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企業危機の組織的原因
追手門経済・経営研究 No.
16 March 2009
−75
企業危機の組織的原因
一組織文化とリスク神話をめぐってー
植 藤 正 志
I
はじめに
企業経営が深刻な経営危機や倒産という現実に直面するたびに企業リスクの認識と対応行動の重
要性,危機管理の果たす役割の重要性が議論されてきた。周知のように,企業を取り巻く経済的・
社会的・文化的環境の変化が,経営活動にそれまでの方法や手法では対応することを不可能にする
ことから,経営活動と企業環境との回に不一致が生まれ経営問題を引き起こすことになる。この経
営問題の認識と対応行動が企業リスクに転換する時,深刻な企業危機をもたらし,倒産への道を進
むことになる。加えて,近年の企業による不祥事や法律違反に対しても,経営者の危機意識の欠如
や危機管理の必要性が声高に主張されている。こうした企業の不祥事や法律違反は,今に始まった
ことではなく,これまでにも幾度となく見ることのできた現象である。これまでは,それほど深刻
な経営問題に発展せず,企業危機をもたらす要因として認識してこなかったといえる。
それでは,企業を取り巻く企業環境の質的変化を認識せず,不祥事や法律違反を犯し,危機意識
や危機管理の欠如にいたった原因はとこにあるのであろうか。企業環境の変化に気づかず経営活動
を危機に導く意思決定責任者としての経営.if/.不祥事や法律違反を実際に行った担当者,そうした
担当者を管理・監督できなかった管理者など,企業活動に従事する個人にまず目が向けられてき
た。企業危機の根本的な発生原因が,誤った意思決定や行動を行った個人にあることは否定できな
い。ところが,企業危機を発展させる原因は,そうした個人のおろかな判断や行為そのものではな
く,その後の処理対応行動なのである。対応行動は,個人のおろかさや能力不足に基づくものでは
なく,逆に個人の賢さ,能力の豊かさに基づぐ自己防衛”行動であることが企業危機を大きく発
展させることになる。まさに,企業危機の見えざる原因といわれる由縁である。
企業危機の発生と発展の原因を個人の行為・判断に求める傾向が顕著に見られるのであるが,企
業危機によって深刻な影響を受けるのは企業組織そのものであることは言うまでもない。ここに永
遠の課題ともいえる組織とイ固人との関係に立ち戻らざるを得なくなる。組織と個人の利害が全く一
致することは無いにしても,企業目的を達成するために,それもより合理的かつ能率的に達成する
ために,権限と責任のネットワークとして,コミュニケーションのネットワークとして個人を全体
として管理・監督する存在が組織であるとすれば,個人に原因があるとする企業危機に対して,組
織としても対応行動をとることは当然であり,不可欠なことであるといえる。ところが,現実には
組織自体が企業危機の原因追求,将来にわたる危機予測の必要性をそれほど真剣に考え,認識して
きたとは言えないのである。フォーマルな組織としては当然と思える企業危機への対応行動が積極
的に取り組まれなかった背景には,インフォーマルな組織として形成されたある種共通の価値観,
たとえば組織文化のようなものが,その原因として関係しているのではないかという疑問がわいて
くるのである。本稿では,企業危機の発生・発展の原因を個人に求めるだけでなく,組織自体が企
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追手門経済・経営研究
業危機の解消と予防に積極的な姿勢を示してこなかった原因に組織文化の要素を取り上げ,その関
連性を検討することから,企業危機をもたらす組織的原因を探ってみることにしたい。
n 組織文化と企業リスクの関係
1.組織文化の意味と企業行動
(組織文化の注目)
組織文化という概念が注目を集めてきた背景には,企業の成長過程を論理的に説明してきたこれ
までの分析的戦略論の行き詰まりが存在しているといわれる。アルフレッドD.チャンドラーの
『経営戦略と組織』で主張された組織は戦略に従う”という考えは,この分析的戦略論の研究を
促進させた代表的なものである1)。分析的戦略論では,まず企業環境要因の分析に中心を置き,環
