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男性から女性へ性別の移行を希望する性同一性障害者(MtF

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男性から女性へ性別の移行を希望する性同一性障害者(MtF
社団法人 電子情報通信学会
THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS
信学技報
TECHNICAL REPORT OF IEICE
男性から女性へ性別の移行を希望する性同一性障害者(MtF)
の発話音声の分類に関する試案
櫻庭京子ⅰ,丸山和孝ⅱ,峯松信明ⅱ,広瀬啓吉ⅱ,田山二朗ⅲ,今泉敏ⅳ,山内俊雄ⅴ
ⅰ清瀬市障害者福祉センター
ⅱ東京大学
ⅲ国立国際医療センター ⅳ県立広島大学
ⅴ埼玉医科大学
E-mail: [email protected]
あらまし
著者らは男性から女性へ性別の移行を希望する性同一性障害者(Male-to-Female transgendered/transsexual = MtF)に
対して、声を女性化させるための transsexual voice therapy(TVT)を行っている。今回の発表では、MtF の発話音声の分類を試
みたので、その分類結果について報告する。今回の分類では、その一試案として発話者 MtF の性的指向、男性から女性へ性別
を移行したいと考える理由、現在の生活の実態など、音声の音響的な側面のみでなく、発話者の生き様も考慮した。このような
分類法は、MtF の生き方の多様性と声の関係を把握するのに有効と考えられ、この研究の本来の目的である TVT の方法論の確
立のためにも必要であると考える。
キーワード
性同一性障害、transsexual voice therapy、声の分類
An Experimental Study of
the Classification of Voices of Male to Female Transsexuals
Kyoko SAKURABAⅰ, Kazutaka MARUYAMAⅱ, Nobuaki MINEMATSUⅱ, Keikichi HIROSEⅱ
Niro TAYAMAⅲ, Satoshi IMAIZUMIⅳ, Toshio YAMAUCHIⅴ
ⅰKiyose Welfare Center for Handicapped, ⅱThe University of Tokyo, ⅲInternational Medical
Center of Japan, Department of Otolaryngology, Tracheo-esophagology ,ⅳPrefectural University of
Hiroshima, Faculty of Health and Welfare, ⅴSaitama Medical University, Faculty of Medicine
E-mail: [email protected]
Abstract We have been conducting voice therapy to Male to Female (MtF) transsexuals in order to improve the femininity of
their voices. In every therapy, speech samples were recorded and we have voice samples of more than 200 MtFs so far.
Through the therapy, the first author recognized that there are some patterns of methods that they use to feminize their voices.
In this report, MtF voices are classified based on not only their physical features but also other various factors, such as MtFs’
sexual orientations, living environments, reasons why they want to change their gender, and so on. The proposed classification
