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DSM-IV-TR における大うつ病エピソードの意味する もの:コンピタンス

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DSM-IV-TR における大うつ病エピソードの意味する もの:コンピタンス
駒澤大学心理学論集,2006,第 8 号,1-12
原 著
2006, 8, 1-12
DSM -IV-TR における大うつ病エピソードの意味する
もの:コンピタンス臨床心理学的視点から
勝俣 暎
・中嶋 真美・安東 桃子・岩田 佳世・ 岡 奈緒
Meaning of symptoms of major depressive episode in DSM -IV-TR: In terms of competence clinical psychology
Teruchika Katsumata, M ami Nakashima, M omoko Ando, and Kayo Iwata
(Department of Psychology, Komazawa University, Japan)
Nao Matsuoka
(Department of Clinical Behavioural Sciences, Graduate School of Medical Sciences, Kumamoto University, Japan)
ABSTRACT
The present study examined the characteristic symptoms of major depressive episode using diagnostic
criteria in DSM -IV-TR in terms of competence clinical psychology. The criteria were translated into 24
competence symbols in the competence list consisted offive factors (cognitive,physical,social,survival,and
general self-esteem competence) with three trained graduate students of clinical psychology. The results
suggested that the criteria (A1-A9 and C) of the characteristic symptoms of major depressive episode in
DSM -IV-TR associated with dysfunction of 17 components included in five competence factors. The 17
dysfunctional components stemmed from (1) verbal expression, thinking (judgment, decision, reasoning,
and problem solving),attention,cognitive style (concern and flexibility),memory,and planning in cognitive
competence factor, (2) physical form (weight),physiological function (internal organs,internal secretion)
and physical action (physical expression and motion)in physical competence factor, (3)self-disclosure and
social interchange in social competence factor, (4)volition,diligence (effort and continuation),self-control
(responsibility),and task accomplishment (vocational activities)in survival competence factor,and (5)3A
for emotional stability (affection,acceptance,and approval) and self-confidence (sense of competence and
sense of efficacy) in general self-esteem competence.
KEY WORDS:major depressive episode, dysfunction of competence, competence clinical psychology
DSM(The Diagnostic and Statistical Manual
of M ental Disorder)は,ICD(International
Classification of Diseases)とともに,現在,精
神医学の世界で最も大きな影響力をもった診断基
準として活用されて い る。DSM は,1952年 に
(1968),DSM DSM-I が出版されて以来,DSM -II
(1
9
8
7
)
,
(
1
9
9
4
)の改訂を経て,現在
III
DSM -IV
の DSM-IV-TR(2000)に至っている。この診断
基準は,従来の病因論は排除され,もっぱら「症
状」による診断基準で構成されている。したがっ
て,種々な問題点も指摘されている。
本研究の共同研究者の一人である勝俣は,これ
までに,Schneider の一級症状
(思 化声,対話形
式の幻聴,自 の行為を批判する幻聴,身体への
影響体験,思 奪取および思 の被影響体験,思
伝播,妄想知覚,感情・欲動・意志の 野にお
ける外からの作為体験)と二級症状(一級症状以
外の形式の幻覚,妄想着想,抑うつと爽快気 ,
困惑,感情 困化)について,コンピタンス臨床
心理学的視点から 析した
(2004)
。それに引き続
いて,DSM -IV-TR における
「統合失調症
(schizo)
」の診断基準として挙げられている「A.
phenia
特徴的症状」(妄想,幻覚,まとまりのない会話,
ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動,陰
性症状)および「B. 社会的または職業的機能低
下」についても,同様な視点からの 析を試みた
(2005)
。
本研究は,DSM-IV-TR の「大うつ病エピソー
ド (major depressive episode)」に記述されてい
る症状(基準)の 析を行うことを通して,大う
つ病の様態について,コンピタンス臨床心理学的
視点(勝俣,2001)から 究しようと意図するも
のである。
