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海 外赴任と 海 外赴任と 海 外赴任と - JOMF:一般財団法人 海外邦人

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海 外赴任と 海 外赴任と 海 外赴任と - JOMF:一般財団法人 海外邦人
と
任
赴
外
海
著者: 横須賀市療育相談センター所長
広瀬宏之
海外邦人医療基金
(2015年3月発行)
Japan Overseas Medical Fund
はじめに
MEMO
ご縁があって子育てについて連載をすることになりました。私は、もともと小児科医で神
経学を専門にしていましたが、現在は神経にとどまらず、認知・社会面や心理・精神面での
一般財団法人海外邦人医療基金
発達に問題があったり、病気の症状に心理的な背景があったりするお子さんとそのご家族を
支える仕事をしています。昨年のニュースレターでのリレーエッセイ、「小児医療の現場か
ら」でも自己紹介をしていますので、ご参照くだされば幸いです。
今回の連載では、子育ての基本的な考え方、親子関係を含めた心理面の発達、認知神経学
的な面での発達など、子育てに関する色々なお話をしようと思います。
2006年8月
一般財団法人 海外邦人医療基金(Japan Overseas Medical Fund)
1984年に外務省、厚生労働省(旧厚生省、労働省)の指導のもと、純民間の財
団法人として設立された。同年から労働福祉事業団(現在 労働者健康福祉機構)
の委託を受け、海外巡回健康相談事業を展開。また、翌1985年には、シンガポー
ル日本人会診療所を設立し、邦人医師第1号の派遣を行った。1986年にはマニラ
改版に際して
日本人会診療所、90年ジャカルタ日本人医療相談室(現在はジャカルタ・ジャパ
ンクラブ医療相談室と改称)
、97年大連市中心医院医療相談室を開設。海外在留
海外邦人医療基金のニュースレターに「子育てのこころ」と題して連載をしたのは2006
年、もう、10年も前のことになります。
このたび、改版に際して少々加筆を行い、2005年のニュースレターに掲載された「小児医
療の現場から」と、2013年に「小児科診療(診断と治療社)
」に掲載された「障害児が海外
邦人の医療不安解消を目的に、
「
(海外での)診療所や医療相談室の開設・運営援
助」「海外医療情報の収集・提供サービス」
「海外在留邦人に対する巡回健康診断
の実施」
「各種セミナー開催」「海外医療従事者の日本研修」「海外巡回健康相談」
「(企業・健保組合との健康診断委託契約に基づく)海外委託健康診断の実施」
「国
に行くとき」を追加しました。
内外の医療機関との交流促進」などの事業を行なっている。
子育てのコツがわかったときが、子育ての卒業時です。皮肉な気もしますが、そうやって、
2013年4月1日より一般財団法人に移行した。
代々「子育てのこころ」が引継がれてきたのだと思います。
本冊子を手に取って下さった皆さんの子どもたちの未来が、少しでも幸い多きものになり
ますよう、お祈りしています。
2015年陽春
〒105-0001 東京都港区虎ノ門1−19−9 虎の門 TBL ビル9階
TEL:03-3593-1001
FAX:03-3502-1229
URL ● http://www.jomf.or.jp/
1
MEMO
目 次
○はじめに
1.ほめる子育て・その1…………………………………… 3
2.ほめる子育て・その2…………………………………… 6
3.「育てる」と「育つ」……………………………………… 9
4.「母子関係の発達・その1」………………………………11
5.「母子関係の発達・その2」………………………………13
6.「夜泣き」……………………………………………………15
7.「言葉の発達・その1」……………………………………17
8.「言葉の発達・その2」……………………………………19
9.「記憶のメカニズム」………………………………………21
10.「記憶の発達」………………………………………………24
11.「視力と聴力の発達」………………………………………27
12.「嗅覚と触覚と味覚の発達」………………………………29
13.「子どものうつとひきこもり」……………………………32
14.「対処行動ということ」……………………………………35
○エッセー「~小児科からこころの診療部へ~」……………37
○コラム「発達障害とは」………………………………………42
2
1
ほめる子育て・その1
①
子育ての難しい時代に
子育ての難しい時代になってきているように感じます。子どものこころの問題への注目度
もますます高くなり、各地の大学病院や小児病院では、子どものこころにスポットを当てた
診療部門が設置されるようになっています。自閉症の有病率は3%という報告もあります。
文部科学省の調査では、小学校の普通級の中で特別な配慮を要する子どもは6%程度だそう
です。児童相談所への虐待通告も年々増える一方です。社会の変化とともに子どもに対する
様々なストレスが強まっています。そのような環境で、子育てをどのように行っていけばよ
いのでしょうか。
②
減点法の子育て
子育てに限らず、何か新しいことを学習するには、二つの方法があります。できないとこ
ろに注目して叱咤する方法と、できたところに注目して励まして伸ばして行く方法です。採
点法でいうと減点法と加点法になります。
減点法ではできなかったところや悪いところに着目し、“駄目出し”を繰り返します。
「出
来ないと駄目ね」「またそんなことやって、どうしてわからないの」
「そんなことばかりじゃ
お父さんみたいになるわよ」などです。これを毎日繰り返し行うと、子どもはどんどん自信
を失い、自己評価や自分を大事に思う自尊心が低下していきます。
③
過剰適応の末路
減点法で採点されても、それを聞き入れて自分を修正する能力のある子どもは大丈夫かと
いうとそうではありません。このタイプの子どもは、間違いを叱責されることを恐れ、たえ
ず正解を求めて生きていくことになります。
ここでの正解とは、しかし、自分の体験から学んだ正解ではありません。周囲がよしとす
る正解です。求められる正解を追いかけ、これを常に繰り返していると、周囲と合わせる能
力が著しく成長していき、過剰適応と呼ばれる状態になります。主体性の無さができあがり、
自己主張ができなくなります。主張すべき自分すら、まったく育たないことがあります。
3
MEMO
おわりに
④
失感情症・身体化・心身症
過剰適応が完成するとどうなるでしょうか。いくら、周りの、外界文化に合わせることを
広瀬宏之先生には2002年より小児医療相談「JOMF-キッズネット」の相談担当医として、
繰り返しても、人間としての本質が失われていない限り、自分の内面の気持ちを押し殺すこ
当基金の事業にご助力をいただいております。2006年以降は毎年ジャカルタでの小児発達健
とはできません。成長するにつれて、自分が合わせている外界と、本当の自分の内面とのず
康相談も担当、横須賀市療育相談センター所長という多忙な本職をお持ちでありながら、海
れが顕著になります。しかし、これまでの生活の中で自分の体験をもとにした生き方をして
外で不安を持つ子育て中の駐在員ご家族のサポートに尽力されています。
いませんし、自己主張も経験していませんから、ずれをずれとして認識することが非常に困
難なのです。そこで、内面で感じている気持ち(本音)と、合わせなくてはいけない外界文
「JOMF-キッズネット」は当基金の会員向け相談サービスの一つで1996年1月より開始し
化(建前)との乖離が完成します。
ました。
自分の本当の気持ちをつかまえることができないと言う意味で、失感情症という言葉を用
東京大学医学部小児科教室のご協力により医師(数名の有志)のボランティア活動として
いることがあります。その一方で、からだは本当の気持ちに正直に反応します。こころとか
スタートしました。
らだが乖離し続けていると、からだから何らかのサインがでます。からだの症状でこころを
もともとは海外巡回健康相談に参加した医師の一人が海外での相談時に多くの邦人がもっ
表現することになります。からだには原因が無いのに、からだの症状で気持ちを物語ること
ていた不安や悩みに接したことから生まれたアイディアです。当時は携帯電話が普及しはじ
を身体化という言葉で表現します。
めた頃であり、転送電話システムを利用し対象国を絞り、始まりました。その後は海外全地
緊張すると手に汗をかいたり、胃がキュッと痛くなったりすることがあります。楽しいこ
域に対象を広げ、1998年にはインターネットによる掲示板相談も開始、時差の影響を受けな
とがあった日は、気持ちが昂って眠れないことがあります。すべて、こころからからだへの
いことから電話以上に多くの地域から相談が寄せられています。
サインなのです。こころで感じる気持ちに呼応してからだ、特に自律神経が反応しているの
2002年にキッズネットでの相談を「Q & A ブック」としてまとめて発行しております。
です。失感情症の人はそれを無視し続け、からだからのサインがエスカレートしていきます。
その内容は、
“発熱、予防接種から海外での出産、子育てまで”と幅広く、本職の合間を縫っ
そのうち、本来は悪くなかったはずのからだの機能が悪くなります。気持ちが主な原因でか
て相談に対応される先生方にはあらためて感謝申し上げます。
らだの症状がでてくる、心身症と言う病態になっていくのです。
最近では当基金が海外で行う健康相談への希望として、小児科でも特に発達の専門家の派
遣を、という地域が増えていますが、海外での子育てに伴う不安をお持ちの会員企業派遣者
⑤
の方々のためにも、今後も情報発信や相談業務などを充実させて参ります。
減点法で育った子どもでも、もともとの自力のある子は減点行為に対して反発します。批
抑圧の果てに
判され、押さえつけられた分だけ反発します。周囲が力で無理に抑圧するようになると、子
どもも必死の力で反発します。されたことはやり返す、
「目には目を」と同じなのです。かく
一般財団法人海外邦人医療基金
して、家庭内暴力に発展します。いわゆる「キレる子ども」の多くは、元々がキレやすいと
いうよりも、間違った対応により、さらにキレやすい子どもに育てられてしまうのです。
ちなみに、
「キレる」というのは衝動性や攻撃性という言葉で表現することができます。突
発的に激しく行動してしまう衝動性の多くは生まれつきのことが多いのです。衝動性をいか
にコントロールするかを学んで行かなければいけない筈なのに、周囲が力で押さえる子育て
(この冊子は2007年に「子育て」をテーマに1年にわたってニュースレターに連載をいただ
をしてしまうと、衝動性が解消されるどころか、攻撃性が付け加わってしまいます。
き、その内容をまとめたものです。)
⑥
攻撃性と怒り
攻撃性の背景にあるのは怒りです。力で押さえつけにかかる周囲に対する怒りは、暴力と
言う形で表現されます。一方、押さえこまれてしまった自分を、価値のない、駄目な存在と
して見なす自分への怒りは、自分に対する怒りとして表現されます。自分に対する怒りの表
43
4
現形としては、自分の身体を傷つける自傷行為、身体化と呼ばれる様々な身体症状、うつや
不安などの精神症状があります。子どものうつについては、のちほどこの連載で取り上げる
予定です。
コラム「発達障害とは」
ほめる子育てのお話でしたが、今回は反面教師のようになってしまいました。次回は、ほ
人間が生きていくにはさまざまな能力が必要です。視覚・聴覚・味覚・触覚・臭覚など五
める子育てと、その実際についてお話します。
感の力、運動する力、話す力、理解する力、注意を向ける力、段取りをたてる力、考える力、
人とつき合う力など、状況判断力など、社会生活を営むには多くの能力を身につけていく必
要があります。
発達障害とはこれらの能力の幾つかがうまく発達せずに、周囲との適応が上手くいかなく
なる場合をさします。広く考えると、5つの発達障害があります。詳しくは、以下の表をご
覧ください。
もちろん、完璧な人間はいませんし、それぞれがどこかに苦手な領域を抱えています。で
