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日本語版(本文) - 公益財団法人 国際湖沼環境委員会

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日本語版(本文) - 公益財団法人 国際湖沼環境委員会
第Ⅰ部
湖沼資源の理解
第Ⅰ部に収められている 3 つの章では、地球規模で湖沼流域が直面する課題、および持続可能な生計と
開発を推進する上で鍵となる湖沼流域資源の価値、およびその利用上の問題点を理解するために必要な
バックグラウンドを解説するとともに、生命を維持するために不可欠な生態系の保全についても述べて
いる。第 1 章は、この報告書と本プロジェクトの紹介であり、本プロジェクトで対象とした 28 湖沼流
域についての参考事項についても述べている。第 2 章は、湖沼の生物物理学的な事象と、ある湖沼とそ
れとは別の湖沼とを区別させている要因について議論するとともに、湖沼と湖沼以外の水域との一般的
な差異についても述べている。第 3 章は、湖沼がどのように利用されているのか、そして、現存のおよ
び緊急の課題としてどのような問題に直面しているのかを紹介している。
1
第 1 章 他の事例を学ぶ:湖沼流域管理に関する教訓の抽出
プロジェクト発足の契機:なぜ湖沼なのか?なぜ今なのか?
湖沼は天然のものも人工のものも、人類の発展とわが惑星の健全な生態系と生物の多様性を守る上で重
要な存在である。湖沼には地表における液状淡水の 90%が存在しており、水の循環に欠かせない要素で
あり、水生生物の多様性を維持しており、湖沼流域に住む人々の生活の向上に必須である生活の糧及び
社会的・経済的・美的な恩恵を与えている。
拡大し続ける人間活動が、湖沼の生態に影響を与えている。しかしながら、その重要性や増大しつつあ
る脅威にもかかわらず、湖沼には世界的な水政策検討の場において十分な注意が向けられてはいなかっ
た。統合的水資源管理(IWRM:Integrated Water Resources Management)は、河川流域における水
資源を管理するための適切な枠組みとして次第に受容されつつあるが、IWRM は流域内にある湖沼の特
性を十分考慮したものになっていない。湖沼の特性(「全てを統合する性質」、「長い滞留時間」、「複雑
な応答動態」
)と湖沼特有の管理方策については第 2 章で記述する。水資源の管理に従事する人々はこ
うした湖沼の特性が意味すること、すなわち管理組織・制度やその政策および計画が「長期」にわたっ
て策定され、予算化される必要があるということ、外因性の変化に対する湖沼の「複雑な応答」を解明
するためには科学的な知見がとくに重要であること、および管理のための手段が湖沼の「全てを統合す
る性質」に適合したものであること、を理解することが重要である。
とくに、湖沼流域管理に関する実用的な教訓を引き出すことが緊急に必要であるが、中でも上述のよう
な湖沼システムが増大する脅威にさらされている熱帯や半乾燥地帯・乾燥地帯の途上国においては、と
くに状況が切迫している。さらに、GEF や GEF プロジェクトの実施機関のような国際機関によって実
施されたプロジェクトから得られたこれまでの教訓を集大成することは、湖沼流域管理を改善するため
の政策を実現可能な形で、少しずつ変えていくことに貢献すると思われる。
1996 年に、世界銀行は湖沼流域に焦点をあて、その管理方策の改善につながる湖沼流域管理イニシア
ティブを提唱した【Ayres et al.(1966)
】。第 3 回世界水フォーラムでは、湖沼流域管理の鍵となる原
則を明らかにした世界湖沼ビジョン(Box 1.1)が提示され、こうした方向への第一歩を踏み出した【世
界湖沼ビジョン委員会(2003)】。本プロジェクトである湖沼流域管理イニシアティブ(LBMI:Lake
Basin Management Initiative)は、全世界においてそれぞれ地理的・社会経済的に異なる条件下にあ
る 28 湖沼の流域を調査検討し、実用的な教訓を引き出すことにより、世界湖沼ビジョンの報告書をフ
ォローしている。本プロジェクトの成果は、2005 年に示されたミレニアム生態系評価の主内容を補強
するものでもある。
2
Box 1.1 世界湖沼ビジョンの7原則
原則1:
人間と自然との調和した関係は、湖の持続可能性にとって不可欠である。
原則2:
湖の流域は、湖の持続的利用のための計画・管理の論理的出発点である。
原則3:
湖の環境悪化の原因を防ぐには、長期的な予防的な対応が必須である。
原則4:
湖沼管理政策の作成と決定は、公正な科学と、入手可能な最良の情報とに基づいて行わ
なければならない。
原則5:
持続的利用のための湖の管理では、現世代および将来世代の要求と自然の要求とを合わ
せ考慮しつつ、競合する湖の資源の利用者間の紛争を解決することが必要である。
原則6:
重要な湖沼問題の把握と解決のためには、住民およびその他の利害関係者の有効な形で
の参加を奨励すべきである。
原則7:
湖の持続可能な湖の利用のためには、公平性、透明性、すべての関係者への権限付与を
基礎とした良好なガバナンス体制が不可欠である。
出典:ILEC(http://www.ilec.or.jp/eg/wlv/WLV_Final.pdf)
目的:教訓の抽出と普及
Box 1.2 に示す広範な機関が協力して、LBMI プロジェクトを推進することになった。プロジェクトの
全体的な目的は、地域、流域、国家および地球規模の各レベルで、天然ならびに人工湖沼の流域管理能
力を強化することにある。個別の事業推進目的は以下のとおりである。
1)さまざまな湖沼流域の事例研究を通して管理の経験を報告書にとりまとめる。
2)政策決定者と利害関係者の間で経験の共有を促進する。
3)湖沼や貯水池の流域における効果的な管理についての学習と実践を加速させる。
本報告書が対象とする読者
本報告書は、湖沼流域管理に従事するか、あるいは関心を持つ広範な層を対象としている。「湖沼流域
管理」には、通常、複数の利害関係者・分断された職務権限・さまざまな資金源がつきものであり、そ
のために「湖沼流域管理者」という用語はいろんな意味に使われている。本報告書では、便宜的に湖沼
流域管理に従事している人々の行う管理という意味で用いているが、それぞれのケースで人々や機関が
異なる。本報告書は、とくに地方レベル・地域レベルあるいは国家レベルで IWRM を実施している水
資源の管理者のために書かれており、河川流域に重要な湖沼が含まれている場合には通常とは異なる対
応の必要性を説いている。本報告書は、非政府機関のスタッフや研究機関および政策立案機関のスタッ
フにも有益であろう。また、本報告書は、GEF・世界銀行などの国際開発援助機関にとっても、より効
果的な湖沼流域管理プログラムの策定に役立つであろう。本報告書と併行して、世界銀行と GEF に対
象を限定して教訓をまとめた文書が作成されている【世界銀行(2005)
】。
3
Box 1.2 湖沼流域管理イニシアティブに関った主要機関
当該プロジェクトの中心的なスポンサーは、対象湖沼の約半数について流域管理プロジェクトの支
援をしている地球環境ファシリティ(GEF:Global Environment Facility)である。GEF は、地
球規模の環境問題解決(生物多様性保護や温暖化ガスの削減等)につながるプロジェクトの実施に
必要な資金の不足分を補うための協調出資を行っている。当該プロジェクトへの GEF の協調出資は、
“技術支援・アセスメント・教訓の抽出を通じて、地球規模の環境保全に計画的・戦略的に役立つ
地球的・地域的プロジェクトを集約”するものである。GEF は、湖沼流域管理についての過去の経
験を分析し周知させることが、対象湖沼のみでなくその他の湖沼や貯水池で現在進行中のプログラ
ムや将来のプログラムを適切に導くことになるであろうと考えている。
GEF プロジェクト実施機関である世界銀行は、湖沼流域管理イニシアティブの世界展開の一翼を担
うオランダ銀行・水パートナーシップ計画の補助金を通じて当該プロジェクトへの資金を準備した。
世界銀行以外の GEF 実施機関である国連開発計画(UNDP:United Nations Development
Programme)および国連環境計画(UNEP:United Nations Environment Programme)は、情報
の提供と本プロジェクトの企画運営委員会にメンバーを派遣することでプロジェクトを支えた。米
国国際開発機関(USAID:United States Agency of International Development)は、関連するプ
ロジェクトを通じて資金援助を行い、企画運営委員会のメンバーとして本プロジェクトの一翼を担
った。湿地の保全と賢明な利用のための政府間条約であるラムサール条約の事務局は、本プロジェ
クトの指導的役割を果たした。本プロジェクト対象湖沼の大半はラムサール条約登録湿地となって
いるからである。
日本国の滋賀県も本プロジェクトに資金を提供している。(財)国際湖沼環境委員会(ILEC)は当
該プロジェクトの取りまとめ機関ならびに資金提供者である。ILEC は 1986 年に滋賀県の支援を受
けて世界の湖沼の持続可能な管理を促進するために設立された国際 NGO である。ILEC は米国メリ
ーランド州アナポリスにあるアメリカの NGO で湖沼の健全な姿を守るために 100 カ国以上の国々
の人々や機関との地球規模ネットワークを築いている LakeNet と共同で当該プロジェクトの運営に
当たった。さらに、USAID は LakeNet と米国の聖マイケル大学に補助金を出し、8 カ国の湖沼流域
管理に関して技術的な支援を行った。
本プロジェクトの企画運営委員会のメンバーは、GEF、世界銀行、UNDP、UNEP、USAID、滋賀
県、ラムサール条約事務局である。
プロジェクトの手法と実施方法
湖沼流域とその特性
28 の湖沼流域が本プロジェクトの対象として選定された(図 1.1 参照)
。表 1.1 には対象となった 28 湖
沼流域の詳細を示しており、付属資料 E には対象湖沼流域の地図を掲載している。
4
図 1.1 対象 28 湖沼の分布
対象となった 28 湖沼流域は、気象条件・面積・直面している問題・政治的な組織・体制の形態および
管理対策において幅広い内容を代表しており、世界の主要な淡水湖沼と塩湖のいくつかを含んでいる。
22 湖沼は生物多様性で地球規模的に重要な湖沼である。12 湖沼は単一国内の湖沼であり、流域が属す
るのも単一国内である。16 湖沼は国際越境湖沼であり、複数国家が流域と湖沼水域を領有している。こ
うした国際越境湖沼のうちの 3 湖沼(Baikal 湖、Cocibolca・Nicaragua 湖、Tonle Sap 湖)は湖沼全
域が一カ国内に位置しているが、その流域は他の国にまたがっている。
単一国湖沼の中には、セクターごとの関心が異なっていて、上下流問題の対応が課題である例が多く見
られる。国際越境湖沼も単一国湖沼と同様の問題に直面している。しかし、国際越境湖沼における管理
は単一国湖沼のそれよりも困難である。なぜなら、国ごとの関心と優先順位に差異があり、国境を越え
た統治機関がないために、沿岸国は共通かつ補完的な管理対策に関する相互の合意形成が必要となるか
らである。こうした管理対策は国際法に基づかねばならない場合が多い。このような合意形成に至るに
は、法的・政治的枠組み、情報や能力と組織・制度の差異だけでなく、国家主権に関係するので、通常、
複雑かつ長期にわたるプロセスが必要になる。
本プロジェクトにおける調査研究は、GEF がこれまでに資金を提供した湖沼流域のうち 3 湖沼流域
(Manzara 湖、Volta 湖、Caspi 海)を除くすべての流域を含んでいる。対象となった 28 湖沼の内の
10 湖沼は GEF が対象とする国際水域に属し、6 湖沼は生物多様性に関する対象地域に属している。GEF
プロジェクトへの採択を申請した数湖沼も取り入れられている。北米の五大湖、Champlain 湖および
Constance 湖は、非 GEF 国際越境湖沼流域であるが比較のために取り入れられた。同様に、重要な生
物多様性対象湖沼として非 GEF 湖沼流域である Chilika 湖、Issyk-kul 湖、Naivasha 湖、Nakuru 湖
および Sevan 湖を取り入れている。Aral 海、Issy-kul 湖および Nakuru 湖の 3 湖沼流域は塩分濃度の
5
高い内陸水域であり、Chilika 潟湖は半鹹水の海岸ラグーンである。その他は淡水湖となっている。
Constance 湖、Champlain 湖、琵琶湖および五大湖の 4 湖沼は高所得国から選定されており、7 湖沼は
経済移行国から、それ以外は開発途上国から選定されている。本プロジェクトの対象湖沼流域が属する
高所得国・経済移行国および開発途上国における国民総所得の年間一人当たりの平均値は、それぞれ
US$31,855、US$1,302、US$712 である。
対象湖沼のうちの 3 湖沼は貯水池であり、そのうちの一つ Bhoj 湿地の造成は 11 世紀にさかのぼり、
Kariba 貯水池と Tukurui 貯水池の 2 湖沼は水力発電のために 20 世紀の半ばに建設されたものである。
貯水池の流域は湖沼流域と多くの点で共通の性格を持っている。しかし、湖沼流域とは区別すべき管理
上の問題点もいくつか存在する。貯水池の建設は、これまで貯水池のあった土地およびその貯水池を満
たしていた水に依存していた人々や、その河川の流水に依存していた下流域の人々に影響を及ぼすこと
になる。極端な場合には、本プロジェクトの調査研究の中の Kariba 貯水池について述べられているよ
うに、適切な移転補償なしに住民が移住させられることもある。一方、新たな貯水池ができると、生産
目的に利用できる生態状況を生み出すことがあるが(Kariba 貯水池における食用およびスポーツフィ
ッシング用の魚種の導入のように)、一般的には、貯水池は、水力発電・飲料水供給・工業用水、およ
び灌漑用水といった高い経済価値獲得の目的で建設され、その結果貯水池流域の管理に必要な収入の流
れを生み出すことになる。また、十分な計画のもとに技術的な調査を行うことによって土砂の堆積や環
境維持流量の欠落といった問題を小さくすることもできる。例えば、貯水量を多くして底部からの放流
を行えば、土砂を放出し堆積を防ぐことができるし、ダムの操作規定に環境流量の放流を盛り込むこと
によって水生生態系を守り下流住民の便益に役立つような継続性を保証することができる。
湖沼概要書1 ・地域検討ワークショップおよび共通課題報告書
対象 28 湖沼からの経験と教訓を引き出す個別湖沼の概要書の作成には、地方や国際的な専門家が関わ
った。湖沼概要書では、それぞれの湖沼流域における生物物理学的な状態だけでなく、学び取った教訓
を含む社会経済的な状況や管理の経験も記述している。湖沼概要書の著者名は付属資料 B に掲載してい
る。湖沼概要書の全文は添付の CD-ROM に収録されている。
湖沼概要書は三回の地域ワークショップ<①ヨーロッパ・中央アジア・南北アメリカの湖沼概要書湖沼
(2003 年 6 月、米国ヴァーモント州バーリントン、聖マイケル大学主催のワークショップ)②アジア
の湖沼概要書(2003 年 9 月、フィリピン、マニラ、ラグナ湖開発機構主催のワークショップ)③アフ
リカの湖沼概要書(2003 年 11 月、ケニア、ナイロビ、汎アフリカ大陸 START 事務局主催のワークシ
ョップ)>で検討が加えられた。これらのワークショップには 41 カ国から 288 名の参加者が集まり、
湖沼流域管理についての貴重な追加情報を提供した(付属資料 C)。28 湖沼の概要書に加え、本報告書
では、ウガンダの George 湖における住民主体の管理対策設定に関する情報を引用している。こうした
経験内容はアフリカ大陸の地域ワークショップで提示されたものである。
湖沼概要書以外に、17 項目にわたる共通課題報告書により、湖沼流域共通の課題や地域的/地球規模の
課題に関して取りまとめを行っている。これらの著者名についても、付属資料 B に掲載している。
1
原文では「brief」となっており、湖沼流域管理の特徴的な課題と取組について数十ページ程度に概略的にとりまとめた報告書である。
6
表 1.1 28 湖沼流域の主要諸元
湖沼流域
流域国
非沿岸国
湖面
流域 (a)
(km3 当たり)
(1 人当たり)
アフガニスタン,イラン,キルギ
17,158
1,549,000
2.7
1,100
31,500
571,000
9.0
2,610
沿岸国
1. Aral 海
カザフスタン,ウズベキスタン
人口密度(人) GNI(b)($)
面積(㎢)
スタン,タジキスタン,トルクメニ
スタン
2. Baikal 湖
ロシア
3. Baringo 湖
ケニア
108
6,820
(データなし)
400
4. Bhoj 湿地
インド
32.3
370
1,351
540
5. 琵琶湖
日本
670
3,848
338
34,180
6. Chad 湖
カメルーン、チャド、ニジェール、
アルジェリア、中央アフリ
1,350
2,400,000
9
355
ナイジェリア
カ、スーダン
1,127
21,325
28
31,170
906–1,165
4,300
47
540
8,000
23,844
211
740
572
11,487
261
30,920
300
2,920
1,082
1,100
244,160
765,990
43
31,170
6,236
22,080
19
340
5,580
687,049
20
430
900
3,820
1,570
1,080
29,500
100,500
68
223
モンゴル
7. Champlain 湖
カナダ、米国
8. Chilika 潟湖
インド
9.Cocibolca・Nicaragua 湖
ニカラグア
コスタリカ
10.Constance 湖
オーストリア、ドイツ、スイス
リヒテンシュタイン
11.Dianchi 湖
中国
12.五大湖
カナダ、米国
13.Issyk-kul 湖
キルギスタン
14.Kariba 貯水池
ザンビア、ジンバブエ
アンゴラ、ボツワナ、ナミビ
ア
15.Laguna 湖
フィリピン
16.Malawi・Nyasa 湖
マラウイ、モザンビーク、
タンザニア
17.Naivasha 湖
ケニア
140
2,240
76
400
18.Nakuru 湖
ケニア
30
1.800
222
400
19.Ohrid 湖
アルバニア、マケドニア
ギリシャ
358
3,921
49
1,860
20.Peipsi・Chudskoe 湖
エストニア、ロシア
ラトビア
3,555
47,800
21
3,995
21.Sevan 湖
アルメニア
1,236
3,708
74
950
22.Tanganyika 湖
ブルンジ、コンゴ、タンザニ
32,600
223,000
45
218
ルワンダ
ア、ザンビア
23.Titicaca 湖
ボリビア、ペルー
8,400
56,270
15.6
1,520
24.Toba 湖
インドネシア
1,103
2,555
202
810
25.Tonle Sap 湖
カンボジア
2,500-16,000
70,000
59
300
中国、ラオス、ミャンマー、タ
795,000(c)
イ、ベトナム
26.Tucurui 貯水池
ブラジル
27.Victoria 湖
ケニア、タンザニア、ウガンダ
28.Xingkai・Khanka 湖
中国、ロシア
ブルンジ、ルワンダ
2,430
803,250
6.8
2,720
68,800
193,000
155
317
4,000-4,400
21,766
16
1,855
注:大半の情報は湖沼概要書からの引用である。上記以外の情報は添付資料 A に掲載している。自然諸元については第 2
章に記述している。
(a)湖沼流域面積には湖面積が含まれている。
(b)国民総所得(GNI:Gross National Income)は 2003 年における一人当たり所得であり、世界銀行の調査に基づく。
数値は沿岸国の算術平均であり、非沿岸国は含まれていない。
(c)Tonle Sap 湖の流域は 70,000km2、メコン川流域は 795,000km2 である。
7
表 1.1 28 湖沼流域の主要諸元(続き)
湖沼流域
湖沼タイプ
水区分
気候 (d)
起源
標高(m)
最深(m)
水量(km3)
閉鎖系
塩水
乾燥
氷河湖
30(小アラル)
46
108
滞留時間
(年)
1. Aral 海
40(大アラル)
…
(2003 年)
2. Baikal 湖
開放系
淡水
寒冷湿潤
構造湖
456
1,637
23,600
330
3. Baringo 湖
閉鎖系
淡水
半乾燥
構造湖
975
3.5
…
…
4. Bhoj 湿地
貯水池
淡水
温暖湿潤
人造湖
504
11.7
0.121
<1
5. 琵琶湖
開放系
淡水
温暖湿潤
構造湖
86
104
27.5
5.5
6. Chad 湖
半開放系
淡水
乾燥
構造湖
283
7
20
…
開放系
淡水
寒冷湿潤
構造湖/
29
120
25.8
3(主湖盆)
7. Champlain 湖
0.17(南湖)
氷河湖
8. Chilika 潟湖
海岸湖
淡水&塩水
海岸閉鎖
0
3.7
4
…
熱帯湿潤
構造湖/
31
45
104
…
サバンナ
火口湖
温暖湿潤
氷河湖
395
254
48.5
4.3(主湖盆)
熱帯湿潤
サバンナ
9.Cocibolca・Nicaragua 湖
10.Constance 湖
開放系
開放系
淡水
淡水
0.07(副湖盆)
11.Dianchi 湖
開放系
淡水
温暖湿潤
構造湖
1,887
8
1.56
2.74
12.五大湖
開放系
淡水
寒冷湿潤
氷河湖
183(スペリオル)
406
22,684
191(スペリオル)
13.Issyk-kul 湖
閉鎖系
塩水
高地半乾燥
構造湖
1,608
668
1,738
305
14.Kariba 貯水池
貯水池
淡水
半乾燥
人造湖
485
97
185
3
15.Laguna 湖
海岸湖
淡水
熱帯湿潤
構造湖/
2
7.3
2.25
0.67
モンスーン
海岸閉鎖
熱帯湿潤
構造湖
474
700
7,775
114
74(オンタリオ)
(Laurentian)
2.6(エリー)
16.Malawi・Nyasa 湖
過渡期
淡水
17.Naivasha 湖
開放系
淡水
温暖湿潤
構造湖
1,885
18
…
…
18.Nakuru 湖
閉鎖系
塩水
温暖湿潤
構造湖
1,759
4.5
0.092
…
19.Ohrid 湖
開放系
淡水
温暖湿潤
構造湖
690
289
58.6
70
サバンナ
地中海性
20.Peipsi・Chudskoe 湖
開放系
淡水
寒冷湿潤
氷河湖
30
12.9
25.1
2
21.Sevan 湖
開放系
淡水
半乾燥
構造湖
1,896
80
32.9
…
22.Tanganyika 湖
開放系
淡水
熱帯湿潤
構造湖
773
1,470
18,880
440
構造湖/
3,810
283
930
56
火口湖
904
505
240
109‐279
三日月湖
10
10
72.9(最大)
…
サバンナ
23.Titicaca 湖
過渡期
淡水
熱帯高地
氷河湖
24.Toba 湖
開放系
淡水
閉鎖&開放
淡水
熱帯湿潤
モンスーン
25.Tonle Sap 湖
熱帯湿潤
サバンナ
26.Tucurui 貯水池
貯水池
淡水
熱帯湿潤
人造湖
78
72
45
0.12
27.Victoria 湖
開放系
淡水
熱帯湿潤
構造湖
1,134
80
2,760
23
構造湖
69
10.6
18.3(平均)
10
サバンナ
28.Xingkai・Khanka 湖
開放系
淡水
寒冷湿潤
22.6(最大)
8
(d)出典:The Times Atlas of the World(総合第 10 版)36・37 ページ
9
Web サイト情報センターと電子フォーラム
湖沼概要書や共通課題報告書および本報告書の一般公開ならびに本プロジェクト関係者間の相互連絡
と対話を進めるために、電子フォーラム(www.worldlakes.org)が設けられた。
本報告書の構成
本報告書は 3 部 11 章に分けられている。付属資料は6編からなり、添付の CD-ROM には湖沼概要書が
収録されている。
第Ⅰ部:湖沼資源の理解は、主要な生物物理学的な様相(第 2 章)と湖沼流域管理を困難にしている人
間による利用(第 3 章)を内容としている。対象 28 湖沼流域は、湖の価値・利用・直面している問題
を幅広く内包している世界中の湖沼の代表例であって、典型的な方策が展開されているものである。こ
こでは湖沼流域管理の鍵となる内容が記述されている。
第Ⅱ部:ガバナンスへの挑戦は、本報告書の中核を形成している。この部の各章には、湖沼流域管理の
主な内容となる「ガバナンスの組織・制度(第 4 章)」
「政策手段(第 5 章)」
「住民参画(第 6 章)」
「技
術的対応(第 7 章)
」
「情報(第 8 章)
」
「資金(第 9 章)」に関して得られた教訓が記述されている。第
Ⅱ部のさまざまな主題を個別の章立てとして読むだけでなく、全体的に把握して読むことが最善である。
第Ⅲ部:総括では、全ての教訓が首尾一貫した形で取り入れられており、まず「計画策定(第 10 章)
」
について述べ、次いで「将来に向けて(第 11 章)」の展望を述べている。
付属資料 A は本報告書で使用されている語句の用語解説である。湖沼概要書と共通課題報告書とその著
者名は付属資料 B に掲載されている。付属資料 C は3回の地域ワークショップの結果概要となってい
る。付属資料 D は参考文献のリストである。付属資料 E では対象 28 湖沼流域それぞれの地図を掲載し
ている。付属資料 F は、第 11 回世界湖沼会議最終日に採択されたナイロビ声明、同会議の一環として
開催されたアフリカ水資源大臣会合で同日に採択されたナイロビ決議、および第 9 回ラムサール条約締
約国会議で採択されたカンパラ宣言を全文掲載している。
10
第 2 章 湖沼の生物物理学的性格
本章は、人間による利用と管理に大きな意味をもつ湖沼とその流域の特徴に焦点を当てている。より詳
細を知りたい読者は、Wetzel(2004)
、Klaff(2002)あるいは Horne&Goldman(1994)を参考にさ
れたい。
湖沼の地球的な広がりと分布
Meybeck(1995)による地球上の湖沼分布についての最も総合的な研究によれば、面積 1ha 以上の天
然湖沼数はほぼ 530 万であるとしている(表 2.1 参照)
。全体としてみると、湖沼は 100,000km3 の淡
水量を持ち、地表水が占める総水量の 90%にも及んでいる【Shilkomanov(1993)
】。塩水湖は淡水湖
とほぼ等しい水量である。
地球上の水の循環は河川を締め切った人工的な湖沼の建設によって大きな変容を遂げてきた。こうして
できた貯水池には地球全体の年間流出水の 14%以上が蓄えられている。巨大貯水池の建設は近年になっ
てからであるが、Bhoj 湿地のような古くて小さい貯水池には1千年以上の歴史がある。
表 2.1 世界の湖沼の起原・数および面積(1ha 以上)
起源
氷河湖
構造湖
海岸閉鎖
三日月湖
火口湖
その他/不明
人造湖
数
3,875,000
249,000
41,000
531,000
1,000
567,000
45,000
合計
5,264,000
総面積(ha)
対象湖沼数(注)
1,247,000
4
893,000
17
60,000
2
218,000
1
3,000
1
88,000
0
(不明)
3
2,509,000
28
出典:Meybeck(1995)から作成
(注)数湖沼は複数起原および(または)起原不明である。
当該欄の数字は表 1.1 に掲げられた起原分類に基づいている。
湖沼の分布は一義的には地質と気候の違いに左右される。湖沼は、カナダや北欧の国々およびロシア連
邦に最も多く存在しているが、それは、これらの地域には膨大な数の土地の窪みがあり、蒸発量を上回
る降雨量がある。しかしながら、湖沼は世界中の全ての大陸―南極大陸にさえ存在している。事実、南
極大陸には多くの塩水湖があり、数 km の氷の下に埋もれている湖沼もいくつかある(例えば、Vostok
湖)
。乾燥地域や半乾燥地域にさえ湖沼は存在するが、蒸発速度が高いので自然の塩水湖となっている。
貯水池や囲い込み池は、主として天然湖沼の数があまり多くない地域でしばしば建設されるが、その主
要な目的は地域で繰り返し発生する渇水(旱魃)や大水(洪水)に対処することにある。世界ダム委員
会(2000 年設立)は、45,000 以上の巨大ダム(ダムの高さ 15m 以上、または貯水量 300 万㎥以上の
貯水池を有する高さ 5m から 15m のダム)が存在すると推定しており、その大半は 20 世紀後半に建設
されたものである。
湖沼の類型:ある湖沼と別の湖沼とを区別しているのは何か?
11
ここでは5つの鍵となる項目(流域タイプ、気候、起源、塩分濃度、混合)について見ていくことにす
るが、これらの特性は人間による湖沼の利用を左右する主要項目である。
流域のタイプ
かつて、湖沼はそれ自体で完結する世界であると見なされていた【Forbes(1875)
】。湖水域と流域とは
湖岸線を境にした別々の独立した存在であると思われていたのである。湖沼問題への対策を含め、湖沼
についての研究が進むにつれて、湖沼はその流域と密接に関係しているということが明らかになってき
た。これは、世界湖沼ビジョンの第 2 原則として整理されている(Box 1.1)
。対象 28 湖沼の湖沼概要
書で示されている多くの問題を見ると(次頁参照)、湖沼に生ずる変化と流域で起こっていることには
密接な関係があることは明らかである。(
『流域』という意味で「Catchment」、「Watershed」および
「Drainage basin」はほとんど同意義に使用されている)
。湖沼によっては、陸上の流域を越えた大気
圏域内の活動に影響されるケースもある。
湖沼流域は水の収支によって分類される。つまり、水が湖沼にどのように流入し、また湖沼からどのよ
うに流出するかを見るのである。科学者は、開放系流域と閉鎖系流域の間で区分する、すなわち湖沼に
流出入する河川を有するか否かで区分している。図 2.1 の分類は、対象 28 湖沼の流域タイプの区分に
この単純な二分法をやや拡張して応用している。
図 2.1 湖沼流域タイプ
地表流出流域:地表からの流出水がある開放系流域である。一本または数本の川によって水は湖から流
出し、塩分を構成するイオン成分は流し出されている。このため、淡水状態が保たれている。本報告書
12
の多くの湖沼は、流出水の主要経路である河川を有する開放系集水域内に位置している。このタイプの
湖沼では、水は蒸発や地下水によっても流出しているが、これらの部分は河川経由の流出に比べると量
的には少量である。こうした湖沼流域の例としては、Baikal 湖、琵琶湖、Constance 湖、Dianchi 湖、
五大湖、Peipsi・Chudskoe 湖、Toba 湖および Xingkai・Khanka 湖がある。
浅層流域:重要な浅層流入/流出河川を持つ開放系流域である。地表流出河川を持っていないが、地下水
を通じて水および塩分を流出させる実際の流れがあるために、淡水水質を保っている湖沼が多くある。
Naivasha 湖は地下水からの流出が優先している顕著な例である。Ohrid 湖は、流入水の多くが別の湖
沼流域から地下水を通じて流れ込んでいる興味深いケースである。こうした湖沼例には、Baringo 湖、
Chad 湖、Naivasha 湖および Ohrid 湖がある。
過渡的流出流域:地表ないしは浅層からの流出は少ないが、大量の蒸発が起きている流域である。この
タイプの湖沼は主に低緯度地帯に見られ、強烈な太陽光線による強度の蒸発が起きる乾燥・半乾燥地域
に位置する。気候や人為的影響のわずかな変化が湖沼流域を開放系から閉鎖系に転換させることになる。
湖面への降雨量と湖面からの蒸発量に大きく左右されるので、同等面積の他の開放系流域湖沼よりも大
気の作用により敏感に反応する。Malawi・Nyasa 湖流域には南部に流出河川があるが、その河川は時々
枯渇し、流域を閉鎖系に変えている。このような例としては、Cocibolca 湖、 Malawi・Nyasa 湖、Sevan
湖、Tanganyika 湖、Titicaca 湖および Victoria 湖がある。
閉鎖系流出流域:見るべき地表流出河川も浅層流出河川も持たない終着流域である。湖水は蒸発のみで
失われ、そのために塩分濃度(総イオン濃度)が次第に高まっていく。したがって、閉鎖系流域の大半
の湖沼は塩湖(総イオン濃度 3g/ℓ以上)か、塩湖になりつつある状態である。閉鎖系流域湖沼の例とし
ては、Aral 海、Issyk-kul 湖および Nakuru 湖がある。
海岸流域:海洋からの海水の出入りがある集水域である。淡水は主に流入河川から入ってくる。湖沼か
らは水が時期的/季節的に海洋に流れ出し、時には海洋から湖沼に流れ込む。このことが生物相にとって
重要な、複雑で季節的な塩分変化をもたらす。こうした湖沼例としては、Chilika 潟湖があり、それほ
ど顕著ではないが、Laguna 湖がある。
流向変動流域:季節によって流れの方向を変える河川を持つ集水域である。海岸流域湖とは対照的に、
水の出入りは淡水河川との間で起こる。流出入の逆転現象は、湖水位と湖面積の大きな変動要因となる。
こうした湖沼は、通常は内陸扇状地帯に発生する。Tonle Sap 湖は、このタイプの主要例である。この
タイプの流域では、湖沼に連結している河川の流量が季節的に変化するため、湖沼の集水域の面積は季
節的に変動する。
貯水池流域:ダムでせき止められた河川の集水域である。建設理由はさまざまであり、地質と気候とが
天然湖沼の形成に適さない地域の多くで貯水池が建設されてきた。このタイプの流域には湖面積に対し
て流域面積の比率が大きいものが多く、貯水池にはしばしば顕著な樹枝状の形態を示す。その二つの特
徴を示す例として図 2.1(g)に Tucurui 貯水池とその広大な流域の両者を図示する。河川環境から湖沼
環境への貯水池本体内での移行は段階的であり、ダムに近いほどその進行は早い。Bhoj 湿地・Kariba
貯水池および Tucurui 貯水池がこの例である。
起源と年代
13
表 2.1 は、現存する世界の湖沼の 75%が約 1 万年前に終息した最後の氷河期の結果として形成されたこ
とを示している。海岸流域湖はさらに新しいもので、海水面が安定した約 6 千年前に形成されたもので
ある。構造湖は年代的にはさまざまなものがあるが、概して非常に古いものが多い。シベリアの地溝帯
に位置する世界最古の Baikal 湖は 2 千万年以上の年齢であると考えられている。アフリカの大地溝帯
には、Malawi・Nyasa 湖や Tanganyika 湖のように同様に古くかつ深い湖沼が位置している。世界の
15 古代湖(2 百万年以上の年代のもの)の内の 8 湖沼が本プロジェクトに含まれている。
湖沼の起源はその湖沼の性格と深い係わりをもっている。例えば、海岸が閉鎖してできた潟湖は、通常
は大河川の流域末端部に位置しているので、当然沈砂の影響を受けやすい。こうした潟湖は、年代とと
もに次第に沈砂に満たされ、海からの隔離がさらに進行し、塩分濃度が低下していくという経過をたど
っていく。他方、構造湖は深くて古いという傾向があり、したがって、より長い滞留時間となる。一般
的にこれらの湖沼には重要な生物多様性価値を有する固有種を持つものが多い。
気候
太陽エネルギーの流入は、湖沼への流入水の量とその季節変化や湖沼の熱特性および湖沼内の生物生育
過程に影響を与える。第 1 章の表 1.1 はケッペンの気候区分によって湖沼流域を分類しており、寒帯・
冷帯湿潤・温暖湿潤・乾燥・熱帯湿潤・高山の 6 項目の主要気候タイプが認められる。この 6 項目をさ
らに細分することができる。
対象 28 湖沼は気候タイプの広い範囲をカバーしている。大半は熱帯性(10 湖沼)または亜熱帯性(5
湖沼)気候帯に属し、大量の降雨と強い太陽光線が特質となっている。別の 6 湖沼は乾燥地域または半
乾燥地域に位置し、
年間降雨量はそれぞれ 25~200mm と 200~500mm の間の地域に分類されている。
これら乾燥地域と半乾燥地域の多くは低緯度地域にあり、したがって強力な太陽光線と高蒸発の影響を
受けやすいのである。世界の塩湖の主要部分は、乾燥地帯や半乾燥地帯の閉鎖系集水域に発生している
【Wiilliams(1998)
】
。Titicaca 湖は高山性の熱帯湖沼という特異な位置を占めている。残りの 6 湖沼
は温帯地域に位置している。
浅い湖沼は気候の影響をとくに受けやすい。例えば、Nakuru 湖は水深が浅くて蒸発率が大きく、流入
河川の水量が季節的に変化するため、同一季節内、季節間を問わず、気候の変動を緩和する機能をほと
んど有していない。流入水量の最初のピークは 5 月(降雨量のピークを過ぎた 1 ヵ月後)に起きるが、
二回目のピークは 8 月の降雨と一致している。Nakuru 湖の流域は閉鎖系流域であり、蒸発によっての
み湖沼からの水の喪失が起こり、その結果、1993 年から 1996 年にかけての長期の旱魃が著しい湖水面
の低下を招くことになったのである。
湖沼に関する科学的な知識は、まずヨーロッパや北アメリカにおける温帯湖沼の研究から得られたもの
である。こうした知識ベースを拡張するために、本プロジェクトでは多くの温帯以外の湖沼や途上国か
らの湖沼を対象に選んだ。
塩分濃度
1998 年に Williams は、総イオン濃度が 3g/ℓ以上の湖を塩水湖と定義した。これ以下の濃度の湖は淡水
湖とみなされている。水が蒸発する際にイオンの大部分はそのまま残留する。湖沼からの水の喪失を蒸
発が支配している場合には、その湖沼の塩分濃度は次第に増大していく。対象湖沼のうち 3 塩湖(Aral
14
海、Nakuru 湖、Issyk-kul 湖)は閉鎖系流域に存在している(もう一つの塩分濃度の高い湖沼は Chilika
潟湖である)
。
本研究の対象湖沼は、淡水から過塩分濃度湖まで塩分濃度の広がりをカバーしている。湖沼の塩分濃度
は、生物相およびその利用者である人間に決定的な重要性を持っている。Aral 海は、かつては低塩分
濃度水域であったが、流入する淡水河川の上流域における分水によって湖沼の水収支は蒸発が支配的と
なり、その塩分濃度が劇的に上昇した結果、漁業の壊滅を招いた。しかしながら、塩分濃度上昇が利益
を招くことがあり得る。Chilika 潟湖の湖沼概要書では、高塩分水(海洋水)の供給が減ることで、高
塩分生態系に適合していた魚種が減少する結果となった経緯が示されている。大地溝帯のケニア領内に
位置するナトリウム塩湖である Nakuru 湖は、極端に高い塩分濃度が湖沼の最も重要で特徴的な価値を
生み出している事例である(Box 2.1)
。
混合と成層
湖沼内の水の動きは一定の方向性を持たず、複雑である。多くの湖沼では、成層する期間、つまり上層
の水が下層の水と混ざり合わない期間がある。事実上、一つの湖沼が他の湖沼の上に乗り、一つの湖沼
があたかも二つの湖沼に分離したかのようになる。成層は、湖水面に降り注ぐ太陽光線が上層水の水温
を上昇させるとき、あるいは上層と下層の塩分濃度差によって形成される。上層と下層の大きな密度差
による強力な成層は、熱帯の湖沼にとくに生成しやすい。
成層が引き起こす主な影響は、底層の水が大気と接触しなくなり酸素の経常的な供給が途絶えることで
ある。このような状態になると、そこに生存するいろいろな生物が酸素を消費するために、水中の酸素
濃度が低下する。魚類やその他の生物種はそうした酸素欠乏状態の水中では生存できない。望ましくな
い化学反応でメタンやリンなどの汚染物質を底泥から遊離させるという事態が発生することがある。
成層と混合はさまざまなパターンで発生し、そのタイプとしては、単混合(年に 1 回の混合)
・対混合
(年に 2 回の混合)
・多混合(年に数回の混合)および部分混合(常に成層している)がある。単混合
および対混合湖沼は通常、温暖な地域で見られ、そこでは太陽光線の季節性がはっきりとしている。浅
い湖沼は年間を通じて混合しやすい(多混合)傾向があり、成層期間はごく短い。Malawi・Nyasa 湖
や Tanganyika 湖のようないくつかの湖沼は、最深部に滞留する膨大な量の水を混合させるのに必要な
エネルギーを風が供給できないため、永久に成層している。このような湖沼の低層に沈んだ物質は事実
上永久にそこに留まる。
15
Box 2.1 Nakuru 湖:塩分と蒸散
Nakuru 湖は極端な塩湖の例であり、その塩分濃度のレベルの変化幅は 0.8~20%である。強いナト
リウム塩湖の性質があるために、Nakuru 湖は人間による利用を遠ざけてきた。同湖の水は、灌漑・
スポーツ・漁業あるいは水道用水としては不適当なものになっている。このような高アルカリ性湖
沼は生息する生物の多様性が少なく、単純な生態構造となり、耐性があり順応した数少ない生物種
が高密度に生息するという特色がある。Nakuru 湖の場合、藍藻類の Arthrospira fusiformis
(Voronichin=オシラトリアの近縁種)が高塩分濃度の水中で繁殖しており、レッサーフラミンゴ
の餌となっている。レッサーフラミンゴはこの藻類に特化した食性を持っており、その食性は
Arthrospira fusiformis が繁殖する湿地に限られている。レッサーフラミンゴは絶滅危惧種である
(CITES List Ⅱ)
。
フラミンゴの一大群生地であるために Nakuru 湖は価値の高い国立公園であり、地域や国にとって
の主要な収入源となっている。国立公園としての価値に加え、流域内に発生した廃棄物を同化する
貯水池としても役立っている。この湖の管理には、明らかに矛盾するこの二つの用途のバランスを
とることが必要である。
湖沼に共通する特徴:湖沼とそれ以外の水域を区別しているのは何か?
一般的に、湖沼は 3 つの基本的な特性①全てを統合する性質②長い滞留時間③複雑な応答動態を持って
いる。個々に見ると、これらの特性は湖沼に特有のものではない。例えば、地下水も長い滞留時間を有
するし、河口部は複雑な動態を示すことがある。しかし、これら 3 つの特性を併せ持つのが湖沼であり、
流域管理に IWRM の原則を適用する際に重要な影響を与えるのである。
全てを統合する性質
湖沼は集水域やその彼方の多くの発生源からさまざまな形で影響を受ける。湖沼に影響をもたらす現象
は、大気からの降下物、河川その他の水路からの流入物、波を発生させる太陽光エネルギーや風力エネ
ルギー、混合状態に影響を与える熱エネルギー、さらに土地や大気起源の汚濁・汚染物質や栄養塩類な
らびに生物・無生物を含む有機物負荷である。
「全てを統合する性質」とは、こういったさまざまな影響が湖内で混合し、資源や問題が湖沼全体に広
がることを意味している。混合には重要な制約がある。成層は完全な垂直混合を妨げ、閉鎖的な湾入部
は水の水平移動に制限を加えることがある。にもかかわらず、魚類や遊泳性の無脊椎動物など貴重な資
源だけでなく、浮遊性植物や汚濁といった問題とともに、湖沼の上層域の大部分を動き回るのである。
長い滞留時間
湖沼は引き起こされる変化にゆっくり対応していく。湖沼は、洪水、汚濁物、熱などには敏感に反応せ
ず、その影響を吸収することができる。水の滞留時間は、湖の水量を年間流入(あるいは流出)量で割
った値として計算され、水の分子が湖沼の中で過ごす平均時間指標となっている。表 1.1 には本プロジ
ェクトの対象となった湖沼の多くについての滞留時間を掲載している。最短滞留時間は 2 ヶ月(Tucurui
貯水池)であり、最長滞留時間は 440 年(Tanganyika 湖)である。湖沼の世界平均は 17 年で、ダム
のない河川の平均滞留時間の 2 週間と対照される【Klaff(2002)
】。
16
長い滞留時間にはいくつかの重要な意味がある。一つは、湖沼は相対的に安定しているということであ
る。深刻な旱魃(かんばつ)の際ですら、大半の湖沼は水をいくらかはたたえており、その大量の水量
は多くの場合、短期変動に対し緩衝となる。厳しい旱魃が続くと、とくにそれが閉鎖流域に起きると、
干上がってしまうことがある。Aral 海は過去 2 千年間に数回干上がったことが知られており、Nakuru
湖も 1980 年代に大部分が干上がったことがある。頼りがいのある貯水槽として、湖沼は航行を容易に
する平水面を提供している。加えて、滞留時間が長いことで、懸濁物を水底に沈積させることができる。
このことは、多くの物質に対する効率的な沈澱槽として機能しているということを意味している。比較
的長期間存在しているために、多くの湖沼は文明を育み、文化の象徴となってきた。Sevan 湖や Ohrid
湖がそうした例を示している。Sevan 湖に人が住みついたのは 9,000 年以上前にさかのぼるし、Ohrid
湖のマケドニア側は世界遺産に指定されている。その理由の一部は住民の長い歴史を物語る遺跡がある
からである。
もう一つの意味は、相対的に古い湖沼の長期間の安定性は、複雑でしばしば特異な生態系を進化させる
ことである。Malawi・Nyasa 湖は数百万年間比較的孤立していた場合の例であり、自然淘汰を繰り返
しつつ、現存 500 種以上の在来魚種を生み出している。しかしながら、こうした生物多様性は、ナイル
パーチの導入と富栄養化の進行によって、魚群落が喪失した Victoria 湖の例に見られるように急速に破
壊されるものである。湖沼生態系は、進化に必要な時間枠を超えるストレスに対しては弾力的に対応す
るが、それまでに経験したことのないようなストレス、例えば外来種の導入といったような新たなスト
レスに対しては極度に脆弱である。
長い滞留時間は、湖沼が一度悪化すれば、仮に正常に戻せたとしても、非常に長い時間がかかるという
ことを意味する。五大湖における毒性化学物質の長期にわたる底泥からの溶出のように、湖沼概要書が
語る証拠は、悪化を元に戻すのは困難かつ費用がかかり、しばしば不可能でもあるということを示して
いる。湖沼の長い滞留時間は、人間による管理に要する時間尺度とはほとんど合致しない生態系の反応
時間とのずれの原因になる。
複雑な反応動態
河川とは異なり、
湖沼は必ずしも外力の変化の大きさに応じた分だけ反応するとは限らない。図 2.2 は、
栄養塩類濃度が増加する場合に、大半の湖沼で見られる典型的な非直線反応(履歴現象)を表している。
具体的には、濃度が上昇(A から B へ)しても、湖沼環境の悪化は目に見える形では現れてこない。図
中では、濃度が B から C に増加したときに始めてプランクトンが異常増殖している。政策決定者にと
って困難なことは、湖沼は単純には C から B に戻ってはくれないことである。生態系においては不可
逆的な変化が起こりがちであり、そのために、回復の道筋は C から D を経て A に至ることになる。そ
のことは、政治的に困難な決定(湖沼を C から D に移行させるための栄養塩類排出規制といったよう
な)が、直ちに良好な(たとえば植物プランクトンの異常増殖頻度が一気に低下する)結果を生み出さ
ないということを意味している。
17
プ
ラ
ン
ク
ト
ン
濃
度
時間
時間
栄養塩濃度
図 2.2 湖沼の複雑にからみあう動態の例
Victoria 湖は、この複雑な反応について周知の実例を示している。従来、優占植物プランクトン種であ
った珪藻類の Aulacosiera が湖中で最後に観察されたのは 1990 年であった。現在では、窒素固定微細
藍藻類(とくに Cylindrospermopsis 種)とそれよりは少ないが、Anabaena が植物プランクトンの優
占種となっている。湖沼における食物連鎖の基盤部分におけるこのような突然の変化は、栄養塩類負荷
が次第に増大した結果であり、湖沼の生態系全体に波及する主要原因となる。Naivasha 湖は、外来種
が湖沼に導入されて状態が変わったと水生生態学者が推測しているもう一つの湖沼である。ルイジアナ
ザリガニの導入が、もともと沈水植物が優占していた生態系をほとんど水生大型植物が枯渇した生態系
へと変えてしまったのである。
生物濃縮は湖沼の生態系における複雑性のもう一つの例である。生物濃縮とは、食物連鎖によって進行
する生物体内におけるある化合物の濃度の増大のことをいう。PCB 類やダイオキシン類といった有害化
合物質は脂質に極端に溶けやすく、そのためにそれらを摂取した生物体内に留まり、食物連鎖の下位に
位置する生物が上位に位置する生物に捕食された場合に濃縮される。表 2.2 は、PCB 類の濃度が五大湖
における食物連鎖でどのように上昇していくかを示している。
表 2.2 五大湖における生物濃縮
生
物
植物プランクトンを基準とした
PCB 汚染濃度比較
人間
?
セグロカモメの卵
4,960
マス(大型魚)
193
ワカサギ(小型魚)
47
動物プランクトン
5
植物プランクトン
1
出典:USEPA&
カナダ政府(1995)より作成
湖沼流域管理のための示唆
湖沼は河川流域の一部であり、IWRM の原則により最善の管理が行われる。その中には、管理現場に最
も近い適切なレベルへの権限の委譲、湖沼に影響を与えるセクター間の調整、およびかかわりを持つ利
18
害関係者すべての参画を含んでいる。図 2.3 は、水資源管理には水利用者すべてにわたっての調整が必
要であることを示している。しかしながら、水資源管理者もまた、湖沼の特性と湖沼流域管理における
こうした特性の持つ意味を十分理解する必要がある。IWRM の中でのこうした特別な形態のものを統合
的湖沼流域管理(ILBM:Integrated Lake Basin Management)と呼ぶ。
水資源管理
洪水、旱魃、多目的貯水、
水質、水源の保護のための
インフラ整備
組織・制度の枠組み
管理手段
水
の
供
給
と
公
衆
衛
生
農
業
用
排
水
エ
ネ
ル
ギ
ー
環
境
サ
ー
ビ
ス
水管理の政治的制度
工
業
と
水
上
輸
送
を
含
む
そ
の
他
の
サ
ー
ビ
ス
図 2.3 水資源とセクター別水利用間の関係を示す枠組みの概要
出典:Global Water Partnership
湖沼の「全てを統合する性質」とは、湖沼資源も湖沼問題も、湖全体との関わりの中で考える必要があ
ることを指している。したがって、ある湖沼について、その部分ごとに管理方策を施すのは賢明ではな
い。このことは、国際越境湖沼流域にはとくに当てはまる。例えば、持続可能な漁業は、沿岸国のすべ
てが持続可能な漁業を実践しなければ、単一魚種についてすら達成することはできない。つまり、国際
越境湖沼流域には、何らかの国際協力体制が必要である。湖沼とその流域の両者を対象とする組織・制
度を調整する国際協力のいくつかの例については、本報告書で後述する。湖沼の「全てを統合する性質」
は、一般的に湖沼資源の利用者を排除することが難しいことを意味している。効果的な規制を行う組
織・制度がない場合には、個々の利益追求を目的とする利用が横行しやすく、過剰利用につながって資
源の基盤を破壊することになる。人々の行動を規制する方法は、法規制による場合であれ、経済的手法
による場合であれ、あるいは教育や参画による場合であれ、湖沼のこうした特性に基づいて定められる
必要がある(より詳細な議論は次章で行う)
。
長い滞留時間は多くの意味を持っている。問題は徐々に表面化し、それが解決されるまでには同じく長
い期間を要するため、湖沼流域管理に関わる組織・制度(上流域のものを含め)には、継続性を持った
行動が取れるような配慮がされている必要がある。その組織・制度は、セクター別の機関や地元のグル
ープとの強力なつながりを持つことを含め、長期的に機能するよう配慮されるべきであり、資金源が持
続する必要がある。
湖沼が長い滞留時間と複雑な動態の両者を兼ね備えているために、科学的知見は ILBM においてはとく
に重要な役割を持っている。「長い滞留時間」という性質は、問題となる事項についてはモニタリング
や指標の策定および分析的研究を通じてできる限り前もって予見する必要があることを意味しており、
「複雑な動態」という性質は、詳細な科学的研究によってそうした複雑なプロセスとそれが意味するも
19
のが解明される必要があることを意味している。科学研究はこうした問題への新たな解決策をもたらす
可能性を有している。
現在、湖沼を含む河川流域の特性について十分理解している水資源管理者の数はまだ少ない。本プロジ
ェクトを通じて明らかになった教訓が、湖沼流域の特性やそれらの特性の持つ意味に対する水資源管理
者たちの注意を喚起することに役立つことを期待するものである。
20
第 3 章 人間による湖沼の利用:価値・問題点および対応
湖沼とその流域の資源価値
湖沼や貯水池およびその流域は人間にとってさまざまな利用価値を持っている。飲用水・農業用水・工
業用水ならびに家畜の用水および発電用水を供給し、下流地域に対しては、洪水と渇水の両方をやわら
げる役割を果たし、下流を守るための懸濁物や汚濁物質の沈澱池(このことが湖沼自体にとっては問題
を起こすことになりうるが)となり、物資の輸送路となり、重要な食料となる生物種の生息地となって
いる。そういった価値を生み出すために私たちは人工的に湖沼を建設するが、天然の湖沼からもたらさ
れる価値は、人工的な湖沼が生み出しうるものをはるかに超えている。Tonle Sap 湖は、洪水と旱魃の
緩衝池の役割を持っているが、そのことが湖辺や下流域の地域社会の利益をもたらしている珍しい例で
ある。5 月の中旬から 10 月の上旬にかけてメコン川の流量は増大し、メコン川デルタ地帯の収容能力
を超えた流水は Tonle Sap 川に逆流し Tonle Sap 湖に入り、湖辺一帯を洪水にする。この毎年繰り返さ
れる増水が世界で最も漁獲量が多い漁業を支えている。増水期に続く 10 月から翌年 4 月にかけてのメ
コン川へのゆっくりとした流出が、二期作目の米作のための用水となり、メコン川デルタ地帯に海水が
逆流するのを防いでいる。
湖沼とその流域の多くの利用価値を高めている内容については次の Box 3.1 に示す。
Box 3.1 湖沼と湖沼流域の普遍的な利用
湖沼
湖沼流域
 都市や農村域のための取水
 降雨の受け皿および灌漑農業
 観賞用・食用魚採捕漁業や養殖
 家畜の牧草地
 水上輸送
 工業
 耕作地や牧草地のための用地提供
 鉱山
 下水を含む廃棄物の処理
 居住地
 生物多様性・風景あるいはスポーツ活動に関る観光
 林業
 文化的・宗教的利用
途上国の湖沼周辺におけるほとんどの集落社会は、自分たちの用水・食糧および生計の大部分を湖沼の
生物と湖沼の自然のプロセスに依存しているので、人口増によって湖沼資源は増大する圧力にさらされ
ることになる(Box 3.2)
。このように、本プロジェクトの多くの湖沼流域社会-その中には世界の最貧
の人々が含まれている-は、蛋白資源を淡水生物に依存している。例えば、Malawi・Nyasa 湖は、マ
ラウイにおける動物蛋白の 70%から 75%を供給しており、Tonle Sap 湖は、年間およそ 23 万トンの魚
類を提供し、これはカンボジアの総漁獲量のほぼ半分を占める。Victoria 湖は世界でも最大の淡水漁業
を支えており、年間漁獲量は 30 万トンを超え、6 億ドルの価値を生み出している。ナイルパーチとナ
イルティラピアの外来 2 種が輸出用外貨をかせぎ出し、レクリエーションの機会を生み出し、蛋白質の
供給を増やし、漁民に雇用機会と収入の増大をもたらすことで、沿岸諸国にプラス面の貢献をしてきた
が、一方では、この 2 種によって多くの固有種、とくにキクラ科の魚類が消滅に追いやられてもいる。
しかしながら、最近の調査では、Victoria 湖地域の主要な湖からは消滅したと考えられていたキクラ科
魚類のうちのある重要種が、周辺のわずかな生息域や小内湖にごく小規模ではあるが生息していること
21
が明らかにされている。
湖沼は重要な生態系を支え、地球上のすべての社会にとって価値がある希少かつ絶滅の危機に瀕してい
る生物種の生息地でもある。対象湖沼の多くは国際的な生物多様性の高い価値を持っている(表 3.1)。
28 湖沼概要書の内の 12 湖沼概要書において、湖沼流域管理の枠組みにとって大切だという理由で、湖
沼が国立公園・自然保護地あるいは保護地域として国や地方自治体による指定を受けていると記述され
ており、28 湖沼流域のうち 18 湖沼流域には国際的にも重要な湿地が含まれている(ラムサール条約登
録湿地)
。5 湖沼流域は、生物圏保全のため国連人間・生物圏計画によって指定されている。2 湖沼は
UNESCO の世界遺産として指定されている。Ohrid 湖は、湖沼流域における自然遺産と文化遺産の両
面で指定を受けており、世界で最も生物多様性の高い淡水域である Baikal 湖は、自然遺産について指
定を受けている。いくつかのケース(Ohrid 湖、Champlain 湖、Issyk-kul 湖)では、こういった国際
的な指定を受けることが、湖沼資源の重要性についての意識を呼び覚ますのに役立ち、国家的な水資源
管理への取組の道筋を整えてきた。
対象湖沼の多くでは、生物多様性保護の問題は危機にさらされている湖沼資源の有功利用と結びつけら
れている:

