さ
せることは避けるべきである。
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【文 例】
第○ 条(原状回復)
1 乙は本契約が終了したときは,直ちに本物件を原状に回復し甲に明け渡
さなければなりません。尚,乙の原状回復義務の範囲は「別紙○○」に定
める 負担区分としま す。
2 乙の義務である原状回復工事は,甲の指定する業者に依頼して行い,乙
はそ の費用を金銭に て支払います。
( 別紙に以下の内容 等を加入)
以下の原状回復については,汚損・破損のない場合でも回復・交換を行
いま す。
( 1)空調設備のオ ーバーホール 金○ ○○万円
( 2)壁クロス交換 金○○万円
( 3)床カーペット 交換 金○○万円
( 4)天井板 金○ 万円(但し,貸主が 費用を免除した場合 は除く)
( 5)スイッチ部分 を含む照明器具交換 金○○万円
設問 3 壁クロス等の減価償却と原状回復費用
店 舗賃貸借契約において,自然損耗を借主に負担させる特約によって,借
主が具体的なクロスの貼替え費用を負担することが明確になっているので
あれ ば,減価償却による残存簿価の金額にかかわらず,借主に特約により 定
めた 減価償却しない金額(新品価格)を負担させることができる。
な ぜなら,事業者間で特約の内容が明確に認識されて合意に至った以上 ,
その 特約を有効としても,借主が一般的に経済的負担能力がある商人であ る
店舗 賃貸借の場合は,何ら不合理とは言えないからである。
な お,ガイドラインの再改訂版では,平成19年の税制改正により,減 価
償却期間経過後の残存簿価を10%としていた従来の残存価値制度が廃止
され たことを受け,減価償却期間経過後のクロスの残存簿価は1円になる と
して ,1円を下限として借主の負担を決めるべきとしている。
7 敷引 特約
第 10 問
【答】 敷引 特約は有効であり,貸主による敷引は認められる。
【解説 】
1 設問 の事案について,平成23年3月24日最高裁第一小法廷で敷引特 約
有 効判決が出された。
1) 原審の大阪高裁でもこの敷引特約は有効とされた(大阪高裁平成21 年
6 月19日判決(平成20年(ネ)第3256号))。
2) 借主が、貸主に対し、敷引きされた21万円の返還を求めた訴訟。
3) 借主は上記敷引特約は、消費者契約法第10条により無効であるから 、
- 18 -
敷 引金は全額返金すべきだとして争った。
【注 】関西では、居住用の借家でも「保証金」の名目で預入金が授受され る
こ とが多い。さらに、預け入れ保証金の中から関東でいう「償却」が 行
わ れる。この場合の敷金・保証金は法律上は全く同じもので、償却は 敷
引 特約または保証引特約と呼ばれている。
2
敷引特約有効最高裁判決の論拠
1) 本件特約は、敷金の性質を有する本件保証金のうち一定額を控除し、 こ
れ を貸主が取得する旨のいわゆる敷引特約である。
2) 一般的に、居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、契約当事 者
間 にその趣旨について別異に解すべき合意等のない限り、「通常損耗等 の
補 修費用を借主に負担させる趣旨を含む」ものというべきである。本件 特
約 についてもこのような趣旨を含む。
3) 通常損耗等の原状回復のための補修費用は、賃料にこれを含ませて回 収
す るのが通常だとしても、通常損耗等の原状回復に充てるべき金員を敷 引
金 として授受する旨の合意が成立している場合には、上記通常損耗等の 原
状回復費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるの
が 相当である。
4) したがって、敷引特約がある場合、借主が上記補修費用を二重に負担 し
た と批判することはできない。また、上記補修費用に充てるために貸主 が
取 得する金員を具体的な一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要 否
や その費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から、あながち不 合
理 なものとはいえず、敷引特約が信義則に反して借主の利益を一方的に 害
す るものであると直ちにいうことはできない。
【注 】敷 引を自然損耗の補修費用の回収として一定の額で徴収することは不 合
理 ではないし、信義 則に反するともいえない。つまり、消費 者契約法第 1
0 条後段の「消費者 の利益を一方的に害する」とは言えない ので、同条で
無 効にならない。消 費者契約法上、敷引 特約は有効であると、最判は判断
し ている。
5) 消 費 者 契 約 で あ る 居 住 用 建 物 の 賃 貸 借 契 約 に 付 さ れ た 敷 引 特 約 は 当 該
建 物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額 、
礼 金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし 、敷引金の額が高 額
に 過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物 の
