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「日本型」技術・サービスの国際展開 - Nomura Research Institute

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「日本型」技術・サービスの国際展開 - Nomura Research Institute
11 年 1 月号 Vol.15
本誌に掲載されているあらゆる内容の無
断転載・複製を禁じます。すべての内容は
日本の著作権法および国際条約により保
護されています。
Copyrightⓒ2010 Nomura Research Institute,
Ltd. All rights reserved. No reproduction or
republication without written permission.
「日本型」技術・サービスの国際展開
本稿では、日本が得意とする技術・サービスの海外への“輸出”に加え、海外から日本市場への
“輸入”に着目した市場開拓を取り上げています。製品を中心に、日本は過去に多くの輸出に成功し
てきましたが、今後の輸出入の対象は、単品に留まらず、産業の仕組み全体に及びます。情報通
信、エネルギー、金融、都市開発等の分野で仕組みの輸出入が注目される一方、次世代に展開可能
な新たな仕組みの創出が必要となるでしょう。
■ 情報通信産業におけるインフラ輸出を成功させるために
~認識すべきマーケティングへの投資判断の重要性~
石綿 昌平
情報通信産業においては、M2M コミュニケーションを利用した社会インフラの提供、および EC 決済や
SMS 送金等の金融・決済インフラの海外展開が注目されている。これらを成功させるためには、輸出と
いう概念を超えた、現地企業・産業育成型のマーケティング活動が重要となる。
■ 原子力分野の海外展開における課題
~各国市場特性に対応した体制構築~
門林 渉
旺盛な建設需要を背景に、「原子力発電の輸出」が脚光を浴びている。海外展開に向け、日本にとっ
て優先度が高い市場は米国および欧州諸国であり、途上国については受注活動に注力すべき案件
を見極める必要がある。また、建設においては、機器の標準化や SCM 構築等が重要な課題となる。
■ 日系 EV の普及に向けた日本の充電規格の世界標準化
田窪 寿吏
日本の充電規格が世界標準になることは、日系EVの普及の大きな後押しとなる。そのため、日本の充
電規格について中国やスペイン等で積極的に実証実験を行い、世界各地への汎用性を高めるととも
に、他国勢にとっての実験エリアへの参入障壁を高めることが有効である。
■ ID 連携によるユーザー志向の送金サービス
~「日本型」送金サービスで狙う世界の決済市場~
伊藤 智久
2010 年 4 月に資金移動業が創設されたことで、国内のリテール送金サービス市場に、有力なプレイヤ
ーが参入している。とくに携帯電話キャリア等を含む ID ホルダーの参入によって、ユーザー志向で高
付加価値な「日本型」送金サービスの提供、および世界のリテール送金市場の開拓が期待される。
■ 日系企業によるハラール市場開拓に向けて
茂野 綾美
イスラーム圏におけるハラール認証制度の展開、非イスラーム圏における「ハラール特区」構想の活発
化とともに、我が国でもイスラーム圏からの観光客誘致や人材登用に本腰を入れ始めている。日本企
業は、海外イスラーム圏への進出に加え、国内のイスラーム教徒に着目した市場開拓が求められる。
■ 新都市開発で広がる新たなビジネスチャンス
~次世代都市システムの展開~
高橋 睦/松岡 未季
各国が先行して新興国に向けたスマート都市化支援に動いている中、新都市開発に参入していくに
は、「日本勢」としての強みを明確にすることが求められる。また、技術・経験を活かしたソリューション
パッケージにより、他国勢との差別化を図る必要がある。
■ 【コラム】 “海外ブランド”の存在感
前川 佳輝
11 年 1 月号
情報通信産業におけるインフラ輸出を成功させるために
~認識すべきマーケティングへの投資判断の重要性~
株式会社野村総合研究所 情報・通信コンサルティング部 上級コンサルタント
石綿 昌平
いかに多くの良質なアプリケーションを提供されるかが重
要となる。アップルは、アプリケーションを作成する専門
企業に投資するファンドである iFund を 100 億円で組成
している。このような投資活動は、iPhone というエコシステ
ムを展開するための、マーケティング活動の一つといえ
る。
各社とも、開発や生産部分での独自性や優位性もさる
ことながら、マーケティング面に大きな投資を敢行してき
た。日本企業がマーケティング、とくにグローバルマーケ
ティングに弱いという評判は、今に始まったことではない。
そこには、マーケティングに対する投資の重要性を認識
し意思決定することすらできてこなかった日本企業の実
態があり、単なる手法の巧拙の問題に留まらないだろう。
1.グローバル市場での競争優位の変化
1)日本の情報通信関連機器の海外展開
日本の情報通信関連機器は、「ガラパゴス問題」の発
信地である。携帯電話端末のグローバルでの市場シェア
は数%にまで下落し、低迷している。また、パソコンのシ
ェアも長年低いままである。
その理由は多くあるが、デジタル化の流れで、日本企
業が得意としてきたアナログ技術、ものづくり単体での差
別化ができなくなったことが大きい。AV 家電は、ビデオ
デッキやブラウン管テレビの時代には、日本企業のシェ
アが高かった。携帯電話端末も、小型化技術が競争優
位性の核になっていた時代には、海外でもある程度のシ
ェアを占めていた。しかし、近年、日本企業の海外市場
からの撤退が相次ぐ事態となった。それは、市場での勝
敗を決める競争優位性が変わったことを意味する。
2.パッケージ型社会インフラの輸出に
おける情報通信産業の役割
2)マーケティングへの投資判断の重要性
携帯電話端末のグローバル競争においては、大規模
な広告投資や販売チャネルのマネージメントが重要な要
因であった。サムスンは、半導体・液晶では生産に、携
帯電話端末では広告に多額の投資をすることで、日本
企業を引き離した。また、ノキアは、中国市場の開拓にあ
たり、数千人の販売人員を確保している。
直近では、アップルの iPhone が、シェアの増加が著し
く、端末としての独自性が高く評価されている。ただし、
そのアップルにおいても、ブランドや販売チャネルに対し
て多大な投資を行っている。例えば、アップルストアを
2001 年に開店すると、全米各地で店舗数を急拡大させ、
現在 230 店舗を展開する。これが、iPhone のブランディ
ングやマーケティングに大きな効果を発揮している。海
外でも、2003 年の日本の銀座店の開店を皮切りに、各
地に出店している。
また、iPhone の成長を支えたのは、App Store を中心と
した、アプリケーション市場におけるエコシステム1の構築
である。アプリケーション市場では、世界中の人々から、
製品単体で勝負することが困難な環境の中、「パッケ
ージ型社会インフラ」の輸出(海外展開)が注目されてい
る。2010 年 6 月に経済産業省が発表した新成長戦略で
も、これが主たる戦略分野に位置づけられている。前後
して、首相官邸において「パッケージ型社会インフラ推
進実務者会議」なども設定されており、日本政府は支援
体制を整えている。
とくに、近年、パッケージ型社会インフラとして、水、発
電、送電、原子力、鉄道、リサイクル、宇宙産業などの分
野で先行的な取り組みがなされ、これらの試みは軌道に
乗りつつある。インドの「デリー・ムンバイ産業大動脈」構
想においては、経済産業省が、日本企業から成る4件の
コンソーシアムを選定し、積極的な支援を行っているとい
う事例もある。
社会インフラの中に、通信インフラそのものは含まれて
いない。携帯電話は、加入者がすでに全世界で 40 億人
を超え、地球規模の社会インフラとして定着している。
むしろ、情報通信としては、M2M コミュニケーション2を
2
1
市場の健全かつ安定的な発展を促進しようとする理念
Machine-to-Machine のコミュニケーションの意で、人に端末が紐
づくのではなく、機械などに無線モジュールが接続されるというコン
セプト
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11 年 1 月号
信用保証を行った事例もある。
こうした支援により、各国の携帯電話キャリアがグロー
バル市場に羽ばたいた。機器導入等に支払ったコストを
大きく超えるサービス収入を享受でき、自国産業の発展
につながった。まさに、官民が Win-Win の関係を築いて
きた成果といえる。
利用した様々な社会インフラの提供、および EC 決済や
SMS 送金(携帯電話のショート・メッセージ・システムを利
用した送金)等の金融・決済インフラとしての機能が注目
されている。スマートグリッド、ワイヤレスヘルスケア、IT
農業など、あらゆる分野での応用が期待されている。実
は、M2M というキーワード自体は、もう 10 年来提唱され
