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海外旅行保険における疾病リスクの 補償範囲拡大の変遷と今後の課題
日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 《研究ノート》 海外旅行保険における疾病リスクの 補償範囲拡大の変遷と今後の課題 さ き も と ま さ と 先本 将人 ジェイアイ傷害火災保険 Presuming that the medical risk during overseas travel will be higher in the future, overseas tourists will have more demand for its compensation. The purpose of this study is to see how the compensation for medical risk in overseas travel insurance has expanded in last 50 years and to illuminate its problem to be solved. キーワード:海外旅行保険、疾病リスク、補償範囲拡大 Keyword:Overseas travel insurance, Medical risk, Expanding coverage of compensation 1.はじめに わゆるアクティブシニア層が増加して、 いため正確なデータはないが、旅行会社 海外旅行に関わる諸々のリスクをひと 肺炎等の呼吸器疾患、脳疾患、心疾患に を代理店として販売する海外旅行保険は つの契約でカバーするのが海外旅行保険 より医療搬送が必要となり保険金支払い 年間700億円から800億円と推定されてい であり、損害保険商品の中でも旅行中の が高額になるケースが増えている。また る。 (この他に旅行会社以外の損害保険代 疾病リスクを補償することに大きな特徴 医療費は現地通貨(場合により米ドル) 理店や保険会社の直接販売の収入保険料 がある。日本損害保険協会「損害保険 建てでの請求となるため円安が進むこと が加わるが、この部分の正確な数字も不 Q&A」によれば現在保険業法では、保険 で円ベースでの支払いが増加する。併せ 明である。)一般社団法人 日本損害保険 を生命保険固有分野(いわゆる第一分野 て全世界的に医療費が上昇傾向にあるこ 協会「ファクトブック2015日本の損害保 の保険)、損害保険固有分野(いわゆる第 とも要因となり、保険金支払いの高額化 険」によると2014年度の損害保険全体の 二分野の保険)、生命保険・損害保険のど が進み表1にあるように9,000万円を超 正味収入保険料は約8兆831億円になっ ちらともいえない分野を第三分野の保険 える治療・救援費用での保険金支払い事 ており、海外旅行保険の占める割合は損 として大別している。従来、疾病リスク 例が発生をしている。 害保険全体からみると極めて少ないと言 える。 は生命保険分野であるという解釈であっ たので、損害保険分野である海外旅行保 2.研究目的 ニッチな保険種目である海外旅行保険 険は疾病リスクの補償対象外だったが、 日本の損害保険種目のなかで海外旅行 に関わる研究論文は少なく、自動車保険 1964年に日本の損害保険では最初に疾病 保険は、正味収入保険料の額からみて、 や火災保険といった正味収入保険料取扱 に関わるリスクの補償を開始した。 極めてニッチなマーケットである。日本 額の大きな保険種目と比べて充分な研究 ジェイアイ傷害火災保険の調べでは における海外旅行保険の年間正味収入保 が進んでいない分野である。例えば自動 2014年度に疾病治療費を補償する治療・ 険料は各保険会社が数字を公表していな 車保険や火災保険でも、多くの文献で保 救援費用特約の保険金請求件数の占有率 は45.9%になっている。保険会社が提携 する海外の病院でのキャッシュレスサー ビスや日本語相談デスク、アシスタンス サービスなどが事故発生時に大きな力を 発揮することもあり、海外旅行者の疾病 リスクに対する補償のニーズは極めて高 いといえる。 