コンピタンス臨床心理学的視点においては,何
らかの問題行動(支援を必要とする種々な行動や
症状)は,
「コンピタンスの機能不全」の状態を意
1
味し,それらは①コンピタンスの未発達・未学習,
基準A3. 食事療法をしていないのに,著しい
②コンピタンスの萎縮,③コンピタンスの歪み,
体重減少,あるいは体重の増加,またはほとんど
および④コンピタンスの障害の4つの原因によっ
毎日の,食欲の減退または増加
て発現すると仮定される。
基準A4. ほとんど毎日の不眠または睡眠過多
岡・勝俣(2002)が,うつ病群(入院患者 15
基準A5. ほとんど毎日の精神運動性の焦燥ま
人)
, 常者・整形外科群
(整形外科入院患者 14人) たは制止
および 常・学生群(大学生 18人)に時間的展望
基準A6. ほとんど毎日の易疲労感,または気
テスト(TPT)を実施した結果,うつ病群は,他
力の減退
の 常群と比べて,過去,現在,未来の時間的次
基準A7. ほとんど毎日の無価値感,または過
元の間に明確な境界がなく,否定的な過去=否定
剰であるか不適切な罪責感
的な現在=否定的な未来として認知されており,
基準A8. 思 力や集中力の減退,または,決
時間の停滞が認められ,反応内容においても過去
断困難がほとんど毎日認められる
から持続している悩みや苦しみなどの否定的な事
基準A9. 死についての反復思 (死の恐怖だ
項への固着が見られた。また, 岡・勝俣(2003) けではない),
特別な計画はないが反復的な自殺念
が行った高 生の抑うつとコンピタンスに関する
慮,または自殺企図,または自殺するためのはっ
研究においては,抑うつ得点(SDS)とすべての
きりした計画
因子(5因子)におけるコンピタンス得点(熊大
基準C. 症状は,臨床的に著しい苦痛,または
式コンピタンス尺度)との間には,有意な関係が
社会的,職業的,または他の重要な領域における
あり,自己のコンピタンスを高く認知(評価)し
機能の障害を引き起こしている。
ている者の抑うつ得点は低く,自己のコンピタン
析方法:上記の主要症状を,以下の2つの手続
スを低く認知(評価)している者の抑うつ得点は
きを通して 類した(コンピタンス 析について
有意に高かった。
訓練を受けた3人の大学院生を含めた4人の共同
本研究では,上記の研究結果を踏まえて,以
研究者による3回の討議を行い,勝俣による十数
下の仮説を設定した。
回のチェックを行った)。
仮説1 大うつ病エピソード」
の諸症状は,人
A. 類基準としてのコンピタンス・リスト
(5
のもつ「5つのコンピタンス(24構成成 )の機
因子 24構成成 )
:症状(問題・問題行動)をコ
能不全」
として意味づけることができるであろう。 ンピタンスの機能不全によるものと仮定して,直
仮説2 大うつ病エピソードにおける諸症状
接かかわるコンンピタンス因子(構成成 )を主
は,コンピタンスの未発達・未学習,コンピタン
類╱副 類[ 類記号] として記載することと
スの萎縮による機能不全によって発現したもので
した。基準としたコンピタンス・リスト(5因子
はなく,コンピタンスの減退・歪みやコンピタン
24構成成 )は,以下の通りである
(勝俣,2002)
。
スの障害に関わる機能不全として意味づけること
リスト中,
小文字のアルファベットは構成成 を,
ができるであろう。
( )内の○付き数字は構成成 の細成 である。
方
法
第Ⅰ因子 認知的コンピタンス:8構成成
析対象
(症状)
:本研究では,
「大
DSM -IV-TR の
うつ病エピソード」において明記されている以下
の9項目の基準Aと基準Cの合計 10項目につい
て 析する。なお,下記の各基準中の下線部 は,
キーワードである。
基準A1. ほとんど 1日中,ほとんど毎日の抑
うつ気
基準A2. ほとんど1日中,ほとんど毎日の,
すべて,またはほとんどすべての活動における興
味,喜びの著しい減退
a. 感覚・知覚
b. 言語(①言語理解,②言語表現)
c. 思 (①判断,②決定,③推論・推理,④課題
の発見と解決,⑤想像性,⑥
造性)
d. 注意(①注意集中力)
e. 対象認知(①関心―興味・好奇心,②柔軟性)
f. 記憶(①短期記憶,②長期記憶)
g. 学習(①学習能力,②学業成績)
h. 計画(①計画能力,②構成力)
第Ⅱ因子 身体的コンピタンス:5構成成
2
(①身長,②体重,③胸囲,④
a. 身体的形態
貌)
や気持を他者に理解できるように適切に表現する
b. 生理的機能(①内臓諸機能,②内 泌,③性的
(伝える)ことができない」のは,認知的コンピタ
機能,④その他の生理的機能)
ンス因子中の言語の構成成 の
「言語表現:文字,
(① 合的運動機能,②手腕運動能力)
c. 運動能力
ことば」の未発達・未学習[Ib ②―]として 類
d. 身体的 康(①既往症,②(一般的) 康状態)
される。
「幼稚園や保育園で,友だちと一緒に遊ぶ
e. 身体的行動(①表情,②声,③姿勢,④動作)
ことができず,いつも一人遊びしかできない」と
第Ⅲ因子 社会的コンピタンス:5構成成
いう行動ないし特徴は,社会的コンピタンス因子
a. 自己開示性
中の「社会的 流」の未発達・未学習[IIId―]と
b. 友好性
して置き換えることができる。
c. 協調性
(2) コ ン ピ タ ン ス の 萎 縮 に よ る 機 能 不 全
d. 社会的 流
[△]:何らかの脅威ないしストレス(外的要因)
e. リーダーシップ
の負荷によって,すでに保持しているコンピタン
第Ⅳ因子 生活コンピタンス:4構成成
スが一時的ないしやや持続的に,有効に機能でき
a. 意志・意欲(①意志・意欲,②主体性,③挑戦
ずに萎縮することによって発現したと えられる
性,④達成動機)
症状(問題や問題行動)である。例えば,体力的
b. 勤勉(①努力,②持続性)
にも優れた力をもっている中年男性(学生時代に
c. 自己制御・管理(①時間管理・未来展望,②自
は相撲部の選手)
が,夜道を一人で歩いている時,
律性,③責任,④忍耐,⑤経済管理)
突然刃物をもった数人の若者に囲まれて強迫さ
d. 仕事遂行(①学業活動,②職業活動)
れ,持ち前の力(運動能力)を発揮することがで
第Ⅴ因子
合的自己評価コンピタンス:2構成
きずに,手も足も出せない状態に置かれてしまっ
成
た場合[IIc ①△]や,東京から地方の学 に転
a. 情緒安定の3A(①愛情,②受容,③承認)
した中学1年生(特別な問題をもたない)が,数
b. 自信(①自尊心・有能感,②効力感)
人の級友による再三の言動によるひどいいじめを
B. 症状(問題・問題行動)の発現原因の 類
受けたことにより,不登 になった(身体症状あ
基準:コンピタンス臨床心理学的視点において
り)場合[IIId ②△/IVd ①△/IIb ④∼]などが挙
は,何らかの症状(問題・問題行動)は,コンピ
げられる。
タンスの機能不全によって発現すると仮定され
(3) コ ン ピ タ ン ス の 歪 み に よ る 機 能 不 全
る。コンピタンスの機能不全は,以下の4つの原 [∼]:一般的・社会的基準に照らして,不適切な
