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配布資料[PDF:72KB] - RIETI
2002 年 9 月 23 日 RIETI 政策シンポジウム 「動き始めたビジネス支援図書館」 世界最先端のビジネス図書館 ニューヨーク公共図書館 科学産業ビジネスライブラリーとは 菅谷明子 経済産業研究所(RIETI)研究員 ([email protected]) All rights reserved. Copyright 2002 Akiko Sugaya. No reproduction or republication without written permission. 世界最先端のビジネス図書館 (1)マジソン街のハイテク図書館 ◇企業家を支援 ある土曜日の昼下がり。ニューヨークはマ ンハッタンの観光名所エンパイア・ステイト ビルのほど近くでセミナーが行われていた。 ビジネス関係の専門家数人が様々な角度から プレゼンテーションを行い、その後パネルデ ィスカッションへと移行した。約 40 人の参 加者の大半は、ベンチャー起業家かその予備 軍。質疑応答では、各自のビジネスに直結す る具体的な質問が次々と飛び出し、セミナー が終わっても情報交換とネットワーク作りに 余念がない。 参加者のひとりに、メキシコから移民して きて 13 年になるという 32 歳の男性がいた。 彼は図書館の本やデータベース、インターネ ットなどを活用して情報収集を行い、各種講 座を受講して起業準備を進めてきた。「アメ リカはすごい国ですよ。僕は無一文同然でや って来たのに、今では起業するまでになった んですから。こういうのをアメリカンドリー ムって言うのかもしれませんね」 セミナーを主催したのは、ニューヨーク公 共図書館の研究図書館、科学産業ビジネス図 書館(SIBL=シブル)。ビジネスと科学に特 化したコレクションは世界一を誇り、高速イ ンターネットは勿論、高値な商業データベー スを惜しげもなく無料公開するなど公共図書 館史上初の画期的な試みで最先端を行く。 日本では起業やビジネスと公共図書館とは 相容れないように思われるかもしれないが、 アメリカでビジネス図書館のコンセプトがで きたのは 20 世紀初頭と言われ、多くの図書 館がビジネス関連のサービスを行っている。 ビジネス、起業、就職、個人投資などに役立 つ支援を行なうことは、個人の経済的自立を 促し地域経済を活性化させる上でも極めて重 要だと位置付けられているのだ。ただしシブ ルほどのスケールで、ビジネスに特化した専 門的なコレクションを揃える公共図書館の登 場はアメリカでもはじめてのことである。 ◇21 世紀型のサービス シブルは、42 丁目の本館から数ブロック 南に下りた 34 丁目、マジソン街に面した百 貨店を改装して建てられた。オープンは 1996 年。20 世紀初頭に建設されたビルに、 21 世紀型図書館がオープンしたのは偶然と はいえシンボリックな意味がある。シブルの オープンは、ニューヨーク公共図書館開館 100 周年記念の一環であると同時に、2 世紀 目に入った図書館サービスの象徴でもあるか らだ。 シブルの使命は、「教育、リサーチ、起業 活動を支援するため、豊富な情報資源と専門 性を活かし、情報への自由なアクセスを保証 する」ことにある。情報テクノロジーを一般 市民が享受できるようにデザインされた、ま さにデジタル時代の図書館と言える。ステン レスをふんだんに使った内装は近未来的な雰 囲気を漂わせ、ガラス張りの広々とした館内 は、モダンで明るい空間を醸し出す。 通りを挟んだオフィスに勤めているという 女性は、あまりに立派なので大手企業の会員 制図書館だと思い、最近まで足を運んだこと がなかったと話してくれた。エントランスホ ールの頭上の壁には、偉人たちのビジネスや 科学に関する格言の数々が彫りこまれてある。 何ともシブルらしい演出である。 その下にはインフォメーション・キオスク と呼ばれるタッチパネル式の端末があり、ポ ール・ルクラーク館長のビデオが利用者を歓 迎してくれる。キオスクは、英語とスペイン 語のバイリンガルで、館内案内、サービス内 容、講座やイベント案内、コンピュータの予 約などのメニューがあり、ユーザーフレンド リーで使いやすい。面白いのは利用者調査で、 利用目的からスタッフの評価、どんな情報資 源を使っているか、などの質問事項があり、 リアルタイムで集計結果を見ることができる。 ◇シブル計画のはじまり シブルの構想が持ち上がったのは、90 年 代初頭にさかのぼる。