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小児耳 31(1): 1923, 2010
原
著
耳下腺原発先天性 Sialolipoma の例
川 田 和 己,上村佐恵子,菊 池
恒,笹 村 佳 美,市 村 恵 一
(自治医科大学医学部耳鼻咽喉科)
sialolipoma は,2001 年に Nagao らが,唾液腺良性脂肪腫の新しいカテゴリーとして提案
した病理組織学診断による疾患である。境界明瞭な被膜を有し,分化の良い成熟脂肪細胞と
ほぼ正常な腺組織から構成される腫瘍と定義される。その組成は90以上が脂肪成分である
が,lipoma とは異なり必ず腺組織が存在することがその特徴である。われわれが渉猟し得た
限りでは,耳下腺原発 sialolipoma は全 13例で,うち小児は 3 例の報告を認めるのみであっ
た。また,小児例は全て先天性と考えられた。今回われわれは耳下腺原発先天性 sialolipoma
の 1 例を経験した。症例は 1 歳 6 カ月の女児で,出生時より増大する右耳下部の無痛性腫瘤
を認めた。診断には MRI が有用であり,顔面神経を温存した腫瘍全摘出術を施行し,再発
なく経過良好である。術後は予後良好であるため,小児例でも腫瘤増大前に手術摘出すべき
と考えられた。
キーワードsialolipoma,lipoma,耳下腺腫瘤,無痛性腫瘤
はじめに
症
小児における耳下腺良性腫瘍は稀な疾患であ
例
症例1 歳 6 カ月,女児。
り,全ての唾液腺良性腫瘍のうち, 1.3 に過
主訴右耳下部腫瘤。
ぎない1) 。また,軟部組織腫瘍である脂肪腫
現病歴 2006 年 8 月 6 日出生。出生時より,
は,耳下腺原発のものでは 0.5 と,こちらも
約 15 × 15 mm の右耳下部腫瘤を認め,某院耳
稀である1)。すなわち,小児における耳下腺原
鼻咽喉科で経過観察された。腫瘤は急速な増大
発脂肪腫は非常に稀な疾患といえる。
傾向( 1 カ月時に約 40×30 mm,1 歳時に約 60
唾液腺良性脂肪腫の新しいカテゴリーとして,
×40 mm)を示し,悪性腫瘍の可能性も考慮さ
2001 年に Nagao らによって提案された sialoli-
れ,計 6 回におよぶ生検が施行されたが,確定
poma という比較的新しい病理組織学的診断に
診断には至らなかった。しかし,いずれも悪性
よる疾患がある。その中でも,耳下腺原発の
所見は認めなかった。 MRI で,腫瘤増大に伴
sialolipoma は,われわれが文献的に渉猟し得
う腫瘤内脂肪成分の増加を指摘され,sialolipo-
た限りで 13 例の報告があり,うち小児は 3 例
ma が疑われた。2007年11月 9 日,手術目的で
の報告を認めるのみである。今回われわれは,
当科に紹介され受診した。
耳下腺原発 sialolipoma の先天性の症例を経験
家族歴特記事項なし。
したので報告する。
既往歴発達歴,発育歴に異常なし。
初診時所見身長 77 cm ,体重 10 kg 。右耳下
自治医科大学医学部耳鼻咽喉科(〒3290498
栃木県下野市薬師寺33111)
― 19 ―
( 19 )
小児耳 31(1), 2010
川田和己,他 4 名
図 局所所見
右耳下部に約 70 × 50 mm の弾性軟で可動性はやや不良
な腫瘤を認めた。
図 手術所見(腫瘤摘出後)
顔面神経を温存し腫瘍全摘出。腫瘍は顔面神経下主枝に
接していた。
図 摘出標本
約 70 × 60 × 45 mm で,境界明瞭な被膜
を有する。
図 CT 所見(軟部条件)
腫瘤内部は均一な低信号を示す。
部に約 70 × 50 mm の弾性軟で,可動性はやや
不良な腫瘤を触知した(図 1 )。顔面神経麻痺
なし。
CT 所見腫瘤内部は均一な低信号を示した
(図 2)。
MRI 所見T1 強調像で,腫瘤は均一な高信号
を示す。 T2 強調像で,腫瘤は境界明瞭で大部
分は高信号であるが,内部に低信号が散在す
る。また,ガドリニウムによる造影効果は乏し
図 病理組織学的所見
分化の良い成熟脂肪細胞と,導管および腺
房構築を有する腺組織との併存を認めた。
く,脂肪抑制像で抑制される(図 3)。
手術所見 2008 年 2 月 27 日,全身麻酔下に腫
瘍摘出術を施行した。以前の生検部皮膚瘢痕を
た。後方では胸鎖乳突筋前縁から,上方では外
合併切除するように紡錘形に皮膚切開を置き,
耳道軟骨から腫瘍を剥離し,ポインターをメル
広頸筋直下および腫瘍被膜直上で皮弁を挙上し
クマールに顔面神経本幹を同定した。顔面神経
( 20 )
― 20 ―
耳下腺原発先天性 Sialolipoma の 1 例
小児耳 31(1), 2010
図 MRI 所見
aT1 強調像。均一な高信号を示す。
bT2 強調像。大部分は高信号であるが,内部に低信号が散在する。
cガドリニウム造影。造影効果は乏しい。
d脂肪抑制像。脂肪抑制効果あり。
を末梢に追い,腫瘍の剥離をすすめた。顔面神
胞反応も認めた。これらの所見から,sialolipo-
経は腫瘍により上方に著しく圧排されており,
ma と診断された。
正常耳下腺組織は上方にわずかに残存するのみ
術後経過術後,軽度の右口角不全麻痺が出現
であった。腫瘍は,主に顔面神経下主枝と接
したが,約 1 カ月程度で改善した。術後 1 年 6
し,下極型腫瘍に近い状態で存在したため,浅
カ月の時点で,再発は認めていない。
葉深葉の区別は困難であった。顔面神経を末梢
考
までたどり神経線維を温存しながら,腫瘍を全
察
摘出した。顔面神経と腫瘍の癒着はなく,剥離
sialolipoma は , Nagao et al2) が , 唾 液 腺 良
は容易であった。残存耳下腺組織と胸鎖乳突筋
性脂肪腫の新しいカテゴリーとして, 2001 年
を縫縮して顔面神経を被覆し閉創,手術終了と
