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薬剤副作用の法的責任

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薬剤副作用の法的責任
病薬アワー
2012 年 5 月 14 日放送
企画協力:社団法人 日本病院薬剤師会
協
賛:MSD 株式会社
薬剤副作用の法的責任
水島綜合法律事務所 所長
弁護士
水島 幸子
●医療者の負担する法的責任●
弁護士の水島幸子です。
今日は、
「薬剤副作用の法的責任」についてお話させていただきます。
薬剤は、有効性と安全性のバランスで成り立つものです。そして、薬剤を適正に使用し
た場合でも副作用が発生することがあり、そのような場合は、医薬品副作用被害救済制度
の限度で、患者さんが救済されることになります。しかしながら、薬剤投与の過程で医療
者側が必要な注意義務を尽くさなかった場合、つまり過失がある場合に発生した副作用に
ついては、医療者側に法的責任が発生することになります。
医療者側の法的責任としては、3つです。すなわち、刑事上の責任、行政上の責任およ
び民事上の責任です。今日は、刑事上の責任および民事上の責任についてお話します。
●医療者が刑事上の責任を問われる場合●
刑事上の責任は個人責任です。つまり、病院という組織ではなく、医療者個人が責任の
主体となるわけです。医療事故が刑事事件になる場合に通常問われる罪名は、刑法211条1
項の業務上過失致死傷罪です。これについては、そもそも、投薬行為を含む医療行為が、
どうして犯罪になることがあるのかという疑問を呈されることが多いのですが、医療行為
は患者さんの身体に対する侵襲行為であり、薬剤を服用することにより身体の生理的機能
に変化を及ぼすのですから、医療行為は、刑法上の「傷害」行為にあたります。もちろん、
「傷害」行為にあたるからといって、直ちに犯罪が成立することにはなりません。つまり、
医療行為は「傷害」行為にあたりますが、患者さんの同意があって、かつ正当な医療行為
である場合には、違法性がなくなる(これを「違法性阻却」といいます)ことになるから、
犯罪が成立しないわけです。
しかしながら、薬剤を取り違えたとか、単位の換算を間違えて100倍量のお薬を投与した
などというのは、患者さんの同意もなければ、正当な医療行為でもありませんから、違法
として、刑事上の責任を追及されることになるわけです。ちなみに、ここでいう「患者さ
んの同意」ということですが、取り得る選択肢とそのプラス・マイナス、副作用について、
患者さんにわかる言葉ですべて説明をしたうえで、患者さんが自ら対処方法、治療方法を
選択したといえて初めて同意があったと評価されることになります。つまり、十分なイン
フォームドコンセントに裏付けられた同意でないと全く意味がないということになります。
●民事上の責任の有無は「医療水準」によって判断される●
次に、民事上の責任についてお話します。要は損害賠償責任ということです。そして、
責任の主体は病院または医療者個人です。昨年、東京地方裁判所において、薬剤師個人の
民事責任を認める判決が出て話題になりましたが、法的観点からいうと、調剤過誤が明ら
かである場合に、薬剤師個人の責任が認められるのは、むしろ当然ということになります。
冒頭でもお話しましたが、病院でもらった薬を服用した後、有害事象が発生したという
ことのみで、直ちに法的責任が発生するわけではありません。
まず、そもそも、発生した有害事象がその薬の副作用なのかどうか、それを見極める必
要があります。つまり、投薬行為と結果との間に因果関係があるといえるかどうかという
ことです。
たとえば、服薬後、しばらくしたら、痒みが出てきたというケースを想定しましょう。
このケースにおいて、果たして、その痒みは薬の副作用と言えるのか、つまり服薬と痒み
との間の因果関係があるのかをまず検証する必要があります。この因果関係がなければ、
結果に対する法的責任は発生しません。
そして、仮に因果関係があったとしても、投薬行為にミス、つまり過失がなければ法的
責任は発生しません。因果関係があることすべてに責任を問われるということは結果責任