賃 料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則 に
反 して消費者である借主の利益を一方的に害するものであって、消費者 契
約 法第10条により無効となると解するのが相当である。
【注 】ただ、注意す べきは最高裁は敷引の金額があまりに高いと、信義則 に
反 して消費者である借主の利益を一方的に害するものとなり、消費者 契
約 法第10条により無効となる場合もあると判断した点である。
- 19 -
6)
敷引の金額が高いかどうか、本件についてみると、本件特約は、契約 締
結から明渡しまでの経過年数に応じて18万円ないし34万円を本件保
証 金から控除するというものであって、本件敷引金の額が、契約の経過 年
数 や本件建物の場所、専有面積等に照らし本件建物に生ずる通常損耗等 の
補 修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない 。
【 注】本件では、敷引の金額は自然損耗の補修費用を大幅に超えない。つ ま
り 、自然損耗の補修費用を借主に負担させてもよいとしている。
7) 本件契約における賃料は月額9万6000円であって、本件敷引金の 額
は 、上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどま っ
て いることに加えて、借主は、本件契約が更新される場合に1か月分の 賃
料 相当額の更新料の支払義務を負うほかには、礼金等他の一時金を支払 う
義 務を負っていない。
8) そうすると、本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず 、
本件特約が消費者契約法第10条により無効であるということにはでき
な い。
3 消費者契約法の理解
1) 消費者契約法は、貸主が「事業者」で借主が「消費者」との間の契約に適用され 、
この敷引有効判決でも、更新料判決でも、消費者契約法第10条(借主の
負担 を重くする特約で、信義則に反し消費者の利益を一方的に害する特約は無効)
により無効になるかどうかが争点となる。近時の判決では、個人の家主も
消費者契約法の「事業者」とされ、消費者契約法が適用されているので注
意さ れたい。
2) 本 件最 高 裁判 決 では 敷 引特 約 が消 費 者契 約 法第 1 0条 に 違反 し て、 無 効
にな るかが争われた。
4
最高裁判決の分析
1) 敷引特約と自然損耗を借主に負担させる原状回復特約
① 敷引特約は、本来貸主の負担すべき自然損耗(借家を使用している こ
と で自然に発生するすり切れ、汚れ)を借主から回収するもので、「 自
然 損耗を借主に負担させる原状回復特約」の趣旨を含む。言 いかえれ ば、
「自然損耗の原状回復費用として回収する代わりに敷引特約をしてい
る 」と最高裁は判断した。
② 理論的には、敷引特約と自然損耗を借主に負担させる原状回復特約 は
関 連しないと考えてよい。資本を投下した家主がどのような根拠・理 由
に より借主から金銭を徴収するかは様々である。たとえば、ある家主 は、
「 貸すのだから礼金を払って欲しい」と考えるし、別の家主は更新料 と
し て収益を上げたいと考え、他の家主は、退去時の原状回復の際、自 然
損 耗の回復費用までも借主に持ってもらうことで、さらに、別の家主 は
礼 金ではなく敷引で、多くの収益を上げたいと考える。
- 20 -
③
問題は、家賃以外の金銭をどのような根拠・理由で、また、どの程 度
の 金額を徴収する特約をすると、消費者契約法第10条のいう「信義 則
に 反し、借主に一方的に不利な特約」になるかである。
5
自然 損耗の回復費の二重取り
1) 借主側は、「自然損耗の回復分は家賃に含まれているので、家賃以外 に
敷 引をするのは、自然損耗の回復費の二重取りだ」(従って不合理な特 約
だ から消費者契約法第10条のいう「信義則に反し、借主に一方的に不 利
な 特約」で無効だ。)と批判した。
2) 最高裁はこの借主側の批判に答えて、敷引特約が「自然損耗を借主に 負
担 させる原状回復特約」を含むとしても、賃料とは別に敷引特約が合意 さ
れ たときは、「自然損耗の補修費用」は賃料には含まれないで賃料額が 合
意 されたとみるべきだ、と判示した。
3) つまり、借主による「賃料以外に自然損耗の補修費用の趣旨で敷引を す
る のは自然損耗の補修費用を二重取りしている」との批判は当たらない 、
と この最判は判断している。
4) 確かに、理論的には、自然損耗は貸すことで当然に生じるもので、家 賃
を 取って貸している以上、「壊した」と は言えない(自然損 耗の修復費 用
を 家賃とは別個に取れない)。しかし、判例の指摘するように、敷引が 自
然 損耗の原状回復費だと仮定し、合理的に貸主・借主の意思を推測する と、
敷 引特約をした場合の家賃は、「合意した家賃額は、自然損耗の原状回 復
費 は含まれておらず、別に自然損耗の原状回復費を二重取りしたわけで は
な い。」といえる。したがって、敷引特約は不合理なものではなく消費 者
契 約法第10条のいう「信義則に反し、借主に一方的に不利な特約」に な
ら ない。
6
定額 控除
1) さらに、借主側は「敷引を原状回復の実額で控除せず、定額で控除す る
