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kjs036-07
69
キリスト教と社会福祉
―福音書文学にみる
「救済」
の福祉文化学的考察―
長 尾 譲 治
1.本論文の目的
本論文は、キリスト教の伝承文学に表された救済の内容とその文化的背景を
分析するものである。キリスト教団は、その成立以来、人々の救済活動を積極
的に展開し、慈善事業や社会福祉に多大な影響を与えてきた。現代の社会福祉
実践においても、キリスト教が最も重要な思想的基盤の1つであることに変わ
りはない。他の主要な宗教と比較しても、その影響力の大きさは群を抜いてい
る。
キリスト教社会福祉の特徴としては、次のような点があげられる。第1に、
感化力・浸透力がきわめて強いことである。宗教的伝統の異なる地域において
も、各種の社会福祉事業を媒体として、キリスト教に強い関心を示したり、改
宗したりする人は非常に多い。精神的側面での影響力が大きいのである。
第2に、医療福祉事業が多いことである。カリタス思想に基づいて、19 世
紀に設立された赤十字の活動は、今でも医療的救済が中心となっている。世界
で活動する医療関係の国際福祉団体(NGO)も、キリスト教思想に影響を受
けたものが多い。国内の医療法人でも、キリスト教を母体とするものが数多く
みられる。こうした医療分野におけるキリスト教の影響は、仏教やイスラム教
などと比較しても圧倒的である。
第3に、活動の場所や地域を選ばないことである。マザー・テレサの「神の
愛の宣教者会」などにみられるように、異文化地域にも積極的に出かけて行き、
妨害も恐れずに活動を続ける強さには、目を見張るものがある。
キリスト教は、社会福祉実践においてなぜこうした明白な特徴を帯びるのか。
70
それを考えるためには、その活動の拠りどころである新約聖書の記述を分析す
る必要があるのはいうまでもない。
古来より、数多くの神学者・社会福祉学者が、キリスト教と社会福祉との関
係を論じてきた。それらのほとんどが、新約聖書の思想を、旧約聖書の延長線
上でとらえている。すなわち、イエス・キリストを媒介とし、神と人とが融合
する「手段」として、福祉活動があると説明されているのである。
しかし、こうした説明だけでは、十分とはいえない。一民族の宗教にすぎな
いユダヤ教の発展型としてのとらえ方だけでは、上に述べたようなキリスト教
の福祉活動の特性を説明できないのである。これらのことを理解するには、新
約聖書に書かれている内容とその地理的・文化的背景を分析し、ギリシャから
オリエント地方にまたがる救済伝承との関連から、世界宗教としてのキリスト
教の特徴を考察しなければならない。
本論文は、新約聖書の中で、イエスの生涯を物語として伝えている共観福音
書(マタイ、マルコ、ルカの各福音書)とヨハネ福音書を資料とし、そこにみ
られるイエスの言動に関する伝承を、次の3つの側面から分析する註1。第1に、
資料にあるイエスの「言葉」の中から、社会福祉の原理と考えられるものを抽
出し、救済の思想体系を考察する。第2に、イエスの「行動」−すなわち彼の
行ったとされる奇跡−を仔細に分析し、その特徴を明らかにする。第3に、イ
エスの行動を歴史地理学的に跡付け、キリスト教の救済思想に影響を与えた要
因を考察する。こうした3つの異なる視点からの分析を通じ、イエスという
「救世主」の特性を明確化し、福祉文化学的視点から、キリスト教社会福祉の
もつ特徴を説明してみたい。
なお、ここでの考察は、あくまで伝承文学としての福音書の内容分析と、そ
の文化的背景を考察するものである。したがって、福音書の記述が事実かどう
かというような、いわゆる神学上の議論には立ち入らないことをあらかじめ断
っておく。
71
2.福音書上にあらわれるイエスの「言葉」
−価値逆転思想の原理とその感化力−
はじめに、イエスの言葉そのものに秘められた力に注目してみたい。マタイ
による福音書は、イエスの宣教初期の言葉として、次のような美しい詩文を載
せている。
「心の貧しい人々は、幸いである、
天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである、
その人たちは慰められる。…
義に飢え渇く人々は、幸いである、
その人たちは満たされる。… 」(マタイ5.3−10。 註2)
福音書には、このような慰めにみちた言葉が随所に記されている。
「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある
者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。…疲れた者、