当時、ニューヨーク公 共図書館の関係者たちは、増えつづける資料 を前に書庫の確保に頭を悩ませていた。また それとは別に、科学やテクノロジーが産業や 経済とますます深く関わるようになり、こう した分野を一同に集める必要も感じていた。 加えてニューヨークがグローバル経済でリー ターシップを発揮し、地域経済を活性化させ るためには、ニューヨーカーの起業家精神を 刺激し、それを支えるためのビジネス図書館 の存在が不可欠だと考えられるようになって いた。大規模なマーケットリサーチからも、 市民の側にはビジネスに対するニーズが高い にも拘わらず、図書館の側はこうした要求に 必ずしも上手く対応してこなかったことも明 らかになった。 こうして「シブルプロジェクト」が立ち上 がる。中心メンバーのウィリアム・ウォーカ ー研究図書館代表は、世界の図書館を見学す るために各国を飛びまわり、コンサルタント、 科学者、企業エグゼキュティブらからなる諮 問委員会を設置。その一方で研究者や起業・ スモールビジネスに携わる人々や、外部の図 書館司書らを対象に面接調査を行い、多様な 人々の意見を募って参考にした。 ◇充実したコレクション シブルのコレクションは 130 万、11 万タ イトルの定期刊行物を所蔵、ビジネス、科学 に特化したものでは世界一を誇る。主な収集 分野は、マーケティング、広告、企業年鑑や 各国の貿易統計、法律、バイオテクノロジー、 科学、コンピュータなどと幅広い。国内外の 政府刊行物、各地の法規制、国際貿易、産業 別のディレクトリー、投資情報なども豊富で、 特許と商標はとりわけ充実しており、1790 年以来の内外 1800 万件以上を収集している。 開館時間は曜日によって異なり、10 時から 18 時か 20 時までとなっている。 ユーザーが利用できるスペースは、書庫や オフィスを除いた一階と地下 1 階の 2 フロア だが、それでもかなりの広さがある。1 階に は 4 万点の本が並んだ書棚と読書室があり、 全て貸し出し可能である。トム・ピーターズ、 ウォーレン・バフェットなどおなじみの専門 家によるカセット本や、ビジネス入門のビデ オテープ、ソフトウエアの使い方を解説した CD-ROM なども借りられる。また、200 近くの 新聞・雑誌も館内で読むことができる。さら に 20 台のパソコンが置かれた一角があり、 ここではカタログ検索、マルチメディアの利 用、インターネットのアクセスが可能で、本、 CD-ROM からコンピュータまで、図書館で利 用できるメディアの多様性を浮き彫りにする。 一方、図書館のメインフロアにあたるのは 地下 1 階。シブルのリサーチコレクションは 膨大な量にのぼるため、棚に置かれてあるの は閲覧用 6 万冊の辞書やディレクトリー、ハ ンドブックなどの一部で、ほとんどの資料は リクエストをして請求しなければならない。 そこで威力を発揮するのが、「電子カタログ センター」にある 48 台のパソコンで、お目 当ての資料を効率よく調べるためのナビゲー ターとなっている。 ◇デジタル情報へのゲートウェイ シブルでは従来の図書館のイメージを刷新 する、バラエティに富むサービスが提供され ているが、その目玉とも言えるのが、72 台 のコンピュータが整然と並ぶ「電子情報セン ター」だ。ここでは、高速インターネットは 勿論、ビジネス、科学、行政関係のデータベ ース、フルテキストの電子ジャーナル、経済 統計、ビジネスディレクトリーなどが無料で 検索できる。パソコンの使用にあたっては予 約が必要で、1 時間がワンセッション、1 日 2 回まで利用できえるが、予約が空いていれ ばそのまま使用が可能だ。短時間だけ利用し たい場合は、予約なしで 15 分だけ使える端 末もある。各パソコンにはレーザープリンタ ーが完備され、プリペイドカードで利用でき る。とりわけインターネットは人気が高く、 開館と同時に予約が殺到するため、「危ない ので走ったり押したりしないように」と注意 を呼びかけるアナウンスもあるほどだ。 ところでアメリカでは、公共図書館がイン ターネット端末やデータベースを無料提供す るのはもはや当たり前になっているが、シブ ルではそれに加えて 180 種類もの高価な商業 データベースを無料提供している。ひとつの データベースに、多いもので数万紙誌の情報 源が含まれていることを考えると、いかに広 範囲のリサーチが瞬時に可能になるかがわか る。利用者に人気の高い「ABI/INFORM Global」は、米国内外のビジネス、マネジメ ント、投資、マーケティング関連の刊行物八 〇〇以上を網羅、一九八七年以降の記事が検 索できる。