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うつ病の新しい治療法の可能性を探る

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うつ病の新しい治療法の可能性を探る
第 44 回ヒューマンサイエンス総合研究セミナー
うつ病の新しい治療法の可能性を探る
平成 26 月 12 月 4 日(木)
砂防会館別館 1 階
シェーンバッハ・サボー
主催:公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
平成 26 年度厚生労働科学研究委託費
創薬基盤推進研究事業
第 44 回ヒューマンサイエンス総合研究セミナー
セミナーとは:官民共同研究を推進するマッチングの環境整備として行います。具体的に
は政策的に取り組むべき疾患やアンメットメディカルニーズの高い疾患等
に関して、創薬の可能性と課題を中心に企画・実施するものです。
テーマ案:うつ病の新しい治療法の可能性を探る
開催日時:平成 26 年 12 月 4 日(木) 10:00~17:20 予定
会
場: 砂防会館別館 1 階
シェーンバッハ・サボー(東京 平河町)
参加費:無料
定
員:200 名(製薬企業等の研究、研究企画等の方が主な参加者)
主
催:公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
司
会:大正製薬 関 隆行、大塚製薬 二村 隆史、ミノファーゲン製薬 井上 秀雄
プログラム最終案 141020
10:00~10:05 開会挨拶
公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 理事長 髙柳 輝夫
10:05~10:10 お願い事項等
大正製薬株式会社医薬事業企画部 業務管理グループ
マネージャー 関 隆行
【第一部】オーバービュー
10:10~11:00 うつ病診断と治療の現状と課題
(独)国立精神・神経医療研究センター 理事長・総長 樋口 輝彦
【第二部】新しい診断バイオマーカー
11:00~11:40 トランスレータブルブレインマーカー
東京大学大学院医学系研究科 精神医学分野 教授
笠井 清登
11:40~12:30 うつ病の脳脊髄液・血中バイオマーカー
(独)国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第三部 部長 功刀 浩
12:30~13:40
昼 食
【第三部】新しい創薬ターゲットと治療法
13:40~14:20 新規治療ターゲットとしてのグルタミン酸神経系
千葉大学社会精神保健教育研究センター 病態解析研究部門
副センター長・教授 橋本 謙二
14:20~15:00 うつ病におけるグリア仮説と創薬にむけた試み
国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター
精神科・臨床研究部 科長・副部長 竹林 実
15:00~15:20
休 憩
15:20~16:00 炎症・免疫系の変動を伴う患者群のうつ症状へのアプローチ
ノバルティスファーマ株式会社メディカル本部
中枢神経領域メディカルフランチャイズ部 部長 梶井 靖
16:00~16:40 エピジェネティクスからみたうつ病態と抗うつ機序
山口大学大学院医学系研究科高次脳機能病態学分野 教授 渡辺 義文
16:40~17:20 経頭蓋磁気刺激(TMS)によるうつ病のニューロモデュレーション
Neuromodulation for depression using TMS
杏林大学医学部 精神神経科学教室 講師 鬼頭 伸輔
うつ病診断と治療の現状と課題
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター
樋口 輝彦
理事長・総長
うつ病が増えているのはまず間違いない。ただ、厳密にはうつ病の実数が増えたのか、
受診する患者が増えたのかは、まだわからない。なぜなら正確な疫学調査結果がないか