is considered to be useful to understand the relationship between the variety of MtFs’ way of living and their voices. We hope
that this classification will contribute to the establishment of transsexual voice therapy in Japan.
Keyword
Gender identity disorder, Transsexual voice therapy, Classification of voices
1. は じ め に
著者らは男性から女性へ性別の移行を希望する性
1) 20 歳 以 上 で あ る こ と
同 一 性 障 害 者( Male to Female transgender/transsexual =
2) 現 に 婚 姻 を し て い な い こ と
MtF) に 対 し て 、 声 を 女 性 化 さ せ る た め の transsexual
3) 現 に 子 が い な い こ と
voice therapy(以 下 TVT と 略 す )を 行 っ て い る 。 今 回 の
4)生 殖 腺 が な い こ と 又 は 生 殖 腺 の 機 能 を 永 続 的 に 欠
発 表 で は MtF の 発 話 音 声 の 分 類 を 試 み た の で 、そ の 分
類結果について報告する。今回の分類方法は、音響的
な 特 徴 で 分 類 す る と い う よ り 、MtF の 生 き 方 に 着 目 し
く状態にあること
5)そ の 身 体 に つ い て 他 の 性 別 に 係 わ る 身 体 の 性 器 に
係わる部分に近似する外観を備えていること
たものになっている。
著 者 ら は TVT を 通 し て 多 数 の MtF に 接 し て 来 た が ,
このように日本では性同一性障害者を取り巻く環
彼らの女声の作り方,出し方に幾つかパターンがある
境 は こ こ 数 年 で 劇 的 に 変 化 し て お り 、2004 年 に 特 例 法
ことに気付き,その分類と,なぜ,そのような女声の
が施行されてからは、生物学的性別をカムアウトする
出 し 方 を す る の か ,に つ い て 興 味 を 持 っ た 。TVT を 行
こ と な く 、希 望 の 性 別 で 日 常 生 活 が 送 れ る よ う に な り 、
なう上で,この分類が役に立つ事が少なくない。未だ
性 同 一 性 障 害 者 の QOL は 飛 躍 的 に 向 上 し た 。
試案のレベルではあるものの,この研究会で報告させ
て戴く。
2.2 MtF と 声 の 問 題
2. 性 同 一 性 障 害 と 声 の 問 題
薬物治療や美容整形による外科的治療によって、ある
2.1 性 同 一 性 障 害
程度の変化が望めるものの、声に関してはホルモンや
し か し な が ら 、 MtF の 場 合 、 容 姿 は ホ ル モ ン に よ る
性同一性障害は米国精神医学会が定めた診断基準
声 帯 手 術 に よ る 効 果 は ほ と ん ど 望 め な い 。櫻 庭 ら [2][3]
DSM- Ⅳ -TR (Diagnostic and Statistical Manual of
は 、話 者 に MtF が 含 ま れ て い る こ と を 知 ら な い 第 三 者
Mental Disorders, Fourth Edition, Tex Revision) [1]
に 、「 Jack と 豆 の 木 」 の 朗 読 文 を 聞 か せ て 、 話 者 の 性
によると、以下のような 4 つの診断基準を満たす場合
別を判断させる聴取実験を行っている。この聴取実験
に診断される。
で は 1 話 者 に つ き 、25∼ 45 名 の 聴 者 が 話 者 の 性 別 や 年
齢を推定している。声帯手術施行者4名の聴取実験結
a)反 対 の 性 に 対 す る 強 く 持 続 的 な 同 一 感 。
果 で は 、 女 声 と 判 定 さ れ た 割 合 は 0∼ 50% (ave.15%)し
b)自 分 の 性 に 対 す る 持 続 的 な 不 快 感 、 ま た は そ の 性
か な か っ た 。 そ れ に 比 べ て 、 80%以 上 を 超 え て 女 声 と
の役割についての不適切感。
c)そ の 障 害 は 、 身 体 的 に 半 陰 陽 を 伴 っ た も の で は な
判定されたものは、生来声質が女声に近いものや狭・
広義のボイストレーニング経験者であった。
い。
