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1 演劇灰ホトラ「ぎんいろ」 「戦争は成層圏の上。トンボが街を支配する。私

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1 演劇灰ホトラ「ぎんいろ」 「戦争は成層圏の上。トンボが街を支配する。私
演劇灰ホトラ「ぎんいろ」
「戦争は成層圏の上。トンボが街を支配する。私と暮らす、男はぎんいろ。
」
作 ・ 荒木聡志
1
0幕 客入れ
呟いている。
トンボに乗って月へ出て帰らない男達を、繰り返し。
リリ
スス
リリ
ザルコ
スーノ
ネリ
ザロク
アキラ
ヘーゲラ アナイ
カカ
ナフレ
タケシ
ネネ
リリ
ネリ
ヘーゲラ カビル
ラタル
ザルコ
リリ
花屋の、男 絵描きの、男
スス
スーノ
靴屋の、男
リリ
シーカス
アマレ
ツェネズ
アジャレ
シェルボ
イジャク
ソルケ
ケレル
ツリネ ピケ
郵便配達の、男
6時のラジオの、男
ポッカ
ポッカ
ナーハム
初恋の、男
自転車屋の、男 2軒隣の、男
2軒隣の、男 ピアノを弾いた、男
スス
3軒隣の、男
リリ
ザルコ
スス
ソキノ
シャルル
スス
スス
マカル リク
初恋の、男
スーノ
ネリ
歌を唄った、男
ザロク
ヘーゲラ アナイ
マカル リク
ソキノ
シーカス
アマレ
リリ
アキラ カカ ナフレ シャルル ツェネズ ローレマルブルク 兄さん
スス
タケシ ネネ ラタル アジャレ シェルボ シーアサトリルム 兄さん
ポッカ
(任意の回数繰り返し)
2
1幕・月曜日
リリ
だけど、違うね、まだ夜だ。
まどろんだのは一瞬で、これは、昼間みたいな、だけの夜だ。トンボだトンボ、トンボが来
たよ。トンボが飛んでる夜だから、ほら、ぎんいろ、見えるね。そこのリンゴの、色の赤。
照らし出されていく街。タバコ屋の犬が吼えてから、窓が震える。
スス
だけど、違うね、まだ夜だ。
まどろんだのは一瞬で、これは、昼間みたいな、だけの夜だ。トンボだトンボ、トンボが来
たよ。トンボが飛んでる夜だから、ほら、ぎんいろ、見えるね。積んだ本に、積もった埃。
照らし出されていく街。水路から水鳥が逃げ出して、窓が震える。
2
そうだ、だから、違うね、まだなんだ、夜は明けない。
まどろんだのは一瞬で、
リリ
トンボだトンボ、トンボだトンボ、トンボだトンボだ悪いトンボだ、トンボだトンボ、
スス
トンボだトンボ、トンボだトンボ悪いトンボだ、
リリ
トンボだトンボ、トンボだトンボだトンボだトンボだ、
スス
トンボだトンボ、トンボだトンボだトンボだトンボだ、
2
ギラギラ光る空中戦艦、月曜夜の悪いトンボが来て、悪い音を鳴らすよ、ほら、街中の、
リリ
犬が、
スス
鳥が、
リリ
街灯が、
スス
並んだ屋根が、
2
窓が、私達の部屋が、震えてく、ぎんいろ、時間だよ。
スス
馬鹿みたい、もう慣れたね。
2
遊園地!ぎ、ん、い、ろ!遊、園、地!
リリ
ねえ、ぎんいろ、遊園地、
スス
先月行った、遊園地、
2
話を、しようか、あの日曜の日の、東区17公園の、移動遊園地の、
スス
話を。
リリ
赤い花で出来た小さな門をくぐったね、そしたらさ、服を着た、馬がいた、2匹いた、
スス
赤い花で出来た小さな門をくぐったら、馬いたね、服着てた、子供が乗ってて、笑ってた、
リリ
看板に、火を飲む人の絵があって、おっきなトカゲの絵もあって、それよりカボチャ、
スス
乗り物けっこう、豊富にあって、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ・・
リリ
でっかいでっかいでっかいカボチャ、限度を超えてたね、あのカボチャ、乗り物が、ひと
スス
3
リリ
つ、ふたつ、みっつ・・・・よっつ、いつつ、あったね、虫の車、白鳥の船、回る蜜蜂、
スス
・・・・いつつ、あったね、回る蜜蜂、白鳥の船、虫の車、
リリ
気球が地面を走ってて、
スス
気球が地面を走ってて、それから、そう、知らない国の、知らない動物に乗ってゆく、
リリ
小振りなジェットコースター、
スス
知らない国の、知らない動物に乗ってゆく、
変だったね、すごく、結局、滑り台の親玉みたいなやつだけ
リリ
ぎんいろ、
ぎんいろ、出店、色々あったね、
スス
滑ってさ、遊園地、
ぎんいろ、ぎんいろ、出店、沢山あったね、
リリ
アヒルを釣るやつ、カエルを釣るやつ、伸びる棒、光る腕輪、プラスチックでできた剣、
スス
道化のお面、カラスのお面、知恵の輪、トランプ、チョウチョの標本、おかしなヤドに
リリ
海賊、わたあめ、深海魚、バッチにバイクに風船ガム、冗談みたいな形のメガネ、
スス
入ったヤドカリ、戦車、飛行機、潜水艦、銃剣、爆弾、指令棒、
2
それからさ、日曜日だけの歌姫の、マザーロギューラ=カパヤのステージ。
ぎんいろ、
スス
ぎんいろ、
リリ
ぎんいろ、
スス
もうじき終わるよ、もうじき。
リリ
大体おかしいよ、味方の街の空に、あんなでっかいトンボ飛ばしてさ。
スス
月曜日、居住区の空で、11時から決まって10分続く、トンボから出る悪い音。
リリ
ぎんいろを壊す音、ぎんいろが、壊れる音。
2
お願い。
スス
君のからだがもうこれ以上、
リリ
君のかたちがもうこれ以上、
2
もうすぐ終わるよ、いつものように、
リリ
目を、
スス
手を、
2
いつものように、
リリ
わたしの目を見て、
スス
わたしの手を握って、そうだよ、
2
もうこれで、最後にしなきゃ。
橋を渡ろう。
もうこれ以上、トンボの悪い音を聞いたら、
リリ
無くなってしまうよ、きっと、
2
なんにも、
スス
無くなってしまうよ。見て、
リリ
ほら、
2
ぎ、ん、い、ろ!