重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わた
しは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうす
れば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷
は軽いからである。」(マタイ11.25-30)
「そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人
たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。
お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲
ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、
牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』すると、正しい人たちが王に答える。
『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のど
が渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしてお
られるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。い
72
つ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』
そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小
さい者の1人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』…」(マタイ
25.34-40)
こうした優しい言葉に、胸を打たれない人はいまい。新約聖書とキリスト教
の魅力が感じられる部分である。そしてこのような記述に、キリスト教社会福
祉の影響力の秘密をかいまみることができる。その構造を分析してみよう。
これらの文をみてまず注目されるのは、世間一般で低く評価されていること
が、逆に価値を高められている点である。この世の富や権力・名声は否定され、
社会的弱者とその味方だけが救世主(キリスト)によって救済されることを説
いているのである。
具体的には、どのような人が救われるのだろうか。
イエスに触れていただくために、人々は乳飲み子までも連れて来た。弟子
たちは、これを見て叱った。しかし、イエスは乳飲み子たちを呼び寄せて言
われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。
神の国はこのような者たちのものである。」(ルカ18.15-16)
「『子(ある金持ち)よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良
いものをもらっていたが、ラザロ(できものだらけの貧しい人)は反対に悪
いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむの
だ。』」(ルカ16.19-25)
「わたしがこの世にきたのは、裁くためである。こうして、見えない者は
見えるようになり、見える者は見えないようになる。」(ヨハネ9.39)
「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中
で、だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが、この人は、
乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからであ
る。」(マルコ12.43)
「この人(罪深い女)を見ないか。わたしがあなた(シモン)の家に入っ
73
たとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足を
ぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかっ
たが、この人はわたしが入ってきてから、わたしの足に接吻してやまなかっ
た。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を
塗ってくれた。だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、
