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Untitled - 研究産業・産業技術振興協会

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Untitled - 研究産業・産業技術振興協会
平成 26 年度
技術系人材委員会 調査研究報告書
平成 27 年 3 月
一般社団法人研究産業・産業技術振興協会
まえがき
2014 年度の日本経済は、2013 年度の「デフレ脱却」からさらにその好調さを持続して
いる。
失業率は 2013 年 12 月 3.7%から 2014 年 12 月 3.4%、有効求人倍率は同 1.03 から 1.15、
消費者物価指数は 2013 年 0.4 から 2014 年 2.7 と、主要統計数値も景気回復の堅調さ確を
示している。株価も 15 年ぶりの高値がつくまでに回復し、2014 年 3 月期の上場企業の配
当総額が 6 兆 9043 億円と過去最高水準に達している。
2020 年の東京オリンピック、円安も背景に「おもてなし」に代表されるサービスを武器
にした外国人観光客(訪日外客数)が増加し、集客に苦労していた温泉街が復活するなど、
過去に経験したことの無い現象が発生している。また、海外での日本ブランドへの信頼は
厚く、外国市場であえて日本ブランドを全面に打ち出したマーケティング戦略がとられる
ようにもなってきている。日本の製造業が積み重ねた品質管理が無形のブランドとなりつ
つあるとも言える。
一方、グローバル競争の環境変化は一層激しく、IoT、インダストリー4.0(第 4 次産業
革命)、自動運転など新しいキーワードが新聞・ビジネス誌上を賑わせている。いずれも今
年になって初めて登場した技術ではなく、過去の要素技術の積み重ねが、それらのコンセ
プトや製品として実を結ぶ段階になったということである。
日本の大手製造業では、これらの領域を自らの新事業として位置づけ、積極的に研究開
発や事業化を試みている企業がある一方、日本が先行し世界から注目されているテーマが
乏しいことも事実である。
いずれのテーマにおいても、新しい事業を作っていく上での大小様々なイノベーション
が必要とされ、イノベーションを生み出すための環境、手法に関する議論も多くされてい
る。さらに、最も必要と言われているのが、それらを生み出す人材、もしくは生み出すこ
とをマネジメントする人材である。
そこで、昨年度取り組んだ「コトづくりと人材育成(コトづくりが出来る人材育成)」
を発展させ、今年度は「価値創出と人材育成」をテーマに、グローバル化・価値創出に活
躍している企業の事業方針とそれに基づく人材育成についての先進事例調査、および同テ
ーマでのシンポジウム、ワークショップを行った。
本委員会の活動にご協力いただいた住友3M(現・スリーエム ジャパン)の才本芳久郎様、
三井物産の杉山卓也様、イヌイ倉庫(現・乾汽船)の乾康之様、アーサー・D・リトル・ジ
ャパンの原田裕介様、ソフトバンクの源田康之様、東芝の吉森崇様、GE Healthcare Japan
の伊藤久美様、慶應義塾大学大学院の白坂成功先生、立命館大学の善本哲夫先生、コクヨ
ファニチャーの坂本崇博様、欧州調査にご協力頂いた企業、大学の皆様、議論に参加され
た委員、いろいろな助言、準備を頂いた協会関係各位に深く感謝を申し上げたい。シンポ
ジウムを共同開催して頂いた研究・技術計画学会イノベーションフロンティア分科会、ワ
ークショップを共同開催し会場をご提供頂いたコクヨファニチャー様、立命館大学善本ゼ
ミの学生の皆様にも多大なるご協力を頂いたことに、あらためて御礼申し上げたい。本報
告を読まれた方が一つでも有効な気付きを与えられれば幸いである。
平成27年3月
一般社団法人研究産業・産業技術振興協会
技術系人材委員会
株式会社三菱総合研究所
委員長
石塚真理
技術系人材委員会
委員名簿
(平成 27 年 3 月現在)
<委員長>
石塚
真理
株式会社三菱総合研究所 事業企画本部 主席研究員
<副委員長>
寺井
弘幸
日本電気株式会社 政策渉外部 シニアエキスパート
岩永
寛規
株式会社東芝 研究開発センター 有機材料ラボラトリー 主任研究員
<委員>
渥美
有介
大日本印刷株式会社 研究開発・事業化推進本部 エキスパート
大森
久美子
NTT ソフトウェアイノベーションセンタ 企画部
小沼
良直
公益財団法人未来工学研究所 政策調査分析センター 主席研究員
寺田
康久
日本精工株式会社 技術開発本部 技術企画室 室長
薗田
章吾
株式会社リコー グループ技術企画室研究管理室
野瀬
正治
関西学院大学大学院 社会学研究科 教授
橋本
健
公益財団法人未来工学研究所 シニア研究員(アクティブシニア)
萩行
さとみ
公益財団法人未来工学研究所 客員研究員
村山
三素
住友ベークライト株式会社 高度技術アドバイザリーグループ 副技師長
山崎
晴美
株式会社住化分析センター 営業本部 営業業務部 課長代理
山本
信行
筑筑波大学
山本
秀樹
日本電信電話株式会社物性科学基礎研究所 企画担当
国際産学連携本部
事業企画グループ
教授(産学連携)
機能物質科学研究部 薄膜材料研究 G(兼務)
(50 音順)
<事務局>
大嶋
嵩
小林
清治
比呂志
一雄
一般社団法人研究産業・産業技術振興協会 専務理事
一般社団法人研究産業・産業技術振興協会 調査研究部長
一般社団法人研究産業・産業技術振興協会 企画交流部
目
次
まえがき
委員会名簿
第1章
調査の目的と概要
1.1
講演会概要 ··························································· 1
1.2
シンポジウム概要 ····················································· 3
1.3
ワークショップ概要 ··················································· 6
1.4
訪問記録概要 ························································· 8
1.5
まとめ ······························································· 8
1.6
欧州訪問調査概要 ····················································· 9
第2章
講演記録
2.1
三井物産におけるグローバル人材育成 ···································13
2.2
待ったなしのイノベーションマネジメント ·······························17
2.3
ソフトバンクグループの人材育成 ·······································34
2.4
シンポジウム「イノベーション創出に向けた人材とその育成」 ·············41
第3章
3.1
第4章
訪問記録
乾汽船「月島荘」の取組み ·············································51
欧州訪問調査記録
4.1
調査概要 ·····························································64
4.2
各訪問記録 ···························································65
第5章
まとめ
5.1
今年度テーマ設定の背景 ···············································82
5.2
価値創造と人材育成 ···················································82
5.3
イノベーション人材のタイプ ···········································82
5.1
イノベーション人材育成に必要なこと ···································83
第1章
調査の目的と概要
昨年度、本委員会では、あらためて、現在の日本企業の中長期的な課題である「付加価
値を生み出す事業の創造、展開」に着目し、
「ものコトづくり」×「人材」をキーワードに
した調査研究を行った。
その結果、「付加価値を生み出すビジネスを作っていける人材」の要件として、

既存の分野、領域の範囲を超えて概念設計できる俯瞰力

多様な分野、領域の人材をマネジメントできるプロマネ力

市場とユーザーニーズの形成スピードを睨んだビジネスモデル設計力

ユーザーとのコミュニケーションを通したアジャイル開発力
が抽出された。
今年度は昨年度テーマとした「ものコトづくり」をさらに一歩進め、
「価値創造と人材育
成」をテーマに、グローバル化・価値創出に活躍している企業の事業方針と、それに基づ
く人材育成についての先進事例を調査した。特に大手製造業以外で気づき・着想が得られ
る事例に注力した。
また、昨年度に続き、協創の場としてシンポジウム、ワークショップを開催した。シン
ポジウムは研究・技術計画学会イノベーションフロンティア分科会と共同開催で「イノベ
ーション創出に向けた人材とその育成」をテーマに実施した。また、ワークショップは昨
年度に続き、立命館大学の善本教授及びコクヨファニチャーの坂本様にご指導、ご協力頂
く形で開催した。
1.1
講演会概要
(1)次代を創る心悸製品開発
講師:住友3M株式会社(現・スリーエム ジャパン株式会社)
エレクトロニクス&エネルギービジネス統括技術部長
才本芳久郎氏
日時:平成26年7月3日
タイトル:「次代を創る心悸製品開発~3Mの技術発信とは~」
(2)グローバル人材育成
講師:三井物産株式会社
室長
杉山卓也氏
人事総務部
グローバル・ダイバーシティ室
講演
日時:平成26年11月18日
タイトル:「三井物産におけるグローバル人材育成」
概要:
○三井物産の人材マネジメント
・ 三井物産が求める人材像の基本コンセプトは、1)変化についていく人材、2)多様性
を受け入れることができる人材、3)主体的に考えられる人材、4)コミュニケーショ
ンができる人材の四つからなる。
・ 経営理念(MVV:Mission, Vision, Values)を広く社員に浸透させ、それを実現させ
- 1 -
るために短期・定量的な業績のみならず、中、長期的にいかに貢献するかを重視する
評価基準を採用している。
・ 本店(本社)と海外現地法人で育成・研修、異動、任用・登用、評価制度はグローバ
ルガイドラインを置き一体運営し、等級制度、報酬制度についても連動させている。
○グローバル人材育成の考え方と取り組み
・ 人材主義を経営理念に掲げており、「人が仕事を造り、仕事が人を磨く」のグローバ
ル展開を目指している。具体的には、日本採用社員のグローバル人材としての育成、
海外採用社員の登用の二つの方向がある。
・ 入社後1年越から原則6年満了までに全員海外に派遣し、6か月~1年未満の間、海外
現場(異文化環境下)でビジネス実務を学ぶ。
・ 将来の連結グローバル経営を担う海外拠点のリーダー育成を目的として、2007年度か
らGMP (Global Managers Program)を継続して実施している。さらに、本店・海外採
用社員向け研修の一体化を目的とし、三井物産の海外採用社員、海外グループ社員、
海外パートナー会社も参加する形に発展している。
(3)日本の製造業において経営を強化するのはどうしたら良いのか
講師:アーサー・D・リトル・ジャパン株式会社
代表取締役社長
原田裕介氏
日時:平成26年12月2日
タイトル:「待ったなしのイノベーションマネジメント-事業に貢献する技術経営に
向けて-」
概要:
○事業の在り方そのものの再定義
・ 産業としての製造業や経営における技術の再定義が求められている。要素技術から効
用価値、職人から目利き、ロードマップ型からピボット型など、新たな視座が求めら
れている。
・ このような流れで事業の整理、再定義をしているのがシーメンス社。同社は早い段階
から半導体・情報通信・自動車部品など要素技術研究を必要とする事業を売却する一
方、自社を「市場ニーズと技術を結び付けるトレンドセッター」と定義し、ヘルスケ
アなどに事業を絞っている。
○技術経営力として求められること~メガトレンド起点、顧客リレーション起点~
・ AmazonやFacebookは少数のイノベーターチームにメガトレンド発掘を任せている。
・ ビジネス界の研究所長達がメガトレンドに気づくのは、日本が動き出す10年前であり、
逆に言うと日本が動き出す10年前に動いている。
・ シーメンスなどではリバースイノベーション、P&Gではオープンイノベーションに取り
組んでいる。
・ 技術の付加価値が下がったのではなく、マネジメント対象の技術の定義が広がったと
捉えるべき。これからは、ますます構想力・技術経営力が求められる時代になる。
(4)ソフトバンクの人材育成
講師:ソフトバンク通信4社
人事本部人材開発部
- 2 -
部長
源田泰之氏
日時:平成27年1月21日
タイトル:「ソフトバンクグループの人材育成」
概要:
○人材育成の基本コンセプト
・ 世界一の会社を目指すには世界を変える人材が必要であり、そのためには人材育成が
重要と位置づけている。
・ 「ソフトバンクユニバーシティ(全社員向けの育成機関)」、「ソフトバンクアカデ
ミア(孫代表の後継者を発掘、育成する機関)」、「ソフトバンクイノベンチャー(新
規事業の事業化)」の三つの施策が進められている。
○人材育成施策の特徴
・ 社内認定講師制度を導入し、社内講師比率が50%、社内認定講師は約100名に達してい
る。同じ内容でも社内講師の方が社内業務の実例を用いて臨場感を持って教えられる。
・ 社員発信型の学びの場として「知恵マルシェ」を開始した。社員がシェアしたい知恵
を発信し互いに共有する仕組みで、幅広いテーマについて、のべ900名以上が参加して
いる。
・ 全ての人材育成施策が「自ら手を挙げた人に機会を提供する」という考えに基づいて
提供されていること、社内で相互に学びあい切磋琢磨する環境提供を重視しているこ
とが特徴である。
1.2
シンポジウム概要
日時:平成26年11月10日
場所:早稲田大学
14:00~17:30
7号館 1F Faculty Lounge Meeting Room
共催:研究・技術計画学会イノベーションフロンティア分科会
(1)パネリスト講演
講演1
講師:株式会社東芝
セミコンダクタ&ストレージ社
統括技師長附
吉森崇氏
タイトル:「我が国の技術人材を取り巻く環境について」
概要:
○平成25年度産業技術調査事業「産業技術人材の成長と育成環境に関する調査」
・ 国内の半導体技術者と米国シリコンバレーの技術者の意識調査結果の比較をした。
・ 国内の調査結果からは①成長意識が低く会社任せ、②キャリア変更の障害が多い(余
裕がない、年齢問題)、③育成・活用手段が充分整備されているとは言えない、④約
90%が事業の将来に不安を覚えているにもかかわらず、60%は今後も今の分野で働き
たいという希望を持っているという特徴が浮かび上がった。
・ 一方、米国シリコンバレーからは、①個人を磨き戦うのが中心で企業帰属は手段、②
挑戦・企業と企業は相互に緊張関係を維持している。
・ 国内の技術人材育成環境の課題としては、①技術者そのものの意識改革、②技術者個
人の成長を手助けする環境とサービス等が挙げられる。
- 3 -
○東芝の技術人材育成環境
・ 2012年4月から一部の技術で使用されていた「スキル管理システム」を技術者7,500名
に展開し、育成課題の分析と個人育成計画へのフィードバックが実施されている。
・ 東芝全社の人材流動性を高めるため、①社内FA制度、②東芝グループ内公募制度があ
り、いずれも所属部門長に拒否権は無く、本人の意思と会社全体の必要性に基づいた
流動化が実施されている。
講演 2
講師:GE Healthcare Japan Chief Marketing Officer 伊藤久美氏
タイトル:「Innovation and talent」
概要:
○IBMのイノベーション
・ イノベーションについて、パルサミーノは「イノベーション=発明(invention)と人
の洞察力(insight)が融合することで生まれる新しい価値」と定義している。
・ IBMの戦略はGIO(社会動向)、GTO(技術動向)、GMV(市場動向)といった将来予測
がベースとなり、そこで得られた知見に基づいて策定される。
○GEのイノベーション
・ 「世界がいま本当に必要としているものを創る」。特に日本は課題先進国であり、医
療課題解決へ向けて統合ソリューション、新たなイノベーションに挑戦している。
○イノベーション企業の要件、新規事業に必要なコア人材
・ イノベーション企業には、①R&D資源の活用、②既存事業と分けたイノベーション孵化
マネジメント、③革新的構想を迅速かつ柔軟に遂行できる業務プラットフォーム、④
外部専門家(企業)との提携チャネル、⑤内外の多様な人材によるアイデア創造プロ
セス、⑥社内起業家の活性化・輩出の仕組み、⑦ビジネス創造を推進するリーダーの7
つの要素が必要である。
・ 新規事業には、いくつかのタイプのコア人材が必要であり、それは、①(クリエイテ
ィブシンキング型)アイデアクリエーター、②(クリエイティブ/クリティカルシンキ
ング型)ビジネスプランナー、③(クリティカルシンキング型)インキュベーターの3
タイプ。フェーズにより得意な人が中心となった方が上手くいき、最初はアイデアク
リエーター、次にビジネスプランナー、最後はインキュベーターが中心となっていっ
た方がよい。
講演 3
講師:慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科
准教授
白坂成功氏
タイトル:「慶應SDMにおけるイノベーション創出に向けた人材の育成」
概要:
○慶應SDMの考えるイノベーティブ思考
・ システム思考とは、全体俯瞰と構成要素のつながりを意識して、多視点・構造化・可
視化する思考。多様な人々が集まり、「システムエンジニアリング」を基盤としなが
ら「デザインシンキング」により創造的に思考することで、創造的にデザインする。
- 4 -
つまり「システム思考×デザイン思考=イノベーション」と考えている。
○慶應SDMの取り組み
・ 教育と実プロジェクト、実践支援を絡めた形で行われている。
・ 新たな価値や変化を生むプロダクトやサービスをシステムとしてデザインすることを
目指すプロジェクト型講義「デザインプロジェクト」を修士課程の必修としている。
講演 4
講師:株式会社三菱総合研究所
主席研究員
石塚真理氏
タイトル:「時代が求める人材像とその育成」
概要:
○求める人材と各社の取り組み
・ 今や付加価値の源泉は、業務工程の川上(マーケティング・商品企画、研究開発など)
と川下(保守、アフターサービスなど)にシフトし、高い技術で生産性高く製造して
いるだけでは、収益確保に限界がある。こういった環境下で「付加価値を生み出すビ
ジネスを作っていける人」が求められている。
・ 求められている人材は、大きく①グローバル人材(「グローバル化」という環境変化
への対応)と②イノベーション人材(新たな価値創造を主導する)に分けられるが、
グローバル人材育成に関しては各社が概ね取り組み済みであり、その定石が見えてき
た段階といえそうである。一方、従来から長年の問題であったイノベーション人材育
成に関しては、未だに課題であり、今後は取り組み総量(種類、事例)が重要である。
○イノベーション人材育成のキーワード
・ イノベーション人材育成には、俯瞰力(分野の枠を超えた発想で概念設計できる)と
協創(他分野の人と協力して新たな価値を創造できる)、そしてAGILE力(ユーザーと
キャッチボールし変化に迅速に対応する)とプロマネ力(多様な考え方や多様な分野
の人材をマネジメントできる)がポイントであって、ワークスタイル変革とともに重
要と考えられる。
講演 5
講師:公益財団法人未来社会研究所
主席研究員
小沼良直氏
タイトル:「イノベーション創出に向けた人材とその育成:今の時代に求められる人材像
と育成環境」
概要:
○今の時代に求められる人材像・能力要素
・ 現在はイノベーションブーム。知恵の勝負であり、イノベーション競争に向けて様々
な能力を持つ人材の確保・育成が必要である。また、モチベーション、将来の夢が一
層必要になっている。
・ イノベーション創出に向けて求められる能力要素を①知識、知見などのハード・スキ
ル、②人間力、コミュニケーション力などのソフト・スキルに分けると、企業の中で
の不足感が強いのは①ハード・スキル。
○海外と日本の違い
- 5 -
・ 海外企業でイノベーションが得意とされる企業(フィリップス、3Mなど)は、従業員
の自由裁量、専門分野の深堀や挑戦の機会を与える、失敗を許容するといったことが
共通してなされている。
・ 日本では大学生の進路選択で「自分の就きたい職業がわからない」が回答数第3位(50%
強)、「自分の進みたい専門分野がわからない」が第4位(50%弱)と大学生の進路、
職業意識醸成への支援が求められる。これに対しフィンランドでは高等学校、大学に
職業学校の選択肢があり、考えさせる教育、企業への訪問、企業での研修、親の企業
訪問が推進され、教育と職業が日本より密着している。
・ イノベーションや職業選択には「夢」が必要。日本企業は夢を追えない、チャレンジ
できない組織風土になっている傾向があるのではないか。
(2)全体議論・まとめ
概要:
・
全体を通して日本と海外を比較した議論が多くなされた。また、新たな価値・方向の
議論に関して対象の変更、ディシプリンの変更、多様化(チームでの多様化を含む)
を分けた議論がされた。
・ 今回のイノベーション人材育成は主に現場力(知識創造)が焦点であったが、今後、
経営力や既存企業の資源動員・配分メカニズムに関する議論がなされることが期待さ