d)そ の 障 害 は 、臨 床 的 に 著 し い 苦 痛 ま た は 、社 会 的 、
職業的または他の重要な領域における機能の障
害を引き起こしている。
3. 著 者 ら が 行 う Transsexual Voice Therapy
著 者 ら が 行 う transsexual voice therapy(TVT と 略 す )
は以下のように、評価、訓練、カウンセリングから成
る。
つまり、性同一性障害とは「自分が男であるか女で
あ る か 」と い う 性 別 に 関 す る 性 自 認 (gender identity)
(1)
声の評価
の 問 題 で あ り 、 同 性 愛 な ど の 性 的 指 向 (sexual
Blind 法
orientation)の 問 題 や 半 陰 陽 ( 性 染 色 体 、 性 腺 、 内 性
話者認識技術による評価
器、外性器などの身体的な性別が、非典型的な状態)
の問題とは区別されている。
日 本 で は 、1995 年 よ り 埼 玉 医 大 や 岡 山 大 が 性 同 一 性
第三者による評価
(2) 声 の 女 性 化 の た め の 発 声 訓 練
声 を 高 く す る 訓 練( 男 性 の 裏 声 で は な く 女 性 の
声に聞こえるように高くする)
障 害 の 診 療 を 開 始 し 、 患 者 は ホ ル モ ン 療 法 や SRS( 性
女 性 ら し い 話 し 方 を 身 に つ け る 訓 練( イ ン ト ネ
別適合手術)などの医学的治療が受けられるようにな
ー シ ョ ン 、語 の 選 択 、表 情 、身 振 り な ど 、女 性
っ た 。ま た 、2003 年 7 月 に は「 性 同 一 障 害 者 の 性 別 の
取 り 扱 い の 特 例 に 関 す る 法 律 」( い わ ゆ る 特 例 法 )が 成
らしく聞こえる、見えるようにする)
(3) 精 神 面 で の ケ ア ・ カ ウ ン セ リ ン グ
立され、2 名以上の精神科医に「性同一性障害」と診
断され、以下の条件に該当する場合に限り、性別の取
り扱いの変更が認められるようになった。
声の評価は初回セラピー時や声に変化があったと
思 わ れ る 時 に 随 時 行 っ て い る 。方 法 は 、話 者 に MtF が
いるということを知らない聴者を対象にした聴取実験
図 1
女性に性別を移行したいと思う理由
や話者認識技術を応用した知覚的女性度推定器によっ
て、どのくらい女声の声に聞こえるかという声の女声
度 を 算 出 す る も の で あ る [4][5]。
発声訓練は、声の評価後、個別のプログラムを組ん
で行っている。主として話声位を高くする訓練と女性
に聞こえる話し方を獲得するための訓練になる。
精神面のカウンセリングでは、個別ニーズに応じて、
女性として生きていくために、多様な精神的サポート
を行っている。社会的に男性として生きて来た方々を
女性として社会に送り出すためには,幼少期から成人
期 に か け て「 女 」と し て 生 き た 記 憶 を 彼 ら に「 新 た に 」
授 け る 必 要 が あ る 場 合 も あ る 。こ の よ う な 記 憶 無 し に ,
女性として振る舞うことは時として困難である。
女 性 文 化 へ の 帰 属 感 と は「遊び、マンガ、小説、
4. 多 様 な MtF の 実 態
加 澤 [6][7]が「 MtF で は 、同 じ よ う に 自 ら の 性 別 に 対
テレビ番組など、性差のある活動や著作物において、
して違和感を感じながらも、症例によって、症状経過
男性用のものより、女性用のものの方になじみ、親し
は 様 々 で あ る 」 と 報 告 す る よ う に 、 MtF の 生 き 様 は 実
む感情」の程度である。
女性文化の中でも、特に女 性 の 化 粧 ・ 服 装 を 好 む
に多様である。
表 1 には、異性愛者、同性愛者と性同一性障害者の
場 合 に は 異 性 装 と 呼 ば れ る 。純 粋 な 異 性 装 で は 、性 自
認が男性である場合が多いが、異性装から性同一性障
性自認と性的指向を比較した。
害 に 移 行 す る 場 合 が あ る 。異 性 装 か ら の 移 行 の 場 合 は 、
性的指向は女性である場合が多いように感じられる。
表 1
性自認と性的指向の比較
性自認
異性愛
同性愛
性同一性障害
身体の性と一致
身体の性と一致
身体の性と不一
致
それに反して、 性 的 指 向 が 男 性 という移行理由の
性的指向
場合は、男性の時から、男性が異性としての恋愛対象
異性
同性
異性・同性・
両 性 ・ TG/TS・
