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文化心理学 - 明治大学雄辯部
2015 年 10 月 24 日 部員各位 2.文化心理学とは 2-1.文化心理学概論 文化心理学はその名の通り心理学の一分野である。この学問分野が生まれたのは 1970 年代 のアメリカ(以下、米国)である。 「文化心理学」 文化心理学における文化とは、文化と形容されるものすべてを指す。そもそも心理学者は、 文化というものはある文化を共有する個人の中に根付いているものであると考えている。故に 政治経済学部 1 年 美上 駿 彼らは、表面上に出てきて見えたり認識できたりするものは『文化そのもの』ではなくて『文 化的なもの』 、つまり、文化の一つの表れ方でしかないと考える。 文化は、社会の中で人々が互いに相互作用を繰り返す過程の中で生み出されて、世代を超え て受け継がれ、積み重ねられているもので、明文化されているものも明文化されていないもの も存在する。例を挙げるとすれば、宗教の教義や普段の生活における慣習やしきたり、常識、 目次 語彙、文法法則といったものがある。 1.初めに 2.文化心理学とは 文化心理学は、さまざまな学問領域と連携して研究することが多い。たとえば、言語学、文 化人類学、社会学など、他分野の協力を得て進めていく研究である。文化心理学として主に研 2-1.文化心理学概論 究されている分野としては「文化と感情」 「文化と言語」 「文化と知覚」 「文化と発達」 「文化と 2-2.文化心理学の方法論(研究方法) 思考」 「文化と制度」 「文化と自己」 「移動する文化」などが挙げられる。また比較文化的な側面 3.文化心理学の学問史 もあり複数国間を比較研究しながら文化を掘り下げていくこともある。(比較研究によるもの 4.代表的な研究について を比較文化心理学と呼んだりもする。) 4-1.文化と感情 4-2.文化と言語 4-3.文化と発達 4-4.文化と自己 2-2.文化心理学の方法論(研究方法) 心理学はもともと「人に関する知識の創造」 (人がどのような時にどのような行動をとるか、 5.終わりに また人の行動の原因に関する知識を得ること)と「人の生活をより良いものにすること」を目 6.参考文献 的とする学問である。学者、研究者というと大学の教授が真っ先に思い浮かぶかもしれないが、 大学教授だけが心理学者と呼ばれるのでない。個人・家族・協同組織に関する治療療法士(セ ラピスト)、ビジネス組織や労働機関に関する職業訓練士、警察・弁護士・法廷関係者・スポー ツ機関関係者・運動選手・運動チームに関するコンサルタントもまた「学者」なのである。彼 1.初めに らは個々の人間あるいは社会集団と直接関わりながら研究活動を行っている。 人と人とが集まる社会・コミュニティにおいて文化は作られる。さまざまな定義こそ存在すれど 文化心理学の研究方法は基本的に心理学と同じである。直接人と接して事象・心理現象を分 も、ある集団の中で、その集団の構成員に共有されたもの、思考、価値観、行動様式などが文化だ、 析し、それが一つの論たりえるかを、統計を取りつつ分析する。分析、調査の手法としてはボ との認識は揺らがない。我々雄辯部は、個々人の正義感に基づいて社会に何かしらの警鐘を発する トムアップ・アプローチとトップダウン・アプローチの 2 種類の手法がある。 ものであり、それは時に社会の価値観や現状のあり方と食い違い、衝突する。普段は、そのような ボトムアップ・アプローチは、まず、学者が自身の力で理論(この段階ではまだ仮説)を構 状況でも己の声を社会に届けんとして言葉に魂を込めて叫ぶのであるが、今日は、我々にとっての 築し、そのあと、周りにいる研究対象者たちに対してその仮説を検証し理論を構築していく方 相手、社会に目を向けてみたい。その社会を見つめるための一つのレンズに文化がある。そして今 法のこと。 回は、その文化の中でも、文化が社会構成員個々人の内面に浸透しているという性格をもとに研究 が行われている文化心理学について、勉強会を進めていきたい。 トップダウン・アプローチは、学者が日々、研究対象者と接している中で気づいた共通点を 理論としてまとめていく方法のこと。 つまり双方の研究方法の差異は、理論の構築が研究対象者に向き合う前か後かということだ。 3.文化心理学の起源と学問史 る。)結果は、アメリカ人は一貫して嫌悪、恐れ、悲しみ、怒りの感情を見せたが、日本人は 2 文化心理学が生まれたのは 1970 年代の米国だということはすでに述べた。この背景には、文化 度目の、研究者が一緒にいる時には笑顔を見せながらビデオを見ていた。要するに、1 つ目の の多様性や集団・グループの中にある関係について米国の中で議論が盛んだったことが密接に関係 条件下では両人とも同じ反応をしたが、2 つ目の条件下では反応が異なっていたのである。