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2つの通貨危機:メキシコ 94

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2つの通貨危機:メキシコ 94
<研究ノート>
2つの通貨危機:メキシコ 94-95 vs.ブラジル 99
国際金融情報センター
桑原
小百合
はじめに
90年代は、金融のグローバル化を背景として、通貨危機が多発した。92~
93年の欧州、94年末~95年のメキシコ、97年以降のアジア、98年のロ
シア、そして99年1月に、ブラジルが通貨レアルの変動相場制への移行、事実
上の切り下げに追い込まれたのが、最新のものである。これらの危機の際だった
特徴は、巨額な資金が極めて短期間に流出したことが引き金となり、かつ危機が
瞬く間に他国に飛び火する「伝播(contagion)性」であり、経常収支赤字に関連
していた80年代までの国際収支危機・通貨危機との対比から21世紀型通貨危
機と呼ばれている。しかしながら、地域、国によってその要因も危機の深刻さも
伝播効果も大きく異なっている。中南米の場合、アジア危機との比較では、要因
としてマクロ経済ファンダメンタルズが重要であったこと、民間部門より公的部
門の収支・債務が問題であったこと、伝播効果が小さかったことなどが指摘され
ている。中南米諸国で通貨危機を経験したメキシコとブラジルは、為替レートを
アンカーとする経済安定化政策により、国内・対外不均衡を拡大させていったと
いう点で共通しているが、危機の深刻さと伝播効果に関し、ブラジル通貨危機は
メキシコ通貨危機より遥かに軽度かつ短期間に収束した(ブラジル経済は現時点
では小康状態にあると言えるが、順調に経済回復が進むか否か予断を許さない)。
本稿の目的は、2つの通貨危機の差異の要因を国内、国外両面から検討すること
にある。差異を検討するにあたり、まず通貨危機の背景と両国政府の対応を概観
する。また、まとめとしてメキシコおよびブラジルの通貨危機からどのような教
訓が得られるか考察する 1 。
図1
メキシコとブラジルの主要経済指標
A.実質GDP成長率(前年同期比%)
メキシコ
ブラジル
B.CPI上昇率(月間、%)
メキシコ
ブラジル
C.マネタリーベース
メキシコ
(10億ペソ)
ブラジル
(億レアル)
D.為替レート
メキシコ
(ペソ/ドル)
ブラジル
(レアル/ド
ル)
E.金利(年、%)
メキシコ
(28日物
CETES)
ブラジル
(SELIC)
F.経常収支(四半期毎、億ドル)
メキシコ
ブラジル
G.資本収支(四半期毎、億ドル)
メキシコ
ブラジル
H.外貨準備高(億ドル)
ブラジル
メキシコ
1.通貨危機の背景と危機への対処
(1)メキシコ 2
(イ) 為替アンカーによる安定化政策と対外不均衡の拡大
メキシコでは、87年12月以降、オーソドックスな財政・金融政策と、政・
労・資・農の各界代表者の合意による賃金、諸価格、為替レートの統制、いわゆ
るPACTO方式を併用する安定化政策が導入された。為替レートを名目アンカ
ーとする、いわゆる Exchange-rate-based Stabilization(EBS) 3 である。為替レー
トは89年1月までペソの対ドル相場が固定され、その後、狭い変動幅を徐々に
切り下げる準固定方式がとられ、さらに91年11月以降は変動幅をドルの買い
レートを1ドル3.0512ペソで固定し、売りレートは毎日一定の割合で切り
下げるフローティング・バンド制が採られた。現実のレートは市場が決定し、変
動幅を逸脱するおそれがある場合中銀が市場介入することとされた。この結果、
インフレは収束に向かい、93年には念願の一桁台を達成した。また、80年代
から続けられた財政強化努力や民営化、ブレイディ・プラン型債務削減などによ
り、財政収支は92年には黒字化し、公的部門のネット債務は82年のGDP比
51%から92年には同27%へとほぼ半減した。しかし、為替レートの変動幅
の切り下げ率が内外インフレ格差を下回る率に設定されたためペソの実質増価が
もたらされ、同時に貿易自由化が進められたことから、貿易収支と経常収支は悪
化の一途を辿った。
しかしながら、NAFTA交渉の進展にともない投資家の間でメキシコ経済の
先行きに対する楽観的な見方が広まったことや、構造改革の一環として、外国投
資規制緩和、資本取引の自由化、国内金融部門の自由化などが実施されたことか
ら、経常収支赤字を上回る資本の流入があり、外貨準備は積み上がっていった。
固定的な為替相場制のもとでの資本流入は外貨準備の増加を通じたマネーサプラ
イの増加と国内総支出の増加をもたらし、金利引き下げに寄与する一方、インフ
レ懸念を生起させると考えられるが、メキシコでは、通貨当局が不胎化政策を導
入し(メキシコ中銀は、90年前後から、外貨準備の増加を相殺するように国内
信用を削減した)、外資流入によって想定される金利引き下げ効果はかなりの程
度中立化されたと考えられる。
他方、資本流入は、銀行部門を通じて金融仲介量を膨張させた。貸出資金量の
増大に加え、91年~92年にかけて民営化された銀行の経営者が銀行経営に不
慣れであったこと、落札価格が高水準であったことなどから、深刻なモラルハザ
ードを招いた。商業銀行はシェア拡大競争に走り、高リスク・高リターンを求め
て多くの杜撰融資を行い、不良債権は急速に蓄積されていった。さらに、82年
以降商業銀行が国の管理下にあったため、銀行の審査機能も監督当局の能力も著
しく低下しており、チェック機能が働かなかったと言える。このため、既に通貨
危機以前に銀行システムは極めて脆弱な状態にあった。
(ロ)外生ショックと資本流出および外貨準備の急減
A.海外(米国)金利の上昇
米国では、94年、それまでの4年にわたる景気拡大によるインフレ懸念から、
金融引き締め政策が採られ、FRBは94年2月から95年2月までの1年間に
FFレートを7回(3%→6%)、公定歩合を4回(3%→5.25%)引き上
げた。こうした米国の金利の上昇にほぼ歩調をあわせるかたちで、94年第2四
半期以降、メキシコへのネット資本流入は減少傾向を辿った。
B.内政の混乱
94年はメキシコにとって政治的混乱の年であり 4 、政治的・社会的リスクの高
まりから資本流入(証券投資)が減少していった。資本流入が急減したのは第2
四半期からで、証券投資は第4四半期にはネット流出を記録した。特に11月は
米国の利上げ(FFレートを0.75%ポイント引き上げ)と検事総長辞任が重
なったため、証券投資の流出が活発化した。高水準の経常収支赤字が続く中で資
本流出が起こったことから、ペソ切り下げ懸念、ペソ売り圧力が高まり、中銀は
ペソ防衛のため大規模なドル売り介入を余儀なくされた。このため、外貨準備は
第2四半期には前期比94億ドル、第4四半期には同101億ドルの大幅な減少
を記録した。
(ハ)外生ショックに対する政策対応
94年に入ってから発生した政治・経済のショックに対する政策当局の対応は、
通貨危機の発生時期を早めたと言われる。まず、財政政策については、94年は
選挙年ということもあり、景気浮揚のため特別減税措置や公共投資の前倒し実施
など拡張的財政政策が採られ、財政政策のスタンスを示すプライマリー収支(利
払いを除く収支)の黒字/GDP比率は92年の5.2%から93年には3.3%、
94年には2.6%へと低下した。
金融政策についは、中銀は、資金の流出と外貨準備の急減による流動性の逼迫、
国内金利の上昇、景気の悪化、銀行の不良債権問題の深刻化を防ぐべく、94年
第2四半期および第4四半期に、民間銀行に対する信用を拡大した(表2)。し
かし、ペソに対する信認が揺らいでペソ建て資産への需要が縮小する状況下での
国内信用の拡大は通貨の超過供給を生じさせ、ペソ売り圧力を強めることとなっ
た。
国際収支危機を招来した最大要因として指摘されているのは国債管理政策であ
る。94年4月以降、メキシコ政府は、従来のセテス中心の公的対内債務構成を
ドルにリンクした短期国債テソボノス中心にシフトさせた(表3)。この結果、
テソボノスが国債残高に占める割合は93年の2.8%から94年末には55.
