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描画検査の有用性と今後の展望について

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描画検査の有用性と今後の展望について
福山大学こころの健康相談室紀要
第7号
描画検査の有用性と今後の展望について
藤井加奈子
橋本優花里
福山大学大学院人間科学研究科
福山大学人間文化学部心理学科
キーワード:時計描画検査,Rey-Osterrieth Complex Figure,デジタルペン
はじめに
描画は,心理臨床の実践において,査定や面接に広く用いられている方法の一つである(今田,2011)。教育や
臨床の場面では,鉛筆やクレヨンなどの筆記用具を与え,紙の上に何かを表現させることで,クライエントの問
題を理解したり,援助したりすることを試みることがある(高橋,2006)。例えば,Koch(1976)によって体系化さ
れたバウムテストでは,参加者が無意識のうちに感じている基本的な自我像や,外界との関係などが投影され(高
橋・高橋,1986)
,性格特性,情緒面での特徴,自我機能の評価などを行うことが可能とされる(滝浦,2007)。
また, House・Tree・男性 Person/女性 Person など 4 つの絵を自由に描いてもらう HTP テストは,過去の経
験において記憶された表象を運動表現させるものであり,得られた描画について深層心理学的,精神分析学的に
意味解釈を行うものである(佐藤,1969)。このように,いわゆる心理臨床場面における描画検査は,見えない心
の動きを描画によって表現させ,そこからクライエントの問題の理解をするために用いられる。一方,医療現場
においては,描画は神経心理学的評価のツールの一つとして用いられることが多くあり,高次脳機能障害者や認
知症患者等を対象に,神経心理学的症状の有無や程度を評価し,治療の基礎となる知見を得ることを目的として
行われる(福田,1998)。例えば,時計描画検査は,認知症や幅広い神経精神疾患のスクリーニング法に用いられ,
Rey-Oterrieth Complex Figure(以下,ROCF)は高次脳機能障害者の視覚構成能力と視覚的記憶の評価に用い
られている。
描画検査は,紙と鉛筆さえあれば可能で,医療現場においては,複雑な検査ができないケースでもベッドサイ
ドでの検査の一部として実施することができ(小禄,2010),検査の施行が簡便であるだけでなく,必ずしも言語
的な教示が必要でない場合もあり,被検者にとっても課題内容の理解が容易といった利点もある(八杉・山下,
2008)。そのため,被検者が幼児や高齢者の場合であっても検査にかかる時間や心理的負担を軽くすることがで
きると考えられる。また,言語的な検査を行う場合,言語機能に障害があれば得点が低くなり,視空間認知など
の非言語性機能の障害は検出されにくいことがある(鈴木・永安・長沼・藤原,2011)。そのような場合でも,描
画検査を行うことで,神経心理学的な評価を行うことができると考えられる。
そこで,本稿では,神経心理学的な評価のツールとしての描画検査の利点に着目する。そして,神経心理学的
な描画検査について実施方法や評価される機能等を概観した後,これまで多くの研究が行われている時計描画検
査と ROCF の研究動向をふまえながら,描画検査の今後の展望について考察することを目的とする。
神経心理学的な描画検査の概要
福田(1998)が指摘するように,神経心理学的な描画検査は,記憶機能,視知覚機能,空間機能など多くの異な
る器質的障害に対して鋭敏であるため,さまざまな認知機能の評価が可能である。代表的な神経心理学的描画検
査の測定可能な機能と実施方法,主な対象者を表 1 にまとめた。
時計描画検査は描画検査の中でも代表的なものであり,日本のみならず,ポーランド,イスラエル,ドイツ,
スウェーデン,中国などから時計描画検査のスクリーニング機能や認知特性に注目した多くの研究論文が発表さ
れている(福居,2006)。時計描画検査は,時計の絵および指定された時刻に針を配置するものであり,実施時間
は約 5 分と短時間である。そして,高次の認識能力と同時に,視空間,構成能力が測定可能であるだけでなく,
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得点は MMSE と高い相関を認め,アルツハイマー型認知症の検出に良いとされている(河野,2004)。
表 1 代表的な神経心理学的描画検査とその測定可能な機能,実施方法および主な対象者
検査名
時計描画
測定可能な機能
実施方法
対象者
記憶機能,視空間機能,視知覚機
白紙の紙,または前もって書