わたしに示した愛の大きさでわかる。赦されることの少ない者は、愛するこ
とも少ない。」(ルカ7.44-47)
乳幼児・病人・障害者・困窮者・罪人に例示されるような「弱者性」が、こ
こでは価値を 180 度転換され、このような人々こそが神の国に入ることができ
ると説く。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが
来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マルコ
2.17)との比喩は、このような言葉によるいやしの力を暗示する。こうした徹
底した価値逆転の思想が、社会的に弱い立場にある人々を勇気づけ、キリスト
教が浸透する大きな要因の1つとなったことは間違いない。現在の心理療法で
は、マイナスの価値観・感情のプラスへの転化によって生じるカタルシス効果
が治療技法の根幹となっている。イエスの言葉のもつ力も、ここに源泉がある。
キリスト教の感化力の強さは、いわば心理療法的なこのカタルシスの「秘術」
にあるといえよう註3。
3.イエスによる行動の特徴−医療福祉との親和性−
(1)奇跡の分類
次に、イエスの「行動(すなわち奇跡)」の側面に焦点を当て、その特徴を
分析してみよう。
表1は、福音書にみられるイエスの行った「奇跡」の内容を一覧表にしたも
のである。ここでは、新約聖書冒頭の『マタイによる福音書』を基準として各
福音書を比較・検討し、内容的に、重複やもれがないようにしてある。
74
表1 イエスによる奇跡(一覧)
番 号
内 容
場 所
分類
1
病気・患いをいやす
ガリラヤ
1
2
病気・苦しみの者をいやす
ガリラヤ
1
3
悪霊を追い出す
ガリラヤ
3
4
てんかんの者をいやす
ガリラヤ
1
5
中風の者をいやす
ガリラヤ
1
6
水をぶどう酒に変える
カナ
5
7
役人の息子の病気をいやす
カナ
1
8
汚れた霊に取りつかれた男をいやす カファルナウム
3
9
悪霊を追い出す
ガリラヤ
3
10
らい病者をいやす
ガリラヤ(山上垂訓後)
1
11
病気をいやす
カファルナウム
1
12
中風の者をいやす
カファルナウム
1
13
熱を鎮める
カファルナウム(ペトロの家)
1
14
悪霊を追い出す
カファルナウム(ペトロの家)
3
15
病人をいやす
カファルナウム(ペトロの家)
1
16
やもめの娘の蘇生
ナイン
4
17
病気・苦しみをいやす
ガリラヤ
1
18
悪霊に苦しむ人をいやす
ガリラヤ
3
19
大勢の盲人を見えるようにする
ガリラヤ
2
20
嵐を静める
ガリラヤ湖
5
21
悪霊を追い出す
ガリラヤ湖向こう岸(ガダラ人地方) 3
22
中風の者をいやす
カファルナウム
1
23
12年間出血の続く女をいやす
ガリラヤ湖ほとり
1
4
24
ヤイロの娘の蘇生
ガリラヤ湖ほとり
25
ごくわずかの病人をいやす
ナザレ
1
26
2人の盲人をいやす
ガリラヤ湖ほとり
2
27
口の利けない人をいやす
ガリラヤ湖ほとり
2
28
38年間病気の人をいやす
エルサレム
1
29
あらゆる病気・患いをいやす
ガリラヤ
1
30
手の萎えた人をいやす
ガリラヤ
2
31
皆の病気をいやす
ガリラヤ
1
32
目・口の不自由な人をいやす
ガリラヤ
2
33
群衆の中の病人をいやす
ベトサイダ(湖向こう岸)
1
34
5千人に食べ物を与える
ベトサイダ
5
35
18年間腰の曲がった女をいやす
ガリラヤ
2
75
番 号
内 容
場 所
分類
36
湖の上を歩く
ガリラヤ湖
5
37
病人たちをいやす
ゲネサレト(湖向こう岸)
1
38
カナンの女の娘の悪霊を追い出す
ティルス・シドン
3
39
生まれつきの盲人をいやす
エルサレム
2
40
ラザロを生き返らせる
ベタニア
4
41
水腫の人をいやす
ガリラヤ
1
42
耳・舌の不自由な人をいやす
ガリラヤ湖ほとり
2
43
足の不自由な人をいやす
ガリラヤ湖ほとり
2
44
目の見えない人をいやす
ガリラヤ湖ほとり
2
45
体の不自由な人をいやす
ガリラヤ湖ほとり
2
46
口の利けない人をいやす
ガリラヤ湖ほとり
2
47
その他多くの病人をいやす
ガリラヤ湖ほとり
1
48
4千人に食べ物を与える
ガリラヤ湖ほとり
5
49
1人の盲人をいやす
ベトサイダ
2
50
イエスの姿が変わる
フィリポ・カイサリア地方
5
51
てんかんの子供をいやす
フィリポ・カイサリア地方
1
52
人々の病気をいやす
ヨルダン川向こう側(ユダヤ地方)
1
53
らい病者10人をいやす
サマリアとガリラヤの間
1
54
盲人バルティマイをいやす
エリコ
2
55
目の見えない人をいやす
エルサレム
2
56
足の不自由な人たちをいやす
エルサレム
