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創晶プロジェクト ∼新しいタンパク質結晶育成技術の開発
構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 創晶プロジェクト ∼新しいタンパク質結晶育成技術の開発∼ 大阪大学大学院工学研究科 安 達 宏 昭 *, 新 納 愛 , 北 野 博 史 , 村 上 聡 , 高 野 和 文 , 松村浩由,井上豪,森勇介,佐々木孝友 SOSHO Project (Crystal Design Project) ~Development of Novel Growth Methods for Protein Crystals~ H. Adachi*, A. Niino, H. Kitano, S. Murakami, K. Takano, H. Matsumura, T. Inoue, Y. Mori and T. Sasaki *E-mail: [email protected] http://www.so-sho.jp Abstract Interest in growing protein crystals is related to determining the three-dimensional (3D) structure at atomic resolution by X-ray diffraction (XRD) analysis. An obstacle to the feasibility of 3D structural determination by XRD analysis is the difficulty in producing suitable diffraction-quality protein crystals of adequate size. Additionally, protein crystals are easily damaged due to their softness and fragileness. This leads to difficulty in extraction and processing of crystals after growth. Therefore, we organized the SOSHO project (Crystal Design project) to develop new crystal growth methods including handling of protein crystals. First, effective crystallization was confirmed by femtosecond laser irradiation (Laser Irradiated Growth Technique: LIGHT). Second, Two-liquid system enables to remove protein crystals easily without causing mechanical damage. Third, stirring a protein solution prevents excess nucleation and promotes large crystals. Moreover, stirred solution improves crystallinity. Finally, pulsed UV soft ablation (PULSA) technique enables to process a protein crystal. Various processing patterns were achieved using 193 nm deep-UV laser, and PULSA did not affect the quality of the crystals. These techniques will accelerate structural genomics and subsequent structure-based drug discoveries, resulting in important revelations in these fields. 1 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 1. はじめに タンパク質は、無機や有機低分子と比べて分子構造が巨大、かつ複雑で あり、多種のコンフォメーションを取り得る。また、分子間の相互作用が 非常に弱く、分子間に多くの水分子(タンパク質分子と結合している結合 水 や 結 晶 内 を 自 由 に 移 動 で き る 自 由 水 が あ る )が 占 有 し て い る こ と も あ り 、 タンパク質の結晶化は極めて難しく、三次元的な規則性に大きな乱れ(結 晶の不完全性)がある場合が多く、あまり大きく成長することがない。そ の た め 、高 品 質 及 び 大 型 結 晶 の 作 製 は 困 難 で あ る 。ま た 、結 晶 が 軟 ら か く 、 脆 い た め 、結 晶 の 取 り 出 し 操 作 、加 工 な ど の 取 り 扱 い も 極 め て 困 難 で あ る 。 しかしながら、創薬や生命科学、構造生物学の研究において、タンパク質 の 詳 細 な 立 体 構 造 決 定 が 不 可 欠 と な っ て お り 、タ ン パ ク 質 の 結 晶 化 が 求 め られている。何故なら、高品質な単結晶が得られると、X線やシンクロト ロ ン 放 射 光 を 用 い た 結 晶 構 造 解 析 が で き る か ら で あ る 。