4
2
月曜日は、月の輪が、よく見えるね。
(2 発の銃声)
5
2幕・火曜日
スス
目覚めると、いつも塔を見ている。いつ目を覚ましたのかも、いつから塔を見ていたのかも、
ぼんやりに、そうして私は私を横たえたまま、いつもいつの間にか目を覚まして、塔を見つ
めている。待っている。
リリ
今日の煙は何色か。
スス
今日の煙はどこへ向く。
2
ああ、
リリ
まっしろ。
スス
まっすぐ。
2
窓の外はるか、街の真ん中まんなかの塔、削られ山を溶かして昇る、煙が無風の朝の空、
今日は、
リリ
まっしろまっすぐ。
スス
まっしろまっすぐ。
2
大丈夫、月曜の夜が明けても、
リリ
ぎんいろの目が、私を見ている。
スス
ぎんいろの手が、私に触れている。
2
私の男は残ってる。三月街を欺く私は、あと幾日かも大丈夫。髪を軍帽に捻じ込んで、振り
向けば、
リリ
男の目は私を見、
スス
男は私に手を振って、
2
笑ったか、どうだろね。
リリ
イの居住棟11階の5の秘密。
スス
ケの居住棟9階の9の秘密。
2
私達の巣を後ろ、戦争は成層圏の上。
リリ
街をまあるく囲った川に沿い、
スス
巡回警備の赤ガニが、むしろ呑気に横へゆき、
リリ
削られ山に雲がない。
スス
予報通りの天気になるね。
2
塔に煙が上り、街の歯車は回り出す。
リリ
ガラガラガラガラ、
スス
大中小の工場と、
リリ
倉庫と商店の鎧戸が上がり、
スス
どくどくどくどく、
リリ
荷揚げ場のクレーンが、
スス
砂利場のコンベアが、
リリ
圧縮機のレシプロが、
スス
発電機のボイラーが、
リリ
燃料を飲んで、
スス
朝靄と廃油の、
リリ
パンと鋼の匂いは混じり、
6
スス
窓辺の花ガラを摘んで、
リリ
軒先の鉄屑を掃いて、
スス
砲台の落書きを踏んで、
リリ
鋸屋根でギザギザに、縁どられた青空の下、
スス
信号待ちの過積載、砲弾を摘んだ、ダンプを子供が横切って、
リリ
過酸化水素のタンク貨車を、待って遮断機が上がる。
スス
この朝の、
2
私の街を、私は何処へ。
リリ
8番線を歩いて、東のバスターミナルへ。
スス
ゴンドラに乗って、西の丘の通信所へ。
リリ
大丈夫、
2
ぎんいろ、
スス
大丈夫、
リリ
誰にも知られていないんだ。
スス
誰にも奪われるものか、ぎんいろと、
リリ
わたしの、
2
・・・
スス
ねえ、
2
私は今日も軍務を終えて、家に帰ったら、今日はぎんいろの好きな、月を一緒に、眺めて
もいいよ。
火曜日も、月の輪がきっと良く、見えるよね。
リリ
銀の男なんて知らない
スス
銀の男なんて知らない
2
銀の、
(2 発の銃声)
7
三幕・水曜日
リリ
目覚めると、いつも塔を見ている。いつ目を覚ましたのかも、いつから塔を見ていたのかも、
スス
そうして私は私を横たえたまま、
リリ
ぼんやりに、
スス
いつもいつの間にか目を覚まして、塔を見つめている。
リリ
待っている。
今日の煙は、何処へ向く。ああ、窓の外はるか、街の真ん中真ん中の搭、
スス
今日の煙は、何色か。
リリ
煙が曇った
スス
リリ
ああ、窓の外はるか、削られ山を溶かして昇る、
今日は
黄土に色付き、北に傾く。大丈夫、
朝の空、今日は、黄土に色付き、北に傾く。
月の下、私を犯した、目が、 私を見ている。
スス
私を犯した、
大丈夫、火曜の夜に
三月街を欺く私は、あと幾日かも
手が、 私に触れている。
リリ
大丈夫。
スス
込んで、振り向けば、男は私に、手を振って、
リリ
ケの
髪を軍帽に捻じ
男の目は、私を見、笑ったか、どうだろね。
笑ったか、どうだろね。
9階 9の、私達の巣を後ろ、戦争は成層圏の上。
スス
イの11階の
5
リリ
削られ山が雲に、沈む。
巡回警備の赤ガニが、むしろ呑気に横へ
スス
ゆき、
予報通りの天気になるね。
2
搭に煙が昇り、私達の生きるところ、軍需工場の街は今日も、100年続く月の戦争の歯車
を動かした。私は何処へ。
リリ
8番線を歩いて、東のバスターミナルへ。
スス
ゴンドラに乗って、西の丘の通信所へ。
リリ
大丈夫、
2
ぎんいろ、私の拾った男。
スス
大丈夫、
2
私は今日も軍務を終えて、家に帰ったら、今日もぎんいろの好きな、月を一緒に、あ、
スス
青トンボだ。
リリ
青トンボだな、あ、リンゴ、
スス
水曜日にいつも飛ぶトンボ、小さな小さな、
リリ
リンゴリンゴ、
スス
諜報部の青トンボ。何の仕事してんだろ。
リリ
おいこら、ちょっと、リンゴ、止まって、ねえ、
リリ
スス
リンゴ売りの、おば・・・おねえさーーー・・・
戦争は成層圏の上、
リリ
スス
リリ
スス
ーん。
塔に煙が昇って、私達の一日は始まった。定刻通りに
はあ、
やってきた、丘の上へ向かうゴンドラに乗って、私は、 私の、持ち場へ。振り向けば
はあ、
おはよう、
きっと、 眼下に街が良く見える。山から塔へ、無数に伸びるパイプも、
搭の周り
8
リリ
スス
リンゴを、安いね、いっこ、
に止まる、沢山のトンボも、
リリ
スス
いや、
陸橋を潜る、煤けた貨車の列も、 東
そこの真っ赤のと、ふたつ、
の端の高台の、戒めの砲台も、
リリ
ああ、
今日は、
スス
花屋の、 肉屋の、
それから居住区、
黄色いね。
帽子屋の、
リリ
下さいな。
「黄土に煙るは君安らかなる日」だよね。
八百屋の、
それから、
嘘、
カパヤの歌だよ、おねー
スス
それらの店の前の、路地に列をなす女達が、持ち場に向かう姿も、
リリ
さんないの?流行ってるのに。
スス
リリ
うん、 うん、 ありがとう、リン
街と外とを区切る、無駄に、 広い、 川も、
ゴ、きっと、甘いね。
スス
スス
仕立て屋の、
いってきます。
でも私は、振り向かないことにしている。
ゴンドラの前方、次第に大きくなってる私の持ち場の、西の丘の大アンテナを、まっすぐに
見つめて、ああ、そうだ、私は、暗号女王ってのはどうだ。戦地から届く、あらゆる暗号を
つぶさに解読する、私は、西通信所の暗号女王だ。
リリ
あ、
スス
無理だな。第一私、もうずっと、あれを、解読できない。
リリ
靴ズレ治ったかもな。
スス
無理でも、今日こそ、聞きたいな。あの声、月から聞こえてくる謎の、男の。