ているものである。地震や地滑りに関連したソリューショ
ン等、日本ではいくつかの応用例があり、世界中で注目
されている。
新興国では急速にネットワークが広がっており、その
上で展開される EC も着々と普及しつつある。ベトナム等
においても、毎年利用者数が一桁増加している状況で
ある。日本の楽天が牽引しているモール型の EC サイト
は日本独自の構想であり、まさに社会インフラといえるレ
ベルにまで成長している。
4.今後の情報通信産業の輸出に向けて
3.パッケージ型社会インフラ輸出に
おいても重要なマーケティング投資
このようなパッケージ型社会インフラの輸出の試みは、
日本の情報通信産業にとって初めての経験ではない。i
モードの輸出が代表的な例である。日本のシステムをパ
ッケージ化して海外に展開することを目指していたもの
であり、社会インフラといえるだろう。ただし、最終的には
この試みは道半ばであきらめざるをえなかった。日本製
の端末を中心に展開を図ったが、ラインナップを揃えるこ
とができず、現地の消費者の支持を獲得できなかった。
成功例としては、ISDB-T の中南米展開がある。これは、
技術的な優位性に加え、日本の政府関係者の現地政府
に対するたゆまない働きかけによって実現された。土曜
日の朝に、翌週火曜日の中南米でのミーティングが設定
され、これに政府高官が対応したこともあったという。
ちなみに、この ISDB-T の展開においては、日本の方
式は導入されたが、送信機や受像機などの分野では、
ほとんど日本企業が恩恵にあずかることができなかった。
この結果については、最終的な機器のマーケティングで
は十分な力を発揮できなかったという考え方もある。しか
し、自国の産業を守りたい当該国の立場を踏まえれば、
それほど簡単な話でもない。日本の機器の使用を前提
にシステムが組まれていたならば、日本の方式を導入で
きなかった可能性もあっただろう。
そもそも、携帯電話のインフラを世界各国に販売した
ノキアやエリクソンは、各国の通信キャリアに対して、機
器、ファイナンス、サービス等の様々な面で支援を行っ
た。例えば、エリクソンは、海外キャリアが通信機器を購
入する際の融資を、ベンダーファイナンスという形で実施
した。また、スウェーデン政府が、海外キャリアの負債の
産業輸出とは、当該国の産業が活性化され、国民が
豊かになることが期待される分野に積極的に投資し、関
係者が一致団結することである。それは、まさにマーケテ
ィング投資であり、得られた成果・利益を、関係者が少し
ずつ分け合うモデルである。
例えば、M2M コミュニケーションに基づくサービスのア
イデアは、多岐にわたると考えられる。実際に、日本でも、
これらを利用してサービスを提供しているのは、大手の
携帯電話キャリアやシステムインテグレーターではなく、
中小のプロバイダーである場合が多い。今後の発展に
向けては、これらのプロバイダーがどれだけ多く登場し、
活性化されるかが重要となる。
情報通信産業の海外展開に向けては、先述した
Apple の iFund のように、“M2M のソリューションファンド”
を設立し、世界各国でソリューションの提供を志向する
ベンチャー企業の育成を図ることが重要である。i モード
の例においては、コンテンツや端末の開発に際してファ
ンドを立ち上げ、現地のメーカーやコンテンツプロバイダ
ーを育成する方法も有効だっただろう。また、あらゆる場
や形での人材交流は必須だろう。
M2M だけではなく、EC 決済や SMS 送金のプラットフ
ォーム等、日本から輸出できる情報通信分野での社会イ
ンフラは、まだ多く存在するはずである。これらの海外展
開に向けては、マーケティングに対する投資の意思決定
を適切に行う重要性を肝に銘じた上で、今後も官民が協
力して取り組んでいくことが望まれる。
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11 年 1 月号
原子力分野の海外展開における課題
~各国市場特性に対応した体制構築~
株式会社野村総合研究所 事業戦略コンサルティング部 副主任コンサルタント
門林 渉
1.原子力発電を取り巻く市場環境
1)旺盛な建設需要
経済成長により電力需要が急速に増加している途上
国等では、石油資源価格の高騰と、温暖化への関心の
高まりを背景に、化石燃料によらない原子力発電への注
目が高まっている。その結果、欧米だけでなく、途上国
等の原子力未導入国で、原子力発電所の建設意向や
計画の発表が相次いでいる。経済産業省は、2020 年の
世界の原子力発電所の建設市場の規模を約 16 兆円/
年とみており、巨大市場の形成が見込まれている。
原子力発電は、日本が建設・運転実績を豊富に持ち、
海外企業との M&A・提携等を通じたリソースの補完によ
って高い競争力をもつ分野である。このため、旺盛な建
設需要を背景に、「原子力発電の輸出」がにわかに脚光
を浴びるようになった。
以下、先進国市場(米国)と途上国 1 の違いを、バリュー
チェーンにおける、発電所の建設と運転・保守に絞って
概説する2。
発電所の建設、運転・保守に関わるバリューチェーン
は、「設計」「調達」「建設」「燃料調達」「運転・保守」に分
かれる。「設計」「調達」「建設」をあわせた EPC3をまとめ
るプレーヤーを、EPC プレーヤーまたはメインコントラクタ
ーと呼ぶ。米国で案件を受注した東芝、三菱重工業、日
立は、このメインコントラクターに位置づけられる。
過去に建設・運転の実績がある先進国には、バリュー
チェーンの各機能を担う現地プレーヤーが存在するが、
途上国では、各機能を一から構築しなければならない。
このため、途上国の多くは、国産化を志向せず、建設、
運転・保守の大部分を国外の企業に任せようとする傾向
がある。
図
原子力発電所建設での先進国と途上国の違い
建設(EPC)
2)海外における日本の相次ぐ建設受注
日本企業は、海外市場での原子力発電所建設や運
転・保守について、一部の機器供給やコンサルティング
実績はあるが、建設全体を取り仕切った経験はない。近
年、東芝、三菱重工業、日立といった主機メーカー(プラ
ントメーカー)が、米国で複数の建設案件を受注し、今後
建設工事に着手する予定である。また、東京電力が、発
電事業への出資を表明している。
途上国の案件は、日本が関与したもののうち、UAE の
建設案件は韓国が、ベトナムの第一期案件はロシアが
受注した。しかし、2010 年 10 月に、ベトナムの第二期案
件を日本が受注したと報道された。ベトナムは、原子力
分野において、日本が人材育成等の協力を通じて十年
以上にわたり関係を深めてきた国であり、途上国への展
開の試金石となる可能性が高い。そのため、第二期案件
を受注したことの意味合いは大きい。
設計
先進国
※米国で例示
途上国
※一般論
• 規制機関に評
価能力あり
• AEが建設工
程まで考慮し
た設計を行う
調達
(機器供給)
運転・保守
建設
燃料調達
運転・保守
• 国内に機器 • AEが労働力 • 電力会社が • 豊富な運転実
メーカが存在 の調達・管理 燃料調達のノ 績を持ち、業
する
を行う
ウハウを持つ 務が標準化さ
• AEがSCM構 • 過去に建設を
れている
築を手掛ける 手掛けた技能
工が存在する
• 規制機関自 • 国内に機器 • 国内に建設会 • 燃料調達の
体を構築する メーカは殆ど 社はあるが必 実績・ノウハ
必要あり
いない
ずしも高い能 ウがない
• 設計は実績・ • 国内にSCM
力はない
ノウハウなし
構築を手掛け • 経験のある技
能工がいない
られるプレー
ヤがいない
• 運転実績が
無く、業務を
一から設計す
る必要がある
注)AE:Architect Engineer の略。Fluor、Bechtel、Shaw 等の
企業が該当する。
原子力発電関連は、案件規模が大きいため(発電所
一基あたりの建設費用は 5,000~6,000 億円)、バリュー
チェーンの各部で支障が生じると、全体の収益に大きな
影響を与える。また、放射性物質を扱うため、発電所全
1
3)国によって異なる市場特性
今後、日本企業が、建設受注を加速できるかどうかは、
各国市場の違いに対応できるか否かに大きく依存する。
2
3
途上国といっても、国によって市場特性が異なる。例えば、インドや
南アフリカは自国での研究開発、建設・運転の実績があり、新規導
入国である中国はすでに建設・運転を開始している。
発電・売電、廃棄物処理、核燃料再利用、廃棄措置(発電所の運
転停止・解体)は、各国で状況が異なり、政治的要素も大きく関連す
るため、概観することは難しい。
Engineering, Procurement, Construction
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11 年 1 月号
体の設計・建設や使用される機器、および業務には高い
品質が要求される。このため、原子力発電所の建設・運
転・保守は、先進国でも難易度が高い。バリューチェー
ンを一から構築しなければならない途上国で、案件を受
注しそれを遂行することは、先進国に比べさらに難易度