らである。地域住民を対象にした WHO の疫学調査が 10 年前に一度行われ、わが国のう
つ病の生涯有病率が 6.7%であることが報告された。そして現在、同じ疫学調査が行わ
れている。この結果が出てはじめて、この 10 年間でうつ病が増えたかどうかが正確に
わかることになる。今、我々が増えたと言っているのは、国が3年に一度行う受療者数
の調査に基づいている。確かに、過去 10 年の間にうつ病の受療者は倍増した。しかし
これは受診した人だけを調べたものなので、それまで受診しなかったうつ病の受診率が
高まった結果見かけ上増加したように見えているだけかも知れない。真に増加している
かどうかは、現在進行中の地域疫学調査の結果が出てはじめて明らかになる。
それはともかく、臨床現場の実感、企業の方々の実感などをあわせて考えると、うつ病
が増えていることは間違いないように思われる。
うつ病の増加をめぐっては、その理由について色々な議論がある。「うつ病の概念あ
るいは診断基準が変わったから」「社会全体がストレス社会になり、うつ病が発生しや
すくなったから」「うつ病の啓発が進み、受診につながるようになったから」あるいは
中には「製薬メーカーが薬を売るためにうつ病を掘り起こしたから」といった見方まで
登場している。その原因が何であるかはさておき、うつ病によるコストを計算すると年
間、2兆数千億円のコストが発生するので、国としても対策を考えなければならない状
況にあるのは間違いない。
「うつ病はひとつの病気なのだろうか?一口に「うつ病」といっても随分、人によっ
て違いがあるようだが?」この疑問はしばしば投げかけられる。その場合、次のように
答えるようにしている。「病気=疾患」というのは、ひとつの原因により、ある共通の
経過、症状を有し、機能的あるいは器質的変化を伴うものと定義される。ここでは難し
い議論は横において、うつ病がこの定義に当てはまるか考えてみよう。うつ病の原因は
まだわかっていないので、「ひとつの原因」は相当しない。症状は共通なので該当する
が、経過は必ずしも皆同じではない。機能的変化あるいは器質的変化も明らかでない。
となると、とても「ひとつの病気、疾患」とは言えないのである。
このような症状のまとまりで規定されるものを医学では「症候群」と呼ぶ。その中から
原因が明らかになれば、その一群が症候群から抜けて「○○病」として独立する。
うつ病の診断は、症状のまとまりで行うのが実情である。「症状」は主観に属するも
のが多い。中には睡眠、体重など比較的客観性をもつ症状もあるが、これがうつ病に特
異的な症状とは言えないので、症状の組み合わせで診断することになる。昨年、改訂さ
れた DSM5の診断基準でうつ病を診断した場合の一致率が 20 数%とかなり低いことが
話題になった。どのように厳密な定義をし、教育をしても主観的な症状をもとに診断す
る限り、診断の一致率を高めることには限界がある。そこで、必要なのはバイオマーカ
ーの確立ということになる。脳科学が著しい進歩を遂げた今日、脳科学の知識と技術を
応用した診断マーカーの出現に関係者の期待は高まっている。
うつ病の治療に関する根本問題は、その原因が未解明なために根治療法がないことで
ある。根本治療が行えないのは事実であるが、だからといって治療の手立てがまったく
ないというわけではなく、偶然ではあるが 1950 年代に抗うつ薬が発見され、改良が加
えられ、今日に至っていること、薬物療法以外の方法(心理療法、通電療法など)への
置き換えや併用により、6~7割のうつ病が回復できるのが現状である。逆に、3,4
割のうつ病は難治化、慢性化して社会復帰できていないことになる。これら難治性うつ
病を解決すること、一度回復しても再発する「再発防止」の手立てを見つけることが求
められている。
創薬に役立つトランスレータブルブレインマーカー
の開発
東京大学大学院医学系研究科・精神医学 教授
笠井 清登
医学疾患研究において、げっ歯類を用いたミクロ病態解析や創薬スクリーニングは必須
かつ有効なプロセスである。しかしながら精神疾患研究においては、ヒト精神疾患とモデ
