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スターリングサイクルを用いた熱スピーカーの周波数

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スターリングサイクルを用いた熱スピーカーの周波数
日本機械学会論文集(B 編)
ノート No.2013-JBN-0479
スターリングサイクルを用いた熱スピーカーの周波数特性に関する検討*
(ディスプレーサー移動量の減少に伴う出力低下について)
佐藤 智明*1
Examination about Frequency Properties of the Heat Speaker Using the Stirling Cycle
(Reduction of the Amplification Factor Associated with the Decrease of Displacer Movement)
Tomoaki SATO*1
*1
Dept. of Mechanical Engineering, Faculty of Engineering, Kanagawa Institute of Technology,
1030, Shimo-Ogino, Atsugi-shi, Kanagawa, 243-0292, Japan
In the previous report, as a new application of Stirling cycle, it is proposed to apply the Stirling cycle to heat
speaker which amplifies sound vibration by means of thermal energy. In present report, the characteristic of this speaker
was discussed and applying this theory an experimental device of heat speaker was developed. Using this device, the
frequency characteristic of heat speaker was investigated. As a result, the amplification factor by heating decreased with
frequency, and at the level of above 85[Hz] the amplification factors were minus value. The result of decreasing
amplification factor is likely caused by decreasing of the movement of displacer attached to the voice coil.
Key Words : Stirling Engine, Sound and Acoustics, Energy Conversion, Speaker
1. はじめに
既報(1)において,スターリングサイクルを適用した熱スピーカーの原理について報告した.この原理によるス
ピーカーは,従来型のスピーカーの振動板部とボイスコイル部を切り離し,ボイスコイル部に体積を持たせ,ス
ターリングエンジンにおけるディスプレーサーとして動作させる(以下ボイスコイルディスプレーサーと呼ぶ)
.
これによって,音信号として入力された電流によってボイスコイルディスプレーサーが振動し,内部空気を高熱
源側と低熱源側の間で移動させる.この時,それぞれの空間において加熱および冷却が行われ,その時の圧力変
動によって振動板を振動させ,音を発生させる.本報では,この原理に基づいた熱スピーカー実験装置を製作し,
発音実験を行った.本装置に 20Hz~120Hz の範囲で音信号を入力し,熱エネルギーによって振動する振動板によ
る音出力を確認した.更に得られたデータを分析して出力の周波数特性について検討したので報告する.
2.
熱スピーカー装置概要および動作原理
従来のスピーカーは,ボイスコイル(電磁誘導コイル)と振動板(コーン)が一体となっており,音信号電流
による電磁誘導で励起されたボイスコイルの振動が振動板を直接振動させて音波を発生させる.一方,熱スピー
カーは,
電磁誘導によるローレンツ力によってボイスコイルディスプレーサーを振動させる.
図 1 に示すように,
ボイスコイルディスプレーサーの作動する空間は密閉容器(外径約 90 mm 高さ約 30 mm の円筒容器)となって
いる.この図において,密閉容器は左側が高熱源側,右側が低熱源側となっている.高熱源側は鉄製の円盤型の
土台となっており,ドーナツ型の永久磁石が内部の溝にはまる形で設置されている.土台は,永久磁石が設置さ
れている外側にドーナツ状の起伏を持たせてあり,その盛り上がり部分は磁力線の磁力を強める鉄製のヨークと
して機能するようになっている.この永久磁石とヨークとの間の隙間にボイスコイルが挿入されており,ボイス
*
原稿受付 2013 年 6 月 3 日
正員,神奈川工科大学(〒243-0292 神奈川県厚木市下荻野 1030)
E-mail: [email protected]
*1
© 2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
スターリングサイクルを用いた熱スピーカーの周波数特性に関する検討
Fig.1 Heat Speaker.
Fig.2 Experimental Apparatus.