が高いものとなる。
2.海外展開における市場の優先度と課題
1)優先度が高い先進国・見極めが必要な途上国
日本にとって優先度が高い市場は、まずは米国、次
いで、原子力に対し積極政策へ転換しつつある欧州諸
国と考えられる。前述のとおり、バリューチェーンの各部
分を担うプレーヤーがおり、途上国に比べて参入しやす
いからである。
また、先進国、とくに米国での EPC の実績は、途上国
への展開においても強みとなる。“丸投げ”ニーズのある
途上国では、コストや外交上の理由はもちろんのこと、実
績を重視する可能性が高い。例えば、原子力発電所を
新規に導入する途上国は、安全規制や、炉型・機器の
選定基準等について、米国をはじめとした先進国をベン
チマークしている。このため、建設需要が旺盛な米国で
の実績・ノウハウの蓄積は大きな強みとなり得る。さらに、
日本から原子力関連機器を輸出する際には、日本と対
象国との間で二国間協定が締結されている必要がある
が、多くの先進国との間では同協定は締結済みである。
一方、先進国に比べ難易度が高い途上国案件につ
いては、その国の市場や案件の特性を考慮し、受注活
動に注力すべき案件を見極める必要がある。また、途上
国案件は、国をあげて取り組むことが多いため、日本と
対象国家間との動向を注視する必要がある。二国間協
定を結ぶかどうかは、外交上の問題となる
途上国に対し、建設から運転・保守までを一括して提
供する「パッケージ型輸出」をするためには、多くの関係
者の連携が求められる。電力会社、プラントメーカー、機
器メーカー、商社等のみならず、建設受注に至るまでに、
安全規制に関わるコンサルティングや人材育成等の協
力を通じた国家間での関係構築が必要となる。電力会
社9社、主機メーカー3社、産業革新機構は、2010 年 10
月 22 日付けで、パッケージ提案を行うための共同出資
会社である国際原子力開発を設立している。とくに、主
機メーカー間は競合関係にあるため、日本勢内での競
争・協調の折り合いをつけ、競争力を高めていくことが今
後の課題となる。
2)海外展開における建設受注以降の課題
建設における主な課題は、機器の標準化や SCM 構
築(「設計」「調達」に該当)、労働力の調達・管理(「建
設」に該当)、運転・保守業務の標準化と考えられる。
①機器の標準化・SCM 構築
米国では、今後の建設案件で採用される原子炉の炉
型とその設計や、使用される機器の標準化の検討が進
められている。米国では、約 30 年間にわたり原子力発電
所が建設されず、現行の技術水準での再検討が必要な
ためである。標準化は、安全性や運転・保守業務の容易
性という観点だけでなく、建設時や運転開始後の機器の
調達容易性の観点からも検討される。調達先メーカーは、
機器ごとに最終的に2~3社に絞られるといわれている。
この2~3社に入れるかどうかが、日本の機器メーカーの
将来の事業機会を大きく左右する。
一方、機器メーカーにとって、単独で長期的な機器の
供給力を保証することが難しい場合もある。理由は、
ASME 等の認証の取得の手間やコストの負担が大きいこ
と、検討されている炉型それぞれに対し営業活動が必要
となること、機器供給のための現地体制の構築が必要と
なること、長期的な機器供給力を裏付ける財務的な体力
が十分でないことがあげられる。商社等が、技術力のあ
る日本の機器メーカーを束ね、これら問題へ対応するこ
とが求められる。
②労働力の調達・管理
途上国はもちろんのこと、これまで長期にわたり建設
実績のなかった先進国でも、技能工が不足している。頻
繁な設計変更に対応し、工期内に完工するには、技能
工を柔軟に調達・管理できることが求められる。米国では
労働組合との関係構築が、途上国では現地の建設会社
や国際的な建設要員調達のネットワークを持つエンジニ
アリング会社等との連携が欠かせない。
③運転・保守業務の標準化
日本国内の原子力発電所の仕様や業務は、電力会
社ごとに異なる上、同じ電力会社であっても発電所ごと
に異なる。一方、米国では、発電所の業務は電力会社
や発電所の枠を超えて標準化され、業務のパフォーマ
ンス、コストデータ、ベストプラクティスが共有されている。
これは、石炭火力発電等に対する原子力発電のコスト競
争力を高めるための 20 年以上にわたる取り組みの一環
である。このような業務標準化は、ライフサイクルコスト抑
制の鍵となる。とくに、途上国の案件では、運転後の業
務の設計や人材育成も求められる可能性が高い。その
ため、どのような国・案件でも安全性を損ねず低コストで
遂行可能な標準業務を提案し、現地へ定着できるかどう
かが、海外展開において課題となる。
原子力は、日本が高い競争力を堅持する数少ない産
業の一つである。原子力の国際展開の議論や取り組み
が、一過性のものに終わらないことを期待したい。
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日系 EV の普及に向けた日本の充電規格の世界標準化
株式会社野村総合研究所 グローバル戦略コンサルティング部 コンサルタント
田窪 寿吏
日本・米国と欧州で規格の差が著しいのは、急速充
電である。EV に搭載されている電池は直流で充電する
ため、交流で供給される系統電力を充電機器と車載電
池の間のどこかで交流から直流に変換(交直変換)する
必要がある。
1.EV 市場の二極進化
各国の厳しい環境規制の中、自動車業界では脱石油
に向けた動きが盛んになっている。燃費向上を目指しガ
ソリンエンジン車の改良が進められる一方、燃料電池車
や電気自動車(EV)という次世代自動車が開発されてい
る。本稿では、次世代自動車の中でも、日本と他国で技
術開発の方向が異なってきている EV とその充電インフラ
に注目する。
各国の方向が異なる最大の理由は、各地域の電力イ
ンフラが一様ではないためである(図1)。ガソリンエンジ
ン車の場合、燃料の石油は世界でほぼ同質だったが、
EV は各国の系統電力網につなぐ必要がある。系統電力
の違いにより、充電時における車両と充電機器の役割や
充電規格、さらには EV の車両設計に関する技術開発動
向が、各国で異なってきている。
2)インフラ投資負担が大きい日本・米国の規格
日米における急速充電の規格は、直流である。日本
では、東京電力と日系自動車企業が主体となり「チャデ
モ規格」を開発し、世界での普及を推進している。
日米の規格では、交流電源は充電機器内で直流に
変換される(図2)。50kW 前後という大量の電力を変換
する必要があるため、急速充電機器は大型で、一台あた
り数百万円と高価である。一方、車両側には変換器を搭
載する必要がない。日米の規格では、交直変換機能を
もつ大きな急速充電機器の設置が想定されている。その
ため、充電機器については、自動車企業よりも電力事業
者やインフラ事業者側の負担が大きくなる。車両と充電
機器の間の通信プロトコルは、主に安全性を確保する目
的で設定されている。
図1 世界の系統電力
3)車両側の投資負担が大きい欧州規格
欧州諸国では、動力用に一般に供給されている三
相・交流での急速充電が想定されている。欧州の充電規
格では、車両内で交直変換する(図2)。すなわち、EV
内に大きな変換器を搭載する必要があるが、インフラ側
の機器は日米より小型で、一台あたり数十万円と安価に
なる。日米の規格と比べて、電力事業者や充電機器企
業の負担は少ないが、自動車企業の負担が大きくなる。
現時点での技術力では、日米の急速充電機器が内蔵し
ているような大型変換器の車両への搭載が難しく、未だ
実用化されていないが、独ダイムラーや伊ソケットメーカ
ーが規格化を強く推進している。
安全性確保に加え、スマートグリッドの構築を企図して
いる欧州では、通信プロトコルは、充電機器と車両の間
で日米規格より多くの情報を交換するものも想定される。
Type B:100~127V単相と200~254V2相
Type Y:220~240V単相と380~415V3相
2.充電規格と車両設計の方向性の違い
1)低速充電と高速充電の違い
充電規格とは、送電方法(直流/交流)、受電方法(単
相/三相)、消費電力(kW)や、安全性等の確保につい
ての情報をやり取りするための通信プロトコル、コネクタ
の物理的形状等に分けられる。充電インフラは、機器の
消費電力量により、低速(数 kW)と急速(50kW 前後)に
大別される。低速充電機は、家庭用電源で稼働し、コネ
クタの形状以外、各国間で充電規格に大差はない。
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11 年 1 月号
図2 重電方法の違い
a)日米規格
急速充電器
交流
変換器
面から限られた数を選ばれた場所に設置することが想定
されている。日系企業は、実験を通じて、急速充電機器
の設置場所の選定、優良な立地条件での先行的な機器
の設置や、実験エリアにおける日本規格のデファクト標
準の構築も可能である。他国勢にとっての、実験エリア
への参入障壁を高めることにもつながる。
加えて、日本規格の標準化に向けて、日米欧だけで
なく新興国、とくに中国の影響力も考慮する必要がある。
