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秋田大学医学部保健学科紀要 第15巻2号

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秋田大学医学部保健学科紀要 第15巻2号
Akita University
(58)
資料:秋田大学医学部保健学科紀要15(2):58−62, 2007
がん薬物療法において薬剤師が果たすリスクマネジメントの効果
庄
福
鈴
要
司
井
木
了
敏
学*
三*
夫*
室
進
田
藤
英 行*
菜穂美**
佐
浅
藤
沼
悦
義
子*
博***
旨
秋田大学医学部附属病院では, 平成16年5月より抗癌剤誤投与防止特別対策委員会を設置し, 抗がん剤の誤投与防
止のためレジメンの登録・管理やオーダリングシステムの構築・運用を行っている. 薬剤師は, 薬の専門家としての
職能を生かし院内で使用するこのレジメンの審査・承認を行っている. また, がん薬物療法実施の際は記入式の治療
計画書の提出を義務付け, 医師の治療意図が実際の処方に反映されているかチェックを行い, 処方に関わる様々なミ
スを回避している. 平成18年11月からは外来化学療法室の開設に伴い, 抗がん剤の調製業務を開始している. 今後,
薬剤師はがん薬物療法のリスクマネジメントに加え, がん薬物療法の質の向上に向けて尽力していく必要がある.
Ⅰ. はじめに
Ⅱ. がん薬物療法におけるレジメン管理の重要性
がん薬物療法は, 新薬や併用療法などの発展により,
がん治療成績の向上に多大な貢献をしてきた. しかし,
一方では, 抗癌剤の誤投与等による医療過誤が後を絶
たない状況にある. このため安全にがん薬物療法を行
える環境を整備することは, がん治療を行う施設にお
いては急務であり, これまでも様々な取り組みが行わ
れてきた1-3). 秋田大学医学部附属病院 (以下当院) に
おいては, 平成16年におきたプロトコールの転記ミス
による抗がん剤の過量投与による医療事故を機に, 院
内における薬物療法の標準化, レジメン登録制, 医師・
薬剤師・看護師による監査の徹底, 患者への説明と同
意書等について体制を構築し運用してきた. このよう
な背景の中, 薬剤師はレジメン管理や投与量の確認,
最近では外来薬物療法での調製を行うことでリスクマ
ネジメントに貢献している. 本稿では, 当院でのこれ
までのがん薬物療法において, 薬剤師が果たしてきた
リスクマネジメントへの関わりとその効果について報
告する.
がん薬物療法では, 癌種や患者の全身状態によって,
抗がん剤の組み合わせや投与量, 投与間隔が異なる治
療法が多数存在する. 従って, 薬剤師は1日単位のオー
ダーのみではその投与法や投与量が適正か否かを判断
することは困難である. そのため, がん薬物療法にお
いて誤投与による事故を防ぐためには, 治療に関わる
スタッフが患者に対する投与計画, つまりレジメンを
共有することが不可欠であり, 薬剤師はその情報を基
にして初めて安全に調剤等を行うことが可能となる.
また, 日本病院薬剤師会学術第1小委員会が2002年度
に全国の腫瘍専門医に対して行ったアンケート調査に
よると, 薬剤師に求められる具体的処方支援として,
投与量等の薬学的観点からの処方監査, 薬物動態や薬
物相互作用に関する処方支援, 臓器障害時の処方設計
などが上位に挙げられ, レジメン管理の重要性が指摘
されている4). 当院では平成16年5月に医療安全管理
室内に抗癌剤誤投与防止特別対策委員会が発足し, 院
内で使用するがん薬物療法について予め登録・作成さ
*秋田大学医学部附属病院
薬剤部
**秋田大学医学部附属病院
看護部
***秋田大学医学部保健学科
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Key Words: リスクマネジメント
外来化学療法室
レジメン登録
治療計画書
秋田大学医学部保健学科紀要
第15巻
第2号
Akita University
庄司
学/がん薬物療法において薬剤師が果たすリスクマネジメントの効果
図2
図1
紙媒体でのレジメン登録
れているレジメンに沿った運用により薬剤の誤投与を
防止するシステム構築を行う方針が示された.