ルげっ歯類の行動や神経回路の相同性に限界があるため、臨床研究と基礎研究のトランス
レーションによるミクロ病態解明や創薬が本質的に困難であった。
こうした臨床研究と基礎研究のギャップを解消するために、げっ歯類、霊長類、ヒトで
共通に計測できるマクロ神経画像・神経生理学的指標を「トランスレータブル脳画像・生
理指標」と定義する。MRI, EEG等の神経画像・神経生理学的指標について、げっ歯類、霊
長類での計測系を確立することが必要である。
動物モデルにおいて、ある薬物の投与前後におけるトランスレータブル脳指標と行動の
変化が、ヒト疾患患者とパラレルであることを示せれば、その薬物は、臨床試験における
成功率の高い創薬候補となる。
このようにトランスレータブル脳指標が確立すると、大きく以下の2点の応用が期待で
きる。
1)
トランスレータブル脳指標を用いたヒト精神疾患の再分類、診断指標の
確立
2)
げっ歯類や霊長類のトランスレータブル脳指標計測法を標準化し、精神
疾患の基礎研究や創薬スクリーニング研究に広く活用
本年より、「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(文部科
学省)(the Brain Mapping by Integrated Neurotechnologies for Disease Studies
[Brain/MINDS])がスタートし、精神疾患解明に特化したトランスレータブル脳指標の開発
を進めているところである。
うつ病の脳脊髄液・血中バイオマーカー
(独)国立精神・神経医療研究センター神経研究所
功刀 浩
疾病研究第三部
部長
うつ病では、モノアミン仮説、慢性炎症仮説、視床下部―下垂体―副腎系(HPA系)の異常など
が病態仮説として有力である。演者らは、血液、脳脊髄液、内分泌負荷テストなどを用いてこれら
病態仮説について検討してきた。血液の検討は内外において精力的になされているが実用化に
足るものはいまだ見いだされておらず1)、脳脊髄液は脳内病態をよく反映することから、脳脊髄液
研究に力点を置いている。モノアミン仮説については、脳脊髄液中のモノアミン代謝産物に
ついて検討を行った結果、大うつ病患者では特にドパミン代謝産物であるホモバニリン酸
が状態依存性指標として有用である可能性が示唆された。セロトニン産生の原料となるト
リプトファンの血中濃度について検討したところ、うつ病患者では健常者と比較して軽度
ではあるが有意な低下がみられ、過去の研究のメタアナリシスでも支持された2)。これは慢
性炎症(神経炎症)によって炎症性サイトカイン上昇が生じ、キヌレニン経路が活性化し
た結果生じている可能性がある。事実、大うつ病患者は、健常者と比較して脳脊髄液中のIL-6
が上昇していることを見出した3)。近年、うつ病患者やストレス時に血液中のフィブリノー
ゲンが上昇することが報告され、慢性炎症仮説との関連が指摘されている。われわれは、
脳脊髄液中のフィブリノーゲンがうつ病患者の一部で異常高値を示し、うつ病類型化に有
用なバイオマーカーであることを示唆する結果を得ている。うつ病におけるHPA系の異常
は古くから指摘されており、演者らもデキサメタゾン/CRH 負荷テストが状態依存性マー
カーとして有用である可能性について報告した4)。しかし、その後の一連の結果から、うつ
病患者にはHPA系が亢進する病態と過剰に低下する病態があり、HPA系の機能検査はうつ
病の診断よりも、類型化に役立つと考えている5)。
文献
1)
2)
3)
4)
功刀浩ほか:精神科 22: 259-267, 2013.
Ogawa S et al: J Clin Psychiatry. 2014; 75:e906-15.
Sasayama et al: J Psychiatr Res. 2013; 47:401-6.
Kunugi H et al: Neuropsychopharmacology. 2006; 31:212-20.
5) 功刀浩ほか:臨床精神医学 42: 991-998, 2013.