境の変化と状況に対応して経営戦略の論理的策定を行う。その策定された経営戦略を実行する手段
として組織の構造を決定するのである。多角化戦略による事業部制組織の形成,環境適合戦略によ
る戦略的分社化組織の形成などは,分析的戦略論の成果であり,企業の成長を現実のものにしてき
たのである。
分析的戦略論を基盤に企業成長が進むにつれ,企業の内部的・外部的環境変化が量的にも質的に
も大きく転換することになった。環境変化の速度や複雑化とともに,大規模化した経営構造に適合
させる戦略を策定するには,複雑なプロセスと多くのスタッフを必要とするだけでなく,策定され
た戦略そのものが経営現場とは乖離したものとなり,組織構成員にすんなりとは受け入れられない
ものとなってきた。結果として,策定された戦略の実行は,思うようには進まない現象が起きてき
たのである。今日の企業経営では,環境に適合した戦略をいかに策定するかに焦点を置くというよ
りも,戦略がどのように策定され,実施されるのかといったプロセスを分析することが必要とされ
るのである。こうした視点は,ピーターズ=ウォーターツンの『エクサレント・カンパニー』の研
究成果によって確固たるものになったといえる呪エクサレント・カンパニーでは,経営戦略や組
織,システムには,特に明確な特色があるようには見えない。注目すべきは,組織構造やシステム
といった組織のハードの側面ではなく,組織メンバーに共有されている考え方や組織プロセスとい
ったソフトの側面であることを指摘したのである。すなわち,優良企業には,各企業に特有の考え
方やものの見方が組織構成員に共有されており,それが卓越しか業績を生み出す源泉であると結論
づけたのである。また同時期に,ティール=ケネディの『シンボリック・マネジャー』では,多く
の優良企業が「強い文化」を持っており,経営者は物理的数値を重視するマネジャーになるのでは
なく,組織行動を支える「強い文化」を創造し,維持することが重要な役割であると主張してい
る几こうした研究成果を契機に,組織構造や管理構造などフォーマルなハードの側面から,組織
現象の背後で人々に共有される価値や規範に焦点をあてだ組織のソフトの側面からの研究が促進さ
れることになった。その研究対象の中心が組織文化であったといえる。
(組織文化の定義)
元来,文化人類学でいわれる文化とは,その社会の人間集団に見られる特有な慣行,価値,世界
観などを意味し,それらが人間の考え方や行動を規定するメンタルプログラムであるとしてい
る4)。これを経営学に転用するとすれば,組織管理においても組織構成員が共有する特有の文化が
存在し,それが組織行動のあり方を決定づけているということができる。そこで,経営学,特に経
営組織論の領域での組織文化が,いかに定義されてきたかを概観しておきたい。
No.
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企業危機の組織的原因(植藤 正志)
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March 2009
*ピーターズ=ウォーターマン:エクセレント・カンパニーでは,それぞれの企業に特有のもの
の見方・考え方が組織メンバーに共有されている。組織内で共有されているこのようなものの
見方・考え方こそ組織文化である。
*テール=ケネディ:組織文化,特に組織での「強い文化」とは,人が行動するべきかどうかを
明確に示す,非公式な決まりの体系である。
*シャイン5):祖織文化とは,環境適応や組織統合に際し,組織メンバーが共有している価値観
・思考と行動パターンであり,リーダーの役割は,組織文化の創造,管理,破壊である。
*エバン6):組織風土(文化)は,組織の発展・進歩,リスク,統制,支持,暖かさなどの次元
によって表され,組織構造の権限や地位と個人の満足,欲求,能力とに相互に影響を及ぼす。
組織風土(:丈化)は,組織メンバーに知覚されており,異なる組織メンバーは,異なる風土
(文化)知覚を持つ。
以上のような組織文化の定義を見る時,
2つの要素が共通して含まれているように思われる。1
つは,組織メンバーに共有される目に見えづらい価値観やものの見方・考え方である。2つは,組