3%に上昇した。そしてその保有者の9割以上は外国人投資家であった。テソボ
ノスへのシフトは、94年に入りセテスの市中消化が困難になり、3月以降はセ
テス金利が急上昇したこと、テソボノスの金利はセテスよりかなり低く利払い負
担削減効果があったこと、投資家の負担していた為替リスクを政府が負うことで
資金を国内にとどめようとしたことなどが背景にあったと考えられる。政府は、
8月の大統領選挙後、政治の先行き不透明感が払拭されれば投資家の信認が回復
し、テソボノスの借換や国内債務のセテスへのシフトが可能となる見ていた。ま
た、ドルリンク債を発行することで、為替政策の維持に対するコミットメントを
示そうとしたとも考えられる。
表2
メキシコのマネタリーベスの推移(各期末、百万ペソ)
マネタリーベース ネット対外資産 ネット国内信用 うち開発銀行向 商業銀行向
93/1Q
34,678
64,792
-30,114
919
-88
2Q
36,057
69,518
-33,461
1,091
-126
3Q
35,128
71,284
-36,157
1,304
-439
4Q
47,193
76,211
-29,018
1,003
-448
94/1Q
44,858
82,816
-37,958
-420
-589
2Q
43,382
54,264
-10,882
2,043
9,332
3Q
43,802
55,490
-11,137
1,829
8,413
4Q
56,936
32,739
-24,196
2,080
39,315
95/1Q
48,805
46,697
2,109
31
12,469
2Q
47,024
63,608
-16,584
-1,310
52,405
3Q
47,229
94,358
-47,129
-1,622
49,143
4Q
66,809
120,301
32,037
-2,061
32,617
(出所)Banco de Mexico
(ニ)通貨危機への対応策
以上のような国内外の政治・経済情勢を背景にペソは94年の年初から売られ、
1ドル=3.1ペソ台から年末には3.5ペソ近くへと下落した。94年12月
1に発足したセディージョ政権は、同月20日為替レートの介入上限を15%切
り下げると発表したが、ペソ売り圧力から2日後には変動相場制へ移行、通貨防
衛は断念され、同日、ペソは1ドル=5ペソ台へと暴落した。その後も資本の流
出とペソ売り圧力は収まらず、年末には、95年中のテソボノス償還額290億
ドルに対し外貨準備高は62億ドルに過ぎないという状況にあった。メキシコ政
表3
メキシコの国債残高の推移
(各年末、かっこ内は非居住者分、単位:億ペソ)
1991
1992
1993
1994
1995
合計
1,703
1,334
1,356
1,713
1,353
[169]
[442]
[680] [1,092]
[260]
CETES
724
593
810
397
486
[169]
[169]
[169]
[169]
[169]
BONDES
580
368
170
83
450
[21]
[37]
[26]
[0]
[8]
AJUSTABONOS
390
363
337
286
393
[46]
[112]
[137]
[27]
[23]
TESOBONOS
9
9
38
947
24
[9]
[6]
[38]
[927]
[15]
参考:年末為替レート
3.071 3.1154
3.1059
5.325
7.633
(注)CETES:短期大蔵省証券 期間28日、91日、182日、364日
BONDES:利付き中期国債 期間1年、2年
AJUSTABONOS:CPIリンク中期債 期間3年、5年
TESOBONOS:米ドルリンク大蔵省証券 期間3ヶ月、6ヶ月、1年
(出所)Banco de Mexico The Mexican Economy, IMF
1996
1,608
[268]
621
[169]
678
[24]
254
[0]
0
[0]
7.8703
IFS
府は28日、IMFと緊急協議を開始し、29日にはセラ・プチェ蔵相が更迭さ
れ、オルティス大蔵次官が新蔵相に任命された。
1月3日、メキシコ政府は、緊急経済政策(Acuerdo de Unidad para Superar
la Emergencia Económica: AUSEE)を発表し、また、その中で、総額180億
ドルの国際金融支援が合意される見通しであることを明らかにした。AUSEE
は、PACTO 形式を踏襲し、短期的な外貨不足対策としての需要削減と為替レー
ト以外の価格統制、そして、中長期的な成長と外貨獲得を意図した民営化プログ
ラムを基本的な内容としていた。しかし、この発表は金融・資本市場におけるメ
キシコの信認を回復させるには至らず、メキシコの証券市場からの資金流出は続
いた。通貨危機が予想以上に深刻であり、エマージング・マーケットからの資本
逃避が世界的規模での金融不安を引き起こすおそれが出てきたことから、米国政
府は、当初の金額を大幅に上回る400億ドルの信用枠を供与し、テソボノスを
長期保証債に乗り換えさせる方針を打ち出した。ところが、共和党マジョリティ
ーとなった米国議会で同法案の審議は難航を極め、結局、400億ドルの保証法
案の議会通過は断念された。1月31日には大統領権限による200億ドルの信
用供与とこれと合わせて528億ドルに上る国際金融支援パッケージが提唱され、
この前例のない大型支援によりメキシコは当面の流動性危機を回避した。
国際金融支援パッケージはAUSEEの経済見通しに基づいて組成されたもの
表4
国際金融支援
項目
合意期日
支援総額(億ドル)
うち:
IMF
世銀
BIS
米国
カナダ
その他
IMFとの合意目標:
GDP成長率
インフレ率(年末)
財政収支(対GDP比)
プライマリー収支(〃)
公的部門ネット債務(〃)
実質最低賃金
名目金利
中銀ネット国内資産
公的部門ネット対外借入
外貨準備増減
経常収支
メキシコ
1995年2月1日
528
ブラジル
1998年11月13日
413
178
180
45
145
100
200
10
40
オリジナル
1995年
1.5%
19.0%
-0.6%
3.4%
45
1995年3月修正
-2.0%
42.0%
-0.5%
4.4%
オリジナル
1999年 2000年 2001年
-3.5%~ -4.0%
16.8%
-4.7%
-3.1% -2.1%
2.6%
2.8% 3.0%
46.7%
46.8% 46.5%
-10.1%
-17.1%
24.5%
40.3%
増加の上限100億ペソ
99年末残高マイナス190.7億レアル
45億ドル以下
0
対GDP比 -4.3% 対GDP比 -0.9%
1999年7月修正
1999年 2000年 2001年
-1.0% 4.0%
12.0% 5.0%(IGP-DI)
3.1% 3.25%
0.51%
3.35%
210億ドル 190億ドル
(出所)IMF インターネット・ホームページ等
であったが、当初からその内容は楽観的過ぎるとの批判を受けていた。このため、
為替レートは2月に入っても乱高下を続けながら1ドル6ペソ台で推移し、国債
も買い手がつかない状態であった。このため、メキシコ政府はより厳しい需要削
減を通じた安定化政策を採る必要が出てきた。2月26日より農・労・資3者と
の協議に入ったが、経営、労組と合意に達することができなかった。この間、市
場では為替規制の懸念や交渉決裂によるスタグフレーションの深刻化を予想して、
3月9日には、史上最安値の1ドル=7.45ペソを記録した。同日、PACT
Oによらない新たな安定化政策(Programa de Acción para Reforzar el Acuerdo
de Unidad para Superar la Emergencia Económica: PARAUSEE)が発表され、
ようやく為替レートは安定に向かった。厳しい安定化政策の実施は、国内生産を
大幅に減少させ、95年の実質GDP成長率はマイナス6.2%となり、失業率
はピーク時の95年8月には7.6%に達した。為替レートの下落による輸入物
価の上昇からインフレ率は年末ベースで52%となった。財政収支は、歳入の減
少を上回る規模の歳出削減により、94年の17億ペソの赤字から、8億ペソの