また, 電子化レジメン登録運用開始までの間は紙媒
体 (図1) でのレジメン提出を依頼し, それにより実
際のオーダーとの照合・監査の後に薬剤の払い出しを
行った. レジメンの提出は1部の診療科のみにしか浸
透せず院内全体のレジメンを把握するには至らなかっ
た. しかし, 3週間に1回投与されるべき薬剤が連日
投与の指示が出されていたなどのミスが発見され, レ
ジメン管理の重要性を認識させられた. また, レジメ
ン提出によって治療全体が把握できるようになり, 薬
剤師個人の知識向上にも貢献した.
Ⅲ. 電子化レジメン登録の導入
平成16年12月より院内で行うがん薬物療法について
は全てレジメンをシステムに登録し, 後述するオーダ
リングシステムによるオーダーを可能とした (図2).
新規レジメン登録の際は申請医師があらかじめシステ
ムにレジメンの入力を行った上, 申請書, 申請の根拠
となる文献を薬剤部に提出する. 申請書には使用薬剤
や投与量, 投与経路のほか, 投与スケジュールや休薬
日数などを記載し提出する. また, パクリタキセルの
秋田大学医学部保健学科紀要
第15巻
第2号
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電子化レジメン登録の流れ
ような前投薬が必須となる薬剤については前投薬の登
録も行い, 前投薬の漏れがないよう対応している.
薬剤部では薬剤部長を含めた3名の薬剤師によって
監査を行い, 問題が無い場合にレジメン使用の承認を
する. 監査の際には, 入力されたレジメンが申請書及
び文献での投与方法と合致しているか照合するほか,
投与経路や投与時間, 薬剤の配合変化, 薬物相互作用
など薬学的な観点からも監査を行う. また, 一般的に
論文等で報告されている以外のレジメンに関しても他
のレジメンと同様, 原則として参考資料 (症例報告等)
が発表されている際は参考資料を添付しての申請を依
頼している. レジメンの申請から承認までは, 当院抗
がん剤マニュアルによって5日間 (休日を除く) とし
ており余裕を持った申請を求めているが, 実際は使用
開始日に合わせた柔軟な対応を行っている. 薬剤師に
とってはレジメンの監査は, 以後の適応患者全てに影
響を及ぼすため特に注意を払って行っている業務であ
る5).
電子化レジメン登録に係る課題としては, 1) エビ
デンスレベルが低いと考えられるレジメンや, 臨床試
験レベルのレジメンが提出されることもあること6),
2) 治療法は日々進歩しており時間の経過とともに使
用されなくなるレジメンも多く, レジメンの整理が必
要となること等があげられる. 登録されたレジメン数
は, 平成19年7月15日現在で446である.
Ⅳ. オーダリングシステムの構築
一般に注射薬のオーダリングシステムは薬品名もし
くは成分名の一部を端末に入力することによって呼び
出される. しかし, 注射薬の抗がん剤については, 当
院では平成17年6月よりレジメン単位でのオーダーで
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庄司
学/がん薬物療法において薬剤師が果たすリスクマネジメントの効果
のみ呼び出せることとし, 薬品名を個別に呼び出すこ
とができないシステムとした. 申請・承認されたレジ
メンはシステム内に登録されており, オーダーの際該
当レジメンを選択する. 投与量は診療支援システム内
に登録されている患者情報により自動計算され初期値
として表示される. この値を基に医師の裁量により投
与量が入力されるが, 初期値を超えた投与量は入力不
可となっており過量投与を回避している. また, 投与
量については各レジメン固有に最大投与量を設定する
ことが可能であり, 例えばビンクリスチンのように体
表面積等に関わらず最大投与量が決められている薬剤
については過量投与ができない仕組みになっている.
このレジメンでの入力システムでは, 休薬期間内は他
のレジメンをオーダーできないようになっており, 休
薬期間を誤って他のレジメンを重複してオーダーする
ことを防いでいる.