の は借主の利益を一方的に害する特約で無効だ」という批判を した。
2) 判例は、「上記補修費用に充てるために貸主が取得する金員を具体的 な
一 定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐ る
紛 争を防止するといった観点から、あながち不合理なものとはいえず、敷
引特約が信義則に反して借主の利益を一方的に害するものであると直ち
に いうことはできない。」とした。
3) この考え方は、「定額補修費分担特約」の有効無効と関連する。関西で 、
定 額補修費分担特約については、その内容が過激なので多くの下級審判 決
が 、不合理な特約だ から消費者契約法第10条のいう「信義 則に反し、借
主 に一方的に不利な特約」で無効だと判 断している。しかし 、その特約内
容 が合理的なら、最高裁で有効とされる余地はあると思われる。
- 21 -
7
最高裁の本音(価値判断)は以下の判示に現れている。
1) 本件契約における賃料は月額9万6000円であって、本件敷引金の 額
は 、上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどま っ
て いるし、借主は、本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額 の
更 新料の支払義務を負うほかには、礼金等他の一時金を支払う義務を負 っ
て いない。
2) そうすると、本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず 、
本件特約が消費者契約法第10条により無効であるということにはでき
な い。
3) 言い換えれば、本件の家賃は月額9万6000円、敷引額は家賃の2 倍
弱 ないし3.5倍強にすぎない(本件では契約が短いと18万円と敷引 額
も 少なく、5年以上の長期だと34万円と高くなる特約であった。)し 、
そ の他に貸主は更新料を2年に1ヶ月分しか徴収しておらず、礼金は徴 収
し ていないので、「本件敷引額は高額ではない」と判断した。
4) 要するに、この最高裁判決は、家賃以外に敷引名目で徴収しても、礼 金
・ 更新料・敷引など、その全体としての徴収額が多額にならなければ、 消
費 者契約法第10条により無効にならないと判断した。
8
この最高裁判決の注目点
こ の判決がどの程度の射程距離(事案への適用)があるかが問題になる が、
次 のように整理できるのではないかと考える。
1) 自然損耗の原状回復費用を特約で借主に負担させることを認めた。
2) 自然損耗の原状回復費用を定額で徴収することを認めた。
3) 2 年 に 1 ヶ 月 の 更 新 料 、 礼 金 の 代 わ り に 2 ヶ 月 強 の 敷 引 な ら 高 額 で は な
く、 消費者契約法第10条に反しないとした。
9
敷引特約有効判決と更新料特約有効判決の比較
1)
平成23年7月15日,賃貸住宅の賃貸借契約に関する更新料支払い 特
約 の有効性が争われた3つの事件について,最高裁が更新料特約を原則 と
し て有効とする判決を言い渡した。
2)
3つの事件とも,最高裁第2小法廷に継続し,同一の4名の裁判官が ,
判 決を下したため,その判旨もほぼ同一である。
具体的には,「更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契 約
を 継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有する」「更新料 の
支 払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。」とし た
上 で,「賃貸借契約 書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更
新 料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過 ぎ
る などの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう『民法第1 条
第 2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの 』
に は当たらないと解するのが相当である。」と判示した。
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その上で,①1年ごとの更新について,月額3万8000円の賃料の 2
ヶ 月分を更新料として支払うとする特約,②2年ごとの更新について,月
額 賃料5万2000円の2ヶ月分を更新料として支払う特約(後に合意 で
更 新料を賃料の1ヶ月分に減額する合意あり),③1年ごとの更新につ い
て ,更新料10万円を支払う特約(賃料は月額4万5000円)につい て,
い ずれも消費者契約法10条により無効にはならないと判断した。
3)
敷引特約を有効とした前記最高裁判決においても,「消費者契約であ る
居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は当該建物に生ずる通常損