つ している。 まり、対象から受け取る印象や感情が同じであっても、見せる表情が条件によって異なる。そ 心理学の目線に立つと、1950 年代以降、自然科学分野において人間の「心」よりも、人間は遺伝 などによりもともと決められた化学法則によって行動している動物だとして人間の自由意志すら 否定する「行動主義」的な研究が主流となっており、心理学は下火にあった。しかし 1970 年代に の条件の違いに文化の相違が表れている(具体的には、日本人は研究者の気を損ねないように、 自分の本心を押し殺してでも笑顔をみせた。)ということがこの実験で分かったのだ。 この実験において、アメリカ人と日本人の間には文化の表示規制というものが働いている。 なって「心」の研究、つまり、人間の行動は心、人間の持つ自由意志が左右しているという考えに 表示規制、文化の表示規制とは、基本的な感情表現を制限する文化的な要因のことである。具 基づいて人間の行動の原因を探る方向性の研究が再び勢いをつけてきた。その流れで文化にも「心」 体的には、この場合においてだが、アメリカ人のほうには表示規制が働かなかったが、日本人 の影響があるとの視点が組み込まれて「文化心理学」が誕生した。特に、ジェームズ・ブルーナー のほうには実験の際に近くに研究者がいたという理由で表示規制が働いたということだ。 の『アクツ・オブ・ミーニング』が、人間の主体的行動の意味や行動の背景にある人間の意志を読 エクマンとフリーセンは、感情は二重の影響を受けて表現されると述べている。感情を表現 み取ることこそが心理学の学問的役割だと明示したことが、文化心理学の誕生のきっかけにある。 しようとするとき、まず初めに基本的な表情が表現されようとする。その時に表示規制がなけ 文化は当然、政治社会的な側面も存在する。社会科学が文化を見るときには、文化を歴史の文脈 れば基本的な表現のまま感情が表現される。 (cf.先ほどの実験のアメリカ人。)しかし、何らか の中に位置づけてみたり、世の中に流布している言説をまとめ上げて世俗の動向を追跡してみたり の条件があるときには、表示規制がかかり、基本的な表情は規制されて、違った表現をする。 する中で文化を見つけていく。これは社会の目線で物事を見て、その社会の中にある事象や現象か (cf.先ほどの実験の日本人。怖いにもかかわらず、笑顔を見せたこと。) ら文化を研究していく方法で、時として一個人に目を向けることはあっても、特に何の変哲もない この表示規制の研究はその後、様々な文化の間でも取り上げられて研究がなされ、ついには 無名の個々人には目が向けられていることはない。文化心理学においては、そのような何の変哲も 表示規制に関する測定法が出来上がり、発達、臨床、社会、性格、生理学といった、心理学を ない無名の個人でさえも、社会の構成員である限り文化を享受し、また文化を作っている主体の一 こえた分野にも応用されるようになった。 人なのだから彼らにも目を向ける必要がある。社会というマクロな視点ではなく個人というミクロ なレベルで文化を研究するという、社会科学にはそれほどなされてこなかった視点からの知識の提 供をする点で一つの地位を確立している。 4-2.文化と言語 この分野は特段、文化心理学が起きてから研究が始まった分野ではない。文化と言語という 観点については様々な学問分野の研究者が今も昔も取り組んでいる観点である。特に文化心理 4.代表的な研究について 4-1.文化と感情 学は、文化の差異と言語の差異の関係性を明らかにすることを目指している。 現在の研究の成果では、文化間の言語の相違には、 「ある言語には存在するが、ほかの言語に この分野では、文化と感情表現行動の関係性を研究している。 は存在しない言葉(たとえば日本は雨に関する語彙が多いとされる) 」 「自分と他者を指し示す 文化心理学以前の心理学では、感情表現は生得的なものだとするダーウィンの説が有力だっ 言葉(私、俺、僕、小生、拙者等々…もう使われていないものも多いですが)」 「数詞や助数詞 たのだ。しかし、文化心理学によって、個人が所属する社会の文化と人間の感情の関係性(感 情表現の文化的差異)が発見された。つまり、文化心理学の研究がダーウィンの説を覆し、文 化的差異が感情表現に影響を与えていることを示したのである。 の違い」があるという点までしかわかっていない。 しかし、この問題を解明するかもしれない仮説が言語学にある「異なる言語を話すものは、 その言語の相違ゆえに、異なったように思考する」というサピア・ウォーフ仮説である。言語 文化と感情の研究に関して、エクマンとフリーセンの「文化表示規制」(1972)の研究を紹 を扱う様々な分野がこの仮説の立証、反証に取り組んでおり、文化心理学もこの仮説に関する 介する。この研究がダーウィンの説を打ち破ったものであり、この研究が転換点となって感情 研究を行っている。 