に確立および提案した病理組織学診断による疾
した(図 4)。
患である。その定義は,「病理組織学的に,境
病理組織学的所見摘出腫瘍は,大きさ約
界明瞭な繊維性被膜を有し,内部は分化の良い
70 × 60 × 45 mm で,境界明瞭な被膜に覆われ
豊富な成熟脂肪細胞と,導管および腺房構築を
ていた(図 5 )。内部には分化の良い成熟脂肪
有するほぼ正常な腺組織から構成される腫瘍」
細胞と,導管および腺房構築を有する腺組織と
とされる。増殖した脂肪成分により,腺組織が
の併存を認めた(図 6 )。また,軽度の炎症細
圧排され萎縮をきたすこともあるが,異型性の
― 21 ―
( 21 )
小児耳 31(1), 2010
川田和己,他 4 名
表
症 例
原
著
文献的に渉猟しえた耳下腺原発 sialolipoma の症例
年
齢
性
別
患
側
摘出時腫瘍径
(mm)
治
療
12 )
Nagao et al.
20
M
Rt
30
SP
22 )
Nagao et al.
45
M
Lt
60
SP
32 )
Nagao et al.
67
M
Rt
17
SP
42 )
Nagao et al.
66
F
Lt
60
SP
52 )
Nagao et al.
42
M
Lt
60
SP
61 )
Walts and Perzik
41
M
?
?
?
71 )
Walts and Perzik
65
M
?
?
?
81 )
Baker et al.
44
M
?
?
?
91 )
Hornigold et al.
0(congenital)
F
Lt
35
SP
103)
Michaelides et al.
44
M
Rt
35
TP
114)
Kadivar et al.
3(congenital)
F
Lt
30
SP
125)
Bansal et al.
11(congenital)
F
Lt
70
SP
136)
Dogan et al.
33
M
Lt
20
SP
自験例
0(congenital)
F
Rt
70
STP
14
SPsuperˆcial parotidectomy, TPtotal parotidectomy, STPsubtotal parotidectomy
ないほぼ正常な腺組織が必ず存在するという点
年齢は,先天性のものから 67 歳まで,性別
において,いわゆる lipoma とは定義を異にす
は,男性 9 例,女性 4 例であった。小児 3 例
る。このような腺組織と脂肪成分から構成され
を除いては,全て成人例であった。本症例は,
る境界明瞭な腫瘍は,唾液腺だけではなく他臓
先天性症例として 4 例目の報告となる。
器にもみられ, adenolipoma (乳腺・皮膚),
症状は,疼痛を伴わない無症候性腫瘤であ
lipoadenoma (副甲状腺), thyrolipoma (甲状
り,経過は文献的には slow growing とされて
腺), thymolipoma (胸腺)のように各臓器で
いる。また,全例とも顔面神経麻痺は随伴して
病理学的に分類されている。これらと形態発生
いなかった。
が類似した唾液腺におけるケースを,Nagao et
診断には, CT と MRI による画像検査が有
al2)は sialolipoma と提案した。また,腫瘍の成
用とされる。CT では均一な低信号腫瘤として,
因について,彼らは, Ki67( MIB1)を用いた
MRI では T1 強調像 T2 強調像ともに高信号腫
免疫学的評価を行っており,腺組織の細胞増殖
瘤 と して 描 出さ れ る 。た だ し, T2 強調 像 で
活性が低いことから,腺組織を二次的に絞扼す
は,内部に低信号が散在し,腺組織と思われる
る脂肪腫である,と捉えている。実際に,腫瘍
分葉構造が認められることもある点で MRI は
における脂肪成分は90以上を占めている。
優れている。また,細胞診(FNAC)では,脂
彼らは,手術切除された唾液腺腫瘍標本
肪細胞が採取されるため lipoma との鑑別が問
2051 例を検討し, 5 例の耳下腺原発 sialolipo-
題になり確定診断には至らないが,悪性所見の
ma を同定した。この報告を始めとして,われ
有無の確認が可能である。確定診断は,上記の
われは,全13例の耳下原発 sialolopoma の報告
如く病理組織学的所見に委ねられる。
を文献的に渉猟し得た(表 1 )。耳下腺以外の
本症例でも,他症例同様に無症候性腫瘤で顔
原発部位では,軟口蓋,硬口蓋における症例が
面神経麻痺も随伴していなかったが,これまで
存在した2)。
の症例に比較して急速な増大傾向を示したとい
( 22 )
― 22 ―
小児耳 31(1), 2010
耳下腺原発先天性 Sialolipoma の 1 例
える。それゆえ,悪性腫瘍の可能性も考慮さ
渉猟し得た限りでは,4 例目の報告となる。
れ,前医では 6 回にわたる生検が施行された
治療は,通常の耳下腺腫瘍手術に準じた外科
が,やはり確定診断には至らず, MRI 所見に
的治療が有効であるため,小児例でも腫瘤増大
より sialolipoma が鑑別されている。
前に摘出すべきと考えられた。
治療は,全例において外科的治療(ほとんど
文
が耳下腺浅葉切除術)で,術後顔面神経麻痺が
出現した例3)もあるが一過性であり,長期的に
は再発例はなく良好な経過をたどっている。
本症例も外科的治療を行い,下極型腫瘍に近
く浅葉深葉の区別は困難であったが,通常の耳
下腺腫瘍手術に準じて顔面神経を温存した腫瘍
全摘出術を施行し,良好な結果を得ている。
小児における耳下腺腫瘍自体が稀な疾患であ
り,さらに本症例のように比較的新しい疾患は
診断に苦慮するため,耳鼻咽喉科医および小児
科医が耳下部腫瘤を診察した際,本疾患を念頭
に置く必要がある。また,通常の耳下腺腫瘍手
術に熟練した者であれば,問題なく手術可能と