一方で海外旅行者の高齢化に伴い、い 表1:治療・救援費用特約の保険金支払い事例 国・地域 事故内容 支払保険金 空港到着後、呼吸困難を訴え救急車で搬送。肺塞栓症・肺炎・肺 アメリカ 9,335万円 結核と診断され49日間入院・手術。家族が駆けつける。 嘔吐物を飲み込み気管に入ってしまい救急車で搬送。胃腸炎・肺 ハワイ 炎・敗血症と診断され16日間入院。家族が駆けつける。医師・看 6,080万円 護師が付き添いチャーター機で医療搬送。 クルーズ船内で胸の痛みを訴え、下船し救急車で搬送。気胸・肺 南アフリカ 炎と診断され36日間入院・手術。家族が駆けつける。医師・看護 2,414万円 師が付き添いチャーター機で医療搬送。 -189- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 険商品の年代別変遷に関しての説明はな されているが、保険機能や補償内容の観 点から変遷を考察して整理しているもの は少ない。(自動車保険では李洪茂「自動 車保険の変遷と多様化について」のよう 表2:疾病危険担保特約新設時の保険料(保険期間1年) ①入院費および入院諸雑費 入院費 (1日当りの限度額) 支払限度額 (1疾病70日を限度とする) 入院費 入院諸雑費 378,000円 54,000円 (1,050ドル) (150ドル) 504,000円 72,000円 (1,400ドル) (200ドル) 保険料 の変遷を俯瞰し、主に海外旅行者に対す 5,400円 12,960円 (15ドル) (36ドル) 7,200円 17,640円 (ロ) (20ドル) (49ドル) ②職業看護費 入院費 支払限度額 保険料 (1日当りの限度額) (1疾病70日を限度とする) 3,600円 252,000円 4,320円 (イ) (10ドル) (700ドル) (12ドル) 5,400円 378,000円 6,480円 (ロ) (15ドル) (1,050ドル) (18ドル) ③手術費 支払額 保険料 (イ) 基本手術費表の額 2,700円(7.5ドル) (ロ) 基本手術費表の2倍の額 3,600円(10ドル) (ハ) 基本手術費表の3倍の額 5,400円(15ドル) (ニ) 基本手術費表の4倍の額 7,200円(20ドル) (ホ) 基本手術費表の5倍の額 9,000円(25ドル) る補償内容の観点からこれを整理して今 出所:損害保険料率算定会料率業務部「傷害保険料率の変遷」より筆者作成 に日本における自動車保険の変遷を被保 険者保護という保険機能の観点から4つ の段階に整理をしている先行研究は存在 する。) 海外旅行中の疾病リスクが今後も増大 し、またそれに伴い海外旅行者の疾病補 償に対するニーズが高まることが想定さ れることを鑑み、本研究では海外旅行中 の疾病リスクに着目をして、1964年11月 の海外旅行保険の疾病危険担保特約新設 から現在までの約50年間の補償範囲拡大 (イ) 後の課題を明らかにしていきたい。なお 1998年5月の損害保険商品の自由化(算 性の場合は15%の割増保険料をとること 手旅行会社の卸売りを軸とする海外旅行 定会料率使用義務の撤廃・激変緩和措置 とし、保険料と保険金額はアメリカドル 商品の流通機構が固まっていくことにな 2年間)以降においては、損害保険業界 と日本円の両方で表示をされた。この表 り海外旅行の普及が進んでいた。 の画一的な動きではなく、各保険会社の 示は変動相場制度の移行に伴いドル表示 このような状況下で海外旅行中の疾病 個社の判断で商品開発をしていることを が削除される1971年8月まで続くことに により死亡した場合も補償して欲しいと 事前に明記しておく。 なる。 の要望が強まり、この需要に応ずるため 疾病死亡危険担保特約が1969年11月に新 3.疾病リスク補償開始と範囲拡大の変 遷 3・1 疾病危険担保特約の新設(1964 3 ・ 2 疾 病 死 亡 危 険 担 保 特 約 の 新 設 (1969年11月1日) 設された。 これにより旅行者が海外旅行中に疾病 海外旅行保険は海外旅行中の事故によ により死亡した場合には、疾病死亡保険 る死亡・後遺障害および治療費用を支払 金額の全額が支払われるようになった。 