コイルに音信号電流を流すとローレンツ力によってボイスコイル部が振動する.ボイスコイルと一体となってい
るボイスコイルディスプレーサーが音振動すると,空気が容器内を高熱源側と低熱源側を行き来して,加熱およ
び冷却を繰り返す.これによって,音信号に同期した内部温度の上昇および低下が起こり,それに伴う内部圧力
の上昇下降によって音信号による圧力振動を引き起こす.尚,ディスプレーサー部は質量約 10 g の発泡スチロー
ル製である.密閉容器には内部圧力変動を伝えるための圧力伝達管(シリコンゴム製チューブ:内径約 5 mm)を
介してベローズ(既製のポリエチレン製スポイトのベローズ部分を切除して使用)が接続されている.内部圧力
の変動に伴ってベローズがパワーピストンの役割を果たして膨張および圧縮を繰り返し,ベローズに接続されて
いる振動板(コーン)を振動させ,音を発生させる.また,振動板が発生させる振動の振幅は高熱源側と低熱源
側の温度差,即ちシステムに加えられる熱量の増加とともに増幅される.したがって,本装置はボイスコイルに
流す音信号電流によって発生した音振動を,熱エネルギーを動力源とした振動板の振動に変換し,更に増幅して
音を発生することができるアンプスピーカーとして機能させることができる.
本報では,
この熱エネルギーによって発生する音響エネルギー部分の周波数特性を調べることを目的とするが,
後述の検討でも述べるように,本原理による熱スピーカーはボイスコイルディスプレーサー自体も音を発生させ
る.今回の実験装置では,なるべく熱エネルギーによって発生された振動のみによって振動板を振動させられる
ように,振動板部(ベローズ)を本体から離して設置し,シリコンゴム製の柔らかいチューブ(圧力伝達管)に
よって本体と接続することで,ボイスコイルディスプレーサーの振動が直接振動板に伝わる量を減らした.この
ため圧力伝達管部分の隙間容積(死容積)が増加して出力効率は低下する.また,圧力伝達管内を空気が振動流
動することから,摩擦および端部の影響による流動抵抗の増加,および応答遅れが生じることが考えられる.そ
こで,これらの影響を最小限にするために,振動板を振動させるベローズにはバネ定数の高いものを採用し,膨
張および圧縮時の体積変化が微少になるようにして,圧力伝達管内を流れる体積流量が無視できるほど少なくな
るようにした.このようなことから,今回の実験装置の設計においては,聴覚によって音の出力が確認できる程
度の最低限の出力があれば良いこととして,
入力に対する音響出力の利得性能については考慮しないこととした.
3. 実験および実験結果
本原理による熱スピーカーは,基本的にはフリーピストン式のスターリングエンジンに該当し,音の周波帯域
に追従できる早い応答特性が必要である.既に,熱音響スターリングサイクルを利用した熱機関や冷凍機では 100
Hz 程度で作動するものも存在する(2), (3).このことから,スターリングサイクルを用いた熱スピーカーは,一般的
なウーハースピーカー域の 100 Hz 程度までの範囲であれば,十分可能であると考えられる.そこで,このことを
確かめるために,図 1 の熱スピーカーを用いて,20 Hz(人間が関知することができる下限の低周波数)から 120
Hz の範囲で,熱スピーカーによる音響出力の確認と,その出力の周波数特性を調べる実験を行った.
© 2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
スターリングサイクルを用いた熱スピーカーの周波数特性に関する検討
3・1 実験装置概要および実験方法
図 2 に本実験装置の全体図を示した.パーソナルコンピュータによって生成された正弦波による単一周波数の
音信号は,パワーアンプによって増幅され,熱スピーカーへと入力される.各実験周波数における入力レベルは
一律に 50 W を与えた.高熱源側は電気加熱装置を用いて加熱し,常に約 90℃で一定になるように制御する.低
熱源側は,ブロワーによって冷却空気を送り約 40℃になるように設定する.振動板コーンの端面から 5 cm 離れ
た水平な位置にマイクロホンを設置し,スピーカーが発する音をサンプリングする.音データは,パーソナルコ
ンピュータによってスペクトル解析を行う.尚,音圧レベルの解析は,マイクロホンの出力電圧を用いて行い,
基準振幅を 1V としたときのデシベル値で行った.
Fig.3 Frequency Dependency of Amplification Factor by Heating.
Fig.4 Inner Mean Air Temperatures (estimated value).
Fig.5 Frequency Dependency of Sound Power.