黒字に転じた。金融政策においては、国内信用を大幅に削減して高金利政策を維
持した。為替の実質減価(CPIベースで42%)と国内需要の減少は、貿易収
支を94年の185億ドルの赤字から71億ドルの黒字に転換させ、94年に2
97億ドルに達した経常収支赤字も16億ドルまで削減した。資本収支では、証
券投資が94年の74億ドルの黒字から104億ドルの赤字に転落した。
一方、通貨危機は、(A)ペソ切り下げにともなう外貨建て貸出先の返済能力
低下とペソ建て資産の膨張(切り下げにより商銀貸出の22%から30%に増大)
による自己資本比率の低下、(B)外投資家の信認の低下による銀行のドル建て
CDのロール・オーバーの困難化、(C)95年に入ってからの国内金利の高騰
と景気後退による債務者の返済能力の低下を通して、銀行システム危機を招来さ
せた。政府は金融システムの崩壊を避けるべく、大規模な銀行および債務者救済
策を打ち出し、また、金融部門への外資規制を緩和した。国際金融機関の支援を
得て、監督・プルーデンス規制の強化も図られ、これら一連の措置により、金融
システム危機も回避された。
(ホ)伝播 5
A. メキシコ危機の国外への影響はエマージング諸国の株価に最も顕著に現れ
た。IFCの世界エマージング・マーケット指標は95年の第1四半期に約13%
下落し、実質的に全てのエマージング・マーケットにおいて大幅な下げを記録し
た。地域別では、中南米市場が30%、欧州・中東は20%以上、アジアは10%
以下であった。中南米主要国で影響が即座に現れたのは、アルゼンチンとブラジ
ルで、チリも程度は軽かったが影響を受けた。コロンビアとベネズエラの株価は
影響をほとんど受けなかった。
途上国債券のセカンダリー・マーケットも株式市場同様の打撃を受けた。全て
のブレイディ・ボンドのベンチマークとなっていたメキシコのブレイディ・ボン
ドの価格が最大の下落(94年12月から95年第1四半期に20%)を示した
他、他のブレイディ・ボンドの平均スプレッドは300ベイシス・ポイント以上
上昇した。
メキシコ救済措置により、連鎖的危機の可能性が払拭され、エマージング・マ
ーケット諸国も投資家の信認回復に努めたことから、95年第2四半期にはエマ
ージング・マーケット向け投資は確実な回復を示した(World Bank [1996])。
B. アルゼンチンへのテキーラ効果(図3)
国別では、メキシコ通貨危機の影響を最も大きく受けた国はアルゼンチンであ
った。メキシコ同様 EBS を採用し、高水準の経常収支赤字と為替の過大評価が
持続していたことがその原因であったと考えられる。兌換法で為替レートは固定
されているため、その影響は銀行システムからのペソ預金の引き出し、ついでド
ル預金の減少というかたちで現れた。国内預金は、94年の465億ペソから
図2
中南米 4 カ国の株価の推移(1994/7/1=100)
95年5月には383億ペソのボトムをつけた。流出した82億ペソのほとんど
は海外へ向かったと見られている。海外投資家の引き揚げや資本流出により、外
貨準備は94年12月の179億ドルから95年3月には124億ドルまで減少
した。これにともない、マネタリー・ベースは減少し、流動性の減少が金利の高
騰を招いた(コール金利は一時年利80%に達した)。預金減少、債券・株式相
場の下落は多くの中小金融機関の破綻を招き、銀行システム危機へと拡大する懸
念が生じた。こうした事態に対し、アルゼンチン政府は、大幅な歳出削減、増税
による歳入増を伴う緊縮政策を実施、同時に70億ドルの国際金融支援を取り付
けた。銀行システム強化策としては、大手銀行の強制的資金拠出、預金準備率の
引き下げ等による流動性不足対策、中銀法・銀行法の改正(95年4月)による
監督体制の強化、預金保証制度の創設などを打ち出した。95年5月にメネム大
統領が再選され、経済政策の継続性と政局安定が確認されたこともあり、投資家
の信認は回復に向かった。アルゼンチンはこのほか、セーフティー・ネットとし
て、外銀13行と67億ドル信用供与枠を設定し、万一の流動性不足に備えた。
(2)ブラジル
(イ) レアル・プランと国内・対外不均衡の拡大
ブラジルは94年7月に安定化政策「レアル・プラン」を導入した 6 。これは
ブラジルで実施された初めての EBS で、従来の安定化政策と異なり、財政・金
融の引き締めを基本とし、所得政策(賃金・価格の統制)を伴わないオーソドッ
図3
アルゼンチンの金融指標
A.預金残高の推移
百万ペソ/
百万ドル
90,000
80,000
70,000
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
94/1
ドル建て預金残高
ペソ建て預金残高
95/1
96/1
97/1
98/1
99/1
B.国内主要金利の推移
年率、%
25
コール・レート
ペソ建て定期預金
金利
ドル建て定期預金
金利
20
15
10
5
0
94/1
95/1
96/1
97/1
98/1
99/1
C.外貨準備とマネタリーベース(*)
百万ペソ/
百万ドル
35,000
30,000
金融負債
外貨準備
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
94/1
95/1
96/1
97/1
98/1
99/1
( 注) *: ア ル ゼン チ ン は 、 兌換 法に 基づくカレンシー ボード 制をとってお り、外貨準備 (中銀
対 外資産 ) に よ るマネ タ リ ー ベー ス( 中銀国内 負 債)の 裏付 けが 義 務 づけられている。中銀 対外
資 産は 、 3分 の 1ま で 外 貨建 て国 債 で の保有が 認 められている。一方 、中銀 国内 負債は、流通通
貨 と対市 中 ネ ット・ レポ ・ ポ ジシ ョ ン ( 中銀の資金 吸 収額から資金放 出額 を差 し引いた額)の合
計とされている。
(出所)経済省 Economic Report より作成
クスな安定化政策であった。加えて、インフレの重要な要因であったインデクセ
ーションを廃止したこと 7 、新通貨をバックアップするに十分な外貨準備があった
こと等から、インフレ率は急速に低下していった。他方、94年後半、内外イン
フレ格差が依然として残る中での資金流入により名目為替レートが上昇したため、
レアルの過大評価が進んだ。メキシコ通貨危機後、資金が流出に転じ、貿易収支
の赤字拡大も続いたため、95年3月には、実質的な為替レートの切り下げや輸
入規制など、対外収支を重視する方向にマクロ政策は軌道修正された。しかし、
切り下げ率は実質レートを減価させるには至らず、また、輸入規制の対象が限定
されていたことなどから、インフレ率の上昇にはつながらなかった。
インフレがほとんど収束したにも拘わらず、金利水準は下がらず、銀行間金利
で年30~40%、貸出金利では年70~80%と異常な高水準で推移した。高
金利政策は、第1に、内外金利差を大きくして外国からの資金流入を図るために
必要であった。第2に、国債の消化に高金利が必要であった。
既に、クラウディング・アウト気味の市場では、高金利でなければ吸収できな
いのが実状であった。
財政については、インフレ税の消滅と財政改革の遅れから収支の悪化が懸念さ
れていたが、レアル・プラン実施直後は削減努力が奏功し、97年秋にはGDP
の4.5%を切る水準に縮小した。しかし、97年末から赤字は再び増加傾向に
転じ、98年中に増加の速度を増し、98年年間でGDPの8%(名目ベース)
に達した。カルドーゾ政権発足以降、歳出入両面から財政改革を進めるための憲
法改正法案が国会で審議されてきたが、少数与党であることや手続きの複雑さ、
既得権益・利害関係の絡みからはかばかしく進まなかった。
国際収支においては、従来ブラジルは多額の貿易黒字を維持してきたが、レア
ル・プランの実施以降、輸入の伸びが著しく、貿易収支は95年に赤字に転じ、
以降、赤字幅は98年まで拡大し続けた。その要因としては、レアルの過大評価
による輸出競争力の低下、インフレ収束にともなう消費ブーム、輸入自由化・関
税引き下げ・直接投資の活発化等を背景とする資本財・消費財の輸入増などが挙
げられる。金利負担増や利潤送金増から経常収支赤字も拡大し、98年には赤字
幅はGDPの4.5%に達した。ただし、この水準は、通貨危機直前のメキシコ