タ ン パ ク 質 構 造 解 析 は 国 家 プ ロ ジ ェ ク ト と し て 推 進 す る 国 も 多 く 、米 国 を 筆 頭 に 国 際 的 な 展 開 が な さ れ て い る 。 我 が 国 で も 、「 タ ン パ ク 3000」( 文 部 科 学 省 ) が 平 成 14 年 度 か ら の 5 年 計 画 で 進 行 中 で あ り 、タ ン パ ク 質 の 全 基 本 構 造 の 1/3( 約 3000 種 )以 上 の タ ン パ ク 質 の 構 造 及 び そ の 機 能 を 解 析 し 、得 ら れ た 成 果 の 特許化までを視野に入れている。 構造解析のボトルネックの一つが、タンパク質の結晶化である。溶液状 態 で の 解 析 が 可 能( 結 晶 化 が 不 要 )で あ る 核 磁 気 共 鳴( NMR)測 定 に よ る 構 造 解 析 の 技 術 開 発 も 進 ん で い る が 、構 造 決 定 で き る タ ン パ ク 質 の 分 子 量 に制限があるなど、X 線結晶構造解析でしか解明できないタンパク質も多 い。タンパク質の結晶化に関する手法は未だ確立されておらず、貴重かつ 微量のタンパク質試料から、未知の結晶化条件を探索するため、多種の沈 殿剤溶液を用いたスクリーニングを行う。この方法では、温度を一定に制 御した恒温槽内で結晶育成溶液を静置させ、数週間から数ヶ月、タンパク 質結晶が出来るのを待つ。結晶化に至らない場合は、スクリーニング範囲 をさらに広げ、その数は、数千から数万条件に及ぶ場合もある。しかしな がら、膨大な結晶化条件探索を行ったにも関わらず、結晶が得られないと きがある。結晶育成は試行錯誤の繰り返しであるが、タンパク質の結晶化 に 見 ら れ る 受 動 的 な 実 験 で は 、結 晶 化 の 確 率 や 結 晶 の 品 質 が 低 い こ と が 多 いと思われる。無機や有機結晶の作製において、静置などの受動的な育成 法で高品質結晶が得られる場合は極めて少ない。 2. 創晶プロジェクト 我々は、新しいタンパク質結晶の育成技術を開発することを目的に「創 晶プロジェクト」を発足させた。 創晶 (そうしょう:登録商標)は、結 2 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 晶を創製するという意味の造語である。このプロジェクトは、電気工学や 物質化学、物質・生命工学、生体情報を専門とする研究者の異分野連携か ら成り立っている。領域で言えば、結晶育成の研究者とタンパク質研究者 の連携である。異分野領域では、常識に囚われない発想や専門分野の思わ ぬ 応 用 展 開 が 期 待 で き 、目 的 と す る 領 域 の 専 門 家 と 連 携 す る こ と で ブ レ ー クスルーが生み出される。創晶プロジェクトにおいては、これまでのタン パク質結晶育成の常識とされる静置(パッシブな育成)とは異なるアクテ ィ ブ な 育 成 技 術 の 開 発 、つ ま り 積 極 的 に タ ン パ ク 質 結 晶 の 育 成 を 制 御 す る ことで高品質・大型結晶の作製を実現させる 創晶工学 (クリスタルデ ザ イ ン ) を 提 案 し て い る 1) 。 本 稿 で は 、創 晶 プ ロ ジ ェ ク ト で 開 発 し た 新 し い タ ン パ ク 質 の 結 晶 育 成 技 術 で あ る「 二 液 法 に よ る 高 品 質 結 晶 育 成 」、 「 レ ー ザ ー を 用 い た 核 発 生 制 御 」、 「 溶 液 状 態 制 御 に よ る 結 晶 育 成 技 術 」、「 紫 外 レ ー ザ ー に よ る 結 晶 加 工 技 術」の 4 つのコアテクノロジーについて述べる。 二液法による高品質タンパク質結晶の育成 こ れ ま で に 数 多 く の タ ン パ ク 質 結 晶 の 育 成 技 術 が 開 発 さ れ て お り 、そ れ ぞれに特徴がある。その中でも、ハンギングドロップ蒸気拡散法が広く用 いられている。この方法では、撥水処理したガラスに、タンパク質溶液が 表 面 張 力 で ぶ ら 下 が っ た 状 態 に あ る の で 、育 成 容 器 と の 接 触 面 積 が 少 な く 、 結晶が育成容器に付着することなく成長する。そのため、良質なタンパク 質結晶が得られる。また、軟らかく脆いタンパク質結晶の取り出しも容易 である。しかしながら、この育成法ではタンパク質溶液の表面張力が、重 力に勝っていることが条件であるため、その体積は制限される。つまり、 期 待 で き る 結 晶 サ イ ズ に は 限 界 が あ り 、大 型 タ ン パ ク 質 結 晶 を 得 る こ と が できない。 一方、シッティングドロップ蒸気拡散法やバッチ法は、タンパク質溶液 の体積制限がなく、大きなタンパク質結晶を育成できる。しかしながら、 育成容器との接触面積が大きいため、結晶が育成容器に付着すると、結晶 品質の低下や取り出し時に割れや欠け、クラックなどの機械的な損傷、最 悪 の 場 合 に は 崩 れ て し ま う な ど の 問 題 が 生 じ 、結 晶 を 取 り 出 す こ と が 困 難 である。 以 上 の よ う に 、簡 便 に 高 品 質 お よ び 大 型 結 晶 が 得 ら れ る 育 成 技 術 の 開 発 が 必 要 不 可 欠 で あ る 。最 近 、各 種 育 成 法 の 提 案 が な さ れ て い る 2 - 6 ) 。我 々 も 新しい結晶育成法を開発し、高品質および大型結晶の育成を試みた。理想 的 に は 、育 成 容 器 中 に 浮 か せ た 状 態 で 結 晶 を 成 長 さ せ る の が 望 ま し い と 考 え、タンパク質溶液よりも比重が大きく、不溶性の液体を用いて、タンパ ク 質 結 晶 を 二 液 界 面 に 浮 か べ て 育 成 す る 方 法 を 考 案 し 、二 液 法( Two-Liquid System) 7 ) と 名 づ け た 。 