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透明フッ素樹脂「サイトップ」

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透明フッ素樹脂「サイトップ」
Reports Res. Lab. Asahi Glass Co., Ltd., 55(2005)
UDC:547.413.5:678.744:544.421.42
8. 透明フッ素樹脂「サイトップ」
−基本特性とパーフルオロジエンの重合速度に関する研究−
Perfluoro Transparent Resin "Cytop"
-Some Physical Properties and Kinetic Studies on Radical
Polymerization Reaction尾 川 元*・杉 山 徳 英*・神 田 眞 宏*・岡 野 邦 子*
Gen Ogawa, Norihide Sugiyama, Masahiro Kanda and Kuniko Okano
Radical cyclopolymerization of perfluoro (alkenyl vinyl ether) produces amorphous
plastics, having high optical transmission besides characteristic features exhibited by
commercially available perfluoropolymers such as outstanding thermal and chemical
resistance, low dielectric constant and low refractive index. The polymer starting from
perfluoro(4-vinyloxy-1-butene) has a high Tg and is useful for leading edge electronics
and optical applications. The polymerization behavior could be classified as a
conventional radical polymerization, and the rate constant is given by k=1.94×
1012Exp(-98.71/(R×T)) (l/mol・sec).
1.緒 言
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などに代
表されるフッ素樹脂は耐熱性、耐薬品性、撥水性、
耐候性、電気絶縁性などに優れ、その特性から半導
体、電池、高耐候性塗料など様々なハイテク分野で
使用されている。
一般的なフッ素樹脂は不透明であり、これはポリ
マー鎖が直線的で剛直であるため容易に結晶構造を
形成することに起因する。すなわち系内に結晶質と
非結晶質部位が存在し、その界面で光が散乱し不透
明となるのである。
1988年、旭硝子はペルフルオロ(4−ビニルオキ
シ−1−ブテン)
(BVE)を環化重合させる
(Scheme 1)ことにより非結晶フッ素樹脂「サイ
トップ」を発表した(1)(2)。「サイトップ」は前述のフッ
素樹脂特有の物性を備えつつ、非結晶であるが故、
F2C
CF2
CF
FC
O
CF2
C
F2
Scheme 1
*
CF2
F2C
CF CF
CF2
O
C
F2
n
紫外、可視、近赤外の幅広い波長範囲において透明
であるという特徴を有している。
本稿では「サイトップ」の基本的物性、用途につい
てまとめ、その重合速度について考察する。
2.「サイトップ」の物性(3)
2.1 光学的特性
「サイトップ」の最大の特徴は透明性であり、紫
外・可視光から近赤外光までの広範囲な波長領域に
おいて極めて透明性が高い。Fig. 1に「サイトップ」
の末端基をフッ素ガスにより安定化したポリマーお
よび代表的な透明樹脂であるポリメチルメタクリ
レート(PMMA)の紫外・可視光透過率を示す。可
視光領域において「サイトップ」は吸収ロスを生じる
官能基がないため約4%の透過率のロスは屈折率
(nD=1.34)から計算される表面反射によるものであ
る。
さらに、近赤外領域において「サイトップ」には
C−H結合がないためC−H伸縮振動の高調波による
吸収の影響がなく透明性が高い。光路長30cmの棒状
サンプルの波長800∼1500nmにおける透過率を
PMMAと比較してFig. 2に示す。
Polymerization of BVE.
中央研究所
−47−
旭硝子研究報告 55(2005)
2.3 物理的および機械的特性
100
Cytop
Transmittance (%)
PTFE、PFAと同様に表面張力が低く非粘着性で、
低吸水率、かつ、耐薬品性に優れた材料であるが、
弾性率はこれらより大きく、線膨張係数が小さい材
料である。しかし、透明樹脂であるPMMAと比較す
ると弾性率は半分以下で、表面硬度も大きくはない
ためレンズ材料として用いるためには表面処理が必
要である。低屈折率を利用して液晶ディスプレイ
(LCD)やプラズマディスプレイ(PDP)の反射防
止コーティング剤として用いられているが、耐擦傷
性を付与する必要があり、これについては後述する。
PMMA
80
60
40
20
0
200
300
400
500
600
700
Wavelength (nm)
Table 2 Physical and Mechanical Properties of
Cytop.
