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障害児の早期発見と対応を結ぶ行政システム、大津方式
障害児の早期発見と対応を結ぶ行政システム、大津方式 香取さやか、貴島祥、小林晶、坂下拓人 中村美穂、長屋匡俊、服部健吾 1.はじめに 乳幼児健診については、厚生労働省により「個別健診は 2 回行う(母子保健法第 12 条) 」という通達がなされているものの、 「市町村 の実情に応じて適宜回数を設定するものとする」という但し書きがあり、実際には全国的に統一された基準がない。したがって、住ん でいる自治体や地域によって障害乳幼児に対する対応に格差があるのが現実である。大津市では以前より母子保健に対する意識が高く、 昭和 49 年には「乳幼児健診・大津・1974 方式」という画期的なシステムを構築し、 「発達障害児の健診もれ、発見もれ、対応もれをな くす」という理念の元、心身両面の健康保持・増進のための精神発達診断方式を導入し、現在に至るまで発展・充実を図ってきている。 「大津方式」はその先進性から他の都道府県からの注目を集めており、発達障害児の早期発見・早期対応から早期療育・障害児保育ま でを横断的につなげるシステムである。本レポートでは「大津方式」について解説した後、各施設への見学や関係者からの聞き取り調 査により判明した「大津方式」の利点と問題点についてまとめた。 2.調査対象と方法 ・ 対象 大津市・・・・・大津市役所 福祉保健部健康管理課 母子保健係 大津市立知的障害児通園施設 やまびこ総合支援センター・やまびこ園 大津市立 風の子保育園 その他の対象・・大津市で障害児を持つ保護者 ・ 方法 大津市役所:1歳9ヵ月健診、2歳6ヵ月健診の見学 職員・関係者への聞き取り やまびこ園:職員への聞き取り 風の子保育園:保育活動の見学・職員への聞き取り 大津市で障害児を持つ保護者:保護者にお話を伺う 3.結果 3-1.大津方式とは 3-1-1. 大津方式に至った経緯 (S43年)大津市障害児父母の会発足 [障害児に療育の場を] (S48年)「おやこ教室」が市民健康センターで、保健士・発達相談員と学生ボランティアの協力で始まる。 (S50年) 「障害乳幼児対策・大津・1975年方式」 脳性麻痺や中枢性協調障害などの運動障害の早期発見の指標として、ボイタ法の診断方法を取り入れ、医療・訓練・ 療育を結びつけ、障害乳幼児の生活と発達の保障を目指した取り組みが確立した。 「おやこ教室」大津市障害者福祉センターへ移転、保育士1人配置 (S52年) 「やまびこ教室」実施。72人に保育士3人配置。週1回登園 (S56年) 「やまびこ園」設置。保育士9人配置。 乳幼児健診後指導システム 疾病、傷病や障害の軽減を中心に、育児や発達の相談を加え、福祉や教育と連携して全ての子どもの健やかな発達を保障すること を目的にすすめる。 健常児 集団健診及び観察カードによる発達状況の把握 ・子育て教室(友達がいないなどで希望する親子) ・ハイリスク妊産婦児 連絡システム ・新生児訪問 要経過観察児 ・乳幼児健診 定期的な来所相談、指導。訪問または電話訪問で相談、指導。 ・子育て教室 ・家族からの申し出 幼稚園 保育園 赤ちゃん相談会、離乳食教室、肥満予防教室 ・その他 (保育士加配・ 巡回相談) 医療機関-治療 施設など 市民病院・県立小児保健医療センター・その他-訓練 母子通園事業(やまびこ教室)-集団療育・両親教育 要支援児 知的障害児通園施設(やまびこ園)-集団療育・両親教育 肢体不自由児通園施設(県立心身障害児総合療育センター)- 訓練・療育 総合保健センター・家庭児童相談員-相談 総合保健センター-家庭訪問 3-1-2.現在の大津方式のシステム 大津方式とは、大津市独自の障害児発見・対応システムのことを指す。受診もれ・発見もれ・対応もれの 3 つをなくすことを柱に体 系付けられ、下記のように受診・発見のシステムと対応のシステムに大きく分けることができる。 図1:大津方式のシステム概要 受診・発見のシステム ハイリスク妊産婦児連絡システム 乳幼児健診 新生児訪問 保育園などの関係機関からの報告 対応のシステム 子育て教室 定期的な発達相談・両親教育 家庭訪問 集団療育 リハビリテーションなど医療対応 図2:大津方式の中核人物とその仕事の概観 このシステムの中核には、個人ごと の出生から就学までを一貫して把握で 受診・発見 対応 発達相談員によるフォロー 保育士などによる集団療育 要援助者・要経過観察者の把握 医療機関との連携 家庭との連携・働きかけ 家庭との連携 きる「乳幼児健康カード」とそれを用 就学・就学相談 (教諭加配) ・関係機関 いた健診のシステム、さらに障害を持つ子の集団療育の場としてやまびこ園、幼稚園・保育園での受入がある。 