高齢者,認知症患者,神経精
能,運動機能
かれた円を用いて最初に数字
神疾患患者
の記入を求めた後,時刻の記
入を教示する。
ROCF
記憶機能,構成機能,視空間機能, 図形を模写するように求め,3
視知覚機能,運動機能
高次脳機能障害者
分間の会話や言語的な課題を
行う。その後,遅延再生を行
う。
ベンダー・ゲシュタルト・ 視知覚機能,運動機能
1 組 9 枚の図形からなってい
テスト
る。カードを 1 枚ずつ呈示し,
高次脳機能障害者
正確な模写をするように求め
る。
ベントン視覚記名検査
視覚的注意機能
9 枚の図版に書かれた比較的
高次脳機能障害者
単純な構成の図形を 1 枚の用
紙に模写する。
また近年,
多くの対象者に施行され,
その有効性が認められているものに,ROCF がある。
ROCF は,
Rey(1941)
が高次脳機能障害者の視覚構成能力と視覚的記憶を評価するために考案したものであり(久保田・窪島,2007),
図 1 を被検者のペースで模写させる模写課題と,一定の時間が経過した後で想い出して描かせる再生課題から構
成される。ROCF は近年では,ディスレクシアや幼児,高齢者など様々な対象に実施され,その有効性が報告さ
れている。次節では,代表的な描画検査としての時計描画検査と,近年,多様な対象者での有効性が報告されて
いる ROCF に着目し,それらの研究動向を概観する。
図1 Rey‐Osterrieth complex figure
代表的な描画検査としての時計描画検査と ROCF の研究動向
1.時計描画検査
小禄(2010)によれば,時計描画検査は,65 歳以上の高齢者の免許更新の際に導入されている認知機能検査の一
部としても利用されており,その検査は時計描画のほか,時間の見当識,手がかり再生の 3 つの下位検査に構成
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されている。実施時間は約 30 分であり,その結果は,
「記憶力・判断能力が低くなっている」
,
「記憶力・判断能
力が少し低くなっている」
,
「記憶力・判断能力に心配のない」
,の 3 つに分類される。小禄(2010)は,予備検査後,
年齢 75 歳以上の受検者に免許更新時の検査の難易度について尋ね,それについて「時間の見当識」
,
「手がかり
再生」
,
「時計描画」
,
「わからない」の 4 択で回答を求めた結果,
「どの検査が難しかったですか」の質問に対し,
「時計描画」と答えた受検者が最も少なかった。このことから時計描画は,受検者が困難を感じず実施でき,比
較的抵抗も少ない検査であるといえる。
しかしながら,時計描画検査では,いまだに一定した検査法,採点方法が確立されていないことに問題がある(河
野,2004)。吉村・前島・大沢・関口(2008)は物忘れ外来を受診した患者 41 名を対象に,時計描画の多様な実施
法および評価法を試み,それらの信頼性と妥当性,そして認知症診断への役割について検討した。41 名の臨床診
断は,アルツハイマー型認知症が 11 名,前頭側頭型認知症が 16 名,血管性認知症が 2 名,レビー小体型認知症
2 名,軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment)が 5 名,他の 3 名は正常であった。描画の実施法としては,
白紙に時計の外円,数字や針を配置し描画する方法の白紙法,外円をあらかじめ提示し,数字や針を配置し描画
する外円法の 2 つを用意し,同日に実施した。針の配置は 11 時 10 分で統一した。評価方法は,白紙法の場合,
星野・高木・宮岡(1993),Sunderland, Hill, & Mellow(1989),Rouleau, Salmon, & Butters(1992) ,Freedman,
Leach, & Kaplan(1994)の 4 つを比較した。一方,外円法の場合は,Manos & Wu(1994)と,Watoson(1993),
Wolf-Klein, Silverstone, & Levy(1987)を比較した。表 2 と表 3 にそれぞれの評価法の概要について示した。
表 2 白紙法による時計描画検査の評価法
評価法
星野・高木・宮岡(1993)
採点基準
1 群から 4 群に分類し,最高点は 4 群,最低点は 1 群とする。
1 群:まったく描けなかった。
2 群:時計らしくかけなかった。
3 群:時計らしくかけた(円,数字,針の 3 要素のうち 2 つ以上できているもの)。
4 群:完全に描けた。
Sunderland, Hill, & Mellow(1989)
10-6 点群か 5-1 点群に分類し,それぞれに群内の点数を与える。最高点は 10 点,最低
点は 1 点とする。
