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下肢アテローム硬化性閉塞性動脈疾患に対する
― は じ め に ― 日本血管外科学会 理事長 宮 田 哲 郎 世界中で増加する下肢閉塞性動脈硬化症(ASO) に対して,グローバル診療ガイドラインの必要性が高 まり,欧米の複数の学会が中心となって,2000 年に TASC が,2007 年にその改訂版である TASCII が 発表された.その後 TASCIII に向けた検討が開始されていたところ,2013 年に,ヨーロッパ血管外科 学会(ESVS) ,アメリカ血管外科学会(SVS) ,世界血管学会連合 (WFVS) が揃って TASCIII 作業グループ から脱退を表明した.詳細は不明だが,ガイドライン作成の作業プロセス,企業の関与,透明性に関し て,TASC グループと基本的な意見の相違が解消できなかったことをその理由として挙げている.そし て ESVS,SVS,WFVS は合同で,エビデンスを重視し,企業の影響を受けない,血管疾患の管理に関 するグローバルガイドラインを作成することを宣言した. 折しも,今年(2015 年)の 1 月 29 日付けの The New York Times に,米国において下肢動脈閉塞の血管 内治療により Medicare から年間数百万ドルも支払いを受けている医師が増えているという記事が掲載 された.適応が厳格になり症例数が減った PCI に代わり,心臓内科医は,治療基準が不明瞭な下肢動 脈領域に次々に進出して,病院に比較して監視の目がゆき届かないクリニックで,充分に適応を評価し ないまま,むやみやたらにインターベンションを行って 「荒稼ぎをしている」 という内容の記事である. 更に,米国司法省が不必要な下肢インターベンション後に死亡した症例で訴訟を起こしていることも記 載されている.そしてこれらすべては,下肢動脈閉塞に対するガイドラインが整備されていないことが 原因であると締めくくっていた. この記事に対し,2 月 12 日に SVS 会長の Peter Lawrence が The New York Times 編集長へのレターを 投稿し,SVS は ASO に対して適切な治療が行われるようにガイドラインを発表したこと,このガイド ラインは SVS のメンバーである血管外科医のみならず,血管疾患の治療にあたる全ての医師が参照す べきであることを強調した.彼は,血管診療医は,治療手技の技術のみならず,疾患の病態生理まで充 分に理解する必要があり,また,それと同時に医師の倫理をしっかり身につけるべきだと述べた.今回 翻訳する 「下肢アテローム硬化性閉塞性動脈疾患に対する診療ガイドライン:無症候性病変および跛行 例の管理」がそのガイドラインであり,SVS のグローバルガイドライン活動の一環である.このガイド ラインでは,無症状や間歇性跛行症状の ASO に対してまず行う治療は保存的治療であること,血管内 治療や外科治療などの侵襲的治療は保存的治療でも改善しない重症例にのみ行う手段であることが力説 されている. このガイドラインは欧米人のデータを基にしたものではあるが,その基本的考え方に賛同したため, 日本血管外科学会はこのガイドラインの翻訳を行った.血管診療に従事する様々な診療科の専門医や一 般臨床医の方々に広くその内容を知ってもらい,ASO 診療の参考として頂きたいと思っている.翻訳 版は誰でも無料でホームページからダウンロードして参照できるようにした.これまでも日本血管外科 学会は不必要な治療に対する警鐘をならし,患者本位の治療を追求してきた.患者本位の治療とは,担 S1 当する診療科が違っても患者にとって最適な治療を行うことであり,治療内容が変わらないことであ る.我々医療者は,診療科の枠を越えた連携,そして時には融合を推進しなければならず,本書がその ための一助にもなることを期待している.このガイドラインに続いて,重症下肢虚血診療のグローバル ガイドラインが予定されており,日本血管外科学会もその作業に参加している. 本書の日本語版の作成は株式会社メディカルトリビューンが粗訳を担当し,編集委員会委員長の佐藤 紀理事が責任者となって,編集委員会と PAD ガイドライン作成委員会の委員の先生方がその精訳・校 正を分担担当した.また,PAD ガイドライン作成委員会委員長の大木隆生理事が中心となって,この 翻訳事業に必要な資金集めをして頂いた.第 43 回日本血管外科学会学術総会をまたぐ多忙な時期にも 拘わらず,企画から数ヶ月の短期間に完成にこぎつけたことは,ご協力頂いた先生方のご尽力の結果で ある.協賛頂いた企業を含め,この場を借りて皆様に心から感謝の意を表します. 2015 年 9 月 S2 下肢アテローム硬化性閉塞性動脈疾患に対する診療ガイドライン 無症候性病変および跛行例の管理 目 次 ― 日本語版実行委員会 S4 要旨 S5 ガイドライン文書の作成/利益相反の開示 S6 1.疫学およびリスクファクター S7 2.診断 S8 3.無症候性 PAD 患者の管理 S11 4.IC 患者の非侵襲的管理 S12 4A.IC 患者に対する薬物療法:リスク軽減 S13 4B.IC 患者における下肢の機能を改善するための薬物療法 S14 4C.IC に対する運動療法 S16 5.IC に対する血行再建術の役割 S20 5A.大動脈腸骨動脈血行再建術:カテーテル インターベンション S23 5B.大動脈腸骨動脈血行再建術:外科手術 S26 5C.鼠径靱帯以下動脈疾患 S30 6.IC 治療のための血行再建術施行後のサーベイランス S38 REFERENCES S42 補遺 (米国血管外科学会 (SVS) 下肢ガイドライン委員会 利益相反開示一覧) S53 S3 下肢アテローム硬化性閉塞性動脈疾患に対する診療ガイドライン 無症候性病変および跛行例の管理 日本語版実行委員会 監訳 佐藤 紀(埼玉医科大学 総合医療センター 血管外科) 編集 日本血管外科学会 編集委員会 種本 和雄(川崎医科大学 心臓血管外科) 安達 秀雄(自治医科大学附属さいたま医療センター 心臓血管外科) 遠藤 將光(国立病院機構 金沢医療センター 心臓血管外科) 駒井 宏好(関西医科大学附属 滝井病院 末梢血管外科) 宮田 哲郎(国際医療福祉大学 血管外科) 日本血管外科学会 PAD ガイドライン作成委員会 大木 隆生(東京慈恵会医科大学 外科 血管外科) 東 信良(旭川医科大学 血管外科) 石田 厚(東京慈恵会医科大学 外科 血管外科) 鬼塚 誠二(久留米大学 心臓血管外科) 尾原 秀明(慶應義塾大学 外科) 工藤 敏文(東京医科歯科大学 血管外科) 駒井 宏好(関西医科大学附属 滝井病院 末梢血管外科) 重松 邦広(東京大学 血管外科) 田中 克典(防衛医科大学校 心臓血管外科) 協力 古森 公浩(名古屋大学 血管外科) 出口 順夫(埼玉医科大学 総合医療センター 血管外科) 松本 春信(自治医科大学附属さいたま医療センター 心臓血管外科) 本稿は,下記論文を日本語訳したものです。 Journal of Vascular Surgery Volume 61, Issue 3, Supplement, Pages 2S–41S Society for Vascular Surgery practice guidelines for atherosclerotic occlusive disease of the lower extremities: Management of asymptomatic disease and claudication Society for Vascular Surgery Lower Extremity Guidelines Writing Group, Michael S. Conte, MD ((Co-Chair)), Frank B. Pomposelli, MD ((Co-Chair)), Daniel G. Clair, MD, Patrick J. Geraghty, MD, James F. McKinsey, MD, Joseph L. Mills, MD, Gregory L. Moneta, MD, M. Hassan Murad, MD, Richard J. Powell, MD, Amy B. Reed, MD, Andres Schanzer, MD, Anton N. Sidawy, MD, MPH ©2015 Society for Vascular Surgery. Published by Elsevier Inc. License number 3585931505261 S4 米国血管外科学会下肢アテローム硬化性閉塞性動脈疾患に対する診療ガイドライン 無症候性病変および跛行例の管理 要旨 末梢動脈疾患 (peripheral arterial disease; PAD) は世界的に増加し続けており,米国の医療制度におい ても PAD による支出は増大している.近年,PAD に対する介入率は全体として確実に伸び続けてきた. 人口統計の変化や技術革新,転帰調査のデータベースに蓄積される膨大な情報が,PAD の診療方針の決 定に影響を及ぼす原動力となっている.PAD の治療は集学的であり,かかりつけ医や血管専門医によっ て担われているが,その診断能力および有する治療法は一様ではない.PAD は,無症候性から重度の虚 血肢まで幅広い範囲に及ぶ.米国血管外科学会(SVS)の下肢診療ガイドライン委員会は,無症候性 PAD および間欠性跛行 (intermittent claudication; IC) の診療を支援するエビデンスを調査・検討した.同委員会 は GRADE(Grades of Recommendation Assessment, Development and Evaluation)システムを用いて,領域に 特化した診療推奨事項を作成した.当分野における重要事項の多くにはレベル 1 データが少なく,PAD における有効性比較研究が緊急課題であることが示されている.そして,リスクファクターの修正や内科 的療法および心血管系の状態や身体機能を改善させる運動プログラムを幅広く用いることに重点が置かれ ている.PAD スクリーニングの利点は今のところ裏づけがないように思われる.IC に対する血行再建術 は,日常生活に著しい不便を感じている患者に対して,慎重に得失を検討した後に行うべきである.治療 は,併存症や機能障害の程度および解剖学的要素に基づいて個別に決定されなければならない.IC に対 する侵襲的治療は,確かな機能回復が妥当な期間持続するものでなければならない.有効性が少なくとも 2 年以上継続する見通しが 50% を超えることを最低基準として推奨している.解剖学的開存性 (再狭窄が ないこと)が,IC における血行再建術の有効性を保つのに必須であると考えられる.大動脈腸骨動脈病変 を持つほとんどの患者や , 解剖学的開存性が上述の最低基準にみあう大腿膝窩動脈病変を持つ患者に対し ては,血管内治療 (endovascular therapy; EVT) によるアプローチが好ましい.反対に,長期開存が見込めな い解剖学的条件 (広範囲にわたる石灰化,小口径動脈,鼠径靭帯以下末梢のび慢性病変,runoff 不良) の場 合には,IC への EVT には慎重でなければならない.このような病変の患者,あるいは EVT が不成功に 終わった患者で,手術リスクが低ければ,外科バイパス術が好ましい方法といえる.総大腿動脈病変は外 科的に治療するべきであり,鼠径部以下のバイパス術には伏在静脈の使用が好ましい.IC の侵襲的治療 を受けた患者にはサーベイランスプログラムに則った定期的なモニタリングを行い,主観的改善の記録, リスクファクターの評価,心保護的な薬剤内服コンプライアンスの最適化,ならびに血行動態および開存 状態のモニタリングを行う. (J Vasc Surg 2015;61:2S–41S) S5 ガイドライン文書の作成 米国血管外科学会 (SVS) 下肢ガイドライン委員会は,疾患ステージに応じて,PAD の診断および治療選 択肢の詳細なアウトラインを作成するところから着手した.この分野は範囲が広いため,同委員会はこの ガイドラインでは無症候性疾患および間欠性跛行 (intermittent claudication; IC) の診断と治療を扱うことに した.重症下肢虚血 (critical limb ischemia; CLI) については今後,別の文書で診療ガイドラインを確立する 予定である.同委員会は鍵となる臨床的疑問点を抽出し,方法論の専門家の意見も聞きながら,それらを 題目別にまとめ,それらに関するエビデンスを系統的に調査した.入手可能なエビデンスの量と質は,こ の系統的レビューで明らかにする対象の理論的根拠を決める重要な因子となる.無症候性 PAD のスク リーニングの理論的根拠や現行の IC 治療の有効性比較の調査にあたっては,新たに系統的レビューを 行った.これらの系統的レビューは,本ガイドラインと併せて誌上発表した 1,2. 委員会は,各項目毎にメンバーを 2∼3 名割り当て,診療ガイドラインの草案を作成した.その際,推 奨事項の必要性と妥当性が求められる特定の臨床的疑問に特に焦点を当てるようにした.それぞれのセク ションは,それ以外の執筆メンバーおよび共同監修者 2 名によって再考・校正された.ガイドラインの推 奨事項は委員会全体でもれなく確認し,繰り返し合意をとることで決定した.利用可能な治療法を検討す る際には,米国の患者と医師が現在利用することができる選択肢に的を絞ることとした. 推奨の強さ (推奨グレード)とエビデンスの質を決定づけるため,従来から報告されている GRADE (Grades of Recommendation Assessment, Development and Evaluation)の枠組みを使用した 3.エビデンスの質 は,高 (A),中(B) ,低 (C)にランク付けをした.これらはバイアスリスク,精度,簡潔性,一貫性,有 効性の大きさに基づいて評価した.推奨グレードは,エビデンスの質,有益性と有害性のバランス,患者 の価値観や好み,臨床背景に基づいて重みづけした.推奨事項は, (1)強い根拠を有するかもしくは (2)根 拠が弱いまたは暫定的かのいずれかに分類される.推奨グレードが強い根拠を有するである場合には「推 奨する」と表現し,暫定的な場合に 「提案する」 を用いる. エビデンスを推奨に組み込む際は,方法論の専門家の助言を基に,エビデンスの質と推奨グレードを決 めた.本ガイドラインは,内容と方法論に関する専門家を擁する SVS 文書監査委員会 (Documents Oversight Committee) によって査読されたものである. 利益相反の開示 すべての委員会メンバーは SVS ポリシーに従い,利益相反(COI)となりうる事柄について最新報告を 行った 4.下肢ガイドライン委員会名簿の最新版は SVS COI ポリシーに基づいたものである.当ポリシー については別記を参照 (http://www.vascularweb.org/about/policies/Pages/Comflict-of-Interest-Policy.aspx).各執筆者の COI 開示結 果を,本文末尾の付録文書に列挙する. S6 1.疫学およびリスクファクター 1.疫学およびリスクファクター 下肢 PAD の世界中での罹患率については明らかでは る負担が増大したことによる経済な影響が非常に強く出 ないが ,およそ 800∼1200 万人の米国人が PAD に罹患 ている.2001 年に米国のメディケアプログラムが PAD していると推定される .PAD の罹患率と加齢には明 関連の治療で支払った金額は推定 43 億ドルを超えた 7. 白な関連性が認められている 8,9.米国全国健康栄養検 PAD 関連の治療費は PAD 治療を受ける患者に支払うメ 査調査に参加した患者 2381 人の分析では,PAD の罹患 ディケア・パート A およびパート B 全費用のうちの約 率 は 全 体 で 4.3% で あ り, 年 齢 別 で は 40∼49 歳 で は 13% を占め,2001 年度のメディケア・パート A および 0.9%,50∼59 歳 で は 2.5%,60∼69 歳 で は 4.7%, そ し パート B の全費用の 2.3% を占めた.これらに関するメ 5 6,7 て 69 歳以上では 14.5% だった .米国および全世界に ディケアの歳出は顕著に増加し続けている.REACH おいて,人口が高齢化し,喫煙が続き,そして,糖尿 Registry(Reduction of Atherothrombosis for Continued 病,高血圧や肥満が増えるにつれ,PAD の罹患率は増 Health)のデータを分析したところ,2004 年に米国にお 加するものと見込まれる . いて血管関連の入院で支払われた総額は 210 億ドルと推 8 7 PAD の世界的な罹患率およびリスクファクターを検 定され,そのほとんどは血行再建術の費用であった 10. 討する 34 試験を対象にした近年のメタ解析では,本疾 侵襲的治療を受ける患者が劇的に増加し続けていること 患に関するいくつかの既存概念が覆された .本疾患に を踏まえると,この数字では米国における現在の PAD は全世界で控えめに見積もっても 2.02 億人以上が罹患 治療費用を過小評価していると考えられる. 5 していたとされるが,このメタ解析によると,今世紀最 症状のない患者においても PAD が存在することがあ 初の十年間で PAD 罹患率は 23.5% 上昇した.罹患率の る.本稿ではこれを無症候性疾患 と呼ぶ.症候性 PAD 増加が最も著しいのは低・中所得国であるが(28.7%), は IC を呈するか,もしくはしばしば重症下肢虚血(CLI) 高所得国においても大幅な増加がみられる (13.1%).高 と呼ばれる下肢を脅かす様な虚血を伴った徴候や症状を 所得国では PAD の罹患率に男女差はないが,低中所得 呈する.本ガイドラインでは,症候性 PAD のうち IC の 国においては女性,特に若年層で PAD 罹患率が高かっ みを取り扱う. た.すべての国で共通するリスクファクターとして最も IC は,運動により生じ,そして休憩にて軽減する特 関連が深いのは,平均寿命が延びたこと (年齢) と喫煙な 定の筋肉内での再現性のある不快感と定義される.最も らびに糖尿病である. 多くみられるのは腓腹筋であるが,大腿部や臀部を含む 米国およびその他多くの工業国において,PAD によ どんな脚の筋肉にもみられることがある.この状態は, 図 1 末梢動脈疾患(PAD)をきたすリスクファクターのおおよそのオッズ比(ORs) . 9 (Inter-Society Consensus for the Management of Peripheral Arterial Disease[TASC II]より抜粋) S7 症状のある筋床よりも近位部の動脈が閉塞し,運動によ 研究者らは,全身性のアテローム性動脈硬化症と個別に り血流が増大することが抑えられて一過性の筋肉虚血が 関連する統計学的因子や併存症的因子を初めて特定し 生じることによって引き起こされる.IC はしばしば た 13,15.それ以来,数多くの報告において加齢や喫煙, PAD の最初の臨床症状であり,また最も多くみられる 糖尿病,高血圧,そして高コレステロール血症が PAD 症状である.多くの PAD 患者は, (ミオパチー等の)他 の主要なリスクファクターであることが確認されてき の病態生理機序によるものや,下肢機能に影響をあたえ た.さらに近年の研究では,非ヒスパニック系の黒人 うる神経症,関節炎そして腰椎疾患等複数の症状を同時 や 8,19 慢性腎不全 8,20 ホモシステイン値の上昇 21,22 に抱えていることによる 「非定型的な」 下肢症状を感じて が,PAD 発症と関連した追加因子として特定された. いることも広く知られている.すべての PAD 患者のう 高感度 CRP,インターロイキン-6,フィブリノーゲン, ち症状のある患者の割合を定めようと数多くの研究が行 可溶性 VCAM-1,可溶性 ICAM-1,非対称性ジメチルア われ,それらを総括すると,症候性と無症候性 PAD の ルギニン(ADMA),β-2 マクログロブリン,そしてシス 比はおおよそ 1:3 であることが示された 9,11,12. タチン C 等の炎症マーカーの上昇は新規のリスクファ PAD に関連するリスクファクターは,冠動脈疾患に おいて従来挙げられているものと同一であるが,それら クターであるが,PAD 発症ないし進行を予測するうえ での臨床的有用性は未だ明らかにされていない 23–32. 8,11,13–18 のファクターの比重は異なっている (図 1) . 冠動脈疾患の「危険因子」を分析したフラミンガム研究の 2.診断 足関節上腕血圧比 (ankle-brachial systolic pressure index; あろう.特に心臓を保護する治療がまだ実施されておら ABI)の測定は,PAD の診断を確定するために最初に行 ず(糖尿病や高血圧のみの患者,もしくは臨床的に明ら われる検査である.侵襲的な血管造影検査と比較して かな心血管疾患が認められない高齢者等),PAD スク も,ABI が 0.90 以下であればより高い感度と特異度を リーニングによってより積極的な内科的治療のきっかけ もって PAD の診断が可能とされる .頸動脈の内膜中膜 を得られる患者グループである.現時点ではこれらの特 肥厚 定のサブグループを定義するデータが不十分であり,幅 9 33,34 や上腕動脈の血管内皮依存性血管拡張反応 35–37 等の付加的検査には将来性があるが,さらに特殊な装備 広い集団スクリーニングの効果は確立されていない. や技術的専門性が必要とされるため,未だ広くは適用さ 患者が IC の症状を呈し,ABI に異常をきたしている れていない.将来における死亡や心血管イベント発生の と判断した場合は,PAD の症状に類似する他の疾患を 予測において, (Framingham などの)通常のリスクスコ 除外することが重要である.IC の鑑別診断は広範囲に アよりも ABI の方が有用であることが疫学研究により明 わたっており,表Ⅰに要約した.表Ⅰに挙げたそれぞれ らかになってきた 38.ABI<0.9 もしくは >1.4 は主要心臓 の症状の特徴を理解すれば,鑑別診断のほとんどが詳細 血管イベントの危険が高まっていることを示唆する. な病歴や身体検査によって確定もしくは除外できるはず ABI による PAD スクリーニングが公衆衛生面で有益 である.症状を誘発,悪化および軽減する要素に注目し かどうかという疑問について,いくつかのグループが検 つつ,特定の症状パターンを慎重に意味づけることで, 討しているが,未だに議論の余地がある.米国予防医学 ほとんどの場合正確な診断が得られる. 作業部会による近年の審査では ABI スクリーニングを 特筆すべきは臨床診断に難渋することの多い神経性跛 不確定評価とし,有益性と有害性のバランスを見極める 行と血管性跛行の鑑別である.神経性跛行は血管性跛行 エビデンスが不十分であるとしている .SVS が行った とは対照的に,脊柱管の椎間孔で神経根が圧迫されるこ 39 メタ解析 では ABI 検査が心血管リスクの予測を向上 とにより副次的に発現することが多い.その症状は下肢 させる可能性が実証されたが,既存のエビデンスは無症 へ放散する疼痛で,腰から臀部に始まり,IC を来して 候性 PAD 患者の幅広いスクリーニングを支持するもの いる下肢にまで及ぶことがしばしばである.さらに,放 とはなっていない.しかし,今後の研究によりスクリー 散痛は往々にして単に体重による負荷や体位変換(長く ニングが有益である患者のサブグループが特定されるで 座っていた後に立ち上がる等)により出現し,脊椎への 1 S8 2.