2
57
いちじくの木を枯らす
エルサレムとベタニアの間
5
58
大祭司の手下の切られた耳をいやす
エルサレム
1
59
弟子の網に大量の魚をかからせる
ガリラヤ湖ほとり(復活後)
5
※奇跡を行ったとされる順番は、各福音書によって異なっているが、ここでは
基本的にマタイの伝承に依りつつ、イエスの宣教の初期から後期にいたる流
れでまとめた。
※表の右の分類番号は、奇跡の内容によって分類した番号である。1は病気・
苦痛・けがのいやし、2は身体障害のいやし、3は悪霊の追い出し、4は死
者の蘇生、5はその他である。
※なお、福音書中には「悪霊(汚れた霊)の追い出し」の記載が数多く出てく
るが、悪霊の性格が明確にされている場合には、「悪霊の追い出し」ではな
く、それに対応する項目に分類した(例えば「口を利けなくする悪霊の追い
出し」は「身体障害のいやし」に分類するなど)。
76
これを見ると、福音書には、非常に多くの奇跡が記されていることがわかる。
総数は 59 を数える。福音書は、イエスの言葉と奇跡の伝承体系であるといえ
よう。
表1の内容を、奇跡の種類ごとに分類すると、表2のようになる。
表2 奇跡の内容の分類
分 類
回 数(%)
1.病気・苦痛・けがのいやし
25(42.4)
2.身体障害のいやし
16(27.1)
3.悪霊の追い出し
7(11.9)
4.死者の蘇生
3(5.1)
5.その他
8(13.6)
計
59(100)
これを見ると、
「病気・苦痛・けがのいやし」が42.4%、
「身体障害のいやし」
が 27.1 %となっており、全体の約7割に達する。すなわち、キリストの救済の
技は、体の病気や障害に対する治療的な行為に集中していることがわかる。ま
た、「悪霊の追い出し」は、今でいえば精神障害の治療に相当するものである
と考えられ、
「死者の蘇生」の3件(5.1%)も、医療の延長として把握できる。
こう考えると、全体の9割近くが医療とそれに類する行為で占められているこ
とになる。ここに、イエスの奇跡の一大特徴が明瞭に示されている。彼は、病
気治療の神として、人々の救済にあたったのである。
キリスト教社会福祉が、医療活動と親和性が高いのは、このようなイエスの
奇跡の特性が影響していることは間違いない。『使徒言行録』には、イエスの
弟子たちが、彼の名によって医療行為を行ったという記述が数多く見られる。
カリタスの原点は、「ホスペス(ホスピス)」における行旅病人(巡礼者)の救
済にあったといわれるが、それは新約聖書のこうした記述の伝統を受け継ぐも
のである。
「その他」の奇跡は、いわゆる神の子としての威厳を示す行為である。内訳
77
は、
「(数千人に)食べ物を与える」という直接救済が2件で、具体的な「示現」
は、「嵐を静める」「湖の上を歩く」「イエスの姿が変わる(光り輝く)」等のわ
ずか6件しかない。
ここで重要なことは、こうしたイエスの病気治療神としての行動が、旧約聖
書の伝統からは説明できない点である。旧約聖書では、神の示現たる奇跡(洪
水、シナイ山顕現など)が最重視された。医療的な奇跡は副次的なものにすぎ
ない。その上、人が神の名によって治療を施すことは神の権威を汚すものとさ
れ、許されることではなかった。しかし、イエスは神の名によって、上のよう
な数多くの病気治しの奇跡を行っているのである。
さらに、旧約聖書では、民族全体の統合こそが求められ、個人的救済は重視
されていない。しかし、イエスの行動は、明らかに「個人としての他者」を志
向している。一個人の具体的な苦しみ、その代表としての心身の疾病・障害を
いやすことに専心しているのである。
なぜイエスは、旧約聖書の教えを語りながらも、その伝統から逸脱する行動
をあえてするのか。キリスト教をユダヤ教の延長線上で考える限り、この疑問
は解決されない。
こうしたイエスの救済の特徴は、ユダヤ教よりも、むしろ次節でみるように、
ギリシャ神話との類似性が強いことがわかる。
(2)ギリシャ神話における医神とイエスの類似性
欧米思想の源流には、キリスト教ともう1つ、ギリシャの哲学・思想がある。
そしてギリシャの神話の中には、イエスの奇跡に類似した医療に関する神話が
数多くある。
オリンポスの神話では元来、ゼウスの子アポロンが医術の神とされ、人々の
間で信仰されていた。そして前5世紀頃には、アポロンの子アスクレピオスが、
たぐいまれな医神として名声を博していた。アスクレピオスは死後、へびつか
い座の星になったといわれ、今でも蛇は医師のシンボルとなっている。
アスクレピオス神の伝承は、おおむね次のようなパターンのものが多い。す
なわち、病人が神殿で数日寝泊りしていると、眠っている間に夢の中に神兆が
78