れる。
1.3
ワークショップ概要
日時:平成27年2月12日
場所:コクヨ株式会社
品川オフィス
セミナースペース
共催:立命館大学
後援:コクヨファニチャー株式会社
(※他委員会と共同開催)
(1)基調講演
講演1
講師:コクヨファニチャー株式会社
チーフコンサルタント
坂本崇博氏
タイトル:「イノベーションを起こす働き方・働く人づくり」
~仕事も私事も志事として楽しむ~
概要:
・ 今、日本企業に求められているのは生産性。どれだけ時間をかけたかではなく、いか
に短時間で高い価値を生み出せたかが問われる。企業が成長を実現・継続するために
は、自らの時間の使い方、働き方を変革することも必要である。
・ 現在はオフィスが知的生産現場の中心である。そのため、オフィスの生産性をハード、
ソフト両面で向上させることが重要となっている。しかしながら、例えばフリーアド
レス化しても、結局いつも同じ席となり透明な壁が出来る、ワイガヤ文化醸成を期待
してコラボレーションエリアを設置したが単なるミーティングエリアになってしまっ
- 6 -
たなどの失敗例も多い。
・ それは、オフィスレイアウトやインフラといった「場」だけで働き方を変えようとし
ているため。「場」に加え、「型」(ありたい姿、ルール・仕組み)、「技」(一人
ひとりの意識、行動)の三位一体での取り組みが重要である。特にトップマネジメン
トの本気を注入しないと社員には伝わらない。コクヨはもともと非常に保守的な組織
風土であったが、品川オフィス(品川Practical Place:SHIPPと呼んでいる。)はトッ
プマネジメント層の本気が社員に伝わり、社員は「今までの慣習にとらわれず、色々
と新しいことをやってもよい」と感じるようになった。
・ 講演終了後、コクヨファニチャー株式会社
ライブオフィスを見学した。
講演 2
講師:立命館大学
経営学部
教授
立命館大学デザイン科学センター長
内閣府SIP(革新的設計・生産)サブRD
善本哲夫氏
タイトル:「価値創出への挑戦」~モノとサービス~
概要:
○イノベーション、デザインへの期待
・ イノベーション(オープン・イノベーション、ジュガード・イノベーション、リバー
ス・イノベーション、創発的イノベーション、ユーザー・イノベーション)、デザイ
ン(インクルーシブデザイン、参加型デザイン、デザイン思考、価値共創デザイン)
への期待が高まっている。イノベーション・プロセスについてもLiving Lab、デザイ
ン・スクール、Fab○○、ものづくりカフェ、アイディアワークショップなどがブーム
となりつつある。そこで共通するキーワードは「多様性」である。多様性を「かたち」
にすること、外部リソースとの接触に重きが置かれる傾向にある。
・ 国の科学技術イノベーション重点プロジェクト(COI、SIP、ImPACT)においても、Sience
for Society(事業化・社会実装)が強く意識されている。従来のニーズを越えた価値
の創造、新たなインキュベーション・スタイルの構築が目指されており、「デライト」
「つなぐ」がキーワードとなる。イノベーション人材育成を起業と結びつける傾向が
強い。
○価値創出のポイント
・ 価値創出には、①内と外の境界をコントロールし、②多様性を資源化することが必要
である。今ある当たり前の価値をベースとしながら、①、②をどうリンクさせていく
かが大事である。

機能+αが求められている。αは感性、意味的価値であり、支持・共感をよぶも
のである。今まで資源となっていなかったものを人が働きかけ、何かを引き出す
ことでイノベーション実現に向けて「資源化」することができる。

仕事が出来るのは外の人で、仕事を任せられるのは社内の人とみれる。内と外の
境界をコントロールし多様性を資源化することが重要となる。
(2)ワークショッププログラムの概要
- 7 -
・タイトル
・内容
「玩具を考える」
コクヨ S&T 株式会社の知育玩具「Wammy(ワミー)」を使い、世の中に無い玩具、
遊び方を作る
・ファシリテーター
立命館大学
及び
1.4
経営学部
教授
善本哲夫氏
善本ゼミの学生の皆様
訪問記録概要
(1)月島荘
講師:イヌイ倉庫株式会社(現・乾汽船株式会社)
代表取締役社長
乾康之氏
日時:平成26年7月31日
タイトル:「月島荘」というビジネスモデル~企業寮をShareするという試み~
概要:
○月島荘のコンセプト、計画決定までのポイント
・ ボーリング場の再開発として当初はタワーマンションを計画していたが、乾社長が「シ
ェア」の考え方に共感し、何かしたいというところからスタートしている。
・ AMC-Lab(Ace Meets Co-Living)として、経済産業省の産業人財政策室+14社で議論
した結果、「企業寮のShare」というコンセプトに至った。さらに共有スペースは大き
く設置するとともに、現実サイズのコミュニティとして「クラスター」を作る、個室
はこだわりを持ちつつあえてバリエーションを作らずに均一化するといったメリハリ
をつけた設計とした。
○ビジネスとしての検証、現在の運営
・ 管理とコミュニティを省力化している。
・ 企業との契約とすることで、全室(644室)のマネジメントではなく、契約企業(30社)
のマネジメントとすることで省力化となるとともに、ダウンタイムを短くでき、稼動
入居率をアップさせている。
・ 良い企業を入れることで吸引力になるとともに抑止力になっている。
・ 自主運営にしてランニングコストを抑制するとともに、居住者を対象としたイベント
などは状況を見ながら適度な頻度で行っている。
1.5
まとめ
・ 価値創出を行うイノベーション人材の必要性については、国、経済界とも十分認識さ
れているため、イノベーション人材に関する考え方、企業におけるイノベーション人
材の育成、活用について、本年度の活動で得られた成果をもとにまとめる。
○イノベーション人材
・ イノベーション人材として社内、社外だけでなく、その中間的な存在も有効(ソフト
バンクのソフトバンクイノベンチャー転籍、欧州企業のオープンイノベーションなど)。
①社内のイノベーション人材:イノベーション案件のマネジメント
②社内と社外の中間にいるイノベーション人材:社内の論理に捉われずに事業展開
- 8 -
し、場合によっては大学と行き来、OBOG、自社を理解しているパートナー企業社員
などを含む。
②社外のイノベーション人材:競合、ベンチャー、コンサル等
○イノベーション環境
・
イノベーションには、管理的なルール以上に、スピード、わくわく感、楽しさが必要。
①ソフトバンク、月島荘から浮かび上がる共通項。イノベーション志向の代表とい
われるグーグル、3Mなどでも重視されている。
②「仕事」「やらされてる」「管理下」ではイノベーションは生まれない。本気でや
る、楽しく能動的に取り組むことが必要。
・ イノベーションを環境整備だけで実現しようとすると失敗する。あるべき姿の共有・
浸透と一人ひとりの意識、行動が要件となる。
○イノベーション経営
・ イノベーション人材の要件・育成は現場の話であるが、会社(トップ層)の意思、ス
タンス明確化が求められている。各種のマネジメント手法も必要であるが、トップ層
の意思、スタンス明確化が最も求められる。
①トップの危機感に対する本気度が重要
 本気度は社員に伝わる(コクヨのオフィスは社員にトップの本気度が伝わった)
 トップが何を求めているかのメッセージは重要(三井物産、ソフトバンク、イヌ
イ倉庫)
②何を許容し、何を守らせるか
 失敗の許容が必要
 ただし、全くの放任という訳にはいかない
③人事面の工夫は1つのポイントになる
 王道キャリアパス、評価、籍を変える(三井物産、ソフトバンク)
1.6
欧州訪問調査概要
(1) 欧州訪問調査の概要
目的
欧州企業でのイノベーション人材育成への取り組み
欧州企業のCTOの現状把握
(EIRMA(European Industrial Management Association)CTO Forum 2014への参加)
訪問期間
平成26年10月5日(日)~10月12日(日)
調査メンバー
・大場善次郎:東洋大学
・春名修介:
総合情報学部
大阪大学大学院
総合情報学科
情報科学研究科
実践的情報教育協動ネットワーク
・小林一雄:
教授
研究産業・産業技術振興協会
(2)訪問結果
①IESEビジネススクール・ミュンヘン
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特任教授
企画部
概要:
・ 1958年にナバラ大学(スペイン)の大学院としてビジネスリーダー養成を目的に設立
し、エコノミストやフィナンシャルタイムズのビジネススクールランキングでは常に
トップ10にランクされている。現在、バルセロナ、マドリード、ニューヨークにキャ
ンパスを持ち、2015年からはミュンヘンにも校舎をオープンさせる。
・ 専任の教授陣は30か国100人以上、フルタイムMBA、ミドル・トップ向けのマネジメン
トプログラム、経営学Ph.D.コースがある。エアバス、アウディ、ボーイング、オラク
ル、ネスレ、コマツなど、多くのグローバル企業向けの教育も行っている。
・ 米国流のMoney中心ではなく、経営者としての信頼に重きを置いた教育を行っているこ
と、ヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカ、北アメリカと出身エリアが分散しており、
演習のグループ構成では同国出身者は20%以下としていることが特徴である。
②ミュンヘン工科大学(TUM:Technische Universität München)
概要:
・ ドイツ工学系のトップ大学。ミュンヘン市内のキャンパスは建築、土木工学・測量学、
電気・情報工学、薬学、経営学等の7学部とビジネススクール、ガーヒング(ミュンヘ
ン中央駅から約30分)キャンパスには理工学系で機械工学、情報学、物理学、数学、
化学の5学部、ヴァイエンシュテファン(ミュンヘンから北35km)キャンパスには、環
境学、栄養学、土地管理、生命科学センターの4学部がある。
・ 入学者(4,500~5,000人/年)に対し、2年から3年への進級時に約50%が中退する程、
進級に厳しい。3年進級者の殆どは卒業するものの、約30%が予定通り、50%が再試験
など長期間かけての卒業、20%が中退となる。平均卒業年数は7年程度となっている。
・ IESE、オランダのライデン大学と同様、大学教授は他大学や企業等の経験を経るのが
一般的。学生も社会人が多く、産学協同の研究やプロジェクトは多い。日本と同様、
ドイツでも技術者希望は減少している一方、建築工学、ロボットなどの分野は人気が
ある。
③EIRMA (European Industrial
Management Association)CTO Forum 2014
概要:
・ 当Forumは、メンバー企業などのCTOと主幹研究員による研究開発に関する戦略的な課
題を議論する場。メンバーが持ちまわりでホストとなって毎年開催されている。
・ フィリップス副社長兼研究所長のDr. Henk van Houten氏、DSM(ケミカル素材企業で
フィリップス同様、オランダの代表的企業)Chief Innovation OfficerのDr. Rob van
Leen氏、インテルヨーロッパ研究所副社長のDr. Martin Curely氏、ハイテクキャンパ
ス・マネージングDirectorのMr. Frans Schmetz氏による講演及び討議が行われた。
・ Forum全体を通して、欧州の研究戦略がオープンに議論され、Innovation Officeや
Innovation managerなどのイノベーションを冠する組織、役割をもったメンバーが参
加している。
・ オープンイノベーションが講演の共通項となっており、課題解決に向け自社と他社の
リソースを活用するオープンイノベーション1.0から、個別課題解決ではなく全体(例
- 10 -
えばエコシステム)を設計・構築するオープンイノベーション2.0へ移行しつつある。
自社+他社の共同研究ではなく、大学、公的研究機関、ベンチャー、市民との積極的
なコラボレーション、研究開発のスピードアップが全体の流れとなっている。
・ 討議後にフィリップス社のハイテクキャンパス(数十の建物がある)を見学した。ハ
イテクキャンパスには135社の企業が進出し、オランダ国外からも積極的に技術・研究
者を受け入れている。
④ライデン大学( Leiden Institute of Advanced Computer Science)
概要:
・ オランダのトップ大学で王室との繋がりも強い。学生は初年度学生4,125人、学部生全
体で初年度生6,204人、学部生6,909人、修士生5,575人で博士等を入れて19,405人で女
性が61%である。科学学部は学部生588人、修士754人で女性は34%である。また、教
員1人(含む教育補助)当たり学生10人弱と少ない。
・ キャンパスはダウンタウン、ハーグ、本学のニールス・ボールベルグ(Niels BohrWerg)
の3か所。科学学部(6セメスター)は8学科(天文、生物、製薬、コンピュータ、生命
科学、数学、物理)で、修士課程(4セメスター)は11専攻(天文、生物、バイオ薬学、
化学、コンピュータ科学、ビジネスICT、産業環境、生命科学工学、数学、メディア工
学、物理)。
・ 2014年9月、病院・バイオ研究所と共同でデータ科学センターを設立。シミュレーショ
ン、AI、最適化等のビッグデータ研究で、ハーグの政府とも連携し、EUへのプロジェ
クト提案も行っている。
・ 大学院では1年間学習し、その後、6か月のインターンシップがあり、修論を作成する。
企業と密接に連携して、大学は研究、実践は企業と、明確な役割分担のもと、それぞ
れが得意な視点から教育が行われている。
(3)今後の課題
①大学・企業との連携の実質化(企業テーマの修士・博士論文、長期インターンシップなど)
・ 欧州は、企業の研究機関と大学の距離が日本より近く、それぞれが得意分野を活かす
形で人材育成に取り組んでいる。国レベルの施策としても、大学と企業がうまく連携
するようにコントロールされている。
・ 大学でも試作レベルのもの作りを実施することで実用化に至る時間が短く、そのため
の研究費を企業がサポートしている。国際規格策定の場においても、企業の意向をよ
く踏まえた大学の教授がチェアを勤めているなど、国・大学・企業がまとまって国際
競争力の確保のための規格競争に対処している。
②産学官連携のオープン・イノベーション(オープン・ラボラトリー)などの取組強化
・ 欧州企業のトップ技術経営者は、知的財産保護に捉われずにフランクな討論を行って
いる。
・ エネルギー・環境技術の先導的な役割を果たしてきた日本の産官学は、次世代の研究
技術開発体制として、オープンイノベーション2.0で取り組むことが喫緊の課題である
ことをあらためて実感した。
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③研究体制に国際色を強化(多様な国の出身者との共同)
・ IESEや訪問先の大学において中央アジア・中国などからの学生を見ると、多様な国と
の協同研究・人材育成の面で日本の遅れが感じられる。文化・習慣の違う社会で適応
する“モノ”
“こと”の研究技術開発には、多様な国の出身者との協同は避けられない。
④日本の研究スタイルを再考する時
・ 21世紀の「知の生産」は課題追求型(プロジェクト型)になると、20年前にマイケル・
ギブソンが指摘している。従来の縦割り組織による研究体制を改め、課題ごとに多く
の分野の研究者・技術者による取組体制が必要である。
・ 上記の実現には、グループによる相互研鑽での研究・技術研究を促進する人事評価、
長期的な視点での予算制度も必要と考えられる。
- 12 -
第2章
2.1
講演
三井物産におけるグローバル人材育成
2.1.1
講演の概要
(1)講演日時:平成 26 年 11 月 18 日(火)
(2)講師:三井物産株式会社 人事総務部 グローバル・ダイバーシティ室
室長 杉山 卓也 氏
(3)講演題名:三井物産におけるグローバル人材育成
2.1.2
講演内容
(1)三井物産の人材育成の基本的な考え方
三井物産が求める人材像の基本コンセプトは、1)変化に柔軟に対応する人材、2)多様
性を受け入れることができる人材、3)主体的に考えられる人材、4)コミュニケーション
ができる人材、の四つである。
三井物産の経営理念(MVV:Mission, Vision, Values)を広く社員に浸透させ、それを
実現させるために、短期・定量的な業績のみならず、中長期的にいかに貢献するかも重視
する評価基準を採用している。短期・定量的な業績を追求し過ぎると不祥事に繋がる危険
が生じるからである。以前は中長期的、定性的な評価により大きな比重を置いていたが、
最近は定量・定性何れも重要としている。若い社員が新しいことに前向きに挑戦するため
には、中長期の視点で見ることも重要である。
(2)三井物産のグローバル人事体制
①グローバル人事体制
図 2.1.1 に三井物産のグローバル人事体制を示す。グローバル拠点は米州本部、アジア・
大洋州本部、EMEA 本部と中国・台湾・韓国・CIS の直轄地域からなる。
図 2.1.1 三井物産のグローバル人事体制
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人材のグローバル化が目指すところは、
「人の三井」のグローバル展開である。採用地や
国籍に拘わらず優秀人材を育成・開発し、世界中で適材適所に配置して活用していくこと
により、より幅広い人材プールから優秀な人材を登用することができるようになる。
将来のリーダー候補となる人材をどんどん本店に呼び込み、社内外の人的ネットワーク
構築を推進する。多様な人材が世界各地で切磋琢磨する中で新たなビジネスモデルが生ま
れる。図 2.1.2 に示すように、日本本店と海外現地法人の間で多くの人事交流があり、海
外現地法人出身者が本店の管理ポストに着任するチャンスもある。
図 2.1.2
人材のグローバル化の姿
②グローバル人材マネジメント方針
図 2.1.3 に示すように、当面は優秀な海外採用社員(NS)のグローバル化の強化策(育
成・研修・異動・任用・登用)に注力している。
図 2.1.3
グローバル人材マネジメント方針.
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育成・研修・異動・任用・登用については、HS(日本採用社員)と NS(海外採用社員)の
一体研修、異動や管理職登用ルールの統一など、グローバル・ガイドラインを強化し一体
運営する。人事制度は各国個別対応が原則である。ただし、評価制度は一定レベル以上の
等級に対しグローバル・ガイドライン(評価基準と評価方法)の確立を目指す。
一方、グループ会社については個社間の格差が大きいため、個社毎にその必要性に応じ
て適宜グローバル・グループベースでのガイドラインを検討する。ガイドラインの適用は、
育成・研修(本店との一体研修等)と異動(Global Mobility)が中心である。グループ会
社の人事制度は個社の制度を尊重する。
③グローバル人材育成(育成の考え方)と人材グローバル化への取り組み
三井物産はしばしば「人の三井」と呼ばれ、人材主義を経営理念に掲げている。
「人が仕
事を造り、仕事が人を磨く」とは、個人個人に異なった役割を持たせ適材適所に配置する
ことにより仕事が生まれ、かつ人材育成の“主戦場”は現場であることを意味している。
人材育成をグローバルに展開するためには「仕事が人を磨く」のグローバル展開が必要で
ある。
多様な事業形態や人材を結び付ける共通項は(4)で述べる「三井物産の志・価値観」の共
有であり、人的ネットワークの中で人から人へ継承される「暗黙知」をグローバルに通用
する「形式知」化する努力も継続している。
グローバル人材育成は、下記の 2 方向から行っている。
第一の方向は、日本採用社員(HS)をグローバル人材に育成することである。海外((3)
に示す早期海外派遣制度)、関係会社、研修等を経験させることで、グローバルに通用する
経営人材に育成していく。また、日本採用社員の多様化を進めるため、外国籍社員の採用
も継続している。現在その人数は三ケタに達しようとしている。
第二の方向は、海外採用社員(NS)の登用を進め、
「三井物産型」グローバル人材に育成
することである。海外採用の優秀な人材を選抜し管理職に登用するとともに、選抜された
人材には経営理念、組織文化を徹底し、三井物産カラーを浸透させる。また、登用プロセ
ス・基準は明確化する。
2014 年 4 月現在、管理職ポストへの NS 任用者は 49 名であり、これは海外管理職ポスト
(計 460 ポスト)の約 11%である。
(3)三井物産の研修制度
①幹部研修
将来の連結グローバル経営を担う海外拠点のリーダー育成を目的として、2000 年代から、
NS を 対 象 に 、 Japan Training Program( JTP)、 Global Managers Program(GMP)、 Global
Leadership Program(GLP)を継続して実施している。これら NS 研修には HS も参加している。
さ ら に 、 本 店 ・ 海 外 採 用 社 員 向 け 研 修 の 一 体 化 を 目 的 と し 、 GMA ( Mitsui-HBS Global
Management Academy)を Harvard Business School と共催で 2011 年に開始し、三井物産の
海外採用社員、海外グループ会社社員のみならず、海外パートナー企業(伯 Vale 社、米
Dow Chemical 社、米 Anadarko 社等)からの参加も得て毎年開催している(図 2.1.4)。
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図 2.1.4 Mitsui-HBS Global Management Academy.