診断 表Ⅰ 間欠性跛行(IC)の鑑別診断 9 (Inter-Society Consensus for the Management of Peripheral Arterial Disease[TASC II]より抜粋) 疾患 部位 運動による 安静による 体位による 影響 効果 影響 有病率 症状 その他の特徴 成人の 3% 痙攣 うずくよう な不快感 再現性のある 発現 直ちに軽減 なし 運動によって非定型の 下肢症状を示すことが ある 腓腹部 IC 腓腹筋 大腿部および 臀部 IC 臀部,腰部, 大腿部 まれ 痙攣, うずくよう な不快感 再現性のある 発現 直ちに軽減 なし 陰萎,単独の腸骨動脈 疾患においては正常な 足部動脈拍動を示すこ とがある 足部 IC 足底弓 まれ 運動時の激 しい痛み 再現性のある 発現 直ちに軽減 なし しびれも発現すること がある 慢性コンパー トメント症候 群 腓腹筋 まれ 張るような 多量の運動後 極めて緩徐に 裂けるよう (ジョギング) 軽減 な痛み 拳上により軽 減 典型的に筋肉量の多い スポーツ選手 静脈性 跛行 下肢全体, 腓腹部でよ り悪化 まれ 張るような 裂けるよう な痛み 歩行後 緩徐に軽減 拳上により 速やかに軽減 腸骨大腿 深部静脈血 栓症の病歴,静脈うっ 滞徴候,浮腫 神経根圧迫 下肢に放散 高い 鋭く刺すよ うな痛み 座位,立位ま たは歩行によ り誘発 しばしば安静 時にも発現 体位変換によ り改善 腰痛の病歴,座位によ り悪化.仰臥または座 位で軽減. 非間欠性 症 候 性 Baker 囊腫 膝窩,腓腹 部下方 まれ 腫張,圧痛 運動に伴う 安静時にも発 現 なし 非間欠性 股関節炎 腰部外側, 大腿 高い うずくよう な不快感 強度の異なる 運動後 すぐには軽減 しない 体重負荷がな い状態で改善 多彩な症状,変形性関 節炎の既往歴 脊椎脊柱管狭 窄症 大抵両側臀 部,下肢後 面 高い 痛み と脱力感 IC に 類 似 し た症状を呈す ることがある さまざまな状 況で軽減する が 回復に時 間がかかる 腰椎前屈によ り軽減 立位および脊椎伸展で 悪化 足部 / 足関節 炎 足関節,足 部,足底弓 高い うずくよう な痛み 強度の異なる 運動後 すぐには軽減 しない 体重負荷をか けない状態で 軽減すること がある 多彩な症状,活動レベ ルに関連し,安静時に も発現することがある IC:間欠性跛行 負荷を軽減するための体位変換 (腰椎屈曲,座位等) によ 圧縮性が乏しく ABI が 1.4 以上となる場合,趾動脈はさ り緩和する.これらの特徴は,下肢の運動により発現 ほど石灰化しないため,足趾上腕血圧比 (toe-brachial し,体位を変えなくても安静により (筋肉の代謝が減少 index)が有用な代替検査となる.足趾上腕血圧比が 0.7 することで)即座に軽減する血管性跛行と明らかに異な 以下は血行動態的に有意な動脈血流障害を示す 38.すべ る. ての患者に必要とされるわけではないが,四肢の分節的 前述のとおり,IC を有する患者において,詳細な病 血圧測定や容積脈波記録 (pulse volume recording) による 歴と身体検査は診断の基礎である.PAD 徴候における 非侵襲的検査は,血流障害の程度を客観的に数量化し, 下肢の評価では,末梢の脈拍の減弱または欠如,末梢の 動脈閉塞部位を特定するのに役立つ. 発毛の欠如,アポクリン腺機能不全による乾燥肌を調 症状が強く,安静時の非侵襲的血管検査の結果が正常 べ,PAD の進行症例では,皮膚潰瘍の未治癒領域を調 であった場合は,運動負荷 ABI が有用である.運動負 べる.定量的評価としては非侵襲的血管機能検査があ 荷 ABI の診断基準を確立するうえでの問題は,血管検 り,その基本は ABI の測定である.石灰化した動脈の 査室で用いられるプロトコルが多様なことである 40–42. S9 推奨事項:末梢動脈疾患(PAD) の診断 グレード 2.1 疾患の症状ないし徴候を有する患者において,PAD 診断を確定するための第一選択の非侵 襲的検査として ABI の使用を推奨する.ABI 値がボーダーラインもしくは正常 (>0.9)で跛行症 状が示唆される場合は,運動負荷 ABI を推奨する. 2.2 PAD のリスクファクター,既往歴,徴候ないし症状のない患者に下肢 PAD のルーチンスク リーニングは提案しない. 1 2 エビデンス レベル A C 2.3 年齢 70 歳以上,喫煙,糖尿病,動脈触知異常,その他心血管疾患などを有するリスクの高 い患者等に対しては,無症候性であってもリスク層別化や予防的医療,薬物療法の改善に活用 される場合には,下肢 PAD スクリーニングを行うのは妥当である. 2 C 2.4 血行再建術を検討している症候性の患者において,血流障害を定量化し,閉塞部位を特定 しやすくするため,分節的血圧測定や容積脈波記録等の生理学的な非侵襲的検査を行うことを 提案する. 2 C 2.5 血行再建術を検討している症候性の患者において,動脈ドプラエコーや CTA,MRA,動脈 造影などの解剖学的画像診断を推奨する. 1 B ABI:足関節上腕血圧比,CTA:コンピューター断層撮影,MRA:磁気共鳴血管画像 エビデンスの要約:末梢動脈疾患(PAD) 臨床的疑問 データソース 所見 エビデンス の質 PAD が疑われる患者の ABI 精 度 標準基準と比較した多数の非ラ ンダム化診断試験 ABI<0.9 は,感度 79%∼95%,特異度 95% 以上 43. A–B PAD が疑われる患者の解剖学 的画像診断および非侵襲的生理 学検査の精度 標準基準と比較した非ランダム 化診断試験 分節的血圧測定と容積脈派記録の組み合わ せで,診断精度は 97%44.動脈ドプラエコー の狭窄≥ 50% 検出率は,大動脈腸骨動脈で 感度 86%,特異度 97%,大腿膝窩動脈で, 感度 80%,特異度 96%,膝下膝窩動脈で感 度 83%,特異度 84%45.CT と MRA の精度 B–C は 90% 以上 46,47. 無症候性患者に対する ABI ス クリーニングの有益性と有害性 従来のリスクアセスメントツー ルに ABI を加える事の価値 (フラミンガムのリスクアセス メント) データなし 患者にとって重要なアウトカムを示した損 益データはない 48. コホート研究のメタ解析.リス クスコアが代用アウトカムであ るため,エビデンスは直接的で はないと考えられる. 男性のおよそ 19% および女性の 36% にリ スク分類と推奨治療の変更がある 49 C C ABI:足関節上腕血圧比,CT:コンピューター断層撮影,MR:磁気共鳴 一般的にこの検査は,患者に所定の速度で最長 5 分間歩 上) が挙げられる. 行してもらうという標準化されたトレッドミルプロトコ 血行再建術が検討される患者には,動脈ドプラやコン ルを用いて実施される .検査医は患者に,検査中に下 ピ ュ ー タ ー 断 層 血 管 造 影 法(computed tomography 肢に痛みを感じ始めたら知らせるよう説明しておく.患 angiography; CTA), 磁 気 共 鳴 血 管 画 像(magnetic 者には,プロトコールを最後まで遂行するよう促す.ト resonance angiography; MRA)および動脈造影等,動脈病 38 レッドミルから降りた直後に運動負荷 ABI を測定する. 変の位置をより正確に特定できる画像診断法を追加す ABI 値が 0.9 以下にまで低下した場合は,血行動態的に る.血行再建術の適応がない無症候性 PAD ないし IC の 有意な動脈閉塞が存在することを示す 38. 他のより特 みの患者に対しては,これらの画像検査に関連する費用 異的な基準として,運動負荷 ABI のベースライン値か や潜在的危険性は正当化されない. ら 30 mmHg もしくは 20% の低下や,回復遅延 (3 分以 S10 3.無症候性 PAD 患者の管理 3.無症候性 PAD 患者の管理 米国における無症候性 PAD 罹患率は性別,人種によ らず高く,ABI 検査により容易に診断可能である 11,50 . 重要な点は,無症候性 PAD 患者の診断および治療が, ング,キープウォーキング)を行った結果,最長歩行距 離の延長とレクリエーションとしての歩行運動頻度が増 加した 54. ルーチンの心血管リスクファクター評価や治療による医 療利益を上回る利益をもたらすかどうかである.2011 抗血小板薬療法 無症候性 PAD 患者 3350 例に対してア 年 の ア メ リ カ 心 臓 病 学 会・ ア メ リ カ 心 臓 協 会(ACC/ スピリン腸溶錠 (100 mg)とプラセボをそれぞれ投与し AHA)のガイドラインでは,IC 症状ないし難治性潰瘍を 55 たランダム化比較試験 (randomized controlled trial; RCT) 伴う患者の PAD 診断のほか,65 歳以上のすべての患 では,8 年にわたる追跡期間中に,プラセボ群とアスピ 者,および糖尿病歴もしくは喫煙歴のある場合は 50 歳 リン投与群で血管イベントの発現率に差異はみられな 以上のすべての患者に対し PAD スクリーニングを推奨 かった.しかし,この試験では,足背動脈,後脛骨動脈 している .前述の如く,この推奨事項は無症候性患者 の測定のうちの低いほうの足関節血圧を用いて ABI を に対する PAD スクリーニングには,明らかな有益性が 算出していた.したがって,本試験の被験者は,より重 な い と い う SVS 委 員 会 に よ る シ ス テ マ テ ィ ッ ク レ 篤な併存疾患を有する PAD 患者を十分に反映していな ビュー の結果に反している. かった可能性がある.現在,無症候性 PAD で他の心血 51 1 2005 年度の米国予防医学作業部会では,成人に対す る無症候性 PAD スクリーニングの有害性があらゆる有 管疾患を有さない患者に対する抗血小板療法の有効性は 明らかになっていない. 益性を上回ると結論づけた .同部会は,2013 年に公 52 表した論文の中でも ABI スクリーニングについて触れ スタチン療法 The Heart Protection Study により,PAD ており ,「将来的な心血管疾患アウトカムを抑制する 患者の死亡率および心血管イベントを減少させるスタチ べく行う ABI による PAD スクリーニングについて,損 ン療法の有効性が明らかとなった 56.しかし,本試験に 益バランスを決定するにはエビデンスが不十分である」 おいては,糖尿病や高血圧もしくはその他の心血管疾患 と結論した.相反する推奨事項や継続中の議論が意味す や脳血管疾患の既往歴を有する場合以外は,無症候性 るのは,無症候性 PAD が心血管疾患の罹患および死亡 PAD 患者は対象群として組み込まれなかった.スタ の前兆であるにもかかわらず,この大きな PAD の亜集 チンの使用は,心血管イベントの発現率の減少のほか, 団に対する特有の治療法が定まっていないということで 下肢機能改善とも関連があるとされている 57.この下肢 ある. 機能改善効果は,脂質管理の向上やその他の交絡因子と 39 PAD は下肢を栄養する動脈がアテローム硬化によっ は関連していなかったが,PAD の有無に関わらず明ら て閉塞した結果発症する.したがって無症候性 PAD の かに認められた.現時点では,臨床的に脳心血管疾患 治療は,アテローム性動脈硬化の患者における動脈硬化 (冠動脈,脳血管) やリスクファクター (糖尿病,高血圧) リスクファクターの改善にに向けられるべきである.症 を有さない無症候性 PAD 患者に対する脂質低下療法の 候性 PAD に対する効果が裏づけられている薬物療法 有効性はいまだ明らかとなっていない.近年発行された が,無症候性 PAD 患者の治療に経験的に適用されてい 脂質低下療法の治療ガイドラインでは,10 年以内の主 るが,下記の如く特定の薬物介入は無症候性 PAD にお 要心血管イベントの発症リスクが推定 7.5% を超えるす いて効果が認められず,その他の患者群では検証が待た べての患者に,スタチンの使用を検討するべきであると れている.一方,アテローム性動脈硬化に対して容認さ 提案されており 58,PAD と診断されたすべての患者が対 れた予防法は,無症候性疾患および IC 患者に対しても 象になると考えられる 6,50.しかしながら,この脂質低 適切であるといえる. 下療法の治療ガイドラインで推奨されているリスク推定 アルゴリズムには,PAD のエビデンスや ABI 値が含ま 禁煙 PAD の重症度は,喫煙の度合いに相関すること れていない点は留意すべきである 58. が示されてきた 53.27% の無症候性患者を含む PAD 患 者集団に対して,地域社会への介入 (ストップスモーキ 運動と下肢機能 定義上,無症候性 PAD 患者が下肢の S11 労作性不快感を訴えることはないが,注意深く調べると り,下肢の 35% に新たな動脈病変が指摘され,患者の 下肢機能障害が明らかになることがある.無症候性 26% に 診 断 後 1 年 以 内 に 新 た な IC 症 状 が 認 め ら れ PAD 患者を対象とした観察研究では,年齢や性別,喫 た 60.また,特に糖尿病を合併する一部の無症候性 PAD 煙歴,その他併存疾患での補正後も,歩行速度低下や立 患者では,IC 歴がなくとも CLI に至ってしまうことは 位バランス不良,その他についても負の相関関係が認め 重要な点である.無症候性 PAD において,ABI 測定や られた .これら無症候性 PAD 患者において,下肢機 評価を頻回に行うことの有用性は確立されていないが, 能を標的とした身体療法の介入により,身体機能や生活 高リスク患者 (糖尿病患者等)や ABI ベースライン値が の質(quality of life; QOL) の低下を脱却して改善するか 低値の患者には有用な可能性もある.血行動態所見や画 否かは,未だ明らではない. 像所見を問わず,PAD に対する侵襲的治療は,下記の 59 例外を除き,有症状患者にのみ適応される (例外は,閉 無症候性患者における疾患進行の調査 無症候性 PAD 塞しかかっているバイパスグラフトの治療,ステントグ 患者を対象にした小規模試験において,デュプレックス ラフトなどの心血管デバイスの挿入路の確保など) . 超音波検査法(duplex ultrasound surveillance; DUS)によ 推奨事項:無症候性疾患の管理 グレード エビデンス レベル 3.1.喫煙する無症候性 PAD 患者に対する,集学的かつ包括的な禁煙介入を推奨する(喫煙 をや めるまで繰り返す). 1 A 3.2.無症候性 PAD 患者に対する,PAD 増悪の徴候および症状に関する教育を推奨する. 1 分類なし 3.3.血行動態所見または画像所見により PAD が示唆されても,無症候性 PAD 患者に対する侵 襲的治療は推奨されない. 1 B PAD:末梢動脈疾患 エビデンスの要約:無症候性疾患の管理 臨床的疑問 データソース 所見 エビデンス の質 無症候性 PAD 患者における禁 煙の効果 無症候性 PAD 患者に適用でき る多様な設定での観察研究 一般的に禁煙は喫煙者の総死亡率および総 疾病率を減少させる A 無症候性 PAD 患者における継 続的な ABI 試験 (調査)の有効 性 僅少 調査の有益性および有害性データなし C PAD:末梢動脈疾患 4.IC 患者の非侵襲的管理 前述のとおり,IC は PAD の最もよくみられる臨床症 切断に対する恐怖を和らげるといった,患者の教育であ 状である.IC 症状の重症度やそれによる日常的機能へ る(図 2).複数の研究で,IC 患者の心血管イベントのリ の影響は幅広い.さらに,心肺疾患や関節炎,脊椎疾 スクは高いが,大切断術のリスクは極めて低い (年間 1% 患,肥満などの合併で,相乗的に著しく運動能力を制限 未満)ことが明らかになっている 6,61.リスク軽減,生 する.そのため IC の治療は,リスクファクターの慎重 活様式の改善,アテローム性動脈硬化の進行を抑制する な評価,コンプライアンス,個人の価値観に基づいて, 薬物療法といった,適切な治療方針の確立は,常に IC 患者ごとに行う必要がある.診断時に最も重要なのは, への侵襲的治療に先立ってに検討しなければならない. 心血管系の健康に対する PAD の長期的影響の説明や, IC は QOL に多大な影響を及ぼすが,治療に当たる医 S12 4.IC 患者の非侵襲的管理 図 2 非侵襲性治療を受けた間欠性跛行(IC)患者の自然経過.CV,心血管;MI,心筋梗塞.アメ リカ心臓協会・アメリカ心臓病学会より抜粋.43 師はその影響を過小評価することが多い.IC は重度の 合が大きい 65.喫煙を継続することにより,下肢バイパ 機能障害を引き起こすが,適切に患者を選択して介入す ス術のグラフト不全率が非喫煙者の 2 倍から 3 倍にな れば著しく改善する.McDermott る 66,67. 59,62,63 らは,PAD や IC が患者の機能に及ぼす弊害を客観的に報告している. 6 分間歩行テストなどの機能障害評価試験を複数回実施 脂質代謝異常 スタチンを用いて脂質代謝異常を治療す すると,軽度の PAD であっても,PAD 患者は PAD がな ると,アテローム性動脈硬化症患者に有害な心血管イベ い患者に比べて有意に悪い結果となる 64.重篤な PAD ントが発生する危険が低下する 56,68–70.全米コレステ は機能を低下させるだけでなく,生存率も低下させ ロール教育プログラム成人治療委員会 III は,PAD 患者 る .診察室で実施した 6 分間歩行テストが悪かった下 に有害心血管イベントが発現するリスクは高いかもしく 位 1/4 の患者は,死亡率が顕著に高かった (オッズ比 は非常に高いことを指摘しており,血中 LDL (低比重リ 63 [OR]2.36) . 4A.IC 患者に対する薬物療法:リスク軽減 ポ蛋白コレステロール) 濃度を <100 mg/dL か,非常に高 いリスクを有する患者では,<70 mg/dL まで下げる治療 を受けるように助言している 71.上記のとおり,脂質低 IC 患者は身体全体にアテローム性動脈硬化症による 下療法に関する最新ガイドラインのほとんどは特定の脂 大きな負荷を抱えており,それに関連した合併症の危険 質の血中濃度よりも 10 年心血管リスクの推定に重点を がある.心血管合併症や死亡リスクを減らすために,こ 置いている. うした患者に対しては,既知のアテローム性動脈硬化症 PAD 自体は提案されているリスク推定アルゴリズム のリスクファクターを除去ないしは軽減する治療を生涯 には含まれていないが,従来のデータによると,すべて 継続する.さらに,リスクファクターを治療すること の PAD 患者は 10 年心血管リスクが 7.5% という閾値を で,PAD に対するあらゆる侵襲的治療の周術期合併症 満たすことが示唆されている.特筆すべきは,低 HDL や死亡リスクも減らすことができ,血行再建の開存性も (高比重リポ蛋白) ,高トリグリセライドといった脂質代 改善すると考えられる.PAD におけるリスクファクター 謝異常の PAD 患者の LDL 目標値に関するエビデンスが 改善に関する推奨事項の多くが,冠動脈疾患の二次予防 ないことであり,この点で典型的な冠動脈疾患のみの患 に関する文献から引用されている.このことは PAD 固 者とは対照的である.また,作用機序は不明だが,IC 有のエビデンスからは著しくずれていることを意味し, 患者を対象にした小規模試験では,スタチン療法により PAD 集団特異的なそして疾患特異的な,明確な治療目 無痛で歩行できる時間が伸びたとの報告がある 72,73.し 標設定に関して特に隔たりがある. かし,「IC 患者におけるステント留置術 vs 監視下運動 プログラム」 (CLEVER 試験)74 において,アテローム性 禁煙 観察研究において,喫煙を継続した PAD 患者は 動脈硬化症に対するスタチンをはじめとした従来の薬物 禁煙した患者に比して切断,死亡,心筋梗塞をきたす割 療法は,監視下運動療法をした場合やステントを留置し S13 た場合と比べて IC 患者の歩行能力や症状を有意には改 梗塞ないし脳卒中発症率を低めることが実証されている 善しなかった(第 5C 項) . が,大量出血リスクは 4.5 倍になる 85,86.ワルファリン によって,PAD のみに関連する有害イベント発現率が 糖尿病 糖尿病患者の PAD 罹患率は 29% と推定され 減少するという裏付けはない.グラフト開存に対するア る .これらの患者において,積極的治療を行い血糖値 スピリンの効果をワルファリンと比較した前向き試験は を最適にすることで,有害な心血管イベントを減少させ わずか 1 件のみで,両群においてグラフト閉塞発生件数 ることができるかどうかは不明であるが,アテローム性 は同等であったが,ワルファリン群における大出血リス 動脈硬化症は糖尿病患者ではより進行性であり,下肢に クは 2 倍であった 85. 75 アテローム性動脈硬化症をきたした糖尿病患者の切断率 は,非糖尿病患者の 5∼10 倍である.知覚神経障害や易 ホモシステイン低下薬 血清ホモシステイン高値の割合 感染性状態が下肢切断率をより高くしている . は 人 口 全 体 で は 1% だ が,PAD 患 者 で は 約 30% で あ 9 る 9.臨床試験では,葉酸およびコバラミン (ビタミン 高血圧 高血圧と PAD を含む心血管疾患には強い関連 B12)により,血中ホモシステイン値がそれぞれ 25% お 性が存在する.しかし,高血圧のリスクは喫煙や糖尿病 よび 7% 低下することがわかっている.しかし,血中ホ のそれよりも相対的に低い.高血圧治療は,うっ血性心 モシステイン値を低下させたことで,PAD 患者の有害 不全や脳卒中,死亡等の心血管イベントを減少させるた 心血管イベントを減少させたというデータは現時点では めに行う .β アドレナリン遮断薬が IC 症状を悪化さ 存在しない 87.これについては現在,臨床試験が進行中 せるというエビデンスはない 77.アンジオテンシン変換 である 87–89.この前向き試験の結果はまだとして,葉酸 酵素阻害薬(angiotensin-converting enzyme inhibitors; による高ホモシステイン血症の治療を実施して血中レベ ACEIs)は,左心室不全の患者において死亡や非致死的 ルを 10 μmol/L 未満まで減少させることは一般に安全で な心イベントのリスクを低減させる 78,79.HOPE 研究 あり,忍容性も良好であるが,その有益性は証明されて 76 (Heart Out-comes Prevention Evaluation study) では,ラミ プリル投与を受けた PAD 患者 4051 例において心イベン トが 25% 減少した 80.この事実は,特に歩行機能に対 するラミプリルの効果を検証する近年の試験との関連で 注目に値する(4B 参照) . いない. 4B.I C 患者における下肢の機能を改善するための 薬物療法 IC の医学的管理は,症状を緩和させ (表 II),アテロー ム性動脈硬化症の進行を遅らせることを目的としてい 抗血小板薬および抗血栓薬 抗血小板療法の効用につい る.IC 患者に使用するにあたって多くの薬剤が評価さ ては数多くの研究において明らかにされている.特にア れているが,米国では現在,シロスタゾールおよびペン スピリンを 75∼325 mg/ 日投与することにより,症候性 ト キシ フィ リン の 2 種 のみ がア メリ カ食 品 医 薬 品 局 下肢アテローム性動脈硬化症患者にみられる心筋梗塞や (FDA)の承認を取得している 90–92.