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046000190002 - Doors
多音節訓仮名表記されることがある語句
――『萬葉集』における実態と傾向―――
よしおか
ま
ゆ
み
吉岡 真由美
同志社大学大学院博士課程後期課程
[email protected]
キーワード
万葉集,多音節訓仮名,自立語,修辞的要因,文法的要因
要旨
本稿では,『萬葉集』において多音節訓仮名表記されることがある自立語や句にはどのよう
なものがあるか,その際に用いられる〈漢字〉はいくつあるかを確認する。さらに,多音節訓
仮名表記される語句のなかには固定的な漢字表記を持っているものがあり,そうした語が多音
節訓仮名表記される背景には,掛詞のような修辞的な要因のみならず,ある語句が類型表現と
して定着することやそれに伴う語義の抽象化などの文法的な要因の関連が推測されることを
指摘する。
1 はじめに
万葉集を構成する文字を〈漢字〉とするとき,その用法は表語的にはたらく漢字か表音的に
はたらく仮名かに大別できる。〈漢字〉の用法としての仮名はさらに,1字で1音節に対応す
る単音節仮名,1字で複数音節に対応する多音節仮名,2字以上で1音節以上に対応する熟合仮
名にわけることができる。本稿で問題とする多音節訓仮名は多音節仮名の下位分類であり,そ
の定義は1字で複数音節に対応する訓仮名である。(3・264),(3・304),(11・2578)
の下線部の類がそうである。
物部能 八十氏河乃 阿白木尓 不知代経浪乃 去邊白不母(ゆくへしらずも)(3・264)
大王之 遠乃朝庭跡 蟻通(ありがよふ)嶋門乎見者 神代之所念(3・304)
朝宿髪 吾者不梳 愛 君之手枕 觸義之鬼尾(ふれてしものを)(11・2578)
多音節仮名が対応する語や果たす機能についてはじめて言及したのは橋本(1966)であり,
その指摘は次の4点に要約できる。(1)多音節仮名は主として訓字主巻に出現する。(2)多
音節訓仮名は多音節音仮名よりも,出現頻度および〈漢字〉の異なりにおいて勝っている。
(3)
多音節仮名は自立語や句よりも付属語と対応しやすく,自立語や句と対応するばあいには〈漢
字〉そのものの意味とそれで表記される語句の意味とが非常に近いかあるいは両者が「掛詞的」
関係であるのに対し,付属語と対応するばあいには意味の類似性や「掛詞的」であることより
も表音性が重視されている。(4)多音節仮名には文節を明示する機能があると考えられる。
以上の橋本(1966)の指摘は,多音節仮名を体系的に捉えようとしたものとして重要な意味
12
を持ち,現在でもひろく支持されている。ただし,多音節訓仮名と多音節音仮名とでは前者の
ほうが多く,自立語や句と付属語では後者との対応が目立つために,その論考の中心は多音節
訓仮名と対応する付属語①である。それ以外のばあい,すなわち,多音節音仮名や多音節訓仮
名表記される語句については詳しく述べられていない。
橋本(1966)で詳細な言及がなされなかったもののうち,多音節音仮名については尾山(2006)
でそれとして出現する〈漢字〉の全容が明らかになり,尾山(2010)で多音節音仮名と多音
節訓仮名とが同じ語の表記を分けあうことが少ないことが指摘されている。近年,多音節音仮
名の様相は確実に明らかになってきている。それに対して,多音節訓仮名で表記される語句に
ついてはそれそのものを調査の対象に据えた論がみられず,井手(1969)でその一部が扱わ
れているのみである。
多音節仮名は訓字主体巻において頻繁に出現するが,仮名主体巻や平安時代以降の仮名文に
は原則として出現しない。これはつまり,多音節仮名が漢字表記を志向する環境において必要
な仮名であったことを意味している。そのような環境下ではなぜ多音節仮名が必要であるのか,
またどのような条件が多音節仮名の出現を支えているのかといった事柄は万葉集の仮名にま
つわる問題のひとつとして当然考えられるべきであり,そのためには,出現頻度や〈漢字〉の
異なりにおいて勝っている多音節訓仮名の実態について整理する必要がある。そこで本稿では,
多音節訓仮名で表記されることがある語句の実態について調査を試みる。具体的にみようとす
るのは,多音節訓仮名表記されることがある語句にはどのようなものがあるか,その際に用い
られる〈漢字〉はいくつあるか,多音節訓仮名表記されることがある語句はそれ以外の表記が
行われているか,ということである。以上3点について整理することで,多音節仮名のさらに
は万葉集の仮名の基礎的研究に資することが本稿全体の目的である。
2 調査の概要
2.1 調査資料と調査範囲
調査資料には,木下正俊編(2001)『萬葉集CD-ROM版』を用いる。調査範囲は『萬葉集
CD-ROM版』の訓字主体巻であり,本稿でいう訓字主体巻は,巻1・巻2・巻3・巻4・巻6・巻
7・巻8・巻9・巻10・巻11・巻12・巻13・巻16である。本稿は多音節訓仮名で表記される語
句の調査であるため,それが出現しない仮名主体巻はおのずと調査範囲外になる。なお,本稿
で訓字主体巻とみなした巻々に比して,巻19は異なり語数に対する多音節訓仮名表記される
語句の比率が低いことから,仮名主体巻とみなし調査範囲外としている②。以下とくに断らな
い限り,『萬葉集』は『萬葉集CD-ROM版』訓字主体巻を意味する。
2.2 調査対象
多音節訓仮名表記されることがある自立語についての調査が行われてこなかった背景には,
漢字表記と多音節訓仮名表記との境界が曖昧であるということがある。橋本(1966)も多音
節訓仮名表記される語句の意味とそのときに多音節訓仮名として出現する〈漢字〉の意味とが
非常に近いことから,語句の表記に用いられる多音節訓仮名について「正訓字との限界はすこ
13
ぶる不分明である」としている。多音節訓仮名表記されることがある自立語について検討する
には,なにを調査対象とし,なにを多音節訓仮名表記とみるか,という基準の設定が調査の結
果を大きく左右すると考えられる。
本稿の調査対象は,『萬葉集』の歌に用いられる語句③のうち,その全体ないしは部分が多
音節訓仮名で表記されることがあるものである。ただしこの条件を満たしていても,多音節訓
仮名が対応している部分のはたらきが付属語的であるもの,多音節訓仮名表記か漢字表記かの
判断が難しいもの,枕詞や固有名詞は調査対象外としている。以下はこれらを調査対象外とす
る理由について具体例を挙げつつ述べる。
多音節訓仮名が対応している部分のはたらきが付属語的であるものには,多音節訓仮名が活
用語の語幹と対応していないもの,多音節訓仮名がシク活用形容詞の「シケ」「シク」「シキ」
と対応しているもの,がある。