アジアで初めてとなるオリンピック東 うものであり、またこれに疾病危険担保 保険料率は保険期間別料率および年齢別 京大会の開催を半年後に控えた1964年4 特約をセットすれば海外旅行中にかかっ 料率を採用している。特に0歳から75歳 月、 観光目的の海外渡航で1人年1回500 た疾病による入院費、入院諸雑費、職業 を11区分して年齢別料率を採用している ドルまでの外貨持ち出しが制限付きで自 看護費および手術費が補償される。しか ことは興味深い。現在の海外旅行保険は 由化された。その前月に、国際通貨基金 し、疾病により死亡した場合には補償さ 疾病を含む治療費用の保険料率にはリス れていなかった。 ク細分での年齢別料率を導入している 承認されて、円が交換可能通貨となった 1964年4月の観光目的の海外渡航自由 が、疾病死亡の補償については、年齢別 のに続き、4月1日には、経済協力開発 化以降、1965年1月「ジャルパック」発 料率は導入していない。 機構(OECD)への加盟が実現して日本 売、1968年11月、JTB と日通が海外主催 疾病死亡危険担保特約の年齢別料率 の国際化が目に見える形で加速的に動き 旅行で業務提携することを発表し、1969 は、5年後の1974年8月に期間別と年齢 始めた。 年1月には共同ブランド商品「ルック」 別の保険料率体系を年間料率1本にまと このような状況下で海外旅行者の便益 を発売した。同年には郵船航空サービス めたため廃止された。 を図る面からも、海外旅行中に疾病にか の「ダイヤモンドツアー」 、1971年に日本 かり支出をした、入院費、職業看護費お 旅行の「マッハ」 、1972年に近畿日本ツー よび手術費を補償する疾病危険担保特約 リストの「ホリデイ」など、相次いで海 が1964年11月に新設された。旅行者が女 外旅行パッケージツアーが発表され、大 年11月1日) (IMF)8条国への移行が IMF 理事会で -190- 3・3 疾病治療費用の実費支払化(1974 年8月1日) これまで海外旅行保険は普通傷害保険 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 表3:疾病死亡危険担保特約新設時の保険料率 (保険金額 1,000円につき) 2000年になり海外での滞在期間が1年 を超える学生を対象として、抜歯を伴う 歯科治療をした場合に限り、5万円を限 度に実費を支払う特約をセットした海外 旅行保険が販売開始された。(注1)その後 は抜歯を伴わなくても、発病し、保険期 出所:損害保険料率算定会料率業務部「傷害保険料率の変遷」より筆者作成 保険期間は1年まで(保険期間1ヶ月までを掲載) 間の初日から一定の待機期間 (90日程度) 経過した場合に、翌日以降に歯科医師に よる歯科治療を開始したときに歯科疾病 の普通約款に第1種あるいは第2種海外 し、疾病リスクにも対応できるようにし の治療費用保険金を支払う保険商品の販 旅行傷害保険特約を付帯したものを基本 た。 売が開始された。 現在は短期の観光旅行者を対象にした 契約として、それに疾病あるいは疾病死 亡の特約を付帯して契約をしていた。し かしながら、内容形式ともに海外旅行の 3・5 その他の補償範囲の拡大(1988 年4月20日) 緊急歯科疾病を補償する事が可能な特約 も開発されて、旅行時の急激な症状の悪 リスクをカバーする実情とはあわなくな これまでは保険期間中に発病しかつ医 化により、歯に痛みが生じた際も、旅行 っていた。保険期間は普通傷害保険とは 師の治療を開始した疾病のみを保険対象 者は応急処置を行うことが可能になっ 違いほとんどが1ヶ月未満と短期であり としていたが、保険期間終了後48時間以 た。 継続性がないという質的な特性があり、 内に発病しかつ医師の治療を開始した疾 今後契約量の増大が見込まれることから 病についても補償をすることにした。ま 取扱いの簡素化を図る必要性があった。 たインフルエンザ等の特定伝染病につい このため海外旅行保険は独立約款に改め ては、潜伏期間を考慮して保険期間終了 2001年に海外での高額な保険金支払い ることになった。 