②早期海外派遣制度
入社後1年超から原則 6 年満了までに全新卒社員を海外に派遣し、6 か月~1年未満の
間、海外現場(異文化環境下)でビジネス実務を学ぶ。
(4)三井物産の経営理念(MVV)
三井物産の企業使命(Mission)とは、大切な地球と、そこに住む人々の夢溢れる未来作
りに貢献することである。三井物産の目指す姿(Vision)は、世界中のお客さまのニーズ
に応える「グローバル総合力企業」である。三井物産の価値観、行動指針(Values)は、
「Fair であること」、「謙虚であること」を常とし社会の信頼に誠実に真摯に応えること、
志を高く、目線を正しく、世の中の役に立つ仕事を追求すること、常に新しい分野に挑戦
し、時代のさきがけとなる事業をダイナミックに創造すること、
「自由闊達」の風土を活か
し、会社と個人の能力を最大限に発揮すること、自己研鑽と自己実現を通じて、創造力と
バランス感覚溢れる人材を育成すること、である。
2.1.3
まとめと今後の課題
三井物産のグローバル人材育成は「人の三井」のグローバル展開であり、経営理念(M
VV)を軸として「人が仕事を造り、仕事が人を磨く」ことである。日本採用社員をグロ
ーバル人材に育成する第1の方向と、海外採用社員の登用の第2の方向の2方向からグロ
ーバル化を進めているが、現状は海外採用社員の管理職登用は未だ道半ばであり、今後の
更なる人材グローバル化が課題となっている。
- 16 -
2.2
待ったなしのイノベーションマネジメント
2.2.1
講演の概要
(1)講演日時:平成 26 年 12 月 2 日(火)
(2)講師:アーサー・D・リトル・ジャパン株式会社 代表取締役社長 原田裕介氏
(3)講演題名:待ったなしのイノベーションマネジメント
-事業に貢献する技術経営に向けて-
2.2.2
講演内容
(1)はじめに
Economist の記事に、
「技術やイノベーションが産業にさほど貢献しないのでは」という
巻 頭 記 事 が 出 て い た が 、 本 当 に 技 術 の 価 値 が な く な っ て き て い る の か 、 議 論 し た い (図
2.2.1)。
図 2.2.1
本質的命題:技術 の価値は変化しているのか
- 17 -
最近、コンサルをしていると以下の二つが大きなテーマとなっている。
① サービスやソリューションなどへの対応 :近年、サービスやソリューションへの関心が
高い。背景としては、IT の進展によるソリューション化の選択肢が現れたこともあるが、
コスト競争に陥ったハード単体での事業で利益を上げづらくなってきている状況もあ
るように見受けられる。また、今まで思いもよらなかった企業が他事業から参入したり、
組合せにより新しい商材・サービスが生まれるなど、従来の延長線上ではない事業や提
供性を考えることが求められている。
② 新規事業の創出 :未来予測も踏まえて自社の強みを活かして新規事業を立ち上げるプロ
ジェクトも増えている。
(2)事業の在り方そのもの再定義
「ムーアの法則」とは、約 18 か月で性能が2倍になるが、こうした自然科学的なものか
ら社会科学的なものへシフトし、非線形なものや不連続なものが求められるなどの変化が
見られている。
あるいは、R&D のやり方も変わってきていて、ロードマップのように決められた道を進
むのではなく、バスケットのピポットのように様子を見ながら方向を変える「リーン型」
も言われている。
また、従来の製品レイヤーをまたいで価値を見出すような取組みも出てきている。
さらにオープン・イノベーションとも関連するが、顧客などニーズを熟知している相手と
の連携も多く出てきており、イノベーションを生み出すメカニズムが変化しているようで
ある(図 2.2.2)。
図 2.2.2
イノベーションを生み出すメカニズムの変化
- 18 -
図 2.2.3~図 2.2.5 はシーメンス社の取組みを示しているが、シーメンス社をベンチマ
ークしている日本企業が増えている。シーメンス社のコーポレート R&D 部門のトップは、
自らが「トレンド・セッターになる」と言っている。その中にはマーケットの動きを理解
しつつ、技術を集め、トレンドに対して答えを出すことを目指す。S 字カーブの真ん中の
当たりに重きを置き、基礎研究にはあまり重きを置かずにトレンド・セッティングとエン
ジニアリングに舵を切っている。
図 2.2.3
シーメンス:トレンド・セッターとしての役割
もう一つの側面として、早い段階から半導体・情報通信・自動車部品などを早い段階か
ら売却している。これらは要素技術の研究投資がより必要とする分野である。
図 2.2.4
シーメンス:要素技術を必要とする分野の売却
- 19 -
彼らは真ん中の領域であるインダストリアル・エネルギーやヘルスケアにシフトしてい
て、これらは組合せの技術で顧客のソリューションにつなげるような事業である。PC の
ような価格競争に陥るところには手を出さず、エレクトロニクス化が進む自動車部品も早
い時点で切り離した。
図 2.2.5
シーメンス:事業ポートフォリオの変革
図 2.2.6 は、日本の DISCO 社であるが、シリコンウェーハの加工装置とそれを使う研磨
剤などの消耗品で儲けている会社だが、面白いのは真ん中のサービスのところで、加工装
置の使い方、例えば、パラメーター設定とかの使用条件をレシピにして顧客に提供してい
ることである。顧客にとって最適な機器の使い方を理解した上でのアドバイスと言える。
顧客の方は生産工程を改善したい時には必ず DISCO 社に相談するようになる。また、サー
ビスやソリューションは、あくまでも顧客をロックインする仕組みであり、装置や消耗品
で儲けていることに留意したい。
図 2.2.6
DISCO:顧客をロックインする仕組み
- 20 -
図 2.2.7 は、アメリカの Broadcom 社とスウェーデンの Ericsson 社である。Broadcom 社
は半導体の会社であるが、リファレンス(半導体を利用した製品の設計図)を提供するが、
顧客のことをよく知っていて、顧客のボードにどう設置すればアンテナのノイズが少なく
なるか、など顧客ごとにリファレンスを提供している。
Ericsson 社は通信機器のみならず、基地局の設計・建設・保守・運用などネットワーク
関係全てをやる、と言っている。こうしたノウハウは特に新興国への展開に有用である。
図 2.2.7
Broadcom と Ericsson : 顧客への サービス 内容
DISCO 社、Broadcom 社、Ericsson 社の 3 社を紹介したのは、これら③社を縦に並べてみ
るとスマイルカーブが相互補完的になっている。このように、自社事業のバリューチェー
ンを超えて産業構造を見てみることが有用だ(図 2.2.8)。
図 2.2.8
三社に見られるバリューチェーン
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図 2.2.9 は IBM 社の取組みであるが、R&D を組織としてどう動かしていくかという、今
までの悩みの変遷と言える。時代と共に様々な変遷はあるが、ここ最近では、社内の一部
の優秀な人たちが議論するだけでは、ネット周りのイノベーションを予測し、リードして
い く こ と が で き な か っ た こ と な ど が 悩 み の 例 で あ ろ う 。 2010 年 代 は 、 例 え ば 、 Smarter
Planet の B to G(Business to Government)の様な産業バリューチェーンを超えた新たな
ビジネスモデルを模索している。
図 2.2.9
IBM:10 年ご との事 業の見直 し
IT の世界は 10 年ごとに変わってきていて、1980 年代メイン・フレーム(大型コンピュ
ータ)→1990 年代パソコン、クライアント・サーバ、2000 年代インターネット、2010 年
代スマホ・クラウドといったように集中と分散を繰り返しながらも、分数に向かいつつ、
新しい系に移行してきている。
2020 年に何が起こるのか、という兆候も既に見え始めていて、一部の先進的な企業では、
そうした兆候を読んでそこからバックキャストした必要な準備を進めている。
- 22 -
(3)メガトレンド起点での技術経営
図 2.2.10 の黄色い枠は何かというと、ハーバード・ビジネス・レビューの毎年発表され
る論文賞を並べたものである。そこから見えてくるものは、世の先進企業は、こういった
新たな、しかし確実に時代の変化を捉えた潮流を 10 年くらい早く気づき、実践しているこ
とである。これらの潮流の中で、日本企業は「できるイノベーターを選び、絞り込んだタ
スクを任せること」が十分にできていないことがあげられる。Amazon などは、少人数のチ
ームのタスクを明確にして任せている。
図 2.2.10
マッ キンゼー 賞受 賞者の着 眼点
なお、NGO 的なニーズは図 2.2.11 に例を示す。
図 2.2.11
NPO のニーズ起点の例
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最近は、シーメンスの“Pictures of the Future”という考え方・仕組みを多くの企業
が 参 考 に し て い る 。 こ れ を 作 っ て い る の は 本 社 の コ ー ポ レ ー ト 技 術 部 門 の CT-SM
(Corporate Technology - Strategy Marketing)であるが、かなりの人数が作成に関与し
ている。しかも彼らは BU(Business Unit)側とも強く連携していて、事業サイドの計画
(商品ポートフォリオ、検討ロードマップ等)も把握し、横串を通しながらも将来の流れ
も予測し、議論しながら向かうべき方向をまとめている(図 2.2.12)。
図 2.2.12
シ ーメンス :Pictures of the Future
図 2.2.13 は、“Pictures of the Future”を起点とした社内の業務の流れを ADL 理解で
まとめたものである。全体の動きが統合化され、イノベーション創出を目的とし、BU も巻
き込んでいる。
図 2.2.13
シーメンス:PoF を起点とする社内の動き
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図 2.2.14 は、ドイツ・バーンという鉄道会社の例であるが、図の右に研究開発テーマが
書かれているが、左側に書かれた市場の動きを洞察し、そこから自分たちに意味あるもの
を考察し、自社の価値を Train Operator から Mobility Manager へと再定義した。これま
での Stationto Station のサービスを Door to Door 全てをサポートすると決めた。
図 2.2.14
ドイ ツ・バー ン: 市場の動 きから自 社の価値 を再定義
図 2.2.15 は、ある日本企業の例で、バックキャスティングの考え方を取り入れている。
図 2.2.15
ある日本企業におけるバックキャスティングの考え方の導入
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図 2.2.16 は、ある素材メーカーの例で、想定市場、パラダイムシフト、技術テーマの関
係性を図示した。一つ一つの個別技術だけではなく、統合してどのような事業につながる
かを全社として「見える化」することが肝要だ。
図 2.2.16
あ る素材メ ーカ ーの取組 み
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(4)顧客リレーション起点での技術経営
最初から新興国向けに開発し、それを先進国にも展開するリバース・イノベーション、
あるいは、社外の知見を積極的に取り入れるオープン・イノベーションが近年注目されて
いる。根底にあるのは、グローバル経営の潮流、すなわち、Multinational→International
→Transnational へと変化している中で、社内外、国・地域を超えてニーズや解決策を活
用しなければならないという時代感である(図 2.2.17)。
図 2.2.17
グロ ーバル経 営の 潮流の変 化
図 2.2.18 は、Bosch の例を示しているが、Bosch は地域拡大・事業多角化・コストリー
ダーシップ等の事業戦略に求められる方向性と合致する形で組織・体制を変更してきた。
今は事業と地域に加えて製品の組織軸ができていて、製品ごとのトップがいる。その狙い
は、コストリーダーシップを取るためには、製品ごとにグローバルに見ることができるこ
とが必要、との考えによるもので、今は事業・地域・製品の 3 軸でみる体制となっている。
図 2.2.18
Bosch:グローバル化に向けた体制整備の変 遷
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図 2.2.19 は、国の富力(一人あたり GDP)とコミュニケーション力(TOEFL スコア)を
プロットしたものである。左下から右上への相関関係、すなわち国の富力とコミュニケー
ション力の相関性から外れた右下のあたりに日本と中東の産油国がいる。これでは、まず
い、これからは、社内外、国・地域を超えて市場や顧客の声、社内の知を融合するコミュ
ニケーション力を求められる。ということでコミュニケーション力の強化やグローバルマ
ネジメントの現地化を進めている日系企業が多くみられる。
図 2.2.19
国の 富力とコ ミュ ニケーシ ョン力
コマツは中国市場に対しては、
「新しいアイデアが生まれる実験場」と位置付け、優秀な
役員を常駐させ、意思決定を現地化した(図 2.2.20)。
図 2.2.20
コマツ:中国市場における意思決定の現地化
- 28 -
新興国対応として、シーメンスは単に現地のニーズを吸い上げるだけでなく、新興国共
通のニーズ(SMART: Simple, Maintenance friendly, Affordable, Reliable, Timely to
market)があり、かつインパクトがあるものを見つけてコーポレート部門で開発する仕組
みを取り入れた。その結果、様々なものが開発され、先進国にも展開された(図 2.2.21)。
図 2.2.21
シーメンス:SMART 製品の開発
図 2.2.22 は、3 企業のまとめになるが、「事業大局観」を持った上で組織に求められる
要件を明確化し、それに向けた組織・体制を築いてきた。
図 2.2.22 企業に見られる事業大局観
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オープン・イノベーションという点では、P&G は Connect & Develop というコンセプト
の元でオープン・イノベーションを推進し、売上を増やした(図 2.2.23)。
図 2.2.23 P&G:オープン・イノベーションへの取組み
P&G は、オープン・イノベーションの推進に向けて、ツール・実行部隊・ネットワーク
の制度設計をきちんと行った。左上の“Top 10 Consumer needs”は、これに応えられると
大きな売上が見込めるため、全社(世界中)で共有化し、技術課題に落とし込んでいる。
“Adjacencies Maps”は、近接領域を指し、歯磨き粉と共に電動歯ブラシも売る、という
ような取組みであり、実際に P&G 社は安価な電動歯ブラシを開発した。“Technology Game
Board”は、外部の技術をどう使うか、優先順位付けながらシミュレートするものである。
実行部隊についても、図 2.2.24 に示すように機能別に分けて実行・支援している。
図 2.2.24
P&G:オープン・イノベーションの推進体制
- 30 -
冒頭の話に戻ると、技術の付加価値が下がったのではなく、むしろマネジメント対象と
しての技術の定義が広がってきたのではないか、と考えている(図 2.2.25、図 2.2.26)。
図 2.2.25
図 2.2.26
経営における技術(マネジメント)の意義・本質
マネジメント対象としての技術の定義の広がり
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2.2.3
質疑応答
質問:事業大局観は、同じ業界であれば同じようになると思うが、どこで差がつくのか?
回答:事業大局観は、View of the World という言葉を使うが、View は My View でなけれ
ばならず、その会社ならではの見方はあって、自社の強みとか、やりたい事業領域
を踏まえたものとなるため、各社で異なってくる。
質問:ニーズが見えてきた時には、シーズが追いつかなかったりする。
回答:シーメンスはオープン・イノベーションをやりつつも、重要な部分はしっかりと社
内で技術を持っていて、バランスが良い。よく、シナリオ・プランニングをやると、
どの会社でも同じような結果になったりするが、大局観をする上で重要なことは5
つあるが、最も重要なのは、
「Zen(禅)」と言っているが、すごく長い時間軸の中で
人やコンピュータの本質を見るようなことをする。二つ目は、その上で時代の変遷
をパラダイムとして捉えることである。三つ目は自社の強み(イノベーション・プ
ラットフォーム:階層化した自社の強み、能力・資源・価値観など)をしっかりと
見ることである。四つ目は、サービス・システム・ソリューションという面で自社
の商材や技術を見直してみることである。五つ目は、自分たちの産業や顧客を超え
てバリューチェーン全部のエコシステムを見ることである。その中で自分たちがや
るべき領域を広げて考えてみる。そこから新規事業も生まれてくる。例えば、セン
サーを開発している企業の場合、センサー単独で売るだけでなく、センサーを使っ
たビジネスモデル起点でサービスを考え、バリューチェーンを超えて事業の絵姿を
考えることである。
素材系のメーカーでは、よく MFT(Market、Function、Technology)という考え
方で市場と技術を考える。Market と Technology の間に Function が入るが、効用価
値という言葉を使う会社もあれば、Performance という言葉を使う会社もあれば、
Benefit という言葉を使う会社もあるが、取組むべき技術課題がちゃんと合ってい
るか、が重要となる。
質問:オープン・イノベーションがなぜ日本でなかなか普及しないのか。欧米でオープン・
イノベーションというと、市民まで巻き込んだり、他の産業を巻き込んだりしてい
る。日本でそれができないのは、国内で競争し過ぎているのではないか。ドイツだ
とシーメンスが出てくると、ドイツ=シーメンスとなり、国際競争においては相手
も信頼する。NTT や JR はまとめ役となるべき企業だが、分社化してしまった。
回答:ご質問を、
「海外向け B2G における産業内・産業間連携での日本国の産業競争力に関
するオープン・イノベーションのあり方」と捉えると、異業種連携は、限られた国
内のメンバーでやっていて、ある意味クローズドである。最近は考え方が少しずつ
変わってきていて、日本の産業だけを組み合わせても、行き詰ってくるという見方
が広がってきている。
海外向けの B to G に関しては、官民連携が重要になってきているが、標準化に関し
ては、これだけの取組ではなかなか厳しい。
質問:シーメンスの戦略部隊はどれくらいいるか?