近年、中国でも先進諸国並みに環境規制が厳しくなり、
低炭素車の普及に向けた取り組みが盛んになっている。
自動車販売台数が躍進する中、独自の充電規格を構想
し始めている中国国内で、日系 EV と充電インフラを普及
させることは世界市場を席巻する上で重要なステップと
位置付けられる。しかし、現時点の中国のガソリン車市場
では、日系企業は、米ゼネラルモーターズや独フォルク
スワーゲンの後塵を拝している。充電方式で共通性のあ
る日本と米国が、魅力的な中国市場で直流の急速充電
インフラを整備することは、欧州勢に対し戦略的優位な
ポジションを築くことができるという点で、相互にメリットが
あると考えられる。
b)欧州規格
急速充電器
直流
交流
インバーター
モーター
インバーター
電池
モーター
変換器
直流
電池
3.日系自動車企業のリスクと対応策
1)日系自動車企業のリスク
日・米・欧の三極で充電規格が異なることは、世界市
場で事業を展開する自動車企業にとって、自社の EV の
開発・普及の障碍となる可能性がある。欧州規格が世界
標準になると、日系企業は、通信の領域をはじめ技術開
発に後れをとることが考えられる。欧州規格で、より多く
の車両情報を開示することが求められた場合、日系企業
は、EV の技術の肝となる電池に関する情報の提供も迫
られる可能性がある。また、普及価格帯でコンパクトな車
両設計を強みとする日系企業にとって、車載変換器を搭
載するための部品コスト増、車両設計変更に関わる開発
コスト増は、高価格帯で大型な車両を得意とするドイツ
企業よりも負担が大きくなることも想定される。
2)実証実験で目指す日本規格の世界標準化
日本の充電規格が世界標準になることは、日系の EV
の普及を大きく後押しする。各国が充電規格の標準化に
向けて独自開発を進める中、日本の規格は、世界で唯
一車両技術・充電機器ともに実用段階にあるため、標準
化できる可能性は高い。そのため、現在の日本規格の
技術を、欧州諸国をはじめ、世界各地で汎用的に利用
できるものへと発展させることが有効である。日系企業は、
系統電力のタイプが異なる国で実証実験を展開し、新興
国、とくに市場規模の大きい中国での普及に注力するこ
とが望まれる。
欧州では、ドイツが野心的に自国規格の標準化を進
めているが、他の欧州諸国は日本規格の導入可能性を
閉ざしているわけではない。とくに、自国の自動車企業
が存在しないスペインでは、外国企業が自国で実験を
行うことを歓迎している。また、スペインは、再生可能エ
ネルギーの比率が高いため1、昼夜間での発電量の変動
幅が大きく、系統電力の安定化が課題となっている。日
系企業にとって、スペインで実験を行うことは、欧州諸国
が抱える系統電力の安定化という課題について学ぶ貴
重な機会となる。
また、日本規格では、急速充電機器は、価格・用途の
1
スペインでは、総電力需要に対する風力発電の供給比率は 14%
に達する(2009 年)。
3)日系 EV の普及に向けた官民協調の必要性
EV 市場の開拓とは、各国の次世代産業育成の側面
をもち合わせているため、政治的な意味合いも大きい。
充電規格の標準化は、車両の技術開発の方向性を左右
し、自国製 EV の将来の競争力に直結する。このような事
情を踏まえると、世界レベルでの標準化は、簡単には進
まないことが想定される。実際、ドイツのメルケル首相は、
充電規格で世界標準をとることは自国の国益につながる
と明言し、自らドイツ規格の普及に向けた宣伝活動を行
っている。また、現時点では規格案が定まりきらない米国
や中国も、自国の威信があるため、簡単には日本案を受
け入れないであろう。
技術力で優位性のある日本の自動車産業に求められ
るのは、その技術力を海外へ上手くアピールしていくこと
である。日産自動車は、20 カ国以上の政府や自治体と
提携し、自社 EV の普及や日本規格の急速充電機器の
設置に向けた活動に取り組んでいる。三菱自動車は、自
社製電気自動車 i-MiEV を仏プジョー・シトロエンに
OEM(相手先ブランドによる製造)供給し、日本式 EV の
欧州展開に貢献している。ただし、世界各国が力を入れ
ている自動車産業において日本規格の標準化を狙うに
は、民間の取り組みだけでは限界がある。とくに、昨今の
世界同時不況下では、各国が保護主義的な経済政策を
打ち出しているため、状況はさらに厳しい。官民が一体と
なって、日本規格の標準化に取り組むことは、世界の EV
市場の開拓に向けては欠かせないだろう。
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11 年 1 月号
ID 連携によるユーザー志向の送金サービス
~「日本型」送金サービスで狙う世界の決済市場~
株式会社野村総合研究所 サービス事業コンサルティング部 コンサルタント
伊藤 智久
1.資金決済法がリテール送金サービスに
与えたインパクト
「資金決済に関する法律」(以下、資金決済法)が
2010 年 4 月に施行され、国内の送金サービスをめぐる事
業環境は大きく変貌した。近年の情報通信技術の発展
や、資金決済に対する利用者ニーズの多様化を背景に、
資金決済法により、サーバー型前払式支払手段が法の
適用対象となり、資金移動業が新設された。本稿では、
資金決済法が与えるインパクトのうち、資金移動業の登
場によるリテール送金サービス市場の変容と、国内の送
金サービス関連企業の国際展開の可能性に注目する。
これまで、送金や決済に該当する為替取引は、銀行
法により、銀行のみが行える固有業務とされてきた 1 。し
かし、資金決済法において、為替取引を銀行以外に解
放したことで、銀行以外の事業者は、資金移動業者とし
て登録すれば、100 万円以下の送金サービスを提供す
ることが可能になった。また、資金移動業は兼業を認め
られているため、別の事業を営んでいる事業者が資金移
動業者として登録し、付帯業務として送金サービスを提
供することができる。資金決済法の施行により、国内の送
金サービスの裾野が広がり、新たなサービスの拡大と市
場競争の激化が予見される。
2.加速するリテール送金サービス市場
1)送金サービス市場の展開可能性
資金移動業が創設されたことで、国内のリテール送金
サービス市場に、有力なプレイヤーが参入している。
資金移動業への参入プレイヤーを、市場への参入の
容易さ順にあげると、まずあげられるのは海外の大手送
金サービス事業者である。彼らは、送金サービスを提供
するシステムを保有しているため、国内の事業者と提携
できれば、国内で資金移動業を営むことは比較的容易
であると考えられる。国際送金サービスの最大手である
ウエスタンユニオンは、すでに資金移動業者として登録
している。さらに、同社は外貨両替店を運営するトラベレ
ックス・ジャパンと 2010 年 7 月に送金サービスを開始し、
セブン銀行とも業務提携を結んだ 2 。国際送金サービス
大手のマネーグラムも SBI ホールディングスと提携し、イ
ンターネットを主要チャネルとする国際送金サービス事
業を開始する見込みである3。こうした国際送金サービス
事業者参入の背景には、増加する国内外国人労働者の
国際送金に対するニーズがある4。
有力プレイヤーとして次にあげられるのは、通信インフ
ラを保有し、送金サービスと類似のサービスを提供して
いる携帯電話キャリア等の事業者である。たとえば、NTT
ドコモは銀行代理業を、KDDI は「じぶん銀行」で金融サ
ービス事業を開始し、限定的ではあるがすでに送金サー
ビスを提供している。今後は携帯電話の通信インフラと
デバイスを活用した送金サービスを本格化することが予
想される。
さらに、E コマースや SNS、電子マネーの事業者といっ
た、数多くのユーザーID を保有している事業者(ID ホル
ダー)も、資金移動業に参入することが予想される。ユー
ザーに紐づく ID を保有していれば、資金移動が容易に
行えるためである。E コマース事業では、すでに楽天が
資金移動業者として登録している。もちろん、送金サー
ビスを提供するためには、「キャッシュポイント」と呼ばれ
る現金の授受を物理的に行うチャネルや、ネットワーク・
インフラ等も必要であるが、それらのほとんどは小売業や
通信業等の事業体に委託することが可能である。
こうした新たな事業者の参入により、銀行にとっては、
送金サービスの競争環境が厳しくなることが見込まれる。
一方、ユーザーにとっては、コンビニエンスストアや携帯
電話等、様々な場所や媒体によって送金サービスを利
用できるようになり、競争激化による手数料の低下やサ
ービスの質の向上が期待できる。
2
3
4
1
銀行法2条2項2号および4条1項
Western Union プレスリリース(2010 年 7 月 7 日)
日本経済新聞朝刊(2010 年 8 月 18 日 4 面)
木原裕子 「資金決済法による個人向け送金サービスの変革」
『NRI Knowledge Insight』 2010 年 3 月号
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11 年 1 月号
2)ID 連携によるユーザー志向の送金サービス