「異なる言語を話すものは、その言語の相違ゆえに、異なったように思考す 表現における文化的差異の研究が始まっていった。 る」というのがこの仮説である。これに関する文化心理学の研究として「物事の原因」の研究 この研究では、文化の相違が人々の感情表現に表れていることを示した。彼らはこの研究で、 被験者であるアメリカ人と日本人に対して、双方がストレスであると思われるビデオを見せ、 を挙げたい。 「物事の原因」の研究は、ブルーム(1981)によるものである。ブルームは、日本語では「雨 その時の顔の表情を調査した。 (実験の条件:被験者たちだけでビデオを見ること。その後、同 に降られて」 「赤ん坊に泣かれて」などというように、ほかの言語では考えられないほど受動態 じビデオを研究者とともにもう一度見ること。つまり被験者は2度同じビデオを見ることにな が頻発していることに注目した研究である。ここから彼は日本人が他言語話者以上に責任を転 嫁すると考えた。他にも彼は、中国人話者は仮定的な話に対して、英語話者ほど仮定的解釈を る研究は数多くなされており、認知学や発達認知学などの分野とともに研究が進められている しないという結論を出した。 こともある。ここでは、その文化の会得過程について重要なプロセスを提示したトマセロ の”Cultural Learning” (1993)を取り上げる。 言語により異なるといえば、 「時間認識」についての考え方の違いもある。アメリカ人と中国 人の時間認識の違いについてはボロディッツキー(2001)が研究を行っている。研究の内容は 次の通りだ。まず被験者は黒いボールと白いボールが水平方向に並んでいる画像か、垂直方向 トマセロは自身の研究(1993)で人が文化に適応していくプロセスには三つの方法があると 述べる。それは模倣、教育、共同作業であり、三つはこの順序で行われていくという。 1.模倣 に並んでいる画像かを見せられ、その配置が水平か垂直かを判断する。こうして水平方向の判 彼の論によると、赤子は生まれた時から模倣を始めており、周りの人に微笑みかけたり、 断ないし垂直方向の判断に慣れた被験者に対して 2 つの事象の時間関係を尋ねる質問をする。 頭を回してみたり、舌を動かしてみるのも模倣によってのものだという。そのように周 (例:「1 年の中で 3 月は 4 月より早い時期である」という文は正しいと判断し、 「1 年の中で りの人間の話し方や動作、ふるまいをみて自分も真似ていくうちに赤子は文化を会得し 9 月は 10 月よりも遅い時期である」 という文は間違いと判断しなくてはならない。 )この時に、 ていく。 普段水平方向で時間を捉えているアメリカ人は、水平方向で慣れているときは判断力が上がり、 2.教育 逆に垂直方向に慣れているときは判断力が下がった。そして中国人は、普段垂直方向で時間を 次の段階は教育である。子供が、自分が真似てみた行動も時として間違っていたりする、 捉えているために垂直方向で慣れているときには判断力が上がり、水平方向で慣れているとき それを親が正す。どの文化でもそのような光景は見られるが、そうして親などに叱られ は判断力が下がった。 て自分の行動がより、その文化に合った形に正されていく。文化の中に自身が統合され さらにボロディツキーは英語と中国語のバイリンガルである中国人にも実験を行い、被験者 が英語を習得した年数と時間関係の判断との関係性を調べた。この実験で分かったことは、垂 ていくのである。 3.共同作業 直方向の判断に慣れているほうが、水平方向に慣れさせている場合よりも時間関係の判断が早 最後に共同作業があるが、これは、他者と一緒に何かに取り組む過程で周りに対して気 かったという結果である。幼いうちから英語を取得していた中国人に関しては、水平方向で慣 を配るという社会的な人間としての成長を含んでいるが、同時に周りの行動を自分の頭 れていた時も垂直方向で慣れていた時も同程度の判断速度であったことが分かった。このこと で理解して自分もそれに合わせてふるまう(或いは周りの行動の意図を理解したうえで から、言語がその話者の時間認識と密接な関係があるということ、言語における考え方が、そ それにあえて従わない)ことを含む。 の人の時間の認識方法に影響を及ぼすということがわかった。 ただし、この実験はまだアメリカ人で中国語を話すバイリンガルについての実験がなされて おらず、課題は残っている。 トマセロのこの論が重要視される理由は、1)に関しては文化によるものとして研究を行い、 2)に関してはその過程を示したことにある。またこの研究を検証するために、文化による教 育比重の違いとその教育を受けた人間の思考回路の違い、親の価値観、家族の価値観などの分 野が発展する契機になったこともこの研究が重要な一つの理由である。 言語と言語の間にある文化差はほかにも「色の知覚」、 「空間認識」などの側面もあり、その 方面でも研究はなされているので興味のある方は是非調べてほしい。 