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医学科の - Kei-Net

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医学科の - Kei-Net
特集1
医学科の
現状
医師に求められる能力と
変化する医学教育
C o n t e n t s
Part 1
医学科人気の背景
―受験生の志望動向と志望理由
z 受験生の志望動向 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥p2
コラム① 受験生が医学科を志望する理由
∼医学科合格者・Kei-Net特派員アンケートより∼
Part 2
‥p6
変化する医学教育
x 医師に求められている能力・資質と
医学教育改革の現状 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥p7
∼東京慈恵会医科大学・福島統教授に聞く∼
コラム② 優れた医師に求められる能力・資質
―大学入試センター調査より− ‥‥‥‥p9
c 6年間の医学教育の概要 ‥‥‥‥‥‥‥‥p10
コラム③ 医学生から見た医学教育
∼Kei-Net特派員アンケートより∼ ‥‥‥‥p12
近年、医学科志望の受験生が増加し、医学科入試も難化している。
国公立大前期日程の実質倍率は約5倍、私立大一般入試の実質倍率
は約15倍、国公立大医学科の約7割は偏差値67.5以上となるなど、
大学入試において医学科は最難関の1つとなっている。
◆医学教育の現状
v「コミュニケーション教育」鳥取大学医学部 ‥p14
ざまな面から検証する。Part1では、なぜ受験生の人気が高まってい
b「テュトーリアル教育」岐阜大学医学部 ‥‥p16
るのかについて、志望動向と志望理由の面から分析する。Part2では、
n「地域医療」岩手医科大学医学部 ‥‥‥‥‥‥p18
m「臨床実習」東海大学医学部 ‥‥‥‥‥‥‥‥p20
,「研究者養成」東北大学医学部 ‥‥‥‥‥‥‥p22
Part 3
医学部卒業後の進路と
医師の勤務実態
今回の特集では受験生に人気が高い医学科の現状について、さま
現在どのような能力や資質を持った医師が求められているのか、ま
た、医師を養成するための医学教育の現状について、具体例を紹介し
ながらレポートする。Part3では、医学科卒業後の進路や、各種デー
タから医師の置かれている現状(勤務の様子や収入)をまとめている。
現在、
「医師」を取り巻く社会環境は大きく変化している。
「問題
. 医学部卒業後の進路 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥p23
発見・問題解決能力」
「自学自習」
「自己変革」など、さまざまな言
⁄0 医師の勤務実態と収入 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥p25
コラム④ 女性医師への支援 ‥‥‥‥‥‥‥‥p28
葉で医師に求められる能力や資質が語られている。この特集が、医
学科を希望する受験生にとって医学科や医師の現状の一端を知るき
っかけになれば幸いである。
Part 1
医学科人気の背景 ―受験生の志望動向と志望理由
1 受験生の志望動向
受験生の実学・資格志向に応える形で、近年の学部・学
科の新設は「看護」
「医療技術」
「薬学」などの「医歯薬保
健」系で盛んに行われてきた。しかし、この系統の中で最
難化している印象の強い医学科入試。ここでは近年の医学
科入試の状況を検証していく。
政府の方針により医学科定員削減
推薦・AO入試が増加
も人気があり、最難関である医学科は、1979年に琉球大で
医学科が増設されないのは、1982年に提出された「今後
の設置を最後に28年間新設されておらず、全国で医学部・
における行政改革の具体化方策について」の閣議決定によ
医科大学は80校(防衛医科大学校を含む)である。設置
る。その中で「医師数は過剰を招かないように配意し、適
数に変化がない一方で、受験生の人気が高まり、ますます
正な水準となるよう合理的な養成計画の確立について検討
2 Guideline July・August 2007
Part 1
を進める」とされた。その
結果、1984年のピーク時
編入
(人)
の入学定員と比べると、
約8%削減されている。
4,500
<グラフ1>は、1999
4,000
学科入学定員数を各入試
3,500
推薦・AO入試ほか
後期日程
35
435
65
130
160
185
195
205
205
210
472
487
526
523
528
533
624
664
1,057
1,027
1,045
1,020
1,016
1,016
986
895
880
3,143
3,091
3,028
3,014
3,006
2,996
3,021
3,016
2,991
99
00
01
02
03
04
05
06
07
03年度
4,545
04年度
4,540
2,500
2000
たものである。大学3年
1,500
次の編入枠を含めた医学
1,000
科全体の定員は、ほぼ横
500
ばいの状態が続いてい
0
る。その中で3年次編入
高3生・高卒生枠定員
99年度
4,635
00年度
4,590
01年度
4,560
02年度
4,560
05年度
4,540
で、1998 年に群馬大、
島根医科大(現、島根大)
志願者数(人)
20,000
10 年間で急激に拡大、
12,000
現在は国公立大全 50 大
10,000
学の約6割に当たる 29
8,000
りを受ける形で1年次の
入学定員枠が減少し、
実質倍率計
後期日程実質倍率
実質倍率(倍)
9.00
8.32
8.00
6,000
4,000
6.73
5.61
5.38
4.73
4.92
7.77
7.14
7.00
6.89
7.05
6.91
5.70
5.65
5.56
5.53
5.34
5.20
5.19
5.11
5.00
4.83
5.76
5.15
7.00
6.00
5.70
5.00
4.91
4.44
4.00
2,000
0
99
00
01
前期日程志願者数
99年度
16,364
00年度
18,133
01年度
17,863
後期日程志願者数
12,677
14,485
14,255
1999 年の 4,635 名から
4,535名へと100名(2.2%)
前期日程実質倍率
16,000
14,000
の3年次編入拡大のあお
前期日程志願者数
後期日程志願者数
18,000
が導入して以降は、この
大学が実施している。こ
07年度
4,535
<グラフ2> 国公立大医学科 志願者数、実質倍率の推移
編入は 1975 年に大阪大
が導入したのが始まり
06年度
4,535
(年度)
(全国大学一覧より)
倍に拡大しているのが注
目される。3年次医学科
前期日程
3,000
方式に分けてグラフにし
枠が35名から210名と6
Part 3
<グラフ1> 国公立大医学科 定員数の推移
5,000
年度以降の国公立大の医
Part 2
02
03
3.00
07
(年度)
04
05
06
02年度
18,027
03年度
17,720
04年度
18,280
05年度
17,429
06年度
18,331
07年度
17,092
14,014
13,731
14,639
13,632
14,500
13,262
減少した。
(河合塾 入試結果調査より)
次に、1年次入学定員
枠の内訳を見てみよう。前期日程は3,143名→2,991名(−
わって、増加傾向にあるのが、推薦・AO入試である。推
152名)、後期日程は1,057名→880名(−177名)とそれぞ
薦・AO入試による入学定員枠は435名→664名(+229名)
れ減少している。後期日程については、2003年に国立大学
へと大幅に拡大している。
協会が、2006年度入試からAO入試や推薦入学で相当数の
募集をすることを前提に前期日程一本化を認める最終報告
を出したことで、後期日程を廃止する大学が増加し、後期
日程入試を行う大学は37大学となった(注1)。後期日程に代
国公立大前期日程の実質倍率は約 5倍
私立大の一般入試の実質倍率は約15倍
一般入試における受験生の志願状況について見てみよ
う。<グラフ2>は、国公立大の志願者数と実質倍率(受
(注1)後期日程を廃止した医学科
2005年度 横浜市立大
2006年度 筑波大、滋賀医科大
2007年度 弘前大、東北大、新潟大、京都大、島根大
2008年度 東京大、名古屋大、京都府立医科大、神戸大、徳島大、高知大
*筑波大は2008年度から後期日程復活
験者数/合格者数)を示したものである。グラフ2による
と、前期日程は偶数年に志願者が増加し奇数年には減少す
るという「隔年現象」が繰り返されている。増加の年にあ
たる2006年度はセンター試験の平均点が大幅にアップし
Guideline July・August 2007 3
特集1
医学科の現状
た年でもあり、受験生がセンター試験の平均点や前年の志
医学科入試ランクは上昇の傾向
国公立大は約7割が偏差値67.5以上
願者数に左右されている様子がうかがえる。実質倍率は、
前期日程についてはほぼ5倍前後で安定している。一方、
こうした状況のもと、入試難易度には、どのような変化
後期日程は、後期日程廃止による定員削減により、2005年
が起きているだろうか。
度以降実質倍率が急激に上昇している。
<グラフ4>は、国公立大2次ランク別件数の推移を表
私立大医学科の状況だが、入学定員は1999年から2007
したものである。
年まで2,915名と変化は見られないものの、<グラフ3>
のように志願者数が増加し続けているため、2004年度まで
1999年で最も件数の多いランク帯は「01(偏差値65.0∼
は一般入試・センター方式ともに実質倍率が上昇してき
67.4)」ランク24件であり、国公立大医学科の半数がその
た。しかし、2005年度以降については、センター方式は実
ランク帯であった。2001年までは「01」ランクの件数が最
施大学の拡大とともに倍率も上昇しているが、一般入試では
も多かったが、2002年以降は1つ上の「00(偏差値67.5∼
志願者増加に比例して合格者数も増えており、実質倍率は
69.9)」ランクに最多件数帯が移った。河合塾では、当時
15倍前後という高倍率ながらも横ばい状態になっている。
最難関ランクであった「M(偏差値70.0∼72.4)
」ランクに
含まれる大学が増えたた
<グラフ3> 私立大医学科 志願者数、実質倍率の推移
センター方式志願者
一般方式志願者
志願者数(人)
めと、最難関である東京
センター方式実質倍率
一般方式実質倍率
大や京都大と他の医学科
実質倍率計
実質倍率(倍)
70,000
60,000
20.17
50,000
20,000
10,000
0
15.75
15.24
30,000
15.14
14.86
14.83
15.05
14.89
14.47
14.25
14.44
14.06
11.77
10.77
10.55 10.95
10.54
99
10.90
12.88
01
この間、大学進学率は
17.00
一貫して伸び続けてお
13.00
11.00
02
03
04
05
9.00
07
(年度)
06
42,405
42,857
47,344
51,531
53,891
59,024
59,013
クを新設した。
19.00
99年度 00年度 01年度 02年度 03年度 04年度 05年度 06年度 07年度
3,039
3,096
3,332
4,269
5,526
6,083
5,554
7,106
6,866
42,650
一般方式志願者数
13.90
(偏差値72.5以上)」ラン
15.00
11.69
00
センター方式志願者数
13.05
12.34
11.74
23.00
21.00
17.59
40,000
2005年度から「M1
23.20
21.80
との差を設けるために、
25.00
60,372
(河合塾 入試結果調査より)
り、大学受験を目指す母
集団の底辺は拡大し続け
てきた。また 18 歳受験
人口の減少により比較的
合格しやすい大学も増え
ている。国公立大医学科
のランクアップ現象は、
そうした比較的入りやす
い大学を志望する受験生
<グラフ4>国公立大医学科 2次ランク別件数の推移
M1(72.5∼)
(件)
M(70.0∼72.4)
00(67.5∼69.9)
と、最難関系統である医
01(65.0∼67.4)
02(62.5∼64.9)
ランクなし
必要学力差が相対的に開
60
50
40
3
7
8
12
13
16
4
99
10
20
4
10
22
いていることの表れと見
3
9
24
11
10
22
22
ることもできる。
いずれにせよ、医学科
が大学の最難関系統であ
21
り、偏差値上昇が続いて
19
24
21
10
0
8
8
30
20
学科を目指す受験生との
3
7
00
18
2
3
3
01
1
3
02
13
03
いる。
2
3
11
04
2
3
15
2
05
13
06
1
13
1
07(年度)
(河合塾集計)
※国公立大前期日程の2次実態ランク件数を集計
※前期日程で学科試験を課さない大学は後期日程のランクを使用。前・後期日程ともに学科試験を課さない場合はランクなし
※2005年度からM1ランクを新設
4 Guideline July・August 2007
次に、医学科入学志願
者・入学者に占める女子
の割合について見てみよ
う。<グラフ5>は男女
Part 1
Part 2
Part 3
<グラフ5> 医学科志願者数と入学率の推移
男子志願者数
志願者数(人)
120,000
女子志願者数
男子入学率
女子入学率
入学率(%)
100
70,031人 90
100,000
80
76.6%
57,137人
68.6%
70
80,000
60
64.1%
47,758人
50
60,000
35.9%
40
31.4%
40,000
30
23.4%
20,000
20
12,411人
27,604人
32,424人
0
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
00
01
※医学科を集計
別の医学科入学志願者数および入学
率の推移をまとめたものである。
02
03
04
05
06
10
0
(年度)
(文科省 学校基本調査より)
<グラフ6> 医学科定員と志願者の地区別割合
北海道
東北
関東・甲信
東海・北陸
近畿
中・四国
九州
1988 年度の志願者数を 100 とし、
285(6.3%)
2006年度と比較すると、医学科全体
の志願者数は171.9%、女子は269.3%
国立大学定員
「地域枠」拡大で
変わりつつある医学科入試
最後に、医学科定員と志望者の地
755
(16.6%)
100(3.4%)
300
395
300
(10.3%)(13.6%) (10.3%)
1,740(59.7%)
私立大学定員
学科志願者の32.3%、入学者の31.4%
が女子となっている。
805
(17.8%)
80(2.7%)
と、男子の146.6%に比べて大幅に増
加している。その結果、2006年度は医
730
705
450
(9.9%) 805(17.8%) (16.1%) (15.5%)
600(4.5%)
地域別に見た
志願者の割合
3,559(26.5%)
2,414
1,600
2,059