(GDP比7%)、タイ(GDP比8%)に比べれば小さい。
(ロ)国内債務問題(表 5)
ブラジルでは財政赤字は主として国債および州債の発行で賄われてきたが、そ
れらの残高は98年末で3,200億レアル(GDP比42%)に達している。
国内債務は80年代末以降急増し、利払い負担増→財政赤字の拡大→国債残高増
の悪循環、民間資金需要のクラウディングアウト、実物投資の阻害等の問題をも
たらしてきた。債務の借り手構成を見ると、かつてGDPの2割を占めていた政
府系企業の債務は民営化や合理化で減少する一方、連邦政府および地方政府の債
務が膨らんでいる。連邦政府債務については、債券発行高の約2割がドル連動債
(レアル建てで為替の下落分を補填する方式が採られている。ただしメキシコの
テソボノスと異なり9割は国内投資家が保有、うち4割は国営銀行を含む地場銀
行が保有)で、また、変動金利付で償還期間が8ヶ月未満の短期債券が6割を超
えるため、ブラジル政府の国内債務は、為替下落や金利の上昇により利払い負担
が大きく上昇する構造となっている。
表5
ブラジルの公的部門国内債務
A.国内ネット債務の債務者別内訳
1993
合計
18.5
連邦政府・中銀
1.8
うち国債(グロス)
9.2
地方政府
8.3
政府系企業
8.4
参考:対外債務
14.4
(出所)ブラジル中銀 月報
1994
20.2
6.2
11.2
9.2
4.9
8.3
1995
24.5
9.6
15.3
10.1
4.8
5.5
(単位:GDP比%)
1996 1997
1998
29.4 30.2
34.3
14.3 16.8
20.7
21.4 28.2
31.8
11.2 12.5
12.7
3.8
0.9
1.0
3.9
4.3
1.9
B.国債償還予定
(単位:百万レアル)
固定金利 変動金利 ドルリンク
合計
Apr-99
2,100 16,375
1,800 20,275
May-99
1,000 18,597
1,400 20,997
Jun-99
0 20,093
2,672 22,765
Jul-99
0 23,932
2,206 26,138
Aug-99
0 15,139
1,400 16,539
Sep-99
300
1,195
5,400 6,895
Oct-99
300
5,298
2,100 7,698
Nov-99
0
3,091
2,800 5,891
Dec-99
0
8,935
3,000 11,935
Jan-00
0
6,345
1,500 7,845
Feb-00
0 10,825
1,300 12,125
Mar-00
0
345
1,000 1,345
(出所)Santander Investments
(ハ)外性ショック-新興市場国通貨危機のスピル・オーバー、政情不安
ブラジル通貨は、メキシコ通貨危機とアジア危機の際アタックに見舞われたが、
ブラジル経済に決定的な打撃を与え、レアル・プランにとどめを差したのはロシ
ア危機であった。ロシア危機の後、キャッシュ不足に陥ったヘッジ・ファンド等
の海外投資家は流動性が高いブラジルのブレイディ債の大量の売りに出た。この
結果、同債券の利回りは20%近くまで急上昇、ほぼ同じ利回りのブラジル国債
を売却してブレイディ債を購入するという動きが加速し、巨額の資金がブラジル
国内から流出して、レアルの切り下げ懸念が高まった。8月から9月にかけて国
外へ300億ドルを上回る資金が流出、外貨準備高は7月末の702億ドルから
9月末には458億ドルまで急減した。ブラジル中銀は、資金流出をくい止める
ため、9月8日より市中銀行への貸出金利をTBC(19%)からTBAN(2
9.75%)に変更した。その後サンパウロ証券取引所の株価は急落し、マラン
蔵相(当時)の辞任説が流れるなど金融・資本市場の動揺が続いたため、中銀は
TBANを9月11日から49.75%まで引き上げた。こうした状況下、ブラ
ジル政府はIMFと交渉を続け、州知事、国会議員選挙の決選投票が終了した直
後の10月28日に財政安定化プログラムを発表、続く11月13日には415
億ドルに上る国際金融支援パッケージが発表された(表4)。注目されていた社
会保障制度改革に関わる憲法改正法案の国会審議が不調に終わったにも拘わらず、
ブラジル国内からの資金流出には歯止めがかかった。しかしながらIMFコンデ
ィショナリティーのもとで、一層厳しい経済の引き締め策が要求されることとな
り、経済界、政界から反発が起こった。99年1月6日には、イタマル・フラン
コ・ミナスジェライス州知事が財源不足を理由に連邦政府に対する約150億ド
ルの債務について90日のモラトリアムを宣言した。これにより、IMFとのコ
ンディショナリティが遵守できないのではとの懸念が高まり、ふたたび大量の資
本流出が始まった。ブラジル政府は、1月13日に新たな為替バンドを設定した
が、資金流出は止まらず、15日には中銀が為替介入を放棄、18日に正式な変
動相場制の採用が発表された。
1月中は金融・為替市場の混乱が続き、1月20日にはレアルは1ドル=2.
2ドル近くまで下落した。しかし、その後の投資家の信認の回復は早く、現在の
ところ、インフレの再燃、民間対外債務支払いの支障、銀行部門の悪化などは表
面化していない。政策金利の引き下げにより、景気後退も通貨危機直後に予想さ
れたより軽度となる見通しである。以下はブラジル経済の予想外に早い回復振り
を示す指標である。
・ 為替レート:2月2日に、ロペス中銀総裁の更迭と同氏の後任としてフラガ元
ブラジル中銀国際局担当理事の任命が発表され、為替レートはしばらくは安定
したものの、2月下旬に再びブラジルの民間企業によるものと見られるドル買
い需要が強くなり、再び1ドル=2.2レアルまで売り込まれた。しかし、3
月4日にフラガ総裁が就任して以降、レアルの対ドル相場は上昇傾向を辿り、
5月11日に1ドル=1.645レアルと、1月20日以来の高値を更新した。
その後は米国金融市場やアルゼンチン情勢などにより、神経質な動きはあるも
のの、1ドル1.8レアル台とおおむね安定推移している。
・ 金利:フラガ中銀総裁の就任後、指標となる金利が、中銀基本金利(TBC)
と中銀救済金利(TBAN)から、オーバーナイト・レポ取引に適用されるS
ELIC金利に変更され、SELICは3月5日にそれまでの39%から4
5%へと引き上げられた。以後外為市場でレアルが落ち着くにともなって、S
ELICは7月末までに10回引き下げられ19.5%となっている。
・ インフレ:レアルの大幅切り下げによるインフレの再燃が懸念されていたが、
1~5月のIGP-DI(総合物価指数-国内供給)上昇率は7.4%、IN
PC(全国消費者物価指数)上昇率は3.8%に止まった。6月に実施された
IMFとの合意目標の2回目のレビューではIGP-DI上昇率の目標値が9
9年12%、2000年5%へと下方修正された。インフレ率が低位安定して
いる要因としては、金融引き締めの他、インデクセーションの不在、大幅な需
給ギャップ、一次産品価格の低迷、豊作等が挙げられている 8 。
・ 景気:金利低下による景気回復の兆しが現れ、99年第1四半期の実質GDP
成長率は前年同期比1.02%とプラス成長に転じた。IMFとのレビューで
は、99年の見通しをマイナス3.5%~マイナス4%からマイナス1%へと
修正することで合意した。
・ 財政:第1四半期のプライマリー財政収支の黒字はIMFとの合意60億レア
ルを上回る92.4億レアル(GDP比4.12%)となった。
・ 資金流入:99年1~5月の直接投資は107億ドルに上り、年間では180
億ドル以上に達すると予想されている。これは経常収支の予想赤字額の85%
に相当する。外銀による融資も再開される見込みである(BBV が165億ドル、
Citibank が180億ドルの融資を計画)。証券投資も回復し、1~6月累計で
外国人によるネット証券投資は22.3億ドルの買い越しとなった。また、政
府は4月22日に5年物グローバル債20億ドルをスプレッド米国財務省証券
+675ベーシス・ポイントで発行し、レアル切り下げ後わずか3月強で国際
資本市場に復帰した。民間企業による債券発行は1~6月で255件、106
億ドルに上っている。
一方、主なリスク要因として次の2点が指摘されよう。第1は、輸出の低迷で
ある。レアルの下落や国内金利の低下、資金流入による貿易金融のアベイラビリ
