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弁護士の業務の広がり - LEC東京リーガルマインド

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弁護士の業務の広がり - LEC東京リーガルマインド
第
1
章
弁護士の業務の広がり
❶ 従来の業務
●
⑴ 概説
弁護士の仕事は、世の中で起こるすべての法的紛争を未然に防ぎ、法律を使ってあらゆる問
題や紛争を解決することです。そのほか、法廷活動や書面の作成など多岐にわたります。
また、一般民事事件や刑事事件においては、依頼者や、弱い立場にある人を法的に守ります。
このように、
「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」が弁護士の使命です(弁護士法
1条)
。
「社会正義の実現」とは、人が社会生活を送る上で、基本的に自由であり平等であるこ
とを達成することを指します。この使命に基づいて、弁護士は法律の専門家、人権擁護の担い
手として社会の中で起きるさまざまな法律問題の解決に取り組み、
「誰もが安心して暮らせる社
会」の実現を目指して活動しています。
弁護士の活動は、法廷活動、紛争予防活動、人権擁護活動、立法や制度の運用改善に関与す
る活動など、私たちの社会生活のあらゆる分野に存在しています。具体的には、法律相談、和解・
示談交渉、民事および刑事の訴訟事件、離婚などの家事事件や行政庁に対する不服申立等の法
律事務が挙げられます。弁護士は、社会で生活する私たちの「事件」や「紛争」に対し、法律
の専門家として適切な対処方法や解決策をアドバイスする「社会生活上の医師」なのです。
⑵ 民事事件
⒜ 一般民事(市民向け法律サービス)
例えば、貸したお金を返してもらえない、購入した商品に欠陥があったので返品して代金を
返してもらいたい、交通事故に遭ったので損害を弁償して欲しい、相続で親戚同士が争ってい
るので解決したい等々、日々の生活の中で困ったことがあると、弁護士に事件の依頼が来ます。
弁護士は、依頼者の話を聞き、解決するための方針を立てます。裁判を起こさなくても解
決できそうであれば、相手方と交渉を行います。しかし、直接の交渉では解決が図れない場
合には、裁判所に調停の申立を行ったり、裁判を起こしたりします。そして裁判所では、依
頼者に代わって依頼者の立場で、調停や裁判の手続きを進めます。これらの民事紛争を解決
する手続きの中で、依頼者の代理人として活動します。
さらに、市民が抱えている問題の中には、行政機関に対して許可を求めたり、文書の公開
を求めたり、といった行政への要望を訴えるものもあります。また、公害や薬害、消費者問
題など、行政機関による対処が必要となる場面もあります。このような場合、行政機関を相
手として裁判を起こすことになります。
2
2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
以下、民事訴訟や調停、行政事件訴訟等において、弁護士がどの程度関与しているか(選
任されているか)
を示したグラフを掲載します。事件数は2007年以降急激に増えていますが、
弁護士が関与している割合は必ずしも増えていないことが分かります。
資料:地方裁判所の通常民事訴訟事件における弁護士の関与状況(1984年∼2010年)
(割合)
100%
90%
事件総数
80.7%
弁護士を付けたもの
86.4%
(件数)
250,000
227,435
80.1%
78.6%
80.3%
80%
200,000
70%
146,772
60%
50% 113,452
158,779
135,357
76.7%
150,000
112,140
40%
100,000
30%
20%
50,000
10%
0%
1985
1990
1995
2000
2005
0
2010
(年)
出典)
『弁護士白書2011年版』143 頁
資料:地方裁判所の通常民事訴訟事件における弁護士の関与状況
訴えの目的別弁護士の関与状況(2010年)
弁護士を付けたもの
事件の種類
事件総数
総数
関与率
一方
双方
原告側
人事を目的とする訴え
4
4
100.0%
4
金銭を目的とする訴え
181,989
140,121
77.0%
52,117
うち建築請負代金等
(2,102)
(1,875) (89.2%)
(1,287)
(496)
(92)
建築瑕疵による損害賠償
(543)
(534) (98.3%)
(467)
(32)
(35)
医療行為による損害賠償
(896)
(875) (97.7%)
(760)
(50)
(65)
(53)
(50) (94.3%)
(40)
(8)
(2)
(2,125)
(1,976) (93.0%)
(1,510)
(233)
(233)
(321)
(314) (97.8%)
(252)
(41)
(21)
(47,801) (79,711)
(6,985)
公害による損害賠償
労働に関する訴え
知的財産に関する訴え
その他
(175,949) (134,479) (76.4%)
−
被告側
−
80,571
7,433
建物を目的とする訴え
28,954
19,653
67.9%
3,130
16,290
233
土地を目的とする訴え
8,101
7,323
90.4%
3,481
3,603
239
労働に関する訴え
(金銭を目的とする訴えを除く)
796
772
97.0%
640
82
50
知的財産に関する訴え
(金銭を目的とする訴えを除く)
165
161
97.6%
121
30
10
公害に係る差止めの訴え
その他の訴え
総 数
7
6
85.7%
4
1
1
7,419
6,484
87.4%
3,647
2,414
423
227,435
174,524
76.7%
63,114
102,991
8,389
出典)
『弁護士白書2011年版』143頁
2012 士業最前線レポート 弁護士編
3
弁護士
資料:簡易裁判所の通常民事訴訟事件における弁護士及び司法書士の関与状況(2010年)
106,756
122,656 20,938
(件)
司法委員関与のあったもの
269
▼被告側司法書士
1,922
●被告側弁護士
225
▼原告側司法書士
●原告側弁護士
610,632 11,607
▼双方司法書士
原告側司法書士・
被告側弁護士
原告側弁護士・
被告側司法書士
金銭を目的と
する訴え
総数
(件)
●双方弁護士
事件の概要
一方
当事者 本 人 に よ る も の
弁護士または司法書士を付けたもの
双方
(件)
4,646
341,613
65,468
建物を目的と
する訴え
7,612
101
7
46
10
948
1,097
63
18
5,322
1,750
土地を目的と
する訴え
1,900
72
6
43
14
345
945
43
2
430
147
その他の訴え
4,299
118
6
10
3
689
330
103
7
3,033
444
624,443 11,898
244
2,021
296
108,738
125,028 21,147
4,673
350,398
67,809
総 数
● 弁護士のみが関与した事件 ▼ 司法書士のみが関与した事件
出典)
『弁護士白書2011年版』146頁
資料:簡易裁判所の通常民事訴訟事件における弁護士及び司法書士の関与状況(2009年)
81,776
106,282 16,436
(件)
司法委員関与のあったもの
132
▼被告側司法書士
1,560
●被告側弁護士
226
一方
▼原告側司法書士
●原告側弁護士
609,945 10,075
▼双方司法書士
原告側司法書士・
被告側弁護士
原告側弁護士・
被告側司法書士
金銭を目的と
する訴え
総数
(件)
●双方弁護士
事件の概要
双方
当事者本人によるもの
弁護士または司法書士を付けたもの
(件)
3,881
389,577
70,468
建物を目的と
する訴え
7,360
90
6
43
9
959
979
59
16
5,199
1,686
土地を目的と
する訴え
1,802
99
8
37
14
318
822
37
6
461
184
その他の訴え
3,385
92
2
25
1
672
484
93
9
2,007
360
622,492 10,356
242
1,665
156
83,725
108,567 16,625
3,912
397,244
72,698
総 数
● 弁護士のみが関与した事件 ▼ 司法書士のみが関与した事件
出典)
『弁護士白書2011年』146頁
4
2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
