Comments
Description
Transcript
Interface - ヒューマンサイエンス振興財団
発行 財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 東京都千代田区岩本町2-11-1 TEL.03 (5823) 0361 編集責任 情報委員会 制作協力 株式会社 メジテース 東京都中央区八丁堀3-6-1 TEL.03 (3552) 9601 印刷 株式会社 成美堂印刷所 JULY 2012 ヒューマンサイエンス 今回の絵はまぶたの縁にでき た〝ものもらい〟を切開し、患 部を鉗子で摘出する眼科的 治 療 を 実 施 し てい る 様 子 が 描 かれ ている 。アラ ビアの医 師たちは様々な外科的な処 置 を 行ってはいた が 、そ れ ら の処 置は主 と して 皮 膚 表 面 体 内の疾 病 を 治 療 す るこ と の外 傷の治 療 等 に と ど ま り 、 はなかった。 ○ ● ● ● ○ ● ● ● 参考/アラビア科学の歴史 ステンドグラス 志田政人 撮影 安江とも代 Volume 23 / Number 3 JULY 2012 / HUMAN SCIENCE CONTENTS ヒューマ ン サイエ ン スをリ ードし 、人 類 の 健 康 と 福 祉 に 貢 献 しま す 。 JULY 2012 Volume 23 / Number 3 HEADING 薬剤耐性との闘い −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 3 渡邉 治雄 国立感染症研究所 所長 STAINED GLASS アラビアの様々な治療法 ― 3 “ものもらい”の切除 −−−−−−−− 2 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 4 山崎 幹夫 千葉大学 名誉教授 INTERFACE 医工連携の新展開 梶谷 文彦 川崎医療福祉大学 特任教授 / 川崎医科大学 名誉教授 岡山大学 特命教授 医療技術産業戦略コンソーシアム(METIS)共同議長 伊関 洋 司会) 梅津 光生 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授 早稲田大学 理工学術院 教授 早稲田大学 先端生命医科学センター センター長 コガネバナ(シソ科、除皮乾燥根は生薬の黄芫、消炎・利尿・解熱作用) (東京都薬用植物園) 梶井 健造:明治製菓薬品研究所OB Canon EOS Kiss X2 EFS 50mm 85mm f8 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E CONTENTS TOPIC/SCIENCE 単細胞などのマイクロサイズの試料の捕捉とアレイ化を 実現するダイナミックマイクロアレイデバイスの開発 −−−−−−−− 13 手島 哲彦 東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 竹内 昌治 東京大学 生産技術研究所 准教授 TOPIC/ARTICLE 近赤外線スペクトロスコピー ( 光トポグラフィー ) 検査による抑うつ状態の鑑別診断 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 18 吉田 寿美子 (独)国立精神・神経医療研究センター 病院 臨床検査部長 精神科外来医長(兼任) IBIC 画像診断治療研究部 臨床神経生理研究室 室長(兼任) TOPIC/ARTICLE 経頭蓋磁気刺激(TMS)によるうつ病の治療 −−−−−−−−−−−−− 22 −−−−−−−−−−−−−−− 28 鬼頭 伸輔 杏林大学 医学部 精神神経科学教室 講師 SPECIAL REPORT BioJapan 2011World Business Forum 再生医療におけるヒト組織・細胞の利用−4 膵島移植の技術革新と膵島再生療法研究の現況 野口 洋文 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 消化器外科学 客員研究員 再生医療におけるヒト組織・細胞の利用−5 研究用ヒト組織・細胞の供給 小阪 拓男 (財)ヒューマンサイエンス振興財団 ヒューマンサイエンス研究資源バンク 室長 TERRACE 英国ライフサイエンス戦略の概要 1 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 26 武井 尚子 英国大使館 貿易・対英投資部 対英投資上級担当官(ライフサイエンス担当) 広瀬 由紀子 英国総領事館 貿易・対英投資部 対英投資上級担当官(ライフサイエンス担当) GALLERY 運ばれた蝶:農・園芸植物とともに −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 表3 今泉 晃 医療法人社団珠光会 企画管理室 FROM FOUNDATION 財団からのお知らせ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 34 平成23年度ヒューマンサイエンス振興財団発行 調査・報告書の概要 FROM EDITOR 編集後記 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 36 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E S TA I N E D G L A S S アラビアの様々な治療法 ―3 “ものもらい”の切除 ア ラ ビ ア の 医 学 に つ い て、 特 に 外 科 学 に 関 す る 際 立った功績はほとんどない。きわめて初歩的な技術、 具 体 的 に は 乱 暴 な 焼 灼 、切 開 な ど の 手 法 に よ っ て で は あ る が 、ア ラ ビ ア の 医 師 た ち も 様 々 な 外 科 的 な 処 置 を 行 っ て は い た 。 し か し 、そ れ ら の 処 置 は 主 と し て 皮 膚 表 面 の 外 傷 の 治 療 等 に と ど ま り 、体 内 の 疾 病 を 治 療 す る こ と は な か っ た 。 よ う や く ” 本 格 的 な“ 外 科 的 治 療 が 行 わ れ る の は 、更 に 医 学 が 進 歩 し 、麻 酔 や 消 毒 の 技 術 が 手 術 に 適 応 さ れ て か ら の こ と に な る 。し た が っ て ア ラ ビ ア の 外 科 医 の 仕 事 は 、主 と し て 皮 膚 表 面 の 外 傷の治療やイボの切除などに限られていた。 前 号 ま で に 、焼 灼 用 の 焼 き ご て を 使 っ て 偏 頭 痛 や 歯 槽 膿 漏 を 治 療 す る 場 面 が 紹 介 さ れ た が 、と き に は メ ス を用いて静脈からの瀉血を行うなども外科医の仕事 に な っ て い た よ う で あ る 。ア ッ・ザ フ ラ ー ウ ィ ー の「 外 科 の 書 」( 一 四 六 五 ~ 六 六 ) に は 、 ま ぶ た の 縁 に で き た ” も の も ら い“ を 切 開 し 、患 部 を 鉗 子 で 摘 出 す る な どの細かな眼科的治療を実施している様子がきわめ て詳細に描かれている。 魔 法 使 い の 呪 文 や 祈 祷 か ら 脱 却 し、 医 療 を 本 格 的 な医学のレベルまで発達させたのは古代エジプトの 人 々 で あ り 、特 に エ ジ プ ト で 行 わ れ た ミ イ ラ つ く り の 風 習 が 、解 剖 学 、更 に は 外 科 学 の 発 達 を う な が し た と い う 説 が あ る。 し か し ア ラ ビ ア の 外 科 手 術 で は 切 開 に メ ス を 使 わ ず 、焼 灼 用 の 焼 き ご て が 用 い ら れ た 手 技 に限界があったと考えられている。 山崎 幹夫 やまざき・みきお 千葉大学 名誉教授 東京都生まれ 千葉大学薬学部卒 東京大学大学院 博士課程修了 薬学博士 専門は薬用資源学 2 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E HEADING 薬剤耐性との闘い WHOは2011年 を“ 薬 剤 耐 性 と の 闘 い ”(Combat drug resistance; World Health Day 2011)の年と位置づけ、薬剤耐性病原体の伝播を阻止するための 活動を呼びかけている。薬剤耐性の問題は人類が抗菌薬を発見したときから 既に始まっており、決して新しい課題ではないが、近年、より深刻な問題となり つつある。2010年に、ランセット誌に大腸菌や肺炎桿菌など腸内細菌科の細菌 にニューデリー・メタロ-β-ラクタマーゼ(NDM-1)を産生する、新たなタイ プの多剤耐性菌が報告された。この耐性菌はカルバペネムなどほぼ全てのβラクタム系抗菌薬やフルオロキノロン系、アミノ配糖体系など広範囲の薬剤に 国立感染症研究所 所長 渡邉 治雄 耐性を示すので、治療の選択薬剤がほとんどない状態に陥っている。さらに深 刻なことには、この耐性遺伝子がプラスミッドを介してサルモネラや赤痢菌な ど強毒菌にも伝播し、それがアジア地区の環境中からも分離され出しているこ とである。わが国でも患者から分離され、市中や院内感染症の原因菌から見い だされつつある。耐性遺伝子および周辺領域の遺伝子構成の解析から、その起 源が植物病原体である可能性も指摘されている。人類は多くの抗菌薬を発見 してきたが、それを無秩序に使いすぎることにより、種々の耐性菌を選択する 歴史を繰り返してきている。世界の国のなかには処方箋無しにジェネリック 薬剤を市販している国がある。ヒトに使用される量以上の抗菌薬が動物の治 療、成長促進に、魚類の飼育に、そして環境中に使用されている。そこで選択さ れた耐性菌が、食品等を介してヒトの世界に入り込み、再びヒトの排泄物を介 して環境中に放出されるサイクルが形成されている。耐性の問題は細菌に限っ たことではない。原虫(特にマラリア)やウイルスにも広がっている。抗ウ イルス薬の開発が隆盛を迎えており、臨床での使用量が増加している。細菌の 世界での歴史を繰り返すべきではない。“抗生物質の第一のルールは使わない ようにすること、第二のルールは使いすぎないようにすることである”と言わ れて久しい。我々は再度この言葉を胸に刻むべきである。 渡邉 治雄 わたなべ・はるお 国立感染症研究所 所長 埼玉県生まれ 群馬大学 医学部卒 群馬大学 医学部 医学科 博士課程修了 医学博士 専門は細菌学、細菌の宿主細胞との相互作用、新興感染症、 細菌感染症の分子疫学及び迅速診断法の開発 3 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E I N T E R FAC E 医工連携の新展開 川崎医療福祉大学 特任教授 / 川崎医科大学 名誉教授 岡山大学 特命教授 医療技術産業戦略コンソーシアム(METIS)共同議長 梶谷 文彦 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授 伊関 洋 早稲田大学 理工学術院 教授 早稲田大学 先端生命医科学センター センター長 梅津 光生 司会) まえて、このようなことをやったらうまくいったと か、この辺りが大変だったといったお話があればご披 露願います。 梶谷───私は、循環器関係の医用工学を研究しており まして、研究を始めたのが1970年代でございます。 “動 いている心臓の小さな血管が見たい”という夢があ りました。最初に開発したのがレーザードプラ血流 計でした。メーカーと大阪大学工学部との共同研究 です。それは1970年代の後半で、1本の光ファイバー を心臓の表面の細い血管に貼り付けて中の血流速度 を測るというものでした。興味あるデータが得られ て論文は出るのですが、血管へのアクセスが技術的に 大変で、curiosity-drivenに終わりました。つまり、我々 としては成功したつもりだったのですが実用化には 至りませんでした。現在、レーザードプラ法は組織血 流計測法として普及していますので、視野を広くもっ た研究開発の必要性を実感しております。それから 同じようなことをまた繰り返しました。1980年の半 ば頃から、20MHz、80チャンネルのパルスドプラの 研究をメーカーと共同で始めました。“バイパス術の オペの前後に冠血管の中の血流パターンを見たい” という要望に応えて、細い血管の中の血流プロフィル がリアルタイムで見られるものを開発しました。自 分たち研究者にとっては誰も見たことのないヒト冠 血流プロフィルの計測は大変面白く、国内外から多く の共同研究者が来学しました。しかし、外科医にとっ てどれだけメリットがあるかというと、今から思えば 疑問で、興味優先だったようにも思えます。引き続き、 針状プローブを持つCCDビデオ顕微鏡を用いた微小 循環の可視化も行いました。深い筋内の微小血管動 梅津───本日はお忙しい中、会報「ヒューマンサイエ ンス」の座談会におふた方の先生にお集まりいただ き有難うございました。医工連携というものに対す る思い入れがわが国の中でも特に強い方々の集まり だと思っておりますが、国が特にメ ディカル・イノベーションという ものを前向きに掲げようとしてい るときに、我々はいったい何をして きたのか、そして、これから何をす るべきか、ということについて、お 話を頂きたいと思っております。 家電、IT、自動車のようなグロー 梅津 光生 バル産業がわが国にはあり、しかも 非常に製品の評判が良く、時々叩かれながらも常に国 際的に高い品質を維持しています。医療機器産業も 将来何とかこのようなグローバル産業に持っていく ことが出来れば、日本を元気づける基になるのだと私 は強く信じております。先生方の思いもやはり同じ だと思いますので、そのあたりをどのように発展させ ることが出来るかについて今日は是非お話を頂きた いと思います。 これまで何をしてきたのか 梅津───先生方のご紹介を兼ねて、それぞれの先生が これまでやってこられたこと、例えば自らが医療機器 を開発してきたといったご経験、あるいは国のプログ ラムディレクターやプログラムオフィサーなどの形 で国の政策にcommitされたといったご経験もおあり だと思います。まず梶谷先生、そういったご経験を踏 4 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E I N T E R FAC E 態や腎臓の近位尿細管周囲の毛細管の流れの美しさに は感動しました。それらの結果について多くの論文が 掲載され、国際共同研究も進みましたが、一般的に広く 役立ったかというと、これも疑問です。この研究のメー カー側の共同研究者が現在、同社の研究所長になられ ていますが、先日お会いし、“面白い機器なんだけど、 どうして普及にいたらなかったのだろう”と話し合い ました。主な理由の一つは、計測対象の特殊性、もう一 つは研究開発の持続性が足りなかったことだというこ とになりました。私自身のことを振り返ってみますと 反省材料の多い経緯を繰り返したように思います。そ の後、国や産学の要請を受けて府省連携など出口志向 の研究開発の推進役を命じられまして思ったことは、 まず出口をはっきりさせて、実際に役に立つことを見 越した開発を産学官が十分な連携をとり、それぞれの 立場を理解しながら長い視野で進めていく必要がある ということです。 梅津───有難うございました。伊関先生のほうはいか がでしょうか? 伊関 ───私は自分の医療に対する興味から、今まで のやり難さを何とか解消しようとしていろいろ工 夫して、模索して、失敗の連続でした。実際、最初に この分野に興味を持ったのは、経皮的コルドトミー (cordotomy)で、第一頚椎と第二頚椎の間から外側脊 髄視床路という脊髄の温痛覚の通路に針を刺してがん の痛みをとる手技を最初に見たときです。基本的にフ リーハンドで施術するので成績が安定しないため、何 とか安定させるにはどうすれば良いかと考え、手作り でコルドトミー針穿刺ガイドを作ることから始めまし た。そのガイドを使って施術すれば上手くいき、成績 も安定するのですが、しかし医療機器として売れるわ けではありません。医者の手作り品として臨床研究で は役に立ちました。現在、モルヒネなどのいい薬が出 てきたこともあり、コルドトミーはもう廃れてしまい ました。医療技術というのは時代の進歩と共に変わっ ていくものです。 それから成功したのは、定位脳手術用の装置です。 レクセルのフレームという頭蓋固定フレームが昔から あって定位脳手術という治療に使われています。海外 では脳内出血の血腫を定位脳手術的に除去するという 装置を作り上げており、我々も欲しかったのですが、予 算がなく、自分で作るしかないということになりまし た。CT誘導定位脳手術装置といいます。八光が協力 してくれまして、最初は科研費を使って製作を始め、一 応製品版までいき、10台ぐらい売れました。カーボン プレートを使いました。中国から買いに来たのですが、 COCOM(Coordinating Committee for Multilateral Export Control:対共産圏輸出統制委員会)の禁輸 のため海外に出せず、断りました。そのあと我々も良 い成績を出しましたが、その内、内視鏡手術が始まり ました。いま、定位脳手術+ナビゲーションが内視鏡 手術+ナビゲーションという形になり医療の進歩が 進んで、定位脳手術装置といったものの必要性がなく なっています。一番残念だったのは、NEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organization:新エネルギー ・産業技術総合開発機構) のプロジェクトで信州大学と日立と東京大学と早稲田 大学と一緒に産学官の連携で開発したのが、脳外科の ロボット手術装置(Neurobot)でした。それを使っ て信州大学(脳外科本郷教授)が2002年に世界初の脳 外科ロボット手術をやりました。 梅津───ああ、 やりましたね。 伊関 ───4例やったのですが、某メーカーが治療はや りたくないと言い出し、また、2005 年にGCP(Good Clinical Practice) の改正があって、制度的にもなかな か難しくなってきました。臨床研 究をやった4例は非常に良い成績が 出たのですが、このロボット手術装 置が市場に出ることはありません でした。信州大学はいまもその技 術を持っております。2002年のと 伊関 洋 きにあのまま続けていたら、脳外科のロボット手術装 置が出来上がっていたかもしれません。 梅津───そうですね。 伊関───やはりこういった装置の開発には年月がかか ります。それから深部の脳腫瘍の治療に、CT誘導脳 定位的マイクロ波温熱療法という治療法があります。 いわば電子レンジみたいなものですが、定位脳手術的 に深部の脳腫瘍に電極を刺し、マイクロ波を発して腫 瘍細胞を破壊するものです。白金電極を用い0.2℃く らいの精度で温度制御をして、43℃を維持するという システムの開発を某メーカーの研究員と一緒にやりま した。マイクロ波というのは誘電損失が熱に変わって いくので水冷式の仕組みを作り、7例くらい使ってみ てこれなら行けそうだなと思ったところで一緒にやっ ていた企業の研究員が転勤になりました。薬事のこと をその頃私たちは知らなかったので、臨床研究をやっ てそのまま使えれば良いのかなと思っていたのです が、現実は違っていました。 METIS(Medical Engineering Technology Industry Strategy Consortium:医療技術産業戦略コ ンソーシアム)から、せっかく医師主導治験という制 度が出来たのに走っていない、何か問題があるかもし れないので検証する様に言われ、今のMeiji Seikaファ ルマさんとパナソニック ヘルスケアさんと一緒に複 合医療機器というか薬と医療機器の医師主導治験を することになりました。この治験を実施する事につ 5 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E I N T E R FAC E いては、厚生労働省やPMDA(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency:医薬品医療機器総合機構) などいろいろなところからのご協力を得て、日本医師 会の治験促進センターのバックアップもいただき、 2007年から医師主導の治験をやり始め、2008年から薬 事相談など医者が体験したことのない世界に踏み込み ました。いろんなことがありましたが、ようやく今年 の3月に治験を完了し、申請前の相談をやって多分今年 末までに承認申請まで進むと思われます。それで初め てよく分かったのは、医者も工学者も薬事ということ をなんら意識しないで研究開発をしていたのではない かということです。結局、医療機器を世に出すために は薬事承認というルールを通らなければならない、そ のために必要な非臨床データパッケージとか、ただの 動物実験ではなくてGLP(Good Laboratory Practice) 対応の動物実験とか、有効性とか安全性をどう評価す るのかという評価系のことも知らないまま開発してき たというのがこの1年です。 梅津───いまのお話ですと、承認が得られるところま で来ているという経験をされたわけですが、先ほどの 梶谷先生のお話もそうだし、今の伊 関先生のお話もそうなのですが、や はり出口を見越していま何をやる べきか、ということを早くから意識 しないとちゃんと臨床に使えるも のが出来上がっていかないという ことなのですね。 実は、私が関わっていた埋め込み 梅津 光生 型の人工心臓が2010年の12月に薬 事承認され、2011年3月から販売を始め、保険も付くよ うになって、どうにか動き始めたところですが、そこに 行き着くまでの大変さというのは伊関先生のお話と同 じように感じました。 ただそのときに思ったのは、いまはアメリカやヨー ロッパで評価されたものが日本に入りやすい状況にあ るのに対して、我々は良い技術を持っているけれども、 日本独自の技術は日本で評価されて、海外へ出て行く ことはほとんどない。そこを何とかしたいという思い があります。 ミアも入って、ガイドラインが作られたわけです。 それでは、今後メディカル・イノベーションを進め るにあたって、どういうところに出口を持っていくの が一番良いのかについて、今までのご経験から成功に つながる道について強調するべき点はどの辺にあるの でしょうか。梶谷先生いかがですか。 梶谷───今までもずいぶん言われていることでしょう が、医薬品と医療機器は全く違いますから、医薬品の薬 事法に相当する医療機器のための医療機器法というも のをなるべく早い時期に策定して、医療機器に特化し たスムースさとスピードでもって出口までの道筋を構 築することが大切です。 梅津───そうですね。いまはとにかく薬事法しかない わけで、「医療機器は、医薬品等」のように“等”の一 字で入れ込まれているところがありますが、伊関先生 そこはいかがですか。 伊関 ───やはり同じように感じています。PMDAに 対面助言に行ったときに薬に引っ張られていることを 感じました。医療機器の場合、randomized studyは 不可能です・・・・・。 梅津───どんどん改良されていきますからね。 伊関───それから一番バイアスのかかる医者というバ イアスを捨てきれないのです。医療機器というのは使 う人間と一緒に有効性、安全性を評価されるので、幾ら 機器的に優秀でも使い手のバイアスがかかるのが問題 です。 