ティ回復にも拘わらず、輸出、とりわけ工業製品の輸出が低迷する状態が続いて
いる 9 。この要因は、ブラジルの輸出が一次産品とその加工品、靴などの低付加価
値製品が中心で為替切り下げに反応を示しにくいこと、輸出企業の国内市場志向
が強いこと、アルゼンチン初め主要取引相手である中南米諸国の景気低迷が続い
ていることなどである。このため、メキシコのように通貨危機後の輸出の急増が
貿易収支の改善と景気の牽引役となることは期待できず、また、かつてのように
貿易収支が大幅な黒字に転ずる可能性は小さい。他方、対外債務残高と直接投資
の増大にともなって所得収支の赤字が急ピッチ拡大している。このため、経常収
支赤字の補填を海外資金に依存する国際収支構造や外的ショックへの脆弱性は当
面改善しないと思われる。第2は、第1次カルドーゾ政権からの積み残しとなっ
ている行財政改革(特に税制と年金制度)の進展の遅れである。行財政改革はI
MF等から金融支援を受ける際の公約ともなっており 10 、これらが大幅に遅れる
ようであれば、市場の信認は低下し、再び国内金融市場の混乱、資本流出という
事態になりかねない。第2次カルドーゾ政権が改革に向けてどれだけリーダーシ
ップを発揮できるか注目される。
(ニ)伝播(図 4)
レアル切り下げによるラテンアメリカ諸国への影響も短期かつ軽微にとどま
った。切り下げ直後には、対ブラジル貿易収支悪化によるメルコスル諸国への影
響や、一次産品市況の下落を通じた、チリ、コロンビア、エクアドル、ベネズエ
ラ等への財政・貿易収支面での影響が懸念されたが、それらのリスクは顕在化し
なかった。金融面での影響(国内金利、株価、為替への影響およびカントリー・
リスクの増大による資金流入の減少と海外資金調達コストの上昇)も限定的なも
のに止まり、短期間に解消された 11 。
図4
ロシア危機、ブラジル危機前後の金融指標
A.ブレイディ債のスプレッド(BP)
3,000
B.国内短期金利の推移(年
率%)
50
2,500
ブラジル
40
ブラジル
メキシコ
2,000
ベネズエラ
30
1,500
20
チリ
1,000
10
アルゼンチン
500
5
7
97
0
99/4
98
メキシコ
アルゼンチン
98/1 3
1996
9
11 99/1 3 4
C.為替レートの推移(1996/1/5=100)
アルゼンチン
110
100
90
80
メキシコ
70
チリ
60
ブラジ
1996
97
98
50
99/4/9
40
(出所)IMF World Economic Outlook May 1999 p.78より
2.メキシコ危機vsブラジル危機
ブラジル通貨危機およびその中南米諸国への伝播・波及が、メキシコ通貨危機
よりも軽微なものにとどまった主な要因としては、以下の点が挙げられよう。
(1)国内要因
(イ)経常収支赤字の規模
ブラジルの経常収支は金額こそ98年で350億ドルに達していたものの、
GDP対比ではメキシコの7%やタイの8%に比べ遥かに低水準であった。経
常収支赤字の規模による投資家のセンチメントの悪化はメキシコやタイより軽度
であったと推測される。
(ロ)財政
メキシコは94年中に財政赤字ファイナンスを外資に傾斜させ、短期資金需要
のほとんどは短期国債テソボノスの返済資金であった。ブラジルの場合、ほとん
どが国内資本で賄われており、財政赤字のGDP比8%のうち、7%は利払いで
占められていた。このため、対内のデフォルト懸念はあったものの、それが直接
通貨アタックを引き起こす要因とはならなかった。国内債務デフォルト→IMF
コンデショナリティー未達→IMF融資の停止というシナリオがブラジル経済へ
の不信、通貨政策の持続性に対する疑念を生じさせたと考えられる。
変動相場制への移行後、メキシコでは、国際金融支援と緊縮政策(PARAUSEE)
が発表されたことで政府部門の外貨需給の逼迫が緩和された段階(95年3月)
でようやく為替市場はおおむね安定に向かった。ブラジルは、「国際支援、財政
引き締め、高金利政策、為替規制回避」で対応し続けた場合、財政収支の悪化が
進み、市場の信認回復に至らないまま通貨の下落と資本流出が続くという悪循環
に陥るリスクを内包していた。しかし、財政再建の足を引っ張ってきた議会は一
転して財政再建法案成立を加速させ 12 、国内金利はロシア危機以前の水準まで引
き下げられたことから、そのリスクは解消され、国内債務のリスケジュールによ
る国内金融機関への打撃も小さくなった。
(ハ)変動相場制への移行時期
メキシコは外準が底を尽くまで徹底して通貨を防衛したが、ブラジルは、早期
に通貨防衛を断念し、国際収支危機を回避した。ブラジルで90年代の通貨危機
からの教訓が活かされたこともあろうが、メキシコが政権交代期にあり、政治的
に為替切り下げが困難であった一方、ブラジルではカルドーゾ政権が2期目に入
って間もなく、政権が比較的安定していたという政治要因も重要であった。
(ニ)金融システムの健全性
前述のように、メキシコでは危機前の4年間で、監督・規制体制が整備・強化
されないまま金融システムの規制緩和が進められる中で資金流入が増大したこと
から、不良債権の蓄積、銀行システムの脆弱化がもたらされ、通貨危機が発生し
なくてもいずれ問題が表面化すると見られていた。銀行システムの脆弱性は当局
が資金流出抑制のための利上げに踏み切れなかった理由のひとつとして指摘され
ており、銀行危機と通貨危機は相互に関連し合っていたと言える。ブラジルでは、
レアルプラン導入後、民間銀行システムのリストラが進められた。このため、金
融システムの健全性指標はメキシコより遥かに良く(表6)、銀行システム危機
に対する懸念が通貨・金融政策の大きな制約要因となることはなかった。ブラジ
ルでは、公的金融機関のウェイトが相対的に高く 13 、かつ、民間銀行部門より資
産内容の劣化が進んでいたが、94年末のメキシコの銀行システムに比べれば健
全であった。また、ロシア危機および99年1月のレアル切り下げ後、メキシコ
の銀行のように外貨繰りの逼迫や不良債権問題が発生しなかったのは、第1に、
ブラジルの民間銀行は切り下げを見越して為替ヘッジを行うとともに、貸し倒れ
引き当て金を積み増していたこと 14 、第2に、銀行のポートフォリオに占める債
券の比率が大きく、融資の比率が低いことが要因として挙げられる。高金利の持
続は、国債の収益率を極めて高くする一方、銀行融資に対する需要を抑える役割
を果たした。実際、99年第1四半期は、ドルの売り持ちポジションと預金・貸
出金利スプレッドの拡大から史上最高の収益を上げたと伝えられる。
(2)対外要因
(イ)危機発生時の国際流動性
メキシコとブラジルの危機脱却に要した時間、他地域への伝播効果の違いをも
たらした対外要因としては、第1に、国際的な流動性の違いが挙げられよう。メ
キシコ危機発生前の1年間に米国は4度にわたりインフレ懸念に対する予防的利
上げを実施し、その結果新興市場国への資金流入は細った。ブラジル危機の前後
は、世界的に金融は緩和されていた。FRBはFFレートを98年9月に5.5%
から5.2%へ、10月に5.0%へ、11月に4.75%下げ、EUは99年
4月にレポ金利を3%から2.5%に引き下げ、日本は、既に長期的な低金利が
続いてきたが、99年2月にコールレートを0.25%から0.15%に引き下
げた。短期金利は99年に入って、このほか、英国、カナダ、デンマーク、ノル
ウェー、スウェーデン、スイスで引き下げられた。
(ロ)ロシア危機と投資家のポートフォリオ調整
第2の要因は、ロシア危機からブラジル危機の間、機関投資家がポートフォリオ
表6
銀行システムの健全性指標
メキシコ(注1)
期日経過債権/総貸出
うち消費者信用
うちモーゲージ・ローン
貸し倒れ引当金/期日経過債権
貸し倒れ引当金/総貸出
純利益/総収入
期日経過債権-貸し倒れ引当金/自己資本
ポートフォリオに占める証券の割合
うち国債
ブラジル(注1)
期日経過債権(a)/総貸出
回収見込みが小さい債権(b)/総貸出
貸し倒れ引当金/総貸出
貸し倒れ引当金/(a)+(b)
ポートフォリオに占める証券の割合
参考:公的金融機関
期日経過債権(a)/総貸出
回収見込みが小さい債権(b)/総貸出
貸し倒れ引当金/総貸出
貸し倒れ引当金/(a)+(b)
(注)
(出所)
1.