耗 等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金 の
授 受の有無及びその額等に照らし 、敷引金の額が高額に過ぎると評価す べ
き ものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して 大
幅 に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者であ る
借 主の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法第10条によ り
無 効となると解するのが相当である。」とされ,貸主が取得する敷引金 の
額 が不当に高額である場合には,消費者契約法10条により敷引特約が 無
効 になる場合があるとしながらも,前述の事案については,敷引の額が 高
額 に過ぎるとは言えないとして,有効と判断した。
4)
これらの敷引・更新料について最高裁が下した判決には、「非常識に 高
い 金額を特約で貸主が取得することは認めないが,そうでなければ,当 事
者 が契約で明確に合意していれば,更新料や敷引金を貸主が取得するこ と
は 認められる」という共通の考え方が根底にあるものと思われる。
5)
したがって、これまで関東地方での建物賃貸借契約において一般に定 め
ら れていた、「2年間ごとの更新について、賃料1ヶ月分の更新料を借 主
に 負担させる」という程度であれば、高額過ぎるとは言えず、消費者契 約
法 10条によって無効とされることはないと考えて良い。
8 オーナーの破産と賃貸借契約
第 11 問
設問1 入 居者は賃料を誰に支払うべきか?
【答】
貸主 が破産した場合は,貸主の破産管財人に賃料を支払わなければなら な
い。
破産 管財人が裁判所から選任されるまでは,破産者(貸主)本人(また 、
貸主の代理人弁護士から請求を受けたときは代理人弁護士)に支払えばよ
い。
な お、代理人弁護士から通知を受けた場合は、貸主本人に弁護士への依 頼
の有 無を確認し、また、いつ頃破産申し立て予定かを確認した方がよい。
【解説 】
1) 破 産手続が開始し,破産管財人が選任されると,破産者の財産の管理 処
分 権は,破産管財人に帰属することになり,賃貸物件から収益を収受す る
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権 利も全て破産管財人が持つことになる(破産法78条1項)。
2) 借 主側から見れば,貸主=破産管財人ということになるので,例えば ,
賃 貸建物の修繕を求める場合も,破産管財に対して請求することになる 。
設問2 A 社は管理業務を続けなければならないのか?
【答】 破産 管財人と協議して,管理業務を続けるか,終了するかを決めること が
でき る。
【解説 】
1) 法 律 上 は , 管 理 業 務 委 託 契 約 の 委 託 者 の 地 位 も 破 産 管 財 人 に 移 る こ と に
なるが,受託者である管理会社Aは,この契約を継続するのか,終了する
のかを破産管財人に判断するよう催告することができる(破産法53条2
項) 。
相当の期間を定めて催告したのに破産管財人が回答しなかった場合に
は、 管理委託契約は解除されることになる。
2) 例 え ば , 賃 貸 物 件 が 多 く , 入 居 者 と の 対 応 が 煩 雑 な 場 合 に は , 破 産 管 財
人は 管理業務を継続することを選択する場合があるし,賃貸物件が少な く,
破産 管財人が個別に対応可能である場合には,賃料収入を多く得るため に,
管理 業務委託契約を解除する場合もある。
3) な お , 管 理 会 社 A は , 破 産 手 続 開 始 決 定 前 に 回 収 し た 賃 料 が あ る 場 合 に
は, 管理料を差し引いた残りの賃料を破産管財人に支払えばよい。
また,管理業務を継続する場合には,破産手続開始決定後の管理業務に
関する管理料は,財団債権となり(破産法148条1項4号),他の一般
の破 産債権者に対して優先して弁済を受けることができる。
実務上は,従来の契約と同様回収した賃料から差し引いて回収すること
にな る。
破産法 第53条(双 方未履行の双務契約 の解除)
① 双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共に
まだその履行を完了していないときは,破産管財人は,契約の解除をし,又
は破 産者の債務を履 行して相手方の債務 の履行を請求するこ とができる。
② 前項の場合には,相手方は,破産管財人に対し,相当の期間を定め,その
期間 内に契約 の解除をするか,又は債 務の履行を請求する かを確答すべき 旨
を催 告することがで きる。 この場合に おいて,破産管財人 がその期間内に 確
答を しないときは, 契約の解除をしたも のとみなす。
③ 前項の規定は,相手方又は破産管財人が民法第631条前段の規定により
解約の申入れをすることができる場合又は同法第642条第1項前段の規定
に より契約の解除を することができる場 合について準用する 。
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設問3 入 居者は,立ち退かなければならないのか?