10-6 点群:外円と数字を概ね完全に描く。
10:時計の針が正しい位置にある。
9:時計の位置を少し誤る。
8:長短針の配置を大きく誤る。
7:長短針の位置が全く違う。
6:針を不適切に描く(教示を繰り返しても,デジタルで表記する。もしくは数
字を丸で囲む)
5-1 点群:外円と数字を不完全に描く。
5:時計の片側に数字が偏る。数字を逆方向に記入する。針を誤った形で描く。
4:数字の順序がバラバラになり,時計らしく見えない(数字の欠如,外円より
外に数字を描く)
3:数字と外円を別々に描く。針は描いていない。
2:時計を描こうとはしているが,かろうじて時計と分かる絵を描く。
1:時計を描こうとしない。もしくは時計を描こうとしたとは思えない。
福山大学こころの健康相談室紀要
Rouleau, Salmon, & Butters(1992)
第7号
合計 10 点満点を 3 つの項目に分け,外円の完成は 2 点配分,数字の順序は 4 点配分,
針の描画問日は 4 点配分とする。最高は 10 点,最低は 0 点となる。
外円の完成
2:大きなゆがみがない。
1:不完全,あるいは少し歪む。
0:外円がない,もしくは円ではない。
数字の順序
4:正しい順ですべての数字を排列する。位置の誤りはほとんどない。
3:数字はすべてそろっているが,配置を誤る。
2:数字の欠如や付加があっても,それ以外の数字には大きな歪みはない。数字を逆
方向に描く。数字はそろっていても,位置を大きく誤る。
1:数字の欠如あるいは付加があり,位置を大きく誤る。
0:数字がない,もしくはほとんど誤る。
針の描画と位置
4:針を正しい位置に置き,長短針の区別ができない。
3:針の位置を軽微に誤る。もしくは長短針の区別ができない。
2:針の位置を大きく誤る。
1:針は 1 本のみ,もしくは針と分からない描画である。
0:針が欠如,もしくは保続を認める。
Freedman, Leach, & Kaplan(1994)
全体像,数字,針のそれぞれが適切であれば 1 点,比較的書かれていれば 0.5 点,不
適切であれば 0 点とする。最高点 15 点,最低点 0 点とする。
全体像
・円の大きさ
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・形の妥当性
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・1~12 までの数字を用いる
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・算用数字を用いる
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・順序が正しい
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・用紙を回転させずに描く
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・位置が正しい
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・円の内側に位置する
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・2 本ある
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・交差する
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・余計な針がない
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・
「時」を正しくさす
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・
「分」を正しくさす
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・長身が短針より長い
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
・中心点が正確に配置している
適切 1.0
比較的 0.5
不適切 0
数字
針
福山大学こころの健康相談室紀要
第7号
表 3 外円法による時計描画検査の評価法
評価法
Manos & Wu(1994)
採点基準
以下 1~2 の手順で,文字盤を 8 分割して,それぞれの部分に含まれる数字の位置の正
確さから評価し,最高点 10 点,最低点は 0 点とする。
1.
数字の 12 と円の中心を結ぶ線,およびそれに垂直な線を引き,円を 4 分割する。
さらに各部分を円の中心より 2 分割し,8 分割する。
2.