2.
(%)
1990
2.0
6.8
0.8
10.7
0.2
4.4
17.7
NA
NA
Dec-96
1.8
3.2
5.0
99.9
NA
1991
3.1
8.6
0.6
35.6
1.1
5.0
22.6
NA
NA
Jun-97
1.3
3.1
4.5
101.9
26.2
1992
5.7
11.7
2.5
48.3
2.7
6.5
34.0
20.0
5.7
Dec-97
1.4
3.3
5.0
107.5
33.2
1993
7.4
15.9
4.0
42.7
3.2
7.1
47.2
18.9
0.8
Jun-98
1.7
3.5
6.4
123.9
43.4
1994
7.4
18.3
5.5
48.3
3.6
2.7
49.9
22.7
1.7
Dec-98
1.6
3.8
7.2
134.3
45.2
1.7
7.6
9.2
99.3
1.8
6.8
10.2
118.3
1.5
9.5
14.5
131.5
1.3
10.9
15.3
126.4
3.2
11.4
14.6
100.1
民間銀行のみ。政府介入銀行を除く
Banco do Brasil, Caixa Economica Federal, BNDES, その他国立・州立
銀行、各種開発銀行
メキシコ:OECD, Economic Surveys 1995
ブラジル:ブラジル中央銀行
調整を終わらせていたことである。この間、米ヘッジファンド LTCM の破綻、そ
れに続く国際金融市場の混乱、また、ブラジルの切り下げリスクが相当程度市場
に織り込まれていたためと見られる。
98年8月17日のロシア政府による、ルーブルの実質的な切り下げとモラト
リアムはロシア国内短期国債や株式を大量に購入していたヘッジ・ファンド等欧
米系金融機関に多額の損失を発生させ、運用・貸出規模の収縮が拡がった。これ
らのファンドの多くは損失の穴埋めのため中南米、中東欧等の株式、債券や米国
ジャンク債、その他の高リスク資産を一斉に圧縮し現金化した。この動きは一般
投資家にも波及し、質への逃避(flight to quality)が進み、売り圧力は何倍にも膨
らんだ。世界中の高リスク債券のイールドは急上昇し、米国債とのスプレッドは、
メキシコ通貨危機の時のテソボノスと米国債のスプレッドを大きく超えるに至っ
た。98年8~9月のヘッジ・ファンドの中南米株式売却金額はほぼ14~15
億ドルと見られている。97年の中南米株式市場は前半に40%以上の大幅上昇
を記録していたため、後半アジア危機などの影響でやや下げたものの、96年末
比で依然としてプラス10%前後の評価益を出していた。アジア市場が平均マイ
ナス35%で大幅な評価損を抱える中、格好の利食い売りのターゲットとされた
ことが窺える。
国際決済銀行が半期毎に発表している、先進国民間銀行による途上国向け与信
残高の動きを見ると(表7)、中南米向け与信残高はアジア危機前から増加を続
けてきたが、ロシア危機後減少に転じた。ブラジル向け与信は98年6月末から
98年12月の間に113億ドル減少した(うち米銀からの与信は41億ドル減
少)が、ブラジル以外の中南米向けでは40億ドル増加した。中南米主要国の中
では、メキシコ、アルゼンチン、チリ向けの与信残高が増えている。また、ブラ
ジル中銀の統計によると、同国の対外債務のうち商業銀行向け短期債務は96年
末以降一貫して減少している(96年末残高306億ドル→98年11月末20
4億ドル)。これらの統計から、米銀を初めとする欧米の民間銀行が、ブラジル
向与信、特に金融機関向け短期資金について、通貨危機の3年前から与信姿勢を
慎重にしてきたことが窺える。
(ハ)国際金融支援のタイミング
メキシコ通貨危機では、通貨危機発生後およそ10日後に米国政府のイニシア
ティブで国際金融支援が提案された。しかし、メキシコ政府による緊縮政策が市
場の信認を得らなかったことや米国議会での対メキシコ金融支援法案審議の難航
から、2ヶ月にわたってメキシコ金融市場の混乱は続いた。国際金融支援の額を
当初案の3倍に増額し、メキシコ政府がより厳しい緊縮政策を打ち出したことで
事態はようやく収拾に向かった。
ブラジル危機の場合、変動相場制に移行する約2カ月前に当面の外貨繰りを支
える規模での国際支援が講じられ、その結果対外債務のデフォルト懸念が薄めら
れ、通貨下落の程度を弱めたと考えられる 15 。
(ニ)アルゼンチンの対応
アルゼンチンの対応は、新興市場国における危機の伝播効果への対処策の成功
例と見られる。アルゼンチンでは、メキシコ通貨危機の影響で中小銀行の経営破
綻が相次ぎ、金融機関再編の流れが加速された。その一方で、グローバル・スタ
ンダードに沿った自己資本規制、貸し倒れ引き当て基準、ディスクロージャーな
どプルーデンス規制が整備され、米国流の検査・監督体制が導入された。また、
最後の貸し手が不在である状況下で、セーフティー・ネットとして、外国民間銀
表7
先進国民経済雑誌銀行による中南米向け与信残高
合計
中南米向け
97年6月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
97年12月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
98年6月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
98年12月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
ブラジルを除く中南米諸国向け
97年6月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
97年12月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
98年6月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
98年12月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
ブラジル向け
97年6月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
97年12月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
98年6月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
98年12月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
メキシコ向け
97年6月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
97年12月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
98年6月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
98年12月末
金額(百万ドル)
シェア(%)
251,086
100%
283,084
100%
295,712
100%
288,473
100%
邦銀
米銀
独銀
スペイン 仏銀
英銀
その他
14,526
5.8%
14,713
5.2%
13,784
4.7%
14,521
5.0%
60,348
24.0%
63,353
22.4%
64,183
21.7%
62,039
21.5%
31,911
12.7%
36,635
12.9%
39,467
13.3%
40,919
14.2%
25,330
10.1%
36,538
12.9%
36,581
12.4%
38,958
13.5%
19,250
7.7%
25,013
8.8%
25,132
8.5%
22,029
7.6%
16,947
6.7%
21,495
7.6%
23,083
7.8%
23,971
8.3%
82,774
33.0%
85,337
30.1%
92,482
31.3%
86,036
29.8%
179,968 9,602
100%
5.3%
206,720 9,734
100%
4.7%
211,127 8,605
100%
4.1%
215,160 10,344
100%
4.8%
44,157
24.5%
47,550
23.0%
47,406
22.5%
49,316
22.9%
23,370
13.0%
25,923
12.5%
26,677
12.6%
29,666
13.8%
22,364
12.4%
32,372
15.7%
31,934
15.1%
33,818
15.7%
12,850
7.1%
16,384
7.9%
17,213
8.2%
15,974
7.4%
12,409
6.9%
16,933
8.2%
17,274
8.2%
17,430
8.1%
55,216
30.7%
57,824
28.0%
61,018
28.9%
58,612
27.2%
71,118
100%
76,364
100%
84,585
100%
73,313
100%
4,924
6.9%
4,979
6.5%
5,179
6.1%
4,177
5.7%
16,191 8,541
22.8% 12.0%
15,803 10,712
20.7% 14.0%
16,777 12,790
19.8% 15.1%
12,723 11,253
17.4% 15.3%
2,966
4.2%
4,166
5.5%
4,647
5.5%
5,140
7.0%
6,400
9.0%
8,629
11.3%
7,919
9.4%
6,055
8.3%
4,538
6.4%
4,562
6.0%
5,809
6.9%
6,541
8.9%
27,558
38.7%
27,513
36.0%
31,464
37.2%
27,424
37.4%
62,072
100%
61,791
100%
62,892
100%
64,962
100%
4,592
7.4%
4,679
7.6%
4,428
7.0%
4,655
7.2%
17,656
28.4%
16,630
26.9%
16,681
26.5%
18,178
28.0%
5,601
9.0%
5,807
9.4%
5,982
9.5%
5,880
9.1%
5,332
8.6%
5,766
9.3%
6,113
9.7%
6,339
9.8%
4,928
7.9%
5,523
8.9%
5,689
9.0%
5,137
7.9%
18,412
29.7%
17,591
28.5%
17,929
28.5%
18,010
27.7%
5,551
8.9%
5,795
9.4%
6,070
9.7%
6,763
10.4%
(出所) BIS The Maturity Distribution of International Bank Lending, Second Half 1998 よ
り作成
行と74億ドルのクレジットラインを設定し、流動性危機に備えた。為替の過大
評価は、レアルプラン以降、ブラジルの貿易シェアが増えたことと、レアル高が
進んだことにより、かなり是正された。金融システムの強化とペソ割高感の是正
は投資家の信認の向上に寄与したと考えられる。
3.