アスピリンは今でも飲まれていますが、T型フォー ドはいま走っていません。しかし自動車は走っていま す。医療機器というのは改良を積み重ねていって、洗 練されていきます。コンセプトは正しいのです。開発 をすると同時に改良しながら最終ゴールに到達するよ うな仕組みを是非薬事法の中に取り込んで欲しいもの です。 梅津───確かに、 車だと良い自動車を作れば、どのくら いのトルクでどのくらいの性能があるといったスペッ クが出るわけですが、技量の高いドライバーが運転す れば良い性能が引き出せるし、良い道を走ればそれだ け良い性能が引き出せます。しかし、医療機器の場合、 特に緊急時に使うことが多い機器に関しては、機器自 身が良くてもそれを使うメディカルのチームが習熟し ていないと問題も起こるし、患者さん自身がその医療 機器の使用に適した患者さんであったか、といったこ とも問題になると思います。そうすると医療機器と医 薬品をどういう形で切り分けていくのかという議論は どこで行われているのでしょうか? 医療機器法を作ろうという場合は法律の専門家が要 るわけですね。医学と工学とが連携の中で医学と工学 の専門家たちはいても法律という分野にまでは踏み込 めません。そこに何か良い仕掛けが必要でしょう。こ これから何をするべきか 梅津───そこで、先ほど梶谷先生の話の中にも出てき ましたように産官学が上手くタッグを組んで何かやれ ないかということです。埋込型人工臓器に関しては、 研究開発のガイドラインと臨床に使える製品としての ガイドラインが作られました。前者は経済産業省や国 立医薬品食品衛生研究所、後者はPMDAと厚生労働省 の人たちといった官の人々に加え、企業の人やアカデ 6 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E I N T E R FAC E れに関して何か試みが始まっているとか、医療機器法 をやろうと言ったときに音頭を取るのは誰か、仕掛け るのは誰か、といった情報があれば教えていただきた いです。 伊関───治験関係も含めて臨床研究環境も厚生労働省 が制度を変えてきてくれて、未承認の医療機器を使え るように整備されたり、高度医療評価制度など、制度的 に少しずつ手直しはなされています。しかしスピード 感がいまひとつない様に思います。 財団───薬事法とは違う医療機器法をきちんと作らな ければというお話がありましたが、海外ではそのよう な法律があるのですか? 伊関───韓国は輸出するために医療機器法を作りまし た。その上治験をやる拠点整備も5箇所作っています。 韓国は輸出産業として医療機器産業を育てるという方 針を明確にして、医療機器法を作り、治験拠点も作りま した。 梅津───それが出来たのはここ数年ですか? 伊関───2007年に作りました。日本は遅れているので す。 財団───欧米でもそういった薬事法的なものがある中 で、アジアでは韓国が先行したのですか? 梅津───欧米では承認のメカニズムが違います。ここ までやれば後は企業の責任の中で販売してよいとか、 アメリカでは未承認の医薬品を使っても保険会社とタ イアップして、いざという時に補償するなどリスク分 散ができることもあります。日本はきちんとレギュ レーションの中でやってきたのですが、国も目的に応 じてそれを変えようとしているのではないでしょう か。 伊関 ───というか、これまでは日本でそこそこマー ケットがあったから海外に打って出なくても良かった のですが、日本の市場がシュリンクしてきて事情が変 わってきました。しかし、韓国はもともと国内に市場 はほとんどないので海外に行くしかないのです。韓国 はこういった点でスピードがあります。日本で欠けて いるのはスピードです。厚生労働省もスピードが遅い です。 梶 谷 ───2001年 にMETISが ス タ ー ト し た と き の 共 同議長の金井努氏(当時日立製作所会長)が最初に おっしゃったのがスピードでし た。 こ ん な に 遅 い ス ピ ー ド で こ の業界は良くやっていけますね、 とおっしゃったのが印象的でし た。なお、世界の医療機器事情に ついては、最近JETRO(日本貿易 振 興 機 構:Japan External Trade Organization) が 熱 心 に 調 査 を し ており、その調査レポートがホーム 梶谷 文彦 ページに出ています(http://www.jetro.go.jp/world/ reports/ のサイトで“医療機器”で検索)。 伊関───中小企業についてですが、製造販売承認を取 るのに中小企業では体力も人もいませんから要件を緩 和するなりMETISが代替するなり出来ればよいので す。中小企業は医療機器産業に入ろうと思っているの ですが、薬事を知らずに入ってくるので大変です。だ からMETISが予備校を作るべきではないでしょうか。 ヒューマンサイエンス振興財団で予備校を作っても良 いのではないのでしょうか。 梅津───この教育に関しては、重要な課題であると思 います。ここで私たちが始めた共同大学院について ちょっと紹介しようと思います。東京女子医科大学 と早稲田大学とで連携して医薬品・医療機器の産業発 展に寄与する人材育成をやりましょうというもので医 療レギュラトリーサイエンスをベースにした大学院で す。一般的にレギュラトリーサイエンスというと、規 図1 TWIns 先端生命医科学センター (東京女子医大・早大連携研究教育施設) 7 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E I N T E R FAC E 制当局が規制の科学、調整の科学をやるのだとよく言 われています。ところが、レギュラトリーサイエンス はどこの部分が科学なのでしょうか、過去の事例だと か外国の事例を使って判断しましょうというものなの で、新しいコンセプトで医療機器を開発したとき、その 新しいテクノロジーの安全性、有効性を誰がどのよう にして判断するのかということが問題です。我々大学 院教員でディスカッションしている中で、これを学問 として体系化していけば将来の道筋もクリアになるの ではないかという考えに至りました。評価する科学と 予測する科学、更に決断する科学の3つの科学に分け て、新しい医療機器や方法が提示されたときに、まず実 臨床に近い形で多角的に性能を評価し、それをどうい う患者さんにどう使うと効果的なのかを予測し、臨床 応用が行われるにふさわしい方策を提案していくとい うプロセスを明確にしたいと考えています。この共同 大学院は小さな大学院でして、教員も東京女子医科大 学と早稲田大学から集まったわずか8人で、こういう問 題に直面して何とかしなければいけないと思うホット な教員が集まって始まったのですが、学生定員は、東京 女子医科大学5人と早稲田大学5人と、あわせて1学年の 定員は10人です。入学した学生数は初年度が12人、次 年度が10人、今年は3年目で14人、合計36人が産官学か ら集まっています。これは国が初めて認めてくれた共 同の大学院であり、2つの大学がオーソライズして1つ の博士(生命医科学)の学位を出すものなのです。ア メリカのFDA(US Food and Drug Administration: アメリカ食品医薬品局)にも同窓会のようなものがあ ると聞いたことがあります。教育というのは効果が出 るまでに時間がかかりますが、我々もここの共同大学 院で博士号を取得した人たちが集まって国策を提案す るようなことをやってくれたらと期待しております。 る。また、医療経済性などを含めた社会的な評価もあ ります。そういったところを全体的にしっかりした評 価をすることが非常に大事です。その点、梅津先生の 大学院には非常に期待するところが大きいです。もう ひとつ、日本の次の5か年計画の中で引き続きアジアへ の展開が謳われています。アジアに展開するときもさ まざまな立場からの評価が基本的に大切で、それに対 する適切な対応が必要だと思います。医療者的側面か ら見ると、医療機器とそれを使う人というのは一体で すから、それを考慮した教育が日本で十分出来ていな いと、アジアへの展開は難しいことは間違いありませ ん。ドライラボも含め日本でのトレーニングをしっか りしないと、アメリカで教育を受けた人は帰国後もア メリカの医療機器を使うということになります。日本 のものつくり技術や医療技術が良いからといってもそ れだけでは勝てません。次のジェネレーションに向け てさまざまな角度からの評価体制を整える必要がある だろうと思います。 梅津───評価というものを国も大切だということをよ うやく認識する様になり、PMDAにも工学の人が随 分雇用されて増えているという状況もありますし、ま たこれからはいろいろな人の交流も大切になってくる のではないかと思います。伊関先生は同じような思い をされてきたと思いますが、先生御自身は評価に何か 思い入れのようなものはございますか。 伊関───いまNEDOの標準化事業に関わっておりまし て、集束超音波治療用装置の開発に関わっております。 産業化という観点からは、標準化は避けて通れない話 でして・・・・・。 梅津───標準化というのは国際標準化ですか。 伊関───はい、 国際標準化です。やはり国もエネルギー を注いでいかないと産業としても成立しないでしょ う。そこは国益の場に近いし、海外はいろいろな土俵 を作ろうとしていますから、その土俵を日本で修正出 来なければ産業化は望めないでしょう。 梅津───私の分野ですと、身体に埋め込む形の人工臓 器を例にあげると血液適合性というのがものすごく要 求されるのですが、動物実験でそれを調べてもそれが 本当に正しい評価なのかと時々疑問に思います。いま まではある機器を作り、それを動物に入れてある程度 問題なければ承認するといったルールがあったと思う のですが、本当にそれで良いのかと考えます。特に海 外の戦略かもしれませんが、外国で承認されたものは 日本でもう一回試験をやらなければならないとなると 時間もかかるし、お金もかかる。一方、日本製のものが 一旦外国で評価されて日本に入って来るケースも多く あります。そうではなくて、日本のものが日本で胸を 張って評価されて患者さんの幸せのためにそのまま使 えるのが良いと思います。そこで、動物実験の位置付 医療機器に関わるホットな話題 梅津───梶谷先生は国のいろいろな新しい仕掛けに対 して中心的な役割を果たしておられますが、いま一番 ホットなものは何でしょうか。 梶谷───先生のおっしゃった“評価”については、特 に日本は弱いですね。医療機器の評価も弱くて、開 発や普及の推進のために適切でな かったというのは反省材料の一つ です。評価には機器の基礎的、科学 的パーフォーマンスの評価もある し、医療者側からみた医療の質や経 営に関する評価もあるし、医療の効 果、安全の向上、さまざまな負荷の 低減など患者さんからの評価もあ 梶谷 文彦 8 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E I N T E R FAC E けをきちんとやるともう少し違う見方が出来ると思っ ています。私は25年前、オーストラリアの病院で研究 していたのですが、そのときに、西洋人、東洋人、西洋 人、東洋人の順に心臓の手術が一日4例あると、大抵ト ラブルを起こすのは東洋人なのです。同じように手術 をしていても後で出血のために再開胸するのは東洋人 の場合が極めて高い。東洋人は血が固まりにくいから だと言うのです。それならば、東洋人と西洋人の血液 の違いというものを科学的な根拠に基づいて比較し て、違いの部分に焦点を当てて検査をすればもっと早 く西洋で認可されたものが東洋に導入できる。何十例 も臨床試験をしないとその有効性や安全性がよくわか らないというプロセスを、評価系自体をもう一度皆で 考え直すと従来の路線と違った評価が出来るのではな いかと思います。特に、ヒトの体内で耐久性試験をや ることは非常に難しいことですので、そこを上手い考 え方で対応できれば結構新しいことが出てくるように 思います。日本人はアイディアや技術を一杯持ってい るので、目的が定まると皆が結集して世界に勝てるい ろいろなことが出来ると考えています。そういうこと を考えるという土俵を作ることが大切です。 題が起こったことを大々的に指摘して、今までうまく いった事実はあまり伝えない、という不公平が起きて しまう。一生懸命治療してくれた主治医に対して患者 さんが感謝している場面があったとしてもそれはあま り報道されない。ましてや裁判に なると、裁判というのは悪者探し的 なところがあり誰かを悪者にしな ければ終わらないような気がしま す。こういったことは裁判になら ないのだという社会的通念のよう なものが医療という微妙な分野で 出来ていくと良いかなぁと思いま す。こういったリスクがらみで何 梅津 光生 かご経験がおありでしょうか? 伊関───確かに一人の方が不幸な目に遭われても、逆 に何千人という方が利益を受けている現状があるにも かかわらず、たった一つのことに注目させられて、いろ いろ世論を誘導されるのは厳しいものがあります。 梅津───残念ですね。 梶谷───システムに関して、今も医療機器関係に特に 医療機器に素材を出しているのにこっそり出して身元 が分からない様にしていることが多々ありますね。 梅津───PL法(製造物責任法)ですね。 医療機器開発の将来に向けて 梶谷 ───堂々と身元が出せるようなシステムに変え 梅津───次の世代の人たちにどういうメッセージを残 る、そうしないと全体的な医療機器のシステムが変わ すかということを話題にしたいのですが、いかがです か。 伊関───日本が一番遅れているのはシステムインテグ レーションの分野です。 梅津───ああ、 そこの話ですね、少しお願いします。 伊関 ───せっかく優秀な部品を持っていても統合し て、良い製品として創出できなければ、下請けのままで す・・・・・。 梅津 ───それが海外で組み立てられて、値段が高く なって日本に入ってくる。デバイスラグとかドラッグ ラグとか言っているけれども、それを解消すると逆に 我々は高いお金を払って海外で製品化された機器を 使って高額の医療を受けなくてはならないということ にひょっとしたらなるかもしれません。ですから、い ま言われたように日本の中でシステムをまとめ上げて やる、自信を持ってやるというお話ですね。 伊関───そうです。リスクを取ってくれる度胸のある 医療機器メーカーが欲しいですね。ほとんどは、治療 機器を作っても何かあったら会社がつぶれるなどの風 評被害がありますが、そんなことはありません。 梅津───リスク低減とかリスク評価とか、リスクとベ ネフィットのバランスが大事ですね。そこもやはり 科学的な根拠でリスクを語れるといいですね。10,000 例うまくいって10,001例目でトラブルが起こると、問 りません。 伊関───マスターファイルを整備していただきたい。 マスターファイルにある素材を使えれば、安全性が評 価されているので問題はないのですが、このマスター ファイルを整備すると言いつつ未だに整備されてい ない。だから中小企業は、どの素材を使っても、また一 から生物学的安全性試験など同じことを繰り返しやら なければならないという無駄な努力を強いられていま す。 梅津───そういう問題点をはっきりさせ、皆が個々に やっていることをオーガナイズして、最終的にこうす るのだというのをはっきりさせれば、システム・インテ グレーションはやり易くなります。そのためには目利 きを育てることが大事なのだと思います。臨床医は日 常の診療で大変忙しく、良いアイディアがポッと浮か んでもそれを日常の治療に結びつける道がない。日本 には飛びぬけてすばらしい研究が沢山あります。特に 医学の基礎の分野ではメジャーなペーパー数で日本は 常に上位を占めています。ところが臨床の分野のペー パーの数になると15 ~ 20位で中国にも負けている。 このギャップを埋めることが必要で、梶谷先生が指摘 された、役に立つ出口志向の考え方の中で、何をどのよ うに組めば良いかというインテグレーションをまと 9 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E I N T E R FAC E める目利きの集団を作り、日本でサクセスストーリー を積み重ねれば、大きな産業に発展するのではないで しょうか。現状では、課題解決型などの新しい仕掛け を国が考えていることは良いことなので、そういった 環境づくりがうまく行けば日本の中小企業も活躍でき るでしょう。 伊関 ───先端工学外科教授の村垣善浩が良く言って いるように、“月に行く”といった アポロ計画のようなものを医療機 器産業がスローガンとして出さな ければ、多分まとまらないと思いま す。結局、最終的な出口がどこなの か、医療機器を作っても出口がなけ ればどうしようもない、アポロ計画 のようなことをMETISなり医療イ 伊関 洋 ノベーション推進室がぶち上げて 欲しいと思います。 梶谷───できる限り分かりやすいものを、 ですね。 梅津───大体、話もまとまってきたと思いますが何か ヒューマンサイエンス振興財団からご要望はあります か? 財団───医療機器の出口として具体的にはこんなもの があるといったsuggestionがいただければありがたく 存じます。例えば、人工臓器ならどのような人工臓器 が医工連携の下に期待されているのかと言ったことを お教えいただければと思います。 梅津───分かりました。これについては先生方いかが ですか? 伊関───東京女子医科大学では、悪性脳腫瘍のための 術中MRI(magnetic resonance imaging)支援装置が 挙げられます。日立メディコ製の0.3テスラの永久磁 石のMRIですが、2000年に手術室に設置していままで に約1,050症例で使っています。悪性脳腫瘍の5年生存 率を飛躍的に上げました。 梅津───どのぐらい上がったのですか? 伊関───約2倍に上がりました。 梅津───いままで助からなかった人が、脳腫瘍の辺縁 部のところを取り除くという技術が確立することに よって再発を防ぐことが出来る様になったということ ですね。 伊関───そうです。 梅津───それがどういうことなのかということを考え てみると、日本はかねてより診断機器は作るけれども 治療機器はあまりやっていませんでした。伊関先生は 診断機器と治療機器の二つを融合させたのだと思いま す。診断をしつつ治療をやる・・・。 伊関 ───手術中に診断と治療を一緒に実施するので す。 梅津───現場を知っているエンジニアや現場を見てい る開発者も必要ですし、また、政府の人も現場を見る、 臨床医が基礎的なものを見るといったように、自分の 周りに壁を作らないで皆で行き来が出来る様になると もっと良くなると思います。梶谷先生いかがですか? 梶谷───そうですね。診断機器では日本はやはり強く て東南アジアでのシェアは断然強く、各分野で1~2 位だと思います。しかし、インドに行くと、必ずしもそ うではなくて欧米のほうが強いようです。しかし、強 いのはそれでも診断機器が中心なので、医療の現場で の連携・融合が鍵となる治療機器について十分対策を 講じる必要があると思います。いずれにしてもアジア 諸国などでも“日本のものつくり技術”に対する信頼 は大変大きいので、その先の展開が重要だと思います。 また、日本の特徴として、材料に強い企業があるところ ですね。私は岡山から来ましたが、岡山には株式会社 林原産業という企業があります。ここは非常に良い材 料を持っておりまして、トレハロースはご存知だと思 いますが、これは生産効率が著しく高い菌を保有して いるためで、世界のどの会社もコスト的にまねが出来 ない材料だそうです。林原は医療用材料でも良い素材 を持っていると聞いています。骨の材料、歯の材料と して非常に有望なものがあり、これも他ではまねが出 来ないでしょう。このように日本の各地に世界に勝て る素材やものつくり技術がありますから、これらの強 みを大事にして、今後オールジャパンで引き出し、育て ることが大事だと思います。 梅津───人工臓器の領域ですと、もし、成長するよう な人工臓器が作れれば、最初に手術するだけでその後 の手術はしなくて良くなるのではないか、というアプ ローチが考えられます。人工臓器と再生医療を一緒に、 また移植の技術も活用してやろうというアイディアで すが、それを実現しようとすると、そのようなチームは ほとんど我国では作れないですね。ですからアポロ計 画ではないけれど、ターゲットをいくつか決めて、日本 の良い材料やテクノロジーを上手く使って、日本のま じめな技術・知恵・経験が治療の世界に反映でき、それ をオールジャパンで応援するシステムが出来れば日本 も大きく変わるのではないでしょうか。 伊関───あと一つ、日本でITは医療情報技術ですごく 進歩しており、クラウドコンピューティングなどが出 てきて、我々もビッグデータというか情報を沢山取れ る様になりました。我々のIntelligent手術室にいろい ろな日本の優れた先進技術を活用して手術室をロボッ ト化する、センサー化することで、我々がSCOT (Smart Cyber Operating Theater) と 呼 ぶ 手 術 室 内 で 進 行 していること、例えば、医療スタッフがどのような動 きをしているか、患者さんの状態はどうなっているか 10 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E I N T E R FAC E といったあらゆる情報をセンシングして、そのビッグ データを解析して、処理して、天気予報と同じように10 分後に何が起きるかということを予測し、悪いことで あればそれを回避する手段を取る。このような技術は 必要な技術なのです。日本が一番得意とする技術です。 梅津───例えば、新幹線のコントロールがよい例です ね。 伊関───中国の新幹線のような脱線などは日本の新幹 線では起こりません。日本の管理技術は一番優れてい る技術ですので、そういう技術を生かす仕組みを是非 作って欲しい。管理技術がうまく行けばあらゆるもの が変わってくると思います。 梅津───これは管理ではないのですが、人工心臓を患 者に埋込むとき、アメリカではそのデータ管理を行う INTERMACS(Interagency Registry for Mechanically Assisted Circulatory Support)という方式があるの ですが、わが国でも承認したあと日本の補助人工心臓 の市販後のデータ収集事業であるJ-MACS(Japanese Registry for Mechanically Assisted Circulatory Support)が機能しています。今までの患者さんのヒ ストリーやデータをしっかり保管して、もしも問題が 起これば直ぐに、企業のみが対応するのではなくて産 官学で対応する、という仕組みを作っています。医療 機器は故障してはいけないのですが、万一トラブルが 発生しても早く対応することが重要です。私の指導教 授であった土屋喜一先生が、私がこの分野に入ったと きに「君、飛行機は安全が第一だといわれるが、空を飛 ばないのが一番安全なんだよ」とよく言っておられま した。どこを安全のthresholdにするかということが 国民のコンセンサスになっているといった仕組みを作 ることはとても大事なことだと思います。 梶谷 ───先ほどの国際標準化を進 める上では、人材が足りませんので 是非養成していかなければと思い ます。国際基準化の担当者は優秀 な方々がおられますが、彼らのメー カーの中での評価が必ずしも高く ないように思われます。だからこ の分野に入ってくる人が少なく、や やもすると会社の中でアイソレー 梶谷 文彦 トされた業務と見なされかねません。