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South African penguin 〜南アフリカのペンギン〜 (2007年8月20日〜8

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South African penguin 〜南アフリカのペンギン〜 (2007年8月20日〜8
South African penguin∼南アフリカのペンギン∼
(2007 年 8 月 20 日∼8 月 31 日)
日本獣医生命科学大学
加藤ゆかり
それはまるで、絵本の世界に入り込んでしまったかのようでした。
冷たい雨が止んで冷たい風が雨を吹き飛ばし、そこへ光が差しこみました。すると突然、西か
ら東へと虹がかかったのです。背中に広がる七色のアーチに気付きもせず、海から上がってきた
ペンギンたちはこちらを向いてたたずんでいました。私の目には涙があふれ、また雨が降ってき
たのかと勘違いをしました。ずっと、ずっと、会いたかったからです。ペンギンは本当にそこに
いたのです。南アフリカの小さな小島で、本当に生きていたのです。
調査地にかかった虹
1、プロジェクトの概要
本プロジェクトは、生物学者 Peter J. Barham 教授率いる研究チームの南アフリカペンギンを
対象とした、海洋生態系の保全生物学的調査である。
南アフリカペンギンを研究対象とすることは、現在の海の環境を知る指標になり、海の環境を知
るということは、地球規模での気候変動を知ることに自動的に繋がっており、今、世界各地で被
害の広がりを見せる地球温暖化問題の解決策を探す貴重な資料ともなっている。
<南アフリカペンギンの調査が始まった背景>
ケープペンギンのことを語るには、トレジャー号の話から始めなければならない。
アースウォッチで本格的に南アフリカペンギンの調査が始まったのは 2001 年のことである。
きっかけは 2000 年 6 月にケープタウン沖で沈没したトレジャー号による重油流出事故である。
この事故で油まみれになったペンギンを、研究者や地元の人々、世界各地から集まったボランテ
ィアが総出となって救出した。ドラマティカルな救出劇を世界各地のメディアが取り上げ、一気
にケープペンギンが注目された。世界各地には 17 種のペンギンがいるが、ケープペンギンは、鳥
類・ペンギン科・フンボルトペンギン属・ケープペンギン(学名;Spheniscus demersus)で、
南アフリカのレッド・データ・リストで、 絶滅危惧種 に指定されている。この絶滅が危惧され
ている動物が一気に 2 万羽も、生存の危機にあったのである。油にまみれたペンギンを救出する
際に「成鳥を優先して保護する」という対策をとった。これはペンギンの生存率に基づいたもの
で(成鳥:9 割、ヒナ,幼鳥:2 割弱)苦渋の決断だったそうだ。これが功を奏し、事故の規模は
甚大だったにもかかわらず、被災したケープペンギンの 2 万羽中、約 9 割を野生復帰させること
に成功したのである。
この事故後 7 年がたった今、被災したペンギンはどうなったのだろう。昔の話のように感じる
中、研究者は地道な調査を続けている。個体数動態の把握、繁殖能力の影響評価、継続してとら
れている観察データから新たなペンギンの生態研究や、人為的圧力とペンギンの行動学など精力
的で興味深い研究を今現在も続けているのである。
2、ボランティアの役割
①モルトカウント
②ペンギンの道路横断カウント
③ハナグロウの繁殖記録
④水鳥のカウント
⑤ゲームカウント
⑥海岸清掃
⑦巣の見回り調査
ボランティアは①∼⑦の作業を、交代に日ごとに異なるものを割り当てられる。以下に簡単にそれぞ