織メンバーが同じような行動を取るといった目につきやすい共通の行動パターンである。端的にい
えば,組織文化とは,そうした2つの要素から構成されたものを総称したものということができる
のである。
(組織文化の生成と構成要素)
出に見えづらい共有された価値観やものの見方・考え方と,目で見やすい共通する行動パターン
の総合体である組織文化は,どのように生成し,企業行動に関連してきたのであろうか。組織文化
には,2つの生成パターンが指摘される。
剛 創業者の強い思い入れや理想など,経営理念や経営哲学に基礎を置くパターン。
創業者が起業する時,単なる利潤の追求という企業目的の達成だけでなく,起業に対する
強い意志・理想丿責熱といった経営理念や経営哲学の下で起業する場合である。こうした経
営理念や経営哲学を実現するには,経営に対するものの見方や考え方を共有するとともに,
組織における行動パターンにもおのずと規律が形成され,強い文化の生成につながることに
なる。こうした組織文化の生成は,松下電器産業の創業者:松下幸之助の「水道哲学」机
ホンダ技研の創業者:本田総一郎の「世界的視野に立った先端技術の開発」8)など,カリス
マ的な創業者による経営理念や経営哲学を基礎に多くの事例が指摘されている。
(2)組織メンバーによる成功行動の積み重ねが,共有の行動パターンを生み出し,新しい組織文
化の生成へと発展するパターン。
創業者の強力な理念・理想からスタートするというより乱ある行動を決定し,実行する
ことから得た成功体験を契機に,行動パターンの共有が始まり,さらなる成功体験が積み重
なっていくことから,共有した行動パターンに対するものの見方や考え方の共有,さらに
は,価値観の共有へと進み,組織文化の生成へと発展するヶ−スである。こうした組織文化
の生成は,急激な環境変化に条件適応することが不可欠とした比較的新しい新興企業に事例
を見ることができる。例えば,マイクロソフト社の独走戦略によるグロウバル・スタンダー
ド行動'),3Mの新製品開発のための15%ルールなどを指摘することができる10)。
以上のような組織文化の定義と生成過程を見るとき,結果として組織文化には3つの構成要因が
存在し,それが総合的に結合した形で各組織に特有の組織文化を創り出しているといえる。優良企
業ほど独自の組織文化を持っているとすれば,組織文化の3つの構成要因の共有化と企業行動の関
15
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連をさらに検討しておく必要がある。
旧 価値観の共有
組織文化を形成する根本的要因は,価値観の共有である。共有された価値観は,組織メン
バーのものの見方や考え方に重大な影響を与えるだけでなく,組織が経済社会で行動する際
の規範ともなる要因といえる。企業では経営理念,経営哲学さらにはビジョンといった組織
の存在意義を表すものが,組織メンバーの共有する価値観,すなわち企業行動を組織として
まい進させる精神的礎となるのである。先にも指摘した松下の「水道哲学」,ホンダの「世
界的視野を持った先端技術へのこだわり」といった経営哲学や経営理念は,企業行動と価値
観の共有の関連を示す典型的な事例である。
(2)ものの見方・考え方の共有
共有する価値観を基礎に,組織メンバーが外部環境を認知するための基本的枠組みを提供
するものが,ものの見方・考え方の共有である。共有されたものの見方・考え方は,企業環
境をいかに理解し,どのように対処するかの意思判断の基礎になるとともに,組織内での情
報交換や行動の共有をもたらすことから相互におけるコミュニケーションの促進を容易に
し,結果として組織は1つの統合化された有機体として行動する利点を生み出すことにな
る。松下の「二番手主義」IDホンダの「三現主義」12)などは,この典型的事例といえる。
(3)行動パターンの共有
組織文化の中で最も目で見ることができ,感じることができるのが,行動パターンの共有
である。直面する環境や状況の変化の中で,組織メンバーがどのような行動をとるべきかに
ついて,暗黙の規制が働き,組織内に共有された行動パターンとして定着することになる。
組織メンバーは,共有された価値観,ものの見方・考え方をベースに,口々の経営活動の中
