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志木市立市民病院改革委員会委員長殿
意見
亀田総合病院 副院長 小松秀樹
現状認識
1.首都圏の急速かつ大規模な高齢化
日本で高齢化が進行している。特に、首都圏の高齢化は急速かつ大規模で、深刻な影響
をもたらす。日本社会保障人口問題研究所によると、日本の人口は 2010 年から、2030 年
までの 20 年間で 1195 万人減少すると推計されている。 一方で、全国で 65 歳以上の高齢
者人口が 726 万人増加する。その内の 267 万人(37%)が首都圏の増加である。
今後 20 年間で、
埼玉県では、
一般病床需要が 20%増加する 1。
療養病床・介護需要は 120%
増加する。現状で供給が足りていないので、3 倍近い施設が必要になる。このまま対応策が
講じられなければ、首都圏のベッドタウンで、孤独死が急増する可能性がある。
2.国民の貧困化
日本人は急速に貧しくなっている。平成 21 年度国民健康保険加入者 3954 万人の、平均
世帯所得は 158 万円にすぎない。14 年間で 3 分の 2 になった 2。
3.財政赤字
政府、自治体の財政状況が苦しくなり、財政基盤の弱い自治体は自治体病院を放棄しは
じめた。
4.採算に合わない医療
病院はぎりぎりの費用で運営されている。小児医療、救急医療については診療報酬だけ
ではやっていけない。
5.自治体病院への他会計負担金
自治体が病院を経営するのは、構造的に難しい。どうしても赤字体質になる。例えば、
千葉県医療審議会で配布された資料によると、千葉県立 7 病院は医業収入 100 に対し、医
業費用が 125 かかっている。千葉市立青葉病院は 300 床程度の病院だが、年間 28 億円の他
会計負担金が投入されている。
機能していない自治体病院に、多額の公費が投入され、かつ、無税である。民間病院へ
の補助金は、ないか、あったとしても額が少なく、使いにくい。しかも、課税される。自
治体病院と民間病院で、同じ診療をしていても入ってくるお金が大幅に異なる。自治体病
院と民間病院では、診療報酬が異なると言ってよい。
1
6.自治体病院改革ガイドライン
自治体病院改革ガイドラインの目指す方向は、経営効率化、再編・ネットワーク化、経
営形態の見直しである。経営効率化は、江戸時代の三大改革同様の日本の伝統的な考え方、
すなわち、
「質素・倹約・財政再建」である。無駄の削減は重要だが、過ぎると、投資不足
で医療の質とサービスが低下する。患者に見放されて収入が減少し、赤字がさらに膨らむ。
再編・ネットワーク化には利害を捨てた真摯な議論が必要である。しかし、自治体は、全
体を統率する高い理想を持つ人格が得にくく、対外交渉において、真摯で建設的な意思の
形成ができない。信義を将来に向かって維持することができない。経営形態については、
地方独立行政法人になったとしても、自治体の手かせ足かせから解放されるわけではなく、
自由で迅速な経営判断がしにくい。民間への移譲も手段として必要だが、実現の道筋、具
体例が示されていない。
7.官民のいずれが担当しても公的医療は公的医療
自治体病院改革ガイドラインは公立病院の果たすべき役割として、「①山間へき地・離島
など民間医療機関の立地が困難な過疎地等における一般医療の提供、②救急・小児・周産
期・災害・精神などの不採算・特殊部門に関わる医療の提供、③県立がんセンター、県立
循環器病センター等地域の民間医療機関では限界のある高度・先進医療の提供、④研修の
実施等を含む広域的な医師派遣の拠点としての機能」を挙げている。
これを公立病院だけに任せ続けると赤字が増大し、サービスの質は低下する。ちなみに、
医療法人の経営する亀田総合病院は、救命救急センター三次指定、小児救急医療拠点病院、
周産期母子医療センター、基幹災害医療センター、臨床研修指定病院の指定などを受けて
いる。東京都の島嶼からヘリ搬送される救急患者を多数受け入れている。当然ながら高度・
先進医療を提供している。千葉県で、亀田総合病院以上に公的医療を担っている自治体病
院はない。そもそも医療法人は、医療を公衆に提供するという公的目的のために設立され
ている。営利目的の株式会社のように剰余金を分配できない。
8.医療行政と 税務‐財務行政
自治体は、公的医療を担っている民間病院から、信義則を踏みにじっても、金を取ろう
とする。
安房地域医療センター