Ohrid 湖では、天然のマスが、乱獲や産卵場所の喪失および外来魚種の導入によって危機にさらさ
れている。マケドニアとアルバニア間で漁獲量規制を一致させる、あるいは湖岸帯の植生を保護す
る取組は危機に瀕している天然のマスを保全し、商業価値のある食糧源を維持するのに役立つであ
ろう。

メコン川流域の一部である Tonle Sap 湖では「流域の生態を維持しつつ、関係国間における合理的
かつ公平な水利用」を達成するために Water Utilization Programme(WUP)が 2000 年の初めに
始まった。

Tanganyika 湖と Malawi・Nyasa 湖は、魚種が多様で観賞魚の取引が盛んである。しかしながら、
こうした色鮮やかなキクラ科の魚種は、生息地が極度に限定されており、漁獲を慎重に規制しない
と絶滅の危機にさらされることになる。これらの魚種には規模が小さくても持続的な産業になる可
能性がありながら、現在、両湖沼においてこの取引の継続性を保つための取り締まりは全くされて
いない。
最後に、湖沼は、先進地域・途上地域を問わず、多くの社会において文化的・宗教的な価値を有してい
る。湖沼概要書では数多くの実例が示されている。Laguna 湖では、洗礼や守護聖徒をたたえるパレー
ドといった宗教儀式が湖岸地域に住む人々との密接なつながりを示している。また Laguna 湖流域の
Laguna 県 Pakil 市、Pangil 市および Majayjay 市には一世紀を超える教会があり、湖岸の Binangonan
Rizal 市には岩石彫刻もあるなど、多くの文化遺産も残されている。Ohrid 湖はもう一つの例を示して
いる。長い歴史を持つ湖岸域の居住地は、文化と自然が混合しており、湖のマケドニア側は世界遺産と
して 1980 年に UNESCO の世界遺産委員会により指定された。Ohrid 湖の地域社会は、今や、文化遺
産観光市場の成長による利益を享受するようになっている。
22
Box 3.2 環境悪化と人間の営みとの関連:Chad 湖と Nakuru 湖の例
Chad 湖
Chad 湖は、気候の変化に対応して自然に水位が変動することで知られている。近年、灌漑用水の需要が 4 倍に増
えてきて、水位の変動幅を拡大させており、劇的な環境変化をもたらしている。1963 年には湖面積は 25,000 平方キ
ロメートルであったものが、現在では 1,350 平方キロメートルになっている。湖の北部の植生は消滅してしまってお
り、干上がった湖底に砂丘が形成され始めている。流入河川の水量減少により、所々水路の途切れを招いている。加
速する土砂の堆積と雑草の生長(一部は Typha australis)によって、Hadejia-Jama’are - Yobe 川流域など各所で大
きなダメージが生じてきている。人口と灌漑用水の需要が増加し続けているので、今後とも問題は悪化し続けると思
われる。
この環境悪化は、流域の人々の生活に直接影響を及ぼしてきている。牧草地の面積は旱魃以前の 66%にまで縮小し
ており、灌漑用の水路は水が切れ、川筋は土砂の堆積と水草によってふさがれ、天然の動植物の中には消滅してしま
ったものもある。漁業・牧畜および農耕といった経済活動のすべてが悪影響にさらされており、多くの人々は環境難
民として土地を離れなければならなくなっている。漁業者のように水に経済活動を左右されている人々は、国境線に
とらわれることなく後退する水を追い求め続けている。1983 年までには危機的な状況となった。難民たちは、何が
起きたのかをはっきりと認識することなく、気がつけば、他の国に住みついていたのである。こうした難民たちと土
着の地域住民との間での争いが起きており、湖の中に出現した島の領有権をめぐって関係国間の紛争も巻き起こって
いる。
Nakuru 湖
Nakuru 湖は、アフリカ大地溝帯東側の水文的に閉鎖された流域にある浅いアルカリ性塩湖の一つである。年間、
10 年単位およびそれ以上の長期スパンにおけるさまざまな気候変動によって、水深と塩分濃度が大きく変動し、それ
が同時に湖の生態にも大きな影響を与えている。Nakuru 市はケニアで4番目の大都市であり、人口は 40 万人を数
える。過去 30 年間で都市人口は年率 10%の割合で増加しており、水の供給に著しいストレスを与えるとともに、環
境保全のための排水処理を難しくしている。
灌漑用水や家庭用水および工業用水に利用するために、流入河川の上流域での取水量も増大している。森林伐採と
農耕地化は地域の水文状況に著しい変化をもたらす。森林域が破壊されれば、流出率の上昇、河川・水路における降
雨時流出量の急激かつ破壊的な増加、河川水量の著しい季節変化、井戸(深井戸)や掘削井(浅井戸)の安定湧水量
の劇的な減少などの水文影響が現実化してくる。水需要が増大し取水量が増えると、流域における雨水貯留機能は明
らかに低下していく。
自然資源の公平な配分や持続可能な環境の保全および経済発展をめぐる問題が流域内で浮かび上がってきた。増え
続ける人口、環境保全行政に規制法の執行が伴っていない状況、および持続性を無視した自然資源の利用が資源をめ
ぐる利害対立の根本的な原因をなしている。Nakuru 湖国立公園周辺での貧困と、住民・野生生物間の資源利用をめ
ぐる利害対立は、流域の自然資源とそこに住む人々との間の葛藤を示す好例である。
異なる民族からなる集水域における地域社会は、1992 年までの 30 年間以上にわたり平和的に共存してきたが、同
年、政治的に扇動された民族紛争が勃発し、多くの死者の発生と破壊行為ならびに居住者の強制移転を引き起こした。
1998 年の年初に民族間の闘争が再発し、同様の事態を招いた。人間と野生生物との葛藤は継続し、野生生物は農作
物や耕作機械に危害を与え続け、流域住民は自らの環境を悪化し続けている。
都市域拡大の必要性と湖を保護する必要性との葛藤は、持続可能な都市開発への気の遠くなるような挑戦につなが
る複雑な事態を招いてきた。Nakuru 市域の脆弱な生態状況は、人間生活にとって厳しいものとなっており、成長の
限界を招いている。一方、急激な人口増加と経済的な発展への願望に応えるために、都市開発戦略と適切な都市プラ
ンの策定戦略が求められている。開発の過程における利害関係者すべての見解の反映は、望ましい将来像を達成する
ために不可欠である。
出典:Chad 湖概要書、Nakuru 湖概要書
23
表 3.1 本プロジェクト対象湖沼流域における国際的生物多様性指定状況
湖沼流域名
国または地方自治体による指定
ラムサール条約登録湿地
Baikal 湖
✓
✓
Bhoj 湿地
✓
✓
琵琶湖
✓
✓
Champlain 湖
✓
✓
✓
✓
Cocibolca・Nicaragua 湖
✓
Constance 湖
✓
五大湖
✓
Issyk-kul 湖
✓
Laguna 湖
✓
Malawi・Nyasa 湖
✓
✓
✓
✓
✓
Ohrid 湖
✓
Peipsi・Chudskoe 湖
✓
✓
✓
Titicaca 湖
✓
✓
Tonle Sap 湖
Xingkai・Khanka 湖
✓
✓
Tanganyika 湖
Toba 湖
✓
✓
Naivasha 湖
Sevan 湖
✓
✓
Chad 湖
Nakuru 湖
世界遺産
✓
Baringo 湖
Chilika 潟湖
生物相の保護
✓
✓
✓
✓
総経済価値
湖沼流域の総経済価値(TEV:Total Economic Value)は、特定されたすべての利用と利益に基づくす
べての価値の総和である。このアプローチは、どのような自然資源のシステムにも多くの異なる利用者
と利用形態があり、それらの利用は資源の価値に対応する経済的な貢献であるという現実に基づいてい
る。
TEV による評価は、使用価値と非使用価値の両者を含んでいる。使用価値とは、漁業や取水あるいは湖
上輸送といった湖の直接的な利用ないしは湖との関わりによってもたらされる利益である。非使用価値
とは、湖自体に対しての直接の関わりを必要としない利益である。非使用価値の例としては、湖がそこ
にあるということ(存在価値)あるいは自分の子孫が湖の幸を享受できるであろうこと(遺産価値)を
知っていることによる利益などがある。Box 3.3 には、Sevan 湖のさまざまな価値を列挙している。
湖沼流域の TEV を算定する上で最も困難な課題は、通常は市場で売買しない多くの利用形態について
経済的な価値を計算することである(これはとくに非使用価値について当てはまる)。完全かつ正式な
24
TEV の計算が行われるのは稀である(実施のためのデータと時間が必要となるため)が、TEV 分析を
行う上大きなメリットは、いかなる資源も、容易に特定してお金に換算できるものと、そうではないさ
まざまな価値形態から成り立っていることを我々に教えてくれることにある。ともかく、TEV 評価は、
政策決定者やプランナーが、利害関係者は誰なのか、管理上の選択肢のそれぞれが誰の価値(幸福)に
影響を与えるのかについて考える手助けになる。
Laguna 湖概要書は TEV を計算している唯一の概要書である。この TEV 分析は、USAID の支援によ
る汚濁規制プロジェクト「環境および自然資源評価プロジェクト」の実施によって生じると期待される
価値を評価するために行われたものである。分析は幅広い範囲の使用価値と非使用価値2を対象に行われ
たが、実際の計算は以下の4つの使用価値についてのみ行われた。提案されたプロジェクトによる推定
利益は以下のとおりである:
・ 漁業:年間 125,000 ドル(漁獲量と魚の市場価格から計算)
・ 灌漑:年間 1,250,000 ドル
・ 家庭用水:年間 9,000 ドル
・ 観光:年間 90,000 ドル
総経済価値
使用価値
非使用価値
直接価値
間接価値
選択価値
遺産価値
資源の消費的
利用と非消費
的利用
生態系の機能と
サービス
将来の利用を
期しての留保
将来世代の便益
存在価値
それがそこにある
こと
図 3.3 総経済価値
資源は「使用する」という言葉より「利用する」という言葉がより相応しい場合が多いが、use value、non-use value で言う「use」
は「手を下して使うことが可能か否か」を区別する表現なので、それぞれ、
「使用価値」、
「非使用価値」と訳すことにする。たとえば、
汚染されて「利用価値が無くなってしまった」用水の価値区分は「使用価値」であって「非使用価値」とはならないが、
「利用価値がな
くなってしまった」用水の価値を「非利用価値」と混同してしまうことを避ける必要があるからである。但し、本書の経済的価値区分
に関する記述以外では「資源の価値とその利用」といった一般的記述を踏襲する。
2
25
Box 3.3 アルメニア、Sevan 湖の社会経済的評価
Sevan 湖とその流域はアルメニアに多大の財貨とサービスを提供している。Sevan 湖概要書の中の
社会経済的価値は、TEV 評価に用いられるさまざまな価値に容易に変換される。概要書中の主な焦
点は、直接利用に当てられているが、それ以外のタイプの価値についても説明されている。概要書
で紹介されている情報に基づき、財貨とサービスを以下のグループに分けることができる:
直接使用(消費的)
:砂・砂利・ミネラルウォーター・泥炭・ヨシ・柳の枝・木材・マッシュルーム・
その他の樹木・魚・鳥・食肉や毛皮のための哺乳動物・カエルおよび底生無脊椎動物。
直接使用(非消費的)
:観光・水上レクリエーション・バードウォッチング・教育・研究および風景
美。
間接使用:水力発電・下流での灌漑・家畜の飲み水および人間の生活用水。
非使用価値:国の内外に住むアルメニア人にとっての Sevan 湖の文化的・歴史的重要性に関る現存
および遺産的な両面の価値。
列挙された財貨とサービスの一部のみが市場価格として把握できる。直接使用価値(消費的および
非消費的の両方)はかなり容易に計算できる。間接利用や非使用価値は見積るのが困難であるが、
この湖の文化的・歴史的価値は重要であると考えられ、湖水位の安定と回復に役立つ投資プロジェ
クトにおいてもこのような価値を取り入れた再評価がなされつつある。こうした非使用価値は他の
使用価値のすべてが含まれてなくてもそれだけで投資の決定を変える十分な理由となり得るであろ
う。
世界の湖沼が直面している典型的な問題
湖沼の問題の多くは、湖沼資源を直接利用することからだけでなく、湖沼流域の内外で展開される人間
活動によっても引き起こされる。例えば、湖沼の上流域に暮らす農民は、湖にまで達する大量の土砂浸
食、あういは雨水によって湖に流入する農薬残渣(肥料、殺虫剤、除草剤など)など、漁業者に問題を
引き起こすことがある。下流の利用者もまた、湖沼資源の利用者にとっての問題の原因者になり得る。
例えば、下流の農地灌漑計画による水需要に応えるための湖からの取水が、湖周辺の開発に制約を加え
ることがある。このような外因性(あるグループが利益を享受し、別のグループが費用を負担する)は、
湖沼にとってはとくに重要である。
湖沼に関する問題は、1980 年代の後半から 1990 年代の前半にかけて ILEC と UNEP によって編集さ
れた「世界の湖沼状況調査」で指摘されてきた(湖沼データベース)。世界の湖沼状況調査の結果に基づ
き、1997 年に吉良は、湖沼は多くの広範かつ継続的な問題に直面していると結論づけ、そうした問題
として、富栄養化・酸性化・毒性物質汚染・水位の変動・塩水化・土砂の堆積・外来生物種の導入をあ
げた。より詳しい情報については、National Research Council(1992)
、UNEP(1994)
、Dinar et al.
(1995)
、Ayres et al.(1996)
、Nakamura(1997)
、Duker(2001)
、Jorgensen et al.(2003)
、Davis・
Hirji(2003)および世界湖沼ビジョン(2003)に記述されている。
湖沼環境問題の発生と管理は、湖沼の 3 つの特性「全てを統合する性質」
「長い滞留時間」
「複雑な応答
26
動態に影響される。湖沼の「全てを統合する性質」は、問題点が湖沼内にとどまることが稀であること
を意味している。洪水は湖辺全域に影響し、汚濁物は発生源を越えて広がり、湖の広い水域に影響を及
ぼし、外来種の導入といった生物的な問題は湖の広大な部分に広がることがある。
相対的に長い湖沼の滞留時間は、多くの問題が明らかになるのに長時間を要することを意味している。
このことは、問題が目に見えない湖沼内での何らかの長期変化によるものであるような場合にはとくに
真理をついている。例えば、湖沼の食物連鎖の低位に位置する生物に起きる変化(水中の懸濁物によっ
て入射する光線量が変わることで引き起こされる)は、湖沼の利用者にはすぐには目につかない場合が
ある。
湖沼の動態が複雑なことも、問題が明らかになる過程に影響している。Victoria 湖のケースでは、1990
年代初期までは目に見える影響のないまま数十年間にわたって栄養塩濃度が水中と底泥中に蓄積され
てきて、全く突然に湖の生態系基礎部の様相が一変してしまった。Victoria 湖の高い生産性を考えると
同湖の底層水は現在深刻な酸素不足にあり、その状態が今後長期間にわたって続くことを意味する。同
湖の平均水深は 40mもあることを考えると、同湖では大量の水が年間のある時期、漁獲対象・漁獲非対
象を問わず、魚種の生息域に不適当な状況になっていることを意味している。他の湖沼の例からは、一
旦このようになった湖を以前の状態に戻すのは非常に困難であることがわかっている。
貯水池(および、貯水池のように水位操作が行われる湖沼的な水域でも同じことであるが)における問
題点と対応策の種類は、湖沼流域管理における場合とは異なることがある。例えば、建設過程の貯水池
は生物に新たな生態系形成の機会を提供する。例えば、Kariba 貯水池では、Tanganyika 湖に住んでい
た沖帯魚類を放流したが、それによってこの貯水池で商業ベースの沖合漁業、カワスズメ科魚類を漁獲
する小規模零細漁業、非常に人気のあるタイガーフィッシュのスポーツフィッシング業などの業界を成
立させる契機となった。しかしながら、貯水池の建設によって地域の人々の移住も余儀なくされ、時に
は十分な補償も行われないこともある。こうした例は、Kariba 貯水池概要書や Tucurui 貯水池概要書
に記載されている。貯水池は特定の目的(灌漑用水・水力発電・都市上水等)のために建設され、これ
らの目的のための操作が主体となる。その結果、水位は目的とする水需要に応じて大きく上下させるこ
とになる。
(Naivasha 湖、Baringo 湖、Victoria 湖、Chad 湖、Toba 湖、Sevan 湖の概要書にあるよう
に、気候の変動や水需要の変化が湖水位の変化を招く場合もある。)一方で、貯水池の場合、水位操作
によって地元自治体、国家、地域圏の貯水池流域管理に必要な資金を生み出す高価値の利用を実現でき
ることもある。
自然湖沼と人造湖が抱える問題点を整理すると、概要書の記述頻度により、20 のカテゴリーにグループ
分けできる(表 3.2)
。概要書が対象湖沼流域における問題点のすべてを総合的に記載しているわけでは
ないが、主要なものは網羅されているとみなしてもよいであろう。表では、問題点はそれぞれ生物物理
学的起源によって分類されている。例えば、結果として起こる富栄養化ではなく、栄養塩の過多が問題
としてあげられている。生物多様性の喪失は、生息地の喪失(Dianchi 湖)・外来種の侵入(Ohrid 湖、
Victoria 湖)あるいは乱獲(Malawi・Nyasa 湖)などの原因も関係しているため、明確に分類できな
い。
問題は、それが生起した「域」(湖沼内・湖岸帯・湖沼流域・地球規模の危機を含む湖沼流域を越えた
広域)ごとにグループ分けした。「域」間である程度問題が重複するのは明らかであるが、もし問題点
が生起する域内で対処することが重要な場合に、このグループ分けは管理の焦点についての有効な指針
27
を提供することになる。
湖内における問題
持続可能でない漁業活動:魚は湖沼が提供する最も一般的な資源の一つである。しかし、乱獲や根こそ
ぎ魚をとりつくすような漁法は、短期的には利益が上げるが長期的にはコスト高を引き起こし、この重
要資源の価値の減少を招くことになる。
導入された外来動物種:外来魚や貝類は多くの湖沼に定着し、時には在来種に重大な影響を及ぼしてい
る。外来種は人為的に導入される場合と、そうでない場合とがある。外来種は生息地を物理的に様変わ
りさせたり、餌となる資源を奪い合ったり、在来種を捕食したりする。極端な例では、水生の生物多様
性を喪失させることもある。しかしながら、Issyk-kul 湖でのタイモドキやシロウオ、Victoria 湖での
ナイルパーチのように、ある種の外来魚の導入が地元の人々にとって経済的な利益や栄養面での恵みと
なる例もある。
水草の侵入:水生植物の猛烈な繁殖が在来動物種の生息地を変化させ、水上輸送を困難におとしいれ、
ハエのような害虫のすみかとなり、取水をさまたげ、湖面からの蒸発散を増加させる事態すらひきおこ
す。このような植物は、侵入先の湖沼の生態にはなじまないものが多く、それらは栄養塩類の濃度上昇
に伴って優占してくることが多い。
塩分濃度の変化:湖沼の生態系は特定の塩分濃度レベルに適応している。このレベルが、増大側であれ
減少側であれ、大きく変化すると、生態系に依存している生物群落に壊滅的な影響を与えることがある。
生簀養殖からの栄養塩類:生簀(いけす)養殖中の魚の排泄物や過剰投餌により、栄養塩類が湖中に蓄
積することもある。生簀養殖が密集している湖沼では、そこからの栄養塩類が富栄養化と水生植物の繁
殖を進行させる可能性がある。こうした問題はアジアの湖沼に非常によく見られる。
湖岸帯における問題
湖岸における排水と雨水の流入:湖岸の集落からの未処理または簡単な処理だけの排水が汚濁原因とな
ることがある。バクテリアその他の病原菌が人の健康に害を及ぼし、BOD が溶存酸素を減少させ、栄
養塩類が湖の富栄養化を推し進めることがある。さらに、市街地から流出する雨水は、通常、廃水やそ
の他の都市汚濁物質(油・有機物・重金属等)で汚染されており、汚濁負荷に加わる。
湖岸の産業汚濁物:湖への直接排出は、湖岸に立地する工場にとって簡便な産業廃棄物の投棄方法であ
る。しかしながら、その結果、有害化学物質や BOD および湖への流入水量を増加させ、場合によって
は、水温や濁度といった湖の物理的な性状に変化をもたらすこともある。こうした汚濁物は浅層地下水
に達して、伏流水となって湖に運ばれることもある。
湖岸での取水:人口密集地や過度の灌漑取水が行われる場所では、取水が湖の水位に影響を与える場合
がある。地下水の取水ですら湖の水位に影響を与えることがある。
湿地と湖岸の生育地の喪失:湖辺の湿地や湖岸帯は、湖の生態的な健全性に密接な関わりを持っている。
それらは、水生動物にとっての避難場所や生育場所となっている。また、湖との間で栄養塩類を交換し
てフィルターとして機能し、流入してくる懸濁物や汚濁物質を濾(こ)しとっている。湖岸帯周辺での
開発が、これら重要な生態系機能の破壊もしくは劣化を招く例が多い。例えば、Victoria 湖周辺の広大
28
な湿地は、穀物の栽培地や砂・砂利の採取場への転換および廃棄物の投棄場所としての利用によって破
壊され、悪化させられてきた。湿地帯は、その約 75%が人間活動により重大な影響をこうむり、約 13%
は回復不能な状態にまで悪化していると推定されている。
湖沼流域における問題
膨大な堆積土砂の流入:この問題は、湖沼流域における土地の裸地化および無秩序な土地利用や沿岸帯
の管理によってひきおこされる。極端なケースでは、湖沼(貯水池の場合は、下流に土砂を放出するこ
ともできるが)が土砂によって埋め尽くされてしまうことがあり、それほど極端でない場合でも、湿地
を破壊したり、水中を透過する太陽光線量を減少させたり、栄養塩類その他の汚染物質を溶出したりす
る。
面源汚染からの膨大な栄養塩類の流入:このような栄養塩類の大半は普通、土壌流出が原因となってい
るが、流域内で使用された肥料や家畜の排泄物に起因して莫大な量が流入している場合も多い。こうし
た流入栄養塩類は、湖水の栄養塩濃度レベルを上昇させ、植物プランクトンの異常増殖や水生植物の異
常繁茂をひきおこす。その結果、水中酸素濃度の低下をきたし、魚の斃死をもたらす。
農薬・化学肥料による汚染:農林業による土地利用を主とする農村域ではさまざまな化学物質が湖内に
持ち込まれる。こうした化学物質は、水生生物の食物連鎖に取り込まれ、人間の消費に適さない状態ま
で魚を汚染させることがある。分解に時間のかかる農薬の中には長期間湖沼の底泥に留まるものもある。
過度の取水または分水:この問題は、通常、湖沼の上流域における開発による水需要の増大に伴って発
生する。湖沼に流入する総水量に大きな変化がない場合であっても、例えば、水力発電のために上流河
川から取水すれば、河川水が湖沼に流入するタイミングが変わり、湖沼内の生態系のプロセスに影響す
ることがある。また、水力発電・都市用水あるいは灌漑用水の水需要が同様に湖沼の下流域で発生する
ことがある。
降雨流出パターンの変化:流入河川の水文状況も、当該河川流域の土地利用の変化によって変えられる
ことがあり、とくに森林伐採や湿地の干拓が行われた場合に顕著に現れる。
生活排水と雨水排水による汚染:未処理あるいは処理レベルが低い生活排水や雨水排水が、河川や湖沼
を汚濁することがある。バクテリアその他の病原菌が人の健康を害し、BOD が水中の酸素濃度を減少
させ、栄養塩類が湖沼の富栄養化を増進させることがある。都市部の雨水や排水は、通常、油分や有機
物および重金属といった汚濁物質を含んでいる。こうした汚濁物質は湖沼に入ってくる前に生物化学
的・物理的な働きによりその大部分が途中で除去されるが、これは河川や湿地に備わっている貴重な生
態系サービスの一つである。
産業による汚染:湖岸に立地する工場にとって産業廃棄物を湖に直接排出することは、簡便な投棄方法
である。しかしながら、その結果、有害化学物質や BOD および湖への流入水量を増加させ、場合によ
っては、水温や濁度といった湖の物理的な性状に変化をもたらすことがある。
広域的・地球規模の問題
大気起源栄養塩類の長距離に及ぶ移送:栄養塩類は、湖沼流域外の発生源から大気を通じて湖沼に移送
されてくることがある。窒素についてはずっと以前から移送経路が知られていたが、リンもある条件下
29
では同じような経路をたどって移送されるという証拠が現在明らかになっている。
大気に放出される産業汚染物質の長距離に及ぶ移送:企業活動や交通機関に起因する酸性雨や揮発性化
学物質など産業汚染物質は、今では大気を通じて長い距離を移送されることが知られている。そうした
汚濁物質は、乾性降下物や湿性(降雨等)降下物として湖沼やその流域に降下する。
気候変動:気候変動あるいは地球規模の温暖化が、降雨と排水・湖沼における熱の動態バランス・湖沼
における生態系バランスに変化を与える原因となるであろうと予測されている。
それぞれの湖沼についてリストアップされた問題のすべてが等しく重要であるとは限らない。例えば、
Sevan 湖概要書では、それ以外に 5 項目問題点が掲げられているが、水力発電と灌漑のための取水が最
重要課題であるとされている。湖沼概要書の多くは、もしそのような事態が起これば、湖沼の存続を大
きく脅かすことになるかもしれない潜在的な危機について記述している。例えば、Tanganyika 湖は、
気候変動による温暖化の初期の兆候を示しているのかも知れない。こうした潜在的な問題点は、信頼性
のある十分な証拠がある場合にのみ表中に含まれている。
多くの湖沼が複数の脅威に曝されており、問題点の大半は特定の地域に限られたものではなく、世界的
に共通している。とり上げられた問題のほぼ半数は湖沼流域で発生しており、湖沼流域を全体として管
理することの重要性を示している。問題が一つの湖の中あるいは一湖沼流域の中の限られた地域内で発
生する場合でも、「全てを統合する」という湖沼の特性により、究極的には他の部分に広がってしまう
ことが多いのである。
大半の湖沼で、概要書が書かれた時点で環境状況がどう変化していたか明確に記述されていないため、
問題が改善の方向に向いているか否かの判断に迷うことが多い。矛盾した証拠が提示されているケース
もある。例えば、琵琶湖はリンや生物分解可能な有機化合物(BOD)濃度においてはいくらか改善を示
しているが、窒素や生物が分解できない有機化合物においては悪化ないしは矛盾した変化も示しており、
改善の傾向は短期的のように思える。こうした制約はあるものの、表 3.2 の矢印は、対象湖沼における
問題がどのような状況にあるかを示す現時点でのスナップショットとなっている。
全体として見ると、表は、湖沼に影響を与えている問題の多くが改善の方向にはないことを示している。
問題のすべてが改善方向を示している対象湖沼はないが、2~3 のケースでは、湖沼問題のいくつかに大
きな改善が見られる例がある。Ohrid 湖と Peipsi・Chudskoe 湖は、国際越境湖沼において共同管理に
よる効果的な対策がとられている例である。Chilika 潟湖と Dianchi 湖および Laguna 湖は、途上国に
おいて最大の改善の傾向を示している例である。Chilika 潟湖は、上流域からの汚濁物質放流について
はまだ十分に対処しきれていないが、最大の課題―塩分濃度の低下―に対しては大きな改善を見せてい
る。Dianchi 湖は工場排水からの栄養塩類排出について適切な削減方策を導入(汚濁原因企業数の急激
な増大は続いているが)するとともに、生簀(いけす)養殖からの栄養塩類流出を制御している。それ
でも、全栄養塩類負荷の削減と湖辺の生物生息地の維持・回復のためには、多くの対策が実施されなく
てはならない。Laguna 湖は、BOD の排出と湖内のいくつかの対策に進展を見せてきたが、外来種の
侵入、生簀養殖からの栄養塩類および面源汚染汚濁などの問題は残されている。つまり、いくつかの問
題への対処がなされている湖沼流域においてすら、他の問題が残されているのである。
多くの湖沼(28 湖沼中の 16 湖沼)は、移入動植物問題や非持続的な漁業活動問題に当面している。湖
岸近くの集落からの未処理または簡易処理だけの廃水は、非常に多くの沿岸帯でよく見うけられる問題
30
であり、さらに、湿地や湖岸植生の喪失や破壊は先進国・途上国いずれにおいても起こっている。大量
の土砂流入は流域問題の中でも最もよく見うけられるもので、28 湖沼中の 21 湖沼で問題となっている。
土砂流入は、通常、広域の汚染源から降雨に伴ってもたらされるため、先進国ですら制御するのが困難
である。こうした面的な汚染源(面源汚染)からの流入土砂問題は、世界最大規模で最も多様な生物種
をもつ湖沼の一つである Tanganyika 湖にとって最も深刻な脅威として位置づけられている。土砂流入
は、大規模な森林伐採や不適切な耕作活動による土壌流出率の劇的な増大が原因となっている。
対象湖沼においては、地球規模の問題は湖中・沿岸帯および湖沼流域問題ほど大きな影響を与えている
とは見なされていない。はっきりとした証拠は得られていないが、気候変動による影響は 28 湖沼のう
ちの 7 湖沼で見い出されている。
31
表 3.2 湖沼概要書(1)に記載されている対象 28 湖沼流域に影響を与えている問題点の要約
(2)
(3) (3)
(3)
(4)
(5)
(6)
(6)
(5)
(7)
(8)
(4)
(9)
(1) 湖沼概要書には、問題点の記述が完全にされている訳ではない。したがって、表中の空白欄は当該湖沼が問題を経験
していないことを意味してはいない。多くの湖沼概要書には、問題改善の範囲について限られた情報しか記述されて
おらず、表中の矢印もそのような乏しい情報に基づいたものである。
(2) 取水量の大部分を占める京都・大阪・神戸は、琵琶湖の下流に位置する。
(3) 多額の投資にもかかわらず、Dianchi 湖の栄養塩類と化学物質の濃度はいまだに改善を示していない。COD はいくら
か改善の兆しが見られる。
(4) 流域における鉱山が湖沼への有毒化学物質の供給源である。
(5) 水産物の取引のための乱獲による魚類の生物多様性喪失を含む。
(6) 湖沼の栄養塩類と汚濁物質の状態が改善されているのは、計画的な政策の結果というよりは、ソ連の崩壊に続く農業
生産と工業生産における栄養塩類利用量の低下に起因するものである。
(7) 毎年 Tonle Sap 周辺には膨大な量の土砂が持ち込まれているが、これは問題点というよりは基本的な自然現象と考え
られる。
(8) 導入された外来種、とくにナイルパーチとナイルティラピアは、多くの在来種を喪失させているが、同時に、地域社
会にとっての貴重な収入源ともなっている。今回、外来種が湖沼の生物多様性に与えた影響の度合いについての評価
をしている。
32
(9) Xingkai・Khanka 湖では高濃度の銅(Cu)が記録されているが、その発生源は不明である。
33
新たに浮上している課題
地下水の流れ
河川の流入、流出と湖水位のつながりは容易に確認できるが、地下水と湖水位との関係は目では確認し
にくい。湖沼概要書では、湖沼の機能維持と人間への資源価値の提供が、地下水の湖沼への流入または
湖水の地下水への流出のどちらかに依存しているいくつもの例が示されている。例えば、流出河川をも
たない Baringo 湖・Chad 湖および Naivasha 湖はどの湖も淡水状態を保っており用水利用が可能であ
るが、その理由は、湖から水と塩分の両方を排出する膨大な量の地下水があるからである。Naivasha
湖で試みられた水収支モデルでは、流入河川水の約 25%が地下水脈を通じて流出し、残りが蒸発と灌漑
用水の直接取水分となっている。
地下水が湖の水位にどう影響するかはあまりよくわかっていない。しかしながら、図で示した Ohrid 湖
の例があり、同湖への流入水の 50%強が、集水域内の 150 メートル高所にある Prespa 湖沼群と Ohrid
湖をつないでいる石灰岩帯に広がる地下水路を通じて供給されている。水だけでなく、高い栄養塩類負
荷もこの水路網を通じて供給されている。
このような湖沼と地下水脈とのつながりの重要性はよく認識されていない。人々は、湖沼水とは無関係
だと信じて地下水をポンプアップしている。Box 8.2 では、湖水位が地下水の流入に支えられている事
実を、多くの科学的なモデル計算の結果によって初めて灌漑農民の前に明らかにした Naivasha 湖の例
を紹介している。地下水脈と重要なつながりをもつ湖沼にとっては、地表の流域とともに地下の流域も
湖沼管理に一環として管理される必要がある。管理者たちの多くは、いまだに、地下水と湖沼とのつな
がりについて十分には理解していない。多くの湖沼流域において、都市用水・工業用水および農業用水
の需要を満たすために地下水の利用が広がっている現状の下でこの課題認識の重要性が増しつつある。
大気を通じた栄養塩類の搬送
河川水の流入は、栄養塩類が湖沼に入ってくるメカニズムとして従前から考えられてきた。栄養塩類、
とくに窒素とリンは都市排水、降雨時の雨水排水、および農業系負荷の面源汚染の三大発生源からもた
らされる。北米の五大湖では、下水からの栄養塩類負荷削減のためにこれまで大きな努力が傾けられて
きて、今や面源汚染負荷が湖への栄養塩類の主要な供給源となっている。
しかしながら、湖の表面積が流域全体の主要部分を占め、その一方で大気中に栄養塩類を放出するメカ
ニズムが存在する所では、栄養塩類の大気による搬送が重要な要因となることがある。本プロジェクト
対象の湖沼のうち 4 湖沼では湖面積と流域面積の比率が小さく、五大湖では 1:3.1、Toba 湖では 1:
2.3、Sevan 湖では地上分水後で 1:3.0、Victoria 湖では 1:2.8 となっている。Victoria 湖における予
備調査では、
湖に流入するリン負荷の 65%以上と窒素負荷の 50%が大気によって運ばれてきたものであ
るとしている。アフリカにおける大湖沼地域の大気による栄養塩類負荷率は、通常、世界のその他多く
の地域におけるものよりも大きい。これらの栄養塩類は、広大な面積に及ぶ草原の焼き払いや貧弱な農
耕作業によって大気中に飛散する土粒子に起因するものと考えられている。GEF 支援による調査によ
って、大気の搬送を通じた湖への栄養塩類負荷が量的に把握され、発生源が特定されることになるであ
ろう。大気による搬送の重要性が確認されれば、その結論は、湖沼の管理にとって計り知れない重要性
を持つことになる。面積比率の小さいその他の湖沼の概要書では、大気からの負荷が栄養塩類の重要な
原因であるとの記述はないが、Malawi・Nyasa 湖と Naivasha 湖の両湖沼概要書には、リン負荷が大
34
気経由で寄与していることが報告されている。
気候変動
現在までのところは、湖沼流域に関する気候変動の影響については限られた証拠があるに過ぎない。湖
沼概要書では、気候変動が湖沼に影響を与えていると考えられるような異常現象が報告されており、
Tanganyika 湖では 1960 年代以来、Malawi・Nyasa 湖では 1939 年以来湖の水温が上昇し、氷河湖で
ある Issyk-kul 湖では水量が減少し、Kariba 貯水池と Chad 湖では過去 20 年流入水が減少(部分的に
は上流域での取水によるが)し、Baringo 湖では Kenya 山の雪解け水の流入が減少し、琵琶湖では酸
素含有量が多い雪解け冷水量が減少した結果、湖底の酸素濃度が低下しているとする報告が、それぞれ
紹介されている。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化の結果として、降水・蒸発および気温に重大
な変化が起きるであろうと予想している。このような変化は、世界の湖沼の多くに多大の影響を及ぼす
ことになるであろう(IPCC、2001 年)
。またその影響の現れ方は複雑なものとなるであろう。湖沼へ
の影響としてまず現れるのは、流入水量の増加あるいは減少、流入量の季節変化の狂い、水温上昇、お
よび湖面からの蒸発量の増加であろう。また、生物的や化学的な動態に影響を与えている湖の成層の変
化、水生植物の変化、湖沼流域内の土地利用の変化、および難民発生の結果として湖沼流域内の水需要
の増減といった重要な現象が二次的に現れることになるであろう。
上記の変化は、湖沼を利用する人々にまだ大きな影響を与えてはいないが、気候変動により起こると予
想されている重大な変化は非常に大きな影響を及ぼすことになるであろう。こうした影響の大きさを予
感させるものとして Malawi・Nyasa 湖の水収支に対する不安定な気候の影響の事例が紹介されている。
この湖の水収支は大気からの降水量に直接左右されており、湖からの流出は唯一の流出河川である比較
的小さな Shire 川のみである。マラウイは同河川に設けられている水力発電所で発電された電気に依存
している。1915 年と 1935 年の間に、湖から Shire 川への流入が流量不足で完全に止まった。より近年
では、1997 年の水位低下の結果、電力の供給が 10 月と 11 月の乾季の終期には止められることになっ
た。湖沼と河川とが気候変動によって長期間つながりを失うと、環境面・経済面および社会面に明らか
に非常に厳しい影響を与えることになるであろう。
湖面積の縮小
湖沼は流入土砂を効率よく溜め込むから、数十年から数千年の単位で埋まってしまうか湿地に変化する
場合がある。本プロジェクト対象の多くの湖沼では、こうした自然の過程がさらに人間活動によって加
速されてきている。その原因はいろいろある。Aral 海と Chad 湖および Baringo 湖は、上流域の灌漑
用水のための過大な取水によって縮小(少なくとも部分的には)してきている。Sevan 湖の場合は、下
流の発電と灌漑のための放流水量の増加によるものである。Naivasha 湖では、湖水は直接および湖に
密接につながっている地下水脈の両方から取水されてきた。Issyk-kul 湖では、上流の氷河からの流入
水量を減少させる気候変動が湖の水位を低下させていると考えられている。Chad 湖の湖面積縮小には
中央アフリカの気候変動が一役買っており、Baringo 湖の劇的な水深の低下は湖近辺の過剰な耕作地開
発による膨大な土砂の流入量増大によってもたらされたものであり、Bhoj 湿地もまた都市からの廃棄物
で汚染された土砂によって埋まってきたことが知られている。
湖面積の縮小は、経済的・社会的および生態的な影響をもたらす。Chad 湖の劇的な縮小は漁獲量の減
35
少をもたらし、地域紛争の種になる難民の発生をうながし、魚種数の減少や渡り鳥の休憩場所の喪失に
つながっている。人々の水需要が、長期的な水収支の理解に基づく湖沼の水供給能力の限界とバランス
するまで湖沼は縮小していくだろう。
グローバリゼーション
グローバリゼーションとは、財・サービス・金銭および思想の流れが国境を越えて増大し、その結果と
して経済が地球規模的な統合に向かう傾向を表している。湖沼概要書の中には、グローバリゼーション
が湖沼流域の資源や経済に既に影響を与えつつあると報告しているものが多く存在する。Naivasha 湖
における切花用の園芸植物栽培の急速な拡大はヨーロッパの需要に促されており、Victoria 湖の漁業は
ナイルパーチに対する世界規模の需要に応えており、Laguna 湖周辺の工業化は工業製品の地球規模の
市場を満足させている。グローバリゼーションは、途上国に技術・基準・資本を移転することで対象と
する国々の発展に寄与してもいる。例えば、農産物に残留農薬のヨーロッパ連合(EU)基準が適用さ
れることが Naivasha 湖での化学物質使用規制につながり、さらに Victoria 湖の水揚げ地における衛生
改善につながった。
計画経済の衰退と市場経済の拡大も湖沼とその流域に影響してきている。工場が閉鎖されねばならなく
なったために、Xinghai/Khanka 湖や Baikal 湖に流入していた汚濁物質が減少しており、ロシア連邦
の農業に対する肥料補助金が廃止されたため、Peipsi・Chudskoe 湖ではリンの負荷が減少してきてい
る。他方、ロシア連邦の市場経済化に合わせて Baikal 湖の湖岸が民間に開放されたことによる圧力が
増大してきている。
環境流量
本プロジェクトに含まれている巨大貯水池(Kariba 貯水池、Tucurui 貯水池)が建設された当時、下流
の環境のために水量を確保することは重要課題であるとは考えられていなかった。しかしながら、ダム
や堰堤が建設される場合に、下流の生態系を維持するための放流の時期や放流量を考えておく必要性は、
今や、さまざまな立場の人々により次第に認識されるようになってきている。
ダム以外にもいろいろな開発行為が下流域の利水を促して流量に変化をもたらすこともあるが、このこ
とについてはまだダムほどには認識されていない。Aral 海、Chad 湖、Baringo 湖の概要書は、上流域
の灌漑開発が下流の湖沼に深刻な影響を及ぼしてきた例を示している。しかし、森林伐採や都市の拡大
および送水路の建設といった流域内のその他の開発行為も、湖沼や貯水池への流入水量に変化をもたら
すことがある。
環境流量を確保するための第一歩として、湖沼や貯水池の環境用水の必要性とそれが人々にもたらすサ
ービスについて、各層にわたる利害関係者に理解される必要がある。国家政策と法律において、そうし
た流量が確保されることの重要性を認識することが必要であり、また、最低流量の制度化と実施の手順
を確立しなければならない。そのためは、生態系維持のための水の必要性だけでなく、異なる流量形態
が利水者に与える社会経済的な影響についての知見を得るために科学的な研究が必要となるであろう。
今のところ、こういった環境流量を確定するために必要な研究はほとんどの国で行われていない。
世界銀行からの借款の申請には、河川流量とそれに依存する人間や生態系による利用も含め、起こりう
る環境的・社会的な影響についての厳しいアセスメントが必要である。Orissa 川水資源整備プロジェク
36
トのための世界銀行の資金借受者であるインドは、Chilila 潟湖を保護するために Naraj 堰の操作規則
に盛り込まれるべき必要流量を策定中である。GEF が支援する水利用プログラムの担当部署として、
Mekong 川委員会は、将来における Mekong 川の水資源開発と規制および Tonle Sap 湖の保護を目的と
した環境流量アセスメントを実施する準備を進めている。多くの国では、ダム・堰堤および水路といっ
た水資源のためのインフラ整備に投資しており、湖沼が今後も資源供給を続けられるための湖水量に関
するアセスメントの必要性は増大してくるであろう。環境流量を確保するためにどのような新しい施設
を造るべきか検討することが重要で、例えば、放水孔の高さが異なる多段放水孔や各放水孔の大きさを
それぞれの目的に応じた水量を供給できるようにすることが必要になるかも知れない。
問題への対応:管理施策の実施
湖沼流域資源の管理者は、施設構造物の整備(取水施設の建設あるいは下水道システムの整備といった)
あるいは構造物の建設を伴わない対策(新たな漁業技術の導入あるいは排水を規制するための新たな規
則の導入といった)のいずれかによって、潜在的な問題の発現予防と現存する問題の克服の両方に対応
することができる。
湖沼の特性は、湖沼流域問題の管理に影響を及ぼす。
「全てを統合する性質」、そしてその結果として湖
沼資源を利用するさまざまな人々を排除することが難しいということは、管理のあり方にさまざまな意
味合いをもつ。魚類のような共有資源(Box 3.4)は、利用者個々にとってはその利用を制限すべき何
等のインセンティブも存在しないがゆえに、乱獲に陥りやすい。一度資源が乱獲の兆候を示すと、共有
資源が公平に配分されることを保証するために規制措置が導入される。規制措置は、もう一方の非排他
的湖沼利用のカテゴリーである公共財を保護するためにも導入される場合がある。共有資源とは異なり、
後者の規制は、競合する利用者間での財の配分というよりも、むしろ財の質を守るために必要となる。
例えば、湖沼の景観美を保護するためにごみの投棄を禁止する措置が導入される必要があるかもしれな
いし、洪水防止の恩恵を受けるすべての受益者がその費用の一部を負担する規則を制定する必要がある
かもしれない。
湖沼の「全てを統合する性質」は、流域資源を利用するそれぞれのセクターにわたって、その管理を調
整する必要があることをも意味している。このことは、必ずしも単一の流域管理機関を設立する必要が
あることを意味してはいない。時には、湖沼流域の共有財を相互に調整しながら協力し合うメカニズム
を確立するほうがより効率的な場合がある。
大きく深い湖沼で、「滞留時間の長い」湖沼については、とくにその管理に予見性、責任感および長期
にわたる十分な計画性が求められる。それと同時に、価値観の変化や新たな知識に十分対応できる柔軟
性も兼ね備えるべきである。事実、湖沼流域管理に必要な長い時間スケールは、個々人の時間スケール
を越えた、永続的な管理を担保できる組織・制度の存在が望ましいということに等しい。もう一つの問
題は、施設構造物の整備あるいは構造物の建設を伴わない対策が長期的に効果を発揮するための持続的
な資金源の確保である。
湖沼が「複雑に絡み合う動態」を有することは、入手可能な最善の科学的知識を適用するとともに、必
要ならば、管理に不可欠な追加的な知識を得るための応用研究に取り組むことが求められるということ
である。こうした生物物理学的な動態に関する研究は、管理にとって喫緊に必要な課題の追求に焦点を
当てて実施されるべきであることを強調することは重要である。
37
湖沼流域管理の要素
上記に述べてきたことから、湖沼とその流域の資源を公平かつ効率的に利用するための湖沼流域管理に
は、相互に関連するいくつかの要素が存在することが明らかである。こうした要素については、Box 3.5
で説明する。
湖沼流域管理の6つの要素は、本報告書第Ⅱ部の骨格をなしており、本プロジェクト中のケーススタデ
ィやその他の収集資料による湖沼流域管理の実際の経験から引き出された教訓に基づいたものである。
38
Box 3.4 共有資源・共有財産、そして コモンズ
下の表は、共有資源とそれ以外の資源タイプを、競合関係と非競合関係に分けて示している。競合関係
(時には引き算と呼ばれる)とは、ある一人の人物がある資源を利用すれば、他の利用者がその資源を
利用できる可能量からその分が減少することを意味しており、例えば、誰かが魚を捕獲すれば、少なく
とも短い時間枠内では、他の誰かが捕獲できる量が減るのである。非競合財については、ある一人が利
用してももう一人が利用するのに支障が出ない、つまり、誰もが湖沼の持つ気候緩和機能を享受でき、
あるいは湖沼が提供する景観を楽しむことができるのである。排除性財の場合、ある資源を誰かが利用
するのを制限するのにコストが必要になる。非排除財では人々がそれを利用することを防止することが
できないため、利用規制のための経費は肯定的に受け止められている。
排除性
非排除性
競合性
私的財
共有資源
非競合性
クラブ財
公共財
湖沼が提供する資源の多くは共有資源であり、その好例は、漁業や取水および汚濁物の流出・沈積先と
しての湖沼利用である。洪水制御のようないくつかの利用は公共財である。ほとんど全ての利用にとっ
て、私有地である湖あるいは沿岸私有地のような湖沼のある部分を私的に所有する場合を除き、利用者
を排除するのは困難であるため、湖沼には個人財産や特定団体の保有する財産はほとんど存在しない。
ある湖沼の既存の資源利用は、自由利用かそうでないか(個人財産や共有財産あるいは政府財産の場合)
のいずれかである。共有財産は、限定された団体に資源を利用する権利を付与する制度の一態様である。
こうした団体には通常、その構成員の資源の利用方法についての特定の規則がある。Naivasha 湖は、
共有財産としての湖を利用する沿岸団体(Naivasha 湖沿岸協会)の好例である。個人財産と政府財産
(公共財産)もまた、社会が「自由利用」資源の利用を規制するために採用してきた方法である。
複数形の一単語で表現される「commons(コモンズ)」は、共有資源あるいは共有財産のどちらかの短縮
形として使われることが多く、何を議論しているか、資源の性格なのか、その利用を規制する財産制度
の形なのかについてしばしば混乱する。ある人々は、公共資源、それも過剰利用に何の制限もないとい
う場合に、この言葉が当てはまると考えている。
全体として、資源の性質とその利用を統括する管理体制の特性を明確に区別することが大切である。湖
沼は、異なる性格をもつ多種多様な資源を提供しているが、その多くは共有財ないしは公共財という性
格を併せ持っている。したがって、ある湖全体を共有資源として語ることは誤解を招く。その湖沼のど
の利用について述べているのか特定すれば話はより明解になる。
39
Box 3.5 湖沼流域管理の要素
良好な湖沼流域管理は、以下の6つの要素がバランスよく統合されていることを必要とする。
組織・制度:湖沼流域資源利用者すべての利益のために湖沼とその流域を管理する組織・制度。こ
うした組織・制度は、効果的に運営するために必要な権限と長い存続期間を社会的に是認されてい
る。地方レベル(役場のような機関)、地域レベル(流域管理機構のような機関)、国家レベル(関
係政府省庁のような機関)
、あるいは国際レベル(国際越境湖沼における国際委員会のような機関)
で運営される。組織・制度には、ケーススタディのいくつかで示されたように、献身的で構想力に
すぐれた個人の指導力が必要である。
政策:湖沼資源の利用とそれによる湖沼への影響を制御する規範。国家レベルでは、公式な法律や
条令および規則で定められ、公式な組織・制度によって施行される。政策は非公式な定めによるこ
ともあり、湖沼流域や湖沼に生きてきた人々の伝統的な集団間で定められ受け入れられているもの
が多い。地方レベルでは、政策は行動やインセンティブや抑制に関する規則あるいは人々の行動を
変える教育を通じて実施される。
参画:人々の参画は湖沼管理の要(かなめ)である。彼らは、湖沼資源の利用方法やそこから得ら
れる価値を決定する人たちであり、管理のための知識や経験を提供し、管理のための非公式組織を
つくり、規則の実効性を支え、管理を実行していくために必要な資金源ともなる存在である。彼ら
は、湖沼流域管理における政策決定や使用された物的・人的資源について説明責任を求めることが
できる。
技術:管理にとって、技術は常に必須のものというわけではない。しかしながら、技術的な対応が
進むと、湖沼資源の利用が劇的に進むことがあり、ある種の問題解決に役立つことがある。例えば、
築堤が湖沼の洪水緩和能力を大きく増進させ、他方、下水処理は一般的に汚濁発生源からの汚濁物
質を除去するのに非常に効果的である。
情報:伝統的な知恵と科学的な知見の両方が効果的な湖沼管理を進める。つまり、信頼でき、実証
可能な知識が特定され、利用されればされるほど、湖沼資源を利用する人々の目標は効率的に達成
されやすい。本報告書は科学的な知識に多くの重点を置いているが、その主な理由は、科学的知識
は広範な吟味過程を通して得られるものであり、また事象の理解の着実な進展につながるものであ
るからである。
財源:財源は、管理組織・制度の運営、技術的な解決策の実施、利害関係者グループの参画、およ
びモニタリング情報の収集と政策への適用に要する資金の確保に欠かせない。しかしながら、途上
国においては、財源問題が湖沼流域管理の最大の弱点となっていることが多い。
40
第Ⅱ部
ガバナンス3 への挑戦
第Ⅱ部では、組織・体制(第 4 章)
・政策(第 5 章)
・住民の参画(第 6 章)
・技術(第 7 章)
・情報(第
8 章)および財源(第 9 章)に関して対象 28 湖沼流域から学んだ教訓を紹介している。第Ⅱ部各章は
湖沼流域管理の各要素についての独立した記述として読むこともできるが、ケーススタディは、持続可
能な湖沼流域管理のためには全ての要素が総合的に実施される必要があることを示している。
3
原文では「ガバナンス(governance)という言葉が使われている。
「ガバナンス」は日本語ではしばしば「統治」と訳されるが、統治
には「政府が統治する」という含みが強いので、政府の統治を超える、広く社会的な責任と権限を伴った組織体制・仕組みという意味
で、そのまま「ガバナンス」という言葉が使われることが多い。
41
第4章
湖沼流域ガバナンスのための組織・体制:行動を起こすための組織の構築
流域ガバナンスの組織・体制に関する主要な教訓