回答:200 人くらいいる。日本企業では、事業や戦略を考える人が社内各部門に分散して
- 32 -
いて損している面もあるのではないか。
質問:新規事業をどうするか、人材をどう育成するかが社内で問題となっている。構想力
を育てるのに、どういう人にどうアプローチするのか?同じことを自社でやっても
うまくいかないような閉塞感がある。回答:新規事業を生み出すのは、なかなか難
しい。プロジェクトを作って成功事例を作り、そのノウハウを蓄積していくという
アプローチが考えられる。教育に関しては、各社各様である。
質問:日本が成熟社会に入っている、という点についてはどうか。
回答:
「個人の欲求」に応えるよりも、日本国内においては「社会インフラ」の再構築に社
会全体のプライオリティがシフトしているように思われる。ニーズ充足度に対する
ギャップが「社会インフラ」側のが大きいのではないか。、また、最終消費者のニー
ズという点においては成熟社会に入ったというよりも、セグメンテーションがます
ます緻密で複雑になっているようにみえることが本質的か。ウォークマンとか、そ
ういうマスに売れる商品はを最初からマスを狙う大企業からは難しくなっているよ
うに思える。
2.2.4
まとめ
時代の変化と共に、技術経営に求められるものも変化するが、今の時代は先行モデルも
無く、先行きが不透明な中でイノベーション創出を求められており、多くの企業において
は、技術経営も難しい舵取りが求められる。
本講演は、そうした中で国内外の様々な取組事例を紹介しており、考えさせられる面が
多くある。混沌とした時代背景の中でも、多くの企業は様々な工夫をしており、業種の差
はあったとしても、それらの考え方の中にはヒントとなる要素が多く含まれている。
冒頭において、技術やイノベーションの価値が問われている、といった記事の紹介があ
ったが、技術の必要性が無くなった訳ではなく、図 2.2..26 にも示されている様に技術以
外の要素のウェイトが大きくなってきている、あるいは技術の定義が広がっている、とい
う見方は非常に的確の様に感じられる。
よく「日本企業は技術で勝って事業で負けるのは戦略面が弱いからだ」と言われるが、
海外企業の取組事例から感じられることは、日本企業も本気で取り組めば、決して超えら
れない壁ではない、ということであり、今後日本企業が戦略面で巻き返せる可能性は十分
にあると考える。
本講演において、様々な貴重な情報や問題意識、論点を提示していただいたアーサー・D・
リトル・ジャパン株式会社の代表取締役社長である原田裕介氏には、心より感謝の意を表
したい。
- 33 -
2.3 ソフトバンクグループの人材育成
2.3.1
講演の概要
(1)講演日時:平成 27 年 1 月 21 日(水)
(2)講師:ソフトバンクグループ通信 4 社
人事本部人材開発部
部長
源田
泰之氏
(3)講演題名:ソフトバンクグループの人材育成
2.3.2
講演内容
(1)ソフトバンクの会社概要
ソフトバンクグループ通信 4 社(以降、ソフトバンク)は、現在、インターネットカン
パニーとして、移動体通信事業、インターネット事業、固定通信事業を柱に事業展開して
いる。最近では、世界初の、感情を持ったパーソナルロボットを開発し話題となっている。
沿革を振り返ると、1981 年にコンピュータ卸事業として設立され、1980 年代は、パソ
コンソフトウェアの卸事業に進出し急成長した。1990 年代には「Yahoo! JAPAN」を設立さ
せ、インターネット事業に進出。2000 年代には、ADSL 事業サービス「Yahoo! BB」を開始、
次いで、日本テレコムを買収し固定通信事業に進出した。さらに、ボーダフォン日本法人
を買収することにより、移動体通信事業者への仲間入りを果たし、卸売業から情報・通信
業へと形を変えながら拡大成長してきている(図 2.3.1、図 2.3.2)。
図 2.3.1 ソフトバンクの沿革
- 34 -
図 2.3..2 ソフトバンクの主要事業
(2)ソフトバンクの経営理念
設立から 30 年が経過した 2010 年、新 30 年ビジョンとして、
「情報革命で人々を幸せに」
という経営理念を掲げ、
「世界一の会社になり、300 年以上成長し続ける企業を創立する。」
と発表した。2040 年の数値目標としては、「戦略的シナジーグループ 5,000 社からなる、
時価総額で 200 兆円達成を目指す」と宣言している(図 2.3.3、図 2.3.4)。
図 2.3.3 ソフトバンクの「新 30 年ビジョン」①
- 35 -
図 2.3.4 ソフトバンクの「新 30 年ビジョン」②
(3)ソフトバンクの人材育成
世界一の会社を目指すには、世界を変える人材が必要であり、そのためには人材育成が
重要と位置付けている。ソフトバンクの人材育成の特徴は、
「自ら手を挙げた人に機会を提
供する」という共通の考え方を基盤に置き、「ソフトバンクユニバーシティ」「ソフトバン
ク ア カ デ ミ ア 」「 ソ フ ト バ ン ク イ ノ ベ ン チ ャ ー 」 と い う 三 つ の 施 策 を 推 進 し て い る ( 図
2.3.5)。
図 2.3.5 ソフトバンク人材育成「3 つの施策」
- 36 -
(4)ソフトバンクユニバーシティ(SoftBank University)
経営理念の実現に貢献する人材を育成することを目的とした、全社員向けの育成機関を
指す。一般的な企業内大学と比較した特徴としては、学習内容が実践的、かつ、アウトプ
ット中心であること、自主性を重んじたスタンスであること、多様な学びのスタイルを用
意していること、などが挙げられる(図 2.3.6)。
図 2.3.6 一般的な企業内大 学とソフトバンクユニバーシティの比較
集合研修は 70 コース以上あり、年間の受講者数は 1 万人を突破している。e ラーニング
は 1,000 コース以上あり、年間の受講回数は 100 万回を超えている。
世界で戦うグローバルな人材の育成を推進するために、業績の良い従業員と相関関係の
ある「英語力」と「統計力」の強化に注力している。英語力強化のインセンティブとして
は、TOEIC900 点以上なら 100 万円、TOEIC800 点以上なら 30 万円の報奨金を出す制度があ
る。また英会話レッスンや、ネイティブと英会話を楽しむ「English Night」という場も年
4回実施されている。統計力強化策としては、集合研修や e ラーニングといった施策で行
う「統計トレーニング」と、すでに 1 万人が受講した「SB 流 ビジネス統計検定」があり、
習熟度の可視化を行っている(図 2.3.7)。
図 2.3.7 グローバル人材育成の推進
- 37 -
人材育成を推進する環境として、学び合う風土創りが重要と考えている。社内認定講師
(ICI)制度もそのひとつである。社内講師だからこそ伝えられる価値(現場感や即効性)
が風土創りに有効であるからだ。社内講師の比率は約 50%、社内認定講師は約 100 名に達
している(図 2.3.8)。
図 2.3.8 社内認定講師(ICI)制度
社員発信型の学びの場として、2013 年から、「知恵マルシェ」を開始している。社員が
シェアしたい知恵を発信し、互いに共有する仕組みで、のべ 900 名以上が参加している(図
2.3.9)。
図 2.3.9 知恵マルシェ
- 38 -
(5)ソフトバンクアカデミア(SoftBank Academia)
300 年以上続く企業を創立するための、孫正義社長(以降、孫社長)の後継者を発掘、
育成する機関を指す。2010 年 7 月に開講している。約 300 名のアカデミア生は、ソフトバ
ンクグループ社員が半数、残りの半数は、政治家、官僚、会社経営者といった外部生で構
成されている。毎年、評価の下位 20%を入れ替えている(図 2.3.10)。
図 2.3.10 アカデミア生 割合
カリキュラムは、帝王学を直に学ぶ講義や、真の経営課題解決をテーマにしたプレゼン
テーションプログラム、さらに、経営感覚を磨くために経営をシミュレーションするゲー
ムの実施などで構成されている。これまでの延べの応募者数は、13,000 名、プレゼン提案
数は 1,900 件に達する。孫社長の後継者の発掘、育成の道は、終わることなく現在も進行
中である。
(6)ソフトバンクイノベンチャー(SoftBank InnoVenture)
新 30 年ビジョンの中で掲げた「グループ 5,000 社、時価総額 200 兆円」実現の一旦を
担うため、社員の提案から、実際に出資して新たな事業を立ち上げる新規事業提案制度(ソ
フトバンクイノベンチャー)を実施している。ソフトバンクイノベンチャーは過去 4 回実
施されたが、応募件数は 4 回とも、1,000 件を超え、そのうち、いままでに事業化された
ものが 5 件、現在検討中のものが 10 件ある。最近の新たな取り組みとしては、審査過程に
おける Sprint 社との連携や、学生イノベンチャーといった外部との繋がりを強化している。
事業化支援策として、事業化検討になった段階で、就業時間の 30%の時間を割り当てて
よいことにしている。さらに、2013 年 12 月に専門会社として、SB イノベンチャー株式会
社を設立している。こん会社では、「事業化検討段階」の事業推進策の立案支援や、「事業
化決定」後の新たな会社の設立や運営のサポートを行っている(図 2.3.11)。
- 39 -
図 2.3.11 ソフトバンクイノベンチャー
2.3.3 まとめ
ソフトバンクは、設立後 33 年で営業利益1兆円を達成している。国内企業では史上最速
である。沿革をたどると、M&A を契機に、新しい事業を立ち上げ急速な成長を遂げてきた
ことがわかる。自社資源で事業開発を行う傾向の強い製造業と比較した際、その経営判断
のスピードは格段に速い。こうしたスピード感のある経営判断を実行できたのは、孫社長
というカリスマ性のある創業者がトップダウン型経営を行ってきた点による。
しかし、この先の更なる成長を目指す過程においては、組織が大きくなることによる「大
企業病」の蔓延や、トップダウン型経営を継続していくための「有能な後継経営者の発掘・
育成」が出来るのかといった課題が存在する。その課題を克服するために、人材育成の観
点からも様々な挑戦を行っている。
「ソフトバンクユニバーシティ」「ソフトバンクアカデミア」「ソフトバンクイノベンチ
ャー」という三つの主要な人材育成施策のいずれにおいても、
「自ら手を挙げた人には機会
を提供する」という共通の考え方が貫いている。自ら手を挙げた有能な候補者に公平な機
会を与えて競わせている。組織が大きくなると、管理に重きをおいた官僚主義的な「大企
業病」に陥りがちである。しかし、ソフトバンクは、人材育成に於いて、用意した形に当
てはめるのではなく、切磋琢磨する環境を提供することに注力し、ボトムアップ型の施策
が運用されている点が興味深い。
また、人材育成の仕組みや体系を、企業のビジョン、経営理念との繋がりを持って立案
している点も注目に値する。急成長を遂げてきたソフトバンクは、「新 30 年ビジョン」に
よる経営理念を掲げ、組織の求心力を高め、企業アイデンティティを統一している。人材
育成の仕組みも、ビジョンに基づき位置づけることで、自然と、経営者と従業員の意志疎
通が図られるように設計されている。企業成長と従業員の変革モチベーションの維持を両
立させる方法として、示唆に富んでいる。
- 40 -
2.4 シンポジウム「イノベーション創出に向けた人材とその育成」
2.4.1
講演の概要
本シンポジウムは、研究・技術計画学会イノベーションフロンティア分科会と研究産
業・産業技術振興協会との共同開催として、早稲田大学にて実施した。
イノベーションに関する調査研究や議論を行うと、必ずと言っていいくらいに人材の重
要性が指摘されが、実際には人材育成には多くの問題点・課題が指摘されている。本シン
ポジウムにおいては、問題点・課題だけでなく、解決に向けたアプローチについても議論
していきたいと考え、日本企業、外資系企業、大学、コンサルタント、シンクタンクとい
った異なる立場の 5 名の講師(兼パネリスト)を迎え、講演と会場を交えた議論が行われ
た。
(1)講演日時:平成 26 年 11 月 10 日(月)
(2)講師(兼パネリスト)と講演題名:
1. 株式会社東芝
セミコンダクタ&ストレージ社 統括技師長附
吉森崇氏
「我が国の技術人材を取り巻く環境について」
2. GE Healthcare Japan
Chief Marketing Officer
伊藤久美氏
「Innovation and talent」
3. 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科准教授 白坂成功氏
「慶應 SDM におけるイノベーション創出に向けた人材の育成」
4. 株式会社三菱総合研究所
主席研究員
石塚真理氏
「時代が求める人材像とその育成」
5. 公益財団法人未来工学研究所
主席研究員
小沼良直氏
「イノベーション創出に向けた人材とその育成:今の時代に求められる人材像と
育成環境」
2.4.2
講演内容
(1)我が国の技術人材を取り巻く環境について
1)平成 2.4.年度産業技術調査事業「産業技術人材の成長と育成環境に関する調査」
ビジネスのグローバル化、新興国企業の台頭、オープンイノベーションの活発化、等、
我が国の技術人材を取り巻く環境は激変しつつある。しかし、従来の企業の技術研修体制
は、必ずしもこれらの環境変化に対応しきれておらず、技術人材育成環境の増強が必要で
ある。この経済産業省のからの課題提示を受けて、国内半導体産業を対象に企業の技術人
材育成環境に関するアンケート及びヒアリング調査を実施した。同時に、技術人材の育成・
活用環境で先進地域といえる米国シリコンバレーに対しても同様の調査を行い比較した。
半導体産業を対象とした理由は、該産業が典型的グローバル・ハイテク産業であり、グロ
ーバル競争下で国内半導体産業凋落に歯止めがかかっていないこと、専門技術人材の流出
が課題になっていること、そしてその浮沈が他産業に及ぼす影響も大きいこと、である。
- 41 -
国内のアンケート調査とヒアリングからは、①技術者の自己成長意識が低く会社任せの
姿勢、②キャリア変更の障害が多い(余裕がない、年齢問題)、③個人技術者の育成・活用
手段も十分整備されているとは言えない、④多くの技術者が半導体は今のままでは国際競
争力を失うと認識しているが、今後も今の領域で活躍したいと考えている、といった事実
が認知された。特徴的なアンケート結果を図 2.4.1 に示したが、半導体産業の技術者の約
90%が事業の将来に不安を覚えているにもかかわらず、60%の技術者は今後も今の分野で
働きたいという希望を持っている状況が見てとれる。
(a) 半導体産業が競争力を失うまでの時間
(b) 今後のキャリアの方向性
図 2.4.1 特徴的 なアンケ ート 結果(国 内半導体 技術者)
一方、米国シリコンバレーからは、①米国技術者の基本スタンスは個人を磨き戦う姿勢
であり、企業帰属は手段、②挑戦・起業と企業は相互に緊張関係を保ち、それを社会とし
て認知、③次の金脈は“サービス組み込み型ハードウエア”と認識しているが、その鉱脈
で日本の技術者が活躍する素地は十分ある、といったメッセージを得た。
本調査から抽出された技術人材育成環境の課題と施策の方向、そして今回の分析の際に
参考にした中田喜文教授(同志社大学)の日本の技術者を取り巻く環境に関する調査概要
を図 2.4..2 に要約した。
(a) 技術者を取り巻く環境(中田教授の調査概要)
(b) 課題と施策の方向性
図 2.4.2 技術人 材育成環 境の 課題と施 策の方向 性
- 42 -
2)東芝の技術人材育成環境
次いで、東芝における技術人材育成、特にスキル管理システムが紹介された。リーダー
格人材の不足、技術の高度化・分割化で全体を見渡せる技術者が少ない、目先の業務集中
で育成がおざなりになっている、といった問題意識に基づき、一部の技術部で使用されて
いた「スキル管理システム」を技術者 7,500 名に展開し、育成課題の分析・抽出と個人育
成計画へのフィードバックを実施することが決定され(2011 年)、全技術部門のスキル定
義・システム整備等を経て 2012 年 4 月から全面展開されている。また、東芝全社の人材流
動性を確保するため、①社内 FA 制度と②東芝グループ内公募制度があるが、所属部門長に
拒否権は無く、本人の意思と会社全体の必要性に基づき、流動性確保が有効に機能してい
る。
東芝の技術者教育体系と技術人材育成状況に対する所感を図 2.4..3 に示した。
図 2.4.3 東芝の 技術者教 育体 系と人材 育成状況 に対する 著者コメ ント
3)まとめ:イノベーション人材の輩出に向けて
以上、主に我が国の技術者の特質と成長環境について紹介したが、イノベーションと言
う前に、技術者の生産性と能力を海外比較で高めるという意味でそもそもやらねばならな
いことが沢山ある。それに加えてイノベーション人材輩出の仕組みを考えなければいけな
いが、想定されるアプローチ(仮説)としては、①企業従属でなく個人の価値を高める事
にマインドを変化させるという意味と諸外国を知るという意味で、グローバルな企業化教
育や海外研鑽のチャンスを与えることが必要だろう。また、②産・学両方の人材がインボ
ルブでき、新事業立ち上げのための高度で適切な専門サービスが受けられるようなセンタ
機能が必要ではないか。個人で RISK を TAKE すると言うのは簡単だが、日本の社会文化は
早急には変わらない。何らかの実行可能な打開策が必要と考える。
(2)Innovation and Talent
1)IBM のイノベーション
最初に、「イノベーション=発明(invention)と人の洞察力(insight)が融合するこ
とで生まれる新しい価値」というパルミサーノ(IBM 元 CEO)流イノベーションの定義から
始まり、米国 IBM 社におけるイノベーション推進の仕組みが紹介された。IBM の戦略は、
- 43 -
グローバルで外部を含む多様な分野の多様な人材を巻き込んで検討される GIO(社会動向)、
GTO(技術動向)、GMV(市場動向)といった将来予測がベースとなり、そこで得られた新知
見に基づいて策定される。また、グローバルで大規模な研究活動の変革を狙って適切な地
域で適切なパートナーと協業して新たな研究分野を立ち上げる Collaboratory というモデ
ルが導入されている。1990 年代末のガースナーCEO(当時)主導による IBM 凋落に対する
原因の分析と 3Horizon(H1 成熟事業/H2 成長事業/H3 未来事業)モデル、新規事業を創出
する EBO の仕組み(マネジメントと評価)が、紹介された(図 2.4.4)。これは、今でも多
くの既存大企業に示唆を与える。
図 2.4.4 IBM の 新規事業 創出 (EBO)
2)GE のイノベーション
次に、発明王エジソン以来の伝統を誇る GE のイノベーション、特に高齢化問題で先頭
を走る「課題先進国」日本での医療課題解決へ向けた GE ヘルスケアの統合ソリューション
や新たなイノベーションへの挑戦状況が紹介された(図 2.4.5)。
図 2.4.5 GE ヘル スケアのイ ノベーシ ョン
- 44 -
3)日本におけるイノベーション人材の考え方
イノベーション企業の七つの要件として、R&D 資源の活用、既存事業と分けたイノベー
ション孵化マネジメント、革新的構想を迅速かつ柔軟に遂行できる業務プラットフォーム、
外部専門家(企業)との提携チャネル、内外の多様な人材によるアイデア創造プロセス、
社内起業家の活性化・輩出の仕組み、そしてビジネス創造を推進するリーダー、といった
考え方を提示した(詳細は図 2.4.6)。それと関連して新規事業リーダーを務めた経験豊か
なエグゼクティブの話と多様性の活用の重要性が強調された。
図 2.4.6
イノベ ーション企 業の 7 つの要件
そして最後に、①クリエイティブシンキング型アイデアクリエーター、②クリエイティ
ブ/クリティカルシンキング型ビジネスプランナー、③クリティカルシンキング型インキュ
ベーターの 3 種人材(図 2.4.7)が、新規事業に必要なコア人材であるとまとめられた。
図 2.4.7
新規事 業に必要な コア人材
- 45 -
(3)慶應 SDM におけるイノベーション創出に向けた人材の育成
1)慶應 SDM の考えるイノベーティブ思考
慶應 SDM(大学院システムデザイン・マネジメント研究科)は、学生の過半数が社会人
であり、既に何らかの専門性を有する者に対する教育が特徴である。内容的には、文理統
合と interdisciplinary が特徴となる。多様な人々が集まり、
「 システムエンジニアリング」
を基盤としながら「デザインシンキング」により創造的に思考することで、創造的にデザ
インする。つまり「システム思考×デザイン思考=イノベーション」と考えている。図 2.4.8
にシステム思考、図 2.4.9 にデザイン思考の概要を示した。
図 2.4.8
(a) デザイン思考
システム思考
(b) システム思考とデザイン思考を組合せた講義
図 2.4.9 デザイ ン思考と 慶應 SDM のデザイ ンプロジ ェク トの概要
2)慶應 SDM の取組み
慶應 SDM では、上述のシステム思考とデザイン思考を適切に用いて、新たな価値や変化
を生むプロダクトやサービスをシステムとしてデザインすることを目指すプロジェクト型
講義「デザインプロジェクト」を修士課程の必修としている(図 2.4.9b)。内容は産官学
連携で実施されており、毎年幾つかの企業や自治体等がプロポーザーとして参加している。
また海外大学との連携もある。受講者数は 2008 年から年間約 80 名、計 560 名が本講義を
修了している。こういった教育・研究活動の成果の一つとして、昨年は多様性と集合知を
- 46 -
活用するワークショップをデザインする方法論として「イノベーション対話ガイドブック」
(H24 年度文部科学省委託事業)をまとめた。実際のイノベーション創出には、ワークシ
ョップだけでなく調査や基礎研究、等の多くの活動が必要であり、目的に合わせて活動を
組合せる設計力が求められる。現在、こういった活動をカバーするより実践的なイノベー
ション創出のための教材を、「高度コーディネート人材育成事業」(H26 年度文部科学省委
託事業)として検討している。本年度は、さらに慶應 SDM と SFC、理工学研究科が協業し、