も、たいていの人は、苦手さをもちながらも、毎日の生活の中で大きな問題は起こさずにす
んでいるのです。しかし、発達障害と呼ばれる人たちは、うまく発達していない苦手な能力
が原因で、生活に何らかの不適応を抱えることになります。適応がうまくいかないと、本人
は言うまでもなく、周りの子どもたちや、関わる大人たちにも必要以上の大変さ、困難さが
生じます。
発達障害の原因は育て方ではありません。生まれつきの、脳神経のネットワークに発達の
遅れや偏りが原因です。しかし、詳細な原因はまだ不明で、医療で治すことはできません。周
囲が本人の特徴を十分に理解し、それに合わせた対応をしていくのが一番の道です。
表:5つの発達障害
障害名
遅れている領域
特 徴
知的発達症(MR) 知的能力
全体的な知能の発達の遅れ(IQ<70)。人
精神遅滞、知的障害
口の1-3%
運動発達遅滞
運動能力
運動能力の発達の遅れ
広汎性発達障害・
コミュニケーション能力 主症状は ⑴コミュニケーションや言葉の
障害、 ⑵興味の偏りや感覚過敏。知的障害、
自閉スペクトラム症
多動・不注意、不器用、てんかん、視覚優
(ASD)
位、優れた記憶力などを伴う。人口の約
2-3%
注意欠如・多動症
注意力・集中力
(ADHD)
限局性学習症・
学習障害(LD)
主症状は不注意と多動・衝動性。薬物が効
く場合がある。人口の3-8%
狭義の学習能力
知的能力は標準かそれ以上だが、読み・書
き・計算など学習に必要な機能の一部に障
害がある。0.5-2%
5
42
2
ックしないかを考えるのです。その状況をどう扱ったら治療に一番効果があるかを即座に判
断するのです。
ほめる子育て・その2
その意味で医者は患者さんとの面接場面で感じる自分自身の気持ちに敏感でなくてはいけ
ません。身体疾患の場合は聴診器をあてれば、或は血液検査やレントゲン検査をすれば状態
は把握できます。精神疾患の場合、聴診器にあたるのは医者側が感じる患者さんへの気持ち
です。もちろん、それが全てではありませんが、精神症状と呼ばれる患者さんの所見をとる
上で、医者が自分の気持ちを正確に見つめることは欠かせないことなのです。
①
ほめる
前回は、ほめる子育ての反面教師として減点法の子育てについてお話ししました。減点法
の子育ての結果として、過剰適応、失感情症、身体化、心身症、攻撃性、衝動性、怒りの感
情といった、様々な好ましくない状態が現れることをお話ししました。
これと反対にあるのが、よいところに注目し、ほめる子育てです。採点法でいうと加点法
です。できなかったことを駄目だと批判するのではなく、できたところを取り上げて、まず
ほめる。そして、できなかったところが、もう少し上手にできるようになればもっといいね、
とほめるのです。
では、何をほめるか? 子どものよい行動をほめるのです。できるだけ具体的な行動、例
えば、お手伝いをした、宿題をした、かたづけをしたという、目でみてわかる行動をほめる
のです。
また、増やしたい行動もほめます。増やしたい行動ですので、まだきちんと完成はしてい
ません。でも、ちょっとでも増やしたい行動にとりくんだときにすかさずほめてあげるので
す。
ここで、注意したいことは、ほめるといっても決して皮肉にならないようにすることです。
例えば、「だったらはじめからやればよかったのに」等です。ほめていても実は批判してい
る、言葉の表面上の意味に加えて、裏の意味がこもっていると、子どもは敏感に察知します。
言葉の意味と、伝える内容があべこべのことをダブルバインドといいます。ダブルバインド
的な関わりを続けると、言葉の説得力が失われていきます。しかも、ほめられている筈なの
に、ほめられている気がしない。怒られている訳ではないから表立って反発もできない。真
綿でじわじわと首を絞められているような感覚に陥っていきます。それくらいなら減点法の
方がまだはっきりしています。
②
加点法の子育て
加点法の子育てをしていると、自己評価が高くなります。自信がついてくると、周囲への
関わりがより積極的になり、学ぶ姿勢が前向きになります。「好きこそものの上手なれ」と言
うように、好きなことはより早く身につきます。
子どもにとって勉強は基本的には楽しいことです。でも、理解できないと楽しくなくなり
ます。しかし、勉強して理解できると面白みがわかってきます。また、自分にとって必要な
勉強ならば、自ずとやる気が出ます。また、気が進まないことでも、ほめられると満更でも
ない気分になり、もう少しやってみようかと言う気持ちにもなります。そもそも、報酬の無
41
6
い人生は有り得ないのです。物質的にせよ、精神的にせよ何らかの見返りがあるから、我々
4、抱えること揺さぶること
大人も日々満員電車に揺られて通勤をして、仕事をしているわけです。
治療には「抱え」と「揺さぶり」の二つの側面があります。
家庭教師での経験から言うと、できない科目を克服する最良の方法は、得意科目を徹底的
「抱える」ことは患者の今の状況を受け止め認めてあげること、治療の場所を保証すること、
に伸ばすことです。人間、誰しも苦手なこと、嫌なことは後回しにするか、できれば避けて
急いで今の自分を変えようとしなくてもいいことなどを保証することです。治療の場や、そ
通りたいものです。しかし、それが避けられない場合、はじめからそれに向き合える強い人
の土台を提供してあげることにもなります。また病院に行かなくても、きれいな月を見るこ
は多くありません。得意科目を伸ばして、勉強に対する自信がついてくると、不得意科目へ
と、美味しい食事を食べること、美しい芸術作品を体験することなどでこころが癒され、明
立ち向かう意欲が出てきます。同じように、良いところをほめて伸ばすことが、その子のウ
日への活力が出てくることがあります。この場合、
「月を見る体験」で気持ちが支えられ、抱
イークポイント克服への第一歩になるのです。
えられたことになって、自分でもある程度の治療は出来るのです。
しかし、多くの場合「抱える」こと、即ち支持的療法だけでは治癒には結びつきません。
③
良いところを探そう!
治療的介入と呼ばれる様々な「揺さぶり」が必要になってくるのです。カウンセリングで
の指示や促し、薬物療法、家族や学校等への環境変化の働きかけなどが「揺さぶり」になり
うちの子どもには良いところなんか無い、とおっしゃる方がいらっしゃいます。本当にそ
ます。
「抱え」の姿勢を持ちつつ、適切なタイミングで「揺さぶり」をかけ、この二つのバラ
うでしょうか。
ンスを考えながら治療を進めていきます。
子育ては日々格闘です。20歳までに人生で必要なことを身につけさせて、世の中に送り出
ところが身体疾患では「抱え」と「揺さぶり」の意識は希薄で、薬物治療や外科治療など
さなくてはいけません。できないことにどうしても目が向きます。でも、前回もお話しした
で体に揺さぶりをかけることに終始する場合が多いような気がします。もっとも、慢性疾患、
ように、できないことにばかり目が向いていると、その子が持っている本来の育つ力が十分
特に神経疾患などでは現在の医学では治癒できない疾患も多く、やむを得ず「抱える」こと
に発揮されないのです。
が治療の主体になる事があります。そのときでも、医者はなんとか治せないかと苦しみます。
そもそも、この世に生を受けて、生きている価値のない人間などいないはずです。子ども
「抱える」こと自体が治療になるという感覚はあまりないように思います。
として、人間として、生きているだけで素晴らしいはずなのに、そう思えない方がいらっし
医者の言葉で評判の悪いものに「経過を見ましょう」というのがあります。これは、多く
ゃるのは残念でなりません。
の場合、特に治療手段は無いし自然に任せて経過を見ていて大丈夫ですよ、という意味なの
ですが、言われた方は随分と不安に思われるようです。例えば、単純な風邪でも普通は特効
④
リフレーミング
さて、ほめるときの一つのコツとして、リフレーミングという技法があります。同じ現象
薬がありませんから経過を見ているしかありません。この場合「経過を見ましょう」と言う
のを一歩進めて、
「普通の風邪は自分の免疫力で治るから自然の流れをみていて大丈夫です
よ」と安心させてあげることが「抱える」ことになります。
を別の角度から言い直すことです。カタカナで書くと難しいようですが、要は「ものは考え
また「今は大丈夫だけれども、もし風邪がこじれて肺炎になってしまってもお薬で治療す
よう」ということです。おしゃべりでうるさい子どもを、
「積極的で活発な子ども」と考え直
るから大丈夫ですよ」というのも(お薬の治療は「揺さぶり」に相当しますが)
「抱える」こ
すのです。子どもの目立つところを欠点だと悪く考えずに、その子の優れた「能力」が芽を
とになります。僕も時々小児科医に戻って、風邪などの診療をすることがありますが、
「抱え
出している部分として考えてあげるのです。
る」という概念を意識するようになり随分診察がしやすくなったと感じています。
その好例が黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」に書かれています。多動と注意の転導
7
性が著しく、転校に追い込まれたトットちゃんについて、転校先の校長先生が、トットちゃ
5、医者の気持ち
んのおしゃべりや人並みはずれた好奇心を、欠点として減点せずに、彼女の持っている素晴
患者さんの中には、攻撃的な方や逆に過度に親和的な方など、様々な性格の方がいらっし
らしい能力として考えてあげたからこそ、今の黒柳さんがあるのです。
ゃいます。
しかし、このリフレーミングという技法を実行するのはなかなか難しいのです。その際の
身体疾患の場合は体の状態を良くすればいいので、性格はあまり関係ありません。しかし、
コツは、意識して「能力」という言葉をつけてあげることです。走り回ってばかりの子ども
精神科の場合はその性格が正に疾患や症状と分ちがたく結びついています。医者と患者さん
だったら「走り回る能力」がある、人の話を聞かないで一方的にしゃべる子どもだったら「自
の関係性や診察室での態度、患者さんから医療者への言動などを治療のテーマとして取り上
分のペースを崩さないで自己主張する能力」がある、忘れ物が多い子どもだったら、
「細かい
げる必要も出てきます。医者も人間ですから攻撃的な場面では不快に感じます。感じてそれ
物に頓着しない能力」がある、或は「将来大物になる能力」かもしれない、などと考え直し
を単純にそのまま表現するのではなく、また、押し殺すのでもなく、自分の中でいったん消
てみるのです。最後の例など、どう考えてもこじつけですが、それで良いのです。要は子ど
化して解釈する。その上でその場で患者さんにフィードバックするか、その時はフィードバ
40
示します。しかし、生命にかかわるので治さないわけにはいきません。リストカットや自殺
ものポジティブな面を伸ばすことが大切なのです。
企図の患者も同じです。死にたいならどうぞとは言えません。ここで、本人の意思と治療の
余談ですが、この「能力」という言葉をつける技法は、苦手な上司や同僚に対応する際に
必要性がかみ合いません。治療契約は暗黙ではなく、何を治すのかに関して合意することが
も応用がききます。もちろん、子どもの場合と違い、対大人の場合は、微妙な量の皮肉のス
必要になってくるのです。そもそも合意すること自体が治療の一部なのです。多くの場合は
パイスは欠かせないのですが。
患者さんと医者のあいだに治療契約が結ばれるまでに時間がかかります。治療契約が成立す
しかし、さらに考えると、一見治療を拒む摂食障害や自殺企図の患者さんも、実は深いと
⑤
ころで治療を望んでいます。死にたいと思って病院に来る、素直に考えれば、病院に来ずに
ほめることと甘やかすことの違いが判らない方も多いようです。何でも認めてあげること
死んでしまっても良さそうなものです。そうではなく、死にたいくらい辛いので何とかして
は、ほめることでも何でもありません。許されない言動は、きちんと教えてあげる必要があ
くださいということなのです。或いは、食事が食べられずこんなに痩せ細るほど辛いので何
ります。その際に、批判するのではなく、それは良くないことだと伝える姿勢が必要です。
とかしてくださいということなのです。訴えの裏に隠された本当の思いを引き出して、そこ
