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音韻意識に困難を持つ発達性読み書き障害児の 指導方法に関する研究
滋賀大学大学院教育学研究科論文集 67 第 12 号,pp. 67-79,2009 原著論文 音韻意識に困難を持つ発達性読み書き障害児の 指導方法に関する研究 ―― KS の指導プロセスの分析を通して ―― 野 口 法 子† Research on Educational Treatment of the Boy with Difficulty in Phonological Awareness, Reading and Spelling ―― Analyze from KSʼ Teaching Process ―― Noriko NOGUCHI Abstract The current research analyzed the teaching for process a developmental dyslexic and dysgraphic boy (elementary school 3rd grade) was guided reading and writing for 2 years in order to research instruction methods for such children. This boy has difficulty with phonological awareness and working memory, as well as DCD (developmental coordination disorder). The target for each of the 4 learning periods were as follows. Period 1 : To understand the connection between written characters and their sound ; period 2 : To acquire 20 1st grade level kanji characters and read seion hiragana (unvoiced syllables) ; period 3 : To be able to read hiragana words ; period 4 : To increase word lexicon. The features and validity of teaching methods which work on development of personality while idiosyncratic cognitive function in the brain were considered. The effectiveness of kanji use on improvement of phonological awareness and hiragana reading and spelling ability was also examined. Key words : dyslexia, phonological awareness, double route cascaded model, automatisation, multi sensory method 関わる人たちによく理解されていないことが多 は じ め に く,指導方法が分からないままに支援活動が行 われているのが現状である。読み書き障害と 発達性読み書き障害の定義は専門家たちの間 いっても一律ではなく,それぞれの子どもの認 でも共通のものがなく,いわゆるカオス状態と 知特性が異なるためそれに合わせた指導方法を なっている。そして,こういった子どもたちは, 実施していくことが大切である。しかし,現時 特異的な認知特性を持ち,現場の教師や支援に 点では,神経心理学や認知心理学の分野での事 例研究の段階であり,一貫した指導方法はまだ †障害児教育専攻 指導教員:窪島 障害児教育専修 務 確立されておらず,試行錯誤の現状である。認 知特性を考慮した指導は,読み書き障害の子ど 68 野 口 法 子 もたちに,ある一定の期間で成果をもたらして させる仮名キーワード法 (「りす」の「り」 「ま はいるが,訓練的な側面が強く,それが子ども くら」の「ま」) を用いた研究3) (大石 1997), の人格の発達にまで届くようなものにはなって ②視覚的に全体を把握することは得意で,部分 いない。子どもたち一人一人が抱える特異的な から全体を構成することと聴覚的な継次処理に 認知特性を十分に生かしながら,子どもの人格 特異的な困難を示す境界領域にある症例に対し 発達にも働きかける教育的指導法を,音韻意識 て,分化結果や排他律を用いた指導4) (坂本・ に困難を持つ発達性読み書き障害児の 1 事例の 前川ら 指導プロセスの分析を通して考える。 覚的認知,視覚的記憶力に障害を認めた一方で 2004),③仮名書字指導としては,視 音声言語の記憶力が良好であった症例に対して, 第1章 先行研究の検討 音としての五十音表を活用する方法5,6) (春原, 2004・宇野,2003),④平仮名読みに困難を示 1.音韻意識について した 2 事例への読み指導として,50 音表の暗 アルファベット圏において,音韻意識の障害 唱 と 対 連 合 学 習 を 用 い て の 指 導7) (松 本, は,発達性読み書き障害 (dyslexia) の中心的 2005),⑤聴覚性の短期記憶の弱さ,抽象的な な原因論の一つとなっている。日本語において 視覚刺激の探索や短期記憶の困難さを持つ症例 も,平仮名の読みを習得する場合,アルファベ に対して形態言語化法・形態イメージ法・文字 ト圏と同様に音韻意識が重要な基盤となってい と音との対応ではキーワード対応法8) (服部 る。 2002) などである。また,刺激等価性パラダイ 子どもの仮名文字の読み習得と音節分析の研 ムに基づいて平仮名指導モデルの考案9) (森田, 究をしている天野 (2005) は,「積み木や指を 1997),LD 児のためのひらがな・漢字支援― 使ってその単語がいくつの拍から成り立ってい 個別指導に生かす書字教材10) (小池ら,2003), るかを分解できるようになり,次にその単語の 読み書き入門教育プログラムの開発11) (天野, 一番初めの音である語頭音が何であるかを抽出 2006) など CD-ROM 教材の開発も行われてい することができるようになれば,仮名文字の読 る。 