資料:遺産分割調停事件における弁護士関与の推移
既済事件総数
弁護士が関与したもの
割 合
2000 年
8,889
5,723
64.40%
2001 年
9,004
5,754
63.90%
2002 年
9,148
5,748
62.80%
2003 年
9,196
5,680
61.80%
2004 年
9,286
5,697
61.40%
2005 年
9,581
5,839
60.90%
2006 年
10,112
6,128
60.60%
2007 年
9,800
5,955
60.80%
2008 年
10,202
6,246
61.20%
2009 年
10,741
6,741
62.80%
2010 年
10,849
6,653
61.32%
出典)司法統計年報(家事編)
「遺産分割事件数−終局区分別代理人弁護士の関与の有無別−全家庭裁判所」
資料:行政訴訟事件(地方裁判所)における弁護士選任率の推移
既済事件総数
弁護士を付けたもの
割 合
2000 年
1,469
1,130
76.90%
2001 年
1,415
1,097
77.50%
2002 年
1,598
1,215
76.00%
2003 年
1,729
1,293
74.80%
2004 年
1,991
1,487
74.70%
2005 年
1,774
1,366
77.00%
2006 年
1,908
1,454
76.20%
2007 年
2,193
1,701
77.60%
2008 年
2,119
1,613
76.10%
2009 年
2,034
1,533
75.40%
2010 年
2,136
1,539
72.05%
出典)司法統計年報(民事・行政編)
「行政第一審訴訟既済事件数−弁護士選任状況別−全地方裁判所」
2012 士業最前線レポート 弁護士編
5
弁護士
⒝ 企業法務(企業向け法律サービス)
弁護士は、企業の顧問弁護士となることが多くあります。この場合、その企業が新しいビ
ジネスを始める際に、どのような法的な問題が起きる可能性があるか、契約書の文面をどの
ように作ったらよいか、といった相談を日常的に受けていきます。
基本的には、トラブルが起きないように未然に手立てを講じる、という予防法務が基本です。
ただ、時には、労働条件をめぐって従業員と争いが起きたり、販売した商品に欠陥があって
消費者団体からクレームが来たり、周辺の地域に公害や騒音などの被害を与えてしまったり、
といった、既に何らかの問題が起きてしまった後、弁護士が呼ばれる場合もあります。その
場合には、企業の担当者と協力して、示談交渉や監督官庁への報告、訴訟まで幅広く担当し
ていくことになります。
さらに、経営に行き詰まった会社の依頼を受け、経営を立て直すために代理人として会社
再建のための法的手続きを裁判所に申請することもあります。再建不可能の場合には破産の
申し立てをします。会社が破産手続き開始決定を受けると裁判所が破産管財人を選任します
が、この破産管財人にも多くの弁護士が選任されています。
⑶ 刑事事件
⒜ 刑事事件(成年者の事件)
刑事事件の多くは、
国が弁護費用を負担している「国選弁護」です。次ページの表のように、
国選弁護が付く被告人の割合は年々、増加しています。国選弁護、という制度が広く知られ
るようになっていると言えます。警察が捜査を行う事件は年間に約227万件(刑法犯の認知件
数)に及び、検挙者は約102万人(検挙件数は約118万件)になります1。普通の市民が交通事
故や取引上のトラブルなどにより、捜査対象として取り調べを受けることは、珍しいこととは
言えません。
逮捕されると、多くは勾留というかたちで警察署内の留置場に拘束されます。家族や知人
との連絡を断たれる心理的・経済的な不利益は大変なものです。取り調べの結果は供述調書
として作成され、裁判では多くの場合、決定的な証拠として採用されます。取り調べで嘘の
自白をさせられた供述調書が作成された結果、有罪の判決を受け、冤罪を晴らすために長い間、
大変な苦労を強いられるケースも少なくありません。
このような場合に、面会、捜査機関との交渉、違法な捜査に対する法的な救済手続きの実
施などの活動により、被疑者本人の人権を守り、冤罪を防ぐことが弁護士の役割です。 罪を
犯した場合でも、行き過ぎた捜査を防いだり、被害者との示談を早期に実現したりすること
により、起訴に至らず解決するなどの活動を行います。
最近では、テレビドラマで多く刑事裁判の場面が出てきますので、弁護人としての活動は
イメージしやすいと思います。ただ、刑事事件の弁護人は、法廷で証人に対する尋問や弁護
活動をするだけでなく、拘置所や警察署に行って被告人に会う、事務所で証拠を検討すると
いった、地道な仕事もしています。
1
6
平成23年版犯罪白書による、平成22年の統計データ
2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
資料:地方裁判所における刑事弁護人(被告人段階)選任率の推移(国選・私選別)
終局総人員
国選弁護人の付いた
被告人の数
国選弁護人の付いた
被告人の割合
2000 年
68,190
49,094
71.20%
2001 年
71,379
51,793
72.60%
2002 年
75,570
56,061
74.20%
2003 年
80,223
60,381
75.30%
2004 年
81,251
60,968
75.00%
2005 年
79,203
59,837
75.50%
2006 年
75,370
56,490
75.00%
2007 年
70,610
53,271
75.40%
2008 年
67,644
52,301
77.30%
2009 年
65,875
52,758
80.10%
2010 年
62,840
52,779
83.99%
出典)司法統計年報(刑事編)
「通常第一審事件の終局総人員−弁護関係別−地方裁判所管内全地方裁判所別」
⒝ 少年事件(未成年者の事件)
20歳未満で刑罰法令に違反したまたは違反する可能性のある行為を行った者は、非行少年
として、少年法に基づいて、刑事手続きにおいて20歳以上の者とは異なった取り扱いを受け
ます。少年の将来性を考えてのことです。すなわち、少年法は、非行少年を発見して、国家
が強制的再教育を行うことで、将来犯罪者にしないことを目的としています。国家による制
裁という点では刑事特別法ですが、非行を契機に国家が再教育を行うという点では教育法で
もあり、国家が少年の最善の利益や社会の利益を考え介入するという点では福祉法でもあり
ます。
非行少年には、犯罪少年・触法少年・虞犯少年の3種類があります(少年法3条1項)
。犯
罪少年は、14歳以上で犯罪行為を行った少年であり(同条項1号)
、触法少年は、14歳未満で
刑罰法令に触れる行為を行った少年であり(同条項2号)
、虞犯少年は、一定の虞犯事由があ
りかつ将来犯罪や刑罰法令に触れる行為をするおそれがある少年です(同条項3号)
。
少年事件は、犯罪少年・触法少年・虞犯少年の種類に応じて手続きが多少異なりますが、
犯罪少年の場合、事件はすべて家庭裁判所に送致され、多くは家庭裁判所での「審判」で処
分が決定されます。
弁護士は、少年事件についても成人の場合の弁護人と同様に、
「付添人」として活動します。
雇用主、教師などの関係者をはじめ、少年鑑別所(実際には警察署内の留置場が多い)に拘
束されている少年にも面会して事情を聞き、その上で調査官や審判官と会い、非行に至った
少年の環境や事情を説明し、適正な処分を求めます。また、審判にも立ち会い、少年や関係
者などに代わって付添人としての意見を述べます。
少年事件の付添人は弁護士に限定されませんが、付添人が選任される場合の9割以上は弁
護士付添人です。もっとも、付添人が選任されるケースはまだまだ少なく、少年事件全体(2010
年は53,632件)で付添人が付いた割合は13.9%(7,474件)にすぎません。経済的事情から付
添人を選任できない場合への備えとして、国選付添人制度が存在しますが、この選任数も非常
に少なく、2010年でわずか342人です。しかも、2009年に被疑者国選弁護制度の対象事件が拡
2012 士業最前線レポート 弁護士編
7
弁護士
大し、窃盗・傷害なども対象事件となったことで、矛盾が起きています。すなわち、死刑・無
期又は長期3年以上の懲役・禁錮の罪の事件については捜査段階で国選弁護人を選任できる
ところ、窃盗や傷害などの罪を犯した少年は、捜査段階では国選弁護人による援助が受けられ
るのに、その後、家庭裁判所に送致されると、国選付添人制度の対象外となってしまって、弁
護人がそのまま国選付添人として活動することができなくなります(私選で保護者等が報酬を
支払わなければならない)
。日本弁護士連合会では、国選付添人制度の拡充を提唱しています。