2,179
(15.4%) (18.0%) (11.9%) (16.3%)
994(7.4%)
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
※2007年度センター・リサーチ国公立大前期日程志願者の地区別割合を集計したもの
(河合塾 センター・リサーチより)
域バランスを見てみよう。<グラフ
6>は、国公立大と私立大の地区別定員割合とセンター・
期日程を廃止した分の募集人員を推薦・AO入試へ振り分
リサーチにおける国公立大医学科志望者の地区別割合を表
ける大学が増えているが、募集枠を地域出身者に限定する
している。国公立大の定員が比較的地区均等になっている
「地域枠」推薦入学が急速に拡大し、2007年度は17大学
のに対し、医学科志願者は首都圏の割合が高い。この定員
134名が地域推薦枠に割り振られた(注2) 。
と志願者のバランスと、国公立大と私立大の授業料の格差
一方、国は地域医療対策として、2008年度から暫定的な
のため、国公立大の受験者は少しでも合格の可能性の高い
医学科定員枠の拡充も認めており、弘前大、信州大、自治
大学を求め全国を受験することになり、地方にある大学の
医科大など11の各国公私立大で定員が最大10名増加する
医学科では地元出身者の割合が少なくなりがちである。加
予定である。もともとの募集人員枠が極めて少ない医学科
えて2004年度に「医師臨床研修マッチングプログラム」が
入試であるため、こうした数名規模の募集人員の変更でも
導入された結果、医療現場では地方の地域医療に従事する
志望者の動向に大きな影響を及ぼす。定員や入試制度の変
医師不足が深刻な問題になっている。
更には注目していく必要があろう。
こうした問題を受け、医学科の定員、入試制度も変わり
つつある。冒頭に述べたとおり、国公立大医学科では、後
(注2)2007年度には富山大、山口大が新規導入、2008年度も旭川医科大、
新潟大、奈良県立医科大などが新たに導入する予定。
Guideline July・August 2007 5
特集1
医学科の現状
COLUMN 1
アンケート実施概要
受験生が医学科を志望する理由
●医学科合格者(大学1年生) ●Kei-Net特派員(医学生)
へのアンケート
へのアンケート
受験生はなぜ医学科を志望するのか。その理由を知るた
めに、河合塾では今春医学科に合格した大学1年生と、
Kei-Net特派員(医学生)にアンケート調査を実施した。
・実施時期:2007年3月∼6月
・回答数:211件(6/1現在)
・実施時期:
2007年4月24日∼5月15日 ・回答数:107件
師になりたいと思ったきっかけの1つ。
質問1 医師になりたいと思った理由
●医療過疎地のことを知り、何とかしたいと思ったから。自分自
身が医師となり、そういう場所をなくしたいと思った。
医師になりたいと思った理由について、最も当てはまる選
択肢を1つ選んでもらった。大学1年生、特派員合わせた回
●医学は科学だけでは割りきれない側面がある。理系学部の中に
あって、文系的要素も含有する複雑さが大きな魅力。
答(グラフの「全体」
)を見ると、
「世の中の役に立つ仕事に
就きたい」(46.2%)が約半数、次いで、「自分自身・近親
質問2
者・友人等の入院・通院時の体験」(25.8%)となっている。
大学1年生、特派員別に回答状況を見ると、大学1年生は
「世の中の役に立つ仕事に就きたいから」を選んだ人が半数
を超えている。
他の仕事に比べて医師が
魅力的だと感じた点
さらに、
「
“世の中の役に立つ”仕事は他にもあるが、他の
仕事ではなく「医師」を選んだ理由、医師という仕事に魅力
大学1年生には、志望理由を具体的に記述してもらったが、
を感じた点」についても聞いた。「人にとって最も大切な命
その回答内容を見ると、自分や家族などの通院や治療で医師と
を救えるから」という回答が最も多く、ほか、「世界のどの
いう職業に具体的に接し、人を助ける姿に憧れて自分も医師に
地域でも必要とされている」
「人の体と心に興味」
「自分も成
なりたいと考えているようだ。また、
「親が医師だから」を選
長できる」
「他の医療職よりできることが多い」といった回
択した人は5.7%と少ないが、記述内容を見ると、親や親戚が医
答が続いている。
師でその働く姿が影響を与えたという回答も4分の1程度あ
●命を助けられるのは医師だけ。他の人が世の中の役に立つための
る。また、
「人体への興味」
「医師の偏在や僻地医療など現在抱
えている医療問題の解決に役立ちたい」など、生物学的な興味
役に立てることは、何よりもやりがいがあると思ったから。
●人の命にかかわる仕事がしたかった。自分で命が助けることが出
はもちろん、医療問題の解決に直接自分が役立ちたいなど、世
の中への役に立つことを重視している人が多いようだ。
来たら、素敵だと思ったから。
●人の心と体に興味があった。実際に患者さんの治療の中心は医師
だから。
●小学1年生の時、左腕を骨折して入院し、医師に憧れた。
●母親の病気による入院を機に、医療関係の仕事に将来就きたい
●どの仕事も世の中の役には立つが、医療は利潤の追求を目的とせ
と考えるようになった。学校の「生物」の授業で生命、特に人
ずに働けるという点が他職種と異なる。また、勤務医の労働環境
体の神秘について感銘を受けた。
や給与は他職種と比較してかなり厳しく、決して医師は楽な仕事
ではない。しかし、勤務医は世の中に絶対に必要なので、自分が
●自分の人生の中で悔いのないような仕事に就きたいと思ってい
不足しがちな勤務医になることによって、少しでもそれに補する
るから。女性の医師の必要性を感じているから。
ことが出来ればよいと考えた。
●もともと、医師という仕事に漠然と憧れていた。テレビで国境
なき医師団を見て決意。自分が病院に通った時に、こちらの話
アンケート結果を見ると、大多数の受験生は、医師という職
をあまり聞いてくれない医師がいて不満に思ったのも、強く医
業に具体的に接し、人の命を助ける姿に憧れ、それが世の中の
役に立つ仕事・社会貢献できる、
受験生が医学科を志望する理由
やりがいのある仕事として魅力
5.3%
25.8%
全体
2.8%
12.6%
46.2%
5.7%
1.6%
1.9%
4.7%
34.6%
特派員
33.6%
14.0%
7.5%
5.7%
21.3%
大学1年生
3.7%
2.4%
11.8%
52.6%
4.7%
0
20
40
60
1.4%
80
100(%)
自分自身・近親者・友人等の入院・
通院時の体験から
世の中に役立つ仕事に就きたいから
社会的に地位の高い仕事や収入の
多い仕事に就きたいから
親が医師だから
親や先生に勧められたから
受験学力が高かったから
その他
医学科に進学することは医師
という職業選択に他ならない。
進路選択に当たっては、憧れや
魅力だけでなく、
「人の命を救う
ことを職業とすること」の厳し
さ、つらさも知った上で、進路
選択をすることが必要だろう。
(河合塾 アンケート調査より)
6 Guideline July・August 2007
的に映っているようだ。
Part 1
Part 2
Part 2
Part 3
変化する医学教育
近年、医学教育は大きく変化している。このパートでは、医学教育で身に付けさせようとしている能力・資質、ど
のような医師を養成しようとしているのかを検証する。まず、医師に求められている能力・資質について、6年間の
医学教育の概要、医学生から見た医学教育についてまとめている。そして次に、近年の医学教育のキーワードとなっ
ている「コミュニケーション能力」
「テュトーリアル教育」
「地域医療」
「臨床実習」
「研究者養成」について、具体的
な医学教育の様子をレポートする。
2 医師に求められている資質・能力と医学教育改革の現状
∼東京慈恵会医科大・福島統教授に聞く∼
医師に求められていること
−知識から、コンピテンス、そして変化し続ける力の養成へ
東京慈恵会医科大教育センター長
福島統教授
国民のために医師を養成する
医師養成において最も考えなければいけないことは、医
師を含む医療人養成は誰のためか、ということです。
Profile
東京慈恵会医科大教育センター長。
医学博士。専門は解剖学。社団法
人 医療系大学間共用試験実施評
価機構理事、文部科学省「医学教育
モデル・コア・カリキュラム」の改
訂に関するワーキング・グループ委
員。近著は『新解剖学(Qシリ−
ズ)』(共著、2007年、日本医事新
報社)、『医学生・研修医のための
連問形式で学ぶ診療トレ−ニング』
(共著、2006 年、メジカルビュ−
社 )、『 医 療 面 接 技 法 と コ ミ ュ ニ
ケ−ションのとり方』(2003 年、
メジカルビュ−社)など。
まず、医師養成には莫大な経費がかかります。日本私立
医科大学協会の調査によると(注1)、私立医科大の医学教育
す。また、献体したご本人の気持ちだけでなく、献体をご
経費は学生1人あたり1年間で約1,700万円、6年間で約
理解くださった家族の気持ちの上に、解剖実習は成り立っ
1億円です。国立大もあまり変わりません。一方、学生の
ています。
平均納付金(入学金・授業料・教育充実費等)は、6年間
ところで、医師の仕事である「医学・医療」とは一体、
で国立大が349.7万円、私立大は3357.0万円です。経費と
何でしょうか。こういう話があります。私の知り合いの床
平均納付金の差を補う不足分は、大学附属病院の病院収入
屋さんが左腕の関節を悪くして、左腕が上がらなくなりま
や国民の税金が使われています。このように国立大、私立
した。手術後も髪は切らず、掃除をしています。確かに痛
大いずれも、医師養成のために莫大な税金が使われていま
みは取れたものの、医師は櫛を持つ左手を少しでも上げら
す。医学生はそのことを肝に銘じなければなりません。私
れるようにはしてくれなかったため、床屋の仕事には戻れ
は毎年、新入生に「医師養成は国家事業である。学生は学
ませんでした。これは、床屋さんに対する「治療」と言え
ぶ自由はない。学ぶ義務しかないのだ」という話をします。
るのでしょうか。
医師養成を支えているものは、国民の税金なのです。
医師は、自分の持っている知識と技術と感情と感性のす
次に医師養成を支えているものは、「献体」です。医師
べてを使ってその患者さんのために治療しなければなりま
養成に解剖実習は不可欠です。実習では学生が人体の構造
せん。すなわち、医学・医療とは、「その人がその人らし
を理解するために、体のさまざまな部位を切断して、実習
い生き方をできるように支援すること」「その人が人間ら
します。献体してくださる方はそのことをよく分かった上
しく生きていくための全ての手立て」だと考えています。
で、医師養成のために自分の体を提供してくださっていま
「その人らしい」手立てを考えるには、患者さんの話をよ
く 聴 か な く て は い け ま せ ん 。 つ ま り 「 Listen to the
(注 1)社団法人 日本私立医科大学協会「医学教育経費の理解のために」
より(2006年11月)
patient」です。患者さんが医学生を育て、研修医を育て、
ある程度の経験がある医師も育てるのです。決して、大学
Guideline July・August 2007 7
特集1
医学科の現状
だけではありません。ですから、患者さんに接する、臨床
教育は重要なのです。
これらの話から、医師養成を支えているものは、「膨大
<表> 医学教育モデル・コア・カリキュラムに新設された
「医師として求められる基本的な資質」
①人の命と健康を守る医師の職責への十分な自覚のもと
な税金」
「献体」
「患者さん」であると私は考えます。医師
に、医師の義務や医療倫理を遵守し、絶えず患者本位の
養成は国民のため、広くは世界に住む人々のためなのです。
立場に立つ。
生涯学習能力と自己変革ができる力を
医学教育で身に付ける
では、医師をどのように養成するかですが、そこで重要
になるのは、「医師は社会に対する責任=プロフェッショ
ナリズムを持っていること」です。医学生がそれを身に付
けられるようなカリキュラムが必要だと思います。
以前の医学教育は、まず知識(Knowledge)を覚えるこ
②生命の尊厳についての深い認識のもとに、豊かな人間性
を有する。
③医師としての業務を遂行する職業人として必要な実践的
能力(統合された知識、技能、態度・行動に基づく総合
的診療能力)を有する。
④人間理解に立った高い協調性のもとに、医療チームの一
員としての行動や後輩等に対する指導を適切に行える。
⑤患者及びその家族の秘密を守る。
⑥医師として、地域における医療・保健・福祉等の連携お
とが優先されていました。しかし、現在は覚えるべき知識
よび医療の経済的側面等の医療を巡る動向に関心・理解
の量が膨大になっただけでなく、その知識も変化していま
を有する。
す。私の学生時代に正しかったことが、今は180度違うこ
⑦医学・医療の進歩における医学研究の必要性を理解し、
とも多くあります。それほど、知識や治療法などの変化は
研究に参加するとともに、絶えず医療の質の向上に努め
激しいのです。変化が激しいため、大学を卒業しただけで
生涯にわたり学習する意欲と態度を有する。
は「完成した」医師とは言えなくなりました。また、せっ
かく覚えても、知識は忘れてしまいます。知識の半減期は
(2007年3月文科省「医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」
最終報告より)
3年から5年といわれています。
そこで、医学教育では、知識だけを重視するのではなく、
見・解決能力を養成するような学習方法が必要です。その
問題発見・問題解決能力や医師としての基本的な技能―
ために、医学教育ではさまざまな改革が行われていますし、
competence(コンピテンス)を身に付けさせる方向へ変
最近の医学教育では、PBL(Problem-Based Learning)
化しています。しかし、それだけではなく、一生自分で学
という問題基盤型の学習方法や、学生の自学自習、コミュ
び続けられる生涯学習能力が必要です。生涯学習が求めら
ニケーション教育が重視されています。
れている理由は、知識や治療法の変化の速さに加えて、社
もう1つ、医学教育で身に付けなければならないのは
会が変化しているからです。少子高齢化が進み、急性疾患
「人間性」です。残念ながら、人間としての経験が不足し
から慢性疾患へと病気が変化すると、国民が求める医師の
ている学生もいます。しかし、その現状を嘆くばかりでは
ニーズが変わっています。そうすると、competenceだけ
なく、経験が不足しているならば、経験する機会をカリキ
ではなく、capability=変化し続ける力も必要になってき
ュラムに取り入れればよいのです。現在、多くの医学部で
ます。つまり、医師は変化に対応できる、つまり自己改革
実施しているように、東京慈恵会医科大でも「早期体験実
ができる人間でなければなりません。
習(アーリー・エクスポージャー)
」という、知的障害者、
自己改革ができるためには、「他人を見る力」と「他人
を見て自分自身や自分自身の行いを振り返ることができる
力」が必要です。人を見て、自分を変えることができる人
は社会性を身に付け、人間として成長します。これは、コ
ミュニケーション能力でもあります。
精神障害者、身体障害者の施設に実習に行く学外実習を設
けました。人は、人と接して成長するのです。
医学教育モデルコア・カリキュラムに
基づいた教育が行われている