そして、できれば、どうしてそれが良くないのか、或は、場面にそぐわないのかを、子ども
に焦点をあてて治療していくのです。
の理解の範囲内の理屈で伝えてあげれば、なお良いと思います。
その意味でも、何を治すかを常に考えていないといけません。食べられなくて体重が減っ
ともすると、感情的に反応して叱りつけることが多くなりますが、できるだけそれは少な
てしまうことだけを治すのではなく、食べられない背景、家庭環境だったり親子関係だった
くしたいものです。大人ならではの、余裕を残した対応を心がけたいものです。
れば治療の半分は終わったも同然です。
ほめることと甘やかすこと
り学校での友人関係だったり、勿論本人の性格の問題だったり、その深い所に横たわってい
る「何か」を一緒に治療して行くのです。こう書いてしまうと当たり前のような気もしてき
ますが、日々治療に抵抗する患者さんをみると医者の役目も随分違うものだと思うのです。
精神科では「患者」という言い方ではなく、
「クライアント(依頼者)
」という言い方をす
ることがあります。身体疾患では病気自体が依頼内容であり自動的に「患者」になりますが、
精神科では病気があって、更にそれを治したいと思っている人が「クライアント」になるの
かなあと考えています。このように呼び方にも相違点が現れていると思います。
3、治療構造
精神科の治療には「枠」という概念があります。これも小児科では意識しなかった概念で
す。治療の場所、時間、費用、頻度などの構造をある程度決めてその中で治療をします。精
神科の治療を外科手術になぞらえる先生もいます。こころの“外科治療”なのでしっかり準
備をして不測の事態に備えられるよう、侵襲度が高いのでめったやたらと治療をしないよう
にしなくてはいけないというのです。
入院のケースでも小児科では医者の時間が空いている時に回診に行きます。時間はあらか
じめ決めてはいません。
(とは言っても、外来の前後など結局は一定の時間に収束する事が多
いのですが。
)
精神科の場合はもう少し決まった時間に「面接」と称して別室で治療が行われます。僕が
入院で受け持っていた摂食障害の男児は毎週水曜日の10時45分から11時30分が面談時間で
した。面接室で二人きりで話をします。その45分は彼のための時間で、そこでは何を話して
もよく話した内容は二人以外には漏らす事はありません。
枠を守る事で初めて患者は安心して自分の内界を語ります。大抵は、非常に激しい気持ち
を抱えているので、枠のある所で取り扱わないと医者もクライアントも激しさを扱い損ねて
傷を負いかねないのです。枠がある事で、双方ともに守られているのです。
39
8
3
「育てる」と「育つ」
診療する毎日となっています。また、自閉症を診療するにあたっても精神科的な知識や技法
は必須だと感じています。
昨今、こどものこころの問題は注目度が高くなりつつあり、各地の大学病院や小児病院に
こどものこころにスポットを当てた診療部門が設置されるようになっています。成育医療セ
ンターのこころの診療部も平成14年のセンター設立と同時にオープンしました。
二回にわたって、子育ての基本的なコツをお話ししました。そこには、子どもに関わる専
そこでは自閉症・学習障害・注意欠陥多動性障害などの発達障害、心身症と呼ばれる心理
門家の一人として、子どもの本来もっている「育つ力」を信じて、伸ばしていってほしいと
的原因で身体症状が生じる状態(例えば摂食障害)
、うつ病や統合失調症など精神科よりの疾
言う希望も込められています。
患、心的外傷後ストレス障害、不適切な養育による子どもの心理・精神症状、養育者側の育
そこで、今回は子どものもっている「育つ力」について考えてみたいと思います。
児不安などなど、社会の変化に伴いこどもと親へのストレスは増えつつあるようです。
成育医療センターのこころの診療部では精神科出身と小児科出身の医師が丁度半々ずつの
①
子どもを「育てる」
混成部隊で診療しています。僕は小児科から小児神経を経て現在に至っていますが、精神科
領域に足を踏み入れてみると、小児科時代に培われたのとは全く違うスタンスで診療をする
人間は生物学的にも社会的にも早産だと言われています。お母さんのおなかに一年もいて
ことになりました。慣れるまでは新しいことの連続で、
上手く行かないこともありました。以
生まれてくるのに、生まれたばかりの赤ちゃんは、生存に必要な周囲との関わりを自分の力
下、僕が感じてきた小児科との違いを書いてみようと思います。
だけではできません。ほ乳類の多くの動物たち、例えば馬や牛などは生まれてすぐに歩くこ
とができます。これは自分の足でお母さんのおっぱいのところまでたどりつける、何かあれ
ば移動して逃げることができるということです。ほ乳類の大半はそういうことができるよう
になってから生まれてくるのです。
小児科との違い
1、時間感覚
ところが人間は生まれてからすぐには歩けません。多くの赤ちゃんは歩けるようになるま
まず、臨床場面での時間スケールが違います。医者の歩くスピードからして違います。小
でさらに一年を要します。お母さんあるいはその役割をする人がいて、その人がおっぱいを
児科では一日のうちでも、いや、分や時間の単位でも症状が推移していきます。音楽で言う
あげる、危険から守る、ということを前提に生まれてくるのです。どうしてこういうことに
ならばアレグロやプレストです。入院期間も多くの場合は数日から長くても数週間です。
なっているのでしょうか。それは人間の脳が、早期に適切な刺激を受ければきちんと発達す
一方、精神科ではちょっとやそっとでは変化しません。最低でも月単位、長いと年単位で
るようにできているからです。逆にいうと、適切な刺激を与えて育てなければ何一つ身につ
症状がゆっくりと改善していきます。アンダンテからアダージョといったところです。小児
かないということでもあります。
科医は概してせっかちです。精神科ではせっかちは“おてつき”になり大抵うまくいきませ
人間の赤ちゃんはおなかがすいても、独力ではおっぱいにたどり着けません。そのかわり
ん。患者さんのこころの変化に寄り添いながらゆっくりと付き合い、ここというときに治療
に泣きます。それをお母さんが聞いておっぱいをあげる、すると赤ちゃんは泣き止みます。
的介入をするのです。付言ですが、一人の患者さんの経過で本当に治療的介入を必要とされ
時には空腹ではなく「おむつをかえて!」の泣き声かもしれません。おっぱいをあげても泣
るのは1回から多くても数回といいます。そのタイミングを見失わず、必要なときに必要な
きやまない時は、おむつを見てあげるわけです。そうして発せられた泣き声というサインに
介入をすることが肝心なのです。
周りが適切に反応する。そこで赤ちゃんはお腹がすいたら泣けばいいということを学習する
のです。空腹時だけでなく何か要求したいときには泣く、するとお母さんが要求を満たして
2、治療契約
くれる、そして精神的にも安心させてくれるとわかるのです。
治療の概念も大きく異なります。小児科では何を治療の対象とするかは明らかで、改めて
このように、周りが適切に関わることが前提で、一人では何もできない状態で人間は生ま
言葉にする必要は殆どありません。肺炎で熱や咳が出ている場合、症状を軽減し原因の肺炎
れてきます。関わる事で成長して行く、その意味で子どもは「育てる」存在だということが
を治す事が治療です。子どもでは明確な意思は無いかもしれませんが、辛い思いをして治し
できます。
て欲しいと思っているのには間違いはありません。小児科では病院に来て医者に診てもらう
時点で暗黙のうちに治療契約が結ばれており、治してもらうことは自明のことなのです。
精神科的疾患で戸惑ったことの一つが、治してもらうことが自明になっていない事でした。
例えば摂食障害の場合、食べずに痩せていくことは本人が意図的にやっていることで、治し
て欲しいようには見えません。限界を超えた低体重が心地よく、治療される事に強い抵抗を
9
38
~小児科からこころの診療部へ~
国立成育医療センター こころの診療部 発達心理科 広瀬宏之
②
子どもは「育つ」
その一方で子どもは「育つ」という言い方もできます。大人になってから脳に損傷を受け
て障害がでた場合、それをとり戻すには多くの努力が必要で、自然回復することはほとんど
ありません。しかし子どもはそうではありません。子どもには「育つ力」が生まれつき備わ
はじめに
っています。脳の一部が障害をうけても、他の場所がその機能を補って代償することがあり
ます。あとから地道に学習することで身につくこともあります。
「小児医療の現場から」と題してリレー形式で連載する事になりました。トップバッターと
歩く事や話す事など、色々な機能に関して子どもには生来の「育つ力」が備わっています。
して何を書こうか悩むところですが、自己紹介ならびに自分が現在所属しているこころの診
大人になってから英語を学ぶのは大変なことです。でも英語圏に産まれた赤ちゃんは自然に
療部と小児科との違いについて感じている事を記してみようと思います。
英語を身につけます。英語に限らずどの赤ちゃんでも、育つ場所の言語を容易に身につける
医者になって十年余りがたちました。父が入退院を繰り返しており小さいときから病院は
のです。このように、子どもには大人にはない「育つ力」が与えられています。その力を妨
身近にあって、物心つく頃から医者をその道と思ってきました。しかし、一人っ子で子ども
げないようにすることも大人の大事な役割です。
と接する経験が少なく、子どもの相手もあまり得意ではなく、小児科に進むとは考えていま
発達がゆっくりのお子さんもいらっしゃると思います。そんなお子さんにも「育つ力」は
せんでした。ところが、実際にやってみると大人より楽しいことがわかりました。子どもは
必ず備わっています。本来持っているその力を十分に生かせるよう、病気だからこそ、持っ
言葉での表現が少なく症状の理解が難しいといわれます。しかし、子どもは嘘をつきません。
ている実力を十分に出せるようにしてあげることが重要なのです。
言葉がなくても顔色や態度を見ていれば具合は十分伝わってきます。
生まれる40週前に出会った精子と卵子が、胎内で育って、小さな芽を出すのが出生の瞬間
最初に大学病院で1年研修をしました。同期の研修医が16人もいて、受持ちはそれぞれ2
です。その芽に水をあげ、太陽の光をあてるとすくすくと伸びていきます。ほどよい肥料を
人ずつでした。僕は先天奇形症候群の呼吸管理をされている赤ちゃんと6歳の摂食障害の女
あげたり、外敵から小さい存在を守ったりする必要もあるかもしれません。しかし、水や光
の子でした。時間は十分にあり、摂食障害の子と毎日遊び、栄養管理をして、親との面談を
や肥料をあげすぎても、早く伸びろと引っ張っても枯れてしまいます。守りすぎても豊かな
繰り返していました。自然と病院の子どもたちととことんつき合う習慣ができました。
結実への妨げになります。
最初の患者さんや上司の先生、そして当時の病棟の雰囲気によって僕の小児科医としての
人間の発達も同じです。適切な時期に適切な関わりをすること、子どもの「育つ力」を十
スタンスが決まったと思います。ちなみに、その時の病棟医長は榊原洋一先生でした。
分に生かすこと、「育てる」と「育つ」のバランスを上手にとっていくことが大切です。
また、これも偶然なのですが、心理的要因のある患者さんにあたることが多く、研修医時
このようなことを考えつつ、次回から子どもの発達や、子育ての具体的なテーマについて
代の3ケース目も心因性発熱の中学生でした。その冬にもう一人摂食障害の中学生も受け持
考え、お話ししていこうと思います。
ちました。毎日散歩をすることが彼女からの唯一の注文でした。
その頃は研修医も外の病院に出て少なくなり、それに反比例して受持ち患者は多く、悪性
腫瘍への化学療法の連続で目が回るほどの忙しさでしたが、本郷キャンパスを毎日散歩して
いました。一人一人に深く接することのできた貴重な時代だったと思います。
こころの診療部
その後、船橋の病院で一般小児科を3年間勉強し、大学院で4年間の神経の臨床と研究を
しました。2年前からは国立成育医療センター(旧国立小児病院)のこころの診療部で主に
自閉症など発達障害のお子さんを診療しています。