後14日以内の発病についても補償するこ に対応するため「治療・救援費用特約」 独立約款に改めるときに、疾病治療を とにした。 が開発された。(注2)これは従来の「傷害 傷害治療と同様に入院と通院を問わずに 疾病死亡危険担保特約は保険期間終了 治療担保特約」 「疾病治療担保特約」「救 保険金支払いを全て実費払いとして欲し 後48時間以内に発病した疾病を原因とし 援者費用等担保特約」の3つの特約が統 いとの旅行者からの要望が強かったた て死亡した場合を補償していたが、30日 合されて一本化されたものである。ひと め、担保内容を明確にして実費払いとし 以内の死亡についても補償することとし つの特約で「傷害治療」と「疾病治療」 た。治療費にとどまらずに、ホテル客室 た。また特定伝染病が発病した場合でも が補償されて、これらに伴う「救援費用」 および病院、または診療所への緊急移送 保険期間終了後30日以内の死亡について も補償される。表4にあるように治療・ 費、移転費まで補償範囲を拡大した。 も補償することにした。 救援費用特約は保険金請求件数の約45% 1991年4月には疾病治療費用担保特約 を占めて最上位であり、その意味におい について①通院のための交通費②入院の て海外旅行保険の中核をなす特約となっ ための交通費および治療のために必要な た。 1974年8月1日に海外旅行保険が独立 通訳雇入費③治療のため入院した場合の また2002年10月には治療・救援費用特 約款になった時に、特別費用担保特約(救 旅行行程復帰費用および帰国費用を新た 約で治療費用と救援費用を「無制限」補 援者費用等担保特約)が新設された。こ に補償することとした。 償する海外旅行保険商品が販売開始され 3・4 救援者費用等担保特約での疾病リ スク補償(1981年7月20日) れは旅行者や出張者が海外で死亡、また は長期入院した場合に、家族が現地に赴 く、または出張を命じた会社が社員を現 3・7 治療・救援費用特約の新設と「無 制限」補償 る。すでに自動車保険では対人賠償責任 3 ・ 6 歯 科 治 療 費 用 担 保 特 約 の 新 設 (2000年) の保険金額を「無制限」とする商品がス タンダードになっていたが、海外旅行保 地へ派遣しなければならず大きな出費を 海外へ長期間行く学生を中心に、歯科 険の治療費用および救援費用でも「無制 よぎなくされているためであったが、傷 疾病の治療費用を海外旅行保険で補償し 限」 補償する商品が主流になっていった。 害リスクに限定されていた。 て欲しいとの要望が以前からあった。し ジェイアイ傷害火災保険の調べでは2014 救援者費用等担保特約の補償範囲を拡 かし、歯科疾病は慢性疾患であることが 年度に同社での海外旅行保険加入者のう 大して、疾病を直接の原因として死亡し 多く、保険期間中の発病であることを見 ち50.6%のお客様が「治療・救援費用」の た場合および疾病を直接の原因として14 極めることが困難なため、従来の海外旅 保険金額が「無制限」のプランを選択し 日以上の継続入院をした場合も対象と 行保険では補償対象外としていた。 ている。海外の高額な医療費用に対応す -191- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 るため余裕を持った保険金額が望ましい 表4:2014年度 海外旅行保険補償項目別事故件数の状況 と考える旅行者が年々増えている。 3・8 既往症による病気の応急治療を補 償する特約の新設(2001年9月3日) 旅行開始前に発病し医師の治療を受け たことがある病気が原因で、海外旅行中 にその症状が悪化したことにより治療を 受けた場合、その病気は「既往症(持病)」 として治療・救援費用特約では補償対象 外であった。 出所:ジェイアイ傷害火災保険 HP しかしながら、旅行開始前から発病し ていたかどうかの認定が困難な場合も少 表5:厚生労働省平成17年度「出生に関する統計」の概況 なからずあり、また海外旅行者が高齢化 していて、既往症がありながらも海外旅 行に行くケースが今後ますます増大する ことが見込まれていた。 そこで旅行開始前に発病し医師の治療 を受けたことがある病気が原因でも、海 外旅行中にその症状の急激な悪化により 医師の治療を受けた場合に補償可能とす る特約が開発をされた。