みを導入し,子どもがそれを学習することが可 能である1)」と言っているように,ある一定の 3.漢字の読み書き指導について 音韻意識のレベルに達していないと平仮名を学 漢字の読み書き指導としては,次の指導が実 習し,それを習得することはできない。つまり 施されている。①意味ルートは困難性がない 文字を習得するためには,まず音韻意識が備 ディスレクシア児に,意味的文脈の中で漢字の わっている必要がある。一般的には,この能力 音読を学習する方法, (例えば「花」について は,自然と獲得されていくものであり,4 歳の は,「さくらの□がさきました」, 「かびんに□ 前半から後半にかけて発達する。高橋 (1997) をいけました」など 5,6 種の文を準備し,□ は,わらべうた,童謡,なぞなぞ,しりとりな に漢字を選んで入れさせ,音読させる3) 大石 どの言葉遊びと音韻意識とは密接な関係があり, 1997),②音韻認識力や視覚的認知,視覚的記 周囲の大人との日常生活でのとりとめのない会 憶力に低下を認め,音声言語の記憶力が良好で 話の中に言葉遊びの要素が埋め込まれているこ あった 3 例に対して,行われたバイパス的な聴 2) とを指摘している 。 覚法 (漢字の成り立ちを音声言語化して覚える 方法12) 春原・宇野ら,2005),③漢字形態の構 2.平仮名の読み書き指導について 成要素を視覚的に分節化して捉えることやそれ 平仮名の読み書き指導としては,次の指導が らを空間的に配列する構成行為のまずさが,漢 実施されている。①音韻認識・語彙・呼称に困 字視写の困難をもたらしている 4 年生の男児に 難を持ち,文字―音対応を学習できない発達性 つ い て,画 要 素 を 言 語 化 す る 方 法13) (佐 藤 ディスレクシアに対して,言語情報を介在させ 1997),④図柄の模写力や再構成力は年齢相応 ることによって,文字と音韻表象の対応を学習 であるが,視覚的な記憶特に幾何学図形の組み 音韻意識に困難を持つ発達性読み書き障害児の指導方法に関する研究 69 合わせによる図柄の記憶に困難を持つ書き障害 剤の投与有り,その他の異常は特になく,出生。 児の事例において,文字の形をパターン化する 第一子,男子。初歩は 1 歳 2ヶ月,言葉の面や 14) 発達のことで健診等で特に指摘を受けることは (水野 1998),⑤書き困難のみを持ち, 方法 各画要素の運動イメージ記憶が良好なディスレ なかったが,保育所にて年少保育時に,はさみ クシア児を対象として,漢字の形の熟知情報提 の使い方など不器用さがあることを指摘され, 示による書字学習指導法15) (高橋 ,2008),⑥ 児童相談所にて発達診断を受ける。4 歳 8ヶ月 「ことばの意味を視覚的に頭の中に作り上げる」 時,新版 K 式では,認知・適応 (発達年齢 4: ことに十分な時間をかけ,次に概念がはっきり 1,発達指数 88),言語・社会 (発達年齢 3:2, しているかどうかを確認しながらその視覚的イ 発達指数 68),総合 (発達年齢 3:7,発達指数 メージを粘土を使って目に見える立体的な形に 77),全体的なアセスメントとしては,境界線 16) し,粘土で文字を作る粘土課題による指導 級の発達と評価されているが,絵画語彙検査で (窪島 2005),⑦日本語文字の書字障害の認知 は語彙年齢 6 歳 7 カ月で評価点優レベル,質問 のメカニズムと指導の在り方について実証的研 応答関係検査は,年齢相応の能力であった。日 究と臨床的研究により,読み書きを指導するう 常的な言葉の応答能力は年齢相応で,知的発達 えで,子どもにストレスを与えずに楽しみなが の顕著な遅れは認められないが発達のアンバラ ら学習できる CD 教材の開発10) (小池ら 2003), ンスがあると診断されている。 などである。 (2) 読み書き障害の診断 アセスメントの結果,2007 年 2 月の WISC- 第2章 目的と方法 Ⅲ で は VIQ75,PIQ60,FIQ64,群 指 数 で は VC80,PO64,FD79,PS55,下位検査では符 1.目 的 号 3,記号 1 で,処理速度と知覚統合に弱さが 音韻意識に困難を持つ発達性読み書き障害児 ある。Rey 複雑図形では,模写 19,直後再生 の個別指導を通して,認知機能特性を考慮しつ 19,遅延再生 12 (構造化法) で細部には視点 つ,人格発達の土台に働きかける指導の特徴と が向いているが,全体としての視点にかけてい 有効性を明らかにすることを第一の目的とする。 る。ベンダーゲシュタルト合計得点 11 と空間 第二に,特に漢字指導を併用し,その音韻意識 認知能力,視覚的認知能力や微細運動に弱さが やかな文字の読み書きの発達に及ぼす影響と有 見られる。2008 年 3 月の WISC-Ⅲでは,数値 効性についても検討する。 的にはすべてが少しずつ伸びているものの,符 号 1,記号 4 と落ち込んでおり,処理速度の弱 2.方 さがみられる。絵画語彙検査では,評価点 13 法 (1) 研究方法 で中の上と語彙は豊富でよく理解している。 研究方法として主に実践的事例研究法を採用 K-ABC 検査で認知特性を検討した結果,同時 処理,継次処理に有意差は認められなかった。 しつつ,その中で実験的研究法も加えていく。 (2) 対 2006 年 3 月の音韻検査では,分解・抽出・逆 象 唱・抹消・どれもできない状態で,天野氏のい ①生育暦 分娩時,24 時間の微弱陣痛のため陣痛促進 う音節分析Ⅰの① (積木・図版・指等の物的支 表1 2007 WISC-Ⅲ VIQ : 76 PIQ : 60 FIQ : 64 VC : 80 PO : 64 FD : 79 PS : 55 知識 5 類似 4 算数 4 単語 9 理解 9 数唱 9 完成 6 符号 3 配列 4 積木 4 組合 4 記号 1 迷路 1 2008 VIQ : 82 PIQ : 64 FIQ : 71 VC : 91 PO : 72 FD : 76 PS : 58 知識 8 類似 9 算数 2 単語 9 理解 8 数唱 10 完成 5 符号 1 配列 6 積木 4 組合 8 記号 4 迷路 5 70 野 口 えを必要とする対象的行為の水準で,かつ語の 1) 分解が全くできない ) のレベルであった。 法 子 で,絵に関係 なくしりとり S 児の持つ困難さとしては①音韻意識の弱さ を続け,9 単 ②視覚情報処理の弱さ③ワーキングメモリの弱 語続けること さ④ DCD (発達性協調運動障害) 等が上げら ができた。的 れ,これらの認知能力の弱さがが読み書きの困 確に語尾音を 難さの原因となっている。 