思われる。小児例においても,本疾患を疑った
場合,腫瘤増大の前に摘出すべきと考えられた。
ま
献
1) Hornigold R, Morgan PR, Pearce A, et al.: Congenital sialolipoma of the parotid gland ˆrst reported case
and review of the literature. Int J Pediatr
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report of seven cases of a new variant of salivary gland
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et al.: Case Report Sialolipoma of the parotid gland. J
Cranio-Maxillofac Surg 2006; 34(1): 4346
4) Kadivar M, Shahzadi SZ, Javadi M: Sialolipoma of
the parotid gland with diŠuse sebaceous diŠerentiation in a female child. Pediatr Dev Pathol 2007; 10(2):
13841
5) Bansal B, Ramavat AS, Gupta S, et al.: Congenital
sialolipoma of parotid gland: a report of rare and recently described entity with review of literature.
Pediatr Dev Pathol 2007; 10(3): 24446
6) Dogan S, Can IH, Unlu I, et al.: Sialolopoma of the
parotid gland. Cranio-fac Surgery 2009; 20(3): 84748
原稿受理
と め
別刷請求先〒 329 0498
今回われわれは,耳下腺原発先天性 sialolipoma の 1 例を経験した。われわれが文献的に
2010年 1 月14日
栃木県下野市薬師
寺33111
自治医科大学医学部耳鼻咽喉科
川田和己
Congenital sialolipoma of the parotid gland : a case report
Kazumi Kawada, Saeko Uemura, Hisashi Kikuchi, Yoshimi Sasamura, Keiichi Ichimura
Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, Jichi Medical University School of Midicine
In 2001, Nagao et al. proposed the designation `sialolipoma' to establish and characterize a new
category of benign lipomatous tumor occurring in the salivary gland. Histologically, the tumors are
characterized by a well circumscribed mass composed of glandular tissue and mature adipose elements. The amount of fatty tissue in all tumors arising in the parotid gland is 90 or more. Unlike
lipomas, sialolipoma always have normal glandular tissue. To our knowledge, 13 sialolipomas of the
parotid gland have been reported in the literature, and three of these tumors were pediatric cases,
regarded as congenital. We hereby present the fourth congenital case of sialolipoma in the parotid
gland. A one and a half year old female was referred to our department with a right parotid mass
that had been present since birth. The mass was painless and had been gradually growing. MRI was
useful for diagnosis. We resected the mass preserving facial nerve. No recurrence was seen in any
cases after surgical resection, including our case. Therefore, surgical resection is appropriate treatment for this tumor not only in adults but also children.
Key words: sialolipoma, lipoma, parotid mass, painless mass
― 23 ―
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