聞き取りや健診等の現場を見せて頂いて特に重要だと感じたのは、受診や発見のシステムにおいては大津市福祉保健部の発達相談員 の存在、そして対応のシステムにおいては保育士を中心とした集団療育の存在であった。つまり、図3のように、受診・発見のフェー ズ、対応のフェーズにおいて中核となる市職員が存在している。 3-2.大津方式の利点と問題点~インタビューより 3-2-1.大津方式の健診について(大津市役所・大津市福祉保健部健康管理課より) 健診の委託は、安上がりですむ(cf.さいたま市では全委託)という利点があるが、医師しかみないので自閉症、運動発達障害の 見落としがある。大津市では4ヵ月健診を委託。しかし、大津市では医師会の認識が高いので、前述のような問題は起こりにくい。 きめ細やかな対応により、多少の障害でも発見されるため、親の心配をかきたて、苦情(対応の際のまずさなどで生じる)が出る こともあるが、家族全体をサポートすることがそれでも大切。子どもが二次障害を受ける前に本来持っている能力を発揮できるよ うにする。 Ex.)母親のエンバートメント講座(不適切な養育を防ぐ) 3-2-2.医師の視点から見た乳幼児健診の問題点(大津市役所・乳幼児健診担当医師より) だいたい健診にやってくるのは元気な子供たちが多く、それ以外の子供に対しては訪問などでフォローが必要とされる。近年ではほ とんどの乳幼児健診に際し健診委託が進んでいるが、その問題点としては子供の発達まで見ることのできる医師が少ないこと、つまり 医師自体の能力の差が大きな問題としてあげられる。またそのような場合、医師しか子供を見ないため(発達相談員、保健士などがみ ない)自閉傾向のある児を見逃す、そして見逃した児を行政側が把握できない、つまり行政との連携をとりにくいことが挙げられる。 3-2-3.障害の受容を支援する(やまびこ園・臨床心理士より) やまびこ園では、臨床心理士が乳幼児健診あるいはハイリスク妊産婦児連絡システムにより、このまま放置すると将来発達上の困難 を伴う可能性のある児、障害児と診断された乳幼児とその家族の就学までの心理面でのケアを中心に行っている。やまびこ園に来るま での過程も様々で統一された対応法はないが、一般的に二つの受容を経る過程を援助するのが主な活動内容である。第一に、自分の子 どもが障害を持っているという事実を受け止めることがあげられる。ここでも個人差があり、明らかに仮死で出生し、脳性麻痺のよう な障害をもつお父さんお母さんでは比較的早期にこの受容がおこり、自分の子どもがより快適に暮らせるために何かをしようという気 持ちに切り替わる。しかし、比較的軽度、あるいは乳幼児健診で指摘された子どもさんをもつお父さんお母さんにとって自分の子ども に障害があるという事実を受け止めるのはかなり困難であるといえる。中村先生はこの過程で、障害の受容とその先に子どもにとって 何が必要かということを認識するまでを援助している。これにはシナリオもあり、専門的には empowerment と呼ばれている。往々にし て、子育てで孤立してしまいがちな家庭に「ひとりで子育てをしているのではなく、大津市はそのお手伝いをしたい」と伝えたいと言 われていた。 また第二の受容は、自分の子どもが社会に出たときに差別の対象になるという事実を受け止めることである。これは一朝一夕に得ら れるものではなく、やまびこ園を卒園されるご父兄でもまだこの過程に至っていないというケースも少なくない。やまびこ園で行われ ている就学前の相談では、家族のニーズを保健師さんなどが代弁するのに対して、中村先生たちは子どもたちのニーズを代弁する役割 を担っており、両者がチームとして機能し、その子どもさんにとって最善の状態で就学を迎えられるようにするというのが目標である。 3-2-4.保育園からみた問題点(風の子保育園・園長、保育士より) 風の子保育園では、0歳~5歳までの6つのクラスに分かれて日々の保育が行われているが、園全体で障害児認定を受けている者は 5名であり、保育料は健常児と同じである。重度1名につき1名、中軽度3名につき1名の加配が必要であることから、園としては3 名の加配を設けている。集団生活の中で個人の発達課題に応えていくためには、保育園だけでなく医師や理学療法士、発達相談員とチ ームを組んで取り組んでいくことが重要である。 障害児を持つ親が人生の節目で直面する問題として、①子の障害を認知すること②入園して健全児と一緒に生活すること③就学④放 課後、休みの生活⑤高卒後の進路などを挙げることが出来るが、保育園側として特に問題点としているのが③就学である。現行の大津 方式では、希望する保育園や幼稚園への入園を保障しているが、就学に関して保障はされていない。