8 分割したそれぞれの部分に適切な数字が位置していれば 1 点を,さらに長針が
11 時,短針が 10 分をさせば,それぞれ 1 点ずつ与える。
Watoson(1993)
文字盤を 4 分割し,以下 1~3 の手順でそれぞれの部分の数字の適切さから行う。最高
点は 0 点,最低点は 7 点となる。正常範囲は 0 から 3 点,異常(痴呆)は 4 から 7 点と
する。
1. 数字の 12 と円の中心とを結ぶ線,およびそれに垂直な線を引いて,4 分割する。
2. 各々の 4 分割に入っている数字を数える。それぞれの数字は 1 回のみ数える。
もし,描いた数字が 4 分割した線の上に記載されている場合は,次分割において
評価する。一つの分割内に数字が 3 つ配置されていれば正答となる。
3. 1~3 番目の分割に不適当な数字が配置されている場合は,それぞれ 1 点を与え
る。4 番目の分割に違う数字が入っている場合は 4 点を与える。
Wolf-Klein, Silverstone, & Levy(1987)
描画パターンによって 1 から 10 に分類し,10 が正常,1 が最も不適切な描画とする。
1.見当違いな図
6.保続
2.見当違いの空間配置
7.非常に不適切な空間
3.その他
8.ほぼ正常だが,空間的に問題がある
4.逆時計回り
9.ほぼ正常だが,数字に問題がある
5.数字の欠如
10.正常
吉村・前島・大沢・関口は(2008),2 つの描画のあと,時計描画が神経心理学的にどのような機能を評価して
いるかを検討するため,MMSE,Frontal Assessment Battery(FAB),Word Fluency Test(WFT),かな
ひろいテスト,レーヴン色彩マトリックス検査(RCPM),Auditory Verbal Learning Test(AVLT)を実施した。
その結果,時計描画の得点は MMSE,FAB, WFT,かなひろいテスト, RCPM,AVLT との間に有意な相関
があった。このことから,各神経心理学的検査の成績が良好であれば時計描画検査の成績も良好であることが分
かった。
時計描画検査の目的は,高齢者の認知機能を測ることが主であるが,Kirk, McCarthy, & Kaplan(1996)は 6~15
歳の 220 名の時計描画技能発達について報告している。Kirk, McCarthy, & Kaplan(1996)によれば,全体の正確
さは 7 歳で有意に上昇し,10 歳で再び有意に上昇する。また,Edmonds, Corhen, & Riccio(1994)は 6~12 歳の
434 名の公立学校の健常な生徒たちに時計描画検査を行ったところ,数字の反転は 7 歳までに消失し,時計を正
確に描画する能力は大多数の児童たちで 8 歳までに確立,そして 9 歳時は時刻を正確に分まで示すことが出来る
事がわかった。このことから,時計描画検査によって学童期の児童の発達的な能力を評価することができる可能
性があることが示唆された。そのため,高齢者のみでなく,発達的な観点からも時計描画は活用できると考えら
れる(O.スプリーン & E.ストラウス,2004)。
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2.Rey-Osterrieth Complex Figure(ROCF)
ROCF の遂行には,運動機能(巧緻性),視空間認知,記憶などの複数の認知機能が関与するとされている(萱村・
萱村,2007)。また,ROCF においても,時計描画と同様に,様々な評価法がある。この中で最も一般的な評価
法は Osterrieth 法である。表 4 に ROCF の様々な評価法の概要をまとめた。
表 4 ROCF の評価法
評価法
概要
Osterrieth 法(Osterrieth,1944)
ROCF を 18 の unit に分け,
各 unit の形態や位置の正確さに着目して評価を行う。
合計得点は最高 36 点となる。
Waber& Holmes(1985)による評価法(W-H 法), 12 か所の描かれた交点の合計数を点数とした 12 点を最高点とし,点数が高いほど
正確に描画が出来ている事を示す。
Charvinsky
et
al(1992) の 評 価 法
ROCF を Section1 から Section6 に分割し,各 Section をどの程度ひとまとめに描
(Organization Scoring System;OSS)
いたかという観点から構成方略を評価する方法。
The
構成方略要素,クラスター要素,細部要素で構成され,図をどのように抽出して描
Boston
Qualitive
Scoring
System(BQSS)
画するかというプロセスや質的得点化ができるとされている。50 点満点で評価す
る。
先述の通り,ROCF は後天的な脳の損傷に伴う認知機能の障害の中でも特に視空間認知と記憶を評価する課題
として開発されたが,近年ではその評価の対象が広がりを見せている。
例えば,久保田・窪島(2007)は,ディスレクシアの日本語読み書き障害のアセスメントとしての ROCF の有効