資料:少年保護事件(家庭裁判所)の付添人選任件数の推移
弁護士
保護者
その他
合 計
弁護士の割合
1983 年
1,469
3
38
1,510
97.30%
1988 年
1,658
4
110
1,772
93.60%
1993 年
2,270
14
99
2,383
95.20%
1998 年
3,131
49
200
3,380
92.60%
2003 年
4,584
105
272
4,961
92.40%
2008 年
4,604
43
182
4,829
95.30%
2009 年
6,139
45
162
6,346
96.73%
2010 年
7,248
61
165
7,474
96.98%
出典)
『弁護士白書2010年版』127頁
❷ 司法制度改革や法改正によって拡大した業務
●
⑴ 民事事件
⒜ 行政事件訴訟
ア 2004年
(平成16年)
に行政事件訴訟法が改正されました
(改正法の施行は平成17年4月1日)
。
改正前の行政事件訴訟法は、1962年(昭和37年)に制定されたもので、近年における行政需
要の増大と行政作用の多様化などの変化に対応できていませんでした。
そこで、このような変化に対応し、行政事件訴訟について、国民の権利利益のより実効的
な救済手続きの整備を図る観点から、①国民の権利利益の救済範囲の拡大を図り、②審理の
充実および促進を図るとともに、③これをより利用しやすく、分かりやすくするための仕組み
を整備し、④さらに本案判決前における仮の救済の制度の整備を図ること等を目的として、
行政事件訴訟法が改正されました2。
①国民の権利利益の救済範囲の拡大
まず、取消訴訟の原告適格の解釈基準を新たに定めました(9条2項)
。また、抗告訴訟の
新たな訴訟類型として、義務付けの訴え(3条6項、37条の2、37条の3)および差止の訴
え(3条7項、37条の4)を設けました。さらに、当事者訴訟としての確認訴訟の活用を図
るため、当事者訴訟の定義の中に、
「公法上の法律関係に関する確認の訴え」を例示として加
えました(4条)
。
2
8
2004年(平成16年4月27日)衆議院法務委員会における野沢太三法務大臣(当時)の趣旨説明
2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
②審理の充実および促進
裁判所が、釈明処分として、行政庁に対し、裁決の記録または処分の理由を明らかにする
資料の提出を求めることができる制度を設けました(23条の2)
。
③行政事件訴訟をより利用しやすく、わかりやすくするための仕組み
まず、抗告訴訟の被告適格者を行政庁から行政庁が所属する国または公共団体に改め、被告
適格の簡明化を図りました(11条)
。また、国を被告とする抗告訴訟について、原告の普通裁
判籍の所在地を管轄する高等裁判所の所在地を管轄する地方裁判所にも訴えを提起することが
できることとして管轄裁判所を拡大しました(12条4項)
。また、取消訴訟について、処分ま
たは裁決があったことを知った日から3カ月の出訴期間を6カ月に延長しました(14条1項)
。
さらに、取消訴訟を提起することができる処分または裁決をする場合には、当該処分または裁
決に係る取消訴訟の出訴期間等を書面で教示しなければならないものとしました(46条)
。
④本案判決前における仮の救済の制度の整備
まず、執行停止の要件について、
「回復の困難な損害」の要件を「重大な損害」に改めて要
件を緩和しました(25条2項)
。また、新たに、仮の義務づけおよび仮の差止めの制度を設け
ました(37条の5)
。
イ 以上のような大改正の結果、全国の地方裁判所における行政事件訴訟の新受任件数は、平
成19年は平成10年の約1.7倍3となるなど、大幅に増加しています。特に、国が被告となる場
合の管轄権を有する東京地方裁判所における受任件数は、約3.1倍4と著しく増加しています。
そして、行政事件訴訟においては、行政側と行政を訴える側の両方に弁護士が代理人とし
てつく事件が、平成18年終局事件ベースで54.2%5と半数を超えています。
このように、行政事件訴訟が増加し、しかも原告・被告双方に弁護士が付く事件が多いこ
とから、弁護士の活躍の場は、改正前に比べると、飛躍的に増加していると言えます。
ウ そして、改正法附則50条は、
「政府は、この法律の施行後5年を経過した場合において、新
法の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要
の措置を講ずるものとする。
」と規定しており、施行日(平成17年4月1日)から既に5年を
経過しているので、今後さらなる改正がなされる可能性もあります。
その場合も、より国民にとって利用しやすくするという平成16年改正の方向性は維持され
ると思われるので、さらに、行政事件訴訟が増加し、弁護士が活躍する場が増えることにな
るでしょう。
⒝ 消費者問題
ア 2000年(平成12年)に消費者契約法が制定されました(施行は2001年(平成13年)4月1日)
。
消費者契約法は、消費者と事業者との間の情報力、交渉力の格差が、消費者と事業者との間
で締結される契約である消費者契約のトラブルの背景になっていることから、消費者保護の
ために、消費者契約に係る意思表示の取り消しについて民法の要件の緩和を図るとともに、
その抽象的な要件を具体化、客観化したものです。これにより、事業者の不当な勧誘によっ
て締結した契約から消費者が離脱することを容易にするとともに、消費者の立証負担が軽減
されました6。
さらに、同法は2006年(平成18年)に改正され、消費者団体による差止請求訴訟制度が導
入されました(施行は、2007年(平成19年)6月7日)
。改正前は、各消費者が同法の規定に
3、 4、 5 『自由と正義』2009年8月号・11頁
6 2009年(平成12年)4月14日衆議院商工委員会における堺屋太一経済企画庁長官(当時)の答弁
2012 士業最前線レポート 弁護士編
9
弁護士
基づき契約の取消しまたは無効を主張しその被害の救済を個別的・事後的に図ることはでき
ても、同種の被害の広がりを防止することには限界がありました。そこで、改正法では、内
閣総理大臣の認定を受けた適格消費者団体が、同法に規定する不当な勧誘行為または不当な
契約条項の使用について、事業者等に対して差止請求をすることができることとしたのです7。
イ 全国の消費生活センターおよび独立行政法人国民生活センターに寄せられた相談件数は、
全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO−NET)に集計されたもので、架空請求の
相談件数を除いて、消費者契約法施行前の平成12年度には53万件であったのが、平成16年度
には124万件と倍以上に急増しています。その後、相談件数は減少しているものの、2010年度
は87万1033件と依然として高水準になっています8。
資料:消費生活相談の年度別総件数の推移
年 度
架空請求(件数)
架空請求以外(件数)
合計(件数)
2000 年
15,071
532,067
547,138
2001 年
17,308
638,591
655,899
2002 年
75,750
797,915
873,665
2003 年
483,305
1,026,582
1,509,887
2004 年
675,676
1,243,998
1,919,674
2005 年
266,851
1,035,946
1,302,797
2006 年
177,948
934,962
1,112,910
2007 年
124,565
926,243
1,050,808
2008 年
99,267
851,211
950,478
2009 年
61,236
840,742
901,978
2010 年
23,307
871,033
894,340
(件数)
2,500,000
1,919,674
2,000,000
1,509,887
1,500,000
1,302,797
1,112,910
1,050,808
1,000,000
873,665
547,138
950,478
901,978 894,340
655,899
500,000
0
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010 (年度)
(注)相談件数は2011年7月31日現在
(注)架空請求の件数は平成12年度以降集計している。
(注)2009年度より集計方法を変更している。
出典)独立行政法人 国民生活相談 HP PIO−NETによせられた相談件数の推移
http://www.kokusen.go.jp/soudan_topics/data/mutenpo.html