学校側としては手すりなどの施設 面の不備から入学を拒否することがあるため、障害児をもつ親は自ら出向いて入学する学校を見つけなければならない(保育園として の支援はもちろんあるが) 。 又保育園と医療側との連携に関しては、医師から導尿など医療行為に関わる情報を提供したり、癲癇発作時の対処法を教わるなど、 保育園側からの求めに応じて必要な情報が提供されることが主である。医療側は、障害児を受け入れる体制を持つ幼稚園保育園におけ る医療行為の必要性を十分理解して連携を図らなければいけないだろう。 大津方式が抱える問題点として先に述べた就学の問題以外にも、他府県から大津へ転入して入園した際障害の認定はどうするのかと いう点が挙げられた。 3-2-5.大津方式を経験した母親の話(重症心身障害を持つAくんのお母さんより) 【A くんの養育歴】 胎児仮死と難産により、A くんは出生時から障害が明らかであった。3 ヶ月までは産院で世話になり、最初の健診受診より発達相談員 が担当となった。乳幼児期はやまびこ園と守山小児保健医療センターとを同時に通った。主に小児科医である父親がリハビリの施設を 探し、より良い訓練を受けるために大阪や京都にも通った。大津方式のサポートにより地域の保育所に入所でき、その後 6 歳からは草 津養護学校に通っている。現在 A くんは高校 3 年生である。 【大津方式に対する問題意識】 市相談員の家庭訪問について 母親としては「市の職員が面倒を見てくれた」という感覚が薄く、発達相談員の家庭訪問についても「一度来たかも知れない」 という程度の記憶であった。実際には、相談員による紹介というよりも両親が自力でより良い療育を求めていたほうが、大きいよ うである。 保育所への入所について 地域の保育所に通うことで、同世代の健常児と一緒に活動して得られた情緒面での発達を、母親は高く評価している。しかし、 看護師資格のある保育士が名乗りを上げ、園長も協力的であった A ちゃんのケースは幸運なほうで、お金は出ても保育士が確保で きない、園長に理解がない、他の母親たちと上手く行かないなど、ソフト・ハードの両面で課題を抱えてしまう子も多いようであ る。 リハビリについて リハビリや医療については、大きな不満がある。具体的には(1)リハビリの専門性や個別対応が京都や大阪、守山に比べて不 十分であること、 (2)リハビリの認定医が滋賀県には 1 人しかいないこと、 (3)診療科によって診断や対処が異なり、誰の言うこ とを信じたらいいのかわからないこと、 (4)母親への影響力が大きいはずである小児科医がリハビリの価値を感じておらず、親の 支えとなっていないことなどが挙げられた。 大津方式“後”について 小学校入学時点で大津方式によるサポートが打ち切られてしまうことに、問題を感じている。後輩の母親たちの中にも、大津方 式である程度お世話してくれるからという理由で父母の会に入らない人がいて、社会的な環境作りのために働きかけをする人が減 ってきている。 行政・社会に対する願い コストパフォーマンスが重要視される世の中になってきているが、重症心身障害児の保育は「成果」を見出しにくいために、予 算削減の対象となっている。「できる・できない」で線引きをするのではなく、重度でもよりよい生活ができるように働きかけてい くという価値観を忘れないで欲しい。 4.考察 障害児の総合的な発達を支える大津方式 大津方式は、歴史的にも古く現在に至るまで、改良が加えられ、その先進性は大津の環境が生んだ画期的なシステムといえる。これ は、乳幼児健診で「絶望への片道切符」を渡すのではなく、 「検診もれ・発見もれ・対応もれをなくす」という 3 つの柱として、障害を 持つ子どもが最大限の能力を発揮し就学し、社会の一員として生きていくために、医療機関との連携を持ち自立支援のプログラムとし て発展してきた。 我々が見学した保育園において、障害児が健常児に混じってまったく同じように遊んでいる姿はとても印象的であった。障害児にも 健常者と同じ諸権利を与え、尊厳、セルフリライアンスを高めようとする姿勢が感じられたからだ。このことこそが大津方式における 最大の目標であり、単に受診発見対応漏れをなくすことで障害児を保護するといった間違った解釈がなされてはならない。 就学後フォローの問題点 しかし、大津方式の大きな問題点としては、就学時点でサポートが切れてしまうことが挙げられる。大津方式では就学前までの発達 障害児のバックアップを保障しているが、主眼が早期(=就学前)に絞られているために、就学と同時にサポートが打ち切られてしま うという大きな問題点が残されている。養護学校ではなく、通常学校への入学を希望する傾向の高い軽度発達障害児を抱える家庭にお いてこの問題は顕著であり、親の負担(通常学校への説得などの社会的な働きかけ)を大きくしている。 