当院のオーダリングシステムに係る問題点としては,
過量投与は回避できるものの過少投与に関しては回避
することができない. また, 投与量は自動計算され初
期値が最大投与量となるために端数の調整が困難とな
るケースもある. 初期値に対する上限および下限を設
定することでこれらの問題点は解決できると思われる
が, まだ至っていない現状である.
薬剤部ではレジメンによってオーダーが行われると,
レジメン適応患者が日々把握できるようレジメン適用
患者一覧表を作成し, 処方チェックに利用している.
その他, 同一成分で複数規格存在する薬剤がある場合,
投与量によって自動的に適切な規格に変換されるシス
テムの構築を行い, 医療経済・病院経営の上でも貢献
している.
6割程度であったが, 平成18年4月より提出を義務化
し提出率は100%となった.
薬剤部では提出された治療計画書と実際のオーダー
内容を照合し, 内容に相違点がないか処方監査を行っ
ている (図4). 以下に薬剤師が治療計画書により監
査を行うことでリスクを回避できた事例を示す.
<事例1>フルオロウラシルを用いるレジメンでフ
ルオロウラシルの投与量が450mg と入力されていた.
薬剤部において治療計画書と照合すると実際の投与量
は4500mg となっており, 医師に疑義照会を行ったと
ころ投与量の入力ミスと判明し処方修正を行った.
<事例2>パクリタキセル前投与の H2 ブロッカー
として, ラニチジンを用いたレジメンとファモチジン
を用いたレジメンの2種類が登録されていた. ある患
者に対するオーダーを治療計画書と照合したところ,
治療計画書ではファモチジンを用いたものであったが,
オーダーされたものはラニチジンを用いたものであっ
た. 医師に疑義照会を行い治療計画書の訂正を行った.
<事例3>治療計画書に患者が同意して署名する際,
治療計画書に記入されていた体重が実体重より約10
kg 多く記入されていたことを患者から指摘された.
Ⅴ. 治療計画書の導入と運用およびリスクマネジメン
ト効果
レジメン登録制やオーダリングシステム上の工夫を
行った場合でも, オーダー間違いを完全に排除するこ
とは不可能である. 今回構築された登録レジメンによ
るオーダリングシステムにおいても, 1) レジメンの
選択自体のミス, 2) 投与量の下限量のチェック漏れ,
3) 医療情報システム上の患者身体情報の入力ミスな
どが危惧される. また, これらのミスは極端なオーダー
でない限り, 医師の治療意図が不明な状態では処方監
査においても発見が容易ではない. 平成17年9月に受
審した病院機能評価機構の審査においてこの点を指摘
され, それまで患者用・カルテ用と2枚複写であった
治療計画書を3枚複写式とし, そのうち1部を薬剤部
提出用とした (図3). 治療計画書の提出率は当初は
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図3
図4
治療計画書
治療計画書を用いた処方監査
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学/がん薬物療法において薬剤師が果たすリスクマネジメントの効果
担当看護師が医師に連絡し, 実体重を用いて再計算を
行いオーダー修正となった.
以上のごとく, あえて記入式での治療計画書を作成
することにより, 患者毎の医師の本来の治療計画を確
認することができるほかに, 患者の同意欄を設けるこ
とで患者の目というもう一つのチェック機構が構築さ
れる. このことは, 情報の共有によりがん治療が医療
従事者だけでなく患者も共に行っているという意識付
けにも有意義である7). これらのことから, 治療計画
書は治療を行う上でリスクの軽減に寄与するだけでな
く, 患者とのコミュニケーションツールとしても有用
であると考える.
(61)
また, 新薬の開発や薬剤投与方法の多様化に伴い, が
ん治療をより効果的に行うための支援も薬剤師の重要
な業務となっていくものと考えられる. 従って, 医師
への処方支援や医療従事者への教育など, 質的側面に
も積極的にアプローチしていかなければならない.
文
献
1) 下枝貞彦, 町田修一・他:リスクマネジメントを目的
とした癌化学療法プロトコール管理システムの開発.
医薬ジャーナル38:3088-3096, 2002
2) 大谷佳代子, 橋田
亨・他:外来化学療法部開設に伴
う抗癌剤投与の安全管理システムの確立. 医療薬学31:
Ⅵ. おわりに
301-306, 2005
3) 武隈
当院では抗がん剤の過量投与による医療事故をきっ
かけに, 再発防止のために様々な対策を講じてきた.