http://www.kokusen.go.jp/soudan_topics/data/kakuseikyu.html
2009年度のPIO−NETにみる消費生活相談の概要
2010年度のPIO−NETにみる消費生活相談の概要
7 「消費者契約法の評価および論点の見当等について(平成19年8月)
」(国民生活審議会消費者政策部会消費者規約法評価検討委員会)・31頁
8 「2010年度のPIO−NETにみる消費生活相談の概要」
10
2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
ウ さらに、2009年(平成21年)5月には、消費者庁関連3法(①消費者庁および消費者委員
会設置法、②消費者庁および消費者委員会設置法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律、
③消費者安全法)が成立し、同年9月1日に、消費者庁および消費者委員会が発足しました。
消費者庁および消費者委員会が設置された理由は、消費者基本法2条の消費者の権利の尊
重およびその自立の支援その他の基本理念にのっとり、消費者が安心して安全で豊かな消費
生活を営むことができる社会の実現に向けて、消費者の利益の擁護および増進、商品および
役務の消費者による自主的かつ合理的な選択の確保ならびに消費生活に密接に関連する物資
の品質の表示に関する事務を一体的に行わせる点にあります9。
消費者委員会は、2009年9月∼2011年8月までの2年間が第1次でしたが、その10名の委
員のうち2名が弁護士でした10。
消費者契約法は、消費者契約一般の民事ルールを定めるものとして機能してきましたが、
今後、消費者団体訴訟制度の定着などに伴い、消費者が企業を訴えていくケースは今後も増
加していくものと予想されます。もともと、2008年(平成20年)2月15日に、日本弁護士連
合会(以下、日弁連)が「
『消費者庁』の創設を求める意見書」を出しており11、消費者問題
への弁護士のかかわり、弁護士の活躍の場は、今後ますます増大していくものと思われます。
弁護士が消費者問題にかかわる典型的な場面としては、消費者金融やクレジットカード等
で多額の借金を背負ってしまった人、いわゆる多重債務者の救済があります。利息制限法を
超過した貸付がされていることが一般的であるので、超過利息分の支払について、貸金業者
に対して過払い金返還請求をすることができます。この請求の代理人として、弁護士や司法
書士がかかわることが多く、過払い金(超過利息)を取り戻すことによって、借金を帳消し
にするだけでなく、生活再建のためのお金を手に入れることもできます。
多重債務者問題の他にも、リスクの高い金融商品を不当な勧誘のもとに購入してしまった
り、判断能力の低下した高齢者が高額なリフォーム契約や介護施設への入居契約を締結して
しまったり、といった消費者被害の救済には、国民生活センター等の行政機関との連携の下、
弁護士が活躍しています。
最近では、食品の表示に偽装があったり、異物混入があったり、という事件が頻発し、
「食
の安全」が消費者の関心を集めています。また、電化製品の欠陥が原因で、火災やガス中毒
などの重大な事故が起き、人命が失われるケースも起きています。消費者が、このような問
題に敏感になっていることから、企業側も、偽装表示や製品の欠陥に対して、迅速かつ真摯
に対処する必要が生じています。第三者委員会の中心メンバーとなって原因究明を行ったり、
商品回収・被害者への賠償の進め方を企業へ具体的にアドバイスしたり、といった役割を担
う弁護士も増えてきています。
⒞ 高齢者向け法律サービス
ア はじめに
2012年1月時点で、わが国の高齢化率(65歳以上の高齢者が人口に占める割合)は、総人
口の23パーセントとなっており、今後もさらに増加することが予想されています。このような
急速な高齢化社会において、高齢者は様々な不安を抱えて暮らしています。例えば、痴呆症
9 「消費者庁関連3法のポイントについて」
(消費者行政推進会議資料)
10 第1次消費者委員会の委員は、①池田弘一(アサヒビール株式会社相談役)、②川戸惠子(ジャーナリスト)、③櫻井敬子(学習院大学法学
部教授)
、④佐野真理子(主婦連合会事務局長)
、⑤下谷内冨士子(社団法人全国消費生活相談員協会顧問)
、⑥田島眞(実践女子大学生活
科学部教授)
、⑦中村雅人(弁護士)
、⑧日和佐信子(雪印メグミルク株式会社社外取締役)
、⑨松本恒雄(一橋大学法科大学院長・一橋大
学大学院法学研究科教授)、⑩山口広(弁護士)の10名でした(http://www.cao.go.jp/consumer/history/01/meibo/)。
11 日本弁護士連合会ホームページ(http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/080215.html)
2012 士業最前線レポート 弁護士編
11
弁護士
に罹って正常な判断ができなくなったらどうするか、子供に残したい財産をどのようにして守
るか、詐欺的商法に騙されたりしないか、重い病気になったらどうするか等々の不安です。
また、高齢者に対しては家族からの虐待が起きる場合もあります。
このような不安を取り除き、高齢者が安心して暮らすためには、医療や福祉などの支援や
地域住民の支え合いはもちろん、その判断能力を補い、高齢者を犯罪(詐欺や暴力)
、リスク
から守るための、弁護士による法的支援が欠かせないものとなっています。
イ 高齢者に関する法的問題と支援の現状
高齢化社会に伴って、高齢者の法的問題は急速に増加しています。各地の弁護士と弁護士
会により法的支援として様々な取り組みがなされています。
まず、高齢者には財産管理や財産承継の問題があります。高齢者の財産の適切な管理や、
生前の意志を尊重した財産承継(相続)の実現をどのように図るかという問題です。この問
題に対しては、成年後見制度の申立支援や、弁護士が後見人となって財産管理だけでなく生
活全般を見通した判断能力を支援する取り組みがなされています。また、2008年4月には、
「特
定非営利活動法人 遺言・相続リーガルネットワーク」が設立されました12。このNPO法人は、
弁護士による適正な遺言・相続実施のため、遺言・相続問題を抱える市民に弁護士を無償で
紹介することや、遺言等の分野に精通している弁護士を養成することを目的として活動して
おり、今後のさらなる活躍が期待されています。
資料:法定後見・保佐・補助における弁護士の関与状況
総件数
配偶者、親、子、兄弟姉妹 弁護士が成年後見人・ 司法書士が成年後見人・
等の親族が成年後見人・保 保佐人・補助人になっ 保佐人・補助人になっ
佐人・補助人になった件数 た件数
た件数
2008 年1∼12 月
24,964 件
17,100 件(68.5%)
2,265 件(9.1%)
2,837 件(11.4%)
2009 年1∼12 月
25,808 件
16,389 件(63.5%)
2,358 件(9.1%)
3,517 件(13.6%)
2010 年1∼12 月
28,606 件
16,758 件(58.6%)
2,918 件(10.2%)
4,460 件(15.6%)
出典)最高裁HP「成年後見関係事件の概況」
※ 後見開始、保佐開始、補助開始の総件数は増加しているが、家族が保護者(後見人等)に就任す
ることは減ってきている。その代わり、弁護士・司法書士が保護者となる件数が増えており、特に、
司法書士の就任数の増加が顕著である。
次に、高齢者をターゲットにした消費者被害の問題があります。これは、健康や孤独につ
いて不安をかかえる高齢者が言葉巧みに付け込まれ不要な商品を売りつけられる等の問題で
す。この問題に対しては、弁護士会が消費生活センターなどと連携し、各種消費者法に基づ
く救済、民法の意思無能力に基づく無効主張などの被害救済と、被害予防のための取り組み
を展開しています。
また、高齢者に対しては虐待の問題もあります。厚生労働省の調査によると、市町村に寄
せられた虐待の相談・通報件数は年々増加しており、高齢者に対する虐待は深刻な問題とな
っています。この問題に対して、日弁連は、日本社会福祉士会と共同で「高齢者虐待対応専
門職チーム」を結成しています。2010年8月現在、
「専門職チーム」は全国35の弁護士会で活
動しており、市町村の虐待対応担当者に対してアドバイスすることを通じて、担当職員のス
キルアップを図るとともに、困難事例について適切・迅速な対応ができるよう取り組みをし
12 『自由と正義』2011年4月号・37頁
12
2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
ています13。また、虐待についての対応方法・判断基準が不明確な点など、未だ課題が多い高