このように考えると、医学教育に必要なことは、医師と
医学教育改革の中で、2001年に医学教育モデル・コア・
しての最低限の知識と技術を効率的に教えて、人を見る力
カリキュラム(教育内容ガイドライン、以下、コア・カリ
を育てることです。そのため、知識偏重の医学教育から、
(注 2)
と表記)
が提案されました。これまでの医学教育の内
必然的に医学教育のカリキュラムは変化します。自分で問
容を整理、精選した内容で、卒業までに学生が到達すべき
題を見つけ、自分で解決するという自律性を養成する必要
態度、技能、知識の到達目標が定められています。コア・
があり、そのためには一方的な講義だけではなく、問題発
カリは従来の3分の2程度の時間数(単位数)で履修させ
8 Guideline July・August 2007
Part 1
Part 2
Part 3
ることが妥当とされ、残りの3分の1程度の時間で、各医
や地域医療に関する文言が追加されました。追加された内
科大学(医学部)がその教育理念や特色に基づいたカリキ
容はいわば当たり前で、改めて補充されたことに意味があ
ュラムを設定することになっています。現在では、ほとん
ります。
どの大学でコア・カリに基づく教育をしています。この動
最後に、私は、医学教育には、1996年の中央教育審議会
きは、大学が、医師の能力や質の担保に対して責任を持つ
第一次答申にあった「生きる力」が求められていると思い
べきだと考え始めたことを示しています。大学は、能力の
ます(注 3)。1つ目は課題発見能力と問題解決能力、2つ目
ある医師を社会に送り出す責任があり、学生を「進級させ
は美しいものを見て美しいと感じ、悲しい話を聞いて悲し
る」「卒業させる」責任が問われています。さらに、医学
いと感じる豊かな人間性。3つ目はそれらの能力を育てる
生が実際に患者さんに接する臨床実習を行う前の段階で、
ために必要な体育。豊かな人間性やたくましく生きるため
医学生の基本的知識や態度をチェックするために、2004年
の健康や体力は「生きる力」を形作る大きな柱です。これ
から「共用試験」を実施するなど、改革が進んでいます。
ら3つのことが医学教育にも必要なのです。
今後は、各大学が地域の特性や大学の基本理念をもとに、
カリキュラムを充実させる必要があるでしょう。当然、離
島を抱えている地域にある医学部と、大都市にある医学部
では地域から求められていることも異なりますので、各大
学の特色が出てくるでしょう。その中で学生が自分の将来
を考えた上で選択できるカリキュラムであってほしいと思
います。
また、今年、コア・カリに、医師に求められる資質<表>
(注2)2001年文科省「医学・歯学教育の在り方に関する調査研究協力者会
議」が「21世紀における医学・歯学教育の改善方策について−学部教育の
再構築のために−」を報告。
(注3)答申抜粋「我々はこれからの子供たちに必要となるのは、いかに社
会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に
判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自ら
を律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、
豊かな人間性であると考えた。たくましく生きるための健康や体力が不可
欠であることは言うまでもない」
COLUMN 2
優れた医師に求められる能力・資質―大学入試センター調査より―
高い臨床能力を持ち、全人的治療の
科大学の医学科における入試のあり方
また、基礎系か臨床系かの違いによっ
できる優れた医師が求められる中、医
に関する調査研究」があり、その中で
て選択率が5ポイント以上異なる資
学生の学力不足や入学後の学習意欲の
「優れた医師に求められる能力・資質」
質、基礎系教員が臨床系より 10 ポイ
低下などの問題が指摘されている。少
子化の進行にもかかわらず、医学科の
について質問している(注)。
この調査は、全国 80 の国公私立大
ント以上高く回答した資質、一方、臨
床系教員が基礎系よりも高く回答した
倍率は高いが、この競争を見事突破し、
学の医学部・医科大学の医学科に所属
成績優秀であるにもかかわらず、途中
する教授、助教授、講師の約 12,000
以上のことから、「優れた医師に必
で学習意欲を失ってしまうケースが多
名を対象に医学部教育と入試のあり
要な資質・能力」は、自己表現力やコ
い。この原因の1つとして、学生が、
方、メディカルスクール構想について調
ミュニケーション力などの教科や科目
医師に求められる能力・資質や医学部
査を行ったものである。3,993名が回
以外の能力・資質も重要視されている
教育を受けるのに必要な学習、現場医
答し、回答者集団は、基礎系(28.8%)
、
ようだ。また、医学研究者としての資
臨床系内科( 3 3 . 1 % )、 臨 床 系 外 科
質が求められる基礎系と、常に患者さ
療の問題等を十分に理解することなく
進路を決定していることが指摘されて
いる。
それでは、「優れた医師に求められ
る能力・資質」とは何だろうか。
(33.9%)の3群に分かれている。
「優れた医師を育成するために入学
試験時に測定することが求められると
考えられる資質は何か」という設問に
独立法人大学入試センターは2003
対して、47 個の資質を「高・中・
年度から2005年度にわたる3年間の共
低・無」の4段階で評価した。その結
同研究「総合試験問題の分析的研究」
果、「必要性が高い」と回答した割合
を行った。共同研究には「医学部・医
が40%を上回る資質は24個となった。
資質もある<表>(10ページ)
。
んに接する臨床系では、専門に応じて
異なる資質・能力が求められていると
推測される。
(注)
『総合試験問題の分析的研究』には、
「総合試験とは何か」「諸外国のメディカル
スクール入学者選抜方法の動向」「医学部・
医科大学の医学科における入試のあり方に
関する調査研究」「総合試験問題の作成と予
備調査」「総合試験問題モニター調査の実施
と解析」などの研究報告が含まれている。
Guideline July・August 2007 9
特集1
医学科の現状
<表> 医学教育を考える上で注目すべき能力・資質
①「必要性が高い」と回答された割合が40%を越える資質(24個)
自己表現力
コミュニケーション
読解力
論理的思考力
客観的評価
人間性・良識
多元的な価値判断
協調性
文章表現力
結論の導出
共感すること
判断力
文章要約
情報整理
謙虚・真面目
福祉的態度
持続力
発想力
プレゼンテーション
生物への関心
探究心
人間心理への関心
図表の読み
根拠のある批判
②基礎系か臨床系かの違いによって、選択率が5ポイント以上異なる資質(12個)
データの記録
仮説生成
社会問題への関心
自然環境への関心
興味・関心
生活の規則性
機械技術
図表作成
数量的予測
公式使用
数理能力
スケッチ
③基礎系が臨床系より10ポイント以上高く回答した資質(7個)
生物への関心
図表の読み
持続力
データの記録
数量的予測
人間心理への関心
社会問題への関心
④臨床系が基礎系より高く回答した資質(3個)
プレゼンテーション
人間性・良識
共感すること
(平成15∼17年度 共同研究報告書「総合試験問題の分析的研究」105、106ページより)
3 6年間の医学教育の概要
が可能になっている。
現在、ほとんどの医学部では「医学教育モデル・コア・カ
近年、医学教育は<表1>にあるように、各調査研
リキュラム」<表2>(以下、コア・カリと表記)に基づい
究協力者会議や懇談会などの議論を経て、改革が進ん
た教育が行われている(注2)。コア・カリは日本の医学生が最
でいる。ここでは、最近の医学教育のキーワードを取
小限学ぶべき内容であるが、各医学部とも全く同じカリキュ
り上げつつ、6年間の医学教育の概要を紹介する。
ラムではなく、コア・カリから7割、残りの3割は各大学の
教育理念などに基づき、大学の裁量で自由に設計できる。
コア・カリによると、医学部の6年間は、1∼4年次ま
1∼4年次は臨床実習前教育
での準備教育と臨床実習前教育、臨床実習を行う5・6年
次(一部3・4年次から)の大きく2期に分けられる。
まず、基本的なことだが、医学部卒業要件を確認してお
主に1・2年次に行われる授業に、
「Early Exposure」
こう。大学設置基準によると、4年制の場合は124単位以
(「早期体験実習」「初期体験実習」)がある。この授業は
上修得が卒業要件だが、医学または歯学に関する学科の場
ほとんどの医学部で実施されており、入学後の早い時期
合は、188単位以上修得が卒業要件となっており、4年制
に、医学・医療の現場を見学・体験して、患者の状態や
に比べて1.5倍の単位が必要である。また、医学部の教員
医療従事者の仕事を知る授業だ。6年間の学習の動機付
数に関しては、他の学部とは「別格」の扱いになっており、
けがその目的である。
“文学”では収容定員が320∼600人までの場合の専任教員
コア・カリでは、知識を詰め込むことを中心とした教育
は10人以上であるのに対して、“医学”では収容定員が
600人までの場合で140人(注1)と、かなり恵まれた教育環境
である。だからこそ、少人数グループでの学習や臨床実習
10 Guideline July・August 2007
(注1)収容定員が360人までの場合の専任教員は130人。
(注 2)
「わが国の大学医学部(医科大学)白書2007」によれば、防衛医科
大学校を除く79の医学部(医科大学)のうち、70校で既に実施・実施予定。
Part 1
<表1> 近年の医学教育・医師養成に関する提言・制度改革(抜粋)
1987年
(昭和62年)
文部省 医学教育の改善に関する調査研究協力者会議 最終まとめ
医学教育目標の明確化、入学者選抜の改善、カリキュラムの改善、臨床実
習の見直し、大学院の在り方などを提言。
(平成8年)
∼
1999年
(平成11年)
2000年
(平成12年)
∼
2001年
(平成13年)
<表2>
医学教育モデル・コア・カリキュラム
教育内容の項目とその内容
●項目A 基本項目
1996年∼1999年にかけて4回報告。第1次報告の「21世紀の命と健康を
守る医療人の育成を目指して」で、モデルカリキュラムの作成やクリニカ
ル・クラークシップの積極的な導入など、学部教育の改善を提言。
第4次報告の「21世紀に向けた医師・歯科医師の育成体制の在り方につい
て」では、学部教育の改善として、入学者選抜方法の改善、コミュニケーシ
ョン能力等の育成、少人数教育の推進や臨床実習の充実、教育内容の精選と
多様化、適切な進級システム(のちの共用試験)などを提言した。
・文科省「医学・歯学教育の在り方に関する調査研究協力者会議」
「21世紀における医学・歯学教育の改善方策について―学部教育
の再構築のために―」
医学教育の具体的、実践的な改善方策を提言。(1)これまでの医学教育
の内容を整理、精選した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の提示、
(2)従来の見学型から診療参加型とした臨床実習カリキュラムの提示、
(3)臨床実習開始前の学生の評価システム(共用試験)の導入の提案、
(4)教える側(教員、教育組織)の教育能力開発の推進のための提案が柱。
要な、患者中心の医療を展開するための「医の倫理」
、
「患者の権利」、「インフォームド・コンセント」、
「安全性の確保」、「コミュニケーション」、「チーム
医療」などに関わる事項と、「課題探求・解決能力」
の育成に関わる目標。
●項目B 医学一般(18単位)
医学・医療の基礎となる生命科学の基本的知識と
疾患の原因と機序について、従来の学問体系の枠を
超えて構成。
●項目C 人体各器官の正常構造と機能、
病態、診断、治療(31単位)
人体の各器官(例えば脳、心臓、消化器など)の
構造や働きと、疾患の診断と治療に関して学習すべ
き内容を、学生が効果的・効率的に理解しやすいよ
うに系統立てて構成。
●項目D 全身におよぶ生理的変化、
病態、診断、治療(7単位)
医師免許取得後の臨床研修(2年間)必修化
2004年
(平成16年)
2005年12月
(平成17年)
感染症やアレルギーなど全身に影響が及ぶ疾患、
必修7科(内科、外科、救急部門(麻酔科含む)、小児科、産婦人科、精神
科、地域保健・医療)の研修による基本的診察能力の修得を目的。医師臨床
研修マッチング開始。
(平成17年)
∼
2007年
(平成19年)
人の誕生から死に至るまでの変化と疾患についての
学習内容。
●項目E 診療の基本(7単位)
“頭痛”“発熱”“めまい”“下痢”など「症状から
共用試験(CBT、OSCE)正式実施
診断」の視点で構築された学習目標。診療に参加す
(社団法人・医療系大学間共用試験実施評価機構)
る前に身につけておくべき医師としての態度・診察
文科省「医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」
2005年
Part 3
医学教育の6年間を通じて身につけるべき最も重
文部省「21世紀医学・医療懇談会」
1996年
Part 2
第一次報告では、入学者選抜における地域枠の在り方、学部教育・卒後教
育における地域医療を担う医師養成の在り方、地域医療を担う医師確保に関
する大学病院の役割、医学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂などにつ
いて提言。
第二次報告では、医学部における入学定員の在り方について、医師の不足
が特に深刻と認められる10県の大学医学部等における期間を限定した定員増
やその要件等を提言。
最終答申では、教育者・研究者の養成等の医学教育の改善、診療参加型臨
床実習の在り方、大学病院における新医師臨床研修の充実、専門医養成の在
り方、女性医師の増加に伴う環境整備などについて提言。
技能、診断と治療の基本に関する学習項目。
●項目F 医学・医療と社会(6単位)
「社会・環境と健康」、「疫学と予防医学」、「生活
習慣病」、「保健・医療・福祉・介護制度」といった
医学・医療が関わる環境と健康や保健・医療・福
祉・介護などの社会的側面についての学習項目。
●項目G 臨床実習(25単位)
内科系・外科系における実習を中心として基本的
な臨床能力を身につけることを目的とした診療参加
型実習を行うための態度・技能・知識の学習内容や
臨床実習体制の在り方に関する事項。
方法から、生涯にわたり自ら課題を探求し、問題を解決し
なく、「統合型カリキュラム」と呼ばれる基礎と臨床を統
ていく能力を身に付けられるような、学生主体の学習方法
合させた形で教えることが提言されている。基礎的内容か
に積極的に転換することが求められている。その問題解決
ら臨床的内容まで集中して学習することにより、人体の機
型学習、学生主体の学習を示すキーワードが、「tutorial」
能別の基礎と臓器や症状を統合しながら学ぶことができる
「PBL(Problem-Based Learning)」
「PBLテュトーリアル」
という利点がある。
である。このようにいろいろな表現がされるが、大まかに
はほぼ同じ内容を指すと考えてよい。早ければ1年次から
共用試験に合格して5年次から臨床実習へ
この学習方法による医学教育が行われている。これらの授
業では、学生が臨床の症例など提示された問題をもとに、
5年次から(注3)は実際の患者さんに対して学生医師とし
自分たちで学習する内容を決め、少人数のグループで調