性を検討するために,1 年から 6 年までの小学生を対象に構成方略の BQSS 法と Osterrieth 法の 2 つの評価法
を用いて年齢的変化の特徴を検討した。模写と直後再生,3 分後再生を実施した結果,BQSS 法においても,
Osterrieth 法においても 4 年生までほぼ直線的に得点が上昇した後,停滞し,その後わずかに下降を示すことが
明らかになった。4 年生以前の 6~8 歳児の困難は,発達的な組織化方略の弱さであり,ROCF の描画が 4 年生
で質的に転換することが示唆された。そして,2 年生と LD 児に描画には類似があることも示され,通常であれ
ば,2 年生以降において方略と視覚構成の能力の発達の点で著しい発達が見られるものの,LD 児ではそれが停
滞していることを示すものであると推察された。
久保田・窪島(2007)のように ROCF を小学生や大学生を対象に実施した先行研究はあるが,高齢者を対象にし
た先行研究は多くない。その中で,健常高齢者を対象にした原田・野登呂・中西・藤原・井上(2006)の研究では,
高齢者を 65-69 歳,70-74 歳,75-79 歳,80-85 歳の 4 つの群に分類し,ROCF を含めた 6 種類の神経心理学的
検査を行った。その結果,ROCF の模写と直後再生の成績は,年齢の効果,教育歴の効果による違いはみられな
かった。このほかに,健常者の青年期から中年期にかけての ROCF の基準データを報告した山下(2007)は,144
名のデータを 18-24 歳,25-34 歳,35-44 歳,45-54 歳,55-64 歳,65-74 歳に分類し,模写と 3 分後再生の成績
の比較を行った。その結果,模写では年齢の効果が認められなかったが, 3 分後再生では,55-64 歳から成績が
低下し,65-74 歳から低下が顕著になることが示された。このことから,健常高齢者では,年齢の効果は遅延再
生に現れることが明らかとなった。
高齢者を対象にした認知機能を適切に評価するには,WAIS-R や WMS-R といった神経心理学的検査を行うこ
とが重要であることが指摘されているが(鈴木・永安・長沼・藤原,2011),個別面接式で 2 時間程度の時間を要
すること,検査が複雑で熟練した検査者が実施する必要があること,実用の際の負担が大きいなどといった理由
から,現在の医療現場では MMSE や改訂長谷川式簡易知能評価スケール(Revised Hasegawa’s Dementia
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Scale:HDS-R)のような簡易検査が認知機能評価検査として広く用いられている。しかしながら,これらのスク
リーニング検査では,言語的な教示を必要とするだけでなく,検査成績が量的な数値で表されるため,その課題
遂行を支える認知的過程の問題までを評価することが不可能である。その一方で,描画検査は簡便な検査である
にも関わらず,その描画の可否という量的な成績のほか,これまでの発達的研究によって示されてきたように,
描画過程の変化や描画に含まれる構成要素の評価から質的な側面をとらえることが可能である。
描画検査の問題点と今後の展望
本稿は神経心理学的な評価のツールとしての描画検査の利点に着目した。そして,神経心理学的な描画検査に
ついて実施方法や評価される機能等を概観した後,これまで多くの研究が行われている時計描画検査と ROCF
の研究動向に焦点を当てながら,描画検査の今後の展望について考察することを目的とした。
時計描画検査は高次の認識能力と同時に,視空間,構成能力に関与し,時計描画検査の得点は MMSE と高い
相関を認め,アルツハイマー型認知症の検出に良いとされている(河野,2004)。吉村・前島・大沢・関口(2008)
の研究では,MMSE,FAB, WFT,かなひろいテスト, RCPM,AVLT との間に有意な相関を認められ,各
神経心理学的検査の成績が良好であれば時計描画検査の成績も良好であることが分かった。また,Kirk,
McCarthy & Kaplan(1996)や Edmonds, Corhen, & Riccio (1994)によると,時計描画検査の結果から学童期の児
童の発達的な能力を見ることができることを示唆している。そのため,高齢者のみでなく,発達的な観点からも
時計描画検査は活用できると考えられる(福居,2009)。
しかしながら,神経心理学的検査では,しばしば量的成績のみならず,その検査過程という質的変化が障害様
相を顕著に表すことが指摘されている(Kaplan,1988)。久保田・窪島 (2007)によると,Osterrieth 法は視覚構
成スキルや視空間メモリーの成績の個人差に感度が低いとされており(Stern,1994),また,八杉・山下(2004)
は ROCF の一般的な評価は Osterrieth 法であるが,この 18 の採点部位はあくまでも便宜的なもので,難易度が
保証されているわけではないとしている。一方,BQSS 法を用いれば,発達過程における質的な変化をとらえる