その中で薬剤師は, レジメン登録・管理や処方監査を
通じ薬の専門家としての職能を生かし, がん薬物療法
を安全に行えるようリスクマネジメントに重点をおい
て貢献してきた. 米国では, 1996年に, 薬剤師が医療
過誤を防止するための役割として10項目の提案 (表
1)8-9)がなされた. 今後は我々もこの提案の意義を重
要視し, がん薬物療法担当看護師と協力して患者への
説明等の様々な業務を行っていかなければならない10).
洋, 岩井美和子・他:がん化学療法の調剤業務
支援のためのプロトコールデータベースの構築と運用.
医療薬学31:575-584, 2005
4) 後藤伸之, 政田幹夫・他:平成13年度学術委員会学術
第1章委員会 (最終報告) 薬剤師の専門性に関する業
務領域の調査・研究. 日本病院薬剤師会雑誌38:10011005, 2002
5) 片山志郎:がん化学療法における 「がん専門薬剤師」
の役割. 癌と化学療法33:1575-1578, 2006
6) 近藤
礎, 田墨恵子・他:オーダリングシステム型外
来化学療法部の現況と問題点. 癌と化学療法34:12641266, 2007
表1
がん薬物療法における医療過誤を防止する
ための薬剤師の役割8-9)
・投与経路が明確に記載されているか, 禁忌の投与法で
はないか
・投与間隔はレジメンに合ったものとなっているか
・注入速度に注意すべき薬剤はないか
・臨床検査値・身体所見などで投与禁忌項目はないか
・併用薬剤で薬物間相互作用のある薬剤の投与はないか
・混合薬剤中で配合変化はないか
・重篤な皮膚障害を起こす薬剤が投与されていないか
・嘔吐やアレルギーなどの薬剤有害反応対策はなされて
いるか
・前治療がなされているか, また, 総投与量に制限のあ
る薬剤はその上限を超えていないか
・患者に薬物療法に対する説明がなされているか
秋田大学医学部保健学科紀要
第15巻
第2号
7) 本山清美:患者と多職種でつくる外来がん化学療法の
チーム医療. 癌と化学療法33:1557-1562, 2006
8) Cohen M. R., Anderson R. W., et al : Preventing
medication errors in cancer chemotherapy. Am.
J. Health-Syst. Pharm 53 : 737-746, 1996
9) 国立がんセンター薬剤部編:がん専門薬剤師を目指す
ための抗がん剤業務ハンドブック. じほう, 東京,
2006, 133-138
10) 井上忠夫:癌化学療法における薬剤師の役割. 癌と化
学療法31:11-16, 2004
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Akita University
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庄司
学/がん薬物療法において薬剤師が果たすリスクマネジメントの効果
The effect of risk management performed by
pharmacists in cancer chemotherapy
Manabu SHOJI* Hideyuki MUROTA* Etsuko SATO*
Ryozo FUKUI* Naomi SHINDO** Yoshihiro ASANUMA***
Toshio SUZUKI*
*Department of Pharmacy, Akita University Hospital
**Department of Nursing, Ambulatory treatment center, Akita University Hospital
***School of Health Sciences, Akita University
At Akita University Hospital, a special committee to protect the mis-injection of the anticancer agents
has been established in May, 2004. According to its leadership, registration and administration of the
regimen and constitution and operation of the ordering system has been carried out. As drug specialist,
pharmacists examine and consent the regimen. In performing cancer chemotherapy, treatment plan written
by each doctor is mandatory, and pharmacists examine whether the doctor
s plan is properly reflected on
the regimen, thus prevent various mistakes concerning the prescription. Furthermore, pharmacists have
begun the in-hospital preparation of anticancer drugs since November, 2006, when outpatient-based cancer
chemotherapy has been started. In the future, it is important that pharmacists contribute not only to
manage the risk in cancer chemotherapy, but also to improve the quality of the cancer treatment as
members of medical care teams.
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秋田大学医学部保健学科紀要
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第2号
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