て医療行為を行う「臨床実習」がスタートする。しかし、
査・分析・討論を行うことが重視されている。自学自習、
臨床実習の前に、共用試験に合格しなければならない。共
問題解決のための学習、コミュニケーションやチームプレ
イの能力を培うのが目的である。
また、コア・カリでは、従来の○○学という教え方では
(注3)
「わが国の大学医学部(医科大学)白書2007」(全国医学部長病院長
会議)によると、研修(クリニカル・クラークシップ)を5年次から実施
している大学は48.6%、6年次から実施している大学は45.8%。
Guideline July・August 2007 11
特集1
医学科の現状
用試験は、CBT(Computer Based Testing)と、OSCE
を行う模擬診療型ではなく、診療参加型臨床実習(クリニ
(オスキー、Objective Structured Clinical Examination)
カル・クラークシップ)が求められている。学生は指導医
の2つに分かれている。CBTは臨床実習に参加するため
や研修医などによって構成される診療チームの一員として
に必要な知識を確認するもので、コンピュータ画面に表示
患者の診療に参加し、学生医師として病棟や外来で患者の
された選択肢をクリックして答える。出題される問題は1
診療、診療記録、診療計画を立てたり、基本的な診療技術
人ひとり異なり、試験時間は約6時間に及ぶ。OSCEは診
(診療手技)を身に付けるために実習を行う。なお、臨床
察の技能と患者と接する際の態度など、基本的な臨床能力
実習の成果を見るために、臨床実習終了後にもOSCEを実
を評価する試験である。模擬患者を相手に、医療面接や診
施する大学が増加している。
察など6つの課題について試験を受ける。共用試験の合格
ラインは各大学に任されているが、「合格しないと臨床実
習に入れない」のが原則である。
マッチングを経て卒後臨床研修先が決定
6年次2月には医師国家試験
共用試験に合格すると、臨床実習がスタートする。コ
2004年度から2年間の卒後臨床研修が必修化された。研
ア・カリでは、見学型や患者さんの協力を得て診察の演習
修先は「マッチングシステム」(医師臨床研修マッチング
COLUMN 3
医学生から見た医学教育
―Kei-Net特派員アンケートより―
アンケート実施概要
医学教育の改革は進んでいるが、医学生が医学教育をどのように感じ
ているかを調べるために、Kei-Net特派員にアンケート調査を行った。
その回答から、医学教育で求められていることを見てみよう。
質問1 医学教育で重視されていること
「医学教育においてどのようなことが重視されていると感じ
ているか」という質問に対して、約半数の人が、自ら積極的に
学習する姿勢が必要だと回答している。
●医学部進学理由と医学教育に関するアンケート
・実施期間:2007年4月24日∼5月15日
・回答数:108件
さらに、あらゆる患者さん、他の医療職種とチーム医療を行
うことができるコミュニケーション能力が重要である。
●コミュニケーション能力。具体的には、さまざまな年代、立場の
人たちに接する中で、医学の専門的なこともきちんと理解しても
らえるように説明できる能力、また、相手の気持ちや考えを汲み
取ることのできる能力が重視されていると思う。
●高校までのような受身の学習ではなく、能動的に学習する姿勢。また、
それを将来もずっと続けていくこと。
●チュートリアル学習が導入されたことから分かるように、自分で積極
ほか、医療者としての倫理観、医師としての責任感の重視、
英語を用いた学習などが重視されているという回答があった。
的に学習する姿勢と、問題抽出能力が問われていると思う。
●医学は常に進歩していくものであるので、自ら勉強すること、独断に
質問2 求められているコミュニケーション能力とは
走らない冷静かつ人間的なものの考え方ができること。
「コミュニケーション能力の中でもどのようなことが求めら
もちろん、基本的な知識の獲得は重視されているが、知識の
応用力・実践力も問われている。
れていると感じているか」という質問に対しては、「いかに相
手の立場に立ち、相手の気持ちが理解できるか、相手の話を聞
けるか」について記述している回答が7割を超えている。「自
●知識の獲得は前提で、その知識を実際に使って考える能力を養うこと。
分が話す」ことより、患者さんを理解するために相手の話を引
●基礎医学や臨床医学の講義、試験では、とにかく暗記力がなければ
き出すこと、気持ちを察すること、意図を読み取ることなどが
乗り切れないと感じた。しかし、病院での臨床実習が始まってから
大切だと感じている学生が多いようだ。
は、今まで得た知識をいかに引き出せるか、実際の症例を目にして
どれだけの情報が得られるかという実践力・応用力がなければなら
ないと痛感している。そう考えると、膨大な知識をどれだけ頭の中
に詰め込めるか、そして、そうして得た知識を患者さんを前にした
時にいかに素早く、適切に引き出せるかという能力だと思う。
●相手に共感できること、思いやること、話を聞くこと、そしてそれ
を応用して相手から必要な情報を聞き出すこと。
●何よりもまず人の話を聞くこと。相手の話をよく聞き、何に苦しん
でいるのか、どのような症状があるのか、どういった治療がしたい
のか、など。患者さんのことを知ることから、医療が始められるべ
12 Guideline July・August 2007
Part 1
Part 2
Part 3
協議会)を利用して決定される。マッチング参加者(学生)
医師国家試験の出題数は500題で、応用力を問う問題とし
は、5∼6年次に病院のホームページや先輩の話などから
て問題解釈型や問題解決型の問題も出題されている。必修
研修病院を探し、春休みや夏休みを利用して病院見学や説
問題の中には、2問以上間違うとそれだけで不合格となる
明会に参加する。病院側は書類選考や面接、筆記試験など
禁忌肢問題が含まれている。
により選考を行う。病院と学生の希望をマッチングして研
今年2月に実施された第101回医師国家試験の受験者数
修先が決まるが、病院側が受け入れたくない学生を受け入
は8,573人、合格者は7,535人(合格率87.9%)
。新卒合格者
れたり、学生が希望していない病院を研修先に指定された
の合格率は92.3%で、滋賀医科大と防衛医科大学校は新卒
りすることはない仕組みだ。こうして6年次の10月中旬頃
者が全員合格した。一方既卒者は48.4%と5割を切ってい
には卒後臨床研修を行う病院が決定する。
る。また、男女別の合格率を見ると、男子86.4%、女子
6年次の2月にはいよいよ医師国家試験が実施される。
91.0%と女子が健闘している。
医師国家試験は、医師に最低限必要な知識・技能・態度を
以上、大まかに6年間の医学教育を紹介したが、14ペー
問う試験であり、この試験に合格した人が、厚生労働省の
ジ以降では、ここで医学教育のキーワードとして紹介した
医籍簿に登録され、医師免許を取得することができるのだ。
内容を具体的にレポートする。
きではないかと思う。
<グラフ>医学部入学前と後でギャップはどの程度ありましたか
●思いやりはもちろん大切だが、
「説明する」能力、内容を「まとめる
力」や最大限分かりやすく「伝える力」なども求められる。次に感
情表現やそのコントロール能力である。
まったくなかった
5.6%
かなりあった
15.7%
25.0%
質問3 入学前後のイメージギャップ
あまりなかった
医学教育や医師に関することについて、入学前と入学後のイメ
まああった
53.7%
ージギャップについて、
「ギャップがあったか」
「イメージ通りだ
った点」
「ギャップがあった点」をそれぞれ聞いた。
その結果<グラフ>のように、約7割の特派員が「イメージ
ギャップがあった」と答えているが、その中身はさまざまであ
る。ギャップがあった点として、1年次に医学専門科目がない
場合、他の学部と変わらないという回答もあれば、逆に1年次
〔イメージ通り〕
●言われていた通り勉強は忙しかった。記憶しなければならないこ
との量も半端ではない。
●空きコマがほとんどなく、びっしり授業が詰まっている点。実習
もハード。他の大学、学部と比べ、やはり医学生は忙しい。
から病院に行けて意外だったという回答もあり、各大学のカリ
●臨床医学の講義では、実際に病院で働いている先生が授業を受け持っ
キュラムの違いが出ている。また、医学生は普通の学生と変わ
ているため教科書的な内容だけでなく、最新の治療法を学ぶことがで
らなかったなど、勉強以外で「意外」に感じている人も多い。
〔ギャップがあった〕
●1年生は講義ばかりで医学部に来たと言う実感がほとんどなかった。
●1年生から実際に病院に行って、患者さんと接したり、医療の現
場に立ち会えることや5・6回生になると講義はほとんどなく、
きた点。また、臨床実習ではただ見ているだけでなく、実際にできる
ことが増えてきていると思った。
●医学部の人たちは全般的にエリート意識が高い。
最後に、現在の変化する医学教育を実感しているコメントを
紹介しよう。
討論が多いこと。
●医学教育に関してはギャップは感じなかったが、医師に関しては
予想以上に過酷な労働状況なのだと感じた。医師は世間では経済
的に裕福だと思われがちだが、そんなことはないし、精神的にも
肉体的にもタフでないと無理だと思う。
●医師も普通の人であること、上下関係の強さ。
●もっとまじめなガリ勉っぽい人ばかりだと思っていたら、意外に
今まで部活に熱心だった人やおしゃれな子もいることが分かった。
逆にイメージ通りだった点としては、勉強量の多さ・大変
さ・忙しさ、必修科目の多さ、医学の面白さ、医学生の頭のよ
●医師本位の医療から患者本位の医療へと社会の風向きが変わって
いくにつれて、患者の目線に立った医療が出来る医師を育てよう
としている感じがした。
●医学の知識を身に付けることもさることながら、医師として働い
ていく上で必要な「一生涯学び続ける力」を身に付けることが重
要であり、問題解決型のチュートリアルなどといった授業形態を
通して、与えられるのではなく、能動的に学んでいく能力を身に
付けさせるような教育に重点が置かれている。
このように医学生も医学・医療を取り巻く環境の変化や医学
教育の変化を実感しているようである。
さ、などである。
Guideline July・August 2007 13
特集1
医学科の現状
◆医学教育の現状
4 コミュニケーション教育
体験学習により「気づき」
「自分を見つめ直す」
乳幼児や高齢者との継続的な交流を通じて、自己肯定感や思いやりを育成
N
鳥取大学医学部
左より、井藤久雄副学長、河合康明室長、高塚人志准教授
医師に求められる豊かな人間性と
コミュニケーション能力
鳥取大学医学部医学科では、「高い倫理観と豊かな人間
性を備え、地域特性に合わせた医療の実践や最先端の医学
を創造できる医師を養成する」という理念を掲げている。
必修科目である<表2>。授業は、大きく「気づきの体験
井藤久雄副学長は、理念の実現のためには「医師には患者
学習」
「乳幼児との交流実習」の2つから構成されている。
さんを受け止められる人間的な大きさと、患者さんとの信
例えば「聞くと聴く」という気づきの体験学習(約3時
頼関係を築くためのコミュニケーション能力が重要です。
間、年9回)では、学生は2人1組で、一方が指示された
また、チーム医療の中でも医師にはチームリーダーとして
テーマ(「子どもの頃の遊び」など)について話す。もう
のコミュニケーション能力が求められています」と語る。
一方は、最初は「相手の似顔絵を描く」「メモを取る」な
しかし井藤副学長は、「最近の学生は少しひ弱で、コミュ
どという課題が出されるため、似顔絵やメモを書きながら
ニケーション能力も足りないと感じる」と指摘する。「核
相手の話を聞くことになる。すると話し手は「視線を向け
家族化や年齢を超えた子ども同士の遊びの減少、ゲームや
てもらえない」「相づち、うなずきがない」「表情がない」
テレビ、携帯電話、パソコンを利用する時間の増加という
「話す気がなくなる」などと感じる。このように「聞く」
学生の環境を鑑みれば、当然の結果かもしれません」
と「聴く」の違いを実感させるのだ。次に、聴き手は「相
そこで鳥取大学医学部では、人間性向上教育プログラム
づちを打ったり身を乗り出したりして話を聴く」という課
を実施。2005年、高校で9年間にわたる「人間関係授業」
題を出される。聴き手が話を傾聴する態度をすることによ
の実績を持つ高塚人志先生を医学部教育支援室助教授(当
り、話し手は「相手に受け止められている」「認められて
時)として招聘。「気づきの体験学習」と「乳幼児・高齢
いる」ことを実感することを学生に理解させるのである。
者との長期交流」をセットにした「ヒューマン・コミュニ
ケーション授業」を開始した。
総合医学教育センター学部教育支援室長の河合康明教授
保育園児との継続的な交流を通し
思いやりの心と自己肯定感を養う
は、「ヒューマン・コミュニケーション授業」を“医師と
こうした日頃の自分や人との関わり方に向き合うための
しての素養育成の土台”と位置付ける。「医療倫理を頭だ
多様な気づきの体験学習を行い、さまざまな気づきを得た
けで理解し、コミュニケーションスキルを形だけ身に付け
後、学生は保育園で毎週1回3時間、21回にわたる特定の
ても、患者さんの心に寄り添い、理解しようする心を持っ
乳幼児(パートナー)との交流を行う。乳幼児との交流実
ていなければ、真の患者中心医療が実現できない」と考え
習の意義を、高塚准教授は「幼児はこちらが心を開かなけ
るからだ。河合室長はさらに「この力は、講義や数回の体
れば打ち解けてくれません。また、乳児は言葉も通じませ
験学習だけで身に付くほど簡単なものではありません。態
ん。そうした相手とコミュニケーションをするには、相手
度や習慣は、気づきと実践を継続して繰り返すことで、や
が何を欲しているのかを一生懸命考えて、反応を見ながら
っと、自分のものとなるのです」<図1>。
根気よく関係を築いていく必要があります」と語る。1年
間という長期体験実習を行う理由について高塚准教授は、
自分を見つめ、生き方や人間関係を見直す
気づきの体験学習
「数回の授業であればどんなに学生が頑張っても結局乳幼
「ヒューマン・コミュニケーション1・2」は1年次の
ることもあるし、やる気のない学生はやり過ごすこともで
14 Guideline July・August 2007
児が心を開いてくれなかった場合、学生に挫折感だけが残
Part 1
<図1>ヒューマン・コミュニケーション授業により
期待できる効果
1 交流
ホスピタリティー
パートナーの笑顔
役立ち感
豊かな人間性
生
の
感
Part 3
想
●僕は大体のコミュニケ
ーションはできると思
っていた。しかし、考
えは間違っていた。こ
自己肯定感
コミュニケーション能力向上
学
Part 2
他者受容(理解)
の授業を受ける度に自
分のコミュニケーショ
ン力のなさに気付いていった。今では当たり前のことだが、
2 仲間(同級生)の素顔を知る
肯定的な仲間意識
安心して学習できる環境
人の目を見て話すようになり、さらに笑顔で接することがで
きるようになった。特に乳幼児との交流は大きかった。園児
は、常に心からの笑顔で接すると園児も心を開いてくれた。
<表2>ヒューマン・コミュニケーション授業の概要
◆ヒューマン・コミュニケーション1・2
1年次前期・後期 週2コマ(1コマ90分)×31週
普段の生活でも笑顔を見せられるようになった。このような