活用語の語幹に多音節訓仮名が対応していない語句は次のようなものである。
神左振(かむさぶる)磐根己凝敷 三芳野之 水分山乎 見者悲毛(7・1130)
越海乃 手結之浦矣 客為而 見者乏見 日本思櫃(やまとしのひつ)(3・367)
(7・1130)の「かむさぶ[神]」は,名詞「かみ[神]」と接尾辞「さぶ」から成り,「さ
ぶ」の連体形「さぶる」の一部と多音節訓仮名「振」が対応している。「さぶ」は名詞に付し
て動詞化する接辞であり,接辞はそれ単独で文節の成分となることができない点で付属語と等
しい。(3・367)は多音節訓仮名「櫃」が「しのふ[偲]」の連用形活用語尾「ひ」とそれ
に下接する助動詞「つ」を覆うように対応しており,部分的に助動詞を含んでいる。これらの
ようなものは本稿ではなく,付属語と対応する多音節訓仮名について検討する際に扱う。
シク活用形容詞の「シケ」「シク」「シキ」と対応しているのは,次のようなものである。
霰零 鹿嶋之埼乎 浪高 過而夜将行 戀敷物乎(こほしきものを)(7・1174)
(7・1174)は,シク活用形容詞「こほし[恋]」の連体形「こほしき」の一部と多音節訓
仮名「敷」が対応している。シク活用形容詞の「シ」は語幹とみる立場もあり④,そのばあい
「敷」は調査対象となり得る。しかし,本稿ではひとまず調査対象とせず,付属語と対応する
多音節訓仮名について検討する際に扱う。
多音節訓仮名表記か漢字表記かの判断が難しいものには,その表記に語源俗解が反映されて
いると考えられるものと同一語源が想定される複数語間での表記の通用とがある。
語源俗解の反映と考えられる表記には次のようなものがある。
氏河乎 船令渡呼跡 雖喚(よばへども)不所聞有之 檝音毛不為(7・1138)
……廬八燎 須酒師競 相結婚(あひよばひ)為家類時者 焼大刀乃……(9・1809)
隠口乃 長谷小國 夜延為(よばひせす)吾天皇寸与 奥床仁……(13・3312)
動詞「よばふ[呼]」は動詞「よぶ[呼]」の未然形に継続を意味する「ふ」を伴うもので
あり,元来の意味は(7・1138)のように呼び続けることであるが,そこから転じて(9・1809)
のように妻問う,求婚する意に用いるようになる。妻問婚という当時の婚姻形態に鑑みれば,
(13・3312)の「夜延(よばふ)」は「よばふ」の派生的な意味を反映させている可能性が
14
考えられる。このように,当時の語源に対する民間の解釈が反映されているともとれるものに
ついては,漢字表記とみておくほうがよいと思われる。
同一語源が想定される複数語間での表記の通用は,次のようなものである。
……磐床等 川之氷凝 冷夜乎 息言無久(やすむことなく)通乍……(1・79)
三芳野之 秋津乃川之 万世尓 断事無(たゆることなく)又還将見(6・911)
上代語辞典編集委員会編(1967)『時代別国語大辞典 上代編』では「こと[言]」と「こ
と[事]」とを「語源的に一つのものであろう」としている。(1・79)(6・911)の「こと」
はともに「こと[事]」であるが,(1・79)では「言」で表記されている。このようなもの
としては,ほかに動詞「しく[頻]」に「敷」が対応する「敷浪乃(しきなみの)」(13・
3339)や副詞「よし[縦]」に「吉」が対応する「吉咲八師(よしゑやし)」(2・138)な
どがある。橋本(1966)ではこれらの一部を多音節訓仮名表記とみなしているが,多音節訓
仮名表記か漢字表記かの判断基準を設けることが難しいため,本稿では上記のような表記はい
ずれも漢字表記として扱う。
さいごに,枕詞や固有名詞について述べる。枕詞には,当時,その意味がわからなくなって
いたものが相当数あったことはよく知られている。固有名詞も,「日下」「筑波」のように当
時すでに表記が固定しており,その表記と表記される地名とがどのような関係にあるか定かで
ないものがある。本来指していた概念や事柄を知ることができない以上,漢字表記か多音節訓
仮名表記かの判断が困難である。そのため,本稿では調査対象から外す。なお,枕詞と固有名
詞の判断は古典索引刊行会編(2003)『萬葉集索引』と宮島(2015)『万葉集巻別対照分類
語彙表』に拠る。
以上をふまえて,本稿の調査対象をいまいちど確認するならば,本稿の調査対象は『萬葉集』
の歌に用いられる語句のうち,その全体または部分が多音節訓仮名表記されることがあるもの
で,活用語のばあいはその語幹の全体または部分と多音節訓仮名が対応しているものである。
2.3 表記をどのように分類するか
本稿で確認することのひとつに,多音節訓仮名表記されることがある語句はほかにどのよう
な表記がなされているかということがある。1節でふれたように,『萬葉集』の仮名表記語に
ついてはすでに井手(1969)の調査があり,この仮名表記語には多音節訓仮名表記語の一部
も含まれている。一部しか対象となり得なかったのは,井手(1969)がその調査対象に対し
て設けた「表意性漢字表記の例のない場合でも表音性仮名表記例が異なった歌の中に三例以上
あるものを,表意性漢字表記例が一例でもある場合にはその用例数の四倍以上の表音性仮名表
記例のあるもの」という基準を満たす多音節訓仮名表記語が非常に少ないためである。井手
(1969)は上記のような基準を設けることによって,詠み手(書き手)による個別性を排除
することを目論んでいる。本稿では,多音節訓仮名表記されることがある語の全体を知ること
が目的であるため,個別性などは勘案せず,1度でも多音節訓仮名表記されることがある語句
は対象とする。また,対象をひろく採ることで,井手(1969)が指摘している『萬葉集』の
仮名表記語は漢字表記することが困難な語であるという傾向が,多音節訓仮名表記語全般にみ
15
られるか否かということを確認する意味も含んでいる。
多音節訓仮名表記される語句,またはその語句の多音節訓仮名が対応する部分がほかにどの
ような表記がなされているかをみるために,本稿では表記のありかたを【多音節訓仮名表記】
【漢字表記】【単音節仮名表記】【その他の表記】【読添え】の5つに分類する。
【多音節訓仮名表記】1字で複数音節に対応する訓仮名での表記。語全体や活用語の語幹全体
と対応する「縁西鬼尾(よりにしものを)」(4・547),「真守有栗子(まもれるくるし)」
(8・1634)や,自立語や句の一部と対応する「夜之明流寸食(よのあくるきはみ)」(4・
485),「端寸八為(はしきやし)」(16・3791),活用語の語幹と活用語尾を覆うように対
応する「止時梨二(やむときなしに)」(6・915),サ変動詞の未然形とそれに下接する助
動詞を覆うように対応する⑤「和備染責跡(わびしみせむと)」(4・641)がある。
【漢字表記】正訓の「欲為物者(ほりせしものは)」(3・340),「将至極(いたらむきは