(注3)これ単独で は契約できなく、治療・救援費用特約と セットで契約することが一般的である。 後30日以内の発病についても補償をする これにより高血圧や糖尿病等の既往症が ようになった。 4.疾病補償に対するリスク細分型の保 海外旅行中に悪化した場合でも、その応 急治療費は保険の対象になるため、高齢 者を中心として安心をして海外旅行へ行 日以内の短期契約に特約をセットした。 3・10 妊娠初期症状の治療費への対応 (2005年6月) 険料率導入 4・1 旅行方面別の保険料率の導入 表5の厚生労働省の平成17年度「出生 2002年7月に海外旅行の行き先によっ に関する統計」にあるように、結婚全体 て保険料に格差を付けるリスク細分型の に占める妊娠後に結婚をした人の割合は 海外旅行保険が販売開始された。(注5)例 昭和55年の12.6%から、平成12年には26.3 えばアジア地域に旅行する場合は、従来 新 型 肺 炎、重 症 急 性 呼 吸 器 症 候 群 %に上昇しており、いわゆる「できちゃ の保険に比べ最大約45%保険料を安くす (SARS=サーズ)の被害拡大を受けて、 った婚」で海外へ新婚旅行に出かけるカ るなどして、インターネットを通じて販 SARS を含む感染から発病までの潜伏期 ップルも珍しくなくなった。必然的に妊 売をした。どこに行っても同一だった海 間の長い感染症を海外旅行保険の保険金 娠発覚後に海外旅行に行くため、新婦や 外旅行保険の保険料体系を、最も事故や 支払いの対象に加える動きが広がった。 家族が体を気遣って、旅行中に流産した 病気の発生率や損害額が少ないアジア、 SARS を含むエボラ出血熱、デング熱な 場合の対応等を旅行会社へ問い合わせす 2番目に少ない北米・ヨーロッパ・オセ ど6つの感染症について、既に渡航中の るケースが増えていった。 アニア、最も高い中南米・アフリカの3 旅行者も含めて対象になるよう各保険会 2005年6月に流産や子宮外妊娠に伴う 段階に分類した。インターネット販売に 社が新たに補償するようにした。 治療費なども補償の対象に拡大した海外 特化することで経費削減に努めて、保険 従来のインフルエンザ等の特定伝染病 旅行保険が登場した。 料を引き下げた。 は、潜伏期間を考慮して保険期間終了後 の妊娠早期の異常を原因とする本人の現 すでに自動車保険では危険度に応じ差 14日以内の発病についても補償していた 地での医療費のほか、親族3名までが見 をつけるリスク細分型の保険料体系が普 が、SARS 等はさらに潜伏期間の長い特 舞いに行くための渡航費や滞在費を補償 及していたが、その後海外旅行保険分野 定伝染病であることから、保険期間終了 する。保険料は値上げせず、保険期間31 でもインターネットを通じてリスク細分 けるようになった。 3・9 新型肺炎、重症急性呼吸器症候群 (SARS)への対応(2003年4月) 妊娠22週未満 (注4) -192- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 型商品の販売が進み、2015年11月現在で 表6:70歳以上海外渡航者の占有率推移 4社が販売をしている。 4・2 年齢別保険料率の導入 2000年代の中盤になると、海外旅行者 の高齢化に伴い、高齢者の治療費用およ び救援費用の支払い保険金額の増大が顕 著になってきた。そこで旅行者の年齢を 旅行始期日時点で69歳以下と70歳以上に 区分けする年齢別の保険料率を疾病治療 費用の特約としては初めて導入して70歳 表7:70歳以上海外渡航者数の推移 (単位:千人) 以上の旅行者に対する保険料率を引上げ た。 (疾病死亡危険担保特約の新設時には 年齢別の保険料率を導入していた時期が あった。)その後、各保険会社が同様の区 分での年齢別保険料率を順次導入してい った。 5.補償範囲拡大の変遷の整理 1964年11月の海外旅行保険の疾病危険 担保特約新設から現在までの約50年間の 表6・表7 出所:日本旅行業協会「数字が語る旅行業2014」より筆者作成 疾病リスクの補償範囲拡大の変遷を、補 償内容と保険金支払い方法および保険料 率の観点から「創設期」→「実費払い開 始・補償拡大期」→「高額治療費対応開 始期」→「オールリスク補償対応期」の 4段階に以下の通り整理をする。 