新規治療ターゲットとしてのグルタミン酸神経系
千葉大学社会精神保健教育研究センター 副センター長・教授
橋本 謙二
現在、臨床の現場でうつ病の治療薬として使用されている抗うつ薬は、すべてモノア
ミン系に作用する薬剤であり、これらの抗うつ薬に奏功しない治療抵抗性うつ病の存在
も指摘されている。また現在の抗うつ薬による治療効果の発現には数週間以上必要であ
ることから、治療抵抗性うつ病に奏功する抗うつ薬、また効果発現の早い抗うつ薬の開
発が切望されている。
近年、興奮性アミノ酸の一つであるグルタミン酸が、うつ病、双極性障害などの気分
障害の病態に深く関わっていることが判ってきた。演者らは、うつ病および双極性障害
の死後脳(前頭皮質)を用いた研究から、気分障害患者の脳では、グルタミン酸濃度が
コントロール群と比較して、有意に高いことを報告し、気分障害の病態にグルタミン酸
受容体の過活動が関与している可能性を指摘した。2000 年に米国 Yale 大学の研究者ら
が、グルタミン酸受容体の一つである NMDA 受容体拮抗薬ケタミンが、1回の静脈投
与で即効性の抗うつ効果を示すことを報告した。その後、治療抵抗性患者(大うつ病性
障害、双極性障害)を対象とした幾つかのプラセボ対照二重盲検試験でも追試されてい
る。興味深いことに、ケタミンの抗うつ効果は、投与数時間後に観察され、1週間後で
も抗うつ効果が持続されることが報告されている。さらに、ケタミンの効果は、気分障
害だけでなく、心的外傷ストレス障害(PTSD)、強迫性障害(OCD)、自閉症スペクト
ラム障害(ASD)などの精神疾患にも有効であることが報告されている。このようなこ
とから、ケタミンは、精神科領域において、最も注目されている薬剤の一つである。
本講演では、うつ病の病態におけるグルタミン酸神経系の役割と現在、開発されてい
るグルタミン酸神経系薬剤について考察する。ケタミンには、二つの光学異性体が存在
するが、演者らは、ここ数年、二つの光学異性体を用いて、ケタミンの抗うつ効果の作
用メカニズムに関する研究を進めており、今回、これらの新しいデータについて考察し
たい。
参考文献
1.
Hashimoto, K., Sawa, A. and Iyo, M. Increased levels of glutamate in brains from
patients with mood disorders. Biol. Psychiatry 62, 1310-1316, 2007.
2.
Hashimoto, K. Emerging role of glutamate in the pathophysiology of major
depressive disorder. Brain Res. Rev. 61, 105-123, 2009.
3.
Hashimoto, K. The role of glutamate on the action of antidepressants. Prog.
Neuropsychopharmacol. Biol. Psychiatry 35, 1558-1568, 2011.
4.
Tokita, K., Yamaji, T. and Hashimoto, K. Roles of glutamate signaling in preclinical
and/or mechanistic models of depression. Pharmacol. Biochem. Behav. 100,
688-704, 2012.
5.
Ma, X.C., Dang, Y.H., Jia, M., Ma, R., Wang, F., Wu, J., Gao, G.G., and Hashimoto,
K. Long-lasting antidepressant action of ketamine, but not glycogen synthase
kinase-3 inhibitor SB216763, in the chronic mild stress model of mice. PLoS One 8,
e56053, 2013.
6.
Hashimoto, K. Therapeutic implications for NMDA receptors in mood disorders.
Expert Rev. Neurother. 13, 735-737, 2013.
7.
Li, SX, Fujita, Y., Zhang, JC, Ren, Q., Ishima, T., Wu, J., and Hashimoto, K. Role of
the NMDA receptor in cognitive deficits, anxiety, and depressive-like behavior in
juvenile and adult mice after neonatal dexamethasone exposure. Neurobiol. Dis.
62, 124-134, 2014.
8.
Li, S.X., Zhang, J.C., Wu, J., and Hashimoto, K. Antidepressant effects of ketamine
on depression-like behaviors in juvenile mice after neonatal dexamethasone
exposure. Clin. Psychopharmacol. Neurosci. 12, 124-127, 2014.
9.
Zhang, J.C., Li, S.X., and Hashimoto, K. R (-)-Ketamine shows greater potency
and longer lasting antidepressant effects than S (+)-ketamine. Pharmacol.
Biochem. Behav. 116, 137-143, 2014.
10. Hashimoto, K. R-Stereoisomer of ketamine as alternative of ketamine for
treatment-resistant major depression. Clin. Psychopharmacol. Neurosci. 12, 72-73,
2014.