こ の 育 成 法 の 模 式 図 を 図 1 に 示 す 。 3. 3 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 図1 二 液 法 ( Two-Liquid System) (a) 二 液 バ ッ チ 法 、 (b)フ ロ ー テ ィ ン グ ド ロ ッ プ 蒸気拡散法 二液法は、シッティングドロップ蒸気拡散法やバッチ法の操作に、比重が 大 き く 、不 溶 性 の 液 体 を タ ン パ ク 質 溶 液 に 追 加 す る だ け で 簡 単 に 実 現 で き る 。 そ の 方 法 の 違 い に よ り 、 そ れ ぞ れ 二 液 バ ッ チ 法 ( Two-Liquid Batch Method ) 8 ) 、 フ ロ ー テ ィ ン グ ド ロ ッ プ 蒸 気 拡 散 法 ( Floating-Drop Vapor-diffusion Method) 9 ) と 呼 ぶ 。 我 々 は 、比 重 が 大 き く 、不 溶 性 の 液 体 と し て 、フ ロ リ ナ ー ト (商 標 名 、液 状 高 分 子 フ ッ 化 炭 素 、3M社 (米 国 ))を 用 い た 。こ の 液 体 は 密 度 が 1940 kg/m 3 ( FC-70) と 大 き く 、 ほ と ん ど の 溶 媒 に 対 し て 不 溶 で あ る た め 、 タ ン パ ク 質溶液と完全に分離し、二層に分かれる。フロリナートは無色透明の液体 であり、結晶の観察に影響しない。また、熱的、化学的に安定であり、優 れた熱伝導性を有することから、温度変化による育成にも適している。 こ の 育 成 法 で は 、フ ロ リ ナ ー ト 上 に あ る タ ン パ ク 質 溶 液 中 で 結 晶 が 生 じ る と 、 結 晶 は 二 液 界 面 に と ど ま り 、 そ の 状 態 で 成 長 す る ( 図 2)。 つ ま り 、 結晶が容器底面に触れないため、容器に付着しない。そのため、育成終了 後 は 二 液 界 面 に 浮 い て い る 結 晶 を 掬 い 上 げ る 、吸 い 上 げ る な ど の 操 作 に よ り、軟らかく脆いタンパク質結晶に機械的な損傷を与えることなく、容易 に 取 り 出 す こ と が 可 能 で あ る( 図 3)。同 様 に 、種 結 晶 を 界 面 上 に 導 入 す る こ と も 容 易 で あ り 、 大 き な 結 晶 を 得 る こ と が で き る ( 図 4)。 タ ン パ ク 質 結 晶 が 育 成 容 器 に 付 着 し て 成 長 す る と 、結 晶 の 完 全 性 は 低 下 す る と 報 告 さ れ て い る 1 0 ) 。二 液 法 で は 、タ ン パ ク 質 結 晶 が 下 層 液 体 の 上 に 浮かんでいるため、育成容器から応力を受けることがなく、結晶性の低下 につながる応力を最小限に抑えることができる。有機非線形光学結晶 DAST の 育 成 に お い て 、 結 晶 と 容 器 と の 接 触 面 積 を 小 さ く し た 場 合 (Slope Nucleation法 )、 結 晶 品 質 が 大 幅 に 向 上 し た こ と か ら 11 - 1 3 ) 、 二 液 法 に お い て 4 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 図2 二液バッチ法による結晶育成例 図4 図3 二液界面から取り出した結晶 二液界面に導入した種結晶 も結晶品質の向上が期待できる。また、二液法で得られた結晶は、従来法 に 比 べ て 大 き い 場 合 が あ っ た( 図 5)。こ れ は 成 長 過 程 で 結 晶 が 容 器 に 付 着 しないため、結晶の成長が阻害されず、より大きくなった可能性がある。 さ ら に 、ハ ン ギ ン グ ド ロ ッ プ 法 と は 異 な り タ ン パ ク 質 溶 液 の 体 積 に 制 限 が なく、大型結晶の育成に対応できる。このように、二液法は高品質および 大 型 タ ン パ ク 質 結 晶 の 育 成 に 適 し た 方 法 で あ る 14) 。 図5 グルコースイソメラーゼの結晶育成例 (a)シ ッ テ ィ ン グ ド ロ ッ プ 法 , (b) フ ロ ー ティングドロップ法 フローティングドロップ蒸気拡散法と従来の蒸気拡散法であるハンギ ングドロップおよびシッティングドロップ法との特徴比較を表 1 にまとめ た。ハンギングドロップおよびシッティングドロップ法は、それぞれ一長 一短があるのに対して、フローティングドロップ法は、両者の利点を合わ せ持っており、目立った欠点はない。また、タンパク質の立体構造解析は 5 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 表1 各蒸気拡散法の特徴比較 世 界 的 に 激 し い 競 争 が 繰 り 広 げ ら れ て お り 、結 晶 育 成 に お い て も 高 速 処 理 や 自 動 化 が 求 め ら れ て い る 1 5 - 2 0 ) 。フ ロ ー テ ィ ン グ ド ロ ッ プ 法 は 自 動 化 が 容 易 で あ る と い う 特 長 も 有 し て お り 、タ ン パ ク 質 結 晶 の 育 成 に 有 効 な 手 法 で ある。 二 液 法 は ハ ン ギ ン グ ド ロ ッ プ 法 に も 適 応 で き 、ガ ラ ス へ の 結 晶 付 着 を 防 止 す る Double-Hanging-Drop Vapor-diffusion Method と 、 蒸 気 拡 散 速 度 を 変 化 さ せ る Sandwiched- Hanging-Drop Vapor-diffusion Methodを 開 発 し た * 。