5・1 創設期(1964年11月~1974年 7月) 1964年は4月に観光目的の海外渡航が 自由化となり、10月には東京オリンピッ 表8:海外旅行保険疾病リスクの補償範囲拡大の変遷整理 時期 1964年~ 1974年~ 2001年~ 2005年~ 変遷 創設期 実費払い開始 補償拡大期 高額治療費 対応開始期 オールリスク 補償対応期 ・疾 病危険担保特 ・疾 病危険担保特 ・治 療・救援費用 約の新設 約の範囲拡大 特約の新設 ・疾 病死亡危険担 ・救 援者費用等担 ・既 往症による応 保特約の新設 保特約での疾病 急治療補償特約 主な リスク補償 の新設 補償内容 ・長 期旅行者向け (特約) の歯科疾病特約 の新設・普及 クが開催されるなど、日本の観光産業に とっては歴史的なターニングポイントと なった年である。同年の11月に現在の海 外旅行保険の中核をなす疾病治療費用を 補償する特約が新設された意義は大き 保険金 支払方法 定額払い 実費払い 女性への割増保険 同一の保険料率 保険料率 料年齢別リスク細 分導入(死亡) 実費払い 治療・救援費用特 約の普及 ・既 往症による応 急治療補償特約 の普及 ・妊 娠初期症状の 特約新設 ・短 期旅行者向け の歯科疾病特約 の新設・普及 実費払い 旅行方面別のリス 年齢別のリスク細 ク細分導入開始 分導入開始 い。また1965年1月「ジャルパック」発 売開始を皮切りに、相次いで海外旅行パ 及していく過程で、海外旅行中の治療と 険のように「定額払い」でなく、 「実費払 ッケージ商品が発表され、海外旅行普及 死亡という疾病リスクに対応する特約が い」することに大きな特色がある。1974 が進んでいた最中に、疾病死亡危険担保 販売開始された最初の10年間を創設期と 年8月に海外旅行保険を独立約款に改め 特約が1969年11月に新設された。保険料 整理をする。 るときに、疾病治療を傷害治療と同様に 入院と通院を問わずに、保険金支払いを 率は0歳から75歳を11区の年齢別料率を 採用しており、現在のリスク細分型保険 料体系の先駆けになっていた。 海外旅行の自由化解禁と海外旅行が普 5・2 実費払い開始・補償拡大期(1974 年8月~2000年) 海外旅行保険は治療費用を国内旅行保 -193- 全て実費払いとした。 また傷害リスクに限定をされていた救 援者費用等担保特約での補償を疾病リス 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 クまで拡大したのもこの時期である。海 つては海外旅行保険の免責(保険金を支 行していくことになり、併せて全世界的 外旅行中に疾病が原因で発生する費用を 払わない)事由の代名詞ともいえた「既 に医療費が上昇傾向にあることも要因と 補償する範囲を着実に広げていった。 往症」「歯科疾病」 「妊娠関連費用(保険 なり、疾病治療費の保険金支払いの増大 期間31日以内) 」 が現在の海外旅行保険で と損害率の上昇が予想される。現状でも は補償をされている。海外旅行者のニー 70歳以上の旅行者に対して年齢別保険料 ズを吸収して、それを商品内容に反映す 率を導入して保険料を引き上げている 2001年に現在の海外旅行保険の保険金 ることを繰り返すことで補償範囲を拡大 が、各保険会社の70歳以上旅行者のセグ 5・3 高額治療費対応開始期(2001年 ~2004年) 請求件数の占有率で最上位に位置する して、現在は限定列挙したいくつかの免 メントの保険収支は改善の余地を依然と 「治療・救援費用」特約が登場した。従来 責事由以外は全て保険金支払いをする して残している。 の「傷害治療担保特約」 「疾病治療担保特 「オールリスク」 補償の対応期に入ってい その改善を図るためには、高齢者に対 約」 「救援者費用等担保特約」の3つの特 る。(旅行者の故意・重大な過失、自殺行 しての保険金支払いを抑制する策を実施 約が統合されて一本化されたもので、高 為・犯罪行為・闘争行為、他覚症状のな する必要があり、具体的には高齢者に対 額化する海外での治療費に対応するため い腰痛等は、依然として補償の対象外で する海外渡航前の予防医療の啓蒙強化や であった。