み)」(10・2142),義訓の「奈何辛苦(なにかくるしく)」(4・750),「解人不有(と
くひともなし)」(11・2473)などである。
【単音節仮名表記】 「吾四九流四毛(われしくるしも)」(12・2940),「惜雲奈師(をし
けくもなし)(9・1769)などである。単音節仮名であるかどうかの判断は基本的に『時代別
国語大辞典 上代編』の「主要万葉仮名一覧表」に拠るが,「為」については扱いを改めた⑥。
なお,単音節仮名には単音音仮名と単音節訓仮名があるが,本稿ではその音訓はさしあたって
問題とせず,ここに一括する。
【その他の表記】多音節訓仮名表記「縁西鬼尾(よりにしものを)」(4・547)に対する「馬
下乃(うましもの)」(11・2750)や,多音節訓仮名表記「為暮零所見(しぐれふるみゆ)」
(10・2234)に対する多音節音仮名表記「鍾礼能雨(しぐれのあめ)」(8・1553),熟合
仮名の「還者胡粉(かへりはしらに)」(11・2677)などである。
【読添え】「来(こしものを)」(12・2859)のように,多音節訓仮名が該当する部分が表
記されておらず,補読を必要とするものである。
で囲んだ部分が補読を意味する。
3 実態と傾向
3.1 多音節訓仮名表記されることがある語句
多音節訓仮名表記されることがある語句は異なり147であり,その全容は【表‐1】のとお
りである⑦。【表‐1】の「語句」列には多音節訓仮名表記されることがある自立語や句を挙
げ,多音節訓仮名表記される部分に下線を施す。[ ]内に記したのは『万葉集巻別対照分類
語彙表』の漢字である。〈漢字〉列には語句の下線部と対応する多音節訓仮名として出現する
〈漢字〉を記す。排列は多音節訓仮名表記の比率の高い順であり,比率が等しいばあいは語句
の50音順である。「たゆたふ[揺蕩]」を例にとるならば,その合計出現頻度7のうち多音節
訓仮名表記の頻度は5で「絶多比奴良思(たゆたひぬらし)」(4・542)のように「たゆ」と
〈絶〉が対応している。残りの頻度2は,漢字表記「猶預不定見者(たゆたふみれば)」(2・
196)と単音節仮名表記「情多由多比(こころたゆたひ)」(4・713)である。
16
【表‐1】『萬葉集』において多音節訓仮名表記されることがある語句
合計 漢字
語句
〈漢字〉
多訓
品詞 頻度 頻度
比率
頻度
その他
頻度
比率
頻度
読添え
比率
頻度
比率
全体
‐
‐
0.838
316
0.083
189
0.050
72
0.019
32
0.008
あくた[芥]
飽
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
あぢ[巴鴨]
味
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
あぢさゐ[紫陽花]
味
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ありかぬ[有不堪]
金
動下二
2
‐
‐
2
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ありがほし[有欲]
杲
形シク
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ありなぐさむ[有慰]
草
動下二
2
‐
‐
2
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いざりび[漁火]
去
名
2
‐
‐
2
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いちしば[厳柴]
市
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いつかし[厳橿]
五
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いつしば[厳柴]
五
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いつしばはら[厳柴原]
五
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いなをかも[‐]
鴨
句
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いねかぬ[寝不堪]
稲
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いねかぬ[寝不堪]
金
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いはつつじ[岩躑躅]
管・乍
名
2
‐
‐
2
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いふかる[訝]
借
動四
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いましく[今]
敷
副
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
うちきす[着]
内
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
かきつはた[杜若]
垣
名
4
‐
‐
4
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
かきつはた[杜若]
旗・幡
名
4
‐
‐
4
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
かげとも[影面]
友
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
かり[仮]
苅
形動
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
こひうらぶる[恋]
経
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
しかぬ[為不堪]
金
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
しがらみちらす[‐]
辛
動四
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
したこがれ[下焦]
枯
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
したひ[紅葉]
舌
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