ことは、医師になったとき必ず役に立つと思う。
●患者さんが何を望んでいるかを思い量ることができるように
なることは、よりよい「患者―医師」関係の構築の必要条件
気づきの体験学習と交流準備 9週(18コマ)
だと考える。実際の医療の現場に立つ前に、経験としてこの
乳幼児との交流実習 ような学習をすることは、非常に有意義なものだ。
21週(42コマ)
振り返り 1週(2コマ)
◆ヒューマン・コミュニケーション3
授業では最後に園児との交流を振り返り、自分宛に書い
2年次前期 週2コマ(1コマ90分)×14週
気づきの体験学習と医療関係者の話
た「励ましの手紙」を同級生、保育士、園児の保護者、教
5週(10コマ)
育関係者の前で読んで終わる。「励ましの手紙は、自分を
高齢者交流実習 8週(16コマ)
見つめ直し、話す側も聴く側も心を開き、お互いが受け入
交流振り返りとわかちあい 1週(2コマ)
れられる快感を実感するために大切です」
(高塚准教授)
続いて、2年次前期には「ヒューマン・コミュニケーシ
きます。しかし、21回行うと表面だけ取り繕うことは難し
ョン3」として、高齢者施設で1回約3時間の実習を8回
く、学生は否応なしにパートナーの乳幼児と正面から対峙
行い、“高齢者から喜ばれるという喜び”を感じるととも
することになるのです」と語る。
に、人生を乗り越えてきた生の強さと老いに直面し、乳幼
そしてこの授業にはもう1つ、学生が自己肯定感を得る
児とは別の側面から「命」を実感することになる。
目的もあると高塚准教授は言う。「現代人は、子どもも大
なお、評価は、ヒューマン・コミュニケーション1・2
人も一様に自己肯定感が低いという調査結果が出ていま
は実習レポート54%、授業に取り組む姿勢・態度46 %、
す。成績優秀な医学生も例外ではなく、当初の志望校に合
ヒューマン・コミュニケーション3は出席状況40%、授
格できなかったなど、自己肯定感が高いとは限りません。
業態度20%、レポート40%である。レポートを重視する
人は自分を肯定できて初めて他人を受け入れ、大切に思う
のは、「毎回の授業で気づいたことをしっかりと言葉で表
ことができます。学生は保育園児との交流の中で喜ばれた
現して欲しいから。阿吽の呼吸、暗黙の了解が日本的です
り大切にされたりすることで、役立ち感を実感し、自己肯
が、言葉で表現することがコミュニケーションの基本です」
定感を育むことができます。自己肯定感がないのに、他人
(高塚准教授)
。
を思いやる・共感することは難しいのです。また、保育園
鳥取大学では現在、「気づきの体験学習」を医師や看護
児と接することで、自分もかつてこのように親に大切に育
師に対しても実施している。2007年度から総合医学教育セ
てられた存在であることに気づくのです」
ンターを設立して、卒前教育から卒後教育まで一貫して行
また、同級生全員が同じ保育園で共に実習することにより、
っている。これも「態度や習慣は、気づきと実践を継続して
お互いが悪戦苦闘したり、普段見せないような笑顔でパート
繰り返すことで、自分のものとなる」との考えに基づくも
ナーと接する姿を見ることにより、学生同士に信頼感と連帯
のだ。また、「気づきの体験学習」は現在、東京医科歯科
感が生まれるという。チュートリアル学習や臨床実習などに
大学の学生、横浜市立大学の研修医と看護師に対しても行
おいて少人数グループで学習する機会の多い医学生にとっ
われている。徳島大学医学部では、鳥取大学と同様の乳幼
て、信頼感や連帯感は学習効果を高める上でも重要である。
児との交流がスタートするなど、他大学にも広がっている。
Guideline July・August 2007 15
ケ
ー
シ
ョ
ン
セ
ミ
ナ
ー
授
業
の
様
子
や
気
づ
き
の
体
験
学
習
、
講
演
会
を
実
施
す
る
予
定
。
全
国
の
医
療
系
大
学
等
で
学
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学
生
、
医
療
系
大
学
等
の
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学
希
望
者
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象
。
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細
は
、
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取
大
学
医
学
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合
医
学
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セ
ン
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ま
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い
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0
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医
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介
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ニ
特集1
医学科の現状
5 テュトーリアル教育
2年次から4年次までの3年間の専門教育をテュトーリアル教育で行う
問題解決型の学習で学生の自主学習力を育成
N
鈴木康之センター長
岐阜大学医学部
問題解決型のテュトーリアル教育で
学生の自学自習の力を育成
医学教育の新しい流れの1つに、
「tutorial教育」がある。
促すため、例えば、月曜日は患
者さんの症状、火曜日は身体所
見、木曜日は検査成績などと分
けて提示する。もちろん、自分
日本語ではテュトーリアル、チュートリアルといろいろな
が分からないことは次回のコア
表記がなされているが、英語では問題基盤型学習(PBL=
タイムまでに調べておくのが前提だ。コアタイムの後の
Problem-Based Learning)と呼ばれている。現在多くの大
「グループ学習」の時間は、学生同士の情報交換などに充
学の医学科で導入されているが、共通していることは、問
てられる。「質疑」の時間には、学生が調べても分からな
題解決型学習、少人数グループ学習、学生の能動的な学習
かったことや、学習の方法について相談を受ける。もちろ
である。すなわち、ある問題を自分の力とグループの力を
ん、学生は随時教員に質問に行くこともできる。そして週
利用して解決しつつ学ぶ学習法のことだ。
の最後には、学年合同でグループ発表や、討論、補足講義
テュトーリアル教育が広がっている理由として、医学教
育開発研究センター長の鈴木康之教授は「医学は年々進歩
が行われる。
具体的な学生の学びについて、鈴木センター長は次のよ
し、学ぶべき知識や技術が昔と比べて膨大になっています。
うに説明する。
「例えば、ある週の『人体構造』の症例が、足
それを全部、受け身の講義で聴いて、果たして身に付くの
の付け根(鼠径部)から腹膜や腸の一部が皮膚の下に出て
でしょうか。現在の医学教育では、最新の知識や技術を絶
膨らむ鼠径ヘルニア(俗に言う脱腸)だとします。普通な
えず自ら能動的に学習し、患者さんへの応用力を身に付け
ら学生は“鼠径ヘルニア”が分かりませんから、安直に医
ることが重視されているのです」と説明する。
学書の『鼠径ヘルニア』を調べようとします。しかし単に
そ けい
こうした医学教育をとりまく環境の変化を受け、岐阜大
調べてノートに書き写しても、すぐに忘れてしまいます。
学医学部では1995年度よりテュトーリアル教育を導入し
そうではなく、“脱腸”という言葉から想起されることや
た。鈴木センター長は「2年次から4年次修了までの専門
経験を話し合い、鼠径部は体のどこにあり、どんな構造で、
教育は、全てテュトーリアル教育で実施しています。講義
どんな働きをしているのか。胎児と成人ではどう違うのか、
もテュトーリアル教育と連動させているのが特徴」だと言
鼠径部が開きっぱなしになるのは、どこに問題があるのか
う。具体的には、2年次から、基礎医学、社会医学、臨床
など、学ぶべき課題を自ら考え、その上で解剖学や生理学
医学を統合した内容を、少人数グループ討議を中心に学習
の本などを見て、自分で調べるように求めています。つま
する。8人程度の小グループに分かれ、<表1>にある21
り表面的な答えを求めるだけでなく、症例の勉強を通して、
のコースを順番に、ある期間、集中的に学習していく。例
基礎となる知識と理解を頭の中に構築していくのです」
えば「人体構造」は11週間あり、その期間は人体構造を集
中的に学ぶのだ。
課題となる症例に基づいた
自習と講義でカリキュラムを構成
1週間の流れは<図2>の通りで、月曜日、火曜日、木
また、グループ学習ではあるが、分担して学習すると全
体像を理解できないため、各自が調べるよう指導している
という。グループは、調べた内容を確認しあったり、教え
あったり、議論したりする切磋琢磨の場なのだ。
「講義」については、従来は「生理学」「解剖学」など
の学問分野別に講義が行われ、1週間のうちに生理学が何
曜日の1時間目を「コアタイム」とし、チューターの教員
時間、解剖学が何時間と並行して時間割が組まれていたが、
から、課題となる症例<表3>の提示や学習成果の検討が
現在では、その週の症例と学習目標に関する講義を、学問
行われる。症例は1週間に1例が基本だが、学生の理解を
分野にとらわれず集中して行うようになった。また、以前
16 Guideline July・August 2007
Part 1
<図2>Tutorial
<表1>Tutorial Course
2年生
3年生
初期体験実習2
(基礎配属)
人体構造
代謝・機能
遺伝・発生
成長・発達
生体防御
薬理・中毒
病因・病態神経・
精神・行動
消化器
内分泌・生殖
血液
※初期体験実習2、臨床入門、資格判定試験以外の21コース
System
Part 3
1週間の流れ
月
火
水
木
金
1
Core Time
Core Time
講義
Core Time
講義
2
グループ学習
グループ学習
講義
グループ学習
講義
3
講義
講義
質疑
講義
講義
4
講義
講義
講義
グループ発表
4年生
呼吸・循環
腎・尿路
運動器
皮膚
感覚器
アレルギー免疫
周産期・女性
救急・蘇生
放射線・画像
地域・産業保健
法医学・倫理
臨床入門
資格判定試験
Part 2
5
6
自習時間
学生の質問に対して助言する時間
コース終了時テスト
学生の発表に対して補足講義を行う
<表3>教材 シナリオの一例
私は、小学校6年生の時にターナー女性と診断されました。
そして、すぐに両親からそのことを聞いて、初めはぜんぜんシ
は、「解剖学」であれば、解剖学の教員だけが講義をして
ョックもなく、ただ「私の身長が低いのには理由があったんだ」
いたが、現在は放射線科の教員が加わって放射線画像と人
くらいにしか思っていませんでした。しかし、子どもが100%
体構造の関係について講義するなど、臨床的な内容も織り
込んだ統合型の講義となっている。鈴木センター長は、
「学生にとっては、従来は基礎医学を学ぶとき、それが将
来、臨床のどこに役立つのかが分かりにくく、それゆえ忘
れやすかった。現在は、臨床と関連づけて学べるため、よ
の確率で産めないと知ったときは、本当にショックで涙が止ま
りませんでした。そして、その年の9月から成長ホルモンの治
療を始めました。最初は、少し怖かったけれど、2、3日後に
は自分で打てるようになりました。とても痛いときもあります
が、身長を伸ばすために一生懸命がんばってきました。その甲
斐あって、治療を始めた時には128㎝しかなかった身長が、今
では146㎝になりました。
り深く理解し、知識の定着もよいようです」と話す。
評価は、コースの終わりの筆記試験と、毎週のレポート
による。レポートは、学生が自主学習したことをノートに
プはコースごとに変更しています」
(鈴木センター長)と、
まとめたものが、そのままレポートになる。
工夫の成果でもある。
なお、テュトーリアル教育では、コースごとにチュータ
一方、教員にとっては、「教える教育」から、6年間で
ーや講義を担当する教員が入れ替わるが、教員には附属病
学生が成長していくために「サポートする教育」への意識
院での診療や研究の仕事もある。そこで、1コマ60分の1
の転換が重要である。さらに、学習目標を踏まえ、学生の
日6時間制とし、コアタイム以外の時間は、例えば講義は
レベルに応じた症例の準備、1年次から4年次まで常に30
1週間に10∼15コマと決めて、「今回のコースは月曜と火
人がチューターとして学生に関わるため、講義中心の時よ
曜は夕方まで講義があり、水曜日は講義がない」など、各
り若干教育の負担が増えた。しかし「チューターとして学
コースを担当する教員に応じたフレキシブルな時間割を組
生に接することで、学生の理解度や学生の考え方、興味が
めるようにした。
分かるようになり、それを講義に反映させることができる
能動的に学ぶ姿勢が涵養され
コミュニケーション力も向上
ようになりました。つまり、教育内容のフィードバックの
よい機会にもなっているようです」
(鈴木センター長)と、
多様な効用が生まれたことを指摘する。
テュトーリアル教育の成果について、鈴木センター長は
鈴木センター長は最後に、自学自習の力に加え、これか
「学生が以前に比べて積極的になりました。また、私が学
らの医師には「時代に対応する力、言い換えれば多様な価
生のころより、学生の知識も豊富になったようです」と評
値観を受け入れられる力」が大切だと言う。「医学の進歩
価する。また、グループ学習でのディスカッションは、学
だけでなく、患者中心の医療、インフォームド・コンセン
生のコミュニケーション能力向上にも効果的だという。こ
トの重視など、医療を取り巻く社会情勢も変化しています。
れは、「医師には、看護師や薬剤師など一緒にチーム医療
過去の価値観に縛られず、自分を適応させていく柔軟性が
を行ったり、患者さんとの間に信頼関係を築いたりする際、
重要です。そのために、科学や人間が好きなのはもちろん、
コミュニケーション力が求められます。そこで、どんな人
社会にも興味のある、バランスの取れた人に、医学の道を
ともコミュニケーションを図れるようにするため、グルー
志して欲しいと思います」
Guideline July・August 2007 17
特集1
医学科の現状
6 地域医療
学部段階から、豊富な地域医療・救急医療の研修・実習を実施
卒業生の5割が岩手県の地域医療を支える医師として活躍
N
岩手医科大学医学部
地域医療には、専門的な判断と
救急処置のできる医師が必要
左より、小川彰学部長と佐藤洋一センター長
地域医療に携わる
医師の専門性として、
小川学部長は「初期
現在、過疎地の医師の不在など地域医療の崩壊が社会問
治療ができるだけで
題となり、全国の医学科では、地域医療を担う医師育成が
はなく自分の専門を
急務となっている。そうした中、岩手医科大学は、2005年
持った上で、専門医に診せた方がよいかどうか、また、どの