あらわれて治療が施され、目を覚ますと出血とともに病気が治っているという
ものである。治療内容としては、難産や内臓病、身体障害、けがのいやしなど、
主として身体病に集中している。さらに死者の蘇生譚もあり、イエスとの類似
性がみてとれる。
こうしたギリシャの医神伝承は、ギリシャ医学と深く結びついている。ギリ
シャの医聖ヒポクラテスは、紀元前5世紀に活躍した実在の人物であり、彼の
事績が、前5世紀頃からのアスクレピオス信仰に影響を及ぼしているのではな
いかといわれる。ヒポクラテスは、ギリシャの流儀だけでなく、エジプトにも
学んでエジプト医学も取り入れ、その後も遊行医師として活躍した。ヒポクラ
テスは、診断の的確性で知られ、治療としては理学療法のほか、四体液説に基
づく自然治癒療法などを行ったという。医師の古典的倫理綱領として現在にも
伝わる「ヒポクラテスの誓い」は、医神であるアポロン、アスクレピオス等に
対して誓約するものであり、医術と神話との結びつきが暗示されている註4。
ギリシャ医学はその後、アレクサンダーの遠征に伴って、オリエント地方各
地の医学と出会うことになる。前4世紀から前1世紀のヘレニズム時代、アレ
クサンドリアではエジプト・ギリシャ医学の交流によって解剖学的外科医学が
発展し、その治療効果もかなり高かったという。
ヘレニズム時代は、一地域の文化が各地に伝播していった時代でもある。エ
ジプト・ギリシャの先進医学が、オリエントの諸地域に伝わり、各地の神話と
結びついたとしても不思議ではない。病気治療神が、地中海世界の神話に共通
してみられるのは、こうした点から理解できよう。ギリシャでは、医学が医神
アスクレピオスと結びついた。また、エジプトではイムヘテプが、フェニキア
ではエシュムンが医神として崇められた註5。そして一神教の伝統の強いユダヤ
地方では、神の子イエスの姿を借りて、ヘレニズムの医神が姿を現したと考え
ることができるのではないだろうか。
この点について、イエスの行動を歴史地理学的に分析し、さらにその特徴を
探りたい。
4.イエスの行動の足跡−グローバルな救済の方向性−
79
図1は、表1で表されたイエスの奇跡を、地域別に示したものである。ここ
では、★は病気・けが等のいやし、●は身体障害のいやし、◆は悪霊の追い出
し、■は死者の蘇生、△はその他を示している。
図1
イエスの奇跡の足跡
80
これを見てはっきりとわかるのは、イエスの奇跡の9割近くが、ユダヤ教の
中心地エルサレムから 100 km以上離れたガリラヤ地方で行われていることで
ある。エルサレムでは、わずか6件しかない。さらに重要なのは、エルサレム
では神の名によって行われる「悪霊の追い出し」が1件もないことである。
「死者の蘇生」も、近郊のベタニアで1件あるものの、エルサレムでは行われ
ていない。また、「その他」の中の「示現」的奇跡も、エルサレムでは「いち
じくの木を枯らす」行為が1件だけで、その他の重要な示現が全くない。つま
り、神の力を最も強く象徴する行為を、エルサレムではほとんど行わなかった
ということになる。なおその上、伝道初期にはエルサレム近辺での活動が1つ
もなく、伝道の晩期に集中していることも見逃せない。こうした地域的特性が、
イエスの性格を明瞭に物語っている。
エルサレムは、ネゲブ砂漠からシナイ半島へ続く山岳・砂漠地帯(聖書に登
場する「荒野」)の北端に位置している。それに対し、イエスの活動の中心地で
あるガリラヤ地方は、ガリラヤ湖(ティベリアス湖)を中心とした、地中海性
気候の温暖な地域であり、古くから農業・漁業がさかんなところである。地理
的にみても、死海以南の砂漠地域よりは、地中海沿岸地方に近い。地中海沿岸
は、先にみたヘレニズムの病気治療神の伝説が多い地域である。また、ガリラ
ヤ地方は、フェニキア地方と隣接し、医神エシュムンの神殿があった古代都市
シドンにもほど近い。
ユダヤ民族がパレスチナを征服し、遊牧生活から定住農耕生活へと移行した
後も、北方のガリラヤ地方は、彼らからみればエルサレムから遠く離れた辺境
地域であった。『マタイによる福音書』も、旧約のイザヤ書を引用し、「ヨルダ
ン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民(マタイ 4.15-16)」と記
しているように、旧約の時代から新約の時代まで、ユダヤとは文化・伝統を異
にする民族が住んでいたのである。このように歴史地理学的に考察すると、イ
エスという新しい神の伝説は、地中海沿岸地方の病気治療神の伝統を母体とし
て生まれてきたことがより明白となる。プルトマンは、福音書の治癒物語の構
造は、ユダヤ教におけるラビ文学の治癒物語よりも、地中海世界神話と類似点
が多いことを指摘している註6。
