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「いま、不調者対応の道しるべとなるものが必要だ」―― No.41

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「いま、不調者対応の道しるべとなるものが必要だ」―― No.41
No.41 July 2013
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いま、不調者対応の
道しるべとなるものが必要だ
産業医科大学 産業生態科学研究所
精神保健学 教授 廣 尚典 先生
メンタルヘルス不調者への対応では、個別性が重視される。本人の気持ちや状態、疾患から
の回復状況、職場環境や本人の業務内容がそれぞれ異なるからであり、それに合わせて臨機応
変に対応することが求められるからでもある。専門家が企業のなかにいればそれも難しいこと
ではないが、では専門家のいない中小企業ではどうすればいいのか。産業医科大学産業生態科
学研究所の廣尚典先生はこの課題の解決に取り組み、職場の人事・労務担当者が行うメンタル
ヘルス不調者への対応の類型化を試みた。廣先生は、
「職場では、メンタルヘルス不調者の病
名に関係なく、適切な対応がとれることが重要だ」という。では、類型化とはどのようものな
のか。廣先生の話を伺おう。
■多様化する不調者のありよう
交通整理すればわかりやすくなる
けです。
――道しるべですね。
――まず、なぜメンタルヘルス不調者への対応の類型
廣 ええ。これまでに「道しるべ」になるようなもの
化なのかというところからお話いただけますか。
がなかったかといえば、1 つ考えられるのは主治医の
廣 職場のなかでメンタルヘルス不調者が出ると、そ
診断書があります。でも、残念ながらその診断書には
れに対して職場は仕事を軽減したり、医療機関に受診
正確な診断名が書かれていないという問題がありま
させたり、あるいは配置転換したりとか、いろんな対
す。主治医のサイドに立ってみると、確かに暫定診断
応をしないといけないわけですよね。しかも、働く人
しかできないとか、患者の不利益を考慮してしまうと
のメンタルヘルス不調のありようも多様化してきてい
いった面があり、なかなか改善されません。それに、
ます。そういう状況に対して、それを少し交通整理す
たとえ確定診断が出されたとしても、それがイコール
るとわかりやすくなるだろう、ということですね。
職場での対応を示唆しているわけではありませんね。
たとえば、典型的なうつ病なら、皆さんご存知のよ
実際、DSM とか ICD の分類によって「うつ病」
(気
うに、休養が必要なら休ませ、復帰後はとにかく焦ら
分障害)と診断されても、その「うつ病」にはさまざ
せないで、
軽い仕事から徐々に仕事を増やすといった、
まな病態が入っています。以前であれば、神経症とし
言わば定式的なやり方があったわけです。でも最近は、
て扱われた病態も、DSM-IV や ICD-10 に従えば、
「う
それではうまくいかないケースがかなり増えてきてい
つ病」に入れられることがあるんです。そうなってく
ます。そうなると、専門職がいない職場では、どう対
ると、同じ「うつ病」でも A さんにはこの対応、B さ
応していいかわからないということが起こっているで
んにはこの対応というように、対応を変えたほうが適
しょう。
ここで道しるべとなるようなものをつくれば、
切である場合が出てきます。
多くの職場で役立てられるんじゃないか、と考えたわ
そうしたこともあり、職場でのメンタルヘルス不調
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Mental Health Network Report
ども、それぞれのパターンには細項目を設けて、とく
に重要なもの、不必要なものにチェックマークをつけ
るスタイルにしてあります。
――使い方としては、どうなるのでしょう。
廣 主治医と産業保健スタッフとの連携がうまくとれ
て、情報が十分に共有されるとともに適切な助言が主
治医からもらえるということであれば、
このような
「対
応類型表」は必要ありません。主治医から適切な助言
が得られないとき、この「対応類型表」を主治医に提
示し、
「職場ではこの労働者に対する対応としてこん
なメニューを用意しています。このメニューから先生
が一番いいと思うパターンを選んでください」とお願
廣 尚典氏
昭和 61 年産業医科大学医学部卒業。臨床研修を経て、平
成元年に日本鋼管株式会社で産業医業務を開始。同社鶴見保
健センター主任医員、同センター長を歴任。アデコ株式会
社の健康支援センター長を経て、平成 18 年に母校・産業医
科大学産業生態科学研究所の精神保健学准教授として迎えら
れ、平成 22 年 4 月に教授に。
いするというのが推奨される第 1 の使い方です。そ
のとき、個別に留意点があったら意見を書いてもらう
ということも必要でしょう。
ただ、主治医があまり協力的ではないこともありま
すね。そのような場合には、第 2 の使い方として、