因(①コンピタンスの未発達・未学習,②コンピ
機能不全(減退や逸脱)が認められるが,了解不
タンスの萎縮,③コンピタンスの歪み,④コンピ
能な異常や障害とは言えない場合の機能不全であ
タンスの障害)によって発現すると仮定される。
る。例えば,非行少年が抱いている社会的規範無
コンピタンスの機能不全を記号化するに当たって
視の逸脱した行動をはじめ,多くの犯罪行為,児
は,①コンピタンスの未発達・未学習は[―]
,コ
童虐待
[Ⅳ c ②④∼],気 障害に認められる認知
ンピタンスの萎縮は
[△],コンピタンスの歪みは
様式の歪み(二 思 ,自己関連づけなど)など
[∼]
,コンピタンスの障害は[☆]という記号を
のうち,重篤とは言えないもの[Ie ②∼]が挙げ
用いた。コンピタンスの機能不全の4つの発現原
られる。
「コンピタンスの歪み」には,次に述べる
因の 類は,以下の基準(定義)によってなされ 「コンピタンスの障害」
とまでは言えない程度のも
た。
の(重篤でないもの)を含めた。
(1) コンピタンスの未発達・未学習による機
(4) コ ン ピ タ ン ス の 障 害 に よ る 機 能 不 全
能不全[―]
:人生の発達段階(過程)において普 [☆]:この 類には,原則として,身体障害,知
通(平 的)であれば当然習得されているべきコ
的障害および精神障害として 類されている障害
ンピタンスが習得されていない(未発達・未学習) をベースにした症状(問題,問題行動)という意
ことによって発現したと えられるもの(症状,
味で用いている。しかし,
「障害」
の概念は,必ず
問題ないし問題行動)を指す。ただし,障害によ
しも明確ではなく,極めて多様である。
「国際生活
る未発達は除く。例えば,
「人の前で,自 の え
機能 類―国際障害 類改訂版」
(ICF,2001)に
3
い,気落ちした,
“落ち込んだ”気 は,情緒安定
おいても,機能障害(著しい変異や喪失などの心
身機能または身体構造上の問題)の判定基準(心
身機能・構造について共通)として,(a)喪失また
は欠損,(b)減少,(c)追加または過剰,(d)変異,
の4つを挙げており,一義的ではない。本論文に
おける「大うつ病エピソード」の症状の 類にお
いは,
「∼の著しい減退ないし喪失」「∼の著しい
増加ないし過多」
「∼の過剰・不適切な∼」などの
表現が付されている症状が少なくない。それらに
ついては,原則として「障害」として 類する。
「妄想的である」
(了解不能な)場合や,脳波や神
経生理的な異常所見が認められる場合(あるいは
可能性が想定されている場合)には,「障害」と
類することとした。
また,歪みと障害と明確に区別できない場合に
は,
「歪み・障害」として 類した。
結
に必要な3A(愛情,受容,承認)の要求の不充
足,自信(有能感,効力感)の欠如( 合的自己
評価の歪み・障害)
,無気力状態(意志・意欲の減
退)を表現した複合的な感情であり,対象認知の
著しい歪み・障害(否定的感情への固着)を反映
した感情状態として意味づけることができる。
基準A2. 興味・喜びの著しい減退
a. 症状:ほとんど1日中,ほとんど毎日の,すべ
て,またはほとんどすべての活動における興味,
喜びの著しい減退ないし喪失を意味する。以前に
は喜びであった活動(趣味,娯楽,性的関心など
を含む)に何の喜びも感じなくなり,社会的ひき
こもりを示すことも少なくない。抑うつ気 とと
もに 基本的特徴の1つである。
b. コンピタンス因子(構成成 ) 類・記号:関
心(興味・好奇心)の著しい減退(障害)╱社会
果
的 流の 困(歪み・障害)
[Ie ①☆/IIId∼/☆]
1. 大うつ病エピソードのコンピタンス・リスト
による 類の基準について
c.
類の根拠:「興味・喜びの著しい減退ないし
喪失」は,
「対象認知」の「関心:興味・好奇心」
の著しい減退(障害)を意味する。また,その結
DSM -IV-TR における「大うつ病エピソード」
に記載されている症状(基準A1∼A9および基
準C)についてコンピタンス心理学的視点から
類(5因子 24構成生 )するに当たって,
a. 各症状についての簡潔な説明(DSM -IVTR による)
b. コンピタンス因子(構成成 ) 類・ 類
記号(ローマ数字はコンピタンス・リストの
因子番号,小文字のアルファベットは構成成
,○付き数字は構成成 の細成 )
類の根拠
c.
について説明を加える。
果,社会的ひきこもりが発現することは,
「社会的
流」が
困になったり,不適切(歪み)であっ
たりすることを意味している。
基準A3. 著しい体重の減少・増加,または食欲
の減退・増加
a. 症状:食事療法をしていないのに,著しい体重
減少,あるいは体重増加,またはほとんど毎日の,
食欲の減退または増加が認められる。食欲は通常
減退し,多数の者は無理して食べていると感じて
いる。なかには,食欲が亢進し,ある種の食物を
渇望することもある。食欲の変化が重篤な場合,
著しい体重の増加や減少がある。
b. コンピタンス因子(構成成 ) 類・記号:体
基準A1. 抑うつ気
重の増減╱内臓諸器官の機能の著しい減退・亢進
a. 症状:大うつ病エピソードにおける抑うつ気
[IIa ②☆/IIb ①☆]
(基本的特徴)をその人は,通常,憂うつで,
c.
悲しく,希望のない,気落ちした,
“落ち込んだ”
b. コンピタンス因子(構成成
類の根拠:「著しい体重の減少・増加」は,
単なる体重の減少ではなく,過度の増減を意味し
と表現することが多い。
)
ている。また,
「食欲の減退または増加」
において
類・記号:
合的自己評価(情緒安定の3A・自信―有能感,
も,通常の範囲を超えた増減であり,
「内臓
(胃腸)
効力感)の歪み・障害╱対象認知(柔軟性)の歪
機能の不適切な減退と亢進(障害)
」に当たる。
基準A4. 不眠または睡眠過多
み・障害╱意志・意欲の歪み・障害
a. 症状:大うつ病エピソードで最もよくみられ
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
c.
る睡眠障害は不眠である。中期不眠(一晩中起き
類 の 根 拠:憂 う つ で,悲 し く,希 望 の な
4
ていたり,再び眠りにつくのが困難)
,終期不眠
基準A6. 易疲労性,または気力の減退
(早朝覚醒し,再び眠れない)
が典型的であり,初
a. 症状:身体を
っていないのに持続的疲労感
期不眠(入眠困難)も起こる。過眠(昼間の睡眠
を訴える,最低限の仕事さえかなりの努力を要す
が増加したりする寝過ぎ)がみられることもあ
る,物事をやりとげる能率が低下する。例えば,
る。
朝の洗面や着替えで疲労し,いつもの2倍の時間
b. コンピタンス因子(構成成
)
類・記号:そ
がかかると訴えるなど。
の他の生理的機能(睡眠)の障害。
b. コンピタンス因子(構成成 ) 類・記号:意
[IIb ④②☆]
c.
志・意欲の減退╱勤勉性(努力・持続性)の減退
類の根拠:「睡眠障害(不眠・過眠)」は,生
[IVa ①∼&☆/IVb ①②∼&☆]
理的機能のうちの「その他の生理的機能の過度の
c.