齢者虐待防止法の改正に関する提言も行っています。
さらに、高齢者の介護トラブルや介護事故についての問題があります。介護については措
置から契約へと転換したため、介護トラブル・事故は、事業者と利用者との間の介護サービ
ス契約の安全配慮義務違反として追及されることになります。紛争や訴訟が起きた場合の、
利用者・事業者双方への適切な法的助言や、裁判事例の積み重ねによる介護サービス提供水
準の確立も重要な課題として各地で取り組まれています。
そして、日弁連はこれらの問題についてトータルに支援するため、2009年6月に高齢社会
対策本部を設置し、モデル事業を実施するなどして、全国の都道府県で、高齢者の電話相談・
出張相談に応じることのできる態勢作りを進めています14。これらの取り組みの現状からする
と、高齢者向け法的支援の分野において弁護士・弁護士会に期待されているのは、①高齢者
のための法的アクセスの保障、②高齢者の日常生活上のリスクへの法的支援、③当事者の自
己決定等の力を尊重し判断能力の支援をする活動、④福祉サービスにおける基準等の確立な
どが挙げられます。
ウ 弁護士に求められるもの
このような期待に応えるためには、各課題についての専門的な知識や経験を弁護士(会)
が蓄積することが求められます。さらに、それだけでなく弁護士としては、このような高齢者
向け法的支援の特性に配慮した基本姿勢が重要になってきます。
まず、高齢者の法的な問題には、生活全般に対する不安やリスクへの総合的な対応が必要
なので、生活をトータルに捉えて支援するという姿勢が重要です。また、一般的な弁護士の
法的問題への対応は、既に発生したトラブルを事後的に解決するための一時的、危機回避的
な関わり方が多いのに対し、高齢者への法的支援は、その後の生活上の不安やリスクも見通
した長期的な視点での助言や支援が必要となります。そこで、高齢者への法的支援では、継
続的な支援をするという姿勢が重要となります。
さらに、このようなトータルかつ継続的な支援を実現するためには、必然的に法的支援以外の
様々な支援が必要です。そこで、地域の福祉機関や医療機関などの他の専門機関と連携し、適
切な役割分担をはかって、協働して支援していくスタイルを確立することも重要となってきます。
そもそも、法的支援の対象となる高齢者は、身体的に歩行が困難で事務所へ足を運びにく
いことや、判断能力の衰えから法的問題と気付かないこと、自分が悪いと思い込み簡単に諦
めてしまうことなどにより弁護士へのアクセスが容易ではありません。したがって、これらア
クセス障害を除去して、法的支援を必要とする高齢者に支援を届けるため、出張相談などで
フットワークを軽くすることや、無料電話相談を実施して敷居を低くすることなど様々な工夫
をすることが必要となります。弁護士が積極的に高齢者向け法的支援に取り組んでいること
を知らせるために、出版物やホームページなどの広告媒体を活用することも大切です。
エ まとめ
以上のように、わが国の高齢者の状況と今後の推移に照らすと、様々な法的問題に直面す
る高齢者が「人生100年」時代を安心して暮らすためには、法的支援が欠かせない支援の一つ
となっており、この高齢者向け法的支援に対する弁護士・弁護士会の積極的な取り組みと能
力の研鑽は、今後ますます求められることになります。
急速な高齢化社会において、高齢者が最後まで自分らしい人生を全うできるように、総合
13 『自由と正義』2011年4月号・29頁
14 『自由と正義』2011年4月号・13頁
2012 士業最前線レポート 弁護士編
13
弁護士
的な法的支援を行うことは、現代の社会において弁護士・弁護士会に課せられた社会的使命
であるといえます。
⑵ 刑事事件
⒜ 裁判員裁判
ア 2004年(平成16年)に裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下、
「裁判員法」
)が制
定され、2009年(平成21年)5月1日から施行されています。
裁判員制度は、司法制度改革の中心となる柱であり、広く国民が刑事裁判に参加すること
により、その視点や感覚が裁判に反映され、裁判が迅速で分かりやすいものとなるように導
入されました15。裁判員制度では、国民から選ばれた裁判員と裁判官が、一緒に刑事裁判に参
加し、被告人の有罪・無罪と有罪の場合の刑の内容を決める制度です。原則として、裁判員
は6人、裁判官は3人です(裁判員法2条2項)
。
イ 制度施行から2012年4月末までの約3年間で、延べ5,222人の被告人が裁判員制度の対象事
件となり、そのうち、判決、決定、その他で終局した被告人の員数は、3,770人(うち3,660人
が有罪)となっています。そして、2万1298人が裁判員に選任され、裁判員候補者としては
延べ32万1378人が選定されました16。
平均の職務従事日数(裁判員が、選任手続・公判・評議及び判決宣告等のために裁判所に
出席した日数の合計。審理等が行われなかった日や土日祝日は含まない)は、4.7日と集中審
理が実施されています17。
資料:選任手続の概況
選定された裁判員候補者の総数(a)
321,378 人
選任手続期日に出席した裁判員候補者の数
112,623 人
辞退が認められた裁判員候補者の総数(b)
183,206 人
辞退が認められた裁判員候補者の割合(%)
(b/a)
57.0%
(注)
刑事通常第一審事件票による延べ人員であり、速報値である。
出典)裁判員裁判の実施状況について(制度施行∼平成24年4月末・速報)
15 平成21年5月1日麻生太郎内閣総理大臣(当時)の談話
16 「裁判員裁判の実施状況について(制度施行∼平成24年4月末・速報)」(http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/09_12_05-10jissi_
jyoukyou/h24_4_sokuhou.pdf)
17 「裁判員裁判の実施状況について(制度施行∼平成24年4月末・速報)」(http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/09_12_05-10jissi_
jyoukyou/h24_4_sokuhou.pdf)
14
2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
資料:実審理期間(第1回公判から終局まで)別の判決人員の分布(自白否認別)
実審理期間
判決人員
2日
3日
4日
5日
10 日以内 20 日以内 1月以内 6月以内 6月超える
総数
3,690
62
1,061
903
398
890
226
36
44
70
自白
2,249
60
948
633
195
328
24
4
15
42
否認
1,441
2
113
270
203
562
202
32
29
28
(注)1 刑事通常第一審事件票による実人員である。
2 実審理期間が1月を超える枠内の114人は、区分審理を行ったもの及び裁判員裁判対象事件以外の事件について第1回公判を開
いた後、裁判員の参加する合議隊で審理されて終局したものである。
3 判決人員には少年法55条による家裁移送決定があったものを含み、裁判員が参加する合議体で審理が行われずに公訴棄却判決が
あったものを含まない。
4 裁判員法3条1項の除外決定があったものを除く。
5 速報値である。
出典)裁判員裁判の実施状況について(制度施行∼平成24年4月末・速報)
ウ これまでの刑事裁判は、供述調書が証拠の中心となり、裁判官が裁判官室で供述調書を読
んで心証を形成していました。しかし、裁判員制度の場合、裁判員が裁判官室で供述調書を
読むことは想定されておらず、証人尋問など法廷内でのやり取りのみによって、心証が形成
されます。
そのため、裁判員裁判においては、特に冒頭陳述や弁論では、書面を読み上げる方法では
なく、プレゼンテーションソフトを利用したり、アイコンタクトを取りながら直接裁判員に語
りかけたりする方法を採るなど、各弁護人がさまざまな工夫をしています18。検察官の方でも、
パワーポイントで視覚的に主張を説明したり、供述調書の内容を見せたり、といった工夫を
重ねています。弁護人としては、検察官に負けないよう、日々、努力を続けています。
また、裁判員制度対象事件は、必ず公判前整理手続きに付されることとなっており(裁判
員法49条)
、被告人に弁護人がなければ公判前整理手続きを行うことはできません(刑事訴訟
法316条の4第1項)
。
そして、公判前整理手続きにおいて、事件の争点および証拠が整理される(刑事訴訟法316
条の2第1項)ので、弁護人としては、上述した公判における工夫をする前の公判前整理手続