11. Yang, C., and Hashimoto, K. Rapid antidepressant effects and abuse liability of
ketamine. Psychopharmacology 231, 2041-2042, 2014.
12. Hashimoto, K. Blood D-serine levels as a predictive biomarker for the rapid
antidepressant effects of the NMDA receptor antagonist ketamine.
Psychopharmacology 231, 4081-4082, 2014.
13. Yang, J.J., Wang, N., Yang, C., Shi, J.Y., Yu, H.Y., and Hashimoto, K. Serum IL-6 is
a predictive biomarker for ketamine’s antidepressant effect in treatment-resistant
patients with major depression. Biol. Psychiatry in press.
うつ病におけるグリア仮説と創薬にむけた試み
国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター 精神科科長・副臨床研究部
長 竹林 実
グリアは人間の脳において、神経細胞の 2 倍以上存在し、アストロサイト、オリゴデ
ンドロサイト、ミクログリアなどから構成されており、アストロサイトが多数を占めて
いる。近年、アストロサイトは神経栄養因子・成長因子の貯蔵・産生機能、血液脳関門
の形成・血流の調節、グルタミン酸などの神経伝達物質・グルコースの取り込み能など
多様な機能を有することが明らかとなっているが、グリアの機能は以前は単なる神経細
胞の支持組織としての認識しかなされておらず、うつ病の病態・治療研究はモノアミン
神経系を中心に発展しており、注目されていなかった。
うつ病の死後脳や脳画像研究において、前頭前野・前部帯状回などの特定の領域では
神経細胞よりもむしろグリアの密度が減少しているという知見や糖エネルギー代謝の
低下、グリア関連遺伝子発現の低下などが繰り返し報告されるようになった。動物モデ
ルにおいては、慢性ストレス状態では、前頭部のアストロサイトの密度が低下し、一方、
正常ラットの前頭葉皮質へアストロサイト特異的な障害を与える化学物質の投与やア
ストロサイトのマーカーである GFAP を前頭葉皮質に選択的に抑制するような遺伝子
操作を行ったマウスにおいても、うつ病様の行動を示すことが報告されている。後者は、
アストロサイトの障害がうつ病による 2 次的な変化ではなく病因に関与することを示
唆するものである。
われわれは、疾患修飾薬(disease-modifying drug)の開発の観点から アストロサイ
トに着目して検討を行った。意外なことに既存の抗うつ薬が、アストロサイトおよびそ
のモデル細胞において、グリア細胞細胞株由来神経栄養因子(GDNF)、繊維芽細胞成
長因子(FGF-2)、脳由来神経栄養因子(BDNF)などのうつ病と関連のある 神経栄養
因子・成長因子群の発現を誘導し、特に古典的な三環系抗うつ薬においてその作用が強
い傾向であった。この作用は、抗ヒスタミンや抗コリン作用の副作用関係の受容体とは
関連がなく、さらにモノアミンとも直接的な関連がなかった。三環系抗うつ薬は、今な
お臨床場面で SSRI や SNRI 抵抗性の重症うつ病患者での治療効果や、躁転を誘発する
確率の高い抗うつ薬として知られていることから、この三環系抗うつ薬のアストロサイ
トにおける特異な薬理作用が SSRI や SNRI の作用を補うような治療効果に関連すると
想定してさらに検討を行った。現在のところ、マトリックスメタロプロテアーゼ/受容
体型チロシンキナーゼ/ERK 経路を介していることが判明している。今後はアストロ
サイトにおける標的分子の同定、動物モデル・患者脳サンプルでの検討などトランスレ
ーショナルな検証が創薬にむけて必要であると考える。
参考:竹林 実 気分障害のグリア仮説から創薬へ向けて 気分障害の薬理・生化学-