こ れ ら の 技 術 を Two-Liquid Hanging-Drop Vapor-diffusion Methodと 呼 ん で い る。 4. レーザー照射によるタンパク質結晶化技術 タンパク質結晶は水溶液中で育成されるが、結晶を析出させるには、溶 媒 蒸 発 や 温 度 変 化 な ど に よ り 過 飽 和 度 を 高 く す る 必 要 が あ る 。タ ン パ ク 質 は準安定領域(過飽和状態にあるが、自然核成長が起こらない領域。ただ し、種結晶が溶液中にあれば、成長する)が大きいため、過飽和度を極め て高くしないと結晶化しない。しかしながら、過飽和度の高い溶液中で結 晶が析出すると、急成長による結晶品質の低下、また、結晶の大量析出に よる多結晶化などの問題が生じることが多い。さらに、結晶の析出時期に 大きなバラツキがある。産業応用されている無機結晶では、低過飽和溶液 内に種結晶を導入し、高品質結晶を得ているが、タンパク質結晶では結晶 化していない状態から結晶育成を開始するため、種結晶がない。また、結 晶が得られているとしても、タンパク質結晶は脆く軟らかいため、種結晶 の取り扱いや導入などの操作が困難である。そのため、ヘテロシーディン グ 22,23) や ス ト リ ー ク シ ー デ ィ ン グ 24) な ど 結 晶 化 を 促 進 さ せ る 方 法 が 提 案 されている。ただし、有機結晶の育成では、種結晶育成より自然核成長で 6 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 育 成 し た 結 晶 の 方 が 高 品 質 結 晶 を 得 ら れ る 2 5 ) 。そ の た め 、よ り 低 過 飽 和 の 溶液内で、強制的に核発生(結晶化)させることができれば、その後の育 成 に お い て も 低 速 で 結 晶 を 成 長 さ せ る こ と が 可 能 と な り 、高 品 質 タ ン パ ク 質結晶の作製が期待できる。また、結晶化の制御は、結晶育成の再現性を 向上させることにもつながる。 結晶化は、タンパク質分子集合体(クラスター)の大きさが、臨界半径 を越えることで始まるが、低過飽和溶液中では、タンパク質のクラスター が臨界半径を越える確率は極めて低い。そのため、溶液への機械的衝撃な どのトリガーにより、核発生を強制的に引き起こす必要がある。そこで、 短パルスレーザーを低過飽和溶液に集光することにより刺激(摂動)を与 え、結晶核を生成させることを検討した。有機物を対象としたナノ秒 Nd:YAGレ ー ザ ー ( 波 長 1064 nm, パ ル ス 幅 23 ns) に よ る 結 晶 核 生 成 は 、 こ れ ま で に 報 告 さ れ て い る た め 2 6 - 2 9 ) 、タ ン パ ク 質 分 子 へ の 適 応 を 検 討 し た 30) 。 ニ ワ ト リ 卵 白 リ ゾ チ ー ム を 用 い て 、通 常 で は 自 然 核 に よ る 結 晶 析 出 が 観 測 さ れ な い 低 過 飽 和 溶 液 内 に 、レ ー ザ ー 光 を レ ン ズ に よ り 集 光 さ せ て 照 射 した。育成は二液バッチ法で行った。その後の状態変化を肉眼で観察した が、いずれのタンパク質溶液においても、結晶化が確認できなかった。ま た、照射時間を長くして、過度にレーザーを照射した場合や、繰り返し周 波 数 ( 10∼ 1000 Hz)、 レ ー ザ ー 波 長 ( 532 nm) を 変 化 さ せ た 場 合 に つ い て も 同 様 の 実 験 を 行 っ た が 、タ ン パ ク 質 の 変 性 な ど の 変 化 す ら 観 測 で き な か った。つまり、低過飽和タンパク質溶液におけるナノ秒パルスレーザー照 射の効果は確認できなかった。 有 機 低 分 子 よ り も 結 晶 化 し に く い タ ン パ ク 質 で は 、よ り 強 い 摂 動 が 必 要 と 考 え 、超 短 光 パ ル ス レ ー ザ ー で あ る 高 出 力 フ ェ ム ト 秒 チ タ ン サ フ ァ イ ア レ ー ザ ー ( 波 長 800 nm, パ ル ス 幅 120 fs) を 用 い て 、 レ ー ザ ー 照 射 実 験 を 行 っ た 。 光 学 系 は ナ ノ 秒 Nd:YAG レ ー ザ ー を 用 い た 実 験 と 同 じ で あ る 。 静 置では結晶化が起こらない過飽和度に設定したリゾチーム溶液にフェム ト 秒 レ ー ザ ー を 100 Hz で 1 分 間 照 射 し て 、 そ の 変 化 を 観 察 し た と こ ろ 、 結 晶 の 析 出 を 確 認 し た( 図 6)。低 過 飽 和 溶 液 内 で の 核 生 成 の た め 、通 常 の 自然核成長で得られるリゾチーム結晶より成長が遅かった。また、過度に レーザーを照射したところ、リゾチームが凝集(変性)した。一方、レー ザーを照射しない溶液(静置)は結晶の析出が観測されず、フェムト秒レ ーザーが結晶核の生成に有効であることが分かった。 我 々 は レ ー ザ ー に よ る タ ン パ ク 質 結 晶 化 技 術 を LIGHT( Laser Irradiated Growth Technique) 3 1 ) と 名 づ け た 。 微 量 の サ ン プ ル に お い て も 、 レ ー ザ ー が 照 射 で き る 光 学 系 を 顕 微 鏡 下 で 構 築 し た 。対 物 レ ン ズ の 位 置 を 変 更 す る こ と で 、広 範 に 使 用 さ れ て い る ハ ン ギ ン グ ド ロ ッ プ や シ ッ テ ィ ン グ ド ロ ッ プ 蒸 気 拡 散 法 、 バ ッ チ 法 な ど へ の 適 応 が 可 能 で あ る ( 図 7) 3 2 ) 。 