小児科に進む一つのきっかけが学生時代に見た自閉症デイケアでした。自閉症を専門にす
るとは思っていませんでしたので、ここでも人生の不思議さを感じています。成育医療セン
ターでは自閉症をしっかり診るつもりだったのですが、最初の入院ケースが心因性歩行障害
の女児、最初の外来ケースは自己臭恐怖の女児で、広く心理・精神疾患をもつこどもたちを
37
10
4
母子関係の発達・その1
服させようという関わりは、彼らの苦しみを倍増させ、余計な葛藤を付け加える以外のなに
ものでもありません。
さらに考えると、自閉症に限らず、病気の子供たちへの治療は、我々治療者の対処行動で
もあります。何への対処なのかは、それぞれだと思いますが、様々な困難にも関わらずこの
仕事を何とか続けているのは、それが生きている意味を確認するために必要な営みだからな
前回は、どの子も生まれつき必ず持っている「育つ力」と、周囲が教え、本人が学んでい
のだと思います。発達障害の場合は身体疾患と異なり、我々の対処行動と彼らのそれとが大
くという「育てる」面のお話しをしました。この二つのバランスを上手に保っていくことが
きく食い違う危険性があります。治療者が独りよがりにならず、彼らに寄り添い、共感して
大切です。
あげられているかどうかを、常に自己点検する必要があります。そこで、初めて治療者と子
「育つ」
「育てる」に関して、興味深い本をご紹介します。「〈育てられる者〉から〈育てる
どもたちの対処行動がかみ合い、真の治療が生まれるのだと考えています。
者〉へー関係発達の視点から」(鯨岡峻著、NHKブックス)です。ここでは、それまで親に
このことは、しかし、広く子育て全般に応用できることです。子どもは本来、自分勝手で
「育てられてきた」男女が、子どもを授かることで新米ママやパパになり、
「育てる」立場に
わがままな存在です。周囲と子どもの食い違いを最小限にして、彼らが自分の持っている資
変わっていくプロセスが記されています。「育つ」
「育てる」という視点に加え、人間は「育
質を十全に発揮し、あるべき自分の姿を実現した「我が・まま」の状態でいられるための、
てられる」存在で始まり、「育てる」存在に変わるという視点は、言われてみればその通り
最大の支援者になれるように心がけたいと思います。
なのですが、大変新鮮に感じられました。興味のある方は是非お読みいただければと思いま
これで、連載を終わります。一年あまりお読みいただいてありがとうございました。
す。
さて、今回と次回はお母さんと子どもの関係の発達についてお話しします。お母さんと子
どもの間に、基本的な安心感が育まれていくことは育児の基本中の基本で、その子の一生を
左右する非常に大事なことです。月齢ごとに見ていきましょう。
①
基本的安心感の形成(生後1-2カ月)
この時期の子どもは、主に原始的な反射の中に生きています。つまり、本能的に母親の乳
JOMFNewsLetter №141(2005年10月発行)の「リレーエッセー 小児医療の現場か
ら」シリーズで掲載した記事です。本冊子の「はじめに」で言及されている記事を改訂にあ
たり転載いたしました。(註:所属先は当時のものです。)
房や哺乳瓶に吸い付き、栄養を得ようとします。母親もそれに応えて授乳を行い、頼ってく
る子どもに没頭します。また、おむつが濡れれば赤ちゃんは泣くことでそれを表現し、母親
から新しいおむつに取り替えてもらいます。
このようにして、赤ちゃんにとって最も大切な「母子一体感」が生まれます。この時期の
赤ちゃんにとって、世界の全ては母親であり、或いは母親の乳房であり、常に満足させられ
ることによって、世界は全て思い通りになるという万能感を母親から得るのです。
この万能感は、基本的な信頼感や安心感と言い換えてもいいでしょう。赤ちゃんの産声は、
脅威に満ちた世の中へ対する不安感の現れだと言う説を聞いたことがあります。幾分大袈裟
とも思えますが、この世は安全であり、周りの人間は自分に害を及ぼさない信頼できる存在
なのだということを、人生で最初の相手である母親から学ぶこと、それがその後のその子の
一生涯において欠かす事の出来ないことなのです。
勿論、現実の世の中は安心なことだけではありません。だからこそ、周囲に満ちている不
安なことがらを乗り越えて生きていくための一番の原動力として、この「基本的安心感」は
不可欠なのです。
11
36
14
対処行動ということ
②
良い経験と悪い経験とがバラバラに認識される時期(生後3-5カ月)
基本的に母子一体感は維持されますが、運動面の発達も影響して一体感は少し緩んできま
す。この時期、実は、赤ちゃんはまだ自分の母親を「母親」という感覚では完全に認識でき
てはいません。自分とは違う何か心地よい存在が自分を満足させてくれる、という感覚なの
①
自閉症のお子さんと関わって
です。そして、
その存在が常に自分の欲求を満してくれる経験を繰り返し積むことによって、
「良い母親像」を形成していきます。
発達障害や小児精神科の仕事をするようになって、改めて人間の生き方、特に自閉症のそ
もっとも、現実世界では自分の欲求が全て母親によって満足させられるわけではありませ
れについて、思いを馳せることが多くなりました。ご存知のように、自閉症にはまだ根本の
ん。やむを得ず、母親から不快な経験を受けることもあります。しかしこの時期は、同じ母
治療法がなく、治療と呼ばれる営みは対処療法にしかすぎません。彼らの特徴的な生き方に
親から不快な経験を受けても、子供は良い経験だけを取り入れ、母親が自分に不快な経験を
寄り添った、最大の支援者になってあげるにはどうしたらよいかを考えています。
及ぼしたということは取り入れていきません。同じ1人の母親が良いことも不快なこともす
る、というようには理解しない(できない)のです。「心地よいことをしてくれる素晴らしい
②
克服させるのではなく
母親」の像をひたすら作り上げていく時期なのです。
考えずに、
「不安や、耐えられないような葛藤に対する対処行動」として考えてあげることで
③
す。一見すると、対立しているかのように見える自閉症と外界との関わりについて、問題点
脳の発達に伴い、良い経験も悪い経験もいずれも自分の経験として受け入れ、両方の体験
や欠点と見なしてそれを克服させるといった、葛藤解決的なアプローチをするのは得策では
を与えてくれる母親を、同一の人物である考える認識が形成されていきます。そして、この
ありません。むしろ、彼らの特徴を、生まれ持った資質に沿った、発現しやすい表現型と考
特別な体験を与えてくれる母親を、自分にとって、他の人とは違うかけがえのない存在であ
えてあげ、その特徴的な行動を活用できるようにしてあげることが、関わりの方法を考える
るとして認識するようになります。これをアタッチメント(愛着)形成といいます。
上での大前提だと思っています。
アタッチメントの一つの現れが、7-8カ月頃に顕著になる人見知りです。人見知りが出
その中で一番心がけているのは、自閉症の特徴的な行動を、
「克服すべき、病的な症状」と
アタッチメントの形成(生後6-8カ月)
てきたと言うことは、お母さんや身近にいて世話をしてくれる人と、そうでない人との区別
③
お守りとして
がつき始めていることを意味します。
アタッチメントは基本的安心感と同様に、重要な母子関係のマイルストーンです。アタッ
時計の大好きな自閉症の子どもがいました。お母さんは、療育の場で、時計にばかりこだ
チメントが形成されることで、安心感が更に裏打ちされ、好奇心が育まれ、未知の外界へチ
わっているのはよくないと教えられ、家から全ての時計を撤去しようとしていました。とこ
ャレンジしていく勇気を身につける素地ができるのです。何故なら、アタッチメントが形成
ろが、その子にとっての時計は、わけの分からない外界の中で、数少ない「わけの分かる」
されたことによって、母親が「子どもにとっての安全基地」の役割を果たすからなのです。
対象なのです。混沌とした“彼の世界”の中に、わずかに認められる光明なのです。それを
またこの時期には、母子の身体的密着状態が変化し、一方的に抱っこされるだけでなく、
頼りに安心感を膨らませて、世界の理解をしようとしているのです。時計は、撤去すべき対
赤ちゃんの方からも姿勢を変えたりして、微妙な身体シグナルが発せられます。それを母親
象でも、克服すべき対象でもありません。むしろ、身につけて、いつでも確認して安心を得
がキャッチする事で相互関係が進化し、赤ちゃんからの母親に対する働きかけをさらに発達
る、お守りのような存在でもあるのです。
させる結果になります。
このあと、一歳頃に赤ちゃんは一人で歩けるようになり、いよいよ外の世界に第一歩を踏
④
我々の対処行動
み出します。見るもの聞くもの全て新鮮な体験で、不安もまた大きくなります。次回はそれ
以降の母子関係の発達を見て行きましょう。
およそ、人間の行動はすべて、自分をまもろうとする工夫であったり、何らかのメッセー
ジを伝えるための働きかけであったりします。自閉症の場合は、その表現が上手でなく、定
型発達のお子さんに見られる行為と隔たって見えるために、奇異なものとして感じられてし
まいます。しかし、これらの常同行動を禁止するとか、不安や心配なことを我慢させて、克
35
12
5
母子関係の発達・その2
までしないといけないかも話します。子どもの希望を聞いてあげることも大切です。希望に
はそえないかもしれないけど、子どもがどうしたいのかを聞いてあげます。子どもはできな
いと思っていることは言いたくないし、大人もそんなこと聞きたくないかもしれませんが、
言葉にして表現するだけで胸のつかえがおりることもあります。
もう一つは、たとえ、他の人と違っていてもそれは間違っていることでも悪いことでもな
前回は、赤ちゃんと母親の関係発達の第一回目として、生後1-2カ月に形成される「基
んでもないとしっかり言ってあげることです。その子の人間性には何ら関係のないことで、
本的安心感」と、
8カ月前後の「アタッチメント形成(愛着形成)
」についてお話ししました。
自分が悪いわけでもなんでもないということを、その子の理解にあわせて話をしてあげてく
「基本的安心感」は、この世は安全で、周りの人間は自分に害を及ぼさない信頼できる存在
ださい。
だという感覚であり、それを赤ちゃんは母親を通して学ぶのです。これは周りの世界に満ち
一方、
「アタッチメント」は母親を自分にとって一番重要な、かけがえのない存在だと認識
⑦
することです。アタッチメントが形成されることで、母親は子どもにとって「心の安全基地」
うつやひきこもり自体への本格的な対応を話すには残りのスペースが足りませんが、一番
になります。そして、子どもが自分の不安をしずめ、好奇心を持って外界にチャレンジして
大切なことはうつやひきこもりは「その子なりの対処行動」だということです。「こころのエ
いく基盤が出来上がるのです。
ネルギーが枯渇している」状況を改善しようとその子なりの工夫をしているのです。こころ
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、前回のお話しはマーガレット・マーラーとい
から発せられた SOS と考えても良いかもしれません。つまり、エネルギーが枯渇したまま
う、子どもの発達を研究した精神科医の発達理論に多くをよっています。こんにち、専門的
走り続けるとさらに具合の悪いことになってしまうからです。大人から見ると望ましい行動
な立場からはマーラーの理論は議論の分かれる部分があるようですが、母子関係の一面は鮮
ではないかもしれません。でも、誰もブレーキをかけてくれないので、子どもは自分を護る
やかにとらえられていると思いますので、今回も彼女の発達理論にそって母子関係の続きを
ためにそうするしかなかったのです。
見ていきたいと思います。
従って、親や周囲がうつやひきこもりを「その子なりの正当な工夫」として認めてあげる
ている不安なことがらを乗り越えて生きていくための原動力として不可欠です。
その子の対処行動と考える
こと、無理して学校に行かなくてもよいと認めてあげることから治療がスタートします。休
①
分離不安の芽生え(生後9-18カ月)
この時期、身体面で直立歩行ができるようになると共に、自己の世界を拡大して外界を探
むこと、ペースダウンすることを保障してあげるのです。もちろん、