Fig. 1 UV-Vis Transmittance of Cytop.
100
Cytop
80
Transmittance (%)
Cytop
PTFE
PFA
PMMA
Density
(g/cm3)
2.03
2.14
∼2.20
2.12
∼2.17
1.20
Contact angle of water*1
(degree)
110
114
115
80
*1
60
Critical surface
tension*1 (N/m)
40
PMMA
20
ν4
0
800
ν3+δ
ν3
900
1000
1100
1200
1300
1400
1500
Wavelength (nm)
Fig. 2 Near IR transmittance of Cytop.
2.2 電気的特性
電気的特性をTable 1に示す。フッ素樹脂の代表で
あるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)および
テトラフルオロエチレン−パーフルオロプロピルビ
ニルエーテル共重合体(PFA)と同様に「サイトッ
プ」は誘電率・誘電正接tanδが低いことが特徴であ
り、スピンコート法による薄膜形成が可能であるこ
とから次世代の高密度LSI用の絶縁材料としての利
用が検討されている。
Table 1
Electric Properties of Cytop.
Cytop
PTFE
PFA
Dielectric
Constant
2.1-2.2
<2.1
2.1
R.T.
60Hz-1MHz
Tanδ
7×10−4
2×10−4
2×10−4
R.T.
60Hz
Volume
resistivity
(Ωcm)
>1017
>1018
>1018
R.T.
in Air
Dielectric
Strength
(kv/0.1mm)
11
13
12
R.T.
in Air
19×10−4 18×10−4 18×10−4 39×10−4
Water absorption*2
(%)
< 0.01
< 0.01
< 0.01
0.3
Tensile Strength
(MPa)
40
14
∼32
28
∼32
65
∼73
Elongation at Break
(%)
150
200
∼400
280
∼300
3
∼5
Yield Strength
(MPa)
40
11
∼16
10
∼15
(65)
Tensile Modulus
(MPa)
1200
400
580
3000
*
1)at 25℃, *2)at 60℃ in Water
3.「サイトップ」の用途
3.1 反射防止コーティング材としての利用
「サイトップ」はパーフルオロ溶媒に可溶であるた
め、スピンコート(0.1∼10μm)、ディップコート
(0.05∼1μm)ポッティング(20μm以下)により
コーティング膜が形成可能である。更に低屈折率、
低吸水率、撥水性などの特性があるため各種の反射
防止、防湿、撥水などのコーティング材として利用
されている。
最近、LCDやPDPなどのフラットパネルディスプ
レイの需要が急増してきている中で、ディスプレイ
表面の反射防止機能付与は重要である。「サイトッ
プ」を反射防止材として用いた場合、表面硬度が高
くないため耐擦傷性が問題となる。これを克服する
ために柔軟性・自己修復性のある弾性フィルムを
ベースとして用いており(4)、日常的な傷つきに対す
る耐性の指標であるダイヤモンドスクラッチ試験に
おいて40g以上(ガラスにMgFを蒸着したものでは
10∼15gで傷あり)という良好な結果を得ている。
−48−
Reports Res. Lab. Asahi Glass Co., Ltd., 55(2005)
3.2 ペ リ ク ル
「サイトップ」末端基の安定化によるUV光の高透
過性や剥離性を利用して半導体リソグラフィーの工
程で用いられるフォトマスクを汚れやパーティクル
から守るための防塵カバー(ペリクル)が作成され
た(5)。この分野におけるレーザーは設計ルールの微
細化に伴い、従来のg線、i線からKrF(248nm)さ