産学官でこの分 野を強くする必要があります。 伊関───ヨーロッパやアメリカでは、標準化委員会の しっかりしたまともなものがありますね。日本では担 当する人がいない部課もあります。 梶谷───それでは勝てません。 梅津 ───よく見ると海外では、そのような委員会に PhDの人がたくさんいますね。 伊関───学位を持っている人を委員として送り出すの が重要です。 梶谷───そうですね。そうすると科学的根拠をもって ものが言えます。 伊関───パテントよりも標準化の方が重要だと思いま す。 梅津───大学の一つのファンクションとして学位を出 すというファンクションがありますからそこを上手く 使っていけたらと思います。 梶谷───是非このところの推進を国の方でお願いした 図2 医工連携成果の一つである血管ナビゲーションシステムの臨床応用の風景 (東京女子医大手術室) 11 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E I N T E R FAC E いと思います。 伊関───是非お願いしたいと思います。標準化が取れ たほうが産業化できますから。 梅津───標準化でも世界にない標準化というか、訓練 や管理だとかを全部包含して標準化をしてしまうと いった日本独自のオリジナルなものを出せて行けたら とてもすばらしいと思います。かつて日本には、たく さん○○試験場というものがありましたね。 伊関───多くの国公立の試験場が研究所になったのも いけないのです。国の試験場は評 価系を沢山持っていたのですが、研 究しなければならないといって、評 価系を自分たちで壊してしまった のです。 梅 津 ───FDAとPMDAの 違 い は、 FDAが研究所を持っていることで す。PMDAも科学的根拠を示せる 伊関 洋 研究所のような機能を持たないと いけないと思います。 梶谷───確かに国のサポートが極めて少ないですね。 伊関───イノベーション推進室に直轄予算をつけて手 厚い医療機器産業の保護を振興してほしいです。 梅津───最後に、 いろいろと注文をつけた所で、本日の 座談会を終わりたいと思います。熱心なご討議を有難 うございました。 この座談会は平成24年4月24日に行われました。 梶谷 文彦 かじや・ふみひこ 川崎医療福祉大学 特任教授/川崎医科大学 名誉教授 岡山大学 特命教授 医療技術産業戦略コンソーシアム(METIS)共同議長 愛媛県生まれ 大阪大学 医学部卒 工学博士 専門は循環器医用工学、循環フィジオーム、冠微小循環 伊関 洋 いせき・ひろし 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授 北海道生まれ 東京大学 医学部卒 医学博士 専門は脳神経外科 梅津 光生 うめづ・みつお 早稲田大学 理工学術院 教授 早稲田大学 先端生命医科学センター センター長 神奈川県生まれ 早稲田大学大学院 理工学研究科 博士課程修了 医学博士、工学博士 専門は生体医工学、人工臓器、再生医療工学 12 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E TOPIC/ SC IENC E 単細胞などのマイクロサイズの試料の捕捉とアレイ化を 実現するダイナミックマイクロアレイデバイスの開発 東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 手島 哲彦 東京大学 生産技術研究所 准教授 竹内 昌治 手島 哲彦 竹内 昌治 イが考案されている7,8)。Dino Di Carloらのグループは、 流路中に三次元立体形状の細胞捕捉位置を敷きつめ、 HeLa細胞を単細胞レベルでトラップし、その捕捉部位で の生育状態や挙動を観察することに成功している6)。こ のデザインを有する流路は、2細胞の隣接配置とアレイ 化にも応用され、50%を上回る高い精度で胚性幹細胞と ミエローマ細胞の細胞融合に成功している13)。しかし、 このデバイスは流路中に流れる試料を流路中の捕捉部 位に確率的にトラップするという原理から細胞の捕捉成 功率は低く、アレイ化のために大量の試料数が必要にな るという欠点があった。 そこで、我々のグループでは、一本の流路をトラップ流 路とバイパス流路に分岐させたユニットを一列に並べた 新たな「方形波型」ダイナミックマイクロアレイを提案し ている5,11)。本流路はトラップ流路とバイパス流路の間 の分岐部に一つの捕捉部位を設けており、導入された試 料をその捕捉位置に一つ一つ確実にトラップしてアレイ 化することができ、これによりトラップするために必要な 試料の損失を極力減らすことが可能となった。また捕捉 位置においてマイクロビーズだけでなく、マイクロ液滴14-16) や中空マイクロカプセル9)、また単細胞17-21)など柔軟性の 高い試料の捕捉とアレイ化にも成功しており、さまざまな 生体試料の観察とその培養への応用が期待されている。 本稿では、我々がこれまで開発してきたダイナミックマイ クロアレイについて、その設計や試料の捕捉・アレイ化原 理、またさまざまな生体試料のアレイ化への応用技術に ついて紹介する。 1─はじめに 創薬や診断においてその費用の高騰が問題視されて 久しく、解析のために用いる生体中の試料を微量化し、 反応時間の短縮化と高速化、一度に実験で行えるアッセ イ数の増加が切望されている。疾患診断や医薬品開発 のプロセス、スクリーニングにおける初期の段階で、信頼 性が高いハイスループットスクリーニング技術の確立は、 開発経費の削減に繋がる可能性を秘めている。とりわ け細胞アッセイでは、微小試験管内や培養用シャーレを 使うバルク系の方法が主流であったが、一度のアッセイで 多量の試薬を用いるため、定量的な解析には、時間とコス トがかかっていた。そこで近年MEMS (Micro Electro Mechanical Systems) 技術によりマイクロメートルサイズ の溝を基板上に作製し、そこで微小で高速の反応系を確 立するマイクロ流体デバイスに注目が集まっている。中で もマイクロサイズの反応系を一つの単位とし、少量の試料 の様々な反応を網羅的に観察することができるマイクロ アレイが注目され、化学分析や診断、創薬など様々な分野 への応用が期待されている1)。 マイクロアレイは、DNAや細胞など試料をマイクロウェ ル基 板 上に固定化してアレイ化する静的マイクロアレ イ2-4)が一般的であった。これに対して、予め試料をビー ズなどの移動可能な基板に固定し、それらをマイクロ流 体中で操作することで、アレイ状に配置したり、選択的に 取り出したりすることができるダイナミックマイクロアレ イ5,6)が提案されている。これは、作製された流路中に解 析したい生体試料を導入することで、細胞を内包する液 滴や目的のタンパク質をその周囲に接着させたマイクロ ビーズなどのマイクロメートルサイズの大きさを持つ試料 のハンドリング、生化学的、細胞生物学的解析手法の向 上に貢献している。これまでに考案されたダイナミックマ イクロアレイとして、一本の流路中に多数の「堰型」捕捉 部位を配置して、導入された試料が確率的にトラップされ る現象を利用して試料をアレイ化する高密度マイクロアレ 2─試料の捕捉原理 1)流路のデザイン 図1(a)(次項)に本研究で提案するマイクロ流路の概要 を示す。流路は、試料を一つのみ捕捉する部位(ト ラップ流路)と、後続のビーズを詰まらせることな く下流へと送るバイパス流路から構成された方形波 13 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E TOPIC/ SC IENC E 型ループチャネルからなっている。これにより導入 された試料は順番に、かつ確実に捕捉位置へと流れ込 むため、アレイ化のための損失を減らす仕組みがなさ れている。流路中に形成される流れの流量は、試料の 捕捉部位に何も捕捉されていない状態では、バイパス 流路よりもトラップ流路の方が多い。したがって導 入された試料はまず捕捉位置に到達し、固定される。 試料が捕捉位置に捕捉された後には試料によってト ラップ流路が塞がれ、捕捉位置に流れ込む流量が減少 することで、バイパス流路により多くの流量が流れ込 む(図1(b))。これによって後続の試料はバイパス流路 へと向かい、次の捕捉位置にトラップされる。これに より流路中で試料がスタックすることなくアレイ化 を実現できる。この機能を果たすようなデザインを 設計するために、流路の分岐点から合流点までの流体 の圧力損失の理論式から導出される流量比の解析を 行った。 2)設計理論 捕捉部位で導入されたマイクロ粒子がトラップさ れるためにはトラップ流路に流れる流量がバイパス 流路の流量より多くなる必要がある。その際に捕捉 部位付近の流路が層流のまま分岐し、マイクロ粒子の 重心がトラップ流に位置することで捕捉位置へと導 かれる。ここで一本の流路が分岐点で2本の流路に分 かれてからトラップ流路に向かう流量(Q 1)とバイ パス流路に向かう流量(Q 2)の二種類の変数を導入 する。これらの値を導出するべく、流路が分岐してト ラップ流路とバイパス流路に分かれた後に再び合流 するマイクロ流路における圧力損失の理論式を基に 計算した22,23)(図1(c))。設計した流路は、トラップ流路 である捕捉部位(長さL t1)と狭窄部位(長さL t2)、バ イパス流路(長さL b)から構成されている。ここで、 流路の圧力損失を電流の回路図に見立てると、並列の 抵抗値における電位差が等しいことと同様に、流路が トラップ流路とバイパス流路に分岐して、下流で合流 するのでバイパス流路の圧力損失とトラップ流路の 圧力損失の合計が等しくなる。流路の圧力損失をΔP と表すと、 …………………(1) となる。下付き文字のt1は捕捉部位、t2は狭窄部位、 bはバイパス流路に該当する変数であることを示して いる。また圧力損失ΔP 式は(2)のように定義される。 ……………(2) ここで、 μ:流体の粘性[Pa・sec]、Q:流量[µm3・sec]、 R :流路断面の周囲長[µm]、L :流路長[µm]、A :流 路の断面積[µm2]とする。またC (α)はダルシーの管摩 擦係数とレイノルズ数との積から求められ、流路断面 のアスペクト比α(0≤α≤1)によってのみ決定され る定数である。また本流路では、トラップ流路は捕捉 部分と狭窄部位に分かれており、前者の圧力損失は後 者のそれに比べると無視できるほど少ない(ΔP t1≪ ΔP t2)。そこで流路が分岐して捕捉部位に流れ込む流 量をQ 1、バイパス流路の流量をQ 2とおくと、式(2)を式 (1)に代入して以下の式(3)を得る。 …………(3) これにより、流量比Q 1/Q 2を表すことができ、流体の 粘性や流速に依存しない値であることもわかる。バ イパス流路の長さを変数としてL b以外の項を計算す ると、上記の式(3)のように式変形できる。すなわち Q 1/Q 2はL bに比例する。ここで捕捉する試料の直径を 100µm、流路幅を120µmと設定すると、図1(b)のように ビーズの中心が確実にQ 1に入るためには合流点手前 の流路において、流路幅からビーズの半径を差し引い た70µmの範囲にビーズの中心があればよい。つまり 70µmと試料の半径50µmの比1.4よりもQ 1/Q 2の方が 大きくなれば、常に試料の中心がQ 1側にあるので捕捉 部位にトラップされ、1.4以下であれば試料はバイパ ス流路へ向かうことが分かる。Q 1/Q 2が1.4以上もしく は以下になるバイパス流路の長さL bを設定すること で、捕捉原理を確認した。 3)捕捉後試料の選択的リリース原理 本デバイスでは選択的なリリース方法の一つとし て、試料付近にマイクロバブルを形成して物理的に押 し出す操作方法を採用した。本デバイスでは回路と の接続を必要とせずにマイクロバブルを作成するた めの単純な光学ベースの手法を用いている。PDMS を接合するガラス基板にはアルミニウムパッチがパ ターニングされており、IRレーザをその部分に照射 図 1 (a) 流路の捕捉部位の周囲にあ るトラップ 流れ(Q 1)とバイパス流 れ (Q 2)。(b) 断 面の 幅 の 長さ W1 を Q 1:Q 2 の比で分割した場合、試料の 重心が Q 1 側に位置するときに試料は 捕捉位置にトラップされる。(c) 流量 比 Q 1:Q 2 を計算する場合、流路壁面 のせん断応力から計算できる流体の 圧力損失をもとに概算できる。本研 究では圧力損失を電気回路に見立て てデザインを行った。 14 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E TOPIC/ SC IENC E することで、マイクロバブルを発生させる。これによ り試料付近で作製されたマイクロバブルが捕捉部位 を埋め、そこにあった捕捉されている試料は追い出さ れて、流路の排気口から取り出すことが可能となる。 4─ダイナミックマイクロアレイ中での試料のハンドリン グ操作 図2(a)にダイナミックマイクロアレイによる試料の 捕捉の様子を示す。試料の捕捉のためのマイクロ流 路は、2-2)に示す圧力損失を元に設計されている。 流量比が1.4を上回る場合、例えば流量比が3の場合に は、導入された試料の中で初めに来る試料の重心位置 がトラップ流路に流れ込むトラップ流上に存在する ため、捕捉位置に流れ込もうとする。その試料が捕捉 された後、トラップ流路に流れ込む流量が減少し、流 量比が1.4を下回ることにより、後続の試料がバイパス 流路へと導かれることが確認された。そしてバイパ ス流路に初めに流れる試料は次の捕捉位置に流れ込 み、次々と捕捉位置に一つの試料が捕捉され、アレイ 化が実現される。一方で、流量比が1.4以下に設計され ると、すべての試料の重心が常にバイパス流上に存在 するためバイパス流路に流れ込み、捕捉位置には一つ も試料が捕捉されなかった。一方で、流量比が1.4より 大きい場合でも、流量比が1.4以上を上回りすぎる場合 (例えば流量比が7のとき)は、試料をアレイ化するこ とができない。これは、初めの試料が捕捉位置に捕捉 された後も捕捉位置での試料の流れを塞ぐ効果が少 なく、流量比が1.4を下回らずに後続の試料も同じ捕捉 位置に流れ込み、流路のスタックが発生することによ ると考えられる。ここで用いたトラップ流とバイパ ス流の流量比は、溶液の粘性や流速に依存しない値で あり、流路の長さや幅などの幾何学的情報によっての み決定される。実際のデバイス操作においても、ポン プの駆動を変えて流速を増減させても、同様の捕捉原 理が成り立つことが確認された。また捕捉と選択取 り出し以外の操作技術の追加についても試みてきた。 試料の取り出しの際に、アルミニウムパッチにIRレー ザを照射し、捕捉されている試料の近傍にマイクロバ ブルを発生させて物理的に追い出すことで、目的の試 料のみを流路の出口より回収することを実現した。 これにより、各種試料の大きさ(直径)に合わせた流 路の設計を行うことで、一つ一つのマイクロサイズの 試料の流体によるアレイ化と選択的取り出しを合わ せた機能を有するデバイスを任意に作製が可能であ る。 3─ダイナミックマイクロアレイの作製方法 マイクロ流路はリソグラフィ技術のプロセスを用 いて作製した。初めにCADソフトにより設計した任 意の形状をガラスマスクに描画する。シリコンウェ ハに紫外線で硬化する性質を持つフォトレジストの 薄膜をスピンコートし、ガラスマスクを通して任意 のパターン上のみに紫外線を露光する。これにより 形成されたシリコンウェハ上のフォトレジストのパ ターンが流路の鋳型となる。そこに熱硬化性樹脂で あるポロジメチルシロキサン(PDMS, SILPOT 184; 東レ株式会社)を流し込み、熱で硬化させて剥離し た。その後溶液の導入口と排出口となる孔を空けた PDMSの上部流路に、プラズマエッチング装置でO2プ ラズマ処理を施したガラス基板と接着させて永久接 合を施し、目的とするマイクロ流路を取得する。本デ バイスの作製には、CADデータ作製ソフトウェアに よる流路の設計からガラス基板上に形成されたマイ クロ流路を取得するまでに、およそ2日間を要する。 アレイ化する試料は蒸留水や培養液中に懸濁させ た状態でガラスシリンジに充填され、シリンジポンプ によって一定流量で本デバイス中に導入される。試 料の捕捉部位でのアレイ化の観察や動画の撮影は、倒 立顕微鏡で行うことが可能である。また選択的な取 り出しに用いたマイクロバブルは、マイクロマニピュ レーションシステムによりIRレーザを照射すること で発生させることができる。 5─本技術の応用研究 我々の研究グループでは、本デバイスを用いて、各 種試料の捕捉に成功し、様々な生体試料のアレイ化な らびに観察への応用技術を開発している。これまで に細胞を内包した直径が100µmのアルギン酸ハイド ロゲルビーズ11)や、ポリ-L-リジン(PLL)で被覆され た中空マイクロカプセル9)を捕捉し、アレイ化を行っ た。中空のPLLマイクロカプセルの中では緑藻の単 (a) ダイナミックマイクロアレイ中での流量比の計算による試料の捕捉機能の確認 5)。(b) PLL マイクロカプセルのアレイ化と、カプセル中でのクラミドモナスの培養と運動解析 9)。 (c) 柔軟性試料であるマイクロ液滴の捕捉位置での捕捉と取り出し機構 11)。(d)ITO 電極 から形成される誘電泳動による選択的試料の捕捉 12)。(e) マイクロピラーによる試料の 全取り出し機能 10)。(f) 二種類の異種試料の隣接配置とアレイ化 24)。 図2 ダイナミックマイクロアレイの各種応用例 15 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E TOPIC/ SC IENC E 積を三倍にし、PDMSの高い変形能を利用した空気 圧バルブを中心部に設置することで三種類の試料を 隣接化するデバイス25)も開発されている。二種類以上 の試料を互いに隣接させた状態でアレイ化すること で、細胞の場合は免疫細胞の抗原提示など、異種細胞 間での細胞間相互作用を解析することができる。ま たマイクロ液滴の隣接化ではそれらを流路中で融合 することにより、異種の試料を微量な量であっても混 合して反応させることへの応用が可能となる。 また本デバイスの試料のアレイ化については、海外 の研究グループからもその応用研究が発表されてい る。W. Shiらは、T型の合流流路を導入口部分に施す ことにより、線虫を中に内包したマイクロ液滴を作製 してから捕捉位置に捕捉し、刺激物を与えた際の各細 胞の応答情報を一細胞レベルで得ることができた14)。 S. Kobelらは、捕捉位置の狭窄部位を細胞がすり抜け ない程度に小さくし、かつバイパス流路を長く設計し て、97%以上の高い確率でEG7細胞(浮遊系T細胞 株)のアレイ化、培養、細胞分裂の観察に成功した17)。J. P. Frimatらのグループは2つの捕捉位置を狭窄部分 を挟むような形で隣り合わせることで単細胞の隣接 配置を行い、細胞間の接着界面でのギャップジャンク ション形成という細胞間相互作用の観察を行った19)。 D. T. Chiuらは、本デバイスを用いて細胞を中に内包 したマイクロ液滴をアレイ化して、導入された化学物 質に対する細胞間の応答を光情報として読み取るシ ステムを開発した15)。K. Chungらは、本デバイスを用 いてショウジョウバエの胚の長軸方向をZ軸に向け た状態でアレイ化するデバイスを開発した26)。これに より細胞の分化を誘導するモルフォゲンの濃度勾配 を流路中で形成し、分化の進行を共焦点顕微鏡で観察 することに成功している。以上のようにマイクロビー ズだけではなく、細胞や胚、それらを内包する微小液 滴をアレイ化することにより、細胞の外部刺激などに よる様々な応答の解析に利用されている。 細胞性鞭毛虫の一種であるクラミドモナスを封入し ており、カプセル外に飛び出すことなくその遊走性や 活性を計測することが可能となった(図2(b))。このよ うな技術は様々な種類の高い遊走性をもつ細胞体の 長期間にわたる培養観察に役立つことが期待される。 また本デバイスをさらに応用させ、種々の捕捉と選 択取り出し技術の追加についても試みてきた。これ まで試料の取り出しの際に、アルミニウムパッチに レーザを照射し、捕捉されている試料の近傍にマイク ロバブルを発生させて物理的に追い出すことで実現 した5)。ただこの技術ではレーザ照射部分と捕捉試料 との距離が接近しているため、試料が生体由来の脆弱 なものであった場合、試料を傷つけてしまう危険性を 除去できなかった。そこで、捕捉部位と照射部位との 距離を離し、試料に直接発生したマイクロバブルが接 することなく、柔軟性の高いハイドロゲルビーズを取 り出すデバイスを作製した11)(図2(b))。また試料のア レイ化の順番を任意に決定し、その順番通りに試料ア レイ化する方法も報告されている12)。このデバイスで は、PDMSを接合するガラス基板に透明な電極であ る酸化インジウムスズ(ITO)をパターニングして いる。ITO電極は先端が尖っている電極パターンと 長方形の電極パターンを対とし、電圧を印加すること で、電極対間に紡錘上の不均一電場を形成する。これ により捕捉位置において導入された試料を選択的に 誘電泳動し、目的の粒子を順に流しつつ異なる粒子の 選択的アレイ化に成功した。 本デバイスで試料の捕捉を行った後、再度異なる試 料のアレイ化と観察を行う場合、捕捉された試料を すべて取り出す必要が生じる。試料を導入する方向 とは逆方向の流れを形成すると捕捉された試料を捕 捉している位置より取り出すことが可能である。た だ、前述したマイクロ流路における流量比を変化させ ることによる試料の捕捉原理より、逆向きの流れに よって試料が捕捉位置の狭窄部分に流れ込み、流路中 から取り出しができないという問題点があった。こ れを解決するために、狭窄部分付近にマイクロピラー を設置することで、粒子の進行方向をずらす機能を付 加し、試料を捕捉時とは逆向きの流れを導入すること で、試料捕捉部位に詰まらせることなくすべて取り出 すことに成功している10)(図2(e))。 その他にも、一つの捕捉部位において複数種類の試 料を隣接させてアレイ化するデバイスも考案されて いる。これまでダイナミックマイクロアレイにおけ る一つの試料のアレイ化が主流であったが、捕捉部位 において観察できる試料が一つのみに限られるとい う課題が挙げられていた。そこでこれまでの流路の パターンを線対称に張り合わせることで、二種類の試 料を接着させるデバイス24)(図2(f))や、捕捉部分の体 6─まとめ 本稿では、細胞やマイクロ構造体のアレイ化を実現 するダイナミックマイクロアレイについて論じた。 従来の細胞アッセイ方法は、シャーレなどのバルク 系での培養と解析による大多数の細胞の平均的な定 量的データを得ることが主流であった。また一細胞 を単離する際にもマニピュレータなどで一つ一つの 細胞を個別にハンドリングするという労力が必要で あった。そこで本流路は試料を捕捉する捕捉部位、そ こを流れるトラップ流路、迂回するバイパス流路を組 み合わせてできており、細胞のようなマイクロサイズ の試料を流路中で詰まらせることなく一括で操作し、 アレイ化することに成功している。これによりアレ 16 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E TOPIC/ SC IENC E イ化したい目的の試料の数が少ない場合でも、流路中 に形成される流れによって高速かつ一括的に捕捉して 観察でき、かつアレイ化した試料の中から一つだけお 気に入りの試料を選んで回収することが可能となる。 