「とりあえず」のことで
はありますが、これを認めてあげないといつまでも治療のスタートにたてません。医療の出
番はその後です。
索し始めます。精神面でも母親へのアタッチメントが形成されていると、母親を安全基地に
して、
外界と母親との間を行き来できるようになります。本格的に外界に出て行く第一段階、
いわば「路上教習」のような時期です。
さて、アタッチメントの成立と共に、母親から離れる不安(分離不安)を示すようになり
ます。かけがえのない存在であるからこそ、離れると強く不安を覚え、ちょっとでも母親が
見えないと大泣きしたりするのです。この時期には、母親から離れて周囲のおもちゃを楽し
んでいるかと思うと、ふと不安になって母親の元に戻ってきて抱っこをせがみ、またおもち
ゃの所に戻って行くといった往復が目立ちます。母なる港で「心のエネルギー」を補給し、
再び外海に出て行く、そんな母子関係を発達させる時期です。
この時期にはまた、指しゃぶりをしたり、おもちゃや毛布をなめたりして自分を安心させ
る行為が見られます。これらを「移行対象」といいます。赤ちゃんにとっては、
「良い母親」
替わりのお守りのような存在で、母親なしでも自分の心を安定させるための、大切な存在と
なっていきます。
分離不安が強くなる一方で、運動面での発達も進みます。歩行が上手になり、外界への関
心と行動範囲がより大きくなります。分離不安が適切に対応されることで、母親への愛着と
13
34
や不安障害を合併しやすく、最近の米国の研究では、5~16歳のてんかんのお子さんで、う
絆の形成がさらに深まり、母との豊かな情緒応答をエネルギーにして、外界と母との間を活
つと不安障害の合併率は33%と報告されています。一般小児と比べると格段に高い数字です。
発に行き来するようになります。
④
②
うつの原因
分離不安が高まる(生後18-24カ月)
うつの原因を一言で言うと気疲れです。うつになりやすい人は真面目で、人と一緒にいる
一人歩きが出来るようになった子どもの心の中には、次第に今まで母親との間に感じてい
のを好みます。でも、まわりに合わせて、自分を殺しているうちに気疲れがたまってきます。
た一体感に疑問を抱くような、母親と自分は違う存在だという意識がはっきりしてきます。
連載一回目にお話しした過剰適応の傾向のある人がうつになりやすいのです。周囲に併せよ
また、身体を自分の思うように自由に動かすことのできる喜びにより、母親との心理的・身
うとして気を使いすぎて、そのうちくたびれてしまうのです。また、まじめな人ほどうつに
体的距離は拡がりますが、一方で、自分の事を一人でできる能力がまだ身についていないた
なりやすいのです。まじめに、とことん考える人がうつになりやすく、適当に人生を過ごし
めに、かえって母親と離れることを強く意識するようになります。
ている人はなりにくいのです。
遊んでいても、少し親が離れただけでパニックを起こして泣き叫んだり、一時、人見知り
前頭葉の背外側前頭前野という部位は人間の情動発現に対して抑制的に働くと考えられて
が激しくなったりします。大人にとっては些細な事であっても、子どもにとってコトは深刻
います。これにより喜怒哀楽の様々な感情を「程々に」感じることができるのです。特に、
で、分離不安が最も高まる時期です。そのため、ここで改めて母親を依存対象として要求し、
悲しみの感情や否定的な感情を程よく抑制することは人間の生存に欠かせない機能です。こ
親密な関係を強く求めます。
の抑制が慢性的に欠如していると常に否定的な感情を味わうことになり、うつや不安障害に
また、母親から満たされないと見捨てられたように感じて深く傷つき、逆に怒りを生じさ
なりやすいといわれています。まじめな人ほど、周囲からの刺激に一つ一つ反応して、その
せ母親像の分裂を引き起こします。分裂とは同じ母親を良い母親と悪い母親という全く違う
時の感情にさらされます。生きていると、良い感情ばかりとは限りません。嫌な感情にさら
物として成立させてしまうことです。これを「再接近危機」と言います。
されたときに「こんなこともあるし、まあいいや」と考えることができればうつになりにく
この時期は、今楽しく遊んでいたかと思うと、お母さんの所に泣いてやってきて、数分で
いのです。
けろっとして遊びに戻るといったように、子どもの行動は一見矛盾しているように見えます。
しかし、それに振り回されず一貫した対応と豊かな愛情を注ぐことが大切です。一貫した対
⑤
違いに敏感な子ども
応をとることで、子どもの中で母親像が一人の人間として、分裂せずに像を結ぶのです。
ります。特に、10歳くらいになるとどうして自分だけ違うのか、たとえばてんかんの場合で
③
はどうして自分だけ毎日薬を飲むのか疑問を感じるようになります。この10歳という年齢は
再接近危機を乗り越え、現実を見る能力や言葉が発達し、母親以外の大人や子どもと遊び
アイデンティティの確立が始まり、自分ってなんだろうと考え始める時期です。最初は自分
を通して関わる事ができるようになると、母親との分離にも耐えられるようになります。愛
と周りを比べ、同じであることで安心します。日本では特にそうです。同質性に安心するこ
情対象としての母親イメージが心の中に持てるようになり、母親がその場にいなくなって自
とではじめて、他人と違うその子なりの個性を発揮することができるようになるのです。
分に欲求不満を与えても、その母親イメージが壊れる事はなくなります。つまり、心の中に
この年齢は周囲との違いを感じるだけではなく、違うことはいけないことだと思いこんで
自分を支えてくれる母親像を持てるようになります。これを「情緒的対象恒常性の確立」と
しまい、自分一人で悩み始める時期でもあります。うつや引きこもりが多くなるのもこの頃
いいます。
からです。
この情緒的対象恒常性の確立により、安心して母親から離れて、自発的に子ども同士の遊
上で述べたように、周囲と違う状況におかれているお子さんはうつになりやすい傾向があ
一人でも大丈夫!(生後25-36カ月)
び等に参加していけるようになるのです。また、分裂していた母親の良いイメージと悪いイ
⑥
うつやひきこもりへの対応
対応でまず大事なのは、うつやひきこもりの理由や背景となっている状況を分析すること
メージが統合されるようになります。
こうして、おおむね3歳迄には母親との関係を安定させて、外界に一人で出て行くための
こころの準備が整うのです。
です。そして違う状況にある場合は、それに対する説明をもう一度しっかりしてあげます。
外国にいる場合は、その理由や見通しを話します。それをしないとどうなるか、例えばお父
さんだけ単身赴任していたらどうなっていたかなど率直に話してみます。また、それをいつ
33
14
6
13
夜泣き
子どものうつとひきこもり
があり、テーマは尽きません。このあとの連載では言葉や記憶、認知の発達などについてお
①
話をする予定ですが、今回は、赤ちゃんの具体的な行動の一つとして夜泣きを取り上げて、
これまで、子どもの様々な発達について概観してきました。今回は、最近話題になってい
その意味と対応を考えるとともに、夜泣きについての最新の研究をご紹介します。
る子どものうつとひきこもりについて考えてみます。
前回は赤ちゃんと母親の関係発達についてお話をしました。子どもの発達には色々な視点
子どものうつ
うつを簡単に言うと「こころのエネルギーが枯渇した状態」です。近年、子どものうつが
①
夜泣きとは?
思ったより多く存在することが明らかになってきました。欧米の研究からは、一般人口にお
ける子どものうつ病の有病率は児童期で0.5~2.5%、思春期・青年期では2.0~8.0%程度で
子育てには本当に体力が必要です。昼間に元気な子どもの相手をしてくたびれはて、やれ
す。日本での頻度もほぼ同様と考えられますが、最近では、中学生の10%以上が抑うつ傾向
安心と眠りについたのも束の間、夜中に子どもの泣き声で起こされる。眠い目をこすりつつ、
という統計もあります。
手をかえ品をかえあやしてみたけど泣き止まない、という経験をお持ちの方は多いのではな
子どものうつは症状が曖昧で、言葉の表現も上手にできないために見逃されることが多い
いでしょうか。
のですが、社会の変化に伴い子どものうつ自体も昔より多くなっていると思われます。大人
子どもが夜に泣くのは生まれてすぐから3歳くらいまでの間によく見られます。その中で
のようにやる気が出ない、何も楽しくないといった「抑うつ感」は明確には表現されません。
も本当の意味での夜泣きは、6カ月から1歳、特に9カ月前後が一番多いようです。
子どもの場合、注意すべき点は ⑴学校へ行き渋るようになる ⑵頭痛・腹痛・微熱などが続
正確に言うと、夜中に赤ちゃんが泣くことが全て夜泣きなのではありません。ここでは、
くが原因がはっきりしない ⑶眠れない、食欲がない ⑷涙もろくなり自分を責めるようにな
「原因がないのに、どうしても夜に泣き止まないこと」を夜泣きと呼びます。濡れているおむ
る ⑸好きだったことが楽しめなくなる ⑹ いらいらして攻撃的になる、といった点です。正
つを替えたり、ミルクや母乳を飲ませたりすることで泣きやむ場合は、原因がはっきりして
確な診断は専門家に任せるべきですが、これらがあるとうつの可能性もあるということです。
いるので、夜泣きとは呼びません。暑い、寒い、ふとんが重い、うるさい、熱があるなどの
「さぼり」と思われて余計厳しい対応をされ、ますますエネルギーを失っていく子どもたちも
理由で泣いている場合も、同様に夜泣きとは呼びません。
見うけられます。その結果、学校に行けず家からも出られないひきこもりになってしまうこ
一方、3カ月前後の赤ちゃんで、午後から夕方にかけてよく泣くことを「コリック」と言
ともあります。
います。日本よりも欧米でよく言われるようです。原因がはっきりしないという意味では共
通しますが、月齢が早いこと、泣く時間帯が違うことで、夜泣きとは区別して考えたいと思
います。
②
ひきこもりの場合
一方、ひきこもりを主な訴えとする場合、うつ、学校でのいじめや学業不振による不適応、
②
対応は?
発達障害、家庭環境、思春期では様々な精神疾患を考える必要があります。ひきこもりや不
登校だけで医療機関にかかるのは抵抗があるかもしれませんが、生活の質がこれまでと違う
まずは考えられる原因を取り除くことです。案外と気がつかないことですが、温度は重要
場合や、不眠・身体の訴えなど多彩な症状がある場合、小児神経科や子どものこころの診療
な要因です。暑すぎたり寒すぎたりすると、赤ちゃんは大人以上に敏感に反応して機嫌が悪
をしてくれる医療機関を受診してみてください。
くなり、泣いてしまいます。もちろん、高い熱がある、顔色が悪い、嘔吐や下痢をする、咳
や鼻水がひどい、息が苦しそうなど、いつもと違う状態の時は、医学的にも原因を探す必要
があります。
15
③
うつになりやすい子ども
さて、最初の定義に戻ると、夜泣きは原因が思い当たらずにどうしても泣き止まないこと
定型発達のお子さんより、なんらかの障害や病気を抱えている子どもの方がうつになりや
を云います。従って、本当の夜泣きには実のところ決定打はなく、その子に合わせたやり方
すいと考えられています。また、普段と違った環境に長いこといたり、環境の変化に順応し
を工夫して見つけていくしかありません。やさしく抱っこして、背中をトントンし、子守唄
にくい子どももうつになりやすいのです。病気で例えれば、てんかんのあるお子さんはうつ
32
パートリーが広がらない場合は、あまり無理押しはせぬ方がよいかもしれません。極端な特
を歌ってあげる、静かな音楽をかけてあげるなど、子どもの気持ちが穏やかになって眠たく
訓をすると、食べるという行為そのものを嫌いになってしまい、食への興味が低くなってし
なるようにします。
まう場合があります。本来、食事は楽しくおいしく食べるものです。食事が苦痛になってし
それでも泣き止まない場合は気分転換が必要かもしれません。場所を変えて、庭やベラン
まわないように心がけたいものです。
ダに出たり、外の空気に当たったりすることで効果があがることがあります。場合によって
は、夜中のミニドライブにでるのも良いかもしれません。親御さんがイライラすると、それ
④
五感を大切に!