したふ[慕]
下
動四
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
しづく[雫]
付・附
名
3
‐
‐
3
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
しづめかぬ[鎮不堪]
金
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
しなひ[撓]
搓
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
しらつつじ[白躑躅]
管
名
3
‐
‐
3
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
すがる[蜂]
軽
名
2
‐
‐
2
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
すずき[鱸]
鈴
名
2
‐
‐
2
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
そとも[背面]
友
名
2
‐
‐
2
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
たたずむ[佇]
住
動四
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
たゆたに[‐]
絶
副
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
たゆたに[‐]
谷
副
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
たゆたひやすし[揺蕩易]絶
形ク
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
とめかぬ[止不堪]
金
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
とをよる[‐]
依・縁
動四
3
‐
‐
3
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
語句
〈漢字〉
3771 3162
単音節
比率
品詞 頻度 頻度
合計
比率
漢字
頻度
多訓
17
比率
頻度
単音節
比率
頻度
その他
比率
頻度
読添え
‐
比率
合計 漢字
語句
〈漢字〉
品詞 頻度 頻度
多訓
比率
頻度
単音節
比率
頻度
その他
比率
頻度
読添え
比率
頻度
比率
なぐさむ[慰]
草
動四
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
なし[梨]
成
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
なつく[懐]
付
動四
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
なづみく[難来]
積
動カ
5
‐
‐
5
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
なづみゆく[難行]
積
動四
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
につつじ[丹躑躅]
管
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
のらえかぬ[所罵不堪]
金
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
はねずいろ[唐様色]
翼
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ははそはら[柞原]
母
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
はやひと[隼人]
早
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ひもろき[神籬]
紐
名
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ふりなづむ[降難]
積
動四
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
まさしに[正]
益
副
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
みかぬ[見不堪]
金
動下二
2
‐
‐
2
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
めぐし[愛]
串
形ク
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
やへむぐら[八重葎]
倉
名
2
‐
‐
2
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ゆくらかに[‐]
桉
副
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
よせかぬ[寄不堪]
金
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
わたりかぬ[渡不堪]
金
動下二
1
‐
‐
1
1.000
‐
‐
‐
‐
‐
‐
とをを[‐]
十
形動
6
‐
‐
5
0.833
1
0.166
‐
‐
‐
‐
なづむ[難]
積
動四
6
1
0.166
5
0.833
‐
‐
‐
‐
‐
‐
なぐさ[慰]
種・草
名
4
‐
‐
3
0.750
1
0.250
‐
‐
‐
‐
たゆたふ[揺蕩]
絶
動四
7
1
0.142
5
0.714
1
0.142
‐
‐
‐
‐
なぐさもる[慰]
草
動下二
7
2
0.285
5
0.714
‐
‐
‐
‐
‐
‐
なぐさもる[慰]
溢・漏
動下二
7
‐
‐
5
0.714
2
0.285
‐
‐
‐
‐
うしはく[領]
牛
動四
3
1
0.333
2
0.666
‐
‐
‐
‐
‐
‐
うしはく[領]
掃・吐
動四
3
1
0.333
2
0.666
‐
‐
‐
‐
‐
‐
うつし[現]
打
形シク
3
1
0.333
2
0.666
‐
‐
‐
‐
‐
‐
かくさふ[隠]
障
動四
3
‐
‐
2
0.666
1
0.333
‐
‐
‐
‐
すがらに[‐]
辛・柄
副
3
‐
‐
2
0.666
1
0.333
‐
‐
‐
‐
とをよる[‐]
十