を問うことになってしまうからです。この結果責任という言葉は法律用語であって、その
意味は、無過失責任と同じです。そんな恐ろしい責任を法律は皆さんに要求していません。
法律が皆さんに要求しているのはあくまで過失責任です。
この過失とは、皆さんに課されている注意義務に違反する、つまり注意義務違反という
ことですが、裁判になった場合に最も争われるのが、この過失の有無についてです。先ほ
どお話した刑事責任も、いまお話している民事責任も、いずれも過失責任ですが、この過
失の有無を判断する基準は同じではありません。刑事責任の場合、それは国家が犯罪者と
烙印を押すことを意味するわけですから、明確な過失があることが前提となります。
しかしながら、いまお話ししている民事責任の場合は、それほど明確な過失ではなくて
も法的責任が認められることがあります。なぜなら、民事上の過失の有無を判断する基準
である「医療水準」が実はあいまいな基準だからです。この「医療水準」をあえて定義づ
けると、臨床現場における実践としての基準ということになりますが、「医療水準」は、最
先端の学問的水準である「医学水準」ほど高度なものではない半面、現に行っている「医
療慣行」と必ずしも一致するものでもありません。そして、
「医療水準」は、添付文書やガ
イドライン等で画一的に決まる基準でもありません。いうならば、裁判になって、裁判官
が後付けで決める基準と言ってもいいかもしれません。しかしながら、裁判官には、皆さ
んと同じだけの高度な医療の専門知識はありません。いわば素人です。素人である裁判官
が、原告・被告双方から提出された証拠をもとに後付けで決めるのが、「医療水準」なので
す。
ただ、投薬行為に関連した医療事故の多くは、薬剤の取り違えや過剰投与といった過失
が明らかである場合が多く、そのような場合は、あえて「医療水準」を議論するまでもな
く、法的責任が認められることになります。
過失とは注意義務違反のことですから、薬剤師の先生方の投薬行為を巡って、この「医
療水準」を議論する必要がある場合とは、恐らく、次の2つの義務が拮抗するような場面
だと思われます。すなわち、薬剤師の先生方には、医師の処方箋に従って調剤する義務が
ある半面、医師の処方箋に疑義がある場合は疑義照会をする義務があります。この2つの
義務が拮抗するような場面で、
「医療水準」を議論する必要が出てくることになるのだと思
います。
●疑義照会により疑義が解消した過程を記録することの重要性●
最後に、薬剤師の先生方から、実際によく聞かれる質問についてご説明します。
「医師の処方箋に疑義がある場合、医師に疑義照会をしても、
『それでいいんだ』の一点張
りで取り合ってもらえないのですが、そのような場合、医師に疑義照会をしたことを記録
にさえ残しておけばそのまま調剤してもいいという指導を受けたことがありますが、大丈
夫でしょうか」という質問です。
答えは、NOです。
疑義照会をし、疑義が晴れないにもかかわらず、それを記録に残すだけで、そのまま調
剤してしまっては絶対にダメです。もちろん、疑義照会をして疑義が晴れれば、調剤して
もいいのですが、疑義が晴れないにもかかわらず、むしろ危ないのではないかと心配しな
がら、調剤した結果、患者さんに有害事象が発生したということになりますと、まさに疑
義が現実化したことになるわけですから、もはや過失犯どころか、故意犯とされかねませ
ん。民事責任の追及にとどまらず、刑事責任として、それも、過失犯である業務上過失致
死傷罪ではなく、故意犯である傷害罪や殺人罪に問われる可能性もないとはいえません。
疑義が晴れるまで、処方をした医師としっかり協議していただきたいと思います。医師と
協議した結果、疑義が晴れたと判断して調剤したところ、残念ながら有害事象が発生した
というような場合は、まさに「医療水準」を議論する必要が出てくることになるのだと思
います。そして、そのような場合こそ、疑義照会をして疑義が解消した過程について記録
に残しておくことが重要となってくるのであって、疑義が晴れないにもかかわらず、記録
にさえ残しておけばOKというのは、あまりにも乱暴な議論だと思います。
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