取り出し,そ 写真 2 (3) 指導期間 の文字の付く 2007 年 4 月〜2008 年 12 月 単語にアクセ S 児:小学校 2 年生〜小学校 3 年生 スしていく速度も上がってきた。 ③絵と漢字のマッチング 第3章 指導計画・指導経過 3 回目より マッチングを 1.第Ⅰ期 (2007 年 4 月〜9 月) 開始した。漢 (1) 指導目標 字は表意的性 フリスの読みの発達段階モデルにおいて,ロ 質をもつ文字 ゴ文字段階であり,音韻意識が形成されておら で あ る た め, ず,前音韻意識段階にあり,文字の図形的特徴 音韻ルートに を手がかりに読んでいるため,音韻意識の発達 頼らず意味 を促し,1 音 1 文字対応ができるようになる事, ルートからアクセスすることができ,S にとっ すなわち文字と音との対応関係を獲得すること てはひらがなよりも表象として入りやすい。1 を目標とした。 回につき 2〜3 文字,1 年生漢字で 1 文字 1 音 (2) 指導内容・指導経過 写真 3 のものを取り上げた。 (目・手・木・火・日・ ①ことばあつめすごろく (語頭音で言葉さがし・音 子・田・毛) マッチングをした後に「これは何?」と漢字 韻分解・語彙を増やす) 初めは,音韻分 を見せて聞いていくと「毛」を「髪の毛」と答 解がうまくいかな え,漢字を読むというより意味とつなげている いことが目立った ことがわかる。 が,徐々に音韻分 (3) 第Ⅰ期終了時の評価 解でのミスは,減 音韻意識に関してことばあつめすごろくやし 少し,6 モーラの りとりの課題により,音韻分解,語頭音・語尾 語 (え ん ど う ま め), 拗 音 (う 写真 1 音の抽出がほぼ完全にできるようになったと評 価できる。目標とした音と文字との 1 対 1 対応 ちゅう・あかちゃん) も正しくモーラで拍を取 を獲得することができ,天野の音韻分析のⅠの り分解が可能となった。単語想起困難があるた ④のレベル (積木・図版・指等の物的支えを必 め,できるだけ単純明快な絵カードを作成し視 要とする段階で,語頭音の抽出が完全だが,語 覚的補助として使用した。 尾,語中音が不完全) に達することができた。 S 児は音韻に困難を持っているが,表意的性 ②しりとり 4 月時点では,しりとりはできない (語尾音 取り出せない 格を有する漢字は,読みやすいという特徴があ ○のつく単語取り出せない) た る。そこで,1 年生漢字で 1 文字 1 音のものを め,絵しりとりを実施したが,「りす」→「すず 選び,漢字と絵 (意味) のマッチングを実施す め」「す」やから「すいか」というようにつな ることにより,音と文字との 1 対 1 対応の獲得 がり,語尾音が捉えられない時や,○のつく語 を促す一つの手立てとしたことは,認知特性を 彙が出てこないことが多かった。5 回目の指導 生かす面で一定評価することができる。 音韻意識に困難を持つ発達性読み書き障害児の指導方法に関する研究 71 2.第Ⅱ期 (2007 年 9 月〜2 月) き,「こ」と言いながら 2 つ目のキャップを置 (1) 指導目標 く。そして,2 番目のキャップを指さすと S は, 第Ⅰ期の指導により,音韻分解や,語頭音・ 「こ」と答え,次に 1 番目のキャップを指さす 語尾音の抽出ができるようになり,天野の言う と「は」と答えた。この場合,色とキャップの 音韻分析レベル (2005 天野) がⅠの④ (積木・ 二重の支えとなっている。その後「はこ」で S 図版・指等の物的支えを必要とし,語頭音の抽 に一度練習させ, 「なす」「へび」の逆唱を実施 出が完全だが,語尾,語中音が不完全) に達し すると正解となった。次の回で,支えを 1 つ減 た。8 月の平仮名読みの検査では,仮名 1 文字 らし無地の積木を使用し「はた」の逆唱をはじ 読みで 35 文字を読むことができるようになっ めに指導者が実施し,次に S が練習し,その た。引き続き音韻意識の発達を促すとともに粘 後,「ふね」の逆唱を実施すると「ねふ」と正 土による文字指導も本格的に導入していく。 解を得る。そして,次の粘土課題で「雨」を課 「字を読んだり書いたりすることが楽しんで 題文字にすると, 「あめ めあ」と自ら逆唱し できるようになる」ことを大きな目標とし,具 ている。次のセッションでは,2 モーラの単語 体的な目標として「2 年生の 3 月までにひらが の逆唱は何の抵抗もなくスピーディーにやって な清音の読み書きができるようになる。漢字に のけ,3 問とも正解を得た。 関しても 1 年生漢字 20 文字を習得する」こと ③字を書く (平仮名がどれくらい書けるか確認) 平仮名を読む (1 文字読みで単語読みはまだ を上げた。 (2) 指導内容・指導経過 不可) ことはできるようになっているが,書き ①まんなかなんだ (語中音の抽出) はどの程度か確認していく。テストのようにし 写真 4 3 モーラの単 たのでは,書こうとしないためこれも①と同様 語を 3 つ描いた にこまを使用して,実施。1 セッションにつき 版を作り,その 2〜3 単語実施する。 上で独楽を回し ④粘土文字 (漢字の文字指導) 止まった絵の単 音韻意識がレベルアップしてきており,意味 語の語中音を選 ルートを直接使う表意的性格を有する漢字の指 び出す課題を設 導を本格的に開始していく。滋賀大 KIDS カ 定した。タヌキ レッジの指導法多感覚指導法17) (マルチセン の絵の所で独楽 ソリーメソッド) に基づき実施する。指導の具 が止まると,S は,手や机をたたいたり,指を 体的プロセスは次の通りである。ⅰ身体の意識 折ったりという支えを使って語中音を見つける 化とリラックスⅱことばの (意味の) イメージ 事を理解した。その後,語中音は抽出できるよ を思い浮かべ形に うになったため, 「“ひなまつり”2 番目の音な するⅲ「意味」の んだ」というように課題をレベルアップさせた。 イメージを具体的 「あかおに」「エリザベス」「コンパス」「かいぞ な形にするⅳ文字 くせん」など 4〜5 モーラの語からどの音も抽 を粘土で作るⅴ鉛 出を完全に行うことができ,天野の言うⅠの⑤ 筆で文字を書くⅰ (積木・図版・指等の支えを必要とするが,ど 〜ⅴで 1 時間に の位置の音も完全に抽出できる) の段階まで到 1〜2 個 の 漢 字 を 達することができた。 作って終わる。 ②さかさことば (2 モーラの単語の逆唱) 写真 5 9 月から本格的 2 モーラの単語の逆唱ができないため,色の に粘土文字の指導 異なるペットボトルのキャップを支えとして使 を導入した。この 用し,しっかりと注意を向けさせた上で,まず 頃よりイメージ作 指導者が「は」と言いながらキャップを 1 つ置 品も文字も字らし 写真 6 72 野 口 法 子 くなってきている。