らにはArF(193nm)エキシマレーザーへと短波長
化している。従来のセルロース系ペリクルでは光吸
収による耐久性に問題があるため吸収のない材料が
求められており、非晶質のパーフルオロポリマーで
ある「サイトップ」は最適であるといえる。
プ」は非晶質で等方的な構造であるため損失悪化原
因である散乱を小さくすることもできる。
以上の理由から「Lucina」の伝送距離は数100mを達
成し、POFの概念を大きく変えた。
また、光ファイバーの伝送容量を示す指標である
帯域の向上において「サイトップ」は非常に有利であ
る可能性が示唆されている。
光通信に用いられる光源波長は、例えば650nmを
用いた場合、実際の波長は620∼680nmというように
ある程度の幅を有するのが一般的である。このため
に入力信号に比較して出力信号がブロードとなる分
散を材料分散と呼ぶ。すなわち材料分散とは屈折率
の波長依存性を意味し、本値が0に近くまた波長に
対してフラットである程、広帯域光ファイバーに適
した材料であると言える。「サイトップ」は石英を上
回る材料分散性を有することが最近の研究で確認さ
105
Sl-PMMA
104
Attenuation Loss (dB/km)
反射防止コーティングにおいては、良好な反射防
止効果を得るためには屈折率、膜厚などの光学設計
が重要であるが、高屈折率材料との多層化により反
射率0.2%(多層化なしの場合4∼5%)にまで低減可
能であり、さらに、ウェット法による連続コーティ
ングが可能で0.1μm程度の設計膜厚を大面積で制御
可能なため、従来の蒸着法よりも低コストで製造可
能という利点がある。
3.3 光ファイバー(6)
100
10
Lucina
(Current Level)
GOF
1
0.1
400
800
1200
1600
Wavelength (nm)
Fig. 3 Attenuation spectrum of SI-PMMA,Lucina
and GOF.
0
Material Dispersion (ns/nm km)
インターネットの目覚しい普及に伴い通信速度に
は常に高速化が要求されており、大量のデータを短
時間に転送可能となれば高精度動画の配信、遠隔地
での医療などのサービスが更に飛躍を遂げるであろ
う。
これらの高速通信を可能にする最大の有力候補は
光ファイバーであり、現在の主流は長距離伝送を可
能としたガラス光ファイバー(GOF)である。GOF
は石英という無機物を材料に用いながらもある程度
の曲げに耐えるようにファイバー径を100μm程度と
細くすることで柔軟性を発現しているがこの細さ
故、ファイバー間の接続が困難となる。これに対し
て材料がプラスティックであるPOFは伝送距離は
GOFに比べて劣るものの材料が柔軟性の高い樹脂で
あるためにファイバー径を500μm程度に大きくする
ことが可能である。家庭内、オフィス内の光ファイ
バー機器間接続は情報コンセントを介して抜き差し
を繰り返すことが想定されるため、径が大きいとい
うことはこれらの点で有利である。
従来のPOFがPMMAを用いていたのに対し、2000
年7月旭硝子(株)は慶応義塾大学小池教授らと共
同で開発を行った「サイトップ」を原材料とする全
フッ素樹脂光ファイバー「Lucina」を上市した。
光ファイバー構成材料にフッ素樹脂を用いる利点
は多くあるが最大の理由は振動吸収の低減である。
PMMA系POFは光通信に用いられる近赤外光が
PMMAのC−H結合に振動吸収されるために大きな
損失となり、伝送距離は数10mと短かった。これに
対しC−H結合を持たない透明フッ素樹脂「サイトッ
プ」を光ファイバー材料に用いれば、振動吸収の影
響を小さくすることが可能である。また「サイトッ
103
−0.2
Cytop
−0.4
−0.6
SiO2
−0.8
PMMA
−1
−1.2
400
600
800
1000
1200
Wavelength (nm)
Fig. 4 Material Dispersion of PMMA, SiO2 and Cytop.