リリ
ねえ、
2
今日も軍務を終えて、家に帰ったら、ぎんいろ、今日は、君の好きな、
リリ
リンゴを買ったよ、だけど、
2
月が、雲に隠れて見えないね。
でも、どうせ、水曜日は月の輪が、あんまり良く、見えないのだけれど。
リリ
銀の男なんて知らない。
スス
銀の男なんて知らない。
2
銀の、
(2発の銃声)
9
四幕・木曜日
2
木曜日は、やってくる。
リリ
月解放軍広報部第2東バスターミナル所属ルカーカ・リリ准士官は、
スス
月解放軍特殊情報部西通信所所属ルカーカ・スス准士官は、
リリ
国境の橋で、隣国の有力者達、新しい金ずる候補をお出迎え。
スス
通信所の北門で、特情本部の黒い箱、新しい暗号鍵をお出迎え。
2
そう、
リリ
発車、オーライ。
スス
やってくる
2
(敬礼)
リリ
ようこそ、ようこそ、ようこそ皆様、本日はご多忙の中、我が国の御視察会にお集まり頂き
ましたことを、厚く御礼申し上げますと共に、心より歓迎致します。本日わたくし、広報部
所属ルカーカ・リリが、皆様のご案内を担当させて頂きます。どうぞ、宜しくお願い致しま
す。早速ではございますが、当バスはこれより、あら、いえ、とんでもございません。こち
らこそ、この様な素敵な紳士方に囲まれて、マイクを持つ手に思わず力が入るというもので
ございます。あら、いえ、とんでもございません。わたくしむしろ、お客様の様なしっかり
した体型の方が好みでして、あら、本日はしっかりした体型の方が、ひとり、ふたり、数え
るのはやめましょうか?あら、そうでございます。皆様ご存じの通り、我が国は慢性的に男
性が不足しておりまして、(揺れる)おっと、皆様、申し遅れました、ご注意下さいませ。
我が国は月戦争の重要拠点、狭い国土に最大効率の生産体制を構築すべく、地上に地下に、
様々な増築改修工事を行っております。工事区画、路面状況の悪い箇所を通過する際、バス
が大きく揺れる場合がございます。あの、もしうっかり、皆様に怪我でもさせてしまいます
と、わたくしルカーカー・リリ、上官に銃殺されてしまいますので。
さて、お手元の資料内行程表にございます通り、当バスはこれより国境となるスナ川に沿っ
て北上しながら、我が国の軍事生産体制各ラインを巡った後、その中枢となる中央搭へと向
かう予定となっております。わたくしなんだか、素敵な予感が致します。我が国と皆様との
間に、良好な関係が産まれる予感が、どこからでしょう、西との、東との、南との、北との、
資本と技術を連絡する、皆様のお鞄から、それとも、その素敵なお腹周りからでしょうか。
現在バスは 18 番区画、掘削重機の製造、メンテナンスを行う工場群を進んでおります。月
解放の要となる空中戦艦、その材料となる S 型鉄鉱石及び目眩石の安定的な採掘が、勝利の
為にいかに重要であるか皆様には申し上げるまでもないでしょう。さあ、まもなく右手に見
えてまいります。
スス
チョコレート。
リリ
多足戦車を我々が「カニ」と呼ぶのは皆様ご存知の通り。そう、我が国では主要な兵器や重
機にしばしば神話に登場する架空の動物の名を与えます。全高17m全長34m、16 本の採
掘アームを備えた、多機能型コンバイン RH―772―SL、国民に「ジグモ」と呼称される
これは、世界最大の掘削重機でございます。
スス
寒いんだ。通信所の北門は、建物の影になる。それで、いつも思う。将校が黒い箱を持って
10
ここにやってきて、私達通信兵がその周りを取り囲むと、寒さが、まるでその箱のまっくろ
さの中に、集まっていくみたいだって。口の中でこっそり溶かす、チョコレートがやけに、
生暖かい。将校が、ほら、いつもの様に神妙に、黒い箱を開けるけど別に、神妙になんてし
なくてもいいよ。でもそれも、この人の仕事の一部なんだろうな。
黒い箱の中には、暗号鍵。最高軍事機密、今週使用される暗号鍵を記したメモがある。将校
が、懐中時計を手にした。神妙に。5 分間だ。将校が、5 分後の合図を出すまでに、私達通
信兵はそれを記憶しなくてはならない。今週の暗号鍵は、少し、長いか。
張り詰めるこの記憶時間、メモを取り囲む通信兵達の中に一人、両手をふらふら、ふらふら
と、動かす女がいる。私だ。無意識なんだ。要は癖で、小さい頃からずっとそうで、何かを
記憶しようとする時、手を空中で、ふらふらと、動かしながら覚えると、頭に入る。ふらふ
ら、ふらふら。学校では、数式も、綴りも、年表も、元素記号も、そうやって完璧に覚えた
から成績優秀な生徒だったし、その能力が故にきっと、私はここに配属されている。だから、
変なあだ名で揶揄して、馬鹿にするな。私は暗号鍵を、手で、いや、手とチョコレートで、
覚えるんだ。今口の中、チョコレートがなくなって、メモが、
リリ
(笑う)
(小声)いえ、
スス
燃える。
リリ
独身です。
スス
5 分経ったのだ。油を染み込ませたメモが将校の手で、手品みたいに、あっという間に焼却
処理される、それを合図に、通信兵は踵を返して一斉に各自の暗号機の前へ、室長に暗号例
文を渡し仕事を終えた手品師は、特情本部に帰っていく。ルカーカ・スス、記憶は確かか、
大丈夫。だって私は、
「西通信所の暗号女王」なんだから。
暗号機の前に滑り込む様にして座り、受信機を被り、今記憶した暗号鍵を設定していく。慌
てず、
リリ
そうです。
スス
速やかに。
リリ
燃料や資材の輸送には効率化の為に、国内縦横に設置したパイプラインを使用しております。
取り分け北のバルシ山へ繋がる直径20mを超す南北の大パイプは、我が国の強固な生産体
制を象徴するものと、お感じ頂けるでしょう。
スス
大丈夫。室長に振り返り、報告する。10号暗号機、設定終了。
リリ
あら、
スス
設定終了、と次々に兵の声が挙がる。どうだ、私が一番だ。
リリ
まあ、
スス
全通信兵設定終了。そうして、いよいよそう、暗号鍵設定正誤の判定だ。将校の置いていっ
た暗号例文を、室長が読み上げていく。これを暗号機に打ち込み、意味を成す文章が出力さ
れれば、記憶と設定の正しいことが確認されるのだ。
リリ
やだ、内緒です。何歳に見えますか?