【答】 貸主 が破産しても,借主が直ちに立ち退く必要はない。
【解説 】
1) 破産法は,賃貸借契約について,借主が対抗要件を備えているときは ,
破 産法第53条1項,2項は適用されず,破産管財人側から賃貸借契約 を
解除することはできないとして,借主の保護を図っている(破産法56
条 )。
2) 建物賃貸借契約における借家権の対抗要件は,建物の引渡を受けるか ,
登 記があることであるが,通常の建物賃貸借であれば引渡を受けている こ
と が多いので,解除されないことになる。
3) もっとも,賃貸目的物の建物に抵当権が設定されており,借家契約が 抵
当 権に遅れる場合(抵当権設定後に引渡を受けた借家契約である場合)に
は ,抵当権が実行されて競売された場合には,通常の借家契約と抵当権 に
よ る競売の関係に従って処理されることになる。
① 抵当権設定後の借家人であれば,
a. 平 成 1 6 年 3 月 3 1 日 以 前 の 入 居 の 借 主 は , 短 期 賃 借 権 で 保 護 さ れ
るかどうか問題となる(改正前民法395条)。
b. 平 成 1 6 年 4 月 1 日 以 降 入 居 の 借 主 は , 短 期 賃 借 権 の 保 護 は な く ,
6か月の明渡し猶予でしか保護されない(改正後民法395条)。
c. 破 産 管 財 人 は , 上 記 競 売 さ れ た と き の 借 主 の 立 場 を 説 明 し て , 競 売
より良い条件での解決を提案して,処理を行う(立ち退き料の支払い
等)。
② 抵当権設定前から入居している借主は,競売されても強い(借家権は
全く影響を受けない)ので余り譲歩する必要なし。
4) 賃貸建物が,借家人付きのまま破産管財人により任意売却された場合 に
は ,買主が,借主の 地位をそのまま引き継ぐことになり,借 家権はその ま
ま 維持されることになる。
第5 6条(賃貸借契 約等)
① 第53条第1項及び第2項の規定は、賃借権その他の使用及び収益を目
的とする権利を設定する契約について破産者の相手方が当該権利につき登
記、登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えている場合に
は、 適用しない。
② 前項に規定する 場合には、相手方の 有する請求権は、財 団債権とする 。
設問4
入 居者が立ち退く際には,敷金は戻ってくるのか?どのように保全す る
のか ?
【 答】敷金返還請求権は,条件付き債権であり,破産債権となるが,借主 が
破 産管財人に対して,賃料の寄託を請求することで,一定程度保全す る
こ とができる。
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【 解説】
1) 借主が契約時に差し入れた敷金・保証金の返還請求権は,停止条件付 債
権(借主が建物を明 渡し,かつ,未払賃 料や原状回復義務の未履行等が 存
在 しないことを条件として敷金の返還請求ができるという債権)として 取
り 扱われる。
2) 停止条件付債権は,破産手続の間に限り,とりあえず停止条件が成就 し
た ものとして,敷金(保証金)全額を一応破産債権と認め,配当準備が 行
わ れる。
3) しかし,配当の間際まで待っても停止条件(借家の明渡し等)が成就 し
な い場合には,配当しない。停止条件付債権の配当として確保していた 分
は ,他の債権者に上乗せ配当されてしまう。
4) 要するに,停止条件付債権は停止条件(ここでは借家の明渡し)が実 現
す るまで,請求権としての効力を認められないので,ぎりぎりまで配当 で
き るよう準備して待つが,借家の明け渡しという停止条件が配当前に実 現
し ないと現実に配当はしない。
5) ただ,敷金について,借主の債務不履行がないことを条件に,明渡し 後
に 返還請求権が発生するとして,借主に家賃だけを先に支払わせること は
不 公平と考えられる。
6) そこで,破産法は,借家人が破産管財人に対して,破産手続開始後支 払
っ た家賃について,寄託することを求め,最終配当前に明渡して敷金返 還
請 求権が発生した場合には,借主が支払って破産管財人が寄託した賃料 の