新規プレイヤー、とくに携帯電話キャリア等を含む ID
ホルダーの参入によって、これまで以上にユーザー志向
の送金サービスが提供され始めることが想定される。
ID ホルダーの多くは、送金サービス以外の事業が本
業であるため、送金サービスを本業と組み合わせること
で、ユーザーに新たなサービスを提供することができる。
例えば、これまでクレジットカード決済を提供していた E
コマース事業者は、自社で送金サービスを提供すること
で、決済時の手数料を削減することができる。ユーザー
にとっては、E コマースを利用する際にクレジットカード等
の別の決済手段を登録する手間を省けるようになる。
さらに、近年普及しつつある OpenID 等の ID 連携の技
術を用いることで、一つの ID で異なる事業者のサービス
を利用することが可能となる。ID 連携には、認証と属性
連携がある。認証連携とは、一つの ID で複数の Web サ
イトに接続できるようにすることである。認証連携を実現
すれば、ユーザーは複数の ID やパスワードを持つ必要
がなくなる。また、属性連携とは、一つの ID に紐付く属
性情報を複数の Web サイトに共有することである。
属性情報とは、氏名、生年月日、性別、住所等の情報
だけでなく、趣味や購買履歴や資金情報等のユーザー
に紐づく様々な属性を指す。事業者をまたいで属性情
報を連携することで、個人情報入力や本人確認の手続
きの削減、および属性情報の高度なマーケティングへの
活用が実現される。たとえば、ID 連携の技術を活用すれ
ば、ユーザーは普段利用している Yahoo!等のポータル
サイトの ID で、資金移動業者の Web サイトに接続するこ
とができる。また、他社ポータルサイトのウォレットサービ
スに登録されている送金に必要な属性情報が、オンライ
ンゲームを提供する ID ホルダーに共有されていれば、
オンラインゲームのコンテンツ購入時にポータルサイトの
ID で決済することも可能となる(図)。
図
電子マネーに代表される小額決済サービスの分野で
は、日本は世界の先陣を切っており5、資金決済法の施
行によって、一層の進化が期待される。ユーザー志向の
高付加価値な送金サービスも、小額決済分野における
進化の一環である。新規プレイヤーの参入によって、今
後は、日本で進化してきた決済等のサービスやポイント
プログラム等のマーケティング手法と組み合わされた、高
度な「日本型」の送金サービスが生みだされるだろう。
3.「日本型」送金サービスの国際展開
1)送金サービスの国際展開の可能性
ID ホルダーが、ユーザー志向で高付加価値な「日本
型」送金サービスを提供できれば、世界のリテール送金
市場を開拓することも可能であろう。例えば、国内の大手
SNS 事業者が、本業の国際展開と組み合わせて、国際
送金サービスを展開することができるだろう。
また、今後、世界で高付加価値な送金サービスを提
供したいと考える事業者が増加すれば、国内で送金サ
ービスのシステムを提供しているシステムインテグレータ
ー等の事業者が、資金移動システムや属性情報を活用
した CRM システムのプラットフォーマーとして、国際展開
することが期待できる。
2)国際展開に向けて乗り越えるべき課題
「日本型」送金サービスの国際展開の可能性が期待
できる一方で、乗り越えるべき課題も存在している。国内
の ID ホルダーが送金サービスを国際展開する際には、
どのようにして海外ユーザーやキャッシュポイントを獲得
するかが課題となる。そのため、積極的な、現地事業者
への業務委託や、現地事業者との提携が必要となる。例
えば、ウエスタンユニオンは、国際展開においては現地
の代理店を開拓することでキャッシュポイントを獲得し、
現地の金融機関等のブランドを活用して事業を展開す
ることで、顧客の早期獲得を実現している。
また、別の課題として、業務委託や ID 連携を行う場合
には、事業者間で、本人確認レベルや情報安全管理等
の相互運用性が担保されている必要がある。各事業者
で仕様が異なっていると、社会的なコストが高まるため、
業界団体あるいは公的な組織等が、相互運用性を担保
できるよう働きかける必要があるだろう。
資金移動業者とポータルサイトの
ID 連携のイメージ
オンラインゲームサイト
(資金移動業者)
ポータルサイト
③属性連携
(資金移動)
①登録・認証
ユーザー
②支払い
①ユーザーが資金移動業者に
登録・認証
②ユーザーが他社のウォレット
サービスに支払い
③他社のウォレットサービス
から資金移動業者に認証
/属性連携し決済
5
野村総合研究所 『電子決済ビジネス』 2010 年
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11 年 1 月号
日系企業によるハラール市場開拓に向けて
株式会社野村総合研究所 事業戦略コンサルティング部 コンサルタント
茂野 綾美
圏それぞれの政府と民間企業によるハラール市場への
対応動向を概説し、日系企業による国内外ハラール市
場開拓に向けた課題について言及する。
1.世界で拡大するハラール市場
ハラール(‫ حالل‬:Halal)とは、アラビア語で「許されたも
の」を意味し、「ハラール製品」とは「イスラームで許され
た製品」のことである。ハラール製品は、イスラーム教の
戒律に則って処理・加工されているため、イスラーム教徒
が口に入れたり、触れたりすることができる。
2009 年時点において、実に世界人口の約4分の1に
当たる約 15 億 7,000 万人がイスラーム教徒であるといわ
れている。イスラーム教徒人口が年々増加するに伴い、
ハラール食品市場も拡大の一途を辿っている。ハラール
市場の中でも大きなポーションを占めるのは、ハラール
食品市場である。ハラール産業開発公社(HDC: Halal
Industry Development Corporation)によると、2005 年に
世界で 5,961 億米ドルだった同市場は、2010 年には
6,415 億米ドルにまで達すると見込まれている。
2.イスラーム教徒を消費者に想定した
商品開発ニーズの高まり
1)イスラーム圏で進む「ハラール認証」制度
物流の国際化と外資企業の参入に伴い、イスラーム
圏に属する国や地域では、ハラール製品とそうでない製
品の見極めや対応が問題となってきた。マレーシア政府
のイスラーム管理局(JAKIM: Jabatan Kemajuan Islam
Malaysia)は、世界で唯一、政府主導により独自のハラー
ル認証制度を立ち上げ、さらにその国際標準化を図って
いる。マレーシアは、日本のように独自の認証を持って
いない国や地域への同国認証制度の展開も視野に入
れている。これは、マレーシアをイスラーム市場へのゲー
トウェイとして位置づけ、投資を呼び込みたい考えによる
ものだ。日本国内で生産された製品であっても、マレー
シアのハラール基準をクリアしていれば認証・ラベリング
が与えられ、ハラール認証製品としてマレーシア国内で
販売することができる仕様である。
ハラール製品は、製品の原材料だけでなく製造プロセ
スまで遡って確認する必要があることから、消費者が購
入時点で判断できるよう、認証制度とラベリングが必須と
なる。日本国内においては、宗教法人であるムスリム協
会を中心に独自の認証制度構築が進められているが、
日本独自の認証制度やラベリングが成立するのは、まだ
先になると考えられる。認証の互換制度が進めば、日本
国内で生産された製品・サービスの、イスラーム教徒へ
の提供機会が早期に実現される可能性がある。
表 ハラール食品市場規模(2009 年)
地域
イスラーム教徒
人口(百万人)
一人あたり
平均食費(米ドル)
ハラール食品市場価値
概算(億米ドル)
中東
462
250
アフリカ
195
570
1,154
1,112
西アジア
585
300
1,754
南・中央アジア
932
266
350
東アジア
39
175
59
ヨーロッパ
51
1,250
640
北米
9
1,750
145
南米
1.6
500
8
オセアニア
0.35
1,500
5
合計
1,608
-
5,809
出所)ハラール産業開発公社(HDC)
食品以外の製品、例えば医薬品やサプリメント、化粧
品など、体内に摂取されたり肌に触れたりする製品はも
ちろん、観光等のサービス、さらにはハラール製品とそう
でない製品の接触を防ぐ物流システムなども、ハラール
の適用対象になる。こうした様々な製品・サービスを含め
たハラール産業全体の市場規模は、2兆米ドルを超える
といわれている。本稿では、イスラーム圏・非イスラーム
2)非イスラーム圏で進む「ハラール特区」構想
イスラーム圏の国や地域以外でもハラール製品を取り
込む動きは活発化している。英国では、ハラール特区構
想が持ち上げられている。英国ハラール産業公社(Halal
Industries UK ) と ウ ェ ー ル ズ 開 発 公 社 ( Welsh
Development Authority)は、同国ウェールズ地方に「ハ
-9-
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11 年 1 月号