きにおける弁護活動も大変重要な活動となります。この公判前整理手続きがあるため、裁判
員制度対象事件の平均の審理期間(受理から終局まで)は、8.5ヶ月となっています19。
資料:審理期間(受理から終局まで)別の判決人員の分布及び平均審理期間(自白否認別)
判決人員
審理期間
3月以内 4月以内 5月以内 6月以内 9月以内 1年以内 1年を超える
平均審理期間
総数
3,690
21
227
497
625
1304
565
451
8.5 月
自白
2,249
21
205
409
468
810
230
106
7.2 月
否認
1,441
−
22
88
157
494
335
345
10.5 月
(注)1 刑事通常第一審事件票による実人員である。
2 判決人員には少年法55条による家裁移送決定があったものを含み、裁判員が参加する合議体で審理が行われずに公訴棄却判決が
あったものを含まない。
3 裁判員法3条1項の除外決定があったものを除く。
4 速報値である。
出典)
「裁判員裁判の実施状況について(制度施行∼平成24年4月末・速報)
」
18 『LIBRA』
2010年5月号・4頁
19 「裁判員裁判の実施状況について(制度施行∼平成24年4月末・速報)」(http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/09_12_05-10jissi_
jyoukyou/h24_4_sokuhou.pdf)
2012 士業最前線レポート 弁護士編
15
弁護士
エ 公判前整理手続きの導入によって、審理期間は短くなっていますが、最近では、被害者が
複数人にわたるために審理期間が長期化し、裁判員の負担(時間的拘束)が重くなってしま
う事例も出ています。例えば、2010年(平成22年)11月2日に鹿児島地方裁判所において初
公判が開かれた強盗殺人事件では、被告人が否認をしていたため、審理期間が長くなり、判
決言い渡しの予定日が12月10日と設定されました。裁判員に選ばれた人は、11月1日の選任
から40日間もの間、拘束されることになります。さらに、被告人が否認をしており、自白や目
撃証言などの直接証拠が存在せず、状況証拠のみしかない状況で、有罪(死刑)か無罪かを
決定する、という重い判断を一般市民が迫られることの問題点も指摘されています。この鹿
児島の事件では、検察側から死刑が求刑されたのに対し、無罪判決が下されました。
なお、これに先立つ、11月16日の横浜地方裁判所では、裁判員裁判における初の死刑判決
が下されています。職業裁判官ですら、死刑判決を下すことに精神的なストレスを感じると
言われており、死刑判決を下した裁判員の心のケアが必要ではないか、という意見も出てい
ます。
オ ここで、実際に裁判員裁判を経験した弁護士から、裁判員裁判事件の一例を紹介してもら
います。
⑴ 罪名は強盗致傷、被告人は40歳後半のホームレスの男性です。
事案は、被告人が、スーパーの商品が保管されている場所からパンを複数個窃取した上、
それに気が付いて被告人を逮捕しようとした被害者に対し、逮捕を免れるために、顔面を
多数回殴るなどし、被害者に全治約30日間を要する傷害を負わせたという内容です。検察
官の主張する事実と、弁護人の主張する事実に大きな相違点はなく、争点は、専ら情状及
び量刑という事件です。
⑵ 裁判員裁判では、裁判員が参加する公判期日より前に、事件の争点及び証拠を整理する
ための公判準備として、公判前整理手続が行われます(刑事訴訟法316条の2第1項、裁判
員法49条)
。公判前整理手続期日以外にも、打合せ(刑事訴訟規則178条の10)期日が開か
れることもあります。この事案においても、起訴後、約3ヶ月の間に、打合せ期日や公判
前整理手続期日が開かれ、次のようなことが行われました。
まず、検察官から、証明予定事実の提示がなされ、証拠調べ請求がなされました(刑事
訴訟法316条の13)
。また、弁護人からの開示の請求により、検察官から類型証拠開示がな
されました(刑事訴訟法316条の15)
。弁護人は、検察官請求証拠に対して、刑事訴訟法
326条の同意の有無等に関する意見を表明し(刑事訴訟法316条の16)
、弁護人による主張
の明示及び証拠調べ請求を行いました(刑事訴訟法316条の17)
。そして、弁護人請求証拠
に対して検察官の意見が表明されました(刑事訴訟法316条の19)
。
証拠の厳選(刑事訴訟規則198条の2)も行われます。検察官は、証拠請求した書証につ
いて、分量を圧縮した書証を作成した上で、証拠請求をしました。検察官は、圧縮前の書
証については請求を撤回し、裁判所は、弁護人の証拠意見を聴いて、圧縮後の請求証拠を
証拠調べする旨の決定をしました。
審理予定についても、詳細に決められ、公判の準備が整いました。
⑶ 裁判員裁判では公判期日の前に、裁判員の選任がなされます。裁判員の数は、原則、6
人です(裁判員法2条2項)
。この事案においても、6人の裁判員(男性3人、女性3人)
と2人の補充裁判員(男性2人)が選任されました。
⑷ この事案では、以下のように審理が進みました。
1日目に、冒頭手続、冒頭陳述、検察官立証のための証拠書類等の取調べ及び被告人質
問が行われました。2日目には、検察官立証のための証拠書類等の取調べ、弁護人が提出
16
2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
した証拠書類の取調べ、弁護人による被告人質問、論告求刑、弁論、及び被告人の最終陳
述が行われました。この事案では、論告の前に、被害者の意見陳述(刑事訴訟法292条の2)
がなされました。
裁判員裁判においては、検察官、弁護人の双方が、裁判員ひいては国民にとって理解し
やすい裁判を行うために工夫をしています。前述した証拠の厳選(刑事訴訟規則198条の2)
もなされ、証拠調手続においても工夫がなされています。例えば、この事案において、検
察官は、証拠書類等の取調べの際に、プレゼンテーションソフトを使って作成した画面を
裁判員に見せながら説明をしました。
被告人質問では、裁判員全員から積極的に質問がなされました。そして、裁判官と裁判
員の評議が、2日目の最終陳述後の時間及び3日目に行われ、3日目の夕方に判決宣告期
日が開かれました。
判決は懲役5年の実刑判決でした。
⒝ 被疑者国選制度
ア 2004年(平成16年)
、裁判員法の制定と同時に刑事訴訟法が改正され、被疑者国選制度が
導入されました。まず、2006年(平成18年)10月2日から、死刑または無期もしくは短期1
年以上の懲役もしくは禁固に当たる事件が被疑者国選制度の対象となりました。次に、2009
年(平成21年)5月21日から、死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役もしくは禁固
に当たる事件が対象となりました。
被疑者国選制度は、刑事裁判の充実および迅速化を図る刑事司法の改革の一環として、導
入されました20。改正前も、
「被告人」には国選弁護がありましたが、起訴前の「被疑者」に
は国選弁護制度がありませんでした。しかし、
「被疑者」段階で弁護人がなく、たった一人で
警察の取調べを受けると、刑事手続きの内容や自分自身の権利を理解できないばかりでなく、
不本意な供述調書に署名押印をさせられたり、被害者との示談交渉を行うことができないな
ど、さまざまな不利益が生じてしまいます。そこで、日本弁護士連合会は長年にわたって被
疑者段階の国選弁護制度の重要性を訴えてきました21。そのような努力もあって、被疑者国選
制度が導入されたのです。
イ 日本司法支援センター(法テラス)が受任した被疑者国選弁護事件は、2009年(平成21年)
5月に対象が拡大される前の1年間(平成20年5月∼平成21年4月)の合計が7,452件であっ
たのに対し、対象事件拡大後の1年間(平成21年5月∼平成22年4月)は合計67,142件と、
約9倍になっています22。2011年1月に国選弁護人契約弁護士は1万8000名を突破しました。
ウ 刑法犯の認知件数は、2002年(平成14年)に369万件を記録したあと、減少傾向にありま
すが、2010年においても約227万件と依然として高水準にあります23。
今後も、刑法犯が急激に減少することは考えにくいので、被疑者段階にも広がった国選弁
護事件において、弁護士が果たすべき役割はより一層重要なものとなっていきます。
20
21
22
23
平成16年4月2日衆議院法務委員会における野沢太三法務大臣(当時)の趣旨説明
http://www.nichibenren.or.jp/ja/judical_reform/public_advocacy.html
日本司法支援センター(法テラス)プレスリリース(平成22年5月20日)
平成23年版犯罪白書