以下粘土課題による S の 非レキシカルルート 「 ( 形態素―音素規則シス イメージ作品と粘土文字及び書字を何点か示す。 テム」を中心とする右側をはしるルート) を通 り音読されるが,形態素文字である漢字は,表 (4) 第Ⅱ期終了時の評価 語的性格を有しているためレキシカルルート ①音韻意識 音韻分解は言葉集めすごろくの成果で完璧に (「意味システム」を中心とする左側をはしる できるようになっており,音韻抽出もどの位置 ルート) を通じて音読することが可能となる。 の音も完全に抽出でき,レベルアップした。音 通常の場合この二つのルートは,バランスよく 韻同定・逆唱・削除に関しては,2 音節はでき 処理され音読に至るが,この事例の場合,非レ るがそれ以上は難しい。ゲーム的な遊びの要素 キシカルルートに困難があるため,意味を持た を取り入れ,独楽を使ったことで,楽しみなが ず非レキシカルルートを主に使用しなければな ら学習することができ急速な発達ではないが, らない平仮名 1 文字読みの場合は,読みづらく 音韻意識は伸びてきている。 なる。一方,一文字でも意味を持つ漢字におい ②平仮名の読み書き ては,レキシカルルートがスムーズに流れ音読 平仮名 1 文字読みでは,35 文字を読むこと できることに繋がる。 ができているが,単語読みはできておらず (自 ある程度音韻意識が備わってきた段階で,平 動化されていない),逐字読みの段階である。 仮名文字だけでなく漢字を中心に課題を組んで 平仮名の書きに関しては,1 文字書きでは 21 いくことは,音韻意識に困難性のある本児には 文字書字可能なことを確認できた。名前の「○ 有効に働くと推察される。また,平仮名ではな じ○○」は書けても「にじ」の「じ」を書くこ く漢字を学習しているということが,学年相応 とができないことより,まだ名前は一つの固ま のプライドを保つためにも有効に働き,学習意 りで捉えており,文字 1 文字ずつの組合せで単 欲の向上へと繋がっていくと考えられる。 語が成り立ち,「○じ○○」の「じ」と「にじ」 ④ DCD (発達性協調運動障害) S 児は文字を書いたり絵を描いたりするとき, の「じ」は同じである事は理解できていない。 書くことに対してロゴ段階である。 お箸・スプーンの使用は左手で行うが,はさみ ③漢字の読み書き を使ったり独楽を回したりボールを投げること 脳の処理過程において,二重ルートカスケー は,右手で行い,どちらが利き手なのか分化し ド モ デ ル18) (1993 Coltheart ら) で 漢 字 の 音 ていない状態がまだ続いている。 読過程と平仮名 1 文字の音読過程を検討した場 平仮名の「こ」を書いた時に左手では,鏡文 合,平仮名 1 文字は何の意味をも持たないため 字になり,右手では「こ」と正しく書けている。 図1 音韻意識に困難を持つ発達性読み書き障害児の指導方法に関する研究 手の LC 運動19) (1980 林) の観点から,右手 で書いた方が,誤り無くスムーズに書けるので はないかと考え,文字を書くことを右手に集中 させることも考えたが,ある時点で平仮名の 73 ③さかさことば 第Ⅱ期で 2 モーラの逆唱は可能となったが, 3 モーラ以上に関してはなかなか正答がえられ ないため続行した。 「と」を書いた時に左手では「と」と正しく書 ④読んで選んで (単語読み課題で,一文字読みのでき け,右手では鏡映文字になったことにより,こ る平仮名文字を使用して 2〜3 音節の単語を読む) 通常,文字 (単語) は文字の視覚的形態,音 れに関しては保留の状態とした。 韻的側面 (読み),単語の意味の 3 つの要素を 3.第Ⅲ期 (2008 年 4 月〜8 月) かならずもっており,どれか一つかけても文字 (単語) の体をなさない。この 3 つの繋がりを (1) 指導目標 2008 年 3 月末の状態として, 音韻分析Ⅰ 強めるために,まず,絵カードを 5 種類置く の⑤と音韻意識もかなりのレベルアップが図ら (ex. う さ ぎ たぬき れ,平仮名清音一文字読みはほぼ読むことがで え)。次に「たぬき」と書いたカードを見せる。 きるが,単語読みをすることは,2 音節語でも そしてそれを できない。「た こ」と逐字読みで読んだ 読ませる (音 後すぐに「たいこ」と意味を読み取ることはで と文字をつな きているが,まだ自動化はできていない。 げ る)。最 後 い 4 月からの第一の課題としては単語読みがで きるようになることをあげる。(自動化を計る) (2) 指導内容・指導経過 ①字を読む・字を書く (平仮名を読んだり書いたり ねずみ つく に,「たぬき」 に合う絵カー ドを取らせる (音 と 意 味 を 写真 7 する) つなげ,字と 平仮名単語をどのくらい読んだり書いたりす 意味も繋がる)。 ることができるかを確認する。テストという形 りんご 文字を見て単語と認知し,意味に繋げ発話す で何十問も問題をこなすことはできにくいため, る過程を絵で仲介することにより自動化しやす 毎回の指導時に 1〜2 単語確認していく。こま くする。単語は名詞だけでなく動詞などもいれ を使ったり,絵を描くという遊びの要素を入れ ていく。 ながら実施した。 ②なぞなぞクイズ 2 モ ー ラ 1 回 目「あ 間 5 秒「か り」「あ」と「り」の に」 「か」と「に」の 間 2 秒「う 音韻と関連しているような問題を選んで出し ま」 「う」と「ま」の間 1 秒であったが,4 回 ていく。例えば「魚の真ん中についている虫 目の指導 (5/17) より,1 音と 1 音の間が 1 秒 なーんだ?」は,「さかな」という単語の語中 以下になってきたため,ビデオより音を取り出 音を抽出することとそれが,虫の名前であるか しそれを音声の波形に変えて,単語の 1 音と 1 どうかを確認しつつ,答えを出さなければなら 音の間がどれくらいの長さがあるかを調べるこ ない。音韻操作とワーキングメモリを使っての とにした。 課題となる。 ⑤音・平仮名・漢字・意味(絵)あわせ(同じ音の漢字 「イギリスの下のほうに住んでいる動物なー と平仮名とそれが表すもの「意味」をあわせる) に」というクイズは,「イギリス 下のほう」 文字の視覚的形態,音韻的側面 (読み),単 とヒントを出すと S「ああー分かった。りす」 語の意味の 3 つの要素を強めるために漢字を媒 と答え,「先生,お母さんに言わんといてや。 体として用いている。まず,3 枚 1 セットの 『イギリスの下に…』のやつ。車の中でお母さ カ ー ド を ま く。