れの作業内容を示す。
① ・・モルトカウント
モルトとは、換羽中のペンギンをさす。ペンギンは
生後一年を過ぎると、年に一回羽毛が抜け変わる。
ケープペンギンは繁殖シーズンの後に換羽をするが、
換羽の理由は、羽毛が古くなると防水力が弱まり寒さ
から身を守れなくなるからである。しかし、ボロボロ
の体では海に入れないため、この期間中は絶食に耐え
なければならない。少しでも体力を節約するために巣
にとどまり、ほとんど活動することがない。巣の見回
り中、モルトペンギンを毎日チェックして、換羽期間
はどのくらいか、換羽個体の割合、健康状態を観察し
記録する。
② ペンギン道路横断カウント
島周わずか10㎞ほどしかないロベン島には幾つもの道路があり車、バス、バイク、ダンプカ
ー、ショベルカーなどが結構なスピードで走っている。ペンギンがロベン島に住み着いたのは、
おそらく人間が住むよりも昔のことだろう。あとから来た人間がペンギンアイランドに道を作っ
たのだから、本来はペンギンに道を譲るのが礼儀だろう。しかし、ペンギンは右を見て、左を見
て、自動車が通り過ぎるのを十分に確認した後、列をなして急ぎ足で道を渡っていた。幸い、ペ
ンギンと人間のラッシュアワーはずれている。ペンギンたちは早朝、日の出とともに巣から海へ
向かい、日が暮れる頃に帰ってくる。それでもやはり、人間とペンギンの棲み分けについて、影
響評価が必要だ。私たちは木陰に隠れて、5分おきに時間を区切り、道路を横断するペンギンの
カウントと、道路を縦断していく車両のカウントをした。
渡り始めると一斉に歩き出す
<ロベン島のフィールド用地図>
緑の線が道路。小さい点がペンギンの巣で南の浜に集中しているのがわかる。
③ ハナグロウの繁殖記録
南アフリカで、絶滅が危惧されている鳥類のハナグロウの
個体数を調べることはとても重要な任務である。鵜の仲間は
生態、形態ともに興味深い。成鳥になると目の色が湖水のよ
うな深緑色に変わる。警戒心の強いハナグロウは、海岸を利
用するそのほかの鳥類の中でも弱い立場にあり、度々カモメ
に卵を盗まれるシーンに遭遇した。
④ 水鳥のカウント
ロベン島には淡水が溜まっている池があり、多くの水鳥が
飛来する。コウノトリ、シギ、チドリ、サギ類のほか、カモ、ガチョウ、ケリなど、鳥類の生物
層は非常にバラエティーに富んでいる。
⑤ ゲームカウント
ゲームカウントは、ロベン島の内地に広がる草
原でそこに住む草食動物の個体数動態を記録する。
チームメンバーが5人、双眼鏡を手にワゴン車の
後ろに乗って、島内を見渡し、フェローディア、
スティンボックといったシカの群れや、ダチョウ
をくまなくカウントする。草原で群れをなし、草
をはみつつ周りを警戒する草食獣の群れを見てい
ると、
「あぁ、ここはやっぱりアフリカなんだ」と
実感する。
フェローディアの群れ
⑥ 海岸清掃
週に二回海岸清掃をした。
99%がプラスチックのゴミだった。海洋に浮か
ぶ島はどの方角からも波がごみを打ち上げる。5
分もすると特大のごみ袋がいっぱいになる。この
日ばかりはそれぞれに思うところが多いのか、い
つもは陽気なメンバーも皆、口をつぐみ、眉間に
しわを寄せて、作業の手を休めることはなかった。
私はこの作業でやりたいことがあった。それは、
流れてくるごみはどこの国のもので、どんなもの
か調べることと、ゴミを持ち帰り、何かほかの形
に生まれ変わらせて、環境問題に取り組む際のわ
かりやすいシンボルにしたい。そう考えていたの
で、メンバーに協力してもらい、ゴミを収集した。
バックに見えるテーブルマウンテンは、世
界に誇れる景観だが、手前に広がるのはプ
ラスチックゴミの山!!