安房医師会病院は、22 億 4000 万円の公費による補助を得て、2000 年に、24 時間 365
日の救急医療を目的に移転新築された。土地は館山市の無償貸与だった。労働条件の悪化
のため、医師、看護師の退職が相次ぎ、大幅赤字になった。安房医師会病院は、1964 年の
創設以来、固定資産税を減免されてきた。
2
2008 年 4 月 1 日、千葉県と、館山市を含む 3 市 1 町から、押しつけられる形で、社会福
祉法人太陽会に、負債込で経営が移譲された。移譲後、安房地域医療センターと名称を変
えた。亀田総合病院を経営する医療法人鉄蕉会だと、贈与税がかかるため、引き受けられ
なかった。より公益性の強い、社会福祉法人で引き受けた。
移譲後、24 時間 365 日の救急医療は継続された。2009 年、2010 年、2011 年の医業損益
は、それぞれ、1 億 3000 万円、1 億 1400 万円、8800 万円の赤字だった。補助金収入など
を含めて、2010 年にやっと 3200 万円の黒字になった。2011 年 5 月、救急医療の充実のた
めに、総事業費 14 億円の救急棟の建設が始まった。年間 750 万円、20 年間の補助金が交
付されることになった。これ以外は借入である。年間の補助金は、毎月の返済額程度であ
る。
2011 年 10 月、館山市から突然、固定資産税、都市計画税の減免を停止するとの連絡を
受けた。これまでの税額は 3000 万円だった。救急棟が完成すると、税額は 5000 万円にな
る。これに返済が加わる。救急医療を主たる業務とする病院では、この額は致命的になり
うる。
減免措置の取り止めは、
「梯子を外す」行為であるとともに、3 市 1 町で拠出した補助金
に、館山市が勝手に税金をかけるのと同じ、あるいは、補助率や負担割合を勝手に変更す
るのと同じ行為である。今回のような形で、移譲時の協定の前提、経営の前提を勝手に動
かされてしまうと、病院の経営は成り立たず、地域医療・救急医療を確保するのは不可能
になる。協定の前提、経営の前提を動かすのであれば、協定当事者間で事前協議があって
しかるべきであろう。
館山市長は、減免措置の根拠となる条項を削除する条例改正案を、館山市議会へ提出し
た。改正案が成立すると、市長の権限が制限されて、減免が不可能になる。改正案は、減
免措置停止の責任を議会に負わせるものである。この改正案を、十分な説明や議論のない
まま、すなわち、意図を隠したまま可決しようとした。議員は、この改正案が救急医療に
関係があるとは想像もしていなかった。この改正案はその後取り下げられたが、市長の権
限で減免停止は可能である。問題は 2012 年 2 月 8 日段階では解決していない。
日大光が丘病院(2011-12-16 日大光が丘病院問題・水面下交渉の 50 億円 新小児科医の
つぶやき http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20111216)
2011 年 11 月 25 日付けの日大医学部同窓新聞によれば、日大は、練馬区に用立てた 50
億円の返還を求めてきた。練馬区は了解可能な説明をしていない。2 月 1 日の読売新聞によ
ると、1 月 31 日、志村豊志郎練馬区長が「患者を捨てていく発想がわからない」と日大を
非難した。日大側からは、一方的で無責任な発言と見えるだろう。この発言で、日大が光
が丘病院に残る可能性は完全になくなった。
税務・財務行政が、医療行政と議論することなく、勝手に動いているように見える。
3
医療法人は、ぎりぎりの経営をしている。働きの悪い自治体病院に多額の税金を投入し、
一方で、公的医療を支えている民間病院から搾取するようなことが続けば、日本の医療は
立ち行かない。
9.行政が信義則違反を犯してしまう理由
自治体は行政権を有する。民間病院と対等の立場にはない。対等の立場での契約が成り
立たない。規則を盾に、将来の自らの行動の自由を確保する。担当者が変わったので過去
の経緯は分からないなどとして、簡単に信義則を破る。
村上淳一氏によると、「ヨーロッパ中世においては、地域的諸権力が自力行使に訴えてで
も主張するさまざまの個別的権利の、相互的義務づけとしての契約複合が、法であった」、
「初期近代においてようやく、法とは権利者たちの契約複合ではなく支配者ないし国家の
命令であるという見方が、徐々に優勢になる」
。3
近代国家では、法が契約複合ではなく、国家の命令になっている。これが官と民間の関
係を一方的にしている。
