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日本のIT事情 - 情報処理学会電子図書館

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日本のIT事情 - 情報処理学会電子図書館
IP の狭間で想うこと
コラム
Vol.29
日本のI T事情
加藤幹之
富士通(株)経営執行役/米国弁護士
[email protected]
米国に 17 年近く過ごしたことから,とかく英語の発
空気の中,私は「国際化ドメイン名委員会」を立ち上げ,
音には気にかかることがある.S と TH や,R と L の発音
委員長に就任した.委員会のメンバを選任するにあたり,
の違いの区別は,私のような日本人には初めから不可能
地域や専門等,いろいろなバックグラウンドを考え,世
と決め付けているが,P と T の違いすら表現できないと,
界中からベストメンバを推薦,理事会に承認を求めた.
自分でも情けなくなる.
ところが推薦メンバの 1 人に,知的財産権の専門家が
電話で,カトー(KATOH)と自分の名前を名乗ると,
いたことから,話しがややこしくなった.
「カポー(CAPO)?」と聞き返してくる.
「ノー,ノッ
ドメイン名は,商標ではないがそれに類似するものと
ト P.T ライク Tom」と言うと,OK と返事がくる.とこ
して,わざと混同させるようなドメイン名の登録や使用
ろが,先方のメモは CAPO のままだ.要するに KATOH
を制限する必要がある.ICANN では,統一ドメイン名
など,世界には存在しないものなのだ.
紛争処理方針 UDRP(Uniform Domain Name Resolution
ご存知の通り,CAPO は俗語ではマフィアの支部長だ.
Policy)という規則を作り,そうした不適当な行為を防
やはりアメリカにはイタリア系移民の方が日系人より多
ぐ仕組みを作っている.ドメイン名に日本語や中国語,
いのだと,自分で納得したりする.
ア ラ ビ ア 文 字 等,ASCII 以 外が 使われることになると,
発音の違いならまだ可愛いものだ.
そうした不適当な登録や使用が爆発的に増えることが懸
この 数 年,
「2 つの IP」の 狭 間で, 考えさせられるこ
念されていたから,適切な規制を議論するためにも,そ
とが多い.本誌の読者の多くは,IP と言うと,Internet
の分野の専門家が不可欠と私は考えていたのだ.
Protocol とお考えになるだろう.これが,今世紀の「本
理事会で簡単にメンバ承認と予想した私が甘かった.
来の IP」だ.
理事会の大多数は,「本来の IP」の世界の人間だ.
「本来
ところが世の中には,
「もう 1 つの IP」が存在するのだ.
の IP」の人々の目には,「もう 1 つの IP」の人間は,やた
私のような,いわゆる「ノンテクニカル」人間は,IP
らと規制ばかり作り,自由なインターネットを潰してし
と言うと,Intellectual Property
(知的財産)を連想してし
まうとの誤解を与えたかもしれない.何とその候補者の
まう.
委員就任が支持されなかったのである.
長年 IT 企業に勤務し,それなりに技術も分かったつも
その時感じたことは,インターネットを上手く取り扱
りでいても,この 2 つの IP の違いには驚くことが多い.
わないと,こうした誤解が世界を分断してしまうのでは
インターネットの IP アドレスとドメイン名の国際的
ないかということだった.インターネットは,自律,分
管理を行う ICANN(Internet Corporation For Assigned
散,協調を基本とし,規制されないことが好ましい.し
Names and Numbers)で,アジア太平洋地域代表の理事
かし,セキュリティ等の観点から,最低限のルールは必
を仰せつかっていたころのことだ.
要だ.どこかに規制のバランスすべきところがあるはず
「ドメイン名の国際化が,インターネットの国際的な
だが,バランス点を議論する仕組みが必ずしも整ってい
普及のためには重要だ」
「インターネットによって,英
ない.知的財産権に関した議論になると,2 つの IP の世
語文化が世界を支配することになってはならない」とい
界の人々は,いずれも相手の世界をまったく理解できな
うような,半ば政治的,半ば民族主義的と言えるような
いことがある.
440
46 巻 4 号 情報処理 2005 年 4 月
コラム
日本のI T事情
IT 企業に生き,ICANN やいくつかの国際的組織で活動
流れに近いものと言える.
し,2 つの IP の両方に属していると考えていた私は,ま
ソ ニ ー が サ ム ス ン電 子と ク ロ ス ラ イ セ ンス関係に
さに股裂きの危機を感じながら活動せざるを得なかった.