メキシコとブラジルの通貨危機からの教訓
(1) 第1は、これまでも経済危機に際して繰り返し指摘されてきたマクロ経済
運営の重要性である。メキシコでは不適切なマネーサプライ管理が危機の
発生時期を早め、ブラジルでは EBS の維持に必要な財政改革が進まず、物
価のアンカー役はもっぱら為替レートと高金利政策に求められ、財政赤字
削減の失敗から国内債務依存に傾斜していったことは投資家の不信を強め
た。マクロ経済政策面でもう一点指摘すべきは、誤ったポリシー・ミック
スの危険性である。両国の政策担当者は、同時に成立し得ない3つの目標
-金融政策の主体性、為替レートの安定、自由な資本移動-を追求した。
国際金融の鉄則では、固定あるいは、固定に近い為替相場制を採る場合、
独立した金融政策を諦めるか、何らかの資本規制を敷かなければならない。
(2) 第2に、途上国における国内金融、資本勘定の自由化は慎重かつ秩序だっ
た順序で行わなければならない。国内金融の自由化を資本勘定の自由化に
先行させるのが望ましい。また、金融の検査・監督体制、プルーデンス規
制が不備なまま自由化を進めると、金融システム問題を惹起し易い。メキ
シコはこの典型的な金融危機に見舞われた。
(3) 第3に、危機管理(事後の対策)より危機の防止策(事前の対策)が重要
である。危機前の国際支援体制の有無はメキシコとブラジルの明暗を分け
た。
(4) 第4に、本稿では触れなかったが、危機防止・対応策においては、資金取
り入れ国のみならず、国際金融機関、先進国、民間部門等の役割が重要で
ある。アジア危機以来このテーマはG7等で議論されてきた。主な論点は、
IMFなど国際機関のあり方、途上国の為替相場制度、国際資本移動の監
視や規制、危機に対する民間金融機関の関与のあり方などである。このう
ち、資本移動の規制については、先進国および新興市場国の間で立場は一
様ではなく、先進国のなかでは、規制に慎重な米国と一定の条件の下での
規制が必要とする日本政府等の基本姿勢の相違があったが、99年6月1
2日、フランクフルトで開催されたG7では、短期資本の移動に対し、「例
外的」としながらも規制を容認することで合意した 16 。先進国は、少なくと
も通貨危機の核心が資本移動であるとの見方、短期資本の移動について何
らかの形で監視する必要があるとの見方で一致したと伝えられている。
<注>
1
通貨危機の研究
通貨危機の定義は一様ではない。おおむね、「大幅な」通貨下落が発生した時と捉え、為替レ
ートの変動率、外貨準備高、短期金利などが指標として使われている。例えば、Eichengreen
等 (Eichengreen Barry, Andrew K. Rose, and Charles Wyplosz, “Exchange Marke
Mayhem: The Antecedents and Aftermath of Speculative Attacks,” Economic Policy,
Vol.21 Oct., pp.249-312 [1995]) は、対前年比25%の通貨下落を危機と定義している。
通貨危機の要因分析およびモデルは、欧州通貨危機(92年9月~93年2月)、メキシコ通
貨危機(94年12月~95年5月)を境として、経済ファンダメンタルズを重視する見方か
ら自己実現的な投機的アタックの結果とする見方に変わってきている。前者のいわゆる第1世
代の代表的モデルには、Krugman モデル、後者のいわゆる第2世代の代表的モデルには
Obstfrld モデルがある。
近年、IMFを初めとする国際金融界は通貨危機の予防策のひとつとして危機に関する指標
づくりに関心を向けている(過去の研究についての分析は Kaminsky, Lizondo and Reinhart
[1997],
World Economic Outlook, May 1998 が詳しい)。早い段階での危機へのシグナルが
あれば、それなりの対応策が講じられるというものである。しかしながら、先行指標モデルの
開発はまだ初期段階にあり、今後精緻化、研究がまたれる分野である。特に、経済構造、制度
の発展度、政治情勢、様々なプレーヤーの期待など、捕捉が極めて難しい要因や、政策決定過
程、政策対応など緊張状態が危機へと発展するか否かに重要な関わりを持つと考えられる要因
をどう織り込んでいくかが課題となっている。分析手法は、大きく2通りに分けられる。ひと
つは危機前と平時の変数を比較するもの、もうひとつは限定的独立変数を使って通貨危機の可
能性を推定する、危機を予兆する変数を特定する方法である。どの指標が有効であるか見方は
分かれるが、通貨危機に先行して、為替レートの過大評価、国内信用の急拡大、公的部門への
信用拡大、M2/外準比率の上昇(外準のマネーサプライ・カバー率の低下)、インフレの高
進、直接投資の流入減、先進国の金利上昇などが観察されている。そのほかの指標としては、
貿易収支赤字の拡大、財政収支赤字の拡大、輸出パフォーマンスの悪化、実質GDP成長率の
低下などが挙げられている。なお、経常収支赤字おび財政収支赤字との関連性は小さいとの見
方が一般的である。
表1は、サックス等が作成した、メキシコ通貨危機前の新興市場国のマクロ経済ファンダメ
ンタルズである。これによると、為替の過大評価、貸出ブーム、外貨準備の相対的規模といっ
た面でメキシコが最も悪く、為替レートは30%過大評価、貸出はGDPの伸びの2倍、外貨
準備もM2に比べて不十分である。それに近いのがメキシコ危機の影響が大きかった、アルゼ
ンチンとブラジルであった。
表1
危機・金融指標
アルゼンチン
ブラジル
チリ
コロンビア
メキシコ
ペルー
ベネズエラ
危機指標(a) 実質為替減価(b) 貸出ブーム(c) 外貨準備(d)
20.2
-48
57.1
3.6
17.7
-29.6
-68.3
3.6
-5.7
-7.5
13.3
1.4
4.2
9.2
20.5
1.5
79.1
-28.5
116.2
9.1
-2.9
-45.4
156.1
1.5
7.6
16.2
-38.5
1.4
94 年 11 月から 95 年 4 月対米ドル名目減価率と外貨準備変動率
の加重平均
2.(b) 対ドル、対マルク、対円の実質実効為替レートから算出した
実質為替レートの 86 年~89 年の平均値と 90 年~94 年の平均値
の変化率
3.(c) 銀行部門の対民間信用/GDP 比率の 90 年~94 年の変化率
4.(d) 94 年 11 の M2/外貨準備比率
(出所) Sachs 等 [1996] より作成
(注)
2
1.(a)
メキシコ危機の原因については、初期の分析では、国内政治混乱や海外金利の変動を重視する
「adverse shocks」説、ペソ実質増価により経常収支赤字が持続不可能な水準に達し、為替政
策の変更など政策スタンスの変更を迫られた結果とする「Unsustainable External Position」
説、マクロ経済政策の方向性はおおむね健全であったが、94年中に顕著となった一貫性の欠
如が投資家の信認を低下させたとする「Policy Slippage」説がある(IMF [1995])。こ のほか、
投資家の群集心理的行動や自己実現的期待を重視した「期待重視説」(Sachs, Tornell and
Velasco [1996])、情報の非対称性理論から説明した「モラルハザード・逆選択」(Mishkin
[1997]) 説などがある。伊藤[1997]は、古典的な通貨危機のモデルに依拠して貨幣需要を中
心に分析を行い、最も問題とされるのは、不胎化のための信用増発であり、金融政策の誤りで
あったと指摘している。伊藤論文は先行研究の紹介書としても優れている。
3
EBS は、為替レートの下限・上限を事前発表する為替政策を含むインフレ抑制策で、採用さ
れる為替制度は、管理変動相場制(クロアチア)からカレンシー・ボード(アルゼンチン、エ
ストニア、ブルガリア、リトアニア)までかなりの幅がある。オーソドクスな緊縮政策や Money
Based-Stabilization (MBS) に比べ、所得や雇用を犠牲にすることなく短期間でインフレを鎮
静化させるメリットがある。EBS については以下を参照。 Guillermo A. Calvo and Carlos A.