スス
ん?
リリ
まあ、
スス
え?
11
リリ
お上手ですね。
スス
(舌打ち)
リリ
ありがとうございます。
スス
馬鹿にしやがって。
リリ
まあ、
スス
笑ってる。
リリ
困ります。
スス
出力された紙を見た通信兵の笑い声が、あちこちから聞こえる。将校の作った例文。なぜ、
本部のあいつが私のあだ名を知ってるんだ。
「5 分間の指揮者」
それが、解読された今週の暗号例文だった。
リリ
さて、バスはここで少し南下し、居住区周辺へと向かいます。軽工業の盛んな区画で、様々
な工場がご覧いただけます。ええ、ございますよ。
スス
室長、
リリ
名物の、宇宙菓子の工場も。
スス
宜しいですか?5年にも渡り、連合の膨大な人と資源を投入してきたティコ奪還作戦も、我
等がナツアカネの投入以降、佳境を迎えつつある今日の局面に、我等の勝利をより確実たら
しめん為には、ラーナ、ロフス、ジルコ、そこで笑ってるたるんだ通信兵3人に速度120
字の受信試験を課し、誤謬の多い者を原隊に転属させてはいかがでしょう。
リリ
ああ、あれは、準備中の移動遊園地でございますね。この街の貴重な娯楽の一つで、各所の
公園を、回って、ええ、
スス
そうお伝えください、あの「神妙な手品師」にも。
リリ
そうです、我が国の至宝、歌姫カパヤをご存知でしょう?名曲「空の髪飾り」
「月光の窓」
「桃
色鳥の刺繍」
スス
(入電の音)軽口を叩く通信室に緊張が戻る。入電だ。
リリ
あ、見えてきましたね。
スス
「T86、ケプラー、異常なし」(入電)
リリ
ここでは宇宙服を、
スス
「T105、蒸気の谷、異常なし」
(入電)
リリ
ここでは慰問袋を、
スス
「K12、ラランデ、敵小隊と交戦中」
(入電)
リリ
ここでは毛布と靴を、
スス
「T931、豊穣の海、補給隊と合流」
(入電)
リリ
保存食料を、
スス
「D75連隊」
リリ
標準器を、
スス
「コペルニクス」
リリ
薬莢を、
スス
「異常なし」
リリ
宇宙テントを、
スス
「R31」
12
リリ
防護帽を、
スス
「死の海」
リリ
旗と勲章を、
スス
「敵小体 殲滅す」
リリ
この白い高い壁の向こうでは銀砲弾の製造をおこなっております。バルシ山は削られ山とも
呼ばれ、戦争以前、主に銀の採掘場としてこの国の経済を支えてきました。銀を用いた兵器
の開発が、敵の殲滅に多大な効果のあることを戦争初期から見抜いていた我々は、いち早く
各種の水銀兵器の製造に着手、戦線に投入してまいりました。
スス
「S97」
リリ
え?
スス
「グルマルディ」
リリ
そのような話は、噂にございます。
スス
「異常なし」
リリ
人型水銀兵器、
スス
「H49」
リリ
この国で昔から、度々流れてくる噂。最近では、
スス
「アリスタルコス」
リリ
寡兵に苦しむ空軍が、月上空戦の主力である八丁戦闘機に、
スス
「救援乞う」
リリ
人造人間を搭乗させている。そんな噂が耳に致しましたが、ええ、
スス
「R2連隊」
リリ
勿論、根も葉もない噂でございます。なぜなら、
スス
「嵐の大洋」
リリ
あちらをご覧ください。
スス
「異常なし」
リリ
東端の丘頂上、小さく、空を指し折れ曲がる銃砲身が、ご覧いただけるでしょう。100年
の月戦争でたった一度、敵の手が我が国上空に迫ったことがございました。敵戦艦の侵攻を
防ぎ止め、墜落した敵艦と共に大破したこの砲台を、我々は「戒めの砲台」と呼んで保存し、
以降半世紀、一切敵の侵入を許さない、鉄壁の防空体制を築いてまいりました。今や連合の
軍備の要、盤石の生産性を誇る我が国が前線で、後方で、主導し支援した幾つもの作戦が他
作戦との、死亡率の比較においていかに優れているか、人型水銀兵器で兵員を補強するなど
とは、その必要性においてそもそも、疑われるべき荒唐無稽なお話なのでございます。そう
ですとも、我々にはある。月戦争を勝利に導くこの主戦艦が、ええ、いよいよバスは中央塔
の袂、空中戦艦の離発着場へと入ってまいりました。神話にある戦いの神、ギャラガの空を
支配する4枚の羽根を持った巨大な蛇「トンボ」、我が国では空中戦艦をそのように呼んで
おります。現在こちらには修理、メンテナンス、待機の機体を合わせ、13機の戦艦が、左
手にご覧いただけますのは全長265m、全幅34m、全高77m、ティコ奪還作戦に投入
されている「ナツアカネ」と同型、超瑠級攻撃戦艦でございます。
スス
(↑「虹の入り江」
「異常なし」「プラトン」
「被害甚大」「氷の海」「後退す」「危機の海」
「異常なし」
・・・)
13
(入電音)え?