ラール特区」を設ける構想を 2010 年 4 月に発表した。こ
れは、同地方内に設けた特区に、ハラール製品の生産
機能を持った企業を誘致するものである。ウェールズ開
発公社によれば、約1億 5,000 万英ポンドの経済効果と、
1,500 名を超える雇用創出が見込まれている。ウェール
ズ地方政府は、同地方内におけるこうした特区の設置と、
それに伴う雇用創出に対して非常に前向きな姿勢を示
している。地元での雇用創出促進に向け、ウェールズ地
方へ企業を誘致するほか、新たにハラール・ミートの生
産を手掛けることも計画中である。
2009 年 8 月に、英デイリー・テレグラフ紙が発表した予
測では、欧州連合内のイスラーム人口は、2009 年時点
の5%から 2050 年には約 20%にまで拡大するとみられ
ている。欧州では、とくに英国、スペイン、オランダの3カ
国において「イスラーム化」が顕著であるといわれている。
こうした地域を中心に、非イスラーム圏の国や地域にお
いても、イスラーム対応した製品・サービスの開発ニーズ
は高まる傾向にある。
3.増大が予想されるイスラーム圏から
日本への人口流入
我が国では、政府がイスラーム圏からの観光客誘致に
本腰を入れ始めており、今後ハラールに対応した製品・
サービスへのニーズは高まると考えられる。観光庁が
2010 年 8 月 27 日に発表した 2011 年度予算の概算要求
額は、130 億 8,200 万円にのぼる。これは、2013 年まで
に訪日外国人旅行者を 1,500 万人とする目標達成に向
け、これまで注力してきた中国や台湾に加え、新たに中
東などからの観光客の誘致を強化する訪日旅行促進事
業 89 億円が柱となっている。
また、観光客に留まらず、EPA(経済連携協定)による
専門家の受け入れや社員・職員の登用も活発化する傾
向にある。直接製品開発やサービス提供に関わらない
企業であっても、日系総合商社など一部の企業では、イ
スラーム圏からの社員の採用・受け入れにあたって、日
本における生活面での支援や社内制度の見直し等の検
討が始められている。
4.日系企業の動向とハラール市場開拓を
促進させるための方策
中東に向けても製品を輸出している。2009 年度の中東
での販売量は、2004 年比で2倍強に達した。さらに、同
社は 2011 年の中東への本格進出に向け、サウジアラビ
アやカタールに新たな拠点設立を検討している。
日系企業におけるこうした動きに合わせ、日本貿易振
興機構(JETRO)は、2009 年 10 月に中東派遣ミッション
を実施し、翌 2010 年 1 月にはマレーシアハラール産業
公社と共同でセミナーを実施するなど、ハラール産業振
興に乗り出しつつある。しかし、ハラール認証をクリアし
た食肉処理場を所有するブラジルやニュージーランド、
さらに大使館に専門部署を設けてイスラーム圏への食品
輸出を全面的に支援している韓国、米国、オーストラリア
などの国々と比較すれば、日本の制度や体制面は未だ
十分でない。
また、日系企業各社において、ハラール製品の開発
が進められる傾向にあるものの、その多くが海外イスラー
ム圏への進出を念頭に置いたものであり、国内のイスラ
ーム教徒をターゲットにした市場開拓はほとんど進めら
れていない。
海外、国内の両市場におけるハラール商品に対する
日本社会の期待は大きい。海外市場、国内市場の開拓
にあたっては、官民学が連携し、国内制度の充実を図る
とともに、ハラール製品の展開を促進させる必要がある。
現在、日本国内におけるハラール製品の取り扱いやイス
ラーム教徒の生活環境については、日本ムスリム協会を
はじめとする宗教法人、慶應義塾大学や拓殖大学など
の大学に属する有識者、日本ハラール協会など独自に
活動を展開する NPO、イスラーム圏への進出を視野に
入れている企業等、様々な関係者がそれぞれの領域で
個別に研究や取り組みを展開している。日本国内にお
けるハラールの認知度を上げ、製品開発を加速させると
ともに、日本を含めた世界各地で生活するイスラーム教
徒へのアクセシビリティ向上を図るためには、ハラールの
対象となりうる業界間での情報交換やノウハウの共有は
もちろん、官民学での連携が必須となる。
海外展開とは、日本国外への進出と現地での市場形
成だけを意味しない。日本国内に流入し続け、増え続け
る外国人の顧客化戦略が、縮小し続ける国内市場から
日系企業が脱却する次の一手になり得るのである。
日系企業各社においては、未だ海外イスラーム市場
進出の途上にあり、国内の同市場を開拓するまでに至っ
ていないという見方が強い。そのような中で、味の素は、
日系他社に先駆け、積極的にハラール市場に参入して
きた。同社は、イスラーム開発局(JAKIM)より認証を受け、
マレーシアのほか湾岸協力機構(GCC)加盟国を中心に、
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11 年 1 月号
新都市開発で広がる新たなビジネスチャンス
~次世代都市システムの展開~
株式会社野村総合研究所 社会システムコンサルティング部
副主任コンサルタント 高橋 睦/コンサルタント 松岡 未季
1.都市開発グローバルマーケットの拡大
世界の都市人口増加に伴い、新都市開発が活発化し
ている。経済産業省によると、今後の建設投資は、新興
国を中心に約 230 兆円(2008 年)から約 360 兆円(2020
年)に拡大すると見込まれている1。各国の政府・企業は、
新都市開発市場を取り込むため、様々なアプローチで
新興国への売り込みを図っている。将来的には、中国等
を含めた激しいグローバル競争となることが予想される。
新興国での旺盛な都市開発需要に対応するには、水
やエネルギーなどのライフライン整備をどれだけ低環境
負荷・高効率に実現できるかが、喫緊の課題となってい
る。そこで、先端の環境技術や IT による都市マネジメント
を新都市開発に導入したモデルが、“エコシティ”や“ス
マートシティ”である。代表的なものに、中国の天津エコ
シティやアブダビ首長国のマスダール・シティがある。
現在のエコシティ、スマートシティでは、エネルギー需
要の管理に重点が置かれている。しかし、都市の問題解
決は交通や防災など非常に広範囲にわたる。その点で、
我が国での都市開発の豊富な経験は、他国の提案に対
して差別化要素となり得るものと考えられる。
2.ユビキタス都市のショーケース(韓国)
1)国を挙げた都市開発ノウハウの輸出
現在の新興国ニーズに合わせて“早くて安い”都市開
発を輸出し、IT という自国の強みを活かしたショーケース
をつくり、受注拡大を図っているのが韓国政府である。
韓国政府は、「都市輸出」を建設業界の成長戦略の
一つに位置づけ、国を挙げて「韓国型都市」の開発ノウ
ハウの輸出を推進している。2010 年 1 月現在、韓国政府
が都市開発の計画に関与している国は 15 カ国にのぼる2。
官が初期段階でコントラクトマネジメントとファイナンスを
担当し、都市開発そのものは、計画・建設・維持管理を
1
2
経済産業省 産業構造審議会産業競争力部会(第2回)配付資料4、
2012 年 3 月 26 日、p.50
韓国土地住宅公社ホームページ
http://globalproject.lh.or.kr/03_Projects/sub01_01.asp#nation08
含めて、基本的に民間企業が実施している。
現在、コストやスピード重視の都市輸出であるが、新
興国の生活水準向上に伴い、高度環境技術やユビキタ
ス等の高付加価値開発への需要が高まると想定される。
2)ユビキタス都市によるビジネス機会の拡大
韓国政府が都市輸出と並行して注力しているプロジェ
クトに、“U-City”構想がある。“U-City”とは、都市建設と
情報通信技術が融合された 21 世紀先端都市モデルで
あり、2009 年 8 月現在、ソウル、仁川、水原、城南等の 36
地方自治体、52 地区で建設を推進している3。
環境に重きを置くエコシティに比べ、U-City は都市管
理や住民サービスが重視されている。韓国初の U-City
である「Dongtan U-City」では、街中にはりめぐらせたセ
ンサーや CCTV(Closed Circuit Television:映像監視シ
ステム)により情報を収集し、渋滞情報やバス運行情報
の提供、道路状況に応じた信号制御、環境汚染情報の
提供、防犯監視システムによる監視、公共情報や広告の
掲示等を行っている。これらに加えて、遠隔医療など生
活者向けのサービスも導入されるという。
U-City は、自国産業の強化という側面も持っている。
U-City のマスタープランの作成からシステムの構築、運
用までを取り仕切るのは、LG CNS、Posco ICT、Samsung
SDS 等の IT 企業である。例えば、LG CNS は、ソウル、
および済州英語教育都市、原企業都市、泰安企業都市
等、多くの U-City のマスタープランを描いている。韓国
企業は、U-City という巨大ショーケースで自らの技術を
PR すると同時に、技術・サービスにさらに磨きをかけてい