注目すべきは,英国 脳卒中,血管関連の死亡率が低下している 81.AHA の 内科医師会 (Royal College of Physicians) による最近のレ 下肢虚血に対する診療ガイドラインは,この治療を推奨 ビューにおいて同医師会が,欧州では広く使用されてい 度 I-A と評価した .PAD 患者 6452 例を対象に実施し るが米国では FDA 承認を取得していないナフチドロフ た CAPRIE(Clopidogrel versus Aspirin in Patients at Risk of リルを,シロスタゾールおよびペントキシフィリンに勝 Ischaemic Events)試験では,アスピリン単独群と比して る薬剤として,症候性 PAD の内科的管理の第一選択薬 クロピドグレル投与群では心筋梗塞,脳卒中ないし血管 として特定したことである 93,94. 43 死亡率が 23.8% 減少した 82.一つの研究において,アス ペントキシフィリンは,IC を治療するため 1984 年に ピリンおよびクロピドグレル併用療法により,心筋梗 FDA によって承認された最初の薬剤であった.ペント 塞,心血管死または脳卒中の相対リスクが 20% 減少し キシフィリンを投与することにより血液粘度を低下さ たことが示されたが 83,PAD を治療するうえで併用療法 せ,血小板凝集を遅延させて,患部の血流を改善し,組 が単剤療法よりも効果的であることを裏付ける根拠は現 織への酸素供給を高める.Porter ら 91 は,外来患者を対 在までなく,一方で出血リスクは増大する 84. 象に二重盲検プラセボ対照試験を 7 施設で実施し,プラ 冠動脈疾患患者ではワルファリンによる治療が,心筋 S14 セボと比較してその有効性を明らかにした.ペントキシ 4.IC 患者の非侵襲的管理 表 II 間欠性跛行 (IC) の非侵襲的治療 参考文献 療法 (筆頭著者) 治療継続期間 効果指標 FU 期間 (月) (機能,血行動態,QOL) (月) 運動 126 Leng Gardner108 Stewart 266 3–15 最大歩行時間,跛行距離 3–15 1–4 最大歩行時間,跛行距離 3–15 1–15 最大歩行時間,跛行距離 3–15 Porter Salhiyyah ペントキシフィリン 6 最大歩行時間,跛行距離 6 Dawson96 Regensteiner127 シロスタゾール 6 跛行時間,QOL 6 ラミプリル 6 跛行時間,最大歩行時間,QOL 6 スタチン 6 跛行時間,最大歩行時間 6 91 Ahimastos 95 98 Mondillo73 FU:追跡調査,QOL:生活の質 フィリンはプラセボに比較して,跛行距離を伸ばした. にされた.ペントキシフィリン群とプラセボ群間の最大 Porter 試験における有意な所見にもかかわらず,恩恵を 歩行距離に差異は認められなかった.効果の持続性につ 受けるであろう IC 患者を予測することが困難であるこ いては,最近の 7 つの RCT のメタ解析により,6ヵ月時 とから,本剤の臨床使用は限定されてきた .安静時も 点においてシロスタゾール群はプラセボ群と比較して最 しくは運動後の ABI に対する有効性は,複数の試験で 大歩行距離に有意な伸びを示した 92. 95 も認められていない 90,95,96.ペントキシフィリンの効 ACE 阻害薬ラミプリルは,高血圧の治療に使用され, 果は中等度であるが,忍容性は高く安全かつ比較的安価 PAD および IC を有する患者において有益な効果を示す である.投薬は,錠剤 400 mg を 1 日 3 回から開始し, 可能性がある.HOPE 試験(Heart Outcomes Protection 1800 mg/ 日まで用量を調整することができる.患者の 97 Evaluation study) ではラミプリルを用いた治療により, 一部に吐き気,頭痛,眠気,および食欲不振などの副作 非高血圧症患者においても心血管イベントおよび死亡率 用がみられたため,長期的使用が差し控えられてきた. が低下した.したがって,ラミプリルは PAD 患者にお この使用により,高血圧が悪化する可能性もある. ける高血圧治療の第一選択薬として考慮されるべきであ シロスタゾールは血小板凝集を抑制し,血管を直接拡 る.ただし,腎動脈狭窄の存在下では注意して使用する 張するホスホジエステラーゼ阻害薬である.患者はわず 必要がある.最近行われた二重盲検プラセボ対照 RCT か 4 週 間 で 跛行 距離が伸 びたことに気づくこと もあ では,ラミプリル(10 mg/ 日を 24 週間投与)により,ト る .他のホスホジエステラーゼ阻害薬は,進行性心不 レッドミルでの跛行時間および身体機能測定値に有意な 全患者の死亡率を増加させることが言及されている.し 改善がもたらされた 98.オーストラリアの 3 病院で実施 たがって,シロスタゾールは,いかなるレベルの心不全 された試験は大規模なものではないため (対象患者 212 患者にも禁忌である.シロスタゾールおよびペントキシ 名),IC 治療におけるラミプリルの使用にあたり,より フィリンが四肢への血流を改善することに加えて,脂質 長期にわたる追跡調査を多施設研究で行う必要がある. の蓄積,酸化および凝固を防止する (すなわち,アテ 血管作動薬であるナフチドロフリルオキサラートに ローム性動脈硬化症のさらなる進行を予防する)ことを は,虚血組織における好気的解糖および酸素消費量を高 示すエビデンスがある.とはいえ,疫学的には,多くの める働きがある.この薬剤は欧州で広く使用されている 患者が薬物療法のみでは症状緩和には至らないことが示 が,今のところ米国では承認されていない.この薬剤に 唆されている.これはおそらく,運動療法や侵襲的血行 より跛行距離の延長が明らかにされている 93,94. 92 再建術ほど,筋力や四肢の血流を高める効果が薬剤には ないためだと思われる. レボカルニチンの投与は,骨格筋エネルギー代謝を増 大させる.臨床試験では,プラセボに比して跛行距離が Dawson らによって行われた RCT において,IC 治療 わずかに改善するが,運動療法のみの効果を上回る利点 におけるシロスタゾールおよびペントキシフィリンの効 は示されていない 99,100.米国では栄養補助食品として 用が比較された 96.ペントキシフィリン群にみる最大歩 店頭販売されている. 行距離の伸びは 64 m(30% 増) であったが,シロスタゾー ル群では 107 m であり (54% 増) ,有意な増大が明らか S15 推奨事項:間欠性跛行(IC)のための内科的治療 グレード 4.1.IC 患者に対しては,集学的かつ包括的な禁煙介入を推奨する (喫煙を止めるまで反復的に エビデンス レベル 実施) . 1 A 4.2.症候性 PAD 患者には,スタチン療法を推奨する. 1 A 4.3.IC 患者においては,低血糖を起こさずに目標が達成されるのであれば,糖尿病管理(ヘモ グロビン A1c 目標値 7.0% 未満)を推奨する. 1 B 4.4.IC 患者においては,β–遮断薬(高血圧,心臓病に対して)の使用を推奨する.β–遮断薬が IC の症状を悪化させる証拠はない 1 B 4.5.アテローム性動脈硬化症を原因とする IC 患者においては,アスピリン(1 日 75∼325 mg) に よる抗血小板療法を推奨する. 1 A 4.6.IC 患者における抗血小板療法において,アスピリンの代替薬剤として,クロピドグレル 75 mg/ 日を推奨する. 1 B 4.7.アテローム性動脈硬化症を原因とする IC 患者においては,有害な心血管イベントないし血 管閉塞の危険性を減少させることのみを目的としたワルファリンの使用は提案しない. 1 C 4.8.IC の治療として,葉酸およびビタミン B12 サプリメントの使用は提案しない. 2 C 4.9.鬱血性心不全のない IC 患者においては,跛行距離を伸ばすべく,シロスタゾールの 3ヵ月 試用 (100 mg,1 日 2 回)を提案する. 2 A 4.10.シロスタゾールに耐性がないかまたは禁忌の IC 患者においては,跛行距離を伸ばすべく, ペントキシフィリンの試用(400 mg,1 日 3 回)を提案する. 2 B 4.11.IC 患者にみる跛行時間を延長するべく,ACE 阻害薬のラミプリル(10 mg/ 日)を提案する. (ACE 阻害薬は腎動脈狭窄を有することがわかっている患者には禁忌である.) 2 B ACEI:アンジオテンシン変換酵素阻害薬,PAD:末梢動脈疾患 4C.IC に対する運動療法 運動療法は 40 年以上にわたって IC 治療の基本とされ 運動誘発性血管新生,微小循環の一酸化窒素(NO)を介 した内皮依存性血管拡張の増強,骨格筋の生体エネル ギー効率の改善,および血行動態の改善などが挙げられ ており,ケースシリーズ,ランダム化試験およびメタ解 る. 析で検討されてきた (表 II) . IC 患者における運動プロ 運動療法のための要件 IC に対する運動プログラムに グラムにより,跛行出現距離および最大歩行距離が延び 参加するにあたり,まずバスキュラーラボでの検査に ることが証明された.運動療法が適応とされた患者 よって PAD の存在を確認するという,客観的診断が必 1200 例を対象としたメタ解析において,プラセボない 要である.そのための検査には ABI 測定,トレッドミ し通常の治療と比較したところ,全体的歩行能力は ル試験,末梢動脈 DUS,またはそのすべてが該当する. 50% から 200% に改善し,その効果は最大 2 年間持続し いずれの運動プログラムでも,アテローム性動脈硬化症 た .AHA は長年にわたり,IC 治療において運動療法 リスクファクターに対する介入は併行して実施する.全 を支持するエビデンスの質は推奨度 I に値するとしてい ての IC 治療運動プログラムで,併用する薬物療法とし る . て,最低限アスピリンおよびスタチンの投与は考慮する 101 43 運動療法の効果のメカニズム 運動療法は一般に,運動 (上記参照) .患者が運動プログラムに耐えられる心肺予 選手が受けるものよりはるかに限定しているとはいえ本 備力を十分に備えているかどうかはスクリーニングしな 質的には運動訓練である.運動療法による歩行能力改善 ければならない 103. は観察されているが,安静時 ABI の改善は通常認めら 運動療法の障壁 IC 治療の運動プログラムを受けるに れない 102.従って,効果の基礎となる生化学的メカニ あたり,患者側とシステム側の両方に障壁が存在する. ズムは存在するはずではあるがはっきりした機序は不明 この障壁が,正確にどれほどの影響を及ぼすかは不明で である.考えうる運動療法の効果の生体力学的ないし生 あるが,運動療法の臨床研究に参加すべくスクリーニン 化学的メカニズムとしては,既存の側副血行路の拡張, グを受けた患者のうち,研究に登録される患者はその半 S16 4.IC 患者の非侵襲的管理 エビデンスの要約:間欠性跛行(IC)に対する薬物療法 クリニカルクエスチョン IC 患者に対する禁煙の効果 データソース 研究結果 IC 患者に適用された種々の設 禁煙は,一般的に喫煙者の総死亡率および 合併症発生率を低減する. 定での観察研究 IC 患者の死亡率および合併症 発生率に対する脂質低下療法の 効果 IC 患者の死亡率および合併症 発生率に対する血糖値コント ロールの効果 下肢の PAD を有する患者の脂 脂質低下療法は死亡率(OR, 0.86; 95% CI, 質 低 下 療 法 に 関 す る 18 件 の 0.49–1.50)もしくは全心血管イベント (OR, RCT のメタ解析.心血管疾患 0.8; 95% CI, 0.59–1.09)に対して統計学的 二次予防におけるスタチン療法 に有意な効果をもたないが,最大歩行距離 の効果に対する研究における間 (152 m: 95% CI, 32.11–271.88 m)お よ び 無 接的エビデンスも存在. 痛歩行距離(89.76 m; 95% CI, 30.05–149.47 m)を延長させる.ABI に有意な上昇はな い 104. エビデンス の質 A A–B 直接 PAD を扱う臨床試験は存 在しない.間接的エビデンスか ら考慮. 2 型糖尿病患者における厳格な血糖コント ロールにより肢切断が減少した (RR, 0.65; 105 95% CI, 0.45–0.94) B IC 患者の死亡率および合併症 IC 患者を対象とした臨床試験 発生率に対する抗血小板薬の効 果 12 件のメタ解析 106 抗血小板薬により総死亡率(RR, 0.76; 95% CI, 0.60–0.98) , 心 血 管 死 亡 率(RR, 0.54; 95% CI, 0.32–0.93)および血行再建再実施 率 (RR, 0.65; 95% CI, 0.43–0.97)が 低 減 し た. 大出血の発生率は不明確である(RR, 1.73; 95% CI, 0.51–5.83)が,ひとつの臨床 試験では,クロピドグレルはアスピリンに 対しわずかに有利であるとされた. A プラセボと比較して,シロスタゾールおよ びペントキシフィリン投与により,最大 歩行距離がそれぞれ 25% (11–40 m)および 11% (−1–24 m)増加した.無痛歩行距離は それぞれ 13% および 9% 延長した. シロスタ ゾール A ペントキシ フィリン B (不明確) 投与 6ヵ月目においてラミプリルはプラセ ボに対し無痛歩行時間において 75 秒(95% CI, 60–89 秒) ,最大歩行時間において 255 秒(95% CI, 215–295 秒 )延 長 し た. ま た SF–36 身体的側面の QOL サマリースコア の平均値が 8.2 ポイント増加した(95% CI, 3.6–11.4 ポイント) B (患者数が 少ないため やや不明確 な可能性) IC 患者の歩行能力に対するシ ロスタゾールおよびペントキシ フィリンの効果 IC 患者を対象とした臨床試験 26 件のメタ解析 107 IC 患者の歩行能力に対するラ 1 件の RCT98 (患者数 216 例) ミプリルの効果 ABI:足関節上腕血圧比,CI:信頼区間,OR:オッズ比,PAD:末梢動脈疾患,RCT:ランダム化比較試験,RR:リスク比 数をはるかに下回る.おそらく患者側因子として最も重 適切な判断である.重篤な血流障害を持つ患者も運動プ 要なものは運動プログラムに対するコンプライアンスで ログラムによって改善する可能性もあるが,進行した障 あり,また IC 患者の多くが,プログラムへの参加がで 害を持つ患者が運動プログラムに参加することは現実的 きない併存疾患(狭心症,鬱血性心不全,慢性閉塞性肺 ではないことが多い.さらに,監視下運動プログラムは 疾患ないし関節炎)を持っていることである.そのた 最も効果的でありよく研究された運動療法であるが,米 め,患者はそのような併存疾患が十分コントロールされ 国の医療保険の多くは監視下運動プログラムへの給付を ているかどうかを確認する評価を受けるべきである.患 行っていない.現在,このことが臨床において IC 治療 者が運動療法に不適とされるこれら要因の多くは,治療 に運動療法を使用する上で大きな障害となっている. の得失を考慮すると侵襲的治療も相対的禁忌とされる要 因である.そのため,血行再建術の施行に先立って運動 IC に対する運動療法プログラムの構成要素 IC に対す 療法を試みるというのは,ほとんどの IC 患者にとって る運動療法プログラムは,様々な下肢運動(ウォーキン S17 グ,ランニング,サイクリング等)の単独あるいは組み た監視下運動プログラムが非監視下プログラム(在宅運 合わせ,上肢運動,またはその両方から構成可能である 動プログラム)より優れた成果を示すことは当然であ が,トレーニングの間隔,継続期間,強度および IC の る.そのため,可能であれば運動療法には監視下プログ 評価項目によってその構成内容が異なってくる.プログ ラムが望ましい. ラムは,自主的に行うもの,監視下で行うもの,強度の 前述の通り,米国では今のところ理にかなった運動プ 異なるもの,施設を中心に行うものまたは自宅を中心に ログラムに対する保険償還が行われていないため,患者 行うものなど多様であり,薬物療法ないし血行再建治療 の多くにとって自主的在宅プログラムは重要な代替療法 またはその両方を組み合わせる場合もある.IC に対す となっている.その有効性を高めるべく,在宅運動プロ る運動療法プログラムの構成要素に関して実施された古 グラムを修正または補足することができる.Patterson 典的メタ解析では,1 回につき,痛みによりほとんど歩 ら 112 は,12 週間にわたる在宅ベースの運動プログラム けなくなるまで歩くことを 30 分以上行うセッション を,講義および毎週の運動指導により補足することで, を,1 週間に少なくとも 3 回実施し,6ヶ月以上継続す 6ヵ月時点における跛行出現時間および最大歩行時間が る歩行プログラムに於いて最大の効果が得られたとされ 延長したことを報告した.この効果は,監視下運動プロ た.限界に近い跛行痛までの歩行,運動形態 (ウォーキ グラムにより達成される効果ほど大きくはないが,ベー ング),および運動プログラムの継続期間は全て,運動 スライン値と比較して統計的に有意であった.Mouser プログラムによる歩行距離延長を規定する独立因子で ら 113 は,監視下プログラムには及ばないまでも,在宅 あった 108. ベースの運動プログラムを終了した患者の跛行出現距離 および最大歩行距離が改善したことを明らかにした.し 運動の種類,期間および強度 歩行は,サイクリング, かし残念ながらこの研究では,プログラムを終了しな 踏み台昇降,つま先立ち,ダンスおよび静的・動的脚運 かった患者の 47% は,以後外来を訪れず追跡から脱落 動などをはじめとする他の下肢運動よりも優れているこ している. とが実証されている 111.また,下肢の筋力トレーニン 在宅プログラムでは,患者に進歩状況および結果を定 グおよび上肢有酸素運動はいずれも,歩行運動プログラ 期的にフィードバックすることで,コンプライアンスが ムの効果を増強するものではない .低強度運動は, 良好になると考えられている.在宅ベースでほぼ最大の 長時間の運動で同様の運動量となるならば,跛行パラ 痛み近くまで歩行する運動プログラムを 12 週間行って メータ改善に関しては,高強度運動と同等の有効性を認 いる患者に対し,進捗状況を定量化するための歩行モニ めるようである .しかしながら,運動療法での歩行 ター情報を提供したことで,監視下運動プログラムと同 を,痛みによりほとんど歩けなくなるまで歩くか,痛み 様のプログラム継続率,跛行出現時間と最大歩行時間の が出現しただけで止めるかとで比較すると,結果は跛行 延長を認めた 114. 110 109 出現距離や最大歩行距離に大きな差が生じる 108 .最大 跛行痛は,トレッドミル検査における評価によるべきで 運動プログラムの補完 上記の通り,全ての IC 治療の あり,日常生活での跛行痛による評価では運動療法の効 運動プログラムには,アテローム性動脈硬化症のリスク 果を過小評価している可能性がある ファクター改善および最良の薬物療法が含まれていなけ 111 . 運動療法における最大の効果を達成する上で,運動 ればならない.血管内治療 (endovascular therapy; EVT)ま セッションの持続時間,頻度および継続期間は重要であ たは外科治療も運動プログラムの補完として位置づける る.1 セッションにつき 30 分以上の運動による効果は, ことがある.それとは逆に,運動療法が血行再建治療の 30 分未満のセッションよりも大きく,週 3 回以上のセッ 補充療法として使用されることもある. ションを行えば週 3 回未満のセッションよりも効果的で 血管形成術およびステント留置術は,IC に対する運 ある.プログラムの継続期間を 26 週間以上にすれば 26 動療法の代替および補完として研究されてきた.あるシ 週未満に比して有効性が高くなる 108 . ステマティックレビューで,IC に対するカテーテル治 運動プログラムは,患者自身の裁量で自主的に行われ 療は,運動療法の代替療法なのか併用療法なのかが検討 る非合理的なプログラムから,監視下で施設において行 された 115.検討された試験の評価項目は主に歩行距離 われるものまで多様である.運動プログラムはいずれも と QOL パラメータだった.著者らは,経皮的血管形成 患者のコンプライアンスに左右されるため,理にかなっ 術 (percutaneous transluminal angioplasty; PTA)と監視下運 S18 4.IC 患者の非侵襲的管理 動療法の有効性は同等であったと結論した . しかし,評 よび至適薬物療法を加えたステント治療群に比して最も 価項目は同じ臨床試験だったが,データの不均質が著し 大きかった.ステント留置術にみる最大歩行時間は至適 く,データの統合ができなかったばかりか,9 件のラン 薬物療法単独を大きく上回った.QOL 改善度の測定で ダム化試験において質の高い研究と判定できたのはわず は,至適薬物療法単独に比して監視下運動およびステン か 1 件だった. ト留置術の両療法において数値が高かったが,改善度は 2012 年 に CLEVER 試 験 の 6ヵ 月 後 成 績 が 報 告 さ れ 監視下運動よりもステント血行再建術で大きかった.概 た .CLEVER 試験では,大動脈腸骨動脈閉塞症 (AIOD) 念的に類似した試験である SUPER 試験 (腸骨動脈閉塞 により IC をきたした患者 111 名を,3 つの治療のうち 患者にみる IC に対する監視下運動療法ないし即時 PTA の 1 つに割り付けるものであった.すなわち,至適薬物 治療) が,オランダの 15 施設において患者 400 例の登録 療法群,至適薬物療法を加えた監視下運動療法群および とともに予定されている ( 臨 床 試 験 登 録 番 号 gov 至適薬物療法を加えたステント治療群である.主要評価 NCT01385774).1 年目の主要評価項目は,最大歩行距 項目は,6ヵ月時点における段階的トレッドミル試験に 離および健康関連 QOL の評価である 116. 74 み る 最 大 歩 行 時間であった.副次 的評 価項 目 に は, 血行再建治療の費用は,監視下運動療法より高いとさ QOL 評価および日常生活での歩数計による運動評価が れている 117.全体として現時点では,両治療法の適応 設定された. となる患者において,EVT が監視下運動療法に勝るこ 6ヵ月時点での至適薬物療法を加えた監視下運動療法 群にみる最大歩行時間の変化は,至適薬物療法単独群お とを示す説得力あるデータは存在しない. 運動療法の一次療法としての有効性を考えると,複数 推奨事項:運動療法 グレード エビデンス レベル 4.12.第一選択治療として,適応のあるすべての IC 患者に対し,少なくとも週 3 回(30∼60 分 / 回) 12 週間の歩行からなる監視下運動療法プログラムを推奨する. 1 A 4.13.監視下運動プログラムが利用できないかまたは監視下運動プログラムを終了した後の長期 的効果のために週に 3∼5 回,少なくとも 30 分の歩行を目標に在宅での運動を推奨する. 1 B 4.14.IC に対し血行再建術を受けた患者においては機能的改善をめざした補完的な運動(監視下 または在宅ベースのいずれか)を推奨する. 1 B 4.15.IC 患者は,ライフスタイルの改善(禁煙,運動)および薬物療法へのコンプライアンスを 評価するほか PAD の症状および兆候の進行の有無を判断するため,毎年フォローアップを受け ることを推奨する.1 年に 1 回の ABI 検査は疾患進行の客観的証拠を提供する上で価値がある. 