リリ
さあ、到着です。
スス
これは、
リリ
お待たせ致しました。中央塔正面玄関にてバスは停車致しました。地下14階地上67階、
街のどこからでも見える中央塔は正に我が国の、政治、軍事産業の中枢、司令塔であります。
ここからはバスを降りて、塔の担当者の元、内部のご視察を賜りたいと存じます。お帰りの
際また、お会いしましょう。
スス
室長、これを。
リリ
お疲れ様でございました。
スス
「静かの海」
リリ
お疲れ様でございました。
スス
「ナツアカネ」
リリ
お疲れ様でございました。あ、
スス
「沈黙す」
リリ
お客様、お待ちください。ええ、スバル様、あなた様でございます。どうぞバスをお降りに
ならずに、こちらへ。突然、ごめんなさいませ、お願いが、あの、スバル様、どうぞ目を、
私の、目を、見て、ええ、あら、そうです。この国の若い男達の多くは、長い兵役に出て、
街は女ばかり、お気付きになりませんでしたか?私あなた様をずっと、見ておりました。あ
なたの仕草を、表情を、お声の様子を、お腹回りを、でも一番素敵なのは、その瞳。お客様、
広報部バスガイド、ルカーカ・リリ准士官には上官も一目置く、特技がございます。分かる
んです。私の仕事は私の目、私の仕事はもうひとつ、
スス
「静かの海、ナツアカネ、沈黙す」
リリ
スパイを見抜いて、公安部隊に引き渡すことでございます。
スス
その暗号文が届いたのは、当番終了時刻直前だった。私と室長の異様な空気を察した仲間が
次々に、その暗号文の元に集まってくる。
ナツアカネが、沈んだ。
それはそのまま、連合を挙げた作戦の失敗と、大勢の同胞の死を意味していた。通信所には
窓がない。なのに見える程感じる。街に浮かぶ、塔の煙に淀んだ、夕暮れの月、戦場を。通
信兵の皆が、言葉を失って、いや、ただ、私だけが、違う。
声、声。その時私の受信機から、あの謎の声が聞こえてきたのだ。小さく、微かな、ノイズ
にまみれた、ああ、いつものような、男の、声だ。私がこの一か月、待っていたのは本当は、
入電なんかじゃない。私は、こっそりその手を泳がせて、男の声を、記憶する。ふらふら、
リリ
この視察会にスパイが紛れ込むという情報は、事前に公安から届いている。加えて、もう今
は、私の目がそれを、確信した。お前の本名は、ワグ・ハルキ、裏庭のスパイ、荷物の中身
を検めさせてもらう。
スス
ふらふら、ふらふら・・・・
14
リリ
あ、
(突き飛ばされる)ちょ、逃げた逃げた逃げた逃げた、
(笛)警備兵、スパイが逃げたぞ!
(長い笛)
スス
月解放軍特殊情報部西通信所所属ルカーカ・スス准士官、この街の歯車の一つ、鍵を記憶し
電鍵を叩く、私の仕事は私の手。
夕暮れの丘、18時のゴンドラを待ちながら私は、記憶したあの謎の声をメモしている。眼
下にひとつ、ひとつ、増えていく街の灯。ここは、塔を真ん中に川に囲まれた、女が兵器を
作る街。
リリ
月解放軍広報部第2東バスターミナル所属ルカーカ・リリ准士官、この街の歯車の一つ、街
の景色とスパイを捉える、私の仕事は私の目。
夕暮れの国境の橋、帰りの客に貴重な葡萄酒を渡しながら私は、橋の向こう、国の外を思う。
裏切り者には死を。私達は国を出れば殺される。毎晩国境から聞こえてくる銃声は、きっと、
そうなんだろう。
スス
ナツアカネの沈没?同胞の死?
リリ
機密を、同胞を守る為だ。
スス
だけど私達の同胞って一体、
リリ
誰なんだっけ?
2
もう、兄の死すら私を驚かせない。
リリ
ザルコ
スス
ネリ
スーノ
ザロク
ヘーゲラ アナイ
マカル リク
ソキノ
シーカス
アマレ
リリ
アキラ カカ ナフレ シャルル ツェネズ ローレマルブルク 兄さん
スス
タケシ ネネ ラタル アジャレ シェルボ シーアサトリルム 兄さん
2
ポッカ
トンボに載って月へ出て、遺体すら、帰らない。
街から男が少しずつ減る、空の、上の、上の、戦争。あ、
リリ
風だ。
リリ
私が見つけた16人目のスパイも、拷問の末、
スス
風に乗って、眼下の街の匂いが、
リリ
る。
スス
殺され
不意に、
殺される、殺される、殺される。
街の匂いが全部が、一塊になって、風に乗って、眼下の私達の暮らしが一塊になって、
リリ
スス
不意に、
リリ
虚勢、従順、肥え太った男達、視線、嘘、媚、癖、顔、 笛、橋、カニ、ジグモ、トンボ、
スス
商店、工場、帰路に就く女達、煮物、油、鋼、錆、ゴミ、犬、川、カニ、ジグモ、トンボ、
15
リリ
走るバス、間者の死、公安との密会と脅迫、
宇宙で死んだ回収出来ない遺体、
スス
沈む船、 同胞の死、大パイプだけ生える臭いツタ、宇宙で死んだ回収出来ない遺体、
リリ
減って、壊れていく男。
スス
減って、壊れていく男。
リリ
歯車と塔、歯車と塔、塔と歯車、歯車と塔と月、歯車と月と塔、月と塔と歯車、
スス
塔と歯車、塔と歯車、歯車と塔、塔と歯車と月、月と塔と歯車、歯車と月と塔、
リリ
歯車歯車歯車歯車・・・
(やがて咳き込む)
スス
歯車歯車歯車歯車・・・
(やがて咳き込む)
スス
ぎんいろ、
リリ
ぎんいろ、
2
ぎんいろ、吐き気がする。
スス
今日の紫色の塔の煙はきっと、こんな匂いだ。
2
子供の頃から、目覚めると、いつも塔を見ている。
リリ
守るべき私達の世界。
スス
回し続けるべき歯車。
リリ
裏切り者には死を。そして、
2
塔から逃げ出してきた人型兵器には、崩壊電波を。
スス
ぎんいろ、
リリ
私の拾った男。
2
あなたは今、どうしてる?あの窓際の椅子の上で、
リリ
その目はおもちゃの望遠鏡を覗いて、月を見上げて、
スス
その手は月に向けて、その指は月を指して、
2
私のいない間、今日も、きっとそうなんだ。大丈夫。私達の減る様に、ぎんいろのからだが
減っても、私の好きなあなたの、
リリ
目は、
スス
手は、
リリ
3か月前の、
スス
あの時のまま。ねえ、
2
ぎんいろ、軍務を終えてこれから、家に帰る私に、お願い、あなたの、
リリ
目を、
スス
手を、
2
私はずっと、ぎんいろと暮らそう。
(2発の銃声)
16
五幕 金曜日
リリ
リンゴパイ。リンゴパイ。リンゴパイを作ろう。リンゴパイを作ろう。リンゴパイを
スス
リリ
声、
作ろう。リンゴパイを。
スス
音。
リリ
薄力粉、
スス
リリ
スス
謎の、
強力粉、
誰でも、最初はノイズだって思う。西通信所にいる連中なら
バター・・・と卵、
誰でも、その謎の音を聞いたことが、あってね、
リンゴパイを、作ろう。
だと、
とリンゴ。
或仲間は外国の、
ラジオ番組
リンゴパイを、作ろう。
工場の、健康体操の音楽だと、
まんなかの塔が時々、特殊な
リリ
リンゴ
スス
電波を出す、それが小さなデリンジャーを起こす時、可笑しな音が聞こえるのだと、
リリ
パイを、作ろう。
スス
リリ
あれ?
