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学位論文内容の要旨

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学位論文内容の要旨
博士(農学)庄司俊彦
学 位 論 文 題 名
醸 造工 程に おけ る 果実 酒中 のアントシア ニン色素の変化と
新 規色 素の 生成 メ カニ ズム に関 す る研究
学位 論文内容の要旨
果 実 酒は 原料 である 果実由来の成分と、酵母や乳 酸菌などの微生物による発 酵や熟成などの
醸造 工 程中 に生 成する 成分を多く含んでおり、その 中でもポリフェノール成分 は果実酒中にお
いて 味 、色 調、 香りお よぴ保存性などの酒質に大き く貢献し、非常に重要な成 分群のーっであ
る。 さ らに 、最 近では 、赤ワインや緑茶に代表され る食品中のポリフェノール 成分が生体内に
おい て 様々 な生 理機能 性に関与することが報告され 、非常に注目されている食 品成分である。
果実 酒 中の ポリ フェノ ール成分は果実由来のポリフ ェノール成分と、発酵や熟 成などの醸造工
程に お いて ポリ フェノ ール同士が直接または間接的 に結合、多量体化し二次的 に生成、変化し
た成 分 とが 混在 してい る。これまでは、果実酒中の ポリフェノール成分を有効 に分離する方法
がな い ため 果実 由来の ポリフェノール成分に関する 検討がほとんどであり、二 次的に生成する
成分 に つい ての 検討 は十 分 に行 われ てい な い。
本 論 文で は、 リンゴ を原料とする果実酒のロゼ・ シードル中に生成する多量 体化したアント
シア ニ ン類 の生 成メカ ニズムを検討することを目的 に、まず、原料であるりン ゴ中のポリフェ
ノー ル 成分 、特 に、プ ロシアニジン類を分離・精製 し、構造解析を行った。次 に、ロゼ・シー
ドル 中 の多 量体 化した アントシアニン類の分析方法 として新たにサイズ排除ク ロマトグラフイ
ー法 を 開発 し、 分子サ イズ別の分離を可能とした。 次に、LC/ESI―MSを用いて ロゼ・シードル
に生 成 した アン トシア ニン多量体の分子イオンピー クを検出するとともに、モ デル・シードル
を調 製 し、 その 中に新 たに生成したアントシアニン と一致することを確認した 。さらに、この
アン ト シア ニン を分 離・ 精 製し 、NMRに よる構造解 析を行った。最後に、マト リックス支援型
レー ザ ー脱 離イ オン 化飛 行 時間 型質 量分 析法(MALDIーTOF/MS)を用いて多量体 化したアントシ
アニ ン 類を 分析 し、 その 生 成メ カニ ズム の 解明 を試 みた 。
1. リ ン ゴ 中 の ポ リ フ ウ ノ ー ル 成 分 の 分 析 と プ ロ シ ア ニ ジ ン 類 の 構 造 解 析
リン ゴ(Starking Delicゴ Ous種) 中 のポ リフ ェノ ール 成 分を逆相系HPLCで分析し、主要なポ
リフェノール成分として、 フラバン―3―オール類であ るカテキンやエピカテキン(EC)、アント
シアニン類としてはシアニ ジンー3−ガラクトシド(Cy3g)、フェノールカルボン酸類のクロロゲ
ン酸や3’-」ザクマロイルキナ酸、ジヒドロカルコン類のフロリジン、プロシアニジン類のプロシ
アニ ジン B1、 プロ シ アニ ジン B2( PB2)、プ ロシアニジンC1を検出した 。また、新たにりンゴ
中 の プ ロ シ ア ニ ジ ン類 とし て5種類 の3量体 成分 と1種類 の4量体 成分 を 順相 クロ マト グラ フ
イー およ び分 取ク ロマ ト グラ フイ ーに よっ て分 離. |精 製し 、構 造決 定を 行っ た 。
2.新 サ イズ 排除 クロ マト グ ラフ イ―法によ る果汁およびロゼ・シード ル中のアントシアニン
類の分析
ポ リ フ ェ ノ ー ル 成 分の 分析 はフ オ ーリ ン― チオ カル ト 法や ポー ター 法 のよ うな 比色 定量 法
や 逆 相 系 HPLCに よ る個 別成 分の 分 析法 など がこ れま で 用い られ てき た 。ま た、 逆相 系HPLC
ー 220―
を用いることにより一部のポリフェノール成分は詳細な解析が行えるようになってきた。
しかし、プロシアニジン類のような高分子型のポリフェノール成分や醸造工程で果実酒中
に生成する多量体化したアントシアニン類は、移動相と試料との相互作用や固定相と試料
の親和性の差異に依存して溶出されるため、有効な方法が報告されていなぃ。原料由来の
成分と醸造工程で生成する二次的な成分とが混在する果実酒においては、より一層ポリフ
ェノール成分の把握が困難であり、機能性研究における成分の構造と機能性の相関に関す
る研究を妨げている最大の要因である。
そ こで、 従来用 いられて きたサ イズ排除 クロマト グラフ イーにお いて移 動相を8M
尿素
(p
H2
.0
) とアセト ンの混合 液に変 更することによルポリフェノール成分を分子量毎に分
離することに成功した。また、本手法を用いることによルリンゴには観られなぃ多量体化
したアントシアニン類が醸造工程においてロゼ・シードル中に生成することが確認された。
3.モ デ ル ・ シ ― ド ル に お け る 多 量 体 化 し た ア ン ト シ ア ニ ン 類 の 生 成 と 構 造 解 析