1 C ABI:足関節上腕血圧比,IC:間欠性跛行,PAD:末梢動脈疾患 エビデンスの要約:運動療法 クリニカルクエスチョン データソース 研究結果 エビデンス の質 IC 患者の歩行機能および合併 症発生率に対する運動の効果 バイアスリスクの低い RCT22 件を対象に実施したメタ解 析 101 通常の治療ないしプラセボと比較して,運 動により最大歩行時間が著明に延びた. 5.12 分(95% CI, 4.51–5.72 分 ), 歩 行 能 力 (50%–200%) ,無痛歩行距離および最大歩 行距離は延長したが ABI,死亡率ないし肢 切断に改善はみられなかった. A 最大トレッドミル歩行距離は監視下運動療 法において非監視下運動療法に比して統計 的に有意な延長を示した(約 180 m 歩行距 離が延長). A IC 患者の歩行機能および合併 症発生率に対する監視下運動お よび非監視下運動の効果 14 件の RCT のメタ解析 121 ABI:足関節上腕血圧比,CI:信頼区間,IC:間欠性跛行,RCT:ランダム化比較試験 S19 の小規模試験において,運動療法が IC に対する EVT や 果,バイパス術に運動療法を加えた群において最大歩行 外科治療の補助療法として有用であることが示されてい 距離が著明に延長することが報告された 119.さらに過 るのは当然である.AIOD に限らない EVT による治療 去には,IC 患者 75 例を外科的再建術単独,外科的再建 を受けた患者 70 例を対象にしたランダム化試験におい 術に監視下運動療法を加えた治療および監視下運動療法 て,EVT に監視下運動療法を加える治療は,EVT 単独 単独の各群に無作為に割り付けた研究がある.外科的再 に比して 6ヵ月時点での最大歩行距離が延長した .運 建術は大動脈腸骨動脈領域再建術および鼠径靱帯以下動 動療法はこのほかバイパス術後にも有益であると思われ 脈再建術に比較的均等に分かれており,多領域再建 3 る.IC 患者 14 例を対象とした小規模ランダム化試験に 例,両側再建 23 例が含まれている.全 3 群において最 おいて,鼠径部靱帯以下下肢動脈バイパス術単独および 大無痛歩行距離の改善を認めたが,外科的再建術に監視 バイパス術に監視下運動療法を加えた治療を比較した結 下運動療法を加えた群の延長が最も大きかった 120. 118 5.IC に対する血行再建術の役割 血行再建を受ける患者選択 して適応と認められない . このほか,IC の程度と生理検査および解剖学的所見 IC の自然経過では通常,疼痛発現までの歩行距離は の間にはあまり関連がないことを知っておくことが重要 次第に短縮するが,進行は緩徐である.集学的な保存的 である.例えば,安静時 ABI は自覚症状や客観的検査 治療を行えば,虚血性安静時疼痛や組織欠損などの重症 による歩行障害の程度をほとんど予測できない指標であ の虚血となるかまたは最終的に肢切断となる患者は 5% ることが明らかになっている 123,124.同様に,画像診断 未満である 9,122.この比較的良好な IC の自然経過を, による疾患の程度は日常生活での機能とほとんど相関し 日常生活や職業および QOL に歩行機能喪失が及ぼす影 ない.これは,歩行障害が血管疾患以外の原因であるこ 響と比較検討しなければならない.その結果,侵襲的治 とや,各個人の障害への適応および側副血行の影響など 療を行うかどうかは,これらの因子と非侵襲的治療に対 がさまざまに関わっている可能性があるためである.IC する臨床結果を考慮に入れ,更に潜在する治療リスクと に対する血行再建の正当性は,本来生理学的検査(ABI 期待できる患者の機能的利益とを勘案して,個別に決定 など)や解剖学的所見に基づいて判断されるのではな しなければならない.患者を侵襲的治療の対象とするか く,客観的所見に裏付けられた血行不全が原因となる機 どうか最初に検討するときは,閉塞性病変の解剖,EVT 能障害の重症度,およびそれが QOL に及ぼす影響をも か外科治療か,治療手段の種類といった技術的要因は考 とに判断されなければならない.生理検査または画像所 慮しない.リスクファクターの改善および保存的治療を 見のみによって障害が軽度の患者に侵襲的治療を勧める 適切に行っているほとんどの IC 患者では,現在の機能 ことは絶対に推奨できない. レベルが緩徐に低下するか,またはおおむね維持される IC に起因する機能障害の程度を判断するのは容易で が,少ないとはいえ無視できない割合の患者 (20∼30%) はなく,患者によって異なる 125.これに関する評価は では,時間とともに障害が増大し,侵襲的治療の適応と 医師の先入観ないし価値判断に基づくものではなく,患 なる.IC に対する侵襲的治療は,活動的な人に対して, 者の視点から行われるべきである.障害の程度に対する 明らかに進行する機能障害を回復するために実施する. 患者の認識は患者自身の身体活動度によって異なる.非 そういったなかで,IC は必ず肢切断につながるという 常に活発な患者は中等度の IC であっても極めて重篤な 恐れのみで治療を希望する患者がいることも認識してお 障害と認識するが,あまり動かない生活を送っている患 く必要がある.このような患者に対してなによりも重要 者はより高度の IC であっても十分我慢できる.IC が仕 なことは,IC の自然経過を説明して不安を和らげるこ 事をする能力の低下や,日常生活の基本的活動および移 とであり,侵襲治療を説明する前にまず行うべきことで 動性またはその両方を損なう原因となっている場合には ある.症状がごく軽微であるかまたは日常生活の障害が 侵襲的治療を適用することが多い.配偶者ないし家族の ほとんどない IC 患者への予防的な侵襲的治療は,何ら 世話をする必要性,またはレクリエーションおよび社会 メリットがなく,逆に有害となる可能性があるため,決 活動に従事する能力の喪失といった QOL の問題も同様 S20 5.IC に対する血行再建術の役割 の再狭窄が生じないことがこの目標の前提である. に重要である. 一方,体重を支える関節かまたは腰椎に炎症が存在す IC 患者での血行再建の適応については,経験豊富な る場合は,歩行機能の喪失に関しては複数の因子が関与 医師であれば,腸骨動脈より鼠径靱帯以下領域,さらに する.PAD 治療のみにより,そこまで症状をきたして 鼠径靱帯以下でも片側より両側の治療は長期開存性に劣 いる患者の歩行機能に改善がもたらされるとは思われな ることに配慮し,より慎重に判断する.両側性病変では い.同様に,IC 治療が重篤な虚血性ないし器質的心疾 一側肢のみで治療効果が達成・維持されても,機能改善 患,慢性閉塞性肺疾患,病的肥満,脳卒中などに罹患し はほとんどないため,担当医は期待される治療効果は両 ている患者に利益をもたらすとは考えにくい.さらに, 下肢の効果の総合として考えるべきである.同様に様々 そのような疾患を持つ患者は合併症や死亡のリスクが大 な解剖学的臨床的条件下での新たな技術による予想開存 きく,特に外科手術が必要な場合はリスクが治療の利益 率データが発表されているが,日常診療において IC 患 を潜在的に上回る可能性がある. 者にその技術を適用する場合には,上記の基準を注意深 痛みを軽減し,歩行距離を延ばし,QOL および歩行 く考慮すべきである.機能的改善,症状の緩和,治療の 機能を改善することで IC 症状を緩和する EVT および外 相対的得失についての患者の認識(例えば,効果の持続 科治療の有効性が多数の研究によって実証されている. 性 vs 反復的血行再建の必要性) をより明確に定義し,IC いずれの血行再建術も,四肢への効果において薬物療法 の侵襲的治療に対する意思決定をともに行うようにする よりも優れているように思われるが ,監視下運 ため,患者を中心とした治療結果のデータが切に必要で 動トレーニングを超えるとは限らない.シロスタゾール ある.患者にとって意味のある臨床的改善とは最低限ど を用いた薬物治療は,ある程度効果があり,比較的安価 の程度以上のものであるのかという概念が他の慢性疾患 で侵襲的治療の代替となる治療であり ,これが適応 で考えられているが,研究の評価項目と患者との関連性 となる患者もいる.いかなる侵襲的治療を行うにせよ, を高めるため,この概念はこの分野においても必要であ IC 患者と診断されたら,まずは 6ヶ月間の禁煙,リスク る 128. 74,108,126 127 ファクターの修正,運動療法ないしシロスタゾールかま たはこれらの併用による治療を試してみるべきである. 解剖学的選択因子:画像診断 外科治療および EVT の有効性はほぼ同じであると思 侵襲的治療が考慮されている場合には,画像診断に われるが,両者を比較した研究のエビデンスの質は低 よって,動脈病変の形態と範囲や,EVT と外科的血行 く,症状改善の持続に関しては異なっている.特に,広 再建のどちらが最適かを判断する . 画像検査により多種 範囲病変,より遠位の病変,および総大腿動脈や大腿深 にわたる治療選択肢のリスク,便益,開存性の得失をよ 動脈の病変といった,通常は外科手術が望ましい病変に り包括的に検討することが可能となる.現在使用されて おいてそうである.最適な治療方針を決める際には,治 いる画像検査手段には CTA129,130,MRA131,DUS132 およ 療の成功を予測する各個人毎の特異的因子を慎重に考慮 びカテーテル血管造影検査が挙げられる.全ての検査手 すべきである. 段で動脈血行動態を示す優れた画像が得られるが,それ IC の血行再建術が臨床的に成功しているためには, ぞれに独特の利点欠点があり,施設によって品質および 治療部位が開存しており,血行動態が改善していること 利用できる度合いが異なる.このため,選択すべき検査 が必要(それだけでは十分ではないが) であると考えられ 手段は臨床現場によって大きく異なる.IC 患者に対す ている.肢切断の恐れがなく,自然経過が概して良好な る動脈の画像診断で,最も効率的かつ費用対効果の高い IC に対しての侵襲的治療が正当化されるには,低リス 検査は何かということに関する十分なエビデンスはな クで利益が持続することが必要である.IC 患者の病変 い. の形態は実に多様で,侵襲的治療の技術的成功および開 カテーテル動脈造影検査は優れた画像解像度をもち, 存性の両者を大きく左右する.IC 患者に対して血行再 診断検査と EVT を同時に実施できるためにゴールドス 建方法を選択する際には,その時点の状況で予測される タンダードとなっている.しかしカテーテル動脈造影は 血行再建効果の持続性を慎重に検討すべきである.IC 侵襲的であり,造影剤腎症,アレルギー反応のほか穿刺 に対する侵襲的治療においては,少なくとも 50% 以上 部の合併症をきたすことがある. の確率で,改善効果が 2 年間以上持続することを最低基 現代のマルチスライススパイラル CT スキャンは非侵 準として提案する.治療を行った肢に血行動態的に有意 襲的であり,従来の動脈造影画像とほぼ同等の解像度を S21 持っている.さらに画像は軸方向,冠状,矢状,三次元 AIOD に対する侵襲的治療は症状を緩和し機能を改善 画像などの様々な形に再構成できる.とはいえ CTA は するために行われる.無症候性 AIOD に対する治療が正 大量の造影剤静脈内投与を必要とし,石灰化が存在すれ 当化される状況としては,必要な心血管デバイスの移植 ばアーチファクトにより画像は劣化する. (例えば,胸部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿 MRA は血管造影ないし CTA に比して解像度が劣る 術,他の動脈瘤に対するステントグラフト内挿術,経カ が,カルシウムにより画像が不鮮明になることはなく, テーテル大動脈弁置換術,機械的循環補助など)に向け CTA と同様に非侵襲的検査法である.ガドリニウムを た血管アクセス路の確保がある. 使用すれば画質が強化されるが,腎性全身性線維症を引 AIOD に対する外科治療選択肢として,大動脈の直接 き起こす潜在的リスクがあるため,重度の腎機能障害の 的血行再建術(大動脈大腿動脈バイパス術[AFB],大動 患者には禁忌である.また,ペースメーカーおよびその 脈腸骨動脈バイパス術,大動脈腸骨動脈血管内膜摘除 他種々の埋め込み型医療装置を利用している患者に 術)が挙げられるが,この手技は最も開存率が高いこと MRA を実施することはできない. が証明されている一方,合併症や死亡の危険もゼロでは DUS は,診断を確定し,治療前でも後でも,疾患の ない.適切な解剖学的条件の患者や,大動脈手術がハイ 重症度を決定するスクリーニング法として最も一般的に リスクの患者か,またはその両者に対して,非解剖学的 使 用 さ れ て い る. こ れ は 主 に 浅 大 腿 動 脈 (superficial バイパス術 (腋窩−大腿動脈 [AxFB] ,腸骨−大腿動脈 femoral artery; SFA) の孤立限局性病変に対する EVT 時の [IFB] ,大腿−大腿動脈バイパス [FFB] ) が比較的合併症 第一選択の画像機器として使用されることがある 133 . 重篤な鼠径靱帯以下動脈疾患の患者では,大腿膝窩 の少ない代替療法であるが,これらの術式の開存率は大 動脈手術に比較して低くなる. (FP)動脈バイパス術に用いる伏在静脈グラフトの質が ここ 20 年において AIOD 治療に驚異的パラダイムシ 良い程治療成績が良いことを考えると,静脈グラフトの フトが発生した 134.過去に発表された学会合同委員会 質評価は治療方針決定過程におけるもう一つの重要な要 によるガイドラインでは限局性疾患に血管内手技を一次 素である.従って,外科バイパス術を考慮する患者の術 治療として推奨し,びまん性疾患の治療法としては従来 前評価の一つとして,超音波静脈マッピングの実施が推 の外科手術を推奨していたが 9,135,技術および血管内手 奨される(下記参照). 技の向上により,限局性および進行した AIOD の多くに 対する一次治療として EVT が観血手術に取って代わっ 大動脈腸骨動脈閉塞症 ている.ステントを使用した腸骨動脈 EVT は観血手術 AIOD ないし流入路障害は,通常臀部および大腿の IC に匹敵する長期的成績を示している 135–139.解剖学的に を引き起こす.男性の場合,両側腸骨動脈病変ないし内 適合しており適切である患者に対しては長い完全動脈閉 腸骨動脈の閉塞が血管性勃起不全の原因となることもあ 塞を通す器具 140,ステントグラフト 141,142,および腸骨 る.AIOD 患者は歩行の継続により,腓腹筋跛行を生じ ステント留置術に FFB ないし大腿動脈血栓内膜摘除術 るケースも少なくない.両側性疾患においては多数の筋 を加えたハイブリッド手技 143,144 をはじめとする様々な 肉群が影響を受けるため,症状が極めて重篤となり生活 技術が外科的大動脈大腿動脈血行再建術の替わりにな に支障を来すこともある. る.現在観血手術は,EVT が不可能もしくは適応とな 推奨事項:間欠性跛行(IC)に対する侵襲的治療に関する一般的考慮 グレード エビデンス レベル 5.1.重大な機能障害をもつかまたはライフスタイルに制限のある IC 患者においては治療により 症状が改善する合理的可能性があり,薬理学的ないし運動療法またはその両方が不成功に終わっ た場合,治療のメリットが潜在的リスクを上回る場合は,EVT または外科的治療を推奨する. 1 B 5.2.IC の侵襲的治療法を選択する際は個々の症例ごとに適応を検討することを推奨する.提供 される治療法は,患者への持続的な利益(少なくとも 2 年間 50% を超える臨床的有効性)がもた らされる合理的な可能性を提供しなければならない.血行再建術では,解剖学的開存性 (血行動 態的に重大な再狭窄がないこと)は,持続的有効性を得るための前提条件と考えられている. 1 C EVT:血管内治療 S22 5.IC に対する血行再建術の役割 表 III 間欠性跛行(IC)患者における大動脈腸骨動脈閉塞症(AIOD)に対する血行再建術の転帰 参考文献 (責任著者) 154 Yilmaz 161 160 Soga Ichihashi 139 Indes 療法 FU 追跡調査期間(年) 開存率(PAP) % PTA + ステント 5 63–79 AFB 5 81–93 IFB 5 73–88 FFB 5 60–83 deVries157 Rutherford146 Reed180 Brewster182 Chiu166 Cham 176 177 Melliere 178 Van der Vliet 166 Chiu 175 Ricco Criado267 Ricco175 Mii268 AFB:大動脈−大腿動脈バイパス,FFB:大腿動脈−大腿動脈バイパス,FU:追跡調査,IFB:腸骨動脈−大腿動脈バイパス, PAP:一次補助開存率,PTA:経皮的血管形成術 らない広範囲の疾患,進行した病変,大動脈瘤を伴う病 考慮しながら本来の大動脈に適合するよう適切に決定す 変,EVT が奏効しなかった病変にのみ行われている(表 る.過去に破裂の合併症が報告されており,その危険を III). 減らすため,正常の大動脈径に比して 1 サイズ下のス 5A.大動脈腸骨動脈血行再建術:カテーテル インターベンション テントを選択する必要がある. 一般的には,将来外科手術となった場合の AFB の妨 げにならないように腎動脈近傍の大動脈までステントを 大動脈病変 観血手術による血行再建術は大動脈閉塞性 延長しないよう注意を払わなければならない.腎動脈開 病変に対する治療のゴールドスタンダードであると考え 口部を横切ってステントを配置してはならない.また, られているが ,大動脈および腸骨動脈における 腎動脈開口部に隣接する病変は腎動脈を閉塞するかまた EVT の実施率が増加していることに疑問の余地はなく, は塞栓のリスクを高める.大動脈分岐部病変において EVT はこの領域の治療としてますます一般的に行われ は,キッシングステントを総腸骨動脈起始部に配置する つつある 134.大動脈閉塞性病変の治療に対する EVT の か,または大動脈ステントを分岐部まで留置したのち 情報を提供するデータは少ない.初期には大動脈閉塞性 キッシングステントを腸骨動脈起始部に配置する方法が 病変に対処する方法としてバルーン血管形成術が報告さ 現状では最適である 153,154.閉塞病変に対する大動脈ス れていたが 147,現在ではこの領域ではステント留置術 テントグラフトの使用 142 は限られた状況にかぎり報告 が最も一般的に行われている.EVT の初期成功率は されており,この方法をルーチンに使用するにはさらな 90%–100% であり,1 年の一次開存率は 75%–100%,4 るデータの集積が必要である. 145,146 年一次開存率は 60%–80% である.二次開存率は通常 動脈瘤を合併している AIOD 治療には注意が必要であ EVT の反復によって維持できるものであり,1 年および る.動脈瘤が治療ガイドラインを満たすサイズである場 5 年 の 二 次 開 存 率 は そ れ ぞ れ 90%–100% お よ び 60%– 合,治療はまず動脈瘤を適切に修復し,同時に狭窄無く 100% であった 血流を下肢に回復することに主眼を置く.動脈瘤のサイ 148–150 . EVT のアプローチは,大腿動脈ないし上腕動脈アプ ズが小さい場合は,症候性 AIOD に対する治療を動脈瘤 ローチかまたは両者を組み合わせて行われる.使用され の置換と同時に実施するかまたは将来の外科手術ないし るステントの種類にはバルーン拡張型ステントと自己拡 EVT による動脈瘤修復の治療選択肢を妨げない方法に 張型ステント すべきである. 151 があり,それぞれカバードタイプとノ ンカバードタイプがある.ステントの選択は,病変の種 大動脈に対する EVT は大動脈破裂の可能性を伴うも 類および利用できるステントサイズに左右される.石灰 の の 死 亡 率 は 1%–3%, 合 併 症 発 生 率 は 5%–20% で あ 化が著しい病変においては通常破砕に大きな抵抗がかか る 148–150.EVT で大動脈病変を治療する際は,大動脈破 るため,バルーン拡張型ステントを用いて開通する.一 裂に備えておくことが重要である.腎機能障害は患者の 方自己拡張型ステントは血管径が若干大きめの病変に頻 2%–10% に報告されている.観血的な大動脈血行再建術 用される.しかし,これらの多種にわたるステントの成 に比して,EVT は一般に集中治療室滞在日数および輸 績を評価する比較データはほとんどない.大動脈におけ 血の必要性が少なく感染率も低い 155–157. る被覆ステント留置についてもそれを推奨するデータは ほとんど存在しない 152. ステントサイズは置換される組織 (特に石灰化病変) を 腸骨動脈インターベンション バルーン血管形成術は依 然として腸骨動脈病変の治療選択肢ではあるが,既にほ S23 とんどの症例で primary stenting に取って代われている. たハイブリッドアプローチがより適切な代替手段となる. 一般的に,より広範囲かつ複雑な閉塞性病変になればな 被覆ステントは腸骨動脈閉塞性病変の治療に使用され るほど,ステント留置術によって開存性が向上する可能 てきた.より複雑な腸骨動脈病変にバルーン拡張型被覆 性が高い.このため,非常に限局的な病変を除けば,腸 ステントを使用するとより良好な一次開存率が得られて 骨動脈閉塞性病変に対する primary stenting は長期開存 いる 141.AIOD に対するバルーン拡張型被覆ステントと の観点から最良の治療法である 137.自己拡張型とバルー カバーなしバルーン拡張型ステントを比べた前向き ン拡張型ステントについて,いずれのデバイスが有用か RCT141 では,特に進行した病変の治療において,カバー はまだ十分に検討されていない.しかし,その特性およ ドバルーン拡張型ステントがベアメタルステント(bare- び部位により,いずれか一方のステントデザインが望ま metal stent; BMS) に比して優れた一次開存率を示した. しい場合もある.他の部位と同様,石灰化病変または特 しかし,最近行われた単一施設での後ろ向き研究では, に入口部病変では圧搾に対するラジアルフォースがより 1 年時点での開存性は被覆ステントよりも BMS のほう 強くつぶされにくいことから,バルーン拡張型ステント が優れていた 158.潜在的に開存性が良いという利点と の使用が望ましい.これによってステント留置後の血管 は別に,被覆ステントは破裂の可能性が非常に高い石灰 径の拡張とその保持性が向上する. 化した総腸骨動脈病変や拡張血管の治療において安全性 腸骨動脈病変への EVT には,同側,対側鼠径部から が高い.外腸骨動脈の場合は,この血管が受ける動き 上腕までさまざまなアプローチがあるが,術前に適切な や,留置されたバルーン拡張型ステントがよじれたりク 長さのデバイスが利用可能か確認する必要がある.上腕 リンプしたりする可能性もあるため,柔軟な自己拡張型 からのアプローチが予測される場合は,下肢より長いデ ステントが推奨される.同様にこのステントのカバード リバリーシステムが必要である.同側大腿動脈アプロー タイプも外腸骨動脈に使用されてきたが,いずれが有用 チでは,最も末梢側のステントがシースに近過ぎて正確 かを示す特定の指針は明らかにされていない. な留置を妨げることがないよう注意すべきである.病変 腸骨動脈に対する初回ステント留置術の技術的成功率 部の末梢端が鼠径靱帯までかかり,そこまでステントを は 90%–100% まで幅があり,これは病変の範囲により異 留置する場合は,対側ないし上腕アプローチが望まし なる.