入ったことも報じられた.こうしたクロスライセンスは,
2 年余り前に,日本に帰り,特許や著作権のような知
「もう 1 つの IP」の世界では,日常茶飯事の出来事であり,
的 財 産 権を担 当する仕事についた.世は, 国を 挙げて
何がニュースなのか不思議な気もするが,それが新鮮に
「知財立国」を目指す真っ只中.私の周りは,
「もう 1 つ
聞こえるのも最近の傾向なのだと思う.
の IP」に生きる人で一杯となった.
実は,「もう 1 つの IP」の世界でも,権利の抱え込みで
このところ 特 許が 話 題にならないことはない. 本 誌
はなく,クロスライセンスや標準化等の形式により,自
の読者諸氏には,やはり職務発明への対価の議論が大き
由に使える世界を数多く作り出してきたのである.
な興味の 1 つだと思う.青色発光ダイオードの中村教授
2 つの IP には,数多くの接点がある.2 つの IP の世界
と日亜化学工業事件は,社会的インパクトも大きかった
の人間が互いに対立軸で考えるのは,あまりにも単純だ.
と思う.技術者にとっても,企業に
知的財産権は,技術者や発明者に
とっても,特許の価値,研究開発の
一定の独占的権利を与えることによ
あり方を考える良い機会であった.
り,発明や創作へのインセンティブ
本誌への原稿締め切りも近くなっ
を与えるとともに,他方では,発明
て,
「一太郎」
,
「花子」の製造・販
や創作物を一般に利用させることに
売中止と在庫破棄の判決のニュー
より人類の発展に寄与するという 2
スが 飛び 込んできた. ヘ ル プ モ ー
つの目的を持っている.権利を一方
ドを選択した後,印刷等,別のキー
的に押し付けることも,権利をまっ
を押すとその機能の説明が自動的に
たく無視することも良くない.
出てくるという特許侵害が理由であ
そう考えると,2 つの IP の世界の
る.一部には,ソフトウェア産業の
対話がもっとなされるべきだと痛感
危機のような反応も見られるが,こ
する.「 本 来の IP」にも 自 称 片 足を
の事件も「もう 1 つの IP」の世界では,
突 っ 込んでいる 私としては,
「もう
通常の特許議論と何ら変わらない.
1 つの IP」に属する人々は,「少しは
松下特許以前に同様の技術があった
インターネットの世界を理解しろ」
かどうか等により,特許の有効性が
と 言いたくなる. しかし,
「 本 来の
判断され,
「一太郎」がその特許を
IP」に属する人々にも,「もう少し世
使っているかどうかの認定がなされ
の中の仕組み全体を考えて,皆のた
るかどうかだけである.いったん侵害の認定がなされる
めに行動しろ」と言いたいのが本音だ.
と,差し止めや損害賠償の請求対象となる.
IP に 関して 事 件が 起こるたびに,2 つの IP の 狭 間で,
もともとソフトウェア特許の議論は紆余曲折があった.
悩んでしまうことが多い.「もう少し互いに理解し合わ
いち早く制度として採用された米国でも慎重な運用を唱
ないと」と感じることが多いのだ.
える議論があるし,欧州では正面からソフトウェア特許
最近では,2 つの IP の問題は,「実は,IT 全体の問題
は認めないという議論が主流になっている.日本では,
だ」「これを 上 手く 解 決していかないと,IT はとんでも
制度は認められているが,運用の基準はまだ議論すべき
ないところに行ってしまう」と思うようになっている.
ところがある.
「IP」と「IT」.
一時期大きなブームとなったビジネスモデル特許も,
私は, ここでもやはり「P」と「T」の 関 係に 悩まされ
ソフトウェア特許の一種と言えるが,いずれも今後,保
ているのである.P と T のような 発 音の 違いなどには 気
護の範囲や侵害の認定基準等,明確にすべき課題が多い.
がつかず,人間は自分の世界で物事を考え,判断するか
もう 1 つの話題は,知財のオープン化の議論であろう.
ら,私の名前が CAPO になるのである.
今年 1 月,米国 IBM はソフトウェア分野の 500 件の特許
発声練習が重要なのではない.聞く耳を持ち,別の世
を無償公開すると発表した.サンマイクロシステムズが
界を理解することが重要なのだと思う.
Solaris OS ソフトを公開すると発表したのも,こうした
(平成 17 年 2 月 22 日受付)
IPSJ Magazine Vol.46 No.4 Apr. 2005
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