「General Business File」は、 ビジネスマネジメント、産業・会社レポート、 金融分析などが毎日更新され、1982 年以降 のデータが見られる。また 150 万の企業情報 が検索できる「Dun's Millon Dollar Directory」もよく利用される。ニューヨー クタイムズをはじめとする 2300 の新聞・雑 誌、ニュースレター、学術雑誌などからなる 巨大データベース「NEXIS」も使うことがで きる。 専門分野に特化したものも豊富で、応用科 学とテクノロジー、会社人物情報、人口統計、 環境、食品、医療、スポーツ、ファッション など、守備範囲も広い。高価なものは契約上、 館内のパソコンからしかアクセスできないも のもあるが、図書館のホームページから図書 カード番号を入力して自宅やオフィスからア クセスできるものも多い。また、ほとんどの データベースはプリンアウトやダウンロード が可能である。 ◇ニューヨーク経済のエンジン 実際、連日通っていると、起業家、中小企 業の経営者、ビジネスマン、個人投資家や学 生をはじめ、データベースが実に様々に活用 されているのがわかる。ある起業家は、競合 起業の売上高などの情報を集めるために足を 運ぶと言った。「他にこんな情報を調べられ るところは、ニューヨーク中探してもありま せん」。将来はテクノロジー関係のコンサル ティング会社を興しグローバルなビジネスを 展開したいというエンジニアの男性は、週 2・3 回やってくる。「この図書館は、公共 施設の最もよいモデルだと思います。情報資 源の選び方もものすごく良いですね」。彼に とっては、国際ビジネス情報が多いのがシブ ルの魅力だという。 シブルの館長によると、南アジアのハンド メイドの工芸品を販売するサプライヤーを探 す、考案中の商標が使われたかどうか調べる、 中国のビール産業について、イタリアの宝石 製造者のリストを捜すといった具合で、実に 幅広いニーズがあるという。 シブルの電子情報担当者は、図書館の狙い はスモールビジネスを支援し、その競争力を 高めることにあるといった。「ファッション、 インテリア、出版、金融はニューヨークの大 事な産業です。ここは、商標登録をはじめ 様々なリサーチに使われています」。今やビ ジネスを成功させる鍵のひとつは、いかに最 新情報を多角的に収集し、分析するかにかか っているといっても過言ではない。ところが、 商業データベースは非常に高価で個人経営や 中小企業ではなかなか購読するのが難しい。 しかし、実際にニューヨークの経済を支えて いるのは、多くの中小企業であり、誰もが情 報を手に入れ易くすることで、情報のハンデ ィをなくすことが図書館の役割だというのだ。 「シブルはニューヨーク経済のエンジンにな っているのです」。 勿論、第一線の企業で活躍する面々が訪れ ることもある。会社でゆっくり調べ物をする 時間がないため、2 週間に 1 度やってきて情 報収集するといったのは、コンピュータアナ リスト。大手コンサルタント会社に勤めるリ サ・ベンソンは、「会社にもデータベースは ありますが、これほどの種類はありません。 記事検索やトレンドリサーチに会社の同僚も しょっちゅうやってきます」と話してくれた。 また、NGO の立ち上げ準備のために日本から やってきた人がいたのには驚いた。飛行機と ホテル代を考えても、高価なデータベースを どんどん使えるのは安上がりだというのだ。 ◇オフィス代わりに さらに、金融のプロにはおなじみの高価な ブルームバーグの情報端末も 3 台置かれてあ る。他ではなかなかアクセスできない情報だ けに毎日通ってくる人も多い。ディビッド・ ローズもその 1 人。ウォールストリートで 20 年以上勤めあげた彼は、転機を求めて 2 年前に投資会社を興した。「外国の金融情報 がこんなに豊富に、しかも早く得られるとこ ろは他にはありませんよ」。70 才を越える 個人投資家も、頻繁にやってくる。ダークブ ルーのスーツできめた女性は、最近、金融会 社を解雇された。就職活動中にも働いていた 頃と同じように、金融情報をアップデートし たいと言う。 端末の前は頻繁に利用するメンバーでちょ っとしたコミュニティになっており、情報交 換も盛んに行われていた。ちなみにこの端末 は、金融経済情報のブルームバーグ社創業者 で、現在ニューヨーク市長をつとめるマイケ ル・ブルームバーグ自らが寄贈したものだ。 市長になる前は、彼自身ふらりと図書館に立 ち寄ることもあったという。