が子どもにすぐに伝わり、余計に泣き止まないという悪循環になりますから、
「一生続く訳で
はないからしばらくの辛抱だな」という悟りも必要かもしれません。
乳児検診などで、赤ちゃんをお風呂に入れるのには何度くらいがいいですか、と聞かれる
一人ならずいらっしゃいました。赤ちゃんに限らず、お風呂の温度は季節、体調、その日の
③
機嫌、時間帯など、様々な要素によって左右されます。自分でお湯に手をつけてみて一番心
夜泣きの原因の一つとして、精神的な要素が取り上げられるのは、いかにも日本的なよう
地よい温度、もしくは赤ちゃんを入れたときにご機嫌な温度にしてあげるのが一番です。五
にも思います。欧米と違い、日本の狭い家屋や家族制度がその背景にあるのでしょう。赤ち
感を信じて、自分の感覚を大切にして欲しいと思います。
ゃんが夜泣くと、狭い家では隣の部屋に泣き声が聞こえ、パパがイライラし、元々寝不足気
ことがあります。毎回お湯の温度を計測して、一定の温度にしてから入れているお母さんも、
夜泣きは精神的なもの?
味でイライラしているママと衝突します。泣き声が響き、近所迷惑になると小言をいわれ、
ますますイライラがつのる。こうして、家族や近所の人間関係がぎくしゃくすることがある
かもしれません。
また、子どもの昼間の経験が原因となっているという説もあります。外に出て遊ぶ機会が
少なくて満足できなかったとか、逆に昼間に受けた刺激が強烈で興奮してしまったなどです。
確かに、夜泣きが多く見られる9カ月前後の時期は、身体面や精神面での発達が著しく、新
しい刺激をどんどん受け入れていきます。その中には不愉快な経験もあるかもしれません。
その子なりの心配事も出てきます。勿論、昼間の刺激やストレスによって、赤ちゃんが夜泣
きをしているかどうかは本人しか分かりません。しかし、こうした要素も多少は考えておい
てよいと思われます。
④
最近の研究より
最近、日本人の夜泣きについての大規模な報告が、国立精神・神経センターの福水先生た
ちからありました。それによると、厳密な意味での夜泣きは、全体の6割前後の子どもに認
めるようです。また、夜泣きがあるお子さんは親御さんと一緒に寝ている割合が多く、歯ぎ
しりや慢性湿疹が多いことも明らかになっています。精神的原因から夜泣きになるという昔
からの見解に別の観点からの示唆を与える結果だと思います。
更に大切なことは、就寝時間が一定でないお子さんでは夜泣きが多く、睡眠時間が10時間
前後のお子さんに最も夜泣きが少ないという結果です。また、毎朝きちんと起きることの重
要性も言われています。現在の家庭環境からは難しい面もありますが、一定の睡眠リズムを
子どもたちに確保してあげることは、夜泣きの防止だけにとどまらず、心身両面の成長に重
要だと考えられます。
31
16
7
言葉の発達・その1
舐めることで物の質感を感じ取ろうとします。舐めると同時に、唇や口の周りの皮膚からの
触感、物を持っている手の情報もあわせて、その物を認識しようとしているのです。
生まれたての赤ちゃんの足の裏をこすると、その足を引っ込めようとし、反対の足でこす
った手を払いのけようとする反射が見られます。この段階は、くすぐったいから払いのけて
やろうという意識的なものではなく、生後すぐに見られる原始反射の一つでしかありません。
中学2年生の知的な遅れを伴った自閉症のお母さんから伺ったことが、強く印象に残って
本当にくすぐったいと感じるようになるのは5-7カ月頃からになります。
います。
「この子は遅れもあるし自閉もあるし毎日がすごく大変。でも障害があるからといっ
赤ちゃんは、周囲の温度の変化をしっかり感じ取っています。ママの乳首周辺は他の場所
て、特別な子育てはしたくないんですよ。親なんて、どうせ先に死んじゃうんだからね。残
よりも体温が高いため、温度を感じ取る力も使って乳首を探し当てているのです。ただし、
された子どもが困らないように、障害があるからこそ、身の回りのことはきちんとさせたい
自分で体温を調節することは苦手なので、衣類や布団、室温の調整で体温を調節してあげて
し、ちょっと厳しいかもしれないけど自分で生きて行けるように自立させてやりたいんです
下さい。
よ」大変なご苦労をされ育てられてきたお母さんですが、それを微塵も感じさせず穏やかな
この連載を始めるにあたって小生がまず考えたのは、環境の違い、病気や障害の有無など、
③
個々の事情に関わらず、どの子育てにも共通する、大切な考え方をお伝えしたいということ
3-5カ月頃になり、原始反射が消失すると、何を食べさせても次第に受け入れるように
でした。このお母さんも仰っていたように、立場の違いはあっても、子育てのこころは変わ
なります。この時期から、いろいろな食物を摂取して味を体験し、記憶することによって、
りないと考えています。
段々と味覚が発達し、味の好みが育っていくと考えられています。例えば、離乳期の頃から
さて、今回と次回は言葉の発達です。
塩辛いものを食べ続けると、大人になってからも塩辛いものを好むようになります。離乳期
笑顔でお話になるその姿勢には、本当に頭の下がる思いでした。
味覚
の食生活は、味覚だけでなく大人になってからの食生活、健康にも影響を与えます。
①
生後1-4週:音声の時期
一般に赤ちゃんは甘いものが好きで、苦いものや酸っぱいものを拒絶します。同時に、乳
児は個人間に好き嫌いの差があり、好き嫌いは育った環境の影響を受けて発達します。
赤ちゃんはおなかが空いた、暑い、おむつが汚れた、痛いなどの不快な状態になると、反
フランスとアメリカの子どもを比較した研究では、油っぽい食べ物や甘い食べ物が好きで、
射的に泣いて気持ちを表します。気分が良い時は「アーアー」といった快い声を出したりも
野菜が嫌いな点が共通していることがわかりました。一方、アメリカでは牛乳がより好まれ、
します。この時期は、いずれにしても意味がはっきりしない発声が盛んに行われます。
子どもも若者も食事のときに定期的に牛乳を飲みます。一方、フランスでは牛乳はあまり好
生後3週頃になると少し変化してきます。おなかが空いている時と、おしっこの時とで泣
まれませんでした。また、フランスとインドのように文化が大きく異なる国を比較すると、
き方が違ってきます。注意深いお母さんは、それらの違いを区別できるようになります。子
より大きな違いがあることがわかりました。
どもが要求を出し、それに周りが応える、ということが繰り返し行われ、世話をする人と赤
好き嫌いの代表選手は野菜です。野菜には苦みがあります。子どもが嫌がるのはこの苦み
ちゃんの間でやりとりの基盤ができてきます。
なのです。
自然界の有害物質に対する祖先の恐怖を蘇らせるために苦みが好まれないという、
社会学的な説明もあります。また、単純に、野菜ではお腹がいっぱいになりません。当然、
②
2-6カ月:クーイングから喃語へ
子供は空腹を満たしたいのです。
子どもは野菜のほかに、鶏のレバーや動物の臓物、またニンニクやタマネギ、オリーブな
赤ちゃんは泣き声以外に「クー」とか「ウー」といった声(クーイング)を出し、自らそ
ど大人が好んで食べるような、味や食感に癖のあるものが嫌いです。
れを聞いて楽しむようになります。泣かない時でも色々な音声を出すようになります。プと
味覚の性差はどうでしょう。思春期までは大きな違いはありません。女の子は思春期から、
かブのように唇を使う音も出せるようになります。こういうバブバブや自分の声を遊び道具
野菜や甘いものを好むようになります。一方、男の子は、動物性食品(肉やバター、牛乳な
とすることは、音を作り出す口の周辺の筋肉の動きにとって大切な練習になっていきます。
ど)を好むようになります。外見を気にするかどうか、性ホルモン分泌の違い、エネルギー
周りの大人も同じような音を出して真似をしてあげると、やりとりがより豊かになります。
摂取の必要度合い、などが影響すると考えられます。
子どもの中には好き嫌いが激しく、偏食が強いお子さんもいます。偏食は、わがままと勘
違いされ、スパルタ的に、嫌いな食材を食べさせようと、猛特訓してしまう親もいます。特
訓して、少しずつ食べられるようになれば、まあそれでもかまいませんが、特訓しても、レ
17
30
12
嗅覚と触覚と味覚の発達
③
6-10カ月:真似をする
赤ちゃんは周囲の人の発している音を真似て繰り返すようになります。お手本の音と似た
音を出す発声活動、つまり聞いて発声するという二つの活動を結びつける能力が身について
くるのです。こうして目的に合わせた異なった音声を、自ら意図して使うことができるよう
今回は五感の残りの三つ、嗅覚、触覚、味覚のお話しです。
になっていきます。
10カ月頃には音声の真似だけではなく、言葉を真似しようとするようになります。音がで
①
嗅覚
たらめだったりしてちゃんとした言葉にはなっていませんが、それらしく聞こえる時もあり
ます。また、食べ物を「ウマウマ」と言ったりするように、音声と本当の意味は結びついて
嗅覚は、五感の中でも独特な位置が与えられている感覚で、根源的な性質を持っていると
いません。まだ真似をすることが主な興味の対象です。一方、この時期にはハイハイして動
考えられます。五感のうちで、感覚情報が感覚器官からダイレクトに処理器官に直行するの
けるようになり、行動範囲が広がるので、経験や関心が増えていきます。その中で模倣の楽
は、嗅覚だけだからです。
しさを知り、周囲の言葉を耳と目を使って吸収して、赤ちゃんの中に言葉のひな形を蓄える
臭いは、香りの分子が鼻の臭粘膜から臭神経を通って、脳の深部、辺縁系と呼ばれる部位
時期です。
「ママ」「パパ」「イヤ」「バイバイ」など簡単な単語の理解を示すようにもなりま
にある臭中枢に到達します。
す。
嗅覚以外の感覚の情報は、いったん視床という中継基地を経由してから、それぞれの最終
やすいので、脳は判断を下す前に念入りに詳細を見きわめようとしているのです。
④
嗅覚中枢のある辺縁系は、人間の脳の中でも原始的な部位です。原始的というのは、発生
1歳を過ぎた頃から「ママ」
「パパ」といった言葉らしいものをしゃべり始めます。周りの
学的に昔から存在する動物にも共通に見られる、ということです。つまり、脳に直結した嗅
言葉を真似て繰り返すだけではなく、意味と結びつけられるようになります。言葉が遊びの
覚の伝導路は進化の初期の名残と解釈することも出来ます。太古の昔、動物が生き残ってい
道具ではなくて自分の要求を他人に伝える手段だということを理解しはじめます。
くには臭いをかぎ、快・不快や安全・危険を即断することが不可欠だったのです。
2歳近くになると、お腹が空くと「マンマ、マンマ」と要求し、
「お父さんは」と尋ねると
目的地へ運ばれます。視覚や聴覚で得られる情報は複雑で、あいまいな状況では誤解が生じ
また、辺縁系の嗅覚野の近くには、扁桃体という情動や感情に関わる中枢があります。臭
1歳-2歳:単語から二語文へ
「パパ、アッチ」と2語文で話せるようになります。口の動きで言葉の要素となる音を作る構
いが人の感情に強い影響を与えるのももっともなことと考えられます。
音の面では、舌先の動きを伴う、ダ行、タ行、ナ行、チャ行などの音が使えるようになり、