⑦巣の見回り
この作業は午前中に毎日行われた。前ページに載せたフィールドマップからもわかるように島
内で繁殖が確認されているペンギンの巣は、GPS を使って地図上にほとんど全て記されている。
ただしそのうち使われている巣の現状、卵の数、ヒナの成長段階、親鳥の健康状態を毎日チェッ
クして更新する必要がある。この作業がペンギン研究者としてもっともらしい姿だった。
また来たわ
ね。
写真と見比べて住人が正しいか、
親と子の成長、栄養、健康状態を毎日記録
顔の模様で確認中
あれ!?こんなところにも巣がある!!
ケープペンギンは通常、年に 2 回の産卵を
島中の巣を全戸訪問する
こなし、1年を通じて繁殖活動を行う
<一日だけのスペシャルな経験>
重油流出事故から7年がたった今、新たな調査が始まっている。当時被災したペンギンたちは
後遺症をほとんど残さず元気に過ごしているという。当時、油まみれになったペンギンにはフリ
ッパーの付け根に、シリアルナンバーが記された金属製のバンドをつけられた。このバンドもも
う老朽化し、金属製が生体に必ずしも安全とは言い難いため、シリコンゴムバンドに付け替える
作業が8日目にやっと訪れたのだ。ペンギンに触れるめったにないチャンス!はやる気持ちをお
さえ、主任研究者の話す注意事項と手順をよく聞き、いよいよ作業に取り掛かった。ペンギンは
唯一の武器である鋭いくちばしで俊敏に突っついてくるため、持つ際は頭蓋骨を後ろからしっか
りと保定し、鋭い後肢の爪にも十分注意し、押さえ役、バンド付け替え役の二人がかりで手際よ
く進める必要がある。それが済んだら、カメラでお腹についている黒点模様を写真に収めるため、
腹を大きく張り立たせる様に保定する。このおなかの模様は人間の指紋のように皆違うため、パ
ソコンの映像解析によって個体識別に役立たせるのだという。
幼鳥とはいえ、力強い!
一番の笑顔。お腹はやわらかかった。
3、プロジェクトを終えて
<この体験から学んだこと>
私にとって
南アフリカのペンギン
は、二年越しに叶った夢でした。去年、今年と二度に渡
り挑戦し合格が決まった時、私はトイレで腰を抜かして号泣しました。本当にうれしかったので
す。それから出発までの数ヶ月間、毎日がときめき輝いていました。そして帰国した今でも、何
日たとうと色あせることはなく、頭の中にはっきりと記憶が焼き付き興奮が冷めません。この体
験から学んだことは、内面的なもの、側面的なものがあります。内面的とは、心の成長です。
日常
と思える瞬間、例えばふとした瞬間の風のにおい、飛行機が雲を切って飛んでいく、
スーパーで南アフリカ産のグレープフルーツを手に取った瞬間。それがたとえ日常の見慣れた風
景の中だったとしても、いつでもアフリカの景色に自分という存在を組み込んで想像することが
できる
私の別世界
を持てたことです。そうやって日々の生活の中で、毎日生きていることが
すばらしいと思えるようになったことです。人間の脳は複雑ゆえに苦悩もしますが、想像や空想
が人間性を豊かにしてくれるのだと思います。つらいことや、くじけそうな時、あの風景を頭の
アルバムにおさめていれば、日常は非日常に、大きいと思っていた悩みは小さな悩みへと、変え
てくれるのです。風景や、動物たちだけではありません。また次いつ逢うとも分からない私のよ
うな人間にたくさんの人が顧みぬ優しさを与えてくれ、助けてくれました。その多くの出会いで、
私の中に大きな変化が現れました。大学3年になり、社会人になる前のモラトリアムのなかにい
て、今まで活発に行動してきたはずなのにクリアーに将来が見えてこないと感じていました。
「大
学生のうちでできることは、すべて自己実現に繋がっているのだからあらゆることに積極的に取
り組めば将来の方向性が見えてくるだろう」という、独りよがりな考えを持っていたのですが、
それは少し間違っていることに気付いたのです。遠い遠いアフリカに一人で行くことは、自称ト
ム・ソーヤを名乗る自分でもいささか不安でした。現地に着くまで、現地で、そして帰国するま