で経験と学習をとうして行動パターンの共有化をもたらし,企業行動に独自の影響と効果を
与えるのである。松下の「朝の朝礼」,「国旗・社旗の掲揚」,「7つの精神の唱和と社歌」,
ホンダの[大部屋制度],「ワイガヤ」などは,この典型的事例といえるI呪
以上のように,組織文化の構成要因は,それぞれが企業行動と関連を持つだけにとどまらず,
つの構成要因が相互に関連しあい,統合化しかところにこそ組織文化としての意味が強化されるの
であり,企業行動に直結した存在となることは言うまでもない。その際,組織文化と企業行動を結
びつけるものは,リーダーシップである。企業のリーダーは,経営理念を基盤に価値観を説明し,
行動をとうして理解させ,ものの見方や考え方を組織に浸透させる役割を果たすのである。経営理
念は,企業の基本的方針であり,企業のあるべき姿を示すものであることから,組織に目的を与
え,共有する価値観を設定する。ここから,組織は,それぞれの目的を持った単なる集まりではな
く,共有する価値観の下で特定の目的を追求する社会的・経済的有機体となるのである。こうした
りーダーシップを媒体にした組織文化の共有は,企業行動の具体的成果としての成功例をもたら
し,その成果が評価されればされるほど,組織文化の共有は強化され,企業に特有の組織文化とし
て組織の中に浸透することになる。ここに組織文化と企業行動との密接な関連性を見ることができ
るのである。
2。組織文化の機能的側面と企業リスク
組織文化が企業行動と密接な関連を持ち,重要な影響を与えるものであるという事実は否定でき
ない。このことは組織文化の生成が,これまでのフォーマルな組織管理論の限界を超え,組織のハ
ードの側面にソフトの側面を加えることによって,新たな組織管理論の展開を可能にしたことを
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意味している。言い換えれば,現代企業の成長と発展にとって,組織文化の存在が重要な要因であ
り,その源泉であることは,現代企業が直面する経営問題さらには企業リスクに対する最善の対処
方法であり,解決手法であったといえる。
ところが,現代企業は,企業リスクを予測したり,予防したりすることに積極的でなく,そのこ
とが今日,困難な企業危機に直面する原因となっているのではないかとする危機管理の視点からの
問題意識とは,矛盾することになる。この矛盾を解明する答えは,組織文化の研究が,これまでの
組織管理論の限界をベースに企業の成長と発展に良い効果を与える組織文化とはどのような特徴
を持っているかといった組織文化の機能的側面に焦点を置いてきたことにあるといえる。組織文化
の機能的側面の分析と議論は,結果として必然的に経営問題を解決し,企業リスクを解消させ,企
業危機を回避させることになる。この指摘は,優良企業での組織文化を分析・整理した幾つかの代
表的研究を概観すれば,容易に理解することができるのである。
(1)セオリーZ (1981) : ウィリアム G,オオウチ14)
“Zタイプの会社では,明示的なものと明示的でないものが,バランスの取れた状態で存
在しているようだ。意思決定では事実の完全な分析を重視しているが,この決定が迫りかど
うか,それが会社にふさわしいかどうかという点にも真剣に注意を払っている。こうした行
動パターンを決めるZ型社会には,多くの価値観が含まれるが,その中でも従業員の人間
的なあり方に関するものが最も重要である1呪”
こうした主張の背景には,アメリカ企業の中でも成功裡な企業成長をとげる企業行動に
は,ある種の価値観やパターンが存在していること,そうした経営行動や経営理念は,既存
のアメリカ企業に見られたものというよりは,日本企業に特有のものに近いものであるこ
と,しかしながら,日本企業の特質を模倣したものではなく,独自の展開のもとで形成され
たものであること,などの分析結果が存在している。こうして,z型企業の風土(文化)と
呼ばれるものが,アメリカ企業の成長と発展の方向性を示すものとして提示されている。ま
さに社風・組織文化が,アメリカ企業の方向性を決定する機能的役割を示しかものといえ
る。
(2)エクセレント・カンパニー(1982):ピーターズ=ウォーターマン16)