赤ちゃんにとって、母乳を口にできるかどうかは、生存に関わる大問題です。野生の動物
使用できる単語の数も約200から250語と急速に増えます。
並みとはいかないものの、母乳やお母さんの臭いをかぎ分けられるように、生まれたての赤
ちゃんでも、嗅覚は十分に発達しています。赤ちゃんの嗅覚は大人以上に優れているとも考
えられています。
⑤
2歳-3歳:
「どうして」の時期
この時期は、好奇心が旺盛になり色々なことを知りたがる時期です。「なに」とか「どうし
②
29
触覚
て」という疑問詞を多く発します。まだ2語文がほとんどですが、名詞や動詞の他にも、代
名詞や形容詞や副詞などが使用されるようになります。また、昨日、明日、前、後などの、
触覚は、正確には皮膚感覚(触覚、温度覚、痛覚、圧覚)の中の一つです。この皮膚感覚
やや抽象的な概念の混ざった単語も徐々に理解し使えるようになります。発音できる音は、
はいずれも、赤ちゃんでも十分に発達しています。やはり、触覚からの情報が生存に直結す
ヤ行、カ行、ガ行、パ行、サ行、ワ行などで、使用できる単語は1000語程度に増えます。シ
るからなのでしょう。
ャ行、サ行、ザ行、ラ行はまだ使えず、赤ちゃんことばや幼児音が多いのですが、言葉での
赤ちゃんを抱いたりなでたりするときには泣かないのに、採血をするときに針を刺せば痛
意思伝達能力は随分上達します。
みを感じて泣きます。また、温かいお風呂に入っている時には気持ちよさそうにしているの
また、この頃から子どもたちはお母さんから離れて外へ出て、ほかの子どもと遊ぶように
に、冷たい水に手足をつけるとビクッとして泣き出します。このように、赤ちゃんは生まれ
なります。子ども同士の社会で新しい言葉を聴いたり使ったりしながら、言葉を学習してい
たときからすでに十分な触覚の機能を持っています。
きます。友達と遊べるようになるという社会性の発達と、言葉の発達とは深い関係があるの
触覚は皮膚ばかりでなく、舌にもあります。赤ちゃんは5-6カ月になると、口に入れて
です。
18
8
言葉の発達・その2
したりすることも始まります。母親の声に合わせて自分の声を出して反応することもありま
す。音の方向に振り向く音源探索行動も始まります。
5カ月になると聞き慣れた声を認知することができるようになり、6カ月になると声をか
けると意図的に振り向くようになります。7カ月では話しかける相手の口元をじっと見るこ
とが増え、8カ月では様々な社会音に敏感に反応するようになります。9-10カ月頃になる
子育てにお父さんがどう関わるかは古くて新しいテーマです。最近は社会の変化とともに
と人の言葉の模倣が始まります。11カ月では音楽にあわせて手をふり、12カ月では視界にな
地域でのサポートが少なくなっているため、子育て中のお母さんは孤立しがちです。発達の
い音源の方向がわかるようになります。
遅れや病気がある場合は尚更かもしれません。そんな中でお父さんの役割は二つあります。
もしれません。疲れて帰ってきて子どもの世話なんて勘弁、と愚痴の一つも言いたくもなり
②
ます。でも、お父さんの出来る範囲でいいのです。ほんの少しでも育児の分担をしてあげる、
視力に関しては、新生児では0.03、6カ月で0.1、1歳で0.2、2歳で0.4-0.6、3歳で0.6
或は、その気持ちだけでもお母さんはすごく楽になります。
-0.8、5歳で1.0位というデータがあります。眼球構造自体は出生時に完成していますが、
もう一つは、実際の子育てを手伝うだけではなく、お母さんが子育てしやすいように支え
脳や神経の発達が未熟なためと考えられています。
ることです。例えば、週に一回でも月に一回でも、お父さんが子どもの面倒を見てあげて、
1カ月の赤ちゃんは目の前にある、特に動きのあるおもちゃなどを注視します。2カ月に
その間にお母さんを子育てから解放してあげてはどうでしょうか。買い物、お友達とのおし
なると、顔の形を識別し人間の顔とそれ以外の物体の形の区別ができます。また、この頃か
ゃべり、カラオケなどなんでもいいのです。数時間だけでも解放された自分の時間をもつ、
ら、奥行きを伴った視覚の発達が始まり、物が立体的に見えてきます。また、目立つ色彩の
それにより子育てのエネルギーがまた出てくると思います。一方、そんな時はお父さんにと
もの、例えば赤のおもちゃを180°目で追いかけることもできます。4-5カ月になりお母さ
って子どもと関わり、観察する絶好のチャンスでもあります。思う存分遊んでみて、父子で
んと他人の顔の区別ができ、記憶が発達してくると、
「人見知り」のが始まります。6カ月で
楽しい時間を過ごしてください。
は、人間の様々な表情を見分けることができます。
さて、今回は前回に引き続き3歳以降の言葉の発達を概観し、言葉の遅れについてお話し
6-8カ月では、視野が広がり、数メートル離れた物体を目で捕らえるようになり、見る
ます。
物に関心を持続させるようになります。特に細かい物に興味を示します。9・10カ月では、
一つは子育てに直接関わることです。子育て世代のお父さんは、仕事などで帰宅が遅いか
視覚(視力)
時計や、電話の音をしばらく聞くようになり、音のする方向を目で見て、情報を獲得するこ
①
3歳-4歳
とが多くなります。
1歳頃にはパン屑など、さらに細かい物を見つけます。ものの形の区別もでき始めます。
3歳を過ぎると自己主張が強くなり、自分を表現するのに、
「ぼく」
「わたし」のような代
1歳半頃には、さらに物体をしっかり目で捕らえるようになり、床に落ちている小さい物、
名詞を使うようになります。文も修飾語がついたり、理由の内容をつなげたりして長くなり
見慣れない物を拾い上げます。本の絵の簡単な輪郭なども、この頃からよくわかるようにな
ます。遊びの内容が複雑になるにつれ、言葉も順序立った長い話が出きるようになってきま
ります。形がわかるせいでしょうか、じっと一カ所を見つめていることが良くあります。ち
す。使える単語の数も1500語前後となり、キャ行、ギャ行、シャ行、ヒを除いたハ行音も正
なみに、四角・丸・三角形などの形の区別がつくようになるのは2・3歳頃からです。
しく発音できるようになります。
空間の概念の発達ですが、自分の位置を基準に考えるため、始めは口に触れるものから空
間理解が始まります。視力がはっきりと確実になる生後半年頃には、体の移動を通して空間
②
4歳-5歳
を理解し、1歳を過ぎると視覚だけでも身の回りの空間の関係がわかるようになります。上
下感覚は2歳半から、左右感覚は4歳前後からと言われています。
5歳に近づく頃には、子どもの会話はほぼ100%通じるようになり、話し言葉の面でも一
このように、我々大人が普段何気なく行っている認識でも、赤ちゃんはひとつひとつ段階
人前になってきます。助詞や接続詞などの使い方にも慣れ、曜日や順序の数も使われるよう
を追って、獲得していくのです。
になります。使うことのできる単語は2000語位で、日常生活で主として使われる単語の大部
分を習得します。構音は、サ行、ザ行、ラ行、ツ、ヒ、ヒャ、ヒョの音も出来てきて、6歳
までには日本語の発音がほとんど完成します。
19
28
11
視力と聴力の発達
③
言葉が遅れていると言われたら
明らかに言葉が遅れているのなら、まず医学的な鑑別診断が必要です。耳の聞こえはどう
か、発音に必要な口の筋肉は上手に使えているか、知的な発達や社会性の発達(いずれも言
葉の発達と密接に関係します)はどうか等のチェックが必要です。必要に応じて小児科医の
今回と次回は、これまでにお話しした言葉や記憶以外の、感覚認知(五感)の発達のお話
診察を受けましょう。
をします。
ここで決まり文句のように言われる、評判の悪い台詞が「様子を見ましょう」です。これ
五感の中で最も早く発達するのが聴覚と触覚です。生後間もない赤ちゃんが大きな物音に
には二つの意味があります。一つは「現時点では少し遅れていますが、今後追いついてくる
びっくりするのはすでに聴覚が機能している証拠です。またおむつが濡れると泣き出すのは、
かもしれないので待っていましょう」という意味です。もう一つは「現時点では大丈夫かど
早くおむつを取り替えて欲しいという欲求のあらわれで、触覚が働き始めている証拠です。
うかの判断ができないので、時間とともに経過を追って見ていきましょう」という意味です。
一歳以降になると、味覚、視覚、嗅覚がさらに発達して、周りの環境や対応者にから多く
後者は指摘された年齢にもよりますが、医者としてその時点ではなかなか判断しにくいケー
の事象を吸収し、記憶していきます。
スです。この場合、実際に時間の経過とともに診て(見て)判断していくしかありません。
①
④
聴覚(聴力)
言葉の発達のためにできること
大脳の中で音を聞いて判断している部位を聴覚中枢と言います。聴覚中枢は側頭葉の上面
では言葉に遅れがある、もしくはその可能性があるといわれた場合はどうしたらいいでし
にあります。外から見ると、ちょうど耳の上の頭蓋骨の直下から中心に向けた領域です。
ょうか。
まず、言葉はコミュニケーションの道具です。言葉の発達には、周囲の大人と言葉を使わ
図:聴覚中枢
ないコミュニケーションが成立していることが大前提です。目を合わせたり指さしをしたり
することは出来ていますか。子どもと気持ちが通じ合うような遊びや楽しい体験は出来てい
ますか。子どもからの要求にちゃんと応えてあげていますか。
➡
➡
➡
➡
言葉はシンボルでもあります。世の中の具体的な事物を、抽象的な言語で表現する抽象化
能力と記憶力が言葉の発達には不可欠です。記憶力を強化し、目に見えないものの普遍性を
教える方法の一つに“いないいないばあ”があります。お気に入りのおもちゃを使って“い
ないいないばあ”遊びをして下さい。赤ちゃんは徐々に“いないいないばあ”でその場から
無くなったものをイメージできるようになります。これが記憶の第一歩となります。
“いない
いないばあ”をした後は必ず隠したものの名前を言ってあげましょう。言葉と品物のマッチ
ングにもなります。
聴覚中枢に於けるシナプス形成は、胎生25カ月頃から急速に進み、生後3カ月頃に最大レ
言葉は体験に裏打ちされたものでもあります。大切なことは、むやみやたらと言葉の洪水
ベルに達します。この連載で何度も出てきましたが、シナプスとは神経細胞の連絡網のこと
を浴びせないことです。知らない外国に行き、外国人から意味のわからない言葉だけを浴び
です。従って、聴機能の開始時期は胎生25週以降と考えられます。その時期では、音の信号
せられても言葉は上達しません。例えば、美味しいものを食べる体験があって始めて「美味
が聴覚中枢に到達しているとしても、その伝達速度は極めて遅く、成人が聞いている音とは
しい」という単語が身につくのです。シンボルとしての言葉だけにとらわれず、子ども同士
全く異なる音と考えられます。聴覚中枢に音刺激が到達し、きちんと処理されるようになる
の関わりや、大人との遊びを通じて様々な体験を積むことも、言葉の発達には欠かせないこ
のは生後3カ月以降です。
とです。
従って、それ迄は音への反応は大脳の聴覚中枢レベルではなく、脳の深いところにある脳