−49−
旭硝子研究報告 55(2005)
(7)
れている(Fig. 4)
。
4.3 考 察
4.BVEの重合速度
Fig.5 の 初 速 度 を 用 い て Rp( Rate of
Polymerization)と(IPP濃度)0.5の関係をプロット
すると良い直線関係が確認できた。これにより
Square root 則成立を確認した。
4.1 実 験
φ11mmガラスアンプル中にパーフルオロブテニ
ルビニルエーテル、パーロイルIPP(日本油脂)を
所定量採取した。
液体窒素による凍結脱気後、シェーカーにより重
合反応を行い、時間に応じて加熱残分測定を行い収
率とした。
6×10−4
Rp (mol/L・sec)
40℃
50℃
60℃
4.2 結 果
各温度における実験結果をFig. 5に示す。
100
Conversion (%)
80
Color
IPP (mol/L)
Green
3.720E-2
Red
1.920E-2
60
40
Blue
8.470E-3
Orange
2.720E-3
4×10−4
2 ×10−4
0×100
0×100
1×10−1
2 ×10−1
1/2
[IPP]
3×10−1
4×10−1
1/2
(mol/L)
Fig. 6 Square root plot.
Reaction Temperature:40℃
以上からBVEの重合速度式は Rp = k [ M ][ I ] 0.5の形で
一般化可能である。Arrhenius Plotから k = AExp
(−E/RT)
(A:頻度因子, R:ガス定数, T:温度)における活
性化エネルギーと頻度因子を算出した。
20
0
0
1
2
3
4
Time (hr)
5
6
7
8
100
Color IPP (mol/L)
3.581E-2
Green
2.018E-2
Red
9.527E-3
Blue
Reaction Temperature:50℃
60
10−3
Rp=k[BVE] 1.0 [IPP] 0.5
40
k (L/mol・sec)
Conversion (%)
80
20
0
0
1
2
3
4
Time (hr)
5
6
7
10−4
8
100
10−5
2.8 ×10−3
Conversion (%)
80
3 ×10−3
3.2 ×10−3
3.4 ×10−3
1
1/T(K )
60
Fig. 7 Arrhenius plot.
Reaction Temperature:60℃
40
20
Color
IPP (mol/L)
Green
3.696E-2
Red
1.979E-2
Blue
8.957E-3
A=1.94×1012 l/mol・sec E=98.71 kJ/molが算出さ
れた。
重合速度に関してはその素反応から(1)が成立
する。
0
0
1
2
3
4
Time (hr)
5
6
7
8
Fig. 5 Conversion of polymerization vs. reaction time.
以上、本検討からBVE重合速度は
−50−
Reports Res. Lab. Asahi Glass Co., Ltd., 55(2005)
RP=k [BVE] [IPP] 0.5
98.71
( R×Temp )
k=1.94×1012Exp
5.結 論
と一般化された。
一般化された本式から求めたRpと実験値のRpで
実績対比を行うとFig. 8となり、良い一致を示して
いることがわかる。
10−3
60℃
Rp (mol/L・sec)
●:Exp.
−:cal.
−参考文献−
50℃
(1)中村秀, 小島弦, プラスチックエージ, 34 236(1988).
(2 M.Nakamura, N.Sugiyama, et al., Chem. Soc. Jpn. 12 659
(2001).
(3)サイトップ技術資料, 旭硝子(1990).
(4)青崎耕, 新素材, 16 55(1995).
(5)特開平67262, USP5356739.
(6)上村誠一ほか,“傾斜機能材料の開発と応用”シーエムシ
ー出版, 215(2003).
(7)T. Ishigure, Y Koike, Mol. Cryst. Liq. Cryst. Sci.
Technol., Sect. A, 353 451(2000).
10−4
40℃
10−5
10−3
10−2
IPP (mol/L)
PTFEなどに代表される従来のフッ素樹脂の安定
性を保ちつつ極めて高い透明性を有する「サイトッ
プ」は今後の電子、情報産業の発展に寄与する可能
性を秘めている。
このユニークな透明フッ素樹脂はペルフルオロ
(4−ビニルオキシ−1−ブテン)が環化重合するこ
とにより得ることができ、重合反応の活性化エネル
ギーは98.71 kJ/mol、頻度因子は1.94×1012 l/mol・
secであることが確認された。
10−1
Fig. 8 Comparison of Polymerization Rate.
−51−
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