© 2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
スターリングサイクルを用いた熱スピーカーの周波数特性に関する検討
3・2 実験結果
予め行った聴覚による確認では,非加熱時においても,ボイスコイルディスプレーサーに音信号を与え振動さ
せると,その振動が圧力伝達管を伝わって振動板を振動させたと考えられる小音量の音を知覚した.加熱後は,
熱エネルギーによって発生したと考えられる音によって加熱前に比べて明らかに大きな音となっていることを確
認した.実験は,熱エネルギーによって発生した音圧レベルを調べるために,まず非加熱時において,実験範囲
20~120 Hz を10 Hz間隔で音圧レベルの測定を行い,加熱後に同様にして得た同じ周波数の音圧レベルと比較す
る形で検討を行った.各周波数において,加熱前に対する加熱後の音圧の増幅分,即ち,これら2つのdB値の差
を熱エネルギーによって発生した音圧成分と考え,その増加分の周波数特性を図3に示した.この結果より,20 Hz
から85 Hz付近の範囲において,熱エネルギーによる音圧の増幅が認められた.また,その増幅率は,30 Hzにお
いて最大値40 dBとなり,その後85 Hz付近にかけて周波数の増加と伴に低下し,85Hz付近を超える範囲において
は,マイナスとなった.尚,ここでの増幅率とは,あくでも,非加熱時に振動板で発生している音の音圧レベル
に対する加熱時の音圧レベルの比率であり,入力電力に対する音出力の利得を意味する増幅率ではない.
4.
検
討
4・1 増幅率低下の周波数依存に関する検討
周波数の増加に伴う増幅率低下の原因を明らかにするためには,容器内の空気の移動に伴う摩擦の影響,内部
空気の対流,熱拡散および壁との熱伝達率に対する攪拌,乱流の影響などを考慮しなければならない.しかし,
これらによる損失の見積もりには,非平衡あるいは非定常な解析も必要で,不確定要素が多く,今回の実験装置
では解析に必要なデータも不足するために難しい.一方で,熱スピーカーは,その原理自体に基づいた,周波数
に依存する増幅率低下の大きな要因が存在すると考える.そこで本報では,この熱スピーカーの理論的な原理に
起因する増幅率低下に焦点を当てて以下に検討を行った.
他のスターリングサイクル機関と大きく異なる熱スピーカーの特徴は,ディスプレーサーのストロークが周波
数によって変化することである.一般的に,スピーカーのボイスコイルの振動を考えた場合,理論上,同じ入力
電力量で比較すると,周波数が高くなれば振幅は小さくなる.本実験装置のボイスコイルも同様に,周波数の増
加と伴に振幅が減少し,これに伴って,ディスプレーサーの移動距離も短くなる.このため,空気の移動量も少
なくなり,内部空気の加熱および冷却量が減少して容器内の平均温度および圧力の増減幅が縮小する.このこと
より,振動板の振幅が減少し,周波数の増加に伴って 1 サイクル当たりの仕事量は低下する.このとき,仕事量
の低下が,周波数の増加に対して逆比例の関係にある場合は,1 サイクル当たりの仕事量の低下分は,周波数の
増加によって補われるため出力の低下は起こらない.しかし,1 サイクル中の低温側温度と高温側温度の温度比
が縮小することによる理論熱効率の低下が,周波数の増加に伴う出力の低下を引き起こすと考えられる.図 4 に
は,高熱源側と低熱源側の端面温度の熱電対による測定データと,密閉容器の内部寸法から算出した内部の温度
分布より求めた内部空気平均温度の低温側温度と高温側温度を示した.この結果より,周波数の増加に伴い,1
サイクル中における低温側温度は上昇し,高温側温度は低下する.これによって,高温側と低温側の温度差は縮
小し,前述したような 1 サイクル当たりの理論熱効率の低下を伴った仕事量の低下が引き起こされることが予測
できる.そこで,図 5 には,これらの温度データを元に,ベローズの伸縮抵抗を考慮し,内部空気を理想気体と
し,熱の損失および摩擦抵抗を無視して推算した本スピーカーの音響出力の周波数特性を示した.この結果,音
響出力は周波数の増加と伴に低下することが分かる.また,対数グラフ上でほぼ直線で近似できることから,音
響出力は周波数の増加に伴って,指数関数的に低下することが分かる.これは,縦軸を dB で示した図 3 におい
ても,同様の性質を示しており,更に,近似直線に対する偏差の分布も似ていることから,これらの間に相関関
係があると考えた.参考のために,図 3 の増幅率と図 5 の音響出力の対数値との間で相関係数を求めたところ,
0.96 という比較的高い値を得た.この相関係数の高さは,必ずしもこれらの相関性を証明するものではないが,
図4 における温度差の低下が,
図3の増幅率の低下の大きな原因の一つになっている可能性は高いと考えられる.