仲間は色々言うんだけどね、どれも絶対、違うって思う。それに、
ないや、卵。
買いに、卵、
謎の声、
それよりもね、
行ってくるね。
スス
まず、
私はただ、
リリ
(鼻歌)
スス
その、ノイズの様な、男の、その声が、いつからか、好きだった。何度も聞く内に、まるで
綺麗で、歌う様だって、あのね、ぎんいろ、君と出会って、君がもし喋れるなら、あんな声
なのかも知れないって、思ったんだ。私、分かる。あれはきっと、暗号なんだよ。5年勤め
た西通信所の暗号女王にも、解けない暗号。世界中の失われた言語を、知ってる限りの暗号
鍵を、どんな解読法でも、このメモを解くとこが出来ない。私の部屋の本棚は、もう暗号解
読の本でいっぱいになってしまった。通信所に時々届く、謎の、男の、声。いつからか、ど
うしても、知りたいの。
リリ
そう、大好きなの、カパヤの歌。幾ら?
スス
あの男の声が、何かを伝えようとしているって、思うの。
リリ
ありがとうムーおばさん。うん、そう、夕飯。妹?さあ、しばらく会ってないから。うん、
昔は良く皆で遊んだよね。近所の悪ガキが集まって、6番公園、ザルコ、ネリ、スーノ、ヘ
ーゲラ、私と妹、兄さんの7人で。
スス
海。
リリ
そうだね、おばさんの子は、みんな男の子ばっかりだったもんね。みんなトンボに乗って行
っちゃった。え?あ、違うよ、持ってるよもちろん、
スス
海。
リリ
ザルコに貰った指輪。ごめんね今、着けてないけど。形見になっちゃったね。あれ?
スス
波。
リリ
お釣り多くない?いやいやいいよ、いつまでも子供扱いして、私これでも、結構お給金貰っ
てるんだから。うん、
スス
海。
リリ
うん、ありがとう、また来るよ。
17
リリ
強力粉、薄力粉、バター、卵、リンゴ、ボールで混ぜて、
スス
なんでだろう、こうしていると、海なんて私、行ったことないのに、昔ぎんいろと、海を
リリ
切って伸ばして、リンゴパイを作ろう。
スス
泳いだ様な、海で、そんな、気がする。
リリ
リンゴパイを。
馴染みの店で卵を買って帰る途中、足が、止まる。この角、あのイチョウの木の下だ。私が
ぎんいろを拾った場所。今日と同じ休日、あの日、これくらいの時間。
スス
あの高圧線の下、
2
夕飯の買い物からの帰り道、
スス
道端に銀の塊。
リリ
横たわる銀は、男だ。
スス
道端に横たわる銀の塊は、
2
全身銀色の、裸の男だった。
リリ
私が、銀の男を匿ったのは、
スス
銀の男の手を、
リリ
銀の男の目を、
2
いいと思ったからだ。
スス
私は銀の男を、
リリ
ぎんいろと名付けた。
2
だって、ぎんいろだったから。
スス
あれから3か月、月曜11時のトンボが放つ、崩壊電波を12回浴びてぎんいろは、
リリ
最初は、意味が分からなくて、
スス
その姿を醜く歪めながら、のたうって苦しみながら、失っていった。
リリ
最初は、気が狂うかと思った。
スス
それは、ぎんいろを壊す為だけの、特殊な電波なんだ。
リリ
右足を、
スス
左胸を、
右肩を、
右手を、
左目を、
左耳を、
左足を、
右肩を、
右胸を、
左足首を、
腰半分を、
リリ
腰を、左頬を、左肘を、 口を、鼻を、
スス
顎を、右耳を、後頭部を、鼻を、口を、
2
ぎんいろ、私の愛する男。
リリ
私のぎんいろのからだは、頭と、胴体の半分の、その半分だけを残して、
スス
私のぎんいろのからだは、頭の半分と、胴体の半分だけを残して、
2
それだけになった。でも大丈夫。
リリ
私の愛するぎんいろの目。
右膝から下を、
18
スス
私の愛するぎんいろの手。
2
それを、私に残してくれたのは、答えてくれたんだ。
リリ
あなたの口が消えて、何も食べれなくても、食卓に二つ、リンゴパイを並べよう。
スス
そうだよ、髪を、切ったの。久しぶりの休日だったから。
リリ
今日は、空気を汚す工場の稼働が割と少なくて、
スス
だから、金曜日は、月の輪が微かに、見えるよね。でも、
リリ
こっちへ、きて、ぎんいろ、
スス
私のからだを、
リリ
見て、
スス
触って、
2
お願い、窓際の椅子の上で、
リリ
月を眺めるのをやめて、
スス
月を指さすのをやめて、
リリ
私の、
スス
からだ、
リリ
ぎんいろ、
スス
もっと、
リリ
見て、
スス
触って、
2
(深い呼吸)
スス
謎の声のこと、本も全部、もう終わりだな。
リリ
渡ろうね、橋を。
スス
なんで、塔は毎週あんな大きいトンボを飛ばして、ぎんいろを壊す電波を鳴らすんだろう。
ぎんいろが軍の秘密兵器で、逃げ出したことが許せないのだとしても、それがこのたった一
人のぎんいろに対してなのだとしたら、大袈裟すぎる。もしかして、街にぎんいろは沢山逃
げ出していて、もしかして、沢山の女達と一緒に、暮らしているのかも、
リリ
馬鹿みたい、まさかね。
スス
おやすみ、私のぎんいろ。
リリ
今日も、真夜中にきっと、銃声が聞こえる。
(2発の銃声)
19
6幕・土曜日
2
目覚めると、いつも塔を見ている。いつ目を覚ましたのかも、いつから塔を見ていたのかも、
ぼんやりに、待っている。今日の煙は、