asexual
で あ り 、自 分 は 女 性 と し て 男 性 か ら 愛 さ れ た い と 願 う 。
異性愛者が異性のみ、同性愛者が同性のみに性的指
外見や声の女性化は、そのための手段に過ぎない。
根底に女性になりたいという願望があるというよ
り、男性性の嫌悪や性器の違和感が性別移行の根底の
理由にある者もいる。性器違和だけが強いものは、外
見や声の女性化にはさほど興味を示さない場合がある。
向があるのに比べて、性同一性障害者の場合は、個人
表 2 に は MtF の 多 様 な 生 活 様 式 の 一 部 を 示 し た 。フ
によって性的指向は様々であり、同じ個体内でもトラ
ルタイムで女性として社会で働いている場合でも、家
ン ス の 過 程 に 応 じ て 、性 的 指 向 が 変 化 す る こ と も あ る 。
庭にはいると、女性パートナーがおり、子供がいるの
こ の 多 様 な 性 的 指 向 が MtF の 多 様 性 の 一 因 で あ る と も
で、父親役割を果たさねばならないこともある。家庭
考えられる。また、声の分類でも示すように、性的指
内でのポジションによっても、声質や話し方は異なっ
向によって、目指す女声も異なる傾向がある。
てくる。
図 1 に は 、 MtF が 、 女 性 に 性 別 を 移 行 し た い と 思 っ
ま た 、 MtF の 職 業 は 多 様 で あ り 、 男 性 の 時 に 獲 得 し
た理由を4つに大別し、それぞれの項目の4段階評価
た職業や地位を、女性に性別を移行してもそのまま続
を行って、理由によるタイプ分類を試みた。現在のと
ける場合は、男性部下に命令をする必要もあり、男性
ころ、データ集めている段階であるものの、同じ性別
らしい話し方を維持しなければならないこともある。
違和を抱えていても、女性に性別を移行したい理由は
こ の よ う に 、多 様 な MtF の 生 活 様 式 や ニ ー ズ に 合 っ
異なることもあり、その理由によって、めざす女声も
た声の女性化を目指すための訓練プログラムを考える
異なる場合がある。
こ と も 、 今 後 の TVT に は 必 要 な こ と だ と 考 え る 。
以下に、各項目の説明を加える。
表 2 MtF の 生 活 様 式 の 一 例
生活タイプ
パートナー
フルタイム女性
フルタイム女性
フルタイム女性
フルタイム女性
フルタイム女性
フルタイム女性
フルタイム女性
フルタイム女性
フルタイム女性
フルタイム女性
フルタイム男性
フルタイム男性
男性
女性
女性
離婚・死別
離婚・死別
離婚・死別
なし
MtF
FtM
FtM
女性
女性
子供
なし
あり
なし
なし
あり・引取り
あり・母引取り
なし
なし
あり
なし
あり
なし
(2)日 常 生 活 と テ ク ニ ッ ク に よ る 分 類
(2-1)テ ク ニ ッ ク の み で 、 普 段 の 生 活 は 男 性 。
(2-2)テ ク ニ ッ ク は な い が 、 女 性 と し て 生 活 。
女 性 の 話 し 方 の 特 徴 と し て 、(1)語 尾 が 長 い (2)鼻 音 化
な ど が 挙 げ ら れ る が 、症 例 (2-1)は 、 そ れ ら の 特 徴 を 強
調することで、女性声を作ろうした例である。症例
(2-1)は 普 段 は 男 性 と し て 生 活 し て お り 、将 来 的 に 性 別
を移行するつもりもない。職業上、声の女性化が必要
なだけである。そのような場合、テクニックだけが強
調され、自分が女性であるという気持ちは全く伴って
い な い 症 例 と い え る 。 そ れ に 比 し て 、 症 例 (2-2)は 、 女
性声の特徴的な点はみられないにもかかわらず、女性
に聞こえる声である。これらの症例は、高校卒業後か
5. MtF の 音 声 の 分 類
著 者 ら は 2002 年 6 月 よ り 、セ ラ ピ ー 以 外 で も 、MtF
の 声 の デ ー タ 採 取 を 行 っ て き た 。 現 在 、 17 歳 か ら 78
歳 ま で の 230 名 の MtF の 声 の デ ー タ を 収 録 し て い る 。
音 声 デ ー タ 収 録 に 協 力 し て く れ た MtF は 、性 自 認 は 男
性であるものの、声の女性化には関心があるというも
ら女性としてのフルタイム生活に入り、現在は普通の
OL と し て 生 活 し て い る 症 例 で あ る 。 症 例 (2-2)は 普 通
に 男 性 の 彼 氏 も お り 、普 通 の 20 代 の 女 性 と 、な ん ら 変