(ex. め 目 目の絵 んに言うんや。」と興味を持って,楽しみなが 木の絵て ね 根 ら取り組んでいる。 カードをばらばらにまく。ただし,字の向きが 手 手の絵 き 木 根の絵…の 正しくなるように並べる。 ) 次に指導者 (T) 74 野 写真 8 口 法 子 が言う音のカード ではなく,ある程度の平仮名が獲得されたなら を 3 枚 1 セット ば音韻意識の発達が未完成であっても,漢字の (平 仮 名 カ ー ド・ 書き指導を中心に実施していくことの有効性が 漢 字 カ ー ド・絵) 示されている。 で取っていく。 ②音韻意識とワーキングメモリ *粘土課題で実施 音韻意識に関して,細かく見ていくと分解に し た 単 語 (漢 字) ついてはほぼ完全に実施することが可能であり, をどんどん追加し 特殊音節の拗音・長音・撥音についてもモーラ ていく。課題で S 段階での分解が可能である。促音に関してのみ がイメージした作品の写真を絵カードとして用 音節での分解となる。逆唱では,2 モーラの逆 いる。1〜3 回までは漢字と絵を取ってから最 唱は支えなしで可能であり, 「あめ 後に平仮名を探して取っていたがその後,漢字 ぬ を先に取るか平仮名を先に取るかはセッション 遊び感覚で自分から逆唱している。2 モーラ段 によって違いはあるが,半々の割合で取ってお 階での逆唱は負担にならないなどレベルアップ り,平仮名の読み (1 文字読み,単語読みを含 している。3 モーラに関しては,ミスのパター めて) に慣れてきていると言える。3 枚のカー ンが決まっており,続けて指導の必要がある。 ドのマッチングは,ほとんどミスすることはな 抹消・同定などに置いても遊びの中で続けて指 い。 導していく。 ぬい」 「ふね めあ」「い ねふ」など出てきた単語を ワーキングメモリに関しては,なぞなぞクイ ⑥粘土課題 第Ⅲ期では,いずれのセッションにおいても ズにおいて,しっかりと問いを頭の中に記憶し 粘土課題は,熱心に取り組むことができている。 つつ,答えを出すために音韻操作を行い,音韻 (4) 第Ⅲ期終了時の評価 の抽出や逆唱をし,答えを導き出すことができ るようになってきたことは評価できる。 ①平仮名文字の読み書き 2007/8 月〜2008/8 月において,平仮名 1 文 ③平仮名単語読み 字清音の読みを検討してみると,2007・2008 2 モーラの平仮名単語読みにおいては,8 月 年とも正答を得られなかった文字として「なれ 末時点で「ちち」「ふね」の 2 単語が完全な単 ねわやふ」が上げられる。「な」は 2007 年では 語読みになっており,他の単語も語頭が発音さ 「む」と,2008 年では「は」と読み,見方によ れた後から語尾が発音されるまでの時間間隔は, れば「む」も「は」もどちらの文字も「な」と 0.2〜0.7 秒 と 短 縮 さ れ て き て い る。新 し い 2 似 て い る。2008 年 で は「ね」を「る」と, モーラの単語も 0.2〜1.8 秒の間に読むことがで 「そ」を「れ」と読んでいる。「ね」は「る」を 左へ 90 度,「そ」は「れ」を右へ 90 度回転さ きており,単語読みに近い状態になっている。 ④漢字の読み書き せた物に似ている。これらの平仮名文字は通常 2007/9〜2008/8 までに粘土課題として学習 の子どもたちにとっても,獲得しにくい文字と してきた文字が習得できているかどうかを確認 して上げられる。 していく必要がある。 「ふ」と「ね」は 1 文字ずつではどちらの文 字も読むことはできないが,A 指導 「 ( 船」の 4.第Ⅳ期 漢字粘土指導の後,次のセッションで 15〜20 (1) 指導目標 枚のカードから,3 枚のカード,「船」 「ふね」 2008/9〜12 4 月からの第一の課題としては単語読みがで 「S が作ったイメージの粘土作品」を合わせる きるようになる (自動化を計る) ことをあげ指 課題) の結果 8 月末には「ふね」と単語読みが 導を実施してきたことにより,2 音節単語にお できている。これは,sight word reading ロゴ いては,「ちち」「ふね」など単語読みができる 16) に達しており, 仮名文字 ものが出現してきた。二重ルートカスケードモ 段階が完了してから漢字に移行するという理解 デルの理論に沿った指導法の有効性の仮説を立 段階Ⅱ (窪島 2004) 音韻意識に困難を持つ発達性読み書き障害児の指導方法に関する研究 て実施した実験的指導では,滋賀大キッズカ 75 ②音字絵あわせカード レッジで行っている粘土課題で学習した漢字と 第Ⅲ期と同様に実施するが,S だけが一人で そのイメージ作品を利用して,その単語の平仮 取るのでは苦痛になるため,指導者も加わり楽 名読みを習得しようとする A 指導の有効性が しみながら行えるようにした。ミスの少ない課 示された (P. 8〜P. 9 参照)。成人の失読失書の 題ではあるが,カードの枚数が増加してくると 場合は,何らかの原因で障害を起こすまでに形 「星」と「池」を混同していたり, 「子」を見て, 成されていたレキシコンが存在するが,発達性 「ひと」と読んだりすることがあった。これま 読み書き障害では,レキシコンが十分に形成さ でに学習してきた漢字をどれくらい覚えており, れていないため,その形成が必要となってくる。 読むことができるかを確認するために,漢字 よって第Ⅳ期では指導法 A による単語レキシ カードを裏向けに積み上げ,めくったカードを コンを増加させることを目標とする。具体的に S と T が交互に読んでいくというゲーム方式 は「漢字の粘土指導を中心に行い,漢字の獲得 での漢字の読み確認を実施した結果,読みエ とともに,平仮名においても単語読みができる ラーの漢字は「刀・子・上・父・足・歩・魚」 , 語を増やしていく」ことを目標とする。 わからなかった漢字「牛・池・米・岩」,正解 (2) 指導内容 した漢字「星・足・馬・水・糸・森・人・空・ 耳・口・雨・右・花・男・火・木・目・田・ ①課題すごろく 一般的な双六と同じで止まったところにやる 手・肉・刀・船」で あ り,読 み エ ラ ー で は, べき事,例えば「かにの反対なーんだ?」「と 「刀をつち」 「子をこども」「上をつち」 「父を んぼ 2 番目の音なーんだ?」「漢字を 1 つ読 こ」「船をうみ」「足をはしる」「歩をあか・は む」「お母さんに,手紙を書く」「きゅ のつく しる・あお」 「魚をうま」と読み,意味性のエ ものなーんだ?」「蛙のまねをする」「1 回やす ラーや形態的エラーが見られた。 み」などが指示してあり,それに従う。 ③粘土課題 (滋賀大 KIDS カレッジの指導法に基づ 3 年生になり,学校での学習内容が抽象化し, き実施する。) みんなと同じように教室での学習にはついて行 (4) 第Ⅳ期終了時の評価 き辛くなっており,夏休み中はそれなりに自由 9 月はどの課題に対してもやる気が起こらず, に過ごせていたが,9 月に入り学校が始まると, 学習することに対して拒否反応的であったため, 「なんで僕だけこんな勉強せんとあかんのか」 学ぶことの楽しさと喜びを味わえるように課題 と自分が他の子どもたちのように字が読めない を改良したが,その中ですごろくでの「お母さ ことに対する劣等感やがんばっているのにでき んへの手紙」をすらすらと書きあげたことや指 ないという自尊心のなさから,学習課題に集中 を使うことなしでの単語の逆唱,そして S 児 することができにくくなった。そのため,詰め が「漢字の問題を出す」など,S 児の思わぬ成 たカリキュラムではなく,ゆったりコースに戻 果を見ることができた。S 児の認知特性に合っ し,S が自信を持ってできる課題をいくつか取 た課題を追求しつつ,常に子どもが主体となる り入れ,学ぶことの楽しさと喜びを味わえるよ ような教育的な指導を考え,実施していくこと うに S のすきな双六課題に今までの音韻課題 が子どもの発達につながるものとなる。 や全く関係のない面白いことも取り入れた双六 ゲームを作成し,遊びながら課題を行うことが 第4章 漢字を用いた実験的指導の分析 できるようにした。「おかあさんへ手紙を書く」 に止まったときは,字を書くことを嫌がりもせ 1.漢字と平仮名の関係 ず書く内容をすぐに思いつき「おかあさんえ 二重ルートモデルのコンピュータバージョン はやくかえてください」と書いた。促音が抜け である二重ルートカスケードモデルでは, 「読 たり,「へ」が「え」になっていたりするが, み」において,意味に直接至るレキシカルルー 「○はどう書くの?」と分からない文字を聞く こともなくすらすらと書き上げた。 トと単語を音素 (音節) に分解し文字素に変換 し,単語音に変換するルート通常「音韻ルー 76 野 口 法 を用いた場合と漢字をその媒体として用いた場 ト」と呼ばれる経路の二つがバランスよく処理 17) され音読に至る 子 。S 児のように,逐字読みに 合とでは獲得の仕方がどう変化するかを,下記 なることの構造性を二重ルートカスケードモデ の方法により実験的指導を行い,比較検討する。 ルによって考えると,文字―検知器から視覚的 単語検知器に繋がるルート (レキシカル・ルー 2.方 ト) に困難性があり,スピーディーに繋がらな 通常の滋賀大 KIDS カレッジの粘土文字指導 法 いため文字―検知器から形態素音素規則システ 法 (①ことばの (意味の) イメージを思い浮か ム (非レキシカル・ルート) が有利に働き,次 べ形にする②粘土を用いて「意味」のイメージ に音素システム→音韻出力レキシコン→意味シ を具体的な形にする③文字を粘土で作る④鉛筆 ステムに至りここで音からなる単語の意味を理 で文字を書く) に,少し変化させた粘土指導と 解し,もう一度逆に意味システム→音韻出力レ 指導した文字を使用し新たな指導を加えて実施 キシコン→音素システムを経由し発話に繋がる する。平仮名の単語読みを促すために,平仮名 と考えられる。文字を読む場合,通常我々は, のみを用いた場合と漢字をその媒体として用い レキシカルルート (意味ルート) の滝が流れる た場合とでは獲得の仕方がどう変化するかを表 ように連続的に情報を伝達し活性化する機能で 2 の ABC 指導を用いて比較する。 単語を見るとすぐにそれが何を意味しているの かを理解することができる。表音文字である平 3.期 仮名の読みにおいては,初期段階で,非レキシ 2008 年 4 月〜8 月の第Ⅲ期で実施 間 カル・ルート (音韻ルート) を利用しその後親 密語に対してはレキシカル・ルート (意味ルー 4.比較方法 ト) を利用して読むことになる。 ABC 指導での平仮名単語が読めるかどうか 音韻ルートに困難がある S 児にとって,形 比較する。1 枚に 1 単語を書いたカードを提示 態素文字 (表音のみならず表意的性格がある) しそれの読み方,読む時間 (第一音が出るまで である漢字は平仮名よりもわかりやすく,文字 の時間,第 1 音と 2 音の間の時間,読み終わる (漢字) と音と意味は比較的結びつきやすい。 までの時間など),読めた数などの比較を行う。 そこで,表音文字である平仮名の単語読みを獲 時間の測定法は,S 児が単語読みをするのをビ 得するために漢字を媒体として用いることを試 デオに撮り,それを音声波形に変えて測定する。 みる。単語読みを獲得するために,平仮名のみ 表2 目 的 と 理 論 A 指導 B 指導 C 指導 平仮名の単語読みを獲得するために漢 平仮名単語読みを獲得するために,A の指導理論の上に平仮名の 字を媒体として用いる。まず,漢字の 平仮名の書き指導である粘土指導を 書き指導をプラスさせたもの 書き指導として粘土文字を実施。通常,実施。その後その文字が単語として 文字 (単語) は文字の視覚的形態,音 読めるように,文字カードを読ま 韻的側面 (読み),単語の意味の 3 つの せ,音と意味を繋げるために,それ 要素をかならずもっており,どれ一つ が表す絵カードを選ぶ課題 かけても文字 (単語) の体をなさない。 3 つの要素を合わせる課題 種 漢字で粘土文字を作る 類 平仮名で粘土文字を作る 漢字と平仮名の両方で粘土文字 をつくる。 ほん・とり・きく・した・はしる 牛うし・足あし・町まち・岩い 課 上・家・船・父・車 題 わ・魚さかな 音・字・意味 (絵) あわせ 読んで選んで 音・字・意味 (絵) あわせ 指 同じ音の漢字と平仮名とそれが表すも 単語読み課題として,一文字では読 同じ音の漢字と平仮名とそれが 導 む こ と の で き る 文 字 を 使 用 し て 表すもの (意味) をあわせる 後 の (意味) をあわせる 2〜3 音節の単語を読む 音韻意識に困難を持つ発達性読み書き障害児の指導方法に関する研究 77 5.結果・比較分析 (1997) の文字―音対応を学習できない発達性 平仮名の単語読みを促すために,平仮名のみ ディスレクシアに対して,言語情報を介在させ を用いた場合と漢字をその媒体として用いた場 ることによって,文字と音韻表象の対応を学習 合とでは獲得の仕方がどう変化するかを比較し させる仮名キーワード法では,媒介としたキー た結果,第 1 回目の検査は ABC 指導の中でど ワードが,単語を読むことではマイナスに働き, の指導がもっとも効果的と言うことはできない 単語読みの自動化には繋がらなかった。 