アメリカ優良企業43社を選択し,財務的に優良企業であり続けている原因を追究するた
めに綿密なインタビューを行ったものである。結論として,独自のやり方で優良性を実現
している企業が存在している,その手本は先の“セオリーz"で指摘された日本企業にある
のではなく,どのような環境でも「優良企業」となりうる基本的な特質を持っていることを
指摘している。すなわち,革新的な仕事を続ける企業には,その企業行動を認知する組織文
化か存在するのに対して丿日態依然とした進歩や革新の少ない企業には,そうした企業行動
を認知する組織文化が存在しないとしている。エクセレント・カンパニーには,革新的な特
性が見られ,それが組織メンバーに共有の価値観,ものの見方・考え方,さらには行動パタ
ーンの共有という組織文化を生成させ,重要な役割を果たしているとしている。エクセレン
ト・カンパニーである条件の1つが組織文化の存在であり,その役割であるとすることは,
企業リスクを解消・回避することから企業危機に陥らない処方能として組織文化の役割を捉
えていることになる。これまた組織文化の機能的側面に焦点を置いたものといえる。
(3)シンボリック・マネジャー(1982):ティール=ケネディ17)
多くの優良企業を調査する中で,これらの企業が「強い文化」を持っていることを指摘し
ている。組織文化を持つだけではなく,「強い文化」と「弱い文化」を区別し,「強い文化」
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を創造し,維持することが,経営者の果たす重要な職務であるとしている。「強い文化」と
は,人がいかに行動すべきかを明確に示す非公式な行動の規範の体系であり,組織内で幅広
く,そして強くメンバーに支持され,共有されているものであり,反対に浸透度,共有度の
低い場合が「弱い文化」としている。加えて,組織とそれを取り巻く環境との間での相互作
用が不可欠であるが,環境に対する組織の条件適応過程の中で,組織文化が生成され,かつ
「強い文化」が形成されることから適応することになるとしている。こうした「強い文化」
を持つ組織文化の創造と維持が,好業績をもたらす原因であるとすれば,そこには企業リス
クの発生による企業危機は事前に回避され存在しないことになる。この「強い文化」の指摘
乱 また組織文化の機能的側面を強調したものといえる。
組織文化の機能的側面に焦点を置いた組織文化論には,共通する基本的な特徴を見ることができ
る。すなわち,組織文化の生成と存在が,良好で,優良な経営成果につながるという議論を進めて
いることである。組織文化に関する研究と実践が,既存の組織管理論の限界を超えて,企業の成長
と発展をさらに可能にしたことは否定できない。ところが,今臥組織文化論を基盤に成長してき
た企業においてさえ,企業危機に対する認識不足,危機意識の無さから,危機管理の希薄性と必要
性が議論されている。経営管理論,経営組織論,経営戦略論といったフォーマルな組織管理論に
インフォーマルな組織文化論を調和させることで企業危機を解消・回避させ,企業の成長と発展を
促進できるはずであった。こうした現代企業が直面する新たな企業危機に関する問題をいかに説明
すべきであろうか。この問題に答える方向として,組織文化を機能的側面からではなく,非機能的
側面に焦点を当て変えて,再検討することが必要となる。
組織文化の功罪とリスク神話
1.組織文化の逆機能と経営者意識
(組織文化の逆機能的側面の指摘)
これまで組織文化が,今日注目される企業危機に対しても特別に意識することなく自然的に解消
・回避してきたという組織文化の機能的側面を見てきた。この組織文化の機能的側面は,オレイリ
イ=チャトマンが指摘する次のような7つの条件特性の度合いの相違性と結合性から,どのような
組織文化として全体像が形成され,特徴を持つかが決定されることになる18〉。
① 従業員に革新およびリスク志向性が奨励されているか。
② どの程度細部に対する綿密な分析力が期待されているか。
③ プロセス・方法志向性と結果志向性の重視度はどのようになっているか。
① 意思決定における従業員志向性は,どの程度考慮されているか。
