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音と振動の世界
特集 音と振動 【特別記事(寄稿)】 音と振動の世界 音と振動は密接な関係にあり,物体が振動することにより音が発生し,ま た音が物体に伝わることにより振動が発生します。このように一方が他方を 励起し,互いにエネルギーのやり取りをすることを「連成」と言います。こ の連成には,さまざまな度合や程度があり,両者の関係を調べることは,現 象を把握するために欠かせません。例えば,機械の低騒音化を考えるときに, 吉村 卓也 Takuya Yoshimura 首都大学東京 理工学研究科 機械工学専攻 教授 この連成のメカニズムを理解しておくことは大変重要です。本稿では,箱型 構造の振動と内部空間の音の連成を取り上げ,連成をとらえる方法と騒音低 減の取り組みの考え方を紹介します。 [専門分野]振動工学,機械力学 音と振動の相互関係 体表面には音圧による加振力が作用し 示すでしょうか? 一般に,物体が振動すると音を発生 ます。すなわち,音は振動の原因にも 図 1 のようなモデルを考えてみます。 します。これは,物体表面が振動する 成りうるわけです。 これは,5 つの面が剛な硬い壁に囲ま れており,一面だけが比較的柔らかい ことにより空気の粒子がある方向に速 度を持って運動し,これが粗密波と 音と振動の連成特性 弾性パネルに接している直方体の閉空 なって空間を伝わり「音」となるから 構造物や閉じられた音響空間(閉空 間です。このとき,パネルと空間は連 です。このように振動は音の原因とな 間)は,それぞれの特性として固有振 成特性を示します。すなわち,閉空間 る外乱であり,振動による空間の排除 動数や固有振動モード(☞参照)といっ はそれ自体で共鳴特性を持ち,構造物 体積を外力と見なすことができます。 た固有特性を持ちますが,音と振動が はそれ自体で共振特性を持っています 一方,振動の原因は物体に作用する 連成する場合には,どのような特性を が,このモデルでは,それぞれが相互 力です。音による粒子の振動は圧力変 化(音圧)となって伝播するため,物 ☞ 固有振動数,固有振動モード 構造物は,特定の周波数の外力に対 して共振し,大きな振動応答を示しま す。この周波数を共振周波数もしくは 固有振動数と呼び,その時の振動形態 を固有振動モードと言います。また, 閉空間にも構造と同じように共鳴周波 数があり,特定の周波数の音が伝わる と音が大きく成長します。すなわち, 閉空間にも同じように固有振動数,固 有振動モードが存在します。これらを 総称して,固有特性と呼んでいます。 4 Vol.71 No.11 2014.11 A点(1.5, 0.7, 0.6) 1.2[m] S点(0.5, 0.7, 0.0) 1.4[m] z y 2.0[m] 原点 x はり要素 シェル要素 図 1 剛壁とパネルで囲まれた空間モデル 加振点 加振点 構造系 構造系 1 評価点 1 評価点 0.5 音響系 音響系 0 0 −0.5 −0.5 −1 −1 音圧分布 音圧分布 ます。 図 2 , 3 にその例を示します。図 2 は 共振周波数におけるパネルの振動とそ 図 3 音響主体の連成固有モード(85 . 8 Hz) 位相 (deg) 図 2 構造主体の連成固有モード(73 . 4 Hz) に影響を与えながら固有の特性を示し れに伴う空間の音圧分布を示しており, 180 90 0 −90 −180 60 10−1 パネルの振動によって空間に音が放射 65 70 75 80 85 構造主体 モード 振幅 ける音圧分布を示します) 。 90 95 100 音響主体 モード されている様子が分かります(下図は 空間の中心を通る鉛直(X-Z)断面にお 0.5 10−2 次に図 3 は,空間の共鳴を示す周波 数付近における空間の音圧分布とそれ に伴う振動モードを示しています。音 10−3 60 70 75 80 85 90 95 100 周波数 (Hz) 圧分布をみると中央部に音圧の変化し ない節が存在し,左右に対称な音圧分 65 図 4 構造 - 音響連成系における周波数応答関数の例 布になっています。