幹レベルでの原始反射の域を出ません。例えば、大きな音に対してピクッとしたりするなど
です。
3カ月頃からは、聞こえた声を確かめるようなことをしたり、おしゃべりのような声を出
27
20
9
記憶のメカニズム
④
三つ子の魂百まで
ヒトは通常、3歳以前の経験を思い出すことができないと言われています。これを幼児期
健忘といいます。幼児期健忘の理由は、まだ完全には解明されていません。記憶の神経シス
テムが未完成という説があります。記憶の入力部位として重要な役割を果たす、海馬での神
ある学会に参加してきました。学会は年に一回、ほぼ同じ時期に開催されます。最近は参
経細胞を調べると、シナプス(神経細胞の情報伝達部位)や髄鞘形成(軸索の周りの被覆)
加するたびに、一年経ったことを痛感します。脳の神経細胞は150億個以上ありますが、20
は相当初期に完成しています。海馬よりもむしろ、記憶を蓄積する部位である大脳皮質連合
歳を過ぎると1日に10万個以上減少していきます。これが脳の老化のはじまりで、やがて脳
野の細胞の成長や回路形成の発達が遅れていることが幼児期健忘の一因であるようです。
の委縮につながります。一年で自分がどう成長したのか、あるいは、変化がないのか、学会
幼児期健忘の理由として、言葉を学習していく過程で、言葉によって覚えていない記憶は
が一つの指標になります。こんなことを考えながら参加してきました。
脳の引き出しから捨てられる、という説もあります。新たな内容物である言葉を入れるため
さて、前回は言葉の発達についてお話ししました。今回と次回は記憶についてです。
に、脳の引き出しのスペースを空けなくてはいけないというのです。
記憶は学習に欠かせない脳のメカニズムです。学習をしても記憶という形で定着しなけれ
子どもは、記憶や学習という明瞭な意識は無いにせよ、3歳以前に言葉を覚え始めます。
ば何も残りません。皆さんは記憶というと何を連想するでしょうか。筆者は英単語の記憶に
また、言葉によるよらないに関わらず、その場その場の状況を覚えていることも確かです。
四苦八苦したこと、医師国家試験の前に膨大な知識を詰め込んだことなどを思い出します。
感情的な記憶はこれらと独立して、無意識に記憶として残っていきます。この幼児期健忘と
義務感で覚えるとなかなか頭に残りませんが、趣味のことなどの好きなことは努力しなくて
いわれる時期にも沢山のことを覚えているのですから、記憶をつかさどる脳のオペレーティ
も頭に残ります。「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったものですが、同じ記憶なのに好
ングシステムは十分稼働しているのです。
き嫌いで左右されるのは不思議な気もします。
「三つ子の魂百まで」という言葉で表現されていることが、正に脳内で行われているのです。
①
記憶の分類
記憶にはいくつかの分類方法があります。
⑴意味記憶:言葉の意味や世界の有り様についての記憶です。例えば、辞書に載っている
ような「医者とは病人を治し、病気を予見し、病気をなくすことに生涯を傾ける人」と
いったような、言葉や事柄の意味を説明する記憶です。
⑵エピソード記憶:体験や出来事についての記憶です。「去年盲腸で入院して手術をしたけ
ど、痛くてたまらなかった」などという記憶や思い出のことです。
⑶手続き記憶:物事を行うときの手順についての記憶です。職場までの道順を、無意識に
毎日繰り返しているといった、身体で覚え身体で表現するような記憶です。
⑷陳述記憶:言葉で表現できる記憶です。職場まで初めて来る人に、道順を説明するとき
の記憶です。いつも自分では無意識に行っていることでも、いざ人に説明するとなると
存外、難しいものです。
②
超短期記憶・短期記憶・長期記憶
これまでは記憶の再現方法による分類方法でした。次にお話しする分類は、記憶が維持さ
れる時間によるものです。
⑴超短期記憶:感覚情報貯蔵とも呼ばれ、一瞬、感覚器官に保持される記憶です。視覚で
は1秒弱、聴覚では約4秒間保持されます。保持される情報はかなり多く、テレビや映
21
26
の強い特別の人と認識する、アタッチメントの成長の証でもあります。そんな時は「ママは
ここよ」としっかり抱きしめてあげて、安心させて上げてください。
画の映像や会話などを連続して認識できるのはこれによります。
⑵短期記憶:約20秒間保持される記憶です。数で言うと5~9桁の情報を保持できます。
さて、この時期は記憶力が発達するのと同時に、目に見えないものの普遍性を教えること
電話番号を、その場でそらで覚えたりするのがこれです。意識や注意によって、脳の中
ができます。「いないいないばあ」を楽しめるようになったら、赤ちゃんがニコニコしている
で超短期記憶から短期記憶に記憶が転送されますが、短期記憶の容量は小さいので、転
時にたくさんやってみて下さい。徐々に「いないいないばあ」で隠されたものをイメージで
送の際にかなりの記憶が棄却されます。また、言語的記憶は音声的な形態に変換される
きるようになり、記憶の第一歩となります。お母さんの顔以外でやる時は、
「いないいないば
ことがあります。つまり、文字で書かれた言葉の記憶が、音として聞こえる言葉の記憶
あ」の後に、必ず隠した物の名前を教えてあげましょう。言葉と物の対応を学習していくマ
に変換されます。
ッチングの練習にもなります。また、
「いないいないばあ」をしたぬいぐるみやおもちゃを持
⑶長期記憶:これ以上の時間、脳内に残る記憶を言います。例えば、初対面の人に名前を
って、赤ちゃんの目の前で上下・左右・丸・斜めとゆっくり動かしてあげましょう。それを
聞いても、印象に残らない限りすぐに忘れてしまいます。これに対して、大事な人の名
目で追えばスムーズな眼球運動の練習にもなります。
前はしっかりと頭に刻み込まれ、記憶として長期間保持されます。これが長期記憶です。
短期記憶としてインプットされた情報が、何度か繰り返されることで長期記憶として定
②
探索行動と模倣の発達
着していくのです。
返してとり返そうとします。これを探索行動といい、記憶力が発達してきたもう一つの証拠
③
です。好奇心が育つチャンスですので、危険がない限り赤ちゃんが自由に動くことを見守り、
記憶はどのような仕組みで脳に定着するのでしょうか。近年、記憶の定着の際には、シナ
探求心の芽を伸ばしましょう。
プス間の、情報伝達効率の変化が生じることがわかってきました。シナプスとは、脳の神経
この時期は人まねも多くなります。模倣することで物事を観察し、身体で表現する能力を
細胞間をつないでいる、情報伝達メカニズムです(図1)。
10カ月頃には、赤ちゃんの持っているおもちゃをおもちゃ箱の中に隠すと、箱をひっくり
記憶をつかさどる脳の仕組み
育んでいきます。何のお稽古ごとでもそうですが、
「学ぶ」は「まね(真似)ぶ」に由来しま
す。人の真似を楽しむことで、言葉や身振りを学んでいきます。さらに、絵本などのページ
図1:神経細胞とシナプス
繰りながら、次にでてくるものを期待させ、色々な名詞を覚えていきましょう。勿論、親子
で楽しむことが一番で、学習が最優先になることは避けなければいけません。
③
出来事より気持ちが記憶に残りやすい
一説によると、1歳の記憶期間は1週間から数週間、2歳で数カ月、3歳で1年間と言わ
れています。4歳になると1年以上の間隔があっても覚えているようです。
子どもの記憶の特徴は、強い感情を伴う出来事や事件、経験がよく記憶されることです。
ただし、嫌な出来事では、嫌な気持ちだけが記憶に残ることがあります。なぜなら、嫌な体
験を思い出すこと自体は苦痛だからです。
同じことを何回教えても覚えてくれない、という嘆きを耳にすることがあります。子ども
の記憶力自体、成人より時間的に保持が短いのでなかなか身につきません。また、同じこと
を繰り返し教えているときは、大人の方はカッカしていますから、感情が前面に出てしまい
ます。すると、子どもは「怒られた内容」よりも「怒られた事実」や「そのときの苦い気持
ち」だけが記憶に残り、いつまでも「怒られた内容」が身につきません。それで大人は余計
ある神経回路のシステムを一時的に高頻度で刺激すると、シナプス間の反応が大きくなり、
頭に来て怒るものですから、悪循環になってしまうのです。大人は、決して感情的にならず、
そのシステムの情報伝達が盛んになります。その結果、その後しばらく神経細胞間の伝導が
出来るだけ冷静に、教え諭すような対応をするのがコツです。
起こりやすい状態が続きます。シナプスの伝達効率が一時的に高くなるこの現象を、シナプ
スの長期増強と言い、海馬(図2)をはじめ大脳皮質の各所に見られます。この長期増強現
25
22
10
象が短期記憶の本質です。長期増強現象なのに、短期記憶と言うのは、用語の使い方として
は少しおかしい気もします。これは、短期記憶という名前がつけられたのが心理学の分野で、
記憶の発達
長期増強現象は神経科学の分野なので、このような矛盾になっているのです。
一方、さらに長い長期記憶は、シナプス間の増強現象だけではなく、新たな遺伝子発現と、
新しいタンパク質の合成によると考えられています。
前回は記憶のメカニズムのお話をしました。記憶の分類として、意味記憶とエピソード記
④
記憶をつかさどる脳の部位
憶、手続き記憶と陳述記憶、超短期記憶・短期記憶・長期記憶があることをお話ししました。
記憶は、シナプスの伝達効率が高くなる「長期増強現象」で維持されていること、海馬-脳
記憶をつかさどる脳内の部位としては、海馬傍回、海馬、脳弓、視床、視床下部などが重
弓-乳頭体-視床-帯状回-海馬を結ぶパペッツ回路が記憶に大切な役割を果たしているこ
要であると考えられています。また、海馬-脳弓・乳頭体-視床-帯状回-海馬を結ぶ回路
となどお話ししました。(図)
をパペッツの回路と呼び、先に述べたエピソード記憶に深く関連していると考えられていま
今回は記憶の発達についてのお話しです。
す(図2)。
図:海馬と記憶に関連した部位
図2:パペッツの回路
ると言われています。
①
今回は少し難しいお話になってしまいました。脳は、最新鋭のコンピューターもかなわな
赤ちゃんは8-9カ月になると、
「いないいないばあ」がわかり、一度見たものを、短時間
い程の、すぐれた機械なのです。次回は記憶の発達についてです。
覚えることができるようになってきます。短期記憶が発達してきた証拠です。(「いないいな
これとは別に感情的な事柄に関しては、扁桃体という脳内部位を中心とした記憶回路があ
「いないいないばあ」
いばあ」だけでなく、人見知りにも同じ意味があります。)つまり、「いないいない」の後に
「ばあ」というようにして、ママの顔が現れることを予測する力がついてきたのです。でも、
まだ目に見える物しか存在を実感できません。「いないいない」の状態のままで、ママの顔や
姿が現れないと不安になって泣いたり、ママの姿を家中探したりします。トイレにまで追っ
てくると、さすがに、ウンザリもしますが、このような後追いは、赤ちゃんがママを一番絆
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