自治体‐政治家と病院の交渉は、信義則が成立しないので極めて難しい。
10.政治家の言葉
政治家は選挙のために、あるいは、その場しのぎで簡単に主張を変える。自分の立場を
守るために無理な発言をする。
新小児科医のつぶやきに日大の対応と区長選挙の日程が示されている。
2010 年 2 月 日大からの光ヶ丘病院撤退の申し入れ
2011 年 3 月 日大は一旦撤退を撤回
2011 年 4 月 練馬区長選挙
2011 年 7 月 日大から撤退の決定通告
練馬区長が日大との交渉でどのような姿勢を示したか。練馬区長が納得できる説明をし
ない限り、選挙前と選挙後に態度を一変させたと想像されるのは仕方がない。日大の失敗
は、交渉を長期間にわたり水面下で行ってきたことである。
報道によると、埼玉県の上田県知事は、小児科入院休止で志木市の対応を批判した。
「医
師派遣などの支援をしていきたい」と言いつつ、その後、「常勤医師の派遣は困難である」
と発言した。県知事の発言自体に、言葉の重みがない。県知事としての見識が疑われる。
日本全体に関わる提案
1.小児科、救急医療の診療報酬をそれだけで成り立つように増額する。診療報酬に地域
差を設けることも考慮する。患者には別に手当てする。
4
2.自治体病院の赤字体質をこのまま放置すると、国家と自治体の財政が破綻する。国立
病院、自治体病院、民間病院に限らず、パフォーマンスの悪い病院を退場させる必要があ
る。一方で、新たな参入を容易にしなければならない。
3.官と民、公と私
官が行っている医療が公的医療というわけではない。診療報酬で賄えない公的医療があ
るとすれば、これを定義して、国公立病院と民間病院の扱いを平等にする。自治体病院へ
の他会計負担金、民間病院への補助金を統一的に扱う。現状のように、官ばかり優遇して
いると、医療にかかる費用が増大するだけでなく、医療が供給できなくなる。
4.東西の不平等の解消
平成 21 年度の市町村国保と後期高齢者の医療費は、全国平均を 1 として、最大が高知県
で 1.286、最低は千葉県で 0.816、下から二番目が埼玉県で 0.831 だった。高知県は千葉県
の 1.58 倍、埼玉県の 1.55 倍の医療費を使っている。平成 21 年度の市町村国保の財源のう
ち、加入者からの保険料は 23%。純粋な国庫負担が 24%でほぼ同額である。都道府県負担
と市町村負担がそれぞれ 6.4、6.3%だった。この中には、国から地方への交付金が含まれ
る。現状だと、高知県民と埼玉県民では一人当たりの国費の投入のされ方が異なる。平等
ではない。
5.集約化
鴨川市では、一般病床の医療のほとんどを亀田総合病院が担っている。平成 20 年度の後
期高齢者一人当たりの医療費は、千葉県は全国 41 位と低かった。平成 21 年度の鴨川市の
後期高齢者の一人当たりの医療費は、千葉県の平均より 6 万円低い。旭中央病院のある旭
市の後期高齢者医療費はさらに低い。
集約化は医療費を引き下げる可能性がある。
6.日本の医療には、強い意思を持つ経営主体が不足している。経営専門家と経営者の間
でコンセンサスの得られた知識の総量が不足している。さらに、経営実務者の知識を共有
するための実務者によるメディアが必要である。
7.自治体に信義則を守らせるための、仕組み、契約を考案する。最初におこなうべきは、
自治体に書式を作らせないことである。
8.自治体病院民営化の成功モデルを作る。現状では、破綻した自治体病院の民営化が可
能だとは思われていない。
5
地域と市に対する提案
1.医師と看護師の養成
埼玉県は医師・看護師が極端に不足している。医師、看護師を養成すべきである。
2.現状の志木市立市民病院の継続は財政的に無理
100 床の小児科主体の病院は赤字必至である。2011 年 10 月 29 日の東京新聞は市の財務
担当者の意見を以下のように伝えた。
「小児・小児外科入院診療の看板を下ろし、高齢者向けの訪問介護や在宅診療の充実な
どに比重を移そうと考えている」
赤字が常態化している志木市立市民病院。市の財務担当者は、こう明かした。
「このま
までは立ち行かないからです」
。
財務担当者の発言通り、従来の形態を継続することは困難である。高齢化により、埼玉
県では、介護需要が急増する。財政規模の小さい市として、小児救急を維持できないとす
れば、高齢者へのサービスに切り替えるのは、極めて合理的である。
3.病院をどうするのか
従来の志木市立市民病院の形態では、膨大な赤字が継続的に生じる。現在勤務している