サイ ズ排除 クロマトグラフイーで分画したロゼ・シードルの画分をL
C
/
ES
トM
S
で分析した
ところアントシアニン類とフラバンー3
−オール類がアセトアルデヒド由来のメチルメチン
基を 介して 結合した分子に相当するm/
z76
5
を示す分子イオンピークと、アントシアニン
類と プ口シ アニジン2
量体がメチルメチン基を介して結合した分子に相当するm
/z
10
5
3
の
分子イオンピークが検出された。そこで、醸造工程でのロゼ・シードル中のアントシアニ
ン類の変化に関与する成分を検討する目的でモデル・シードルを調製し、保存期間中のア
ントシアニン類の変化を検討した。その結果、フラバン―3
―オール類であるE
C
やプロシア
ニジ ン類で あるPB
2と、アン トシア ニン類で あるCy
3g
が アセトアルデヒドの共存する場
合に 新たな アントシ アニン類 が生成 し、その成分はそれぞれm/z7
6
5と|0
53
の分子イオ
ンピークを示すことが判明した。
そこ で、ア セトアル デヒドの 共存す るCy
3
呂とE
C
を含むモデル・シードルから2
種類の新
規ア ントシ アニンを 分離・精 製し、 N
MR
によ る構造 解析の結 果、両物質はC
y3
g
とE
C
がア
セトアルデヒド由来のメチルメチン基を介して8
位同士で結合していることが確認された。
4.M
AL
DトTO
F
/M
S
によるモデル・シ―ドルおよびロゼ・シードル中の多量体化したアント
シアニン類の分析
逆 相 系HPLC
や LC―ESI/ M
S分 析で は、検出 できな ぃ多量体 化した アントシ アニン類 を
M
AL
D
I一TO
F
/
MS
で分析した。モデル・シードルの分析の結果、C
y
3呂にメチルメチン基を介
し てEC
やPB2
が多 数結合し た分子 イオンピ ークが 検出され た。また 、3分子以上 のC
y3g
が結合している分子に相当する分子イオンピークは検出されなかった。以上の検討結果か
ら、多量体化反応はアントシアニン類にメチルメチン基を介してフラバン−3
―オール類や
プロ シアニ ジン類が8
位または6
位で結合し、フラバン−3―オール類やプ口シアニジン類
側へ連続的に伸張し、再度、アントシアニン類が結合することにより反応は停止すると考
え ら れた 。 ま た、 ア ン トシ ア ニン 類の結合 位置は 8
位だ けである ことが 示唆され た。
本論文では、果実酒としてロゼ・シードルにおける多量体化反応を検討したが、ブドウを
原料とする赤ワインにおける多量体化したアントシアニン類の生成メカニズムも同様であ
ると考えられるが、リンゴとは違いブドウは含有するアントシアニン類やプロシアニジン
類の種類が多いこと、醸造方法もワインの産地により多様であることから生成する多量体
化したアントシアニン類の解析はより困難であり、今後の課題であると考えられる。この
ように製造工程において微生物による発酵が関与している食品では、発酵中にポリフェノ
ール成分の変化が起きていると考えられる。発酵食品の機能性研究においてはこの点を十
分に 考 慮す る 必 要が あ り 、今 回 の研 究 は その 一 助に なるもの と考えら れる。
― 221―
学位論文審査の要旨
主 査 教授 川端 潤
副 査 教授 松井博和
副 査 教授 横田 篤
副査 助教授 橋床泰之
学 位 論 文 題 名
醸造工程における果実酒中のアントシアニン色素の変化と
新規色素の生成メカニズムに関する研究
果実酒中のポリフェノール成分は原料である果実由来の成分と、発酵や熟成などの醸造
工程中にポリフェノール同士が直接または間接的に結合、多量体化し二次的に生成した成
分とが混在しており、果実酒の味、色調、香りおよぴ保存性などの酒質に大きく貢献する。
さらに、最近では、赤ワインや緑茶に代表される食品中のポリフェノール成分が生体内に
おいて様々な生理機能性に関与することが報告され、注目されている食品成分である。し
かしながら、果実由来の成分と醸造工程に生成するポリフェノール成分を有効に分離する
方 法が な い ため 果 実 由来 の ポ リフ ェ ノ ー ル成 分 に 関す る検 討がほと んどで あった。
本研究の目的は、リンゴを原料とする果実酒のロゼ・シードル中に生成する多量体化し
たア ン トシ ア ニン 類 の生 成メカ ニズムを明ら かにすること である。
1. リ ン ゴ 中 の ポ リ フ ェ ノ ー ル 成 分 の 分 析 と プ ロ シ ア ニ ジ ン 類 の 構 造 解 析
ロゼ・シードルの主原料であるS
t
a
rk
i
ngD
el
i
c
io
u
s種のポリフェノール成分を逆相系H
P
L
C
で分析し、主要なポリフェノール成分として、フラバン3
オール類のカテキンやエピカテ
キ ン(
EC
)、ア ントシア ニン類 のシアニ ジン-3
-ガラク トシド(C
y
3g
)
、フェノールカルポ
ン酸類のクロロゲン酸や3
’p
クマロイルキナ酸、ジヒドロカルコン類のフロリジン、プロ
シ アニジン 類のプ ロシアニ ジンBl
、 プロシア ニジン B
2 (P
B2
)、プロ シアニジ ンC
lを検
出した。また、アン卜シアニン類の多量体化において重要な成分であるプロシアニジン類
を新たにりンゴ中から順相クロマトグラフイーおよび分取クロマトグラフイーによって分
離 ・ 精 製し 、 NM
Rに よ り構 造 を決定 した。そ のうち 、5
種 類の3量体成 分と1種類の4量
体成分ははじめてりンゴから確認された成分であった。
2
.