ブルームバーグ 自身も起業家で、投資会社に勤務した後、株 価情報をデータベース化し、瞬時に情報を引 き出せる端末を開発した人物だけに、シブル に共感するものがあるのかもしれない。 また、ケーブルテレビも「資料」として提 供されているのがユニークだ。ニュース専門 の CNN や MSNBC、経済ニュースのダウジョー ンズ・インベスターズネットワークニュース などのモニターが並び、最新ニュースのチェ ックが可能だ。 さらにシブルでは、ワークスペースも充実 している。館内の読書・作業用スペースは 500 席あり、全てに電源ソケットが内臓され ているからノートパソコンを持ち込んで作業 ができる。また「ラップトップ・ドッキング エリア」では、高速インターネットに接続で きるジャックがあり、図書館の蔵書カタログ やインターネットにもアクセスできる。しか し、これだけの環境が揃っているだけに、パ ソコンを持ち込んでオフィス代わりに使う人 や、経費削減のために図書館をサテライト・ オフィスとして使っている企業もあるという。 取材中、まさに図書館をフル活用して、し かも図書館を拠点にビジネスまで展開してい る 50 代の男性と知り合った。特に学歴や専 門があるわけでもない彼は、自分の最大の趣 味である競馬に目をつけて、競馬情報のニュ ースレターの発行を思いついたという。まず は図書館のインターネットで情報収集し、分 析し、無料の電子メールを使って 80 名の顧 客にニュースレターを送る。「週に 3・4 回は 来ています。おかげで経費はほとんどかかか りません。図書館は私のような貧しい者には じつにありがたい存在です」 あまりに面白い例なので図書館の担当者に 彼の話をしたところ、意外な答えが返ってき た。つまり、彼が失業したりホームレスにな って社会保障のコストをかけるよりも、図書 館の資源をどんどん活用してもらい得意分野 で「才能」を伸ばし経済的に自立してもらっ たほうが、ニューヨーク市にとっても彼自身 にとってもメリットが大きいというのだ。 (2)「情報デザイン」のプロ集団 ◇「顧客」のニーズに対応 多様な情報の提供だけでなく、それに付随 したサービスの分野でも 21 世紀型図書館の モデルになるのがシブルの目標だ。「図書館 はとかく動きが鈍いというイメージがありま すが、我々はカスタマーが必要とする情報を 迅速に提供できるように常に努力していま す」。シブル館長のクリスティーナ・マック ドナーはこう言った。利用者をカスタマー (顧客)と表現するのがシブルらしい。「単 にユーザーのニーズに応えるだけでなく、ど んなサービスが必要とされているかを、我々 の側が積極的に捜しだしていくことが必要で す」。 なかでも力を入れているのが、利用者が求 める情報をいかに効率よく探し出す支援をす るのか、というレファレンスのサービスだ。 館内の「情報サービスデスク」では、数人の スタッフが常に待機していて、ユーザーの 様々な質問に答えたり、最適な情報源をアド バイスしたり、情報を探す上でのノウハウま で教えてくれる。「中国で帽子を製造して輸 出するビジネスをしたい」といった漠然とし た質問にも懇切丁寧に答えてくれる司書の存 在は心強い。レファレンスは、電話や手紙、 電子メールでも受付けており、毎日午後 2 時 からは 1 時間の利用案内のツアーも組まれて いる。 ウォーカー調査図書館代表は、図書館に重 要なのは豊かなコレクションとスタッフだと 言い切った。これだけ情報量が膨大になれば、 本当に求めている情報にたどり着くためには、 ユーザーとコレクションを結び最適な資料に 結びつけるスタッフのガイドが不可欠だとい う。また館内には、情報検索をより適切に行 えるように、司書が作成したリーフレットが 随所に置かれてある。オンライン蔵書カタロ グの効果的な使い方から、データベースの一 覧リスト、商標情報を探すための文献や、図 書館以外の関連団体の電話番号、インターネ ット情報情報源や、特許情報の探し方のアド バイスなどといった具合である。 ◇デジタル情報のアクセスを保障 さらにデジタル時代の司書能力がフルに生 かされているといえるのが、シブルのホーム ページに設けられた「リソースガイド」だ。 このガイドは 14 のカテゴリーからなり、リ サーチのトピックに合わせて資料を探す上で の具体的な方法と情報源が上手くまとめられ ている。「マーケットリサーチ」の欄をクリ ックすると、「マーケティングはどんなビジ ネスにおいても成功を左右する大切なもので ある」とその重要性を解説した上で、それに 応じてステップ・バイ・ステップのアドバイ スが続いていく。