類の根拠:「易疲労性」
(持続的疲労感)は,
減少(障害)
」として 類される。
「睡眠障害」に
「意志・意欲」の減退および「努力・持続」の困難
は脳波の異常,神経伝達系の調整異常,内
泌障
(勤勉性の機能不全)を意味する。
「すぐ疲れてし
害などの異常所見が認められるので,
「障害」
の記
まう」
ということは,
「たとえ,意志・意欲をっもっ
号を付した。
て事に当たろうとしても,その意志・意欲を維持
基準A5. 精神運動性の焦燥または制止
し,努力を持続することができない」ということ
a. 症状:精神運動の変化には,焦燥(例:静かに
を意味している。その場合,
「意志・意欲」
(気力)
座っていられない,足踏みをする,手首を回す;
自体も減退していることを物語っている。他の症
または,皮膚や服,その他のものを引っぱったり
状のように,
「著しい」
という表現が付されていな
こすったりする)や制止(例:会話,思
いので,
「障害」とせずに,
「歪み・障害[∼&☆]
」
,体動
が遅いこと;応答の前の時間が長くなる;声量,
とした。
抑揚,会話量,内容の豊かさの減少や無口)が含
まれる。これらの症状は,単に主観的な感じ方の
基準A7. 無価値感,または過剰・不適切な罪責
感
表現ではなく,他人にもわかるほどの重症のもの
a. 症状:無価値感や罪意識には,自己の価値の非
でなければならない。
b. コンピタンス因子(構成成
現実的で否定的な評価や,罪へのとらわれ,過去
)
類・記号:身
の些細な失敗を繰り返し思い悩むことなどが含
体的行動(動作,声)の障害╱言語(言語表現)
まれる。そのような人達はしばしば,関係のない,
の障害╱自己開示性の歪み・障害╱思
またはとるに足らない小さな日々の出来事を自
の減退
(歪み・障害)╱自己制御(自律性)の困難(障害)
の欠陥の証拠であると誤解し,不運な出来事に
[IIe ④②☆/Ib ②☆/IIIa∼&☆/Ic∼&☆/IVc ②
対する過剰な責任を感じている。無価値感や罪責
☆]
c.
感には妄想的な部
もある。
類の根拠:精神運動性の「焦燥」に含まれる
b. コンピタンス因子(構成成 ) 類・記号:有
行動(静かに座っていられない,足踏みをする,
能感の欠如╱不適切で過剰な責任感(障害)╱判
首を回す,皮膚や服などを引っ張る)は,すべて
断の著しい歪み(障害)╱対象認知(柔軟性)の
「身体的行動(表情, 声,姿勢,動作)
」の構成成
中の「動作」成
著しい歪み(障害)
の障害とともに,それらの動作
[Vb ①☆/IVc ③☆/Ie ☆/Ic ①☆]
の「自己制御」(自律性)の困難(障害)による機
c.
能不全として捉えることができる。また,
「制止」
類の根拠:
「無価値感」
(自己の価値の非現実
的で否定的な評価)は,「有能感」
( 合的自己評
の例として挙げられている項目のうち,「会話が
価)の著しい減退(障害)を意味している。また
遅い,会話量,内容の豊かさの減少や無口」は,
「罪責感」
(罪へのとらわれ,過去の些細な失敗へ
言語(言語表現)機能の減弱と自己開示性の
を意味し,
「思
「思
困
の固執)は,「不適切な責任感」および「否定的な
,応答の前の時間が長くなる」は,
側面への固執性・柔軟性の欠如」
(対象認知の障
」全体の機能の減弱(歪み・障害)を意味す
害)の複合的な心理状態を意味する。このような
る。また,
「声量,抑揚」と「体動が遅い」は,
「身
傾向が「妄想的」である場合には, 不適切な確固
体的行動」
(声,動作)機能の減弱(障害)として
とした信念(判断)」
(思 の障害)として意味づ
置き換えることができる。
けられる。
5
c.
基準A8. 思 力や集中力の減退,または決断困
難
類の根拠:「希死念慮(死にたい)
」および「自
殺念慮(自殺したい)
」は,思 レベルの自殺的行
えたり,集中したり,決断
動(自殺にかかわる行動)であり,重篤なうつ状
したりする能力が障害されていると述べる。注意
態でなくても発現する。これらの行動は, 合的
が散漫になりやすく見えたり,記憶の障害を訴え
自己評価(情緒安定の3Aの不充足,自信―有能
たりすることもある。学問的,または職業的な仕
感・効力感)の機能不全(減退・歪み)状態にお
事の遂行上,知的能力が要求される人は,たとえ
いて発現する。その背景には,対象認知
(柔軟性)
少しの集中力の問題があってもしばしば十
の歪み
(二
a. 症状:多くの人が
に
思 ,トンネルヴィジョン)
,思 (推
機能できない。高齢者では,記憶障害が主な訴え
理・推論)の歪み(誤論理)がある。
「自殺企図」
となり,認知症(痴呆症)の初期症状と間違われ
は,実際に死の可能性のある手段(低致命度∼高
ることもある。
致命度)によって,生命の断絶を企図する行為で
類・記号:思
あり,自殺企図者にとっては,他者の力を借りず
(判断・決定)力の減退(歪み・障害)╱注意
に,自己の力でできる最後に残った唯一の「問題
(集中力)の(歪み・障害)╱記憶力の減退(歪み・
解決」
(生命の断絶による問題解決)である(障
b. コンピタンス因子(構成成
)
害)
。自殺企図の計画は,自殺の危険度によっても
障害)
異なる(歪み・障害)
。
[Ic ①②∼&☆/Id ①∼&☆/ If①②∼&☆]
機能の減退(歪み・障害)を,また,集中の困難
基準C. 症状は,臨床的に著しい苦痛,または社
会的,職業的,または他の重要な領域における
機能の障害を引き起こしている。
(注意散漫)は,注意(集中力)の減退(歪み・障
a. 症状:大うつ病エピソードに関連する障害の
c.
類の根拠:「
えたり,決断する」能力 (思
または決断)の障害は,思 (判断,決定)の
害)を,記憶の障害は,記憶の減退(歪み・障害)
度合いはさまざまであるが,軽症の場合でも,臨
として,コンピタンスの構成成
に直接的に置き
床的に苦痛,または社会的,職業的,および他の
換えることができる。これらの障害は,必ずしも
重要な領域における機能の障害がなければなら
重篤でなくても認められるので「歪み・障害」と
ない。もし機能障害が重症であれば,その人は社
して
会的,職業的に機能する能力を失うかもしれな
類した。
い。極端な症例では,その人は最低限の自己管理
基準A9. 死についての反復思 ,反復的な自殺
念慮,または自殺企図,自殺するための計画
a. 症状:死についての
(例:自
がしばしば存在することがある。その
で食事をしたり衣服を着たりするこ
と)や,最低限の個人衛生の維持さえできないで
え,自殺念慮,自殺企図
あろう。
えは,も
が死ねば他の人には好都合であろうとい
b. コンピタンス因子(構成成 ) 類・記号:社
う確信から,一過性ではあるが,自殺をしようと
会的 流の歪み・障害╱仕事遂行(職業活動)の
する
困難(歪み・障害)╱自己管理(制御)の困難(歪
し自
えの繰り返し,どうすれば自殺できるかと
いう実際的な明確な計画までに及ぶ。その
み・障害)
えの
[IIId∼&☆/IVd ②∼&☆/IVc ②∼&☆]
度,強さ,死亡率はさまざまである。自殺の動
c.