グ ル コ ー ス イ ソ メ ラ ー ゼ や リ ボ ヌ ク レ ア ー ゼ Hな ど を 対 象 と し た 実 験 で は 、 通 常 核 7 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 図6レーザー照射により結晶化したリゾ チーム結晶 図7顕微鏡下でのレーザー照射システム (二液バッチ法にて育成) 形 成 し に く い 低 過 飽 和 溶 液 中 で の 結 晶 化 や 、こ れ ま で 結 晶 化 し な か っ た 条 件 で の 核 生 成 を 確 認 し た( 図 8)。こ れ ら の 結 果 は 、LIGHTが タ ン パ ク 質 結 晶 化 ス ク リ ー ニ ン グ の ヒ ッ ト 率 を 向 上 さ せ た こ と を 示 す と 共 に 、低 過 飽 和 度 の 溶 液 に お い て も 結 晶 化 が 促 進 で き る た め 、自 然 核 成 長 法 の ジ レ ン マ (核発生させるためには、高過飽和にしなければならないが、結晶成長時 には低過飽和にしたい)を解決し、高品質結晶の育成に適した手法の一つ に 成 り 得 る 。LIGHTに よ る 結 晶 品 質 の 向 上 は 水 溶 性 タ ン パ ク 質 の み な ら ず 、 膜 タ ン パ ク 質 の 結 晶 化 に お い て も 有 効 で あ る こ と を 確 認 し て い る 33) 。 ま た 、LIGHT は 結 晶 析 出 ま で の 時 間 を 短 縮 で き る 。ト リ パ ノ ソ ー マ 由 来 プロスタグランジン F 合成酵素では、結晶析出までの時間が数ヶ月から 2 日 と な り 、大 幅 に 時 間 短 縮 し た 結 果 が 得 ら れ た 。つ ま り 、LIGHT は 迅 速 な 結晶化スクリーニングを可能にする。 図8 グルコースイソメラーゼの結晶育成例 ( a) レ ー ザ ー 照 射 あ り , (b) レ ー ザ ー 照 射 な し 8 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 LIGHTが タ ン パ ク 質 の 結 晶 化 に 有 効 で あ る こ と を 各 種 タ ン パ ク 質 の 育 成 に お い て 実 証 し て き た が 、そ の 詳 細 な メ カ ニ ズ ム は 不 明 で あ る 3 4 ) 。新 現 象 の可能性もあるが、現在考えられるメカニズムを以下に示す。 フ ェ ム ト 秒 レ ー ザ ー の 波 長 800 nmに お い て 、タ ン パ ク 質 溶 液 は 吸 収 を 持 たない。しかしながら、先とう値がギガワットに達する高出力フェムト秒 レ ー ザ ー を 集 光 す る こ と で 、多 光 子 吸 収 に よ る レ ー ザ ー ア ブ レ ー シ ョ ン が 誘起される。溶液のレーザーアブレーションを誘起した場合、熱的な効果 が 抑 制 さ れ て 衝 撃 波 が 生 成 さ れ る 可 能 性 が 示 さ れ て お り 3 5 - 3 7 ) 、レ ー ザ ー 照 射 に よ り 実 現 し た 結 晶 化 は 、こ の 衝 撃 波 が き っ か け と な り 生 じ た 可 能 性 が 高 い 。 ナ ノ 秒 Nd:YAGレ ー ザ ー の 場 合 、 先 と う 値 が メ ガ ワ ッ ト オ ー ダ ー で あり、衝撃波は発生していないと考えられる。そのため、結晶化には至ら な か っ た と 推 測 さ れ る 。結 晶 化 に は ギ ガ ワ ッ ト オ ー ダ ー の レ ー ザ ー 強 度 が 必 要 で あ る と 言 え る 38) 。 その他の解釈として、高出力フェムト秒レーザーが作る電界により、分 子 が 配 向 も し く は 凝 集 し た 可 能 性 26,39,40) や 光 化 学 反 応 に よ る ク ラ ス タ ー 化 が 起 こ る 可 能 性 が あ る 4 1 ) 。ま た 、レ ー ザ ー に よ る 爆 発 現 象 が 起 こ る た め の レ ー ザ ー 強 度 が 照 射 回 数 の 増 加 に よ り 減 少 す る 現 象( イ ン キ ュ ベ ー シ ョ ン 効 果 ) が 知 ら れ て い る 42) 。 つ ま り 、 照 射 回 数 の 増 加 に よ り 、 結 晶 核 生 成 に 必要なレーザーパルスの光密度やレーザー強度が減少することも考えら れる。さらに、レーザー照射により光熱変換が引き起こされ、焦点付近の 溶 液 が 瞬 間 的 に 蒸 発 し 、溶 質 の 濃 縮 が 起 こ っ た 結 果 と し て 結 晶 核 が 生 成 し た可能性もある。 5. 溶液攪拌によるタンパク質結晶の育成 結晶成長を制御するためには、溶液状態を制御することに他ならない。 理 想 的 に は 、育 成 溶 液 の 濃 度 や 温 度 な ど の 状 態 を 可 能 な 限 り 均 一 に す る こ とが望まれる。例えば、種結晶育成における濃度分布は、部分的な高過飽 和を生むため、二次核(雑晶)の発生を引き起こしたり、結晶品質の低下 につながる要因となる。雑晶が発生すると、その成長に溶質が消費され、 種 結 晶 に 十 分 な 溶 質 を 供 給 す る こ と が で き な く な り 、種 結 晶 の 成 長 が 阻 害 される。また、雑晶の数や大きさが不確定なため、種結晶の成長速度の制 御が困難となる。さらに、種結晶に雑晶が付着して多結晶化する恐れがあ るため、長期間の育成ができず、目的の大きさまで成長させることが難し い。効率よく品質の良い大きな結晶を育成するには、溶液濃度を均一に保 ち、かつ、雑晶の発生を抑制する必要がある。