リサーチの際には「潜在的 な顧客の把握」「競合を知る」「ビジネスを 行う州の状況把握」といったポイントを絞る ことが提案され、それに応じた本やオンライ ンの情報資源がリストアップされ、リサーチ 戦略もまとめられている。 「国際貿易」では、国別と業種別に情報源 を整理し検索しやすい工夫がされ、「会社情 報」では、米国か外国か、民間企業か公共セ クターか、株式公開が近いか、業界別、サー ビス別、マイノリティ・女性経営者、非営利 組織、トップランクかそうでないか、などと 分ける事によって、必要な情報にたどり着き やすいようにデザインされている。 「スモールビジネス」では、マーケティン グ、プランニング、資金調達などの情報を提 供してくれるが、司書が吟味した本やビデオ、 データベースの一覧、解説つきのインターネ ットのリンク集、講座やイベント案内も出て きて、図書館のあらゆる資源が活用できるよ うに編集されている。情報源は本に限らずデ ジタル情報も含まれており、これからは印刷 情報だけでなくテクノロジーにも明るい専門 家が求められていることが見て取れる。こう した情報は、インターネット上で公開してい るため、ニューヨーカーは勿論、誰もが自由 に参照することができる。こうしたものを見 るにつれ、アメリカの図書館には「編集機 能」があり、情報資源を必要に応じてピック アップし、ユーザーが活用しやすいようにデ ザインしていることを実感する。 こうしたシブルの司書の能力は、他の団体 からも注目されている。「スモールビジネス リソースセンター」は、ニューヨークを拠点 としたスモールビジネスにターゲットを絞り、 地元でビジネスを行う際の関連情報やイベン ト案内が網羅できるホームページだ。もとも とは、ニューヨークを魅力あるビジネスの街 にし経済活性化を狙う目的を持つ NPO ニュー ヨークシティ・パートナーシップと商工会議 所によって立ち上げられたが、ビジネス情報 のプロであり莫大な情報源を持つシブルに白 羽の矢が立ち、共同プロジェクトとしてリニ ューアルされた。地域コミュニティでは、 様々な団体が個別に情報提供している例は少 なくないが、利用者にしてみればワンストッ プで情報検索ができればそれに越したことは ない。 「プログラムロケーター」は、ビジネスア ドバイス、資金調達、関連の行政担当などカ テゴリーごとにキーワードで検索ができ、ま たニューヨークでビジネスをはじめるにあた っての基本情報を提供する「ビジネスオーナ ーのマニュアル」では、市の法規、税金、資 金援助などの支援プログラム、雇用などから、 アイディアを守る、輸出入、雇用者ガイドラ インといった項目に対してのアドバイスと情 報資源がまとめられている。さらに、地元団 体とのリンクも充実しており、ビジネス雇用、 経済開発、資金援助などの情報、同時多発テ ロによる被害のローンプログラムなどにもリ ンクしている。 こうした司書たちの優れた情報編集能力は、 図書館の多岐にわたるサービスにも反映され ている。そのひとつが、個人や企業の依頼に 応じて専門的な調査を請け負う「NYPL エク スプレス」という有料リサーチサービスだ。 人物企業調査、産業動向、マーケットリサー チなどを行なうが、クライアントには約 500 社の企業が名を連ねる。米国以外の世界中に 顧客があり、日本企業から依頼を受けること もあるという。ここでの収益は、研究図書館 の資金として使われている。 ◇情報リテラシーの育成も ところでシブルでは、情報の提供だけに止 まらずデジタル時代に対応した、情報探索や 情報活用能力の育成を重要課題として受け止 め、多様なフォーマットの情報をいかに探し 出し、評価し、使いこなすかといった情報リ テラシーの育成もサービスの視野にいれてい る。当初は多様な情報にアクセスできること が利用者に好評だったのが、そのうちにどん な情報にアクセスすればよいのか、という問 題がでてきたという。 39 台のパソコンを完備した電子トレーニ ングセンターでは、「図書館の基本スキル」 (シブル入門、図書館のオンラインカタログ、 企業人物情報、電子インデックスを利用した 雑誌・ジャーナル・新聞の捜し方、電子情報 検索全般に関する質問)といったベーシック なものから目的別のものまで様々な講座を設 けている。講座はコンピュータの使い方が目 的ではなく、図書館の情報資源を活用するた めにどうコンピュータを使いこなすかに主眼 が置かれている。 