機は,困難な障害と感じたことに直面して,断念
類の根拠:社会的コンピタンスには,自己開
したい欲求,またはその人が終わりがないと思い
示性,友好性,協調性,社会的
込んでいる,耐えがたいほどつらい感情状態を終
ダーシップの5構成成
流,およびリー
があるが,社会的
流
(ひきこもり)の困難(歪み・障害)を挙げた。職
わらせたいという強烈な願望を含む。
類・記号:情
業的領域の機能障害については,仕事遂行(職業
緒安定の3Aおよび自信(有能感・効力感)の喪
活動)の困難(歪み・障害)として 類した。ま
失(歪み・障害)╱対象認知(柔軟性)の歪み・
た,自己管理の困難は,自己制御(管理)の構成
障害╱思 (誤論理・課題の発見と解決)の歪み・
成 中の自律性の歪み・障害とした。
b. コンピタンス因子(構成成
)
障害╱計画の歪み・障害
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/Ic ③ ④∼&☆/Ih ① ②
∼&☆]
6
ける機能(自己管理など)の障害
2. 大うつ病エピソードのコンピタンス因子
別 類:
[IIId∼&☆/IVd ②∼&☆/IVc ②∼&☆]
第Ⅳ因子「生活コンピタンス」
A1. 抑うつ気
DSM -IV-TR におけ る「大 う つ 病 エ ピ ソード
(major depressive episode)」の特徴に関するコ
ンピタンス・リストに基づく上記の基礎的 析
(
類)の結果を,コンピタンス因子(構成成 )表
に転記すると,Table 1のように整理することが
できる。Table 中のA1からA9は,大うつ病エピ
ソードの基準Aの9項目の症状(特徴)であり,
Cは基準Cである。なお,Table 1においては,主
類と副 類を区別せず,関係するすべてのコン
ピタンス因子と構成成 を記載した。
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
A5. 精神運動性の焦燥または制止
[IIe ④②☆/Ib ②☆/IIIa∼&☆/Ic∼&☆/IVc
②☆]
A6. 易疲労性または気力の減退
[IVa ①∼&☆/IVb ①∼&☆]
A7. 無価値感または過剰か不適切な罪責感
[Vb ①☆/IVc ③☆/Ie ☆/Ic ①☆]
C. 社会的,職業的,または他の重要な領域にお
ける機能(自己管理など)の障害
[IIId∼&☆/IVd ②∼&☆/IVc ②∼&☆]
第Ⅰ因子[認知的コンピタンス」
第Ⅴ因子「 合的自己評価コンピタンス」
A1. 抑うつ気
A1. 抑うつ気
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
A2. 興味,喜びの著しい減退
A7. 無価値感または過剰か不適切な罪責感
[Ie ①☆/IIId∼/☆]
[Vb ①☆/IVc ③☆/Ie ☆/Ic ①☆]
A5. 精神運動性の焦燥または制止
A9. 死についての反復思 ,自殺念慮,自殺企
[IIe ④②☆/Ib ②☆/IIIa∼&☆/Ic∼&☆/IVc
図,自殺の計画
②☆]
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/Ic ③ ④∼&☆/Ih ①
A7. 無価値感または過剰か不適切な罪責感
②∼&☆]
[Vb ①☆/IVc ③☆/Ie ☆/Ic ①☆]
A8.思
力や集中力の減退,決断困難
察
[Ic ①②∼&☆/Id ①∼&☆/ If①②∼&☆]
A9. 死についての反復思
,自殺念慮,自殺企
1. 大うつ病エピソードのコンピタンス・リスト
による 類の基準について
図,自殺の計画
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/Ic ③ ④∼&☆/Ih ①
コンピタンス心理学においては,心理学を「有
機体(人)のもつ5つのコンピタンス(24構成成
からなる)の相互作用を究明する学問領域であ
る」と定義づけている(勝俣,1996)
。ここで用い
られている「コンピタンス(competence)』とは,
「環境と効果的に相互作用する有機体(人)の能力
(ability)」である(White, R., 1959)。このよう
な視点からみると,人の不適応行動ないし問題行
動(種々な症状を含む)は「コンピタンスの機能
不全(効果的に機能していないこと)によって発
現する」と定義づけられる。また,種々な「コン
ピタンスの機能不全」
は,主として4つの原因
(①
コンピタンスの未発達・未学習,②コンピタンス
の萎縮,③コンピタンスの歪み,④コンピタンス
の障害)によって発現すると仮定されている。
①「コンピタンスの未発達・未学習による機能
②∼&☆]
第Ⅱ因子「身体的コンピタンス」
A3. 著しい体重の減少・増加,または食欲の減
退・増加[IIa ②☆/IIb ①☆]
A4. 不眠または睡眠過多
[IIb ④②☆]
A5. 精神運動性の焦燥または制止
[IIe ④②☆/Ib ②☆/IIIa∼&☆/Ic∼&☆/IVc
②☆]
第Ⅲ因子「社会的コンピタンス」
A2. 興味,喜びの著しい減退
[Ie ①☆/IIId∼/☆]
A5. 精神運動性の焦燥または制止
[IIe ④②☆/Ib ②☆/IIIa∼&☆/Ic∼&☆/IVc
②☆]
C. 社会的,職業的,または他の重要な領域にお
7
Table 1. 大うつ病エピソードのコンピタンス
因子
構成成
Ⅰ
a.感覚・知覚
認知的 b.言語
コンピ
タンス
c.思
成
備
①感覚(五感)
,②知覚機能
①言語理解:文字,ことば
②言語表現:文字,ことば
①判断,②決定,③推論(推理)
,
④課題の発見と解決,⑤想像性,
⑥ 造性
d.注意
①注意集中力
e.対象認知
①関心(興味・好奇心)
,②柔軟性
f.記憶
①短期記憶,②長期記憶
g.学習
①学習能力,②学業成績
h.計画
①計画能力,②構成力
Ⅱ
a.身体的形態
身体的 b.生理的機能
コンピ
タンス
類(5因子 24構成 )表
①身長,②体重,③胸囲,④顔貌
①内臓諸機能,②内 泌,③性的機
能,④その他の生理的機能(自律神
経等)
c.運動能力
①
合的運動能力,②手腕運動能力
d.身体的 康
①既往症,②(一般的)
e.身体的行動
①表情,②声,③姿勢,④動作
A 1. 抑うつ気
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
A 2. 興味,喜びの著しい減退
[Ie ①☆/IIId∼/☆]
A 5. 精神運動性の焦燥または制止[IIe ④②☆/Ib ②☆/
IIIa&☆/Ic ☆&∼/IVc ②☆]
A 7. 無価値感または過剰か不適切な罪責感
[Vb ①☆/IVc ③☆/Ic ①③☆]