スス
何色か。
リリ
どこへ向く。
2
窓の外はるか、街の真ん中まんなかの塔、削られ山を溶かして昇る、
リリ
まっしろ、
スス
まっすぐな、
リリ
もうすぐ出ていく私達の街に、ああ、
スス
煙が、昇っていく。
2
リリ
(敬礼)
ようこそ、ようこそ、ようこそ、この国は広く皆様のご支援ご援助をお待ちしております。
連合に勝利をもたらすは、
スス
チョコレート。
リリ
世界最高の宇宙航空、国防科学を有し、豊富な鉱物資源と優れた採掘選鉱能力に依った、
抜群の兵器生産性を誇る我が国の力、ひいては皆様のご助力に他なりません。このルカー
カ・リリ、畢竟一軍人に過ぎないわたくしが身命を賭してもお伝えしたいのは、
スス
ふらふら、ふらふら・・・
リリ
この国の空中戦艦製造技術の優位性に揺るぎは無いという事実であります。新聞などの下
卑た中傷を一蹴し、開発中の新型オニヤンマは、ナツアカネを礎に更なる改良を加えた、
超夏級と冠す史上最強の戦艦となりましょう。右手をご覧下さい。速度、精度、建設機械
との連動における汎用性、その巨躯においても世界一となるコンバイン「ジグモ」の雄姿
を。左手をご覧下さい。多足戦車を独自改良し、より多様な戦況に対応可能とした「アカ
ガニ」は、月の主要な作戦で稼働中であります。右手をご覧下さい。兵器製造に最適化す
べく、高度に計算され設計された都市計画に基づき、この大パイプを初め輸送パイプはこ
の国に、網の目の様に張り巡らされております。ご覧ください。
スス
(入電音)
リリ
通りの両脇、ベランダに並んだ無数のかざぐるまは、女達が月戦争に臨む士気の高さを物
語ります。軽工業が盛んなこの区画では、トンボに乗って月へ出た男達の健闘と生還を祈
念して、廃材を用いて手作りした様々な姿のかざぐるまを、窓際に掲げるのです。あら、
ええ、ここは女が銃後を守る街。ご視察会の終わりにはご希望に応じて、中央塔公認、安
心安全な連出し場を、ご案内出来ましょう。ええ、それもこの国の女達の務め。あら、わ
たくしルカーカ・リリへのお誘いなら、上官を通して頂かないと。お客様、ご覧下さい、
塔の白い煙を。歌姫カパヤの歌にありますでしょう。「白く煙るは君捕まらない日」でござ
います。さあ、間もなく、見えてまいります。神話の「トンボ」が、千の「アシナガ」を
滅ぼす様に、月解放戦争に勝利をもたらす我等が主戦艦、例えナツアカネが沈もうとも、
ご覧ください、居並ぶ大型艦を姿を。ご想像下さい。60cm3連装砲3基が放つ銀砲弾
が、敵を砕く様を。この戦争に連合が勝利する時、神話は現実のものとなるのです。北の、
20
南の、西の、東の、連合の盟友はここに集い、男達はトンボに乗って月の戦場へ旅立ちま
す。正義は、自由は、共栄は、そして御一同皆様の利は、何処にありましょう。正面をご
覧下さい。誉れ高き我が軍造兵廠の群れを、司るのは眼前に、そびえる中央塔でございま
す。
スス
Q F C R
G
13 79 6
2 5 48
ラランデ ケプラー 豊穣 夏の 雨の 晴れの コペルニクス
殲滅す 退却す 残弾なし 異常なし 異常なし 異常なし 異常なし(↑)
リリ
街の真ん中、まんなかの塔。
スス
異常なし。
リリ
目覚めると、いつも塔を見ていた。
スス
昇る煙を、見ていた。
リリ
イの居住棟11階の5。
スス
ケの居住棟9階の9。
2
私の部屋、この窓から。
今は窓際の椅子にほら、いつもぎんいろが居る。
リリ
ただいま、
2
ぎんいろ、
スス
ただいま、
リリ
私の仕事の私の目、
スス
私の仕事の私の手、
2
それも終わるよ。
スス
明後日の夜、次の月曜11時のトンボが、飛ぶ前に、国を出よう。それまでは普通に過ごし
て、3月街を欺く私は、大丈夫。たった一つ気掛かりなのは、あの謎の男の声を、解読出来
なかったことだけ。部屋中の解読書を見回して、でも、もういいんだ。
目が覚めて、明日見る塔の煙が、私が見る最後の、きっと、そうするんだ。
リリ
おやすみ、
スス
おやすみ、
2
ぎんいろ、
リリ
おやすみ、わたしの、
スス
おやすみ。
リリ
ザルコ
スス
リリ
スーノ
ネリ
ザロク
アキラ
ヘーゲラ アナイ
カカ
ナフレ
タケシ
ネネ
リリ
ネリ
ヘーゲラ カビル
ザルコ
スーノ
ソキノ
シャルル
スス
スス
マカル リク
ラタル
シーカス
アマレ
ツェネズ
アジャレ
シェルボ
イジャク
ソルケ
ポッカ
ケレル
ツリネ ピケ
ポッカ
ナーハム
21
リリ
スス
花屋の、男 絵描きの、男
靴屋の、男
リリ
6時のラジオの、男
初恋の、男
自転車屋の、男 2軒隣の、男
2軒隣の、男 ピアノを弾いた、男
スス
3軒隣の、男
リリ
ザルコ
スス
郵便配達の、男
初恋の、男
スーノ
ネリ
歌を唄った、男
ザロク
ヘーゲラ アナイ
マカル リク
ソキノ
シーカス
アマレ
ポッカ
リリ
アキラ カカ ナフレ シャルル ツェネズ ローレマルブルク 兄さん
スス
タケシ ネネ ラタル アジャレ シェルボ シーアサトリルム 兄さん
2
ぎ、ん、い、ろ!