81
ユダヤ教は、砂漠地域の遊牧民であったユダヤ民族の宗教である。過酷な環
境の中、地縁という強力なコミュニティの結合力を持たない彼らが、民族の統
一を維持するには、唯一神ヤハウェを中心とした民族の精神的な絆が何より重
要だったのである。しかし、彼らがパレスチナに入ってきた時、そこにはバア
ル神を中心とした多神教的な農耕神話が定着していた。さらにヘレニズム時代
には、病気治療神が地中海沿岸に強い影響力をもつようになった。遊牧生活か
ら定住生活に移り、地縁というコミュニティ結合の発生したユダヤ民族にとっ
て、ヤハウェとの契約は、不可欠なものではなくなっていた。むしろ、現世に
おける利益の明確でないヤハウェよりも、豊かなみのりをもたらすとされる農
耕神や、病気をいやしてくれる神々の方が魅力的に見えたのは、当然であった
といえよう。こうした人々の「堕落」を戒めるため、多くの預言者が活動する。
新約聖書において、預言者の伝統を受け継いでいるのが、洗礼者ヨハネであ
る。ヨハネは、一説にはエッセネ派と関係があるといわれるが、ヨルダン川の
荒れ野に定住し、人々に教えを説いていた。彼は福音書では預言者エリヤの再
来とされ、ユダヤ教の掟に従って洗礼を授けるだけで、神の名による奇跡は一
切行わない。それに対し、イエスは辺境ガリラヤを中心として各地を遊行し、
禁じられていたはずの病気治療の奇跡を数多く行っている。そして結局、イエ
スの方がヨハネよりも人々の間で受け入れられ、弟子の数もヨハネを上回るこ
とになる(ヨハネ 4.1)。福音書では、イエスとヨハネの関係を、王と僕との関
係に統合し、ヨハネ自らにこう語らせている。
「あの方(イエス)は栄え、わたし(ヨハネ)は衰えねばならない。上
から来られる方は、すべてのものの上におられる。地から出る者は地に
属し、地に属する者として語る。…」(ヨハネ3.30-31)
こうして、病気治療神のイエスは福音書においてユダヤ教の伝統と結びつけ
られ、その活動の正当性を主張する。外科学という即物的で効果の高い医学と
結びついたヘレニズムの病気治療神は、このようにしてイエスの姿をとって、
ユダヤ教の単純でわかりやすい一神教の教義と結合したのである。いわば、一
82
神教であるユダヤ教と、多神教である地中海神話とが、イエスを通して1つに
なったといえる。これはある意味では、一神教であるユダヤ教の多神教化でも
ある。相容れない伝統のシンクレティズムがここに読み取れるのである。キリ
スト教の特性の1つは、こうした異なる宗教伝統の統合にあるということがで
きよう。
イエスはさらに奇跡を行い続け、ユダヤの辺境ガリラヤ地方から、徐々に中
心都市エルサレムに向かって伝道の進軍を進めていく。その行程は、ある意味
ではユダヤ民族に征服され、ヤハウェ信仰によって否定された地中海地方の病
気治療信仰が、イエスの姿を通してパレスチナ地方(及びそこに住むユダヤ民
族)を再度征服していく過程であるともいえるのではないだろうか。
イエスは伝道の中で、自分を信じない都市エルサレムとそこで教える律法学
者を厳しく批判し、辺境のガリラヤの価値を高めているが、ここにも中心と辺
境の価値逆転という、第2章でみたイエスの強力な思想を見出すことができる。
しかし、イエスの存命中には、ユダヤ教の牙城であるエルサレムを感化する
ことはできなかった。福音書の記述では、彼がエルサレムで病気治療神として
の本領を発揮していないこと、神の示現がほとんどみられないことは、その事
実に対応している。そしてイエスは、最終的にはエルサレムで宗教的に敗北し、
死刑に処せられる。
しかし、ここでも彼はヘレニズムにおける英雄の復活神話に結びつけられ、
その結果、キリスト教という新しい宗教が発生することになる。負けても死ん
でも、価値逆転思想と多神教的な復活・再生信仰に支えられ、発展を続けるキ
リスト教の圧倒的な浸透力の源は、この点に求められよう。
その後、キリスト教は苦難の時代ののち、ローマ帝国によって保護され、地
中海世界を席巻する。数々の多神教的なヘレニズムの病気治療神が、わかりや
すい一神教の性格を兼ね備えたイエスの姿に集約され、のちの世界に多大な影
響を及ぼすようになったと考えられる。
こうして、世界宗教としてのキリスト教の特徴、なかでもグローバルな救済
を重視するという伝統が形成されたと考えることができるのである。
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5.キリスト教社会福祉の原点とその重要性
以上、イエスの言葉と行動の特質とその文化的背景について考察してきた。
本研究で明らかになったことを要約すれば、次のようになる。
イエスは、まず何よりも、病気治療の神様であり、オリエント世界の各種病