そのため、一般的には結晶 育 成 中 に 溶 液 の 攪 拌 が 行 わ れ る 。攪 拌 に よ り 溶 液 の 濃 度 や 温 度 を 均 一 化 す ることで、精密な過飽和度の制御が容易となり、高品質および大型結晶の 9 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 作製が実現されてきた。また、溶液攪拌における流れのダイナミクスや結 晶 成 長 メ カ ニ ズ ム な ど の 研 究 も 盛 ん に 行 わ れ て い る 43) 。 一方、タンパク質の結晶育成においては、育成中は可能な限り静置させ る の が 一 般 的 で あ る 。溶 液 の 対 流 を 抑 制 す る こ と で 品 質 の 良 い 結 晶 が 得 ら れるとされてきた。特に、宇宙などの微小重力環境下で対流を抑制し、結 晶 の 高 品 質 化 お よ び 大 型 化 が 検 討 さ れ て き た 4 4 - 4 9 ) 。し か し な が ら 、我 々 は 無 機 や 有 機 な ど の 結 晶 育 成 と 同 様 に 、タ ン パ ク 質 の 結 晶 成 長 に お い て も 攪 拌による溶液状態の制御が必要であると考えた。これは、従来のタンパク 質結晶の育成における概念とは異なる新しいアプローチである。 溶液を攪拌するにあたり、最も重要なことは、①溶液に機械的な衝撃を 与えないこと、②全体的に均一な攪拌を行うことなどが挙げられる。溶液 へ の 機 械 的 な 衝 撃 は 核 発 生 を 引 き 起 こ し 、不 均 一 な 攪 拌 は 濃 度 分 布 を 発 生 させるためである。さらに、タンパク質の結晶育成においては、結晶が非 常に軟らかく脆いため、攪拌による刺激や対流により結晶が崩れたり、変 性したりするなどの弊害が生じる恐れがある。そのため、静置や対流を抑 制する試みが積極的になったと考えられる。従って、タンパク質の結晶育 成においては、機械的な衝撃を極力抑えた攪拌が必要である。つまり、緩 やかに溶液を攪拌しなければならない。 タ ン パ ク 質 結 晶 を 二 液 界 面 で 浮 か べ て 育 成 す る Two-Liquid Systemの 有 効性は、前述した通りである。この優れた育成法を発展させ、溶液攪拌を 行 う 新 し い 手 法 を 考 案 し 、 Floating And Stirring Technique (FAST) 5 0 ) と 名 づ けた。この手法の模式図を図 9 に示す。 図 9 FAST 図 10 ス タ ー ラ ー に よ る 直 接 攪 拌 で 白 濁 し たタンパク質溶液 下 層 の 液 体 に 入 れ た 回 転 子 を 磁 気 ス タ ー ラ ー に よ り 回 転 さ せ 、下 層 の 液 体 を攪拌することにより、上層のタンパク質溶液を間接的に攪拌する。磁気 ス タ ー ラ ー は 小 型 で 簡 便 な こ と か ら 、溶 液 を 攪 拌 す る 場 合 に 広 く 利 用 さ れ ている。また、回転子が直接溶液を攪拌するため、攪拌能力が高く、溶質 を溶媒に溶解させるときなどに適する。しかしながら、タンパク質の結晶 10 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 育成においては、緩やかな攪拌が必要であり、スターラーでの直接攪拌は 機械的な刺激が強すぎる。スターラーで直接攪拌したタンパク質溶液は、 タ ン パ ク 質 が 変 性 し て し ま い 、 溶 液 が 白 濁 化 し た ( 図 10)。 通 常 、 ス タ ー ラーの回転速度を制御できるが、非常に低速な回転では、回転子が停止す る場合が多く、継続的に安定した溶液攪拌ができない。たとえスターラー による低速回転が実現できたとしても、駆動部(回転子)がタンパク質溶 液の下部にあるため、回転子がタンパク質結晶と衝突し、機械的な損傷を 与 え て し ま う 。一 方 、FASTは 下 層 液 体 が 磁 気 ス タ ー ラ ー の 駆 動 力 を 和 ら げ ることで、緩やかな攪拌を実現できる。また、タンパク溶液内に駆動機構 (回転子)がなく、界面全体で攪拌を行うため、機械的な刺激や澱みが少 な い 。さ ら に 、FASTは 緩 や か な 攪 拌 が 可 能 で あ る た め 、育 成 途 中 で 結 晶 が 崩れるなどの弊害は発生しない。攪拌強度などの制御は、回転速度、回転 子の形状、下層液体の容量や粘度を変化させることで、任意に調整できる こ と も 、FASTの 大 き な 特 長 の 一 つ で あ る 。ま た 、マ イ ク ロ リ ッ ト ル オ ー ダ ー の 微 小 容 量 と 蒸 気 拡 散 に 適 応 す る よ う 工 夫 し た 容 器( サ イ ボ ッ ク ス 株 式 会 社 と の 共 同 開 発 ) を 用 い た FASTの こ と を Micro-FAST 5 1 ) と 呼 ん で い る 。 当 然 の こ と で あ る が 、 FASTや Micro-FASTは Two-Liquid Systemの 特 長 を す べて有する。 FASTと 種 結 晶 を 用 い た 温 度 降 下 法 に よ る 溶 液 攪 拌 実 験 の 一 例 を 示 す 1 4 ) 。 比較として、撹拌のない二液バッチ法による種結晶育成も同時に行った。 ニ ワ ト リ 卵 白 リ ゾ チ ー ム の 種 結 晶 ( 約 1.5mm) を 固 定 せ ず 、 界 面 に 浮 遊 さ せ た 状 態 で 育 成 し た 。リ ゾ チ ー ム 結 晶 の c軸 方 向 の 長 さ と 溶 液 温 度 を プ ロ ッ ト し た 育 成 履 歴 を 図 11 に 示 す 。 