わらない生活を送っている。
(3)環 境 要 因 の 影 響 に よ る 分 類
のから、幼少期から性別違和を訴えている性同一性障
(3-1)姉 妹 の 影 響
害の中核群まで様々である。これらの音声の中から、
(3-2)女 性 中 心 の 職 場 の 影 響 1
( 高校中退後、キャバクラで働いた症例)
特徴的なものをとりあげて、以下のような観点から分
(3-3)女 性 中 心 の 職 場 の 影 響 2
類 を 行 っ た 。 物 理 的 な 音 響 特 徴 の み で な く 、 MtF の 性
(高 卒 後 、 保 育 士 と し て 働 い た 症 例 )
的指向や生活背景を考慮したものになっている。研究
会発表では、分類した音声を実際にコンピュータを通
して出力するので、分類項目に対して2項対立的に分
けた音声を聞いていただきたい。なお,これらの分類
はセラピーを継続する中で,次第に明確になってきた
MtF 像 を 自 分 の 中 で 整 理 す る た め に 行 な っ て 来 た も の
で あ り ,現 時 点 で は 自 ら が 行 な う TVT で 使 用 し て い る
分類である。以下に分類した項目を示す。
ボイストレーニングなど特別な訓練をやったわけ
ではないが、周囲が女ばかりという環境から、意識し
なくても自然に女性声が身についた症例を集めた。症
例 (3-1)は MtF と い う わ け で は な い が 、姉 妹 が 3 人 お り 、
彼女たちの話し方や仕草の影響を強く受けた症例であ
る。
症 例 (3-2)は 幼 児 の 頃 か ら 性 別 違 和 を 抱 え 、身 体 の 性
(1)性 的 指 向 に よ る 分 類
(1-1)性 的 指 向 が 男 性
(1-2)性 的 指 向 が 女 性
性 的 指 向 が 男 性 で あ る 症 例 (1-1)は 、実 際 の パ ー ト ナ
ーは未だいない。声の高さは低いけれども、鼻にかか
っ た 甘 え た 声 の 出 し 方 が 特 徴 的 で あ る 。そ れ に 比 し て 、
性 的 指 向 が 女 性 で あ る 症 例 (1-2)は 、現 在 女 性 パ ー ト ナ
ーと同居、婚姻関係にある。声は男性の平均的話声位
より高めであり、イントネーションは平坦である。症
例 (1-2)は 、 男 性 の 声 に は 100%聞 こ え な い け れ ど も 、
女 性 の 声 に も 聞 こ え な い 。症 例 (1-2)は 、 男 と し て 女 性
パートナーと結婚した後に男性から女性への性別の移
行を始めた症例である。このように男でも女でもない
中性的な声は、夫がトランスした女性パートナーが許
せる声の許容範囲だと考えられる。
に合わせて男性であることを強要される学校を中退し
て 、10 代 で 女 性 と し て 水 商 売 の 世 界 に 飛 び 込 ん だ 症 例
である。就労中は、完全に女性として働き、男性であ
る こ と は 客 や 同 僚 に も 告 げ な か っ た 。 SRS( 性 別 再 判
定 手 術 )は 水 商 売 を 辞 め た 22 歳 の 時 に 行 っ て お り 、そ
れまでは男性の身体で女性として働いていたが、周囲
から男性と指摘されることはなく、本人の性自認もず
っと女性であった。
症 例 (3-3)は 高 卒 後 、男 性 の 保 育 士 と し て 女 性 の 中 で
働いていた。しかしながら、仕草や言葉遣いが女性っ
ぽいことから、同僚の女性保育士や園児をあづける母
親から、よくからかわれていたと言う。
これらの症例は、特に声の女性化を意識しなかった
ものの、女性ばかりの環境の影響を比較的若い頃から
受 け た の で 、自 然 と 声 や 話 し 方 が 女 性 化 し た 例 で あ る 。
(4)声 の 高 さ
特 徴 だ け を 議 論 す る も の で は な く 、 MtF の 症 例 の 多 様
(4-1) 声 は 高 い が 男 性 声 に し か 聞 こ え な い 声
な性的指向や生活様式なども加味したものである。こ
(4-2) 声 は 低 い が 女 性 声 に き こ え る 声
の よ う な 分 類 は 、 多 様 な MtF の 症 状 経 過 を 考 慮 し た
症 例 (4-1)は 、 男 性 と し て 話 声 位 が 高 い が 、男 に し か
TVT の 訓 練 プ ロ グ ラ ム を 考 案 す る 場 合 に 必 要 で あ る 。
聞こえない声である。母音の共鳴の仕方や話し方で、
まだ、一部の特徴的な音声に関してのみのラベル付け