⑤ 組織での職務活動はチーム志向性か。それはどの程度組織化されているか。
⑥ 組前大]で,従業員はどの程度積極性,競争性を持っているか。
⑦ どの程度現状維持を望む態度が組織内に存在するか。
組織文化は,上記の条件特性の水準や度合いによって,ますますそれぞれの企業に特有の組織文
化を共有させ,機能的側面の役割を果たすことになる。この機能的側面は,概略3つの機能として
指摘される。第1に組織の中で意思決定を行い,行動する際のベースとなり,組織内の人々を統
合する機能をはたす。第2に,組織文化を共有することから,過去・現在の成功をよりどころに組
織的学習効果が生まれ,さらなる成功の追求と強化をもたらす機能をはたす。第3に,強い組織文
化が形成されればされるほど,他企業による模倣は困難となり,技術的な競争優位をもたらす機能
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をはたす。まさに組織文化は,組織内部では内部統制という組織統合を,組織外部では経営戦略と
いう競争優位をもたらす機能と役割が存在していた。こうした組織文化の機能的側面が,企業の成
長と発展を可能にすればするほど,必然的に逆の視点からの組織文化に対する議論が主張されるこ
とになる。すなわち,組織文化の逆機能的側面の指摘であった。
創業者による強い経営理念や経営哲学を基盤とした価値観からものの見方・考え方,そして行動
パターンの共有へと展開する組織文化にしろ,成功例の積み重ねからくる行動パターンの妥当性か
らものの見方・考え方が形成され,価値観の共有へと展開する組織文化にしろ,組織文化生成の出
発点とプロセスは,基本的にその企業を取り巻く特定の環境条件に密接に関連していたことは否定
できない。組織文化生成の基盤にある特定の環境条件が変化した場合,組織文化の共有がそのまま
機能的に働き続けることができるのかという疑問である。特定の環境条件に適合した成功や経営理
念を基盤とした組織文化が,変化した別の特定の環境条件に適合するのかといえば,経営の環境適
合理論から見れば適合しないことになる。すなわち,環境が変化すれば,そこで成功するための行
動パターンも変化せざるを得ない。さらにはものの見方・考え方を変えなければならなくなる。言
い換えれば,企業環境が変化すれば,組織文化を変化させる必要があることになる。「強い文化」
を共有すればするほど,組織文化の機能的側面が強く,組織行動に良い影響を与えるとすれば,環
境条件の変化に伴う組織文化の変化は,逆に困難さを増すという矛盾を持つことになる。こうした
矛盾から,組織文化が,組織の存続に悪い影響を与えるという組織文化の逆機能的側面として次の
ような点が指摘されることになるI呪
① 過去に大きな成果をあげてきたものの見方・考え方が強く共有されればされるほど,それを
変化させることは非常に難しい。
② 強く共有された組織文化は,新しい環境変化を企業に都合の良いよう,一時的な変化として
処理することから,環境変化を正確かつ的確に認識できなくなる。
③ 組織文化の共有が強くなるにしたがって,ものの見方・考え方が同質化することから,同じ
ような発想しか生まれず,組織の画一化が発生する。
① 革新には異質なものの見方や考え方が必要であるが,組織文化の強い共有は,そうした新し
いものの見方や考え方を排除する。
⑤ 企業方針や経営戦略の変更など,新しい行動を起こす際,組織文化それ自体がその方向性を
妨害し,障害となる。
こうした組織文化の逆機能的側面は,組織文化の共有が強ければ強いほど組織内に潜在化し,結
果として企業環境変化に迅速に適合することが困難となる。そして組織存続の危機を引き起こすこ
とにもなる。企業危機を研究対象とするリスク・マネジメントの分野から見れば,こうした組織文
化の逆機能的側面により興味と考察を集中することになる。加えて,組織文化の機能的側面に比較
して逆機能的側面に関連した分析と考察は,いまだ詳細に行われているとはいえないのである。そ
こで,組織文化の逆機能的側面に対する経営者意識の実態を分析することから,組織文化の功罪を
明らかにするとともに,企業危機の組織的原因となる関連性を探っていくことにしたい。
(経営者の危機管理意識)