うつ病の脳内メカニズム研究:進歩と挑戦- 躁うつ病薬理生化学研究懇話会編 医薬
ジャーナル社 大阪,2012
炎症・免疫系の変動を伴う患者群のうつ症状へのアプ
ローチ
ノバルティスファーマ株式会社メディカル本部
ャイズ部
部長 梶井 靖
中枢神経メディカルフランチ
うつ症状に関与するモノアミンの 1 つとして重要なセロトニンはトリプトファン代
謝産物であるが、トリプトファン代謝産物のおよそ 10%程度に過ぎず、大半は別の代謝系、
すなわちキヌレニン代謝系で代謝される(図)。このキヌレニン代謝系の代謝産物もまた
neuroactive な化学物質であり、脳神経系の機能に様々な影響を与えることが知られている。
具体的には、最終産物であるキノリン酸は NMDA 受容体に対するアゴニスト活性を持ち、
内因性の神経毒性物質として知られ、神経変性疾患病態への関与が解析されている。また、
キヌレン酸は逆に NMDA 受容体に対してアンタゴニストとして作用し、神経保護作用があ
ると考えられているだけではなく、AMPA 受容体やα7 型アセチルコリン受容体に対して
も作用することから、脳高次機能への関与が指摘されている。興味深いことに、このキヌ
レニン代謝系は様々な精神疾患において正常群よりも活性化していることが報告されてい
る。統合失調症では死後脳の代謝産物や酵素活性の測定結果がキヌレニン代謝系活性化を
示唆しており、また、脳脊髄液(CSF)の分析結果も同様の結論を支持している(1)。双
極性気分障害患者でもキヌレニン代謝系活性化が報告されており、これら2つの疾患では
キヌレニン代謝系を構成する分子をコードする遺伝子に疾患リスクが存在する可能性が示
されている(2, 3)
。統合失調症と双極性気分障害は etiology の一部が共通する可能性が提
起されており、これら 2 つの疾患にキヌレニン代謝系異常が共通することはそうした推測
を構成する要素の 1 つとなり得ることを示唆しているが、一方で、キヌレニン代謝系の異
常はうつ病、および他の身体疾患に伴ううつ状態においても複数のグループから報告され
ている (4)
。さらに、そうした診断カテゴリーを超えて、自殺企図を持つ集団と正常集団
との比較においてもキヌレニン代謝系活性化が示されていることから、各疾患 etiology に
関連する生体システムではなく、ある種の精神状態に共通する生理学的変化である可能性
が推測される(5)
。
このように、脳内で生理活性を持つ代謝産物を生成し、かつ、様々な精神疾患で活
性化が示唆されるキヌレニン代謝系であるが、末梢では生体防御機構の一部としての側面
を持っている。キヌレニン代謝系の律速酵素であるインドールアミン酸素添加酵素
(Indoleamine 2,3-dioxygenase, IDO, 図参照)はインターフェロンγ(IFNγ)で誘導さ
れる特徴を持ち、このため、ウィルス感染細胞において IDO を誘導してキヌレニン代謝系
を活性化することで細胞のトリプトファンを枯渇し、それによってウィルス増殖を抑制す
る働きを持っている。興味深いことに、IFNγ による活性化経路とは別に、TNF-α、IL-1
β、IL-6 といった炎症性サイトカインによっても IDO が活性化されることが近年報告され
ており、また、これらの炎症性サイトカインの上昇が上記に示した精神疾患患者群やうつ
状態を呈する身体疾患患者群で共通して観測されている。では、実験動物において炎症性
サイトカインレベルを上昇させることで精神症状様の行動異常は誘導されるだろうか?ま
た、うつ状態の患者群に対して、炎症性サイトカインを標的とした治療介入は奏効する余
地があるだろうか?セミナー当日はこうした点を議論していきたい。
図.トリプトファン代謝の主要経路であるキヌレニン代謝系.IDO, Indoleamine
2,3-dioxygenase; KMO, kynurenine 3-monooxygenase; KAT, kynurenine
aminotransferase.
参考文献
(1) Schwarcz R et al. Kynurenines in the mammalian brain: when
physiology meets pathology. Nat Rev Neurosci 13, 465-77, 2012.