るのである。
3.IT 導入で拡大するビジネスチャンス
今後、都市開発市場で勝ち残るためには、ビジネスの
上流からの参画や提案営業力に加え、情報活用による
都市サービスの付加価値化が重要となる。都市に IT が
導入された都市開発では、都市活動から収集された“情
報”が新たなビジネスの源泉となり、都市の QOL の向上
3
韓国国土海洋部 「第 1 次ユビキタス都市総合計画」 2009 年
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11 年 1 月号
に向けた新サービスが増えていくと想定される。各国が
先行して新興国に向けたスマート都市化支援に動いて
いる中、新都市開発に参入していくには、「日本勢」とし
ての強みを明確にすることが求められる。また、技術・経
験を活かしたソリューションパッケージにより、他国勢との
差別化を図る必要がある。
国連の予測よると、2025 年に人口1千万人を超える都
市は 29 あるが、うち 23 都市は新興国であり、2005 年比
の人口比率は、最大で 2.1 倍にもなる4。現在新興国が
体験している高度経済成長や急激な都市化は、日本が
先行して経験したことである。また、都市輸出では、短期
間で数万から数十万人規模の都市をつくることになるが、
日本においてもニュータウン開発の経験がある。
都市活動のモニタリングにより得られる都市のエネル
ギー消費や都市間移動等の情報は、都市の持続的な成
長計画の策定に活用される。日本が持つ都市の発展、
停滞、成熟の過程での様々な成功・失敗体験は、他国
に応用可能なものであり、都市づくりの提案に大いに活
用すべきものである。
1)都市活動情報のビジネスへの展開
都市活動から収集された情報の解析・分析により、分
析したデータを総合的に利用して都市活動やインフラを
最適制御すること、データを可視化し人々の行動の変革
を促すことが期待される。我が国でも、すでにビジネス化
をにらんだ新サービスが登場している。
個人の行動記録や購買記録といったライフログを活用す
る環境家計簿「えこ花」は、利用者に対して家計やCO2排出
3)強みを包含したショーケースづくり
我が国では、ユビキタス社会の実現に向けた取り組み
を長く行ってきており、遠隔医療、遠隔教育、防災システ
ム等の公共サービスを中心に、様々なシステム・サービ
スが構築されてきた。しかし、IT を活用したこれらのサー
ビスは、個別システムごと、あるいは、当該地域での提供
に留まっており、他のサービスとの連携や地域を越えた
一体的な運用には至っていない例が多い。
新興国での新都市建設では、仕組みを含めた一体的
なシステムの導入が可能となる。そこで、エネルギー需
給管理から都市の QOL 向上に至るまで、日本の技術を
包含したショーケースとなる都市の構築を提案したい。
これにふさわしいのは、我が国の強みが活かせる規模
や環境を有する都市である。韓国の U-City では、コンベ
ンショナルな技術がパッケージ提案されている。しかし、
都市によって保有している課題や技術ニーズは異なる。
我が国が差別化を図るためにも、地震に対して培われた
防災システムや、高度経済成長期の公害を経て得られ
た汚染処理技術など、これまでの負の経験を活かした説
得力のある提案を行っていくことが有効である。
量を「見える化」する。収集されたデータが、事業者向けの
マーケティングや自治体・行政向けの統計データとしても活
用できる仕組みを構築している。このようなアプリケーション
の提供は、小売業やサービス産業にとって環境商品普及
へのチャンスである。たとえば、一日の移動手段をモニタリ
ングし、移動にかかったCO2 消費量を通知するサービスが
あれば、都市のQOL向上のため、より環境負荷の少ない交
通手段を選択する可能性が高まる。情報の可視化により生
活者の価値観が変化すると、環境配慮型の一方で既存商
品より割高なために生活者に訴求しなかった商品が「環境
へのインパクト」という点で競争力をもつようになる。
また、総合的な情報利用の試みとしては、農業分野での
「WEX」構想がある。「WEX」は、植物工場を核として、生産
管理情報をクラウドコンピューティングで一元管理し、流通
情報も記録するシステムである。農業、小売、流通という異
なる分野が連携したシステムが構築され、農業のエリアマー
ケティングなど、産業振興への活用も期待される。
都市計画は、総合計画や産業政策と密接に関わることか
ら、こうした仕組みを積極的に導入し、都市産業への展開を
視野に入れた提案を行うことが重要である。
これら3つの方向性については、マスタープラン段階
で、サービス・システムの仕組みづくりから参画すること
で、その後の幅広いビジネス機会の展開が期待される。
我が国でこれまで構築してきた仕組みの輸出が成功す
れば、これを多くの都市に横展開することが可能となる。
ただし、同様の取り組みはグローバル IT 企業を中心
にすでに動き始めており、猶予はあまりない。成功事例
をつくることが先決である。新興国の新都市開発は、日
本産業の新たなイノベーション創造、日本経済の成長に
資するものであり、このチャンスを逃してはならない。
2)1千万人都市/成熟都市に向けた成長管理
日本の強みを活かした提案として、「1千万人都市/
成熟都市に向けた成長管理」があげられる。「都市の成
長管理」とは、もとはスマート・グロース(Smart Growth)と
呼ばれる米国での都市計画手法で、都市の将来像に沿
って開発容量を管理するものである。東京は、人口1千
万人を超える大都市ながら、公共交通や電気・上下水道
等のインフラの整備率が高く、安心安全で、信頼性の高
いインフラの管理・運営を実現している、世界的にもユニ
ークな都市である。「東京」には、他国の都市にも展開可
能な先端ノウハウが多く蓄積されているともいえる。
4
国際連合 「World Urbanization Prospects: The 2009 Revision」、
2009 年
- 12 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
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11 年 1 月号
コ ラム
“海外ブランド”の存在感
サービス事業コンサルティング部 主任コンサルタント 前川 佳輝
■日常生活と輸入
日本は輸入の多い国だろうか、それとも少ない国だろ
うか。他の問題と同じように、着目する指標によって結
論は変わってくる。
例えば、食料の自給率は 40%(農林水産省、2009 年
度、カロリーベースの数値)であり、60%を輸入に頼って
いる。また、エネルギーはその 96%が輸入である(国際
エネルギー機関、Energy Balance of OECE 2006~2007、
原子力によるエネルギーを輸入しているとした場合)。
一方で、日常生活を振り返ってみて、“海外ブランド”
の商品がそれほど多いようには思えない。つまり、最終
的な商品としては、“日本産”の商品を購入している人が
多いのではないだろうか。
輸入浸透度(製品の供給全体における輸入が占める
割合)を確認すると、2010 年 8 月時点で、家電や車など
の耐久消費財では 14.8%、衣類や医薬品などの非耐久
消費財では 21.0%、消費財全体では 17.6%となっている
(経済産業省、鉱工業総供給表より作成)。生活者が消
費する段階では、“日本産”の比率がかなり高いのであ
る。
■“海外ブランド”のシェア・オブ・ボイス
と、ここまでが一般的な観点からみた輸入の状況だ。
これらの指標は、「商品・サービスの供給」に占める輸入
の割合に着目しており、いわば経済学的な見方である。
少し違った角度から輸入について考えるために、“海外
ブランド”のシェア・オブ・ボイス(全広告量におけるある
広告の割合)をみてみたい。つまり、マーケティングの観
点から輸入を捉えるのである。
具体的には、NRI のプロモーション効果測定プログラ
ム Insight Signal の 2010 年 6~7 月期の調査結果を用い
て、主要企業における“海外ブランド”の CM シェアを算
出した(図、算出方法については図の注釈を参照)。
全業種における“海外ブランド”の平均シェアは 16.7%
と、供給における消費財全体の輸入浸透度(17.6%)と
近い値となった。業種別にみていくと、大きな差が生じて
いることが確認できる。『乗用車』の広告における“海外
ブランド”シェアは 9.2%であり、乗用車新車販売台数に
おける輸入車のシェア 6.2%(日本自動車販売協会連合
会、ブランド別新車販売台数概況 2010 年 7 月)よりもや
や高い。一方で、『オイル』では、“海外ブランド”の代表
格であるエクソンモービルグループがテレビ CM を行っ
ていないため、“海外ブランド”のシェアは 0%となってい
る。
乗用車以外の主な製造業における“海外ブランド”の
シェアを確認すると、食料品製造(図『食品』~『タバコ』)
は低く、日用品製造(『衛生医薬品』~『家庭用品』)は高
く、機器製造(『家電』~『電気・機械』)では低くなってい