2012 士業最前線レポート 弁護士編
17
弁護士
資料:簡易裁判所における刑事弁護人選任状況(被疑者段階から)
年
事件総数
[終局総人員]
(人)
被疑者段階から弁護人の
付いた被告人数
人数(人)
割合
弁護人選任状況(被疑者段階から)
私選弁護人の付いた被告人
人数(人)
割合
国選弁護人の付いた被告人
人数(人)
割合
2007
11,482
992
8.6%
465
4.0%
419
3.6%
2008
10,632
686
6.5%
495
4.7%
63
0.6%
2009
10,715
3,660
34.2%
531
5.0%
2,974
27.8%
2010
9,876
6,345
64.2%
278
2.8%
6,025
61.0%
(注)1 数値は、
『司法統計年報(刑事編)
』
「通常第一審事件の終局総人員-弁護関係別-地方裁判所内全簡易裁判所別」によるもの。
2 「終局総人員」とは、当該年度に終局裁判等(判決、終局決定、正式裁判請求の取下げ等)により終了した事件の実人員数である。
3 私選及び国選弁護人の付いた被告人の割合は、終局総人員に対する割合である。
出典)
『弁護士白書2011年版』123頁
資料:地方裁判所における刑事弁護人選任状況(被疑者段階から)
年
事件総数
[終局総人員]
(人)
被疑者段階から弁護人の
付いた被告人数
弁護人選任状況(被疑者段階から)
私選弁護人の付いた被告人
国選弁護人の付いた被告人
人数(人)
割合
人数(人)
割合
人数(人)
割合
2007
70,610
15,928
22.6%
9,891
14.0%
5,227
7.4%
2008
67,644
14,920
22.1%
10,096
14.9%
3,964
5.9%
2009
65,875
26,832
40.7%
9,860
15.0%
16,108
24.5%
2010
62,840
40,329
64.2%
7,390
11.8%
32,465
51.7%
(注)1 数値は、
『司法統計年報(刑事編)
』
「通常第一審事件の終局総人員-弁護関係別-地方裁判所内全地方裁判所別」によるもの。
2 「終局総人員」とは、当該年度に終局裁判等(判決、終局決定、正式裁判請求の取下げ等)により終了した事件の実人員数である。
3 私選及び国選弁護人の付いた被告人の割合は、終局総人員に対する割合である。
出典)
『弁護士白書2011年版』122頁
資料:被疑者国選弁護事件の指名通知件数
2008 年5月∼2009 年4月
2009 年5月∼2010 年4月
5月
700
3,323
6月
652
6,742
7月
619
5,913
8月
546
5,249
9月
579
5,597
10 月
728
7,246
11 月
639
6,343
12 月
537
4,487
1月
632
5,296
2月
643
5,697
3月
583
5,367
4月
594
5,882
7,452
67,142
合 計
出典)日本司法支援センター(法テラス)プレスリリース(2010年5月20日)
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2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
⒞ 被害者参加制度
ア 2007年(平成19年)6月に、刑事訴訟法が改正され被害者参加制度が導入されました(施
行は2008年(平成20年)12月1日)
。被害者参加制度は、一定の犯罪の被害者等が、裁判所
の決定により、公判期日に出席し、被告人に対する質問を直接行うことなどができる制度で
す(刑事訴訟法316条の33以下)
。
2004年(平成16年)12月に成立した犯罪被害者等基本法を受けて、2005年(平成17年)12
月に閣議決定された犯罪被害者等基本計画において、
「今後講じていく施策」として、
「犯罪
被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる制度の検討および施策の実施」が定められ
ていました。そこで、この犯罪被害者等基本計画を踏まえ、犯罪被害者等の権利利益の一層
の保護を図るため、被害者参加制度が導入されたのです24。
また、犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続きに付随する措置に関する法
律(犯罪被害者等保護法)および総合法律支援法の改正により、被害者等は、この制度に基
づき事件手続きへの参加を弁護士に委託する場合には、資力に応じて国選被害者参加弁護士
の選定を請求することもできます。
イ 2008年12月に被害者参加制度がスタートして、2010年5月までの約1年半で、被害者等か
らの申出がなされた件数は、867件1,445名にのぼり、被害者参加許可決定がなされたのは、
847件1,375名です25。
ウ 被害者参加人が、検察官の権限行使に対して意見を述べたり(刑事訴訟法316条の35)
、証
人を尋問したり(同法316条の36)
、被告人に質問を発したり(同法316条の37)
、事実または
法律の適用について意見を陳述したりする(同法316条の38)には、法律専門家である弁護士
のサポートが重要です。
「もとより、犯罪等による被害について第一義的責任を負うのは、加害者である。しかしな
がら、犯罪等を抑止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有する我々もまた、
犯罪被害者等の声に耳を傾けなければならない」
(犯罪被害者等基本法前文)という考えから、
犯罪被害者参加制度は設けられ、
「国、地方公共団体、日本司法支援センター……その他の関
係する者は、犯罪被害者等のための施策が円滑に実施されるよう、相互に連携を図りながら
協力しなければならない」
(同法7条)とされています。
今後とも、
「安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有する我々」の一人として、
また「日本司法支援センター……その他の関係する者」の一人として弁護士が、被害者参加
制度において重要な役割を果たしていくことが期待されます。
エ 日本では、現在のところ、犯罪被害に遭った被害者がその被害に対して国から補償を受け
ることのできる一般的制度は存在しません。
「犯罪被害者等給付金の支給による犯罪被害者等
の支援に関する法律」による金銭補償の制度は存在しますが、これは、故意に生命・身体を
侵害された被害者ないし遺族に対して支給されるものであり、すべての犯罪被害者が対象と
なるものではありません。犯罪被害者が広く一般的に金銭的な補償を受けることができるよ
う、国が何らかの制度を作るべき、という意見が主張されています。
自動車事故の場合には、被害者は原則として強制加入の保険(自動車損害賠償責任保険に
よって救済を受けられますし、仮に、加害車両が無保険であっても、国が自賠責保険の支払
基準に準じた賠償額を被害者に支払うという制度が自動車損害賠償保障法によって定められ
ています。このような仕組みと同じように、犯罪被害者を広く救済するための保険制度や補
24 平成19年5月23日衆議院法務委員会における長勢甚遠法務大臣(当時)の趣旨説明
25 平成23年版犯罪被害者白書
2012 士業最前線レポート 弁護士編
19
弁護士
償制度を構築すべき、という意見です。
保険・補償制度が整備されれば、交通事故の事件解決と同様に、弁護士が被害者の代理人
となって金銭的な補償を受けることができるように活動することが可能となります。
⒟ 取調べの可視化
ア 取調べの可視化が求められる理由
取調べの可視化とは、取調べの全過程の録音、録画を指します。取調べの可視化が求めら
れる最大の理由は、密室での取調べによって虚偽の供述調書が作成されてしまい、これによ
って冤罪事件が発生することを防ぐためです。近年だけでも、自白強要によって作成された
虚偽の供述調書による冤罪事件として、志布志事件、氷見事件、足利事件、厚生労働省元局
長無罪事件、布川事件等があります。
虚偽の供述調書が作成される最大の原因は、
「密室での取調べ」です。密室での取調べでは、
捜査官による暴言、誘導による自白強要が行われやすくなります。自白調書が裁判によって
重要な意味を持つこと、そして、取調べの過程が客観的に検証されないことで助長されるの
です。
したがって、取調べの可視化は、
「密室での取調べ」を第三者によっていつでも検証が可能
な状態に置き、捜査官の不当・違法な取調べによる虚偽の自白を防止する極めて有効な手段
となるのです。
イ 取調べの可視化実現へ向けた日弁連の動き26
日弁連は、2003年8月に取調べの可視化実現ワーキンググループを設置して、可視化問題へ