「グローバルアントレプレナー育成促進事業(文部科学省)」も開始している。
慶應 SDM におけるイノベーション創出に向けた人材育成活動は、教育と実プロジェクト、
実践支援を絡めた形で行われており、図 2.4.10 に示したように三つのタイプに分けられる。
学生だけでなく一般公開講座や企業でのクリエーティビティー研修、実際のプロジェクト
等も検討されており、企業プロジェクト事例も紹介された。
図 2.4.10 慶應 SDM のイノベ ーション 人材育成 活動
(4)時代が求める人材像とその育成
1)日本企業の競争力
この数十年、ICT を支える技術は継続的に進歩してきたが、その多くの分野で日本企業
の技術は世界のトップレベルにある。一方で、DRAM メモリーや液晶パネル、太陽光電池パ
ネル、さらに DVD プレイヤーやカーナビ、等の ICT 関連製品では、日本企業の世界市場シ
ェアは、かつてのトップから急減・凋落している。そして、技術力だけでは収益につなが
らない、と指摘されている。
この日本企業の競争力低下の理由の一つは、製造業の付加価値の源泉が変化したためと
分析できる(スマイルカーブ)。今や付加価値の源泉は、業務工程の川上(マーケティング・
商品企画、研究開発、等)と川下(保守、アフターサービス、等)にシフトし、高い技術
で生産性高く製造しているだけでは、収益確保に限界がある。
2)求める人材と各社の取り組み
こういった環境下で企業が求める人材は「付加価値を生み出すビジネスを作っていける
人」であり、そのためには①グローバル人材(「グローバル化」という環境変化への対応)
と②イノベーション人材(新たな価値創造を主導する)が必要となる(後掲の図 2.4.12a
- 47 -
参照)。図 2.4.11 に各社の両人材育成に関する取り組み例を示したが、グローバル人材育
成(図 2.4.11a)に関しては各社が概ね取り組み済みであり、その定石が見えてきた段階
といえそうである。一方、従来から長年の問題であったイノベーション人材育成(図
2.4.11b)に関しては、未だに課題であり、今後は取り組み総量(種類、事例)が重要とい
えそうである。
(a)各社のグローバル人材育成例
(b)各社のイノベーション人材育成例
図 2.4.11 各社 の人材育 成の 取り組み 例
3)まとめ:キーワードとアクション
以上をまとめると、イノベーション人材育成のキーワードは、図 2.4.12b に示したよう
に、俯瞰力(分野の枠を超えた発想で概念設計できる)と協創(他分野の人と協力して新
たな価値を創造できる)、そして AGILE 力(ユーザーとキャッチボールし変化に迅速に対応
する)とプロマネ力(多様な考え方や多様な分野の人材をマネジメントできる)がポイン
トである。さらに、それらの力が発揮するのに適したワークスタイルをもつことが重要と
考えられる。
(a)求める人材(財)像と企業の育成状況
(b)イノベーション人材育成のキーワード
図 2.4.12 日本 企業にお ける イノベー ション人 材の育成
- 48 -
(5)イノベーション創出に向けた人材とその育成:今の時代に求められる人材像と育成環
境
1)今の時代に求められる人材像・能力要素と民間企業における該人材の育成状況
図 2.4.13 に、①人材マネジメントに対する時代毎の主要求の変遷、②イノベーション
創出人材の能力要素に関する考え方をまとめて提示したが、企業においては能力要素の内、
ハード・スキルの不足感が強い。但し、これらすべての能力を一個人に求めることは基本
的に困難であり、異なる能力を有する多様な人材のチームで担うべきものであろう。これ
は個性、多様性の尊重と換言することもできるが、果たして日本企業では個性、多様性を
本当に尊重できているのか、個の自主性が活かせているのか、疑問もある。
(a)人材マネジメントに対する要求の変遷
(b)イノベーション創出人材の能力要素
図 2.4.13 人材 マネジメ ント の要求変 化とイノ ベーショ ン創出人 材の能力 要素
2)海外企業における人材関係の取組み例
海外企業 3 社の人材育成関連の仕組みを紹介した。フィリップスと 3M は、個々の施策は
異なるが、共に従業員の自由裁量を高める(例えば、フィリップスは金曜の午後は自由に
実験できる;3M は 15%を未来の夢の具現化に使える)、専門分野の深堀や挑戦の機会を与
える、コミュニケーション環境や方法を工夫する、失敗を許容する、といった共通の方向
性が見られた。また、サムスンの地域専門家制度を中心にグローバル化対応を紹介した。
3)進路選択、職業に対する意識
2000 年前後をピークとして工学部学生数の減少が続き、中学生の数学や理科に対する関
心の低さも指摘されている。大学生の進路選択では「自分の就きたい職業がわからない」
が回答数第 3 位(50%強)、「自分の進みたい専門分野がわからない」が第 4 位(50%弱)。
どれもイノベーション創出人材確保という観点ではマイナスであり、学生・生徒に夢を与
えることや産業界に対する理解、職業観の醸成が求められる。この点に関しては、企業も
インターンシップやジョブシャドウイングなどで協力可能である。
4)海外における教育の取組み例
OECD の PISA(学習到達度)テスト 2006 でトップレベルを示し、
「森林と優秀な人材」が
- 49 -
二大資源であるというフィンランドの学校教育に注目し、紹介した。義務教育(~16 歳)
の後の進路は高等学校と職業学校、その後は大学・大学院とポリテクニック(高等職業専
門学校)といった選択肢があり、各選択肢間の移動も可能となっている。義務教育の 3 年
目から外国語がスタートし、9 年目で最大 4 か国語が学べる。授業は「考えさせる」こと
が主眼で、生徒にプレゼンを多くさせる、といった工夫がある。また、技術産業協会は、
教師の企業訪問や企業での研修、親の企業訪問を推進しており、ポリテクニックや工科大
学では、企業から研究テーマをもらうことも多く、論文審査にも企業人が参加している。
産学連携度の高い教育で、教育と職業が日本より密着している、といえそうである。
5)最後に
「夢」の重要性と近年、夢を追う余裕が無さそうな日本企業に対する不安を提示し(図
2.4.14)、①情報や問題意識の共有化、②組織の枠を超えた本音ベースの議論(上から下ま
で)、③これらの取組みを尊重する風土や仕組み、が日本に必要、と主張をまとめている。
図 2.4.14 「夢 」の重要 性
2.4.3 全体の議論とまとめ
以上の講演に続き、5 名の講師(パネリスト)と参加者を交えたパネル討論、質疑応答
が行われた。紙面の都合で議論の詳細は省略するが、全体を通して①日本と海外を比較し
た議論が多くなされたこと、②新たな価値・方向の議論に関して、対象の変更とディシプ
リンの変更や多様化(チームでの多様化も含む)を分けた議論があった点が印象的であっ
た。
実務家にとってイノベーションは、
「経済的成果を伴う革新」と事後的に捉えるよりも、
伊藤講演でも採り上げられたパルミサーノ流の「invention と insight の intersection」
という事前の制御因子を示唆する定義が有用と思われる。意訳すると invention は発明に
代表される現場の知識創造、insight は不確実な環境下でのヴィジョン設定やリスクをと
る意思決定と絡み、主に経営の資源動員・配分と対応しそうである。今回のイノベーショ
ン人材育成は、主に現場力(知識創造)が焦点であったが、今後、経営力や既存企業の資
源動員・配分メカニズムに関する議論が付加されると、より視界が広がる。
- 50 -
第3章
3.1
3.1.1
訪問記録
乾汽船「月島荘」の取組み
訪問の概要
(1) 訪問日時:平成 26 年 7 月 31 日
(2) 訪問先:
乾汽船株式会社(旧イヌイ倉庫株式会社)
(3) 講師:乾汽船株式会社(旧イヌイ倉庫株式会社)
月島荘
代表取締役社長
乾
康之氏
(4) 講演題名:「月島荘」というビジネスモデル
~企業寮をShareするという試み~
3.1.2
講演内容
(1) 乾汽船株式会社(旧イヌイ倉庫株式会社)
①
概要
乾汽船株式会社は、東京都中央区に本社がある物流、不動産会社である。2014 年 10 月 1
日に乾汽船株式会社を吸収合併し、イヌイ倉庫株式会社から乾汽船株式会社に商号変更し
た。
②
不動産事業
銀座まで約 2 キロに位置する隅田川のほとり「勝どき」にある。
この地を地盤とする乾汽船株式会社の不動産事業は、1973 年に建設した 1 棟の賃貸マンシ
ョンから始まった。
1987 年に地域初の大規模マンション「プラザ勝どき(454 戸)」を、2004 年には 43 階建
の賃貸マンション「プラザタワー勝どき(512 戸)」を建設した。2011 年には子育て支援施
設・店舗を併用した 45 階建の賃貸マンション「アパートメンツタワー勝どき(536 戸)」
を共同事業により建設したことで、勝どき地域にレジデンスゾーンを展開している。2013
年には業種や職種、国籍、年代の異なるビジネスパーソンが一緒に暮らし、相互啓発が触
発することを目指したシェア型企業寮「月島荘(644 戸)」を建設した(図 3.1.1)。
図 3.1.1 月島荘 外観 (ホームページから引用)
- 51 -
(2)月島荘が建つまでの経緯
①イヌイ倉庫の所有地の再開発計画
再開発計画が始動したのは 2005 年である。当時、所有地にはボウリング場、賃貸住宅、
自営レストラン、カラオケボックスがあった。いずれの建物も新耐震基準前に建てられた
建物のため、耐震補強をしても利用制限が加えられ、再投資しても収益性が悪く、さらに
消化容積率も低いことで有効利用が困難であるとの試算結果が出ていた。
イヌイ倉庫は、勝どき・月島をどのような街にしていくのか、どのような事業展開を前
提として建物を建てるのか議論を重ねた。
②2005 年から 2012 年までの事業計画の推移
再開発にあたっては、都市計画に適合する計画でなければならない。都市計画とは、都
市の将来あるべき姿(人口、土地利用、主要施設等)を想定し、そのために必要な規制、
誘導、整備を行い、都市を適正に発展させる方法や手段のことである。当然、都市計画に
は各種の制限がある。
都市計画の制限とは次のとおりである。
■地区計画※=高さ規制
住宅地区
≦
25m
総合設計許可
≦
45m
※地区計画とは、その都市計画の中で住民の合意に基づいて、それぞれの地区の特性に
相応しい街づくりを誘導するための計画。( 都市計画法 第十二条の四第一項第一号)
■ワンルーム規制
共同住宅1戸
≧
床面積 25 ㎡
40 ㎡以下の住戸は全体戸数の 1/3 以下
■駐車場附置義務
駐車施設
≧
総戸数×30%
③ 以上の条件を踏まえ事業計画は次のように推移した(図 3.1.2~3.1.5)。
2005 年
2007 年
2010 年
2012 年
亀の子
巨大なツインタワー
リオデジャネイロ
月島荘
消化容積
377.18%
800%
417.8%
334.29%
高さ
44.45m
160m
44.98m
24.97m
戸数
442 戸
1,080 戸
551 戸
644 戸
建物名
メリット
現行規制で可能
高容積、戸数が多い。 容積に問題ない。
な範囲の建築物。
投資額、商品
性、スピード
に勝る。
問題点
高容積でもなく、 隣 地 街 区 を 含 む 壮 大
都市計画に対して
商品は中途半端
なスケールで取り纏
メリットが少ない。 難あり。
である。
めに膨大な時間がか
中途半な高容積。
かってしまう。
- 52 -
容積消化に
図 3.1.2 2005 年の計画 図( 亀の子)
図 3.1.3 2007 年の計画 図( 巨大なツ インタワ ー)
図 3.1.4 2010 年の計画 図( リオデジ ャネイロ )
図 3.1.5 2012 年の計画 図( 月島荘)
- 53 -
③月島荘の事業性検証
1)賃料収入の比較
月島荘 811 百万円
<
2005 年計画亀の子 851百万円
月島荘は既存住宅に比べて賃料収入は 5%弱低い。
2)ダウンタイム(空室入替の時間)の考え方
月島荘
<
2005 年計画亀の子
月島荘は 5%程度入居率が高いと予想。
4)シェアハウスのランニングコスト
月島荘
<
一般的なシェアハウス
一般的なシェアハウスは一般の住宅に比べて管理に手間暇がかかるが、月島荘は、 法
人契約とすることでランニングコストを削減。
5)投資額検証(駐車場建設)
月島荘
<
一般住宅
月島荘は少し割高だけど、駐車場が不要であることは大きい。
6)リーシングコスト
月島荘
<
一般住宅
広告宣伝や仲介コストが少ない。
7)利用者から見た家賃負担
月島荘
<
このエリアの一般住宅
家賃が安いは最高のリスクヘッジ
+
他にはない商品(付加価値)
④ 月島荘建設計画推進のポイント
イヌイ倉庫は、月島荘に良い企業の人材を集めることで、入居者が互いに刺激を受け
合い成長・発展することを期待した計画を推進した。目的・目標があって、会社の看板
を背負えば、良い人材が育つ。良い人材が、更に良い影響を周りに波及させる。そのよ
うな状況を生み出す空間作りに力を入れる。収益の面からは、二層構造契約と選抜制に
よる空室期間ゼロ化を目指す(図 3.1.6)。
図 3.1.6 シェ アビジ ネス
- 54 -
(2) 月島荘
① コンセプト
イヌイ倉庫は月島・勝どきエリアに賃貸マンションを所有(共同事業含め約 1,500 戸)
していた。既存物件との差別化を行った上で、所有地の再開発にあたり、まず「都心で働
くビジネスパーソンに 10 万円の住まいを提供する」という方針を立てたのがスタートであ
る。一般的な企業寮は、特定の企業が建物を借り上げて、同じ会社の社員が住んでいる。
家賃の安さというメリットはあるものの、どこか閉鎖的で窮屈なイメージがある。「月島
荘」はそんな従来のイメージを覆す、シェア型企業寮。現在、航空会社、シンクタンク、
銀行、不動産管理会社など、多様な業種の 24 社が入寮している。「企業寮をシェアする」
という新たな試みは、業種や職種、世代や国籍が異なるビジネスパーソンが共に暮らすこ
とで、入居者が互いに刺激しあい、成長することを目指す。加えて、さまざまな業種のビ
ジネスパーソンが生活しながら、相互に刺激し合えるような環境を「付加価値」にするこ
とをコンセプトにしている。
図 3.1.7 月島荘 のコンセ プト
② ロケーション
月島荘は、都営地下鉄大江戸線「勝どき」駅および同「月島」駅徒歩 5 分に立地し
- 55 -
ている。月島は主要なビジネス拠点へのアクセスに優れ、職住近接ニーズが高いエリアで
ある(図 3.1.8)。通勤時間を圧縮することでプラスの時間が創出される。
図 3.1.8 月島荘 のロケー ショ ン (ホームページから引用)
③ 費用
契約対象:法人のみ
賃料:105,000 円/月(共益費別)
保証金:300 万円/社
敷金・礼金:不要
※1 社当たり最大 50 室の利用が可能。
「share」の概念を取り入れ、コンパクトな住室と豊かな共用部が実現し、結果として賃料
を抑えている。
月島荘の契約対象はコンセプトに賛同し、協力いただける企業のみとしている。企業が認
める人であれば、誰でも入居可能である。寮としての利用はもちろん、単身赴任者や海外
トレーニー、インターン、プロジェクト等での短期利用も可能である。
成長意欲の高いビジネスパーソンが集まりやすく、中には社内公募により書類審査や面接
審査で選抜した人材を住ませる企業もある。
④ 設備
敷地面積 6,647 平方メートル、延床面積 2 万 3,423 平方メートル。鉄筋コンクリー
ト造地上 8 階地下 1 階建ての 3 棟構成 で建物の間には庭もある。入居者全員が利用でき
る共用施設にキッチンダイニング、図書室、学習室がある。全 644 室で、各階の住室数は
35 戸。各住室は、すべて同じ間取りで、広さは 18 ㎡です。設備としてエアコン、ベッド、
マットレス、椅子、冷蔵庫は備え付けており、シャワーブース、トイレ、洗面台が常設さ
れている(図 3.1.9)。
- 56 -
図 3.1.9 月島荘 の全体図 (ホームページから引用)
⑤ 月島荘ならではの「入居者同士が高めあう」ための工夫
2 フロアずつ約 23~70 名をひとくくりとし「クラスター」と呼ぶ。現在クラスターの単位
は 23、34、35、46、68、70 人の全 6 タイプある。
月島荘には、「大」「中」「小」3 つの概念がある。
図 3.1.10 月島 荘の「大 」「 中」「小 」空間 (ホームページから引用)
1)「大」
1階部分を指し、月島荘住民も外部の方も誰でも使用できる共用施設になっている。面積
は約 1,300 平方メートル。全入居者向けの共用部として、ダイニングキッチン、大浴場、
ライブラリーラウンジ、スタディルーム、マルチルーム、シアタールーム、ミーティ
ングルームなどを配置する(図 3.1.11~3.1.14)。
- 57 -
図 3.1.11 月島 荘の「大 」パ ブリック 空間
図 3.1.12 月島 荘の「大 」パ ブリック 空間
ラ イブラリ ーラウン ジ
図 3.1.13 月島 荘の「大 」パ ブリック 空間
キッチン ダイニン グ
ジム
図 3.1.14 月 島荘の「 大」 パブリッ ク空間
ス タディル ーム
2)「中」
2 階以上が居住スペースで、入居者間が交流しやすいよう、2 フロア(約 50~70 人)
を 1 クラスターとしてグループ化。クラスターでは、共用ラウンジ、キッチン、ラン
ドリースペースなどを設け、入居者の居住スペース内の移動はクラスター内のみに限
定。また、自治権を与え、入居自ら運営に関与できる体制を作っている。各階で日常的
な交流が生まれるような仕組みとなっている (図 3.1.15~3.1.18) 。
- 58 -
図 3.1.15 月島 荘の「中 」共 用部
図 3.1.16 月島 荘の「 中」共用 部
リ ビング上 層階
リビング 下層階
図 3.1.17 月島 荘の「中 」共 用部
図 3.1.18 月島 荘の「 中」共用 部テラス
ク ラスター リビング
3)「小」
唯一、share をしない各住室を指す。 18 平方メートルの居室にシャワールームと洗面
所・トイレ、ベッド、エアコン、冷蔵庫、クローゼット、下駄箱など基本的な家具・
家電は備え付けてある。バルコニーを逆梁上のレベルに設定し、下がり壁のないカウ
ンター付きの開口部とすることで、開放感ある空間に仕上げている(図 3.1.19~
3.1.21)。
- 59 -
図 3.1.19 月島 荘の「小 」住 室
図 3.1.20 月島 荘の「小 」住 室
ベッ トルーム
シャ ワー室、 洗面・ト イレ、収 納
図 3.1.21 月島 荘の「小 」住 室平面図 (ホームページから抜粋)
- 60 -
個室は寝たり、着替えたりといった主に独りで行う生活シーン中心の場であって、
インターネット、読書、運動、大型テレビでの視聴、大浴場での入浴などの生活シー
ンは居心地の良い共用部をシェアするという構図である。個室から出て共用部で過ご
すことを促すように、多彩な共用部は実に快適にデザインされている。
日常生活の中でさまざまな刺激を受ける仕掛けとして、1階共用部はガラス張りにして
いる。それにより、一生懸命働いて終電で帰る人、スタディルームにこもって勉強してい
る人などを見た人が、良い刺激を受けられるようになっている。また、1階は中庭も含め
て一体的に使える共用部にしている。天気のよい日には中庭で本を読んでいる人やくつろ
いでいる人がいて、自然な交流が生まれやすくなっている。自発的な異業種交流を目的に、
セミナーや勉強会等の開催を共有部分のホワイトボードで 告知し、入居者同士で交流を深
めている。ハード面だけでなくソフト面での仕掛けを作っている。
⑥ 月島荘のルール
月島荘の特徴として挙げられるのが規律よりも規範を重視している点である。規律とは、
社会生活・集団生活において人の行為の基準。また、そのための定め、一定の秩序、決ま
りである。これは、月島荘の契約書や管理規約、使用細則などに当る。一方、規範は行動
や判断の基準、手本、準拠、標準、規格である。月島荘での暮らしを充実させるため、入
居者の判断や常識ある行動すなわち規範を規律よりも重要と考えている。規律の代表的な
例である賃貸契約書にも、月島荘は次のとおり理念を盛り込んでいる。
(本契約の目的)第 1 条 1 項 2 項
乙は、本物件が共同生活を前提とした居住施設であることを確認し、乙及び乙が賃借する
貸室の 利用者は 、本物件が掲げる 「矜恃」、「自主」及び「挨拶」の理念を尊重すること
を約する。
2
乙は、理念の持続的実現には、乙を含む本物件の全ての賃借人及び利用者が相互に協
力する必要があることを予め確認し、甲の行う協力要請に対し真摯に対応することを約す
る。
(利用責任)第 2 条 4 項
乙は、 利用者が本契約、法令、理念及び別添規則を遵守しない場合、又は他の入居者に迷
惑をかけ、若しくはかけるおそれがある場合は、甲の請求により、 利用者への注意を行う
ものとし、必要に応じて
利用者を本件貸室から退去させるなど適切な措置を講じなけれ
ばならない。
⑦ 月島荘の三つの理念
矜持(きょうじ)=Pride
会社の看板、選抜された誉から来る自信と誇り。自信や誇りを持って、堂々と振る舞い、
ありのままの自分が最高の自分になること。
自主=Independence
- 61 -
他人の保護や干渉を受けず、自分の判断で行動すること。自分自身の価値観に従ってさ
まざまな提案で活性化し続ける空気の中で生きていくこと。
挨拶=Hello
相手に敬意・親愛の意を表す行為で、対人関係を円満にし、社会生活を円滑にする。挨
拶は社会やコミュニティに参加する基本のアイテム。
⑧ 月島荘の考え方
月島荘の三つの理念にもとづく、ソフトメニューの考え方を図 3.1.22 に示す。
月島荘ソフトメニューの考え方
支援 ← → 秩序
大
管理者は施設利用者の健全な月島荘ライフの支援ツールとして、
専用サイトを運営する。
⑦月島荘サイト
コミュニケーションツールとして、ボードを設置する
その管理は管理者が行う
⑧ビックボード
コミュニケーションツールとしてSNSを利用する
管理者はその管理運営について責を負わない
⑨SNS大グループ
(任意参加)
新入利用者に対し、クラスター自治は館内利用ツアーを行う
⑦月島荘サイト
⑩クラスターツアー
矜持
Pride
自主
Independence
挨拶
Hello !