で、誰も頼る人はいません。一人で何とかしなくてはいけないのです。しかし人間は一人で生き
てはいけません。そんな時誰かに助けを求めたり、無償の愛をもって接してくれた人々がいまし
た。その場で恩返しなどできるはずもなく、たくさんの人の支援を受けて生きていられることに、
『生の社会』を学びました。そして人間という種として社会の中で生き、生かしてもらうことを
知り、自己実現以外の生きる意味を見つけました。感謝の気持ちをどこへ還したらいいかわから
ないもどかしさが、人間という生き物への愛と、社会への「貢献欲」がわいてきたのです。
側面的とは、それを具体化する今後の行動計画です。第 3 のテーマにつながります。
4、この体験をもとにどのように役立てるか
今回、12 日間の滞在で最も衝撃を受けたことは、ロベン島に打ち上げられるゴミの多さです。
ゴミの99%は生分解しないプラスチックでした。打ち寄せられたゴミのパッケージを見ると、
ほとんどがケープタウンの大きなスーパーで見かけたお菓子やジュースなどでしたが、中には
made in China とか、India とか、日本製らしきものもありました。鋭く尖ったボトルの切れ端
や、絡み込んだ釣り糸やネットのすぐ横でペンギンが歩く姿も見られます。私たちが海岸掃除を
している最中にロベン島を訪れた観光客はバスに乗って、私たちやペンギンに気付くことなく通
り過ぎ、
「ネルソン・マンデラツアー」を1時間ほどで済ませ、ロベン島を去っていきます。ゴミ
だけを残して。ピンク色のアイシャドーをつけたタキシード姿のこんなにかわいらしい生き物が
道路のわきに健気に生きていることを、彼らは知らないのです。その姿を一目でも見ればきっと
人の心は変わると、私は信じたいのです。変わらなければならないのは人間、変わってはいけな
いのはそこに息づく命です。野生動物と人間との心の距離を、ゴミで遠ざけてはいけないのでは
ないでしょうか。
私はこの体験をふまえて、早速帰国後に南アフリカから
持ち帰ったゴミでアート作品を作りました。このように、
今回痛感した「もどかしい気持ち」を作品に変え、さらに
は将来、動物の代弁者になれるような表現者になろうと思
います。
新聞には今日も外来種問題、地球温暖化問題、絶滅危惧
種の記事が載っています。いくつもの悲劇的な現実を伝え
る報道は、人間に問題意識を高め、解決しようと使命感を
与えもしますが、その現実があまりに度重なると、不安に
ゴミを使ったアート作品
なり虚無的になったりもするでしょう。今回の冒険でそれ
でも立ち向かおうと決心できる強い心が私の中で育ちました。生物多様性は個人個人の哲学をし
っかり持ち、固定概念にとらわれずに謙虚に取り組まねばなりません。そしてこれは、たいてい
人間の問題です。ならば、人間のプロにならねばなりません。そればかりか、いろんな人に「生
きることに肯定的である大切さ」を伝えていける、人を勇気づけられるような存在になりたいの
です。そして私はまた必ず、自分の力でこの地に戻り、ロベン島がごみのないペンギン島になれ
るよう、活動したいと思います。
<謝辞>
このプロジェクトの参加が決まって今日この日まで、こんなに人生とか、生きる意味を学ばせ
ていただけた私は本当に幸せ者です。このような貴重な機会を与えてくださった日本郵船の方々、
アースウォッチの方々、私を生んでくれたお母さん、支えてくれた多くの皆様に、感謝の気持ち
を込めて、この場をお借りして、謝辞を述べさせてください。どうもありがとうございました。
私の冒険はまだまだ続きます。またどこかで見守っていてください!!
<おまけの Photo>
木登りしてる私とモーリーン
メンバーとレストハウス
カメレオン観察にも行った
レイン・フロッグ!!
ボルダーズ・ビーチの
オットセイはペンギンの捕食者
珍しいカエル!!
ペンギン
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