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日本短角種による有機JAS牛肉生産に向けた取り組み[PDF:568KB]
日本短角種による有機 JAS 牛肉生産に向けた取り組み 青森県七戸畜産農業協同組合 元繁殖牧場長 澤目 幸男 1 はじめに 青森県七戸畜産農業協同組合(以下、 「七戸畜協」と略す)は、平成 21 年 12 月に牛肉では国内 では 3 例目となる「有機畜産物 JAS」規格に基づく生産工程管理者に認定され、その後、流通業者 が小分け業者として認定を受けたことで、本年 3 月から国内初の有機牛肉の販売をするに至った。 本稿では、有機牛肉生産に関する経緯、生産方法、今後の見通し等について述べたい。 2 有機牛肉生産に至るまでの経緯 日本短角種(以下、短角牛とする)は北東北及び北海道で飼養されている肉専用種で、ほとん どサシが入らない赤身肉を特徴としている。昭和 50 年代後半までは青森県の主力品種としてピー ク時には 15,000 頭以上が飼養されていたが、輸入牛肉が自由化された平成 3 年以降、飼養頭数が 激減し、平成 21 年には 1,236 頭(繁殖雌牛 596 頭、肥育牛等 640 頭)まで落ち込んでいる。 このような中、七戸畜協では平成 4 年から自らが事務局となって日本短角種牛肉産直協議会を 運営し、黒毛和種牛肉より価格が安い短角牛肉の有利販売に向けた活動を展開していた。当初は 黒毛和種と同様の濃厚飼料多給方式による牛肉生産を行っていたが、首都圏のこだわり流通関係 者から「サシのない美味しい短角牛肉がほしい」との申し込みがあり、元来短角牛の特徴である ①放牧適性に富み草主体の飼料でよく育つこと、②肉質は健康志向に適した赤身肉であること、 などを活かした牛肉生産を意識するようになる。その後、平成 13 年には国内初の BSE が発生し、 牛肉の安全性が問われる時代となったことを契機に、短角牛の差別化戦略として平成 15 年度から 「安全・安心を伝えられる有機牛肉」の生産をスタートさせた。 頭 30,000 黒毛和種 日本短角種 25,000 20,000 15,000 10,000 5,000 図1 青森県における肉用牛飼養頭数の推移 H2 0 H1 8 H1 6 H1 4 H1 2 H1 0 H8 H6 H4 H2 s6 3 s6 1 s5 9 s5 7 s5 5 s5 3 s5 1 0 3 生産牧場の概要 ・所在地:青森県上北郡横浜町(七戸畜協繁殖牧場) ・飼養頭数:693 頭(平成 22 年 3 月末現在) 黒 毛 和 種→(繁殖牛 194 頭、肥育牛 210 頭) 七戸畜協 繁殖牧場 日本短角種→(繁殖牛 60 頭、肥育牛 127 頭) 有機短角牛→(繁殖牛 56 頭、肥育牛 46 頭) ・土地の利用区分:総面積 362ha 4 牧 草 地 → 101ha、 飼料畑 → 施設用地 → 林 地 → 246ha 6ha、 9ha 有機牛肉の生産 平成 17 年 10 月に有機畜産物の JAS 規格が制定されるまでは、コーデックス委員会で採択され た有機畜産ガイドラインに準拠し、飼料生産及び牛肉生産を行った。我が国においても先駆的な 取り組みであったことから、東北農業研究センター等の独立行政法人及び県による技術的支援及 び行政支援のほか、八雲牧場で先進事例をもつ北里大学循環型畜産研究会の総合的な科学的デー タ分析など、産・学・官連携のもと強力なバックアップ体制を得て事業を展開している。 独立行政法人 ・東北農業研究センター ・動物衛生研究所東北支所 北里大学 県 資源循環型畜産研究会 ・畜産課、上北地域県民局 ・畜産試験場 ・家畜保健衛生所 〔科学的データ分析〕 〔行政指導・技術指導〕 七戸畜協繁殖牧場 〔有機牛肉生産〕 図2 推進体制図 1)有機飼料の生産 牧場では平成 14 年秋から農薬及び化学肥料を使用せず、堆厩肥のみを施用する圃場管理に移 行している。 (1) 施肥管理 トウモロコシ畑:堆厩肥を 8t/10a 兼用草地:堆厩肥を上限 2t/10a、放牧専用草地:2~3 年毎に 2t/10a 程度 ・いずれも土壌診断を行い、必要に応じて炭カル、ようりんを散布している。 (2) トウモロコシ 〔種子〕平成 15 年から作付けを開始。当初、殺菌消毒された市販種子の使用について JAS 規格 が明確でなかったことから、2~3 年目の平成 16~17 年は自家採取種子を利用したところ、ト ウモロコシ収量は 837kg/10a まで減尐し、雑草率が 60%を超える状況となった。このトウモ ロコシサイレージの栄養価が低かったため、肥育牛の増体が伸びない原因の一つとなった。 しかし、JAS 規格制定後は殺菌消毒種子の使用が可能となったため、平成 18 年からは市販種 子を利用しており、収量が向上する一因となった。 〔除草〕雑草対策はロータリーカルチベータによる機械除草を年 2 回実施していたが、平成 18 年からは株間除草機能を有する新型カルチベータを利用し、作業回数を年 4 回まで増やした ところ雑草率が年々低下する傾向にある。また、培土処理による雑草抑制効果が高いことも 明らかになり、作業能率を考慮した上での作業体系について検討しているところである。 しかしながら、購入飼料に混入していたと思われるブタクサが年々増加し、中耕・培土処 理では抑制しきれないと判断されることから、シロクローバやヘアリーベッチによるリビン グマルチの導入や牧草地との輪作も必要ではないかと考えている。 〔カラス対策〕忌避剤を使用できないことから、幼苗を保護するため圃場内及び周囲にテグス を張って対応しているが、機械除草の都度テグスの取り外しが必要となり、極めて多労な作 業となっている。 〔サイレージ調製〕細断型ロールベーラを利用しており、発酵品質は安定している。 表1 年次 H15 H16 H17 H18 H19 H20 H21 トウモロコシ収量の推移 生草収量 雑草重量 雑草率 (kg/10a) (kg/10a) (%) 2,597 1,300 33.3 2,230 4,100 64.8 837 1,366 62.0 4,080 1,433 26.0 4,503 1,437 24.2 4,760 1,057 18.3 4,377 778 15.1 備 使用種子 セシリア 自家採取 自家採取 セシリア パイオニア106 パイオニア115 考 除草法 ロータリーカルチ2回 ロータリーカルチ2回 ロータリーカルチ2回 株間除草2回 株間除草3回 株間除草4回 パイオニア115 株間除草2回 +培土2回 (3) 牧草地 牧草地 101ha のうち、概ね半分は放牧専用草地として利用し、ほかは 2 番草収穫後に放牧す る兼用草地として利用している。 株間除草機による中耕除草 収穫期の状況 2)有機短角牛の飼養管理 通常 肥育 有機 短角 子牛生産 → 放牧 → 肥育(牛舎) → 出荷 出荷目標 22~24 か月令 700~750kg 給与飼料:輸入穀物飼料、生草、乾草、稲わら 子牛生産 → 放牧→ 牛舎(冬)→ 放牧 →肥育(牛舎)→ 出荷 出荷目標 28~30 か月令 630~650kg 給与飼料:トウモロコシサイレージ、生草、乾草、飼料米 図3 肥育方式の比較 (1) 放牧管理 5 月上旬~10 月下旬はペレニアルライグラス主体の草地に放牧し、肥育牛は 2 週間毎、繁殖 牛は放牧期間月 1 回の健康検査を実施するとともに、プアオン法によるダニ駆除を行っている。 転牧は草量を見ながら 1~2 週間間隔で実施している。 (2) 舎飼い時の飼料給与 牧場産のトウモロコシサイレージ及び乾草給与を基本としているが、有機畜産物 JAS では経 過措置として 15%までは非有機飼料(遺伝子組み換えでない原料に限る)の給与を認めている ため、エネルギー飼料として飼料米を給与している。 (3) 増体量 放牧時の DG(1 日当たり増体量)は 0.7kg 程度で安定しているが、舎飼い時には自給飼料の 品質が低いことや気象の影響を強く受けるため、取り組み当初は DG0.3kg 程度と低く、通年の DG は 0.6kg を下回る状況にあった。しかし、トウモロコシ畑の雑草対策の成果が見られるよう になり、トウモロコシサイレージの栄養価が向上してきたことから、このところは通年 DG も 0.7kg 程度まで改善している。 (4) 出荷目標 トウモロコシサイレージの栄養価が穀物飼料より低いことや放牧回数が多いことなどにより、 通常肥育牛と比べて出荷月令は 6 か月長い 28~30 か月令、体重は 100kg 程度尐ない 630~650kg と設定している。 5 有機牛肉の特徴 1)枝肉成績 (社)日本食肉格付協会による 21 年度産有機 短角牛肉の格付けは図 4 のとおりである。通 常肥育牛に比べてロース芯面積が小さく、 肉・脂肪の色が濃いなどの欠点はあるが、短 角牛特有の皮下脂肪は尐ないので歩留まりが 良いという特徴がある。 2)機能性成分 有機短角牛肉には通常肥育牛と比べて、抗がん・抗肥満作用があるとされている共役リノー ル酸が多く含まれていることが明らかとなっているほか、不飽和脂肪酸の摂取について厚生労 働省で推奨している比率もクリアするなど、機能性成分に富み、健康的な食品であるという付 加価値が認められている。 6 販売方法 現在、有機牛肉の出荷頭数は年間 15 頭程度であり、(株)伊勢丹新宿本店とらでぃっしゅぼーや (株)の 2 社で販売している。 (株)伊勢丹では有機牛肉の認定を受ける前から七戸畜協の取り組みが評価され、平成 18 年から 冬期間限定(11 月~翌 3 月)で「青い森の元気牛」というブランド名で販売していた。認定を取 得した今年は「夏のギフト品」として有機牛肉が販売された。 有機野菜や無添加食品などのこだわり商品を会員制の宅配で提供しているらでぃっしゅぼーや (株)では、認定取得後の平成 22 年 3 月から国内初の有機牛肉として取り扱いを開始し、3 種類の 部位を組み合わせ概ね 500g のセットにして 3,500 円で販売している。 (生産工程管理者) (小分け業者) IHミートパッカー(株)十和田センター (枝肉 → 部分肉) 七戸畜産農協 JASマークの再貼付 情報伝達 外注 十和田食肉センター ・(株)山形ミートランド ・伊藤ハムフードソリューション(株) (部分肉 → スライス加工) JASマークの再貼付 食肉 (枝肉) JASマークの貼付 図5 7 スーパー・宅配等 での販売 レストラン等への 部分肉での販売 有機牛肉の生産・販売イメージ 今後の課題・展望 〔課題〕有機飼料の生産面では、ブタクサ等が増加したトウモロコシ畑の雑草抑制技術や堆厩肥 のみの施用を続けている草地・飼料畑の肥培管理技術を確立し、安定的に良質粗飼料を確保す ることが必要である。飼養管理では舎飼い期において、コーンサイレージ及び乾草主体の給与 体系では蛋白質が不足し牛の健康に影響を及ぼしていることから、蛋白質系飼料の確保対策を 確立し、これらによって肥育牛の増体量を向上させることが課題である。 〔展望〕現在、2つの販売ルートを確保し有機牛肉の販売を開始したばかりであるが、このとこ ろの経済情勢が芳しくないことから牛肉の売れ行きが気になるところである。今後は、有機牛 肉に含まれる機能性成分等についてアピールするとともに、有機農業が環境に配慮した農業で あることを情報発信し、消費者に対して有機牛肉への理解を深めてもらうことが大切と考えて いる。