動四
3
‐
‐
2
0.666
1
0.333
‐
‐
‐
‐
なぐさめかぬ[慰不堪]
金・兼
動下二
3
‐
‐
2
0.666
‐
‐
1
0.333
‐
‐
ねかぬ[寝不堪]
金
動下二
3
1
0.333
2
0.666
‐
‐
‐
‐
‐
‐
みつる[羸]
三
動下二
3
‐
‐
2
0.666
1
0.333
‐
‐
‐
‐
あぢむら[巴鴨群]
味
名
5
‐
‐
3
0.600
2
0.400
‐
‐
‐
‐
しのびかぬ[忍不堪]
金
動下二
5
2
0.400
3
0.600
‐
‐
‐
‐
‐
‐
おもひかぬ[思不堪]
金
動下二
7
3
0.428
4
0.571
‐
‐
‐
‐
‐
‐
なぐさむ[慰]
種・草
動下二
9
2
0.222
5
0.555
2
0.222
‐
‐
‐
‐
まちかぬ[待不堪]
金・兼
動下二
9
4
0.444
5
0.555
‐
‐
‐
‐
‐
‐
たどき[方便]
時
名
11
3
0.272
6
0.545
2
0.181
‐
‐
‐
‐
めづらし[珍]
頬・列
形シク
15
7
0.466
8
0.533
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いきづく[息]
築
動四
2
1
0.500
1
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いざり[漁]
去
名
4
‐
‐
2
0.500
2
0.500
‐
‐
‐
‐
いはばし[岩橋]
走
名
4
2
0.500
2
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
語句
〈漢字〉
品詞 頻度 頻度
合計
比率
漢字
頻度
多訓
18
比率
頻度
単音節
比率
頻度
その他
比率
頻度
読添え
‐
比率
合計 漢字
語句
〈漢字〉
多訓
品詞 頻度 頻度
比率
頻度
単音節
比率
頻度
その他
比率
頻度
読添え
比率
頻度
比率
いふかし[訝]
借
形シク
4
2
0.500
2
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
いゆきはばかる[行憚]
斤・計
動四
4
‐
‐
2
0.500
2
0.500
‐
‐
‐
‐
うらぶれをり[‐]
経
動ラ
2
1
0.500
1
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
くくりよす[括寄]
栗
動下二
2
1
0.500
1
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
すだく[集]
竹
動四
2
1
0.500
1
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
たつたつ[立立]
龍
動四
2
1
0.500
1
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
たゆたひ[揺蕩]
絶
名
2
1
0.500
1
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
つつみ[慎・恙]
管
名
2
1
0.500
1
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
はし[橋]
走
名
4
2
0.500
2
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
はたもの[機物]
廿
名
2
1
0.500
1
0.500
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ありがよふ[有通]
蟻
動四
10
5
0.500
4
0.400
1
0.100
‐
‐
‐
‐
なつかし[懐]
束・著・付 形シク
10
‐
‐
4
0.400
2
0.200
4
0.400
‐
‐
わすれかぬ[忘不堪]
金
動下二
13
5
0.384
5
0.384
3
0.230
‐
‐
‐
‐
みがほし[見欲]
㒵
形シク
8
‐
‐
3
0.375
‐
‐
5
0.625
‐
‐
あづきなし[‐]
鳴
形ク
3
1
0.333
1
0.333
1
0.333
‐
‐
‐
‐
いかり[碇]
慍
名
3
2
0.666
1
0.333
‐
‐
‐
‐
‐
‐
おきつも[沖藻]
息
名
6
4
0.666
2
0.333
‐
‐
‐
‐
‐
‐
たまさか[偶]
玉
形動
3
2
0.666
1
0.333
‐
‐
‐
‐
‐
‐
たまさか[偶]
坂
形動
3
2
0.666
1
0.333
‐
‐
‐
‐
‐
‐
とのぐもる[‐]
曇
動四
3
‐
‐
1
0.333
2
0.666
‐
‐
‐
‐
なぐさめかぬ[慰不堪]
鮫
動下二
3
‐
‐
1
0.333
‐
‐
2
0.666
‐
‐
はだ[肌]
秦
名
3
2
0.666
1
0.333
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ゆたに[‐]
谷
副
3
‐
‐
1
0.333
2
0.666
‐
‐
‐
‐
よそめ[外目]
染
名
3
2
0.666
1
0.333
‐
‐
‐
‐
‐
‐
なつかし[懐]
夏
形シク
10
‐
‐
3
0.300
3
0.300
4
0.400
‐
‐
いちしろし[著]
市
形ク
18
12
0.666
5
0.277
1
0.055
‐
‐
‐
‐
さをしか[小牡鹿]
竿・棹
名
29
‐
‐
8
0.275
18
0.620
3
0.103
‐
‐
あらそひかぬ[争不堪]
金
動下二
4
3
0.750
1
0.250
‐
‐
‐
‐
‐
‐
うたて[転]
楯
副
4
‐
‐
1
0.250
3
0.750
‐
‐
‐
‐
うらぶる[‐]
乾・経
動下二
8
6
0.750
2
0.250
‐
‐
‐
‐
‐
‐
かにもかくにも[‐]
闕
副
4
‐
‐
1
0.250
‐
‐
3
0.750
‐
‐
こと[同]
琴
副
4
3
0.750
1
0.250
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ありまつ[有待]
蟻
動四
5
4
0.800
1
0.200
‐
‐
‐
‐
‐
‐
うつつ[現]
管・乍
名
15
12
0.800
3
0.200
‐
‐
‐
‐
‐
‐
なつかし[懐]
樫・炊
形シク
10
‐
‐
2
0.200
4
0.400
4
0.400
‐
‐
ひぐらし[日暮・蜩]
倉・晩
名
5
4
0.800
1
0.200
‐