ようなばらつきが見られたが,「ほん」「とり」 S 児においては,音韻意識の困難性があった の単語の 1 音と 2 音の間の時間が短いことより, ため,平仮名文字の読み書きの導入以前に音韻 比較的 B 指導 (平仮名) が効果的と見ること 意識を獲得させる必要性があった。天野が指摘 ができる。第 2 回目の検査では「ちち」「ふね」 するように,音韻の分解・抽出を中心に指導を が単語読みになっており,時間の短さでは①〜 行った。子どもが楽しみながら,遊びやゲーム ③までを A 指導 (漢字) が占めていること, 感覚で音韻意識を獲得できるように,言葉集め A 指導の単語は読みのエラーがみられなかっ すごろくゲームでの音韻分解,独楽を使用して たこと 3 モーラ単語では,A 指導の単語のみ の音韻抽出やしりとり遊びなど指導法を考慮し 読めていることより,A 指導つまり漢字の粘 た。 土指導を実施したものが平仮名の単語読みに効 2007 年 4 月から指導を開始した後,平仮名 果的であったという結果が得られた。第 3 回目 の読み書き指導を実施していないが,4ヶ月後 の検査は,「うーえー」「まーちー」「ちーち」 の 8 月には平仮名清音 1 文字読みで 35 文字を と全ての単語をのばしてよんでいるため正確な 読むことができたのは,学校では気付かれない 値とはいえないが,2 回目と同様 A 指導の単 読み書きの根底の基礎能力である音韻意識 (ま 語が短時間で読めており,A 指導では読みエ ずは分解と抽出) の発達をはかることにより, ラーは無いことから A 指導がもっとも効果的 音と文字の 1 対 1 対応を獲得することを中心に で有る。 据えたキッズカレッジでの個別指導が,学校で 実施している平仮名カードを用いてのカルタや 第5章 総 合 考 察 単語つくり指導 (個別指導で 1 日 1 時間,国語 と算数で 2 時間) の効果を少しずつ上げていく 1.認知特性と指導方法の関係 結果へと繋がり,8 月には平仮名清音 1 文字読 本症例の認知特性が,①音―文字の 1 対 1 対 みを 8 割程度読めるような結果になったと考え 応ができていないなどの音韻意識の困難性②視 られる。S 児において,音韻指導 (2006 年か 覚情報処理に困難性 (符号 3 記号 1) があり, ら実施している) なしに,平仮名の文字指導を 聴覚的記憶においては困難性はないということ した場合はこのような結果は得られなかったと を念頭に置き,本症例の指導内容と成果を第 1 推測される。 章で取り上げた先行研究と比較考察してみる。 S 児の場合左角回を中心とする音韻処理ルー 春原5) (2004)・宇野6) (2003) らは,視覚的 トは困難性があるが,側頭葉後下部を中心とす 認知,視覚的記憶力に障害を認めた一方で音声 る視覚処理から意味に繋げるルートを介しての 言語の記憶力が良好であった症例に対して,音 理解が保たれていること,そして,日本の文字 としての五十音表を活用し,平仮名の書字訓練 教育は,ひらがな,カタカナ,漢字の順で行わ を実施しているが,この場合,音と文字の 1 対 れ「漢字よりも平仮名の方がやさしい」という 1 対応や音韻の分解・抽出などある程度の音韻 固定観念があるが,実は平仮名表記より漢字表 意識が整っていたものと考えられる。また,松 記のほうが習得されやすいという研究19,20) 本7) (2005) の 50 音表の暗唱と対連合学習を (長谷川 1988,1990) もあるように,平仮名を取 用いての指導では,音韻意識の遅れを示す,あ 得しなければ漢字学習に取り組めないわけでは るいはロゴグラフィック段階の 1 症例では大き なく,S 児の認知特性の強い部分を活用し,漢 3) な改善にはならない結果を得ている。大石 字学習を重点的に実施した。 78 野 口 漢字の書きの指導では,春原らの実施した聴 法 子 「安心と自尊心」を最大限に生かしたものとい 覚法があるが,親「木の上に立って見ているの える。指導者 (T) が「漢字のテストやるよ」 が親」とする場合,木や立つや見るの漢字をす といって書かせたものとは全く異なり,自分の でにマスター出来ていなければならず,S 児の 頭の中を整理して問題を出し,「T が読めない ように 1・2 年生漢字でつまずいている者に かもしれないぞ」という楽しみも持ちつつ行う とっては,段階が進むまでは用いることはでき ことができた。また,漢字カード年末大勝負で ない。 は,読めた文字は 80 字中 60 字で 1 年生漢字 滋賀大キッズカレッジで行っている漢字の書 75% を 読 む こ と が で き て い る。こ の 勝 負 に き指導は,漢字を音で聴き,漢字の意味をイ 勝ったこと,たくさんの漢字を読めたことが誇 メージとして粘土で作り (意味を言葉で説明す らしく,お父さんがお迎えに来られた時に,自 るのではないため子どもが混乱しない),漢字 分の取ったカードをもう一度お父さんの前でぜ の形態そのものも粘土で作るため,意味と形と んぶ読んでくれた。読んだり書いたりすること 音が結びつきやすい。この方法で漢字指導を実 を意欲的に取り組むようになってきている。 施 し,S 児 の 獲 得 す る こ と が で き た 漢 字 は 同じ課題であっても,子どものやる気を引き 2008 年 12 月 時 点 で 読 み 1 年 生 漢 字 60 文 字 出せた時,子どもは主体となりどんどん力を出 (80 文字すべての読み課題を実施),2 年生漢字 し良い結果に結びついていく。認知特性にこだ 8 文字 (粘土文字課題として実施したものでの わりつつも,それを子どもと指導の中で教育的 読み課題を実施),書き 40 文字 (書きとりテス にどのように取り入れていくのかが重要な鍵に トを実施したわけではないが今までの指導で S なる。楽しんで読んだり書いたりできるように 児が書いた文字) となった。 なることは,文字の書き方だけを指導された時 よりも発達を含んだより大きなものを獲得する 2.「安心と自尊心」の実践的意義 ことができ,次の発達へとつながっていく。現 本 症 例 S 児 の 指 導 に お い て,レ キ シ カ ル 時点では個々の認知特性に合う指導を模索して ルートがうまく繋がっていく特性を生かし,音 いる段階ではあるが,解明されてきたことを十 と文字と意味の 3 つのつながりを強めることを, 分に生かしながら教育的指導の確立を目指して 漢字の書き指導や平仮名の単語読みの指導に実 いく必要がある。 