4・2 位相差の影響
クランク等のリンク機構を持つスターリングエンジンなど,他のスターリングサイクル機関においては,一般
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スターリングサイクルを用いた熱スピーカーの周波数特性に関する検討
的にはディスプレーサーの振動とパワーピストンの振動との間に 1/2πの位相差が存在する.しかし,本原理に
よる熱スピーカーは,パワーピストンである振動板はクランクなどに拘束されていないためボイスコイルディス
プレーサーの振動に対する位相差は任意の値をとる.
ボイスコイルディスプレーサーの振動の周波数が低い場合,
ボイスコイルディスプレーサーの振動と振動板の振動との位相差は少なく,周波数の増加と共に位相差は大きく
なると予想される.そして,この位相差は,効率を低下させる要素となるため,実用的な熱スピーカーの開発に
当たっては,ボイスコイルディスプレーサーの振動が振動板に伝わらないように工夫する必要がある.今回の実
験装置は,こうした位相差による影響を排除するために,柔らかいチューブ(圧力伝達管)によってディスプレ
ーサー部と振動板を繋げることでそれに対応したが,非加熱時にもボイスコイルディスプレーサーの振動による
少量の音を検出した.熱によって発生する音は,この周波数によって変化するボイスコイルディスプレーサーの
振動との位相差によって,減衰あるいは増幅される事が予想される.図 3 の結果において,85 Hz 以上の周波数
域でマイナスの増幅率を記録した結果は,この位相差が原因である可能性も考えられるが,詳細は今後の検討課
題とする.
4・3 実用化へ向けた今後の検討課題
熱スピーカーが,音信号の増幅に,電気エネルギーを使ったアンプに代わって熱エネルギーを利用することを
目的として実用化を目指すのであれば,少なくとも入力電力に対する音響出力がプラスの利得を持たなくてはな
らない.しかし,今回の熱スピーカー実験装置は,熱スピーカーの音響出力の周波数特性を調べることに特化し
た装置のため,入力に対する出力の利得は非常に低いものであった.見積もり値としては,約50 Wという大きな
入力電力に対する,図5で求めた音響出力の算出値で比較すると,入力に対して約0.05%~0.007% (20~120 Hz)
程度の出力となり,大きなマイナス利得であった.今後,実用的な熱スピーカーを開発するためには,ボイスコ
イルディスプレーサーの振動に使われる消費電力を少なくし,前述した,ボイスコイルディスプレーサーが発す
る位相差のある振動の影響を最小にするために,
ボイスコイルディスプレーサーを大幅に軽量化する必要がある.
また,隙間容積(死容積)の低減など,効率を向上させる方法の検討も必要である.更に,パワーピストンには
薄い膜のような,バネ定数が非常に低いものを用い,加えてその膜を直接振動板として利用するといった工夫も
必要であると考える.
一方で,今回の実験結果から,低い周波数域においては高い周波数域よりも利得が得られやすいことが分かっ
たが,人間の聴覚は低い周波数の音ほど鈍感になるため,一般的なオーディオシステムでは低い周波数の音ほど
大きなエネルギーを必要とする.このため,熱スピーカーは,その低い周波数において利得を得やすい特徴を生
かして,エネルギーが必要な低周波数域の使用に特化して,電気エネルギーに代わり熱エネルギーを利用するこ
とができるウーハースピーカーとして実用化できることが期待できる.
5. おわりに
既報(1)において提案した熱スピーカーの原理に基づいて,スターリングサイクルを適用した熱スピーカー実験
装置を製作した.本実験装置を用いて 20~120 Hz において出力の周波数特性を調べる実験を行った.その結果,
周波数の増加に伴って音圧レベルの低下が確認された.その原因の一つとして,周波数の増加によって,ディス
プレーサーの移動量が低下し,1 サイクル当たりの高温側と低温側の温度比が縮小し,熱効率の低下を引き起こ
すことが考えられた.そして,内部空気温度の解析結果を基に検討した結果,その可能性が確かめられた.
文
献
(1) 佐藤智明, “スターリングサイクルを応用した熱スピーカーの原理”,日本機械学会論文集 B 編,Vol.76,
No.762(2010), pp. 359-361.
(2) 富永昭,“さまざまな熱音響現象”,熱音響工学の基礎,内田老鶴圃,第 2 章(1998), pp. 9-27.
(3) 坂本眞一,辻本俊行,平野宏之,藤田武,渡辺好章,“熱音響冷却システムの共鳴周波数について”,信学技報
TECHNICAL REPORT OF IEICE, US2004-52 (2004), pp. 25-30.
© 2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
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