度に文部科学省の「地域医療等社会的ニーズに対応した医
専門医に診せるかという臨床的な判断ができることと救急
療人教育支援プログラム(医療人GP)
」に選定された。そ
措置ができることです」と言う。
「岩手県の地方病院では専
もそも同大は、1897年(明治30年)、創立者三田俊次郎が
門医に診せた方がよいと決まったら、高度な医療を提供する
岩手県における医療の貧困を憂いて私立岩手病院を開設
特定機能病院である本大学附属病院に紹介しますが、県内に
し、1901年(明治34年)に岩手医学校を設立したことに
は本院のある盛岡市まで4時間、5時間とかかる地域もあり
始まり、地域医療教育に長い伝統がある。また、学則の1
ます。お年寄りが盛岡市まで継続的に通うのは困難です。
条に「誠の人間を育成」を掲げており<表1>、医師に求
そこで、専門医が治療方針を立てた後は地域病院に戻り、治
められる「豊かな人間性」「医の倫理」を育む教育を以前
療方針に従って治療を受けるという地域病院と県の中核と
から行っている。
なる病院との連携によって、誰もが高度な医療を受けるこ
では、岩手医科大学では、具体的にどのような教育を行っ
ているのだろうか。小川彰学部長は、
「その前に、昨今、地
域医療という言葉と地方医療という言葉が混同して使われ
ている」と指摘する。
「東京のような大都市でも、地方都市で
も過疎地でも、医療というのは地域の住民と密着している
とができるのです」
(小川学部長)
豊富な研修を通して地域医療の実情と
コ・メディカルの仕事を理解
その重要性と役割を理解し、高い志を持って地域医療に
べきで、もともと医療は地域医療がベースなのです。また、
携わる医師を育成しようと、岩手医科大学で行っているの
どんな過疎地の住民であっても、お産の時には産科の専門
が、学部段階からの豊富な地域医療・救急医療の研修・実
医に診てほしいなど、専門医の診察を希望している。国民は
習である<表2>。
どこに住んでいても最良の医療を受ける権利があるし、その
まず1年次には、16グループに分かれて、過疎地を含む
ためには専門医が必要なのです」と、誤解を指摘する。しか
県内の地域医療機関等を訪問し、見学・インタビューをす
し、医師の不足する地方病院では、どの地域にもあらゆる
る「地域医療見学研修」(3日間)を行う。研修は、初日
専門医を置く余裕はない。また、医療が高度化した現代では、
が見るべきものを自分たちで考えるワークショップ、2日
全ての専門分野に精通する医師を養成することは不可能だ。
目が医療機関の訪問、3日目が再びワークショップで、結
<表1> 学則第1条
果を報告した後、地域医療の問題点やどうあるべきかにつ
いてディスカッションをする。小川学部長は「高校を出た
本学の目的は、医学教育または歯学教育を通じて誠の人間を育
ばかりの医療を全く知らない時期に、市民として地域医療
成するにある。すなわち、まず人としての教養を高め、医師と
についての問題意識を持たせることが重要」と語る。
しての充分な知識と技術とを修得させ、更に進んでは専門の学
理を究め、実地の修練を積み、出でては有能な良医として力を
厚生済民に尽くし、入っては真摯な学者として、斯道の進歩発
展に貢献させること、これが本学の使命とする所である。
3年次には、
「看護・施設介護体験実習」
「救急センター
当直体験研修」
「救急車同乗体験研修」
「地域医療研修」の
4つの研修・実習を行う。「看護・施設介護体験実習」の
うち、同大附属病院での看護実習では、検温・血圧測定を
18 Guideline July・August 2007
Part 1
<表2> 2006年度 岩手医科大学「地域医療等社会的ニーズに対応した医療人教育
支援プログラム」実施内容
実施内容と対象
日時
場所
Part 3
そして6年次では、今度はスチュ
ーデントドクターとして、医療行為
に参加する研修を行い、地域医療の
7月18日(火)∼7月20日(木)
インタビュー・見学:19日
ワークショップ:18日、20日
医療過疎地を含む岩手県内
の市町村、医療機関、医師
会など(全31機関)
看護・施設介護体験実習
第1学年
9月25日(月)∼10月6日(金)
看護実習:本学附属病院、
附属循環器医療センター
介護実習:岩手県内の介護
福祉施設(全11機関)
救急センター当直体験研修
第3学年
男子:6月∼12月 金・土曜日17:00∼0:00
女子:6月∼11月 木曜日17:00∼0:00
それぞれ指定日に1グループ(2名)ずつ
岩手県高度救命救急センター
救急車同乗体験研修
第3学年
男子:6月∼12月 金・土曜日17:00∼0:00
女子:6月∼11月 土曜日9:00∼17:00
それぞれ指定日に1グループ(2名)ずつ
盛岡地区広域行政事務組合
盛岡中央消防署
地域医療研修
第3学年
7月3日(月)∼7月7日(金)
岩手県内外の県立病院及び
国保診療所(全27機関)
基本外科手技の修得
第4学年
9月
地域医療見学研修
第1学年
Part 2
実態を再確認する。
これらの研修・実習の評価は、
2006年度よりポートフォリオの作成
と提出を順次導入しているところだ
という。「学習記録をきちんとつけ
ることは、カルテを書き、患者さん
の病気について勉強したことを記録
することや、医学研究者として実験
ノートをつける力を養うことにもつ
ながります」
(佐藤センター長)
。
また、岩手医科大学が「地域の医
師に必要」と考える、専門医の診察
基本臨床技能修得DVDの配布
9月
第4学年
が必要か否かを判断する力と応急処
基本外科手技修得実習
第5学年* *他学年は希望者
8月8日(火)、8月18日(金)、8月24日(木)
本学歯学部動物実験センター
地域医療臨床実習
第6学年
4月17日(月)∼4月28日(金)
岩手県内外の県立病院及び
国保診療所(全36機関)
※実施内容は卒前教育のみ掲載
置については、3年次、4年次、5
年次で、基本臨床技能修得マニュア
ルの配布や、縫合練習キットの貸与、
基本臨床技能修得DVDの配布、ブ
はじめ、配膳・洗髪なども行う。また、県内介護福祉施設
タを使用した皮膚縫合と抜糸実習、腹腔鏡システム及び内
における介護実習では、身の回りの世話や入浴介助、排泄
視鏡シミュレーターを活用した実習で、基本外科手技など
介助、入居者とのリクリエーションへの参加、食事の準備
の向上を目指している。
や施設の清掃などを体験する。両実習を通して学生は、患
者さんやお年寄りへの接し方を学ぶとともに、看護師や介
護士というコ・メディカルの仕事を体験して、将来一緒に
誰とでも対等に話ができる
教養ある人格者育成が目標
働く仲間の仕事の重要性を理解する。
「救急センター当直体
このような教育の結果、岩手医科大学では、卒業生の約
験研修」では、初期治療・救急治療の重要性を理解し、医師
5割が岩手県に残り、同県の医療を支える医師として活躍
になるという自覚を高めるとともに、医療現場の厳しさを
している。ちなみに学生は全国から広く集まっており、岩
体験する。
「救急車同乗体験研修」では、ここでも現場を知
手県出身者は2割程度。つまり、残る3割程度の医師は他
るとともに、医療の一端を担う救急隊員の仕事を理解する。
県出身者ということだ。小川学部長は「これは、学生が地
「地域医療研修」では、過疎地を含む地方の病院や診療
域医療の重要性を理解するとともに、岩手医科大学が好き、
所で5日間の研修を行うが、「3年次ではまだ医学部生の
岩手県が好きと思ってくれた証」と言い、地域医療に携わ
ため、医療行為が許されません。しかし、研修先では訪問
る医師を育てるには、その心を育むことが第一だと説く。
看護に連れて行くなど、地域医療の現場を知る機会を積極
さらに、佐藤センター長は「高度な医療を行う大学病院
的に設けてくれています」と共通教育センター長の佐藤洋
としては、世界に通じる医師を育てることも重要」と考え、
一教授は言う。「大規模な大学病院と異なり、小さな病院
英語教育も積極的に行っている。加えて小川学部長は、
では食事を作る人、ボイラー担当者など、病院で働くさま
「医師の資質として大切なのは教養」と強調する。
「真に教
ざまな人と身近に接することができます。病院は、こうし
養のある人とは、人格者で他人を思いやることのできる人
た多くの人に支えられていることを実感するのも、地域医
のこと。それがあってこそ、会社員、エリート層、お年寄
療研修の大きな目的の1つです」
(小川学部長)
り、子どもといったあらゆる患者さんと、そして病院で働
またこの時、地域病院から岩手医科大学に移って診断を
受ける患者さんや、地域病院に戻ってきた患者さんに接し、
地域医療が成り立つシステムについて体験的に理解する。
くさまざまな職種の仲間と対等に話ができるのです」
そんな医師を育てることが、創立以来変わらない、岩手
医科大学の究極の目標である。
Guideline July・August 2007 19
特集1
医学科の現状
7 臨床実習
1997年から診療参加型臨床実習をスタート
医師に必要な知識、基本的な診療技能、医療現場での考え方、
コミュニケーション能力を身に付ける
N
東海大学医学部
見学型、模擬診療型の臨床実習から
実際の診療に参加する診療参加型臨床実習へ
灰田宗孝副学部長
ほとんどの科は2週間または4
週間のクリニカル・クラークシ
ップだが、図1にある皮膚科、
現在、医学部では5年次(一部3・4年次)から臨床実習
眼科などの診療科では見学型臨
を行われているが、臨床実習の中身はさまざまである。従
床実習を行っている。灰田宗孝
来の臨床実習は、医師が患者さんを診察するのを見学する
副学部長はその理由を、
「全ての
見学型、患者さんの協力を得て診察の演習を行う模擬診療
診療科で診療参加型の実習をするのは時間的に難しい。そ
型であった。それに対し、クリニカル・クラークシップ(診
れに、クリニカル・クラークシップで学生が身に付けるべ
療参加型臨床実習)では、指導医の下、医学生はstudent
き、患者さんの話を聞く問診や診察、カンファレンスでの
doctorとして実際の患者さんの診療に参加し、診療チーム
症例呈示、指導医や研修医との議論は、どの診療科でも共
の一員として診療業務を行う。アメリカでは臨床医学教育
通しています。そのため、一部の診療科では見学型でも、
の根幹に据えられ、ヨーロッパでも一般的だが、日本では、
他科でクリニカル・クラークシップを行えば、学生は医師
医師免許を持たない医学生が医療行為に参加することに対
に必要な基本的な診療技能、考え方、患者さんとのコミュ
する社会的合意が確立していないなどの理由から、医療行
ニケーション能力を十分身に付けられます」
為を伴った臨床実習の実現は難しいと考えられていた。
なお、クリニカル・クラークシップにおいて学生を指導
しかし、東海大学では「名医より良医たれ」という伝統
するのは指導医と研修医である。東海大学では指導医と研
の基本理念のもと、医学教育のグローバルスタンダード化
修医が各科合わせて4∼5人いるため、学生とほぼマンツ
を図り、1997年に国内の大学に先駆けて、クリニカル・ク
ーマンの教育が実現している。
ラークシップを導入した。その後、全国の医学科で急速に
広がっている(注1)。
指導医の下で実際の診療に参加し
医師に必要な総合力を身に付ける
実際の患者さんにかかわることで
個別の知識が統合され、定着する
クリニカル・クラークシップに対して、医師からは「学生
を指導するのは負担」と懸念する声も聞かれるが、東海大は
東海大学のクリニカル・クラークシップでは、5年次を
この制度を導入して10年の実績があり、研修医、そして指
4∼5人ずつ20のグループに分け、<図1>のように、1
導医の一部も学生時代にクリニカル・クラークシップを経験
クールを2週間として、順番に20の診療科を回る。5年次
しているために理解があり、認識が共有されているという。
の1年間(970時間)は原則朝9時∼17時頃までクリニカ
(注2)
また灰田副学部長は、
「指導医や研修医は非常に忙しく、
。クリニカル・クラ
1人ひとりの患者さんと長時間かかわることは難しいのが現
ークシップを実施している間の学生の1日のスケジュール
状ですが、学生は比較的時間があるため、患者さんの話をじ
は<図2>のようになっており、患者さんの診察、手術の
っくり聴くことができます。患者さんにとっても、学生相手
立ち会い、処置、カルテ書き、指導医・研修医やその他の
であれば気軽に話しやすいし、学生に話せば医師に伝わるこ
ル・クラークシップに充てられる
コ・メディカルスタッフを交えた患者さんの症例検討会を
行っている。
東海大学では総合内科と外科を「コア・クラークシップ」
と位置付け、それぞれ2クール4週間の実習を行っている。
20 Guideline July・August 2007
(注1)現在は、80大学中73大学がクリニカル・クラークシップを実施してい
る。
(
「わが国の大学医学部(医科大学)白書 2007より」
)
(注2)6年次は選択必修科目の「選択実習」
(970時間)
。学内の臨床各科だけ
でなく、学外の診療所、病院での実習も可能。
Part 1
<図1>2006年度実施・クリニカル・クラークシップ
Part 2
Part 3
<図2>
基本的なOne Day Schedule
(東海大医学部医学科パンフレットより)
とが分かれば、これまで遠慮して話さずにいたことも話すよ
自学自習の力を身に付
うになります。患者さんの情報がより多く医師に集まること
けていくのが特徴だ。
は、治療する上で大切なことです」と、指導医や研修医、患
灰田副学部長は、自学
者さんにとってのプラス面も指摘する。特に研修医にとって
自習の力を付けるには
は、学生を教えることは自分自身の勉強になる。
“良医”になりたいと
また、
「知識というのは、机上で学ぶだけではなかなか定着
いう動機付けが重要だ
しませんが、体験を伴う、すなわち実際の患者さんを診ると
と考える。そこで「2
よく頭に入ります。また、教科書では個別の病気ごとに学び
年次からは、学士編入
ますが、患者さんは複数の病気を抱えていて、それが複合し
の学生を2∼3名ずつ各
てさまざまな症状が現れます。実際の症例を診断するには、
グループに加えます」
。
4年次までに学んだ個別の知識を統合しなければなりませ
が、その考え方をクリニカル・クラークシップで学ぶのです。
同時に、診断をするために教科書を読み直すなど勉強します
ので、知識はよりしっかりと定着します」
(灰田副学部長)
なお、東海大では臨床技能・態度を評価するために、
東海大学では、1学
(東海大医学部医学科パンフレットより)
年100名のうち、2年次から編入する学士編入枠を40名設け
ており、その数は他の大学の編入枠に比べかなり多い。
「学士編入生は、一度他の道に進みながら進路を変更し、医
学を志して入学しているので学習意欲が非常に高い。また、
OSCEより医療面接の時間をより長くとった advanced
年齢が一般学生より高いこともあり人間的に成熟していま
OSCEを実施している。また、指導医、研修医、担当した
す。編入生をグループに加えることで、他の学生の学習意
患者さん、それぞれからも評価される。一方、学生による
欲も自然と引き上げられます。それに、『もっと勉強した
臨床実習の評価も行い、その内容を各診療科にフィードバ
方がいい』と教員から言われるより、仲間に言われる方が、
ックしている。
効き目があるものです」
(灰田副学部長)
編入生を含めた少人数のグループ学習で
学習意欲を向上
各グループは4年まで同じメンバーとし、4年次まで同