A 8. 思 力や集中力の減退,決断困難
[Ic ①②∼&☆/Id ①∼&☆/If ①②∼&☆]
A 9. 死についての反復思 ,自殺念慮,自殺企図,自殺
計 画[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/Ic ③ ④∼&☆/Ih ①
②∼&☆]
A 3. 著しい体重の減少・増加,または食欲の減退・増加
[IIa ②☆/IIb ①☆]
A 4. 不眠または睡眠過多[IIb ④②☆]
A 5. 精神運動性の焦燥または制止
[IIe ④②☆/Ib ②☆/IIIa&☆/Ic ☆&∼/IVc ②☆]
康状態
Ⅲ
a.自己開示性
社会的 b.友好性
コンピ
c.協調性
タンス
d.社会的 流
①家族,②学
,③職場,④地域
①家族,②学
,③職場,④地域
①家族,②学
,③職場,④地域
①家族,②学
,③職場,④地域
e. リ ー ダ ー
シップ
①家族,②学
,③職場,④地域
a.意志・意欲
①意志・意欲,②主体性,③挑戦性, A 1. 抑うつ気
④達成動機
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
5
. 精神運動性の焦燥または制止
A
①努力,②持続性
[IIe ④②☆/Ib ②☆/IIIa&☆/Ic ☆&∼/IVc ②☆]
①時間管理・未来願望,②自律性,
A 6. 易疲労性または気力の減退[IVa ①∼&☆/IVb ①
③責任(感),④忍耐,⑤経済管理
②∼&☆]
①学業活動(登 ・学業への取り組 A 7. 無価値感または過剰か不適切な罪責感
み)
[Vb ①☆/IVc ③☆/Ic ①③☆]
②職業活動(出勤・職務遂行・労働) C. 社会的,職業的,または他の重要な領域における機能
(自己管理など)の障害
[IIId∼&☆/IVd ②∼&☆/IVc ②∼&☆]
Ⅳ
生活
(的)
コンピ
ドタン
ス
b.勤勉
c.自己制御
(管理)
d.仕事遂行
Ⅴ
a.情緒安定
合的 (3A)
自己評 b.自信
価コン
ピタン
ス
A 2. 興味,喜びの著しい減退
[Ie ①☆/IIId∼/☆]
A 5. 精神運動性の焦燥または制止
[IIe ④②☆/Ib ②☆/IIIa&☆/Ic ☆&∼/IVc ②☆]
C. 社会的,職業的,または他の重要な領域における機能
(自己管理など)の障害
[IIId∼&☆/IVd ②∼&☆/IVc ②∼&☆]
①愛情,②受容,③承認欲求の充足
①自尊心(有能感),②効力感
8
A 1. 抑うつ気
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
A 7. 無価値感または過剰か不適切な罪責感[Vb ①☆/
IVc ③☆/Ic ①③☆]
A 9. 死についての反復思 ,自殺念慮,自殺企図,自殺
計 画[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/Ic ③ ④∼&☆/Ih ①
②∼&☆]
不全」は,人生の発達段階(過程)において普通
(平 的)
であれば当然習得されているべきコンピ
タンスが習得されていない(未発達・未学習)こ
とによって発現したと えられるもの(症状,問
題ないし問題行動)を指す。②「コンピタンスの
萎縮による機能不全」は,何らかの脅威ないしス
トレス(外的要因)の負荷によって,すでに保持
しているコンピタンスが一時的ないしやや持続的
に,有効に機能できずに萎縮することによって発
現したと えられるもの(症状,問題ないし問題
行動)を意味する。③「コンピタンスの歪みによ
る機能不全」は,一般的・社会的基準に照らして,
不適切な機能不全(減退や逸脱)が認められるが,
了解不能な,重篤な異常や障害とは言えない場合
の機能不全として用いられている。また,④「コ
ンピタンスの障害による機能不全(disorder)
」は,
原則として,身体障害,知的障害および精神障害
として 類されている障害をベースにした症状
(問題,問題行動)という意味で用いている。しか
し,
「障害」
の概念は,必ずしも明確ではなく,極
めて多様である。国語辞典には,
「さわり,さまた
げ,じゃま」
「身体器官に何らかのさわりがあって
機能を果たさないこと」などの定義がなされてい
る(広辞苑)
。また「国際生活機能 類―国際障害
類改訂版」
(ICF,2001)においても,機能障害
(著しい変異や喪失などの心身機能または身体構
造上の問題)の判定基準(心身機能・構造につい
て共通)として,(a)喪失または欠損,(b)減少,
(c)追加または過剰,(d)変異,の4つを挙げてお
り,一義的ではない。
そこで,本論文では,
「大うつ病エピソード」の
症状に関する説明のなかで用いられている「∼の
著しい喪失」は「a. 喪失または欠損」
,
「∼の著し
い減退」は「b. 減少」,
「∼の著しい増加ないし過
多」は「c. 追加または過剰」に,
「∼の著しく不
適切な」や「種々な検査所見において異常所見が
認められる場合」は「d. 変異」に相当するものと
看做して,「障害」として 類することとした。ま
た,歪みと障害と明確に区別できない場合には,
「歪み・障害」として 類した。
大うつ病エピソード」の諸症状を「コンピタン
スの機能不全」
(未発達・未学習,萎縮,歪み,障
害による)として 類するに当たって,最も大き
な困難は,歪みと障害の区別であった。ベック
(Beck, A. T.)によると,うつ病者は,幼児期よ
り否定的見かた(歪んだスキーマ)をもっており,
それがストレスによって発動され,それが具体的
に は 否 定 的 自 動 思 (negative automatic
thoughts)となって日常生活に機能し,うつ病が
引き起こされるという
(町沢静夫,1992)
。ここで
は,否定的自動思 を
「認知の歪み」
(情報処理プ
ロセスの歪み」としてとらえている。このように
えると,
「歪み」と「障害」との区別は,かなり
難しいものとなる。本論文では,たとえば「二
思 」などの認知の歪みは,「著しい∼」の語が付
されていない限り,
「障害」とせずに,「歪み・障
害」として 類した。
この点については,今後さらに検討を必要とす
るであろう。
2. コンピタンス因子(構成成 )別にみた大う
つ病エピソード
本研究では,
「大うつ病エピソード」の症状とし
て,基準A(A1―A9)の9項目の特徴と基準
Cの計 10項目について,
コンピタンス臨床心理学
的視点から 析した。その結果, 析の対象とし
てとりあげた 10項目の症状(特徴)は,コンピタ
ンスの5因子すべての機能不全
(歪みないし障害)
によるものであることが明らかにされた。このこ
とは,すでに 岡・勝俣(2003)が,高 生の抑