「対
応類型表」のなかから適切だと思われる対応パターン
者への対応を考えるうえで、道しるべとなるべきもの
を職場で選択し、主治医に提示して了承を得るという
を新たにつくる必要がある、という考えに至ったわけ
使い方があります。選択の際には、産業医や産業保健
です。
スタッフらの専門家も交えて意見交換することが望ま
れますが、
「対応類型表」の内容を人事・労務担当者
■「対応類型表」にまとめた
対応パターンは 7 種類
がしっかり理解できるようになれば、対応もスムーズ
にいくかと思います。
――その「道しるべ」は、どのようなものとして考え
それから、主治医は非協力的だし、職場のなかにも
られたのでしょう。
専門家がいないというようなこともあるかもしれませ
廣 なるべくシンプルなものにしようと考えました。
ん。そのような場合には、
「対応類型表」を基に自社
何十パターンもあるようなものでは使い勝手が悪いだ
内で対応を検討し、定めた類型に沿って対応を進める
ろうということで、6、7 パターンくらいの類型に分
という使い方も考えられます。それが、第 3 の使い
けて、ザックリしたものにしたらどうかと。
方となりますが、この場合には専門家がいないなかで
実際、20 も 30 もの類型パターンをつくっても、
対応パターンをどうやって最終決定するかという問題
職場でやれることって、そんなにバラエティに富んで
があります。そこで必要となる手順書については近々
いるわけではないですよね。6、7 パターンというのは、
用意しますが、まぁ、これはあまり推奨はしない使い
職場で考慮できるバリエーションの程度にも合致しま
方ですね。
すし、それぐらいにしか分けられないだろう、という
というのも、やっぱり主治医とちゃんと連携すると
ことです。
いうのが基本だと思いますし、主治医から意見を引き
そうして検討を重ね、最終的には類型パターンを 7
出すツールとしてつくったというのが、本来の趣旨で
つとし、
「対応類型表」としてまとめたわけですけれ
すからね。
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■病名に関係なく
適切に対応することが重要
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それから、7 つのパターンに類型化していますけれ
ども、望まれる対応がどれかひとつのパターンにあて
――その対応パターンはどのようにつくられたのでし
はまるわけではありません。基本的には A パターン
ょう。
だけれども、そのなかのこの細項目は必要ないとか、
廣 種明かしをすれば、基本になる病名、病気はあり
C パターンのこの細項目は逆に重要だということがあ
ます。古典的なうつ病、パーソナリティ障害、双極性
るかと思います。
障害、統合失調症、アルコール・薬物の依存、発達障
ですので、基本的な対応パターンを選んだうえで、
害を基盤にし、実態調査などを加えて調整をして、各
対象者に合わせて微調整すると言いますか、具体的な
パターンをつくってはいます。でも、それを前面に出
細項目の出し入れは、主治医の先生にやっていただけ
したら、意図するところが変わってしまうので、病名
るとありがたいですっていう言い方をしています。
は出さないでおこう、と。
あと、
「対応類型表」は、パート 1 とパート 2 から
実際、主治医にしても容易に確定診断がができなか
構成されています。パート 2 が 7 つのパターンを示
ったり、先ほどお話ししたうつ病のように対応が違っ
したものですが、パート 1 では、すべてのケースで
たりする場合があるわけですし、職場としては病名に
当てはまるだろうと思われる項目を 6 つあげていて、
関係なく適切な対応がとれることが重要だと思います
不必要な項目をチェックするようになっています。
から。
――それで、対応の方向性が決められるというわけで
表 1 メンタルヘルス不調者の対応類型表(2012 年版の一部)
パート 1(不要な項目があれば□に×を付けてください)
□家族・親族のなかに、職場と連携できるキーパーソンを確保する。
□産業保健スタッフと人事労務管理スタッフ、上司との連携(すべての情報を共有し合うということではない)を密にする。
□上司の異動がある場合には、それまでの経過や業務上の配慮などについて十分な申し送りをする。
□主治医の指示の遵守、服薬状況を定期的に確認する。
□主治医との定期的な情報交換を行う。
□状態の悪化(症状の増悪、業務効率の低下など)がみられていないかどうかを定期的に確認する。
パート 2(最も当てはまる類型の□に✔をつけ、その類型の細項目の中で当てはまらないものの□に × をつけてください。特
に重要な項目があれば、その□に●をつけてください。✔した類型以外の細項目に重要なものがあれば、その□に●をつけ
ていただいても結構です。)
□ A パターン
□業務過多に陥っていないかどうかを定期的に確認する。
□本人の仕事ぶり、仕事に関する考え方、取り組み方(時間管理などを含む)を話し合っていく。