(2) Lavebratt C et al. The KMO allele encoding Arg452 is associated with
psychotic features in bipolar disorder type 1, and with increased CSF
KYNA level and reduced KMO expression. Mol Psychiatry 19, 334-41,
2014.
(3) Wonodi I et al. Downregulated kynurenine 3-monooxygenase gene
expression and enzyme activity in schizophrenia and genetic association
with schizophrenia endophenotypes. Arch Gen Psychiatry 68, 665-74,
2011.
(4) Walker AK et al. Neuroinflammation and comorbidity of pain and
depression. Pharmacol Rev 66, 80-101, 2013.
(5) Erhardt S et al. Connecting inflammation with glutamate agonism in
suicidality. Neuropsychopharmacology 38, 743-52, 2013.
エピジェネティクスからみたうつ病態と抗うつ機序
山口大学大学院医学系研究科
渡辺
高次脳機能病態学分野
義文
教授
うつ病の発症には、ストレス適応機構の構成要素である神経可塑性の障害が想定され
ている。すなわち、「うつ病患者は素因的にストレスに対する脆弱性を有し、通常では
適応可能なストレス負荷によっても適応破綻をきたすことで神経可塑性異常が生じ、う
つ状態に陥る」というストレス脆弱性仮説が想定されている。神経可塑性には脳内の遺
伝子発現調節機構が重要な役割を担っている。遺伝的要因やストレスなどの環境要因に
よって脳内遺伝子発現調節機構に障害が起こると、細胞機能さらには生理機能が変化し、
脳高次機能に影響を及ぼす。うつ病における抑うつ状態の慢性化や抗うつ薬による治療
効果発現までには週単位の時間がかかること、また双極性障害の治療薬として使用され
ているバルプロ酸は、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害作用を有することなどから、気
分障害の病態には持続的かつ可逆的な遺伝子発現調節機構が関与していることが推測
される。従って DNA メチル化やヒストンタンパク質の化学修飾といったエピジェネティ
ックな遺伝子発現調節機構が、気分障害の病態の一端を説明できる分子イベントである
可能性が示唆されている。
我々はこれまでに、ストレス脆弱性マウスとストレス耐性マウスを確立することで、
ストレス脆弱性仮説に基づいたうつ病の新たな分子機序ならびに抗うつ機序を検討し、
うつ病脳における様々なエピジェネティクス異常を見出している。慢性ストレス負荷後
のうつ状態のマウス脳内における遺伝子発現変動を調べたところ、側坐核ではグリア細
胞由来神経栄養因子(GDNF)の発現量が減少していた。一方、ストレス耐性マウスでは増
加していた。うつ状態のマウスの側坐核に GDNF を過剰発現させると、うつ様行動は消
失したことから、GDNF のうつ病態への関与が示唆された。また、ストレス負荷によっ
てうつ状態のマウスの GDNF 遺伝子プロモーター領域は高頻度にメチル化され、ヒスト
ンアセチル化レベルは低下していた。一方、ストレス耐性マウスにおける GDNF 遺伝子
プロモーター領域のヒストンアセチル化レベルは増加していた。この結果は、同程度の
ストレスを受けても遺伝的要因によってエピジェネティック調節が異なることを示し
た最初の報告であり、遺伝的要因と環境要因のみならずエピジェネティックな要因をも
含む他因子によってストレス反応が決定されることを強く示唆している。さらに、ヒス
トン脱アセチル化酵素阻害剤や DNA メチル基転移酵素阻害剤の投与は、既存の抗うつ薬
に比べて早期の抗うつ作用が観察された。これらの結果は、エピジェネティックな遺伝
子発現制御がうつ病態のみならず抗うつ機序に関与していることを示しており、エピジ
ェネティクス制御化合物がより即効性のある新たな抗うつ化合物となり得ることを示
唆している。
昨今のトランスレーショナルリサーチの推進を背景に、動物モデルを用いた成果をヒ
ト臨床サンプルを用いた基礎・臨床の統合解析へと発展させることが求められている。
我々は上述のマウスで得られた成果を出発点として、うつ病のバイオロジカルマーカー
の確立を試みている。現在までに、大うつ病性障害患者末梢白血球におけるエピジェネ
ティクス関連遺伝子群の発現異常ならびに白血球 DNA のメチル化異常を認めており、動
物モデルのみならずヒト臨床サンプルにおいてもうつ病におけるエピジェネティクス
制御異常の存在が強く示唆されている。本発表では、エピジェネティックな遺伝子発現
のうつ病態と抗うつ機序に対する役割ならびに気分障害に対するエピジェネティクス
創薬の可能性について考察する。
参考文献
Uchida, S., Hara, K., Kobayashi, A., Otsuki, K., Yamagata, H., Hobara, T., Suzuki, T., Miyata,
N., and Watanabe, Y. (2011). Epigenetic status of Gdnf in the ventral striatum determines
susceptibility and adaptation to daily stressful events. Neuron 69, 359-372.