‐
‐
‐
‐
‐
あな[嗚呼]
空
感動
6
4
0.666
1
0.166
1
0.166
‐
‐
‐
‐
ちかづく[近付]
舂
動四
6
5
0.833
1
0.166
‐
‐
‐
‐
‐
‐
はしきやし[‐]
端
句
18
7
0.388
3
0.166
2
0.111
6
0.333
‐
‐
さく[離]
酒
動下二
13
11
0.846
2
0.153
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ます[坐]
益
動四
20
16
0.800
3
1.150
1
0.050
‐
‐
‐
‐
けだしく[蓋]
敷
副
7
4
0.571
1
0.142
‐
‐
2
0.285
‐
‐
はふ[延]
蝿
動下二
7
5
0.714
1
0.142
1
0.142
‐
‐
‐
語句
〈漢字〉
品詞 頻度 頻度
合計
比率
漢字
頻度
多訓
19
比率
頻度
単音節
比率
頻度
その他
比率
頻度
読添え
‐
比率
合計 漢字
語句
〈漢字〉
多訓
品詞 頻度 頻度
比率
頻度
単音節
比率
頻度
その他
比率
頻度
読添え
比率
頻度
比率
ふる[古]
振
動上二
15
13
0.866
2
0.133
‐
‐
‐
‐
‐
‐
かたこひ[片恋]
肩
名
8
6
0.750
1
0.125
‐
‐
‐
‐
1
0.125
まつ[松]
待
名
21
19
0.904
2
0.095
‐
‐
‐
‐
‐
‐
くらす[暮]
鞍
動四
11
9
0.818
1
0.090
1
0.090
‐
‐
‐
‐
かる[離]
干
動下二
12
8
0.666
1
0.083
3
0.250
‐
‐
‐
‐
きはみ[極]
食
名
12
11
0.916
1
0.083
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ふりさけみる[振放見]
酒
動上一
14
12
0.857
1
0.071
1
0.071
‐
‐
‐
‐
わたつみ[海]
綿
名
14
13
0.928
1
0.071
‐
‐
‐
‐
‐
‐
ともし[乏・羨]
友
形シク
29
26
0.896
2
0.068
1
0.034
‐
‐
‐
‐
なきわたる[泣渡・鳴渡]綿
動四
15
14
0.933
1
0.066
‐
‐
‐
‐
‐
‐
もの[物・者]
鬼
名
193
179
0.927
11
0.056
‐
‐
2
0.010
1
0.005
かりがね[雁音]
苅
名
38
34
0.894
2
0.052
‐
‐
2
0.052
‐
‐
ある[荒]
有
動下二
20
17
0.850
1
0.050
2
0.100
‐
‐
‐
‐
もる[守]
盛
動四
20
19
0.950
1
0.050
‐
‐
‐
‐
‐
‐
よそ[余所]
卌
名
26
25
0.961
1
0.038
‐
‐
‐
‐
‐
‐
すがた[姿]
堅
名
28
27
0.964
1
0.035
‐
‐
‐
‐
‐
‐
かなし[悲・愛]
鉇
形シク
29
26
0.896
1
0.034
2
0.068
‐
‐
‐
‐
やむ[止]
山・病
動四
66
63
0.954
2
0.030
1
0.015
‐
‐
‐
‐
しぐれ[時雨]
暮
名
34
‐
‐
1
0.029
20
0.588
13
0.382
‐
‐
しる[知・領]
白
動四
218
208
0.954
6
0.027
2
0.009
2
0.009
‐
‐
なし[無]
梨
形ク
381
335
0.879
10
0.026
35
0.091
‐
‐
1
0.002
くるし[苦]
栗
形シク
46
43
0.934
1
0.021
2
0.043
‐
‐
‐
‐
をし[惜・愛]
鴦
形シク
50
49
0.980
1
0.020
‐
‐
‐
‐
‐
‐
はる[春]
張
名
78
77
0.987
1
0.012
‐
‐
‐
‐
‐
‐
す[為]
揩
動サ
442
369
0.834
5
0.011
36
0.081
19
0.042
13
0.029
あり[有]
荒
動ラ
670
635
0.947
4
0.005
16
0.023
‐
‐
15
0.022
まつ[待]
松
動四
167
166
0.994
1
0.005
‐
‐
‐
‐
‐
‐
く[来]
縿
動カ
234
231
0.987
1
0.004
2
0.008
‐
‐
‐
‐
ひと[人]
一
名
367
364
0.991
1
0.002
1
0.002
‐
‐
1
0.002
語句
〈漢字〉
品詞 頻度 頻度
合計
比率
漢字
頻度
多訓
比率
頻度
単音節
比率
頻度
その他
比率
頻度
比率
読添え
3.2 多音節訓仮名として出現する〈漢字〉
自立語や句と対応する多音節訓仮名として出現する〈漢字〉の異なりは123である。尾山
(2007)では多音節音仮名として出現する〈漢字〉の全容を挙げており,そこでの異なりは
64である。この64には自立語や句と対応するものだけではなく,付属語と対応するもの,さ
らには枕詞や固有名詞と対応するものも含まれている。本稿で確認したのは自立語や句と対応
するばあいのみであるが,それでも多音節訓仮名として出現する〈漢字〉は多音節音仮名とし
て出現するそれの約2倍である。
すでに1節でふれたとおり,橋本(1966)は多音節訓仮名が自立語と対応するばあいには,
その自立語の意味と多音節訓仮名として出現する〈漢字〉の意味とが非常に近いかあるいは「掛
詞的」であると指摘している。前者については,本稿では多音節訓仮名表記とせず漢字表記と
みなすことを2.2節で述べた。したがって,ここで考慮すべきは「掛詞的」なものについてで
20
ある。「掛詞的」とは,ある語句が多音節訓仮名表記されることによって,本来の意味とは異
なる意味を含蓄するということである。橋本(1966)ではこの例として動詞「ありがよふ[有
通]」が「蟻通」もしくは「蟻徃来」と表記されることがあることを挙げ,「表面の意味には
奉仕しないにしても,この二字の結合の背後にある意図が介在することを推測させる。」と述
べている。動詞「ありがよふ[有通]」の例を「掛詞的」とみるためにはさらなる検討が必要
と思われる⑧が,動詞「まつ[待]」に対して多音節訓仮名「松」が対応する「松事遠(まつ
こととほみ)」(13・3258)や動詞「くる[来]」に多音節訓仮名「縿」が対応する「縿路
者(くるみちは)」(11・2421)など,多音節訓仮名表記に掛詞が反映されているとみるこ
とができるものはたしかに存在している。ただし,掛詞とみることができるのは多音節訓仮名
表記のなかでも一部に限ったことである。掛詞と捉えることができないものについても,縁字