じ臨床系教員が指導する(1年次は基礎医学の教員も指導)
ことで信頼関係を醸成し、自学自習能力を高めている。
このようにクリニカル・クラークシップでは、診療にあ
最後に灰田副学部長に“医師に求められる資質”につい
たって生じた疑問を診療チーム内で議論しながら解決した
て尋ねると「人が好きなこと」と「医師になりたいという
り、疑問点や問題点を学生自身が教科書や参考書で調べた
強い気持ち」との答えが返ってきた。「患者さんとの信頼
りして勉強する必要がある。つまり、「自学自習」が前提
関係を築いて治療し、病気になった人の不安を減らし元気
となっているのだ。そのため、東海大学では低学年から
にするのが医師の仕事です。それには、コミュニケーショ
COS(Case Oriented System)カリキュラムに基づいた小
ン能力が大切。コミュニケーション能力を養う機会は、本
グループでの課題研究・発表を基本とする授業など、学生
学でも1年生の人間関係学での会話講座、あるテーマにつ
の自学自習を促すようにカリキュラムを工夫している。
いての調査・発表をする医学入門、2年次の学外の介護施
具体的には1年次の「医学英語」では、学生を約5人の
設などでの実習、模擬患者に対する医療面接など豊富に用
小グループに分けて授業を行っている。この5人のグルー
意してありますが、人が好きな人は、やはりコミュニケー
プが基本となり、2年次以降もグループ学習を行いながら
ション能力に長けています」
Guideline July・August 2007 21
特集1
医学科の現状
8 研究者養成
(MD-PhDコース)
本格的な研究環境を早期に提供 基礎医学の研究を支える「MD-PhDコース」
N
東北大学医学部
医学部の中には早期に大学院で研究に携わる仕組みを持っている大学がある。医学部の途
堀井明教授
中で大学院に進んで研究活動に打ち込み、再び医学部に戻って医師免許を取得するという
「MD-PhDコース」について、導入の背景とその実態を紹介する。
医学の進歩に必要な基礎医学で
若手研究者不足が懸念されている
近年の医療は、診断技術や治療技術の高度化により、目
医科学専攻に進んで博士号を取得
してから、再び医学部に復学し、
医師免許を取得するというものだ
<図>。通常の大学院は4年間だが、
覚ましい発展を遂げている。その発展を支えているのが基
同コースでは3年間で修了することも可能である(注3)。医
礎医学などの「研究」であり、今後もますます優秀な人材
学部に復学してからは、その時点からの医学部に戻り、医
が必要とされている。ところが、最近、医師の中では「博
師免許を取得する。医学部に復学せずにそのまま研究者の
士号」より「専門医取得」を優先する傾向がある。
道に入ることもできるが、その場合は、医学部は中退する
しかも、2004年度から2年間の卒後臨床研修が必修化さ
ことになり、医師免許は取得できない。
れ、また、卒後臨床研修が修了した後も、多くの医師は学
大学院医学系研究科の堀井明教授は、同コース設置の狙
会の専門医や認定医の取得を目指して、後期研修へ進んで
いを、「何よりも研究志向が強い学生に対して、早くから
しまう。そのため、卒後臨床研修必修化以前に比べて、大
本格的な研究に接する機会を提供することにあります。本
学院で研究に取り組む時期が遅れてしまうと懸念されてい
学では3年次の後期に、基礎医学系の研究室を選択して16
る。臨床と基礎医学の研究室を自由に行き来できる環境で
週間研究に専念する『基礎医学修練』を設置しています。
あればまだいいが、日本の医療界ではそうした体制は十分
ここで研究の面白さに目覚めて、もう少し研究したいと思
とはいえず、臨床か基礎医学かの選択を迫られることにな
っても、以前のカリキュラムではそこで大学院に進学する
る。そうなると、基礎医学を支える人材が足りなくなるし、
ことはできませんでした。若い柔軟な頭で、研究に没頭す
かつ、若手研究者が不足してしまう。
る時間を与えたい。それが本コースを設置した一番の目的
そこで、医学部の中には通称「MD-PhDコース」という
若いうちに医学研究を行うコースを設置している大学もあ
です」と語る。
他大学からの学生の受け入れを妨げる制度ではないが、
る。簡単に言えば、医学部の途中で博士課程に入り、博士号
博士号取得後は同大学ではなく、出身大学の医学部に復学
の学位を取得した後、医学部に戻って医師免許を取得すると
することが条件であるため、実質的には同大学の医学部生
いうルートのことだ(注1)。このMD-PhDコースは17の国公立
のための制度である。スタートしてから6年間で6人が入
(注2)
大学医学部に設置されている
。ただし、大学によって、
学しており、2007年現在、2人が博士号を取得して医学部
医学部の退学や休学の扱い、博士課程に進む学年、博士課
に復学し、医師免許の取得を目指している。「潜在的なニ
程の年限などが異なっており、全国一律の制度というわけ
ーズはもっとあるのですが、医師免許の取得が遅れること
ではない。
(注1)一般的にはMD(Doctor of Medicine)は医学部を卒業し医師免許を
医師免許の取得を保証することで
安心して研究に打ち込める環境を用意
取得した人のことであり、 PhD(Doctor of Philosophyの略称)とは、大学
院を修了し博士号を持っている「博士」である。
(注2)
「わが国の大学医学部(医科大学)白書2007」(全国医学部長病院長
東北大学医学部では、2002年から「MD-PhDコース」を
導入している。医学部の4年次または5年次修了時点で一
旦医学部を休学し、医学系研究科博士課程(医学履修課程)
22 Guideline July・August 2007
会議)
(注3)大学院に3年以上在籍し、30単位以上を取得し、研究指導を受けた
上で、博士論文提出後、審査と最終試験に合格すれば医学博士の学位が授
与される。
Part 1
になってしまうため、保護
者などの要望もあって、現
Part 2
<図>東北大学医学部医学科の教育
入学試験
1年
状のような数値になってい
2年
3年
4年
医学英語
ます」
(堀井教授)
6人の博士課程における
全科目
一次臨床修練
病理学」1人、「免疫学」
臨床医学
基礎医学
修練
基礎医学
研究分野の内訳は、「分子
2人、「微生物学」1人、
Part 3
二次臨床修練
社会医学
共用試験 CBT、OSCE
MD-PhD進学試験 (4年または5年)
「病理診断学」1人、「分子
学では発がんに関わる情報
伝達ルートの研究、免疫学
マッチング
(5年または6年)
薬理学」1人。「分子病理
5年
MD-PhDコース
6年
(大学院4年)博士取得
※3年以上在籍
では遺伝子治療に使えるよ
高次医学修練
三次臨床修練
卒前最終講義
うなウイルスの開発に取り
組むなど、いずれも診断や
研究者
医師
国家試験
(学士取得)
卒業試験
卒後
医研大
療究学
政者院
務・・
官 臨
な 床
ど 医
・
︵
臨臨
床床
医研
必修
須2
︶
年
治療につながるようなテー
マを研究しています。医学部卒業後は、どんなルートに進
ース」の導入は、一定の効果が期待される。
むかは分かりませんが、おそらく研究とは離れることのな
「基礎医学の研究促進という面で実質的な成果が見えて
い人生を過ごすのではないかと思っています」
(堀井教授)
くるのは、10年くらいしてからだと思いますが、個人的に
新しい診断法・治療法の開発には
若い斬新なアイデアが求められる
基礎医学は、人間に特化した生物学の研究を通して、病
気のメカニズムや体の仕組みなどを明らかにすることによ
は、たとえ研究者にならなくても、一時期研究に没頭する
期間があった方がいいと考えています。最低でも2、3年
間は論理的に考えるトレーニングをしておけば、臨床の現
場でもきっと役立つはずです」と堀井教授は語る。
「MD-PhDコース」は、研究と臨床を密接に結び付け、
り、「新しい診断法」や「新しい治療法」などの開発につ
新しい診断法や治療法を開発し、医学のさらなる進歩を促
なげるという使命も帯びている。研究は若ければいいとい
し、多くの患者さんを救うという基礎医学の発展に貢献す
うわけではないが、若い斬新なアイデアで研究を一気に促
るコースである。
進させたケースは少なくない。その意味で、「MD-PhDコ
Part 3
医学部卒業後の進路と医師の勤務実態
このパートでは、医学部卒業後の進路として、卒後臨床研修と専門医について、また医師の勤務や収入について、
さまざまなデータからその実態を見てみる。
9 医学部卒業後の進路
養、②プライマリ・ケア(日常診療)への理解を深め、患者
を全人的に診ることができる基本的診療能力の習得、③アル
バイトせずに研修に専念出来る環境の整備、の3つである。
2年間の卒後臨床研修(必修)では7科を回る
臨床研修では到達目標が明確にされている。到達目標は大
きく2つに分けられ、行動目標(医療人として必要な基本
医師国家試験に合格し医師免許を取得したら、次は2年
姿勢・態度)と、経験目標(経験すべき診察法・検査・手
間以上の卒後臨床研修である。2004年4月から必修化され
技、経験すべき症状・病態・疾患、特定の医療現場の経験)
た新医師臨床研修制度の目的は、①医師としての人格の涵
から成る。研修医は、これらの到達目標が達成できる研修
Guideline July・August 2007 23
特集1
医学科の現状
<表1> 臨床研修プログラムの例
1年次
4月
5月
内科(基礎研修)
4月
2年次
5月
救急
6月
7月
内科選択①
8月
9月
内科選択②
10月
11月
選択科目①
12月
6月
8月
10月
12月
7月
地域保健・
医療
9月
小児科
11月
1月
2月
麻酔科
3月
救急
1月
2月
3月
外科
産婦人科
精神科
選択科目②
(岩手医科大学附属病院卒後臨床研修プログラム「臨床研修病院ガイドブック 2008 年度版」より)
<表2> 加盟学会の専門医について(抜粋)
1.基本領域の学会
2.Subspecialty の学会
学会名
専門医名称
学会名
専門医名称
日本内科学会
認定内科専門医
日本消化器病学会
消化器病専門医
日本小児科学会
小児科専門医
日本循環器学会
循環器専門医
日本皮膚科学会
皮膚科専門医
日本呼吸器学会
呼吸器専門医
日本精神神経学会
精神科専門医
日本血液学会
血液専門医
日本外科学会
外科専門医
日本内分泌学会
内分泌代謝科(内科・小児科)専門医
日本整形外科学会
整形外科専門医
日本糖尿病学会
糖尿病専門医
日本産科婦人科学会
産婦人科専門医
日本腎臓学会
腎臓専門医
日本眼科学会
眼科専門医
日本肝臓学会
肝臓専門医
日本耳鼻咽喉科学会
耳鼻咽喉科専門医
日本アレルギー学会
アレルギー専門医
日本泌尿器科学会
泌尿器科専門医
日本感染症学会
感染症専門医
日本脳神経外科学会
脳神経外科専門医
日本老年医学会
医学会認定老年病専門医
日本医学放射線学会
放射線科専門医
日本神経学会
神経内科専門医
日本麻酔科学会
麻酔科専門医
日本消化器外科学会
消化器外科専門医
日本病理学会
病理専門医
日本臨床検査医学会
臨床検査専門医
日本呼吸器外科学会
日本胸部外科学会
呼吸器外科専門医
日本救急医学会
救急科専門医
日本形成外科学会
形成外科学会専門医
心臓血管外科専門医
日本リハビリテーション医学会
リハビリテーション科専門医
日本胸部外科学会
日本心臓血管外科学会
日本血管外科学会(機構未加盟)
日本小児外科学会
小児外科専門医
日本小児神経学会
小児神経科専門医
日本心身医学会
心身医学科認定医
日本リウマチ学会
リウマチ専門医
日本消化器内視鏡学会
消化器内視鏡専門医
日本大腸肛門病学会
大腸肛門病学会専門医
日本気管食道科学会
気管食道科認定医
日本周産期・新生児医学会
周産期専門医
日本生殖医学会
生殖医療指導医
他に、多領域に横断的に関連する学会(日本超音波医学会など)、こ
れらの領域に属さない学会(日本産業衛生学会)、新規加盟学会(日
本病態栄養学会など)がある
日本人類遺伝学会
臨床遺伝専門医
(日本専門医認定制機構ホームページより)
プログラムを有する「臨床研修病院」で研修を行う。臨床
修病院も5割程度ある(注2)。
研修病院には大学附属病院とそれ以外の病院(国や医療法
臨床研修修了後は、大学の臨床系の研究室(医局)に入
人、公的機関が設立した病院など)がある。臨床研修では
ったり、専門医を目指し、自分で研修病院を見つけたりし
原則として、最初の1年目は内科(6カ月以上)、外科、
て、さらに医師としての研鑽を積むことになる。22ページ
救急部門(麻酔科を含む)で研修、2年目はその3つに加
の東北大の例で紹介したように、大学院博士課程に入学し、
え小児科、産婦人科、精神科、地域保健・医療の合計7科
基礎医学研究者を目指す道もある。専門分野や進路によっ
を1カ月以上研修することになっている<表1>。
ても異なるが、その期間は5∼10年程度と言われており、
臨床研修の評価にあたっては、オンラインで評価ができ
るEPOC(エポック、オンライン臨床研修評価システム)
それくらいのキャリアを積むと、一般的にも一人前の医師
として認められるようである。
を導入している臨床研修病院が増え、全研修医の3分の2
がEPOCを利用している(注1)。研修修了が認められたら、
臨床研修修了証が交付される。
なお、待遇だが、臨床研修病院のうち7割程度は給与
(1年次額面)が月30万円以上であり、賞与がある臨床研
24 Guideline July・August 2007
(注 1)EPOCは国立大学病院長会議常設委員会教育研修問題小委員会制度
設計を検討する部会及び大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)によって
開発・運営。
(注2)臨床研修病院ガイドブック2007年度版(医療研修推進財団ホームペ
ージ)より
Part 1
Part 2
Part 3
1の「基本領域」と基本領域がさらに分かれた2の
各学会で認定する専門医
「Subspecialty」の学会に分け、2の学会の専門医になる
には、1の学会の専門医(認定医)であることを条件にし
日本では、ある専門分野の医学・医療についての経験や
ている。
学識、技術を有する医師を、
「専門医」として、各学会で認
なお、専門医認定制度は各学会で運営しているため、専
定する制度がある。日本専門医認定制機構では加盟してい
門医になるための期間や研修内容は学会ごとに異なるが、
る学会と協力し、
「5年以上の専門研修を受け、資格審査な
認定教育施設などで一定の研修を行い、実習や講義、試験
らびに専門医試験に合格して、学会等によって認定された
などに合格後、認定する学会が多いようだ。
医師を専門医」と定義している。2006年10月31日現在、
専門医は63、合計約19万8千人の専門医<表2>がいる。
専門医認定制機構では、加盟学会を大きく4つに分け、
10 医師の勤務実態と収入
このように、医師という専門職は、国民に質の高い医療
を提供するために生涯にわたって、継続的に研鑽を積むこ
とが求められる職業である。
フ1>のように、女性の比率が多い診療科は、皮膚科、眼
科、小児科、麻酔科の順である。
医学部卒業後、医師免許を取得し、卒後2年間の臨
床研修を終えて、ようやく医師として働くことになる。
都道府県別の医師の対人口比、人数に地域差
日本における医師の数や男女比、診療科別、地域別の
数、勤務医の勤務実態、医師の収入について、さまざ
まなデータをもとにまとめた。
ところで、人口10万人対医師数は211.7人だが、都道府