験的に強化して取り入れた際,S 児にとっては 詰めた指導であったことと認知特性にのみ捕ら われ過ぎ,楽しんで読み書きの学習をすること 3.平仮名と漢字獲得のプロセスについての 考察 が置き去りにされていたこと,夏休みが終わり S 児は音韻に困難を持っているがそれに比較 学校での拘束された日々が始まったことがあり すると表意的性格を有する漢字は,読みやすい ストレスがたまり,集中して学習に取り組むこ という特徴がある。音と文字の 1 対 1 対応を獲 とができにくくなった。そのため,課題の数を 得できていない時に,この特徴を利用した指導 減らしたり,指導内容を S 児が得意とし必ず を実施した。すなわち,1 文字 1 音の 1 年生漢 できる段階のものにレベルを下げて様子を見る 字を用い,漢字と絵 (意味) のマッチングを行 が,今まで集中できていた粘土課題にすら力が う指導は,その字がある意味を表わし,かつ 1 入らない状態になった。「楽しんで読んだり書 つの音で表わされていることへと繋がり,認知 いたりできるようになる」ことを再度重点的に 特性を生かす面で一定評価することができる。 意識しながらの指導内容に変えることとし,学 また,S 児にとっては,形態素文字 (表音の ぶことの楽しさと喜びを味わえるように課題を みならず表意的性格がある) である漢字は平仮 改良した結果,課題すごろくでは「お母さんへ 名よりもわかりやすく,文字 (漢字) と音と意 の手紙」をすらすらと書きあげ,また S 児自 味は比較的結びつきやすい。そこで,表音文字 らが「漢字の問題を出す」などの変化があった。 である平仮名の単語読みを獲得するために漢字 こういった指導こそが,教育的な指導であり, を媒体として用いることを試みた。平仮名の単 音韻意識に困難を持つ発達性読み書き障害児の指導方法に関する研究 語読みを促すために,平仮名のみを用いた場合 と漢字をその媒体として用いた場合とでは獲得 の仕方がどう変化するかを比較した結果,漢字 を媒体とした「ふね」「ちち」の 2 単語は,単 語読みができるようになり,漢字を媒体として 用いた方が単語読みになりやすいという結果を 得た。漢字・平仮名・粘土イメージ作品 (意 味) の 3 つを 1 セットとしたカード指導が有効 的に働く可能性が大きいことが示唆された。 「ふね」に関しては,平仮名 1 音の「ふ」と 「ね」では S 児は読むことはできないが,漢字 を用いることによって,「ふね」と平仮名単語 読みが可能となったことは,意味・音・文字を 結びつけることの重要性を示しており,この点 でも漢字を媒体として用いることの有効性が示 されている。 4.今後の課題 S 児だけではなく読み・書き・算数困難をか かえる子どもたちが,その認知特性に合った教 育を受けられるような制度を早く作り上げてい く必要がある。まず,読み書き算数障害につい ての研究を神経心理,認知心理,医学,教育学 の分野でより一層進めるとともに,専門的な知 識と経験を持つ指導者の養成と一般教師への知 識の普及が必要である。これは安上がりで短期 間に養成できるものではなく,かなりの専門的 な能力が必要となる。発達性読み書き算数障害 については解明されていないことが多く,さほ ど多くの指導方法がなされているわけではない ことが分かった。認知特性に合った詳細なプロ グラムができるためには,数多くの事例研究が なされ,それに基づいた教育的なプログラムの 構築をめざして研究を進める必要がある。 引 用 文 献 1 ) 天野 清 (2005) かな文字の読み・書きの習得 と音韻 (節) 分析の役割,教育学論集,145- 203 2 ) 高橋 登 (2001) 文字の知識と音韻意識,こと ばの発達入門,秦野悦子編,大修館書店,196218 3 ) 大石敬子 (1997) 読み障害児 3 例における読み の障害機構の検討―話し言葉を通して―,LD ―研究と実践―,第 6 巻第 1 号,31-44 79 4 ) 坂本真紀・前川久男等 (2004) 聴覚的な継次処 理に特異的な困難を示す男児に対するひらが な読み指導,LD 研究,第 13 巻第 1 号,3-12 5 ) 春原則子・宇野 彰・金子真人 (2004) 発達性 読み書き障害児に対する障害構造に即した訓 練について―その方法と適応―,発達障害研 究,77-84 6 ) 宇野 彰・金子真人・春原則子 (2003) 学習障 害児に対するバイパス法の開発,発達障害研 究,第 24 巻第 4 号,16-24 7 ) 松本敏治 (2005) ひらがな読みに困難を示した 2 事例への読み指導―50 音表暗唱と対連合学 習を用いて―,弘前大学教育学部紀要,第 94 号,73-80 8 ) 服部美佳子 (2002) 平仮名の読みに著しい困難 を示す児童への指導に関する事例研究.教育 心理学研究,第 50 巻第 4 号,476-486 9 ) 森田陽人他 (1997) 平仮名読みに困難を示す児 童の読み獲得の援助,LD(学習障害) ―研究 と実践―,5(2),49-62 10) 小池敏英・雲井未歓・窪島 務 (2003) LD 児 のためのひらがな・漢字支援,あいり出版 11) 天野 清 (2006) 学習障害の予防教育への探求 ―読み・書き入門教育プログラムの開発,中 央大学出版部 12) 春原則子・宇野 彰・金子真人 (2005) 発達性 読み書き障害児における実験的漢字書字訓練 ―認知機能特性に基づいた訓練方法の効力―, 音声言語医学 46:10,10-15 13) 佐藤 暁 (1997) 構成行為及び視覚的記憶に困 難を示す学習障害児における漢字の書字指導 と学習課程の検討,特殊教育学研究,34(5), 23-28 14) 水野 薫 (1998) 形の記憶に特異な困難を示し た書字障害児の指導,LD―研究と実践―,第 6 巻第 2 号,67-75 15) 高橋久美他 (2008) 漢字の形の熟知情報呈示に 基づく書字指導に関する研究−書字困難のみ を持つ LD 児に関する検討―LD 研究,第 17 巻第 1 号,97-103 16) 窪島 務 (2005)読み書きの苦手を克服する子 どもたち.文理閣 17) 窪島 務 (2008) 読み書き障害の概念,アセス メント,診断と教育的指導の理解,障害者問 題研究,35(4),2-13 18) 林 建造 (1980) 幼児の成長と文字指導,幼児 と文字,保育学年報,フレーベル館,127-140 19) 長谷川芳典 (1988) 2 歳児における漢字の読み の学習課程,長崎医療技術短期大学部紀要,2, 139-150 20) 長谷川芳典 (1990) 3 歳児における漢字熟語の 読みと生成,行動分析学研究,4,1-18