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中国における日本製携帯電話機の進出

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中国における日本製携帯電話機の進出
OICE Discussion Paper Series (ODP)
HZH-07
中国における日本製携帯電話機の進出
朱荟
1.はじめに
日本企業は外資として中国経済の高い経済成長率の実現に大きな役割を果たしたということはまぎれもな
い事実である。とくに、電機、繊維、機械などの分野での直接投資が目覚しく、近年では、パソコンや自動車
などの分野でも活発であると思われている。しかし、通信分野の携帯電話端末市場では、日本企業は欧米企業
に大きく出遅れているし、進出してもなかなか奮わなかった。
今回は、日本経済新聞のニュースを資料として整理し、日本企業の中でいくつかの重要な携帯電話メーカー
が進出した経緯について展望したいと思う。
2.進出の経緯
まず、日本経済新聞の 1994 年~2008 年のニュースをもとづいて、いくつかの携帯電話メーカーの進出経
緯を調査し、次のような表を作った。
会社名
年度
NEC
パナソニック
ポケベル
1992 年
シャープ
光通信システ
会社(南京)
携帯電話
携帯電話の生 市場調査のた
合弁会社(武
産
漢)
1996 年
京セラ
合弁会社(北 ムの生産合弁
京)
1994 年
富士通
めの駐在事務
所
統括会社
独資(北京)
携帯電話
2001 年
合弁会社(貴
陽)
2004 年
中級機の生産
機種の投入)
インフラ整備
2005 年
香港(低価格
携帯電話事業
携帯電話事業 の縮小
の縮小
2006 年
2008 年
1
撤退
撤退
時間不明
低価格機種の
生産
撤退
携帯電話の進
出
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HZH-07
次は、NEC、京セラとシャープに対して、それぞれの進出の状況を分析しよう。
NEC は、1994 年に中国の地元企業中原無線電廠(国有エレクトロニクス)と合弁会社 NEC 中原を設立し
た。GSM 方式の携帯電話端末を生産・販売しており、NEC の英国法人で開発した小型軽量端末を投入して
いた(日本経済新聞 1999/11/29)。中国は 1996 年を初年度とする第九次五カ年計画で、情報通信の振興を
掲げており、NEC はこの政策に沿う形で、半導体や通信機器などの事業の統括会社を北京で設立し、各種機
器の増産などに取り込んだ(日本経済新聞
1996/02/03)。NEC は高級機でブランド浸透に努めてきたが、需
要の六割を占める「本丸」についに乗りくんだ。したがって、2004 年 8 月 24 日に、中国・北京で戦略端末
を発表した。価格は三万円程度の中級機であった(日本経済新聞
2004/08/24)。中国携帯電話市場では、フ
ィンランドのノキアなど世界的な大手や地元企業が猛烈な価格競争を繰り広げて、NEC は 2005 年末に携帯
電話事業を大幅に縮小し、2006 年 4 月に販売店再編や在庫処分などリストラを進めるため、子会社に増資を
実施した(日本経済新聞 2006/04/15)。NEC は出荷拡大を急ぐあまり、在庫が膨らみ過ぎ、2006 年中国から
撤退した(日本経済新聞
2010/05/26)。
京セラは 1994 年から、電子部品事業で新たな国際分業を模索し始めた。急拡大が予想される中国市場への
対応も水面下で進んでいた。電子部品のほか、携帯電話、コンパクトカメラなどで現地生産の可能性を探って
おり、市場調査のための駐在員事務所を開設した(日本経済新聞 1994/07/15)。京セラの西口泰夫社長は 2001
年 9 月 22 日、北京で記者会見し中国の電子部品メーカー、振華集団科技公司と合弁で 10 月に CDMA 方式の
携帯電話機の生産会社を設立すると発表した。合弁会社は「京瓷振華通信設備公司」
(仮称)で、貴陽市に置
いて、事業は携帯端末と関連製品の開発、製造、販売、アフターサービスなどである(日本経済新聞
2001/09/23)。京セラは 2001 年から、カメラや音楽再生機能付きなど高機能型を中心に販売しているが、2005