有効な参加を促進する関係組織の連携強化や地方政府の能力向上は、湖沼管理のための組織・体
制上の重要な検討課題のひとつである。湖沼流域の組織がうまく機能すれば、湖沼資源に依存す
る地域社会をよい方向に導くことができる。

湖沼流域管理のための組織(体制)は、地方政府、セクターあるいは地域レベルで現存するしく
みを基礎にしている場合に最も効果的なものとなる。現存する分野別の組織間の調整はさまざま
な手法を通じて改善、促進することが可能であり、湖沼流域管理のために新しい組織をつくる必
要はない。

組織間の連携とくにセクター機関との連携は湖沼流域管理の成功に不可欠である。公的な連携に
は確立や維持に費用がかかるので、非公式な連携によって補完すべきである。

(地方に)十分な行政手腕や技術的能力があれば、地方への権限委譲は湖沼流域管理の改善に役
立つ。しかしながら、とくに、湖沼流域が中央から離れた地域にある場合、その地方の行政に大
きなストレスをかけることがある。

NGO や CBO は、組織間の連携を築く上で重要な触媒的役割を果たすことが多い。とくに、行
政との協力において住民参加を促進する場合はこのことが言える。

国際越境湖沼流域の管理を成功に導くには、特定の組織形態あるいはその法的な位置づけより
も、むしろ関係国の政治的意思・参加意欲および義務の履行にかかっている。湖沼に接しておら
ず、正式な湖沼機関に参加するのに気が進まない流域国については、非公式なメカニズムを通じ
てうまく参加してもらうことも可能である。

国際越境湖沼流域の管理には計画のようなものがなくてもうまくいくことがあるが、合意した行
動計画に基づいた場合の方がうまくいく。
「GEF 国際水プロジェクト」はそのような計画を推進
しており、関係国に越境診断分析(TDA:Transboundary Diagnostic Analysis)およびそれに
もとづく戦略的行動プログラム(SAP)の策定を関係国に求めている。

湖沼流域管理の組織・体制が効果的に機能するようになるまでには時間がかかる。同時に組織・
体制は、流域社会に新たに発生する問題や開発ニーズにうまく適合・順応させていく必要がある。
はじめに
組織・体制は湖沼流域管理の核である。資源管理のための法令(時には政策や規則・刺激策の策定)の
執行を行い(第5章)、湖沼流域管理の影響を受ける人たちの参加や利害対立の解決のための場を提供
し(第6章)
、行動を起こすために必要な「知識」を収集・蓄積し(第8章)、地方・国・国際社会から
の資金によって維持される(第9章)
。
湖沼流域管理の組織・体制
組織・体制のタイプ
組織・体制には、水産省や環境庁などの公的あるいは政府が認可した機関以外に、村の委員会や漁業組
合などの伝統的な組織、非政府機関、産業組合などの民間機関などがある。本章では、主に、公的な組
42
織の役割とその有効性についてさまざまなケーススタディから得られた教訓などを紹介する。
公的な湖沼流域管理組織は以下のようなさまざまな機能を有する:

資源開発:漁業団体や灌漑組合のように湖沼の資源を有効活用するための開発を行う。ここでは、
水の利権や漁業の認可といった湖沼資源の配分などを含む。

サービスの提供:水の供給・下水の収集と処理、輸送の接続などの基本的・基盤的なサービスを提
供することによって湖沼流域の発展を支える。

規制:湖の資源を公平に分配し、外的影響(汚染)から守る。このための組織は通常セクター別に
設立されており、Victoria 湖漁業管理組合のように湖だけに限定して設立することもできるし、湖
沼流域資源を含む全ての水域の汚染を規制するケニア政府環境管理機構のような国の規制機関もあ
る。このような機関が施行する規則については、第 5 章で記述する。

助言:政府のさまざまなレベルに対して行動方針を提言する。

調整:湖沼流域管理に関わる多様なセクターや異なる行政区にまたがる一貫性した施策を推進する
ための調整を行う。全体を管轄する権威が存在しない国際越境湖沼流域の場合の役割はとくに重要
で、セクター間のみならず国家間の調整が必要になる。
表 4.1 は、本プロジェクト対象の 28 湖沼について湖沼とその流域の管理に一部あるいは全体にわたり
関わっている主な組織や機関をまとめたもので、その中には、提案中の国際越境流域の調整機関も含ま
れている。同表には、個々の湖沼流域における行政サービスを提供する機関(地方の行政機関)や資源
開発を進める機関(米国の農務省など)は含めていない。その理由は、前者はどの湖沼流域にも存在す
るからであり、後者については、その所掌業務が通常、湖沼の資源に特化しない国あるいは国際的な組
織だからである。
司法機関は一般的には湖沼流域管理に直接関与しない。しかしながら、インドでは、法廷が法律の解釈
や施行に積極的に係わってきた例がある(Box 4.1)
。
Box 4.1 インドにおける公益訴訟
インドにおける継続的な湖沼の悪化を抑えるための主要な対策は、司法の関与によって取り組まれ
ており、時には最高裁判所の大法廷に持ち込まれることもある。インドの司法裁判所は、環境問題
に非常に積極的に取り組んできた。環境悪化の影響を受けた人々や(当事者ではない)第三者のグ
ループは、とくに汚染がひどい都市域の湖沼についての改善策を求めるために全国の法廷で公益訴
訟を提訴してきている。
Haryana 州の Badal Khol 湖と Surajkund 湖についての公益訴訟では、最高裁判所は、予防原則が
国の法体系の一部であるという判断のもとに、両湖周辺での建設行為を制限した。公益訴訟は概し
て、湖沼の環境改善に役立ってきたが、西ベンガルの Rabindra Sarovar 湖の場合には、公益訴訟
が同湖への市街化拡大の法制化につながった。
出典:Reddy, M. S. & N. V. V. Char「湖沼流域管理イニシアティブ『インドにおける湖沼の管理』
共通課題報告書」
43
組織間の調整
湖沼概要書から得られた最も強いメッセージの一つは、セクター間だけでなくさまざまなガバナンスの
レベル(国際越境湖沼流域の場合、国家)の間で政策の調整が必要であるということである。これは、
湖沼の上下流域間、および湖沼資源利用者間の調整を含め、国の政策、組織・体制および代表的な産業
セクターについても言える。
しかしながら、湖沼概要書は、湖沼の多くは組織や機関の間で調整があまりうまくいっていないことを
示している。Sevan 湖概要書はその理由についての好例を紹介している。
「Sevan 湖では、選挙あるい
は任命による行政権限者、科学研究機関、自然保護組織、消費者など多くの組織が管理のさまざまな側
面に係ってきた。その中でアルメニア共和国政府の自然保護省の直接的な監督を受けて、Sevan 国立公
園が Sevan 湖管理のための全体的な調整役を果たすべきとされたが、残念ながら、これは、法的な根拠
がないこと・人材不足・資材不足・不十分な科学技術設備・地域住民の協力の欠如・自立的な意思決定
能力の欠如などの理由で現実離れのものとなっている。」と。
水資源あるいは環境関連機関に調整の主導的な役割が期待されている典型的な理由には、それ以外の機
関は特定の資源の開発や管理責任に特化していることがあげられる。しかしながら、多くの国において
水資源関連機関や環境関連機関は権限の大きくない機関であり、とくに Sevan 湖などのように、水力発
電用水や灌漑用水源といった国家経済にとって重要な価値を有している湖沼や貯水池の場合にはこの
傾向が著しい。開発を推進する省庁が調整機能を果たすべき機関以上の突出した力を発揮できるように
なっていることが、上記 Sevan 湖の例における「法的な根拠がない」という状況を生む理由の一つである。
この特定省庁の突出は、通常、高い価値を持つ資源利用のためにとくに開発された貯水池の場合にもっ
とも顕著に現れる。水力発電、灌漑用水・都市・工業用水の供給、もしくは洪水調節に直接的な脅威が
ないかぎり、環境や水資源関連の機関による調整活動に優先順位が与えられることはほとんど考えられ
ない。
困った問題は、水資源管理機関と環境管理機関はその責任が相互補完的なものであることを理解してお
らず、協力して事に当たることをしないことである。湖沼流域における環境問題が適切に対応されない
限り、湖沼流域の水資源の価値は低下する。このことは本プロジェクトにおいて、多くの湖沼流域で以
下のように明らかになっている:

Victoria 湖では、増大する栄養塩類負荷が同湖を富栄養化させている。

Malawi・Nyasa 湖や Tanganyika 湖では、土壌流出が湖岸帯の魚類繁殖地喪失の原因となってい
る。

Ohrid 湖と Victoria 湖では、鉱山から流出した汚染物質の制御がうまく行かず、湖での局地的な重
金属濃度の上昇につながっており、食物連鎖に取り込まれるおそれが出てきている。
環境や水資源機関(時には資源開発機関も)は、しばしば危機的な状況が発生してはじめて湖沼流域資
源を持続的に利用するために協働する必要があることに気づく。琵琶湖では、琵琶湖総合開発計画の環
境への影響が問題となったが、それに対する理解が進み、湖水の利用に対する費用負担と湖沼保全の法
整備を通じて軽減されるに至るまで、滋賀県にとって長年の精力的な努力が必要だった。Chilika 潟湖
では、環境管理や水資源管理の組織間を超えて広範な資源開発組織との間の調整がうまくいくようにな
44
ったのは、湖と海洋とのつながりが砂州によって途絶え、同潟湖の環境価値だけでなく漁業にとっても
厳しい結果をもたらす事態になってからである。水草が繁茂し、同潟湖の島に営巣する渡り鳥の数が減
少したが、その原因は多分、同潟湖と海洋との隔絶が魚資源の減少をもたらしたからであろう。Chilika
湖開発公社が成功した理由の一部には、同公社が洪水調節と灌漑施設整備の責任をもつ水資源省と協働
する能力をもっていたことがあげられる。
こうした例は、環境管理および水資源管理の組織(できれば、湖沼流域資源の利用に関係する全ての組
織)が、資源利用の制約と資源利用によって引き起こされる問題について共通の理解を持つこと(第 8
章参照)、およびその管理について共通のビジョンを持つこと(以下に更に詳述)が、いかに重要であ
るかを明らかにしている。
他の組織との非公式な連携
組織・機関 の整備には、設立と維持に費用がかかる。北米の五大湖の場合、法律・協定・条約・契約
および公式合意書の成立までに多年の努力を要し、その努力を継続するための多額の事務経費が必要と
なっている。国内湖沼や国際越境湖沼の多くが、こうした合意を支えるための組織を持てるわけではな
いが、公式の組織・体制の整備に加え、非公式のメカニズム、例えば、会議・ワークショップ・作業チ
ームといったものが、組織間の連絡調整を図る上で有効であることを認識することは大切である(五大
湖概要書)
。例えば、1980 年代に北米五大湖内に侵入したゼブラ貝の場合、この新たな問題に対処する
公式な会合とは別に、研究者達は自分たちで会合を持った。
資金提供者など鍵となる利害関係者との個人的・組織的両面にわたる関係は、中心となるスタッフによ
る継続的な努力によって大いに促進される。中心人物は、その人物にとくにカリスマ性がある場合には、
組織間の連携を築く上で触媒的な役割を果たすことができる。どの湖沼概要書においても、湖沼流域ガ
バナンスの組織・体制を率いる能動的な人物の存在の重要性について直接の言及はないが、Chilika 湖
開発公社や Laguna 湖開発庁の成功の重要な要素となった。そうした人物は、何が必要であるかについ
て先見性を持っており、スタッフをやる気にさせ、他の機関や上級の政策決定者を説得して、相互の利
益となる成果を達成するように彼らの行動を調整することができる。
45
表 4.1 湖沼流域管理に重要な役割を果たしているとして各湖沼概要書に紹介されている主な組織・仕組み
湖沼流域名
国際流域
鍵となる機関
法的根拠
機能
(諾・否)
Aral 海
諾
水資源調整国際委員会
国際協定
資源開発
Aral Sea 問題国際評議会・Aral Sea 国際基金
国際協定
助言
Baikal 湖委員会(現在休眠中)
国法
国内調整
連邦 Baikal 湖環境保護庁
国法
国内調整と対外交渉
Baikal 湖
諾
Baringo 湖
否
特別の組織・仕組みなし
Bhoj 湿地
否
特別の組織・仕組みなし
琵琶湖
否
滋賀県(琵琶湖環境部)
国法・県条例
調整
Chad 湖
諾
Chad 湖流域委員会
国際条約
資源開発・調整
Champlain 湖
諾
Champlain 湖流域プログラム
国法(米国)
調整
Champlain 湖企画運営委員会
覚書
助言
国際合同委員会
国際条約
資源開発
Champlain 湖魚類野生生物管理組合
連邦・州間協定
資源開発
Chilika 潟湖
否
Chilika 開発機構
国法・地方条例
調整
Constance 湖
諾
国際 Constance 湖保護委員会
国際条約
助言
国際 Bodenseek 会議(IBK)
国際協定
助言
Constance 湖湖上ボート遊び国際委員会
国際協定
Dianchi 湖
否
Dianchi 湖保護委員会事務局
都市条例
調整
五大湖
諾
国際合同委員会(IJC)
国際条約
資源開発
五大湖委員会(GLC)
州間契約
資源開発・助言
五大湖漁業委員会
国際条約
助言
五大湖国家プログラム事務所―米国
国法
助言
Issyk-kul 湖
否
Issyk-kul 湖環境保護機構
国法
規制
Kariba 貯水池
諾
ザンベジ川機構
国際協定
資源開発・調整
ザンベジ川水系委員会(ZAMCOM)
国際協定
助言
Laguna 湖
否
Laguna 湖開発機構
国法
調整・規制・資源開発
Malawi・Nyasa 湖
諾
Malawi・Nyasa 湖流域委員会(提案中)
国際条約
調整
Nyasa 湖流域水資源事務所<タンザニア>
国法
規制
Naivasha 湖湖辺協会
法的根拠なし
保護
Naivasha 湖耕作者団体
法的根拠なし
資源開発
Naivasha 湖
否
Nakuru 湖
否
特別の組織・仕組みなし
Ohrid 湖
諾
Ohrid 湖管理理事会
覚書
調整
Peipsi・Chudskoe 湖
諾
エストニアーロシア国際水資源委員会
国際協定
助言
エストニアーロシア漁業政府間委員会
国際協定
調整・規制
Sevan 湖
否
特別の組織・仕組みなし
Tanganyika 湖
諾
Tanganyika 湖管理機構(設立中)
国際条約
調整
Tanagnyika 湖流域水資源事務所<タンザニア>
国法
規制
Titicaca 湖
諾
Titicaca 湖二国間機構
国際協定
調整
Toba 湖
否
Toba 湖流域生態系保全調整理事会
閣議決定通知
助言
Tonle Sap 湖
諾
メコン川委員会
国際条約
調整
Tucurui 貯水池
否
特別の組織・仕組みなし
Victoria 湖
諾
Victoria 湖漁業組合
国際協定
規制
Victoria 湖流域水資源事務所<タンザニア>
国法
規制
湖沼流域開発機構<ケニア>
国法
資源開発
Victoria 湖流域機関(提案中)
国際協定
調整
国際ウスリー川委員会(提案中)
覚書
助言
Xingkai・Khanka 湖
諾
46
注:湖沼流域管理に関わりを持つ部署や地方行政組織は無数に存在するが、その主な目的が、湖沼流域管理以外の場合に
は、この表には掲載されていない。
国際越境流域湖沼の管理
本プロジェクトに選ばれた湖沼は、少数の例外を除いてその沿岸や集水域の土地が複数の行政管轄区域
内にまたがっている越境流域湖沼である。地方政府や郡政府の場合、行政区が一国内で収まるが、多国
間にまたがるケースもある。通常の用法にしたがって、二国以上にまたがって存在する湖沼を“国際越
境湖沼”と呼ぶことにするが、国際であろうと国内であろうと行政管轄区域の問題には多くの共通性が
あることには留意しておくべきだろう。国際越境流域湖沼の場合、政治的環境・経済発展・社会規範お
よび行政組織の相違が、湖沼流域管理対策の相違につながり、結果的に湖沼流域の環境状況や開発状況
に有害な影響をもたらすことがある。
国際越境湖沼を管理する組織・体制の維持
湖沼概要書は、湖沼流域国が直面している共通の問題に対する考え方の違いなど、いくつかの要素が国
際湖沼流域管理の成功を左右することを示唆している。その要素の中には、国家間協力協定の種類と性
格、当事国の政治的意思・参加意欲・義務の履行などがある。国際越境湖沼を管理する組織・体制の在
り方は、それらが発展してきた経緯の他、セクター機関と調整機関の関係、調整と協働のしくみ、利害
関係者の参加のしくみと経験の有無などにも影響される。
国家間協力関係の歴史がある場合には、各部門がそれまでに長年かけて作り上げてきた一連の国際的な
関係を有することが多いので(例えば、Constance 湖や北米の五大湖の場合)、国際的な越境調整手段
を構築することはまず支障なく進むものである。組織的な関係を長く続けていると各部門と越境調整機
関との関係が通常、よりはっきりとしたものになる。
北米五大湖の場合、国際合同委員会(IJC)は 1909 年の国際水資源条約において設立され、米国五大
湖委員会(GLC=8州がメンバーとなっている)は、1955 年に設立された。IJC は、両国のそれぞれ
の側における湖の水位と流量に影響する水利用について双方が守るべき決定を行う。同機関は、さまざ
まな協定を通じて水質と水量に関するさまざまな課題に関する調査も実施しており、両政府の管轄区域
間における協力関係の強化を図っている。Constance 湖の場合(Box 4.2)、Constance 湖国際保全委員
会(IGKB)は、沿岸 3 カ国(オーストリア、ドイツ、スイス)によって、同湖の生態系の更なる悪化
を防ぐために 1959 年に設立された。スイスの7県、ドイツの 2 州、オーストリアの 1 州およびリヒテ
ンシュタイン公国からなる政府間機関である国際ボーデン会議は、同湖流域に関するすべての主要な政
治的決定を行うために 1972 年に設立された。しかし、他の国際流域湖沼に関する概要書では、公式の
国際流域関係を数十年もさかのぼって記述しているケースは見られない。
本プロジェクトが対象とした事例の途上国における湖沼の中では、Chad 湖流域委員会が既存の国際湖
沼流域管理機構としては最も古いものである。1964 年に設立され、
「流域内の水資源とその他の自然資
源の利用を規制し、管理すること、流域内における自然資源開発計画と調査研究を先導・推進・調整す
ること、不平や苦情の原因を調べること、紛争の解決を図ること、それらを通じて地域の協力関係を築
くこと」を任務としている。Chad 湖概要書では「今日まで、委員会が存在する証は、数ヶ所にある施
設以外にはほとんど見えない。委員会の構成国は、水と土地に関する争いや紛争を解決することができ
るように、より強力な権限を委員会に与える必要がある。アフリカにおける全ての河川流域組織や地域
経済社会に共通する基本的な弱点は、国家の枠を超えて強力に力を発揮する組織が欠如していることで
ある。」と記述している。こうした事実は、設立後長年月を経た国際組織であっても、政治的な支援が
47
成功のための基本条件であることを示している。
Box 4.2 Constance 湖における国際越境湖沼流域管理の仕組み
次の 2 つの国際越境湖沼流域機関が Constance 湖の管理を調整する責任を負っている。
国際ボーデン湖会議(IBK)
湖畔の連邦各州と各県からなる国際政府間機関である国際ボーデン湖会議は、1972 年に設立された。
現在 IBK は 10 の県・州・国、すなわちスイス 6 県(St. Gallen、Thurgau、Schaffhausen、Appenzell
Innerrhoden、Appenzell Ausserhoden、Zürich)
、ドイツ 2 州(Barden-Württemberg、Bayern)、
オーストリアの Vorarlgerg 州、およびリヒテンシュタイン公国の代表で構成されている。IBK のす
べての重要な決定事項は同意で決められる。IBK は常任委員会と 7 つの委員会で成り立っている。
毎年一回、構成国の首相全てが出席する会議が持ち回りで開かれる。1999 年に、環境委員会が
「Constance 湖地域の農業と水資源保護の分野における対策」と題した報告書を発行したが、その中
で法的および行政的枠組み・取るべき必要な行動と対策、とくに越境流域制度間の協力についての諸
問題を要約している。
活動の費用は構成員が負担しており、各構成員の資金負担率は行政管轄区域の面積で固定されてい
る。
Constance 湖保全国際委員会(IGKB)
Constance 湖は法的・行政的に特異な特徴を有している。下湖にはスイスとドイツとの国境線が明
確に存在している。上湖では、湖岸線から水深 25 メートルまでの浅い水域のみが沿岸諸国の領域と
なっている。Constance 湖上湖の大部分は共有財産とみなされており、いわゆる「共同管理地」であ
る。IGKB は、湖の生態系のさらなる悪化を防止するために、オーストリア・ドイツ・スイスの沿岸
3 カ国により 1959 年に発足した。1960 年に、構成国は Constance 湖汚濁防止協定(1961 年9月に
法的効力発効)を締結した。1987 年に、IGKB は「Constance 湖の澄みわたる未来:長期および短期
の対策」という覚書を策定した。
IGKB の主要任務は、湖の観察・汚染原因の確定・協調的予防対策のための勧告、および湖の計画的
な利用のための協議などである。同委員会は少なくとも年に一度は会合を持ち、そこには構成国政府
の代表団と限られた数の政府高官が出席する。諮問機関であるので、同委員会が環境保護に関する規
定や対策を決定することはないが、合意事項として、地域の行政当局は IGKB の勧告を国の法律に
反映させる義務を負っている。科学技術委員会が、IGKS に対し公式の助言者として協力している。
専門家たちは、研究プログラムを練り、委員会が認可した研究について報告書を作成する。科学技術
委員会には、三つの作業部会があり、「湖沼」、「集水域」、「事故防止」に関する特定課題を検討してい
る。作業結果は要約され、
「緑のレポート」
(湖沼モニタリング・データに関する調査年報)と「青の
レポート」
(ケーススタディと特定課題報告書)として発行される。
両組織間の連絡調整を保つために、IGKB のメンバーの一人が IBK の常任委員会の代表者となって
いる。しかしながら、IBK とその他の委員会や組織との間の協力は定常的に行われているわけでは
ない。
出典:Constance 湖概要書
48
国際越境流域協力の形態
適切な管理を進める上ですべての流域国の政府が正式な組織に参加することは、必ずしも必要ではない。
例えば、ルワンダ(それほどではないがブルンジも)は、東アフリカ連盟 (EAC) のメンバーではな
いけれど、Victoria 湖流域における管理問題について同連盟と話し合いを行っている。もう一つの例と
して、中国はメコン川委員会の構成メンバーではないが、メコン川流域の地域経済開発に関する討議、
とくに資金調達機関が進める取組については、積極的に話し合いに参加している。
国際越境湖沼流域の管理政策を策定し、計画を実施するための強力な超国家機関を設立することは多く
の場合可能ではないし、実際的でないことが多い。関係国の各部門は通常、各自の構想や計画を持って
おり、これらの構想や計画を調和させることは非常に困難である場合が多い。そうした状況下では、湖
沼流域国は調整機能を持った機関、例えば、Constance 湖における IBK や IGKB、北米五大湖における
IJC や GLC のような機関に調整を頼ることになるかもしれない。関係国が複雑な技術的問題や政治的
な対立を抱えているなどの問題に直面している場合に湖沼流域を共同管理するには、調整機関は一つの
選択肢である。このような共同機関は、国際的あるいは国家的プロジェクトによる成果が幅広く維持さ
れるように、政府の省庁や地方自治体を含め、多くの政府系および非政府系の利害関係者機関の代表者
を広く網羅する必要がある。Box 4.3 には、合意のタイプごとに組織形態に関するより詳しい情報を提
示している。
国際越境協力の合意
国際越境流域湖沼の管理のための組織・体制は、さまざまな手法によって形成される:

ビジョンは、将来の活動のための目標や原則を広範に記述するもので、通常、物的・人的資源の動
員や双方の取組の失敗に関する拘束条項は含まない。

覚書(MOU)は、関係者の将来の活動の基礎となる事項を示す、公式・非公式の記録文書である。
MOU は、役割と責任を特定し、通常、物的・人的資源の動員規定や相互協働の終了に関する条項
を有している。

国際越境湖沼流域の共同管理に関する協定は、通常は、正式な外交交渉を通して国際的に取り交わ
される法的な拘束力を持つ文書である。そこには、共通の目標を達成するための必要な共同活動が
規定されている。当事者が合意した目的に関する約束を履行しなかった場合の罰則を定めているも
のもある。

条約は、調印者が国家である場合の特別な協定である。
Box 4.3 には湖沼概要書にある事例を示した。
政治的・法的な配慮と制約
湖沼概要書では、国際越境湖沼流域管理の成功は、組織の形態あるいはその法的な位置づけよりもむし
ろ関係国の政治的意思、参加意欲、ならびに義務の履行にかかっていることを示唆している。その結果、
IJC が成功している一方で、Chad 湖流域委員会は、同委員会の設立を定めた Fort Lamy 条約および関
係諸法令の中で「流域内の水資源とその他の自然資源の利用を規制し、制限する」権限を与えられてい
るにもかかわらず、上流域での水利用の規制に失敗してきた。Kariba 貯水池沿岸のザンビアとジンバ
ブエの二カ国政府には、部局間の協力関係が弱いという歴史がある。省庁の機関は、それぞれ独自の指
揮系統で事業を進めることが多く、時には、それぞれの政府によって合意されている流域の全体計画で
49
ある ZACPLAN と矛盾した行動に走ることがある。
50
Box4.3 協定の形態の例
ビジョン:
Chad 湖:Chad 湖流域の長期(20 年間)ビジョンに基づく戦略的行動プランは GEF の支援により策定
され、1998 年に関連各国によって承認された。「2025 年の Chad 湖」ビジョンは、流域内で取り組まれ
るべき多くの重要課題を浮き彫りにした。
覚書(MOU)
Champlain 湖:1988 年の Champlain 湖に関する MOU と 1993 年に米国のヴァーモント州・ニューヨ
ーク州・カナダのケベック州によって調印された水質協定は、強制力を持たない国際的な契約の例である。
この MOU は、科学情報を交流するためのメカニズムとなり、集水域保護のために共同して計画を作成す
る作業の推進力となった。これによって、3行政区域を代表する Champlain 湖運営委員会が設立され、
3つの市民諮問委員会の役割が定められた。この MOU は5ヵ年更新となっており、国としての法制化に
向けた準備と同湖流域の総合計画を策定する場を提供している。総合計画は現在策定中である。
協定
Peipsi 湖:Peipsi/Chudskoe 湖・Pihka 湖および Lämmijärv 湖の漁業資源の保護や利用に関する協力に
ついてのエストニア共和国政府とロシア連邦政府間の協定は 1994 年 5 月 4 日にモスクワで調印された。
協定の目標は、Peipsi 湖・Pihka 湖および Lämmijärv 湖の漁業資源を保護し、共同利用に関する協力関
係を構築することである。この協定には、Peipsi 湖・Pihka 湖および Lämmijärv 湖の漁業に関する政府
間委員会の設立が含まれている。
北米五大湖:1972 年に米国とカナダが五大湖水質協定に調印した。ニクソン大統領とトルード首相によ
って調印されたもので、条約ではないが二国間の行政協定としてカナダと米国の両政府に水質保護を促進
するために特定の行動を義務づけるものである。五大湖水質協定は、水質問題を提起するだけでなく、多
重に分断された管轄権の問題を同じ程度に重要視している。この目的のために、同協定によって IJC 五大
湖地域事務所(唯一の IJC 地域事務所)が開設された。同事務所は、協定に基づいて技術的支援の提供、
計画の調整、両国政府の実施状況を監視するなどの特別の責任が与えられている。IJC はその責務を果た
すために、五大湖水質委員会と科学諮問委員会を設立した。
条約
Tanganyika 湖:Tanganyika 湖管理条約は、同湖周辺の沿岸4ヶ国―タンザニア・ブルンジ・コンゴ民
主共和国・ザンビア―の権利と義務を定める政府間協定である。同条約は共同管理・管理原則・戦略的行
動プログラム(SAP)および関連事項を扱うための制度的な仕組みの基礎となるものである。同条約は、
沿岸4カ国それぞれから熟練の法律家や政策策定者が参集した一連のワークショップを通じて策定され
た。条約の最終案は、2000 年 7 月に GEF 資金による UNDP の Tanganyika 湖生物多様性プロジェクト
(LTBP)の終了時に企画運営委員会で採択された。同条約は 2003 年 6 月 12 日に沿岸4カ国によって調
印され、現在それぞれの議会で批准に向けて審議されている。少なくとも二カ国によって批准されれば、
条約は効力を生じ、SAP を実施する法的根拠となり、定期的に改訂されることになる。
出典:Chad 湖、Champlain 湖、五大湖、Peipsi・Chudskoe 湖、Tanganyika 湖それぞれの湖沼概
要書
51
計画作成とプロジェクト実施のための物的・人的資源の動員
湖沼流域関係国が、国際的な約束を果たすための充分な資金的・人的資源を有する場合は、複数の部門
や湖沼流域全体を網羅した総合的な国際行動プランは必要ないかもしれない。例えば、北米五大湖・
Constance 湖および Champlain 湖のような国際越境湖沼流域の沿岸国や流域国は、包括的な計画を持
つことなしに、数十年間にわたって関係機関が協力してきた。北米五大湖では、管理責任者は、特定分
野の問題に対して改善策の策定に注力し、五大湖水質協定(IJC)
、五大湖漁業委員会、五大湖委員会の
ような組織と協定の下に、地域全体にわたる取組を展開してきた。現在、彼らは五つの湖のそれぞれに
ついて行動計画を策定中である。包括的な計画は必要ではなかったが、関連する連邦機関は、五大湖に
ついてのそれぞれの施策をより緊密に調整するための統一ビジョンを策定した。Champlain 湖では、
1996 年に包括的な計画が立案され、2002 年に改定されている。この計画に先だって数十年間にわたる
協働作業が続けられてきたが、利害関係者を参画させる参加型プロセスによってこの包括的計画が出来
上がるまでは、重要な対策はそれほどうまくいっていなかった。計画がなくても協働作業はうまくいく
ことがあるが、この例は、合意による行動計画に基づく場合のほうがうまくいく可能性が高いことを示
している。
国際越境湖沼流域のほとんどは、沿岸国や流域国が充分な資金や人的資源を有しない地域に存在してい
るので、環境整備が遅れており、これまでの国際的な協働作業は初期段階のもの、あるいはほんのわず
かな程度である。GEF は、地球規模の利益が存在するいくつかの湖沼流域の管理を支援している。戦
略的行動プログラム(SAP)は、支援の一環であり GEF 国際水域プロジェクト対象地域のための現行
指針に基づいて策定される。このような国際越境湖沼流域管理計画は、関係国家の政府によって策定さ
れた現存の計画、構想、ならびに組織を支援すべきものである。Malawi・Nyasa 湖概要書では、
「国際
的に資金提供が行われるプロジェクトは、現存の合意された地域や国家の計画を活用するものであって、
新たにスタートするものであってはならない。こうすれば現存する計画の混乱や作業負担が最小に抑え
られる。
」と述べている。
住民との信頼の確立
国際越境湖沼であれ国内湖沼であれ、いずれの湖沼流域の管理組織でも、部門別の組織や住民の信頼を
確保することが不可欠である(Chilika 湖および Laguna 湖概要書)
。このことは国際越境流域の組織・
体制にとってはとくに重要である。Peipsi・Chudskoe 湖概要書では、国境を越えた信頼関係は、効果
的な意思伝達、共通のデータや分析手順、および透明性の高い越境政策の決定などに基づいて築かれな
ければならないことが強調されている。国境を越えた民族間の友好関係がこのような意思疎通を促進す
るために利用されることもある(アフリカの湖沼ワークショップ)。
さまざまな行政レベルの協力
「補完性の原理 」に基づき、湖沼流域問題も可能な限り身近な地域において対処されるべきである。
ただ、問題によっては、流域であるいはそれ以上の規模で対処される必要がある。例えば、Baikal 湖に
影響を与えている大気由来の産業汚染物質は、ロシア連邦のさまざまな州 からもたらされており、広
域的に対処される必要がある。しかしながら、その他は当該地域で発生する問題であり、地元で対処す
ることになる。例えば、Champlain 湖における Missisquoi 湾、琵琶湖における赤野井湾、Victoria 湖
における Winam 湾および Malawi・Nyasa 湖内の無数の島を含め、本プロジェクトの多くの湖沼では、
52
ホットスポットが特定されている。国家政府(あるいは関連機関)も地域の問題に取り組む必要がある
が、地方政府の方が地域限定的な問題に対処する上でより機能的だろう。
それぞれの対象湖沼が経験してきた多くの問題(表 3.2)は、湖沼流域管理が効果的に実施されるため
には、国家、国際機関、地域および地方機関を問わず、関連する組織・体制が全てのレベルで機能して
いることが必要であることを示している。例えば、Peipsi・Chudskoe 湖は、地元の問題(湖岸地域の
廃水放流)
、地域の問題(水草の侵入)、および国際的な問題(非持続的な漁獲活動やさまざまな発生源
からの栄養塩類)を経験している。「補完性の原則」によれば、問題は適切なレベルで処理される必要
があるが、通常は全てのレベルの組織からの支援が必要である。例えば、Peipsi・Chudskoe 湖岸地域
の都市廃水の放流は、国家政府(さらに時には国際支援機関)が資金援助をしない限り、現地の資金源
のみだけでは緩和されないように思われる。
国家レベルの政府
湖沼概要書に記載されている湖沼流域のほとんど全てにおいて、中央政府がそれぞれの湖沼流域の管理
に直接あるいは間接に関与している。いくつかの国際越境湖沼流域では、国際的な管理組織が設立され
ているか、設立されようとしている(北米五大湖、Aral 海、Champlain 湖、Constance 湖、Chad 湖、
Tanganyika 湖、Victoria 湖)が、中央政府が管理活動全体に大きな影響力を持ち続けている。国家政
府が直接管理するかまたは重要な管理上の責任を負っている国内湖沼流域には、Nakuru 湖、Tonle Sap
湖、Laguna 湖、Issyk-kul 湖、Sevan 湖などの湖のほかに Tucurui 貯水池が含まれる。
一般的に、中央政府の湖沼流域管理への関与は、部門ごとに関係省庁やその部局を通じて行われる。例
えば、水資源の管理に責任を持つ機関は、湖沼からの取水量とともにその水の配分をも制御することに
なり、森林局は流域内の植林地や森林を管理することになる。本プロジェクトの対象となっている湖沼
の多くでは、中央政府の部門ごとの組織が地方事務所を通じて仕事をしている(Box 4.4)。多くの場合、
これらの管理地域は、湖沼流域の境界に基づいたものになっておらず、水資源管理機関ですらそうであ
る。
地方自治体
地方自治体(市町村・州省県および地域の公的機関)が、湖沼流域管理の改善に中心的な役割を果たす
ことがある。地方自治体組織は、湖沼流域の資源利用者にとっては最も身近な存在であり、多くの資源
管理活動に責任を持っており、湖沼流域資源の利用者でもある。また、彼らは湖沼流域資源の利用者と
直接対話を促進する絶好の立場にあることが多い。彼らが行う土地利用区画・運輸・建設・公衆衛生・
生態系のゾーニング・固形及び液状廃棄物の管理および企業に対する動機付けなどの決定は全て水資源
に影響を与える。
本プロジェクト対象の 28 湖沼のうち、地方政府がすべてを管理しているものはほとんどない。Bhoj 湿
地は Bhopal 市公社の管轄下に置かれている。資源利用活動に対する多くの管理責任は州政府にあるも
のの、
Bhopal 市公社が唯一の地域機関であることや、Bhoj 湿地が同地域にとって重要であることから、
同機関が湖沼管理に関しては特別の責任を果たすことになっている。流域の全域が滋賀県の区域内にあ
り、県の中心に位置する琵琶湖は、もう一つの例を示している。
一方、Laguna 湖は、特定の公的機関である Laguna 湖開発機構(LLDA:Laguna Lake Development
53
Authority)によって管理されており、その管轄区域は同湖の流域だけでなく、集水域外の地方政府の
管轄区域も含んでいる。LLDA と地方自治体との間のさまざまな対立は、政府の異なるレベル間におい
て明確な調整作業が行われることの重要性を表している。LLDA は Laguna 湖の湖岸域を管理する権限
を与えられていたが、多年にわたってこの責務を果たしてこなかった。LLDA の対策が遅れたために、
地方自治体は自分たちの区域内にあって、時々干上がってしまう湖岸地域に自らの行政管轄権が及ばな
いことに納得しなくなった。Laguna 湖湖岸域政策の公布にもかかわらず、地方自治体は、法律では
LLDA の任務となっている湖岸域の利用許可証を与え続けた。この混乱は他の国家機関にも広がってき
た。土地管理、測量、土地論争に関する権限を有する機関も、このような混乱を避けることを目的に承
認された大統領令が存在するにもかかわらず、このような湖岸地域を譲渡や処分が可能な土地に区分し
た。こうした事態の解決には、関係機関のトップレベルによる行動と政治的な意思が必要となる。
多くの場合、湖沼の「全てを統合する性質」 によって、問題は単一の地方政府管轄域を超えたより広
い範囲に影響を及ぼす。加えて、地方自治体では、選挙や人事異動のサイクルが短いために、他の部門
や異なる行政レベルの人々を同一のテーブルにつかせる能力、適切で持続性をもった政策を実施するた
めの資金的・人的資源、必要な政治的意思など、複雑な問題に取り組むために必要な管轄権限や人材資
源などに欠けることが多い。
多くの例によれば、都市下水やごみの処理に責任を持つ場合には、地方政府自身が湖沼悪化の主たる原
因者となることがある。Ohrid 湖では、マケドニアとアルバニア両国の都市域で発生する未処理廃水が
同湖の主要汚濁源となってきた。ごみは浸透防止処理の施されていない素掘りの穴に投棄され、同湖の
汚濁源の一つとなっている。これらの汚濁源は、現在、ドイツ政府とスイス政府ならびに GEF の支援
によって規制される方向に向かっている。
湖沼流域管理機関と利害関係者の参加
湖沼概要書の多く(Ohrid 湖、Peipsi・Chudskoe 湖、Laguna 湖、Bhoj 湿地)は、湖沼流域管理がう
まくいく組織・体制をつくりあげるには、湖沼流域資源に依存している住民との良好なパイプが必要で
あると述べている。場合によっては、管理機関に住民の代表者の参加を求めることもあろう。さらに、
アフリカの地域ワークショップで紹介された George 湖に関する報告書によれば、こうした組織的なつ
ながりが、全てのレベルにおける計画策定と政策決定において住民からの情報を下意上達させるための
伝導管の役割を果たすとともに、住民が湖沼流域資源を守るための管理の一端として湖沼資源の保全に
対して責任があると感じさせる機会を与えていると述べている。つまり、「女性や貧しい人たちももは
や自分たちが疎外されていると考えず、集いの場では自分の意見を述べることができるようになり、利
益は利害関係者によってすでに実感されている。」のである。利害関係者グループによる参加の例につ
いては第 6 章でさらに述べる。
Peipsi・Chudskoe 湖と Titicaca 湖概要書は、広範な参加(その結果としての広範な意思伝達経路)は、
組織・体制の弾力的な設計とともに、流域管理が成功するための重要な規範になるとしている。
54
Box 4.4 Nakuru 湖におけるセクター別部署の関与
ケニアの大地溝帯に存在する Nakuru 湖は、野生生物の魅惑に満ちた有名な観光地である。Nakuru
市は急速に発展している工業都市であり、過去 40 年間に、湖の流域の森林の多くが小作・自作農家
によって伐採された。同市は過去 30 年間に年率約 10%の人口増加を経験してきており、水の供給と
安全で環境に配慮した廃水の処理に膨大な負担がかかっている。多くの政府機関が流域内のさまざま
な資源に管轄権を行使しており、流域管理は以下のような複雑な様相を呈している:

ケニア野生生物局は、野生生物法に基づいて Nakuru 湖の保全と管理の任に当たっている。同
局は、貧困に対処し Nakuru 湖が直面している脅威を減らすための 10 ヵ年計画である「Nakuru
湖生態系統合管理プラン 2002-2012」を策定した。

Nakuru 市役所は、都市開発・企業の排水基準設定および水質監視に責任を持っている。同市役
所は、Nakuru 湖国立公園内に設備の整った水質試験所を有しているが、水の検査や機器の維持
管理に必要な資金が不足することが多い。

水資源開発省は、水資源法に基づいて同湖の流域内を所管し、集水域の保全、水の配分、汚濁の
規制と監視、水資源開発のための資金確保に責任を持っている。利害関係者の参画が増えてきた
ことから最近法改正があり、運用責任は、集水域諮問委員会に委ねられることになるだろう。

森林局は、森林法に基づいて同湖集水域を所管しており、森林資源の開発、維持保全、物的・人
的資源の動員に責任を持っている。同湖の集水域における広大な森林域は、政府の矛盾する政策
の下に伐採が進んでいるが、このような伐採活動は、同湖の流域資源の適切な管理と全く相いれ
ないものである。

農業省は、農業法に基づいて集水域の農業活動の振興に責任を持っている。

地方行政庁は、政策の執行と持続可能な環境管理のための環境づくりに責任を持っている。

職域健康保険庁は、Nakuru 市における環境汚染物質排出移動登録(PRTR)制度の実施に主導
的な役割を果たしている。同庁は、産業界が廃棄物削減の取組を始めるきっかけを与え、参加企
業から集められた情報の全てを含むデータベースを作成した。
出典:Nakuru 湖概要書
分権化
いくつかの湖沼概要書は、湖沼流域管理組織の進化が、地方分権化とかかわりを持っていると記述して
いる。例えば、カンボジアの Tonle Sap 湖においては、流域管理の枠組みとして、メコン川委員会から
国、地方レベルの組織や湖沼流域内の最も貧しくかつ最も孤立した集落までを含む階層的なガバナンス
のしくみを承認する分権化政策を取り入れる必要があると述べている。インドネシアの Toba 湖では、
湖沼流域管理は政府の分権化政策の一環として進められてきている。Toba 湖の場合、州政府と湖の周
囲にある5つの管轄区は湖をとりまく比較的小さな流域内に広がっている。州内の自治管轄区
(kabupatens)間の調整や資源管理の対立(生簀(いけす)養殖漁場の設定といった)を解決する必
要性は明らかであるが、これまでは取り組まれていない。さらに当概要書では、従来のような高度に中
央集権化された行政制度のもとでは実現しえなかった住民主体の取組の必要性を指摘している。
タンザニア政府は、国の水政策の実施を支えるために、水資源管理の責任を持つ組織として5ケ所の河
55
川流域水資源事務所と4ヶ所の湖沼流域水資源事務所(Victoria 湖、Tanganyika 湖、Malawi・Nyasa
湖、Rukwa 湖)を 2004 年末までに設立した(ただし、それ以前に作成された Victoria 湖、Tanganyika
湖、Malawi・Nyasa 湖の概要書には記載されていない)
。この流域単位の対応策は、従来の地方行政単
位の水資源行政に代わるものである。しかしながら、分権化は湖沼流域の中央政府からの孤立化を増大
させることがあり、このことが Tanganyika 湖では問題となっている。Xingkai・Khanka 湖の流域も、
中国とロシア連邦両国の首都から遠く離れている。そのため両国の中央政府からの充分な支援を得るた
めに必要な経済的・政治的な存在感を発揮することがむずかしい。しかしながら、湖沼とその流域がさ
まざまな問題に取り組んでいくための十分な経済的、その他の資源を確実に得るためには、国家レベル
で関心を払うことが重要である。
能力の向上
湖沼概要書の多くは、地方や地域の機関内における能力の向上が必要であると述べている。最も共通し
て述べられているのは、利害関係者の参画と参加型管理のテクニック、モニタリングと評価、およびプ
ロジェクトの執行管理能力の向上(とくに GEF プロジェクトにおいて)の必要性である。分権化は地
方の公的機関にとってはかなりの負担となるが、多くの場合、地方機関はそうした負担に耐えうるよう
な整備が十分にされているわけではない。Malawi・Nyasa 湖概要書では、責任が増えていくことを望
んでいない、あるいはそれに対応できない地方や地域の役人にとって必ずしも歓迎されないため、分権
化は、同湖の沿岸 3 カ国(マラウイ・モザンビーク・タンザニア)のそれぞれにおいてゆっくりとしか
進行していないことを指摘している。環境モニタリングのプログラムを推進し、長期にわたって継続し
ていくための経費負担は、湖沼流域管理組織の多くの現状の能力ではとてつもない難題である。しかし
ながら、モニタリングのプログラムに住民を巻き込むとともに、利害関係者の能力の向上を図ることに
よって、途上国における経費削減への道が開けてくる。
Baringo 湖・Nakuru 湖および Toba 湖の湖沼流域管理者は、住民主体の湖沼流域管理計画の能力を向
上させるために、世界銀行が開発した参加型農村調査法(PRA:Participatory Rural Appraisal)の手
法を利用し、プロジェクトのスタッフ、環境保全団体および地元住民のトレーニングを行っている。
Ohrid 湖では、現地のコーディネーターが GEF・Ohrid 湖保全プロジェクトの中で、集水域管理委員会
と協働して利害関係者を参画させる能力を向上させた。しかし、Tonle Sap 湖では、住民主体の取組を
進めるための組織の能力向上は緊急課題であったにもかかわらず、十分に取り組まれなかった。
湖沼概要書が示す重要な教訓の一つに、トレーニングプログラムや小規模助成プログラムを通じて、地
域の NGO や CBO の能力を向上させることが述べられている(Nakuru 湖、Ohrid 湖、Peipsi・Chudskoe
湖)
。GEF が資金を提供した Ohrid 湖保全プロジェクトは、マケドニア(旧ユーゴスラヴィア共和国)
とアルバニア両国の NGO に小規模な助成金を提供し、夏季のエコキャンプ、学校での環境教育、Ohrid
湖岸の清掃、集水域の流入河川の緑化、公共教育教材の作成と配布を行ったり、円卓会議やワークショ
ップの開催などさまざまな活動を支援している。しかし、こうした小規模助成金は、広く一般市民を活
動に巻き込むことには限定的に寄与したに過ぎず、活動の多くは国際資金に依存し続けている。
流域管理組織・体制の進化
湖沼流域管理の組織・体制は、地方政府・各セクターおよび住民レベルで現存する仕組みを基礎に設立
される場合に、もっとも効果的である。これによってこれらの組織が持っている知識や連携を活用する
56
ことができ、彼らの法的な力を利用することができる。このことは、多くの湖沼概要書や他の報告書で
強調されている。例えば、ウガンダの George 湖での教訓の一つは、
「国家レベルおよび地方レベルにお
ける適切かつ効果的な組織は、既存システムの引き写しではなく、政府組織の中に補完的に統合される
べきである」としている。
湖沼概要書は、効果的な流域管理の組織・体制、とくに調整機能を持った組織を確立するには、著しく
時間がかかるとしている。なぜなら、そのような組織には説得力が求められ、多くの場合、目的を達成
するための予算が限られているからである。例えば、Chilika 開発公社は、湖沼概要書に紹介されてい
る最も成功した組織の一つであるが、1990 年代初期の設立直後にはほとんど見るべき成果を挙げられ
なかった。しかしながら、同公社は、1990 年代後半までには、湖の生物物理学的に回復させ、湖に依
存している漁村の持続的な収入を再び確立することができた。その理由としては、再生事業を実施する
のに必要となるであろう部門の政府機関と良好な関係を築くために努力したこと、湖沼流域問題に関す
る信頼できる知識を得るための投資を惜しまなかったこと、および緊急を要する事態が生じたことで同
公社が必要な権限を持つことができたことなどが挙げられる。
効果的な流域組織は、長期にわたって存続していく必要があるが、固定的なものではない。彼らは、新
たに生じてくる課題や湖沼流域住民の開発の要望に応じて自分たちの活動を進化させる必要がある。北
米五大湖概要書では、
「水生有害種の問題」から、「気候変動」、「水の移送」、「送電線の整備」、さらに
は 「先住民族の権利」に基づく「カナダ・米国原住民の管理権の主張」に至るまでの彼らの経験に基
づいて、湖沼流域管理の組織・体制は次々と生じてくる環境問題に適切に対応していく必要があるとし
ている。
Naivasha 湖と Laguna 湖は、変化する開発への要望にうまく対応した例である。Naivasha 湖の場合、
湖沼流域管理の組織・体制は、75 年以上かかって湖岸保護機関から湖沼保全機関へ、そして近年の半自
治的な湖沼流域管理機関へと変化してきている。この進化に伴って、湖の管理に参加する利害関係者の
数が増え、つい最近では湖の流域に住んでいる人たちまでメンバーの範囲が拡大してきていることは注
目すべきである。しかしながら、Melewa 川上流域のように、利害関係者が、いまだに効果的な参画を
していない地域もある。
Laguna 湖の場合、将来の発展のために湖とその周辺の可能性を開拓するとともに、環境の悪化を食い
止めるために 1966 年に LLDA が設立された。早くも 1983 年には、LLDA に全面的な公社組織の再編
成を行うことができる権限が付与されたが、ほとんど何もしなかった。この 15 年間以上の間に、Laguna
湖の流域においては人口・住宅・工場およびその他経済活動が急激に増大し、湖への圧力が増大したの
で、LLDA においても同湖の環境を保護する役割が増えてきた。LLDA も、その組織や機能を再構築す
る取組によって、統合的な水資源管理と開発を進める機関として生まれ変わった。後者には、設立を検
討中の Laguna 湖開発公団をとおして開発事業を拡大することも含まれる。
湖沼の中には、制度設計の有効性を定期的に見直すことを含め、地域の社会経済的および政治的状況の
変化に応じて組織が有功に機能しているか否かを判断するために公的な組織評価を利用しているとこ
ろもある。(Peipsi・Chudskoe 湖、Titicaca 湖、Laguna 湖の3つの湖沼概要書)
57
第 5 章 効果的な活動の特定:国家政策と地方政策
政策について学んだ鍵となる教訓

国家の政策は、適切な湖沼流域ガバナンスの基盤を確立するための基本要件である。しかしなが
ら、湖沼概要書の中では国家の政策についてはほとんど議論されていない。

湖沼流域に影響を与える政策は貧困の軽減と開発に役立つものでなければならない。なぜなら、
貧困自体が湖沼流域の悪化原因となっており、また政策の影響を受けている利害関係者も、自分
たちの利益になるならば湖沼流域管理に参画したいと考えるようになるからである。

国家の政策は、指揮統制政策(CAC:Command and Control)、刺激・抑制施策(経済的な手
段)あるいは住民啓発のいずれかを通じて地方で実施される。それぞれに長所と短所があるので、
こうした手段は併せて用いられることが多い。

CAC 政策は、求めている成果が明確な場合、その政策の影響を受ける利害関係者が比較的少数
の場合、あるいは政府の決定を受け入れる社会環境がある場合には効果がある。

経済的な手段には、自由度がある・実施するのに比較的費用がかからない・外部要因に基づくコ
ストを含むことができるなどの利点がある。しかしながら、こうした手段の導入も、それまで無
料でよかった資源の利用を有料にする場合などは困難にぶつかる。