クラスは、大きく 5 分野に別れ、「インタ ーネットスキル」(初級、サーチエンジン、 情報の評価、職業とキャリア情報の探し方) 「ビジネス情報」(輸出をはじめるために、 トレードマーク入門、マーケットリサーチ、 スモールビジネス、ストックとミューチュラ ルファンド)「行政情報」(行政情報入門、立 法機関情報の探し方、特許入門、商標入門) 「科学情報」(科学情報入門、特許入門、ア パレル&テキスタイル、ビルと建設、食品化 学、天文学情報)といったものがある。戦略 的にどう情報を探し出し活用するかを重視し たカリキュラムが特徴で、講座は月 100 回、 約 1000 人が参加し、96 年の開館以来、受講 者数は 5 万人を突破するほどの盛況ぶりだ。 「情報の評価の仕方」の講座を見てみよう。 評価の基準を、客観性、権威、扱う範囲とし、 ホームページでの情報発信の動機や、どんな 人がどんな資格で書いたか、作成者に連絡す る方法があるか、扱う範囲は十分かなど比較 と評価を行う。正確さでは、誰が書いたのか、 著者に連絡できるか、権威、誰が出版したも のか、その証明は、客観性、なぜこれが書か れ、意見は盛り込まれているか様々なサイト を実際にチェックしてみる。ドメインである com edu gov から情報を見ていくこともひ とつの方法だ。こうした情報リテラシーの講 座は、コロンビア大学など 10 以上の教育機 関が共同で提供する eLearning 講座にも活か され、シブルのスタッフが開発したビジネス 情報活用法の講座もある。 さらにユニークなのは、司書全員が情報関 連の講座で講師を担当することになっている 点だ。良いインストラクターの条件は、情報 を共有しようとする意欲や理論を実践的に応 用する力、柔軟に教えられる、人の話を上手 く聞くスキル、などコミュニケーション能力 の必要性があげられている。 毎回、講座終了後には講師のプレゼンテー ションスキルから内容、教え方までアンケー トが配られ、その結果は講座の見直し、マー ケティングなどに反映される。開館当初に比 べると、今では格段にコース数が増え、また 曜日ごとに分野ごとに講座を行うようになっ たため、関心分野の複数の講座が同じ日に受 講できるようになった。 シブルでは主にスモールビジネスと国際貿 易に力を注いでいるが、もうひとつ重視して いるのは科学教育の促進である。高校の科学 の教師、高校・大学生向けの講座、その他の 教育団体や起業家へのサービスを提供する団 体など受講者のニーズに応じたカリキュラム を作成しトレーニングを行っている。ほかに も、企業、研究者などに対する講座も行って いる。シブルでスタートした講座は高い評価 を受け、2002 年には本館のサウスコートセ ンターに同様のクラスを行う施設を開催する までになっている ところで、講座は電子情報を扱うものが多 いが、印刷資料も同様に重視しており必要に 応じて印刷と電子情報の両方を取り入れてい る。重要なのはデジタルか印刷情報かといっ た二者択一ではなく、それぞれのメディアの 特徴をどう活かせば図書館サービスを最大限 可能にするかを考えることが最も重要だから だ。 シブルが多くの電子資料を提供しているの は、ビジネスには事実や数字など最新情報の 入手が不可欠だという背景がある。例えば最 高経営者(CEO)が朝 9 時に解雇されて午後 に新人事が決まっていれば、オンラインなら それがいち早く分かる、とウォーカー研究図 書館代表は説明する。それに比べる、印刷物 では数年、改定がないことも珍しくない。そ れだけに。なかなか内容の更新ができない印 刷されたディレクトリーは、今では次第に使 われなくなっているという。 ◇ビジネス講座も 連日、専門家を招いた多数の講座も行われ ている。起業に関したものだけでも、「ビジ ネスプランの練り方」「自宅を拠点に仕事を する」「スモールビジネスのための会計」 「会社の売り込み方」などと様々だ。さっそ く「インターネットをビジネスにどう活かす か」という講座に参加してみた。講師は現役 のコンサルタント。熱心に聞き入っていた男 性に後で聞いてみると、現在はコンピュータ 会社に在籍しているがインターネットを使っ たビジネスで起業しようと考えているという。 約 20 人の参加者のうち半分以上はビジネス マン。残り半分は起業を考えている 30 代が 多かった。「時間があればここにきています。 情報収集も十分にしましたし、起業家講座に もずいぶん参加しました。準備はほぼ万端で す」 講座のコーディネーターである司書のジャ ッキー・ゴールドによると、人気の講座はビ ジネスプランや資金調達、マーケティングに 関するものだという。