行政の認識と家族の認識のギャップ 市役所での市の職員の話や健診見学においては、行政の立場では障害児とその親を、全面的にバックアップしていこうとする姿勢と 熱意が感じられた。しかし行政側からは最大限の努力がなされていると判断している場合でも、養育側である保育所などの施設、そし て障害児本人、もしくはその母親といった実際にそれを受ける側からは対応不足であると認識されている現状がある。 コストパフォーマンスが重視されれば福祉は削減される? その一つの原因として、福祉予算の削減という問題がある。コストパフォーマンスが重要視される現代において、重症心身障害児の 保育は成果を見出しにくく、リハビリ施設を閉鎖したり、健診を委託したりしなければならないのが現状である。また、人的資源も絶 対的に不足している。予算が削減されれば、大津方式はその良さであるきめの細かさをも失ってしまう可能性があり、関係者は危機感 を感じている。 多角的な視点の重要性 また、聞き取りをしていく中で、親の総合的な満足は行政制度を充実させるだけでは得られにくいという側面も見えてきた。 制度以外の部分、例えばリハビリや治療のレベル、小児科医の発言や価値観、友人や保育園の園長、そして身近な人々のサポートな どは、 「大津方式」という行政制度の範疇ではない。しかし、家族が安心して障害児を育てていける社会を考えた時には、これらの要素 は重要なポイントとなる。 予算、そして、誰もが住みやすい社会を作るという個人の意識、そして、当事者(障害児、そしてその両親)の意見を反映していくこ と。それが今後の課題である。 5.発表会時の質疑応答より 1) 障害を持つ子の割合はどのくらいですか?把握はどのように行いますか? 障害の内容によっては早期発見が不可能な疾患もあり、統計により 1.5~10%の割合になっている。大津市の場合、平成 16 年で出 生数 2920 人中、把握総数は 220 人。このうち 84 人が乳幼児健診で発見された。把握総数 220 人中、継続的対応が必要な障害は 109 人おり、そのうち転入が 23 人、定期健診 57 人、定期健診外 29 人で、その内訳は赤ちゃん相談会3人、訪問5人、申し込み 4 人、ハ イリスク児連絡制度 11 人、紹介連絡 2 人、学区フォローなど 4 人である。 2) 他の市の健診との違いは何ですか? 少なくとも健診回数は多いと言えるが、それによる発見の比率などの比較は難しい。大津市独自の取り組みとしては、専任の小児科 医がいることが言える。また、母親が働いていなくとも、障害児認定を受ければ、保育所への入所が可能である。 3) 保護者と行政との間で、システムに関する意見交換の場はあるのか? 父母の会が行政に働きかけはしているが、現在その機能が十分であるとは言えず、明らかな意見交流の場は認められなかった。 4) 健診もれはあるんですか?発達相談員はどれくらいいるのか? 実際の受診率は 4 ヶ月健診が 95.9%、10 ヶ月健診が 92.5%、1 歳 9 ヶ月健診が 88%、2 歳 6 ヶ月が 85.4%、3 歳 6 ヶ月が 83.4%で ある。これに来てくれない親に対しては訪問してフォローしている。 発達相談員は大津市全体で平成 16 年度の正職員が 4 人、臨時職員が 2 人いる。基本的には学区単位で担当している。発達相談員以外 にも、栄養士、歯科衛生士などもチームとして発達相談に協力している。 5) やまびこ園とやまびこ教室の違いはなんですか? やまびこ園は知的障害児通園施設で、教室は障害児通園事業である。場所は同じところにあるが、やまびこ園は週に 5 回登園し、や まびこ教室は週 2 回の登園もしくは週に 1 回の訪問となっている。また、やまびこ教室は親子で通園している。 6) 健診の回数について 検診の回数が妥当であるか、医学的エビデンスが得られているのかははっきりしない。大津方式は主に教育学の知見から発展してき たもので、全国の基準とは異なるものを使用している。教育学の立場では、検診の回数が多くなってしまうのは、年齢によって発見可 能な障害の種類が違うためであるとしている。例えば脳性麻痺ならかなり早期でも発見できるが、アスペルガー障害、および高機能広 汎性障害(ADHD)といった軽度発達障害児は、少なくとも 3 歳を過ぎないと発見することは難しい。 6.参考文献 『平成 15 年度 大津市保健事業年報』(2004、大津市福祉保健部健康管理課) 稲沢潤子『涙より美しいものー大津方式にみる障害児の発達ー』 (1980、大月書店) 7.謝辞 最後に、今回の聞き取りにご協力頂いた、大津市役所福祉保健部健康管理課の清水さん、龍田先生、やまびこ総合支援センターの中 村先生、風の子保育園の先生方、そして貴重な体験をお聞かせくださったAくんのお母さん、お忙しい中時間を割いて頂きありがとう ございました。