全体として、地方でうまくいっている政策は、政治的な意思を確立し、利害関係者を参画させ、
行政の持続性を確保し、公平性を有しており、そして政策を統合させるために積極的に機能する
ものである。
国家政策
国家政策とは、資源の利用に対する政府の意思を伝えるものである。政策は、湖沼流域管理の他の要素
―湖沼流域管理原則の構築、組織、法整備、規則や刺激策、住民や民間企業の参加、財源などについて
の基礎となるものである。仮に、湖沼流域資源に影響を及ぼす部門間あるいは国家間(国際越境湖沼の
場合)の政策に違いがあると、資源の利用が非効率的になり、対立の種をもたらすことになる。たとえ
ば、湖沼流域の水源近くで農業の拡大を図るような農業部門の政策は、湖沼の沿岸域にある魚の産卵場
に流れ込む土砂を増大させ、その結果、敏感な魚の成育場を守るための漁業部門の政策と真っ向から対
立することになるかもしれない。
例えば、Chilika 潟湖では利害関係者グループの参画を促すための強力な政策がなかったために、州の
財務当局が営利企業への漁業許可の交付を一方的に決定し、地元の漁民の収入を脅かすことになった。
この決定によって被害を受ける人々の意見が聞き入れられなかった時には暴動が起こり、死傷者まで発
生した。1999 年~2000 年以降、主要な政策決定に利害関係者を参加させる管理の取組が強化され、そ
の結果潟湖の回復が進むことになった。つまり、良い国家政策は良い湖沼流域管理の骨格をなすもので
ある。
政府の組織は部門別になっている場合が多いので、湖沼流域管理に特化した国家政策を見いだすことは
まれである。そのかわり、湖沼流域を管理するための政府の意向は、水資源政策(表流水と地下水の両
方を含め)や、漁業・灌漑・水供給・環境など水に関連した部門の政策の中に含まれている。しかしな
がら、湖沼の重要性が非常に高い場合には、各部門(国際越境湖沼の場合は沿岸諸国)が進める活動を
58
調整するために、その湖沼のために別個の政策が策定されることもある。この例は Victoria 湖概要書の
中に認められ、「沿岸諸国の政策や取組は、湖沼管理政策と同調する要素を明確に含む必要があり、各
国がビクトリア湖に関する湖沼管理政策を決める場合には、他の沿岸および流域の国々で実施されてい
る政策や戦略を考慮に入れる必要がある。
」としている。
部門間の活動を矛盾のないものにしていくことは、先進国であれ途上国であれ、大半の国で非常に困難
である。その結果、ある部門の活動が他の部門の活動によって台無しになったり、あるいは危うくなる
という事態を招く。国際越境湖沼の場合、事態はさらに悪化する。例えば、Chad 湖では、上流にある
国々の灌漑部門による取水が、同湖にさらなる圧力を加え、同湖の資源に依存している漁民社会に影響
を及ぼしている。
IWRM がもっと受け入れられるようになれば、湖沼に影響を与える部門間の政策を調整する機会が生ま
れてくる。国家レベルや河川流域レベルでこうした調整を義務付けた水資源政策を導入する国が増えて
きている。河川流域境界が湖沼流域と一致しているか、湖沼流域を包含している所では、このような河
川流域の取組が進めば、湖沼流域管理者によるさまざまな対策を調整する能力の向上につながるだろう。
湖沼流域管理政策を社会政策や開発政策と関連付けることの必要性は、湖沼概要書の中で広く認識され
ている。Aral 海概要書では、
「水の管理問題は経済問題や政治問題につながっている。水問題における
協力は、地域の経済開発やより広範な政策統合を進める上で重要な検討課題のひとつである。」と述べ
ている。Sevan 湖概要書も同様のコメントをしており、Baikal 湖概要書は、「政策策定者は環境保全の
ための法律、計画および政策を提案する際に経済的、社会的な利益を示すべきである」と述べている。
Toba 湖概要書は、
「疎外された貧しい人々は、生き延びるためにしばしば環境劣化つながる行動をとる
ので、湖沼流域管理を貧困の軽減につなげる必要がある。」ことを強調している。
多くの国際越境湖沼で最も緊急に取り組むべき課題の一つは、漁業や汚濁規制などの分野において関係
国間で規定の調和を図ることである(例えば、Victoria 湖、Ohrid 湖、Peipsi・Chudskoe 湖、Kariba
貯水池等)。調和は必ずしも同一化を意味するものではない。調和とは、国境線をまたいで、法律と規
則の間の混乱がないよう保証することであり、特定の法律が同じである必要はない。
法律は通常国全体を念頭において制定されており、特定の湖沼にとっては適切でないかもしれない。こ
うした管轄範囲の問題は、国際越境湖沼や国際越境貯水池の場合にはより対処が困難になる。例えば、
ナイジェリアは Chad 湖流域にとって重要な国であるが、同流域はナイジェリアの国策を左右するほど
支配的なものではない。国の法律は規則や付則を通じて特定の湖沼流域の状況に合うように調整される
ので。これらを利用して国境線をまたいだ管理の調和を促進することも可能である。
しかしながら、組織と法的な枠組みを調和させるには、国境を接する国々の主権とそれに付随したさま
ざまな側面を考慮する必要がある。例えば、Victoria 湖周辺の沿岸国のいたるところに設立された湖岸
管理単位は、国によって異なる地域事情や地域社会の発展の歴史を反映する各国特有の社会的な特徴を
保ち続ける必要がある。他方、国境を越えた歴史的な民族間の愛着が、国境を越えた協力関係の促進に
つながるかもしれない。
地方政策
湖沼流域の資源利用者間で競合が存在するより地方のレベルにおいては、国家の政策が、流域資源の公
59
平かつ効率的な利用機会を保証していくためのしくみとして組み込まれる必要がある。このことは、住
民に望ましくない態度を改め、望ましい態度をとるように住民の行動を管理することを意味している。
こうした行動の管理は次の3つの基本的なしくみを通じて実施される:

法的効力を有する規則;

奨励(インセンティブ)制度や抑制策;

教育と住民の参画
三つ目のしくみである湖沼流域資源の利用機会を共有する相互の利益について利用者の理解を深める
ための教育については、第 6 章に記述している。しかしながら、上記 3 つのしくみはすべて相互に補完
する性質のものであり、同時に用いられることが多い。湖沼管理で通常用いられるもう一つの介入策は、
下水処理や浚渫、および水草制御のための生物の利用といった技術的な対応である。管理の一環として
重要な部分であるこうした技術的対応は、人々の行為の後始末としての不可欠な対応であり、人々の態
度を変化させるものではない。このことについては第 7 章に記述している。
法的効力を有する規則
規則は、法的な効力を持って資源の利用と配分方法を規定するもので、そのため指揮統制政策(CAC)
と呼ばれている。このような規則は、ある種の漁具の使用制限といった単一セクター内で適用されるこ
ともあるが、水資源のような基盤となる資源をさまざまなセクターが利用する場合には、セクターを超
えて適用されることがある。例えば、Chilika 潟湖では、最近、湖の上流の Mahanadi 川に設けられて
いる堰堤からの水を、堰堤下流の灌漑農民と上流に遡上する魚・エビ・カニに依存している漁業者の両
者に確実に配分するための操作規則が制定された。
指揮統制政策は、期待する成果がはっきりしているので一般的な対策として用いられている。しかしな
がら、政策が効果を発するためには、規則が実際に施行される必要がある。湖沼概要書の多くは、財源
不足や政治的意思の欠如のために政府の行政能力が低下している国では、規則の実施が不充分であると
指摘している。これに関連して、Cocibolca 湖概要書では以下のように述べている;
「現存の憲法の規定、
組織の使命、法律、および国際協定をみれば、環境保全の活動、生物多様性の保護、および持続可能な
発展を進めるための十分な法的な枠組みがあることがわかる。主な制約となっているのは、どの国にお
いてもこの法的枠組みを遵守させるための制度的、技術的、および組織的な能力が低下し、法律で決ま
った対策を推進しようとする人々の意識が欠如していることである。」
指揮統制政策は、本プロジェクト対象の高所得地域における湖沼流域(琵琶湖、Champlain 湖、
Constance 湖、五大湖)におけるいくつかの問題に対して非常にうまく機能してきた。例えば、Constance
湖へのリン負荷量は、家庭排水や工場排水の排出源に対する直接的な規制を実施したことによって劇的
に削減された。十分な法施行力を与えられた途上国のケース(例えば中国の Dianchi 湖)では、汚濁規
制基準が汚濁負荷量削減の効果的な方法になった。
指揮統制政策は複合的に施行される場合が多い。例えば、湖の魚類資源量を管理するために、以下のよ
うに漁業に関してさまざまな角度からの規制が実施される:

漁船の大きさを定めること

ある魚種が捕獲できない「禁漁期間」を定めること(Baringo 湖、Naivasha 湖)
60

刺し網の網丈や目合いの制限(Victoria 湖)および漁具基準(Peipsi・Chudskoe 湖)のような漁
獲用具の技術的規制

漁民の範疇や業法の種類ごとの漁区指定(Laguna 湖)
保護区域や国立公園のような一定の地域を指定するゾーニング規制は、指揮統制政策のもう一つの例で
ある。多くの国では、湖沼あるいはその流域の一部を(とくにそれらがラムサール条約登録湿地を含む
場合には)保護区域として指定している。しかしながら、保護区域は、保護のための人材や財源が不足
している場合には、保護されない状況におかれることが多い。例えば、Issyk-kul 湖、Sevan 湖、Tonle
Sap 湖、Xingkai・Khanka 湖の概要書には、公式に保護区として指定されている区域内で、密漁やそ
の他の行為(工業開発のような)が引き続き行われていることが述べられている。
指揮統制政策を実施するための行政的な負担は、より細かく施行される(例えば、利用者別に異なる基
準が適用される等)場合やより多くの人々が影響を受ける場合、また政府の定めた基準に対する社会の
受入度合いが低い場合にはより重くなる。例えば、Victoria 湖において、大規模の商業漁業の規制を実
施することは可能であるが、幾千人もの職人漁師や沿岸漁民を伝統的な指揮統制手段によって規制しよ
うとするとはるかに多くの費用がかかる。
指揮統制政策が社会的に受け入れられることの重要性は、Naivasha 湖における「漁業操業の一時停止
措置」によって明らかにされている。この措置が解除された後「湖内の漁船隻数を総数 43 隻に減らす
必要がある」ということが住民集会で決定された。誰が漁船保有許可を得るのかを決めるのは困難な作
業であったが、最終的には漁民の過去の態度に基づいて決定された。規則に従った者が許可を獲得した
のである。その後、数人の漁民が目合いの細かい網を使用して漁獲を行ったために操業禁止を命じられ、
待機リストの他の漁民との入れ替えが行われた。
刺激(インセンティブ)と抑制
経済的手法(課税と補助金)は、行動を制御するための第二の方法である。強制力はないが、刺激(イ
ンセンティブ)や抑制を与えることによって人々の行動に影響を及ぼす。市場は、管理組織ではなく、
湖沼流域資源の利用者が設定する価格がシグナルとなって刺激が誘発される経済的手法の特別なタイ
プである。しかしながら、ケーススタディでは、人々の行為を誘導するために設けられている市場の例
を示すものはほとんどなく、大半の価格は組織によって設定されている。
行動を促進させたり抑制させたりするために価格を利用することには多くの利点がある:

価格はほとんどの人々に影響が及び、一度設定されると歳入の徴収を除き、通常、政府は直接介入
する必要はなくなる

人々は価格の変動に対応する

価格は速やかに変更でき、したがって、かなり即応的な政策手段である

望ましい行為に対する報償(環境にやさしい器具の使用に対する補助金など)として、あるいは望
ましくない行為に対する処罰(汚濁物質の放出に対する課税など)としても利用できる

価格設定によって「環境問題の外部性を内部化」することができるので、より効率的な資源利用を
推進できる。例えば、農薬の価格をより高額に設定することで、水の農薬汚染が高くつくことを農
民に自覚させ、農薬使用量を減らすよう意識づけることができる。
61
汚濁賦課金制度は、Dianchi 湖と Laguna 湖において、湖沼への有害廃棄物投棄を抑制するために導入
されている。放流量が増えるほど賦課金の額は大きくなっている。その他、湖沼資源の利用に利用料が
課徴される湖沼もある。Victoria 湖のタンザニア水域では、漁民が漁獲量に応じて課徴金を試行的に支
払った例が紹介されている。Peipsi・Chudskoe 湖流域では、肥料購入に対する補助金優遇策が農民の
行動をゆがんだものにし、肥料の大量使用へと導いて湖の利益を損なったために補助金を廃止すること
になった。
こういった経済的手法は効果的ではあるが、その導入のためには通常は単純な政治的過程を経るわけで
はない。価格の変動によって何かを失うことになる人々による変動に対する抵抗はどんな場合にもつき
ものである。経済的手法を導入するにあたっては、全体としての利益を説明するための広範な教育プロ
グラムが同時に必要であり、、また強力な政治的意思によって支えられる必要がある。しかしながら、
利用者のグループが将来全てを失う危険性があると考える場合には、資源の利用を制約するための費用
負担をもっと進んで受け入れるようになる。例えば、Laguna 湖の生簀(いけす)養殖業者と Toba 湖
のパルプ工場は両者ともに、湖沼資源と自分たちの産業が経済的にも生態的にも長期に持続することを
期待して新たな利用料や税を受け入れるようになった。
湖沼概要書には、湖沼流域資源の利用を制約するために経済的手法を用いることができる例がいくつか
見られる。例えば、Naivasha 湖の水位低下は、少なくとも部分的には、園芸農家による水の消費が原
因であった。水利用には許可証がずっと必要であったにもかかわらず、利水者の多くは無許可あるいは
許可水量以上のレベルで取水を続けてきた。つい最近になって、2002 年ケニア水資源法に基づいて水
利用料が定められたが、実際の施行にはまだ至っていない。利用料の施行は、湖沼の管理に役立ち、水
の利用量抑制に役立つことになろう。
経済的手法が比較的容易に導入されるケースの一つは、新規あるいは利用の拡大が生じた場合である。
例えば、Kariba 貯水池では貯水池が満水になったことでスポーツフィッシングが可能になった。それ
までは、漁獲量規制のために許可証を発行することに反対するような釣り愛好家は存在しなかったので
ある。
指揮統制政策の場合と同様に、経済的手法の実施を監視し、事によっては制裁措置を行なう必要がある。
例えば、乱獲漁業に陥った湖沼の場合、乱獲を抑制するための水揚げ課徴金(制度)を導入しても、ま
だ漁獲量の監視が必要であり、課徴金を逃れようとする人に対しては罰金を科すことも必要になるであ
ろう。さらに、金銭を伴う制度を導入したことによって、その他の許可証保有者(漁業関係者以外の利
害関係者)の多くも、今では、課徴金を逃れても自分たちの費用を削減することにはならないと割り切
った方が得だと考えるようになっている。
地方におけるポリシー・ミックス(政策の組み合せ)
政策をうまく実施できるかどうかは、社会文化的要素、組織・体制の規模、行政システムに対する住民
の信頼性、さらに、いわゆる「社会資本(Box 5.1 参照)」など、多くの要素に依存する。個々の問題に
対してどの政策が最善であるかを規定することはできない。ある状況でうまく機能する対応が必ずしも
別の状況に即応するとは限らず、あるいは同じ効果を持つとも限らない。
ほとんどの場合、うまくいく政策を組み立てるということは、いくつかの異なる政策手段を組み合わせ
るということである。それぞれの政策が相互に補完しあうという強みを持っているので、指揮統制政策
62
と経済的手法を組み合わせることが一般的である(Box 5.2)。仮に、指揮統制的な施策が問題解決のた
めに選択されたような場合でも、新たな施策を受け入れてもらう(それを遵守してもらう)ためには、
住民への情報公開と住民との協議は通常不可欠である。表 5.1 は、本プロジェクトの湖沼概要書に記載
されているさまざまな手法の組み合わせを示している。湖沼概要書はさまざまな規制のすべてを記載し
ているわけではないので、実際にはそれぞれの湖沼において、ここに記載されていない手法が用いられ
ている可能性がある。
手法の組み合わせは、経験を積みながら、また外部環境の変化に対応しながら、時間とともに変更して
いけばよい。例えば、Laguna 湖のケースでは、政府は、新たな財源確保を模索しながら、生簀(いけ
す)養殖の操業拡大や湖岸域での工業開発などの新たな試練に対応して管理施策を進化させてきた(Box
5.3)
。
経験から得られた教訓
適切な政策を地方で実施していくために何が必要かについて、5 つの広範な教訓が湖沼概要書から浮か
び上がってくる。
「政治的な意思」の構築
政治を執行している機関からの支援がなければ、効果的な管理を実施することは通常は不可能である。
効果的な管理が、草の根レベルの運動の結果であれ、慎重に計画され実施された住民との対話や広報活
動の結果であれ、あるいは政策決定者との直接の話し合いの結果であれ、資源の利用に関する規制の導
入と適用あたってに高いレベルの政治的な参画を確立することは湖沼流域管理において不可欠の要素
である。よく、「政治的な意思」と称されるが、このことは簡単に言えば、政府や管理当局が参画して
いて、このため、さまざまな対策をとり、政策を実施に移すための十分な人的・物的資源の投入と権限
が与えられるということなのである。例えば、Chad 湖概要書では、
「チャド湖流域委員会に対する政治
的な支援が欠けていたことが、Chad 湖流域の水資源を配分するための規則を導入する上で主要な障害
になった」と指摘している。
Box 5.1 社会資本
社会資本とは、社会においてさまざまな構成員が相互に有益な協力を進めるのに役立つ手段の総和で
ある。この社会資本は、政策をうまく進める際に見落とされることが多い要素の一つである。社会資
本がより高度なレベルにある社会ほど、必要な変革を進めるときに相互の協力による解決に到達し、
自己紀律を働かせる可能性が高くなる。社会資本は経済的な富と異なり、貧しい社会においても(と
くに、人口の大半が同一民族である場合に)大量の社会資本を持つことができる。大量の社会資本を
有する社会の特徴の一つは、
「ビジョンを共有している」ことであり、コスタリカの多くの人々が抱
いている「環境の役割とその重要性」に対する思いは一つの優れた例である。その反対に、社会資本
が欠落すると、不信や冷笑・無視の態度が社会に広がり、相互協力による解決策を見出せなくなるこ
とが多い。残念なことに、世界の湖沼(とくに、さまざまな異民族が混ざり合い、資源の利用につい
て鋭く対立している湖沼)の多くでは、社会資本が乏しく、このことが新たな政策の実施を非常に困
難なものにしている。
63
Box 5.2 Dianchi 湖(中国)―湖の水質を改善するための政策の組み合わせ
Dianchi 湖では水質汚濁が主要な問題の一つである。同湖は、工業用水や農業用水だけでなく、渇水
年には、昆明市の重要な水供給源となっている。汚濁物質は下水・工場排水・農業排水および雨水排
水からもたらされている。市当局は下水と工場廃水の処理施設整備に多額の建設資金を投入し、工場
排水を規制するための政策を実施した。
中国では汚濁賦課金制度が以前から導入されていた。流域には排水基準があり、工場排水が排水基準
値を超えると罰則金を課せられる。罰則は工場側にとっては汚濁削減に取り組む動機づけとなった。
工場は、政府貸付金と補助金による汚濁削減施設への投資に支援を受けているが、その財源の一部は
汚濁賦課金制度で徴集された歳入でまかなわれている。その他にも、環境保護のための政府資金も追
加的に投入されている。この「ニンジンとムチ(飴とムチ)」政策は、排水基準・汚濁賦課金および汚
濁削減投資を組み合わせたものである。
Dianchi 湖流域では、湖の汚濁物質削減に関する経過が報告されている。2000 年までに、放流され
る工場廃水は 1995 年に比べ 60%削減され、COD 濃度は 80%削減されており、ばいじん・粉じんお
よび亜硫酸ガスは大幅に削減されている。こうした成果の大半は、資本投資と管理の改善によるもの
であるが、住民の参画と住民に対する水質情報の提供に積極的に取り組んだこともその支えになっ
た。施設整備に使った借入金返済と維持管理のための費用にあてるために、昆明市は、水道料、排水
処理やごみ処理の料金など、各種利用料の徴収を開始している。Dianchi 湖の管理は、湖の水質を改
善するための長期目標に向けて、多くのさまざまな政策手段が協同的に適用された事例を示してい
る。
出典:Dianchi 湖概要書
64
Box 5.3 Laguna 湖開発機構(LLDA)フィリピン
1975 年に同湖の水面利用規制と排水規制に全責任を負うことになったとき、LLDA は当初、伝統的
な指揮統制(CAC)施策を採用した。LLDA の対応は時間とともに進化し、つい最近では CAC 政策
に経済的手法を加えるようになった。
環境利用料金システム(EUFS:Environmental User Fee System)の実施は 1997 年に始まった。
その内容は、固定料金と湖辺の工場から放流される BOD 対策としての変動料金を組み合わせたもの
になっている。固定料金は、放流水量に基づいて定められており、行政経費に充当される。変動料金
は、排水の水質が BOD 排水基準である 50mg/l 以上か未満かで定められている。この二種類の料金
体系は、放流負荷量全体の削減と水質改善の両方に対する汚濁原因者の動機づけとして機能してい
る。EUFS は、当初は汚濁源工場のほんの一部を対象としていたのであるが、次第に対象範囲を拡
大させてその他の工場・住宅地および商業施設を対象とするようになった。全ての工場事業場が登録
対象となり、その排水が監視しなければならなくなったので、CAC 施策も同時に必要となっている。
EUFS は大変成功を収めており、当初対象になった 222 工場の同湖への BOD 年間負荷量は、1997
年の 5,400 トンから 2002 年には 790 トンに低下している。工場数は 2002 年までに 914 に増加して
いる。各工場は、ごみの排出量を極力減らし、排水の再利用を増やし、処理対策の改善を図ってきて
いる。こうした BOD 負荷削減についての成功にもかかわらず、同湖におけるその他の問題(表 3.2)
は未解決のまま残されている。
Lagune 湖における CAC 施策は生簀(いけす)養殖の拡大を規制するために導入されたゾーニング
計画に現れている。指定ゾーン内においては生簀養殖許可証(基本的には許可料に基づく)が発行さ
れる。許可料金は現在1ヘクタール当たり年間約 120 ドルとなっており、魚の養殖に利用される湖
面の面積によって直接的に決まってくる。
出典:Laguna 湖概要書
65
利害関係者の参画
規則の施行が非常にうまくいった例は、影響を受ける住民が当該規則の制定と施行にあたり政府機関と
連携を持った場合に見られる。住民が参画することによって、1)影響を受ける住民に対して規則の利
点を説明できる、2)住民から託された地域の指導者を活用できる、3)計画の充実やより適切な執行
のために地域住民の知識を活かし、中央政府の経費削減につなげることができる、などの利点が生まれ
る。両社で合意された規則の草案づくり、その監視や施行過程に住民が参加する必要性が、アフリカの
流域問題を主題とする共通課題報告書の中で主張されている。
漁業管理については、規則を施行することの利点が利害関係者には明白で、かつ漁業操業を統制する非
公式な組織が存在している場合についての例が提示されている。Laguna 湖のケースがこの事例にあた
り、LLDA は、同湖の監視に必要な人員を確保するために漁民団体を組織し、自分たちの代理として管
理人に指定した。後に、漁業水産資源管理理事会が組織され、資源管理について LLDA のパートナーの
ひとつとなった。こうした団体は、Laguna 湖の管理の成否に直接の利害関係を有しており「Laguna 湖
の漁業維持能力が破綻すると全てを失う立場にある」。そのため、彼らは生簀(いけす)養殖の許容範
囲に関する規制を実施している。効率性はまだ実証されてはいないが、Victoria 湖、Malawi・Nyasa
湖、George 湖にも似たような例が示されている。
Baringo 湖と Naivasha 湖における漁業の自主的な一時禁止は、利害関係者が規則の施行に参画した力
強い例である。Baringo 湖ではケニア海洋漁業研究所による調査レポートが漁民たちに提示され 2001
年に漁業一時禁止措置の制度が定められた。さらに、同研究所のデータに基づいて、漁業の操業を一時
的に禁止することおよび漁業省がその実施に当たることが合意された。その 2 年後、テラピアの魚体サ
イズは 2 倍にまで大きくなり、その結果、地元住民の漁業規則に対する支持が強待った。
EU は 199 年に Victoria 湖からのナイルパーチの輸出に対する制裁措置を発動したが、これは、外部か
らの圧力によって利害関係者の参画が促進されたという例である。この制裁措置は、水揚げ地と加工処
理工程の衛生状態が悪いためにとられたもので、現地の業界は、外部資金の援助を受けて即座に対応し、
魚の取り扱い方を改善したため、次年度には EU への輸出が再開された。
湖沼概要書には、利害関係の薄い関係者が湖沼流域における規則の制定と施行に参画する事例はあまり
見当たらないが、それは彼らにとって規則そのものにあまり明白な利点が見えないからである。例えば、
Baringo 湖概要書は、漁民社会が漁業の一時禁止措置を受け入れたことと、牧草地の土壌流出防止の失
敗とを好対照を成すものとして記述している。この違いについて、同概要書は、魚は共有資源であり、
一時禁止措置がすべての漁民にとっての資源を守ることになるのに対して、土壌流出を減らすことによ
る利益は土地の所有者にとってあまり目に見えるものではなく、個々の牧草地所有者の問題と考えられ
ることによると結論づけている。しかしながら、土地の保全について最近紹介されたいくつかの対策事
例によれば、土壌流出防止によって土地の生産性改善がもたらされる場合があることが明らかになった
ので、土壌流出防止対策を講ずるところが出てくるかもしれない。
66
表 5.1 28 湖沼概要書に記載されている指揮統制(CAC)と経済的手法
指揮統制政策
湖沼流域名
基準
Aral 海
禁止/
割り当て
経済的手法
ゾーニング
資源の
利用許可
補助金
排水賦課金
自然資源の
利用料
国家間の水
配分割当量
固定
Baikal 湖
湖水位基準
生 態系 ゾ ー ン
被許可活動
内の木材伐
を規制する
採禁止
Baikal 法に
よるゾーニング
Baringo 湖
Bhoj 湿地
漁具基準;森
漁獲一時禁
漁業許可;取
水利用料
林伐採規則
止
水質基準
モーターボート禁
渚ゾーニング;
下湖集水域
止;レクリエーショ
住居と農場
からの移転
ン禁止
の緩衝帯
に対する洗
水許可
濯屋への補
助金
琵琶湖
Chad 湖
工場・都市・ 有 リ ン 洗 剤 禁
国定公園内
環境保全施
下流利水者
農業排水基
止;生ごみ投
土地利用制
設整備に対
に よ る 直
準;公害防止
棄禁止;
限;レジャーボ
する特恵的
接・間接の水
自主協定
外来魚移入
ート航行禁止
な 国 庫 補
利用負担
禁止
区域設定;ヨ
助;漁業補
シ群落保護区
償;外来魚駆
域
除への補助
水質基準
漁業許可
水利用料(ナ
イジェリア)
Champlain
工場排水基
有リン洗剤禁
湿地保護緩
湖
準
止;大気汚染
衝帯
漁業許可
沿岸保護の
ための農業
物質排出規
補助等
制(US 大気
法)
Chilika 潟湖
環境流量へ
湖岸帯活動
漁業・エビ養
の水配分(提
規制ゾーニング
殖許可
案中)
(1km)
Cociboica・
緩衝帯;生物
Nicaragua 湖
回廊
Constance 湖
ボートの排ガス
除 草 剤 禁
生態保存湖
規制;集水域
止;水垢防止
岸への立ち
営農規則;水
塗料禁止
入り禁止
水消費料
上スポーツ狩猟
規則
Dianchi 湖
水質基準
土地利用規
植林支援;工
工場汚濁課
制
場排水規制
徴金
補助
67
表 5.1 28 湖沼概要書に記載されている指揮統制(CAC)と経済的手法(続き)
湖沼流域名
指揮統制政策
基準
五大湖
水質基準;畜
産業による
栄養塩類排
出規制
Issyk-kul 湖
Kariba 貯水池
ジンバブエ湖
浜資源利用
指針
Laguna 湖
水質基準
Malawi・
Nyasa 湖
漁具基準;林
業規制
Naivasha 湖
Nakuru 湖
Ohrid 湖
Peipsi・
Chudskoe 湖
禁止/
割り当て
経済的手法
ゾーニング
資源の
補助金
排水賦課金
自然資源の
利用許可
利用料
既存水利権
以上の分水
禁止
鉱山区域で
の放牧・狩猟
禁止
漁獲割り当
て;ザンビア
での漁期立
ち入り禁止
生物生育帯
の土地利用
規制
工場排水基
準(自治体)
排水基準;漁
獲規制;農薬
規制
外来魚の放
流禁止
漁具基準・漁
獲制限;水質
基準
漁獲割り当
て(エストニアと
ロシア交互)
Sevan 湖
料
水力発電用
水利用料
生簀養殖漁
区
漁業一時禁
止;漁業許可
割り当て
放牧地利用
生簀養殖操
工場汚濁課
業料
徴金
水利用許可
水資源利用
(タンザニア)
料(タンザニア)
湖岸利用全
般のゾーニング
水利用許可
水資源利用
国立公園ゾー
ニング;営林ゾ
ーニング(非官
報公告)
国立公園他
保護区域;沿
岸帯保護(マ
ケドニア)
水利用許可
料
水資源利用
料(1)
漁獲金額 10
%賦課金(マ
ケドニア)
肥料補助金
の廃止
(ロシア)
国立公園他
保護区
伝統的漁業
漁業資源利
への許可
用への支払
い
Tanganyika 湖
漁業規則
水資源利用
料(タンザニア)
( 2)
Toba 湖
湖水位規則
Tonle Sap 湖
Victoria 湖
土地利用規
制;湖岸域
10m 以内工
事禁止
禁止区域内
での漁業禁
止
漁業規則
林業への許
化学工場収
可発行
入 の 1 %を
生物生育地
の土地利用
規制
湿地保護帯
(ウガンダ)
環境管理料
に
裁判による
漁獲課徴金
(タンザニア)
Xinghai・
Khanka 湖
水質基準
生態系保護
帯(中国)
;
自然保留地
(ロシア)
注:Titicaca 湖と Tucurui 貯水池については概要書に情報が記載されていない。
(1) ケニアは水資源利用料について制度化しているが、まだ適用されていない。
68
(2)
タンザニアは水資源利用料を制度化している。
行政の持続性確保
管理組織には地方政策を実施するための行政的な能力と資源が備わっている必要がある。CAC 政策(規
制)は、遵守状況を確認し、制裁措置を発動するなど、統治組織にとってとくに厳しい対応が必要とさ
れる。基本的には問題のない規則はあるが、施行できていない多くの例が湖沼概要書には紹介されてい
る(アフリカ地域ワークショップ、Malawi・Nyasa 湖、Nakuru 湖、Naivasha 湖、Chad 湖、Cociboica
湖概要書、Titicaca 湖の中間報告書)
。アフリカにおける湖沼流域問題に関する共通課題報告書では、
アフリカ大陸の全ての国で、水質汚濁・環境汚染・営農および廃棄物による汚濁を管理する法律が施行
されていないと断言している。一方、Nakuru 湖概要書では、ほとんど規制されていない一連の湖沼流
域問題として、河川での無秩序な採砂と採石・流路や河川からの不法な分水や堰き止め・不許可地域で
の産業廃棄物の不法投棄・河川敷緩衝地帯での耕作・公共用地の不法な私有地化」などがリストアップ
されている。
施行が十分に進まないのは、主に以下の3つの根源的な問題による。:

設備・知識・訓練の欠如;例えば、Baringo 湖では、モーターボートを持っていないために、水産
庁が定常的な監視を行えない。

規則を施行するための政治的行政的指導力の欠如;例えば、Nakuru 湖流域の東 Mau の森林は、
同湖保護の中核的存在であるにもかかわらず、過去 10 年以上にわたって人間の居住地にするため
に次第に切り開かれてきている。もとは 65,000ha 以上あったが、今や森林として残されているの
は急斜面の頂き部分のみとなり、立ち木の間に竹やぶが散在するのみである。

湖沼流域在住の利害関係者の抵抗;この問題は、政策の利点についての理解を深めたり、影響を受
ける住民が政策の策定や実施において実際に役割を果たすことが保証されれば克服できる。たとえ
ば、George 湖の漁業管理においては、漁民の広範な参画が新たな漁業規制を広く受け入れること
につながっている。
28 湖沼における経験は、効果的かつ持続的な組織・体制を構築することの困難さを浮き彫りにしている。
こうした組織・体制は、負うべき責任が大きくなるに従って困難も増加してくる。現地に密着した組織・
体制は、地域的ないしは国際的な組織よりも設立しやすく維持管理しやすい。
行政の持続性を阻む障害を打破することは、どの組織にとっても容易ではない。しかし、不注意によっ
て持ち込まれた障害の除去や発見、共通目標を協力して追求できるような環境の創造、情報やデータを
共有するための革新的かつ簡便な手法の導入、湖沼流域資源の持続的な利用のための長期的なニーズに
見合った組織の整備を継続的に追及していく必要がある。
公平であれ
より良い地方政策というものは、公正で、かつ小数の、貧しい、あるいは社会の片隅に置かれている人々
を守るものでなければならない。このことは、規則を作り、実施する組織は広範な住民の代表であるべ
きであるということと密接な関係がある。
湖沼概要書には、弱い立場の人々を守らなかった規則が導入された明白な事例がある。Naivasha 湖は
69
その一例であり、湖の資源利用に参画する人々の数は徐々に増大しているものの、マサイ族の放牧者な
ど一部の人々は、水の配分に関する決定に未だにほとんど加わっていない。本プロジェクト対象湖の中
でおそらく最も劇的な例は、2 つの巨大貯水池―Kariba 貯水池と Tucurui 貯水池―の事例であろう。水
没することになった土地に住む人々は貯水池建設期間中に強制移住を強いられ、不利益な扱いを受けた。
Kariba 貯水池では、1950 年代に Tonga 族の人々が新たな貯水池を造成するために強制移住させられ、
十分な補償もされないばかりか、ダムによる利益の配分にも預かれなかった。このことについては次章
でより詳しく触れる。
政策の統合に向けての積極的な作業
湖沼流域から望ましい利益を得るためには、異なる経済分野におけるさまざまな政策の調整が必要であ
る。そのためには、それぞれの限られた分野における政策が別の分野に及ぼす影響について、専門家・
計画策定者および政策決定者による十分な検討が必要となる。例えば、穀物生産の増大を図ろうとして
化学肥料や農薬使用に補助金を出すような農業開発政策が上流域でとられると、そのために化学物質の
使用量が増えて水質悪化が進み、その結果、湖沼の水質改善の取組が阻害される。
政策の統合は国際越境湖沼流域の場合にはとくに困難である。米国とカナダの五大湖委員会の事例は、
国際的な管理制度がうまく機能するには何十年にもわたる進化の歴史が必要であることを示している。
たとえば、Victoria 湖の場合、管理の改善に取り組むときに非常に多くの困難に遭遇するが、それは環
境整備の遅れた途上国において短時間に多様な問題に取り組むことがいかに大変かであるかを示して
いる。国家的・国際的な協力メカニズムの強化は、共通の困難を分かち合い、こうした困難を克服する
ための実行可能な手段を検討するひとつの方法となる。多くの場合、こうした困難は単なる情報の欠落
によって生み出されている。
70
第6章
住民と利害関係者の参画:効果的な湖沼流域管理に不可欠な要素
住民の参画について学んだ鍵となる教訓

住民参加と利害関係者の積極的な参画は、持続可能な利用のために湖沼とその流域を管理するう
えで不可欠である。その利点は数多くあり、例えば、利害関係者が湖沼流域資源を配分するため
の規則の制定や施行に参画すれば、その規則はより広く受け入れられる。

力のあるもの、ないものを問わず、影響を受けるすべての利害関係者が政策決定過程に参画する
必要がある。原住民など歴史的に公民権を奪われてきた人々も、彼らと湖沼流域にとって利益と
なる場合には政策決定に参画させなければならない。

利害関係者の参画は湖沼流域の改善につながる一方、生活に影響が及ぶ利害関係者を重要な決定
から排除すると深刻な問題を引き起こすことがある。湖沼概要書に紹介されているいくつかの湖
沼流域では、必要なグループを参画させる点でまだ不充分である。

多くの途上国においては、地元住民の生活改善と結びつけることが、湖沼流域管理への住民参加
を促進し、湖沼流域資源の持続可能な利用に道筋をつけるための鍵となる。

地元の伝統的な信仰・価値観および規範を正しく理解・認識した湖沼流域管理計画でなければ、
流域の住民に受け入れられないし、適切に実施されない。

女性は、水の供給・管理・保全に関して中心的な役割を果たしている。伝統を尊重しながら住民
参加型の取組を進め、住民社会全般にわたって女性の参加を図ることは、効果的な流域管理を達
成するための活動を促進することになる。

NGO や CBO は、問題設定や政策形成の過程で鍵となる役割を果たす。彼らは、行政機関と住
民の間に立って、政策の運用・実施、ネットワークづくり、協働、仲介などの機能を果たすとと
もに、地方の機関や住民グループへの技術移転などの役割を有している。

人々の行動変化あるいは新たな法制度の順守に期待するような政策において、人々の行動が変わ
るためには、意思疎通・教育・住民啓発(CEPA:Communication, Education, and Public
Awareness)の取組が必須である。
本報告書を通じて、持続可能な利用のために湖沼とその流域を管理する必要性について述べてきた。こ
れを実現するための多くの要素の中で、最も困難で議論になりそうな点は、
「『管理(ガバナンス)を受
ける』立場であった住民が組織の一員として『管理(ガバナンス)のプロセスに積極的に参加する』立
場になる」ことであろう。湖沼概要書には、多くの技術的な解決策の例が紹介されており、そのいくつ
かは実際に湖沼流域環境の大きな改善につながった。しかしながら、技術的な解決策がうまくいった場
合でも、それらが持続するためには、個人や家庭ならびに地域レベルにおける行動の変化が不可欠であ
り、そのためには「人々を巻き込むこと」が唯一の方法なのである。
多くの利害関係者は湖沼流域資源に対する所有者意識や積極的な参加意識をあまり持っていないので、
湖沼流域における管理計画や管理の取組は、湖沼流域資源に直接あるいは間接に依存する人々の参画が
なければ資金を得ることや実施することが困難となるであろう。限られた資源量を巡って競合する利害
関係者グループの数が、非常に多い場合は、とくにに住民参加や利害関係者の参画が重要となってくる。
湖沼概要書には、管理を改善するために数十年にわたって懸命な努力を続け、その過程で管理計画の作
成や管理の取組に人々を参画させるしくみを考え出したいくつかの湖沼流域の例が紹介されている。
71
湖沼流域管理に人々が参画する程度は湖沼流域によってさまざまである。たとえば、漁業は多くの湖沼
において主要な資源となっており、さまざまな漁業管理方策の策定や実施には漁民社会の強力な参画が
必要となる。しかしながら、参画のあり方は、漁業のタイプによって異なっている。集落単位の零細漁
業が行われている場合には、参画のあり方は、漁業集落の伝統・文化および生活スタイルに合ったもの
でなければならず、一方、輸出を主体とする企業型漁業の場合には、湖岸住民に対する当該企業の社会
経済的な重要性がが参画のあり方に強い影響を与えることになる。一方、アジア太平洋・北米およびヨ
ーロッパなどの先進国の多くの国々においては、湖沼流域管理活動への人々の参画は、環境の保護・汚
濁の規制・生態系の管理および生物多様性の保護等を推進する上で大きな推進力となってきた。
本章では、二つの視点からこの主題について議論する。第一に、人々の参画によって湖沼流域管理計画
やプロジェクトの策定・実施のプロセスがどのように促進されるかを含め、湖沼概要書と共通課題報告
書に記述されている住民参加と利害関係者の参画についての議論を要約する。第二に、湖沼概要書から
得られた結果に基づいて、住民参加と利害関係者の参画、とくに意思疎通・教育・住民啓発(CEPA)
の分野における改善策を検討する。その中では男女平等と女性参加・原住民の参画、および難民問題に
ついても議論する。議論の中では、管理と意思疎通における NGO と CBO の役割に力点を置く。さら
に参加と参画の国際的な背景と国際 NGO の役割について簡単に触れる。
利害関係者参画の利点
3回のどの地域ワークショップにおいても参加者は、湖沼流域管理への住民参加と利害関係者の参画は
不可欠であり、上下流の関係者だけでなく、流域外からの利害関係者も参画すべきであると強い調子で
合意した。湖沼概要書においても、以下の例を含め、湖沼流域管理への利害関係者参画の利点が強調さ
れている。

管理計画の実施に対する住民の関心は、政府の役人の任期よりも通常長く続くので、住民の参加は
持続性を推進することができる。「多くのプロジェクトの成果が長期にわたって存続するかどうか
は、政府の役人ではなくそこに居住している住民次第である(アフリカ湖沼ワークショップ)
。」

地域住民は、管理計画を策定し、実施するのに役立つ地元の知識を提供できる (Victoria 湖、
Tanganyika 湖、Chilika 潟湖概要書およびアフリカ湖沼ワークショップはすべてその利点を指摘
している。)
。たとえば、Chilika 潟湖概要書の中では「現在地元で行われている取組は、住民の意
にかなっているだけでなく、また(非公式なものにせよ)彼らにとっては理にかなった管理方法な
のだ」と述べている。このことは、住民に受け入れられ、適切に施行される管理計画を策定するた
めには、政策決定者が地元の伝統的な信仰・価値観および規範を十分に理解し、正しく評価するこ
とが必要があることを意味している。

参加型の手法を利用した住民主体の活動は、通常は除外されている利害関係者グループの声を政策
決定のプロセスに持ち込むことができるので、「政策決定者はどのような政策が何故うまくいくの
かについて考察することができ、その知識を活用して国・地方の政策と地元の実態との隙間を埋め
るための戦略を考案できる。
」
(Toba 湖概要書)
。住民参加は、上述した利益のみならず、社会的公
正の是正や貧困削減にもつながる。

利害関係者が湖沼流域資源の配分方法の策定や実施に参加すれば、ルールの受け入れはより広範に
及ぶことになる。Champlain 湖概要書では、「利害関係者は、計画策定のプロセスに当初から参加
したので、出来上がった政策や対策をより広範に受け入れるとともに、実施に向けて取り組むため
72
にパートナーシップの構築にもより強い意欲を示した。」と述べている。利害関係者が規則の策定
に関わった場合には、対策の実施において住民がより意欲的に参加するようになるので、規則の施
行に要する費用も削減される(Chilika 潟湖、Baringo 湖、Nauvasha 湖、Toba 湖概要書)。

住民の参画によって、政治家は湖沼流域管理の支援に関心を示すようになる。Chilika 潟湖におい
ては漁民の抵抗、Cocibolca 湖においては“公共財産を失うことは重大である”という住民の認識
が政府の支援を得ることにつながった。

とくに、経験のある NGO や CBO を通じた住民参加は、管理組織の機能強化につながることがあ
る(Toba 湖、Champlain 湖概要書)
。
全体として、湖沼概要書では、住民参加は適切な計画のもとに実施されなければならない (Victoria
湖概要書、アフリカ湖沼ワークショップ)、住民と政府機関の役割分担をはっきりさせることが必要で
ある(アフリカ湖沼ワークショップ、George 湖報告書)、現存の伝統的なしくみを可能な限り取り入れ
るべきである(Malawi・Nyasa 湖概要書、アフリカ湖沼ワークショップ)、現地および国際的な研究機
関を巻き込むべきである(Naivasha 湖概要書)ことなどが強調されている。
Box 6.1 参加と関与:重要な言葉の定義
本報告書では、「参加」と「関与」という言葉が同じような意味で使用されている。参加には、最小の影
響力から最大の影響力へと順次上昇する4つのレベル(タイプ)がある:(1)情報の共有(一方的
な情報伝達)
、
(2)協議(双方向の情報伝達)、
(3)協働(共同決定や資源の共同管理)、および(4)
権限移譲(決定権の譲渡や資源の移転)である。4つのレベルは参加の程度を示す指標ではなく、参
加の異なるタイプを区別して示すものである。また、すべての参加が良いものであるとか、当然高い
レベルの参加のほうが良いのだなどと決めつけるべきではない。どんな参加方式で、どの程度参加す
るかは状況によって決められる。
「大衆」
、
「住民」
、
「市民」
、
「利害関係者」などの用語があまり明確な区別をすることなく使用されて
いる。
「住民参加」と「利害関係者の関与」とは区別している場合が多く、
「利害関係者の関与」のほ
うがより包括的で、目的がより明確である。利害関係者は、湖沼流域資源の利用と管理に関する決定
を守り、影響を与え、あるいは影響される個人またはグループと定義されている。利害関係者の参加
について定まった指針はない。多くの状況において、「利害関係者分析」の手法を用いて問題になっ
ている事項に関係するすべての利害関係者の概要を知ることは有益である。そのような分析は、多く
の場合、強く意識されている割に整理されていない問題を明確にするのに役立つことがある。
『住民』という言葉は、
「居住している住人」と「利害関係を有する住人」の両者を指している。
「居
住している住人」とは、管理施策が実施される範囲内あるいは近辺に住んでいるという理由で、決定
される管理施策やその対策に影響されたり、関心を持ったりする人のことをいう。「利害関係を有す
る住人」とは、自分たちの登録居住地とは関係のない資源の管理に特定の利害関係を有している(影
響力を行使するために組織的な行為を伴うことが多い)グループをいう(Kusel 1996 年)。漁業や林
業あるいは農業に依存している住人は、
「居住住人」であると同時に、
「利害関係を有する住人」でも
ある。
73
利害関係者の特定と関与
湖沼流域の管理には、土地や水の管理に関心を持っている広範な利害関係者が関与してくる。Naivasha
湖概要書は、流域中の重要なグループが関与しなかった場合の湖沼流域管理の限界について一例を示し
ている。Naivasha 湖では湖岸周辺の住人は次第に湖沼管理に関与するようになったものの、上流域の
住民は湖にほとんど関心がないか、あるいは関わろうとはしない。同湖の湖岸域では園芸農園が盛んに
営まれているが、そこから湖に流入する農薬や栄養塩類、さらには土砂などの負荷は低いと考えられて
いる。その理由は、一部には地下水が同湖から流れ出していること、一部には厳しい自主規制が行われ
ていることによるものである。むしろ、同湖へのこれらの汚濁負荷は上流域における不十分な農業慣習
に原因があると考えられている。したがって、これらの農民が湖沼流域管理の取組に深く加わらない限
り、現状が変わる見込みはない。
利害関係者の中には湖沼流域資源そのものに既得権を有しているグループもいるが、政治家などのよう
に、触媒的な役割を果たすグループもいる。例えば、アフリカ湖沼ワークショップにおいては、立法者
やそのスタッフについて、彼ら自身重要な利害関係者かもしれないが、彼らは選挙民たる利害関係者グ
ループを代表しているのだということが言及されている。個々の湖沼流域管理の状況によって、触媒的
な役割を果たす利害関係者グループの種類も異なってくる。例えば、Champlain 湖概要書には、「非規
制的保護プログラム」を実施するための触媒者として、集水域協会が紹介されている。多くの途上国に
おける経験でも、国際的な活動機関が有力な利害関係者グループとなっている場合がある。彼らは、地
球規模の制度的な課題と地元固有の課題を持続可能な湖沼流域管理のための共通の政策として実施す
るのに独特かつ重要な役割を果たしている。途上国において住民参加型の湖沼流域管理を確立するため
の重要な技術的・資金的支援を行っているのは、このような国際機関であることが多い。
可能ならば、利害関係者グループが「策定された政策や行動計画を広く受け入れ、その実施に向けて協
働するパートナーシップを築く気持ちになるように、計画策定の最初の段階から関与すること」が最善
である(Champlain 湖概要書)
。Toba 湖概要書でも、利害関係者は計画策定の最初から参画すべきであ
ると強調されている。しかしながら、利害関係者の経験や能力、ビジョン、さらに彼らの関心と問題と
の親近度のレベルが異なることによって、こうした取組はいつも可能というわけではない。Laguna 湖
概要書はより柔軟な見解を示しており、「湖沼流域管理とは、さまざまな利害関係者とともに進歩して
いく取組である。湖とその環境を理解するには時間がかかり、その間には知識を得ることも、過ちを起
こすこともある。
」ととらえている。
いくつかの湖沼概要書は、「住民参加の力は、参加によって得られる成果が参加する地域の暮らしの改
善に明白かつ直接的に結びついている場合に発揮される」と述べている。Champlain 湖、Baikal 湖、
Baringo 湖、Malawi・Nyasa 湖、Nakuru 湖の概要書はすべて、
「地元の人々は、彼らの暮らしの安全
を改善する政策を支持する」と述べているが、Toba 湖概要書では、
「人々は、利益を実感あるいは経験
するまではその行動を変えないであろう」と述べている(湖沼概要書の中で記述ではないが、Syme et al.
(1999)の手続き的正義に関する研究によれば「政策決定に参画した利害関係者は、規則が自分たちの
利益にならない場合でもそれを受け入れる傾向が強い」ということにも注目すべきである)
。GEF 資金
によるプロジェクトを含め、小額助成プログラムを利用し、貧困削減活動に取り組むことは、利害関係
者の参画を促進し、持続可能な湖沼流域管理に役立つ重要な支援になる。Nakuru 湖においては、多く
の住民たちがそうした活動によってもたらされる利益をすぐにはわからなかったことが流域改善活動
74
に取り組むうえで最大の障害となった。全体としてみれば、さまざまな同湖概要書の中で示されている
ように、地域の水供給・衛生および植林プロジェクトなどが実施されたところでは、住民と地域社会が
参加することによって生活状況が大きく改善し、プロジェクトの資産は十分に利用され、適切に運用・
維持管理されている。
個人が参加あるいは関与するかどうかは、自分が属しているグループあるいは、もっと一般的にいえば、
政治的および/または文化的な環境に強く影響される。例えば、ある概要書では、人々は隣人の経験に
よって簡単に納得し、外部よりはむしろ一緒に住んでいる人々を信じる傾向があると述べている。この
点について、別の概要書は、「人々が変化によってもたらされる利益を実感するか経験するまでは、行
動上の変化は生じない。行動は、新たな行動パターンが無理なく古いものと置き換わり、それが継続さ
れる場合にのみ変化したといえる。学校における環境教育の結果としての行動の変化を測るには非常に
長い時間がかかるが、その結果ははるかに効果的かつ持続性を持ったものとなり得る」と述べている
(Toba 湖概要書)
。
湖沼概要書にはより効果的な住民の参画のための一連の技法が紹介されている。例えば Bhoj 湿地概要
書は、「住民参加は、啓発活動やその他の環境に優しい活動の一環として行われれば、より効果的な結
果を得ることになろう」と述べており、Ohrid 湖概要書では、「集水域の環境状況を改善するための、
手頃で費用効果の高い対策を試行・実証するためのパイロット事業や触媒的取組」について記述してい
る。アフリカの流域問題に関する共通課題報告書では、「規制に関する原案作り、モニタリングおよび
施行」に利害関係者を参画させる取組を紹介している。Toba 湖では、利害関係者からなる調整委員会
が設立され、「関係者間の相乗効果、調整を図るとともに、定期モニタリングによって適宜修正しなが
ら流域の持続的な開発を進める」ことを目指している。啓発活動と教育、性差別解消と女性の役割、NGO
と CBO などの取組については次節に述べる。
住民グループの能力向上に関する成功事例としては、学童を巻き込んだホタル観察(琵琶湖)、地元住
民により管理されている4か所の野生生物保護区の設立に結びついた啓発活動(Baringo 湖)、漁業の
一時禁止措置施行を支えた漁民の参画(Baringo 湖)、ホテイアオイの制御のためのゾウムシの飼育と
放虫についての漁民のトレーニング(Victoria 湖)、地域総合計画の策定への住民と利害関係者の参画
(Champlain 湖)などがある。
女性・原住民および移住させられた人々
多くの湖沼概要書や地域ワークショップにおいてとくに話題になったのは、湖沼流域管理における女性
や原住民および移住させられた人々の重要な役割についてであった。これらの重要な 3 つの利害関係者
グループについて鍵となる教訓を以下に述べる。
性差別の排除と女性の参加
湖沼流域管理における性差別問題の本質は、他の環境資源や天然資源の管理における状況とあまり違っ
たものではない。しかしながら、湖沼概要書の事例は、十分かつ継続的な注意が性差別問題に対して向
けられなければ、湖沼流域管理を首尾よくかつ持続的に実施していくのはより困難になるという思いを
強調している。以下に湖沼概要書中のいくつかの意見を紹介する:

女性の役割は従来からも、また今後においても湖沼流域管理にとって大切である(Box 6.2)が、
75
その役割を認識し、推進していくには多くの障害がある。障害を排除し、女性参加の機会を作り出
すためには、熟慮を重ねた努力がされなければならない

より良いガバナンスや組織・体制および政策は、権限委譲が進んだ、性差別問題に敏感な住民社会
に生まれるものである(アフリカの湖沼問題に関する共通課題報告書)