をはじめとして種々の修辞的観点から出現の原因に対する言及があるが,それでもなお説明が
困難なものが少なくない。掛詞とも縁字ともいえないものについては「遊戯的な表記か」とい
う解説にとどまるか,あるいはまったくふれられないままである。このように,多音節訓仮名
表記の出現の第一義的要因を修辞的要素のみに求めようとすると,説明が困難なばあいがしば
しばある。
多音節訓仮名「蟻」は理論上,単純語の動詞「あり[有]」の連用形とも対応が可能である。
しかし,実際に確認できるのは動詞の連続の前項にくる「あり[有]」のみである。前項の「あ
り[有]」は単純語の動詞「あり[有]」に比して動詞性が弱く,接頭辞的な意味あいが強い。
このように,多音節訓仮名表記が語句の意味が抽象化されるばあいにみられるという傾向は,
動詞「かぬ[難]」でも確認できる。「かぬ[難]」は「鎮目金津毛(しづめかねつも)」(2・
190),「有金手(ありかねて)」(3・383)のように,多音節訓仮名表記が多くみられる。
単独で述語になることはなく,その出現はつねに動詞の連続の後項であることから補助動詞に
近いといえる。さらに,大半が連用形⑨をとり,その出現は非常に類型的である。
上記の例に鑑みれば,多音節訓仮名表記の出現には従来指摘されているような修辞的な要因
のみならず,ある語句が類型表現として定着していくことやそれに伴って語義が抽象化される
こと,すなわち,文法的な要因が関係していることが予測される。
3.3 多音節訓仮名表記されることがある語句はほかにどのような表記がなされているか
【表‐1】の「全体」をみると,漢字表記の比率0.838がもっとも高く,以下,多音節訓仮名
表記0.083,単音節仮名表記0.050,その他の表記0.019,読添え0.008の順である。井手(1969)
をふまえれば多音節訓仮名表記の比率がもっとも高くなることが期待されるが,実際は漢字表
記の比率が異常に高く,それ以外の表記の比率はいずれも0.100を下回っている。
下記の【表‐2】は,【表‐1】に挙げた語句の異なり147について多音節訓仮名表記の比率
と合計出現頻度の関係を整理したものである⑩。異なり147のうち多音節訓仮名表記の比率が
1.000であるものは57ある。全体の4割程度(0.387=57/147)で,すべて合計出現頻度が5
以下である。合計出現頻度が10以上になると多音節訓仮名表記の比率がもっとも高いもので
も0.600未満となり,0.099を下回るものも現れる。さらに,合計出現頻度30以上の語句にな
21
るとすべて多音節訓仮名表記の比率が0.099を下回っている。多音節訓仮名表記される語句は
低頻度語から高頻度語まであるが,多音節訓仮名表記の比率が1.000であるのは低頻度語に限
ったことであるといえる。これらについては井手(1969)が指摘するように,多音節訓仮名
表記される理由として漢字表記が困難であったということを想定することができる。いっぽう,
高頻度語においては多音節訓仮名表記がほとんどみられず,そのかわりに漢字表記の比率が著
しく高いことを【表‐1】から知ることができる。多音節訓仮名表記される語のなかに高頻度
語があり,それらのほとんどが漢字表記でされているという実態が,「全体」の漢字表記の比
率を著しく上げている原因である。
【表‐2】合計出現頻度と多音節訓仮名表記の比率の関係
多訓比率
合計頻度
全体
1
2-4
5-9
10-19
20-29
30-49
50-99
100-199
200-299
300-399
400-499
600-
147
43
45
20
16
9
3
3
2
2
2
1
1
0.900
0.800
0.700
0.600
0.500
0.400
0.300
0.200
0.100
0.001
1.000
-0.999
-0.899
-0.799
-0.699
-0.599
-0.499
-0.399
-0.299
-0.199
0.099
57
43
13
1
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
2
‐
‐
2
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
3
‐
1
2
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
9
‐
7
2
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
18
‐
13
3
2
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
2
‐
‐
‐
2
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
10
‐
7
2
1
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
10
‐
4
3
2
1
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
9
‐
‐
5
3
1
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
27
‐
‐
‐
6
7
3
3
2
2
2
1
1
一般に,高頻度語には基本的なものが多いとされ,そうした語が特定の漢字表記と結びつく
のははやかったと予測される。【表‐1】の異なり147のうち,合計出現頻度100以上の語句は
【表‐3】の8語である。「く[来]」,「しる[知]」,「す[為]」,「まつ[待]」は
それぞれ固定的な漢字表記を持っている。「あり[有]」,「なし[無]」,「ひと[人]」,
「もの[物・者]」は複数の漢字表記があるものの,その頻度には特定の漢字表記への偏りが
みられる。固定的な漢字表記を持つ語において,なぜ多音節訓仮名表記がなされるのか。その
原因については検討する必要があるが,本稿ではひとまず,高頻度語が多音節訓仮名表記され
る際には異なるふたつの要因が関係している可能性があることを確認したい。
【表‐3】に挙げた語のうち「まつ[待]」や「く[来]」に対する多音節訓仮名表記「松」
「縿」は,3.2節でふれたように,掛詞を反映していると思われるものである。これらは従来
の研究が指摘しているとおり,多音節訓仮名表記の出現の要因を歌意との関連に見出すことが
できるであろう。そのいっぽうで,多音節訓仮名表記の出現が歌意との関連よりも,ある語が
類型表現として定着することやそれに伴って語義が抽象化されることとの関係を強く持って
いると思われるものがある。
22
【表‐3】合計出現頻度100以上の語の漢字表記
語句
漢字頻度 漢字表記
635
532