講座の企画担当をする 彼女は、タイムリーな講座を催すためには、 日ごろから最新情報を収集し、外部とのネッ トワーク作りが欠かせないという。 「スモールビジネスマーケティング」講座 も盛況だった。専門分野についての知識は持 ち合わせていても、ビジネスをアピールして いくのは難しいだけに人気が高い。講座では 自己紹介の時間が設けられ、お互いを知る機 会になりコミュニティ意識が持てるが、それ にしても起業の動機やビジネスのタイプも多 岐にわたっている。 解雇を機に就職情報の収集のためにシブル に通うようになった男性は、今では起業に興 味を持ち、毎週土曜日に通ってくるようにな った。医学博士の女性サンドラ・カーターは、 15 年間医師として働いてきたが、8 年前から ダイエット関連のビジネスをはじめた。定年 間近の公務員は、化粧品のコンサルティング ビジネスの準備中。パーティー好きが嵩じて パーティーコンサルティングの仕事をはじめ た 24 歳の女性。2 年前から起業準備をし、 半年前からビジネスをはじめた 20 代の女性 は、ブランドイメージを作る難しさを痛感し、 ビジネスの見直しをしているといい、シブル の講座がヒントになれば、とやってきた。 ◇ネットワーク作りにも 講座では、講師の話も勿論参考になるが、 参加者からも経験に基づいた生のアドバイス が活発に出るのが面白い。広告戦略に関して、 参加者から記事やニュース番組で取り上げら れるほうが広告よりも信頼性が高く圧倒的な 影響力があり、しかもお金がかからないとの 「体験談」が出た。記事に取り上げてもらえ るようにメディアにプレスリリースを送った り、ニュースになるような教育や子どもにか かわるイベント作りが大事だと言う人もいた。 また、会社用のロゴを安くつくりたいとの質 問には、アート関係の学生に声をかけてコン ペにすると安い割には良いものができるとの アドバイスもあった。 講座に参加している人たちは、直面してい る課題を解決し、同じ志を持つ人たちとのネ ットワークを作るためにやってきているとい う印象が強い。「情報は人に直接聞かなけれ ばわからないことも多いですが、まさに図書 館がその場を提供している」というのは、参 加者の男性のひとり。「経験にもとずいたア ドバイスが多くて、参加料を支払った講座よ りもずっとよかった」という声もあった。 セミナーが終わっても、お互い名刺のやり 取りや情報交換でなかなか会場から立ち去ろ うとしない。1時間ほどが過ぎてやっと人が まばらになり、データベースをチェックする など図書館内に散っていった。参加者のひと りは「シブルが提供しているのは、究極の市 民サービス」だと話してくれた。 実際にビジネスを進めていけば思いがけな い壁にぶち当たることは多々あるが、図書館 ではこうした人たちを支えるための無料ビジ ネスアドバイスの窓口も設けている。リタイ アした企業経営者らが無料でビジネスコンサ ルティングを行う「SCORE(スコア)=the Service Corps of Retired Executives)」と いう NPO である。ある利用者は、「情報が溢 れているとはいえ、いくらインターネットで 調べてもわからないことが多いだけにスコア は貴重です。個別の事柄に合わせてアドバイ スしてもらえるので助かります」と語る。 (3)ビジネス図書館を支えるもの ◇行政と民間のパートナーシップ シブルの至れり尽くせりのサービスぶりに は眼を見張るばかりだが、こうしたダイナミ ックな活動を可能にしているのは、資金源を 行政と民間の両方から募っている、いわゆる パブリック・プライベート・パートナーシッ プ(PPP)方式をとっているからだ。総費用 の一億ドルの約半分は個人・企業の寄付金や 財団からの資金でまかなわれているが、個人 としては図書館の理事でもあるカルマン夫妻 が 750 万ドルという莫大な資金を提供してい る。 シブルの館内には寄贈者の名前がいたると ころに彫り込まれ、寄付を寄せた企業や個人 の名前が読書室や各センターの冠名として数 多く使われている。物品の寄贈としては、 IBM が 60 台のパソコンを贈り、館内案内な どがタッチパネル方式で見られるインフォメ ーションキオスクの開発も行った。USB ペイ ンウェバーの会長は、「深く分析されたわか りやすくタイムリーな情報は、ビジネスでの 決定を下すために中心的な役割を果たす。こ うした情報にアクセスできるようにすること は、わが社やコミュニティのいかなるビジネ スにとっても利益のあるものだ」とシブル支 持の理由を語っている。 