気治療神の統合的存在であった。また彼の放つ言葉は、それ自体が人の心をい
やす効果をもっていた。さらに、彼は辺境から中心まで各地を遊行し、民族を
問わずに人々を救済し続けた。
こうしたイエス像の分析によってはじめて、最初にみたキリスト教社会福祉
の特徴を説明することが可能となる。第1に、「価値逆転」思想により、救済
の原理が明確化され、さらにそうした言葉のもつ心理療法的なカタルシス効果
が、強い感化力を有することである。第2に、病気治療の伝統が強く、そのた
め救済の方法論としても、医療行為が重視されることである。第3に、異なる
宗教的伝統のシンクレティズムの結果生じた宥和性と、ヘレニズム的な伝播力
を兼ね備えており、国境を越えた異文化地域への展開が積極的になされること
である。
このような伝統が、キリスト教社会福祉には息づいている。日本においても、
ザビエルやアルメイダの時代から、明治期のキリスト教社会事業、そして現代
のソーシャルワークに至るまで、その影響は計り知れない。また開発途上国に
おいても、マザー・テレサの保健福祉活動をはじめ、幾多の献身的な取り組み
が行われていることは周知の事実である。
20 世紀以後、医療の科学化が高度に進み、西洋的医療の世界では、キリス
ト教的福祉活動は端に追いやられた感がある。しかし、医療と宗教とが無縁に
なったように見える現代社会でも、人間の心理的・社会的・宗教的ニーズ等、
生活と福祉に関するニーズがなくなることはない。むしろ、無機質的な医療に
人間性を取り戻す方法として、宗教の果たす役割が再評価されている。特に医
学だけでは解決できない領域−死や障害の受容、人間的介護などの福祉的側
面−では、キリスト教は再びその力を発揮してきているのである。
以上、キリスト教と救済との関係を、福祉文化の側面から考察してきた。現
代の社会福祉は実践科学であり、無宗教的でなければならないといわれる。し
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かし社会福祉関連事業は、実践する側の思想・心情と、展開される地域におけ
る宗教的伝統が合致しなければ、当該地域で根をおろすことはできない。各種
の宗教における福祉思想を分析し、そこから学ぶことは、福祉のボーダーレス
化の進む現在、ますます重視されなければならない。
【註】
1.本論文で用いる聖書の引用文は、すべて『聖書 新共同訳−新約聖書』
(日本聖書協
会、1990)に拠った。
2.同じ記述は、ルカによる福音書にもあるが、ルカでは次のようになっている。
「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである。
今飢えている人は、幸いである、あなたがたは満たされる。
今泣いている人々は、幸いである、あなたがたは笑うようになる。
」
(ルカ6.20-21)
マタイとルカでこのように記述が違うのは、マタイによる福音書の方がルカよりも新
しく、時代とともに内容が精神的側面を重視する方向で洗練されていったためと考え
られている。
3.宗教における価値逆転思想の例としては、ほかに親鸞の「悪人正機」説、理趣経(密
教経典)における大我説などがあげられる。
4. 「医神アポロン、アスクレピオス、ヒギエイア、パナケイアおよびすべての男神と
女神に誓う、私の能力と判断にしたがってこの誓いと約束を守ることを。…」
(小川
鼎三 1964 『医学の歴史』 中央公論社 p.13)
5.アスクレピオスはエジプトの医神イムヘテプに結びつけられることもある。
6.プルトマン 1963 『イエス』 未来社 参照。
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参考文献
1.長尾譲治 2004
『ライフサイクルと保健福祉』
春風社
2.長尾譲治 2002
「ターミナル・ケアにおけるソーシャルワーカーの専門
性とその役割−医療とケアの歴史的変遷からの考察」
『駒澤大学文学部
研究紀要』第60号 83−110
3.長谷川匡俊 2002
『宗教福祉論』
4.月本昭男監修 1987
医歯薬出版
『聖書の世界』
光文社
5.山形孝夫 1976
『聖書の起源』
講談社
6.小川鼎三 1964
『医学の歴史』
中央公論社
7.プルトマン 1963
『イエス』
未来社
8.渡邊靜夫編 1987
『日本大百科全書』
小学館
9.‘Microsoft Encarta 97 Encyclopedia’ 1993-1997
Microsoft Corporation
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