利用者はボード、サイト、SNSを用いて情報発信を行うことができる
②報告の義務
社会正義に反する行為を知り得た利用者は、直ちに管理者に報告せね
ばならない
健全な共住環境を害する行為を知り得た場合は、管理者に報告せねば
ならない
報告を受けた管理者は、迅速に適切に対応せねばならない
中
③クラスター規則
(サイトに掲示)
クラスターは自治を基本とする
各クラスターは総員の同意を得てクラスター規則の提案ができる
管理者は提案に対し拒否権を有する
⑨SNSクラスターグループ
(任意参加)
小
利用者は、管理者に対し、提言、提案、相談ができる
管理者は相談に対し、真摯に対応する
匿名での提言、通報を受け付ける
但し、事実の確認を含め、その対応は管理者が決定する
月島荘の3つの理念(矜持、自主、挨拶)
クラスターリビングにコミュニケーションツールとして、ボードを設置する ⑪クラスターボード
その管理はクラスター自治にて行う
コミュニケーションツールとしてSNSを利用する
その管理はクラスター自治にて行う
大
①月島荘の理念
(サイトに掲示)
中
管理者は月島荘サイト内に各クラスター専用のページを用意する
小
⑪情報発信
④宣誓
新入利用者は、月島荘の理念を遵守する旨の宣誓書提出の義務を負う
⑫管理者への相談
⑤契約企業の約束
(契約書第2条記載)
契約企業は、管理者の請求により、不良利用者に対し、注意、勧告、退
去など適切な措置を講じる事務を負う
⑥月島荘利用規則
(サイトに掲示)
施設の利用に際し、遵守事項等を定める
⑬匿名の提言
図 3.1.22 月島 荘のソフ トメ ニューの 考え方
3.2.3 まとめ
企業寮をシェアするという試み”。この試みは、業種や職種、国籍、年代の異なる多様
なビジネスパーソンが共に「暮らし」、お互いを高めあっていく場所=化学反応引き起こす
ことを目指している。月島荘を活用する企業は、福利厚生というよりも人材育成という面
で期待している。月島荘では、コンセプトを具現化するために、契約企業の選定にも配慮
している。金融、家電メーカー、シンクタンクなど、都心を拠点とする有名企業の利用を
促進することで、スキルアップを視野に入れている。目的や目標を持った入居者同士が化
学反応を起こし、より高いレベルに到達するスパイラルを生み出す狙いがある。
一つの企業から大量の入居がないよう、多様な業種の入居者をバランスよく括り、日常
- 62 -
的な交流を促す工夫もされている。また、事業主である乾汽船株式会社(旧イヌイ倉庫株
式会社)の社員が入居者の一人として加わり“触媒”として機能している。
職場を共有するコワーキングスペースが浸透し、ビジネスシーンでも有効活用されてい
るが、月島荘は「暮らし」そのものを共有する発想である。職場以外で“異業種交流”が
行われることで、どのような化学反応が起こるのかは未知数であるが、人材育成の側面も
含め、新しい企業“共創”の形につながる動きとして期待が大きい。
- 63 -
第4章
欧州訪問調査記録
4.1
調査の概要
4.1.1 目的・訪問先など
(1)目的
近年、急速に発達する情報通信技術は産業革新を誘発し、それらを牽引するイノベー
ション人材育成が産学連携で取り組まれている。欧州でも自動車産業を中心に、バーデ
ンビュルテンベルグ連携州立大学や HPI(Hasso Plattner Institute)デザインスク
ールなどの取組が始まっている。今回は、ドイツ・オランダの大学・企業研究所の訪問
調査日程と時期があった EIRMA(European Industrial Management Association)
CTO Forum 2014 への参加も兼ね、企業の CTO の現状を知る機会を得た。調査結果を今
後の日本企業・大学の産学連携での研究・技術開発の体制・運営、人材育成の参考とし
たい。
(2)調査期間:2014 年 10 月 5 日(日)~10 月 12 日(日)
(3)調査メンバー
・大場善次郎:東洋大学
総合情報学部
・春名修介:大阪大学大学院
総合情報学科
情報科学研究科
教授
実践的情報教育協動ネットワーク
特任教授
・小林一雄:研究産業・産業技術振興協会
企画部
(4)訪問スケジュール
①10 月 5 日(日)
・11 時 45 分成田空港発、パリ・ドゴール空港経由で 19 時 50 分(現地時間)ミュン
ヘン空港着、着後鉄道にてミュンヘン中央駅へ移動、Regent Hotel 泊
②10 月 6 日(月)
・午前:調査メンバーの初会合で今後のスケジュール及び調査内容などの打ち合わせ
後、ミュンヘン市場調査。
・午後 1:IESE ビジネススクール・ミュンヘン訪問
ハーバード・ビジネス・スクールに次ぐ国際的な IESE の概要とミュンヘン
校の現状調査
・午後 2:ミュンヘン工科大学メインキャンパス(Arcisstrasse 21, München )訪
問
Prof.Dr. Thomas Bock:建築学科で工学系概要と建築とロボットの研究
について調査
③10 月 7 日(火)
・午前:ミュンヘン工科大学の会合時刻変更でドイツ博物館(Museumsinsel
- 64 -
1, München )見学
・午後:ミュンヘン工科大学ガーヒングキャンパス(Boltzmannstrasse 15,
München) 訪問
Prof.Dr. Klaus Bengler:自動車関連の研究動向の調査
・夕刻:列車にてミュンヘン中央駅からシュトゥットガルト中央駅へ移動、Novum
Hotel Boulevard Stuttgart 泊
④10 月 8 日(水)
・予定変更にてメルセデス・ベンツ博物館( Mercedesstrasse 100, Stuttgart )見学
ドイツの自動車研究開発の歴史と現在の最新自動車の展示
・シュトゥットガルト空港からアムステルダムスキポール空港へ移動、着後鉄道にてア
イントホーフェンへ移動、Inntel Hotels Art Eindhoven 泊
⑤10 月 9 日(木)
・EIRMA CTO Forum 2014 参加(High Tech Campus, Eindhoven)
⑥10 月 10 日(金)
・鉄道にてアイントホーフェン駅よりライデン中央駅へ移動
・午前:ライデン大学(Leiden Institute of Advance Computer Science:Niels
Bohrweg 1, Leiden)訪問、午後の一部も継続
・午後:鉄道にて、ライデン中央駅よりアムステルダム中央駅に移動、Best Western
Premier Hotel Couture 泊
⑦10 月 11 日(土)アムステルダムスキポール空港より成田空港へ移動、10 月 12 日
(日)8 時 30 分成田着
4.2
各訪問調査記録
(1)IESE ビジネススクール・ミュンヘン
<対応者>
・Dr. Michael Winkler:Managing Director
・Ms. Dorothee von Canstein:Communications Central Europe
・Ms. Jessica Schallock:Head of Marketing Communication
・Ms. Bernadette Bruns:Program Director PMD
1)IESE の概要
・1958 年にナバラ大学(Navarra:スペイン)の大学院として設立されたビジネスリー
ダ養成のビジネススクールで、1964 年ハーバード・ビジネス・スクールとの提携で欧
州初の 2 年制 MBA プログラムを開始した。
・エコノミストやファイナンシャルタイムズのビジネススクールランキングでは常にトッ
プ 10 にランクされていて、キャンパスをバルセロナ・マドリード・ニューヨークに、
事務所をミュンヘン・サンパウロにおいて世界的な展開を行っている。2015 年からミ
ュンヘンにも校舎を設置し教育が可能になる。
・専任の教授陣は 30 か国 100 人以上で、世界中で講義を実施(その場合は教授はその土
- 65 -
地に滞在)。ハーバードより多い 800 以上のケーススタディ・モデルを持ち、講義・演
習の 時に 即 応的 に変 化 させ 、常 に ケー スス タ ディ の改 善 ・開 発を 行 って いる 。 34,000
人の卒業生会のネットワークがあり、起業する場合には卒業生・大学などからの支援
を得られる体制にある。
・IESE の特徴は、米国流の「Money」中心ではなく、「経営者としての信頼」に重きを
おいた教育を行っているといっていたのが印象に残った。
・プログラムには、フルタイム MBA(19 か月)、ミドル向け・トップ向けのマネージメン
トプログラム、経営学 Ph.D.コース、特定の企業向けのマネージメントプログラムなど
がある。近年では、エアバス、アウディ、ボーイング、オラクル、ネッスル、コマツ
などの多くのグローバル企業向けの教育を行っている。
・2 年前から Moocs を利用した教育を採用しているが、演習ではなく知識の提供への補完
である。
2)ビジネススクール・ミュンヘン
・2015 年 1 月の教育棟の竣工を目
指して、マネージメントとマー
ケティングのプログラムを詰め
ているところである。ミュンヘ
ンでは 2005 年に事務所を開設し、
マネージメント部門教育からは
じめ、2015 年から新校舎でのビ
ジネススクールが始まる。
・新校舎建設の狙いは、自動車企
業、中小企業などの MBA 教育へ
の需要増にこたえ、ドイツ文化圏
IESE ミュンヘン校新校舎にて
(ドイツ、オーストリア、スイスなど)
の教育を中心として位置づけている。
・現在の事務所は観光スポットである旧市庁舎に近い Pacelle str.にあるが、新校舎は
3 階 建 て の 建 物 で 、 イ ザ ー ル 川 ( Isar ) 沿 い の マ ク シ ミ リ ア ン 公 園 ( Maximiliansanlargen)傍の Maria-Theresia 通りの閑静な位置にある。教授達が 3 年間かけて探
した場所であり、演習で疲れた時にはグループで公園の森の中の新鮮な環境で頭脳を
リフレッシュして、散策しながら討論することも可能である。また、近くの議事堂で
議員とも議論できるし、その後は校舎傍のレストランで懇談ももてると教授は言って
いた。校舎の予定である室内改造中の瀟洒な建物を見学した。
す ぐ 前 の 道 路 を 隔て て か な り 広 い 森 と 川が あ り 、 同 地 区 は 環 境規 制 か ら 高 さ 制 限で 4
階 建て ま で で 、周 り の建 物 も 環 境に 溶 け込 ん で い るよ う に感 じ た 。
・グローバル化する世界ではマーケティングやマネージメンの方法は国や宗教によって違
うので、多様な人々の集団による演習では多くのケーススタディを基に、その時々で
の討論テーマに即応させての演習が必須であり、教授の役割が重要となる。
- 66 -
・各コースの特徴を簡単に記す。
①フルタイム MBA(19 か月)
学生数は 280 人/年、56 か国以上で 5~15 人程度のグループによる英語での演習が中
心。多様な国(2015 年:ヨーロッパ 39%、アジア 24%、ラテンアメリカ 12%、北アメリ
カ 12%、その他 6%、多い国:スペイン、ドイツ、フランス、アメリカ、ブラジル、イン
ド、イギリスなど)からの出身で、演習のグループ構成では同国出身者は 20%以下とし
ている。
学生は社会人が殆どで、平均年齢 28 歳、社会経験は平均 4 年(企業 47%、コンサル
24%、財務 22%)、女性は 26%であり,一般的には MBA 学位の取得は厳しい。最初の 6 か
月(9 月~2 月)はバルセロナで国際化の問題、国際経営などの基礎的な演習、3~5 月は
リーダーシップ研修をヨーロッパで行う。その後、3 か月のインターンシップ(各人が社
会調査、企業研修、起業などを選択)を各地で実施する。2 年目は 2 か国語経験のために
ニューヨーク、サンパウロ、上海、ナイロビで研修、その間に国際的な交換留学(世界の
著名な大学と提携)も可能である。1~3 月の最終報告書作成で卒業となる。
学費(含む保険、プログラム支援費用)は 75,400 ユーロ/2 年間である。
②その他の MBA
上位者 EMBA(Executive MBA)は年齢的には 30~36 歳位のマネージャー対応コース
で、300 人/年の受講者(バルセロナ、マドリード(スペイン語中心)、サンパウロ)、
国際的な GEMBA(Global Executive MBA)は 35~43 歳位のマネージャー対応コースで
30 人/年の受講者(バルセロナ、マドリード、ニューヨーク、上海、シリコンバレー)で
ある。
IESE は企業経営者の各層毎のビジネススクールを展開している。
③中級マネージャー向け PMD(Program for Management Development)
対応者の一人である Ms. Brunsh はミュンヘン・プログラム指導者で、忙しく 2015 年
開設の準備をしていた。対象者は、10 年間位の国際的なビジネス経験の企業の中間管理
者で 33~40 歳位である。
教育期間は 6 か月で働きながら受講する。1・3・4・6 月(2015 年)に集合しての研修とな
るが、実務(企業経営者としての将来構想などの課題)で実際に適用することを勧めてい
る。
各期間の演習内容の概略は以下である。
・1 月:バルセロナで 3 日間の研修。国際経済とビジネスへの影響について、自身の
マネージメントへの挑戦などをテーマとしての研修。
・3 月:ミュンヘンでの 5 日間の研修。自身のビジネス・エコシステムの動向、その
要素、企業への貢献方法などをマーケット・経営・財務・イノベーションの
視点での研修。
・5 月:ミュンヘンで 5 日間の研修。企業戦略・業務執行の視点でのリーダーシップ
- 67 -
能力アップ研修。
・6 月:バルセロナでの 3 日間の研修。経営者として企業の将来を描くツールの修得
と出身企業への提言と経営者挑戦レポート。
学費は 25,700 ユーロ(含む教育用資料、食事代)で、宿泊費は個人負担。
・付加研修(追加料金でのコース):特別な課題(イノベーション、交渉能力、メ
ディア活用、創造と国際化など)を基に、バルセロナかニューヨークでの
研修。または、バルセロナでの 5 日間コースで実際的な社会経済の動向
と今日の国際的な企業内容の開発力の研修。
④トップ経営者向け AMD(Advanced Management Program)
企業経営者などのトップ向けコースで、国際的な新しいビジネス視点を得ながら、直近
の
国際化に対応する企業のトップマネージメント能力向上を目指す 6 か月コース。
研修は 1 ヶ月前に資料を送付し、事前に読んでの研修となる。IESE には 110 人以上の
フルタイム教授と 62 人のパートタイム教授がいる。これらの 27 か国の専門家の中から、
ミュンヘンのプログラムに合うフルタイムの教授を選んで、ケーススタディを中心に小グ
ループに分かれて研修する。
各月の予定は以下である。
・11 月:バルセロナでの 5 日間の研修。
・12・1・2・3 月:ミュンヘンで 2・5 日間(木・金・土)の研修。
・5 月:研修してきた企業でのイノベーション可能性をまとめ、発表。
学費は 31,200 ユーロ(含む講義用資料、食事代)、宿泊費は個人負担。
⑤Ph.D.in management (経営学博士コース)
学生は 15 人位で狭い専門的範囲を研究し、博士論文を制作するかなり厳しいコースで
ある。将来、研究者や大学教員を目指す者が多く、IESE 教員も同コースの卒業者がいる。
⑥個別企業研修
個別企業からの依頼で、企業特性にあった経営者教育を実施する。近年の顧客には、
エアバス、ボーイング、エリクソン、ヘンケル、コマツ、ネッスル、オラクル、プライス
ウォータクーパーなどがある。また、別のプログラムとして、BMW、アウディ、GE などの
企業のミーティングへ参加しての指導もある。
(2)ミュンヘン工科大学(TUM:Technische Universität München)
・ド イ ツ 工学 系 の トッ プ大 学 で ミュ ン ヘ ン市 内 (今 回 訪 問 )、 ガ ー ヒ ング ( 今 回訪 問 、ミ
ュンヘン中央駅から約 30 分)、ヴァイエンシュテファン(ミュンヘンから北 35km)の 3
キャンパス。ミュンヘン市内のキャンパスは建築、土木工学・測量学、電気・情報工
学、薬学、経営学などの 7 学部とビジネススクール、ガーヒングには理工学系で機械
工学、情報学、物理学、数学、化学の 5 学部、ヴァイエンシュテファンには、環境学、
- 68 -
栄養学、土地管理、生命科学センターの 4 学部がある。
・学費はセメスター毎に学生の中退がかなりいるのでセメスター毎に 542 ユーロとして
いたが、国として 2013 年 10 月からは学費徴収制度を中止とした。学生数は約 21,000
人で、入学者(4,500~5,000 人/年)は各セメスターでチェックされ、特に 2 年から 3
年への進級が厳しく、その時に約 50%が中退する。しかし、進級者は殆ど卒業するが、
約 30%が予定通り、50%は再試験や長期インターンシップ(就職の可能性大となる)で
長 期 間か け て の 卒 業 、20 % 位 は中 退 す る 。 中 退 者 は より レ ベ ル の 低い 大 学 へ願 書 提 出
で大学を変更する。平均卒業年数は 7 年位である。入学は大学入学資格試験合格者の
書類審査(過去の学業成績、語学(英語の場合は TOEFL)、志望動機レポート)と 2 次
試験の面接で選抜する。
1)ミュンヘン工科大学建築学部(ミュンヘン市内)
<対応者>
・建築生産工学とロボット講座:Prof. Dr. –Ing. Thomas Bock
・Bock 教授はシュツッツガルト大学、イリノイ工科大学、東京大学で建築学を学び、東