小児科医の年齢から判断して、現状のままなら、近い将来、小児科のパフォーマンスは低
下する。とりうる方針としては、3 つ考えられる。
①市立病院として継続する。②他の経営主体に病院を運営してもらう。③廃院とする。
現状のサイズと診療科では、赤字必至。24 時間 365 日の二次救急を行うとすれば、医師
数を 40 名以上にする必要がある。
①を選択すれば、財政問題が生じる。多額の投資を伴う抜本的な改革が必要である。市
民、近隣自治体の住民に増税を受け入れさせる必要がある。
②を選択するとしても、老朽化した 100 床の病院を引き受ける民間医療機関があるとは
思えない。市が、よほどの条件を将来保障される形で提示しない限り、どこの大学も相手
にしない。規則を盾に、市が勝手に条件を変えられるような形式の契約を押し付けるとす
れば、民間医療機関は経営を引き受けない。
廃院として、民間病院の参入をしやすいような条件を整えることを考えてよい。志木市
の医師数は人口 10 万人当たり、77 人と極端に少ない。発展途上国並みである。民間病院に
参入を促すのも現実的な態度ではないか。
いずれにしても、小児救急体制整備は市の能力を超える。二次医療圏で考えるべきであ
る。基本的には、埼玉県の医療計画制度の中で対応すべきことである。体制整備の責任は、
6
県知事にある。
ただし、医療計画制度は、法令上の目的と異なり、病床の抑制手段であって、不足して
いる地域で医療を整備できるような制度ではない。現行の各県の医療計画は横並びだが、
このままでは首都圏の医療は荒廃する。県知事には、大きな権限があり、医療計画を独自
性を盛り込める。首都圏の知事には大きな責務が課されている。
4.医師集め
市立病院として独自に医師を集めることは絶望的である。医師養成機関に手がかりがな
いこともあるが、自治体が医師に信用されていないことが大きい。加えて、埼玉県での医
師の養成数が余りに少なすぎる。
大学にも医師が余っていないことを、肝に銘ずるべきである。
5.医療機関を意識した発言を
経緯を見る限り、小児科医の退職は不可避である。1 月 26 日の毎日新聞に、長沼市長の
「3 小児科医を慰留する」との発言が掲載されていた。医師の移籍先にも話していないとい
う。その場しのぎの話としか受け取られない。参入を要請すべき機関の信頼を低下させる
方向に働く。市長には、言葉を大切にした真摯な態度が望まれる。
6.公開での議論を
病院の問題を政治家に水面下で対応させると、うまく運ばない。政治家-行政と医師の
言語体系が異なることによる。公開で辛口の議論を行い、厳しい医療の実情を市民に理解
してもらうことなしに、この問題は改善しない。
7.埼玉県庁の対応(この部分は志木市民である埼玉医大堤晴彦教授の意見)
・埼玉県庁、県知事は何をしているのか。埼玉県全体の医療行政の責任は、県・県知事に
あるはずであるが、その姿が全く見えない。県はどんなビジョンを考えているのか?
・県立の4病院に対して、今後5年間で 1000 億以上のお金を 使うのに、私的医療機関に
は雀の涙の補助金があるか否か、という程度。官尊 民卑の典型。
・県の医療行政の最高の有識者会議は、埼玉県医療対策協議会であるはずだが、そこでの
議論・提案が、県知事へ全く伝わっていない。あるいは、伝わっているが、無視している。
8.埼玉県の医療問題は短期的には解決不可能
埼玉県で、医療提供体制の問題が短期的に解決することはありえない。人口動態からみ
て、今後、悪化し続ける。無理な要求を医師や医療機関にぶつけると、逆効果にしかなら
ない。
埼玉県の医師不足は、歴史に根ざしている。加えて、メディア、埼玉県民の不作為も原
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因の一端である。市長のその場しのぎの信頼性に乏しい発言も、埼玉県民、志木市民に原
因の一端がある。
文献
1.小松俊平, 渡邉政則, 亀田信介:医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将
来推計人口を用いた入院需要の推移予測. 厚生の指標, 59, 7-13, 2012.
2.平成 21 年度国民健康保険実態調査
3.村上淳一:歴史的意味論の文脈におけるグローバル化と法. : ハンス・ペーター・マル
チュケ・村上淳一編,『グローバル化と法』, 信山社, 東京, pp25-32, 2006.
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