さらに複雑な病変では初期成功率は低くなる.外 い. 腸骨動脈に長区域閉塞を認める患者,特に女性ないし小 両側性の腸骨動脈閉塞性病変に対する治療は,それに 径血管患者もしくは周囲に石灰化がみられる患者かまた 適合する両側病変および症状を有する患者に適応とな はその合併例においては,長期の開存性に重大な限界が る.両側治療の効果は片側病変の治療を受けた患者と同 ある 135.1 年の一次および二次開存率はそれぞれ 70%– 様と思われるが,片側治療より開存性はやや低下する可 100% および 90%–100% であり 159,5 年一次および二次 能性がある.総腸骨動脈と外腸骨動脈でも転帰は同様で 開存率はそれぞれ 60%–85% および 80%–95% と報告さ ある.内腸骨動脈の入口部を跨ぐ様に被覆のないステン れている 139,159–161.周術期死亡率は約 1% 以下と予測さ トを使用しても,ほとんどの症例で内腸骨動脈の灌流は れ 139,161,合併症発生率は 5%–20% である 139,159.長期 十分に維持できるので,内腸骨動脈起始部にステントが 予後は若い患者 (50 歳未満) ,特に女性において不良で 懸かるのを懸念して不十分な留置に留めるよりも,病変 あるとみられる 162. 部全範囲の治療を行うことの方が重要である.内腸骨動 脈の血流保持に不安がある場合は,内外腸骨動脈の開存 CFA インターベンション 総大腿動脈 (common femoral 性を維持するため分岐部にキッシングステント法を使用 artery; CFA)の閉塞性病変に対するカテーテル治療を裏 することができるが,必要になることはほとんどない. 付けるデータは限られているが,いくつかの単一施設か 腸骨動脈閉塞性病変の治療において考慮すべき事項 ら技術的成功率がほぼ 90%,1 年の一次開存率は 75% は,病変が大腿動脈にまで波及していることである.股 であったことが示されている 163–165.長期開存に関する 関節屈曲により動脈も屈曲し,ステントが破断するかま 情報は少なく,この領域におけるステントの安定性に関 たは留置が不成功に終わる可能性が高いため,総大腿動 する報告は短期間のものでさえない.大腿動脈血栓内膜 脈 (CFA) におけるステントの使用は推奨されない.病変 切除術に伴う合併症発生率およびリスクはごくわずかで が CFA に波及した場合,ほとんどの患者で,大腿動脈 あることを考えると,現時点ではこの部位へのカテーテ 血栓内膜摘除術と腸骨動脈ステント留置術を組み合わせ ルインターベンションは局所的または全身性のリスク S24 5.IC に対する血行再建術の役割 ファクターのため観血手術が不適応という者に限定して 血管形成術は外翻法かまたは標準的パッチ法を用いて実 行われるべきである. 施することができる.腸骨動脈へのステント留置は通常 同側アプローチであり,シースはステントが病変区間の ハイブリッドインターベンション 腸骨動脈閉塞性病変 全長に留置されるよう血栓内膜摘除範囲の上端から末梢 に対するカテーテル治療は比較的安全に行うことができ に十分に距離を置いて刺入する. る.しかし,病変が CFA 内に波及した場合,CFA の治 本アプローチの初回の技術的成功率は 99%–100%,3 療には観血手術,腸骨動脈ないし流入血管の治療にはス ∼5 年の一次開存率は 90%,二次開存率は 98%–100% と テントを用いるアプローチが従来の大動脈 – 大腿動脈バ 報告されている 144.開腹による大動脈 – 大腿動脈血行再 イパス術に代わる治療法になる 142,144,156.このような 建術と比較すると 166,このアプローチも同じく低い死亡 症例では血栓内膜摘除術を外腸骨動脈まで中枢側に延長 率を示し,全身性合併症,感染リスクおよび術後合併症 し,血栓内膜摘除術実施部位の中枢領域にステントを留 の発生件数も少なかった.一方で開存率,特に二次開存 置して中間部の病変進行を防止する.大腿動脈の外科的 率は手術と同様の結果が得られている. 推奨事項:間欠性跛行(IC) 患者の大動脈腸骨動脈閉塞症(AIOD)に対する介入 グレード エビデンス レベル 5.3.IC を引き起こす限局性 AIOD においては,観血手術よりも血管内治療を推奨する. 1 B 5.4.IC にいたる,総腸骨動脈または外腸骨動脈閉塞性病変を有する患者の大部分においては第 一選択の血行再建療法として,血管内治療を推奨する. 1 B 5.5.技術的成功率および開存率が良好であることから,総腸骨動脈ないし外腸骨動脈またはそ の両方での閉塞性病変に対する大動脈腸骨動脈血管形成術では,BMS またはカバードステント の選択的使用を推奨する. 1 B 5.6.高度な石灰化および予防策なしでは拡張後に破裂する危険性が高い動脈瘤性変化が認めら れる AIOD の治療においては,カバードステントの使用を推奨する. 1 C 5.7.血行再建術を受けるびまん性 AIOD (例えば,広範囲な大動脈病変,総腸骨動脈と外腸骨動 脈の双方に及ぶ病変)患者においては,第一選択治療として血管内治療ないし外科手術のいずれ かを提案する.将来の AFB 手術の可能性を損なうような血管内治療は避けるべきである. 2 B 5.8.動脈瘤病変が存在する AIOD に対する EVT は慎重に実施すべきである.動脈瘤を同時に治 療するか,または将来開腹手術ないし血管内治療によって動脈瘤を修復できるような治療法の 選択を推奨する. 1 C 5.9.AIOD に対する血行再建術を受ける全ての患者において,CFA の評価を推奨する.血行動 態に有意な影響のある CFA 病変がある場合,第一選択として,外科的療法 (内膜切除術)を推奨 する. 1 B 5.10.腸骨動脈と CFA 病変を有する患者には,大腿動脈内膜切除術と腸骨動脈の inflow 形成を 組み合わせたハイブリッド手技を推奨する. 1 B 5.11.妥当な外科的リスクを有し血管内治療には適さないびまん性 AIOD で 1 回または複数回の EVT が奏功しなかった患者,あるいは閉塞病変に動脈瘤を伴っている患者においては,外科的 直接血行再建術 (バイパス,血栓内膜切除術)を推奨する. 1 B 5.12.IC を有する若年患者 (年齢 <50 歳)においては,患者と意思決定を共有し,血管内治療お よび外科的手術のいずれにおいても不良な転帰をたどる可能性を患者に知らせることを推奨する. 2 C 5.13.AIOD に対する外科的血行再建の評価および計画においては,断層画像検査(例えば, CT,MR)またはカテーテルベースの血管造影を推奨する. 1 分類なし 5.14.大動脈腸骨動脈病変に対しバイパス手術を実施する場合は,大動脈または腸骨動脈に併存 する動脈瘤が適切に治療(切除)されるべきであり,中枢側の端側吻合は禁忌である. 1 分類なし 5.15.CFA を中枢吻合部としてバイパス手術を行う場合には,中枢側の腸骨動脈に血行動態的に 有意な病変があってはならず,それが存在する場合はバイパス手術を行う前に治療されるべき である. 1 分類なし BMS:ベアメタルステント,CFA:総大腿動脈,CT:コンピュータ断層撮影,EVT:血管内治療 S25 エビデンスの要約:大動脈腸骨動脈閉塞症(AIOD)に対する介入 クリニカルクエスチョン データソース 研究結果 観血的バイパス群において,合併症発生率 および 30 日後の死亡率が高かった.1,3, 5 年目の一次開存率は観血的バイパス群に おいて高かった. AIOD に お け る 開 腹 手 術 vs 血 主に非ランダム化研究シリー 管内治療の死亡率,合併症,開 存性に対する影響 ズ の メ タ 解 析(AIOD, す べ て が IC に関するものだけではな い)139 AIOD に お け る PTA vs ス テ ン ト留置の死亡率,合併症,およ び開存性に対する影響 主に非ランダム化研究シリーズ の メ タ 解 析(AIOD,IC に 関 す 137 るデータが提供されている) 主に非ランダム化研究シリーズ のメタ解析(クラス C および D の大動脈腸骨動脈病変)138 広範囲に及ぶ AIOD における開 腹手術 vs 血管内治療の死亡率, 合併症,および開存性に対する 影響 主 に 広 範 囲 に 及 ぶ AIOD に 対 する EVT を対象にした非ラン ダム化試験シリーズのメタ解 析 188 合併症発生率および死亡率は同等であっ た.早期の技術的成功率(PTA 群 91%,ス テント群 96%) ;PTA における 4 年目の一 次開存率(狭窄 65%,閉塞 54%)およびス テントの 4 年目一次開存率(狭窄 77%,閉 エビデンス の質 B–C B–C 塞 61%) . 血管内アプローチにおいて,死亡率は 1.2%– 6.7%,合併症は 3%–45% の範囲であった. 臨床症状の改善は 83%–100% であった. 技術的成功は 86%–100% の患者で達成さ れた.4 年目または 5 年目一次および二次 開存率はそれぞれ,60%–86% および 80%– 98% であった. B–C EVT:血管内治療,IC:間欠性跛行,PTA:経皮的血管形成術 5B.大動脈腸骨動脈血行再建術:外科手術 状態から判断する 167,168.遠隔期における大動脈大腿動 脈グラフトの端々吻合と端側吻合の間に明確な差異は認 一般的考察 大動脈腸骨動脈領域では EVT が主流と められない 169,170.ただし,端々吻合では必要とする健 なってきたが,AIOD に起因する IC 患者の治療におい 常大動脈が少なくてすむし,またグラフトを後腹膜組織 て,外科手術は今もなお重要な役割を担っている.外科 で覆うのも比較的容易となる.腹部大動脈の遠位部はア 手術とするか EVT にするかの適応決定については次に テローム性動脈硬化が進行しやすく,開存性が問題とな 説明するが,主に疾患の分布,過去に受けた治療および るため,近位側吻合は一般に腎動脈直下の腹部大動脈 患者の全体的リスクによって決まってくる.これらの, (すなわち,腎臓と下腸間膜動脈との間の領域) に行うべ あるいは他の技術的条件により,外科治療では様々なオ プションを選択することが可能である. きである. 一般に腸骨動脈病変は極めて変化に富む病態をとる. AIOD 治療において最適な外科治療戦略の選択に直接 総腸骨動脈および外腸骨動脈の双方が完全に閉塞するか 影響を与える重要な血管の解剖学的要因は多数あり,大 または外腸骨動脈単独の閉塞を伴う片側性疾患には,本 動脈疾患の性質および範囲は多様である.一般に CTA 来の血液の流れに沿った解剖学的バイパス術 (片側性 を用いた断面画像による検査は血行再建術の方針決定に AFB または IFB)または非解剖学的バイパス術(FFB ま おいて重要である.閉塞性病変の位置および重症度のほ たは AxFB)のいずれかを用いた外科治療を行うことが か動脈瘤を伴っているかどうかも重要である.単純 CT できる.術式の選択は,患者のリスク,対側腸骨大腿動 は動脈遮断および縫合において問題となる石灰化を評価 脈系および反対側鼠径部の状態および大動脈または総腸 できるので術前計画において特に有用である.腎動脈下 骨動脈が近位側吻合部に適しているかどうかに左右され 大動脈にまで及ぶ完全閉塞病変に対する至適治療法は, る.また,この区間のいずれかに,既にステントまたは それが可能な状態の患者であれば,血栓内膜摘除を行っ ステントグラフトが存在することも手技の選択および施 た後に端々吻合によって血行再建を行う術式である.閉 行に影響を与える. 塞性疾患と動脈瘤が併存した状態では,単純なバイパス 前述の通り,CFA 病変の存在および重症度は多くの 術ではなく動脈瘤部分を完全に切除する必要がある.大 場合,観血手術またはハイブリッド手技を行うのか純粋 動脈グラフトの再建様式を端々吻合とするか端側吻合と な EVT を行うのかを決定する重要なポイントである. するかは,腎動脈下大動脈の病変範囲および骨盤循環の AIOD 治療のための血行再建術施行後の長期的転帰およ S26 5.IC に対する血行再建術の役割 び下肢の状態は,CFA および大腿深動脈 (deep femoral arteries; DFA)の開存が保てるかどうかに大きく依存して ばならない. 一 般 に AFB お よ び IFB に は 人 工 血 管( ダ ク ロ ン, .さらに FP 病変および遠位閉塞性病変は特 ePTFE)が使用され,優れた長期開存性を示している. に喫煙者によくみられる.IC による障害および安静時 サイズが小さいグラフト(例えば 12 × 6 mm)は開存率 疼痛(ラザフォード分類 II∼IV)のある患者においては, が低いとされているため使用を避けるべきである 180. 有意な AIOD に対する血行再建術のみで症状が改善する 術野に感染または汚染があるなどの特別な状況かまたは ことが多い.従って,このように多発病変を有する患者 過去に使用した感染グラフトを除去する場合は,自家血 には,流入血行再建術による血流改善後に症状を再評価 管および冷凍保存ホモグラフト (動脈または静脈) を使用 するなど段階的アプローチが推奨される. することにより優れた成果が得られている. いる 171,172 大動脈大腿動脈および腸骨大腿動脈の直達 (解剖学的)血 上記手技にみる周術期死亡率は,一般的に 3% 未満で 行再建術 AIOD に対する外科的直達血行再建術は,効 あるが 181,心臓,肺,感染,創傷,および胃腸症状を 果的治療法としてのゴールドスタンダードと考えられる はじめとする合併症発生率は 10%∼15% である. 5 年 ことが多く,実際に AFB ないし大動脈腸骨動脈血栓内 および 10 年間の AFB,大動脈腸骨動脈血栓内膜摘除術 膜摘除術施行後 10 年目にみる開存率は 80% を超えてい および IFB の長期開存率は,前述の通り 80%∼90% で .また,片側 IFB にみる 3–5 年開存率は通 ある 156,157,166,173,174,180,182.報告例は多いとはいえない 常は 90% 前後である 166,175–178.血栓内膜摘除術に最も が,IC 患者の下肢機能に関する予後は概して非常に良好 適している局所病変のパターン (すなわち,終末大動脈 である.しかし,これは鼠径靱帯以下の下肢動脈疾患の および総腸骨動脈の限局性病変)は,EVT で容易に対処 存在,生活様式およびリスク因子の修正に大きく左右さ することができる.従って,この領域での血栓内膜摘除 れる.長期的合併症には下肢動脈閉塞,仮性動脈瘤,グ 術は現在ほとんど行われなくなっている. ラフト感染およびグラフト―腸管瘻が挙げられる.全体 る 145,173,174 開腹ないし後腹膜アプローチは,アプローチとしてど 的長期予後は優れているものの,不良な転帰を示す特定 ちらを選択しても転帰に有意な差はない.片側手術は後 のサブグループ,特に若年層の患者 (50 歳未満),血液 腹膜アプローチによって容易に実施することができる. 凝固亢進がみられる患者および流出血管の内径が非常に 前述の近位側吻合部位の特質に関することに加えて重要 細い患者には注意が必要である 180.若いころから AIOD な点は,遠位側吻合部での CFA および DFA 病変に対す に罹患する若年層の患者は,コントロール不良なリスク る処置である.大腿深動脈からの適切な流出を確保する ファクターや潜在的な遺伝的または生化学的素因を示す ことは不可欠であり,術前および術中評価を慎重に行う 高リスク群である 183.AIOD を有する若年層の患者にお ことが必須である.AIOD 限局病変,あるいは総大腿動 いては早期段階での手術または EVT を適用することに 脈および分岐部に病変がないかまたはあっても軽微であ より,疾患の進行が加速されるか,または,より重篤な る場合においては,CFA の中央部で吻合することがで 疾患段階に発展する可能性があるため保存的治療が提唱 きる.それ以外の場合には術中に CFA を切開して DFA されている.さらに,臨床試験 74 による最近のデータ および SFA 開口部を直視下に評価することが必要であ において,流入障害のある IC 患者に対する初期戦略と り,病変の部位や程度に応じて追加で血栓内膜摘除術お して運動療法の重要性が裏付けられたが,特に若年層の よびパッチ血管形成術を行う.末梢 runoff の不良ないし 患者には主要治療戦略として提唱されるべきである. はその進行またはその両方は,中期および晩期に発生す るグラフト閉塞の原因として最もよくみられるものと AIOD 治療に対する非解剖学的血行再建術 高リスクま なっているため,この重要ポイントの処置を誤るとバイ たは外科的直達血行再建術の施行には技術的に困難な部 パスグラフトの長期開存率が大きく下がる可能性があ 分があるとされる患者,特に高度の虚血症状を呈する患 る.非常にまれではあるが,この疾患において外腸骨動 者など広範囲にわたる AIOD パターンが認められる患者 脈および大腿動脈の開存が保たれていることがある.こ には,代替手段として非解剖学的バイパス術が適切な治 の状況では経腹的アプローチにより外腸骨動脈遠位部ま 療法となる.長期にわたる開存性および血行動態的効果 での大動脈腸骨動脈バイパス術を行うことが可能であ は解剖学的血行再建術に劣るため,一般に非解剖学的バ る .こういった症例においては,画像診断により重 イパス術が IC 患者に対する第一選択として検討される 篤な大腿動脈病変が存在しないことに充分注意しなけれ ことはない.IC 患者におけるこの術式の使用は,グラ 179 S27 フトまたはステントの合併症,腹部アプローチが不可能 FFB の場合,腸骨動脈系のドナー血管は血行動態的 な hostile abdomen ないし EVT または解剖学的血行再建 に有意狭窄がない状態でなければならない.そのような 術が適応とならない特殊な状況に限定されるべきであ 疾患が存在しても限局病変であれば バイパス術実施前 る. に EVT によって血流を正常にし,病変間に血圧勾配が 非解剖学的戦略を選択する際に主に考慮されなければ ないかどうか (安静時平均血圧で 5 mmHg 未満)を確認 ならない要因としては,AIOD が片側性かまたは両側性 しなければならない 184.上記の通り,CFA ドナーおよ か(両側性の場合,EVT によって片側の流入が改善可能 びレシピエント血管の検査と治療は長期予後を良くする かどうか)過去の治療の内容および反対側鼠径部の状態 ために不可欠である.グラフトは皮下深部の下腹部恥骨 がある.FFB 移植術は脊椎麻酔下および硬膜外麻酔下, 上領域の筋膜外を通す.ダクロンおよび ePTFE 製の人 または鎮静剤を投与した局所麻酔下でも容易に実施する 工血管は同等かつ満足できる開存率を示している.FFB ことができるので,患者への侵襲面でのメリットでもあ において感染が認められる場合は自家血管および冷凍保 る.AxFB を非全身麻酔下で実施することは困難である. 存ホモグラフトを使用することができる.下腹部領域で 非解剖学的バイパス術実施前に,流入および流出血管 のグラフト走行に注意を払わなければならない.パンヌ の解剖学的構造を評価するために血管造影 (CTA または スが増殖している場合は特に注意を要する.緩やかな逆 カテーテルベース)を推奨する.FFB においては,腸骨 U 字型にして配置し,直立時のよじれを避けるべく吻合 動脈大腿動脈系のドナー血管に脈拍触診,血行動態評価 部のヒールを CFA の中央から遠位レベルに配置する. ないし断面画像で,何らかの疾患が示唆される場合は直 FFB 施 行 後 の 死 亡 率 (2% 未 満)お よ び 合 併 症 発 生 率 接の血管造影検査が必須である.AxFB 実施にあたり, (10%)は一般的に低い.長期予後は 5 年目までの開存率 上腕血圧の左右差ないし腕頭動脈疾患を疑う別の理由が が 55%–80% であり,解剖学的血行再建術に比して有意 ない限りは原則的に大動脈弓血管の評価を必要としな に劣るが,許容できる範囲である 175.開存性に影響を い. 与える主な要因は流出血管状態 (すなわち,レシピエン 推奨事項:間欠性跛行(IC)患者における大腿膝窩動脈閉塞性疾患(FPOD) に対する介入 グレード エビデンス レベル 5.16.大腿動脈分岐部の起始部含まない SFA の限局性閉塞性病変に対しては,観血手術よりも 血管内治療を推奨する. 1 C 5.17.バルーン血管形成術術で技術的に満足の得られる結果がもたらされなかった場合,SFA に おける限局性病変 (<5 cm)では,選択的なステント留置術を提案する. 2 C 5.18.SFA の中等度の病変長(5∼15 cm)を呈する病変では,血管形成術の中期の開存性を向上さ せるために自己拡張型ナイチノール製ステント(パクリタキセル塗布または非塗布)の補助的使 用を推奨する. 1 B 5.19.間欠性跛行の治療のために鼠径靱帯以下下肢動脈バイパスが検討されている患者において, 自家静脈が代用血管として使用可能か,またその性状を確認するために,術前の超音波静脈マッ ピングの使用を提案する. 2 C 5.20.膝下動脈の孤立性病変に対する EVT の有用性は証明されておらず,おそらく有害なもの であるため,IC の治療を目的としたこの領域の EVT は推奨しない. 1 C 5.21.患者がバイパス手術に有利な解剖学的構造(末梢吻合部が膝窩動脈,良好な run-off)を有し, 手術リスクが平均的もしくは低い場合は,びまん性大腿膝窩動脈病変,小径(<5 mm) な膝窩動脈, または SFA における広範囲な石灰化を有する場合には,患者の初回血行再建術として,バイパ ス手術を推奨する. 1 B 5.22.鼠径靱帯以下下肢動脈バイパス移植のための望ましい代用血管として伏在静脈を使用する ことを推奨する. 1 A 5.23.適切な静脈がない場合,膝上膝窩動脈が末梢吻合部位であり,良好な run-off が存在する 場合は,跛行患者における FP バイパス手術に用いられる代用血管としてとして人工血管の使用 を提案する. 2 C EVT:血管内治療,SFA:浅大腿動脈 S28 5.IC に対する血行再建術の役割 ト 側 の SFA な い し DFA に 認 め る 高 度 病 変)お よ び ド 製)が使用される.トンネル経路は大胸筋下方から前腋 ナー側腸骨動脈系病変の進行または狭窄病変の再発であ 窩線に沿って上前腸骨棘前部まで設置される.対側大腿 る 動脈への交叉バイパス枝の形,および遠位吻合の形態は 176,185 . 一般的に AxFB を IC 症例に使用することはないが, 患者の状態によっては片側ないし両側の下肢に実施する さまざまであるが結果に明白な影響はない.FFB に使 用される逆 U 字配置が最もよく使用される. ことがある.腋窩大腿動脈間の長い人工血管の血流量は AIOD に対するあらゆる血行再建術と同様 CFA/ DFA 両側大腿動脈へのバイパスで多いため,AxbiFB が概し 状態に細心の注意を払い,必要に応じて補助的血栓内膜 て好まれる.中枢吻合は大胸筋を切離,あるいは牽引し 摘除術ないしパッチ血管形成術を実施する. AxFB の手 て露出した腋窩動脈の second portion におくべきであ 術死亡率および合併症発生率は FFB と同様に低い 186. る.胸壁に沿って圧迫されることを避けるために表面が 報告されている成績は AFB,IFB および一連の FFB に 補強されたリング付人工血管 (ダクロンないし ePTFE おける多くの報告より劣っており,5 年開存率は 50%– エビデンスの要約:間欠性跛行(IC) 患者における大腿膝窩動脈閉塞性疾患(FPOD) に対する治療 クリニカルクエスチョン データソース 研究結果 エビデンスの質 血 管 内 治 療 vs 外 科 的 血 行再建術 FP 動 脈 疾 患 を 持 つ 2,817 人 の 患 者 に つ い て の 4 件 の RCT および 6 件の観察研 究 233 EVT は,外科治療と比較して術後 30 日の下肢合併 症の発生率において有意に低値を示した (OR, 2.93; 95% CI, 1.34–6.41) .