年度の販売台数は五十万台程度で、シェアは 1%に満たない。そこで京セラは需要の根強い低価格機の投入に
より巻き返しを狙った(日本経済新聞
2006/04/15)。2008 年 1 月 29 日、京セラが中国の携帯電話市場から
撤退すると発表した。これで中国携帯電話市場に進出した日本勢は「全滅」となった(レコードチャイナ
2008/01/30)。
シャープは中国市場に進出する前に、2004 年に欧州で発表した1万~2万円の低価格機種を香港で投入す
る方針を提出した(日本経済新聞
2004/08/24)。シャープの片山幹雄社長は 2008 年 3 月 13 日に、インタビ
ューに応じ、携帯電話機事業で中国市場に参入する方針を明らかにした(日本経済新聞
2008/03/14)。同年
6 月 12 日、携帯電話事業で中国に進出すると発表した。これは 2007 年から液晶テレビ「アクオス」の販売
を本格化しておりブランドイメージの相乗効果が見込めると判断したからである(日本経済新聞
2008/06/12)。シャープは中国の携帯チェーン最大手「迪信通」を通じて販売し、第 1 号機種は 2007 年秋に
国内で発表した「アクオスケータイ」モデルを基に開発した。上海など都市部では三千~四千するフィンラン
ドのノキアや韓国サムスン電子の端末が人気を集めているため、高画素カメラや画質の良さを売りものに高級
機種として売り込む(日本経済新聞
2008/06/12)。
3.おわりに
以上の整理を通じて、日本企業のいくつかの携帯電話メーカーの進出経緯を大まかにまとめた。今回の研究
を通じて、以前述べた日本携帯電話メーカーが中国市場で奮わなかった要因のもう一つを見つけた。それは、
中国市場が大きくて、複雑な流通網にたまった在庫を把握しきれなかったことである。
そして、もう一つの注意すべきことは、シャープの進出戦略である。シャープの首脳は「中国でブランドと
して定着すれば今の国内並みの規模は確保できる。世界大手と競争するための第一歩」と位置付ける。ただそ
のためには、まず大都市・高級品という限られた市場で一定の成功を収めたとして、その次に普及価格帯で戦
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うことが必要だ(日本経済新聞
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2008/06/13)。このステップは中国市場から撤退したほかの日本企業も経験
したことなので、シャープは中国市場でよく成長、発展できるのか。これから、シャープの中国携帯電話市場
の進出にもっと注目しなければならないと思う。
<参考文献リスト>
日本経済新聞
1994/01/09 「中国で携帯電話生産続々、NEC など通信機各社――年内にも続々合弁」
P5
1994/07/15 「部品メーカーの国際戦略(8)京セラ――電子部品で分業模索、中国市場に狙い」
P8
1996/02/03 「NEC 対中投資 100 億円、統括会社設け事業強化」 P9
1999/11/29 「携帯電話、突然の国産優遇――中国政策転換で劣勢日本ピンチ」 P1
2001/09/23 「中国で携帯生産、京セラが発表」 P7
2004/08/24 「携帯端末飽和時代(上)リスク覚悟で海外再挑戦」 P13
2005/01/04 「NEC2005 年度、携帯電話インフラ販売、中国で 250 人配置、基地局売り込む」 P4
2006/04/15 「京セラ、中国で低価格携帯――高機能機苦戦でテコ入れ」
P11
2008/03/14 「シャープ、中国で携帯参入、今夏にも――片山社長「新興国市場で成長」
」 P13
2008/06/12 「携帯電話、シャープ、中国で販売、月内、高級機種需要拡大で」 P13
2008/06/13 「シャープ、高級携帯で中国進出、
「アクオス」の波乗れるか、鬼門で試される国内最強」 P24
2010/05/26 「NEC カシオ、端末 6 割増、世界出荷 12 年度に 1200 万台、シャープなど追走」 P3
「携帯市場から京セラも撤退へ、日本勢は「全滅」――中国」『レコードチャイナ』
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=15196
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