103
く[来]
231
230
1
しる[知・領]208
207
1
す[為]
369
369
なし[無]
335
318
8
3
2
2
1
1
ひと[人]
364
362
1
1
まつ[待]
166
166
もの[物・者]179
177
2
たとえば,
「もの[物・者]」の多音節訓仮名表記は「鬼」
であり,それは「戀敷鬼呼(こひしきものを)」(7・1350)
あり[有]
有
在
の「ものを」,「不相鬼故(あはぬものゆゑ)」
(11・2717)
来
所来
にしかみられない。また,「しる[知]」の未然形に対す
知
所知
際にしかみられず,そのうち1例を除いては「道之白鳴(み
為
の「ものゆゑ」のように,形式名詞的な「もの」のばあい
る多音節訓仮名「白」は打消しの助動詞「ず」を下接する
ちのしらなく)」(2・158),「田付乎白二(たづきをし
らに)」(4・619)のように,助動詞「ず」がナ行系の活
用をとっている。助動詞「ず」のナ行系活用がク語法をは
無
莫
无
乏
不有
窮
羞
じめとした慣用的な表現のなかにのみ存していることをふ
まえれば,【表‐3】に挙げた高頻度語において多音節訓仮
名表記がなされる背景には,従来いわれている掛詞のよう
な修辞的な要因だけではなく,ある語句が類型表現として
定着することやそれに伴って語義が抽象化されることなど
の文法的な要因の関連もあると推測される。
人
者
他
4 今後の展望
本稿の調査で得た結果は次のようにまとめることができ
待
物
者
る。
・多音節訓仮名として出現する〈漢字〉は123であり,多
音節音仮名として出現する〈漢字〉の約2倍と多い。
・多音節訓仮名表記されることがある語句のなかには低頻
度語から高頻度語まである。『萬葉集』で多音節訓仮名表記しかみられない語句は総じて低
頻度語で,全体の4割程度である。
・多音節訓仮名表記されることがある語句のうち,高頻度語であるもののなかには,固定的な
漢字表記を持っているにもかかわらず多音節訓仮名表記がなされているものがある。こうし
た語が多音節訓仮名表記される際には,掛詞のような修辞的な要因に加えて,語句が類型表
現として定着することやそれに伴う語義の抽象化などの文法的な要因が関係していると推
測される。
今後は本稿の調査で得た結果をもとに,多音節訓仮名として出現する〈漢字〉の傾向や固定
的な漢字表記を持つ語がなぜ多音節訓仮名表記がなされるかということの実証的検討へと展
開したい。
23
【注】
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
橋本(1966)では付属語のなかでも助詞が主であり,助動詞については詳しく論じられていない。
【参考表‐1】訓字主体巻および巻 19 において多音節訓仮名表記される語句の頻度と比率
見出し語数
多訓表記語句
比率
合計
4650
143
0.030
巻1
543
8
0.014
巻2
906
16
0.017
巻3
1017
15
0.014
巻4
933
27
0.028
巻6
799
14
0.017
巻7
1009
24
0.023
見出し語数
多訓表記語句
比率
巻8
742
7
0.009
巻9
911
14
0.015
巻 10
1160
22
0.018
巻 11
1194
41
0.034
巻 12
906
25
0.027
巻 13 巻 16
956
740
16
6
0.016
0.008
巻 19
893
1
0.001
上記の数には枕詞・固有名詞を含んでいない。
歌には異本歌・異伝も含む。語句の認定は宮島(2015)『万葉集巻別対照分類語彙表』に従う。
ク活用形容詞が接尾辞「さ」を伴って名詞化する際は,「たか+さ」のように語幹+「さ」である。シ
ク活用形容詞のばあいは「かなし+さ」「くるし+さ」のような形をとることから「シ」までを語幹
とみることができる。
多音節訓仮名が部分的に助動詞を含むばあいは原則として調査対象外とすることを述べたが,サ変動詞
「す」未然形+助動詞「む」に対応する多音節訓仮名「責」のみは例外的に調査対象としている。
「主要万葉仮名一覧表」では「し」「す」の訓仮名として「為」を認めているが,本稿では「為」を
「し」「す」の仮名として認めていない。
多音節訓仮名表記される語句のなかには「玉坂(たまさかに)」(11・2396)のように,1 語のなか
で多音節訓仮名との対応が複数個所にわたるものがある。【表‐1】ではこれらを別々に挙げている。
橋本(1966)では万葉集の歌々が詠まれた当時において「蟻」がなにを連想させたか,動詞「ありが
よふ[有通]」を「蟻通」「蟻徃来」と表記することで歌意にどのような影響を与えるか,といった問
題についての具体的な検証がない。
漢字表記・単音節仮名表記などをあわせてもほとんどが連用形であり,例外は未然形で出現する「渡
金目八(わたりか ねめや)」(4・643),「所詈金目八(のらえかねめや)」(16・3793)のみで
ある。
多音節訓仮名の対応箇所が複数みられる語句で,対応箇所によって多音節訓仮名表記の比率が異なる
ものは,もっとも高い比率を採用している。たとえば,「なつかし[懐]」は「なつ」に「夏」が対応
する比率が 0.300,「つか」に「束」もしくは「著」「付」が対応する比率が 0.400,「かし」に「炊」
が対応する比率が 0.200 である。これらのなかでは「つか」に多音節訓仮名「束」もしくは「著」「付」
が対応する比率 0.400 がもっとも高いので,これを「なつかし[懐]」の多音節訓仮名表記の比率とし
ている。
【参考文献】
井手 至(1969)「万葉集変体漢文表記諸巻における仮名書き語彙の表記法について」『国語国文』3810/井手至著『遊文録 国語史篇二』1999 年和泉書院刊,pp.73-94
尾山 慎(2006)「萬葉集における二合仮名について」『万葉語文研究』2,pp.207-233
尾山 慎(2007)「萬葉集における略音仮名と二合仮名―韻尾ごとの偏向をめぐって」『文学史研究』47
尾山 慎(2010)「万葉集における二合仮名と多音節訓仮名について」『万葉』207
木下 正俊 編(2001)『萬葉集 CD-ROM 版』塙書房
古典索引刊行会編(2003)『萬葉集索引』塙書房
上代語辞典編集委員会編(1967)『時代別国語大辞典 上代編』三省堂
橋本 四郎 (1966)「多音節仮名」澤瀉博士喜壽記念論文集刊行会編『澤瀉博士喜壽記念萬葉学論叢』,
pp.641-671/橋本四郎著『橋本四郎論文集 国語学編』1986 年角川書店刊行,pp.43-62
宮島 達夫 (2015)『万葉集巻別対照分類語彙表』笠間書院
24
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