ことができることも示唆されている(久保田・窪島,2007)。描画検査においては,1 つの検査に対して評価方法
が 10 種類以上あるなど (北林・上田・成本・中村・北・福居,2001),採点や解釈が主観的になりがちであると
いった報告があり(Royall, Cordes, & Pork,1998),評価法に関する否定的な報告も多いが,評価法を使い分ける
ことによって,多面的な分析が可能になると考えられる。
また,描画過程を詳細にとらえる方法としては,現在までのところ,観察者が参加者の視点や線の方向性,そ
して書き順を手書きでメモしていた。この方法では,矢継ぎ早に線が描かれた場合,詳細を記録することは困難
である。次から次へと描かれる線を記録するには,従来から行われてきた手作業では負担が大きいが,もし,コ
ンピュータの利用によって描画の進行状況を秒刻みに観察できるのなら,作業ははるかに容易となる(加藤・井川,
2002)。近年では,文字や絵を描くための新たな技術が出現した。たとえば,平林・河野・中邑(2010)は,ペン先
の位置情報と時間情報を同時に取得できることができるとされるデジタルペンを用いて小学 1 年生から 6 年生ま
での 618 名に対し、文章の書き写し課題を実施した。その結果,運動に関しては,仮名は小学 2・3 年生間で,
漢字は 4・5 年生間で急激に書字運動速度が増加することが明らかとなった。このことから,デジタルペンを用
いた新たな書字評価の方向性が示された。
また,加藤・井川(2002)によると,合成樹脂でできた画板上に,ボールペンに似た筆記用具を使って線を描く
と,逐一その情報がそのままコンピュータに取り込まれるデジタイザーと呼ばれる装置がある。加藤・井川(2002)
はデジタイザーを用い,6 歳 4 ヶ月の女児の ROCF の模写と再生の記録を行った。その結果,女児の描画は模写
と再生はどちらも構造が似ており,
記憶を頼りにきわめて複雑なプロセスを経て描画されていることが示された。
このようなプロセスを手作業で分析することは不可能であるが,描画データをデジタル化することで,描画過程
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の記録を可能になり,さらにはそれに基づいて質的な評価を行うことができると考えられる。
描画検査は,視空間認知機能や構成能力,視空間の記憶力などを簡便に評価できる検査法である。しかしなが
ら,評価法のばらつきや主観性が問題視されることも少なくない。今後は描画をより客観的にとらえる方法とし
て,描画をデジタル化し,その書き順やスピードといった側面から評価し,健常者によるデータを蓄積すること
で,幅広い対象者の新たな障害様相をとらえることが可能になるのではないだろうか。
引用文献
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福山大学こころの健康相談室紀要
第7号
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28
福山大学こころの健康相談室紀要
第7号
The overview of the drawing test:
Study trend and future direction in the use of neuropsychological assessment
Kanako Fujii & Yukari Hashimoto
The drawing tests are usually used to assess psychological problem through the client’s drawing in the
clinical psychological field. On the other hand, they are used to assess cognitive impairment for the
patient’s with brain injury or neuro-degenerative disorders. This paper focuses on the usefulness of the
drawing test as a tool of neuropsychological assessment and reviews the study trend in clock drawing test
and Rey-Osterrieth complex figure test. The new methods which use digital pen to digitize the drawing in
terms of stroke order and speed are discussed because the prosess analysis of drawing is very important for
neuropsychological assessment.
(指導教員:橋本優花里)
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