男 声 に し か 聞 こ え な い と 思 わ れ る 。30 代 以 上 で 、声 の
に過ぎないものの、今後、音響分析などを行って、音
高 い MtF に し ば し ば み ら れ る タ イ プ で あ る 。こ の タ イ
声の物理的な特徴につていの説明も加えたいと考えて
プ に 、 TVT で 話 し 方 の 嬌 声 を 行 う の は か な り 難 し い 。
いる。
そ れ に 比 し て 、症 例 (4-2)は 声 は 聴 覚 印 象 的 に 低 く 聞
こえるものの、ところどころに高い成分が混ざり、年
配の女性の声と聞こえるタイプである。
(5)声 の 上 げ 方
(5-1)男 性 の 裏 声
(5-2)女 性 の 高 い 声 に 聞 こ え る 声
成 人 の 話 声 位 は 、 男 性 130Hz、 女 性 262Hz で あ り 、
声を女性化させるためには、声を高くすることは必須
で あ る 。 た だ し 、 単 に 高 く し て も 、 症 例 (4-1)の よ う に
男性の裏声にしか聞こえないものもある。それに比し
て 、 症 例 (4-2)の よ う に 、 鼻 に か け る よ う に し て 、 口 腔
を広げ、地声の一番高いところを目指して声をあげる
と女性声に聞こえる。
(6)典 型 例
(6-1)完 全 に 男 性 声
(6-2)完 全 に 女 性 声
(6-3)完 全 に ニ ュ ー ハ ー フ 声
外 見 は 女 性 で あ り 、SRS も 戸 籍 の 変 更 を 済 ま せ て も
ほ ぼ 100%男 性 声 に し か 聞 こ え な い 症 例 も い る (6-1)。
そ れ に 比 し て 、 症 例 (6-2)で は 100%女 性 の 声 に し か
聞 こ え な い 声 を 集 め た 。症 例 (6-2)の 三 例 に 共 通 す る こ
と は 、身 長 が 160cm 代 前 ∼ 中 半 で あ る こ と 、変 声 期 以
後に声が男性化するのを意識して抑制した。ただし、
特別なボイストレーニングは行っていない。
症 例 (5-3)は 職 業 ニ ュ ー ハ ー フ と し て 働 い て い る MtF
である。女子大生を被験者とした聴取実験では、この
声 は 100%男 性 、 し か も ニ ュ ー ハ ー フ と 判 断 さ れ た 。
これはマスコミに登場するニューハーフの声の典型例
と一致したためと考える。その特徴として、男性とし
て は 高 め の 声 で は あ る も の の 、女 性 と し て は 低 い 声 で 、
ちょっと鼻にかかった声質であり、女性を意識した独
特の口調、人によっては抑揚には富む、などが挙げら
れる。
5 まとめ
本論文では、男性から女性へ性別の移行を希望する
性 同 一 性 障 害 者( Male to Female transgender/transsexual
= MtF) の 声 の 分 類 を 試 み た 。 そ の 方 法 は 従 来 の 音 響
文
献
[1] DSM-Ⅳ -TR 精 神 疾 患 の 分 類 と 診 断 の 手 引 新 訂 版 ,
米国精神医学会, 高橋三郎他訳, 医学書院, 東京
[2] 櫻 庭 京 子 他 , “ 女 性 と 判 定 さ れ た 性 同 一 性 障 害 者
(MtF) の 声 の 基 本 周 波 数 ”, sp2002-187, 信 学 技 法
vol.102 No.749, 2003
[3] 櫻 庭 京 子 他 , 女 声 と 聴 取 さ れ た 性 同 一 性 障 害 者
(MtF) の 音 声 の 音 響 分 析 ”, 音 講 論 ( 春 ),
449-450,2003.
[4] 櫻 庭 京 子 他 , 話 者 認 識 技 術 を 用 い た 性 同 一 性 症 者
(MtF)の 音 声 に 対 す る 男 声 度・女 声 度 の 自 動 推 定 と
そ の 臨 床 応 用 , 信 学 技 法 , 2006
[5] 丸 山 和 孝 他 ,
話者認識技術を用いた性同一性者
の 音 声 に 対 す る 男 声 度・女 声 度 の 自 動 推 定 ,音 講
論 ( 春 ), 3-P-20, 2006.
[6] 加 澤 鉄 士 他 , 性 同 一 性 障 害 の 診 断 , 産 婦 人 科 の 世
界 , 51, 145, 1999.
[7] 阿 部 輝 夫 ,加 澤 鉄 士 ,山 内 俊 雄 編 , 性 同 一 性 障 害 の
基 礎 と 臨 床 , 新 興 医 学 出 版 社 , 2004
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