Abe, N., Uchida, S., Otsuki, K., Hobara, T., Yamagata, H., Higuchi, F., Shibata, T., and
Watanabe, Y. (2011). Altered sirtuin deacetylase gene expression in patients with a
mood disorder. J Psychiatr Res 45, 1106-1112.
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Watanabe, Y. (2011). State-dependent changes in the expression of DNA
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TMS によるうつ病のニューロモデュレーション
杏林大学医学部
精神神経科学教室
鬼頭 伸輔
講師
経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation, TMS)は、脳を非侵襲
的かつ局所的に刺激する方法である。おもに神経細胞(ニューロン)の軸索を
刺激し電気信号を発生させ、シナプスから神経伝達物質を放出させる。脳が活
動するときには、ニューロンからなる神経ネットワークに電気信号と化学信号
が行きかい高度な情報処理がなされる。TMS は選択的に神経ネットワークをモ
デュレーションすることができ、ユニークな脳刺激技術といえる。TMS は刺激
部位や刺激頻度などの刺激条件に応じて作用が異なり、5-20Hz の高頻度刺激は
刺激部位の活動性を増強し、1Hz の低頻度刺激は刺激部位の活動性を減少させる。
規則的な刺激を連続して行うものを repetitive TMS(rTMS)と言う。従来の抗う
つ薬による薬物療法では、その薬理学的特徴に基づくさまざまな系統的副作用
が認められるが、rTMS では原理的に系統的副作用はなく、電気けいれん療法に
伴う健忘や認知機能障害も生じない。安全性や忍容性に優れており、既存の薬
物療法に反応しないうつ病患者への新規抗うつ療法として期待できる。うつ病
患者を対象とした脳機能画像研究は、背外側前頭前野、腹外側前頭前野、前部
帯状回、脳梁膝下部、前頭葉眼窩野、扁桃体などの脳領域が、その病態に関与
していること示し、うつ病では前頭前野と辺縁系領域の機能不全が想定されて
いる。左背外側前頭前野の低活動(hypofrontality)は再現性の高い所見とされ、
rTMS の治療標的の部位として選択される。rTMS によるうつ病治療では、おもに
二つの刺激方法があり、標準的な刺激方法である左前頭前野への高頻度刺激と
代替的な右前頭前野への低頻度刺激がある。どちらの刺激方法も複数の二重盲
検ランダム化試験やメタアナリシスによって、その抗うつ効果が実証されてい
る。前者の刺激方法は、刺激部位である左前頭前野の脳血流を増加させ、後者
の刺激方法は膝下部帯状回や前頭葉眼窩野の脳血流を減少させる。さらに、一
連の研究は背外側前頭前野や腹内側前頭前野の脳血流量が、rTMS の治療効果の
予測因子となる可能性を示唆している。また、high-density EGG と sLORETA を組
み合わせた研究から、rTMS 前後の resting EEG functional connectivity の変化を確
認し、rTMS によるうつ病治療では、fronto-parietal network が関与していること
を明らかにした。当日は機能的神経画像の知見から rTMS の抗うつ機序を考察す
る。
参考文献
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