の対応を開始しました。そして、2004年6月、可視化実現運動を全国展開するために取調べの
可視化実現委員会に改組しました。さらに、2006年4月には、日弁連会長を本部長として取調
べの可視化実現本部を立ち上げました(本部長代行は、
2012年7月現在、
田中敏夫弁護士です)
。
日弁連は、この間、2003年の段階で取調べの可視化を織り込んだ刑事訴訟法の改正案を公
表し、取調べの可視化を求める意見書を関係各機関に送り、人権擁護大会や、2011年5月の
定期総会でも決議(第62回定期総会「取調べの可視化を実現し刑事司法の抜本的改革を求め
る決議」
)をしています。
取調べの可視化には、法改正が必要ですので、各党の国会議員に取調べの可視化に向けた
要請を幾度となく行ってきました。さらに、世論を盛り上げることによって国会に反映させる
署名運動を実行してきました。2008年2月から全国で署名運動を実施し、2009年3月末には
約112万人もの署名を集めることに成功し、それを同年5月に衆議院に提出しました。この他、
世論を盛り上げるため、集会やマスコミ各社の論説・編集委員そして司法関係記者との懇談
会はもちろんのこと、個別の記者への説明、説得活動等を行っています。
日弁連では、アメリカ、イギリス、オーストラリア、イタリア、韓国、台湾、香港等に調査
のための訪問も行っています。イギリスでは、1980年代から、警察署での取調べの録音が実
施され、現在では録画が行われています。オーストラリアでも1990年代初頭から実施されて
おり、アメリカでもいくつかの州で取調べの可視化が実現しています。アジアにおいても、韓
国(2008年1月から)
、台湾(1998年から)
、香港(1995年頃から)において可視化が実現し
ており、取調べの可視化は世界の潮流となっています。
また、刑事弁護の現場での取り組みも行っています。会員(弁護士)に対して、被疑者ノ
ートと取調べの可視化申入書の活用を訴えました。この結果、
被疑者ノートは全国的に普及し、
26 LIBRA 2011年3月号・7頁『今こそ、取調べの可視化(取調べ全過程の録画)の実現を』
「Ⅱ取調べの可視化実現にむけての活動」
20
2012 士業最前線レポート 弁護士編
第
1 章 弁護士の業務の広がり
裁判官の自白に対する評価に影響を与えた判決も生まれています。
ウ 取調べの可視化実現へ向けた政府の動き
法務省は、2010年6月に発表した省内勉強会の「中間とりまとめ」で、取調べの全過程の
録画に後ろ向きの姿勢を示しました。しかし、
同年9月の厚生労働省元局長無罪事件を受けて、
法務省内に「検察の在り方検討会議」が設置されるに至りました。
警察庁においては、2010年1月、国家公安委員長の下に「捜査手法、取調べの高度化を図
るための研究会」が設置されました。
国会では、民主党の中の有志議員によって設置された「取調べの全面可視化を実現する議
員連盟」が、検察官認知・直受事件=特捜案件について可視化の先行法制化を求めて精力的
に活動しています。
2011年4月から8月にかけて、江田五月法務大臣(当時)が、最高検察庁に対して、取調
べの録画を拡大する試行を実施するよう指示を出しました。具体的には、4月に、特捜部・
特別刑事部が被疑者を逮捕した事件については、取調べの全過程の録画・録音を試行の対象
とするよう指示が出されました。また、8月には、裁判員裁判対象事件について、原則とし
てすべて録画を行なうよう指示が出されました。裁判員裁判対象事件について、従来の取り
扱いは、自白がある場合に、取調べの最終段階で作成した調書を確認してレビューする場面
を録画する方式が一般でしたが、否認の場合であっても、検察官が被疑者へ弁解をさせる場
面等を録画することとなりました。
エ 市民との連携
取調べの可視化の問題は、法曹三者だけの問題ではありません。市民が裁判員裁判に参加
することもありますし、また、市民が被疑者等として取調べを受ける可能性もあります。した
がって、市民の間にも、問題意識を持って取調べの可視化の実現を望む声も多いのです。も
ともと、取調べの可視化の実現に向けて活動を行っていたアムネスティ・インターナショナル
と監獄人権センターといった市民団体に加え、冤罪事件に積極的に取り組んできた日本国民
救援会、人権市民会議といった市民団体が取調べ可視化実現に向けた運動の中核を担うこと
となりました。さらに、足利事件、布川事件、名張毒ぶどう酒事件、志布志事件、袴田事件、
氷見事件、日野町事件、東電OL殺人事件等の冤罪事件の支援団体、国際人権活動日本委員会、
人権と報道・連絡会、フォーラム平和・人権・環境といった市民団体もが呼びかけに応じて運
動に加わることとなりました。
これらの市民団体が中心となって行った最初の取り組みが、2010年12月に弁護士会館クレ
オで行われた市民集会です。この集会には、足利事件の被害者である菅家利和氏や、同事件
の弁護団の澤章氏、元裁判官の木谷明氏等が参加し、400人以上の市民が参加しました。
オ 課題と展望
現在、取調べの可視化の実現に向けた運動に対しては、これを阻止しようとする警察や検
察等の動きがあります。取調べの可視化に反対する意見は概ね、以下のとおりです。
① 録画・録音をしていたのでは、捜査機関と被疑者との間に信頼関係を築くことが困難と
なるとともに、被疑者に供述をためらわせる要因となり、その結果、真相究明が困難にな
ってしまうという意見。
② 暴力団等の組織犯罪において、末端の構成員の被疑者が、組織の実態や首謀者からの指
示状況等を供述するような場合、報復を恐れて供述調書に録取しないように頼んでくること
があるが、取調べが可視化されると、そのような供述が得られなくなってしまうという意見。
2012 士業最前線レポート 弁護士編
21
弁護士
③ 録画をすれば自白が得られなくなり、自白が得られなければ有罪にできなくなってしま
う。すると、有罪にできず、処罰できない事件が増えることによって治安が悪化してしま
うという意見。
④ 交通事件も合わせると、刑事事件は年間約200万件あることから、その全てにおいて取
調べの可視化を行なうのは到底無理であるとの意見。
⑤ 裁判が遅延するのではないかとの意見
しかし、①の意見に対しては、捜査機関と被疑者との間の信頼関係によって自白が得られ
るということ自体、フィクションに過ぎません。いくら、捜査機関が信頼関係を構築して得た
自白であると主張しても、被疑者からすれば、威迫による自白、暴行による自白、誘導によ
る自白であったかもしれないのです。そもそも、被疑者を逮捕・勾留できる権限を持ち、支
配下においた捜査官と、被疑者の間に信頼関係が構築できるかには疑問があるとの反論がな
されます。
また、②の意見につきましては、果たしてそのような者がどれほどいるのか分かりませんし、
仮にそのような者がいた場合には、取調べの可視化を確保しつつ、供述人保護プログラムを
別途実施すればよいのです。③の意見につきましては、取調べの可視化を実施している国に
おいて、可視化の実現により自白が得られにくくなったり、治安が悪化したりした国はないと
反論されます。そして、④の意見につきましても、日弁連は、取調べの全過程の録画・録音
にはこだわるものの、直ちに全ての刑事事件をその対象とするのではなく、例えば裁判員裁
判や少年や外国人、知的障害者といった供述弱者に関する取調べなどから段階的に実施すれ
ば良いと考えていますので、批判は当りません。
⑤につきましても、公判前整理手続等の運用で証拠を厳選できますし、取調べをめぐる争
いがなくなることでかえって審理が円滑に進むと言えるのです。
カ 最近(2012年7月)の動き
7月4日、最高検察庁が「取調べの可視化に関する検証結果」を公表しました。裁判員裁
判となる罪名で起訴された1,005件のうち946件(94%)で取り調べの録音録画(可視化)が
実施され、特捜部・特別刑事部による独自捜査事件でも98件中91件(93%)で録音録画が実
施されました。この検証結果を踏まえて、今後、可視化の対象範囲を広げることと、取調べ
の在り方の検討チームを作って、取り調べる側のルールを示して検察官が自信を持って可視
化の中で取調べをやっていけるようにする、という方向性が検察庁から発表されています。
キ まとめ
以上のように、取調べの可視化は世界の潮流であり、虚偽の供述調書の作成を防ぎ、冤罪
を防ぐために日本においても必要不可欠なものであります。そして、
これに対する反対意見は、
どれもが根拠薄弱であり、この流れをとどめるものではありません。取調べの可視化の議論、
活動が盛り上がっている今こそ、この問題を一人一人が真剣に考える必要があるのです。
22
2012 士業最前線レポート 弁護士編
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