また二種類以上の試料の隣接配置も可能であるので、 異種細胞における様々な相互作用の観察への応用が行 われている。さらに捕捉試料はマイクロビーズに限ら ず、一細胞やマイクロ液滴、マイクロカプセル、微小組 織体など、様々なマイクロサイズの試料のアレイ化を 実現するデバイスにも応用されているため、多様な生 体材料への応用が期待される。本デバイスは、解析し たい生体材料の数に限りがありそれらを無駄なく回収 し、培養、観察、解析の手順の効率化を図りたい場合に、 非常に有効なプラットフォームとなるであろう。 13) Skelley A M , K irak O, Suh H , Jaenisch R , Voldman J Microfluidic control of cell pairing and fusion. Nature Methods 6: 147-152. 2009 14) Shi W, Qin J, Ye N, Lin B Droplet-based microfluidic system for individual Caenorhabditis elegans assay. Lab Chip 8: 1432-1435. 2008 15) Chiu DT Interfacing droplet microfluidics with chemical separation for cellular analysis. Anal Bioanal Chem 397: 3179-3183. 2010 16) Sgro AE , Chiu DT Droplet freezing, docking, and the exchange of immiscible phase and surfactant around frozen droplets. Lab Chip 10: 1873-1877. 2010 17) Kobel S, Valero A, Latt J, Renaud P, Lutolf M Optimization of microfluidic single cell trapping for long-term on-chip culture. Lab Chip 10: 857-863. 2010 18) Z heng Y, S u n Y M ic r of lu id ic dev ic e s for me ch a n ic a l characterisation of single cells in suspension. Micro & Nano Letters 6: 327-331. 2011 19) Frimat JP, Becker M, Chiang YY, Marggraf U, Janasek D, et al. A microfluidic array with cellular valving for single cell co-culture. Lab Chip 11: 231-237. 2011 20) Chung K, Rivet CA, Kemp ML, Lu H Imaging single-cell signaling dynamics with a deterministic high-density singlecell trap array. Analytical Chemistry 83: 7044-7052. 2011 21) Z hu Z , Frey O , O t t oz D S , Rudo l f F, H ierlem a n n A Microfluidic single-cell cultivation chip with controllable immobilization and selective release of yeast cells. Lab Chip 12: 906-915. 2012 22) Amador C, Gavriilidis A, Angeli P Flow distribution in different microreactor scale-out geometries and the effect of manufacturing tolerances and channel blockage. Chemical Engineering Journal 101: 379-390. 2004 23) Oh KW, Lee K, Ahn B, Furlani EP Design of pressure-driven microfluidic networks using electric circuit analogy. Lab Chip 12: 515-545. 2012 24) Teshima T, Ishihara H, Iwai K, Adachi A, Takeuchi S A dynamic microarray device for paired bead-based analysis. Lab Chip 10: 2443-2448. 2010 25) Tonooka T, Teshima T, Takeuchi S . AR RAY I NG AND SHUFFLING TRIPLE MICROBEADS WITH DYNAMIC MICROARRAY DEVICE; 2011 October 2-6, 2011; Seattle, USA. Proceedings of the conference, microTAS2011. pp. 1636-1638. 26) Chung K, Kim Y, Kanodia JS, Gong E, Shvartsman SY, et al. A microfluidic array for large-scale ordering and orientation of embryos. Nature Methods 8: 171-176. 2011 参考文献 1) Gunderson KL, Kruglyak S, Graige MS, Garcia F, Kermani BG, et al. Decoding randomly ordered DNA arrays. Genome Res 14: 870-877, 2004 2) Heller RA, Schena M, Chai A, Shalon D, Bedilion T, et al. Discovery and analysis of inflammatory disease-related genes using cDNA microarrays. Proc Natl Acad Sci U S A 94: 2150-2155. 1997 3) Rettig JR, Folch A Large-scale single-cell trapping and imaging using microwell arrays. Analytical Chemistry 77: 5628-5634. 2005 4) Deutsch A, Zurgil N, Hurevich I, Shafran Y, Afrimzon E, et al. Microplate cell-retaining methodology for high-content analysis of individual non-adherent unanchored cells in a population. Biomed Microdevices 8: 361-374. 2006 5) Ta n W H , Ta keuch i S A t rap - a nd -relea se i nteg rated microfluidic system for dynamic microarray applications. Proc Natl Acad Sci U S A 104: 1146-1151. 2007 6) Di Carlo D, Wu LY, Lee LP Dynamic single cell culture array. Lab Chip 6: 1445-1449. 2006 7) D i C a rlo D, Aghd a m N , L ee L P S i ng le - cel l en z y me concentrations, kinetics, and inhibition analysis using highdensity hydrodynamic cell isolation arrays. Analytical Chemistry 78: 4925-4930. 2006 8) Huebner A, Bratton D, Whyte G, Yang M, Demello AJ, et al. Static microdroplet arrays: a microfluidic device for droplet trapping, incubation and release for enzymatic and cell-based assays. Lab Chip 9: 692-698. 2009 9) Morimoto Y, Tan WH, Tsuda Y, Takeuchi S Monodisperse semi-permeable microcapsules for continuous observation of cells. Lab Chip 9: 2217-2223. 2009 10) Iwai K, Tan WH, Ishihara H, Takeuchi S A resettable dynamic microarray device. Biomed Microdevices 13: 1089-1094. 2011 11) Tan WH, Takeuchi S Dynamic microarray system with gentle retrieval mechanism for cell-encapsulating hydrogel beads. Lab Chip 8: 259-266. 2008 12) 石原宏尚, 竹内昌治 誘電泳動機能を有するダイナミックマイクロア レイ. 化学とマイクロ・ナノシステム 9: 13-17. 2010 手島 哲彦 てしま・てつひこ 東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 兵庫県生まれ 東京大学 農学部卒 東京大学大学院 総合文化研究科 修士課程修了 専門はMEMS 竹内 昌治 たけうち・しょうじ 東京大学 生産技術研究所 准教授 東京都生まれ 東京大学卒 東京大学大学院 博士課程修了 工学博士 専門はマイクロナノテクノロジー 17 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T O P I C /A R T I C L E 近赤外線スペクトロスコピー(光トポグラフィー) 検査による抑うつ状態の鑑別診断 (独)国立精神・神経医療研究センター 病院 臨床検査部長 精神科外来医長(兼任) IBIC画像診断治療研究部 臨床神経生理研究室 室長(兼任) 吉田 寿美子 る。現在のところ、光トポは精神医療分野で唯一の客 観的指標となっている。 1─はじめに 世界的に自殺は多く、自殺率は10万人につき15.1人 とされ(15歳~ 34歳の年齢群で死亡原因の上位3位) 世界公衆衛生上の大きな問題となっている。日本で は警察庁生活安全局の報告によると中高年の自殺増 加に伴い、2003(平成15)年の自殺既遂者(自殺を 図り死亡した者)は3万4千人とピークを迎え現在も3 万2 ~ 3千人前後で推移し、自殺率は人口10万人につ き25人を超えて、先進諸国の中でも特に自殺が多い。 同庁の2007(平成19)年の調査によると、自殺の要因 の半数以上はうつ病・統合失調症・アルコール依存 症などの精神疾患で、特にうつ病が精神疾患の約80% を占めると報告されている。 一方、厚生労働省の2008(平成20)年の調査では、 精神疾患の患者は323万人にのぼり、237万人の糖尿 病、152万人のがんなど他の4大疾病を大幅に上回っ た。このような精神疾患の増加を受け同省は2011(平 成23)年7月6日に精神疾患を、がん、脳卒中、急性心筋 梗塞、糖尿病と並ぶ「5大疾患」と位置づけ、重点的対 策を行う方針を示している。 このように精神医療の重要性が認識されてきてい る。しかし、精神疾患の原因は研究においては様々な 病因や病態の可能性が明らかになっているが、未だに それが臨床応用にまで至っていない。診断も精神科 医による問診が中心で、(除外診断で行われる頭部画 像検査や血液検査を除いては)客観的な検査に基づ く診断はなかった。このような状況下、2009(平成 21)年4月に「光トポグラフィー検査を用いたうつ症 状の鑑別診断補助」として、光トポグラフィー検査は 精神医療分野で初めて厚生労働省から先進医療の承 認を受けた。先進医療は評価医療であり保険診療で はないため認可された病院のみで検査が行われてい る(現時点で15施設;表 )。検査費用は概ね1万3千円 前後で、他の保険診療との混合診療として行われてい 2─光トポグラフィー検査とは? 光トポは正式名称を近赤外線スペクトロスコピー (near-infrared spectroscopy; NIRS、以降NIRSと略) と呼び、近赤外光という光が生体を通過する際に血液 中のヘモグロビン(Hb)に吸収される事を利用して、 生体の血液量を非侵襲的に測定する方法論である。 この方法を頭部に応用すると、頭表から2 ~ 3cmの範 囲の脳血流量の変化を測定でき、脳賦活量を捉える事 が出来る1)。このように光トポは脳活動を反映するこ とから、既に2002(平成14)年に脳外科分野で保険収 載されており、脳の言語優位半球の同定やてんかん焦 点の計測に使われている。 NIRSは、長所として①近赤外光を用いるので侵 襲性がない、②時間分解能が高い、③装置が比較的 廉価で移動が可能、④座位など自然な姿勢で検査が 可能、⑤認知課題などの課題を行いながら検査が 可能である事が挙げられる。一方、①空間分解能が 1 ~ 3cmと低い、②脳深部の血流量の計測が出来な 表 平成24年5月時点で先進医療を行っている施設(認可順) 都道府県名 群馬県 東京都 東京都 大阪府 鳥取県 山口県 栃木県 東京都 福島県 新潟県 千葉県 京都府 島根県 東京都 石川県 18 施 設 名 群馬大学医学部附属病院 東京大学医学部附属病院 国立精神・神経医療研究センター病院 近畿大学医学部附属病院 鳥取大学医学部附属病院 山口大学医学部附属病院 自治医科大学附属病院 都立松沢病院 公立大学法人福島県立医科大学附属病院 医療法人楽山会 三島病院 学校法人日本医科大学 千葉北総病院 独立行政法人国立病院機構 舞鶴医療センター 島根大学医学部附属病院 東京警察病院 金沢医科大学病院 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T O P I C /A R T I C L E い、③相対的な血流変化しかとらえられない、④頭皮 や筋肉、頭蓋骨の関与も含まれるので、脳活動を反映 する課題の工夫が必要であるなどが短所として挙げ られる2)。このような特徴を有するNIRSは内科分野で の心電図や超音波検査に似ている(図1)。 精神疾患の原因として前頭葉の機能障害が深く関 与していると想定されている3)。脳磁気共鳴画像法 (magnetic resonance imaging, MRI)やポジトロン 断 層 法(positron emission tomography;PET) な どの手法を用いて前述の仮説を支持する報告は多い。 一方、NIRSを用いた検討でも精神疾患での前頭葉機 能低下を確認しており、 総説としてまとめられている4)。 光トポはこの前頭葉機能の低下のパターンがうつ 病・双極性障害・統合失調症で異なる事に着眼し、鑑 別診断補助に役立てるものである。 以上から、今のところNIRSはあくまで診断補助検 査であり、原因究明に直接結びつくものではなく、ま してや治療の一種でもない事を強調したい。 fluency task; VFT)である。具体的には、まず、「始 め、あいうえお」という音声指示により、「あいうえ お」の発声を30秒繰り返し、ベースラインとする。そ の後、音声指示した頭文字で始まる言葉について口頭 でなるべく多く答える事を求める事を20秒毎に3回繰 り返し、最後に「止め、あいうえお」の音声指示で「あ いうえお」を70秒繰り返す。このように短時間で簡 単な課題を用いることで比較的重い精神疾患を有す る患者でも検査を受けやすいように工夫されている。 NIRSの波形(図2):近赤外線で捉えられる波形は酸 素化Hb濃度変化量(oxyHb)、脱酸素化Hb濃度変化量 (deoxyHb)、総Hb濃度変化量(totalHb)の3種類で、 通常の検査ではoxyHbを赤色、deoxyHbを青色で示 し、totalHbは表示しない。検査全体を通したoxyHb 変化パターンに注目して精神疾患の鑑別補助に用い ている。注目するのは前頭部から得られるデータで、 ①全体的な賦活の大きさ、②課題全体を通じた賦活の タイミング、③課題初期の賦活のスムーズさ、の3点で ある。 3─うつ状態の鑑別診断補助の実際 検査対象患者:①うつ症状を有している、②ICD-10の F2(統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害)、 F3(気分(感情)障害)のいずれかであることが強 く疑われる患者が対象となり、器質性・神経・身体疾 患に伴う抑うつなどは適応外である。細かい点であ るが、日本語を母国語としない患者も対象外となるの で、注意されたい。 検査課題:群馬大学で開発された課題を全国で統一 して用いている。それは指定された頭文字で始まる 語を回答する(letter fluency)言語流暢性課題(verbal 典型的な健常者のパターン:課題開始後、前頭部oxyHb は速やかに十分量増加し、課題の前半から中盤に賦活 のタイミングを迎え、課題終了後はベースラインに戻 る。 典型的なうつ病パターン:課題開始後、前頭部oxyHbは 速やかに増加するものの、賦活量は小さく、前半から中 盤に賦活のタイミングを迎え、課題終了後ベースライ ンに戻る。 典 型 的 な 双 極 性 障 害 パ タ ー ン: 課 題 開 始 後、 前 頭 部 oxyHbは緩やかに増加し、課題後半に賦活のタイミン グを迎え、その後緩やかにベースラインに戻る。 典 型 的 な 統 合 失 調 症 パ タ ー ン: 課 題 開 始 後、 前 頭 部 oxyHbは緩やかに増加し、賦活量は小さく、課題後半に 賦活のタイミングを迎え、課題終了後に再度上昇する。 oxyHb, total Hb NIRS波形 賦活反応性 健 常 者 明瞭(賦活に応じて) う つ 病 減衰(初期以降) 双極性障害 遅延(大きさは保存) 統合失調症 非効率(再上昇有り) 課題負荷 deoxyHb 図1 NIRS検査風景 図2 NIRS波形 19 福田ら , 2012を一部改変 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T O P I C /A R T I C L E 前頭部における課題全体を通じた賦活のタイミン グとは、賦活の大きい時点が課題前半/課題後半/課題 終了後のいずれかという点である。健常者ではその ピークが課題前半から課題中盤であることが多く、 ピークが課題終了前後あるいは課題終了後にある場 合には、統合失調症や双極性障害であることが多い。 課題初期の賦活のスムーズさは、波形の最初の部分 の傾き(立ち上がり方;速やか又は緩やか)として 表れる。うつ病では賦活の大きさは小さくても、この 部分の傾きは速やかであることが多いので、細かな観 察が重要である。この傾きが小さく全体の賦活も小 さい場合には統合失調症を、傾きは小さいが賦活の増 加が緩やかに続いて全体として大きい場合には双極 性障害を考える5)。 4─自動解析 上記の結果は各疾患についての群平均データの特 徴をもとにした視察による判定であるが、個別デー タの定量的な特徴抽出も進められている。具体的に は、①前頭前野背外側面にほぼ対応する前頭部11チャ ンネルの平均波形を算出し、②得られた[oxy-Hb]平均 波形について、課題区間における[oxy-Hb]増加の累積 (積分値)と課題開始前~課題終了後の区間における [oxy-Hb]増加の時間軸上のタイミング(重心値)の2 パラメータを自動抽出し、③積分値と重心値の2パラ メータの組合せにより、波形パターンを5分類する。 2つのパラメータのうち、積分値は脳賦活の大きさ を表わす指標で、もうひとつは、脳賦活のタイミング を表わす指標である。 こうしたパラメータの自動抽出にもとづく解析に おいては、①複数チャンネルを平均した波形にもとづ くもので、チャンネルごとの波形の相違を考慮してい ない、②上記の2つのパラメータ以外の特徴を考慮し ていないなどの問題が残っている(図3)5)。まだまだ 自動解析は研究途上にあるので、当施設では視察判定 と併用することで鑑別診断の精度を上げる事に役立 てている。 う つ 病 評 価 尺 度(GRID Hamilton Rating Scale for Depression 21-item; GRID HAMD-21)6) で軽度以上の 「うつ状態」を示す患者は110名(約20%)、中等度以 上の「うつ状態」を示す患者は50名(約10%)であった。 この状況に鑑みると、患者のみならず紹介状を作成す る精神科医師もNIRSの趣旨を良く理解できておらず に検査を希望しているように感じる。しかしながら、 うつ病と双極性障害に焦点を絞り、中等度以上の「抑 うつ状態」を示す患者に限定すると、その判別率はう つ病で約70%、双極性障害で約80%と良好な判別率を 示した7)。両障害の判別率は各々 68.6%、81.3%であっ たという既報 8)とほぼ同等であった。既報では既に確 定診断の明らかな患者を対象としているが、我々の対 象者は最終的な診断が確定していない。そのため、少 なくともNIRSを用いてうつ病と双極性障害の判別を 行う際にはHAMD得点を十分考慮に入れる(中等度 以上の抑うつ状態である事確認する)必要性がある と考えられた。また、31年間うつ病患者の追跡調査 を行ったところ19.6%の患者が双極型に移行するとい う報告 9)を踏まえると、理論的には最大でもうつ病の 判別率は80%以下が妥当であり、うつ病と診断された 患者でNIRSでは双極性障害パターンを示す一群が将 来かなりの割合で双極性障害へ移行する可能性も示 唆している。つまり、NIRSはうつ病と双極性障害の 鑑別のみならず、将来の病像予測因子の候補となる可 能性もある。 一方、臨床検査という観点に立つと、代表的な腫瘍 マーカーであるCA19-9の膵臓癌での陽性率は80%前 後、CA-27の乳がんでの陽性率は65%程度である事10) を考慮すると、NIRSは臨床検査として遜色ない判別 率を示していると考えられる。実際に2012(平成24) 年1月19日に開催された第62回先進医療専門家会議で はNIRSは2011(平成23)年度分の評価として、有効 性96%(全検査数703症例)の結果を得ており、今後 は保険収載への移行が期待されている。 パターン 1 パターン 2 パターン 3 パターン 4 パターン 5 5─先進医療適応後の状況と成果 当院では2009(平成21)年10月から、先進医療とし てNIRSを開始した。電話予約の上、主治医の診断書を 持参して受診し、当院精神科医の診察後に検査を行っ ている。この申し込み方法にも問題があるのか、全 体の約40%が適応外の患者である。適応外の診断と しては適応障害・強迫性障害・発達障害・人格障害 などで中には抑うつ状態を伴わない症例も少なくな い。