ここでは,共鳴に よる音圧変化に伴ってパネルの振動が 点 S を加振点とし,点 A を騒音評価点 鳴が主体となるピーク(音響主体モー 励起されていることが分かります。 とします。この時の周波数応答関数 ド)であることが図 2,3 の固有モード このように連成系では,構造もしく (☞参照)を図 4 に示します。これは加 の分析結果から理解されます。騒音を は音響が主体となりながら系全体とし 振点 S を単位力で加振した時に,どの 低減するには,具体的にはこのような ての特性を示します。この関係は,厳 ように評価点 A で音が発生するかを ピークの振幅を小さくすることが有効 密には車両とその室内の間にも成り 示しています。ここで,例えば 73 Hz です。 立っており,車室内の音は空間の共鳴 付近はパネルの共振が主体となるピー 評価点の音を低減するためには,次 と車両の共振によるそれぞれの固有振 ク(構造主体モード),86 Hz 付近は共 のいずれかの方法を考えることにな 動数の影響を受けています。 低騒音化 それではここで,空間内の騒音を低 減する方法を考えてみましょう 1)。例 えば,図 1 に示したパネル中心線上の ☞ 周波数応答関数 対象物を加振したとき,加振力と応答の比を加振する周波数の関数として示した ものを周波数応答関数(Frequency Response Function:通称 FRF)といいま す。応答量は振動の場合は加速度を計測し,音響の場合は音圧を計測すれば,加速 度 / 力,もしくは音圧 / 力の特性を得ることができます。 Vol.71 No.11 2014.11 5 ります。[ 1 ] パネルの振動を小さくす 表 1 構造 - 音響連成系における騒音低減方法 る。[ 2 ] パネルの振動が音として伝わ りにくくする。[ 3 ] パネルから放射さ れた音が評価点に伝わりにくくする。 1. 構造の振動を小さくする 【構造特性の改善】 2. 振動が音として伝わりにくくする 【連成特性の改善】 3. 放射音が受音点に伝わりにくくする【音響特性の改善】 (表 1 参照) ここで [ 1 ] は,パネル自体の振動を 小さくすることで達成でき,正攻法と 2 いえる方法です。通常はこの方法でま ず対策をして騒音を小さくしますが, 8 3 1 振動をゼロにすることは現実には不可 4 7 能なので,これだけでは不十分な場合 も多いと言えます。これは構造特性の 5 改善です。 6 次に,[ 3 ] は空間の形状や特性を変 右側スピーカー えることを必要とし,車両では大きな 左側スピーカー 変更は困難ですが,吸音材などによっ て音を減衰させる対策が可能です。こ マイクロフォン 六面スピーカー 加振点:8 点,応答点:387 点 対象車種:SUV 型車両 れは音響特性の改善と言えます。 図 5 スピーカーを用いた音響周波数応答関数の測定 最後に [ 2 ] ですが,音になりやすい 振動を抑制するという方法で,これは 振動成分に着目した対策となります。 この過程で対策を誤ると,振動は下げ づく連成の固有モードを正しく把握し, あり,そのモデル検証のためにも車室 たのに,音は小さくならないという事 それに基づいた対策が重要となります。 内の音響特性を詳細に把握する必要が 態が生じます。これが連成特性の改善 この方法として,音響加振(☞参照) あります。以下に,SUV 型乗用車を であり,騒音対策の中でも難しい重要 が利用されています。すなわち,音響 対象にした音響主体モードの同定例を な技術と言えます。 加振点にスピーカーを設置し,音によ 示します 3)。 パネル共振による固有振動数 り加振して周波数応答関数を計測しま 図 5 は音響加振用スピーカーと車室 (73 . 5 Hz) においては,[ 1 ] の構造対 す。ここで空間内部の音圧を計測すれ 内のスピーカー設置位置を示していま 策が主な対策となりますが,共鳴によ ば,音響モードを知ることができ,同 す。