うつ傾向とコンピタンスの関係において見い出し
た結果と共通する結果と言える。特に,24項目の
コンピタンス構成成 中,
17項目
(寄与率 70.8%)
が関与していることが明らかにされた(Table
1)
。
(1) 第Ⅰ因子の「認知的コンピタンス」では,
8項目の構成成 中6構成成 (b. 言語,c. 思
,d. 注意,e. 対象認知,f. 記憶)が「大うつ
病エピソード」の6つの基準と関わりがあった。
A1. 抑うつ気
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
A2. 興味,喜びの著しい減退
[Ie ①☆/IIId∼/☆]
A5. 精神運動性の焦燥または制止[IIe ④②☆/Ib
②☆/IIIa&☆/Ic ☆&∼/IVc ②☆]
A7. 無価値感または過剰か不適切な罪責感
[Vb ①☆/IVc ③☆/Ic ①③☆]
A8. 思
9
力や集中力の減退,決断困難
[Ic ①②∼&☆/Id ①∼&☆/ If①②∼&☆]
A9. 死についての反復思
[IIe ④②☆/Ib ②☆/IIIa∼&☆/Ic ☆&∼/IVc ②
,自殺念慮,自殺企図,
☆]
自殺の計画[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/Ic ③④∼&☆/Ih
C. 社会的,職業的,または他の重要な領域におけ
①②∼&☆]
る機能(自己管理など)の障害
[IIId∼&☆/IVd ②∼&☆/IVc ②∼&☆]
該当する6つの基準のうち,主 類がこの因子
に該当する基準は,A2「興味・喜びの著しい減
退」
(対象認知―興味・関心[Ie ①☆]
)とA8「思
力や集中力の減退,決断困難」
(思 ―判断,決
定╱注意╱決定[Ic ①②∼&☆/Id ①∼&If ①②
∼&☆]
)の2つであった。このことから見ると,
「思 (判断,決定)
」
,「注意(注意集中)
」および
「対象認知(関心―興味・好奇心)
」の構成成 が
特に重要な成 であることが認められたといえ
る。
(2) 第Ⅱ因子の身体的コンピタンスでは,5
項目の構成成 中3構成成 (a. 身体的形態,b.
生理的機能,e. 身体的行動)が,3つの基準と関
わりがあった。
該当する3つの基準のうち,主 類がこの因子
に該当する基準は,C「社会的,職業的,または
他の重要な領域における機能の障害[IIId∼&
☆]
」の1つであり,「社会的 流」の減退(ひき
こもり)であった。
(4) 第Ⅳ 因子の「生活コンピタンス」では,
4項目の構成成 中4構成成 すべて(a. 意志・
意欲,b. 勤勉,c. 自己制御・管理,d. 仕事遂行)
が,5つの基準と関わりがあった。
A1. 抑うつ気
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
A5. 精神運動性の焦燥または制止
[IIe ④ ② ☆/Ib ② ☆/IIIa&☆/Ic ☆&∼/IVc ②
A3. 著しい体重の減少・増加,または食欲の減退・
☆]
増加
A6. 易疲労性または気力の減退
[IIa ②☆/IIb ①☆]
[IVa ①∼&☆/IVb ①②∼&☆]
A4. 不眠または睡眠過多 [IIb ④②☆]
A7. 無価値感または過剰か不適切な罪責感
A5. 精神運動性の焦燥または制止
[Vb ①☆/IVc ③☆/Ic ①③☆]
[IIe ④ ② ☆/Ib ② ☆/IIIa&☆/Ic ☆&∼/IVc ②
C. 社会的,職業的,または他の重要な領域におけ
☆]
る機能(自己管理など)の障害
[IIId∼&☆/IVd ②∼&☆/IVc ②∼&☆]
該当する3つの基準のうち,主 類がこの因子
に該当する基準は,A3(著しい体重の減少・増
加,食欲の減退・増加)
,A4(不眠または睡眠過
多)とA5(精神運動性の焦燥または制止)のす
べてであった。このことから見ると,
「身体的形態
(体重)」
,
「生理的機能(内臓諸機能╱内 泌╱そ
の他の生理的機能)および「身体的行動(声,動
作)
」
の構成成 が特に重要な成 であることが認
められた。
(3) 第Ⅲ因子の「社会的ンピタンス」では,
5項目の構成成 中2構成成 (a. 自己開示性,
d. 社会的 流)が「大うつ病エピソード」の3つ
の基準と関わりがあった。
該当する5つの基準のうち,主 類がこの因子
に該当する基準は,A6「易疲労性または気力の
減退
[IVa ①∼&☆/IVb ①∼/☆]
」の1つであり,
「意志・意欲」と「勤勉(努力・持続)」の構成成
であった。
(5) 第Ⅴ因子の「コンピタンスでは,2項目
の構成成 中2構成成 すべてが,3つの基準と
関わりがあった。
A1. 抑うつ気
[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/IVa ①∼&☆]
A 7. 無価値感または過剰か不適切な罪責感
[Vb ①☆/IVc ③☆/Ic ①③☆]
A2. 興味・喜びの著しい減退
A 9. 死についての反復思 ,自殺念慮,自殺企図,
[Ie ①☆/IIId∼/☆]
自殺の計画[Vab∼&☆/Ie ②∼&☆/Ic ③④∼&
A5. 精神運動性の焦燥または制止
☆/Ih ①②∼&☆]
10
該当する3つの基準のうち,主 類がこの因子
に該当する基準は,A1「抑うつ気 」
,A7「無
価値観または過剰か不適切な罪責感」およびA9
「希死念慮,自殺念慮,自殺企図,自殺企図計画」
の3つであり,
「情緒安定の3A」
「自信
(有能感・
効力感)
」
すべてが含まれていたことが明らかにさ
れた。
得ない症状もある。本論文では,そのような場合
には,
「歪み・障害」として 類したが,この点に
ついては,今後の検討を必要とする課題として残
された。
3. DSM-IV-TR の「大うつ病エピソード」に
含まれていないコンピタンス
前述したように,
「大うつ病エピソード」の症状
以上の結果をまとめると,①「認知的コンピタ (特徴,基準)
においては,5因子のすべての因子
ンス」
においては,思 (判断,決定)
,対象認知, に含まれる 17項目の構成成 が複合的にかか
注意,言語(ことばの表現)が,②「身体的コン
わっていることが明らかにされた。
ピタンス」においては,身体的形態
(体重の増減)
,
しかし,第Ⅰ因子の「認知的コンピタンス」に
生理的機能(内臓諸機能,内 泌,その他の生理
おいては2つの構成成 (a. 感覚・知覚,g. 学
的機能)
,身体的行動(声,動作)が,③「社会的
習)は含まれていなかった。第Ⅱ因子の「身体的
コンピタンス」においては,社会的 流(ひきこ
コンピタンス」においては2つの構成成 (c.運
もり)
,自己開示性(無口)が,④「生活コンピタ
動能力,d. 身体的 康)は含まれていなかった。