□本人、家族を焦らせない。
□(就業を続ける場合)業務負荷の軽減を行う。
□本人が業務軽減や必要な休養・休業を受け入れなくても、その際の本人の意向に従うことが必ずしも最善ではないことに
留意する。
□(本人の異変、起こしている問題が軽度の場合)休業するかどうかを本人と十分に話し合う。休業することに対して本人
が過度の(不適切な)懸念を抱いている場合には、その解消を図る。
□(休業する場合)安心して休めるように配慮する(認められる休業期間、
休業中の補償などについてわかりやすく説明する)。
□復職・業務負荷を増やすことは慎重に行う。
□配置転換には慎重を期す。
〔
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〕
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すね。
とをもう少し構造化して、いい形でやっていけるよう
廣 そうです。ただ、このパターンだけですべて解決
にしたいと考えています。
しようというのは非常にまずい考え方で、この「対応
――職場での再適応というと、再休職に至る比率が気
類型表」で大体の方向性が決まったら、あとは産業保
になりますが、
その数字というのはどうなんでしょう。
健スタッフが本人と職場の関係者らと話し合って、さ
廣 正確な数字というのは、出ていないと思います。
らに細かいところを決めていくというのがいいでしょ
再休職といっても、一度うつ病になった方が、2度目
う。
には以前よりも低い心理的負荷でうつ病を再発するこ
――なるほど。その「対応類型表」の入手と利用につ
とは、いろんな論文が発表されていて、科学的に証明
いてはどうなるのでしょう。
されていますよね。
廣 近 々、 私 の 研 究 室 の ホ ー ム ペ ー ジ(http://
でも、休職に関しては、それが初めてなのか2度目
omhp-g.info/index.html)で公開します。厚生労働省
なのかということまで含めてきちんと調べたデータと
の研究費でつくりましたので、自由にお使いいただけ
いうのはないんですね。
ます。今後は、使ってみてのご意見を皆さんから伺い
それから、再適応というのは、再休職の問題だけで
ながらブラッシュアップしていくことになるでしょ
はなく、もう少しいろんな面があります。たとえば、
う。ですので、ご意見があれば、お寄せいただけたら
復職後に上司と本人の評価がズレていることがありま
と思います。
す。
本人はそこそこできていると思っているけれども、
■復職における職場再適応が今後の課題
上司は全然だめだと思っていたり、あるいはその逆も
あったりするわけです。
――廣先生が次のテーマとして考えていることという
で、ここにズレがあると、なかなか次のステップに
と、どうなるでしょう。
進めなかったりするんですよ。そんなことから、3年
廣 いくつかありますけれど、そのうちの 1 つをお話
ほど前に職場再適応チェックリストというものをつく
すれば、復職の問題ですね。臨床領域では、リワーク
りました。本人用と上司用とがあり、8割方同じです
事業というのが熱心に行われるようになってきていま
けれども、少し違う。そのリストは、何ができて何が
す。疑似職場のような環境をつくって、その中でスト
できていないのかという部分を中心に、本人と上司の
レス対処法とか、職業観とかものの考え方とか、仕事
認識のズレを洗い出して、産業保健スタッフを交えて
のやり方とか、人間関係の築き方を見直して訓練して
話し合うためのツールですね。
いく……それは意義があるし、私は高く評価している
この辺りを話し合うことによって、本人の焦りみた
んですけれども、それで復職の問題が解決されたかと
いなものが出てきたり、上司の過大な期待みたいなも
言ったら、そうじゃないと思うんですね。
のが出てきたり、本人の隠れていた症状が見えてきた
復職したら、その本人を今度は職場の産業保健スタ
りといった問題が、
あぶり出される可能性があります。
ッフがフォローアップしていきますね。でも、リワー
そして、その問題を解決していくことが、本人の再適
クで本人とかかわったスタッフと産業保健スタッフと
応につながっていくのではないか、ということです。
の間には現在、あまり連携はないんですよ。職場のな
使用するツールはこれでなくてもいいんですが、そ
かで本人がどのように再適応していくのか、というこ
うした再適応チェックリストなども含めて、復職、そ
とを考えたら、それはもったいないことで、リワーク
のあとの職場再適応までの一連の支援です。職場復帰
と連携することでもっと的確なフォローアップができ
支援の手引きのなかの第 5 ステップのところ。この
るのではないか、と考えられるわけです。
部分で、企業側はどういう活動をしていけばいいのか
ですから、その辺りのことも含めて、復職というこ
ということを少し構造化していれば、
ということです。
© Copyright 2013 Fismec Inc.
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