実数を見ると2009(平成21)年10月5日から2011 (平成23)年10月4日までにNIRSを受診した患者は総 計524名で、そのうちうつ病・双極性障害・統合失調 症の患者は318名(約60%)、適応疾患でもハミルトン 重心値 パターン 4 パターン 2 症 害 調 病 性障 群 失 常 合 うつ 双極 健 大 統 パターン 5 パターン 3 積分値 パターン 1 図3 自動解析 20 波形パターン J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T O P I C /A R T I C L E には限界があることも示した。 最後に、日本発で世界初の精神科領域の客観的検査 であるNIRSを患者・家族・医療関係者の皆様で暖か く見守り、育てて下さるようにこの場をお借りして心 からお願い申し上げます。 6─実際の医療現場での経験から 患者の反応:NIRSを受けた患者の多くは目で見える 結果に満足して、自分の治療に前向きな姿勢を示し、 アドヒアランスを向上させている。家族も客観的な データを示されると患者の病気を理解・受容しやす くなるなどの大きな利点がある。一方、臨床上は診断 が明白にも拘らず、NIRS診断が臨床診断と異なった 場合、特に光トポでうつ病・双極性障害・統合失調症 のいずれにも当てはまらないパターンを示した場合、 患者は「自分は病気ではない」と主張する事があり、 却って治療の妨げになる場合も少数ながら経験して いる。この場合、全ての医療は臨床症状が基本であ る事を粘り強く説明しているが、このような事例は NIRSの欠点と言える。 医師の反応:長引く抑うつ状態の患者がNIRSで双極 性障害パターンを示した場合は、病歴の再検討で実は 双極性障害だったと診断を見直し、治療方針を変える 事で症状が軽快したという感想を聞く機会が多い。 医師が病歴や治療方針を再検討する良い機会になる というのが医師側の最大の利点と思われる。一方、 NIRS の結果を鵜呑みにしてしまい却って治療が上手 くいかない医師も少ないながら存在し、欠点となる事 がある。 いずれにせよ、患者・家族・医師共に全ての医療の 基本は臨床症状である事を再考頂ければ、このような 欠点は克服可能と信じている。 参考文献 1) 福田正人、三国雅彦:うつ病のNIRS研究. 医学のあゆみ 219(13): 1057-1062, 2006 2) 福田正人 監修,心の健康に光トポグラフィー検査を応用する会 編 集:NIRS波形の臨床判読 先進医療「うつ症状の光トポグラフィー 検査」ガイドブック.中山書店,2011 3) Andreasen NC, Paradiso S , O’Leary DS . “Cognitive dysmetreia”as an integrative theory of schizophrenia: A dysfunctionin cortical-subcortical-cerebellar circuitry? Schizophr Bull 24: 203-218, 1998 4) Dielar AC, Tupak SV, Fallgatater. Functional near-infrared spectroscopy for the assessment of speech related tasks. Brain Lang 121: 90-109, 2012 5) 福田正人、吉田寿美子、杉村有司、小川勝、大渓俊幸、樋口智江、内 山智恵、安井多美子:光トポグラフィー検査(NIRS)による脳機 能測定. 検査と技術40: 182-188, 2012 6) Kalali A, Williams JBW, Kobak KA, Lipsitz J, Engelhardt N, Evans K, et al. The new GRID HAM-D: pilot testing and international field trials. International Journal of Neuropsychopharmacology 5: s147-8, 2002; 7) 吉田寿美子、野田隆政、松田太郎:精神神経疾患の診断・治療反 応性のバイオマーカーとしての光トポグラフィーに関する研究.国 立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費(21 委-9) 精神・神経疾患のバイオマーカーの探索と臨床応用に関する研究 総括研究報告書(平成21年度~平成23年度)2012; 12-13 8) 福田正人編:精神疾患とNIRS-光トポグラフィー検査による脳機 能イメージング.中山書店,2009 9) Fiedorowicz JG et al: Subthreshold hypomanic syndromes in progression from unipolar major depression to bipolar disorder. Am J Psychiatry 168: 40-48, 2011 10) Perkins, G.; Slater, E.; Sanders, G.; Prichard, J: "Serum tumor markers". American Family Physician 68: 1075-1082, 2003 7─光トポ講習会・判読セミナー 当院は光トポを精神疾患の鑑別に利用する臨床検 査技師・医師等に、その知識・情報・ 所見を提供し、 NIRSを用いた精神疾患診断支援の手法の普及・促進 を図る事を目的として2010(平成22)年12月に第1回 講習会を開催した。講習会は基本的なNIRSの知識と 実習を行う入門編で、翌2011(平成23)年からは講習 会に加えてNIRS波形判読に焦点を絞った上級編の判 読セミナーも開催している。これらの講習会やセミ ナーが、検査や判読が日本全国で一定の標準以上で適 切に運用される一助になり、精神疾患についての医療 をより発展させ、精神疾患患者の医療・福祉に資する ことを目指している。 8─終わりに 平成21年に先進医療として認可されたNIRSの概要 を述べ、当院での先進医療の現状と成果を述べた。適 応疾患と状態像を把握・理解して検査を鑑別診断補 助として使用する事は有用であり、今後は保険収載へ の移行が期待されている。しかしながら、うつ病と双 極性障害に焦点を絞って検討してみても、その判別率 吉田 寿美子 よしだ・すみこ (独)国立精神・神経医療研究センター 病院 臨床検査部長 精神科外来医長(兼任) IBIC画像診断治療研究部 臨床神経生理研究室 室長(兼任) 埼玉県生まれ 山形大学 医学部卒 医学博士 専門は生物学的精神医学(含NIRS)、 リエゾン精神医学 21 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T O P I C /A R T I C L E 経頭蓋磁気刺激(TMS)によるうつ病の治療 杏林大学 医学部 精神神経科学教室 講師 鬼頭 伸輔 検証した抗うつ機序を述べる。 1─はじめに うつ病の身体療法としては、抗うつ薬による薬物療 法と電気けいれん療法が確立されている。本邦でも、 従来の抗うつ薬である三環系抗うつ薬に加え、選択 的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor: SSRI)やセロトニン・ノルアド レナリン再取り込み阻害薬(serotonin noradrenaline reuptake inhibitor: SNRI)、ノルアドレナリン作動性・ 特 異 的 セ ロ ト ニ ン 作 動 性 抗 う つ 薬(noradrenergic and specific serotonergic antidepressant: NaSSA) などの抗うつ薬が上市されている。これらの抗うつ 薬は、うつ病の治療戦略において中心的役割を担って いるが、それぞれの薬理学的作用から、個々の抗うつ 薬に特有の副作用や忍容性の問題が知られている。 一方、電気けいれん療法は、その優れた抗うつ効果と 即効性は、多くの臨床家の知るところである。総合病 院では、無けいれん性の修正型電気けいれん療法が広 く普及し、安全性は格段に向上している。それでもな お、麻酔および筋弛緩薬の導入に関するリスク、健忘、 易再発性の問題は少なからず存在し、修正型電気けい れん療法の実施の際には、患者、家族に言及している ことと思われる。 経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation: TMS)は、忍容性、安全性に優れた抗うつ療法であり、 うつ病の新たな治療オプションとして期待されてい る。2008年10月、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration: FDA)は、1種類の抗うつ薬に反応 しない治療抵抗性うつ病を対象とする条件付きで、 NeuroStar TMS Therapy System(Neuronetics Inc., PA, US)を認可した。TMSは、米国精神医学会やカ ナダ精神医学会、世界生物学的精神医学会などのガイ ドラインに治療抵抗性うつ病の治療オプションとし て提示されている。本稿では、TMSによるうつ病治 療の有効性と安全性について概説し、脳画像研究から 2─経頭蓋磁気刺激 TMSは、コイルに瞬間的な電流を流して磁場を形 成し、それに伴って生じる誘導電流によって、主に大 脳皮質の神経細胞の神経軸索を刺激する方法である1)。 TMSは、非侵襲的かつ限局的に大脳皮質を刺激し、皮 質や皮質下の活動性を変化させる1)。従来は、おもに 神経生理学的領域の検査方法として、利用されてきた が、10 ~ 20Hzの高頻度刺激が皮質の活動性を増強し、 1Hzの低頻度刺激が皮質の活動性を抑制することか ら1,2)、精神神経疾患の治療に臨床応用されている。現 在までに、脳梗塞、パーキンソン病、うつ病、ジストニ ア、耳鳴、神経因性疼痛、てんかん、筋萎縮性側索硬化 症、統合失調症、物質依存症、強迫性障害、心的外傷後 ストレス障害、トゥレット症候群、記憶障害などの疾 患に試され1)、なかでも、うつ病に関する研究報告は多 い。TMSによるうつ病治療には、大きく2つの方法が ある。左背外側前頭前野を高頻度刺激する方法と右 背外側前頭前野を低頻度刺激する方法である1,3)。ど ちらの刺激方法も、複数の二重盲検ランダム化試験に よって、その抗うつ効果が実証されている4-11)。各種の ガイドラインでは、前者の刺激方法について言及して いることが一般的であるため、本稿でも、左背外側前 頭前野への高頻度刺激に関する有効性と安全性につ いて概説する。 3─経頭蓋磁気刺激の有効性 1993年 にHöflichら が 薬 剤 抵 抗 性 う つ 病 を 対 象 に TMSを 応 用 し た 治 療 を 試 み て い る12)。1995年 に は Georgeらが左背外側前頭前野に連続刺激を行い、う つ病の治療法としての有効性を報告した13)。以降、う つ病患者を対象とした左背外側前頭前野への高頻度 刺激が数多く報告されるようになったが、当初の臨床 22 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T O P I C /A R T I C L E 研究では、刺激強度や、刺激回数、刺激日数が不十分で あったため、統計学的に有意な抗うつ効果が示されな いこともあった14)。しかし、十分な刺激条件で実施さ れたsham刺激を比較対照とする二重盲検ランダム化 試験では、あらためて左背外側前頭前野への高頻度刺 激の抗うつ効果が実証されている5-7)。 2008年10月、米国FDAは、治療抵抗性うつ病を対象 に NeuroStar TMS Therapy System(Neuronetics Inc., PA, US、図1)を条件付きで承認した。承認の根 拠となった研究には、米国、オーストラリア、カナダの 23施設が参加し、301名の大うつ病患者がactive刺激 群(n=155) とplaceboで あ るsham刺 激 群(n=146) に 割 り 付 け ら れ た6)。 左 背 外 側 前 頭 前 野 に1日3,000 発、 週5日、4週 か ら6週 間、10 Hz、120 % MTの 刺 激が行われた6)。うつ症状は、Montgomery-Asberg Depression Rating Scale(MADRS)、Hamilton Depression Rating Scale(HAMD)17項目とHAMD 24項目で評価された。HAMD 17項目と24項目では4 週間と6週間のいずれもsham刺激群と比較し、active 刺激群では有意な抗うつ効果を示したが、主要評価尺 度であるMADRSでは、4週間と6週間のいずれも有 意な抗うつ効果を示さなかった6)。これによって、米 国FDAの承認は一時見送られたが、現在のうつ病エ ピソードにおいて、1種類の適切な抗うつ薬に反応し ない患者群と2 ~ 4種類の適切な抗うつ薬に反応しな い患者群に分けて再解析を行った結果、前者では2週 間、4週間、6週間のいずれもsham刺激群と比較し、 active刺激群では有意な抗うつ効果を示した6,15)。さ らに1種類の抗うつ薬に反応しない患者群のsham刺 激に対するactive刺激のeffect sizeは0.83(95%信頼 区間、0.20 ~ 1.48)、2 ~ 4種類の抗うつ薬に反応し ない患者群のeffect sizeは0.42(95%信頼区間、0.30 ~ 1.15)であり6,15)、最終的に1種類の適切な抗うつ薬 に反応しない治療抵抗性うつ病患者を対象とする条 件付きでNeuroStar TMS Therapy Systemが承認さ れた。この二重盲検ランダム化試験におけるうつ病 の寛解率は、active刺激群でMADRS 14.2%、HAMD 24項目 17.4%、sham刺激群でMADRS 5.5%、HAMD 24項目 8.2%であった6)。さらにうつ病が寛解しない患 者には、6週間のTMSが非盲検下で行われ、寛解率は、 MADRS 31.7 %、HAMD 24項 目42.3 % で あ っ た 16)。 より最近の国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)の資金援助により実施された二重盲 検ランダム化試験では、190名の大うつ病患者が参 加し3週間から6週間のTMSが行われ、active刺激群 の寛解率は、HAMD 24項目 14.1%、sham刺激群の 寛解率はHAMD 24項目 5.1%であり、続いて行われ た非盲検下での6週間のTMSを受けた後の寛解率は、 active刺激が先行する患者では30.2%、sham刺激が先 行する患者では29.6%であり7)、O’Reardonら6)の研究 報告を支持する結果となった。Georgeらは、Am J Psychiatry誌のなかで、うつ病の急性エピソードへの 最初の抗うつ薬による適切な薬物療法に反応しない、 あるいは忍容性のない中等度のうつ病患者に対して、 週5日、4週間から8週間のTMSを推奨している17)。 4─経頭蓋磁気刺激の安全性 TMSの副作用には、頭痛、刺激部位の不快感などの 頻度が比較的多いが、これによってTMSが中止に至 ることは少ない。190名の大うつ病患者の左背外側前 頭前野に高頻度刺激を行った研究の副作用報告では、 頭痛の頻度は、active刺激群では32%、sham刺激群 では23%であり、刺激部位の不快感は、active刺激群 では18%、sham刺激群では10%であった7)。しかし、 頭痛も刺激部位の不快感も、active刺激群とsham刺 激群では、統計学的に有意な差は認められなかった7)。 TMSの重篤な副作用としては、けいれん発作の誘発が 理論上 報告されている18)。TMSによるけいれん発作は、 は刺激中か刺激直後に起きると考えられている18)。米 国では、2008年10月から2012年4月までに、約8,000人 のうつ病患者が、NeuroStar TMS Therapy System による治療をおよそ250,000回受けている(平均31.25 回、平均6週)。けいれん発作の報告は、6件であり、う つ病患者1人あたりのけいれん発作の頻度は、0.1%未 満、TMS 1回(1日)あたりの頻度は、0.003%未満と 推定される。 図1 NeuroStar TMS Therapy System 可動型のコンソールとリクライニングシート、 コイルから構成される(著者提供)。 23 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T O P I C /A R T I C L E これらの抗うつ機序の違いから、左背外側前頭前野へ の高頻度刺激に反応しないうつ病患者でも、右背外側 前頭前野への低頻度刺激に反応する可能性が考えら れる。 5─経頭蓋磁気刺激の抗うつ機序:TMS-SPECT研究 脳機能画像研究から、うつ病では、背外側前頭前野、 前部帯状回、前頭葉眼窩野、梁下野、扁桃体などの脳領 域の異常が報告されている19)。これらの知見は、研究 報告によって必ずしも一致しないが、左背外側前頭前 野の低活動性は比較的共通している20)。 著者らのグループは、うつ病患者を対象にTMSを行 い、その前後でSPECTを撮像、抗うつ機序を検証し、 左背外側前頭前野への高頻度刺激の抗うつ効果は、左 背外側前頭前野、前部帯状回、左梁下野、基底核など の脳血流の増加と相関していることを明らかにした 21) (図2) 。一方、右背外側前頭前野への低頻度刺激の抗 うつ効果は、右背外側前頭前野、前頭葉眼窩野、梁下野 などの脳血流の減少と相関していることを報告した 22) (図3) 。これらの知見は、高頻度刺激は、うつ病患者 に見られる背外側前頭前野の低活動性に亢進的に作 用することによって、うつ病が改善している可能性を 示唆し、一方、低頻度刺激は、前頭葉眼窩野、梁下野な どの領域の過活動性に抑制的に作用することによっ て、うつ病が改善している可能性を示唆する。また、 6─経頭蓋磁気刺激の今後の課題 単極性うつ病への左背外側前頭前野への高頻度刺 激は、複数の二重盲検ランダム化試験によって、その 抗うつ効果が実証されているが、双極性うつ病への有 効性と安全性は、いまだ十分に検証されていない。双 極性うつ病(双極性障害、大うつ病エピソード)に対 する薬物療法は、一部の気分安定薬と非定型抗精神病 薬に限られ、抗うつ薬の使用については、是非の分か れるところである。左背外側前頭前野への高頻度刺 激と右背外側前頭前野への低頻度刺激では、どちらが より適切な刺激方法なのか、有効性だけではなく、躁 転のリスクも含めた評価が必要である。また、現在ま でのところ、TMSによるうつ病治療には、週5日、4週 間から8週間の左背外側前頭前野への高頻度刺激が推 奨されている。実際の臨床では、より迅速にうつ病を 図2 うつ症状の改善と相関のみられた脳血流の増加部位 左背外側前頭前野への高頻度刺激では、左前頭前野、前部帯状回、前頭葉眼 窩野、左梁下野、基底核の脳血流の増加に相関が認められた(文献21より)。 図3 うつ症状の改善と相関のみられた脳血流の減少部位 右背外側前頭前野への低頻度刺激では、右前頭前野、前頭葉眼窩 野、梁下野の脳血流の減少に相関が認められた(文献22より)。 24 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T O P I C /A R T I C L E 改善させることが期待されるため、さらなる刺激条件 の改良が求められる。 transcranial magnetic stimulation (rTMS) treatment for depression improved? A systematic review and meta-analysis comparing the recent vs. the earlier rTMS studies. Acta Psychiatr Scand 116: 165-173, 2007. 15) Lisanby SH, Husain MM, Rosenquist PB, et al. Daily left prefrontal repetitive transcranial magnetic stimulation in the acute treatment of major depression: clinical predictors of outcome in a multisite, randomized controlled clinical trial. Neuropsychopharmacology 34: 522-534, 2009. 16) Avery DH, Isenberg KE, Sampson SM, et al. Transcranial magnetic stimulation in the acute treatment of major depressive disorder: clinical response in an open-label extension trial. J Clin Psychiatry 69: 441-451, 2008. 17) George MS, Post RM. Daily left prefrontal repetitive transcranial magnetic stimulation for acute treatment of medication-resistant depression. Am J Psychiatry 168: 356-364, 2011. 18) Rossi S , Hallett M , Rossini PM , et al. Sa fety, ethical considerations, and application guidelines for the use of transcranial magnetic stimulation in clinical practice and research. Clin Neurophysiol 120: 2008-2039, 2009. 19) Drevets WC, Price JL, Furey ML. Brain structural and functional abnormalities in mood disorders: implications for neurocircuitry models of depression. Brain Struct Funct 213: 93-118, 2008. 20) Fitzgerald PB, Oxley TJ, Laird AR, et al. An analysis of functional neuroimaging studies of dorsolateral prefrontal cortical activity in depression. Psychiatry Res 148: 33-45, 2006. 21) Kito S, Fujita K, Koga Y. Changes in regional cerebral blood flow after repetitive transcranial magnetic stimulation of the left dorsolateral prefrontal cortex in treatment-resistant depression. J Neuropsychiatry Clin Neurosci 20: 74-80, 2008. 