リリ
だけど、
スス
違うね、
2
まだ夜だ。まどろんだのは一瞬で、これは、昼間みたいな、だけの夜だ。トンボだトンボ、
トンボが来たよ。
リリ
タバコ屋の犬が、
スス
水路の水鳥が、
2
街中の窓が、震えてく。
リリ
だけど、
スス
おかしい、
2
おかしいよ。
スス
今日は土曜日の夜、
リリ
何で土曜の夜にトンボが飛ぶの?それに、この飛行音、
スス
低すぎる。
リリ
トンボがこんなに低く飛ぶなんて、これは、
スス
違う、ぎんいろ、
リリ
これは、ぎんいろを壊す為に飛んできたトンボじゃない。
スス
私は窓際の椅子を蹴飛ばし、窓から身を乗り出し、
リリ
音のする方角を見た。
スス
満月の空、
リリ
あれは、
2
ナツアカネ。
リリ
船体の至る所から火と煙を吹き出しながら、
スス
まるで巨大な、炎の、塊、あれは、
2
ナツアカネだ。
リリ
こっちへ近づいてくる。
22
スス
遠くからでも分かる、
リリ
激しい被弾の跡。
スス
ナツアカネ、沈んだんじゃなかったんだ、だけど、
リリ
こんな姿で、きっとまともに操舵出来てない。
2
私達の街の空を、燃えるトンボが、飛んでいく。
スス
船は私の居住棟の真上をかすめ、街の中心部の方へ、やがて船体の一部が崩れ、砕け、それ
は東区の工場地帯に落ち、火柱が上がった。
リリ
街中の窓から、皆がそれを見ていた。塔に明かりが入り、サイレンが鳴り、国中が慌ただし
い空気に包まれていく。ナツアカネは、
スス
炎に包まれたナツアカネは、そのまま北上し、やがて、
リリ
削られ山の麓に落ちて、爆発した。
スス
それが、小さく、見えた。
2
なんてことない。
これが、私のしてきたこと、私達のしていることだ。街が燃え、船が落ち、人が死ぬ。なん
てことないんだ。
リリ
私は、食卓に座り、買い溜めてある、リンゴをかじった。
スス
ふと見ると、ぎんいろの左手が、何かを持っている。それは、蹴飛ばした椅子に掛けてあっ
た軍服、その上着のポケットに入れてあった、あの月の声のメモだ。ぎんいろは、右手に持
ったペンで、書いている。謎の声、私が記憶しメモした暗号の脇に、何かを。
23
7幕・日曜日
スス
どうしたの、ぎんいろ、どうしてそれが、読めるの?
ぎんいろの手が、私がメモした解けない暗号を、淀みなく解いていく。どうして、それが読
めるの?ねえ。
月、兵隊、トンボ、再生、男、戦争、月の輪、ぎんいろ、
(電話の音)
リリ
もしもし?
スス
もしもし?リリ?
リリ
スス?ススなの?どうしたの?あなたのところは大丈夫?
スス
大丈夫。ねえリリ、
リリ
見た?ナツアカネだよあれ、私、これから、行かなくちゃ、東区に破片が落ちたでしょう?
持ち場があるの。大変なことになったね。
スス
リリ、聞いて。
リリ
スス、久しぶりだね。
スス
うん、そうだね。
リリ
最後に会ったのいつかな、兄のお葬式以来じゃない?
スス
リリ、お願い、聞いて。
リリ
どうしたのスス、なにか、
スス
リリ、私、もうじききっと、街を出るの、だけど、その前に、聞いておいてリリ、私達のお
兄さんのこと。
リリ
何を、言って、
スス
男達はトンボで月に運ばれる、そうでしょ?
リリ
私達の兄が何?
スス
男達は帰らない、月から帰るトンボに乗ってるのは誰?
リリ
私達軍人は、街を出たら死ぬんだよ?ススのとこからは聞こえないの?毎晩の様に橋の方か
ら響く銃声が。
スス
月から帰るトンボに乗ってるのは、死んだ男達だよ、死んだ男達はまんなかの塔に運ばれる、
まんなかの塔から昇る煙は何?
リリ
宇宙や月で死んだ兵は回収出来ないし、回収されない。兄さんがそうだった様に。塔の煙っ
てそれは、削られ山の鉱石を溶かして、兵器を作ってるから、だから、
スス
そう、死んだ男達は北で採れる銀と一緒に溶かされる。
リリ
何を言ってるのスス。
スス
出来る兵器の名前は何?男は銀と一緒に溶かされて、何になる?
リリ
人型水銀兵器の噂は私も知ってる、でも、ススのとこの噂は、なんか、酷いね
スス
銀の男はトンボで月に運ばれる、でも銀の男は、今度は死んでも帰って来れない、月の戦争
は100年続いた、銀の男は何人月に送られた?
24
リリ
そんなの知らない。
スス
リリ、そこから月が見える?
リリ
うん、見える。
スス
月の輪は何色?
リリ
ぎんいろ。
スス
この街に届く暗号が、月の周りを漂う、戦って、肢体を失っても、頭が半分になってもまだ、
生きてるぎんいろからやって来るのなら、リリ、お兄さんを思う時、きっと、月の輪を見上
げて。この街の、私達の大事な人はみんな、
2
月の輪の中。
スス
リリ?
リリ
そうなのかも知れない。でも、私達の兄は月の戦争で死んだ。それでいいよ。だけどね、ス
ス、私、それ、きっと知ってる、違う、この街に住む人達なら、違う、この街に住む女なら、
きっと、みんな知ってるような、気がする。それに、私の大事なぎんいろは、まだ大丈夫。
スス
ぎんいろって?リリ、
リリ
もういい、さよなら、スス、私の妹。
スス
さよなら、リリ、私の姉さん。
スス
受話器を置くと私は、国境の橋からの、明日鳴る銃声を、聞いた気がした。
(4発の銃声)
(完)
25
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