またバイパス手術よりと比べて, 技術的不成功の発生率が高かった(OR, 0.10; 95% CI, 0.05–0.22) .両群間に 30 日目の死亡率に差はなかっ た(OR, 0.92; 95% CI, 0.55–1.51) .外科的治療群にお ける術後 1 年目(OR, 2.42; 95% CI, 1.37–4.28) ,2 年目 (OR, 2.03; 95% CI, 1.20–3.45) , および 3 年目(OR, 1.48; 95% CI, 1.12–1.97) の一次開存が血管内治療に比べて高 かった.血管内治療群において術後 2 年目(OR, 0.60; C(バイアスのリ ス ク, ほと んど の 試 験 で CLI 患 者を登録してい るためデータが 間接的) 95% CI, 0.42–0.86) および術後 3 年目(OR, 0.55; 95% CI, 0.39–0.77)の肢切断率が高かった.バイパス群では,4 年目の肢切断回避率(OR, 1.31; 95% CI, 1.07–1.61)およ び生存率(OR, 1.29; 95% CI, 1.04–1.61) が高かった. 8 件の RCT のメタ解 析(SFA 病 変 を 有 す る 968 名 の IC ま た 189 は CLI 患者) 6ヵ月目の一次開存率はステント留置術群でより良好 だったが,12ヵ月目は差をみとめなかった. C (CLI 患 者 が 含 まれており, デー タ が 間 接 的.長 期転帰の不正確 さ) optional stenting を併用し 4 件のランダム化比 たバルーン血管形成術 vs 較 試 験 の メ タ 解 析 ニチノールステントを使 (SFA 病 変 を 有 す る 用した primary stenting 627 名 の IC ま た は CLI 患者)234 死亡率は両群で同等であった (OR, 0.83; 95% CI, 0.39– 1.77) .技術的成功は,ステント留置群で有意に高かっ た(96% vs 64%; OR, 0.31; 95% CI, 0.09–0.92) .12ヵ 月 目の二次再狭窄率は,ステント留置群で有意に低かっ 7 た(OR, 3.02; 95% CI, 1.3–6.71) . C (CLI 患 者 が 含 まれており, デー タ が 間 接 的.不 正確なデータ) 様々なステントの比較 16 件の RCT(FP 動脈 病 変 を 有 す る 2,532 名 の IC ま た は CLI 患 者 )の ネ ッ ト ワ ー クメタ解析 235 技術的成功は,カバードステント群が最も高かった. パクリタキセル DES 群およびパクリタキセル溶出型 C(関節的比較, CLI 患 者 が 含 ま れ て い る,不正 確なデータ) 43 名 の 跛 行 患 者(86 肢 )を 対 象 と し た 1 件の RCT230 合併症率は,PTFE 群 5%,伏在静脈グラフト群 12% で, B(不正確なデー 両手技において手術関連の死亡または周術期の肢切断 タ, イ ベ ント件 術は認めなかった.72ヵ月目の一次,一次補助,およ 数が少ない) び二次開存率:PTFE 群 68%,68% および 77% ;伏在 静脈グラフト群 76%,83% および 85% であった. IC 患者におけるステント 留 置 術 vs 非 ス テ ン ト 留 置術の罹患率,死亡率お よび開存率に対する効果 静脈グラフト vs PTFE バルーン群で血管再狭窄が最も低かった. 全ての治療群および対照群で,肢切断術はほとんどな かった(切断率 0.7 イベント /100 人年) CI:信頼区間,CLI:重症虚血肢,DES:薬剤溶出性ステント,OR:オッズ比,PAD:末梢動脈疾患,PTFE:ポリテトラフルオ ロエチレン,RCT:ランダム化比較試験,SFA:浅大腿動脈 S29 75% であるが,報告されている成績は多様であり,末 進行した疾患であっても治療を成功させることが可能と 梢流出障害の重症度に応じて変化する 187.こういった なっている 190.以上により,血管専門医には下肢血行 限界ゆえに IC 患者に対して AxFB が勧められることは 再建術を受ける患者に対する初回アプローチとして ほとんどない.大動脈グラフト感染ないし感染性動脈瘤 EVT を提唱する者もいる 191.ほとんどの症例において などに行われた腋窩大腿動脈バイパスの患者では,長い EVT 手技は,最小限の合併症発生であり,入院期間も 人工血管のために下肢への血流量が制限され,激しい運 短く,結果として回復も速いため忍容性が良好である. 動の際に下肢虚血症状を訴えることが多い. ただし,EVT は特に浅大腿動脈ないし膝窩動脈また は両者におけるびまん性狭窄か長区域の完全閉塞例では 5C.鼠径靱帯以下動脈疾患 外科バイパス術に比して長期開存性が劣り,再血行再建 大腿膝窩動脈領域の閉塞性病変は,もっとも一般的な の必要性が大きくなる (表 IV) .観血手術ないし EVT の 症状として,腓腹部を含む IC を呈する.通常下腿およ 不成功が直接臨床上の悪化につながる頻度は明らかでは び足部の単独病変が IC の原因となることはないが,大 ないが,いずれの治療法でも悪化することがあることは 腿膝窩動脈領域病変を合併すると,重症の腓腹跛行や足 間違いない.患者,特に両側性疾患および解剖学的に治 部含む症状をおこす可能性はある.多くの患者にとって 療が困難である患者との話し合いにおいては,治療に 片側の腓腹痛を伴う IC は十分耐えられるレベルであ よって悪化する可能性を慎重に検討しなければならな り,前述のように保存的に対処することができる.さら い.進行した大腿膝窩動脈閉塞性疾患 (FPOD)を有する に重度の症状を有する患者には治療が必要となり,侵襲 平均的リスクの IC 患者においては,外科バイパス術が 的治療前に運動療法を,可能であれば監視下運動療 より良好な長期開存を提供し,再血行再建の必要性を低 法 あるいは,有効性が認められた薬理学的治療 減し,合併症発生率が低く忍容性も良好であるといえ (シロスタゾール) かまたはその両方を施行すべきで る.膝関節を横切るバイパスにおいては使用可能であれ ある.これらの治療が奏効しない場合は,患者との詳細 ば良質の伏在静脈がグラフトとして好ましい.EVT は, な話し合いの後に侵襲的治療が適応となることもある. 手技に有利な解剖学的条件があり適切な静脈がない症例 上記の通り,この話し合いには IC の自然経過,観血手 において合理的代替手段となる. 108,126 127 術および EVT のリスクと利益,長期的開存率の推定 値,症状が緩和する可能性,および治療が奏効しない場 合にみられる症状が取り上げられなければならない. IC 患者にとって,EVT での治療は合併症発生リスク を低減し,回復時間を短縮化し迅速に身体機能を正常に 血管専門医はこの 10 年間に鼠径靱帯以下の下肢動脈 回復させるため,侵襲的治療の閾値が下り,唯一の治療 閉塞性疾患治療の観血的バイパス術とは別の魅力的な選 選択肢が従来の外科手術であった時代には侵襲的治療を 択肢として躊躇なく EVT を施行するようになった. 受けずに管理されてきた患者も EVT で治療するように PTA およびステント留置術は,限局性または中間から なった.しかし,このより積極的アプローチを裏付ける 長区域の狭窄病変の治療において最も一般的に使用され 決定的エビデンス,特に監視下運動療法と比較したエビ る EVT 手技である .しかし,内膜下血管形成術, デンス 76 は存在しない 192.AHA による治療ガイドライ 長区域にわたる完全閉塞部を貫通するデバイス,ステン ン 43 お よ び TASC II (Inter-Society Consensus for the トグラフト,機械的およびレーザーアテローム切除術と 9 Managemente of Peripheral Arterial Disease) では,限局性 いった新しいテクニックやテクノロジーの発達により, および中等度の病変に侵襲的治療を必要とする患者には 9,189 表 IV 間欠性跛行(IC)患者における大腿膝窩動脈の閉塞性疾患(FPOD) に対する介入の転帰 参考文献 (著者) 193 Hunink 269 Muradin Schillinger 270 210 Laird 270 Schillinger 211 Matsumura Kedora271 Shackles272 Geraghty196 Pereira273 Klinkert274 Robinson275 Klinker274 Pereira273 治療手段 FU 継続続期間(年) 開存率(PAP) % PTA 2 26–68 PTA + ステント 2 51–68 カバードステント 1 53–77 FP 静脈 5 70–75 FP 人工血管 5 40–60 FP:大腿膝窩動脈,FU:追跡調査,PAP:一次開存,PTA:経皮的血管形成術 S30 5.IC に対する血行再建術の役割 第一選択治療として EVT が推奨されており,びまん性 IC 管理に有効であることが示されている 206,207.IC 治 病変ないし長区域に及ぶ完全閉塞かまたはその両方を治 療としての CFA に対する EVT は,hostile groins ないし 療するためには観血的バイパス術が第一選択治療として 血管治療の既往が複数回に及ぶ一部の患者においては観 推奨されている.とはいえ,IC 治療に対する外科バイ 血手術の代替療法となる 164,208.バルーン血管形成術お パス術に比して EVT の長期的有効性を示したエビデン よび自己拡張型ステント留置を用いた一次血行再建試験 スの質は低い.従って,使用する治療手段の決定は個別 が報告されているが,CFA 内にステントを留置すると に決定されなければなければならない.また,EVT に 大腿深動脈起始部にプラークが移動する合併症がおこる 有利な動脈病変かということに加え,周術期リスク,バ 恐れがある.さらに,後の CFA の閉塞はその後の観血 イパス血管の可用性および創部合併症の予測リスクをは 手術ないし EVT をより困難にする.鼠径部の屈曲点に じめとする他の臨床的要因を考慮に入れて判断しなけれ 起因するステント破断または血管損傷もさらなる懸念事 ばならない.これら相反するあらゆる要件を十分に考慮 項である.アテローム切除術は,上記難題のいくつかを した後には,患者自身の選択も治療法決定上重要な役割 未然に防ぐ代替的治療選択肢として報告されてい を果たすことになる. る 209.しかし,全体として CFA に対する EVT の有用性 は十分に証明されていないため,この動脈領域の疾患は FP の血行再建術:カテーテルベースのインターベション 外科的に治療されることが望ましい. CFA,SFA,大腿深動脈および膝窩動脈病変は,大動 CFA または SFA 疾患が合併しない限り,単独の大腿 脈腸骨動脈領域 (前項参照)における閉塞性病変と同様 深動脈病変から IC が発症することはほとんどない.IC IC を発症し得る.しかし,膝下動脈に局在する閉塞性 症状治療に向けた大腿深動脈に対する EVT の有用性は 病変がどの程度 IC につながるかは,依然として不明で 証明されておらず,四肢にみる側副血行の最重要供給源 ある.つまり,IC の緩和を目的として膝下動脈に局在 であるこの血管に重大なリスクをもたらす可能性があ する疾患を治療することは勧められない.多領域に疾患 る.大腿深動脈内の複数の分枝は血管形成術およびステ を有する患者においてはより近位の疾患を最初に治療す ント留置術の施行を困難にする.総大腿大動脈の分岐部 るべきであり,普通はその結果,より遠位の動脈に治療 と同様に,適切な保護手段が講じられない場合は分岐点 を行うことなく症状の改善がもたらされることが多い. 近くに存在する動脈硬化性プラークが血管形成術中に移 EVT は概して安全な手技であり,外科バイパス術に比 動し,分枝血管の 1 つを閉塞することもある. して合併症発生率および死亡率が低く早期に正常な機能 に復帰させることができる. SFA は IC をもたらすアテローム硬化性閉塞性病変の 好発部位である. IC 症状の重症度は,大腿深動脈から FPOD に対する EVT の選択肢には,特に 4 cm 未満の 限局性短区域病変に対する PTA 単独療法 193 膝窩動脈領域にみる膝側副動脈系に及ぶ側副血行路の発 の他に,自 達度によって大きく異なる.運動療法および薬物療法の ,バルーン拡張 最適化が不成功であった場合に EVT を考慮することが 型ステントを用いた血管形成術 195,被覆ステントグラ できる.観血的バイパス術が成功するかどうかは流入お フトを使用する血管形成術 ,アテローム切除 よび流出動脈そしてバイパスグラフトの質による.EVT ,平滑筋増殖抑制薬でコーティングされた薬剤 が成功しそして長期的開存性が得られるかの主要予測因 己拡張型ステントによる血管形成術 術 198–200 溶出型のバルーン 201–203 196,197 194 および薬剤溶出性ステント (drug-eluting stent; DES) が挙げられる 204 .欧州ではアテ ローム切除術と DES を組み合わせた EVT の臨床試験が 報告されている 205 . 子は極めて多様であり,それには病変長,狭窄の程度, 動脈のサイズおよび石灰化の程度などが含まれる. PTA 単独療法が最も有効であるのは,SFA における 限局性の短区域 (4 cm 未満)病変である.しかし,すべ CFA における重篤な閉塞性病変は外科治療を妨げる ての血管形成術は,解離による血流障害,塞栓および急 重大な併存疾患ないし鼠径部アプローチが不可能な 性期の動脈リコイル,そしてそれらによる急性閉塞をき hostile groins 患者を除き,一般に外科的血栓内膜摘除術 たす合併症を起こしうる.自己拡張型被覆ステントない およびパッチ血管形成術により治療される.CFA の血 し BMS を補助的に使用すれば SFA における長区域病変 栓内膜摘除術を施行し,そして近位腸骨動脈病変(上記 にみる開存性が改善され,解離および急性期のリコイル 参照)ないし遠位 SFA 病変のいずれかに血管形成を施行 など PTA に関連する合併症の治療に有効になることが するなどの,観血手術と EVT のハイブリッド治療は, 示されている.幾つかの臨床試験で,より長区域に及ぶ S31 SFA 病変に対する治療において自己拡張型ステントが PROPATEN bioactive surface[VIA]versus bare nitinol stent 優 れ て い る 可 能 性 が 示 さ れ た.RESILIENT 試 験 in the treatment of long lesions in superficial femoral artery (Randomized Study Comparing the Edwards Self-Expanding occlusive disease)213 では,ITT 解析 (intention-to-treat 解 LifeStent vs Angioplasty-alone In Lesions Involving The SFA 析)による 1 年時の一次開存率では統計的有意差は認め and/or Proximal Popliteal Artery) は,SFA と近位膝窩動脈 られなかった.しかし,Per-protocol 解析集団および病 において,ナイチノール製自己拡張型ステントである 変が 20 cm を超える患者における開存率は PTFE 群にお Edward 社 LifeStent と PTA 単独を比較した無作為試験で いて優れていた.本試験には 8% を超える症例において ある.ステント 1 本を使用して治療が可能であるなら複 protocol 違反が発生したという欠陥がある. 数病変の治療が認められていた.結果は,治療を受けた VIBRANT 試験 (Viabahn vs Bare Nitinol Stent in the 病変の平均区域はステント群において 7.1 cm,PTA 群で Treatment of Long Lesion Superficial Femoral Artery は 6.4 cm であった.ステント群および PTA 群について Occlusive Disease)では,平均 18 cm の病変を有する患者 1 年開存率はそれぞれ 81.3% および 36.7% であったと報 148 例を PTFE 被覆ステント群ないしナイチノール製 告されている .RESILIENT 試験の 3 年目追跡データ BMS 群に無作為に割り付けた.3 年一次開存率はほぼ では,標的病変に再血行再建術を必要としなかった割合 196 同様であった (24.2% vs 25.9%) .しかし,特に遠位側 および臨床上の成功は,一次ステント群において有意に 副血行をカバーした場合,被覆ステントにおいて BMS 高かったと報告されているが,開存率に関するデータは と比べ急性下肢虚血の発生率が相対的に高いことから, 示されていない FPOD の治療における被覆ステントの合併症発生様式に 194 210 . DURABILITY II 試験 (Study for Evaluating Endovascular ついて注意を喚起する研究者もいる 214.被覆ステント Treatments of Lesions in the Superficial Femoral Artery and は SFA におけるびまん性ステント内再狭窄の治療に役 Proximal Popliteal By Using the Protege EverfLex Nitinol 立つ可能性がある 215.コストの増加および BMS に対す Stent System II)は単一治療群試験であり,SFA における る臨床的優位性の欠如を考慮すると,FPOD に起因する 4 cm 以上 20 cm 未満の閉塞性病変に対して単一の自己 IC の治療における被覆ステントの主要な役割は依然と 拡張型ナイチノール製ステントの有効性を検討するもの して不明確である.バルーン拡張型ないし自己拡張型被 であった.平均長区域は 8.9 cm であり,DUS による 1 覆ステントは高度に石灰化した限局性 SFA 病変の治療 年一次開存率は 77.2% であった において主な役割を果たす可能性があるが,これに関す 211 .Zilver PTX 試験では 平均 6.5 cm の SFA 病変を有する患者 471 例を初回手技 る前向き評価は行われていない. としてパクリタキセル溶出 DES ないし PTA による治療 症候性 PAD に対する血管形成術およびステント留置 に無作為に割り振り,さらに単独 PTA が不成功となり の代替療法として,カッティングブレードを用いる機械 追加治療が必要となった患者 110 例をパクリタキセル 的アテローム切除術,レーザー焼灼ないしダイヤモンド DES ないし溶出薬剤を塗布していない Zilver BMS によ チップを塗布したドリルを用いて 「研磨」 するプラーク切 る 治 療 に 無 作 為 に 割 り 付 け た.1 年 開 存 率 は DES 群 除術が提案されている.アテローム切除術と他の治療法 83.1% および PTA が 32.8% であった.PTA が不成功に を比較するランダム化試験 4 件を対象にしたメタ解析に 終わった場合の救済措置としてステント留置術を受けた よると,わずか 220 例の患者が対象であるが,血管形成 患者例においては,1 年開存率は BMS 群に比して DES 術,ステント留置術,下肢バイパス術および運動療法な 群が有意に良好であった (73% vs 89.9%) .PTA および ど実績が証明されている治療と比較して,著者らはあら BMS と比較し,パクリタキセル DES の開存率の優位性 ゆる転帰において血管形成術に対するアテローム切除術 は 2 年間追跡結果においても持続していた (それぞれ の優位性を支持するエビデンスは得られなかったと結論 26.5% vs 74.8% および 64.1% vs 83.4%) . している.著者らはまた既存のエビデンスクオリティー 204 212 PTFE 被覆自己拡張型ステントは IC 患者の SFA にお ける長区域病変の治療に使用されているが,BMS に対 が低いとしており,適切な検出力を備えた研究が必要と 推奨している 199. する優位性は未だ証明されていない.SFA に発症した長 また,IC 患者に対する SFA 病変治療に抗平滑筋増殖 区域病変に対する治療における BMS とヘパリンコート 薬をコーティングしたバルーンの有用性が検討されてい した PTFE 被覆ステントを比較した前向き多施設研究で る.THUNDER 試 験(Taxan with Short Exposure for あ る V I A S TA R 試 験(Vi a b a h n e n d o p r o s t h e s i s w i t h Reduction of Restenosis in Distal Arteries)202,FemPac S32 5.IC に対する血行再建術の役割 (Femoral Paclitaxel) 試験 203 および LEVANT 1 試験(Moxy にまたがる閉塞性疾患への EVT は IC に対する治療とし Drug Coated Balloon vs Standard Balloon Angioplasty for the てはこれまで具体的に評価されておらず,更なる問題お Treatment of Femoropopliteal Arteries)201 において,コー よび重大な合併症の危険性が提起されている.膝窩動脈 ティングなしと比して薬剤コーティングバルーン PTA の閉塞性疾患は,特に大腿深動脈から膝周囲動脈までの は相対的な開存率の向上が示されたが,サンプルサイズ 側副血行路の発達が不良である場合に IC をきたす可能 が小さいこと,患者母集団の異質性および追跡調査の不 性があるが,膝窩動脈に対する EVT は技術的に可能で 備などの制限があった.最近の薬事申請用の大規模比較 あってもその長期的開存性は明らかでなく,当部位への 試験 2 件(LEVANT2,IN.PACT SFA )において,薬剤 治療が不成功に終われば下肢切断となる虚血症状を引き コーティングバルーンは非コーティングバルーン比して 起こす結果となるか,膝窩動脈より遠位の脛骨動脈バイ 大腿膝窩動脈病変の血管形成術における開存率が良好で パス術が必要性となるか,またはその両方が起こること あることが示されている.結果として FDA は近年, がある.解離による血流低下,閉塞または穿孔により, SFA および膝窩動脈における閉塞病変を治療する 2 薬 やむを得ず本来避けるべき膝関節を横切ったステントを 剤のコーティングバルーンを承認した.持続有効性にお 留置する必要性がおこる可能性がある.将来的にはより いて,薬剤コーティングバルーンを用いた血管形成術 新しくより柔軟なステントが設計されて膝窩動脈におけ が,上記のステントなど他の方法とどのように対比され る転帰を改善することとなるかもしれないが 220,適切 るかは依然として明らかになっていない.生体吸収性 な追跡調査に裏付けられた比較研究データは今のところ DES は現在欧州において評価中であり,米国内では使 得られていない.