22) Kito S, Hasegawa T, Koga Y. Neuroanatomical correlates of therapeutic efficacy of low-frequency right prefrontal transcranial magnetic stimulation in treatment-resistant depression. Psychiatry Clin Neurosci 65: 175-182, 2011. 参考文献 1) Ridding MC, Rothwell JC. Is there a future for therapeutic use of transcranial magnetic stimulation? Nat Rev Neurosci 8: 559-567, 2007. 2) Fitzgerald PB, Fountain S, Daskalakis ZJ. A comprehensive review of the effects of rTMS on motor cortical excitability and inhibition. Clin Neurophysiol 117: 2584-2596, 2006. 3) G ershon A A , Da nnon PN, Grunhaus L . Tra nscra nia l magnetic stimulation in the treatment of depression. Am J Psychiatry 160: 835-845, 2003. 4) Fitzgerald PB, Brown TL, Marston NA, et al. Transcranial magnetic stimulation in the treatment of depression: a double-blind, placebo-controlled trial. Arch Gen Psychiatry 60: 1002-1008, 2003. 5) Avery DH, Holtzheimer PE 3rd, Fawaz W, et al. A controlled study of repetitive transcranial magnetic stimulation in medication-resistant major depression. Biol Psychiatry 59: 187-194, 2006. 6) O'Reardon JP, Solvason HB, Janicak PG, et al. Efficacy and safety of transcranial magnetic stimulation in the acute treatment of major depression: a multisite randomized controlled trial. Biol Psychiatry 62: 1208-1216, 2007. 7) George MS, Lisanby SH, Avery D, et al. Daily left prefrontal transcrania l magnet ic st imulat ion therapy for major depressive disorder: a sham-controlled randomized trial. Arch Gen Psychiatry 67: 507-516, 2010. 8) Klein E, Kreinin I, Chistyakov A, et al. Therapeutic efficacy of right prefrontal slow repetitive transcranial magnetic stimulation in major depression: a double-blind controlled study. Arch Gen Psychiatry 56: 315-320, 1999. Lab Chip 9: 692-698. 2009 9) K au f f ma nn CD, Cheema M A , M i l ler BE . Slow r ight prefrontal transcranial magnetic stimulation as a treatment for medication-resistant depression: a double-blind, placebocontrolled study. Depress Anxiety 19: 59-62, 2004. 10) Fitzgerald PB, Huntsman S , Gunewardene R , et al. A randomized trial of low-frequency right-prefrontal-cortex transcranial magnetic stimulation as augmentation in treatment-resistant major depression. Int J Neuropsychopharmacol 9: 655-666, 2006. 11) Fitzgerald PB, Hoy K, Daskalakis ZJ, et al. A randomized trial of the anti-depressant effects of low- and high-frequency transcranial magnetic stimulation in treatment-resistant depression. Depress Anxiety 26: 229-234, 2009. 12) Höf l ich G , Kasper S , Huf nagel A , et a l . Appl icat ion of transcranial magnetic stimulation in the treatment of drugresistant major depression. Hum Psychopharmacol 8: 361–365, 1993. 13) George MS, Wassermann EM, Williams WA, et al. Daily repetitive transcranial magnetic stimulation (rTMS) improves mood in depression. Neuroreport 6: 1853-1856, 1995. 14) Gross M, Nakamura L, Pascual-Leone A, et al. Has repetitive 鬼頭 伸輔 きとう・しんすけ 杏林大学 医学部 精神神経科学教室 講師 埼玉県生まれ 岩手医科大学卒 医学博士 専門は精神医学、神経画像学、神経生理学 TMSに関する研究 25 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T E R R AC E 英国ライフサイエンス戦略の概要 1 英国大使館 貿易・対英投資部、対英投資上級担当官 (ライフサイエンス担当) 武井 尚子 英国総領事館 貿易・対英投資部、対英投資上級担当官 (ライフサイエンス担当) 広瀬 由紀子 中心地であり、27の加盟国と5億人の人口を有する巨大 単一市場である欧州への玄関口として、有力な地位を確 立している。また、英国は、他に類を見ない総合的な国 民医療サービス(National Health Service、略称NHS)、 非常に有利な税制・投資制度、卓越した科学研究基盤(世 界の大学トップ10校のうち4校が英国)など、ライフサ イエンス分野のイノベーションを十分に支える要素を 兼ね備えているが、英国のライフサイエンス産業をさら に強固なものとするため、2011年12月、デービッド・キャ メロン首相自らが英国ライフサイエンス戦略を発表し た。(http://www.bis.gov.uk/ols) 今号から4回にわたって、英国のライフサイエンスを 紹介するが、第1回は、昨年末に発表されたライフサイエ ンス戦略の概略を、第2 ~ 4回では、上記にあげた主要な 五つのライフサイエンスクラスターを取り上げる。 1─初めに 人口6,180万人(2010年)、日本の約3分の2の国土を持 つ英国は、昔ながらの文化、伝統を重んじる国として知 られるが、様々な分野で革新を生み出してきた国という 側面も持つ。英国の研究者に、科学上の功績を称えて与 えられたノーベル賞は、70件を超えており、MRC分子 生物学研究所(Medical Research Council Laboratory of Molecular Biology)だけでも、ノーベル賞受賞者14 人の研究を支援してきた。DNA解読からMRIスキャン や遺伝子配列決定に至るまで、英国には脈々と続く発見 の歴史がある。 英国のライフサイエンス産業(医薬、医療技術、医療 バイオテクノロジーなど)を構成する企業は3,000社以 上、約16万人を雇用、研究開発投資額は50億ポンド(約 6,500億円)に上り、全体の売上高は、500億ポンド(約 6兆5,000億円)である。医薬品セクターに限ると、およ そ300社以上の企業が英国に拠点をもち、雇用は78,000 人、売上高合計は約310億ポンド(約4兆円)、その中には、 グラクソ・スミスクライン、アストラゼネカなどの世界 的な企業が含まれている。英国の医薬バイオ企業によ る医薬品の臨床開発件数は、欧州全体の20%を占める (2010年)。 日本の大手製薬、医療・診断機器企業の多くも、欧州 統括、販売・マーケティング、開発などの拠点を英国に 置いている。また、英国企業を買収することにより、日 本企業が欧州及び世界でのビジネス展開を加速する、と いう例も近年多くみられる。2011年には、協和発酵キ リンがProStrakan社を、富士フイルムがMSD Biologics (UK)社を買収した。 英国のライフサイエンスクラスターは、全土にわたっ ているが、主要な地域は、ロンドン、東イングランド(ケ ンブリッジなど)、南東イングランド(オックスフォー ドなど)、北西イングランド(マンチェスターなど)お よびスコットランドである。 英国は、ライフサイエンス分野における世界で有数の 2─英国ライフサイエンス戦略の主要な取り組み 最先端のライフサイエンスの研究開発を加速するべ く、2011年12月にライフサイエンス戦略が発表された。 これは、医薬品、医療技術、医療バイオテクノロジー、工 業バイオテクノロジーの各分野にわたるライフサイエ ンス関連ビジネスの10 ~ 15年後を見据えた発展をめざ しNHSと協力して支援するもので、戦略の骨子は、以下 の3点である。 ● 学術研究の成果の商品化を容易にし、臨床研究をNHSの中 心課題に掲げ、医学研究に患者の参加を可能にするライフ サイエンス・エコスシテムを構築する。 ● 世界をリードする臨床医学と科学技術の研究者を諸外国か ら招き、優秀な国内の人材の育成を通して、優れた才能に報 いるライフサイエンス振興体制を確立する。 ● 臨床試験の規制を緩和し、初期段階での投資を奨励して費 用対効果が高く有望な新しい治療法を患者が選択できるよ うにするため、医療技術の革新を推進する。 26 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E T E R R AC E 以下に、具体的な施策を紹介する。 基礎研究、トランスレーショナル・リサーチ、層別化医 療及びオープンイノベーションへの投資と患者データ の開放 a)研究における発見・開発・商品化の支援に3億1,000 万ポンドを投資。対象は層別化医療予算(Stratified Medicines)1億3,000万ポンドとバイオメディカル・ カタリスト基金(Biomedical Catalyst Fund)1億8,000 万ポンド。この基金は、優れたイノベーションが「死 の谷」と言われる資金調達の空白期間に暗礁に乗り 上げないように導入された。 b)ロンドンにある細胞治療技術・イノベーションセ ンター(Technology and Innovation Centre、略称 TIC)に技術戦略会議(Technology Strategy Board, 略称TSB)を通じて年間最大1,000万ポンドを投資。 TICの可能性を最大限に引き出すプログラムに、医学 研究会議(Medical Research Council, 略称MRC)な どを通じて、5年間で計2,500万ポンドを投資し、最先 端のバイオメディカル科学およびエンジニアリング を生かして再生医療を進展させる。 c)国立衛生研究所(National Institute for Health Research、 略称NIHR)は、 英国の主な大学病院・大学間の指導パー トナーシップの中で、バイオ医学研究センターおよび ユニット(Biomedical Research Centres and Units) を設置すると共に、新たにトランスレーショナル・ リサーチ・パートナーシップ2件を設立するため、今 後5年間で8億ポンドという過去最大の投資を行う。 d)セキュリティ対策を講じた臨床診療リサーチデータ リンク(Clinical Practice Research Datalink、略称 CPRD)に6,000万ポンドの予算を投じ、治験被験者募 集や観察研究に取り組む研究者に患者データを提供 する体制を構築する。 e)国が運営する新たなNIHRバイオリソースに対し、 2011年度は250万ポンドを投資し、患者データと生体 試料を結びつける体制を強化する。層別の実験医学 研究に当たって企業は被験者を募集しやすくなるほ か、疾患の分子的機序研究、診断・創薬に最適なバイ オマーカーの特定、新薬の作用・効果の機序の試験 が可能になる。 規制面の障害を緩和、充実した税制を導入、イノベー ションの採算性を高める。 f) 臨床試験の規制の合理化と費用対効果の向上をめざ し、ヘルスリサーチ機構(Health Research Authority) を2011年12月に新設。臨床試験を行うための規制、申 請などの面で、無駄な重複を回避することを目指す。 g)新薬開発における、規制及び医療技術評価面の審査 行程の迅速化・効率化に向け、「早期アクセス制度 (Early Access Scheme)を導入予定である。これは、 治療の緊急性が高いと認められた場合、フェーズIII 終了間近で承認前の革新的な医薬品を、使用できる ようにする制度である。 h)2013年にパテントボックス制度(Patent Box)を導 入し、法人の特許から派生した収入に対する課税率 を10%に引き下げる。 i)研究開発の税額控除制度をさらに改善。中小企業向 けに特別控除額を200%に拡大(2012年4月までに 225%に拡大)する租税優遇措置を講じ、最低支出額 要件を撤廃。 2015年には、Francis Crick Institute(フランシス・ クリック研究所)が開設される(完成予定図)。これは、 MRC, キャンサーリサーチUK,ウェルカム・トラスト、 ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ(UCL), イ ンペリアル・カレッジ及びキングス・カレッジ・ロン ドンからなるパートナーシップで、共同研究の促進によ り、病気の背景にある基礎生物学を理解し、予防および 治療への最善の方法を見出すことにある。設立後には、 1,250名の科学者を擁し、一億ポンド以上の予算で運営さ れる予定である。 3─日本での活動 日本には英国大使館(東京)、英国総領事館(大阪) にライフサイエンスを担当する合計8名のスタッフがお り、英国貿易投資総省(UK Trade & Investment)と 共に、様々なサービスを日本企業に提供している。英国 への企業誘致、英国との共同研究開発を促進する対英投 資部門(東京、大阪各2名)と英国企業を日本に紹介す る貿易部門(東京、大阪各2名)に分かれているが、対英 投資部門では、英国での拠点設立、事業展開に必要な情 報の提供、また医薬、医療機器の規制、システムなどを紹 介するため、専門家を招聘してのセミナーの開催などを (http:// 行っている。詳細は下記のURLに参照されたい。 ukinjapan.fco.gov.uk/ja/business/business-investment-in-uk/ bio-pharma-investment/) 27 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E SPECIAL REPORT BioJapan 2011 World Business Forum 再生医療におけるヒト組織 ・ 細胞の利用- 4 膵島移植の技術革新と膵島再生療法研究の現況 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 消化器外科学 客員研究員 野口 洋文 こ の Special Report は 2011 年 10 月 5 ~ 7 日 に パ シ フ ィ コ 横 浜 で 開 催 さ れ た“ BioJapan 2011 World Business Forum バイオ成長戦略で世界を変える”の主催者セミナー D-5: 「再生医療におけるヒト組織 ・ 細胞の利用」 (10 月 6 日) でのご講演を野口先生にまとめていただいたものです。 2000年のいわゆるエドモントン・プロトコルの報告 からである1)。この論文は、膵島移植をうけた7名の 患者全員がインスリン離脱をすることができたとい うものであった。その後、エドモントン・プロトコ ルの再現性を確認するため、当時、膵島分離技術が高 いと言われていた9施設が選ばれ、マルチセンタート ライアルが行われた。この頃、私自身がその中の1施 設であるハーバード大学に留学しており、マルチセン タートライアルの中で膵島移植に従事していた。マ ルチセンタートライアルの結果、膵島分離技術が高い 3施設では、エドモントン・プロトコルの再現性が確 認されたが、その他の施設ではインスリン離脱率が低 い結果となった。この結果は、膵臓から膵島を分離す る技術が施設によってばらつきがあることを示して いる。施設間格差が大きいことは、この治療法の問題 点の一つである。 もう一つの問題点としては、膵島移植後のインスリ ン離脱率の長期成績が膵臓移植に比べて悪い点であ る。エドモントン・プロトコルの報告をしたアルバー タ大学が2005年に報告した5年インスリン離脱率は 約10%であり、膵臓単独移植の5年インスリン離脱率 55%に比べて悪い。長期成績の悪い一つの原因とし て、免疫抑制剤の使用方法が挙げられており、2005年 以降、免疫抑制剤の見直しがされた。その結果、2009 年 のCollaborative Islet Transplant Registry (CITR) の報告では、5年のインスリン離脱率が30%程度まで 上がってきている。 一方で、安全性の点では膵島移植のほうが優れてい るのは明らかである。CITRの報告によると412例の 膵島移植患者のうち死亡例は9例であり死亡率は2.2% である。また9例の死亡報告例のうち、移植関連死は1 例のみ(ウイルス性髄膜炎)であった。膵臓単独移 植の4年の生存率が85 ~ 90%との報告2,3)がされてい ることを考えると、膵島移植後の生存率が膵臓単独移 植に比べて高いことがわかる。 現在、糖尿病の患者数は全世界で2億人を超え全人 口の6%を占めており、社会的問題となっている。膵 島移植は膵臓から膵島細胞を分離抽出し、点滴の要領 で肝臓に移植する治療法であり、患者の身体的負担が 少ない点から、血糖コントロールの悪い1型糖尿病患 者にとっては理想的な治療法であるといえる。ここ 10年の膵島移植の成功により、失われた膵島を移植に よって補充することにより糖尿病を治療できること が示された。これにより細胞移植のみならず再生医 療による糖尿病の治療に対しても非常に注目される ようになっている。本稿では、最近の膵島移植の技術 革新と膵島再生療法研究の現況について報告する。 1─はじめに 糖尿病に対する移植療法として、膵臓移植と膵島移 植がある。膵臓移植は膵臓を臓器のまま移植するも のであり、1960年代から開始された移植療法である。 日本でも既に保険適用となっており、確立された医療 と認識されている。しかしながら、全身麻酔下の手術 が必要となり患者に対する身体的負担の大きい治療 法である。そのような点を改善した治療法として膵 島移植がある。膵島移植は、膵臓をドナーから摘出し たのち膵島を分離抽出し、経皮経肝的に門脈に挿入し たカテーテルを使って肝臓に移植をするものである。 局所麻酔下に点滴の要領で移植されるため、患者の身 体的負担が少ない治療法である。欠点としては、1回 の移植でインスリン離脱を達成するのは困難であり、 2、3回の移植をうけて初めてインスリン離脱するの が一般的である点などがあげられる。本稿では、最近 の膵島移植の技術革新と、次世代の糖尿病治療法とし て期待されている膵島再生療法研究の現況について 報告する。 2─膵島移植の現況 膵 島 移 植 が 盛 ん に 行 わ れ る よ う に な っ た の が、 28 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E SPECIAL REPORT 層法保存は神戸大学の黒田前教授のグループが開発し た技術であるが4,5)、それ以外の技術は我々のグループ が中心となって研究開発した技術である。ベイラー研 究所では、我々が所属する前にエドモントン・プロト コルを用いて膵島分離を行っていたが(第一世代膵 島分離法)、この時の移植率(膵島分離を行って移植 に至った割合)は約30%であり、移植後の成績も2 ~ 3 回の移植でインスリン離脱率が50%であった。我々が 2007年にベイラー研究所に所属後、上記の6つの技術 のうち①、②の技術を臨床応用化したところ(第二世 代膵島分離法)、移植率が80%以上となり、移植後の成 績も2回移植でインスリン離脱率が100%となった。さ らに①~⑥までの技術をすべて臨床応用化したとこ ろ(第三世代膵島分離法)、移植率は80%以上を維持し、 移植後の成績は1回のみの移植でインスリン離脱率が 100%となった。現在、欧米で1ドナーからの膵島移植 でインスリン離脱を高率に達成できている施設は、ベ イラー研究所とミネソタ大学の2施設のみであり、ミネ ソタ大学の移植率が10 ~ 20%であることを考慮する と、我々の研究開発した膵島分離技術が非常に高いも のであることが推察される。ただ、この成績は脳死ド ナー膵を用いた時のものであり、日本の心停止ドナー からの移植の場合は、これよりも悪い成績になること を考慮しておかなければならない。現在、我々は第四 世代膵島分離法の確立に向けた研究を進めており、今 後、さらなる膵島分離技術の改変を行っていきたい。 3─日本の膵島移植 日本では、膵島移植は2004年から開始されている。 京都大学では、私を含めた4人の海外での膵島分離経験 者を集め、2004年4月に日本初となる心停止ドナーか らの膵島移植を実施した。その後、臨床膵島移植が当 時の認定6施設で18名の患者に計34回実施された。た だ、日本の場合は、脳死ドナー膵のほぼすべてが臓器移 植に使用されているため、膵島移植は基本的に心停止 ドナー膵から行っている。心停止ドナー膵は脳死ド ナー膵に比べて臓器の質が悪いため、移植成績は心停 止ドナー膵を使用した場合のほうが悪く、実際、日本の 膵島移植成績は欧米に比べて悪い結果となっている。 