ンス」においては,意志・意欲,勤勉(努力・持
第Ⅲ因子の「社会的コンピタンス」においては3
続)
,自己制御・管理(責任),仕事遂行(職業活
つの構成成 (b. 友好性,c. 協調性,e. リー
動)のすべての構成成 において,⑤「 合的自
ダーシップ)は含まれていなかった。したがって,
己評価コンピタンス」においても,情緒安定の3
計7つの構成成 がかかわっていなかったことが
A(愛情,受容,承認)および自信(有能感・効
明らかにされた。
力感)が,「大うつ病エピソード」の症状(基準)
しかしながら,
「大うつ病エピソード」
の症状
(特
にかかわりの強いコンピタンスの構成成 である
徴,基準)には明記されていなかった上記の7つ
ことが指摘される。
のコンピタンスの構成成 を一つひとつチェック
これらの結果は,これまでに行った「統合失調
してみると,診断基準としては重要でないとして
症」の症状 析の結果と比べると,同じ「障害」
も,含まれていなかった7項目のコンピタンスの
の 類においても,大きな質の相違があることを
構成成 も,「大うつ病エピソード」
に指摘されて
指摘することができる。しかし,うつ病や統合失
いる症状(特徴,基準)に関与していることが推
調症のような精神障害(疾患)の症状を 類する
測される。
ためには,「障害」や「歪み」という用語での 類
大うつ病エピソード」
の基準として挙げられて
だけでは,それぞれの疾病に特有な微妙なニュア
いる抑うつ気 (A1),興味・喜びの著しい減退
ンスの相違を表現するのには困難が少なくないこ (A2)や思 力・集中力の減退・決断の困難(A
とに気づく。
8)な状態にあっては,感覚・知覚機能[Ia]も学
また,
「大うつ病エピソード」
に記述されている
習機能[Ig]も減退するであろう。著しい体重の減
症状の多くには,
「著しい∼」「過剰な∼」
とか
「不
少・増加または食欲の減退・増加(A3)および
適切な∼」という形容詞が用いられているが,そ
不眠または睡眠過多(A4)は,運動能力[IIc]
れらの形容詞を削除したとしたら,
多くの症状は, の減退や身体的 康[IId]の低下をもたらすであ
一過性には,うつ病者でなくても不調なときには
ろう。抑うつ気 の状態にあっては,自己開示性
一般の人びとでも体験する症状も少なくない。そ
も 困になり社会的 流も乏しくなるために,他
れに対して,統合失調症の諸症状(陽性症状や陰
者に対する友好性[IIIb]も減退し,他者に対する
性症状)
の多くは,一般の人びとには一過性であっ
不信感や敵意も生じ,非協調的になることもある
ても体験することは少ないか稀であると言える。
であろう。また,気力の低下,疲労感, 怠感
(A
このような意味で,大うつ病の諸症状は,一般の
6)および無価値感・罪責感(A7)などの状態
人びととの連続性が認められる。したがって,症
にあっては,リーダーシップ[IIIe]を発揮するこ
状を「障害」として 類することに躊躇せざるを
とは困難となるであろう。
11
このようにみると,「大うつ病エピソード」
に挙
げられている症状(特徴,基準)は,コンピタン
ス・リストのすべての因子(5因子)と構成成
(24構成成 )の機能不全(特に,歪み)として置
き換えることができる。
大うつ病エピソード」の基準Aにおいては,
「A
1∼A9の症状のうち5つ(またはそれ以上)が
同じ2週間の間に存在し,病前の機能からの変化
を起こしている。これらの症状のうち少なくとも
1つは,(1)抑うつ気 ,あるいは(2)興味また
は喜びの喪失である」と指摘されている。
うつ病と診断される人びと(患者)が「大うつ
病エピソード」の診断基準のすべてを含むとは言
えないとしても,すべてのコンピタンス因子(認
知的,身体的,社会的,生活, 合的自己評価コ
ンピタンス)にに及ぶ多くの構成成 (24構成成
)の機能不全(歪み・障害,障害)を伴ってい
ることが確認されたといえる。
うつ病者において自殺(希死)念慮や自殺企図
が多発しやすいのは,コンピタンスの機能不全の
範囲が広く,また重篤になりやすく,耐え難い苦
痛を解決するための最後の,唯一の手段として,
「断絶念慮」
に基づく自らの生命の断絶行為が選択
されるからと えられる。
と。
(5) 筆者等が行っているコンピタンス
(臨床)
心理学的視点からの精神疾患の諸症状に関する一
連の研究は,あくまでも DSM-IV-TR などの診断
基準によって 析( 類)したものであって,精
神医学の豊な臨床経験を踏まえたものではない。
したがって,今後,精神医学の臨床経験の豊な専
門家の視点からの批判を得て,改善して行く必要
がある。
引用文献
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勝俣暎
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勝俣暎
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ピタンス臨床心理学的視点からの 析 駒澤大学
心理学論集,6,1-11.
Katsumata, T. (2005a). The meaning of symptoms of schizophrenia in DSM -IV-TR:In terms of
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心理臨床大事典 培風館
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タンス 日本教育心理学会第 45回 会発表論文
集,313.
今後の研究課題
(1) 種々な精神疾患における症状を,
「コンピ
タンスの機能不全」によって発現した症状である
とするコンピタンス(臨床)心理学的視点から
析し,比較検討し,種々な精神疾患の特徴を同一
の視点から明らかにすること。
(2) 種々な精神疾患について,コンピタンス
(臨床)心理学的視点から 析(検討)することに
よって,それらの精神疾患の発現(発症)メカニ
ズムについて明らかにすることの可能性について
検討すること。
(3) コンピタンス(臨床)心理学的視点が,
種々な精神疾患の心理学的査定および援助(心理
療法など)のあり方を検討するための有効な知見
となり得る可能性について検討すること。
(4) DSM-IV-TR とともに,世界的に活用さ
れている ICD-10の 類基準との比較を行うこ
付 記
本研究は,日本心理学会第 69回大会における報告
をもとに加筆したものである。
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