溶 液 攪 拌 で 育 成 し た 結 晶 は 、 育 成 期 間 20 日 で 3.0 mmの 結 晶 が 得 ら れ た ( 図 12)。 同 じ 温 度 降 下 で 育 成 し た に も 関 わ ら ず 、 結 晶 の 成 長 速 度 は 、 撹 拌 な し の 場 合 が 0.03 mm/dayで あ っ た の 図 11 ニワトリ卵白リゾチームの成長履歴 図 12 溶液攪拌により得られた大型ニワト リ卵白リゾチーム結晶 に 対 し て 、 撹 拌 あ り の 場 合 は 0.07 mm/day と 2 倍 以 上 も 速 か っ た 。 溶 液 撹 拌をすることにより、種結晶への溶質供給が促進され、結晶がより速く成 11 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 長 し た と 考 え ら れ る 。 ま た 、 静 置 法 に よ り 成 長 速 度 0.07 mm/day 程 度 の 高 速 育 成 を 行 う と 、20 日 未 満 で 雑 晶 が 発 生 し て い た が 、今 回 の FAST に よ る 結晶育成では、雑晶の発生は見られなかった。刺激の少ない適度な攪拌に おいては、溶液濃度が均一化されることにより、自然核発生を抑制できた と考えられる。 また、より簡便な手法として、結晶育成容器ごと揺り動かし、タンパク 質 溶 液 を 攪 拌 さ せ る 技 術 Micro-Stirring Method 5 2 ) も 開 発 し て い る 。こ の 方 法 に お い て も 、FASTや Micro-FASTと 同 じ 溶 液 攪 拌 の 効 果 を 確 認 し て い る 。本 手法を用いて結晶品質を向上させた実験の一例である藤沢薬品工業株式 会 社 と の 共 同 研 究 で 行 っ た ア デ ノ シ ン ・ デ ア ミ ナ ー ゼ (ADA)の 結 果 を 示 す 53,54) 。 ADAの 複 合 体 は 、 従 来 法 で は X線 構 造 解 析 に 適 し た 品 質 を 持 つ 結 晶 の 作 製 が 困 難 で あ っ た が 55,56) 、 溶 液 攪 拌 に よ り 高 品 質 結 晶 が 得 ら れ た 。 そ の X線 回 折 パ タ ー ン は ス ポ ッ ト が 明 瞭 で あ る が 、 静 置 で 得 ら れ た 結 晶 か ら の パ タ ー ン は 歪 ん で お り 、 構 造 解 析 に 適 さ な い ( 図 13)。 ま た ADAの 単 体 では、これまで結晶化したことがなかったが、溶液攪拌により初めて結晶 化に成功し、高品質結晶の作製が可能となるなどの成果も得られている。 以 上 の よ う に 、溶 液 核 攪 拌 に よ る 緩 や か な 強 制 対 流 の も と で 育 成 し た タ ンパク質結晶は、従来の静置で育成した結晶に比べ、①大型で高品質な結 晶が得られる、②自然核発生が抑制され、結晶の析出数が減少する、③結 晶の成長速度が増大する、④核発生の促進・遅延などの効果が分かってい る 57,58) 。 図 13 6. X 線回折パターン (a)静 置 法 で 得 ら れ た 結 晶 , (b)溶 液 攪 拌 法 で 得 ら れ た 結 晶 紫外レーザーによるタンパク質結晶の加工 タンパク質結晶の育成は難しく、結晶形状の制御はもちろんのこと、近 接 し た 結 晶 同 士 が 付 着 し て 多 結 晶 化 す る な ど 、 X線 結 晶 構 造 解 析 に 適 す る 大きさや形状の単結晶が得られにくい。そのため、構造解析に適した結晶 12 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 形 状 に 加 工 を 施 す 場 合 が あ る 。タ ン パ ク 質 結 晶 は 非 常 に 脆 く 軟 ら か い た め 、 機 械 的 な メ ス や 針 な ど に よ る 既 存 の 加 工 手 法 で は 、加 工 の 成 功 確 率 が 極 め て 低 い 。ま た 、熱 に も 弱 い こ と か ら 、非 熱 的 な 加 工 が 求 め ら れ る 。そ こ で 、 非 接 触 か つ 熱 発 生 の 少 な い 加 工 を 目 的 と し 、紫 外 パ ル ス レ ー ザ ー 光 を 用 い た ソ フ ト な 加 工 技 術( Pulsed UV Laser Soft Ablation (PULSA))を 開 発 し た 5 9 ) 。 こ の 加 工 法 は 、低 損 傷 か つ 熱 変 性 の 少 な い 結 晶 加 工 を 再 現 性 良 く 実 現 で き る 。ま た 、個 人 の ス キ ル に 依 存 し な い 精 密 な 加 工 技 術 の 確 立 が 期 待 で き る 。 紫 外 光 は 赤 外 光 や 可 視 光 に 比 べ て 光 子 エ ネ ル ギ ー が 高 く 、タ ン パ ク 質 分 子 の 光 吸 収 も 大 き い 。特 に 、波 長 300 nm以 下 の 紫 外 光 を 吸 収 す る が ,そ の 吸 収 係 数 は 波 長 が 短 く な る に つ れ て 大 き く な り 、波 長 200 nm以 下 の 深 紫 外 領 域 で は 非 常 に 高 い 吸 収 係 数 を 有 す る 60,61) 。 ま た 、 発 熱 の 影 響 を 考 慮 す る と連続光よりもパルス光の方が望ましい。我々は、紫外光発生用の波長変 換 材 料 で あ る CLBO( セ シ ウ ム ・ リ チ ウ ム ・ ボ レ ー ト ) を 発 見 し 、 そ の 高 品 質 結 晶 作 製 技 術 を 開 発 し た 6 2 , 6 3 ) 。 CLBOを 用 い た 全 固 体 紫 外 レ ー ザ ー 装 置 の 実 用 化 に 関 し て 、株 式 会 社 ニ コ ン と 共 同 開 発 し て い る 6 4 ) 。