県別に見ると、最も多い徳島県の282.4人と、最も少ない
埼玉県の134.2人と比べると大きな差がある。傾向として
全国の医師は約27万人、女性医師は16.5%
医師の約3割が内科医
厚生労働省の「2004年医師・歯科医師・薬剤師調査」
は、東京都、北陸3県、京都以西の地域の医師数が多く、
東京都を除く関東甲信越、東北地方の数が少ない。
医師が1万人以上いる都道府県別は、東京都が34,463人、
以下大阪府、神奈川県、福岡県、愛知県、北海道、兵庫県で
(2004年12月31日現在)によると、全国の届出医師数は
あり、約45%の医師がこの7県で勤務している。一方、医師
270,371人で、うち女性は44,628人。男性83.5%に対し、女
が少ないのは、2,000人以下が鳥取県、山梨県をはじめと
性16.5%となっている。また、人口10万人対医師数は211.7
する5県、2,000人台も15県あり、医師数の地域差も明確
人で、2002年度の調査に比べ5.6人増加し、医師数、人口
である。また、例えば、和歌山県の医師の53.8%は和歌山
10万人対医師数ともに増加している。
市で、秋田県の医師の48.0%は秋田市で、富山県の医師の
医師数は増加しているが、国際的に見ると日本の医師の数
46.9%は富山市で勤務するなど、県内の医師偏在も著しい。
は多い方ではない。医療制度の違いもあるが、OECDの調査
によると、人口1,000人あたりの医師数は、OECD諸国の中
病院勤務は、大学人事による赴任が多数
ではトルコ(1.4人)
、韓国(1.6人)
、メキシコ(1.6人)に続い
て、日本(2.0人)となっており、低い方から4番目である(注1)。
医師の地域偏在による医師不足、勤務医から開業医への
次に、医師はどんな施設で働いているのか。病院や診療
所などの医療施設に従事する医師が256,668人(94.9%)と、
ほとんどを占める(注2)。勤務医の中では、大学病院以外の病
院で働く医師が114,515人(42.4%)と最も多い。一方、開
業医(注3)は76,573人(28.3%)と医師全体の約3割である。
医療施設に従事する医師の数を診療科別に見ると、内科
が73,670人(28.7%)と他を大きく引き離して最も多く、
次いで外科23,240人(9.1%)、整形外科18,771人(7.3%)
となっている(注 4)。また、男女別の比率を見ると、<グラ
(注 1)日本医師会ホームページより「人口1,000人当たりの医師数の国際
比較(2004年)−OECD Health Data 2006から作成」
。最も多いのはギリシア
の4.9人、次いでイタリア4.2人、ベルギー4.0人など。
(注2)医療施設は、病院(病床数20以上)と診療所(19以下)に分かれる。
さらに病院は大学附属病院とそれ以外の病院に分かれる。
勤務形態は、開業医と勤務医に分かれる。この他、介護老人保健施設等
で働く医師、基礎医学の研究者、行政機関や保健衛生業務に携わる医師や
産業医がいる。
(注3)病院(大学附属病院を除く)
・診療所の開設者または法人の代表者の合計。
(注 4)医師数が1万人以上の診療科は、内科約7.3万人、外科約2.3万人、
整形外科約1.8万人、小児科約1.4万人、眼科約1.2万人、精神科約1.2万人、
消化器科約1万人、産婦人科約1万人。
Guideline July・August 2007 25
医学科の現状
特集1
シフト、医師の特定の診療科を避ける傾向、
<グラフ1> 診療科名別に見た医療施設に従事する医師数における
男女別の割合(2004年)
医師の過重労働と、医療をとりまく問題が
顕在化する中、日本病院会の地域医療委員
会は施策立案のために、2007年3月、全国
男
0
女
20
40
60
80
100%
16.4%
医療施設従事者(全体)
の病院に勤務する医師に対して勤務の実態
内科
を訊ねた「勤務医に関する意識調査」をま
外科
4.6%
整形外科
3.6%
とめた。
有効回答数は5,635件(うち女性13.4%)
小児科
で、回答者は病床数400以上の病院で働き、
眼科
40歳以上の管理職が多い。勤務形態につい
36.8%
18.5%
10.5%
消化器科(胃腸科)
産婦人科
21.8%
耳鼻いんこう科
18.4%
(26.9%)である。赴任・出張した理由は、
「自分の意志」は約3分の1で、残りは大学
31.2%
精神科
ては「赴任」(58.8 %)と最も多く、次は
「 大 学 か ら の 出 張 ( 1 年 以 上 の 予 定 )」
14.8%
9.7%
循環器科
が何らかの関与をしているようだ。また、
大学人事による赴任では、約半数がある程
皮膚科
度自分の意志が尊重されていると答えてい
麻酔科
るが、「全くされない」(11.4%)、「無回答」
38.0%
29.1%
脳神経外科
3.7%
泌尿器科
3.2%
(41.8%)があわせて半数を超えている。
ただし、今回調査の回答者には、2004年
度から導入された、新医師の研修先病院の
マッチング制度以降の世代にあたる研修医
放射線科
18.4%
呼吸器科
16.4%
神経内科
18.6%
は3.8%しか含まれておらず、今後大学が医
師の赴任に関与する割合は低くなると推測
される。
残業が多く、休日返上も
多数の厳しい労働環境
心臓血管外科
形成外科
リハビリテーション科
(理学診療科)
3.8%
20.6%
17.3%
婦人科
25.1%
呼吸器外科
4.6%
勤務医の労働時間については、<グラフ
心療内科
21.4%
2>のようになっており、労働基準法で定
小児外科
められた1週間40時間の医師は4.1%のみ、
リウマチ科
56時間以上は44.0%である。さらに、勤務
時間は 5 年前に比べて「増えた」(38.5 %)
となっており、その理由として、「患者数お
よび診療時間が増えたほど医師が増えていない」
(65.8%)
、
「書類を書く時間が増えた」(54.7%)、「会議その他が増え
た」
(45.8%)などが挙げられている。
また、夜間当直については、「する」が71.6%であった。
15.4%
19.4%
医師数の多い順に掲載
医師数 500 人以下の診療科及び主たる診療科名不詳、全科、その他は割愛
(厚労省「2004年医師・歯科医師・薬剤師調査」より)
師の負担は時間的にも精神的にも増加している。厚生労働
省「医師の需給に関する検討会報告書」によると、勤務時
間を週48時間とした場合の医師数は、9,000人不足してい
る。これも、2022年には需要と供給が均衡すると推計され
夜間当直の翌日の勤務も88.7%の医師が「忙しさと無関係
ているが、病院の入院需要は増加すると考えられ、医師の
に、翌日は普通勤務をせざるをえない」と回答しており、
地域偏在など、単純な医師数の充足だけでは解消できない
休養をとれないまま、翌日の診療にあたっている。週休2
問題も多い。政府は現在、医局に代わる都道府県が中心と
日制度については、約73.7%が週休を返上しており、過酷
なった医師派遣体制の構築や、開業医の役割の明確化と評
な労働状況が浮かび上がっている。
価、医師不足が特に深刻な都道府県の大学医学部と自治医
以上のように、医師数は増えているにもかかわらず、医
26 Guideline July・August 2007
科大学の暫定的な定員増などの施策を打ち出しているが、
Part 1
Part 2
Part 3
<グラフ2> 一週間の勤務時間(当直を除く)
無回答 0.9%
32時間未満 0.4%
40∼44時間未満
11.6%
44∼48時間未満
13.3%
48∼56時間未満
26.1%
56∼64時間未満
20.8%
64時間以上
23.2%
32∼40時間未満 3.7%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
(日本病院会「勤務医に関する意識調査」
)
<グラフ3> さまざまな職業の1年間の収入(給与と賞与)
(万円)
1,400
1,200
1295.46
1133.15
1101.19
1,000
817.93 816.09
800
772.42
655.88 630.42
604.17
600
557.73 549.31 538.20
496.56 489.03 482.92 465.20
460.09
400
200
0
航
空
機
操
縦
士
大
学
教
授
医
師
公
認
会
計
士
、
税
理
士
記
者
弁
護
士
獣
医
師
航
空
機
客
室
乗
務
員
自
然
科
学
系
研
究
者
シ
ス
テ
ム
・
エ
ン
ジ
ニ
ア
歯
科
医
師
一
級
建
築
士
薬
剤
師
技
術
士
臨
床
検
査
技
師
看
護
師
デ
ザ
イ
ナ
ー
(厚労省「2006年度賃金構造基本統計調査」より)
改善に向けてのさらなる施策実施が
待たれている。
勤務医の収入は
1年間で約1千万
開業医の収支差額は
月約200万円
医師の収入を勤務医と開業医につ
いてそれぞれ見てみよう。厚生労働
<表4> 個人診療所の1ヵ月の収支
全体
Ⅰ 医業収入
Ⅱ 医業費用
Ⅲ 収支差額(Ⅰ−Ⅱ)
単位:千円
有床診療所
無床診療所
10,627
8,253
2,374
5,953
3,680
2,273
有床診療所(個人)
Ⅰ 医業収入
Ⅱ 医業費用
Ⅲ 収支差額(Ⅰ−Ⅱ)
単位:千円
内科
小児科
外科
眼科
耳鼻咽喉科
10,485
8,051
2,434
3,016
2,386
630
4,662
3,427
1,236
13,055
9,272
3,783
10,925
6,467
4,458
内科
小児科
外科
眼科
耳鼻咽喉科
6,110
4,007
2,103
6,255
3,512
2,743
5,616
3,862
1,753
6,139
3,129
3,009
4,298
2,509
1,789
省の調査 ( 注 5 ) によると、<グラフ
3>のように勤務医の収入は1年間
無床診療所(個人)
で1,100万円(平均年齢41.2才)。こ
Ⅰ 医業収入
の調査によるとパイロット(同40.6
Ⅱ 医業費用
才)の方が高い。一方、開業医は個
Ⅲ 収支差額(Ⅰ−Ⅱ)
人で開業した場合の収入は<表4>
単位:千円
(中央社会保険医療協議会「第15回医療経済実態調査(2005年6月実施)
」より)
のように、入院施設の有無(有床・無床)で若干異なるも
鼻咽喉科の約445.8万円に比べて、小児科は63万円となっ
のの、収入から経費を引いた収支差額は月額約220万∼
ている。
230万になる。しかし、このすべてが開業医の収入となる
わけではなく、この中から建物・設備の修繕費用、借金が
あればその返済額などの内部資金に充てられる。また、診
療科別の収支差額の差も大きく、例えば個人(有床)の耳
(注5)2006年度賃金構造基本統計調査より。1カ月あたり決まって支給す
る現金給与額(所得税、社会保険料控除前の額であり、諸手当含む)を12
倍し、年間賞与等の金額を足した数値。
Guideline July・August 2007 27
特集1
医学科の現状
COLUMN 4
女性医師への支援
出産・育児による
キャリア中断が課題
厚生労働省の「2004 年医師・歯科
加ほど増えないことが予想される。女
また、横浜市立大では、女性の専門
性医師の割合が高く、医師の地域偏在
医取得を支援する「不足診療分野の長
が指摘されている小児科、産婦人科の
期専門研修コースの導入」を行ってい
医師不足はさらに深刻となろう。
る。同プログラムは、小児科、産婦人
医師・薬剤師調査」によると、女性医師
子育て後の常勤復帰や
女性の専門医取得を支援
数は 44,628 人で、医師全体に占める
割合は16.5%となっている。これは、
科、麻酔科、救急科等の医師不足診療
分野の女性医師を対象に、通常3年間
の専門医研修コースを、週1∼2日、
1979年(女性医師数14,923人)に比べ
そこで現在、休職中や常勤を離れた
4∼6年の研修期間とすることで、育
ると3倍であり、男性医師の伸び率
女性医師の常勤医復帰支援や、育児を
児中の研修の負担を軽減。また、病院
1.7倍より圧倒的に高い。
しながらの勤務を支援する取り組みが
内保育所では、病児保育、一時保育な
広がっている。
どの機能を拡充し、専任の看護師を臨
しかし東京女子医科大の大澤真木子
教授らが、2002 年、同校を 1986 ∼
例えば、東京女子医科大では、
2002年3月卒業の卒後1年∼16年目
2006年に病院と協力し多様な再教育
までの若手医師を対象に実施した調査
プログラムを用意、臨床現場への復帰
(※)
によると 、回答者(508件)のうち、
を支援する「女性医師再教育センター」
床研修センターに配置して支援する。
女性医の多い麻酔科は
学会として復帰を支援
学会として取り組むところもある。
「常勤」
(53.4%)、
「非常勤」
(15.5%)、
を設立した。研修先は、趣旨に賛同す
「研修医」(6.9%)、開業医(8.5%)、
る登録病院と女性医師とマッチングを
女性医師の割合の多い麻酔科では、社
「大学院生、研究生、休職または休業
行ない、オーダーメイドの研修計画が
団法人日本麻酔科学会が「女性医師麻
中」(10.1%)、その他(5.6%)とな
組まれる。さらに同大では、「女性医
酔科復帰支援機構」を立ち上げ、支援
っており、計 25.6 %が常勤の臨床の
学研究者支援室」を設けて、同大に勤
している。麻酔科医は、「受け持ちの
現場から外れていることが分かった。
務する女性医師の子供が病気の時に保
入院患者がいないため時間外呼び出し
また、常勤医として働いている割合を
育・看護する病児保育室を設置した。
のない勤務形態が可能」「勤務時間の
卒業年度別に見ると、卒業後3年目ま
また、女性医学研究者に対しては2名
自由度が高い」「麻酔科の能力は幅広
では 90 %が常勤だが、4年以降は
1組で応募するワークシェアと、週
い診療科領域での応用が可能であり、
44%∼61%で推移している。
25 時間を下限として通常より短い時
育児期間終了後の他科への復帰も容
間数での勤務を可能とするフレックス
易」など、育児期間中の女性が働きや
制を創設して、支援している。
すい条件を備えている。
このように女性医師が増加しても、
実働上の医師数は医師全体の人数の増
そこで長崎大では「女性医師麻酔科復
<グラフ> 男女別医師数の伸び
帰支援プロジェクト」として、休職中の
(%)
300
麻酔科医および麻酔科への転向を希望
280
男
女
医師全体
260
240
する他科の女性医師を有給の専修医と
して採用し、復帰に向けて最長2年間
のトレーニングを行うこととした。
220
ほかにも、日本医師会による女性医
200
師の再就業支援を目的とした「女性医
180
師バンク」の設置、千葉県の「千葉県
メディカルサポート事業」における、
160
休職中の女性医師や退職した医師の職
140
場復帰に向けた研修事業の取り組みな
120
100
どがある。徐々に女性医師がその能力
80
82
84
86
88
90
92
94
96
98
00
02
04(年)
※1979年を基準とし、男女の医師数の伸びを示したもの
(厚労省「2004年 医師・歯科医師・薬剤師調査」より)
※「女性医師の卒業後の動向とその問題点」
『小児科臨床』
(2005年11月 vol.58 2325ー2331)
28 Guideline July・August 2007
を発揮しやすい環境が、整いつつある。
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