限 度で実質的な相殺を認め,その結果,寄託分だけは全額借家人に返還 さ
れ ることになる(破産法第70条 停止条件付債権等を有する者による 寄
託 の請求)。
7) 例えば,家賃100万円,保証金1000万円で店舗の賃貸借契約を し
て いたところ,貸主が破産した。借主が,破産後支払う家賃につき,破産
管 財人に寄託を求め,その後10か月間家賃を払った上で,破産手続が 終
了 する前に退去した。破産管財人は,寄託した1000万円を退去時に 全
額 借主B社へ返還してくれる。
勿論,借主は通常の退去の場合と同様,原状回復義務を履行して明け 渡
す 必要がある。
8) 【ポイント】借家人は家主が破産した場合,「破産手続開始後に払っ た
家 賃については,全額敷金返還分として支払いを受けるため」,
① 破産管財人に寄託請求をした上で,
② 最終配当手続きまでに借家契約を解約して明渡すこと。
が 必要となる。
最後配当手続き前に建物を明け渡せなかった場合には、敷金について
は 、配当を受けることができなくなる。
9) 寄託はどのようにするか。
① 破産管財人が,家賃管理口座(寄託分だけの口座)を開設し,他の破
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産 処理口座と分けて管理(分別管理)する。
② 寄託された賃料の取扱
a. 寄託された賃料は,最後配当に関する除斥期間満了までに賃貸借 契
約が終了し,敷金返還請求権が現実化した場合に,破産管財人が寄 託
額の中から実際に発生した敷金返還額を借主に返還することになる 。
b. しかし,上記除斥期間満了までに敷金返還請求権が現実化しなか っ
た場合には,寄託額は最後配当の配当原資となる(破産法198条 2
項,201条2項)。なお,敷金返還請求権が現実化した時期とは ,
借主が貸主に対して賃貸目的物を明け渡した時点と解される。
破産 法第70条(停 止条件付債権等を有 する者による寄託の 請求)
停 止条件付債権又 は将来の請求権を有 する者は,破産者に 対する債務を弁 済
する場合には,後に相殺をするため,その債権額の限度において弁済額の寄
託を請求することができる。敷金の返還請求権を有する者が破産者に対する
賃料 債務を弁済する 場合も,同様とする 。
破産 法第 198条 (破産債権の除斥等 )
1 異議 等のある破 産債権(第百二十九 条第一項に規定する ものを除く。)に
つ いて 最後配当の手 続に参加するには,当該異議等のある破 産債権を有す る
破 産債 権者が,前条 第一項の 規定による 公告が効力を生じた 日又は同条第 三
項 の規 定による届出 があった日から起算 して二週間以内に,破産管財人に 対
し ,当 該異議等のあ る破産債権の確定に 関する破産債権査定 申立てに係る 査
定 の手 続,破産債権 査定異議 の訴えに係 る訴訟手続又は第百 二十七条第一 項
の規定による受継があった訴訟手続が係属していることを証明しなければ
な らな い。
2 停止条件付債権又は将来の請求権である破産債権について最後配当の手
続 に参 加するには,前項に規定する期間(以下この節及び第 五節において「 最
後 配当 に関する除斥 期間」という。)内 にこれを行使するこ とができるに 至
っ てい なければなら ない。
破産 法第201条( 配当額の定め及び通 知)
1 破産 管財人は,前条第一項 に規定す る期間が経過した後(同項の規定に よ
る異議の申立てがあったときは,当該異議の申立てに係る手続が終了した
後 ),遅滞なく,最 後配当の 手続に参加 することができる破 産債権者に対 す
る 配当 額を定めなけ ればならない。
2 破産 管財人は,第七十条の規定によ り寄託した金額で第 百九十八条第二 項
の規定に適合しなかったことにより最後配当の手続に参加することができ
な かっ た破産債権者 のために寄託したも のの配当を,最後配 当の一部とし て
他 の破 産債権者に対 してしなければなら ない。
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