このため,IC に対しては,EVT は用 用できない. 心と相当の恐れをもって取り扱うべきである. 216 EVT の有効性も急性期および長期合併症の可能性に ほとんどの場合,脛骨動脈に限局した病変は IC 症状 照らし合わせて比較検討しなければならない.EVT に を示さず,IC 症状の軽減を目的とした治療は行うべき 伴うよくみられる合併症には,治療部位における動脈解 ではない.より近位部の動脈へのインターベンション時 離,動脈穿孔,仮性動脈瘤形成,急性のリコイルによる に,runoff を改善し開存性を高める目的で脛骨動脈の 突然の動脈閉塞または再狭窄,治療部位遠位の塞栓およ EVT を追加することが有用か否かの研究はまだない. び動静脈瘻の形成がある.ステント留置にはまた,ス 脛骨動脈における EVT の開存性は SFA の EVT に比 テント破断,慢性動脈びらんおよび穿孔などステントに べて劣り,この治療が一般的に行われている救肢治療の 関係する特有の危険因子がある.長期合併症としては閉 際の 3 年開存の平均は 40% 未満である 221.脛骨動脈で 塞の原因となりうる再狭窄,EVT 部位における側副血 の再治療の必要性は高く,反復的再治療と不成功の繰り 管の消失および遠隔期の仮性動脈瘤形成が挙げられる. 返しにより CLI に陥り,救肢のための遠位バイパスま EVT 不成功例の 10%–25% に最終的に外科手術が必要に たは大切断に至ることがある.IC 患者における膝窩動 なると報告されているが,EVT について考慮すべきも 脈以下に限局した疾患の EVT は推奨されない. う一つの事項は,それら二次的な外科手術に及ぼす影響 である.Joels らによる研究 217 では,EVT を実施したこ 大腿膝窩動脈領域血行再建術:手術 IC の保存的治療 とでターゲットにした末梢吻合部位の予定位置が遠位に に向けたガイドラインについてはすでに述べてきたが, 移動した例は 30% であった. CLI についていえば, 薬物療法および運動療法の効果は,実際にはそれほど大 EVT 後のバイパスははステント使用の有無にかかわら きなものではないことを認識することが重要である.最 ず,一次治療として行われたバイパス術に比してグラフ 近発表された前向き研究において,患者のほとんどに施 ト開存率,救肢率,非切断生存率を低下させる可能性が 行可能な唯一の療法である在宅運動プログラムによって ある .IC に対するステントを用いた EVT が不成功に 延長する絶対歩行距離は 90 フィート未満であった 222. 終われば,特に被覆ステントが使用される場合は急性下 機能的能力および QOL におけるこの程度の効果は,多 肢虚血を発症する くの患者にとって不充分であろう. 218 219 .これらの所見に加えて,流出路 の血管床への微小塞栓や,本来ならば末梢吻合部になっ バイパス術は 50 年にわたって IC に対する侵襲的治療 た血管の喪失は,上記患者における二次的な外科バイパ の主力となってきたが,EVT の進歩および急速な普及 ス術の転帰を不良にする原因であると考えられている. に伴い,この 10∼15 年間は以前に比べて施行される頻 膝窩動脈またはそれより遠位の動脈ないしその両領域 度が低くなってきている (上記参照) .IC 症状を軽減す S33 る外科バイパス術の有効性は十分に確立されている.IC 差は認めなかった.Lundgren ら 120 は,外科的血行再建 に対する静脈バイパス術を受けた患者 14 例にみる遠隔 術ないし運動療法単独の治療を受けた IC 患者を比較し 期の機能的転帰を報告した影響力の大きい論文では,症 た.その結果では手術はより効果的であったが,手術に 状の緩和および運動能力と日常地域社会における歩行能 運動療法を追加した群においては無症状歩行距離がさら 力の主観的な改善が示された .外科手術を受けた患 に向上した.最大歩行時間,ABI の改善および運動時の 者において,ABI では約 0.4 の,トレッドミル最大歩行 最大下腿血流量においては,手術は運動療法に比して有 時間では 9 分の,および無痛歩行時間では 6 分以上の改 意に良好であった.IC に加えて心肺疾患によっても活 善がみられた.アンケートスコアにおいて,歩行距離は 動が制限されていた患者においては,ABI および下腿血 203%,歩行速度は 130% の向上を認めた.これらの改 流量に改善はみられたものの,有意な歩行の改善は観察 善は,通常行われる非侵襲的検査だけでは予測されな されなかった.以上より,IC 治療のための治療手段, かった.この論文は術後機能の転帰を直接測定する必要 特に外科手術を推奨する際に慎重に患者を選択すること があることを示唆した最初の論文だった 223. の重要性が強調される. 223 IC に対する外科手術の合併症は治療方針決定におい 慢性下肢虚血に対するバイパス術の有効性に関するシ て重要な因子である.他の外科手技と同様に,良好な転 ステマティックレビューでは,少なくとも 1,000 m の歩 帰を得る鍵は適切な患者選択である.IC に対する外科 行と定義される無制限最大歩行機能を達成する確率は, バイパス術における理想的な患者候補は,併存疾患が最 バイパス術を受けた患者が 75%–95% であったのに対し 小限であり,生命予後が十分良好であり,IC 症状によっ て,運動トレーニングのみによる治療を受けた患者にお て日常生活が高度に制限されており,適切な runoff およ いてはわずか 10%–20% であった 226.患者を外科バイパ びバイパスのために利用可能な代用血管がなければなら ス術,監視下運動療法ないし観察のみに無作為割り付け ない. した別の研究では,外科治療を受けた患者にみる 1 年目 EVT と比較したバイパス術の主な利点の一つは,治 療後の開存性が維持される点である.Van der Zaag ら の最大歩行機能,跛行距離,虚血後の血流および母趾の 224 血圧が有意に改善されたことが示された 227.運動療法 は,5∼15 cm の SFA 病変を有する IC 患者 56 例におけ に無作為割り付けされた患者においては,どのアウトカ る EVT と外科バイパス術を比較する無作為比較試験の ム指標においても改善はみられなかった.死亡率および 結果を報告した.主要評価項目は再閉塞であり,両群と 肢切断率は両群において同一であった. も 30 日以内の死亡は認められなかった.これは IC に対 後ろ向き研究のレビューにおいて,Koivunen および する外科バイパス術は,適応が適切に選択された患者に Lukkarinen228 は EVT および保存的治療と比べて,外科 おいては安全であるという他の多数の非前向き研究にお 治療を受けた患者では優れた臨床転帰および健康関連 ける観察結果を確認するものであった.EVT の患者の QOL の改善が得られたことを明らかにした.外科治療 半数以上に再閉塞を認めた.バイパス術は評価項目であ を受けた患者において 1 年後の具体的改善点として,疼 る術後の再閉塞の絶対リスクを 31% 減少させ,統計学 痛,運動能力,睡眠および感情面での向上が挙げられ 的に有意差を認めた.症状の臨床的改善もバイパス術を た. 受けた患者において有意に良好であった (絶対差 20%) . IC 治療に対する外科バイパス術の成功を決定する別 登録患者 56 例の中で後に肢切断を必要とした患者は 1 の因子にはバイパスに使用する代用血管,標的血管およ 例のみであったが,当患者は最初に EVT を受けてい び runoff などの技術的および解剖学的要因が含まれる. た.バイパス術患者に肢切断を必要とする者はいなかっ 大腿膝窩動脈バイパスに使用する代用血管の選択に関し た. て入手可能な前向き無作為化試験の追跡データでは,末 バイパス術はまた,多くの研究者により他の治療法に 梢吻合部が膝上膝窩動脈の場合であっても,術後 2∼3 比して機能改善において優れていることが明らかにされ 年の開存率において PTFE グラフトに比して静脈グラフ てきた.Wolf ら は無作為化により末梢血管疾患の治 トが優れていることが示された 229.ほとんどの患者に 療における外科手術とバルーン血管形成術を比較した. おいて,外科的血行再建術におけるグラフト開存が維持 バイパス術およびバルーン血管形成術はいずれも,血行 されれば歩行能力の持続的に向上し,QOL の改善が得 動態および QOL の持続的な改善を示した.治療の初期 られた.CLI 患者と比較して,IC 患者は機能的能力が 成功率は主にバイパス術において良好であったが,有意 良好であり生命予後が良好であることを考慮すると,こ S34 225 5.IC に対する血行再建術の役割 の事実は IC 治療において特に重要である. しかし,適切な自家静脈が利用できない場合は,IC 治療のために人工血管の利用が妥当性を持つこともあ 益の前提条件と考えられている. 血行再建後の内科的治療 る.AbuRahma ら 230 は少なくとも 2∼3 本の流出路血管 下肢血管疾患に対する血行再建を行った後には,将来 のある IC 患者において,一次開存率において伏在静脈 の心血管イベントを防ぐためだけでなく血行再建後の開 と PTFE グラフト間に有意差は認められなかったと報告 存性を向上させるためにも積極的薬物療法を実施する必 した.補助一次開存率は,依然として静脈グラフトにお 要がある.前述の通り,患者には危険因子のコントロー いて統計的に良好であった.runoff 循環の質も IC に対 ルに関する助言をし,全身性アテローム性動脈硬化症に す る 外 科 治 療 結 果 に 影 響 を 与 え る 可 能 性 が あ る. 対する内服治療,特にスタチンと抗血小板薬を投与す Zannetti ら る.全身的な抗凝固療法を必要とする患者もいる. 231 は,糖尿病がなく,併存心疾患がほとんど なく,術後 ABI がほぼ正常化することが血管造影にお いて予測されれば遠隔期の結果は非常に良好であり,こ の基準を満たす患者の 82% において満足度が高かった と報告している. 抗血小板薬 下肢バイパス術を受けた患者には,通常,抗血小板薬 を投与する.抗血小板療法がバイパスグラフトの開存性 IC に対して通常膝上に末梢吻合を置くことの多い鼠 を改善することは完全には証明されていないが,心血管 径靱帯以下動脈バイパス術において,膝窩動脈は流出路 合併症および脳卒中のリスクが高いと考えられる患者に 血管としてよく用いられる.しかし,標的血管として適 おいて,これらの薬剤を使用することは手技施行後の長 切な膝窩動脈をもたない場合でも,適切に選択された患 期的心血管イベントを減少させるという利点がある. 者においてはバイパス術の恩恵を受けることができる. 抗血小板治療のバイパスグラフト開存率への効果に関 16 年間にわたり跛行肢治療に施行された大腿動脈−脛 して,プラセボと比較したシステマティックレビュー236 骨動脈バイパス術症例 57 例の後ろ向き研究では,グラ で,抗血小板療法を受けている患者の 1 年後開存率が向 フト開存率は救肢目的の脛骨動脈バイパスに比して良好 上したことが実証された (OR 0.62;95% CI 0.43–0.86). であり,IC 治療に対する FP バイパスグラフトと同等で 静脈および人工血管バイパスを個々に分析した結果,静 あった .代用血管として自家静脈がすべての症例で 脈バイパス群ではプラセボに比してアセチルサリチル酸 用いられており,そのうちの 70% が伏在静脈であった. (acetylsalicylic acid; ASA)ないしジピリダモールの投与 患者に対する面接調査よって,歩行距離の改善,IC の を受けた患者における 12ヵ月目の開存率に改善はみら 軽減および高い満足度が報告された. れなかった.これとは逆に人工血管バイパス群において 232 IC 治療における血行再建術の有効性評価 は,プラセボに比して ASA 投与を受けた患者における 12ヵ月目一次開存率は著明に上昇した (OR 0.22;95% CI IC に対する血行再建術を受ける患者は痛みのない歩 0.12–0.38).大出血イベントは,ASA 療法を受けている 行および持続的な機能的自立の改善を望む.IC が肢切 患者において頻度が高かったが統計学的有意性はみられ 断まで進行することは稀であるので,EVT ないし観血 なかった. 手術による治療により大切断または小切断に至ってはな CASPAR 試験 (Clopidogrel and Acetylsalicylic Acid In らない.従って,救肢は IC を治療すべく実施される手 237 Bypass Surgery for Peripheral Arterial Disease Trial) で 技の効果指標とはならず,実際のところ肢切断は治療の は,患者 851 例における ASA とクロピドグレルの併用 致命的不成功と考えるべきである.臨床試験における通 効果が検討された.本プラセボ対照 RCT により,下肢 常の有効性評価項目には,跛行出現時間,最大歩行距離 バイパス術を受け,ASA 単独群ないし ASA とクロピド および 6 分間歩行テストなどの歩行能力に関する標準化 グレル併用群を受けている患者の転帰に差は認められな された検査が含まれる.しかし,これらの評価項目は臨 かった.しかし,人工血管によるバイパス術を受けた患 床ではほとんど使用されない.IC 治療のために下肢血 者のサブセット (30%)においては ASA 単独に比して 行再建術を受けた患者においては症状の改善のみなら ASA とクロピドグレル併用療法を受けた患者の開存率 ず,下肢灌流における改善を示す血行動態上のエビデン および救肢率が良好であったことが認められた. スが示されるべきである.上記の通り,解剖学的開存は IC 患者の血行動態にみる永続的な改善および臨床的利 S35 管系の虚血性イベントおよび脳卒中を低減する上で有用 抗凝固薬 であるとされている.人工血管を使用するバイパス術を いくつかの試験において,下肢バイパス術の開存率に 受けた患者において,抗血小板療法は開存率を向上させ おけるワルファリンと比較した ASA の効果が研究され る可能性がある.下肢バイパス術後に抗凝固薬としてワ て い る. 前 向 き RCT で あ る BOA 試 験 (Dutch Bypass ルファリンを使用することには議論の余地があり,使用 85 Oral Anticoagulants or ASA) では,下肢バイパス術を受 に関しては北米および欧州の血管外科医間に違いがみら けた患者 2,690 例をクマリン (標的国際標準比 3–4.5)お れる.米国において抗凝固薬は,静脈グラフトによるバ よび ASA (81 mg/ 日)に無作為割り付けした.全体とし イパスを受けた患者のうち,最適ではない代用血管が使 て両群における 12ヵ月時点の開存率に差はなかった. 用された場合もしくは runoff が悪い場合のいずれかにお しかし,サブグループ解析で,静脈グラフトによるバイ いて選択的に使用されている. ASA とワルファリンの パス術を受けた患者では,クマリン投与群は ASA 投与 併用療法は,人工血管を用いたバイパス術を受けた患者 群に比して,12ヵ月および 24ヵ月時点で優れた開存性 の多数においてバイパスグラフト血栓症による虚血の影 を示した(OR 0.59;95% CI 0.46–0.76) .人工血管による 響を減らすために使用されている.しかし,併用療法に バイパス術を受けた患者では,ASA 群およびクマリン 関連する出血リスクが高いことと現時点では既存のエビ 群ともに開存性は同等であり,薬剤効果は認められな デンスが決定的な推奨を裏付けるのに不十分であること かった.クマリン投与群の出血性合併症の発生率は を考慮すると,その使用に際しては注意が必要になる. ASA 投与群の 2 倍であった. EVT BOA 試験の結果にもかかわらず,米国では血管外科 IC 患者における EVT 施行後の再狭窄ないし閉塞を防 医の大部分が , 通常は静脈グラフトによる下肢バイパス 止することを目標とした治療法に関する利用可能なデー 術を受けた患者に対しては抗凝固薬を使用しない.しか タは少ない.最近行われた 4 つの前向きランダム化試験 し,抗凝固療法はある特定の状況において有益である可 のシステマティックレビューでは,12ヵ月目の開存率に 能性がある.Sarac ら による小規模試験において静脈 おいて,プラセボ群に比して ASA 投与群に改善はみら グラフトでバイパス術を受けた高リスク (血管の質また れないことが証明された 240.ただし,IC のために EVT は runoff が不良であると定義される)患者 56 例を ASA を受ける患者において抗血小板療法は脳卒中ないし心筋 とワルファリン併用群および ASA 単独療法群に無作為 梗塞のような長期の心血管系合併症を防ぐための積極的 に割り付けた.3 年開存率および下肢救済率では ASA 治療プログラムの一部として正当と考えることができ およびワルファリン併用群に有意な改善が認められた. る.さらに,このレビューにおいては低用量 ASA (50∼ 238 300 mg)と比較した高用量 ASA (300∼1000 mg)の使用に 人工血管を使用する場合は特にバイパス術後に抗凝固 薬を使用することにより,グラフト血栓症に起因する虚 認められる潜在的影響も評価された.高用量における有 益な効果は観察されなかった 240. 血を改善することができる.PTFE ないし伏在静脈を用 いた FP バイパス術を受け,ASA およびワルファリン併 RCT2 件において,開存性に対する抗凝固薬およびシ 用療法または ASA 単独療法を受けた患者 402 例を対象 ロスタゾールの効果が検討された.Koppensteiner ら 241 とした多施設前向きランダム化試験において,グラフト は,膝窩動脈の EVT を受けた患者において低分子ヘパ 血栓症により下肢切断リスクのある虚血に至る率は静脈 リン(low-molecular-weight heparin; LMWH)と ASA の併 グラフト群に比して,人工血管群のほうが高いことがわ 用療法を ASA 単独療法と比較した.CLI に対する治療 かった.しかしながらワルファリン投与を受けていれば 後に LMWH 投与を受けた患者では開存率の上昇がみら 人工血管に起因する血栓症が急性下肢虚血に至る可能性 れたが IC に対する治療を受けた患者ではこの効果は観 は低かった 察されなかった 241.Iida ら 242 は,シロスタゾール投与 239 . を受けた患者における,6,12 および 24ヵ月時点での再 要約すると,下肢静脈バイパスグラフトの開存率を向 狭窄および再閉塞の発症率はチクロピジンに比して低い 上させる抗血小板薬の有効性を支持する臨床的エビデン ことを報告した.これは,末期腎不全患者における冠動 スは存在しないが,その使用は依然として,将来の心血 脈や FP 血行再建と同様の結果であった 243. S36 5.IC に対する血行再建術の役割 推奨事項:間欠性跛行(IC)における介入後の薬物療法 グレード 5.24.跛行のための血管内治療または観血的外科的介入の実施後は,全ての患者において,最適 エビデンス レベル 1 A 5.25.下肢バイパス手術(静脈または人工血管)を受けた患者では,抗血小板療法 (アスピリン, クロピドグレル,またはアスピリン + クロピドグレル)による治療を提案する. 2 B 5.26.跛行のための鼠径靱帯以下下肢動脈に対する血管内治療を受けた患者では,少なくとも 30 日間,アスピリンおよびクロピドグレルによる治療を提案する. 2 B な薬物療法(抗血小板薬,スタチン,降圧薬,血糖コントロール,禁煙)を推奨する. エビデンスの要約:介入後の薬物療法 エビデンス の質 クリニカルクエスチョン データソース 研究結果 血管内治療または観血的 外科的介入を受けた IC を有する患者における開 存性,救肢および生存に 対する抗血小板療法の効 果. 鼠径靱帯以下下肢動脈バイパス手術を受け た(CLI を含む)症候性 PAD を有する患者 に関する 15 件の RCT のシステマティック レビュー244:ASA または ASA + ジピリダ モール vs プラセボ(6);ASA または ASA+ ジピリダモール vs ペントキシフィリ (2); ASA vs インドブフェン (1);ASA vs ビタ ミン K 拮抗薬(2);ASA + ジピリダモール vs LMWH(1);チクロピジン vs プラセボ (1);ASA vs プロスタグランジン E1(1) ; ASA vs ナフチドロフリル(1) 抗血小板療法は無治療と比較して静脈 グラフトおよび人工血管の開存性を向 上させる.人工血管におけるその他の 便益. 血管内治療または観血的 外科的介入を受けた IC を有する患者における開 存性,救肢および生存に 対する抗凝固薬の効果 鼠径靱帯以下下肢動脈バイパス手術を受け た患者(CLI を含む)に関する 14 件の RCT のシステマティックレビュー245 抗凝固剤は,最長追跡期間において 四肢の損失リスクを低減し (OR, 0.36; 95% CI, 0.19–0.69) ,静脈グラフトを個 別に分析した結果,一次開存率を増加 させた(OR, 0.44; 95% CI, 0.14–1.42) . 出血リスクは抗血小板薬と比べて 2 倍 に増加した. B–C( 不 正 確さおよび 間接性のた め,評価が ダウン) 末梢血管への EVT 施行 様々な比較を伴う 22 件の RCT のシステマ 治 療 後 6ヵ 月 目 の 再 閉 塞 は 高 用 量 ティックレビュー240.心血管疾患の罹患率 ASA+ ジ ピ リ ダ モ ー ル で 低 か っ た および死亡率の低減における抗血小板薬の (OR, 0.40; 95% CI, 0.19–0.84) が,低用 便益に関する二次的間接的エビデンス. 量 ASA+ ジピリダモールでは低くな かった.高用量 ASA vs 低用量 ASA, ASA+ ジピリダモール vs ビタミン K 拮抗薬,クロピドグレル + アスピリン vs LMWH + ワルファリン m たはチク ロピジン vs ビタミン K 拮抗薬では, 閉塞および再狭窄の有意差は検出され なかった.クロピドグレルおよびアス ピリンは,LMWH+ ワルファリンと比 較して,大出血の発生が少なかった. B–C( 不 正 確さおよび 間接性のた め,評価が ダウン) 後の再狭窄/再閉塞の予 防のための抗血小板薬お よび抗凝固薬の効果 B ASA:アセチルサリチル酸,CI:信頼区間,CLI:重症虚血肢,EVT:血管内治療,IC:間欠性跛行,LMWH:低分子量ヘパリン, OR:オッズ比,PAD:末梢動脈疾患,RCT:ランダム化比較試験 S37 6.IC 治療のための血行再建術施行後のサーベイランス IC に対して実施される動脈血行再建術は,片側,両 スを受けた患者に対しては,少なくても 2 年間にわた 側,および鼠径靱帯の上下の動脈に及ぶことがあり,ま り,新たな症状の出現がないか知るための病歴の聴取, た時には鼠径靱帯の上下の動脈を組合せた血行再建術が 動脈拍動の触知, (可能なら運動負荷後の測定を加えた) 片側性あるいは両側性に行われることがある.閉塞性動 安静時 ABI の測定などを行うように推奨している 9.し 脈病変の部位および範囲に応じて自家血管ないし人工血 かし,静脈グラフトバイパス不全のほとんどは,静脈グ 管を用いたバイパス術,動脈血栓内膜摘除術または ラフト内の狭窄,吻合部狭窄または遠位吻合部より遠位 EVT の手技をさまざまに組み合わせて血行再建術が実 の流出路動脈の内因性の狭窄病変のためであると考えら 施される.