とくに農村地域に多いが、女性の活力と能力が十分育っているところでは、政策の作成と決定の過
程に女性が含まれることが非常に重要である(Constance 湖概要書)
Box 6.2 女性の重要な役割
水問題への女性の参加の重要性は、水と環境に関する国際会議【Dublin(1992)】と環境と開発に関
する国連会合【Rio de Janeiro(1992)
】で採り上げられた。ダブリン原則の第 3 は、とくに女性の
参加について触れており、
「女性は、水の準備・管理・安全確保について、中心的な役割を担う。」と
述べている。水の管理に関係する政府組織の担当者間では、水文部門への女性の参加を認める必要が
あるという意識が次第に高まっている。
途上国においては、女性は重要な経済の担い手の地位を次第に獲得してきており、経済危機によって
男性がより大切な現金収入を求めて都市部あるいは他国に移動している国々では、とくにこの傾向が
強い。こうした大量移動に伴って、多くの農村地域において女性が家長の責任を負うようになってい
る。さらに、女性は、自分たちが使う水や衛生施設の維持、地域サービス、経済的責任など、集落の
管理業務により積極的に関わるようになってきた。ほとんどのアフリカ・アジア・中東・ラテンアメ
リカの貧しい農業経済社会では、女性は畑で働いており、自分たちが生産した作物を運搬し、市場で
売っている。それにもかかわらず、性差別によってこうした仕事は一般的には仕事とは考えられてお
らず、その経済的な役割は目に見えないものになっている。
女性は経済以外の分野でも積極的な役割を持っている。都市部およびその周辺域における保健衛生に
関わる水利用は、ほとんどの場合、家庭の主婦である女性に頼っており、彼女たちが、洗濯、料理、
その他衛生に関わる仕事を受け持っている。安全な水や衛生施設が確保できず(とくに農村部)、ま
た汚染された水に接触することが、集落と家族の健康に影響を及ぼす多くの病気や、流産、幼児の疾
病や死亡にもつながっている。政府予算の大部分は、女性が得意とする「予防」主体の保健衛生プロ
グラムではなく、
「治療」主体の保健衛生プログラムに使われている。農村部の多くでは、女性は、
牛への給水や水洗い・自作農地への水やりなどに従事している。彼女たちは毎日、何時間も、水を汲
み、水を濾(こ)し、あるいは水が原因の病気にかかった子供たちの世話をしなければならない。女
性がもっと効率的な水利用や湖沼などの水域管理の研修を受講できれば、多くの健康問題を予防で
き、家族と一緒にもっと経済的に生産的な活動に時間を割くことができるであろう。
女性の参加推進を目標とするいくつかの取組事例が湖沼概要書に登場している。例えば、Nakuru 湖で
は性差別問題に関する 3 ヶ月のトレーニング・コースが制度化された。Toba 湖では、参加型農村調査
手法(PRA)が、女性を地域の集会に招くのに効果的に用いられた。Chilika 潟湖の上流域では、パイ
ロット事業が実施され、女性の参加促進に取り組む女性フォーラムが設立された。琵琶湖では、婦人た
ちが湖の汚濁原因となった洗剤の使用を削減する「石けん運動」を立ち上げた。Baringo 湖では、放牧
の不要な動物の購入・家禽の飼育・商品の露天販売と指定市日の設定・食料作物生産などの小規模事業
76
を始める8つの女性グループに対して資金が提供された。
女性の役割を活かすことは、必ずしも女性が男性とともに活動すべきであることを意味している訳では
ない。文化・習慣によっては、男性との会合に出ることは女性にはふさわしくないとされており、別々
に活動する方がより適切である場合がある。あるワークショップの参加者は、自分の湖沼流域について
「男は男で行動し、女は女として」と発言している。Naruru 湖、George 湖、Toba 湖では、
「女性は、
他の女性がいる場合には、会合に出席したり、活動に参加することが許される」という地域特有の習わ
しが利用された。
原住民
原住民は伝統的な知識と経験の宝庫であり、湖沼流域資源の持続可能な利用において重要な役割を担っ
ている。しかしながら、原住民は利害関係者でありながら、これまで公民権を度々奪われてきた。湖沼
概要書の経験は、流域内のすべての利害関係者、とくに原住民を参加させることの重要性を示している。
多くの場合、原住民は、他のグループによって移住を強いられたり、あるいは先祖伝来の牧草地への立
ち入りを制限されているために、非持続的な牧畜行為を余儀なくされている。Baringo 湖の湖沼概要書
によれば、同湖の流域で暮らす原住民は多くの牛を飼っているが、その多くの牛が草を食い荒らすため
に、土壌の流出や河川・湖への土砂流入が増大し、さらには度重なる鉄砲水も激しくなっている。牛の
大群は湖岸にも侵入し、多くの動植物の生息地を破壊している。放牧者にとって群れの頭数を削減する
ことは受け入れがたい施策であったので、代案として、牧草地への立ち入りと群れの移動を規制する住
民参加型放牧地管理計画が放牧者も参加して策定され、村の長老によって施行されることになった。し
かしながら、この計画はまだ進んでいない。
「原住放牧民の湖水利用が制限されている」という問題は、
Naivasha 湖概要書でも報告されている。伝統的な放牧者は「自分たち固有の放牧活動が湖沼とその資
源に及ぼす影響を理解していないかもしれない」ということには留意しておくべきである。
Laguna 湖のように、原住民の集落が湖岸域近くにあり、自分たちの生計を直接湖沼資源に依存してい
るケースもある。Laguna 湖では、原住民の福祉と利益を守るために国レベルで設立された原住民対策
国家委員会が、湖沼管理にこれらの住民を参画させるために有益な役割を果たしている。この事例以外
でうまくいっている例は少ない。いくつかの湖沼概要書において、極度な貧困を克服し、原住民の権利
に注意を向けることが、湖沼流域管理にとって重要な課題として取り上げられてはいるものの、これら
の住民の参加をもっと大幅に拡大させるための取組はまだ不十分である。原住民が居住する地域では、
以前から存在する資源利用権、伝統的な環境管理手法、あるいは環境や地域住民に対する潜在的な影響
について慎重な検討がとくに重要である。原住民の権利を守り、起こりうる紛争を解決するためのしく
みも検討されなければならない。
地域住民のほとんどが原住民である Titicaca 湖は、湖沼流域開発に原住民の参加を増やす必要があるも
う一つの例を示している(Box 6.3)
。Titicaca 湖では、ボリビアとペルー間の協定により二国間機関が
設立され、Titicaca 湖流域の洪水防止と資源管理のためのマスタープランが策定されている。二国間機
関はマスタープランの実施について、原住民や鍵となる利害関係者の重要な役割を認識している。
湖沼概要書の経験は、湖沼とその流域の管理体制が住民の伝統や文化の上に構築されるならば、湖沼流
域管理はもっと費用対効果が高まることを教えている。さらに、湖沼とその流域資源の伝統的な利用を
乱すと、日常の活動や食料源だけでなく、生命を支える湖沼流域環境の能力に悪い影響を及ぼすことが
77
ある。原住民の指導者や地域住民と直接向き合っていくことが湖沼流域計画策定と管理活動に彼らの参
加を促すための最も効果的な方法となることを認識することが重要である。
Box 6.3 原住民:Titicaca 湖からの鍵となる教訓
アンデス山脈のボリビアとペルーの国境にある Titicaca 湖は、高地にある湖としては世界で最も容
量の大きい湖である。高地の高原にあるものの、同湖は地域の気象を緩和する効果を有しており、一
年を通して夜間は涼しく(8~10℃)
、昼間は温和であるために、独特の植物や動物が進化を遂げる
とともに、原住民が居住地として住みついた。都市部や大きな町に見られる混血民族を除き、Titicaca
流域の住民はほとんど完全に原住民からなっており、北部は Quechua 族・中部は Aymara 族・南部
は別の Quechua 族が暮らしている。さらに Uro 族の人々が、Titicaca 湖の近隣地域、ペルーの Puno
地域・ボリビアの Desaguadero 川流域およびボリビアの Poopo 湖周辺に住んでいる。
スペインの植民地政支配から国の支配に変わるとともに、広大な土地が原住民から取り上げられ、新
たな地主が管理する私有地になった。この大農園制度は、1953 年のボリビアおよび 1969 年のペル
ーにおける農地法改正法の施行まで継続した。この数世紀にわたる歴史が原住民の反感と不信を生み
出し、今日にまで続いている。その後の市場開放政策は農産物の価格低下を招いた。これに加え、基
盤整備と都市サービスに対する政府の投資が、農村部に悪影響をもたらした。それでも、地元の人々
は Titicaca 湖流域における自分たちの暮らし向きを改善したいという大きな望みを抱いており、適
切な指導によって、住民と湖にとって明るい結果を生み出すことができるかもしれない。
Titicaca 湖流域に移入された外来種(1940 年代のマス類(Salmo truta)や 1969 年の Poopo 湖への
Pejerry(Bosilichtys bonaerensis)など、
)は在来魚種の死滅や魚類への原生動物の寄生を招き、1988
年には漁獲された在来魚の 70%が寄生されるまでになった。こうした外来魚種の移入は、在来魚種
に生計を依存している Aymara 族や Urus 族など原住民の社会経済的な状況に悪影響を及ぼしてき
た。
出典:Titicaca 湖概要書
移住させられた人々
貯水池の建設、あるいは湖沼の管理施策(とくに、流量を規制するダムや堰堤、洪水制御構造物のよう
な施設整備、および灌漑計画)が地元の人々に影響を与える場合に、特別な事態が発生する。こうした
施策の決定によって影響を受ける地元の人々が当初から参画し、何かを失うことになる場合には補償さ
れなければならないことは、広く認められるようになってきている。開発プロジェクトの推進に当たっ
ては、単なる補償ではなく、むしろ生計の回復に注力することの必要性、当該プロジェクトの利益を住
民が得られるようにすることの重要性が、次第に認識されてきている。しかしながら、必ずしも全ての
ケースでこのことが実現されているわけではない。例えば、Kariba 貯水池概要書では、1950 年代、再
移住計画などの対策が講じられる以前の話ではあるが、80,000 人の Tonga 族の人々がダム建設のため
に先祖伝来の地から移住させられたいきさつを記述している。そうした人々は、ダム計画の決定に参画
することもなく、また失ったものに対する適切な補償を受けることもないばかりか、ダムや貯水池から
の恩恵に浴することもできなかった。
地元の人々にとっては、ダムや同様の巨大施設からの直接的な影響以上に、二次的・三次的な影響が出
78
てくることがある。典型的な例としては、途上国における施設建設プロジェクトの場合、建設期間中に
公式・非公式に人口が集まってくるが、多くの場合、彼らはそのまま居ついてしまう。昨今のプロジェ
クトでは対応がとられるようになっているが、歴史的にみると、こうした影響は生態的・社会的に重大
な結果をもたらすにもかかわらず、プロジェクトの計画策定時や実施過程で、ほとんどあるいは全くと
いっていいほど関心が払われなかった。1984 年に供用が開始された Tucurui 貯水池の場合には、4,300
家族が移住させられたが、貯水池の建設にあたっては 20,000 人の労働者がダム建設現場に集まった。
こうした人々がその後の社会変化をもたらしている。Kariba 貯水池では、建設労働者を目当てに売春
婦が集まり、性病が蔓延する結果を招いた。すべての変化が弊害をもたらすわけではない。Tucurui 貯
水池では、伝統的な小船による物資の輸送が道路輸送に変わり、大規模工場建設・林業や農業の振興プ
ロジェクトなど、マクロ経済に変化が起きた。労働人口が急激に増えたので小規模企業も急速に発展し
ている。大切な点は、公共政策の決定者(政府のさまざまなレベルでの)や利害関係者が、提案されて
いるプロジェクトの目的や実施計画について十分な報告を受け、投資に伴う建設や運用段階でのプラス
面・マイナス面の影響に関する情報を入手でき、住民集会に参加する機会を持ち、透明性を確保したや
り方で損失に対する補償を受けられるようにする必要がある、ということである。
NGO と CBO の役割
湖沼概要書は、湖沼流域管理において NGO と CBO が果たすさまざまな役割を紹介している。
課題の設定と政策の構築
NGO と CBO には、公的な管理機関よりも政治的な圧力に対する独立性を保っているという利点があり、
課題を設定し、政策を構築する過程において、重要かつしばしば主導的な役割を果たすことができる格
好の位置を占めている。例えば、Baikal 湖や琵琶湖の流域においては、消費者運動と環境運動がいくつ
かの環境管理の大きな変革に重要な役割を果たした。
その他多くのケースで、NGO は湖沼流域管理機関と協力してさまざまな課題に取り組むうえで積極的
な役割を担ってきた(Champlain 湖、Naivasha 湖、Nakuru 湖、Ohrid 湖、Peipsi・Chudskoe 湖、
五大湖)
。例えば、Peipsi・Chudskoe 国際協力センターは地域 NGO として、バルト海沿岸国と新興独
立国の境界地域における持続可能な開発と国際協力を推進するために活動している。同センターは、地
域の開発事業だけでなく、地域における教育・調査および社会事業についても地方自治体や利害関係者
と協力しており、エストニア・ロシア間国際越境水委員会の事業にも積極的に参画している。
国際的な NGO は、持続可能な湖沼流域管理のために、地球規模の制度面の課題と地元固有の課題を共
通の政策として実施するのに独特かつ重要な役割を果たしているだけでなく、国際的な資金提供機関や
国家政府機関の活動を補充あるいは補完するような、多くの新しい先導的な取組も展開している。湖沼
環境に対する脅威は、次第に広域的あるいは地球規模的な様相を示すようになってきている。例えば、
世界野生生物基金(WWF:World Wildlife Fund for Nature)は、国際的にも有名な Nakuru 湖のフラ
ミンゴ群落に都市部や農村部からの汚染の脅威が及んでいることについて、国際的な関心を呼び起こし
ている。IUCN は、ラムサール条約の支援活動において極めて重要な役割を果たしており、脅威に直面
している多くの湖沼をラムサール条約登録湿地として指定するための基礎資料を提供してきた。国際
NGO の中には湖沼流域管理計画を地球規模の取組や姉妹湖沼プログラムと結びつけるような支援を行
っているものもあり、例えば、Tahoe 湖・Baikal 湖研究所は、米国とロシア連邦にある二つの姉妹湖沼
79
の間で、教育・研究・トレーニングおよび交流プログラムを進めている公認の NPO である。
業務の遂行
湖沼概要書には NGO がさまざまな業務を果たしている事例が紹介されている。また、NGO が湖沼流
域管理の実施機関として活動している場合もある。Naivasha 湖は、湖岸保護組織が湖沼管理計画の作
成と実施に重要な役割を果たすまで進化した特筆すべき例である。また、別の例では、NGO は政府や
国際支援機関から小額の助成金を得てプロジェクトを実施してきた。NGO や CBO は、地域と住民の要
求に身近な存在であり、柔軟な活動ができ、組織の維持費用もあまりかからないので、経験を積むと湖
沼流域管理のような業務において非常に効果的なものとなる。
ネットワークの構築・協働および調停
NGO は政府機関と地元住民の間でのネットワークの構築・協働および調停に活躍することが多い。湖
沼概要書には以下の例が示されている:

Chilika 潟湖では、NGO と CBO のネットワークが周辺住民への福祉活動に取り組んでいる。利害
関係者も「Chilika 潟湖保全キャンペーン」と呼ばれる NGO と CBO との連合体を形成し、Chilika
開発庁と密接に連携している。

Nakuru 湖では、住民グループのネットワークを利用した保全活動が実施された。

管轄区域が広く、職務遂行のためのスタッフが限られている Laguna 湖開発庁は、自分たちの計画
やプログラムを実施するための幅広い支援を得るために、地方政府・CBO および NGO と戦略的な
協力関係を築いてきた。

政治的に不安定な状態が続いているような場合には、NGO の役割の重要性が一層増すことがある。
(Tonle Sap 湖概要書)
NGO が湖沼流域管理の資金集めに重要な役割を果たすこともあるが、資金の安定的な流入を維持する
ことは、経済の移行期にある国々の湖沼(Baikal 湖、Peipsi・Chudskoe 湖、Ohrid 湖概要書)や途上
国の湖沼(Naivasha 湖概要書)だけでなく、先進国の湖沼(琵琶湖、Chaplain 湖、Constance 湖、五
大湖概要書)においても常に困難を伴うものである。
情報の伝達・普及
Arai 海、五大湖、Baikal 湖、Champlain 湖、Nakuru 湖、Naivasha 湖では、情報の収集・提供およ
び分析に NGO が重要な役割を果たしてきた。また NGO は、情報の橋渡し役として、国境を越えて情
報交換を促進している(例えば、Peipsi・Chudskoe 国際協力センター)。NGO は住民啓発活動や環境
教育の場で活動することが多く、住民啓発のキャンペーンの例としては Aral 海や Baikal 湖、Ohrid
湖や Peipsi・Chudskoe 湖の例が紹介されている。湖沼流域プログラムを通して、流域に放送網を持つ
ネットワークテレビと住民を巻き込むためのパートナーシップを築くことも可能である。パートナー間
で費用を分担してプロジェクトの特別番組、特集、教材を放映すれば、流域内の数百万人の視聴者に届
けることができる(Champlain 湖概要書)
。
政府を通じたものであれ、NGO によるものであれ、効果的な意思疎通を図る戦略は湖沼流域管理にと
って非常に重要である。何故なら、湖沼流域のさまざまな現象は生物物理学的に複雑であり、湖沼管理
80
の社会経済的・文化的・政治的な諸問題は複雑で繊細なものであることを流域の利害関係者が理解する
必要があるからである。Malawi・Nyasa 湖概要書に示されているように、研究者と政治家の間の意思
疎通をどう図るかはどの湖沼においても克服すべき課題である。
トレーニング
国際的な NGO は、すぐれた専門的な技術を持っていることが多く、そのような技術を研修などの能力
開発訓練を通じて地域の住民や組織のスタッフに伝えることができる。例えば、カンボジア野生生物保
全協会は(WWF カンボジア)は、生物多様性調査とその評価法、報告書の作成、および環境教育と意
識啓発について政府機関の担当スタッフの技術研修を実施してきた。WWF カンボジアなど同じような
事業を推進してきた NGO は他にもいくつかある。カンボジアでは、援助機関の支援を受けた自然資源
管理プロジェクトの一環としてトレーニングの需要分析が実施された。
NGO と CBO の活動資金
上記のような NGO や CBO の活動を長期にわたって継続するためには資金調達が必要となる。NGO の
数は、湖沼流域管理の特定のプロジェクトやプログラムを通じて先進国と途上国の双方で増えている。
特に、国際的な NGO だけでなく、国際的な支援プログラムや資金供与機関が、経済移行期にある国や
途上国における NGO 部門の発展に重要な役割を果たしてきた。Chilika 潟湖、Ohrid 湖、Peipsi・
Chudskoe 湖、Baikal 湖概要書がその例を紹介している。しかし、その多くは、こうした資金源が短期
的な性格のものであるため、現在、組織的・資金的に難しい事態に直面している。先進国(琵琶湖、
Champlain 湖、Constance 湖、五大湖等)と経済移行期にある国や途上国(Baikal 湖、Naivasha 湖、
Ohrid 湖等)の両方において、NGO はパートタイムのスタッフすら継続して雇用するのが難しいとい
う問題を抱えている。
情報伝達・教育・住民啓発(CEPA)
地元住民が湖沼流域管理に効果的に参加するには、住民が、技術的・社会的・経済的な情報を入手する
必要がある。したがって、住民の啓発や情報伝達の活動が参加の過程において極めて重要になる。事実、
行動の変化あるいは新しい制度の順守に期待する取組において必要な成果が現れるためには、CEPA(意
思疎通・教育・住民啓発)に頼らざるを得ないのである(Box 6.4)。湖沼概要書には、CEPA に関する
幅広い経験が紹介されている。
CEPA プログラムの設計
CEPA プログラムの設計と実施には統合的な取組が検討されなければならない。意識啓発あるいは住民
教育だけでは、住民による持続性を無視した資源利用は止まらないであろう。すなわち、住民の価値観
の転換、有効な代替活動、および持続性を無視した行為の抑制といったいくつかの要素が同時に展開さ
れることが必要となる。Ohrid 湖は、制度の変更と併せて、住民主体の組織を通じた住民意識の向上に
よって、湖の保全状態が徐々に改善している例である。
状況の分析と問題の特定は、CEPA プログラムを設計する前に行われるべきである。地域の問題に手を
つける場合の基本原則は、対策の検討とその実施の前に、問題の根源的な原因について理解と合意を得
なければならないということである。状況を把握し、問題の根源的な原因を住民に理解してもらうとと
もに、彼らと政府、他の住民と中間的な人々との関係を分析するための一定の調査研究期間が必要であ
81
る。
成果、モニタリングや評価の指標は CEPA プログラムの有効性を判定するためには欠かせない。保全に
関するその他の面と同じく、資源の保全や共同管理の必要性に対する住民態度の変化を含め、測定可能
な目標に照らして CEPA 活動の成果を評価することには大きな価値がある。
CEPA プログラムの活動範囲
CEPA は時間のかかる取組であり、それぞれが方向性・持続性および有効性を確保するように戦略的に
つながって将来大きな見返りが期待できる一連の投資として理解するのが最善である。戦略的な思考と
プログラムの間の調整を図ることが、CEPA 行動計画の重要な要素となるべきであり、その行動計画は
現実的な時間尺度も持つべきである。CEPA の取組が効果を発揮するまでには時間を要する。例えば、
琵琶湖では、価値観の転換と協働の取組の成果が現れるのに長い年月を要したし、Nakuru 湖では、
CEPA10 年プログラムがまだ入り口レベルにも達していない。
CEPA プログラムは、斬新なやり方で、能力向上を図りながら、持続的に継続されねばならない。その
ためには、長期的に資金を提供することが可能な組織と連携することが賢明である。Constance 湖では、
ネットワークの構築、キャンペーンの展開、および広報活動に持続的な資金が必要であったし、
Champlain 湖では、教育や福祉の企画担当者、情報伝達と出版のための調整担当者を常勤職員として
雇用した。琵琶湖、Tanganyika 湖、Toba 湖では、環境教育を重点的に推進することが持続性の確保に
つながっており、Chad 湖では、地元の利用者協会に水資源管理のための組織を設立する資金が提供さ
れ、
利用料は施設の維持管理だけでなく環境保全プロジェクトにも使用されている。Ohrid 湖の経験は、
初期の成功を利用して、CEPA プログラムを継続するための投資を呼び込み、広範な支持を得ることの
重要性を強調している。Toba 湖では、地元住民から環境保全の中核になりそうな人たちを選んで教育・
訓練に取り組み、これによって住民の信頼と支持を得ることに成功した。湖沼概要書では、彼ら中心メ
ンバーの時間と労力に報いるためにちょっとした手当てがあれば、取組は継続するだろうと述べている。
CEPA の取組は広範な経済的・社会的な状況を見据えながら推進されねばならない。社会的・経済的に
受け入れられないようなやり方で CEPA による問題解決を目指しても、目標の達成を期待することはで
きない。例えば、Baikal 湖や Cocibolca 湖では、集水域の管理政策やその施行は、地域経済開発の優先
順位と関連させる必要があった。Dianchi 湖、Laguna 湖、Malawi・Nyasa 湖、Nakuru 湖、Toba 湖、
Victoria 湖では、社会経済的な利益が認識されていないために、湖沼流域管理対策が適切に実施されな
いでいる。Laguna 湖と Malawi・Nyasa 湖では、意識啓発と貧困の軽減対策が湖沼資源への圧力の軽
減につながっており、また、Baringo 湖、Champlain 湖、Toba 湖、Nakuru 湖では、環境教育と啓発
プログラムが、経済刺激策や地域住民の生計改善と一体的に推進されている。Bhoj 湿地では、上湖への
影響を軽減させるために、神像を浸漬する場所の変更に成功したが、それは既存の伝統的・宗教的なし
がらみのなかでも効果があがるように企画された広範な住民啓発運動があって初めて可能になったの
である。
CEPA の効果を高める
問題とその解決策を検討するときに利害関係者を参画させるとともに、問題に対する十分な技術的知識
や地元の情報を与えることは、CEPA がもたらす効果や効率の改善につながる。例えば、Cocibolca 湖
では、地方の自治体職員の意識が向上した結果、国家の対策を求める大きな要求につながった。Baringo
82
湖では、漁民が漁獲量データを教えられ、漁獲量管理に参加できるようになった結果、漁業の一時禁止
措置が制度として導入された。Chilika 潟湖では、地元漁民が、適正な網目の魚網を使用する重要性を
多くの人に知ってもらう活動を進めるとともに、稚魚の捕獲禁止措置を講じた結果、漁獲量の著しい増
大につながった。
情報やデータを利害関係者に伝えることは重要である。湖沼流域管理に関する活動やその経験から得ら
れた情報やデータは、国や地方自治体・湖沼流域管理施行者・NGO その他の利害関係者に提供される
べきであり、容易に入手できるようにすべきである。Champlain 湖、Chilika 潟湖、琵琶湖、Ohrid 湖、
Nakuru 湖、Sevan 湖、Bhoj 湿地では、CEPA の活動を通じて情報提供・教育・あるいは展示のための
センターが開設され、Baringo 湖や Toba 湖では、参加型の地域評価プログラム(PRA)が策定された。
さまざまな CEPA の手法が一つの CEPA プログラムに盛り込まれてしかるべきである。Toba 湖では、
数多くの小規模で草の根レベルの CEPA プログラムが目に見える成果を挙げている。Toba 湖、Peipsi・
Chudskoe 湖、Laguna 湖、Dianchi 湖、Tanganyika 湖、Chilika 潟湖では、CEPA プログラムに IT
技術が応用されている。Laguna 湖では、水質データが「水のモジリアーニ」と呼ばれる単純な図表で
示されている。Bhoj 湿地では、保全メッセージを伝える競技会・ラリーおよび大道寸劇などが開かれて
いる。琵琶湖では、小学 5 年生に楽しみつつ学ぶ機会を与えている「フローティング・スクール」が運
航されている。Peipsi・Chudskoe 湖では、年に一度の国際児童作品展が開催されている。Baringo 湖
では、環境啓発の総合施策の中に景気刺激策を盛り込んだ。GEF が資金を提供した Malawi・Nyasa
湖生物多様性保全プロジェクトでは、
(3 カ国の沿岸国からの役者による) 革新的な環境劇場が催され、
10 万人以上の観客を集めた 。
対象とするグループを明確にすることは効果的な CEPA プログラムを設計するうえで重要な第一歩で
ある。住民レベルでの意識啓発活動によく見受けられる問題点は、資源の利用と管理、および住民意見
の形成に最も重要なグループを対象としていないことである。学校での環境教育あるいはポスターを一
般掲示するというような手軽な意識啓発手段に偏る傾向がある。よい結果は、影響の現れ方を分析し、
それに基づいて対象者グループを特定することによって得られる場合が多い。例えば、Cocibolca 湖で
は、学生や若い世代の人々が主たる対象者として選定され、Nakuru 湖、Chilika 潟湖、Toba 湖、
Tanganyika 湖では、女性が特定の対象者集団として指定され、Tanganyika 湖、Nakuru 湖、Tonle Sap
湖では、政治指導者と政策決定者が啓発運動の主たる対象者として特定され、Constance 湖では、消費
者が対象となった。
CEPA の取組を推進する上で民間企業を巻き込むことによって大きな利益が得られる可能性がある。
「滋
賀県環境保全協会」は、400 社以上の地元企業からなる私企業の団体であり、長期にわたる運動を展開
しつつ、湖の流域管理活動に積極的に関わり、支援を行っている。Issyk-kul 湖では、グリーン産業と
エコ観光を推進するために 3 つのパイロット・プロジェクトが始まっている。Champlain 湖流域プロ
グラムは、流域のネットワークテレビ局や銀行と「Champlain 2000」と呼ばれる市民パートナーシッ
プを形成した。Laguna 湖環境資源保全プロジェクトは、LLDA、ユニリヴァー・フィリピンおよびフ
ィリピン湿地保全協会の三者からなるパートナーシップで、湖沼資源を保全の取組を継続的に進めると
ともに、集水域内の住民の能力向上と教育を行う目的を持っている。その他のケースとしては、住民か
らの圧力に応える形で企業の支援が行われる場合があり、例えば、Toba 湖の周辺で操業する私企業で
ある PT Toba パルプ Lestari 社は環境管理のために純益の 1%を拠出することに合意した。
83
Box 6.4 意思疎通・教育および住民啓発(CEPA)
CEPA の構成要素は、UNESCO の湿地に関するラムサール条約、生物多様性に関する条約、および
世界自然保護連合(IUCN)の出版物の記述にしたがって、以下の通り定義されている:

意思疎通(コミュニケーション)とは、互いによく理解し合うための双方向の情報交換である。
意思疎通は、行為者と利害関係者の参画を得るために用いられ、まず彼らの話を聴いた上で何故
どのようにして決定が行われたかを説明することによって社会の関係者の協力を得るための手
段である。

教育とは、湿地保全を推進するために、人々に情報を伝え、動機を与え、能力を付与するプロセ
スであり、生活様式の変更を進めるだけでなく、個人、組織、会社、および行政の働き方の変更
をも促すものである。

啓発とは、
結果に影響力をもつ個人や鍵となるグループの関心を湿地の問題に向けさせることで
ある。啓発は、重要な問題を明らかにし、それに対する主張を説く活動であって、問題は何か、
何故重要なのか、
目標に込めた願い、
目標達成のために何をするのか、また何ができるのかを人々
知ってもらうためのものである。
環境保全に視点を当てた CEPA に共通する5つの目的は、(1)環境保全に対する全般的な関心を高
めること、(2)環境保全問題に対する意識をより高めること、(3)世論に明確な変化をもたらすこ
と、
(4)具体的な情報を伝達すること、および(5)能力の向上を図ること【Sutherland(2000)】
である。
出典:UNESCO(2002)
84
第7章
技術による対応:可能性と制約
技術について学んだ鍵となる教訓

湖沼環境の保全を目的とする技術的な対応策の導入の成果を判断することは通常かなり困難で
あり、政策決定時に、保全された環境は長期的な資源価値であることを十分説明しなければなら
ない。環境保護保全に関する技術対応策を適切に導入するためには、政策決定時において長期的
な視野がきわめて重要である。

湖沼流域管理の実施においては、汚濁発生源を規制することと併せて低コストの技術対応方策を
見つけ出すことを最優先にすべきである。長期的な目標としては、汚濁発生施設の関係者と地元
住民の代表の参画を求めた上で、発生現場に規制技術を適用して土地の汚濁の発生源と考えられ
る物質を削減・再利用・再循環すべきである。

面源汚染問題、とくに沈泥や栄養塩類および農業や森林に用いられる化学物質に起因する問題
は、住民主体の森林再生や植林ならびに集水域保護保全活動を通じて解決策を見出せることがあ
る。こうした対応策は、水域内で目に見える効果が現れるまでに、数十年単位、時には数百年単
位で継続される必要がある。行政の継続性は、関係者や地域住民による協動的な取組や技術的な
対応策がうまくいくかどうかと密接に関係している。例えば、湖沼流域における樹林の被覆状況
を保持することが長期的な利益をもたらすにもかかわらず、調査対象の湖沼の多くで、そのよう
な意識の欠如や組織・体制の力不足が相まって、短期的な経済的利益のために森林の伐採が行わ
れているという例が見られる。

湿地は、汚濁物を効率的に捕らえて除くとともに、重要な機能を備えている。汚濁物が湖沼に流
入してしまうとその除去に膨大な費用がかさむため、機能が低下した湿地の修復をするだけでな
く人工的に湿地の造成することも、湖沼環境を守るためには費用対効果のある方法と考えられ
る。現存の湿地を守ることが最優先課題である。

湖沼流域管理を改善していくための技術開発と技術その応用に向けた協調的な研究を図るため
には科学研究における協力体制が必要である。例えば、多くの対象湖沼では、科学的な調査に基
づいて生物学的手法を導入し、厄介な動植物をうまく制御した例が示されている。導入された生
物学種が予想外の影響をもたらすことがないように科学的な研究によって裏付けておくことも
必要である。

湖沼流域資源の持続可能な利用について長期的な視野を持つためには、湖沼流域管理に対する新
しい考え方にもとづく対策や革新的な技術を利用した計画が必要となる。例えば、湖沼の生態的
な健全性と資源利用を維持するために適切に環境流量を定めることは、貯水と流量調整の目的で
さらに多くのダムや堰堤が建設される中でますます重大な問題となっている。
湖沼流域管理を支える技術への投資にはいくつかの形がある。下水の一次処理あるいは二次処理もしく
は自家処理(便槽・汲み取りおよび浄化槽のような)といった施設は、湖岸域あるいは流域内の住民の
ための公衆衛生を目的として建設されるが、環境にとっても補完的に大きな効果を発揮することがある。
さらに下水に含まれる栄養塩類を除去するための三次処理、あるいは洪水調節を含む治水対策施設など
の技術的対策が、湖沼の水環境を改善する目的のためだけに計画されることもある。本章では、偶発的
なものも計画的なものも含め、環境保全および環境改善に関する技術の適用について記述しており、ダ
85
ムの建設や生簀(いけす)養殖といった開発を目的としたより広範な一連の技術については取り扱って
いない。
「技術」という言葉は、ここでは以下のような広範な意味を持つものとして使用されている:

下水処理施設や洪水防止堤防などの施設建設および湿地のような「天然の施設」の回復技術

食物連鎖を利用した生物的な手法および物理的な施設整備技法

湖沼内で適用される技術および集水域で適用される技術

問題の症状を改善する技術および不適切な営農や営林によって引き起こされる土壌流出などの根
本的な問題を解決のための技術
規則や誘導/抑制あるいは教育によって人々の行動を変え、それによって湖沼環境を改善するというこ
とは容易ではない。問題とその状況によっては、技術的な対策の方がより効果的となる場合もある。こ
うした技術対応は、適切に計画され、適切に実施されるれば湖沼にとってかなり良好な結果をもたらす
ことができる。しかしながら、技術的な解決になじまない多くの問題があり、技術的に解決できる問題
ですら、その対応策自体が十分でないことが多い。Xingkai・Khanka 湖概要書には、Muling 川の洪水
調節のための分水路と水門の建設が Xingkai・Khanka 湖の流域における水文状況を劇的に変化させ、
もともと水文学的に分離していた Muling 川流域に流れていた大量の水の一部を結果的に Xingkai・
Khanka 湖に流入させることになった経過が紹介されている。この技術的な対応策は、Muling 川流域
の住民を洪水から守るために開始されたものであるが、同河川が大きな都市や町の中を流れていたため
にこれらの市街地からの廃水が流れ込み、その結果、新たに建設した分水路は人々の健康と Xingkai・
Khanka 湖の環境に悪影響を与えるものとなった。
ここに紹介する一連の保全・回復技術や湖沼概要書から得ることのできた教訓(表 7.1)は次の二つの
理由から限られたものとなっている。まず、本プロジェクトで検討された湖沼は巨大湖沼が多く、した
がって、水位別選択取水・深層水放流・人工的循環、あるいは底泥曝気といった小さな湖沼に応用され
ている工学的な技術には触れていない。対象湖沼のうちでも最も小さな湖沼の一つである Bhoj 湿地概
要書は、例外的に小湖沼に適用されるこうした技術のいくつかを紹介している。次に、湖沼概要書は、
問題に対処するための非技術的な対応策に焦点を当てており、その結果、多くの場合、技術的対応策の
多くがは採り上げられていない可能性がある。例えば、28 湖沼概要書のうちの 3 湖沼概要書(Malawi・
Nyasa 湖、Tonle Sap 湖、Issyk-kul 湖)は、湖沼流域管理問題に対する技術的対応策については全く
触れていない。保全と回復技術に関するより包括的な記述については、Holden et al.(2001)および国
立研究評議会(1992)の論文を参照されたい。
表 3.2 には、本報告書の対象湖沼に影響を及ぼしている問題について各々少なくとも一つ以上の技術的
対応策を示しているが、長期的に地域的・地球規模の取組が求められている気候変動や栄養塩類の大気
移送などの緊急課題については、実際的かつ必要不可欠な対応策がまだ十分に整えられていないために
省略するしている。以下の記述では、取り上げられた技術を二つのグループに分けて論じており、一つ
は集水域で適用されるものであり、もう一つは、湖沼に直接適用されるものである。
集水域での対策
流量制御
86
下流域にある湖沼や河川の生態的な機能は、流入河川の流量がダムや堰堤のような流量調節構造物によ
って、あるいは上流域での取水によって制約される場合には、深刻な影響を受けることがある。対象湖
沼の中では、この影響は Aral 海、Chad 湖、Baringo 湖、Chilika 潟湖、Tonle Sap 湖に現れている。
湖沼の生態系は、上流域における変化に起因する流入水量や流入時期の変化によって影響を受け、時に
は河川流量の変化に伴う水質の変化によっても影響を受ける。例えば、ある種の魚類は繁殖のきっかけ
として春先のダム放流水を利用しており、この放流水が上流域の構造物によって減るようなことがあれ
ば、繁殖が始まらないことや、うまく繁殖できないことが起こりうる。
下流域の生態学的な営みを維持するために自然の流れの中にこのような成分や形態を維持することの
重要性が認識され出したのはつい最近になってからである。こうした環境流量は、水資源開発の必要な
部分要素として次第に受け入れられるようになってきている。例えば、世界ダム委員会は、2000 年の
報告の中で 7 か条の戦略的な優先事項を設定したが、その一つである「持続可能な河川と暮らし」を支え
る要素の中で「環境流量の確保がダム開発の重要な項目である」と定義している。また世界銀行も、提
案されたプロジェクトを査定する際に、環境アセスメント項目として環境流量評価を採用し始めている。
メコン川水系の一部である Tonle Sap 湖および Chilika 潟湖の2つの湖では、自然流水の中の最も重要
な水量を湖沼(および河川水系の他の部分)の利益のために維持する管理方策を見出す努力が続けられ
ている。これらの2つのプロジェクトには、世界銀行から資金的な支援が行われており、GEF は Tonle
Sap 湖のプロジェクトを支援している。
メコン川委員会は、水利用計画の一環として、乾季における月間最少自然流量や、雨季における Tonle
Sap 湖への逆流および自然状態における日間最大洪水量などの環境流量の設定を義務づける河川流量規
則の策定を支援している。メコン川下流域の水文学・水力学などに基づくいくつかの簡単な水質モデル
が検討されているが、流量の変化が流域の環境や人々の流域資源利用どう影響するかについての情報が
不足している。その結果、最初の流量規則としては、環境や社会の目標にかなうと専門家によって判断
されたものが導入された。こうした初期の流量規則は、保全対象となる環境や社会的財産、流量が及ぼ
す環境や社会への影響についてより詳細な情報が手に入るようになる 5 カ年間を経た後、改定されるこ
とになっている。
Chilika 潟湖に一部流れ込んでいる Mahanadi 川の Naraj にある古い堰(せき)に代わって、世界銀行
からの支援を受けて新しい堰堤(えんてい)が築かれている。この堰堤の操作が、潟湖の流入河川に影
響を与えるとともに、生態系全体に対してもある程度の影響を及ぼすことになるであろう。Orissa 州の
水資源局は、環境に配慮した Naraj 堰堤の操作規則の検討を始めており、環境流量評価が当該操作規則
の決定過程に取り入れられてきている。
Chilika 潟湖内における塩分濃度・濁度・水位および土砂沈積の空間的・時間的な挙動に及ぼす影響が、
4 つの河川流量シナリオについて 2 次元の水理動態モデルを使ってシミュレーションされた。次に、こ
れらの結果を使って、生物多様性がもたらしている潟湖漁業や観光収入への直接・間接の社会・経済的
な影響や、氾濫原の冠水による経済的な影響が評価され。こうした調査の結果として、2004 年には環
境に配慮した暫定的な操作規則がまとめられた。しかしながら、潟湖のモニタリングを継続され、水文
と生態系との関連についての理解が深まり、社会的・経済的な影響が改善された暁には見直しが必要と
なるであろう。
87
表 7.1 対象湖沼における技術的な対応のまとめ
流域
湖内
点汚染源
非点汚染源
生
物
的
化
学
的
天
敵
導
入
生
物
農
薬
物
理
的
湖沼流域名
廃
水
流
路
変
更
通
常
下
水
処
理
Aral 海
✓
Baikal 湖
✓
高
度
下
水
処
理
工
場
廃
水
処
理
湿
地
再
生
植
林
✓
✓
✓
✓
Chad 湖
Champlain 湖
✓
✓
水
草
刈
取
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
Constance 湖
✓
Dianchi 湖
✓
五大湖
浚
渫
✓
Chilika 潟湖
Cosibolka・Nicaragua 湖
流
路
変
更
✓
✓
琵琶湖
曝
気
✓
Baringo 湖
Bhoj 湿地
集
水
域
保
護
✓
✓
✓
✓
✓
✓
Kariba 貯水池
✓
Laguna 湖
✓
Naivasha 湖
✓
Nakuru 湖
✓
Ohrid 湖
✓
Peipsi・Chudskoe 湖
✓
Sevan 湖
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
Tanganyika 湖
✓
✓
Titicaca 湖
✓
Toba 湖
✓
Tucurui 貯水池
✓
Victoria 湖
✓
Xingkai・Khanka 湖
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
✓
注:上表は湖沼概要書に記載されているもの、もしくは編集チームが紹介した流域別の技術対応策である。しかしながら、実際にはも
っと多くの技術対応策が対象湖沼流域で採用されてきたと思われる。
流路変更
流域外への流路変更
廃水が湖沼に及ぼす悪影響は、流域外に流路変更することで避けることができる。こうした手法は、い
ろんな国で時折利用されてきている。100 年以上も前、米国の北中央部に位置するシカゴ市の廃水は
88
Michigan 湖へ流入していたが、腸チフスやコレラの大流行に対処するために隣接する同湖への流入を
止めて、水路を築いてイリノイ州の河川を通じてミシシッピー川に流路変更した。この対策は Michigan
湖における病原菌問題を減らすことになった一方、イリノイ州の河川やミシシッピー川の水質悪化原因
となった。
本プロジェクトの対象湖沼の中で、下水の流路変更を行っているのは Bhoj 湿地のみで、その目的は栄
養塩類の流入を阻止すること、およびバクテリアによる飲用水源の汚染を最小限に抑えることにある。
Dianchi 湖でも下水は流路変更すべきかもしれないが、もう一つの流路変更プロジェクトである昆明市
の飲用水確保のための Dianchi 湖流域外からの導水プロジェクトが終了するまでは、下水の流路変更は
着手されないであろう。その理由は、灌漑用水の再流入と家庭からの下水の再利用は Dianchi 湖にとっ
ては水のバランス上重要な水源であり、下水が他の地域に運ばれてしまうと、代わりの水源を別の淡水
供給源に求める必要が出てくるからである。
下水の流路変更については、湖沼概要書ではほとんど述べられていないが、Michigan 湖その他の例(米
国の Washington 湖や Tahoe 湖での流路変更)から得られる鍵となる教訓は、廃水の流路変更によって
湖沼が得ることのできる利点が、流路変更に要する費用と流路変更先に課せられるいかなる負担を併せ
たものに比べても上回るものかどうかをさまざまな点から評価することが大切だということである。流
路変更先におけるこうした負担としては、水質問題や流量変化、外来生物の導入以外に、他人の廃棄物
の受け入れ先となることをどう考えるかといった社会問題も併せて発生することがある。
流域内への流路変更
ある湖沼流域内の水量が水需要を満たすことができない場合、あるいは湖沼がひどく汚染されているよ
うな場合、不足水量を満たすため、あるいは汚染水を薄めるために、追加的に必要水量が流域外から持
ち込まれることがある。水の移入がどんな問題(非効率的な利水・過剰利水あるいは汚濁等)に対して
も根本的な解決策となるわけではないが、隣接する流域に余分な水が存在し、それ以外の対策では費用
がかかり過ぎる場合の対応策として取り入れられている。こうした例は、以下のように湖沼概要書に多
く見られる:

Ohrid 湖では、同湖の水力発電網の能力を高めるために Sateska 川を流路変更して流入量を増加さ
せている。

Sevan 湖の水位を安定させるために Arpa 川からの流路変更が 1981 年に行われて 49km に及ぶト
ンネルが建設された。2004 年には第二トンネルも建設され、2つのトンネルによって同湖の水位
を上昇させている。

水源が少ない地域での急速な人口増加による慢性的な水不足を軽減するために、Dianchi 湖流域で
は Zhangjiuhe 川からの流路変更計画が進行中で、昆明市の水需要を満たすために約 245 百万㎥の
水が運び込まれることになっている。Dianchi 湖流域への淡水流路変更の目的は、都市部への水供
給不足に対処すること以外に、同湖の富栄養化を鈍化させるために、水の押し出し率を増加させる
ことである。

ソ連時代末期に、シベリアの河川から大量の水(年間 30~60 ㎦)を灌漑用水として利用するため
に Aral 海地域に流路変更するという提案があった。この提案は、経済的・科学的に困難であると
いう理由で推進されなかった。

Chad 湖と Issyk-kul 湖に流域外から水を移入するという提案がある。しかしながら、そのような
89
プロジェクトに伴う巨大なコストと内在する環境上ならびに社会的に複雑な影響により、同計画の
実現は進んでいない。
このような水の移動は、水を受け入れる側には利益となる効果をもたらすが、水を提供する側にとって
は、環境や社会に逆影響をももたらす可能性がある。水の移動計画を決定する前に、環境や社会に及ぼ
す影響について詳細な検討を行い、それぞれの側について費用と便益、ならびに水資源の利用者全ての
公平性を慎重に評価しなければばらない。
点源汚染の制御
現場での排水処分
単純に穴を掘っただけのトイレ(一次処理の浄化槽につながっている場合もあるが)は、本プロジェク
トの対象となっている途上国の農村部(および多くの都市部)において人間の排泄物を処分する最も一
般的な方法である。残念ながら、こうした現地処理法がどの程度使われているかをデータで示している
湖沼概要書は Cocibolca 湖のものしかないが同湖概要書によれば、流域のコスタリカ側においては、31%
の人々が穴式の便槽のみを利用し、残りの 68%の人々は浄化槽トイレを利用している。下水道につなが
るトイレを利用しているのはごくわずかの人数に過ぎない。こうした状況は、Victoria 湖、Tanganyika
湖、Malawi・Nyasa 湖でも同様である。
こうした排水がどの程度まで水路に到達しているかは明らかではない。他の国々の経験によると、浄化
槽や便槽は、通常雨季には溢れ出しており、地域の保健衛生上の問題を引き起こす。また河川に流入し
たり、多くの場合、浅い地下水脈に流れ込み、最終的には湖沼の中に入り込んでくる。
途上国では、多くの開発担当機関が、都市部や農村部における安全な水を確保し、衛生施設(ある種の
浄化槽による処理施設)を改善するための取組を推進している。しかしながら、世界銀行(2000 年)
によれば、途上国の農村では改善された浄化槽を利用しているのは人口のわずか 35%にすぎず、また上
水道と衛生施設整備に関する国連ミレニアム開発目標(MDG)の達成に向けて必要な整備を進めてい
る途上国はわずか 20%(最貧国では 10%以下)にすぎない。。こうした取組は、衛生改善と開発を主要
な目的として推進されているものの、収集や処理が行われている廃水の比率が低いので、途上国におい
ては、個別の家庭から出される排水が―とくに多雨期における排水―が水質への大きな脅威となってい
る。
資源保全を奨励するために、例えば、水を節約しコンポストを作る「乾燥トイレ」として、あるいは資
源の再生と再利用を進めるために、例えば、し尿を分別収集し、利用可能資源である「リンを抽出する
システム」としてなど、エコサントイレの技術開発に対する関心が高まっている。こうした試みは、途
上国と先進国の両方で大きな関心を呼んできている。数年後には、多くの途上国で進められている低コ
スト衛生施設整備プロジェクトの中に、地域によっては、こうした技術が次第に取り入れられるものと
予想される。
通常の廃水処理
廃水が湖に流達する前の直接処理は、本プロジェクトの対象湖沼で広く実行されている湖沼問題へのも
う一つの技術的対応策である。技術的な対策について触れている 24 湖沼概要書の内の 14 湖沼では、少
なくとも流域内の人口密度が高い都市域における廃水の一次処理と二次処理が行われている。しかしな
90
がら、廃水処理の対象となっている下水道整備区域に生活しているのは湖沼流域人口のほんの一部の人
たちに過ぎない。
一次処理は下水中の比較的大きな物質を除去するのに対し、有機物を分解するために微生物を利用する
二次処理は、病原菌の多くや有機物の大部分を除去するので、病原菌による汚染問題や高濃度の有機物
によって引き起こされる溶存酸素の減少問題を軽減する。しかしながら、こうした処理方法は導入と維
持の両方でコストがかさむ。途上国の対象湖沼のほとんどでは、資金は外部の支援機関によって賄われ
ている(インドの Bhoj 湿地と中国の Dianchi 湖は例外である)
。
しかしながら、こうした施設を機能させていくには、運転と維持に必要な資金が確実に提供されること
が求められる。湖沼概要書によれば、そうしたプロジェクトは完成していないか、あるいは政府や自治
体が引き継ぐことができないために、完成後無に帰してしまっているものが数多くある。例えば、
Nakuru 湖における Njoro 下水処理場は、廃水を集めて処理するのに必要な下水管を配管するための資
金が政府に無いために、一度もフル操業するに至っていない。Naivasha 湖下水処理場は、必要な機器
が盗難にあった 1990 年代の初期に機能を停止している。以来、下水は未処理のまま湖に放流されてお
り、同湖の生態系や同湖の水に依存している人々や産業に脅威を与えてきている。
下水処理は、上流集水域からの雨水の流出制御とならんで、現在の解決策を超える、もっと適切で実際
的な技術および制度的な解決方策を見いだすために総力を挙げた国際的な取組が求められる。情報や経
験を共有するための国際的な取組を強化することの重要性は語り尽くせぬほど大きいものがある。
高度排水処理(三次処理)
高度排水処理には、湖沼に到達する栄養塩類(窒素やリン)の負荷を低減するために、通常の廃水処理
施設に栄養塩類除去を付け加えた対策が含まれる。この高度処理により、栄養塩類を 95%まで除去する
ことができる。高度処理施設は、建設費と運営費がかさむので、通常の廃水処理施設が確実に稼動して
いることが必要となる。そのため、通常は、高所得国においてのみ実施されている(Box 7.1)。28 の湖
沼概要書の中では、琵琶湖、Champlain 湖、Constance 湖、Dianchi 湖、五大湖のみが高度処理施設を
備えている。そうした例によると、高度処理は富栄養化の根本原因であるリンの湖沼への負荷を大きく
削減した。
湖沼概要書に記載されている技術の中に、最近問題となっている家庭から地表水に排出される薬剤廃棄
物が生態系に与える影響について触れているものはない。
産業廃水処理
産業廃水処理では、有機物や栄養塩類のみでなく毒性汚染物質も同時に除去することになる。産業廃水
処理は、Box 7.1 で説明している高度処理と同じ方法で行われ、厳しい排水基準にかなう高度な処理対
策が、琵琶湖、Champlain 湖、Constance 湖、Dianchi 湖、五大湖で実施されている。産業廃水の処理
は水の節約にも結びつくことがある。そのため、Baikal 湖では、同湖に対する唯一の大量の産業廃水排
出源であるパルプ工場は、湖への有機塩素化合物排出を抑えるために閉鎖式水処理システムを導入して
いる。
しかしながら、産業廃水処理には費用がかさむ集約的な処理施設を設置する必要はない。湖沼流域では
ないが、インドの Tamil Nadu 州にある Palar 川流域の水路へのなめし革工場排水規制が一つの例であ
る。当該河川流域はインドにおけるなめし革工業の中心地であり、同国の皮革輸出額の 35%を占めてい
91
て、50,000 人の労働者を雇用している。なめし革工場はさまざまな種類の高濃度の汚濁物を排出してお
り、その中には、大量の塩類・BOD・酸性物質および重金属が含まれている。その結果、地表水も地下
水もひどく汚染されてきた。現在、同流域に立地するなめし革工場 594 の内の 330 工場が、BOD と懸
濁物を除去する単純な共同排水処理場に接続している。しかしながら、こうした単純な処理場では、溶
解性の塩類を除去することができず、そのような塩類はなめし革工場内での工程の変更によって削減す
る必要がある。
産業廃水処理についての対象湖沼からの主な教訓は、そうした処理が行われずに有害な産業廃水が湖に
放流されてきたということである。湖沼が有する特徴のために、汚濁の除去が非常に難しく、かつ高価
になる。つまり、湖沼が全てを統合するという特性は、問題が起きた場合に通常はそれが狭い場所に限
定されないということを意味し、長期間の滞留時間は、湖の中の毒性化学物質が長期にわたって湖内に
留まることを意味し、複雑に絡み合った湖の動態は、化学物質の生物濃縮がが頻繁に進行し、生態学的
な損傷と人間への危険の両方を引き起こすことを意味している。
本プロジェクト対象の多くの湖沼が毒性の産業汚染物質について報告している。北米五大湖は、広範に
わたって長期的に毒性物質によって汚染された最も典型的な事例であろう。五大湖では 1980 年代の初
期までの数十年にわたって重金属と毒性有機化学物質が流入する河川や港の底泥に堆積した。米国環境
保護庁の五大湖プログラムでは、こうした堆積汚染物質が五大湖の食物連鎖に対する最大の汚染源にな
っていると結論づけた。2,000 マイル以上の五大湖の湖岸線(全延長の 20%以上)が影響(被害)を受
けていると考えられた。国境線の米国側では、3 年間にわたって 100 万㎥以上の汚染底泥が回収処理さ
れた。2002 年に米国議会は、2004 年度から 2008 年度の 5 ヵ年にわたる除去活動に 270 百万ドルを認
めた。
一旦湖沼に入った産業汚染物質を除去するためにこのような額の資金調達をすることは通常、途上国で
は困難である。
。例外の一つが Dianchi 湖であり、同湖では 400 万㎥以上の汚染底泥が浚渫で取り除か
れ、総窒素を 8,200 トン、総リンを 1,900 トン、重金属を 4,400 トン除去している。
面源汚染の制御
点源汚染の制御がうまくいっている場合でも、汚濁物の面源汚染が手つかずに残されていて、厄介な(持
続的な)問題を引き起こすことが多くある。琵琶湖、Champlain 湖、Constance 湖、五大湖のすべて
の湖沼概要書では、点源汚染の規制が進んだ現在、直面している主要な挑戦課題は面源汚染問題である
と述べている。農地や市街地から排水される面源汚染を制御することが難しいのは、発生源の特定や監
視が容易ではないことに加え、多くの関係者が関わっており、継続的に発生するよりもむしろ降雨の
後に起きるといった具合に、偶発的な事象であるからである。バルト海流域、ドナウ川流域、黒海流
域では、農地、とくに畜産用地からの面源汚染を制御するための地域的・国家的なプログラムやプロ
ジェクトが、GEF と世界銀行の支援の下に行われている。これらのプログラムやプロジェクトには、
現地の農村社会や農家が直接に参画しており、湖沼流域管理の取組においてこの問題を扱うに当たっ
て利用できるモデルとなるものである。
面源汚染は、通常、流域内の開発行為の増大と土地利用の変化に伴ってより問題となってくる。湖沼流
域の土地利用の変化は、土砂、栄養塩類、および農薬の大量発生を招くだけでなく、その結果、湿地や
沿岸帯がしばしば破壊されるので、湖沼に到達する前に汚濁物質を除去する流域のフィルター機能を低
92
下させてしまう。例えば、Xinghai・Khanka 湖流域では農地造成のための干拓によって広大な湿地の
一部が破壊された結果、流域で進行していた土地利用の変化による影響がさらに拡大された。こうした
行為が数年にわたって続いた結果、当地に特有の湿地の 3 分の 1 が破壊された。
Box 7.1 対象 28 湖沼流域での通常廃水処理と高度廃水処理
対象 28 湖沼流域における下水処理の普及は、国民一人当たりの年間総所得(GNI)と関連している。
下の表にそれをまとめており、表中の太字が普及度(例えば、低度から高度へ)を示している。処理
程度の分類は、一次処理は低度、二次処理は中度、三次処理は高度としている。人口密度が低く GNI
が低い湖沼流域(表中のⅠ-1)では、下水処理はほとんど行われていない。GNI と人口密度の両者
が大きくなるに従い(Ⅰ-2、Ⅱ-1、Ⅱ-2)、通常の処理システムが普及してきており、資金的に
は通常は二国間の支援によっている。高 GNI 国(Ⅲ-1、Ⅲ-2)では、人口が希薄な地域(Ⅲ-1)
においても、通常の処理や高度処理が行われており、通常は政府ないしは自治体が資金負担をしてい
る。
注:Laguna 湖では、新興住宅地と産業用地に民間主導による下水処理施設が整備されている。
出典:井手慎司「湖沼流域管理イニシアティブ:共通課題報告書『湖沼流域管理のための環境施設整
備の可能性と制約』
」
湿地の回復と造成
対象 28 湖沼の概要書の内の 11 編で沿岸帯の湿地喪失が報告されている(表 3.2)。湿地の破壊は、湖沼
沿岸域における開発(Champlain 湖における都市部拡大、琵琶湖における道路建設など)、あるいは農
地や牧草地を造成するための湿地干拓によってもたらされる場合が多い。こうした湿地を回復させるこ
93
とによって、湖沼に持ち込まれる面源汚染からの汚濁負荷を削減させることができるだけでなく、生物
多様性の保全や回復にもなるのである。湖沼概要書からいくつかの事例を以下に示す:

Chad 湖概要書は、1993 年に実施されたカメルーンの Logone 湿地の回復事業について述べている。
当該プロジェクトには、利害関係者と地元の住民が企画と設計に参画した。

Champlain 湖概要書は、Champlain 湖流域プログラムが湿地取得作戦を支援し、Champlain 渓谷
の湿地約 9,000 エーカーを永久に保護するために4つのステップからなる複数年計画の作成に取り
組んだ経緯を詳細に述べている。当該プロジェクトによって 2001 年までに流域内の湿地とその周
辺を含む 4,000 エーカーが保全された。

Naivasha 湖概要書は、流域の数人の大規模な園芸事業者が、自らの排水を処理するために人工湿
地を建設して、環境への負荷を削減させたことを紹介している。さらに、彼らは、同湖周辺部にあ
る多くの湿地の保全に努め、周辺の都市部や農地からの汚濁物の影響を軽減した。

Aral 海概要書は、ラムサール条約登録湿地 Sudochie 湖のあるアムダリア川河口の三角州において
湿地を回復を進めた GEF と世界銀行の取組を紹介している。
湖沼概要書は、湿地を破壊した場合、湖沼への負荷を低減するためには、また別の湿地を作るか、排水
処理のような技術的な解決策を導入せざるを得ないと述べている。多くの場合、初期の段階で破壊を食
い止めることが最も費用効果が高いのである。しかしながら、概要書は、多くの湖沼流域においていま
だに湿地の破壊が続いていると述べている(Victoria 湖、Xinghai・Khanka 湖、Ohrid 湖)。
94
Box 7.2 湿地の保全:ラムサール条約と湖沼
湿地を保護し回復させるための最も重要な国際的な取組の一つは、ラムサール条約としてよく知られてい
る湿地に関する条約(1971 年、イランのラムサール)である。本プロジェクト対象湖沼の大多数は、そ
の流域にラムサール条約登録湿地を有しており、いくつかのケースでは、当該湖沼の沿岸や湖沼自体が登
録湿地となっている。
ラムサール条約は第 1 条第 1 項で「湿地」を「・・・、湿地とは、天然のものであるか人工のものであるか、
永続的なものであるか一時的なものであるかを問わず、さらには水が滞っているか流れているか、淡水で
あるか汽水であるか塩水であるかを問わず、沼沢地、湿原、泥炭地又は水域を言い、低潮時における水深
が6メートルを超えない海域を含む。」と定義している。同条約第 2 条第 1 項では、湿地には「水辺およ
び沿岸の地帯であって湿地に隣接するもの並びに島又は低潮時における水深が 6 メートルを超える海域
であって湿地に囲まれているものを含めることができる。
」と規定している。
「ラムサール条約による湿地タイプの詳細な分類」によれば、以下の 4 つの湖沼タイプが条約の対象とな
る。
O:8 ヘクタール以上の永久淡水湖(大型三日月湖を含む)
P:8 ヘクタール以上の季節的/間欠的な淡水湖(氾濫原湖沼を含む)
Q:永久塩湖/汽水湖/アルカリ湖
R:季節的/間欠的な塩湖/汽水湖/アルカリ湖および浅瀬
条約にとっての湖沼とは、淡水・汽水・塩水あるいはアルカリの水質をもつ水域である。重要なことは、
同条約が締約国に対して、当該国の域内において、湖沼を含む全ての湿地を効果的・持続的に管理するこ
とを強く求めており、条約の執行と勧告は湖沼全体と湖沼に依存する生物(仮に移住性の生物であっても)
全体に及ぶということである。
国際的に重要な湿地としてのラムサール条約登録湿地について、地域ごとに 4 つのタイプの面積(ヘクタ
ール表示)を下の表に示す。
O
P
14,535,913
16,253,389
1,593,452
2,294,209
24,313,987
2,904,800
1,589,078
4,100,218
2,442,435
6,118,175
ヨーロッパ
15,372,268
5,807,754
3,818,388
2,172,043
16,861,747
北アメリカ
14,289,625
1,360,416
913,297
1,201,914
14,920,266
オセアニア
704,720
3,609,323
477,211
1,789,330
4,982,808
新熱帯地域
18,751,932
11,116,523
4,391,158
8,242,720
25,440,355
66,559,258
39,736,483
15,293,724
18,142,651
92,637,338
アフリカ
アジア
全世界合計
Q
R
全タイプ
ラムサール条約小規模助成金は世界の多くの地域における湖沼管理の取組に対する支援をしており、以下
の国々がその対象となっている:アルジェリア・アルゼンチン・アルメニア・ボリビア・ブルガリア・ブ
ルキナファソ・中国(3)
・コモロス・エクアドル(2)
・前ユーゴスラビア・グルジア・モンゴル・パラグ
アイ・ペルー・フィリピン・ロシア(3)
・トーゴ(2)
・ウガンダ。同条約は、湿地と水域に対する地球規
模の取組の一環として、今後も湖沼水系の賢明な管理を推進する予定である。
出典:ラムサール条約事務局
95
森林の再生と植林
湖沼流域における森林被覆率の低下は、多くの場合、土壌の流出や堆積物の流出の増大を招き、湖沼の
水質悪化につながる。湖沼概要書の多くには、森林再生(破壊された森林跡地での森林再生)や植林(森
林が存在していなかった場所での植林)のいずれかによる湖沼流域内の森林開発の取組についての記述
が見られる。前者については、Baikal 湖、Laguna 湖、Nakuru 湖、Ohrid 湖、Tanganyika 湖、Toba
湖概要書に報告されており、後者については、Baringo 湖、Dianchi 湖、Bhoj 湿地、Chilika 潟湖概要
書に報告されている。
こうしたケースのいくつかでは、在来種の樹木が外来種に置き換えられている。このような外来樹木は
急速に成長するので短時間で土壌の安定化をもたらし、市場価値も高いが、もとの森林が保有していた
生物多様性の回復にはつながらないことがある。さらに、湖沼流域の水文学的なバランスが森林再生や
植林を実施することによって変わる可能性がある。例えば、Toba 湖流域では、在来種がより成長の早
いユーカリ種に置き換えられてきた。林業専門家は地元住民の意見を否定しているが、地元住民はそう
した外来種は自分達が植えた針葉樹より多くの水を消費すると考えている。
湖沼流域における熱心な植林活動に加え、Bhoj 湿地では、上湖の西・南および北縁辺部における湖周辺
への不法居住や農耕地・牧草地の拡大を防ぐために、植栽による緩衝地域の造成が行われた。植物種と
しては、洪水にも渇水にも耐えるものの他に、繁殖力が大きいものや薬草となるものが選ばれた。積極
的な森林再生や植林など、湖の沿岸帯で行われている造成の取組は、湖岸域にとどまらず、同湖流域の
河川沿岸域にも拡大すべきである。
森林の回復や造成への取組だけでなく、いくつかの概要書では、植林用地の選定、林道の設計、循環伐
採、沿岸林の保護などさまざまな林業活動によって流出土砂の発生を減らしているケースが示されてい
る(Nakuru 湖、Malawi・Nyasa 湖、Issyk-kul 湖、Victoria 湖)。土壌流出がどの程度進行するかは
地元の気候・地質・地形および人間活動の度合いに左右される(Nakuru 湖、Kariba 貯水池、Issyk-kul
湖概要書で詳しく述べられている)ものの、土地利用計画を策定することによって、林業活動による環
境への負の影響を効果的に最小限に抑えることができる。GIS を利用したデータベースは、自然特性か
ら見て林業に適していない地域を特定するための有力な道具となる。
集水域の保全
湖沼概要書には営農地や牧場の貧弱な土地管理に起因する土壌の喪失が広範に報告されており、過剰放
牧・休耕・雨溝および崩れやすい土手などがその原因である。Tanganyika 湖では、湖の北端部の狭い
集水域で大規模な森林伐採と農地化によって土壌流出率が劇的に増大して、世界で最も生物多様性が高
いといわれる湖沼を育んできた自然の脅威となっている。。同湖流域のタンザニア側の土砂流出率は、
開墾されて人が住み着いた場所では、開墾の進んでいない場所に比べほぼ 10 倍以上になるとの測定結
果がある。新たに発生して湖に流入した土砂は、生物の重要な繁殖地を覆い、同湖の生物多様性に悪影
響を及ぼしている。
この問題は農業者に経済的な損失をもたらすと同時に、下流の利水者にもコストとしてはね返るので、
土壌保全の効果が一度目に見える形で示されると、農業者からは歓迎されることが多い。Baringo 湖の
土砂堆積の一部は、湖の集水域における牧場と農地の貧弱な管理による土壌喪失がもたらしたものであ
る。同湖では、GEF の資金援助による Baringo 湖保全プロジェクトの一環として土壌保全事業が実施
96
され、30km 以上にわたる台地で土砂の移動が抑えられた。その成果の一つとして、農民はそれまでの
長年にわたる飢饉から脱して大きな収穫をあげることができた。この成果は、こうした保全対策が広く
採用されるきっかけを与えてくれるであろう。
鉱山廃棄物の制御
鉱山廃棄物は本プロジェクトの多くの湖沼に影響を与えていると記載されている。例えば:

Victoria 湖のタンザニア沖合では、金の採掘活動に起因すると思われる水銀が底泥中から検出され
ている。この重金属は、この流域内で手掘り作業をしていた無数の鉱夫に起因すると考えられてい
る。これらの鉱山では水銀を安全に分離するための技術的な訓練をしておらず、またそのための資
金もない。

Ohrid 湖のアルバニア近辺には、クロム・ニッケル・鉄および石炭を生産していた多くの廃鉱山が
存在している。大量の廃棄物が堆積しており、雨が降るたびに湖に汚染物質が流れ込む。湖岸近く
で採水された試料水の重金属濃度は非常に高い。

Issyk-kul 湖では、随所に鉱山があり、時おり化学物質の不法投棄が行われている。

Baikal 湖流域のロシア側では、金その他の金属を産する鉱山が広範に広がっている。環境に対する
配慮はほとんどなされておらず、鉱山からは大量の鉄分・硫黄分・塩化物・水銀および窒素が河川
に流出している。同流域のモンゴル側にも無数の銅鉱山や金鉱山が存在しており、そこでも廃棄物
の処理はほとんどもしくは全く行われていない。例えば、モンゴルの Zaamar 地区政府は、約 4,000
万ドルの収入(2001 年)を稼ぎ出す金鉱山に対し、年間ほぼ 1,200 ドルの環境監視予算を計上し
ているに過ぎない。

Dianchi 湖の南端にあるリン鉱山では深刻な土壌流出が起きている。リンを大量に含んだ土壌が同
湖に流れ込み、湖の栄養負荷をさらに高めている。
小規模な手掘り金鉱山から水銀の流出を減らすためには、例えば、小川に流れ出す水銀を減らすために
かけ流し樋へ変更したり、水銀の大気への拡散を減らすために防止弁を使用するなど、いくつか簡単な
手法があるが、概要書には、そうした試みが、仮にあったとしても、ほとんど報告されていない。上記
の例からは、多くの鉱山業で汚染物質の排出を規制するための技術をほとんど用いていない様子がうか
がえる。
湖内対策
水位調節
第 3 章で緊急課題のひとつとして取り上げたように、多くの湖沼概要書が、深刻な問題として湖の面積
が実際に縮小していること、あるいはその可能性があることを報告している(Aral 海、Baringo 湖、
Bhoj 湿地、琵琶湖、Chad 湖、Naivasha 湖、Sevan 湖、Toba 湖)
。湖の水位を調節するために、Sevan
湖や琵琶湖および Toba 湖ではダムまたは堰堤が築かれている。こうした構造物は、もともと琵琶湖に
おける取水源確保、Toba 湖における水力発電、および Sevan 湖における水力発電と取水源の確保とい
った水資源の開発を目的として築かれたものである。Toba 湖や Sevan 湖のダムは環境上好ましくない
結果を招いたが、琵琶湖の堰堤は湖辺のヨシ群落の保存や、魚や水鳥の生育地の提供、湖の保養地とし
ての価値向上に貢献している。
97
Aral 海では、北部小 Aral 海の水位を保持するために小規模なダムを小 Aral 海と大 Aral 海との境界に
建設中である。現在、水は小 Aral 海から大 Aral 海に流れているが、大 Aral 海では蒸発が大きいため
に水が急速に失われようとしている。この対策によって大 Aral 海の受水量はさらに少なくなるかもし
れないが、小 Aral 海の水位は安定し、本来の生物多様性状況が維持されることになるであろう。この
ケースでは、技術的な対応策(小規模なダム建設)が以前の技術的な介入(上流域の灌漑)によって生
じた問題を緩和するために用いられている。
厄介な生物種の制御
厄介な生物種には植物と動物の両方がある。移入された生物種の中には、天敵がいないと無制限に増殖
するものがあり、在来種でも、湖沼環境の変化によって厄介なレベルにまで増殖することがある。水草
類、とくにホテイアオイは、厄介者として湖沼概要書の中に広範に報告されている。水生植物が異常繁
殖すると、船舶航行の妨げとなり、蒸発散による水損失が大きくなり、漁業の操業に障害となり、灌漑
用水路を詰まらせ、水力発電所や浄水場の運転に支障をきたすだけでなく、レクリエーションの場とし
ての湖の利用価値の低下につながる。水草が群生した地域では、病害虫による病気も発生することがあ
る。水の華、とくに藍藻類による水の華についても広範な報告がある。水草や植物プランクトンを制御
するための生物学的・化学的・物理学的な対応策はいろいろあるが、いずれの方法も根本原因の解決に
はならない。こうした事態の根本原因は、通常、高レベルの栄養塩類や時には湖沼の生態構造への撹乱
と関連しているからである。
生物学的手法
水草の猛烈な繁殖を抑えるために、侵入した水草を餌とすることがわかっている生物が導入されること
がある。よく知られている例として、Neochetina eichhornia と Neochetina bruchi の 2 種のゾウムシ
が Victoria 湖に導入され、ホテイアオイの深刻な群生に対して効果を上げている。この成功は、放虫が
水草の生育を妨げる多雨期に行われたことも幸いしたと考えられる。ゾウムシを放虫する前に広範な研
究が行われ、これらのゾウムシはホテイアオイにのみ有効で、生態系に歪(ひずみ)を生じさせるよう
な別の抑制できない事態(1950 年代にナイルパーチを導入した後のような)を招かないことが明らか
にされてから放された。この生物学的な手法は水草の繁殖によって被害を被った地元の漁村住民がゾウ
ムシの生育方法や放虫方法を学んだ上で実施され、今でも住民参画プログラムとして継続されている。
Naivasha 湖、Kariba 貯水池、Bhoj 湿地は、別の生物を利用して侵入水草の生物学的抑制に成功した
例を提示している。Kariba 貯水池では、バッタ(Paulinia acuminate)がカリバ草(Salvinia molesta)
を抑制するために利用されており、Naivasha 湖では、特定の宿主に寄生する昆虫(Cyrtobagus
salviniae)が導入されている。一方、Bhoj 湿地では、Hydrilla、Najas、Vallisnaria などの沈水性の
水草を抑制するために、草食性の草魚(Ctenopharyngodon idella)とインドに多く生息するコイが使
われている。草魚は異常繁殖を避けるために不妊性の 3 倍体の生物種が利用されている。
Naivasha 湖では 1990 年代初期までは昆虫によってカリバ草の繁殖が問題のないレベルに抑えられて
いたが、その後ホテイアオイが急速に広がってきた。これは同湖の栄養塩類濃度レベルが上昇したこと
と、カリバ草との競合が無くなったことによるものであろう。現在、ホテイアオイは Neochetina 種の
ゾウムシによって抑制されつつある。ここで得られた鍵となる教訓は、生物学的抑制策がうまくいって
も、高濃度の栄養塩類レベルなどの根本原因が絶たれなければその効果が持続しないことがあるという
98
ことである。
生物操作(バイオマニピュレーション)が、厄介な生物種を抑制するためのもう一つの対応策である。
生物操作においては湖沼の食物連鎖に良い結果をもたらす生物種を慎重に導入することが必要である。
この技術は、厄介な植物プランクトンの異常増殖を抑制するために最も広く用いられているものである。
古くから用いられて方法では、食物連鎖の最高位にある捕食魚が食虫魚の群体数を減らすために導入さ
れる。食虫魚が減れば植物プランクトンを餌とする無脊椎動物への圧力が弱まる。無脊椎動物が増えれ
ば植物プランクトン数は減少する。この技術は、試行段階ではうまくいっても、餌の代替ルートが非常
に多く存在することや、植物プランクトンの増殖にはさまざまな影響があるので効果が通常は長期にわ
たっては継続しない。さらに、この方法を採用するためには、湖沼の水生態系に関する詳細な知識と生
態に関する長期の観察調査が必要となる。こうした理由から、この技術の利用は主に先進国の湖沼に限
定されており、仮に用いられても、広範囲に採用されることはない。
化学的手法
化学物質が植物プランクトンを制御したり、侵入生物種を滅ぼすために取り入れられることがある。し
かしながら、そうした生物種が広範にはびこっている場合、非常に小さい湖を除き多くの湖では通常は
コストが阻害要因になる。例えば、Kariba 貯水池ではホテイアオイとカリバ草を抑制するために、ま
た Victoria 湖ではホテイアオイを抑制するために除草剤が試みられたが、これら植物の繁殖が広範囲に
わたっていたので化学物質による対策は不経済であることがわかった。さらに、生物分解性の化学物質
が使用された場合でも、通常、こうした手法に対しては住民の側に強い拒否反応がある。こうした理由
から、この手法は必ずしも一般的なものではない。
物理学的手法
厄介な水草を除去するにはその場で刈り取ることが比較的手っ取り早く、直接的な方法であるが、植物
プランクトンの抑制には適当でない。水草の刈り取りは、Bhoj 湿地、Chilika 潟湖、琵琶湖、Toba 湖、
Victoria 湖で行われている。Toba 湖と Victoria 湖での刈り取り作業は住民の参画に大きく依存してい
る。Victoria 湖では、刈り取られた水草は加工用原料として、手工芸品の製造に利用されている。しか
しながら、多くの技術的対応策と同じく、刈り取りは水草異常繁殖の根本原因を絶つものではなく、長
期的には持続可能ではない。
Victoria 湖における大規模なナイルパーチ商業漁業は、移入した魚種を収穫している一例である。ナイ
ルパーチはビクトリア湖を占有したので当初厄介な魚種と見られていたが、その商業的な価値が増大し
た結果、ナイルパーチ漁業は現在では沿岸諸国の重要な産業とみなされるようになっている。厄介者で
あるにしろ有益なものであるにしろ、近年は同魚種の漁獲高が増大しており乱獲の懸念が生じている。
水質の制御
全てを統合するという湖沼の特性は、水質問題は湖沼に流達する前に発生源で制御するのが最善の策で
あることを意味している。しかしながら、湖沼概要書には湖内において水質問題に対処するための技術
がいくつか報告されている。
99
浚渫
浚渫による河川や湖沼からの堆積土砂の除去は、大量の沈泥や栄養塩類ならびに有毒化学物質を除去す
るための一般的な方法である。例えば、流域の土地利用の変化により、Chilika 潟湖への土砂の流入負
荷が膨大なものになった。膨大な量の沈泥によって同潟湖の海への開口部が閉鎖され、海水との通常の
交換が妨げられた。塩分濃度のレベルが低下し、在来漁業の漁獲高が急激に減少する結果を招くととも
に、侵入してきた大型植物が猛烈に繁殖し始めた。海に通じる新たな水路が掘削され、塩分濃度が元に
戻って、漁業やエビの養殖業が劇的に回復し、侵入植物で覆われた水面部分は縮小に向かっている。
浚渫は、浅くて富栄養化している湖沼の湖底から栄養塩類を除去するために時々実施される。琵琶湖、
Dianchi 湖、Bhoj 湿地では、リンが堆積した底泥を除去するために浚渫が行われている。Bhoj 湿地で
は、汚泥の堆積が水質に影響を与えるとともに、流出水路をふさいでしまっていた。沈泥は上湖と下湖
から水圧と干上掘削により除去され、総貯水量を 4%増やすことができた。浚渫土砂は栄養濃度が高い
ことから、以前不毛な土地であった場所を生産性の高い農地に改良するために利用された。
浚渫は湖底から毒性化学物質を除去するためにも用いられてきた。例えば、PCB に汚染された 14 万ト
ン以上の汚泥が 3,500 万ドルの費用をかけて Champlain 湖の Cumberland 湾から除去されている。同
様のプログラムが五大湖での有毒化学物質除去や Dianchi 湖の重金属除去のために実施されている。
しかしながら、浚渫によって引き起こされる生態系への深刻な影響の可能性も存在する。湖沼の底泥は、
高栄養レベルの餌を必要とする底生生物を養っている複雑な生態系を維持する場所であり、窒素の除去
といった機能も有している。底泥の除去は例外なくこうした機能を破壊し、有毒な底泥をかき混ぜて水
質中に溶け出させる可能性がある。さらに、浚渫は実施に費用がかさむので、汚濁発生源対策に取り組
むことをしなければ、長期間の効果を有する解決策にはならない。
曝気
集水域からもたらされた有機物であれ水の華であれ、湖で有機物が腐敗すると水中の溶存酸素(DO)
レベルを低下させることがある。そうなると、低い DO によって魚の斃死が起こり、産業的にも生態学
的にも重要な生物種にとって必要な底層の生息水環境が失われる。
この問題に対する手っ取り早い方策は、DO の低い地域(通常は湖底域)に溶存酸素を注入するか、空
気を直接コンプレッサーで送り込むことである。今のところこの方策は、費用の面から最小規模の湖沼
でのみ活用されている。例えば、本プロジェクト対象湖沼のうち Bhoj 湿地でのみこの方法が利用され
ており、低層水に酸素を供給するために設置された全部で 15 箇所の曝気ステーションから送気されて
いる。この場合、水質を改善させるだけでなく。同湖の観光的な魅力を増進させることも目的としてい
る。しかしながら、曝気のような水質改善技術は、低い DO レベルの根本原因を絶つものではない。持
続的な効果を期待するには、問題の発生源対策も併せて実施する必要があり、Bhoj 湿地の場合には、周
辺の都市域からの栄養塩類と有機物の流入削減が必要である。
100
第 8 章 状況の伝達:科学の役割
情報伝達について学んだ鍵となる教訓

自然科学情報と社会科学情報の双方が湖沼流域管理にとって必要である。後者には、地元住民や
原住民に関する情報や、彼らによって保有されてきた社会経済的・文化的な情報も含まれる。科
学的なデータを整備するための長期的なモニタリング活動が行われていなくても、地域で実施さ
れてきた管理の取組が有効に機能する場合がある。

科学的な情報は、対象湖沼における流域資源の限界を示し、わかりにくい事象間の関係を明らか
にするとともに、湖沼問題に対する革新的な解決策を提示するために利用される。しかしながら、
情報の利用によって得られる利益は、十分には実現されているとはいえない。概要書は、利用で
きたはずの科学的情報が、実際には政策決定者、管理者など利害関係者によって利用されなかっ
た多くの事例について述べている。科学的な情報が管理に十分に活用されるためには、政策決定
者や利害関係者が理解できる言葉に翻訳される必要がある。

目的を明確にした応用研究が必要であるとともに、可能な限り正規のニーズ分析に基づき、必要
な研究を決めることができる管理者を養成することが、研究の成果を取り上げ、管理に適用する
ための効果的な方法であると考えられる。また科学的な情報を活用するためには、経験を集約し
た、広く共有される知識ベースが必要である。

GEF 国際水域プログラムが要求する国際越境診断分析(沿岸諸国相互の合意に基づく国際越境
湖沼流域の診断書の作成)は、湖沼流域管理プログラムを共同で推進する上でうまい方法と考え
られる。

湖沼の二つの特性(長い滞留時間と複雑に絡み合う現象)は、長期にわたる科学的な取組がとく
に大切であることを示している。国際的な協力機関は、研修や技術移転プログラムを通じて途上
国の在来研究機関を支援することができる。

モニタリングは、湖沼流域の現状を確認し、管理対策の効果を判定するという両面で利用されて
いる。いくつかの困難な問題点がモニタリングデータを活用することで解決されている。

科学的なモデルの利用が対象湖沼の多くで管理に役立っている。しかしながら、適切なモデルが
常に用いられてきたわけではない。利用者の能力、入手可能なデータならびに業務の目的に合っ
たモデルを使用することが必要がある。
湖沼流域管理のための情報の必要性
確実で、広範な理解のもとに容認されている情報は、湖沼流域管理の施策決定において最も重要である。
このような情報がないと、組織は非効率になり、規制は効果があがらず、技術は誤って適用され、Aral
海の干上がりや Sevan 湖の過剰利水による水位低下のような問題にを招くことになる。知識が国際越境
湖沼流域の管理策を改善する上でとくに重要な役割を果たすことがある。その一例として、この章では、
湖沼流域国間での合同管理プログラムに関する議論と合意を促進するための手法として GEF が用いて
いる国際越境診断分析(TDA:Transboundary Diagnostic Analysis)についても述べる。
情報には、溶存酸素や栄養塩類濃度のようなパラメーターとなる測定値や生物生産量どの科学的な情報
101
と、資源の利用と制御を改善につながる、資源に関する人の価値観、それに付随する目標、社会的・文
化的な関係などの社会経済的な情報がある(Box 8.1)。
もう一つの貴重な情報が、原住民をはじめ湖岸域や湖沼流域に生活する住民が暮らす地域社会に存在す
る。こうした地元の知識が科学的な情報を補強することが多々ある。長期にわたるモニタリングが実施
されていない場合には、こうした知識がその湖沼にとっての唯一の情報源になることがある。例えば、
ウガンダ政府は、ウガンダとコンゴ民主共和国の境界に位置する Albert 湖の東岸域における重要な魚
類生育地を指定し、保全するために地元の知識を利用している。そうはいっても、可能な限り、品質保
証の手続きを経て得られた科学的知識を活用する方が好ましい。
湖沼は「統合性」や「長い滞留時間」および「複雑に絡み合う現象」という特性を有しているために、間
違いを犯した場合(あるいは機会を逃した場合)のコストが非常に高くつくので、施策の決定を行う過
程において良質な情報がとくに重要になる。Aral 海の場合、大量の水を主要な二つの流入河川から取水
するという政策決定が招く結果を予測して環境的・社会的・経済的な検討が実施されていたならば、前
ソビエト連邦の膨大なコスト負担は避けられたかもしれない。Sevan 湖の場合にも、ソビエトの計画立
案者が水力発電と潅漑のために Sevan 湖の水位を下げるという決定のもたらす長期の環境上の影響を
もっと総合的に検討していたならば、現在のような状況は避けられたかもしれない。
科学的な情報の利用
ケーススタディでは、科学は政策を決定する際に三つの主要な方法で利用されることが示されている。
つまり、資源の制約を示すこと、わかりにくい因果関連を明らかにすること、および新たな革新的な解
決策を示すことである。
資源利用に対する限界の提示
本プロジェクトの対象湖沼の多くでは、漁業が主な資源利用の一つに挙げられており、主に乱獲による
持続性の無い漁業操業が大きな問題の一つとなっている(表 3.2)
。とくに途上国においては、乱獲は湖
沼の生態系に脅威を与え、生計の手段を奪うことにつながる。科学的な調査は、一時的な漁獲禁止措置
(Baringo 湖および Naivasha 湖)や、利用可能な漁獲技術に関する規制(George 湖、Ohrid 湖、Vivtoria
湖)―を導入するための鍵となる情報を提供した。こうした情報に基づく規制が実施された結果、それ
ぞれの湖における漁業は回復するか、情報のないままに操業され続けた場合よりも良好な状態を保って
いる。
表 3.2 は、湖沼流域(時には流域を越えて)の人間活動に起因する過剰な栄養塩負荷(通常はリン、場
合によっては窒素)によって引き起こされる富栄養化が、湖沼流域に共通のもう一つの問題であること
を示している。図 2.2 に示されているように、湖沼は大きな変化を示すことなしにある程度の量の栄養
塩負荷を取り込むことができる。しかしながら、負荷がある量を超えると湖沼生態系の中で好ましくな
い大きな変化が引き起こされる。許容される栄養塩の負荷量についての情報とともに、変化の大きさを
見定めるのが科学の役割の本質である。
Champlain 湖、Constance 湖、五大湖概要書は、科学が政策決定過程を実際にどの程度支援できるか
を示している。例えば、米国とカナダは、総合的なモデリングによる検討結果に基づき、五大湖へのリ
ン負荷量を削減するために集水域内における有リン洗剤を禁止し、廃水処理場におけるリンの除去率を
102
改善することに協力して取り組んだ。この政策は、湖に対するポイントソースからの負荷の大部分を規
制することには成功したけれども、近年の研究によれば、負荷削減の目標を十分に達成するためには、
ノンポイントソースからの負荷も削減されなければならないことがわかってきた。Baikal 湖概要書でも、
科学的な調査の結果、ノンポイントソースからの汚濁物質が水域と大気の両経路を経て湖に運ばれ、大
きな脅威となり得ることが示されている。Malawi・Nyasa 湖の科学的な調査は、さまざまな魚の限界
個体数を明らかにした。沿岸の小規模漁業は利用可能な資源以上の搾取をしてきた。Malawi 湖の名を
高めてきた同湖に固有なキクラ科種の魚類は、観賞魚の売買によって絶滅の危機にさらされている。し
かし沖合漁業はまだほとんど行われていないので、湖沼流域の人々に必要な蛋白資源を提供できる可能
性は残されている。
Box 8.1 最小限必要な情報:政策決定者のためのチェックリスト

科学的・技術的な予測と選択肢:湖沼の現況はどうなっているのか―現在の水量と水質、またそ
れらが時間とともにどのように変化しているのか?生物種の構成状況はどうなっているのか?
目撃されている問題に関する流域の内外における根本原因は何か?湖沼流域管理の選択肢とそ
こから得られる成果は何か?湖沼の回復の進捗をどのように評価できるのか。さまざまな固有の
湖沼問題の予知可能な症状とその問題の回復に必要な時間はどれくらいか?

社会科学的視点:当該流域内の湖沼利用に関する文化的伝統は何か?どのような習慣や社会道
徳、宗教的信念が湖沼とその資源の利用に影響を与えているのか?湖沼流域管理対策を決定し、
実施するのに動員できる住民や利害関係者はどれくらいいるか?

経済的な特性:政府系の関係管理機関を含め、流域の利害関係者の経済特性は何か?持続的な管
理施策を遂行するための財源は十分か?持続可能な湖沼利用と貧困の軽減がリンクしている
か?湖沼流域管理対策の普及を図るためにどのような経済的な動機付けや罰則あるいは助成措
置があるか?またそれらの過去の実績はどうであったか?

組織・体制および法制度の枠組み:流域内における現存の法制度の枠組みはどうなっているの
か?湖沼とその資源を規制し、保護し、あるいは持続可能な利用に導くための適切な組織・体制
と法律が存在しているか?修正や新たなものが必要か?異なる湖沼流域管理の組織の権限が重
複したり、
競合したりしていないか?現存の法律や規則が矛盾なく公平に施行されているか?そ
の他の規制措置は何か、その実態はどのようになっているか?

政治とガバナンスの構造:湖沼流域内での湖沼とその資源の持続可能な利用に関する政治の現状
はどうなっているか?為政者は住民の意見に耳を傾けているか?政治家や官僚は、必要な湖沼流
域管理対策の推進を図るために必要な指導力を発揮しているか?ガバナンスのプロセスは、住民
やその他の利害関係者にとって、透明で公平かつ身近なものであるか?
103
Box 8.2 Naivasha 湖における長期的なモニタリングと簡易モデル作成の価値
過去 100 年間以上にわたり、ケニアの Naivasha 湖は水文学者達の注目を集めてきたが、その理由の一部
は 10 年ごとに水面積が極端に変化することにあった。その現象は、最終的には同湖のゆるやかな浅い湖
底と気候の変動が連動して起きると説明されていた。1982 年から湖辺の土地の大部分が牧草や穀物の耕
作地から大規模園芸農園に転換された。1990 年代初期までに、100 平方キロメートル以上の土地がヨー
ロッパの切花市場に出荷するための花の栽培地に変えられた。それに伴って労働者の流入が始まった。園
芸農場用水と急速に増大する人口を支えるための家庭用水として、同湖や地下水および同湖への流入河川
からの取水が行われるようになった。
同湖湖岸域の土地所有者や周辺住民の代表者からなる Naivasha 湖沿岸協議会(LNRA:Lake Naivasha
Riperian Association)は、この新たな開発によって同湖の水が過剰に利用される事態に危惧を感じてい
た。彼らは、また、園芸農園で使用される農業用の化学物質が原因となって同湖や地下水が汚染されるこ
とにも危惧を抱いていた。多くの園芸農家は、自分達が水資源を過剰に使用しているとは思っておらず、
湖の水位は自分達が園芸農園を始める以前の 1950 年代の水位よりも高くなっていると指摘した。彼らは、
自分達の産業に対するさまざまな苦情に対抗するために、 Naivasha 湖栽培家協会(LNGG:Lake
Naivasha Growers Group)を立ち上げた。
1996 年に LNRA はケニア政府水資源開発省に水の収支と水関連の環境影響評価を調査するよう要請し
た。この調査は、オランダの地理情報科学・地球観測国際研究所(ITC)と密接に協力して実施された。
ITC は、同湖とその流域について単純なスプレッドシートをベースにした水収支モデルを開発した。当該
モデルには、1932 年から現在までの政府機関や民間機関からの様々なデータが利用された。
地下水から月間 460 万㎥が流出していると仮定すれば、当該モデルは 1932 年から 1982 年に至る実際の
湖水位を非常に正確に再現できていることになる(図 8.1)
。この期間に実測された月間水位全体の 95%
の値とモデルによる計算水位との差は 0.52m 以下であった。モデルの正確さにより、1982 年以降の実際
の水位と計算上の水位との食い違いが次第に大きくなっていることが一層顕著になっている。1997 年ま
でに実際の水位はモデルで予測された水位よりも 3~4m 低下している。
図 8.1 Naivasha 湖の長期水位変動
水位低下の始まりは 1982 年に同地域において園芸農園が開始された時期と一致しており、1997 年までの
年間の水不足量(60×106m3)と同地域での園芸農園と穀物生産量に基づいて計算された利用水量とがほ
ぼ一致することがわかった。
こうした結果は、産業の急速な発展と家庭用水の需要量増加が湖の水位に重大な影響を与えていることを
示すものとして、今では Naivasha 湖周辺の利害関係者に広く受け入れられている。
現在、LNRA と LNGG
は、より連携を深めて園芸農家の環境保全意識の向上と湖の価値を守るための取組を進めている。
出典:Becht & Harper(2002)
104
わかりにくい関連性の明示
湖沼の生物物理学的な動態は複雑である。科学の重要な役割は、湖沼流域管理に共通するわかりにくい
間接的な関係性を明らかにすることである。いくつかの例を以下に示す:

Naivasha 湖では、水位低下の原因についての論争があったが、簡易モデルが開発され、長期にわ
たるモニタリングデータを使って解析が行われた結果、湖の水位は気候によって自然に変動する一
方で、最近の水位低下については、園芸農園のための取水がその原因であることにほぼ間違いない
ことが明らかになった(Box 8.2)
。その結果、水位低下の原因が広く受け入れられるとともに、湖
沼の資源を公平に使用するにはさまざまな利益団体が一丸となって取り組む必要があるという理
解が広まった。

Laguna 湖では、海洋からの塩水の浸入を止めるために設計された水圧制御施設が同湖の漁業に致
命的な影響を与えかねないことが科学的な調査によって明らかになった。その結果、施設の運転を
停止することが決定され、海洋からの塩水は再び自然のまま入ってくるようになって湖内のにごり
は減少し、湖は漁業に好ましい状態に戻った。

琵琶湖では、詳細な測定と調査によって過去数年間にわたる降雪量の減少と春先における湖水の垂
直循環の弱体化(両方とも気候変動と関係しているかもしれない)によって、毎春、湖の底層水の
溶存酸素濃度が低下しており、底泥から大量のリンが溶出する可能性や富栄養化の急速な進行につ
ながる状況になっていることが示された。

五大湖における研究によれば、遠隔地の火力発電所での化石燃料の燃焼と湖への水銀の沈積との間
に関係があることが明らかになっている。こうした汚染源は、大気圏はつながっていても大半が集
水域外にあるということで、通常は政策決定者に考慮されない。

Victoria 湖における最近の調査(Hecky R., H.Bootsma and E.Odada「湖沼流域管理イニシアティ
ブ:共通課題報告書『アフリカの湖沼管理イニシアティブ:地球規模のかかわり』
」
)によれば、大
気由来のリンの湖沼への沈積がかなり低く見積もられてきた可能性がある。このことがはっきりす
れば、こうした想定外の輸送経路が湖沼とその流域を管理する上で大きな意味を持つことになるで
あろう。
革新的な解決策の提示
科学的な調査によって解明された湖沼流域の状況を理解することは、さまざまな問題に取り組むための
革新的な方策を見出すのに用いることができる。主なケーススタディを以下に示す:

Chilika 潟湖では、モデリングによる検討の結果、湖と海洋との間の水路を浚渫することによって
同潟湖の塩分濃度の状態と漁業生産力を改善できることが示された。新たな水路の建設により漁獲
高とエビの生産高が劇的に回復した。水路の建設は、漁業者の生計に役立った以外にも、地元住民
間の主な紛争の種を減らすことにもつながった。

Kariba 貯水池では生態学的な調査を踏まえて貯水池の建設に伴って開設された小さな生息地に魚
(Limnothrissa miodan)を移入し、漁業価値の高い漁場を作り出した。

Chad 湖流域では科学的な実地実験により、Tiga ダムと Challawa ダムからの放水で雨季の状況を
再現できることがわかった。これによって、既存の施設を用いて湿地を人工的に冠水できることが
示された。

Bhoj 湿地では、
宗教行事期間中に行われる偶像浸漬行為が想像以上に高レベルの重金属濃度の重要
105
な汚染源になっていることが科学的な調査で明らかになった。この調査結果によって解決法の一つ
(行事を別の場所に移すこと)が可能になった。

Aral 海では、科学的な調査結果によって、小 Aral 海と大 Aral 海の間にダムを建設すれば、流入
量が少なくても小 Aral 海の現状の面積が維持でき、それによって同湖の生物多様性と地元の人々
の暮らしをいくらかでも支えることができることが示された。
科学的な情報を利用すべき機会
科学情報が利用されなかったが、もし利用されていれば大きく違った結果となったと思われるような実
例が多く存在している。湖沼概要書中で科学調査が緊急に必要とされている例としては次のようなもの
が挙げられる。

Chad 湖の水位に関する気候変動の影響と地域住民による取水の影響との比較検討

Baringo 湖流域における持続可能な牧草栽培の限界

Chad 湖からの灌漑用水の可能取水量

Toba 湖における魚類養殖が同湖の水質に及ぼす影響

Tonle Sap 湖への上流域のダム計画や森林伐採および土地の荒廃の影響

Malawi・Nyasa 湖および Tanganyika 湖の生態系に対する流入土砂とそれに伴うリン負荷量増大
の影響
湖沼概要書では、こうした例やこれと同様の例で科学調査が行われなかった理由については言及されて
はいないが、原因を推定するために、科学的な情報を管理に用いた他の場所での経験を利用することは
可能である。第一に、政策決定者は、早急な決断が必要なとき科学調査結果を用いると、時間・費用が
かかり、結論がはっきりしないと考える傾向がある。正確な情報を得るために一年くらい待つことによ
る遅れは、長い目で見れば費用効果を高めることとなることを政策決定者に納得させることは、不正確
ではあっても時宜にかなった答が必要であることを科学者に納得させることと同様に困難であろう。第
二に、多くの科学者は、政策決定者や利害関係者グループとの意思疎通があまりうまくないことが多い。
科学者は、科学者でない人に意味が解るように自分達の研究成果を伝えるのが得意ではない。第三に、
社会学・生物学・水文学といった異なる分野の科学者を集めて一緒に仕事をさせるのは大変難しい。湖
沼流域では、多くの事象(陸域や水域;生物物理現象や社会経済現象;物理現象や生態現象)が相互に
絡み合っているので、流域を理解するためには科学調査におけるこのような統合的な取組がとくに必要
である。こうした困難は、途上国だけでなく、先進国の科学研究のあり方にも影響を及ぼしている。
モデルの利用
本プロジェクトの対象湖沼では、単純なものから複雑なものまで広範なモデルが利用されている。
Chilika 潟湖では、海に通じる新たな開口浚渫工事を実施する前に、複雑な水動態モデルを利用してさ
まざまな開口場所の水循環パターンを予測し、それぞれどのような利益が得られるのかが推定された。
Peipsi・Chudskoe 湖では五つのシナリオについてモデルを作って検討した結果、ノンポイントソース
からの栄養塩類が対応すべき主要な問題であること、およびロシア連邦における肥料の使用量削減によ
って栄養塩類は減少する可能性があることが示された。他方、Victoria 湖ではモデルの開発が行われた
ものの、モデルが複雑なうえに必要なデータが得られなかったために同湖の現状を理解するにはあまり
有益なものとならず、政策決定者に影響を与えることはできなかった。複雑なモデルが必要かどうかに
106
ついては五大湖でも検討事例がある。単純なものから複雑なものまで 5 種類の富栄養化モデルが五大湖
のリン負荷削減目標を定めるために用いられた(国際合同委員会、1978 年)
。この場合、複雑さの度合
いによらず、どのモデルも同じ削減目標を示し、単純なモデルで十分事が足りることが示されている。
Naivasha 湖(Box 8.2)は、単純なスプレッドシートモデルが管理を支援する上で有用であるとわかっ
たもう一つの例である。
単純なモデルが有効であることが多い事実は注目すべきことである。しかしながら、得られた教訓は、
モデルは単純なほうが良いということではなく、
(Chilika 潟湖の要請に対して単純なモデルで回答を得
られたかどうかは疑わしい)。どんな複雑なモデルを利用するかは、利用者の能力、入手可能なデータ
ならびに業務にかかる負担によって決まる、ということである。
モデルの設計は、モデルの開発者ではなく湖沼流域管理者などの利害関係者によって進められることが
必要である。開発にあたっては、地元の専門家や役人の参加を得ると同時に、開発の初期段階で利害関
係者とモデル開発者によるブレーンストーミングの機会を設けることによって、必要なモデルの開発を
促進することができる。湖沼流域管理プロジェクト初期段階でモデルの概念がわかっていると必要なデ
ータや実施すべき試料採集とモニタリング作業を決めることが容易になる。
モニタリングの価値
湖沼とその流域をモニタリングすることによって、湖沼流域の基本となる状態およびその経時変化(管
理施策の実施結果の影響を含む)についてより深く理解することが可能となる。
基本となる状態の把握
基本情報に関するモニタリングのプログラムは、先進国ではすべての対象湖沼、途上国のいくつかの対
象湖沼において実施されている。途上国における以下の二つの事例が基本情報モニタリングの価値を示
している:

Nakuru 湖概要書では、湖の水位に起きている大きな自然変動は、高い蒸発散と大量の取水による
と同時に、地球規模の気候変動のようなより広範な現象の影響も関係していることをモニタリング
データが示していることに着目している。こうした現象の全てが同湖の陸水学的な特徴に劇的な変
化を与える原因となっている。このような自然変動の情報を得ることによって、政策決定者は、流
域における人間活動が湖に与える影響についてより正確な理解のもとに評価を下すことができる。

Ohrid 湖において過去数年間に収集されたモニタリングデータは、同湖内の植物プランクトン群と
動物プランクトン群の両者が、湖の富栄養化の進行とともに変化してきていることを示唆している。
この基本情報モニタリングは湖に流入する栄養塩類規制の必要性を流域住民に目に見える形では
っきりさせている。
長期間のモニタリングは湖沼流域の基本状況の姿を見る最善のものであるが、短期間のモニタリングや
歴史的な調査も価値がある。
例えば、Victoria 湖に関する 1965 年の Talling 夫妻および 1966 年の Talling
による古典的な研究成果は、同湖の優占プランクトンであった動物プランクトンが珪藻類優占状態を経
て藍藻類優占状態に劇的に変化してきたことを示した。もう一つの例では、1950 年代に行われた
Dianchi 湖の固有種に関する研究は、科学者達が同湖の生物多様性を保全しようとした際に過去の状況
を把握する上で役立った。
107
長期間のモニタリングによって思いがけない効果がもたらされることがある。例えば、琵琶湖概要書に
は、湖の水温や溶解酸素濃度とともに融雪について長期にわたり記録をとった結果、同湖に対する地球
温暖化の影響の可能性を示す情報が得られたと記載されている。五大湖概要書にも、公式・非公式のデ
ータの積み上げが、「多くの場合、当初のデータ収集の目的とは無関係とされた生態系の変化をモニタ
ーし解釈する上で貴重になっている。
」と述べられている。
しかしながら、 国際越境湖沼流域における流域全体のモニタリングのプログラムには国境を越えた一
貫性が必要となる。異なるパラメーター・異なるサンプリング方法と分析技術・異なる測定場所や測定
頻度等々、一貫性のないデータが集められると、当該湖沼流域について信頼できる全体像を得ることが
非常に困難になる。湖沼概要書には、一貫性のないモニタリングプログラムのために 国際越境湖沼流
域の環境の現状はよくわからないという多くの例が挙げられている。Ohrid 湖や Xingkai・Khanka 湖
では、GEF の支援のもとに、関係国のモニタリングプログラムの調整を図る取組が進んでいる。湖沼
流域全域にわたる現状に関する報告書がこの二つの湖沼で初めて作成された。 国際越境湖沼といえど
も、それぞれの国においては多くの湖の中の一つにすぎないので、関係国の間で調和の取れたモニタリ
ングを実施していくことは容易ではない。Xingkai・Khanka 湖概要書はさらに、国境を超えて協調し
た科学的な取組が必要であると指摘している。流域の研究成果に関する話し合いが行われなかったため
に、今日まで、国際的な環境問題に関する調整の取れた費用対効果の高い管理対策の実施が妨げられて
きた。
施策実施効果の評価
モニタリングは管理者が推進してきた施策の効果を評価する上で役立つ。Dianchi 湖概要書では、同湖
に流入する汚濁負荷量が近年増加してきていることがモニタリングによって明らかになったと記述し
ている。また、モニタリングによって個別企業からの負荷量を削減するための政策がうまく機能してき
たことがわかったことも紹介している。同湖への負荷量増大は、おもに汚濁を発生する企業の数と人口
が増えた結果である。モニタリング情報が無ければ、実施されたさまざまな施策も失敗に終わったであ
ろう。他方、Chad 湖概要書では、越境的なモニタリングが行われず、政治的な意思にも欠けていたた
めに、流域資源の保全と開発に関する過去の協定は効果を発揮できず、同湖の生態系に悪影響が出る結
果となっている。
情報の共有
科学的な研究の成果が最大の効果を挙げるには、政策決定者や資源の利用者に理解できる言葉で提供さ
れなければならない。科学的な研究成果が、それを利用できるはずの人々が理解できないがゆえに放置
されているという多くの事実を考えると、この指摘は重要である。以下に、対象湖沼流域の情報を利害
関係者が利用できるようにするための方策例を紹介する。
108
Box 8.3 進化する指標:五大湖生態系評価会議(SOLEC)
米国・カナダ五大湖水質協定(GLWQA:Great Lakes Water Quality Agreement)の目標は、
「五
大湖流域の物理的・化学的・生物的な“本来の姿”を回復し維持すること」である。この目標に向け
た協定の進捗状況を評価するために、米国環境保護庁とカナダ環境省は 2 年ごとに五大湖生態系評
価会議(SOLEC:State of the Lakes Ecosystem Conference)を開き、環境指標と社会経済指標を
含め、五大湖の生態系の状況とそこに影響を与える主要な要因について報告を行っている。また
SOLEC は、五大湖に影響を与える決定を行う政府機関・各種法人および NPO などあらゆるレベル
の人々の間での情報交換と議論を進める場を提供している。今日まで 5 回の SOLEC の会議が開催
されてきた。

SOLEC1994 では、水生生物群落の健全性・人間の健康・水域の生息地・有毒汚濁物質と栄養塩
類・五大湖経済の変遷などに重点を置いて湖沼生態系全体が議論された。

SOLEC1996 では、沿岸水域・湖岸帯の湿地・湖岸地域・など生物生産性が最も高く、人間の影
響力が最も大きい地域における土地利用変化の影響と情報の入手と管理に焦点が当てられた。ま
た、この場では、GLWQA の下で進められている対策の進捗状況について政府が報告できるよ
うに、予測可能で互換性があり、かつ標準的な様式で表せる総合的な指標の必要性が認識された。

SOLEC1998 では、GLWQA の要請に応えて、五大湖の生態系要素の状態を客観的に表すわか
りやすい一連の指標の策定をめざして、とくに指標開発の進め方を中心にさらに公式な議論が行
われた。