京大学で博士号を取得し、カールスルーヘ工科大学を経て、現在のミュンヘン工科大
学へ就職した 。IESE 、 機械工学部 (今回訪 問) やオランダの ライデン 大学(今回 訪問) の
教授達も同じだったが、大学教授は、他大学や企業などの色々な経験を経るのが一般
的だと言っていた。
・ミュンヘン市内のキ ャンパスは巨大な円形 講義(別称、BMW―アウ ディホール)が有名
である。建築学部の学生数は約 1,400 名であり、学生は社会人が多く、産学協同の研
究やプロジェクトは多い。
・ドイツでも技術者希望は減少していて、工学系の大学院生は機械工学系が 40%でその
他が 60%位である。メカトロニクスの人気は落ちている。建築工学とロボット専攻の
大学院(Bock 教授)は応募者が 150 名位と多く、合格者は 15 人/年であり、講義・演習
には他学科専攻の学生が多く 50~60 名位で人気のコースとのことである。
・大学院は 4 学期制で 120ECTS(単位)の取得が必要で、学生の負担費用は学生組合費と
基本的なセメスター受講券だけである。当講座(高度建設・建築専攻)の学生は海外(ア
ジア、アメリカ、ヨーロッパなど)からが非常に多く(ドイツ語が話せる学生は 2 人だ
け)、7 専攻分野の学際教育・研究に特長がある。学際的な教育はコンピュータ工学、
電気工学、機械工学、経済、薬学、土木工学に亘っている(建築工学を入れてミュン
ヘン市内キャンパスの 7 学部である)。1 セメスターは基礎知識の習得で 2 セメスター
はプロジェクト学習と専門専攻、1 年間は広範囲(ロボット、建設の自動化とロボット、
建築実践、先進的建築とマネージメント、工業化方法、社会工学など)に亘った領域
での 24ECTS が必要となる。3 セメスターは既定プロジェクト・選択的プロジェクトと
プロジェクト研究で、4 セメスターは卒業研究(修士論文)である。
・Bock 教授はロボットや建築分野での日本の過去の研究方法を非常に高く評価していて、
教授の研究の 70%は日本式で行っている。研究室を視察した時に寺院建築、障害者支
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援ロボット、溶接ロボットやビルディング壁昇降ロボットなど(日本からの寄付もあ
る)があり、教授の日本への熱い思いが伝わってきた(12 月には日本の障害者関連の
自動化建築のフォーラムに招待されている。現在でも日本企業との共同研究も行って
いる様子で、コマツ、三菱重工、積水ハウスなどの名前が出ていた。ドイツでは研究
や標準化に政治家の支援があり、長期・短期の研究、技術トランスファー、交換研究
などを行っている。
・研究設備の見学時に、学生の数名が
開発用の自動車(障害者支援)の搬入
など、研究設備の製作などに関ってい
る様子がわかった。
・自動車関連のロボットでは障害者昇降
支援の研究開発をしていた。
・自動運転車はミュンヘン郊外の軍事大
学や BMW などが行っていて、詳細は
分からないとのことであった。後に訪
問した Bengler 教授(ガーヒングの
ミュンヘン工科大学)は BMW などと
Bock 教授ラボにて
共同研究を行っていた。
2)ミュンヘン工科大学機械工学部(ガーヒング・キャンパス)
<対応者>
・機械工学部人間工学科:Prof. Dr. Klaus Bengler
・機械工学部は地下鉄終点のガーヒング駅
2005 年 10 月に当駅まで延長された)の傍でミ
ュンヘン郊外の閑静な地区にあり、訪問途中駅
には BMW の工場があった。機械工学部は
2,800 名位の学生で、大学は新学期だろうか、
多くの色々な国からの学生が行き交っていて、
ミュンヘン市内キャンパスとは違った雰囲気で
活気に満ちていた。
・人間工学研究所は Klaus Bengler 教授(人間
工学)と Veit Senner 教授(スポーツ設備と用
ミュンヘン工科大学ガーヒング
具)の 2 人、ポスドク 3 人、科学スタッフ 43 人
キャンパス
と科学スタッフ以外 8 人の構成である。Bengler
エントランス
(TUM HP より)
教授は 1997 年に BMW の研究所の職につき、
2009 年 5 月からミュンヘン工科大学機械工学部人間工学研究所の専任教授となり、主
に自動車関連の人間工学分野の研究を進め、企業・国のプロジェクトなどとの共同研
究も積極的に進めている。
- 70 -
・修士課程の教育では、機械工学、電気・コンピュータ工学、コンピュータ科学、スポー
ツ科学、教育、建築、心理学、薬学の領域を学ぶようになっていて、これは、ミュン
ヘン 市 内 キャ ン パス で も同 じ で あっ た 。IESE 、ラ イ デ ン大 学 (オ ラ ンダ ) で もそ う だ
ったが、人材教育方法(専門学校や企業内での人材育成時に講師として対応できるよ
うな教育)を学ぶ講義がある。
・研 究 所 の研 究 分 野は 生体 工 学 ( 力学 ) と 人 体 測定 、 人 間工 学 シ ステ ム、 信 頼 性と 認 識モ
デル、人間工学、教育方法と多彩で、研究所・大学・企業との共同研究を行い、国や
国際プロジェクトの資金援助もある。
・自動車関連の研究は、自動車の乗り心地・室内機器配置、運転者の座席視野と外景認識、
信 頼 性 、 人 体 測 定 な ど を モ ッ ク ア ッ プ 製 作 し て 進 め て い る 。 電 気 自 動 車 、 自 動 運 転 車、
燃費向上などは信頼性が重要であるこ
とを強調。高速道路や街中での車線変
更・追い越しなどの認識とマニュア
ル・半自動・完全自動運転の切り替え
タイミングなどを、シミュレーション
を用いての研究もしているようだ
( BMW 、 ア ウデ ィ な ど と の共 同 研 究 )。
・安全・安心な自動駐車場の質問には、
運転者の視野と認識による信頼性が重
要だと力説していた。これには簡単な
図を描いて説明したが、追い越しなど
のシミュレーションの研究を基にしてい
Bengler 教授自動運転プロジェクト
たのだろう。
資料より
(3)博物館(ドイツ、メルセデス・ベンツ)
大学・企業訪問の日程変更で時間的に余裕があったので、ドイツの科学技術の歴史を
振り返る点から、ドイツ博物館とメルセデス・ベンツ博物館を見学した。いづれも、当初
の発明品・製造物・工作機械などの実物を展示し、見学者に発展史をわかりやすく説明し
ていた。
初期から現在までの実物の展示と説明は、科学・技術に対する好奇心や携わる者(技
術者)への尊敬・憧れを呼び覚まし、多くの若者への教育効果は大きいのではないだろう
か。
1)ドイツ博物館(ミュンヘン)
・午前中の見学であったが、入場者は多かった。目についたのは小学生・中学生・高校生
のグループでの見学で、年配の技術者(技能者?)が熱心に説明をしていた。また、
色々な場所に博物館の職員や関係者がいて、展示物の修理や改善をしていた。また、
TUM(ミ ュン ヘン 工科 大 学)の 実験 室 (場 )も あ り、数 人が 研究 をし て いた。 この ような
場所の研究室は子供たちへの刺激となるだろう。
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・船・自動車・飛行機・ロケットなどの乗り物やエンジンは古いものから最近のものまで
分かるような順序で展示していた。電力関係で発電機・送電線・変圧器・遮断器など
の古いものの実物を展示し、その原理がわかるように説明パネルがあり、水力発電・
火力発電・風力発電・太陽光発電なども展示し、違いが分かるようになっている。
現在でも世界トップのドイツ工作機械の展示のところには驚いた。工作機械を如何に
して製造し、設備製作に利用していたかの説明と古い実物の展示と油の匂いは工場現
場を思い出した。
ドイツ博物館の展示例
・最近の技術では、ジーメンスなどが半導体・マイクロプロセッサーなどを展示し、DNA
シミュレーション・電子顕微鏡・MRI などの説明パネルも置いていた。学生が興味を持
てるように、ボタンを押して色々な違いが判るような工夫もしていた。
・数学コーナーでは、子供たちが数学に親しめる道具を置いていた。2 重振り子、メビウ
スの輪、種々の幾何学模型で平面を敷き詰める道具、数式の遊び道具などがあり、多
くの小学高学年生?が楽しんでいた。また、通信機器のところでは古い機器から最新の
ものまで展示していた。その中で、通信の搬送波変調を AM・FM・PM で音量や鮮明 度
が如何に違うかを見学者が切り替えや値(周波数など)の変更を行い、オシロスコープ
とスピーカーを用いて感覚的に理解できるようになっていた。さらに、ディジタル化
の説明では、サンプリング、量子化などの値を変更して、音声の相違がわかるように
もしていた。
また、コンピュータ展示の入り口では、2 進数がわかるような装置(多段の水槽枡に
水量を増す毎に 2 進法で水槽枡が変わっていく様子、球の受け箱を多段にセットし球
を増やすごとに受け箱が 2 進数で変化する様子)を工夫し、子供が遊べるようになっ
ていた。
・日本の科学博物館なども色々と工夫しているが、古いものから最新の実物を見せながら
の展示は迫力がある。
2)メルセデス・ベンツ博物館(シュツッツガルト)
電車でベンツ工場・研究所の駅で降り博物館まで歩いたが、途中、道路でも駐車場で
も電気自動車がかなり普及しているように見えた。博物館では各ポイントで説明が聞ける
- 72 -
携帯受信機を借りて、見学するようになっている。歴史の古い車から最新式まで 8 階か
ら順次降りていく見学工程である。
・19 世紀末(1886 年)のメルセデスのエンジン付き自動車の 1 号機の展示を始め、年代別
に実物の車を展示しているのは壮観である。通路の壁のポスターでは、年代毎の代表
的な出来事が説明され、1940 年代にはナチス政権向けに、売り上げの約 70%で会社が
軍事産業化していたことも説明していたことには感心した。
・最近の車では、電気自動車、燃料電池車(水素)、電気のハイブリッド、水素燃料のハ
イブリッド車も展示していた。自動運転車の説明は見られなかった。ベンツ博物館近
くでは燃料電池車のハイブリッド車(清掃車)が試験車として走っていた。
・見学者は色々な国からであることは分かったが、日本人は見かけなかった。ここでも中
国人の姿が見られた。中国の急成長ぶりは、ミュンヘンの街でも大学でも中国人を見
ることができることでわかる。
・9 階建ての吹き抜けのビルの中に、ベンツ創業時から現在までの実車及びモータースポ
ー ツ で の 数 々 の 名 車 が 保 存 ・ 展 示 さ れ て い て 、 そ の ス ケ ー ル の 大 き さ に は 圧 倒 さ れ る。
また、政治・世相と並行してその当時の自動車が展示されていて、ベンツ社がドイツ
発展の牽引車となったことへの自負の表れのようにも感じた。
メルセデス・ベンツ博物館の展示例
(4)EIRMA (European Industrial
Management Association)CTO Forum 2014
1)CTO Forum について
・EIRMA の CTO Forum はメンバー企業などの CTO と主幹研究員による研究開発に関す
る戦略的な課題を議論する場として、メンバーが持ちまわりでホストとなって毎年開
催されている。
・今年度は Philips 研究所設立の百周年記念でもあり、同研究所の主要な機能を有する
アイントホーフェン(Eindhoven)のハイテクキャンパス(HTC、アイントホーフェン
中心部より車で約 20 分に位置する。)で、欧州企業のオープンイノベーションの取り
組みを議論する場として、“Pivot or Persevere”? Why, when and how companies
reinvent themselves(「旋回して向きを変えるか?忍耐強く貫くか?」~なぜ、い
つ、どのように企業は改革するか~)のテーマにて開催された。
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EIRMA と研究産業・産業技術振興
協会が MoU(Memorandum of
Understanding)を交換している
ので特別に参加を許可され、メ
ンバー3 人は参画した。
・EIRMA CTO Forum 2014 には 35
名の参加者で、フィリップス副
社長 Henk van Hueten 氏、
DSM CIO (Chief Innovation
Officer) Rob van Leen 氏、イン
CTO Forum 風景
テル欧州研究所副社長 Martin
Curley 氏などの 講演と活発な討論があった。欧州の研究戦略をオープンに議論して
いる姿は人材の交流の一 般性が感じられた。また、参加者の多くは、Innovation
Office や Innovation Manager などのイノベーションを冠する組織、役職をもち、イ
ノベーションが欧州では企業活動の一環として進められている模様である。
講演は、スクリーンを背にして、(スライドの説明ではなく)講演を進めるという最
近のプレゼン方法で行われ、プレゼン中に動画の使用やアドエージェンシーが作成し
たと見られるスライドの完成度など準備に多くの時間をかけているのが伺えた。
・討議後のハイテクキャンパス見学では、ベンチャー企業である中国人の有機 LED フイ
ルム開発と応用の開発会社、フィリプスの電磁力応用研究室(搬送、医療機器の遠隔
操作、非接触電力伝送など)などの見学を行った。
フィリップスが運営するハイテクキャンパス(数十の建物がある)には 135 社の企
業が進出し、オランダ国外からも積極的に技術・研究者を受け入れている。CTO Forum
は、ハイテクキャンパスの中央部に位置する The Strip(会議場、会議室、レストラ
ン、厚生施設などがあり、キャンパス入居者の情報交流の場として利用されている)
の 2 階での会議であったが、下の 1 階のオープンスペースではベンチャー企業の 3D モ
デリングの展示と説明会が公開されていた。画像処理ソフトやシミュレーションソフ
トなどの展示が目に付いた。
・夕刻はフィリップス博物館の見学と懇親会だったが、アイントホーフェン市長が出席し、
次の要旨のスピーチがあった。
「オランダは過去、アムステルダムが世界の商取引の世界の中心であった。21 世紀
は科学技術の時代として、人のライフスタイルを変革していく世界の中心としたい。
ハイテクキャンパスなどの科学・技術のイノベーションを期待している。アイントホ
ーフェン市では、それに向け教育、インフラつくりなどを進める・・・。」
同博物館は小さく、歴史ある開発品の実物展示も少なく、ドイツに比較し見劣りが
する(世界大戦などでの街の破壊もあるのだろう)。
2)Forum 概要
CTO Forum は EIRMA 会長 Carlos Härtel 氏(GE ヨーロッパ研究所社長、研究所所在
- 74 -
地:ミュンヘン郊外)の開会挨拶があり、講演と討議に入った。
①Dr. Henk van Houten (フィリップス副社長兼研究所長、フィリップスイノベーシ
ョンのボードメンバー、ライデン大学から学位)
・フィリップスの 100 年の研究開発の振り返り:電球・X 線・ブラウン管などの管球、放
送機器、一般電気商品、社会基礎製品(ホームセキュリティ)、環境機器などの発展
をささえてきた。フィリップの研究開発の強みは、Magnetics、Electro-Optics にあ
る。
・また、同社の研究開発・マーケティング・セールスの強みを活かし、フィリプッスでは、
今後成長する市場(既存ビジネス及び隣接ビジネスで)として、ヘルスケア(医療・
健康)に注力し、もう一つの柱であった照明部門を分離する。
この 9 月に、フィリップスは、Royal Philips(ヘルスケア:市場規模€1000+億、
2013 年フィリプス売上約€150 億)と Philips Lighting(照明:市場規模€600 億、
2013 年フィリプス売上約€70 億)に分社化を発表、分社化に伴い研究開発部門も分け
る。
・今後はヘルスケア(医療・健康)、光など消費者のライフスタイル、エネルギーなどの
消費者サービスに焦点をあててのイノベーション、ハイテクキャンパスを中心とした
オープンラボラトリィ(詳細④Mr. Frans Schmetz(High Tech Campus Managing
Director 項参照)を進めると説明していた。
・ヘルスケア(Royal Philips)では、予防医療、診断、画像診断、在宅ケアなどを取り
扱う。照明(Philips Lighting)では、LED 及びそのシステムを取り扱い、他社との
協業、技術移転、投資などが容易になるよう分社化するとのこと。
・質問で「ハードとソフトへの挑戦は」に対しては“結合”と回答。また、ソフトウェア
でビジネス変革を目指すとの言であった。
事業再編に伴う人事異動では、”Change Mind Program”(リーダーシップ、コミュ
ニケーシ ョン教 育など )を行い 、新し い職場 にも対応 できる ように している とのこ と 。
・講演では、ギリシャの哲学者ヘラクライトス(BC535~BC475)の言葉「諸君は同じ河
に 2 度足を踏み入れることはできない。なぜなら新しい河水が、絶え間なく諸君に押
し寄せてくるからだ。」との変化への対応を示す引用で締めくくったのが印象的であ
った。
②Dr. Rob van Leen (DSM Chief Innovation Officer :DSM での研究は食物・酪農
関連)
・DSM は、オランダの炭鉱会社として 1902 年設立。その後ケミカル素材企業として発展
し、フィリップス同様”Royal”の冠をもつオランダの代表的企業(3M のオランダ版?)