どのような方法が選択されるにせよ,目標は れている.この病変のほとんどは,手術後 12∼18ヵ月 付加再建処置の必要性を最小限に抑えながら,無痛歩行 以内に生じるが,数年後に発症,あるいは進行すること 距離および最大歩行距離を延長することにより患者の もある.特に CLI の治療を受けた患者についていえば, QOL を改善することである. 臨床所見のみに頼るとグラフト閉塞にいたる恐れのある 重大な静脈グラフト狭窄を見逃す可能性がある(下記参 IC 治療のための静脈グラフトのサーベイランス 自家 照) .バスキュラーラボでは臨床所見に拘わらず,DUS 静脈は,IC 治療に対して鼠径靱帯下下肢動脈に行われ により,グラフト開存性を脅かすグラフト内狭窄や吻合 る観血的血行再建術に好適な導管である.下肢静脈グラ 狭窄の検出,重症度判定に主眼を置いたサーベイランス フトの約 1/3 は,最終的に開存性を脅かす狭窄病変を発 を行う. 生する.そのような病変の大多数はグラフト移植後 1 年 以内に発生する.しかしそれ以後でも静脈グラフトに狭 CLI 治 療 に 対 し て 実 施 さ れ た 下 肢 静 脈 グ ラ フ ト に 窄を発症する危険性が全くなくなるわけではない. CLI DUS を使用すること関しては多くの文献が発表されて に対して実施された手術,比較的小径の静脈を使用した いるが,これらの研究のほとんどは単独施設症例の後方 手術,伏在静脈以外の静脈を使用した手術,およびより 視的分析である.前向き研究では CLI の患者に焦点が 遠位の動脈(脛骨動脈または足部の動脈) に吻合された静 当てられており,IC 患者についてのものは少ない.IC 脈グラフトにおいては,静脈グラフト狭窄の発症リスク に対するバイパス術を受けた患者は総じて CLI の治療 がさらに高まる可能性がある.静脈グラフトを用いた下 を受けた患者よりも健康であり活動的であって,理屈か 肢動脈血行再建術のサーベイランスプロトコルは,グラ らも CLI の治療を受けたほとんど歩かない衰弱した患 フト血栓症に進行する前にグラフト狭窄を発見するため 者よりも優れた歩行機能を有するため,より早期に症状 に開発されたもので,上記のような移植後の自然経過 の再発を報告する傾向が見られる.IC に対して移植さ と,開存性が良好であって血行動態的に健全な下肢動脈 れるグラフトは膝窩動脈までであることが多く,それよ 血行再建は,歩行機能および QOL を維持するために最 り遠位に至ることはまれであるため,CLI 対して移植さ 適であるという前提に基づいている.IC 治療に対して れた静脈グラフトに比して優れた開存性を示す.従っ 実施した動脈血行再建術が失敗すると少なくとも患者を て,CLI 治療を受けた患者におけるバスキュラーラボ 術前の障害レベルまで引き戻すことになるが,場合によ ベースの DUS プログラムから導かれたデータが IC 治療 り四肢を脅かす虚血をはじめとするより重度の症状を引 を受けた患者にあてはまるか,またそもそもそのような き起こすこととなる.また,閉塞前の狭窄グラフトに対 検査プログラムが必要であるかどうかは明らかではな する治療に比較して,グラフトが閉塞した後の再バイパ い. ス術は技術的に困難かつ複雑である. VGST 試験 (Vein Graft Surveillance Randomized Trial) 下肢静脈グラフトのサーベイランスプログラムは,臨 は,手術後 30 日時点で静脈グラフトが開存していた患 床所見にのみにより行われる場合と臨床所見およびバス 者 594 例を臨床所見サーベイランス群または臨床所見お キュラーラボにおける検査に基づく場合がある.TASC よび DUS サーベイランス群に無作為割り付けした英国 II ワーキンググループは,静脈グラフトを用いたバイパ の前向き研究である 246.手術のほとんどが CFA から膝 S38 6.IC 治療のための血行再建術施行後のサーベイランス 上または膝下膝窩動脈へのバイパスで,グラフトは 一般的であり,特により複雑な病変の治療後に多く発生 90% を超える手術において同側の反転伏在静脈だった. する 255.EVT 後にみる DUS の役割は明らかかではな VGST 試験の手術の 2/3 が CLI 治療に対して実施された い.現在まで EVT 後の DUS に関する RCT は行われて ものであったが,吻合部およびグラフトは IC 治療にお いないが,多くは鼠径靱帯下下肢静脈グラフト用に開発 ける手術とほぼ同様だった.上記 2 サーベイランス戦略 された DUS プロトコルおよび収縮期最大血流速度 (peak を 18ヵ月後に比較したところ一次,補助一次ないし二 systolic velocity; PSV) ならびに速度比 (Vr) の基準を EVT 次開存に差は認められなかった. 後の追跡調査に用いている.DUS は,FP 領域における 単独血管拡張術,およびステント留置術後の狭窄の存在 スウェーデンで行われた同様の小規模研究において および程度を特定し判定することができる.特に SFA は,下肢動脈血行再建術を受けた患者 156 例を,DUS 領域において著者らは DUS 所見と血管造影所見をを関 を含む集中的サーベイランス群 (n=79)および通常の臨 連付けることができた.Baril ら 256 は,SFA における 床サーベイランス群 (n=77)に無作為割り付けした 247. EVT 後 の PSV 275 cm/ 秒 以 上 お よ び Vr 3.5 以 上 は, 40 グラフトは PTFE 製だったが,2 群間に均等に割り当 DUS における 80% を越えるステント内再狭窄と判断す てられていた.IC 患者は両グループともそれぞれ 2 例 るための特異的かつ予測的カットオフ値であると報告し のみであり,末梢吻合部の 2/3 は膝窩動脈だった.本研 ている. 究では静脈グラフトについては DUS を含む集中的サー ベイランス群において補助一次開存率および二次開存率 下肢救済患者においては,ABI ないし足趾の血圧測定 またはその両方を併用する臨床的フォローアップおよび が上昇した. DUS が,カテーテル治療後におけるサーベイランス法 多数の単一施設シリーズ研究および 1 件の大規模前向 として提案されているが,今日まで EVT 後の DUS の正 き多施設シリーズ研究において,CLI の治療を受けた患 確性,予測値および利益に関する報告内容は一貫してい 者では DUS を含むグラフト狭窄検出サーベイランスプ ない. ログラムにより静脈グラフトの開存性が改善されたこと Mewissen らの報告 257 は,FP 動脈におけるバルーン血 が明らかになっている 248–252.DUS ベースプログラムの 管形成術施行後の DUS に関する最も初期の経験の一つ モニターを受けた静脈グラフトでは一次および補助一次 である.彼らは,灌流改善の程度を決定する際の血行力 開存性が大きく改善されたことに加えて,これらの研究 学的評価 (ABI 測定および足趾血圧測定) の重要性を示し では,狭窄を修復されたグラフトは一度も修復されてい たが,これでは血管形成部位の再狭窄または閉塞と治療 ないグラフトに匹敵する長期開存性を示した .し 血管領域より近位ないし遠位の病変進行を区別すること かし上記研究のいずれにも IC 治療を受けた患者は含ま はできなかった.FP の EVT が成功した患者 59 例に 1ヵ 253,254 れていない.よって CLI 患者に対する DUS ベースの検 月目に初期の DUS が行われた.DUS 画像により血管形 査の利益が IC に対する静脈を用いたバイパス術を受け 成部位の 63% に直径で 50% 未満の狭窄,27% に 50% 以 た患者と同等であるかどうかは明らかではない.しか 上の再狭窄(Vr >2)が確認された.筆者らはさらに,治 し,エビデンスは弱いものの,CLI に対する下肢静脈グ 療から 30 日後に観察された 50% 以上の狭窄の存在が, ラフト移植後患者に対する DUS ベースプログラムの有 1 年目の臨床的不成功の予測因子であることを確認した 用性を示す明らかで一貫した結果から,IC 患者に対す (P < 0.001).この研究は,血管造影後のフォローアップ るグラフト移植後においても,特に術後の 1 年間におい と予防的血行再建を正当化するために使用されてきた ては同様のプログラムが有用であろうと推察される. が,全対象患者において DUS がルーチンに行われな DUS に最適な検査間隔は十分に定義されていない.米 かったことからこの結論には疑問が残る.Sacks ら 258 国では,静脈グラフト移植術後 1ヵ月および 3,6,更に は,EVT 施行から 48 時間後に実施した DUS における 12ヵ月後,更にそのあとは 6ヶ月か 12ヶ月毎に DUS に 正常所見の患者と異常所見 (Vr >2.0)の患者を比較した よる評価を行うとしている血管外科医が多い. 結果,3 年目の開存性に差は認められなかったため,予 防的血行再建の指標として DUS の検査結果を使用する IC に実施さるカテーテルベース治療のサーベイラン べきではないとしている.Spijkerboer ら 259 も早期の ス 残存狭窄および早期の再狭窄は概して EVT 後には DUS(1 日目)所見は SFA −膝窩動脈血管形成術から 1 S39 年後の臨床的ないし血行動態的成功とは相関しないこと おける 94 件の EVT について解析を実施した.予防的治 を報告した.最近 Humphries ら 260 は,鼠径靱帯下動脈 療はほとんどなく,さらに再治療は,ほとんどが症状の に EVT を受けた CLI 患者の治療後 30 日以内の DUS の 再発ないし創傷治癒の不成功などの臨床的適応のある症 異常所見は,その後の切断リスクの増大と関連している 例に限定された.患者は治療から 30 日後に行われた最 と報告した. 初のスキャンによる所見が正常であったかどうかによっ て層別化された.初回スキャンは 61 肢(65%)において 他の研究者らは,長い SFA 病変に対して行われた 正常であり,この患者のうち 62% が追跡期間中正常所 EVT の予後は,集中的サーベイランスにかかわらず, 見を維持した.一方 17 肢(28%)においては DUS におい 良好とはいえないと報告している.Gray ら は,長区 て進行性狭窄が検出された.当集団における予防的血行 域 SFA 病変 (平均長 16.5 cm) に対する選択的ステント留 再建なしの自然経過による血栓症の発生率は 10% のみ 261 置による血行再建後 1 年目の結果について,臨床転帰は だった.本研究では治療後の患者の約 2/3 において初回 良好であったが厳重なサーベイランスと予防的血行再建 DUS 所見は正常であり,この数値は,鼠径靱帯下動脈 を行っても解剖学的開存性は不良であったと報告した. における静脈グラフトについて報告された数値とほぼ同 脛骨動脈に関しては,Schmidt ら は,長区域脛骨動脈 様であった 249.しかし,静脈グラフト移植後の正常所 病変(> 8 cm) への血行再建の後,ラザフォード分類 4 お 見維持率が 90%–95% であったこととは対照的に,追跡 よび 5 の虚血患者のほとんどにおいて臨床的成功および 期間中も正常状態を維持した患者は,最初に DUS 所見 救肢率が高かったが,3ヵ月時点の血管造影検査におけ が正常であった患者のわずか 62% であった.新規狭窄 る 50% 以上の再狭窄の発生率は 31.2%,治療部位の閉 の発生率は静脈移植後の 5% に比して EVT 実施後には 塞率は 37.6% であったと報告した.上記およびその他 約 28% だった 249.著者らはまた,EVT 実施後の早期に 262 の研究から,静脈グラフトのサーベイランスとは異な 異常所見が観察された症例においても,狭窄の安定化ま り,DUS に基づく開存性とカテーテル治療の臨床的成 たは消退を見ることが多かったと報告している.FP 静 功との相関関係は希薄であることが示唆される.以上よ 脈グラフトと比較して得られた 1 つの重要な事実は, り,DUS のデータに基づいて予防的インターベンショ EVT では狭窄度と閉塞する可能性との相関関係が希薄 ンを行うことは非常に問題があると思われる. なことである.EVT 後にみる閉塞の 82% は治療前に軽 度または中等度の狭窄 (PSV 200–300 cm/ 秒,Vr 2∼3)が 鼠径靱帯下動脈への EVT 実施後は,臨床的所見およ 存在した場合に生じていた 249,250.DUS が予防的血行再 び血行動態評価のみによるフォローアップが提案されて 建の唯一の指標として使用されるとすれば,患者 30 例 い る.Tielbeek ら ほどが臨床的に不必要な血行再建を受けることになった 263 は, 大 腿 膝 窩 動 脈 病 変 に 対 す る EVT を受けた患者 124 例について,治療から 5 年間に だろう. わたる前向き研究を実施してその評価を報告した.DUS により検出した治療部位における Vr >2.5 は,治療部位 静脈グラフト狭窄症とは異なり,EVT 後にみる狭窄 の閉塞の予測因子であったが,そのうち 1 例のみが再狭 の自然経過は依然として明らかではなく,どの病変が閉 窄発生時に EVT の再施行を受けていたことから,追跡 塞に進行するかを予測し判断することは困難である.前 調査において臨床的および血行動態的評価は DUS に基 述の通り,EVT 後の DUS で検出された狭窄の自然経過 づく評価よりも有用であったと結論している. に関する信頼性の高いデータが不足しているため,狭窄 は腸骨動脈の治療後,一連の DUS に に基づいて予防的血行再建を行うことは非常に問題があ より患者を追跡したが,DUS において残存狭窄を有す り,おそらく有害でさえあるであろう.さらに,PTA る患者の臨床転帰は DUS 所見が正常であった患者と変 単独療法後の再狭窄は,ステント留置後の再狭窄とは異 わらないことを確認した.彼女らはまた,狭窄は再血行 なった反応を呈する可能性がある.浅大腿−膝窩動脈領 再建しなくても経時的にある程度消退することを見出し 域のステントの血栓閉塞は,救済しても長期開存率が不 た.この自然退縮は他の研究においても鼠径靱帯下動脈 良で,runoff を損うことを示唆するデータがある.Ihnat への EVT 後に確認されている ら 219 は,SFA ステント留置術を受けた患者,連続 109 Spijkerboer ら 264 265 . 例を分析したところ,ステント閉塞は SVS runoff スコ Bui ら S40 265 は,SFA −膝窩動脈閉塞性疾患患者 85 例に アを 4.1 から 6.4 まで著しく悪化させ,ステント閉塞 1 6.IC 治療のための血行再建術施行後のサーベイランス 回につき runoff 血管が 1 本失われるに等しいと報告して 行って,血行再建の適応および治療すべき疾患の度合い いる.上記研究結果が今後の研究によって確認され, を評価するべきである.一般的には,CLI の治療を受け SFA ステント留置後の臨床的不成功を予測する正確な た患者および長区域閉塞病変の治療を受けた患者は,IC カットオフ基準が決まれば,SFA ステント留置後の選択 患者よりも頻回のフォローアップ検査を受けるべきであ 的な予防的再血行再建が合理的となる可能性がある.し る 219,261,265.これらの患者における DUS の役割は,今 かし,現時点ではそのようなデータは存在しない. のところ明らかではない.ただし,症状の再発が狭窄あ るいは閉塞に起因しているかどうかを判断し,病変の位 要約すると,EVT に起因する狭窄病変の自然経過は 置を特定する上では有用であり,それによって治療計画 現時点で明らかではなく,DUS の所見だけに基づいて を変更する必要性も発生する.DUS は,今後も継続的 血行再建を行う利益は未だ確立されていない.そのよう に使用することにより,臨床症状,血管造影所見および な基準が使用できるようになるまで,EVT を受けた患 最終的転帰との相関関係がある場合は特に,その役割を 者には,臨床的に適切な間隔で実施される簡単な血行動 さらに明確にすることになると思われる. 態測定をはじめとする一連の臨床的フォローアップを 推奨事項:間欠性跛行(IC)に対する治療介入後のサーベイランス グレード エビデンス レベル 6.1.観血手術または血管内治療を受けた IC 患者は,新規の症状を検出し,内科治療へのコンプ ライアンスを確保し,自覚的な機能の改善,脈拍検査,および安静時 ABI および可能であれば 運動後 ABI をも記録する,適切な間隔で実施される臨床サーベイランスプログラムによるフォ ローを受けることを提案する. 2 C 6.2.我々は,IC 治療のために下肢静脈グラフトを用いた治療を受けた患者は,臨床フォローアッ プおよびデュプレックス超音波検査法からなる監視プログラムによるフォローを受けることを 提案する. 2 C 6.3.我々は過去に IC のための静脈グラフトを用いたバイパス手術を受けた患者で DUS におい て重大なグラフト狭窄が検出された患者に対しては,バイパスグラフトの長期的開存性を維持 するための予防的介入(観血手術または血管内治療)を考慮することを提案する. 1 C ABI:足関節上腕血圧比,DUS:デュプレックス超音波検査 エビデンスの要約:間欠性跛行(IC)に対する介入後のサーベイランス クリニカルクエスチョン データソース 研究結果 エビデンスの質 IC に 対 す る 血 行 再 建 術 施 行 後 の サーベイランスの開存率に対する効 果(サーベイランス実施 vs サーベイ ランス非実施,臨床フォローアップ vs デュプレックス超音波,短い間 隔のサーベイランス vs 長い間隔の サーベイランス) コントロールされていな い,ほとんどが静脈グラフ ト 施 行 例 の CLI 患 者 由 来 のデータである.臨床所見 と DUS を 比 較 し た 2 件 の RCT. DUS (CLI 患者)群において 静脈グラフトの開存率の改 善が見られた.2 件の RCT では,臨床所見と DUS の 間に差は認められなかった. C (エビデンスの質,間接 的データ,方法論的な制限, および不正確さを原因とし て評価が下がった) CLI:重症下肢虚血,DUS:デュプレックス超音波,RCT:無作為比較試験 S41 REFERENCES 1. Alahdab F, Wang AT, Elraiyah TA, Malgor RD, Rizvi AZ, Lane MA, et al. A systematic review for the screening for peripheral arterial disease in asymptomatic patients. J Vasc Surg 2015;61:42S–53S. 2. Malgor RD, Alalahdab F, Elraiyah TA, Rizvi AZ, Lane MA, Prokop LJ, et al. A systematic review of treatment of intermittent claudication in the lower extremities. J Vasc Surg 2015;61:54S–73S. 3. Gloviczki P, Comerota AJ, Dalsing MC, Eklof BG, Gillespie DL, Gloviczki ML, et al. The care of patients with varicose veins and associated chronic venous diseases: clinical practice guidelines of the Society for Vascular Surgery and the American Venous Forum. J Vasc Surg 2011;53(5 Suppl):2S– 48S. 4. Elliott BM. Society for Vascular Surgery. Conflict of interest and the Society for Vascular Surgery. 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L . G o r e , Bolton 社,Harvest technologies 社の治験に参加 し て い る( ただ し無給) なし なし なし なし なし Gregory Moneta Oregon Health & Science University MD なし なし なし Richard Powell DartmouthHitchcock Medical Center MD あり なし なし Amy Reed Penn State Hershey College of Medicine MD なし なし なし Andres Schanzer University of Massachusetts Medical School MD あり なし なし Anton Sidawy George Washington University, MD, MPH なし なし なし なし なし なし Hassan Murad Mayo Clinic, Rochester, Minn MD なし なし なし なし なし なし なし Anges 社講師 技術諮問委員会 なし Bolton Medical Cook Medical 社の開 社,Abbott 社, 窓式ステントグラフ Proteon 社 の 病 トの有給指導医 院治験責任医師 (ただし無給) なし S53 本書の作成にあたりましては以下の各社のご協力をいただきました. 深く感謝いたします. テルモ 株式会社 日本ゴア 株式会社 ジョンソン・エンド・ジョンソン 株式会社 コーディスジャパン 株式会社 メディコン Cook Japan 株式会社 ボストン・サイエンティフィックジャパン 株式会社 サノフィ株式会社 下肢アテローム硬化性閉塞性動脈疾患に対する診療ガイドライン 無症候性病変および跛行例の管理 Society for Vascular Surgery practice guidelines for atherosclerotic occlusive disease of the lower extremities: Management of asymptomatic disease and claudication 日本血管外科学会雑誌 第 24 巻 別冊 平成 27 年 9 月 25 日発行 平成 28 年 6 月 8 日発行 改訂版 編集代表者 佐藤 紀 発 行 者 日本血管外科学会 編集・制作 株式会社メディカルトリビューン 〒 102-0074 東京都千代田区九段南 2-1-30 イタリア文化会館ビル 8F ≪複写される方に≫ 本誌に掲載された著作物を複写したい方は,著作 権者から複写権の委託を受けている次の団体から 許諾を受けてください。 一般社団法人学術著作権協会 〒 107-0052 東京都港区赤坂 9-6-1 乃木坂ビル FAX : 03-3475-5619 E-mail : [email protected] 特定非営利活動法人 日本血管外科学会事務局 〒 102-0074 東京都千代田区九段南 2-1-30 イタリア文化会館ビル 8F 株式会社メディカルトリビューン内 TEL : 03-3239-7264 FAX : 03-3239-7225 E-mail : [email protected] ©2015 Japanese Society for Vascular Surgery