「人は誰でも成功したら、図書館に恩返し したいと思うんです」とウォーカー代表は語 るが、アメリカでは成功を収めた人物が公共 施設に寄贈することは善意として行われるの は勿論、社会的なステイタスを高めたり、税 の優遇制度などとあいまって極めて盛んであ る。図書館としても、民間から寄付を募うの は楽ではないが、独立した財源を確保するこ とで、市の財政や担当者の意向に左右されに くいダイナミックなサービスが展開でいると いうメリットがある。 もっとも研究図書館は、もともと 3 つの財 団が合併して作られたものであり、開館当時 の 100 年以上も前から PPP によりサービスを 充実させてきたという歴史がある。またその 後は、貧しい少年時代を過ごしたカーネギー が、図書館で学ぶことで鉄鋼ビジネスで大成 功を収め、その謝意からニューヨーク公共図 書館をはじめアメリカ公共図書館の発展に大 いに貢献したことはよく知られている。 ◇プロフェッショナルな司書 ところでウォーカー代表は、優れた図書館 サービスの必須条件を「豊かなコレクション に加えて、ユーザーとコレクションを結びつ ける優秀な司書の存在だ」と説明した。確か にシブルがシブルたるのは、幅広い知識と専 門性をもち、電子メディアにも明るく、企画 能力に加えてコミュニケーション能力やネッ トワーク能力を持ち合わせた司書たちがいる からだ。ちなみに司書の条件としては、ビジ ネスがどういうことなのか、また対象として いる人たちの考え方や視点を理解することと に加えて、実際にビジネスに関わる人たちと のネットワークが欠かせないという。また資 料面では、図書館が持っているもの以外に、 デジタル情報も含めて他にどのようなものが あるのかを幅広く知り、さらに実際に自分も ビジネスをやってみたいと思うようなチャレ ンジ精神とリスクを恐れない前向きの人であ ればなお良いというのが、ウォーカーの考え だ。 シブルのスタッフは約 100 人。専門職が司 書の資格を持った約 40 名で、あとはパート タイムなどからなる。ちなみに館長のマック ドナーは修士号を取得した後、大学のビジネ ススクール図書館で司書や管理職をつとめ、 その間に近所の高校生から大学生、中小企業 から外国のエグゼキュティブなど多様な人た ちと関わり、またリサーチトレーニングのプ ログラムの開発にも従事してきたキャリア 25 年のベテランである。ちなみにアメリカ で司書というのは、大学院で図書館学を学び 修士号を修めた人を指し、日本に比べると専 門的な教育を受けているといえる。 シブルではスタッフ教育が重視され、ケロ ッグ財団から 50 万ドルの助成を受けてハイ テクスキルや迅速でわかりすい顧客サービス の向上、次世代の情報専門家としての訓練な どを中心に据えた研修を行っている。豊富な 情報資源に、スキルを向上させるための数々 の講座。「シブルで仕事をすることは、司書 にとってのドリームジョブ(夢のような仕 事)ですよ」とウォーカーは語っているが、 そのために報酬は決して良くないが優秀な人 材を獲得でき、長く留まってもらえるという。 また、司書たちは外部とのネットワークづ くりも盛んで、市の関連団体と密接に連絡を 取り合い情報収集しコレクションや企画の参 考にするほか、中小企業ビジネス、企業家、 NPO などへの情報提供やアドバイス、ニーズ に合わせた情報トレーニングの特別講座など も行っている。マンハッタンのインターネッ ト関連企業が集積するシリコンアレーの振興 団体に対して情報トレーニングを行った例な どもある。 ◇経済活性化のインフラ シブルのオープニングセレモニーで、ジュ リアーニ元市長は、「科学・産業・ビジネス の分野でニューヨークは世界の中心的な役割 を果たしています。図書館建設には莫大な資 金がかかっていますが、我々が得られるもの に比べれば些細なものにすぎません」と語っ ている。こうした発言は、市民の潜在能力に 賭け、個人が力をつけることが、長期的には 社会全体を潤すことにつながるであろうこと を明確に意識ものなのだ。 現在、ニューヨーク経済は、同時多発テロ の影響を受けたこともあり、景気後退による 企業の倒産や失業者の大量発生という苦しい 状況にある。しかしだからこそ、こうした図 書館の存在がますます貴重になるのだといえ る。 そして、閉塞した経済状況が長引き、倒産 する企業や失業者が増えつづけ、新規ビジネ スの展望もなかなか見い出せない今の日本の 現状を考えた時、我が国にとってもビジネス 図書館というインフラは、個人の様々なアイ ディアや能力を最大限引き出し、経済を活性 化させる上で一考に価するものではないだろ うか。◆