インスリン離脱できた症例は私が京都大学に所属して いた時代に経験した3例のみであり、5年C-peptideの 陽性率も欧米の成績から比べると非常に悪いもので あった。ただ、日本でも2010年に臓器移植法が改正さ れ、年間50例前後のペースで脳死ドナーからの移植が 行われているようになったことは、脳死ドナー膵島移 植の実施の可能性を高めることになり、朗報といえる。 今後、膵臓移植に使用されない脳死ドナー膵を膵島移 植に使用できるようにするためのルール作りを、日本 膵・膵島移植研究会を中心に早急に進めていく必要が ある。 4─膵島移植の技術革新 先に述べたとおり、膵島分離技術が非常に難しく施 設間格差が大きいことが、膵島移植の問題点の一つで ある。私はハーバード大学で膵島分離技術を学び、そ の後、京都大学、ベイラー研究所を経て、現在の岡山大 学所属となっているが、この間、ヒトの膵島分離を134 回、ブタの膵島分離を111回実施している。この間、膵 島分離技術の向上のため様々な研究を行っており、次 の6つの膵島分離技術を臨床応用化している。①二層 法保存4,5)、②膵管保護法6)、③新規保存液(MK溶液)7-9) の使用、④比重コントロールによる膵島純化10)、⑤膵島 追加純化11)、⑥膵島低温保存12)、の6つの技術である。二 膵臓摘出 膵臓保存 膵管保護 二層法保存 5─膵島再生療法研究の現況 1型糖尿病に対する膵島移植は低侵襲で患者の身体 的負担が少なく、現在のところ理想的な治療法である ことは間違いないが、臓器提供がなければ成り立たな い治療であり、移植後には免疫抑制剤の内服が必須と なる欠点もある。膵島移植を上回る治療法の候補とし ては膵の再生療法が挙げられる。膵の再生療法は膵島 移植に付加するような形で、すでに一部臨床応用化さ れている。膵島移植を行う時に、膵の幹・前駆細胞と 膵臓消化 膵島純化 膵島培養 膵島移植 比重コントロール Noguchi H et al. Transplantation. 2009 Noguchi H et al. Cell Transplant. 2008 新規保存溶液 膵島 追加純化 Noguchi H et al. Am J Transplant. 2006 Noguchi H et al. Transplantation. 2007 Noguchi H et al. Cell Transplant. 2010 分離膵島 低温保存 Noguchi H et al. Cell Medicine. in press Noguchi H et al. Transplantation. 2010 図 第三世代膵島分離法 これらの技術の導入により1ドナーからの膵島移植で高率にインスリン離脱を達成することが可能となった。 29 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E SPECIAL REPORT 考えられている膵管細胞(Pancreatic duct cells)を 同時移植すると、移植後中期の成績がよいという報告 が、2004年にアルバータ大学からされている。また、 2型糖尿病薬として日本でも販売されており膵島の再 生を促すといわれているGLP- 1アナログを1型糖尿 病の膵島移植後の患者に投与することにより、必要イ ンスリン量の減少や、内因性インスリン量の増加が確 認されている。これらの報告は、膵島移植後に体内で 何らかの形で膵島再生が起こっている可能性を示唆し ており、再生療法が糖尿病患者の治療法として期待さ れる要因となっている。 しかしながら、現在までのところ膵の再生療法のみ で1型糖尿病を完治させることは難しい状況にある。 膵の再生医療を臨床応用化するためにはさらなる研究 開発が必要であるが、現在のところ、臨床応用化にもっ とも適した細胞は膵管細胞であると考えられる。膵管 細胞は先ほども述べたとおり、膵の幹・前駆細胞だと 考えられており、発生学的に考えて胚性幹細胞(ES細 胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)よりも分化誘導 がかけやすく、また倫理的問題もない。実際にマウス の実験で、膵管細胞の分離・培養に我々のグループは 成功している13,14)。この細胞は自己複製能を維持し、特 殊培養条件下でインスリン分泌細胞へと分化すること が示されている。しかしながら、このような細胞は新 生児マウス膵からは100%の確率で樹立できるものの、 8週齢のマウスからは確率が10%と低下し、24週齢の マウスからは全く樹立できないような状況であること も、われわれの研究からわかっている。臨床での治療 を考えた場合、年齢が上がるにしたがって樹立効率が 低下するのであれば、高齢者は自己膵から樹立するこ とが困難であることになり、他人の膵を使用しなくて はならなくなる。そうなると膵島移植の欠点をそのま ま持ち越すこととなり、この治療のメリットが少なく なる。実際、ベイラー研究所所属時に20歳から60歳ま での膵を用いて樹立を試みたが、一度も樹立すること はできなかった。膵島再生療法を臨床応用化するうえ で、必要量の細胞を確保できる幹細胞の分離・維持技 術の確立は必須であると考えられる。今後もヒト膵管 細胞の樹立を目指して研究を進めていきたい。 N Engl J Med. 343(4): 230-238, 2000 2) Venstrom JM, McBride MA, Rother KI, Hirshberg B, Orchard TJ, Harlan DM. Survival after pancreas transplantation in patients with diabetes and preserved kidney function. JAMA. 290(21): 2817-2823, 2003 3) Gruessner RW, Sutherland DE, Gruessner AC. Mortality assessment for pancreas transplants. Am J Transplant. 4(12): 2018-2026, 2004 4) Kuroda Y, Fujino Y, Kawamura T, Suzuki Y, Fujiwara H, Saitoh Y. Mechanism of oxygenation of pancreas during preser vat ion by a two - layer ( Euro - C ol l ins' solut ion / perfluorochemical) cold-storage method. Transplantation. 49(4): 694-696, 1990 5) Noguchi H, Levy MF, Kobayashi N, Matsumoto S. Pancreas preservation by the two -layer method: does it have a beneficial effect compared with simple preservation in University of Wisconsin solution? Cell Transplant.18(5): 497-503, 2009 6) Noguchi H, Ueda M, Hayashi S, Kobayashi N, Okitsu T, Iwanaga Y, Nagata H, Nakai Y, Matsumoto S. Ductal injection of preservation solution increases islet yields in islet isolation and improves islet graft function. Cell Transplant.17(1-2): 69-81, 2008 7) Noguchi H, Ueda M, Nakai Y, Iwanaga Y, Okitsu T, Nagata H, Yonekawa Y, Kobayashi N, Nakamura T, Wada H, Matsumoto S. Modified two-layer preservation method (M-Kyoto/PFC) improves islet yields in islet isolation. Am J Transplant. 6(3): 496-504, 2006 8) Noguchi H, Ueda M, Hayashi S, Kobayashi N, Nagata H, Iwanaga Y, Okitsu T, Matsumoto S. Comparison of M-Kyoto Solution and Histidine-Tryptophan-Ketoglutarate Solution With a Trypsin Inhibitor for Pancreas Preservation in Islet Transplantation. Transplantation. 84(5): 655-658, 2007 9) Noguchi H, Naziruddin B, Onaca N, Jackson A, Shimoda M, Ikemoto T, Fujita Y, Kobayashi N, Levy MF, Matsumoto S. Comparison of modified Celsior solution and m-kyoto solution for pancreas preservation in human islet isolation. Cell Transplant. 19(6): 751-758, 2010 10) Noguchi H, Ikemoto T, Naziruddin B, Jackson A, Shimoda M, Fujita Y, Chujo D,Takita M, Kobayashi N, Onaca N, Levy MF, Matsumoto S. Iodixanol-controlled density gradient during islet purification improves recovery rate in human islet isolation. Transplantation. 87(11):1629-1635, 2009 11) Noguchi H, Naziruddin B, Shimoda M, Chujo D, Takita M, Sugimoto K, Itoh T, Onaca N, Levy MF, Matsumoto S. A combined continuous density/osmolality gradient for supplemental purification of human islets. Cell Medicine. in press 12) Noguchi H, Naziruddin B, Jackson A, Shimoda M, Ikemoto T, Fujita Y, Chujo D, Takita M, Kobayashi N, Onaca N, Levy MF, Matsumoto S. Low-temperature preservation of isolated islets is superior to conventional islet culture before islet transplantation. Transplantation. 89(1): 47-54, 2010 13) Noguchi H, Oishi K, Ueda M, Yukawa H, Hayashi S, Kobayashi N, Levy MF, Matusmoto S. Establishment of mouse pancreatic stem cell line. Cell Transplant. 18(5): 563-571. 2009 14) Noguchi H, Naziruddin B, Jackson A, Shimoda M, Ikemoto T, Fujita Y, Chujo D, Takita M, Kobayashi N, Onaca N, Hayashi S , Levy MF, Matsumoto S . Characterization of human pancreatic progenitor cells. Cell Transplant.19(6): 879-886, 2010 6─おわりに このような研究を進めていくうえでも、ヒト膵組織 の安定した供給源を確保することは重要であるが、日 本では確保することが困難であるのが現状である。膵 島移植の技術開発を進める上でもヒト膵組織の研究使 用は必須であると考えられる。今後ヒト膵組織が日本 でも使えるような体制作りがなされることを期待した い。 野口 洋文 のぐち・ひろふみ 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 消化器外科学 客員研究員 広島県生まれ 岡山大学 医学部卒 岡山大学大学院 医歯学総合研究科 消化器・腫瘍外科学 医学博士課程修了 医学博士 専門は膵島移植 膵島再生 参考文献 1) Shapiro AM, Lakey JR, Ryan EA, Korbutt GS, Toth E, Warnock GL, Kneteman NM, Rajotte RV. Islet transplantation in seven patients with type 1 diabetes mellitus using a glucocorticoid-free immunosuppressive regimen. 30 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E SPECIAL REPORT BioJapan 2011 World Business Forum 再生医療におけるヒト組織 ・ 細胞の利用- 5 研究用ヒト組織・細胞の供給 (財)ヒューマンサイエンス振興財団 ヒューマンサイエンス研究資源バンク 室長 小阪 拓男 こ の Special Report は 2011 年 10 月 5 ~ 7 日 に パ シ フ ィ コ 横 浜 で 開 催 さ れ た“ BioJapan 2011 World Business Forum バイオ成長戦略で世界を変える”の主催者セミナー D-5: 「再生医療におけるヒト組織 ・ 細胞の利用」 (10 月 6 日) でのご講演を小阪先生にまとめていただいたものです。 行った後、組織の受け入れ、譲渡を行っている。 現在譲渡可能な組織としては、凍結組織、固定組織、 加工組織、新鮮組織がある。再生医療研究に利用可能 な新鮮組織としては、滑膜及び滑膜より調製した滑膜 細胞、内臓脂肪及び内臓脂肪から調製した脂肪前駆細 胞、皮膚、大腸、胃、食道、膵臓などのがん部位・非がん 部位のペア組織がある。滑膜細胞と脂肪前駆細胞に ついては、後ほど詳しく紹介する。現在、新鮮組織の 利用希望が増加していることから、譲渡拡大に力を入 れている。 1─ヒューマンサイエンス研究資源バンクについて ヒューマンサイエンス研究資源バンク(HSバンク) より、「研究用ヒト組織・細胞の供給」と題してヒト 組織・細胞利用の現状と今後の再生医療研究への応 用について紹介する。 HSバンクは、財団法人ヒューマンサイエンス振興 財団(HS財団)により運営されており、大阪府泉南の 関西空港の近くにある。HSバンクは1995年10月に開 設され、これまでに収集、品質管理した細胞や遺伝子 を産学官の研究者に譲渡してきた。現在、HSバンク には細胞バンク、遺伝子バンク、ヒト組織バンクがあ る。 研究資源の種類としては、細胞株はヒト細胞株を中 心として約1,000株、遺伝子クローンは約1万5,000ク ローン、ヒト組織は約200試料を保有している。また、 日本人由来の不死化B細胞株DNAは2,100人分を保有 し、遺伝子多型解析等に利用されている。HSバンクは これらの資源の増幅、品質管理、保管を行い、産学官の 研究者に分譲している。 HSバンクのヒト組織バンクは2001年に設立され、 国内初の非営利・公共的な研究用のヒト組織バンク としてスタートした。現在、国内の14医療機関と提携 して、外科手術で摘出された検査診断に不要な病変組 織や付随する正常組織の提供を受け、研究機関へ譲渡 している。 倫理面の配慮としては、提供者からHSバンクへの 組織提供に関してのインフォームド・コンセント(IC) を医療機関に取得して頂き、HSバンクでは個人情報 を保護するために連結不可能匿名化を行う。また、医 療機関と研究機関、及びHS財団において倫理審査を 2─新鮮組織 新鮮組織の提供から譲渡までの流れについて説明 する。まず、研究機関への譲渡前に医療機関より組織 の提供予定と日時をご連絡頂く。HSバンクでは複数 の研究機関とマッチングを行い、マッチングが成立し た研究機関に譲渡予定と日時の連絡をする。また、医 療機関より入手した診療情報について、HSバンクで 連結不可能匿名化し、データシートを作成する。譲渡 日となる手術日には、摘出された新鮮組織をHSバン ク担当者が受け取りデータシートとともに冷蔵状態 で研究機関に届ける。 新鮮組織は2006年より譲渡を開始している。滑膜 は関節リウマチ患者及び変形性関節症患者の人工関 節置換手術で摘出された滑膜組織で、関節リウマチ等 の研究に利用されている。皮膚としては乳がん手術 等で摘出された正常皮膚があり、培養皮膚作製に関す る再生医療研究等に利用されている。最近、良性腫瘍 手術で摘出された正常皮膚の提供も可能となった。 内臓脂肪は、消化器系がん手術で摘出された腸間膜脂 31 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E SPECIAL REPORT 肪組織等で、糖尿病等の生活習慣病の研究に利用され ている。また、大腸、胃、食道、膵臓は、がん手術で摘出 されたがん部位・非がん部位のペア組織でがんの研究 に利用されている1)。また最近、分娩時に摘出される臍 帯組織が提供可能となった。 2011年7月までに医療機関から提供を受けた新鮮組 織の組織量は1~ 10グラムで、事例数は104例である。 これらを14の研究機関に譲渡している。大腸、胃等の 消化器系のがん組織の利用が多く、最近では滑膜の利 用が増加している。 新鮮組織から調製した培養細胞については、2009年 から譲渡を開始している。医療機関からHSバンクに 冷蔵状態で運ばれた組織を分散・分離・培養したのち 凍結保存し、再培養後に品質管理として一般的性状検 査、機能的性状検査およびマイコプラズマ等の微生物 否定試験を行い、研究機関へ凍結状態で譲渡している。 1)脂肪前駆細胞 内臓脂肪由来の脂肪前駆細胞の調製については、消 化器系外科において大腸がん等の手術時に摘出された 腸間膜脂肪組織をHSバンクに冷蔵状態で受け入れ、摘 出後2時間以内に細胞調製を行う。実際の調製方法は、 腸間膜脂肪組織の脂肪部分をコラゲナーゼ消化、分散、 遠心、回収して培養し、継代数3でプログラミングフ リーザーにより凍結し、液体窒素中で保存している。 細胞の品質管理として、細胞マーカーの免疫染色を 行った結果、間葉系幹細胞(MSC:Mesenchymal Stem cell)マーカーの一種で、脂肪細胞では脂肪前駆細胞の マーカーとしても使われているCD105については陽 性、また間葉系の細胞に主に発現するVimentinにつ いても陽性を示した。一方、平滑筋のマーカー、上皮 系細胞のマーカー、血管内皮系細胞のマーカーにつ いては、ほぼ陰性を示した。この細胞について、脂肪 細胞への分化能を調べた結果、分化誘導後2週間程度 でOil-red-Oにより染色される脂肪滴を含む脂肪細胞 へと分化する細胞が認められた。また、分化に伴い、 Adiponectinの産生量が増加することも確認された。 以上のことから、本細胞は糖尿病等の生活習慣病の創 薬研究に利用可能と考えられる。 また本細胞は、MSCの性状を持つと考えられてい るので、脂肪細胞の他に骨芽細胞への分化誘導を試み た。その結果、分化誘導3週間後には、アルカリフォス ファターゼ陽性を示す骨芽細胞へと分化する細胞が認 められた。以上のことから、この細胞は再生医療研究 の材料となるMSCのソースとしても利用可能と考え ている。 譲渡可能な脂肪前駆細胞のロットは、現在、全部で8 ロットあり、ウエブ上で公開し、譲渡を受け付けてい る。現在、これらの細胞のほかに、糖尿病患者由来の 細胞を調製中であり近々ホームページで公開予定であ る。 2)滑膜細胞 関節リウマチ患者あるいは変形性関節症患者由来の 滑膜細胞の調製について紹介する。整形外科の人工関 節置換手術で摘出された滑膜について、摘出後2時間 以内に冷蔵状態でバンクに受け入れて細胞調製を行っ ている。滑膜細胞の調製は、滑膜組織のうちの滑膜部 分のみをコラゲナーゼ消化、分散、遠心、回収し、継代数 1でプログラミングフリーザーにより凍結し、液体窒 素中で保存している。関節リウマチ患者由来滑膜細胞 についての細胞免疫染色の結果、CD105及びVimentin 陽性を示し、MSCのマーカーが陽性であることを確 認している。また、滑膜細胞に特徴的な蛋白質である Surfactant protein Aについても陽性であることを確 認している。その他、CD11b陽性を示す、マクロファー ジ様細胞および破骨細胞が僅かに含まれている。 本細胞の機能的な性状の一つとして炎症性反応性に ついて調べた。炎症性サイトカインであるTNF-αを 培養系に添加した時のMMP- 3及びIL- 6の産生への 効果を調べた結果、濃度依存的に両者の産生量が増加 2) することが分かった 。以上のことから、この細胞は炎 症反応を指標とした抗リウマチ薬の研究開発に利用可 能と考えている。 滑膜細胞はMSCとしての性状が報告されているこ とから、脂肪細胞と骨芽細胞への分化について調べた。 分化誘導2週間後には脂肪滴を有する脂肪細胞へと分 化する細胞が認められ、骨芽細胞への分化誘導3週間後 には、アルカリフォスファターゼ陽性を示す骨芽細胞 へと分化した細胞が認められた。以上のことから、本 細胞は再生医療研究の材料となるMSCのソースとし て利用可能であると考えられた。 再生医療への応用としては、滑膜細胞は軟骨細胞に 分化することがよく知られており、MSCのソースと して軟骨の再生医療研究への利用が進められている。 基礎研究では軟骨細胞への分化条件の検討等、また臨 床研究では関節損傷、関節リウマチ、変形性関節症に対 する効果が検討されており、最近、変形性関節症におい て滑膜由来のMSCによる治療効果が認められている。 バンクの滑膜細胞についても、このような分野での検 討、治験等に利用頂ければと思う。現在、譲渡可能な関 節リウマチ患者由来滑膜細胞は11ロットあり、ホーム ページで公開し譲渡を受け付けている。また、現在こ れに加えて変形性関節症由来の滑膜細胞も調製中で、 近々公開予定である。 3─最後に ヒト組織バンクの新鮮組織の再生医療研究への応用 として、これまでご紹介した組織及び細胞が再生医療 に利用可能と考えているが、その他にヒトの皮膚組織 32 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E SPECIAL REPORT から皮膚細胞の調製を検討している。また、HS研究 資源バンクの細胞バンクには、ヒトの間葉系幹細胞が 多数ある。これらの試料は、これまでドラッグターゲッ トや培養マーカーの探索研究、薬効評価、安全性評価等 において、ヒト組織を手段として用いる研究に主に利 用されてきたが、今後はこのような研究に加えて、ヒト の組織やヒトの由来細胞そのものを材料として用いる 再生医療研究に活用して頂き、MSCの培養或いは分 化条件に関する基礎検討、臨床へ向けての検討実験等 に役立てていただければと思う。 