SOLEC2000 では、策定された 80 項目の科学的な指標を使って SOLEC1998 以降の五大湖の状
況が報告された。また、環境に影響を与える人間活動とそうした環境への圧力に対応するために
採られる社会的な対策の両方を評価するための新しい一連の「社会指標」も紹介された。

SOLEC2002 では、五大湖流域生態系の現状を最も総合的に分析するための 43 項目の指標によ
る評価を中心に、五大湖の最新の状況を評価する作業が続けられた。また、一連の「生物本来の
姿」に関する指標の候補とともに、農業・地下水・林業に関する指標、および「社会指標」の一
部として、生態系に加えられている圧力に対する人間のポジティブな対応を評価する「社会的な
対応」に関する指標の候補も発表された。
五大湖の指標を整備する作業は継続されており、これには GLWQA の報告義務を効率化する作業や、
管理への挑戦と対策に関する進捗状況の報告作業が含まれている。さらなる情報については、米国環
境保護庁の HP(http://www.epa.gov/glnpo/solec/)を参照されたい。
出典:五大湖概要書
指標の利用
住民や政策決定者にとって多くの科学的なパラメーターを理解するのは容易ではない。例えば、透明度
はかなり理解しやすいものであるが、化学的酸素要求量(COD:Chemical Oxygen Demand)はずっ
と解りにくい概念である。したがって、対象湖沼の多くでは、科学的なモニタリング結果をわかりやす
く要約した「指標」が開発されてきている。
北米五大湖流域では指標の開発が 2 年ごとに開催されている会議の主要課題となっている(Box 8.3)。
109
Laguna 湖では、水質データが”水のモジリアーニ”と呼ばれる簡単な図表で示されている。これは、
オランダの画家ピート・モジリアーニの作品にヒントを得て、技術情報を容易に理解できるように線と
色で示されている(図表については Luguna 湖概要書参照)
。
GEF は、プロセス指標とストレス削減指標および環境状態指標の 3 タイプの指標からなる枠組みを開
発してきており、それらをうまく使ってプロジェクトの進捗状況が容易に評価できるようになっている
【Duda(2002)
】
。プロセス指標は、湖沼流域管理のための行政的・政治的な環境の整備状況を測るも
のである。プロジェクトの初期段階においては、プロセス指標が進捗状況を測る唯一の指標となるであ
ろう(国内における省庁間委員会の設立・計画策定時の利害関係者参画の取り決めあるいは湖沼流域プ
ロジェクトに関する条約や議定書の国家による批准等)。ストレス削減指標は、湖沼流域内で実施され
る現場の対策や資金投入の状況を測るものである。この例としては、ノンポイントソース汚染対策の実
施、環境目的のためのダムの放水、あるいは特定の漁業政策の執行等が含まれる。環境状態指標は、湖
沼とその流域環境の質的改善の度合いを測るものである。この例としては、湖沼の測定可能な化学的・
物理的・生物的パラメーターの改善や、対象とする魚種の増加割合や多様性の改善、あるいは環境状況
が改善された結果としての地域住民の収入や社会状況における変化等が含まれる。
本プロジェクトで収集された情報は湖沼流域の良好なガバナンスの進展過程を評価するためのプロセ
ス指標をさらに充実するために利用されてきている【世界銀行(2005)
】。例えば、湖沼概要書によれば、
湖沼流域管理に利害関係者が参画している良い事例には以下のような特徴が見られる:

関連する全ての利害関係者が含まれていること

利害関係者が問題に関心をもち、熟知するための能力開発の時間が十分に与えられていること

地方政府や NGO ならびに伝統的な組織など、住民を代表する現存組織を利用していること

利害関係者の役割が明確に定義されていること、望ましくは政府の政策の中で定義されていること

利害関係者が効果的に参画するために十分な情報資源を利用できること
同様の特徴は、明確な国家政策、効果的な組織、資源配分のための効率的な規則、科学的な情報、投資
と運営の両面にわたる十分な財源といったガバナンスの過程を評価するその他の指標に対しても見出
されている。
博物館や情報センター
湖沼をテーマとする博物館やセンターも科学的な情報をはじめ、さまざまな情報の周知に役立つ。一つ
の例として 1999 年から 2002 年にかけて Chilika 潟湖流域の Barkul に設立された水生生物学などさま
ざまな研究をするための湖沼科学センターをあげることができる。Champlain 湖概要書では、流域内
で効果的な管理を展開していくための方法のひとつとして湖岸に研究・科学博物館を設立することが有
意義であることを強調している。琵琶湖博物館は、琵琶湖の流域とその問題に関する情報とデータを伝
えるために設立されたもので、長期間にわたって成果を挙げている科学センターのひとつである。この
ような成功例に基づき、博物館や情報センターが Bhoj 湿地、Sevan 湖、Toba 湖、Victoria 湖、Issyk-kul
湖で提案あるいは計画されている。
住民の参画
ケーススタディの多くは、情報の収集や提供に住民を直接活用することの利益を紹介している。こうし
110
た利益には、利害関係者が管理のための行動に対してより主体的になること、モニタリングに取り組む
科学スタッフが増えることなどが含まれ、とくに途上国において有益である。そうした例のいくつかを
示す:

琵琶湖の南湖の入り江である赤野井湾はかつてホタルの名所であったが、土地の改変(主に河川の
改変と自然生息地の喪失)によりホタルの生息数が激減してしまった。ある地元の NGO は回復状
況を示す簡単な指標としてホタルの生息数増加を指標に用いてさまざまな改善策に取り組んでい
る。

Victoria 湖では、ホテイアオイの制御対策とモニタリングが、このような仕事に最適な立場にある
地元の漁業者によって実施されている。

Tanganyika 湖概要書には、データ収集に地元住民が参画することの重要性が記されている。しか
しながら、水の試料採集あるいは水位計や雨量計の読み取りは、そうした作業の訓練を受けていな
い住民には適していないため、参画の広がりには限界があることが示唆されている。

Champlain 湖では、
「一般参加者によるモニタリング」という活動が 1979 年以来毎年実施され、
市民ボランティアによって湖全域にわたる富栄養化パラメーターがモニタリングされている。こう
した市民モニターによって収集された情報は州政府の水質基準策定に利用されている。
科学とモニタリングの取組
常在研究機関
いくつかの対象湖沼流域には、さまざまな分野で集められた情報のモニタリングや調整を行うとともに、
課題的な研究や自主的な研究を進めるう常在の研究機関が存在する。
琵琶湖や五大湖でも同じことであるが、Champlain 湖では科学とモニタリングがいかに湖沼流域管理
に重要かつ効果的な役割を果たしているかが紹介されている。毎年、約 24 人の科学者が技術諮問委員
会(TAC:Technical Advisory Committee)に召集され、すべての主要な政策の科学的な問題を精査し、
予算作成の指針を Champlain 湖流域プログラム企画運営委員会に示す。TAC は研究や実施するプロジ
ェクトが湖沼流域問題にとって有意義で応用価値を持つようにこれらをを監督する。管理部門との連携
は、非政府機関の科学者から選ばれる TAC の委員長が Champlain 湖流域プログラム企画運営委員会の
一員でもあることによってさらにに強固なものになっている。指針となる科学的な情報が管理政策の決
定過程で必要になった場合には、企画運営委員会が知識の溝を埋めるための研究やモニタリングを実施
する資金を配分する。
国際的な資金によるプログラム
国際的な資金による研究は、途上国が必要な研究を遂行できる独自の研究機関を持たない途上国の支援
策として実施される。例えば、Malawi・Nyasa 湖、Victoria 湖、Tonle Sap 湖では、情報が未だに政策
決定上大きな影響を与えるには至っていないが、外国の科学者の大きな注目を浴びている。
新たな知識を対策に取り入れることは多くの開発プロジェクトにとっての共通課題である。プロジェク
トでは、科学的な情報を収集し分析するためには十分な時間がかけられることが多いが、プロジェクト
の実施結果をフォローするための時間は十分でないことが多い。その原因のひとつは。通常、プロジェ
クトの実施は政府の責任とみなされることにある。プロジェクトの中で地域の研究者と国際的な専門家
111
との間に強いつながりが築かれないと、プロジェクトの継続性を保つメカニズムがほとんど形成されな
い。この問題は、プロジェクトの提言を継続的にフォローすべき立場にある政府機関に関心や政治的な
意思がないとさらに悪化する。
国際的なグループとの協働においては、できるだけ多くの知識を現地の機関に伝えるためのトレーニン
グを必ず組み込む必要がある。知識が伝達されないと、本来現地の専門家によって実施されるはずの作
業を行うために、地元の沿岸国は、何度も在住の外国人に依存する羽目に陥ることになる。地元での能
力開発が進んでいる LLDA はこれについて一つの例を示している。独自の職員数が限られているので、
LLDA は国際的な研究機関や地元の研究機関とチームを作った。LLDA の役割は必要な研究を委託し、
研究成果を管理に活かすことを確約することであった。現在、LLDA は、Laguna 湖の生態系に焦点を
当てたフィリピンミレニアム生態系亜地球規模アセスメントを実施するために、フィリピン大学環境林
業プログラムと強力なパートナーシップを組んでいる。
湖沼概要書には、現地の研究者と外部の研究者との協働に関する多くの成功例が紹介されている。
Baikal 湖は米国の Tahoe 湖と姉妹湖関係を結んでいる。Ohrid 湖保全プロジェクトでは、姉妹湖関係
にある Champlain 湖から科学アドバイザーを招聘し、同プロジェクトのモニタリングについて助言を
受けるとともに、Ohrid 湖の環境状況報告書の作成について指導を受けている。Toba 湖の研究者も、
姉妹湖である Champlain 湖の担当者との交流プログラムによって利益を得ている。
知識の統合
湖沼の生態は複雑で、かつ湖沼とその流域は密接につながっているので、湖沼流域に関する科学的な研
究は学界の垣根を越えて統合される必要がある。統合の欠如が問題であることは、Toba 湖、Chad 湖、
五大湖、Tucurui 貯水池、Bhoj 湿地概要書で明確にに指摘されている。Toba 湖では、さまざまな研究
プロジェクトを実施している機関が威信と優位性を保つために研究結果とデータを自分達だけのもの
にしているために、湖沼流域の主要な様相と問題を取り扱う合理的で総合的な研究プロジェクトが存在
していない。
五大湖概要書は、従来のような単一の問題のみに取り組むようなやり方は、ある時点までは有効であっ
たが、現在では、複数の学際的な取組が必要となっていると述べている。Titicaca 湖概要書には、二国
間マスタープランが Titicaca 湖とその流域に関する統合的な研究に基づいて策定されたことが記述さ
れている。最近作成された Victoria 湖の資源賦存量報告書【Hecky(2003)
】 および Ohrid 湖環境状
況報告書【Watzin et al.(2002)
】には、統合的な取組の有効性が紹介されている。もっとも、Victoria
湖では当初から統合性を十分に考慮したわけではなかったようである。いずれにしても、これらのどの
報告書においても、社会経済的な側面については十分触れられていない。
GEF による国際的越境診断分析
国際越境湖沼流域について矛盾のない知識を得ることは、沿岸諸国間の開発レベルの差、優先順位の相
違、科学的な水準の違いなどによって非常に困難である。国際的な越境診断分析(TDA)の取組はこの
問題を乗り越えるために GEF-IW によって考案されたものである【Mee et al.(2005)
】。TDA は、湖
沼とその流域の資源の持続可能な利用を妨げている主要な問題を明らかにするために必要な科学的・技
術的・社会経済的情報、および水質・水量・生物・生息地の悪化、および紛争の種に関連するさまざま
な問題の国際的な性格、規模、重要性を特定・分析し、問題の根本原因を特定するとともに、問題に取
112
り組むために必要な計画や対策の種類・規模に関する情報と了解事項をたたき台として提示するもので
ある。適切に実施された TDA は、次に戦略的行動プログラム(SAP:Strategic Action Program)を
策定するための総合的な情報やデータベースとして役立つ。SAP は、流域に暮らすすべての住人の総合
的な利益のために国際的越境水域とその資源の持続可能な利用を確実に実施するために必要な対策、事
業、改善対策からなっている。
TDA の共同策定は、互いに協力して情報を交換し、流域の共通目標を協力して設定するためのフォー
ラムの場を沿岸国に提供する。。また、このような共同作業は、地域のより広範な協力を得るための透
明性と説明責任の確保にも役立つ。このような協力体制は科学的な情報の集約と同様に有意義である。
こうしたことから、GEF は、TDA の策定が、特定された問題や初動の対策について国家が強力な主体
性を発揮できるように、すべての沿岸流域諸国の政府高官(省庁間が好ましい)からなる委員会の監督
のもとに進められることを提言している。
本プロジェクトの対象湖沼の中では 8 つの湖沼流域が GE-IW の対象地域として GEF 資金の提供が行
われたが、その内、TDA と SAP が策定されたのは 3 つの GEF プロジェクトのみである(表 8.1)。本
プロジェクトの湖沼概要書の中に、TDA と SAP の策定についての記述はあまりないが、Tanganyika
湖条約の調印が TDA に促進されたことや、Ohrid 湖の総合管理計画の策定において、データの集約や
最新の環境報告書の作成を共同で行ったことが重要な役割を果たしたことは明らかである。Box 8.4 に
は Tanganyika 湖の TDA の概要を示す。Xingkai・Khanka 湖概要書は、関係国間でデータと情報を照
合することによって、既に大きな利益が得られていると述べている。しかしながら、Cocibolca 湖概要
書は、TDA が策定されるとしても、信頼性のあるデータがないために、SAP の質に影響が出る心配が
あると述べている。
表 8.1 GEF-IW 湖沼流域の TDA と SAP の策定状況
TDA
SAP
Aral 海(1)
なし
あり
Chad 湖
あり
あり
策定中
策定中
Ohrid 湖(2)
あり
あり
Peipsi・Chudskoe 湖
なし
なし
Tanganyika 湖
あり
あり
Victoria 湖(3)
策定中
策定中
Xingkai・Khanka 湖
策定中
策定中
湖沼流域
Cocibolca 湖
(1) GEF が資金提供した Aral 海プロジェクト実施中には TDA は策定されなかったが、SAP
を策定するのに十分な情報が存在していた。
(2) Ohrid 湖の環境状況報告書は TDA と同等の価値があり、
SAP が合意されることに至った。
(3) Victoria 湖の TDA と SAP は、別個の短期プロジェクトとして策定中である。
確たる事例は限られているが、国際越境湖沼流域に影響を与える問題について合意しながら技術的な診
断作業を進めていくことや、問題を取り組むために優先度の高い対策について協議していくことは、沿
岸国間の協力関係を推進させているように思われる。
事実に基づく共通理解を育むことが重要重要であるとの教訓は、国内の分野別組織にも応用できるもの
113
である。課題と対策について共通理解を持つと、組織間が協力できる可能性がより大きくなる。組織間
の協力の必要性は、同じように湖沼流域管理において主導的な役割を務める環境部門と水資源部門の場
合に最も喫緊となっている。つまり、科学的な情報がこうした組織の担当者の理解できる言葉に翻訳さ
れ、組織の管理目的にかなうことが重要なのである。さらに、こうした情報は住民に広く伝わるように
すべきである。
Box 8.4 Tanganyika 湖の国際的越境診断分析(TDA)
Tanganyika 湖生物多様性プロジェクトは 1995 年に開始された。その目的は、「Tanganyika 湖にお
ける汚濁を制御し、生物多様性を保全し維持するための長期的な地域管理プログラムを策定する」こ
とであった。
プロジェクトの初期に開催されたワークショップで、Tanganyika 湖の生物多様性に対する主な脅威
が関係国の代表者たちによって特定された。特定された脅威は次の通りである:

持続性のない漁業

汚濁の増大

過剰な土砂堆積

生物生息地の破壊
各国の代表は特定された脅威を国家の優先順位に従って順位付けた。一連の政府検討会議の結果とと
もに上記の情報に基づいて、予備的な TDA が策定された。予備的な TDA は、4カ国で検討された
活動をまとめたもので、それに加えて地域的、国際的な視点が付け加えられた。最終的な TDA のと
りまとめは、特別研究課題の検討を終えた後、TDA の要請にしたがって必要な情報を整理した報告
書を作成して終了した。
Tanganyika 湖 TDA は、3 つのレベルからなるマトリックスの形で構成されており、その第 1 レベ
ルは以下のように、湖沼に対する 4 つの主要な脅威、国際的な影響、行政組織上の問題と一般的な
対策分野からなっている(表 8.2)
。
表 8.2 Tanganyika 湖 TDA(3 つのレベルのうちの第 1 レベル)
生物多様性と持続可能な利用
共通する国際的な影響
共通する行政組織上の問題
一般的な対策分野
 持続性のない漁業
 生物多様性の地球規模の喪失
 人的物的資源の欠落
 漁業による影響の削減
 汚濁の増大
 共有漁業資源の喪失
 現存規制の施行能力不足
 汚濁規制
 過剰な土砂堆積
 水質の悪化
 Tanganyika 湖に対する適切
 土砂の流入規制
に対する主要な脅威
 生物生息地の破壊
な規制の欠落
 生物生息域の保全
 組織間協力の欠落
第 2 レベルは 4 つの部分からなり、それぞれ一般的な対策分野のなかで特定された項目である。各
部分では、一般的な対策分野で取り組む脅威の原因となっている問題;参画の必要な利害関係者;よ
り詳細な情報が求められる不確実な課題;特定の問題を対象とした行動計画、について記述されてい
る。第 3 レベルでは、個別の特定問題とその行動計画を取り上げ、その実施時期;提案された個別
行動を中心となって進める機関;動員可能な人的物的資源を取り上げている。
出典:GEF「Tanganyika 湖:国際的越境診断分析(TDA)」ワシントン DC
114
第9章
持続的な資金の調達:地方・国家および外部資金
資金問題から学んだ鍵となる教訓

水利用料・漁業賦課金および汚濁賦課金といった地域で生み出される資金は、湖沼流域管理のた
めの安定的かつ重要な資金源の一部になりうる。しかしながら、湖沼資源の利用からもたらされ
る価値が高くない場合、通常、こうした資金は湖沼流域管理に十分なものとはならない。

地域で生み出される資金は多くは当該地域で保有されること、
および料金制度を確立し管理する
に当たっては資源利用者が参画することが重要である。

湖沼流域管理に必要な資金の多くは国 および/あるいは 地方の財源から調達される。外部資金
は、湖沼流域管理活動や投資のための主要な資金というよりは、むしろ触媒的な役割を果たすべ
きである。

基盤整備のための投資資金は、通常は国家レベルあるいは国際的な資金源から調達され、地方レ
ベルの資金は日常の運営費に充当されるための重要な財源である。

国家資金は、多くの場合、大規模な資本を必要とする投資に利用され、時には開発機関からの外
部借款や助成金によって補完される。中国やフィリピンといった国々では、国家資金が資本投資
財源の主要部分を構成しており、その一方で、ケニアやアルバニアおよびマケドニアといった
国々では、外部援助資金が資本投資財源の主要部分を構成している。

GEF は、 国際 越境湖沼流域や地球規模の重要性を持つ湖沼流域の管理を改善するための主要
な資金源である。こうした資金は、現在進行中の湖沼流域管理を成功に導くことができるような
環境整備に利用されている。

湖沼、とくに国際湖沼流域のプロジェクトから地球規模の利益を確保するためには、GEF など
の資金提供機関の取組がプロジェクトごとではなく、計画的に行われることが好ましい。こうし
た取組には持続可能な管理に対する湖沼流域国の長期的な参画も必要となる。
持続可能な湖沼流域管理は持続的な資金の有無に左右される。管理費用は、管理機関の職員給与や施設
整備資金および運営費からなり、規制措置・モニタリング・応用研究・情報伝達などの活動を実施する
ための費用もこれに含まれる。その他にも、基盤整備のための投資が必要であり、投資対象の運用や維
持管理および更新の費用(OM & R cost)を含め、これらは特定の機関が取り扱うことが多い。
概要書によれば、以下のように、十分な資金源の確保が不断の関心事となっている:

「政府は深刻な財源不足に悩まされており、このため残留担当者が必要な活動を継続して行うため
の能力が低下している。」(Nakuru 湖概要書)。

「GEF プロジェクトとしてうまくいったプロジェクトが、プロジェクトの終了後も資金を受け取り
続けられるのかどうかが不明である。」(Baikal 湖概要書)
。

「支援資金の不足に加え、さらに労働条件が劣悪なために、自然保護地が通常の機能を果たすこと
が困難になっている。」(Issyk-kul 湖概要書)
。

「アセスメントの結果は多くの面で持続性がないことを示している。担当者のやる気は政府の減俸
措置とともに低下した。マラウイ(政府)は湖沼研究プログラムを継続するための十分な予算措置
を講ずることができない・・・」(Malawi・Nyasa 湖概要書)
。
115
主要な経費は次の二つである:

下水処理場や水力発電所など主として技術的な対策に関連する大規模で、独立した資本投資。

日常的な OM & R のコスト。多くは職員給与と操業に係る経費である。
経済的な移行期にある国々や途上国では、いずれの費用も地方の財源だけでは十分には賄いきれない。
通常、設備投資の資金については国家資金や外国の支援機関が提供することが多い。この事態は、投資
頻度が少ないことや投資規模が大きいことを考えるとこれからも続くように思われる。しかしながら、
通常の維持運営費については、国庫により補助を受けている場合が多いものの、多くの湖沼流域が少な
くとも部分的には地方財源で賄っている。
原則的には、湖沼流域資源を利用するすべての利害関係者が、良質な湖沼資源を維持するためにこれら
の資源の管理に貢献すべきである。しかしながら、ほとんどの湖沼流域では、利害関係者の数は多いが、
その中で支払い能力を有する人は少ない。さらに、多くの場合、個々の関係者からお金を徴収し、必要
な投資や決済を行うことができる効果的な組織を有していない。料金あるいは賦課金を集めるための事
務的経費はかなり大きいものである。したがって、本章では湖沼流域管理を改善するための持続的な財
源調達を実現するための実際的な取組に焦点を当てる。
十分な資金の確保はすべての湖沼流域管理者にとって今後も問題であり、湖沼概要書には、財源を確保
するための追加的な方法も示されている。例えば、モニタリングや科学研究などの知識を集約するため
の投資を慎重に実施すれば、的を絞った管理対策が実施でき、資金の効率的な使用が可能になる。また
当該湖沼流域の管理について湖沼資源の利用者に真の発言権が与えられれば料金の集金率もかなり上
がるだろう。
湖沼流域管理のための資金の大半は、該当国内で調達されてきたし、これからもそうであろう。本章で
は、ケーススタディを利用して次の三つの主要な財源について検討する:

地方財源(利用料金など地方で生み出される収入を含む)

国家レベルの資金源

二国間および多国間(GEF を含む)の国際資金
地方で生み出される資金
地方における主な収入は、湖沼流域が提供するサービスへの代価(湖沼の取水、レクリエーションや経
済的な利用に対する料金など)、あるいは廃棄物の処理場としての湖沼利用への代価からなっている。
地方の収入は免許や許可の条件に違反した場合の罰金からも得られることがある。このような資金は、
漁業者のような湖沼資源の直接利用者(および受益者)、生態系サービスを享受する人々(例えば、洪
水緩和で利益を受ける人々)、および湖沼の汚濁原因となる活動をしている団体(例えば、工場や自治
体の排水処理部門)などから徴収される。
地方で生み出される資金には、湖沼流域の資源から直接利益を受ける人々から徴収されたものがある。
こうした資金には、湖沼の下流域に暮らす湖沼資源の利用者からのものも含まれる。下流からの徴収金
は、下流における利用が飲料水や水力発電のような価値の高いものである場合に最も多額なものになる。
例えば、琵琶湖は、家庭用水や工業用水に同湖の水を利用している大阪や京都から、湖沼資源を守るた
めの投資資金や管理資金をうまく集めてきた。事実、1972 年から 1997 年にわたる琵琶湖流域管理のた
めの公共投資額の総額は 180 億ドルに及び、その大半は国と下流の資金によるものである。Kariba 貯
水池がもう一つの例を提示している。同貯水池の水は水力発電に利用されており、貯水池流域を管理し
116
ている Zambezi 川管理公社の運営費は、ザンビアとジンバブエ両沿岸国のエネルギー公社の収入から
賄われている。
アルメニアの地域社会は、湖沼の資源から利益を得ている地域社会のもう一つの例を示している。Sevan
湖概要書では触れられていないが、最近の研究【Laplante et al.(2005)】によれば、首都の Yerevan
に住むアルメニア人は、Sevan 湖の現状レベルを維持し続けるために一人当たり 18 ドル支払おうとし
ていると推定されている。この額は、年間一人当たりの総国民所得が 950 ドル【世界銀行データ(2003)】
に比べると大きなものである。更なる研究によれば、国外に移住しているアルメニア人が Sevan 湖の維
持のために支払う意向を持っていることが見受けられる。こうした人々の数はもっと多いと考えられる。
もちろん、このような潜在的な寄付金を集めることは容易ではない。
民間資金は地方で生まれる資金の一部であり、通常は、利害関係者の数が少なくて、地域社会が比較的
豊かでまとまりがある場合にのみ大きな効果を発揮するものである。利害関係者同志が必要な投資を行
い、一定の管理施策を実施するために力を合わせることがある。例えば、LNRA(米国)は自然資源を
守るために集まった比較的豊かな利益団体の例である。
多くの国においては、法的な枠組みによって、利用料として徴収された金は全て国庫に収めねばならな
いと定められている。徴収された資金がその地方の管理のために残されない場合には、地方の水資源管
理者は利用料の徴収意欲を削がれる。利用料収入が地方の利用のために残すことができる地域では、徴
収割合が比較的高く、地方の要請にかなった使い方がされている。そういうわけで、タンザニア政府は、
水利用料金をそのすべての9つの河川および湖沼流域事務所に残し、その地域で使えるようにした。そ
の中には本プロジェクトの対象であるアフリカ 3 大湖沼の湖沼も含まれている。これとは別に、Victoria
湖のタンザニア領内では、漁業賦課金の導入が試みられて良好な結果が得られている(ただし、水利用
料金と漁業賦課金は別々の組織が徴収しており、その使途も相互補完的にはなっておらず、したがって、
湖沼流域管理を強化するための絶好の機会が失われている。)
。Laguna 湖では、生簀養殖業者からの操
業料金は湖沼流域管理者(LLDA)と地方政府とで分配されており、地方政府に分配された資金は、そ
れぞれの地域の環境・生計・河川の堤防・洪水防止等の事業ならびに水資源開発に関するプロジェクト
あるいは活動に充当されている。
利用料
利用料は湖沼の直接的・間接的な利用から利益を得る人々によって支払われる料金である。しかしなが
ら、実際には、利用料は水や魚のような湖沼資源の直接的な利用を制度化したものである。これらの資
源利用者は、湖沼環境の保全と管理が大切だと思っており、湖沼環境の保全と管理のために料金を支払
う責任があると感じている。利用料を新たに導入しようとする際には教育と啓発が中心的な取組になる。
例えば、フィリピンの Laguna 湖においては生簀養殖業者からの利用料金(Box 9.1)が LLDA の重要
な資金源になっている。Laguna 湖の例はまた、地方政府など担当行政機関と利用料金の分配に関して
合意することの重要性を示している。
国内や外国からの観光は、湖沼流域管理を改善するために、観光客が支払う料金(入場料・日割りの使
用料など)を収入とする資源利用のひとつである。例えば、Nakuru 湖では、フラミンゴなどの野生生
物を観賞するために国立公園を訪れる人々が利用料を支払っている。こうしたやり方は、流域と結びつ
いた観光事業の取組(Baringo 湖の野鳥観察など)が明確に存在する他の湖沼に広げることが可能であ
る。観光は、Kariba 貯水池においても重要な収入源となっているが、今のところ湖沼流域管理資金の
一助とはなっていない。レクリエーションは、地方の財源となり得るもう一つの利用方法である(例え
ば、Constance 湖、Ohrid 湖、五大湖)。
117
健全な湖沼流域は、さまざまなサービスや天然生産物を産業に対して提供する。例えば、インドネシア
では Toba 湖の管理公社が流域管理を改善するための財政基盤を拡大するために、さまざまな利害関係
者と協力している。とくに、木材パルプ製造業者である PT Toba パルプ社は、自社の営林活動がもっと
「環境に優しい」ものとなるように地域住民と協力している。資源利用料がうまく機能するための重要な
要素の一つは、徴収された料金の少なくとも一部が現地に残されることである。PT Toba パルプ社は、
総収入の 1%(約 50 万ドル)を湖沼流域の環境改善のために現地政府が使えるように積み立てている。
Victoria 湖のタンザニア領域で試行中の漁獲量賦課金は、湖沼流域から提供されるサービスに対する産
業による支払いのもう一つの例である。
本プロジェクト対象湖沼流域の半数は、その一人あたりの国民総所得が「低収入」層(765 ドル/人年以
下)に属する。最も極端なケースである Malawi・Nyasa 湖流域では国民一人当たりの年間総収入は 217
ドルに過ぎない。Chilika 潟湖などいくつかの湖沼概要書は、利益享受者の一部は水資源管理の費用を
負担するにはあまりにも貧しすぎると述べているが、資源の管理に資金が調達できない場合は彼らが一
定のコスト負担をしなければならないことも同じように明らかである。さらに、地方において資金を生
み出すにあたって重要なことは、資源とその利用や保全から利益を受ける人々との間の因果関係を明確
にすることである。このことが普遍的な啓発と適切で効果的な管理への意識の向上に役立つのである。
適切に導入されれば、資源利用料は最も貧しい社会でも受け入れられることがある。いくつかのケース
では、地方で可能な収入源として漁獲賦課金制度が紹介されている。世界でも最貧層に属する George
湖の漁民が、同湖の管理調整機関である LAGBIMO に対して年間料金約 1 ドル 50 セントを支払うこと
に合意している。この額は管理費用を調達するには不十分かもしれないが、部分的な利用料制度であっ
てもそれが実施されることは、必要な住民の参画、説明責任および透明性のある管理とならんで、湖沼
流域管理の大きな改革のひとつであり、管理を改善する収入を産み出す第一歩となり得るものである。
もう一つの例として、湖沼概要書には資金源の紹介はないが、Chilika 開発公社が地域の受益者による
自己資金の調達を既に開始している。
Box 9.1 フィリピンの Laguna 湖における利用料
Laguna 湖の管理者は、収入を生むとともに、汚染者が汚染を減らす動機付けとなるようないくつか
のタイプの利用料制度を導入している。そうした利用料は、モニタリングの結果に基づいて適宜見直
される柔軟な制度を適用している。
生簀養殖業者に対する利用料金は、地方自治体と Laguna 湖開発公社(LLDA)との間で分配されて
いる。現在生簀面積 1 ヘクタール当たり約 120 ドルとなっている料金は、湖沼流域管理を改善する
ための収入を生み出し、湖岸の住民が利害関係者として熱心に活動するための資金となっている。
利用料は LLDA と地方自治体の収入源として成功したが、望ましくない影響を減らすことには役立
っていない。料金制度はそれ自体が目的になっており、生簀養殖業者数が増えると収入も上昇する。
しかしながら、生簀養殖業者数の拡大は、自由に出入りできる水域での漁業に依存している貧しい漁
民との間での紛争の種になってきている。1983 年には紛争によって人命と資産が失われる事態が発
生している。また、利用料金は、過剰投餌による養殖場からの栄養塩類流出量の増加を抑えるために
は機能していない。
(別の使用料金、環境利用料金ついては、Box 5.3 を参照。
)
出典:Laguna 湖概要書
118
汚濁賦課金
料金は、湖沼とその持続可能な利用に対して危害となる行為をする可能性のある人々に賦課されること
もある。汚濁賦課金には二つの目的があり、一つは、汚濁問題への対処のためあるいは汚濁によって被
害を受ける人々への補償のための収入源となり、二つには、汚濁者がその汚濁を減らす動機付けとして
機能することである。
このような汚濁賦課金の特徴については Dianchi 湖概要書で紹介されている(Box
9.2)
。
操業停止に追い込むのではなく、汚濁負荷の削減に励むようなレベルの汚濁賦課金を定めることが重要
となる。例えば、Laguna 湖では汚濁料金が繰り返し設定された。どのように注意深く賦課金額が設定
されたとしても、汚濁負荷を減らしたり、賦課金を支払うための負担が高すぎれば、閉鎖せざるを得な
い工場が出てくる可能性がある。Dianchi 湖でも同じような例が見られ、以前汚濁源となっていた 249
の企業体が浄化計画に応じて排水基準に適合させたが、4 企業体が閉鎖した。
水資源利用料金や汚濁賦課金などの地方で生み出される資金は、大半の湖沼流域においてまだ湖沼管理
の資金調達のごく小さな部分を占めるに過ぎないが、将来的には最も有望な資金調達方法のひとつであ
る。地方における資金調達について詳細に述べた湖沼概要書はほとんどないが、Laguna 湖概要書では、
許可違反者に対する罰金収入は減少しているが、生簀養殖場に対する水資源利用料金と廃水の放流許可
から得られる収入の比率が近年上昇してきていることが紹介されている(表 9.1)
。
汚濁賦課金について Laguna 湖では、
“簡単なものから始めて、経験を積み重ねながら微調整を行う”
というやり方を取ってきた。彼らは次の 6 つの提言をしている。
(1)単純で穏やかな取組を選択する、
(2)実現可能性、管理の利便性、受容性について理解を深めるためにセクターごとに試験的な取組か
らスタートする、
(3)一つか二つの制御可能なパラメーターを設定する、
(4)モニタリングの結果に基
づいて料金を見直す、
(5)多数の利害関係者に対応可能な強力で信頼できる規制部門を創設する、
(6)
無排水のものからから排水基準を超えるものまで、すべてのレベルに対する汚濁賦課金を設定する。
Box 9.2 中国の Dianchi 湖における利用料
中国の Dianchi 湖は、昆明市の近郊にあり、地域における重要な都市、工業、および観光の中心で
ある。同湖においては工業、農業および都市下水による汚濁が主な問題であった。Dianchi 湖の管理
局は、下水と排水の規制に重点的な投資を行い、2000 年だけでも、3.4 億元(約 4,100 万ドル)以
上が投じられた。進行する工場排水問題に対処するために、同管理局は、汚濁処理施設の設置に対す
る貸付金/助成金制度と汚濁賦課金制度を組み合わせて施行してきた。
15 年前から、古い工場は、排水が排水基準を超えた場合には汚濁賦課金を支払わされている。さら
に、1988 年の Dianchi 保護条例により、Dianchi 湖流域内においては汚濁を発生する工場の新規立
地が禁じられている。
既存の工場が汚濁処理対策に取り組む場合には、政府から必要な投資資金の貸付金が用意された。こ
の貸付金は、環境汚濁賦課金と湖沼流域環境改善のための特別基金から調達された。追加的な措置と
して、汚濁処理への投資が行われた後に当該工場が排水基準に適合したことが明らかになれば、貸付
金は助成金とみなされて返還の必要がなくなった。政府の投資や汚濁賦課金および汚濁処理を進める
ための投資への貸付金/助成金プログラムを組み合わせることによって、同湖管理局はこの重要な湖
の主要な汚濁問題に取り組んでいる。
出典:Dianchi 湖概要書
119
国家資金
大半の湖沼流域管理プログラムを実施するための資金は、全面的あるいは部分的に、国、州や省など政
府に依存しており、省庁の部門別予算あるいは統合的な湖沼流域管理のための特別予算として計上・支
出されている。国からの資金は多くの場合不十分であり、また当該湖沼流域が中央から離れていたり、
住民が少数民族で構成されている場合、あるいは湖沼問題が他の優先課題と競合する場合には、持続的
に提供されないこともある。
国からの資金は、基盤整備のための投資をする場合不可欠であることが多い。廃水処理や公共上水道プ
ロジェクトあるいは洪水調節もしくは浚渫工事といった事業に対する大規模な投資は、投資規模が大き
いこと、あるいは受益者の範囲が広いうえに、長期間に及ぶことが多いので、地方レベルで資金が調達
されることは稀である。例えば、ヴァーモント州は、1991 年から 2001 年にかけて、Champlain 湖流
域に位置する廃水処理場の排水のリンを削減するために 2,000 万ドル以上を支出し、ニューヨーク州は
廃水処理場の建設と拡張に 1,000 万ドル以上を支出した。ケベック州は 1991 年から 1998 年にかけて、
Champlain 湖流域と Richelieu 川に排水している地域に排水処理施設を建設するために 1,300 万ドル以
上を支出した。
大規模な資本投資を必要としない湖沼流域活動の場合、湖沼流域管理に関する国家資金は、通常森林省
あるいは水資源省など関係省庁の予算から配分される。例えば、世界銀行が支援した Orissa 水資源整
備プロジェクトにおいては、同プロジェクトの実施期間中にさまざまな Chilika 潟湖流域回復事業が農
業省、土壌保全省、森林省、水産省、水資源省、Bhubaneshwar 開発公社、Orissa 州汚濁規制理事会、
観光省などによって実施された。Chilika 開発公社は、関係機関ごとに実施される活動が同潟湖の流域
再生に向かうように調整を行った。
表 9.1 Laguna 湖における収入の地方財源への貢献度
資金源
貢献度(%)
1997 年
1998 年
1999 年
2000 年
2001 年
2002 年
生簀養殖利用料
24
24
25
34
26
40
排水許可料
10
13
12
12
15
22
汚濁賦課金
23
28
24
18
23
14
債権の利息
18
16
15
13
16
8
雑収入
25
19
24
23
20
16
合計
100
100
100
100
100
100
外部資金
本プロジェクトの対象湖沼のほぼ 3 分の 2 は、何らかの形で外部資金を得ている。外部資金は、国家資
金を補完する形で基盤整備のための投資に利用されることが多い。補完的な外部資金が管理予算全体に
占める割合は、全体のごくわずかな場合から大部分に至るまでさまざまである。このような共同出資に
よる投資が効果を充分に発揮するには、政府と資金提供機関との間で、それぞれの責任分担を明確にし
た取り決めを行うとともに、それぞれが確実に各自の責任を順守するためのしくみ作りが必要である。
例えば、日本政府はケニアのナクル市上水道施設を拡充するための資金を提供するとともに、拡充によ
って増量した Nakuru 湖に流れ込む排水を処理するためにナクル市の下水処理場改良工事を実施した。
120
しかしながら、こうした投資のもたらす利益は、ケニア政府が必要な配管整備に資金を出すという義務
を十分に履行していないためにまだ実現されてはいない。
外部からの支援が、償還を義務付けられる世界銀行あるいは地域の開発銀行からの貸付金の形で行われ
ることがある。
「ハード」ローンは市場で決められる利率に近い利息が適用されるが、
「ソフト」ローン
は市場の利率以下で補助金的な色彩が強く、一般的には最貧国にのみ適用される。ヨーロッパ連邦や個
別の資金提供国からの 2 国間援助資金および GEF 資金は、助成金の形で提供されていることが多い。
助成金とローンの組み合わせた湖沼流域プロジェクトもある。例えば、Victoria 湖環境管理プログラム
の第1期の出資金構成は、GEF 助成金から約 3,680 万ドル・世界銀行の「ソフト」貸付金が約 3,500 万
ドルおよび関係 3 カ国政府からの出資金が 700 万ドルとなっている。ここでの問題点のひとつは、湖沼
流域管理に対する行政コストや投資費用が、関係国内における国や地方レベルの計画策定や予算編成の
システムの中に十分に組み込まれていないこと、また国際機関からの貸付金や助成金の配分においても、
こうした活動に対する優先度はあまり高くないことにある。
経済移行国あるいは途上国において適切な湖沼流域管理が実施されるために、外部資金が必ずしも必要
となるわけではない。途上国においても、外部資金の提供を受けていないか、あるいはごく僅かしか受
けていない湖沼流域もある。例えば、Dianchi 湖では、湖の汚濁を防止し、湖の生態系を回復させるた
めの大半の資金は中国政府から提供された。2000 年の末までに、世界銀行からのローンを含め 21 億元
(約 2 億 5000 万ドル)が、17 の土木工事を完成させるために支出された。この湖沼流域プログラムは、
同湖流域における工場を中心とするポイントソース規制・排水処理・森林被覆率の改善・同湖や河川に
堆積している汚染土砂の排除などに成果をあげた。Chilika 潟湖と Laguna 湖も、主に国家資金によっ
て湖沼流域管理プログラムが実施され、成果をがあげた例である。
外部資金には利点と欠点の両面が存在する。管理者にとっては、政策的な改革を推し進め、より多くの
投資を行う手段となる一方で、湖沼流域管理のための収入源を地域で生み出す努力が行われないと、通
常、時間の経過とともに減少する。例えば、地方からの収入がなければ、通常 GEF プロジェクトは 3
年から 5 年の一回限りの投資で終わってしまう。したがって、外部資金は、流域諸国による自立的・継
続的な湖沼管理につながる変革を後押しするような形で利用されることが重要である。湖沼概要書の中
では、外部資金は、湖沼流域管理において実施費用としての役割よりもむしろ触媒的な役割を演ずる必
要があるという記述がなされている。望ましい湖沼流域管理が持続されるためには、基本的な資金は継
続的に国 および/あるいは 地方の財源から充当されなければならない。
地球環境ファシリティ(GEF)
GEF は、湖沼などの生態系が地球規模の環境利益を有しており、一国が自国の利益のために通常拠出
する費用を越えた部分の管理コストを国際社会が支援すべきであるという考えに基づいて設立された
ユニークな機構である。そのため、GEF 資金は、国家のレベルの利益を越えた国際的な環境利益を産
み出すための活動に「追加的な費用」を賄うように組み立てられている。
GEF には、特定重点分野があり、湖沼を含む国際的な水域を管理する国々を支援することもそのひと
つである。GEF 資金は、沿岸諸国や資金提供機関が準備した資金を補完するものである。例えば、
Peipsi・Chudskoe 湖の場合には、GEF 資金は、エストニアとロシア連邦政府の国を越えた協力や情報
交換、ならびに越境水管理プログラムの策定を支援するとともに、両国が有効な湖沼流域管理を進めら
121
れるように、組織・体制の環境整備を一方で支援してきたのである。この両国は、漁業・環境・水に関
する三つの協定に調印しており、また湖沼流域管理の取組を改善するために、越境水委員会を立ち上げ
ている。もう一つのケースは Victoria 湖である。Victoria 湖の開発と保全は、沿岸 3 カ国(タンザニア・
ケニア・ウガンダ)の間に広範な協定がないために長年月にわたって妨げられてきた。しかしながら、
沿岸三カ国は、GEF や世界銀行などの支援のもとに、上記 3 カ国は Victoria 湖の湖沼流域に関する情
報を大量に収集してきており、現在、同湖の保全に向けて国際越境診断分析(TDA)と戦略的行動プロ
グラム(SAP)の作成を進めている。この取組がうまくいけば、Victoria 湖とその流域の大部分を管理
するための沿岸諸国が協力して取り組むための基盤が確立されることになるであろう。
別のケースとして、特定の湖沼が地球規模で何か重要な価値を有する場合で、国際社会はその湖沼流域
管理のために沿岸諸国を支援する必要がある。例えば、世界で最も生物多様性が高い湖沼の一つと考え
られている Malawi・Nyasa 湖は、マラウイの経済を支える中心であるが、タンザニアとモザンビーク
にとってはそれほど重要な湖とはなっていない。マラウイでは観賞魚の取引が盛んで、Malawi・Nyasa
湖以外にはほとんど生息していない希少種の乱獲が進んでいる。一方タンザニアとモザンビークでは
Malawi・Nyasa 湖の流域内で農業と観光に力を入れており、同湖に流入する土砂や栄養塩類が増大す
る可能性がある。国際社会は、こうした現状が同湖の生物多様性に脅威となっていることに重大な懸念
を抱いている。GEF 資金によって予備的な生物多様性プロジェクトが実施され、さらに大規模な追加
プロジェクトを行うために多くの準備作業がなされたにもかかわらず、マラウイ政府は同湖の生物多様
性保全に高い優先順位を与えないことを決定している。
一方、湖沼概要書は、GEF プロジェクトの価値を認めつつも、プロジェクトが短期間で終了してしま
うことによって長期的な管理の改善を危機にさらしていると指摘している。アフリカ湖沼ワークショッ
プの参加者や Malawi・Nyasa 湖概要書の中では、GEF 資金がなくなると、その資金に支えられてきた
活動も終わってしまうという懸念が示されている(GEF が資金援助した Malawi・Nyasa 湖生物多様性
保全プロジェクトは小規模で短期の初期的パイロット的プロジェクトであった。)
。Baikal 湖の概要書も
同湖の GEF 生物多様性プロジェクトについて同様の懸念が示しており、「GEF プロジェクトの中でう
まくいった事業が、GEF プロジェクトが終了した現在、継続して資金を獲得できるかわからない。」と
述べている。こうした意見は、GEF 資金の目的を誤解したものかも知れないが、一方で、GEF プロジ
ェクトの成果をもっと持続的なものにする必要があることを示している。湖沼流域概要書には明確な記
述はないが、GEF は、Tanganyika 湖と Victoria 湖に対する初期投資の成果をフォローアップするため
の次のプロジェクトを計画中である。
GEF 資金の調達に計画的に取り組むことはプロジェクトの継続性の改善に役立つかもしれないが、そ
れとともに関係国政府もまた大きな責任をもって取り組むことが必要である。アフリカ大陸ワークショ
ップおよびヨーロッパ/中央アジア/アメリカ大陸ワークショップの参加者からも関係国の政府がもっと
責任を持つべきだという声が上がっていた。Malawi・Nyasa 湖概要書の中でも、関係国政府が責任を
持って取り組むことになっている活動が支援期間終了時までにほとんど実施されていないことへの不
満が述べられている。こうしたことは、外部資金による多くの湖沼流域管理プロジェクトにおいて実際
によく見かけられる。今後は、外部資金で進められる開発プロジェクトにおいては、地域において持続
的な資金調達のしくみを作り出すことに力を入れ、国家資金への依存度を減らす必要があるだろう。も
うひとつ、湖沼流域に対する資金調達にもっと計画的に取り組むことによって、国に対して長期的な支
援について責任を持たせるようにできるかもしれない。
122
第Ⅲ部
総括
計画策定についての第 10 章では、湖沼流域管理を構成するさまざまな要素が実際にどのように推進さ
れるのかについて言及している。第 11 章は、湖沼流域の生態系を改善し、湖沼流域に依存している人々
の利益になるために採るべき行動のガイドラインとなっている。
123
第 10 章
持続可能な湖沼流域管理のための計画策定
計画策定について学んだ教訓

湖沼流域計画を策定する過程では、第Ⅱ部で議論された適切な管理のための要素を統合すること
が必要となる。いかなる計画も開発と環境保全に関する地域や国の計画と整合していることが必
要である。

計画は、その範囲や要求される詳細度によって変わる。合意した目標に向けて的を絞った活動を
行う場合、ビジョンの表明が詳細な管理計画の策定に向けた有益な第一歩となることがある。

総合計画は、セクター間を横断的に統合することによって効率性を改善できるという利点を持っ
ている。しかしながら、総合計画の実施には費用がかさみ、調整に手間どることが多いため、政
治的な優先順位が変わる局面において柔軟な対応が難しい。

法定計画は、法的・制度的な枠組みを通じて、湖沼流域における日常的な開発活動全般を規制す
るものである。法定計画の条項は、環境アセスメント制度や戦略的アセスメント制度とともに十
分に活用する必要がある。法定条項の実施には、良好なガバナンスとその執行にあたる行政能力
が必要である。

現時点では、本プロジェクト対象湖沼のうち GEF 国際水域関連プロジェクトとして推進された
8 湖沼のうちの 3 湖沼で戦略的行動プログラム(SAP)が策定されている。入手可能な事例から
判断すると、
これらの SAP はセクター別組織と国家機関との話し合いを進める上で有益であり、
協働して管理対策に取り組む基盤となってきたように思われる。

セクター別計画と地域計画との調整は、最も圧力の強い部分から始めるべきである。また、時間
をかけて段階的かつ出来るところから取り組むのが良い。

セクター別計画あるいは地域計画は、(1)別の調整プロジェクトによって、(2)成果を事後に
統合させることによって、あるいは(3)当初せまい範囲でプロジェクトを開始し、その成功体
験によって信頼関係を拡大し協力範囲を拡大することによって、調整できることがある。

計画は、社会的な要請と外部要因の変化に対して柔軟に対応できる必要がある。またモニタリン
グの結果を受けて修正されなければならない。活動によっては想定していたよりも成果があがら
ないものもあるし、モニタリングの取組を通じて新たな課題が見つかることもある。
本章では二つの大きなテーマを取り扱う。まず、湖沼流域概要書に出てくる「計画」と「計画策定」と
いう言葉が湖沼流域管理の中でどのように使われているか、また、これらの言葉が湖沼流域管理の要素
の議論とどのように関係しているかについて検討する。次に、社会の総意、科学的な知識および時間的
な要素など計画策定に伴う課題をどのように統合していくかについて焦点を当てる。
持続可能な湖沼流域管理のための計画策定(総論)
計画策定と目標
湖沼流域の計画策定は、通常、一定の時間枠と資源の制約の中で、湖沼流域の利用目標とそれを達成す
るための方法について一連の合意を形成する過程である。計画は、地域の計画から流域全体の計画、あ
るいはセクター別計画から総合計画などさまざまなレベルで策定される。
124
計画策定の過程には次の段階が含まれる:

利害関係者の合意に基づく目標(あるいは一連の目標)の設定

目標に到達するための複数の代替戦略の策定

実現可能性の評価に基づく好ましい戦略の選択

必要な人的・物的資源を動員した戦略の実施

モニタリングと評価による戦略の改善
湖沼流域の計画策定は、本報告書の第Ⅱ部で述べている良好なガバナンスの要素に左右される(図 10.1
および Box 10.1)
。計画の策定には、湖沼流域管理に関係する利害関係者と行政機関の参画、信頼でき
る時宜にかなった情報、問題に対する政策と技術的対応の評価と選択、および計画を実施していくため
の資金調達手段を確立することが必要である。湖沼流域計画は、資源開発や環境保全および社会的利益
の実現のために効果的で公平な方法でこれらの要素を統合させるメカニズムである。
途上国、先進国を問わず、湖沼流域の管理計画が実行できるかどうかは、当該計画が社会経済開発や環
境保全に関する地域計画や国家計画の方向性に合致しているかどうかに強く関係する。政策や実施機関
の関係が両者でうまく合わなければ湖沼流域計画は支持を得られないであろう。
どちらの場合でも、政策決定者は管理計画を立案し、実施する上で強力な影響力を持っている。彼らは
行政の協力を引き出し、社会経済開発計画や環境保全計画との整合性を確かなものにし、実施に必要な
資金を獲得することができるのである。例えば、インドの Orissa 州の首相は Chilika 潟湖回復計画の
策定と実施に重要な役割を果たしている。一方、Laguna 湖の事例のように政治が深く関わることが問
題になる場合もある。Laguna 湖開発庁では、以前、理事の幾人かはフィリピン大統領によって指名さ
れていた。その結果、政府高官とのつながりを持つことが出来たものの同開発庁が政府の政策に左右さ
れることになり、事業の継続性を失うという結果を招いた。この例からわかるように、湖沼流域管理計
画は、柔軟性を有し、危機に対する軽減策や対応策を持ち合わせていることが重要である。
ポリシーミックス
の選択
利害関係者
の参画
資金作り
管理実施計画
情報
技術的対応策
効果的な
組織
以下を含む良好な政治基盤
透明性
妥当性
説明責任
公平性
図 10.1 湖沼流域計画策定の枠組み
125
受容性
Box 10.1 湖沼流域管理の計画策定とその要素
「行動への契機」
【Champlain 湖流域プログラム(2003)】には、第Ⅱ部で論じられている湖沼流域管
理の要素が総合計画に取り入れられている。1996 年に策定され 2003 年に改定された同計画には、水質
と水量に関して優先的に取り組むべき行動・生物資源・文化遺産・レクリエーションと経済開発・水質
協定などの個別の協定など湖沼流域全体で共有されるビジョンが含まれている。
組織・体制:Champlain 湖の管理には、以下のようなさまざまな組織・体制が存在する:

国際合同委員会:カナダと米国間の境界水域全てにおける活動を調整する委員会

Champlain 湖魚類野生生物管理協同組合:Champlain 湖の魚類と野生生物資源を管理している州
政府や連邦政府の機関を調整する連邦・州調整組織

Champlain 湖流域プログラム(LCBP:Lake Champlain Basin Program):ニューヨーク州、ヴ
ァーモント州、ケベック州、連邦や地元の行政機関、ならびにさまざまな地域団体の間で形成され
るパートナーシップ。
規則:ニューヨーク州とヴァーモント州は、Champlain 湖について連邦政府が規定しているリンの一
日あたりの最大総負荷量(TMDL)計画の基礎となっている栄養塩類負荷量ならびに栄養塩類湖内濃度
に関する協定を結んでいる。ヴァーモント州とケベック州も、同湖の北部におけるリン負荷削減の責任
を分担する協定を結んでいる。
利害関係者の参画:28 回に及ぶ公式の住民集会と数え切れないほどの非公式会合が計画策定期間中に
開催された。2003 年の改定時にも同様の強力な住民参画があった。さらに、同計画に関連する各分野
の利益代表からなる一連の諮問委員会も設けられた。こうした合意形成に基づく進め方は、きびしい思
想的な立場の違いをできるだけ和らげることにつながる。
知識:計画は入手可能な最善の知識に基づいている。1992 年に開催されたワークショップでは、既存
の情報が見直され、研究とモニタリングの課題が設定された。続いて、管理施策に関する決定に資する
重要な情報を提供するための技術プロジェクトに予算がつけられた。1996 年に計画が策定された後も、
特定の課題について調査することを目的とした研究プロジェクトや、流域資源の資質についての長期的
な傾向を記録するためのモニタリングは継続された。環境状況のモニタリング経費は米国環境保護庁か
ら毎年 LCBP に提供される予算の 15 パーセントにのぼっている。
資金調達:総合計画は実施に多額の費用を要する。「行動への契機」を実施するための経費は少なくとも
年間 1,200~1,500 万ドルを要すると推定され、2016 年までの期間中には少なくとも 1 億 7,000 万ドル
必要となると推定されている。
LCBP は、近年数種類の連邦資金源からの資金を得ている。基盤となる資金は米国環境保護庁が負担し
ており、その他にもいくつかの連邦機関が資金を提供している。連邦資金は、LCBP のパートナー間の
調整や技術的な活動および住民への周知活動に充当されている。連邦資金のかなりの部分が、地域問題
に取り組んでいる流域の NGO の活動資金となり、それによって地域の住民や事業者の関心を高め、参
加を促進し、彼らからの資金協力を得ることにつながっている。博物館と科学館を兼ね備えた Leahy
センターは、個人の寄付や連邦政府などさまざまな支援機関からの資金で運営されている。
出典:Champlain 湖流域計画(2003)
126
湖沼流域管理計画の形態
ビジョン
湖沼流域の詳細な管理プランを策定するための第一歩として、ビジョンを打ち出すことが望ましいこと
がある。ビジョンは、厳密には計画そのものではないが、利害関係者が湖沼流域内で達成すべきより高
いレベルの目標についてセクターや国境の垣根を越えて合意を形成する手段として、より詳細な管理計
画の基礎を作ることになる。“ビクトリア湖流域の管理のためのビジョンと戦略の枠組み”は、地元・
地方・国家・地域レベルで取り組まれた多くの協議プロセス (15,000 以上の意見が提出された) を経
て策定された高いレベルの合意目標の一例である。このビジョンは多くのセクター別戦略からなってお
り、それらが 5 項目の政策分野に仕分けられている。同ビジョンは十分に練られたもので広く受け入れ
られているが、戦略の枠組みが全般的で、優先順位と詳細な実施方策に欠けている。1985 年に調印さ
れた五大湖憲章は、五大湖の水資源を管理するための一連の原則と手続きを確立したものであり、ビジ
ョンとしての効果を持っている。
ビジョンは、管理計画の策定において解決すべき問題が複雑な場合、これまでセクター間や国家間で協
力したことがない場合、あるいは情報不足のために詳細な行動を決められない場合に、有効な手段とな
る。ビジョンを作るうえでの行政の関与、必要な財源・人材の提供レベルは、流域の「行動計画」あるい
はセクター別の「実施計画」を実施するために必要なレベルに比べるとわずかなものである場合が多い。
行動計画と実施計画
「行動計画」や「実施計画」という言葉は、合意された湖沼流域の管理目標を達成するために、セクター別
の目標ごとに定められた対策を実施する短期計画を示すものとして、ほぼ同じような意味合いを持って
使用されている。Ohrid 湖国際集水域行動計画は、そのような計画の典型例である。そこには、以下の
4 種類の主要な対策が含まれている:

浄化槽システムの管理と維持、持家住民の教育、および固形廃棄物の管理に重点を置いた点源から
の汚濁負荷量の削減

環境に配慮した農耕活動、および正常に機能していない排水路の復旧に重点を置いた面源からの汚
濁負荷量の削減

湿地目録の作成、ノーネットロス政策の策定、魚類産卵場所の認定と保護、および集水域内の天然
動植物の生息目録の作成などによる生物生息地の保護と回復

最小集水域単位ごとの企画委員会の設立、GIS システムの立ち上げ、および市町村行政組織内の能
力向上などの総合的な計画策定
通常、セクター機関は、開発と保全/回復の両方の目的をもった短期的な管理実施計画の策定に責任をも
っている。
「1993 年 Champlain 湖水質協定」は、ニューヨーク州・ヴァーモント州およびケベック州
によって 1993 年に調印されたものであり、その中のさまざまな行動や戦略の中の一つに点源と面源か
らのリン負荷量削減が含まれていた。戦略の進捗状況調査によれば、関係3州の全てが削減目標を大幅
に超過達成したものの、点源からの栄養塩類負荷の削減努力は、主に農地が都市域に変わったことに起
因する他のセクターにおける増大によって相殺されていることがわかった。このことは、上記のような
セクター別計画の限界の一つを示すものであり、そうした計画は、湖沼流域問題のように多くのセクタ
ーにまたがる問題を扱うのに効果的な手法にはなりえない。
127
総合計画
湖沼流域総合計画は、湖沼流域の開発目標と保全目標を達成するために、複数のセクターや、必要な場
合には複数の管轄区域にまたがって長期的に実施される構造的・非構造的な活動を詳細に表すものであ
る。このような目標は、事前に策定されるビジョンにその概要が示されることがある。この活動は、通
常、セクター別の複数機関あるいは湖沼流域調整機関によって推進される。このような総合計画は、問
題解決を図る上でのセクター別対応の限界を打破するために組み立てられている。しかしながら、その
時間枠は、政府機関が持つ通常の予算制度の枠をはるかに超えることがある。さらに、セクター別機関
の優先順位は政治的な要請から時間が経てば変化する。したがって、総合計画の場合、柔軟性があり、
定期的な見直しをするように設計されるとともに、計画が順応的に進めなければ長期にわたって確実に
実施することは難しくなる。
Bhoj 湿地における湖沼保全管理プロジェクトは、総合計画の一例である。このプロジェクトでは、複数
のセクター別戦略の下で Bhopal 湖の上湖と下湖の保全と管理に関わるさまざまな問題が取り扱われて
いる。戦略には、セクター別機関によって実施される 16 の個別プロジェクトが含まれており、その中
には、家庭下水の分流と処理のための施設整備・市街地や集水域の植林・主湖盆での水草除去と養殖漁
業操業・湖水曝氣とエコツアーのための浮噴水・洗濯場所の移転・湖岸域への侵入防止と交通の混雑緩
和のための湖周道路建設・湖の保水能力を高め洪水を減らすための湖底浚渫が含まれている。こうした
事業の多くは、現在成功裏に完了している。別の例として、Box 10.2 に琵琶湖総合開発計画を示す。
Box 10.2 琵琶湖総合開発計画(1972 年~1997 年)
琵琶湖総合開発プロジェクトは、重要な国家プロジェクトであり、第一義的な目的は琵琶湖の水を下
流の京都/大阪/神戸地域に追加供給することであった。同プロジェクトの特定目標は次の通りであっ
た:

湖岸堤を建設し、さまざまな流量調整施設をして琵琶湖の水を淀川に毎秒 40 トン追加放流する
ことができるようにする

淀川沿岸だけでなく琵琶湖岸にも水路や流量調節用の水門を設置することによって流域河川の
洪水調節能力を向上させる

琵琶湖周辺における潅漑用配水管網と下水道施設の整備を行う。
こうした大規模な開発プロジェクトのための財政支援は、滋賀県だけでなく日本政府や下流府県およ
び下流市町村による負担で行われた。琵琶湖総合開発プロジェクトに費やされた費用は1兆円 9000
億円(約 170 億ドル)で、日本最大の水資源開発プロジェクトになっている。このプロジェクトは、
洪水調節・水利用および工業や都市基盤の健全な基礎を築き、滋賀県の経済を発展させてきた。滋賀
県の交通輸送能力も湖岸堤に併設された自動車道によって格段に向上したが、実はこの道路は当初の
建設目的にはなかったものである。
一方、琵琶湖総合開発プロジェクトは湖岸と沿岸帯の生態系を破壊する引き金にもなっており、琵琶
湖の水質悪化を加速させた可能性がある。1976 年には、清澄な水を享受する権利を要求して 1,000
人以上の市民がプロジェクトを中止させるために日本政府と滋賀県当局を提訴した。原告の敗訴とな
ったが、彼らの主張は 1992 年のヨシ群落保全条例や 1996 年の環境基本条例の制定につながってい
る。
出典:琵琶湖概要書
128
総合計画は、長期的かつ複数セクターが関与する課題に対処するためにここ数十年にわたって実施され
てきたが、このような計画を策定する手法は、学んだ教訓や社会構造の変化に応じて変化してきている。
このことに関して五大湖概要書では、湖沼流域管理について5つの時代区分を行い、それぞれの時代区
分によって計画策定の重点が変化してきたことを示している。つまり、18 世紀後半から 19 世紀の半ば
にかけては「資源開発」
、19 世紀の後半は「移行期」、20 世紀前半は「連邦主導」、20 世紀後半は「河
川流域」
、そして 1980 年代中期から現在にかけての「新」時代の5区分である。
「河川流域」時代には、
上意下達と政府主導の取組による環境保護と資源管理に重点が置かれていた。「新時代」では、計画策定
と管理は、下意上達とパートナーシップおよび広範な住民参画による取組のもとに遂行されている。
法定計画
ほとんどの国では法定の土地利用区画制度を持っている。通常は地方政府で実施され、さまざまな土地
利用の立地を規制し、利用の仕方とその変更について条件を設けるために施行されている。そのような
区画政策は、道路・給水・電力といった公的サービスの提供と土地開発を調整し、矛盾する土地利用間
のもめ事を出来るだけ少なくし、開発案件に対して規制条件を提示し、環境的に脆弱な地域を保護する
ことを目的としている。法定土地利用区画制度は、開発行為や保全活動を積極的に指導・推進するため
のものではなく、本質的には、提案された開発案件を適正に処理するために利用される対応手段である。
にもかかわらず、このような制度は流域の開発に必然的に影響を与えるので湖沼流域管理の目的を遂行
するために利用することもできる。湖沼流域保全に役立つ法定の区画手法利用について湖沼概要書には
ほとんど記載がないが、Nakuru 湖概要書には、1999 年に Nakuru 市で策定された戦略的構造改革計
画について「計画の中核となる部門を定め、同市の土地利用計画の構想を示した」との記述がある。
しかしながら、湖沼概要書には、湖沼流域の保護と開発を目指した“目的を限定した区画制度”がいく
つか記載されている。

Issyk-Kul 生物相保全地の区画制度は、4 つの区域-中核区域・緩衝区域・移行区域・回復区域-
からなる。区域ごとに保護と開発の目標が異なっており、利用基準も異なっている。しかしながら、
4つの区域における環境問題は経済活動と密接に絡み合っているので、対象地域の環境改善に関す
る勧告には経済開発の見通しも織り込まれている。

琵琶湖には、プレジャーボートの航行指定区域や 2 サイクルエンジン搭載の個人の水上バイク使用
禁止および外来侵入魚のキャッチ&リリース禁止といったレクリエーション利用の規制区域が設
けられている。

Constance 湖 の 湖 岸 線 に は 、 貴 重 な 浅 い 水 域 を 保 全 す る た め に Hochrein-Bodensee and
Bodensee-Oberschwaben 地 域 協 議 会 に よ っ て 保 全 区 域 が 定 め ら れ て い る 。 例 え ば 、
Barden-Wüttemberg 間の湖岸線の 51%は保護区域Ⅰに指定されており、自然状態に近い「湖岸線」
と保全対象となっているビオトープや貴重な漁場もしくは産卵場所となっている「移行ゾーン」と
からなっている。この区画制度は、湖岸線のさらなる破壊を防止するだけでなく、自然再生地域を
指定するために利用されており、そこではヨシの再生が図られ、樹木や潅木が植栽され、漁業への
障害が排除されている。
環境アセスメントと戦略的環境アセスメント
129
提案された投資プロジェクトの評価・見直しおよび採択過程の一環として、多くの国で環境アセスメン
ト(EIA)が現在求められている。この制度は、主にダム建設・灌漑施設整備や浚渫工事・交通整備へ
の投資・港湾整備など比較的大規模なプロジェクトに適用され、提案されたプロジェクトの企画立案過
程・採択過程ならびに実施過程に環境問題や社会問題を組み込むことを目的としている。ここには、提
案されたプロジェクトに対する代替案の検討・起こり得る正負の影響の評価・そうした影響を緩和する
ための環境管理計画と社会管理計画の策定・モニタリングの枠組みの規定が含まれている。また、利害
関係者への情報提供を支援し、提案された投資に関して住民意見を聴取するための重要なメカニズムも
備えている。
湖沼流域において提案される開発事案について、そのいかなる環境上・社会上の影響に対しても EIA に
よる緩和策の特定・アセス・提案が実施されるべきであるにも拘わらず、湖沼概要書には環境アセスメ
ントに関する議論はほとんど見られない。Kariba 貯水池概要書は、Kariba ダムが建設された 1950 年
代の時点には EIA の実施は義務化されていなかったために、その後に多くの有害な環境上・社会上の影
響を引き起こすことになったと明確に述べている。公的な EIA 実施しなかったので、政府や開発者なら
びに資金提供者が、当該ダムが破壊的な影響をもたらす可能性があることに慎重な配慮をせずに事業を
推進するという結果をもたらしたのである。今日、EIA 制度は、経済移行国や大半の途上国においても
法的には整備されたものの、多くの国は、EIA を政策決定過程で有効に活用したり、時宜にかなった緩
和策を実施するような能力はまだ不十分である。それはさておき、現在では世界銀行などの多国間開発
銀行や二国間援助機関に借り入れや助成を申請するには EIA 実施の義務が課せられている。環境アセス
メントは、プロジェクトの評価の中に環境的・社会的な課題を取り入れるために有益であるが、特定の
提案(あるいはその計画)のみの評価に終わり、また時には、アセスメントの完了があまりにも遅すぎ
て、プロジェクトの実施中に設計の変更が必要となるような場合もある。
計画策定プロセスにおける上層レベルの人が環境に対する潜在的影響を総合的に評価するために、戦略
的環境アセスメント(SEA)が多くの国々や世界銀行および二国間援助機関の間で次第に求められてき
ている。SEA はまだ新しいツールであり、特定のプロジェクトを提案するために適用されるのではなく、
政策や計画あるいはプログラム作りに適用され、潜在的な環境的・社会的影響についてより先取り的・
戦略的な評価を可能にする。SEA を利用すれば、累積的・累進的な影響がより簡単に評価でき、有益な
可能性をもった影響も早い時点で特定し、推進することができる。湖沼概要書には SEA についての記
述例はないが、こうした上級政策決定者用の手法はナイル川流域イニシアティブにおいて適用されてお
り、この中で取り組まれる予定の湖沼・河川および湿地の管理施策についてより広範な環境的・社会的
課題の評価が進んでいる。今後 2~3 年間で、多国間開発銀行や二国間援助機関による SEA の利用は格
段に増大すると予想され、OECD の開発支援委員会において現在検討中の主要課題のひとつである。
戦略的行動プログラム(SAP)
GEF は GEF 国際水プロジェクトにおいて戦略的行動プログラム(SAP:Strategic Action Programs)
の策定を推進している。SAP は湖沼流域における課題とその根本原因の分析に基づいて策定される(第
8 章)
。SAP は、GEF を含む開発パートナーとの協力の下に、国家政府や地方政府および NGO・CBO
によって湖沼流域で推進されるべく合意された活動を記述したものである。そこには、国際間の課題に
対応するために必要な活動-政策・法制度、および(あるいは)行政機関の改革、および国際越境水域
の持続可能な利用を保証するために必要な改善対策-が明記されている。自国の開発計画の一部として、
130
SAP に基づいた国家の行動計画を策定している国もある。
本プロジェクトには GEF 国際水域分野の対象事業として資金が提供された8つのプロジェクトが含ま
れている。Tanganyika 湖、Ohrid 湖、Chad 湖のプロジェクトでは SAP が策定されているが、Peipsi・
Chudskoe 湖と Victoria 湖では SAP は策定されていない。Aral 海の GEF 資金プロジェクトでは SAP
はとくに策定されているわけではないが、上流諸国による水利用の効率を高めるとともに、土木技術対
策によって少なくとも Aral 海とその周辺の湿地を守るために数多くの活動が行われている。最近のプ
ロジェクトである Xingkai、Khanka 湖、Cosibolca 湖のプロジェクトでは、TDA と SAP の策定に取り
かかっている。
Ohrid 湖国際越境流域行動計画は、GEF 資金によるプロジェクトを通して策定された SAP の例である。
この計画は、二カ国(アルバニアとマケドニア)で組織されている Ohrid 湖管理理事会によって承認さ
れており、国家レベルと地方レベルの両方における必要な活動と利害関係者の役割の概要を示している。
そこには前述した 4 項目の主な活動が提示されている
TDA の策定と同様に、SAP の策定は、沿岸諸国間で懸案となっている広範な国際問題について多国間
協議を行うためのメカニズムとして機能する。GEF 資金による Tanganyika 湖のプロジェクトの場合、
さまざまな技術的な取組、国家の作業部会構成、および SAP の策定過程などがすべて、広く利害関係
者の参加を促す適切な手段となったと述べられている。もう一つの例として、Ohrid 湖概要書は、「流
域管理委員会が組織されたことによって広範な利害関係者が参加するフォーラムが立ち上がり、パイロ
ット・プロジェクトを開始することができ、同湖の SAP 策定に役立った。」と述べている。
GEF は、持続可能で効果的な管理計画は信頼できる知識と社会的な合意の両方に基づく必要があるの
で、TDA が戦略的行動プログラム(SAP)に先行して作成されなければならない、また SAP は広範な
協議を経て策定されされなければならないと主張している。Box 10.3 は、湖沼流域管理活動の一部とし
ていくつかの湖沼流域で取り組まれている知識の獲得と合意に至る現状を要約したものである。
湖沼流域計画策定における調整
調整手段
湖沼流域管理計画の多くは、セクター別または地域別に策定されている。総合管理計画でさえも、Bhoj
湿地で示されている例のように、通常は数多くのセクター別に実施される内容からなっており、社会
的・政治的な優先順位の変化に遭遇して予算や人的・物的資源の制約に直面すると、セクター内やセク
ター間におけるプロジェクトの時間的・空間的な連続性を保つことがとくに難しくなる。これらの要素
を、相互に矛盾することなく、かつ湖沼流域管理の目標を見失うことなく調整するには、かなりの柔軟
性と変化に適応する意思が求められる。
Tonle Sap 湖とそれよりも広大な Mekong 川水系の管理は、異なる空間レベルを調整する例となる。生
産性と生物多様性の両方にとって重要な同湖流域を管理する人材を育てるために、カンボジア政府を支
援する数多くの資金提供プロジェクトが実施されてきた。同時に、Mekong 川水系の開発と保全を支援
するための多くの取組が進められている。Mekong 川流域 WUP は、Tonle Sap 湖の自然および Mekong
川流域全体の自然を守りつつ、
流域諸国間の合理的で公平な水利用と配分を確立するための支援を 2000
年に開始した。フィンランド政府が支援する補完的なプログラムである WUP-FN は、不定期な洪水、
131
多様な生態系、および湖周辺の文化的・民族的に多様な人々の生活スタイルなど、Tonle Sap 湖特有の
特性がもたらす地域内の環境問題や社会経済問題に取り組んでいる。
Box 10.4 は、セクター別・地域別に企画立案された活動を時間的・空間的な枠組みを越えて調整するた
めの三つの広範な対応策を示している。最初の対応策の「包括化による調整」では、セクター内やセクタ
ー間で個別に実施されている活動が、プロジェクト同士のつながりと統合の利点を明確にする一つの包
括的な枠組みの下で合体している。このような包括的な枠組みは総合計画の効果をもつ。次の対応策の
「単一化による調整」では、同一セクター内の活動がおおよそ時間的・空間的に独自に実施され、後にな
って単一化される。この対応策には人的・資金的な負担はほとんどかからないが、全体を統括する指揮
系統がないと湖沼流域開発目標と湖沼流域保全目標を達成できない危険に陥ることがある。第三の対応
策の「拡大化による調整」は、単一の活動が時間の経過とともに対象事項や地域の範囲を広げるために拡
大成長し、成熟する場合に見られる。この場合、活動の開始時点に整備された管理基盤が広がり、活動
が成長していくときの調整メカニズムとなる。
Box 10.3 湖沼流域管理計画の策定における不確定要素の取り扱い
広範な合意と十分な知識基盤 先進国における漁業開発や観光といったセクター別の小規模な資源
開発プロジェクトは、強固な社会的支持が得られ、十分な理解に基づいている。こうしたセクター別
計画は成功することが多い。例えば、米国とカナダ両国のポイントソースからの栄養塩類負荷量削減
についての一連の計画は、広範な住民の支持を得ており、強固な科学知識に基づいて策定されたもの
であり、このようなプログラムが成功している。
広範な合意と不十分な知識基盤 このような状況下にある湖沼流域では、不確定要素を減らすため
に、例えば、集中的なモニタリングプログラム、あるいは科学的ないしは社会経済的な研究といった
知識開発要素を含む計画が求められる。予防原則に基づいた場合にもこのような計画が策定されるで
あろう;すなわち、予測できない問題が起こるのを最小限に抑えるために、管理活動は伝統を重視す
ることになるであろう。この範疇に入る湖沼の例には、Dianchi 湖、
(LBEMP 以前の)Victoria 湖、
Tonle Sap 湖、Issyk-kul 湖が含まれる。
狭い合意と十分な知識基盤 ケニアの Nakuru 湖は、多くの利害関係者グループが存在する湖であ
り、また湖とその流域の水量と水質問題について非常に多くの生物物理学的な研究も行われてきた湖
の一例である。Nakuru 湖概要書では、その状況を「湖沼流域管理に対する制約は、主として社会的・
経済的および制度的な問題であることは今や多くの人の認識となっている。」と結論づけている。ケ
ニア野生生物保護機関は、Nakuru 湖を取り巻く Nakuru 湖国立公園について生態系統合管理計画を
策定し、Nakuru 市当局は同市の戦略的構造改革計画を策定している。しかしながら、資源の共有に
ついて合意形成をめざす流域全体を視野に置いた計画は存在しない。
狭い合意と不十分な知識基盤 Chad 湖流域委員会は、流域の数カ国が個別に灌漑開発を推し進めて
いるために、同湖流域を効果的に管理できていない。さらに、取水や不安定な気候および気候変動が
湖の水位に複合的に及ぼす影響についてほとんどわかっていないため、広く容認された知識基盤もな
く、総合的な管理対策を決定することができない。このような場合、対策は、漁業あるいは観光とい
った個別部門に限定されることになるであろうし、できれば、特定された管理対策についても注意深
いリスクアセスメントを行った上で実施されるべきであろう。
132
Box 10.4 個別の活動を調整する方法
包括化による調整(図 10.2a)
:この種の調整は、同時期に実施されている部門別あるいは地域別に
独自に計画されたプロジェクトあるいは計画を統合するために開始されるものである。このような統
合の取組は、複数の部門別の活動が相互矛盾を起こさずに協働できる枠組みに統一されることでより
多くの利益が獲得できることが明らかとなる場合に実施される。このような統合の典型的な例として
は、異なる政府の省庁間あるいは国際湖沼流域における個別の国家間の分野統合などがある。湖沼概
要書にはこうした取組が無数に見られ、例としては、琵琶湖環境部(琵琶湖)、Dianchi 湖保護委員
会と事務局(Dianchi 湖)
、Mekong 川委員会(Tonle Sap 湖と Mekong 川)および Titicaca 湖二国
間機構(Titicaca 湖)があげられる。
単一化による調整(図 10.2b)
:Laguna 湖における養殖業のゾーニング管理計画(ZOMAP:Zoning
and Management Plan for Aquaculture)は、単一化による調整の典型例となっている。Laguna 湖
の水生生物資源についての競合関係は数十年間にわたり激烈を極めており、1970 年代半ばの生簀(い
けす)養殖技術の導入に引き続く 1970 年代から 1980 年代はとくに激しい対立がみられた。1980
年代にラグナ湖開発庁(LLDA)は、漁業資源を守り、零細な地元漁民を支援するために、さまざま
な対策を導入した。1996 年に総合的な ZOMAP が採択され、1999 年に LLDA の湖沼管理部署が管
轄することになった。ZOMAP は事後的な単一化プロジェクトとして機能し、責務と政治的な関与を
より明確にすることによって、新たな局面を迎えた同湖の持続可能な漁業資源管理の基盤となってい
る。
拡大化による調整(図 10.2c)
:プロジェクト活動の中には、初期段階での成功により規模が拡大し、
地域的にも部門的にも活動場面を広げるものがある。Constance 湖の場合、湖周辺に散在する湿地
が過去数十年にわたり生物多様性保全のために再生されてきており、再生された湖岸線は自然の生息
地保全のために次第に拡大してきている。これは地域の拡大が見られる例である。五大湖は、管理の
範囲が、点源汚染規制から毒物汚染や外来侵入種へと、さらには最近では面源汚染規制へと拡大して
きた例を示している。
単一化による
プロジェクトの統合
拡大の結果として
の統合
包括的な
プロジェクト
関係はあるが独立
したプロジェクト
単一化枠組みの
準備
プロジェクトの
包括的な統合
プロジェクトの
拡大
個別
プロジェクト
個別
プロジェクト
核となるプロジェクト
(a)包括化による調整
(b)単一化による調整
図
10.2 調整の三態様
133
(c)拡大化による調整
機会を捉えた調整
統合的な湖沼流域管理が成功するためには、政治的な強い意志と実施可能な環境の両方が必要となる。
そうした環境には、効果的な組織・体制、真の意味での利害関係者の参画、湖沼流域についての基本的
な生物物理的・社会経済的な知識、および持続的な資金源の確保が含まれる。Chad 湖概要書には、こ
うした環境が整えられる前に統合的湖沼流域管理に性急に取り組んでもうまくいかないことが示され
ている。多くの湖沼概要書は、まず小さなことから始め、問題が明らかになり、社会的な合意づくりが
はじまったら管理機関と利害関係者が参集するとうまくいくと述べている。こうした機会は、漁業のよ
うなセクター内(漁業分野など)、あるいは下水が原因で発生する伝染病のように問題がすぐに明白にな
るような場合に生じることが多い。こうした問題を適切に正していくことはその他の問題を扱うための
自信につながる。Box 10.5 には、Ohrid 湖と Chilika 潟湖の例を紹介している。
目標に対する合意の獲得、効果的な管理のための十分な知識の蓄積、組織・体制の確立あるいは調整、
法律の承認による施行規則の整備には、多くの場合、長年月、場合によっては数十年の月日を要する。
規模の大きな総合的な湖沼流域管理計画を策定する前に小規模に始める場合でも成果をあげるには通
常数年を要するので、すべての利害関係者は長期間にわたって取り組む必要がある。Naivasha 湖沿岸
協議会は、当初 Naivasha 湖沿岸地主協議会として 1929 年に設立され、数十年かけて次第に広範な責
務に対応できるまでに成長してきた。同協議会は、元来、むき出しになった Naivasha 湖の湖盆の利用
を管理するために湖岸の地主によって設立されたものであるが、今では、同湖の環境管理にずっと幅広
い役割を持っており、同湖の管理実施委員会に対して一定の任務を担っている。なお、同委員会はケニ
アの環境調整管理法の下で同湖流域管理母体として公告されているところである。
長期間にわたる取組の必要性は、途上国における外部資金援助によるプロジェクトについても求められ
る。外部資金プロジェクトは、通常、長期の湖沼流域管理を可能にするための環境を整えるために計画
されるが、その実施期間は 4~5 年が多く、組織・体制の確立や住民の参画および知識の習得が十分に
達成されるには多くの場合短すぎる。こうした支援プロジェクトは、初期の環境整備の成果に基づいて
追加プロジェクトに引き継がれる必要がある。例えば、Tanganyika 湖と Victoria 湖における GEF 初
期プロジェクトは、この期間中に蓄積された知識に基いて流域諸国がストレス削減の活動を実施するこ
とを内容とする追加の支援プロジェクトに引き継がれている。
指標・モニタリング・順応的管理
いかなる湖沼流域計画においても、成果を示す指標を持つことが基本となる。これらの指標は、計画の
実施過程を量的に把握する尺度となるだけでなく、計画の目標達成に障害となるものを特定し、緊急の
課題を明らかにするのに役立つように設計されるべきである。GEF は、プロセス指標、ストレス削減
指標、および環境状態指標という三つのタイプの指標を彼らの国際水域プロジェクトの中で使うことを
主張している(第 8 章)
。これと同じタイプの指標は湖沼流域計画の実施経過を追跡するために利用す
ることができる。Box 8.3 は五大湖における指標の利用について述べている。
湖沼流域計画は、さまざまな指標を求めるために必要となるデータを提供するモニタリングの項目を含
む必要がある。モニタリングのデータは、湖沼流域内で起きている生物物理的・社会経済的現象をより
正確に理解するためにも用いられる(第 8 章)。
湖沼流域計画は、モニタリングデータだけでなく、社会的な要請や外的要因の変化に対しても順応でき
134
る必要がある。例えば、生態系プロセスや機能、異なる資源利用形態の影響、政治的・社会的な展開、
国際貿易体制の変更のような外的要因の影響などについては不確定な面が多い。したがって、湖沼流域
計画の策定には、定期的な見直しと修正、あるいは指標が目標に未達成であることを示した場合には計
画の見直しと修正を行う工程を入れておくべきである。
Box 10.5 当初における成果の確立
Ohrid 湖(マケドニア、アルバニア)
:商業的・伝統的に重要な魚種である Ohrid 湖マスが、汚染や
産卵場所の喪失および移入魚種との競合だけでなく、乱獲によっても危機に瀕している。マケドニア
とアルバニア両国は、漁業が危機的状況にあり、早急な管理対策が必要であるとの合意に達した。科
学調査によれば、同湖のマスは単一の群落を形成しており、したがって、両国で共同して管理しなけ
ればならないことを示している。GEF や多国間支援機関ならびに二国間支援機関の支援を得て、両
国の政府担当者や漁業専門家は、漁業規制制度のいくつかを統合することに合意した。例えば、2001
年に、両国は許容する網目サイズを同一にすることに合意した。こうした取組は管理面での改善を見
てきたが、同湖の天然マスの漁獲量はいまだに回復の兆しを見せていない。それでも、この問題に対
する協力の中で築かれた信頼関係は、その他の協力関係と併せ、両国が Ohrid 湖とその流域をより
総合的に管理する取組を展開することに役立っている。
Chilika 潟湖(インド):インドの東海岸に位置する Chilika 潟湖は、風光明媚・高い漁業生産
性・重要な宗教的位置づけに加え、渡り鳥の重要な中継地としてもよく知られた河口潟湖である。
しかしながら、流入河川が灌漑用水取水のために分水されたうえに周辺の集水域からの土砂の流入
が増えたため、同潟湖の海洋への開口部が土砂堆積によってふさがれ、漁獲量が劇的に低下した。
そこで
1992年、同潟湖の管理に関係する機関を横断的につないで改善と開発を調整・推進するた
めに Chilika開発機構が設立された。2000 年、同機構の努力によって海洋への新たな開口部掘削
工事が行われ、同潟湖と海洋との間でより直接的に水が入れ替わるようになった。その結果は劇的
であった。同潟湖の北部における塩分濃度は、淡水レベルから“自然”状態の塩水レベルである
20g/l にまで戻り、漁業水揚げ高は工事前の 1,600 トンから次の年にはほぼ 12,000 トンへと増大し
たのである。さらにカニの漁獲が増えるとともに水草が減少するという効果も見られた。この土木
工事による同潟湖における一目瞭然の成果は、集水域の管理や上流域の貯水池からの環境流量の確
保など、管理に必要なさまざまな施策を実施する上で同開発機構の権限の強化につながった。
出典:Ohrid 湖概要書、Chilika 潟湖概要書
135
第 11 章
未来に向けて
本報告書では、湖沼流域管理が直面している主要な課題と、このようなガバナンスの試練に取り組むた
めに考慮すべき一連の選択肢について検討した。また、湖沼流域資源の持続可能な利用と管理の取組を
複雑かつ解決が困難な環境・天然資源管理問題たらしめている湖沼特有の性格(全てを統合すること・
長い滞留時間・複雑に絡み合う動態)についても検討してきた。
28 編の湖沼概要書は、教訓を引き出すための膨大な経験を提示しているが、その他の天然資源管理から
学べることも多い。例えば、湖沼流域管理はすべての河川流域の持続可能な管理と多くの共通点を有し
ている。湖沼流域管理に携わる人々は、インターネットを通じて、また世界湖沼会議・GEF 国際水域
会議・ラムサール条約関連会議・世界水フォーラムおよびストックホルム水シンポジウムといった会議
を通じて、他の自然資源管理者のネットワークとつながることで学ぶことができる。
それでもなお、湖沼の特異な性質が明確に理解されないならば、その重要性と脆弱性にもかかわらず湖
沼流域が必要とする管理上の注目を浴びることはないであろう。
既存湖沼流域管理の取組の再評価
28 湖沼から見えてくる全体像は、特定の環境悪化問題をうまく処理した湖沼がいくつかはあるものの、
湖沼環境の全般的な悪化傾向を覆すことに成功した例はほとんど見られないというものである。しかし
ながら、多くの湖沼流域管理の取組は大きく前進したので、一度立ち止まって、よく考える時期かもし
れない。湖沼流域管理における過去・現在および新たな経験を結集することによって、将来の湖沼管理
のための行動計画を考える上で多くの洞察が得られるだろう。
管理者への鍵となる質問
現在、湖沼の生物物理的な状況や管理の取組はどのようになっているか?湖沼流域の持続可能な管理と
いう視点からみて、既存の管理の取組は流域の資源価値の開発や保全・回復にどのような影響を与えて
きたのか?取組は正しい方向に進んでいるか、進むべき方向をしっかりと見定めているか?当初知らな
かったことについて現在どの程度理解が進んでいるか?以下にガバナンスの個別要素について代表的
な質問を提示する:

組織・体制:組織の構造は適切か?必要な法的権限を有しているか?管理に参画すべき関係組織の
すべてと協力関係が築かれているか?政策決定者との連携はうまくいっているか、そして彼らは意
見を聴いてくれるか?政治的な意思とコミットメントは育っているか、あるいはしぼみつつあるの
か?能力の開発と訓練のプログラムは効果的か?途中でどのような修正が必要か、例えば、スター
ト時点で考えられなかった新たな技術が存在するか?

政策:規則を制定する時に、影響を受ける人達の参画を求めたか?規則を施行するに当たって適切
な人的・物的資源を有しているか、あるいは別の対応策が必要ではないのか?経済的手法は湖沼流
域資源の利用を適切に規制するために有効か?湖沼流域資源の利用に賦課金を課すことを受け入
れる社会環境なのか?

利害関係者の参画:利害関係者が効果的に参画するためのしくみがあるか?全ての利害関係者が網
羅されているか?流域の問題およびそれらと利害関係者の活動との関係について意識や理解がど
136
う変化したか?湖沼管理の取組に参加している利害関係者の認識はいかほどか?十分な住民参加
があるか?

技術:整備された施設は長期間有効に機能するか、あるいは制度上の変更の必要はないか?施設の
再整備に必要な予算を有しているか?

情報:知識基盤の現状はどのようなものか?モニタリングシステムは鍵となる指標の変化を測定で
きる状況になっているか?データベースは十分に整っているか?重要な情報が欠落していない
か?情報を管理するための手段は効果的に整備されているか?

資金調達:集まった資金を地方で使うことができるか?主要なプロジェクトに対する資金的な支援
を受けるための国家政府との十分な強い絆を築いているか?自分たちの湖沼流域は国際的な資金
が得られるだけの地球規模的な重要性を有しているか?管理に必要な基本要素を整備するために
如何にうまく外部資金を利用するか?

計画策定:管理計画において優先順位の高いものが適切に実施されているか?管理計画は充分なも
のになっているか、更新の必要はないか?優先事項とそれらの優先順位は明らかになっているか?
人的・物的資源は十分か?必要な対策を実施するための連携が築かれているか?調整は適切に図ら
れているか?技術の選択肢や費用に変更はないか、そのような変更が管理計画に反映されている
か?
計画の外部要因を展望することは比較的容易であるが、批判的な目で計画の内部要因を見ることは非常
に難しい。計画の実施責任者は、組織が適切な技量を十分備えているかどうかを問うことになろう。こ
れに対する答は、スタッフの技量に起因すると考えられる現時点の障壁と制約にもよるし、組織の使命
や目的、権威(権力と機能)、および現在の作業計画をどう再評価するかにもよる。これに関する特定
の質問を以下に提示する:

スタッフの整備:現行のスタッフを維持できるか?スタッフを増大したり削減したりする必要があ
るか?プログラムを組み合わせて、当初の比較的短期間、臨時に他の部署からスタッフを派遣して
実施することによって短期的にはそれなりの成果を挙げることができる。そのプログラムはより永
続的な体制が必要となる域に到達したか、そのためになすべきことは何か?スタッフの人数が既存
の財源で賄える以上になるのをいかにして避けるか?

法的基盤:将来着手しなければならないと分かっている対応策に着手できる適切な法的基盤が整っ
ているか?着手時点はいつが適当とされるべきか?

行政能力:スタッフの整備以外に、効果的な実施の遂行を妨げ、一連の可能な行動の中から正しい
ものを選択することの制約となっている行政執行能力上の問題は何か?そうした制約をなくする
ために何ができるか?

擁護者:継続的に支援を続け、政治的な意思を高めるような擁護者は存在するか?擁護者の言葉に
政治家や高級官僚は耳を傾けるか?擁護者がいない場合に、事態をどのように処理できるか?
湖沼流域管理への障害
湖沼流域資源の再生と持続可能な利用を目指した湖沼流域管理の取組を前進させるときに直面するさ
まざまな課題や問題にはきりがないように思われる。しかしながら、28 湖沼概要書は明確なメッセージ
を伝えている。つまり、大半の課題は、知識基盤・利害関係者の参加・パートナーシップ、あるいは関
連機関の協働体制を確立することで克服できるということである。しかしながら、効果的な湖沼流域管
137
理の実施のためには多くの困難な課題に取り組む必要がある。
政策の競合
長い伝統のなかで保持されてきたセクター別の関心事、優先事項あるいは特権に基づく政策上の競合は、
湖沼概要書中に広範に散見される。このような競合は、開発目的のセクターと保全目的のセクターとの
間、あるいは流域資源を利用する湖沼の上流域・湖沼内および下流域のそれぞれのセクター間に見られ
る。政府の省庁などの場合、こうした競合はセクター別部署が強い自立性をもっているために取り扱い
がとくに難しくなる。政府の各省庁は大臣に対して直接責任を有しており、自身の予算をもっている。
また法制度によって担当業務が定められていることが多い。政府に全体を見通す視点がない場合には、
各セクターは独自の任務に専念して、他のセクターの利益を損ねることがある。
政治的な動機
湖沼概要書にはあまり頻繁に出てはいないが、政治的な妨害が湖沼流域管理の妨げとなることがある。
影響力のある政治家による狭い利益に奉仕するような行動(あるいは行動の欠如)は湖沼流域資源の持
続可能な利用のためにはならない。政略的な決定であることが広く知れわたれば、世論の力で変えるこ
とができる場合もあるが、決定に関与した上級の政策決定者の影響と権力がこのような問題の処理を非
常に困難なものにする。
民の声の欠落
広く意見を求めず、あるいは信頼性できる忠告を無視するような感受性の鈍い政治体制や行政は始末に
悪い。そのような組織は典型的な内向き志向であり、湖沼流域資源の利用に関する決定に影響を受ける
人々に発言させるような改革案には無関心である。
“湖に流入する河川から灌漑用水を取水すると Aral
海は干上がってしまうだろう”という証言があったにもかかわらずそのような決定を下したソ連邦中央
政府の立案者は、こうした問題への他山の石となる。
汚職
汚職は、湖沼流域管理の改善の妨げとなるような行為や活動を助長するものであり、湖沼管理改善の取
組を弱体化させる。汚職は湖沼流域資源の非効率的な利用につながり、貧者や弱者に対する不公平と抑
圧を放置するものであり、別の汚職を誘発する。汚職官吏を取り締まる強力な指導性と意思がなければ
こうした問題が起きると、他の管理者がやる気をなくし、無気力になってしまう。
管轄権限の壁
管轄権限の壁はセクター間の壁と同様に効果的な湖沼流域管理に影響する。政府内のさまざまな機関は、
それらをまとめる強力な調整組織がないと、自分たちの機関のみの利益を追及する傾向がある。国際越
境湖沼流域の管理は、効果的な湖沼流域管理の実施のために異なる国が協力に向けて合意する必要があ
る特別のケースである。国際越境湖沼流域管理の実施は通常難しいが、湖沼概要書によれば、GEF が
支援したいくつかの事例の中に参考となるいくつかの事例が含まれている。
資金調達
湖沼概要書で最も共通しているテーマの一つは、規制の実施など基本的な管理対策を実施するための十
138
分な資金の必要性である。資金が無いと管理者はやる気をそがれるものである。適切なガバナンスを実
施できる環境が整っている場合でも、資金が足りない場合には、機関同士や管轄区域間の調整がされず、
資源配分の決定ができないか、乏しい情報に基づいた決定しか行われず、整備された基盤が維持されな
いことになる。利用できる資金を地域で産み出すには多くの時間がかかる。また通常、途上国や経済的
な移行期にある国では国家による資金調達は不充分である。
障害物の排除に向けて
これまで述べてきた問題は個々の湖沼流域の管理責任者では克服できないように思われるかもしれな
い。しかしながら、28 湖沼概要書はこうした問題の全てが克服できることを示唆している。湖沼概要書
に紹介されている教訓は以下の通りである。
創造的かつ前向きであれ
多くの場合、上級の政策決定者の関心を引くことができるかどうかにかかっている。そうした人物を引
き込む機会を探しなさい。問題を予見し、問題が発生したら、それを解決する方策を提案できるのは自
分だと確信しなさい。可能な限り、適切なデータに基づき自分の主張を裏付けなさい。
協力関係を築け
湖沼流域の管理には全てのレベルのさまざまな役割を持つ人々の協力が必要である。Chilika 潟湖に見
られるように、本プロジェクト対象湖沼流域の中で最も成功した事例は、多くのセクター別機関や地元
の人々が参加した活動の上に成り立っている。しかしながら、変革に向けてこのような提携を築き、支
持者を獲得していくには大変な時間がかかる。現状と危険性に対する意識啓発に努めなさい-変革を支
持してくれそうな人たちにわかりやすい表現と方法で問題を述べるようにしなさい。
共有できるビジョンを策定せよ
協力関係構築の一つの方法として、全ての団体が共有できる湖沼流域利用ビジョンを策定するよう努力
しなさい。ビジョンは正式な検討を通じて策定されることもあるが、総合的な視点や説得力を持った指
導者によって非公式に策定されることもある。ビジョンには、さまざまな団体の目標が、理解され、受
容され、湖沼流域の共通の姿に集約される必要がある。
政治的な支持を獲得せよ
高いレベルの政治的な支持によって必要な提携を築くための扉が開かれ、進展することがある。しかし
ながら、多くの要望に直面している政治家からこのような支持を得ることは容易ではない。現在生じて
いる危機を取り上げて、湖沼流域管理によってこれらの危機をうまく回避できることを示しなさい。湖
沼流域管理への投資がもたらす経済的・社会的・環境的な利益がわかるようなシナリオを構築しなさい。
外部の支援を活用せよ
国際的な支援機関による外部の支援は、異なるセクターや利害関係団体を動員しやすくさせるだけでな
く、国家からより大きな支援を得やすくすることがある。当該湖沼流域が地球規模の重要性を有する場
合には、政府の要請によって GEF 資金の供与が可能になるかもしれない。しかしながら、外部からの
資金供与は限られた期間のみであり、また適切な管理のための基礎を築くために慎重に適用されなけれ
139
ばならない。外部資金の供与が終わった後にも国家資金が継続して保証されるような国家レベルの支援
体制の整備が重要である。
セクターの改革を推進せよ
提携とビジョンの共有を進めるとともに、水・農業・林業・エネルギーといったセクター別政策の改革
に取り組みなさい。これらのセクターの管理を見直すことは、湖沼流域管理を改善することと密接に結
びついている。改革作業は、現行のやり方に慣れている人々からの抵抗を受けることがあるので、鍵と
なるセクター内での擁護者を見つけなさい。改革の過程では活発に行動し、機会があればいつでも、改
革を支持しなさい。湖沼や貯水池の脆弱性やそれによって生ずる危機がセクターの改革を通じて軽減さ
れることを示し、そうした改革から現在以上の利益が獲得できることを示しなさい。
事実による検証を積め
証拠に裏付けられた議論には現実の重みがある。湖沼流域を管理することが流域の資源に依存している
さまざまなセクターにとって利益となる証拠を整えなさい。そうした主張を構築するために地元の大学
や政府機関の技術者たちと協働しなさい。
ケーススタディから得られた教訓
28 湖沼概要書には、社会的・経済的状況、人的・物的資源が異なるだけでなく、地理的条件も非常に異
なるさまざまな湖沼流域から多くのさまざまな経験が紹介されている。このような違いはあるものの、
概要書に含まれている事例には以下のようないくつかの共通する教訓がある。
湖沼の管理から湖沼流域管理の視点への転換
「湖沼」を管理するという視点から「湖沼流域」を管理するという視点への根本的な取組方の変化が必
要である。この変化は世界湖沼ビジョンの原則の中に明白に述べられており、それが適用されているこ
とは多くのケーススタディで明らかである。にもかかわらず、多くの管理者、とくに湖沼から遠く離れ
た湖沼流域内に住む多くの管理者が、自分たちの行動が湖沼に与える影響を理解していない、というこ
とがケーススタディでは明らかにされている。湖沼概要に述べられている多くの問題は湖沼流域内に発
生しているが、こうした問題の多くはさまざまな地域にその原因があり、したがって湖沼流域内の全て
のグループが参画しないとこれらの問題を解決していくことは困難である。
長期にわたる順応的な取組の推進
効果的な組織・体制の設立、利害関係者の有意義な参画の促進、知識の獲得と容認などを実現するには、
地域の行政機関と国家政府が長期的に責任をもって取り組むことが必要である。このような長期的な取
組には、次世代の管理者や科学者を育てるための国の研究機関や研修機関に対する支援も含むべきであ
る。ただし、長期にわたる取組は固定した対応を意味しているのではなく、新たな知識や目的の変更お
よび外部要因の変化に順応して行われる必要がある。
湖沼流域管理の主流化
湖沼流域管理機関が整備されても、現実には、セクター別の組織が基盤整備への投資や湖沼流域資源の
管理に主導権を取り続けている。湖沼流域管理機関は、湖沼の重要性と脆弱性がそれぞれのセクターの
140
政策・プログラム・計画・戦略のなかに十分織り込まれるように、これらの問題について意識啓発を行
う必要がある。
セクター間や管轄権の横断的な調整
本プロジェクトで紹介されている成功事例(琵琶湖、Constance 湖、
Champlain 湖、Dianchi 湖、
Laguna
湖、五大湖)において管理機関の果たした最も重要な役割は、管轄権やセクター間の行動を調整してき
たことである。組織の形態や法的な権限はさまざまであるが、これらの湖沼管理機関は湖沼流域管理の
取組を調整することに成功している。Ohrid 湖、Tanganyika 湖、Victoria 湖、Tonle Sap 湖(Mekong
川流域を含め)においても、湖沼環境の改善と湖沼に依存する人々の福祉の向上を目的として新たな調
整機関が設立されつつある。
ガバナンスと投資の強化
湖沼概要書には、良好なガバナンスと継続的な投資が、湖沼の環境改善には必要であると示されている。
良好なガバナンスは明確な政策に支えられており、持続的な組織・体制、効果的で公正な資源利用の管
理、影響を受ける全ての利害関係者の参画、質の高い情報の収集と受容、および長期的な業務執行と維
持管理のための十分な財源の獲得につながっている。いくつかのケースでは、技術的な解決策、とくに
下水処理施設の整備などによって湖沼環境の急速な改善がもたらされる場面が見られる。しかしながら、
こうした技術的解決策は、良好なガバナンスの要素が整っていない場合には、通常は持続しないもので
ある。
利害関係者の参画の推進
湖沼概要書の中に現れている最も普遍的なメッセージは、影響を受ける決定に住民が参画することの重
要性である。このことにより、より正しい決定・実施・改善、時にはコストの軽減・ガバナンスへの住
民参加の促進などが可能となる。環境状態に改善が見られる湖沼には、利害関係者の参画が強力に図ら
れているという傾向があり、他方、深刻な問題に直面している湖沼には、政策決定により影響を受ける
人々の参画が制限されているという傾向が見られる。
流域パートナーシップの構築
ケーススタディで紹介されている成功した組織・体制は、セクター別組織や管轄権を横断し、利害関係
者を含め協力的なパートナーシップを構築してきた。しかしながら、こうしたパートナーシップを支え
る信頼の構築、考え方の相違の克服に必要となる情報の獲得や普及、効果的な参画を実現するための住
民グループの能力向上などに取り組むためには非常に多くの時間が必要である。湖沼概要書は、政府や
共同開発者が長期にわたって取り組むことが必要であると述べている。
地球規模の人的・物的資源の活用
地球規模の利害関係者の参加とパートナーシップ構築に向けて
今日、プログラムやプロジェクトの設計、方針の決定、実施の各段階において効果的な利害関係者の参
加が重要であり、中心的な役割を担っていることは、世界中の天然資源管理の取組の中で指摘されてい
る。本プロジェクトで得られた教訓でも、そうした方向が示されている。障壁や反対意見を克服するた
めの基本的な意識と理解は、利害関係者の広範な参加を通じてのみ築き上げることができるのである。
141
ガバナンスの改善、とくに説明責任の構築は、変革を求めて強力に意見を述べる献身的な支持者が存在
しなければ、達成されないであろう。利害関係者が目標と選択肢を理解し、その選択に加わることがで
きれば、当初は自分自身を敗者であるとみなしていた人々でさえ、積極的な支持者になることが多々あ
る。ある状況においては、参加型のアプローチは既存の政治的・文化的・社会的な規範に反することが
あるかもしれない。こうした場合、湖沼概要書では、地域を限定してゆるやかな取組を進め、地元にす
ぐに利益を生み出すような対策を講じることによって障壁となる事態を徐々に克服するのがうまくい
くと述べている。
同時に、湖沼概要書では、典型的な湖沼流域管理組織は、政府機関と非政府機関の両方を含む多くの組
織から成り立っていると述べている。このため、管理計画の実施には鍵となる組織との効果的なパート
ナーシップが必要である。地球規模においても同じことが言える。途上国で進められている湖沼流域プ
ロジェクトの大半は、技術的協力 および/あるいは 資金的な支援のもとに、さまざまな法的機能をも
った2つ以上の機関によって実施され、そのうちのいくつかは GEF からの触媒的な資金提供を受けて
いる。GEF の役割は非常に重要かつ有益であったことは明らかである。一方、GEF 単独で世界の重要
な湖沼の流域管理プログラムに必要なすべての要望に応えることができないことも明らかである。した
がって、鍵となる機関の間でのパートナーシップを築くための新しい革新的なアプローチを追究するこ
とがまさに重要となるのである。
地球規模の湖沼流域管理知識ベースの強化に向けて
湖沼流域管理のための広範で信頼性のある知識ベースを確立することの重要性は、すべての湖沼概要書
において非常に明白である。しかしながら、資金源と動員可能な人材が限られているために、途上国に
おけるかなり多くの湖沼流域では乏しい知識ベースに甘んじ続けることになるであろう。国際的な技術
協力機関や学界、および湖沼流域管理を得意とする地域的・国際的な NGO は、途上国の湖沼流域が地
元の重要な情報を収集するのを支援するとともに、彼らが先進国の湖沼流域で既に構築された知識ベー
スを利用できるようにするための方法を一丸になって追究しなければならない。このことは、今日、地
球規模の危機拡大によって脆弱性がさらに低下し、それによってよってむしろ世界の湖沼に対する脅威
が劇的に増大している現状を考えるととくに重要である。湖沼概要書中に多くの例が示されているよう
に、GIS、リモートセンシング、データベース管理あるいはコンピューター・モデリングを始めとする
近代的な情報管理技術の利用は、このような知識ベースの構築、管理、利用を大きく促進するであろう。
湖沼流域管理情報の多くは、以下の組織のサイトを通じて入手が可能である。

GEF が資金を提供した IW:LEAN プロジェクト(http://www.iwlean.org)

ラムサール事務局(http://www.ramsar.org)

世界銀行(http://www.worldbank.org)

USAID GLOWS 共同体(http://glows.fiu.edu/Home/tabid/236/Default.aspx)

ILEC(http://www.ilec.or.jp)

LakeNet(http://www.worldlakes.org)
本報告書は、湖沼流域管理イニシアティブのプロジェクトから学び取った教訓の詳細を記述したもので
あり、増大する知識ベースの一部である。
142
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