の一つ。従業員約 25 千人(55 か国)、売上約€100 億。
・同社では、「研究開発はお金を知識に変換させるもの、イノベーションは得た知識をも
ってビジネスを生み出すプロセス。」としてイノベーションを位置づけ、昨年度のイ
ノベーションによる売上比率は 18%であり、2015 年のイノベーション売上目標 20%に
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向けて順調に進んでいるとのこと。
(研究開発とイノベーションの定義、売上目標の設定など 3M と酷似している。)
・2050 年に全世界人口は 90 億人と予測され、食料、水、エネルギーが課題となる(現在、
食料、水の 1/3 が無駄となっている)。石炭エネルギーから植物・バイオエネルギー
への転換が必要で、経営の破壊的イノベーションが求められる。
・自社の研究所中心に、ステージゲイト法でのイノベーションの評価・推進を行ってきた
が、現在のように早く変化する市場にはスピードが遅すぎ、オープンイノベーション
が必要である。
ニッチな領域、バイオ医療、材料開発などの発展が注目領域。
・例えば、バイオでは、過去(パッシブバイオ)⇒現在(アクティブバイオ)⇒将来(イ
ンターラクティブバイオ)のように、治療の世界においても修復から治癒へと変化し
ている。
・CTO オフィスが中心となってオープンイノベーションを推進(50 以上テーマ、800 名
以上の研究・開発者、18 研究所)。大学、公的研究機関、ベンチャー、顧客との積極
的なコラボレーションにより、いろいろな意見が入ることによって「Fastest &
Better」なソリューションを得ることができるとのこと。
推進には、技術-イノベーション- IP のマネージメントがキィで、イノベーション
では、コラボレーションとパートナリングでどのようなビジネスモデルを創るかにあ
る。
・同社でのイノベーション事例として、太陽電池用反射防止コート(KhepriCoat™:3%
発電効率アップ、中国との協業)、バイオ燃料(食べなれない部分で廃棄されていた
トーモロコシ利用、世界最大手のエタノール生産会社 POET 社と合弁設立、2014 年 9
月より、米アイオワ州にて生産スタート、年間約 30 万 t の農業廃棄物を使用し、
2,000 万ガロンのバイオエタノール生産)が挙げられた。
・イノベーション推進のマネージメントに求められるのは、1)長期ビジョン/戦略(ど
こに向かうかが一番重要)、2)オペレーションのパーフォマンス、3)強いステークホ
ルダーの要望である。
③Dr. Martin Curely (インテルヨーロッパ研究所副社長)
・2009~2013 の欧州インテルの研究のレベルアップを推進。21 世紀は共同研究、ベンチ
ャーによる開発スピードアップ(インテルはコーポレイトベンチャーキャピタルを持
ち、先端技術に関する情報を全世界より得ている。自社開発よりも早く、安価に得ら
れる)、技術トランスファー、ソフトウェアのオープンソース化などで、政府・アカ
デミア・産業・市民のコンソーシアムで取り組む。
・インテ ルにお けるイ ノベーシ ョンは 、過去 の中央研 究所を 中心と したクロ ーズド イノ
ベーショ ン⇒ 現在は 市 場の課題 解決 型で、 自 社及び他 社の リソー ス を活用し たオ ープ
ンイノベーション 1.0 (いわゆるオープンイ ノベーション)⇒今後 はオープンイノベ
ーション 2.0 と進め方が変わってきており、オープンイノベーション 2.0 がこれから
の姿。オープンイノベーション 2.0 は、エコシステム全体を設計・構築するイメージ
で、ビジ ョン を共有 し 、多くの 分野 の参加 者 (産学官 含む )が参 加 してイノ ベー ショ
- 76 -
ンを皆で創り合うことが必要となってきているとしている。
・対象は、ヘルスケア 、トランスポーテイションなど含めた 100 万都市の課題解決が一
つの目標で、ビジョンを確実な
ものへと展開することである。
その推進には研究開発のスピ
ードアップ(例:全体の多くの
テーマの内一つのテーマでは 7
週間の開発)と共に、組織とし
てのスピードも要求される。
インテルが取り組んでいる具
体例 として、ダブリン市のサ
ステイナブル市の推進、ロンド
ン市のエコーシティの取り組
み、ドイツとベルファースト
クローズ
イノベーション
オープン
イノベーショ ン 1.0
オープン
イノベーション 2.0
との共同研究などがその例と
して紹介された。
研究所におけるイノベーションの推移
(Martin Curely 氏資料より)
④Mr. Frans Schmetz (ハイテ クキャン パス のマネー ジング Director、 フィリ ップス
に長く勤め、メキシコ・香港・米国・ベルギーなどの海外経験が豊富)
・海外からの誘致などをアイントホーフェン市との協力で積極的に進めていることを具体
例を挙げて説明、フィリップス(70%出資)であることも述べていた。
・2008 年にフィリップス研究所を中心にハイテクキャンパスをスタート、途中経済危機
があったが、2012 年に入居企業がフルになった。ヘルスケア、エネルギー関連の研究
開発を中心に、現在、世界 80 か国から 135 社(従業員総数:1 万数千人)の入居があ
る。
入居者は、IBM、Intel、Microsoft などのグローバル企業の他、トップクラスの技
術を持つベンチャー企業、大企業などからのスピンオフ組であり、ヘルスケア、エネ
ルギー関係の研究開発のバリューチェーンを形成しているとのこと。
・フィリップスは、土地、建物、インフラ設備などを提供している。入居への誘致、審査
などはフィリプスが行っており、ハイテクキャンパスにおけるヘルスケア、エネルギ
ー関係の研究開発バリューチェーン形成は、フィリップスのオープンイノベーション
(オープンラボ)に役立つ企業を選択しているものと推察される。
尚、EIRMA 事務局長 Michel Judkiewicz 氏は、2014 年末に事務局長を退任され、後任
に Michel Crispi 氏(コンサルティング会社 Tessenderlo Group Manager M&A、本社
ブリュッセル、ベルギー)が来年 1 月になると紹介された。Judkiewicz 氏は、ブルッセ
ルにて、コンサルティング会社 Silver-Brains Managing Director としてコンサルタ
- 77 -
ントとして、EIRMA に協力するとのこと。
(5)ライデン大学( Leiden Institute of Advanced Computer Science)
<対応者>
・Prof.Dr. H.Jaap van den Herik:コンピュータ科学教授
・Prof.Dr. J.N.(joost) Kok:科学学部長(大学病院との連携で、2014 年 9 月にデー
タ科学センター立ち上げで超多忙な様子)
・Prof.Dr. Bernhard R.Katzy:工学イノベーション
マネージメントセンター長
企業との連携での理論と実践の推進センター(学生も社会人主体)
・Prof.Dr. Aske Plaat:データ科学教授
・ライデン大学はオランダのトップ大学であり、王室との繋がりは強く、ベアトリクス前
女王、現ウィレム・アレンサンダー国王もライデン大学出身である。
・2011-2012 のデータでは 6 学部(考古学、人類学、法律、薬学/病院、科学、社会と行
動科学)で 50 以上の学科がある。学生は初年度学生 4,125 人、学部生全体で初年度生
6,204 人、学部生 6,909 人、修士生 5,575 人で博士などを入れて 19,405 人で女性が
61%である。科学学部は学部生 588 人、修士 754 人で女性は 34%である。スタッフは
アカデミックが 1,098.3 人、博士 639.8 人、教育・研究補助 309.1 人、その他を入れ
て 3,177.8 人である。但し、医学部はほとんど医者であり、人数からは除く。人数に
小数点以下があるのは、研究機関などの兼務だろう。また、教員 1 人(含む教育補助)
当たり学生 10 人弱と少ない(東大と同等?)。
・キャンパスはダウンタウン、ハーグ、
本学のニールス・ボールベルグ
( Niels BohrWerg ) の 3 か 所 に あ る 。
ダウンタウンは教養などの一般学術と
考古学である。
・科学学部(6 セメスター)は 8 学科(天
文、生物、製薬、コンピュータ、生命科
学、数学、物理)で、修士課程(4 セメ
スター)は 11 専攻(天文、生物、バイ
オ薬学、化学、コンピュータ科学、ビジ
ネス ICT、産業環境、生命科学工学、数
学、メディア工学、物理)である。
・コンピュータ科学学科は約 100 人/年の入
学で 50 人/年卒業し、マスターには 60 人
ニールス・ボールベルグ
キャンパス
ライデン大学紹介冊子より
入学し 15 人/年の卒業である。
・2014 年 9 月にビッグデータ科学に対応して、病院・バイオ研究所と共同でのデータ科
学センターを設立した。シミュレーション、AI、最適化などのビッグデータ研究で、
ハーグの政府とも連携し、EU へのプロジェクト提案もしている。
- 78 -
・ビジネス ICT は 1 年間コースで、普通のコース・企業勤務コース・海外からの留学
があり、実際にシステム設計・制作を実施する。企業勤務コースでは、企業の中で行
われている実際のシステム開発の中に入り、開発の一端を担う。また、その長期間の
企業での開発活動も大学院の単位として認められる。日本の大学も企業の経験を踏む
インターンシップが盛んであるが、期間が1か月程度と短く、真に企業内の開発活動
が身につくまでには至らない状況と比べると、実践的な教育がなされている印象を持
った。
・会議室を移るときに、20 数名(内男性 2 人)のキルギスタンの学生を見かけ、話を聞
くと 3 か月のインターンシップでライデン大学に滞在の予定と言っていた。元気のよ
い学生たちであった。
・企業と深くかかわる CeTIM(Center of Technology and Innovation
Management)のセンター長との会議では、冗談半分でコンピュータ関連専攻は数学、
コンピュータ、応用の順番でのランク付けで、建物の上層階から数学科、コンピュー
タ科学、システム応用で最下層階にスーパーコンピューターが設置されていると笑っ
ていた。マネージメントは低い位置づけであるが、実際に設計から制作まで企業と連
携して行っているとのことである。PBL の実施状況も質問したが、PBL は中途半端で、
企業の中の開発に参加するのが一番との回答だった。実際の開発は、大学の先生が教
えるより企業の方が得意と明確に言っていたところが印象に残っている。PBL・デザ
インスクール・長期インターンシップなどについての質問を不思議がっていたことは
工学では当然行っているとの認識故だろう。
・融合領域教育やデザインスクールの問いには、メディア工学専攻で行っていると思わ
れるとのことで、余り関心はなさそうだった。
・大学院では 1 年間学習し、その後、6 か月のインターンシップがあり、修論となる。
修論には企業テーマもあるが学位認定は教授である。演習に企業の技術者が時々講義
などに参加する。
・組み込みシステム関係の希望者は多い。日本では希望者が少ないと聞くと不思議がっ
ていた。
・対応して頂いた Herik 教授は活動的で、研究室を紹介して頂いたときには殆どの研
究員に声をかけ、また、昼食を食堂で馳走になる時にも気軽に職員に声をかけていた。
専門の一つがゲーム(AI など)、(教授はチェスシステム開発の第 1 人者)、将棋
にも強い興味を抱き、日本の将棋システム開発者(北陸先端大学院の飯田教授など)
とも密な連携を行っている。当日は北陸先端研の博士課程の学生 2 名が会議に参加
した。2 人はゲームシステム開発で Herik 教授の研究室への 6 か月の留学だとのこ
と。北陸先端研の博士課程の学生は海外留学が必須条件ということであった。
・法律関係事務所に勤務している社会人学生(女性)も会議に参加したが、Herik 教授
の下で博士課程の研究中であり、教授はコンピュータ科学分野として法律関係にも関
わっているとのことである。例として法律・判例の DB 化に基づくコンシステンシー
ある推論・解釈などの IT 化研究挙げていた。
・ライデン大学では企業と密接に連携して、大学は研究、実践は企業と、明確な役割分
- 79 -
担のもと、それぞれが得意な視点から教育が行われていることがよく分かった。
4.3
今後の課題
(1)大学・企業との連携の実質化(企業テーマの修士・博士論文、長期インターンシップ
など)
欧州は、大学・企業が自身の得意分野を活かす形で人材育成に取り組んでいる様子を
目の当たりに見ることができた。国レベルの施策としても、大学と企業がうまく連携する
ようにコントロールされているように思われた。以下の事例を参考にしたい。
・実践的な人材育成は、大学内で実施するのではなく企業の実際の開発の中で、学生が
長期間携わることで行われている。実践教育は、大学より企業で行う方が、実が上が
るという認識である。企業も、開発の現場に長期間学生を受け入れるという日本では
あまり考えられないような協力を行っている。
・企業の研究機関と大学の距離が日本より近い感想を持った。今回訪問したドイツ・オ
ランダの教授は色々な国や大学の経験を経ていて、多様な経験が必須のような発言で
あった。勿論、工学部の教授は企業との連携は密であり、ドイツ・オランダで実際的
に 2 名は企業出身の教授であった。また、大学でも試作レベルのもの作りを実施して
いる状況で、実用化に至る時間が短い印象であった。そのための研究費を企業がサポ
ートしている。
・国際規格策定の場においても、企業の意向をよく踏まえた大学の教授がチェアを勤め
ているなど、国・大学・企業がまとまって国際競争力の確保のための規格競争に対処
している。
(2)産学官連携のオープンイノベーション(オープンラボラトリー)などの取組強化
EIRMA CTO Forum 2014 での 欧州企業のトップ技術経営者のフランクな討論を聞くと、
日本の企業研究者(トップマネージャー)は知的財産保護に慎重になり過ぎ、オープンな
議論による知的刺激からの知の創造への機会が失われていないだろうか。
インテルヨーロッパ研究所副社長は、オープンイノベーション 2.0 の産・学・官・市
民の協同による取組として、エコシステム社会の設計・構築例としてロンドン市、ダブリ
ン市での取組を挙げていた。エネルギー・環境技術の先導的な役割を果たしてきた日本の
産官学としては、次世代の研究技術開発体制として、オープンイノベーション 2.0 で取
り組むことに時間的な猶予は許されない。
(3)研究体制に国際色を強化(多様な国の出身者との共同)
IESE や訪問先の大学において中央アジア・中国などからの学生を見ると、多様な国と
の協同研究・人材育成の面で日本の遅れを強く感じた。文化・習慣の違う社会で適応する
“モノ”、“こと”の研究技術開発には、多様な国の出身者との協同は避けられない。一
刻も早い取り組みの実現を期待する。その場合に、日本的な研究・技術開発(グループに
よる相互啓発的な推進)に従事する人材の組織体制、成果の評価制度などの見直しは必要
- 80 -
だろう。
(4)日本の研究スタイルを再考する時
21 世紀の「知の生産」は課題追求型(プロジェクト型)になると、20 年前にマイケ
ル・ギブソンが指摘している。従来の縦割り組織による研究体制を改め、課題ごとに多く
の分野の研究者・技術者による取組体制が必要である。その場合には、人事評価制度も個
人に重点を置くのではなく、日本の得意とするグループによる相互研鑽での研究・技術研
究を促進する体制・方法を期待したい。
また、イノベーションには長期的な視点も必要であり、その場合の予算制度も検討す
べきである。創造は研究・技術開発を遂行中に、新しい概念・課題を発見し、それを忍耐
強く追及することから創発されることが多い。この場合は、従来の予算作成とその実行管
理を厳格に行うことには相反する場合が多く、「知の創造」を重視する柔軟な予算・実行
管理の対応が必要である(EIRMA CTO Forum2014 の講演などで述べていたことを参考)。
参考資料:
1) IESE Business School で受け取った資料:
・Business School, ・Business School University of Navarra,
・MBA Barcelona, September 2015―May 2017
・PMD Munich-Barcelona Program Information 2015
・AMP
〃
2014/2015
2) ミュンヘン工科大学( München 市内)Bock 教授から受け取った資料
・Advanced Construction and Building Technology
Automation、Robotics、Services
・ミュンヘンだより
2012-2013
Master of Science M.SC.
工学院大学建築学科教授
遠藤和義
・欧州先進産業連携人材育成状況の調査報告書
平成 22 年 11 月 1 日
高度 ICT 人材育成支援センター
3) ミュンヘン工科大学(Garching)
Bengler 教授から受け取った資料
・「Institute of Ergonomics」 Prof.Dr.Phil.Klaus Bengler パワーポイント
・「Cooperative Driving as a New Paradigm for Highly Automated Value]
FISTA
June 4 2014 Maastricht パワーポイント
・「Automotive Technology and Human Factors Research:Past,Present, and
Future」 Motoyuki Akamatsu, Paul Green, and Klaus Bengler
"Hindawi
Report"
4) ライデン大学でうけ取った資料
・Liden University in 2011「Impact」
・Liden Centre of Data Science
Scientific Launching Symposium
5) EIRMA
Thursday 4 September 2014
2014 CTO Forum "Pivot or Persevere"?
Why,When and how companies reinvent themselves
- 81 -
―www.eirma.org
第5章
5.1
まとめ
今年度テーマ設定の背景
昨年度、大手製造業が「付加価値を生み出す」ことにフォーカスする意味合いから、
「コ
トづくりと人材」をテーマに活動を行い、イノベーション人材の要件に関するヒントを得
た。
今年度、様々な批判を受けながらも日本経済は堅調に回復を続け、ベアや増配なども既
定路線となりつつある。付加価値を生み出すビジネスを作っていける人材」を育成してい
くことの重要性は、特に大手製造業で強く認識されており、イノベーションをキーワード
に、研究所内のレイアウトを見直したり、研究開発の新たなスキームを作ったり、研究開
発マネジメントや人材育成プログラムの見直し等に取り組んでいる。
しかし、中長期的に成長が期待される、イノベーションや新規事業での成功事例は必ず
しも多くない。イノベーション人材の必要性、イノベーション人材の要件については様々
な議論がなされ賛同、共感の声が多いにもかかわらず、それらの議論が実際にイノベーシ
ョン人材の確保や育成につながっているという実感を持つ企業は少ないのではないだろう
か。つまり、頭では重要性を分かっているが、実現のハードルが高く、実現までのガラス
の壁があるということである。
一方、非製造業では、大手製造業とは異なるスピードや発想で価値創造がなされている
ようにも見られる。そこで、今年度は、価値創造と人材育成をテーマに昨年度からのイノ
ベーション人材に関する考察を深堀りするとともに、先行事例としては非製造業企業を中
心に収集、調査することとした。
5.2
価値創造と人材育成
今年度、企業事例としては、住友 3M(3M Japan)、三井物産、ソフトバンク、イヌイ倉
庫(乾汽船)、IBM、GE ヘルスケア、コクヨでの人材育成、イノベーション、変革に関する
取り組み、新規事業への取り組みを伺うことができた。これらの事例は必ずしも全てイノ
ベーション人材育成を目的としたものだけではないが、競争環境の変化に対応し価値を創
造していく人材を育てるという視点は共通している。
いずれの企業も当然のことながら環境変化への対応を前提に、人材マネジメント、人材
育成においては、守りではなく、攻めの事業展開を目的としている。また、各社の人材育
成や事業展開の方針が明確であることも共通している。当然のことともいえるが、価値創
造につながる人材育成を行っていくためには、育成のフレームや施策体系などの外形的な
整備から入るのではなく、会社が何をしようとしているのか、そのためにどのような人に
なって欲しいのかを明確にし、それをトップ自らが伝えることが重要と考えられる。
5.3
イノベーション人材のタイプ
イノベーション人材として、従来は社内人材の育成、社外人材の活用の二元論で語られ
- 82 -
ることが多かった。しかし、ソフトバンクでのソフトバンクイノベンチャーへの転籍、欧
州企業のオープンイノベーションなどの事例を見ると、社内と社外の中間的な人材、例え
ば大学と行き来している人材、OB・OG、自社を理解しているパートナー企業社員、あるい
は社員であるが社内の論理に捉われないようなグループ会社に籍を置いているといった人
材の存在も認識すべきではないかと考えられる。
①社内のイノベーション人材:イノベーション案件のマネジメント
②社内と社外の中間にいるイノベーション人材:社内の論理に捉われずに事業展開し、
場合によっては大学と行き来、OBOG、自社を理解しているパートナー企業社員などを
含む。
③社外のイノベーション人材:協業、ベンチャー、コンサル等
社内の人材と社外の人材だけでは、発注者と受注者、あるいは依頼者と協力者と 180 度
異なる立場の人々の集まりとなり、多様な人材が集まって切磋琢磨、あるいはワイガヤで
価値を生み出していくことは難しいと思われる。あまり発散的なのも効率が悪い面がある
かもしれないが、多様度が一定以上保たれることが、新しい価値を生み出す上で必要と考
えられる。
これまではこの中間的なイノベーション人材には注目されてこなかったが、これらの人
材の活用も試行に値すると考える。
5.4
イノベーション人材育成に必要なこと
○イノベーション環境
イノベーションには、管理的なルール以上に、わくわく感、楽しさが必要である。それ
は、特にソフトバンク、月島荘のプロジェクトから浮かび上がる共通項である。Apple社や
Google社でも社内に遊べるスペースや道具があるなどと同じことと考えられる。
ただし、楽しさを無理に作ることは難しく、いかにメンバーの心に火をつけるか、楽し
い雰囲気でそれを遂行していくかは重要である。例えば、コンテスト形式を用いる、褒め
るといったことは必要である。
わくわく感、楽しさを醸成するためには、スピードが重要である。同じことでもドライ
ブ感をもって取り組めれば、気分が乗ってくるはずである。逆に長く同じことを突き詰め
ることには苦痛が伴うはずである(基礎研究など、長く突き詰めることで成果が得られる
分野を否定するということではない)。
また、イノベーションを環境整備だけで実現しようとすると、フリーアドレスにしても
指定席化したり、コネクティングスペースが単なる打合せスペースになるなど、失敗して
しまう。失敗しないためには、あるべき姿の共有・浸透と一人ひとりの意識、行動が要件
となる。
○イノベーション経営
イノベーション人材の要件や育成は現場でどのように育成するか、各自がどのように成
長していくかという議論であるが、その成功には、会社(トップ層)の意思、スタンス明
確化が最も必要である。各種のマネジメント手法も必要であるが、トップ層の意思、スタ
- 83 -
ンス明確化が最も求められる。
そのためには、トップの危機感に対する本気度をいかに社員に伝えるかが 重要 とな る。
コクヨは非常に保守的な会社であったが、トップが変革の必要性を痛感し、数々の工夫を
組み込んだオフィスにリニューアルした。そのことで、トップの本気度が社員に伝わった
という。三井物産でグローバル化に対応した人材像についてどう考えているか、ソフトバ
ンクが新30年ビジョンとともにどういう人材を求めているか、イヌイ倉庫(現・乾汽船)
が月島のボーリング場の跡地利用で何をしたいかについて、建設的に議論し、事業や取り
組みに結び付けることが出来ているのは、トップが明確なメッセージを出したからだと考
えられる。
また、イノベーションには失敗の許容が必要だということはよく指摘され る点 であ り、
今年度のシンポジウム等でも指摘された点である。ただし、何を許容し、何を守ってもら
うかは難しく、全くの放任という訳にはいかない。ルールで縛ることは難しく、あるべき
姿の共有、価値観の共有が最も有効である。
加えて、各人にいかに響かせるかという点では、人事面の工夫が1つのポイントになる。
例えば、本流キャリアパスを変える(例えば、イノベーションにつながる経験ができるよ
うな他社出向を経験させるなど)、評価を中長期視点、定性目標重視とするなどが考えられ
る。
○日本流のイノベーションスタイル
必ずしも欧州流のイノベーション、米国流のイノベーションが全てで、それを全くその
まま真似すれば良いということでもない。日本の雇用流動化がすぐに進むことは難しいこ
と、チームで成果を上げることが得意であることなどから、日本流のイノベーションスタ
イルを作っていくことが必要である。
そのためには、国や経済界で今よりもさらに起業家を尊敬していくことや、新しい価値
を生み出すことへのトライを評価する(何でもトライすれば良いということではなく)な
ど、いくつかの価値観の転換や工夫は必要と考えられる。
- 84 -
JRIA26 人材
平成 26 年度
技術系人材委員会 調査研究報告書
平成 27 年 3 月
発行所:一般社団法人研究産業・産業技術振興協会
〒113-0033 東京都文京区本郷 3 丁目 23 番 1 号
クロセビア本郷 2 階
TEL:03-3868-0826
URL:http://www.jria.or.jp/HP/
C JRIA 2015 年
○
禁無断転載
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