スピーカーを車室内 8 ヶ所に設置 る固有振動数(85 . 8 Hz)では,[ 2 ] の連 時に構造の応答を計測すれば,この音 し,車室内の境界部付近の周波数応答 成特性の対策が重要となります。 響モードに連成する構造モードを知る 関数を多点で測定します。この周波 ことができます。 数応答関数は図 6 に示すようなもので, 例えば,図 3 に示す音響主体の固有 減衰が大きいため明確なピークはなく, モードに対する騒音対策を考えると, 固有モードを精度良く抽出するのは難 音響加振による振動応答から,図 3 の しいと言えます。200 Hz までの周波 構造モードを知ることができるので, 数範囲には,構造主体モードが少なく この構造振動を低減する構造対策が, とも数百個あるのに対して,音響主体 騒音低減には有効であることが分かっ モードはせいぜい 20 個程度存在する ています 2)。 と言われています。したがって,ここ 音響主体モードの構造対策 このように騒音対策では,共鳴に基 ☞ 音響加振 スピーカーを用いて音で加振するこ とにより,周波数応答関数を計測する ことが可能です。応答量は,構造の加 速度,もしくは音響の音圧を計測する ことにより,加速度 / 体積加速度もし くは,音圧 / 体積加速度の特性を得る ことができます。 6 での固有モードは音響主体モードに 音響加振実験 絞って観察,同定することが重要です。 自動車の車両開発段階においては, そのために,音圧の周波数応答関数だ 車室内騒音を精度良く予測する必要が けを用いて応答曲線をカーブフィット Vol.71 No.11 2014.11 位相 (deg) 180 0 −180 10 1 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 振幅 10 0 10−1 10−2 10−3 合成 測定 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 周波数 (Hz) 測定された周波数応答関数(青線) に対して, カーブフィットによりモード特性を同定(赤線) 図 6 測定された音響系周波数応答関数の例 前後2次 左右足元 左右1次 81.25 Hz 84.32 Hz + 0 Z Y X 足元付近 後方収納スペース − 下から見た図 音圧 図 7 実験により同定された音響主体モードの例(ボディ表面付近の音圧分布) することにより,音響主体のモード特 性を同定します。 おわりに 本稿では箱型の構造物を対象として, 音と振動がどのように連成しているか 抽出された音響主体モード について説明し,騒音対策のために求 図 7 には車両内部の音圧分布で表し められている技術を紹介しました。 た音響主体モードを示します。これら 実構造物における振動騒音対策には, を見ると,車両の前後方向や左右方向 これらの知見が欠かせませんが,まだ にさまざまな共鳴が起きていることが まだ解き明かすべき課題が多く残され 分かります。このような音圧分布を正 ています。音と振動の現象を解き明か 確に把握することが,車両内部の騒音 し,その特性を踏まえた先進的な構造 レベルの正確な予測やその対策につな 設計につなげることができるように, がります。 少しでもお役に立てればと思っていま す。 文 献 1)古屋耕平,吉村卓也,須藤晶,成國星哉: 振動音響連成系の音圧最小化問題に対 する最適性の考察とそれに基づく構造 最適化,日本機械学会論文集(C 編), 72 - 14,pp. 3767 - 3774,2006 2)丸山新一,呉小山,山本崇史:構造・ 音響連成モードの実験法および計算 との比較,自動車技術会,2006 秋季 講演会前刷集,95 - 6,63 - 2006564, pp. 1 - 6,2006 3)吉村卓也,丸山新一,伊庭周作:車 室内音場を対象とした多入力音響加 振 実 験 と モ ー ド 解 析, 自 動 車 技 術 会,2012 春季大会学術講演会前刷集, No. 45 - 12,pp. 19 - 23,2012 Vol.71 No.11 2014.11 7