レ ー ザ ー 波 長 193 nmで あ り 、 従 来 の ガ ス レ ー ザ ー ( ArFエ キ シ マ レ ー ザ ー ) に 比 べ て パ ル ス 時 間 幅 が 一 桁 短 く 、パ ル ス 繰 り 返 し 周 波 数 が 高 い と い う 特 徴 を 有 し ている。つまり、本レーザー装置はタンパク質結晶加工に必要とされる条 件を兼ね備えている。 紫 外 パ ル ス レ ー ザ ー 光 に よ る 加 工 例 を 示 す 。ニ ワ ト リ 卵 白 リ ゾ チ ー ム 結 晶 に レ ン ズ を 用 い て レ ー ザ ー を 集 光 照 射 し 、そ の 光 を 切 断 す る 部 分 に 対 し て 移 動 さ せ る こ と で 、 結 晶 を 切 断 し た ( 図 14)。 レ ー ザ ー 照 射 条 件 は 、 パ ル ス 幅 約 1ns、繰 返 し 周 波 数 1kHz で あ る 。レ ー ザ ー 照 射 に よ る タ ン パ ク 質 の熱変性、クラックなどの機械的損傷は、顕微鏡観察では確認されなかっ た 。さ ら に 、こ の 結 晶 の X 線 回 折 像 を 測 定 し た と こ ろ 、回 折 分 解 能 は 、同 一 条 件 で 育 成 し た 未 加 工 の 結 晶 と 同 じ 1.9Å で あ っ た 。 つ ま り 、 PULSA に よ る 結 晶 へ の 悪 影 響 は な く 、タ ン パ ク 質 結 晶 の 加 工 に 有 効 で あ る こ と が 分 かった。 図 14 PULSA で 切 断 し た リ ゾ チ ー ム 結 晶 PULSAは 低 損 傷 で 精 度 の 高 い 加 工 を 実 現 で き る た め 、本 稿 で 示 し た 直 線 的な加工(切断)以外にも、メスなどを用いた手による操作では不可能な 13 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 穴 あ け や 屈 曲 線 加 工 な ど も 容 易 で あ る 。レ ー ザ ー の 非 接 触 加 工 を 活 か し た キ ャ ピ ラ リ ー 内 の 結 晶 加 工 な ど も 実 現 で き る 6 5 ) 。ま た 、よ り 含 水 率 が 高 く 、 加 工 が 極 め て 困 難 と さ れ る タ ン パ ク 質 結 晶 の 加 工 に も 成 功 し て い る 66) 。 紫 外 レ ー ザ ー パ ル ス 光 に よ る タ ン パ ク 質 結 晶 の 操 作 と し て 、ガ ラ ス に 付 着 し た 結 晶 の 剥 離 技 術 HACLI ( Harvesting adhered crystals by laser irradiation)を 開 発 し た 6 7 ) 。ハ ン ギ ン グ ド ロ ッ プ 法 で ガ ラ ス に 付 着 し た 結 晶 や キ ャ ピ ラ リ ー 内 に 付 着 し た 結 晶 の 取 り 出 し に 有 効 で あ る 。剥 離 操 作 の 一 例 と し て 、ニ ワ ト リ 卵 白 リ ゾ チ ー ム の 実 験 を 示 す 。波 長 193 nmの パ ル ス 光 を ガ ラ ス と 結 晶 の 接 触 面 に 1 シ ョ ッ ト 照 射 す る こ と で 、石 英 キ ャ ピ ラ リ ー 内壁に付着した結晶を、機械的な損傷を与えることなく、取り出すことに 成 功 し た 。ま た 、HACLIに よ り 取 り 出 し た 結 晶 を X線 回 折 測 定 し た と こ ろ 、 同条件で育成した結晶と同じ分解能であった。 7. まとめ 異分野連携により結成した創晶プロジェクトから開発された新しいタ ン パ ク 質 の 結 晶 育 成 技 術 に つ い て 概 説 し た 。こ れ ま で 一 般 的 で は な か っ た 積極的に結晶成長を制御する概念 創晶工学 を提唱し、大型および高 品質結晶が作製できることを示した。ただし、結晶成長学の観点からすれ ば、それら詳細なメカニズムは不明である。我々は新技術の開発と立体構 造解析に必要な高品質結晶の作製を中心に研究を行ってきた。今後は、基 礎 や 理 論 を 専 門 と す る 研 究 者 な ど 、創 晶 プ ロ ジ ェ ク ト に 不 足 し て い る 研 究 領 域 の 方 と の 連 携 に よ り 、メ カ ニ ズ ム 解 明 や 新 し い 理 論 の 提 案 な ど の 新 展 開を望む。また、創晶プロジェクトでは、産学連携によるタンパク質結晶 化の周辺装置開発も行っており、実用化を目指している。本稿で紹介した 技術が、構造解析を始め、多くの研究領域で役立つ技術に発展することを 期待する。 謝辞 本研究は、大阪大学大学院工学研究科の甲斐泰教授、金谷茂則教授、増 原宏教授、細川陽一郎博士など、多くの研究者・技術者の支援と協力をい ただき,得られた結果であります。また,本研究は文部科学省の大学等発 ベ ン チ ャ ー 創 出 支 援 制 度 の 助 成 を 受 け て 推 進 し た も の で あ り ま す 。そ の 他 、 研 究 の 一 部 は 文 部 科 学 省 、 NEDO、 JST、 大 阪 北 部 (彩 都 )地 域 知 的 ク ラ ス タ ー 創 成 事 業 な ど の 支 援 を 受 け た 研 究 に 関 わ っ て お り ま す 。こ の 場 を 借 り て 、 感謝します。 14 構造生物 Vol.10 No.2 2004 年 11 月発行 参考文献 1) 安 達 宏 昭 、 高 野 和 文 : 熱 測 定 30 (2003) 148. 2) N. 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