また2002年10月には治療・救 ある。) 危機管理の意識を高めることで、海外旅 援費用を「無制限」補償する海外旅行保 その一方で補償範囲の拡大は、海外旅 行中の疾病発病のリスクを軽減するとい 険商品が販売開始される。治療費用と救 行者の高年齢化と相まって支払い保険金 う地道な取組みが考えられる。 援費用を「無制限」で補償する背景には、 額の増大につながり、商品の収益率を低 まずはこのような取組みを継続してい 当時この特約を無制限補償に引き上げる 下させていった。70歳以上の旅行者に対 き保険金支払い額の抑制をしていくべき ことで保険料を上げて収益を改善したい する保険料率を引上げた年齢別保険料率 である。しかし、それでも改善が見られ 保険会社の意向と、海外の高額な医療費 の導入はこのような背景があり、旅行者 ない場合は、保険金支払い額に縮小填補 用に対応するため余裕を持った保険金額 にとって公平感と納得感のある保険料水 割合を導入する、治療費が一定額を超え が望ましいと考える旅行者のニーズがあ 準を維持するため導入せざる負えない状 た部分のみを補償する、一定程度の治療 った。「治療・救援費用」特約の販売開始 況であったといえる。 費を旅行者が負担する免責金額の設定 等、もう一歩踏み込んだ施策を検討して と同時期に、「治療・救援費用」特約を契 約することでセットできる「既往症によ 6.今後の課題 いく(検討せざるを得ない)ステージに る病気の応急治療を補償する特約」も販 上記の区分の整理のとおり、現在の海 突入していく可能性を孕んでいる。 売を開始されて、高血圧や糖尿病等の既 外旅行保険の疾病リスク補償は、 「オール 往症を抱える高齢者を中心として支持を リスク補償対応期」 に入っている。 「既往 集めた。 症」「歯科疾病」 「妊娠関連費用(保険期 間31日以内) 」 は特約新設から30年以上補 5・4 オールリスク補償対応期(2005 年~) 償対象外であったが、現在の海外旅行保 険では補償をされている。このように今 注 AIU 損 害 保 険 会 社 に よ り 販 売 開 始 (注1) (2000年3月8日付け日本工業新聞記 事掲載) 既往症による応急治療補償特約の普 後も海外旅行者のニーズに沿いまた海外 (注2、注3) 及、短期旅行者向けの歯科疾病特約の新 旅行中に発生する新たなリスクに対応し (注4) 設と普及、そして2005年6月に流産や子 ていくことで、更なる補償範囲拡大の方 宮外妊娠に伴う治療費なども補償する 向で進んでいくことが想定される。 「妊娠初期症状の特約」の販売開始と、か 一方で海外旅行者の高齢化も同時に進 AIU 損害保険会社により販売開始 AIU 損 害 保 険 会 社 に よ り 販 売 開 始 (2005年7月28日付け日本経済新聞記 事掲載) 損害保険ジャパンにより販売開始 (注5) (2002年5月29日付け日本経済新聞記 表9:海外旅行保険「治療・救援費用」特約の保険金支払い300万円超の件数推移 事掲載) 参考文献 ・損害保険料率算定会料率業務部「傷害 保険料率の変遷」 ・安田火災海上保険㈱「傷害保険の理論 と実務」 出所:ジェイアイ傷害火災保険 HP -194- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 ・堀内浩「損害保険の保険金支払教科書 からだの保険」 ・厚生労働省平成17年度「出生に関する 統計」 ・楠見孝 小林弘典「海外旅行傷害保険 の加入意思に及ぼすリスク認知の影 響」日本リスク研究学会誌1995年 ・先本将人「日本における海外旅行保険 誕生と歴史的変遷」 『日本国際観光学会 論文集』、第21号 ・損害保険料率算定会「海外旅行傷害保 険普通保険約款の変遷」2000年 ・日 本旅行業協会「数字が語る旅行業 2014」 ・一般社団法人 日本損害保険協会「ファ クトブック2015日本の損害保険」 ・李洪茂「自動車保険の変遷と多様化に ついて」2002年 ・日本損害保険協会「損害保険 Q&A」 【本稿は所定の査読制度による審査を経たものである。 】 -195-