4-4.文化と自己 この分野では、社会と個人の関わりあいに着目して、社会(ここでは文化)が個人にどのよ 4-3.文化と発達 この分野では主に文化と人間の発達過程とのかかわりを研究する。主に研究されている課題 は以下のものである。 1)人間の行動は生得的なものか、それとも文化によるものか 2)もし文化によるものであるならば、人はいつ、文化を会得していくのだろうか うに影響するのか、個人は社会の文化にどう影響しているのかが取り上げている。 個人や個人の考え方とその社会の文化の関係については各国で様々な論文がある。 まずこの文化と自己を考えるうえで重要なことがある。それは相互独立自己観と相互協調自 己観である。 相互独立自己観とは、いわゆる「自他の分離を強調する」西洋型の自己のことであり、相互 一つ目の疑問については、行動は生得的なものであるとする説と、文化の影響を受けるとす 協調自己観は「自他の関係性を強調する」非西洋型の自我を表している。つまり、西洋型の代 る説の両方に、それを裏付ける観察結果が存在しており、明確な答えは出ていない。だが、文 表である米国人は、自分を他人よりもユニークであると考え、自尊感情を維持するためには成 化をいつ会得していくかについてはいくつかの有力な研究が存在する。 功が必要と考え、ポジティブな評価を伴う課題に固執することで自己高揚を確実にしようとす 文化心理学では文化を会得することを「自文化」化と呼んでいる。この「自文化」化に関す るような人たちで、非西洋型の代表である日本人は、自分は平均的な人間だと考え、ネガティ ブな出来事に傷つきやすく、自尊感情を維持するうえでは成功条件よりも失敗条件が伴うとい いと考えるような人たちといった具合である。 日本における相互独立的自己観と相互協調的自己観の研究には、“成功と失敗の起因:日本 的自己の文化心理学”北山、高木、松本(1995)がある。 文化心理学という学問は、その性質上、比較文化研究のような側面もあることは気づいていると 思う。そもそもこの学問が生まれた原因に、米国内での文化的相違によるさまざまな問題の勃興が あり、この学問の発展に、世界の文化摩擦による軋轢の数々があることを考えても、この学問が現 実に問題として表れている衝突に対して何らかのアプローチをするためにあるということは重ね この研究は欧米でなされてきたこの種の研究では、成功する要因は「自分はできる」といっ て言うまでもないことと思う。文化の多様性、文化の多様性による影響に対する画期的な解決策は たポジティブなモチベーションを持つことであり、失敗する条件は「どうせ自分はできない」 今のところ世界を見渡してみても存在しないし、残念ながら文化心理学も何らかの解決策を提示で といったネガティブなモチベーションによるものだといわれてきたが、北山らは、その説が西 きる学問ではない。今まで上の章で様々なことを述べてきたが、この学問の意図するところは、多 欧的な考え方に基づいた理論であること(日本で適応されるとは思えない)などを引き合いに 様性の認識や視覚化なのである。単に、 「文化には多様性があります。 」などとわかったようで何も 出して反論し、日本で独自に検証を行った。 わかっていないことを口にするくらいなら、何がどう違うのかを掘り下げていこう、というのがこ 実験方法は次の通り。大学内で実験課題を行い、そこでの成功・失敗における心理的関係を 見た。現実生活での課題、特に学業での成功・失敗を見た。その結果、欧米の棋院プロセスの の学問の意図するところである。この切り口はぜひとも各人に持っていてもらいたい。この勉強会 が、皆さんの知的好奇心に貢献できれば幸いです。 研究でみられる自己高揚的反応が、日本では見られないのみならず、しばしばそれとは逆の自 己批判、卑下的傾向がみられると述べている。 (この研究において、成功条件は「課題の内容」 「運」 「状況」が比較的作用し、失敗の原因には「能力不足」 「努力不足」を学生は上げていた という。ただし、北山らは現実場面の研究では、成功と失敗の間で能力に関する違いはほとん どなかったとしている。このことからも卑下的傾向がうかがえる。) この研究では、欧米と比較した形であるが、日本人の自己観から心理傾向までが一つの流れ 6.参考文献 ○『文化心理学(上・下)』(培風館)増田貴彦、山岸俊夫著 ○『比較文化の心理学』(ナカニシヤ出版)三井宏隆著 として書かれており、ここで実証されたことが文化心理学においては日本を捉えるうえでの指 ○『文化と心理学』(北大路書房)D.マツモト著、南雅彦、佐藤公代訳 針にもなっている。 ○『新しい文化心理学の構築』(新曜社)ヤーン・ヴァルシナー著、サトウタツヤ訳 ○“成功と失敗の起因:日本的自己の文化心理学”北山、高木、松本(1995) ○“Cultural Learnings” Tomasello (1993) ここに表が入ります 5.終わりに