る。食料品については、文化的に“日本ブランド”が好ま
れるという要素があるのだろう。この文化的要素は、『玩
具・文房具』、『服飾』において、“海外ブランド”のシェア
が低い一因でもある。日用品も、文化的要素の影響が
あるはずだが、味が重要な食料品に比べ、効能や使い
勝手を含めたコストパフォーマンスが優先されやすいと
考えられる。機器製造においては、かつて世界を席巻し
た“日本ブランド”の強さが、国内で続いているといえる。
非常に強力なトップ企業の存在が、『スポーツ用品』、
『外食』における“海外ブランド”シェアを高めている。『ス
ポーツ用品』のナイキ、『外食』のマクドナルドである。と
くに、『スポーツ用品』では、CM 投入量が多い上位 80%
に入る企業はナイキのみであった(“日本ブランド”で最
も CM 投入量が多いのはアシックス)。
『金融』では、保険分野で“海外ブランド”の存在感が
大きい。これは、医療保険などの第三分野保険の販売
が、ながらく外資系保険会社のみに許されていた影響
が大きいだろう。また、マーケティングに対する日系企業
と外資系企業の意識の差もあると思われる。逆に、『通
信・運輸』は規制の影響で“日本ブランド”が強く、『酒
類』、『タバコ』にも規制の影響が現れている。
『映像音楽コンテンツ』も、“海外ブランド”が強い。音
楽では“日本ブランド”が健闘しているが、映像コンテン
ツではパラマウント、ワーナー、ディズニーによるテレビ
CM が多かった。
■“海外ブランド”が活躍しやすい業種
“海外ブランド”の広告投入量が多い業種は、マーケ
ティングにおけるプロモーションの重要性が高く、激しい
競争がある業界といえる。しかし、逆に考えれば、これら
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11 年 1 月号
その場合には、自社のブランドにこだわらないという選
択肢もある。今回の分析でも、『食品』、『衛生医薬品』な
どを中心に、“日本ブランド”だが実は海外資本が入って
いる、というブランドも多い。つまり、技術や調達ではグ
ローバルに活動し、マーケティングはローカルで展開す
るというやり方だ。
どちらの場合でも、日本の全要素をそのまま海外に
持って行くのではなく、自社の強みに集中し、現地企業
の強みをも活用することが、海外進出を加速する鍵であ
る。
の業種の企業が海外にも進出しやすいことを意味して
いる。
すでに、日用品については、日本のトップグループの
企業が海外での売上を高め始めている。注目が集まり
つつあるコンテンツ産業でも、より本格的なマーケティン
グを展開することで、さらなる海外進出が望めるのでは
ないだろうか。進出先で、マーケティングを展開するに足
る経営資源やノウハウがない場合には、現地企業との
提携も有効だ。
反対に、“海外ブランド”の広告投入が少ない業種で
は 、 日本 企業 の 海外 進出 が 難し い面 も あ る だろう 。
図 テレビ CM の主要ブランドにおける海外ブランドのシェア
0%
0%
オイル
0%
0%
16%
菓子
5%
酒類
0%
タバコ
0%
15%
衛生医薬品
26%
化粧品
46%
ヘアケア
30%
洗剤・入浴剤
28%
家庭用品
家電
AV機器
4%
0%
PC・通信関連機器
電機・機械
16%
0%
スポーツ用品
100%
玩具・文房具
0%
服飾
0%
54%
外食
流通
0%
58%
金融
通信・運輸
0%
観光・旅行
0%
インテリア
0%
不動産
0%
22%
出版
49%
映像音楽コンテンツ
その他サービス
100%
10%
カー用品
飲料
80%
9%
乗用車
その他車両
食品
シェア
40%
60%
20%
5%
注)NRI が実施した Insight Signal 調査(調査期間:2010/6/1~7/30、調査対象:関東一都六県在住の男女 3,000 名、調査方法:インターネット
によるアンケート)より作成
2010 年 6 月 1 日から 2010 年 7 月 30 日までに関東で放送された 1,291 ブランドのテレビ CM のうち、全 CM 量の 80%を占める上位 267 ブ
ランドを対象とした。各ブランドについて日本ブランド、海外ブランドを判別し、業種別に海外ブランドの CM 量の割合を算出した。
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編集後記
今月も、NRI Knowledge Insight をご覧いただき、ありがとうございます。
本号の「日本型」技術・サービスの国際展開は、現在に始まったことではありません。南米のブエノスアイレスの地
下鉄 B 線では、1990 年代まで丸の内線を走っていた旧型の赤い車両が、現在も活躍しています。ブエノスアイレス
では、地下鉄の老朽化・陳腐化が進んだため、1994 年に日本からの技術指導が行われ、併せて車両も輸出されま
した。それが可能だったのは、1927 年(昭和 2 年)に浅草-上野間で営業を開始した日本の地下鉄が、当時、世
界で最先端だったブエノスアイレスの地下鉄をお手本に建設され、戦後建設された丸の内線もその仕組みを踏襲
していたからです。80 年以上前に、当時の先進国から輸入した仕組みを通じて、日本が新たな技術を伴って、母
国に恩返しをしたともいうべき好例です。仕組みの源流・進化・還元は、最近、緊張関係にある日本周辺各国が互
いに文化・産業を再考する上でも重要な視点であるといえるでしょう。
編集長 秋月 將太郎
バックナンバーのご案内(http://www.nri.co.jp/opinion/k_insight/index.html)
10 年 11 月号(特集 ビジネスの基層の認識と徹底)
10 年 9 月号(特集 変わる日本人)
1.
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3.
4.
5.
1. 変わる価値観と購買行動
2. 管理不全マンションの予防・健全化に向けて
3. スポーツに対する国民の期待の変化と
企業のスポーツ支援のあり方
4. 高速道路料金改定による日本人の旅行の変化
営業力を底上げする3つの取り組み
閉塞する地方流通業の打開策
物流アウトソースにおける協業体制の確立
KKD に依存しすぎない改善活動
急速に拡大する FTA 活用支援サービス
10 年夏特別号(特集 太陽光発電市場の変局点)
【巻頭】太陽光発電市場の変局点の読解
1. パネル業界
2. ポリシリコン業界
5. インバータ業界
6. 蓄電池業界
9. 日本市場
10.中国市場
【概説】太陽光発電業界の展望と日本企業の課題
3. フィルム部材業界
4. モジュール業界
7. 製造装置業界
8. ファシリティ業界
11.韓国市場
12.台湾市場
10 年 7 月号(特集 新興国の情勢)
10 年 5 月号(特集 組織・人材戦略の転換)
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製薬企業の中国におけるさらなる展開に向けて
台湾を活用した大中華圏における BtoC ビジネス展開
親日的な国ベトナムで進む若年世代の日本ブランド離れ
ドバイ・ショック後の中東湾岸経済
役員会のチームマネジメント改革
生産性向上の手本としての KPO
コンビニエンスストア店舗の人材育成
組織外の人材がイノベーションを生み出す仕組み
“志”を再生するストーリーテリング
【コラム】 メディアをみればその人がわかるⅢ
10 年春特別号(特集 “エッジ産業”への期待)
10 年 3 月号(特集 来たるべき変容)
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3.
4.
5.
医療・介護用食品市場のさらなる拡大に向けて
成長期に突入した電動アシスト自転車市場
急成長するパーソナルスポーツアパレル
国際的な拡大の可能性を秘めた漢方
共済事業を運営する公益法人に迫る2大規制
スマートグリッド分野における異業種間の合従連衡
資金決済法による個人向け送金サービスの変革
見直しを迫られる企業財団活動
ABL(動産・債権担保融資)の可能性
コンパクトシティ化による新たなビジネス機会の創出
10 年 1 月号(特集 2010 年の展望)
09 年 11 月号(特集 経営資源のクロスオーバー)
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攻めのグループ経営の構築
交通インフラ企業の海外市場への参入
意識内上流化する生活者
今まさに求められる長期国家戦略
次世代社会システムのあり方
環境ビジネスの海外展開に向けた川下領域への取り組み
高まる鉱物資源調達リスクへの対応策
アジア向け国際ネット通販事業の成功条件
金融危機後の中東経済とサウジアラビアの可能性
ロシアの WTO 加盟実現が日本企業に及ぼす影響
【コラム】 メディアを見ればその人がわかるⅡ
NRI Knowledge Insight 11 年 1 月号 Vol.15
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