細胞調製作業 今回紹介した試料については、ヒューマンサイエン ス研究資源バンクのホームページ(http://www.jhst. or./index_b.html)、の「ヒト組織バンク」の「ヒト組 織バンク・資源リスト」をご覧頂きたい。 参考文献 1) 吉田東歩:ヒト組織バンクから供給される手術摘出組織の研究利用。 日本薬理学雑誌, 134 : 315 ~ 319, 2009. 2) Kasamatsu, A. , Satoh, M. , Yoshida , T. and Kosaka , T. Response of human fibroblast-like synoviocytes derived from rheumatoid arthritis to inflammatory stimulation: quality control findings. Tissue Cult. Res. Commun. 29: 167-172, 2010 小阪 拓男 こさか・たくお (財)ヒューマンサイエンス振興財団 ヒューマンサイエンス研究資源バンク 室長 和歌山県生まれ 京都大学農学部卒 京都大学大学院修士課程修了 薬学博士 専門は細胞生物学 33 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E F R O M FO U N DAT I O N 平成23年度(財)ヒューマンサイエンス振興財団発行 調査・報告書の概要 平成23年度国内基盤技術調査報告書 「−2020年の医療ニーズの展望Ⅱ−」 【分析編】 政策創薬総合研究事業の一環として、開発振興委員会医療ニーズ調査ワーキンググループでは、 「平成23年度国内基盤技術調査報告書―2020年度の医療ニーズの展望II―【分析編】」を3月末に発 刊しました。本報告書は、2010年度に実施した60疾患の「医療ニーズに関するアンケート調査」の 結果について、さらに分析を加えたものです。すなわち、60疾患を12疾患群に分けて公開情報をも とに分析するとともに、特に10年後に重要となると回答のあった5疾患(肺がん、糖尿病、アルツハイ マー病、うつ病、CKD /慢性腎臓病)は、専門医へのヒアリング調査を行って考察しました。その結 果、薬剤貢献度の明らかな上昇は、この5年間に上市された優れた新薬が寄与していることが明らか となりました。また、一般医を対象した治療満足度、薬剤貢献度に関するアンケート調査の結果は、 専門医が臨床現場で感じているものとほぼ同じであることが確認できました。 【目次】 第1章 はじめに 第2章 2010 年度アンケート調査結果の分析 第3章 重要5 疾患に 関するヒアリング調査 第4章 総括 平成23年度将来動向調査報告書 「慢性疼痛の将来動向Ⅱ」 【分析編】 ~臨床と基礎の連携による神経障害性疼痛治療薬創出を目指して ~ 本年度は、昨年度のアンケート法による「慢性疼痛の将来動向」調査結果の分析編として、昨年度の 提言を踏まえ、より詳細な情報を収集する目的で、専門家へのインタビューを中心にした調査を実施し、 本報告書を取り纏めました。 以下は、日本大学 教授 小川節郎先生の「発行によせて」の抜粋です。 「慢性疼痛に対してよりよい対処をするためにはどのような事項が必要かを、基礎医学および臨床医 学における多方面からの意見も入れ、総合的に考察したものが本報告書である。本報告書では、まず 臨床の現状と課題として心身面への配慮が必要であることが判明したため、心因性疼痛の診断や心療 内科での治療法につき項目をもうけて考察した。さらに、非臨床研究の現状と課題として基礎的研究の 状況についても多くのページ数を割いた。これらの項目から慢性疼痛治療へのよりよい対応について 分析し、臨床と基礎の連携による新規神経障害性疼痛治療薬創出を目指すことの重要性がクローズ アップされている。本報告書が新規の慢性疼痛治療薬の創出への足がかりとなるばかりではなく、慢 性疼痛医療へのさらなる理解を深め、慢性疼痛患者への大きな福音となることを期待したい」。 【目次】 第1章 調査の概要 第2章 治療ニーズの把握と医療上の課題 第3章 臨床の現状と課題 第4章 非臨床研究の現状と課題 第5章 開発全般 第6章 課題と将来に向けて 平成23年度国外調査報告書 「ヒトゲノム解読10年を経た個別化医療の進展と新たな創薬の方向性を探る」 本年度の国外調査では、以下3点に重点を置いて調査を実施しました。 ・中堅製薬企業の経営・R&D戦略 日本企業の参考になるよう、日本企業と同規模で、自国の医薬品市場で確固たる地位を築いている企 業、ユニークな戦略で実績を伸ばしている企業の経 営・R&D戦略を調査しました。具体的には、 Biogen Idec、Recordati、MolMed、Esteve、Almirall、UCBの各社を訪問しました。 ・ゲノム科学と個別化医療の進展 ヒトゲノムのドラフトシーケンスが発表されてから10年を経た契機に、ゲノム科学と個別化医療の進展 について調査しました。ヒトゲノム情報の医薬品研究開発への活用で最先端を走るGSK、パーソナルゲノ ミクス事業を展開しているKnome、研究機関であるカナダのOGI、TCAG、OICR、米国のNIH、スペイン のPCB、PRBB、欧州規制当局であるEMA、欧州医薬品産業業界団体であるEFPIAを訪問しました。 ・各国のバイオバンクの実態 HS財団研究資源委員会からの要望を受け、欧米バイオバンクの実態を調査する目的で、カナダOICR、 米国NCI、英国Wellcome Trustを訪問しました。 【目次】 第1章 調査の概要 第2章 訪問先別調査結果 第3章 調査結果の総括と提言 34 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E F R OM FO U N DAT I O N 平成23年度研究資源委員会調査報告書(HSレポ-トNo.75) 「研究資源拠点としてのバイオバンク - 構想と運営 - 」 医薬品や医療機器の研究開発、特に医療改善要求性(アンメットメディカルニーズ)の高い疾患領域 における研究開発では、実験動物からヒトへのトランスレーショナル研究の重要性が指摘されており、研 究資源である臨床検体の管理と有効活用を全国規模で展開することが不可欠の状況になっています。 臨床検体の収集や提供については、各研究施設内のシステム整備が進みつつあり、蓄積数量および供 給実績は確実に増加して来ました。しかし利用者は限定されていることが多く、研究資源はまだ地域的 で限定的な活用に留まっていると言わざるを得ません。またプロトコール標準化や経済的基盤の確立 など、バイオバンクを運営し、ネットワーク化するには乗り越えるべき様々な課題が残されています。 本調査研究では公的研究所や大学などの専門家や有識者と共に会議を開催し、各バイオバンクの組 織、経営管理の概要、バンク運営の実務フロー、バイオバンクに対する社会理解推進への活動などの観 点から、全国規模のネットワーク構築について意見交換を実施して報告書にまとめました。 また、バイオバンクを構築し運営する施設の視点、バイオバンクを活用する企業の視点、新規薬剤の創 出に期待する患者会の視点から考察し、日本社会に適応した国内バンクを構築するための提言を掲載 しました。 【目次】 序章 創薬研究の現状とバイオバンクの重要性 第1章 公的機関のバイオバンク構想と運営 第2章 製薬企業先行型バイオバンク運営の必要性 第3章 患者会のライフサイエンス研究支 援 第4章 考察と提言 平成23年度規制動向調査報告書(HSレポ-トNo.76) 「遺伝子治療と細胞治療-医薬品開発ならびに臨床研究の現状と規制の動向」 平成23年度は、 「遺伝子治療」と「細胞治療」を調査対象とし、遺伝子治療用医薬品開発ならびに 遺伝子治療臨床研究の現状について、規制面ならびに科学面における実態を調査し、課題を抽出す るとともに、遺伝子工学的改変を加えた細胞治療用医薬品ならびに遺伝子治療用医薬品の実用化 促進、また臨床研究推進のために、将来に先駆けて解決すべき規制上の課題、科学技術面における 課題を洗い出すと同時に、それらの解決策を見出すための調査活動を、行政、アカデミアや産業界の 多くの専門家へのインタビュー、厚生労働省等の関連行政会議体の傍聴、関連学会やシンポジウム 等への参加や文献調査等を通じて展開し、その調査結果を平成23年度規制動向調査報告書に整理 しました。さらに、私たちの調査活動を通じて抽出された課題を速やかに解決するために、行政、ア カデミア、産業等が採るべき方策としての我々の考え方を、 「提言」として示しました。 【目次】 第1章 はじめに 第2章 遺伝子治療ならびに細胞治療に係る規制の現状と動向 第3章 遺 伝子治療に係る医薬品開発ならびに臨床研究の動向 第4章 考察と提言 平成23年度調査報告書(HSレポ-トNo.77) 「RNA研究と創薬技術開発の新展開」 HS財団開発振興委員会では、医薬品開発、保健医療の基盤技術である、ゲノム科学を始めとする生命 科学の最新動向と今後の展望について調査活動を行っております。2003年にヒトゲノム情報が解読され て以来、DNAシークエンサーの急速な進歩に伴い膨大な遺伝子情報が蓄積され続けています。ヒトゲ ノムのうちタンパク質をコードする遺伝子数は約22,000程度であり、全塩基の約2%に過ぎず、残り98%の たんぱく質をコードしていない領域から非常に多くのRNAが生成していることが明らかとなってきました。 これらRNAはnon-coding RNAと呼ばれ、20 ~ 30塩基の長さのものから数10万塩基と長鎖のものま で多種多様にあり、mRNAの分解や翻訳抑制、転写因子の活性制御、核内構造体形成およびクロマチ ンに作用してエピジェネティックな制御に関与するなど、現在までに多くの機能が解明されてきました。 平成23年度はこのような状況を踏まえ、non-coding RNA研究の最新動向を中心に調査を行いました。 また、次世代シークエンサー、合成バイオロジー、バイオ医薬品、コンパニオン診断薬、システムバイオロ ジーおよび行政動向など、医薬品開発全体を取り巻く様々な分野の動向の調査結果も含め、 「RNA研究 と創薬技術開発の新展開」として報告書にまとめ、刊行致しました。 【目次】 序章 トピックスとトレンドの概説 第1章 医薬品開発の最新動向 第2章 RNA 研究の最 新動向 第3章 先制医療 第4章 提言 35 J U LY 2 0 12 / H U M A N S C I E N C E F R O M FO U N DAT I O N F R OM E D I T O R 平成23年度厚生労働科学研究費補助金(創薬基盤推進研究事業) 政策創薬総合研究 研究報告書 A分野 稀少疾病治療薬の開発に関する研究 B分野 医薬品開発のための評価科学に関する研究 C分野 政策的に対応を要する疾患等の予防診断・治療法等の開発に関する研究 D分野 医薬品等開発のためのヒト組織・細胞の利用に関する研究 E分野 医療上未充足の疾患領域における医薬品創製を目指した研究 平成24年度厚生労働科学研究費補助金 政策創薬マッチング研究事業 第2回ヒューマンサイエンス調査報告書発表会 平成24年7月24日(火) 13:00 ~ 17:55(全社協・灘尾ホール) 医薬品開発における医療ニーズ把握と将来動向―海外の創薬動向とうつ病、肺がん、慢性疼痛治療の課題 【国外調査】 13:10-13:35 平成23年度国外調査報告書の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ HS財団情報委員会・国外調査ワーキンググループ リーダー 第一三共株式会社研究開発本部 研究開発企画部 主席 佐藤 督 13:35-13:50 HS財団国外調査の意義と入手情報の活用術・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 株式会社レクメド 代表取締役社長 松本 正 【医療ニーズ】 13:55-14:35 国内基盤技術調査報告書の概要・・・・・・・・・・・・ HS財団開発振興委員会・国内基盤技術調査ワーキンググループ リーダー アステラス製薬株式会社研究本部・研究推進部 課長 玉起 美恵子 14:35-15:10 うつ病の医療ニーズと今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 国立精神・神経医療研究センター 理事長・総長 樋口 輝彦 15:10-15:45 肺がんの医療ニーズと今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 千葉大学医学部附属病院臨床腫瘍部 准教授 関根 郁 【将来動向】 16:00-16:30 将来動向調査報告書の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ HS財団情報委員会・将来動向調査ワーキンググループ リーダー アステラス製薬株式会社研究本部・研究推進部 課長 前田 典昭 16:30-17:10 慢性疼痛臨床の現状と課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 福島県立医科大学 理事長兼学長 菊地 臣一 17:10-17:50 慢性疼痛基礎研究の現状と課題:特に神経障害性疼痛に関して・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 九州大学大学院薬学研究院・医療薬学科学部門薬理学分野 研究院長・教授 井上 和秀 編集後記 今月の会報誌は医工連携を特集しました。 座談会(INTERFACE)は、早稲田大学 先端生命医科学 センターの梅津先生にご司会をお願いし、川崎医科大学の 名誉教授でいまも川崎医療福祉大学と岡山大学の教授でも あり、更には医療技術産業戦略コンソーシアム(METIS) で共同議長を務めておられる梶谷先生と東京女子医科大学 先端生命医科学研究所の伊関先生にご出席いただき、わが 国の医療機器産業を家電やIT,自動車などの産業のように グローバル産業として発展させるにはどうすべきかを話し ていただきました。 Topic記事では、東京大学の竹内先生、手島先生の両先生 には「マイクロサイズの試料の捕捉とアレイ化のためのデ バイスの開発」について、杏林大学の鬼頭先生には「経頭 蓋磁気刺激によるうつ病治療」について、そして国立精神・ 神経医療研究センターの吉田先生には「近赤外線スペクト ロスコピー(光トポグラフィー)検査による抑うつ状態の 鑑別診断」についてそれぞれ解説していただきました。 TERRACEは本号から4回シリーズで、英国のライフサ イエンス戦略についての情報をお届けいたします。 株式会社メジテース 山本 治夫 36 JULY 2012 / HUMAN SCIENCE GA L L E RY 運ばれた蝶:農・園芸植物とともに マテバシイ葉上のムラサキツバメシジミ 若葉に擬態する終令幼虫 今回紹介するムラサキツバメシジミは、平成初期までは、 の蝶は、食樹への依存度が高く、食樹から離れた地域への 九州の温暖な照葉樹林帯付近を北限として生息していた大 移動途中と思える地点での観測例が無いことから、移動性 型のシジミチョウです。 の弱い種だと考えられています。耐寒性については、福岡 この蝶は、この 20 数年間のうちに関東の都市部にも見 県の生息地は昭和の中ごろまでは冬に雪が積もるような地 られるようになり、今ではすっかり街路樹等人の身近に住 であり、越冬は蝶が寄り集まって行うなど寒さにはずいぶ む街中の蝶になりました。 ん強い種のようです。以上のことから、温暖化が移住の引 なぜこの蝶が北上でき、しかも、原産地の広葉樹林とは き金になったとは考えがたいものがあります。 環境の異なる都市部に住み着くようになったのか、キーワ 移住のきっかけになったのは、むしろマテバシイの園芸 ードは、 食樹(マテバシイ・シリブカガシ) ・生息環境(地域) ・ 植物としての地位の変化ではないでしょうか。私の故郷で 園芸にあると考えられます。 。通常、蝶の分布域では、食 は、マテバシイは炭焼きの材料等に使われており、園芸用 草 / 樹への依存度と、生息地域(環境;共生生物、花、農 としてはあまり扱われてはいませんでした。近年、排ガス 林業に伴う生息地の保全等々)への依存度が 適度なバラ 等にも強く強風にも耐え得ることから、街路樹として当時 ンスをとっているのですが、この蝶のように食樹に極めて 道路整備の進んでいた東海・関東での需要が高まり、移植 強い依存度を持つ場合(幼虫期 = 一本の植樹で十分に蝶 に伴ってムラサキツバメシジミ(卵、幼虫、蛹)も同時期 までなれる、蛹期 = 固く丈夫な枯葉や密集した根元の葉 に移住したと考えられています。移植された街路樹へは、 を綴る、成虫 = 訪花性は無く、食樹につくアブラムシの 近隣への薬害を嫌い昆虫駆除等の薬剤散布がされなく、マ 蜜等を餌とする)は、生息域の特別な因子を必要としない テバシイの葉を食べる競争相手が少なかったのが幸いし ため、適度な大きさの食樹があれば、樹と共にどこへでも て、この蝶の定着に至ったようです。 移住ができる特性があります。 今後、この種の食樹が街路樹事情の変化で他の植物に置 よくこの蝶の関東・東海地方への移住を、温暖化と併せ き換えられた場合でも、公園等に残ったマテバシイで、周 て紹介されることがありますが、九州から北東の地での出 りの変化にかかわりなくムラサキシジミに混じって生き残 現地をみると、主に近年、街路樹・庭木・公園樹の移植を っていくように思えます。 行った地への点から点への移動の節があります。また、こ 今泉 晃 医療法人社団珠光会 企画管理室 CONTENTS JULY HEADING STAINED GLASS INTERFACE 2012 VOLUME 23 / NUMBER 3 Combat Drug Resistance by Haruo Watanabe Director-General, National Institute of Infectious Diseases A Variety of Arabic Treatment -3 by Mikio Yamazaki Professor Emeritus, Chiba University Future Direction Promoted by a Real Collaboration between Medicine and Engineering Fumihiko Kajiya Professor, Kawasaki University of Medical Welfare Professor Emeritus, Kawasaki Medical School Specially Appointed Professor, Okayama University Co-chairmen, Medical Engineering Technology Industrial Strategy Consortium (METIS) Hiroshi Iseki Professor, Institute of Advanced Biomedical Engineering and Science, Tokyo Women’s Medical University Mitsuo Umezu Professor, Department of Mechanical Engineering, Waseda University TOPIC/SCIENCE A Dynamic Microarray System toward the Immobilization and Release of Micro-sized Particles by Tetsuhiko Teshima Institute of Industrial Science, The University of Tokyo by Shoji Takeuchi Associate Professor, Institute of Industrial Science, The University of Tokyo TOPIC/ARTICLE Near-Infrared Spectroscopy: An Application for Differential Diagnosis for Depressive State by Sumiko Yoshida Director, Department of Laboratory Medicine, National Center Hospital, National Center of Neurology and Psychiatry TOPIC/ARTICLE Transcranial Magnetic Stimulation (TMS) in the Treatment of Depression by Shinsuke Kito Assistant Professor, Department of Neuropsychiatry, Kyorin University School of Medicine SPECIAL REPORT BioJapan 2011 World Business Forum-4 Technical Improvement of Isle Transplantation and Current Status of Islet Regeneration by Hirofumi Noguchi Visiting Researcher, Department of Gastroenterological Surgery, Dentistry and Pharmaceutical Science, Okayama University Graduate School of Medicine BioJapan 2011 World Business Forum-5 Providing Human Tissues and Cells for Biomedical Research by Takuo Kosaka Manager, Human Science Research Resources Bank, Japan Health Sciences Foundation TERRACE The Strategy for UK Life Sciences by Naoko Takei Senior Inward Investment Advisor, Trade & Investment Dept, British Embassy (Tokyo) by Yukiko Hirose Senior Inward Investment Advisor, Trade & Investment Dept, British Consulate General (Osaka) GALLERY The Flying Butterfly – Butterfly Traveled with Plant-Transit by Akira Imaizumi R&D Planning and Coordination Division, Shukokai Inc. FROM FOUNDATION FROM EDITOR Editor’s Postscript ヒューマンサイエンス振興財団 Ⓒ 財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団 ISSN 0915-8987 MP20706 ○ ● ● ● 財団法人 Summary of Reports Published by Japan Health Sciences Foundation in Fiscal Year 2011