Végh, “Inflation Stabilization and BOP crises in Developing Countries,” NBER Working
Paper 6925 (Feb. 1999); “The Rise and Fall of Inflation-Lessons from the Postwar
Experience,” Chapter VI. World Economi c Outlook (Oct. 1996); Miguel Kiguel and Nissan
Liviatan, “The Business Cycle Associated with Exchange Rate-Based Stabilizations,” The
World Bank Economic Review, vol.6, no.2 (May, 1992)
4
NAFTA発効の1月1日にチアパス州において「サパティスタ国民解放軍(EZLN)」が
先住民の権利保護をうたって蜂起したのを始め、3月23日PRIの次期大統領候補コロシオ
の暗殺、9月28日マシウPRI幹事長暗殺、バナメクス・アクシバル社長(3月)およびヒ
ガンテグループ専務の誘拐(4月)、11月の副検事総長の辞任等一連の政治的事件が発生し
た。
5
伝播の形態としては以下のものが考えられている。第1は、共通の外的要因の存在で、モンス
ーン効果と呼ばれている。世界的な金利の高騰や景気後退、一次産品価格の下落、主要通貨間
の為替レートの大幅な変化などがそれで、80年代中南米債務危機における米国金利やアジア
危機におけるドル高(特に対円)が例である。第2は、財市場を通じたもので、一国の通貨下
落は主要貿易相手国に、競争力の低下と輸入の減少という価格・所得効果により、直接あるい
は第3国市場を通じて影響を及ぼす。第3は、金融市場の相互依存関係を通じたもので、一国
ないし複数国の通貨危機が投資家のポートフォリオ調整を引き起こすというもの。第4は、投
資家のセンチメントの突然の変化で、モーニング・コール効果と呼ばれる。一国で危機が発生
すると近隣諸国のファンダメンタルズに大きな変化がなくても投資家がそれらの国々の脆弱
性の洗い直しを行い、ポートフォリオのリスク度合いを低下させたり、質への逃避が引き起こ
される。アジア危機における伝播の重要な要因として挙げられている(IMF [1998, 1999])。
6
レアル・プランの前身は、フランコ政権下で4人目の蔵相に就任したカルドーゾ現大統領が9
3年12月に発表した経済安定化プログラム、第2カルドーゾ・プランである。同プ ラン は、
(1)財政収支の均衡化、(2)新指数URVの導入によるインフレ調整指数の一本化(94
年4月)、(3)ドルにリンクした新通貨レアルの発行(94年7月)、という3段階を踏み、
新通貨名にちなんで、第3段階以降レアル・プランと呼ばれている。
7
インデクセーションの廃止はコロル・プランなどレアル・プラン以前の安定化プログラムにも
含まれていたが、インフレの再燃とともに復活した。
8
変動相場制への移行により名目アンカーがなくなったことから、中銀は99年7月、インフ
レ・ターゲティング方式を導入した。使用される指標はIPCAで、目標値は99年8%、2
000年6%、2001年4%、許容範囲は+/-2%ポイントである。
9
99年1~6月の工業製品輸出の伸びは前年同期比マイナス14%
10
IMFと合意した構造改革の主な内容は以下のとおり
(1)プライマリー収支改善のための政策:国内エネルギー価格引き上げ、輸出企業に対する
PIS(社会統合プログラム負担金)、COFINS(社会保障制度ファイナンス負担金)軽
減措置の暫定停止、消費者ローンに対するIOF(金融取引税)増税、軍人の年金負担増加を
定める法案を議会に提出、公務員の昇格、昇級などの停止(1999年中)
(2)州政府レベルでの行政・年金改革、連邦政府と市政府との債務再編の促進
(3) 国営銀行5行(ブラジル銀行、連邦貯蓄金庫、国立経済社会開発銀行、アマゾン銀行、
ブラジル北東銀行)の解体、統合、民営化、開発機関への業態転換などについて検討。州立銀
行民営化の推進。
(4)民営化推進。国営企業では、1999年中に発電部門の民営化を完了し、2000年に
は送電部門の民営化を開始する。州営企業では、1999年中に州営の配電部門の民営化を完
了する。1999年中にCVRD(リオ・ドセ社)の残った政府保有株式、ペトロブラス(石
油公社)の政府持ち株分を売却する。上下水道会社の民営化実施のための法律整備を図る。有
料道路、国有地を売却する。
(5)貿易自由化の継続
税制改正に関する憲法修正法案は、下院特別委員会に上呈されており、その内容は工業製品
税(IPI)、小切手税(CPMF)等を廃止し、付加価値税(IVA)、消費税(IVV)、
物品税の3種類の税金を創設するというものである。しかしながら、99年4月以降、国会で
は銀行スキャンダルや司法スキャンダルの委員会審議が行われ、本会議での税制改正論議は全
く進展を見せていない。
11
ブラジルの切り下げ後、数日間は、アルゼンチン、メキシコで国内短期金利が約500ベイシ
ス・ポイント上昇、株価はアルゼンチンで10%、チリ、コロンビア、ベネズエラで5%下落、
対ドル為替相場はコロンビア、エクアドル、メキシコ、ペルーで5%以上下落、アルゼンチン、
メキシコ、ベネズエラのブレイディ債の金利スプレッドは200~300ベイシス・ポイント
拡大した。しかし、1月後半には、金利はアルゼンチンを除いて99年初の水準に戻った。為
替・株とも2~3週間でブラジル通貨切り下げ前に戻った。メキシコ、アルゼンチンの国債ス
プレッドは縮小し、両国とも2月初めには国際金融市場に復帰した。
12
小切手税(CPMF)増税法案が99年3月18日に国会で可決・成立した。これにより、9
9年に150億レアルの歳入増が見込まれている。
13
98年末で貸出残高の60%、総資産の53%を占めた。これに対し、メキシコでは国立開発
銀行と開発基金からなる公的金融機関は96年末で、貸出残高の27%、総資産の33%を占
めていた。またメキシコの国立開発銀行は民間銀行を通じたツーステップ・ローンを主な貸し
出し形態とすることに留意する必要がある。
14
ブラジルでは、産業界からの為替切り下げ圧力が強く、98年7~8月には政府が民間銀行お
よび企業に対して、切り下げ実施を内々に通告していたと言われる。
15
メキシコ支援策とブラジル支援策のタイミング、スピードの差は、危機感の差であると言える。
ロシア危機に始まった国際金融市場の混乱により、米国では主要金融機関のほぼ全てが大きな
痛手を被った。たとえば、メリルリンチ証券はロシアだけで1億ドルの損失を出した。6~8
月期の米国の主要金融機関の決算は軒並み減益となり、多くの金融機関のトップが引責辞任し、
各社は相次いでリストラ策を発表した。米銀の対ブラジル融資残高は、約160億ドルに上っ
ており、ブラジルが債務不履行となって、その影響がアルゼンチンや他の中南米諸国に及べば、
米国で金融危機が発生するおそれがあった。このため、米財務省は9月に入ってブラジル支援
のためのIMFプログラムの作成に入った。これに対しては、メキシコ危機の際と同様、欧州
諸国から強い反対の声が挙がった。しかし、10月15日に米議会がIMFに対する180億
ドルの拠出を認めたことなどを機に10月後半からG7の協議が進展し、11月13日に総額
415億ドルのブラジル支援策が発表されるに至った。
16
6月13日付日本経済新聞によると、合意の骨子は、次の6点。(1)IMFの透明性向上や
プログラムの改革、(2)ヘッジ・ファンドを含む全ての市場参加者による国際的に認めらて
いる基準の推進、(3)先進国でのヘッジ・ファンドなどに対する監督機能の強化、(4)新
興市場国での健全なマクロ経済政策の実施および金融システムの強化、持続可能な為替相場制
度の採用、資本規制も一定の状況では必要、(5)危機の予防のための民間セクターの関与を
確保、(6)貧困層の救済に社会政策を推進
[参考文献・資料]
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