新サイズ排除クロマトグラフイー法による果汁およびロゼ・シードル中のアントシアニ
ン類の分析
従来ポリ フェノ ール成分 の分離 に用いら れてきた サイズ排除クロマトグラフイー(
SE
C
)
の移動相 をアセ トンと8M
尿 素(
pH2
.0
)
の混合液(6:4)に変更することにより分子量毎
― 222―
に分離すること に成功した。また、本手法を用いることによルリンゴにはみられなぃ多量
体化したアント シアニン類が醸造工程においてロゼ・シードル中に生成し、時間の経過と
ともにアントシ アニン多量体が増加することが確認された。
3.モ デ ル ・ シ ー ド ル に お け る 多 量 体 化 し た ア ン ト シ ア ニ ン 類 の 生 成 と 構 造 解 析
新 SE
Cで 分画 した ロゼ ・シ ード ルの 画分 をLC-E
SIfM
Sで分析し、アントシアニン類とフ
ラバン-3
-オール類またはプロシアニジン2
量体がアセトアルデヒド由来のエチリデン基を
介して結合 した分子に相当するm
/z 7
65およびm
/z
10
53
の分子イオン が検出された。そこ
で、アント シアニン類と代表的なポリフェノール類を含むモデル・シードルを調製し、保
存 期間 中の アン トシ ア ニン類の変化を検討した結果、EC
やPB
2とCy
3g
がアセトアルデヒ
ドの共存す る場合に新たなアントシアニン類が生成し、それぞれm/Z
76
5と1
05
3の分子イ
オ ンを 示し た。 アセ ト アルデヒドの共存するCy
3g
とEC
を含むモデ ル・シードルから2
種
類 の新 規ア ント シア ニ ン(E
C.C
lおよびEC
・C2
)を分離・精製し 、N
MR
による構造解析
し た結 果、 両物 質は Cy3
gとE
Cがアセトアルデヒド由来のエチリデ ン基を介して双方の8
位同士で結 合している構造異性体であった。
4. MAL
DI-T
OFfM
Sに よる モデ ル・ シー ドル およ び ロゼ ・シ ード ル中 の多 量体 化したア
ントシアニン類の分析
逆 相 系 HPLCや LC-ESIfMS分 析 で は 、 検 出 で き な ぃ多 量体 化し たア ント シア ニン 類を
MA
LDITOFf
MSで分 析 した 。モ デル ・シ ード ルの 分析の結果、Cy
3g
ユニットに エチリデ
ン基 を介 して EC
ユ ニ ットやPB
2ユニットが多数結合した分子に相当するイオン が検出さ
れた。また、Cy
3g
ユニットが両端に結 合した分子に相当するイオンも検出されたが、3
分
子以上のCy
3g
ユニットが結合している分子に相当する分子イオンは検出されなかった。以
上のことから多量体化反応はアントシアニン類にエチリデン基を介してフラバン3
-オール
類やプロシアニジン類が8位または6
位 で結合、連続的に伸張し、再度、アントシアニン
類が結合することにより反応は停止す ると考えられた。
本論文では、ロゼ・ シードルにおける多量体化反応を検討したが、赤ワイン中でのアン
トシアニン類の多量体 化のメカニズムも同様であると推定される。リンゴとブドウでは含
有するアントシアニン 類やプロシアニジン類の種類や含有量、産地により醸造方法も多様
であることから多量体 化したアントシアニン類の解析はさらに困難であり、今後の課題で
ある。製造工程で微生 物による発酵が関与する食品では、ポリフェノール成分の変化が起
きていると推定される 。発酵食品の機能性研究においてはこの点を考慮する必要があり、
本研究はその一助にな ると考えられる。
よって審査員一同は、庄司俊彦が博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格を有する
ものと認めた。
― 223―
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