近年,組織行動を導く力を認識したり,体系的に説明したりするとき,従来のような企業間競争
の内容,産業構造の分析,財務状態の内容,資本構造や工場設備の内容といったより明白に認識で
きる要因に加えて,あまり強く認識できず,かつ,観察できない追加的な要因すなわち組織文化と
呼ばれるものに注目が置かれてきたことは,すでに指摘したところである。組織文化は,革新的な
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組織内において行動を決定する成文化されていないルールとして重要な機能をはたしてきたことは
否定できない。そうした組織管理の展開は,経営者にとっても組織はよく整備され,企業危機に対
してもよく整備されているものであった。それゆえ,組織はそれ以上に意識的にかつ真剣に企業
危機を予防する必要を感ぜず,そのための危機準備には無関心となっていた。ところが,組織文化
というソフト的側面が,組織管理のハード的側面と結合することから,新たな組織管理が形成され
企業の成長と発展が現実のものになるとき,新たな経営問題が発生し,新たな企業危機をもたらせ
ることに気づくことになった。そうした事例には,
bide,NASA,
Johnson & Johnson, Morton-Thiokol,Union Car-
Exxonなど,多くの大企業を上げることができる20)。なぜ成功してきた大企業は,真
剣に直面すべき企業危機を考え,予測と予防の必要性を感じなかったのか。この疑問に答えるに
は,その原因をリスク・マネジメントの視点から組織文化を企業危機の組織的原因として考察する
ことが不可欠となる。
組織行動に強い影響を与えるプラス要因としての組織文化に対して,危機管理の欠如というマイ
ナス要因をもたらす原因を追究するという問題意識を解決する糸口は,
の中にあるといえる。ミットロフは,
1.1.ミットロフの研究成果
120社を超えるアメリカ企業を対象に,
359人以上のトップ
経営者と面接し,その面接結果からアメリカ企業経営者の危機管理に関する一般的な考え方を探
り,危機管理の欠如の原因を追究している。なおトップ経営者との面接で使用した質問は,次のよ
うなものであった21)。
① この企業では,危機管理が厳密に行われているか。
② 効果的な危機管理をサポートしたり,妨害したりする組織での一般的要因は何か。
③ 組織における一般的な文化をどのように説明するか。
① 効果的な危機管理をどのようにサポートしたり,妨害したりするか。
面接から得た危機管理の欠如に対する回答,すなわちトップ経営者の自己弁護は多岐にわたって
いたが,概略4つのグループに区分することができた。4つのグループにはオーバーラップしたも
のがあるが,“組織と環境に深刻な害をもたらす誤った自己弁護"としてトップ経営者の危機管理
意識を整理したのが次のようなものである22)。
(グループI):組織に関する特別な特性
1.われわれの規模がわれわれを守る。
9優良でよく管理された企業は,危機に直面しない。
3.われわれの特別の地位は,われわれを守る。
4.特定の危機は,他の企業にのみ起こる。
5 .危機は,特別な処置を要求しない。
6.一度おきだ危機に対応するには十分である。
7.危機管理あるいは危機予防は,贅沢である。
8.悪いニュースをもたらす従業員は,処罰に値する。
9.魅力的な経営目的は,ハイリスクを正当化する。
10.従業員は,疑いなく信頼できる行為に専念する。
(グループn):環境に関する特別な特性
11.主な危機が起これば,誰かほかの人がわれわれを助けるだろう。
12.危機管理は,誰かほかの人の責任である。
13.環境はやさしい。われわれは,環境から効果的に助けられる。
14.変化を正当化するために起きる新しいものは無い。
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15.われわれに直接関係の無い,あるいは害を与えないものは危機では無い。
16.犯罪は,ビジネスをする上での費用である。
(グループm): 危機そのものに関する特別な特性
17.ほとんどの危機は,重要なものでなくなる。
18.それぞれの危機は,企業にとって準備するにはユニークである。
19.危機は,それ単独では,インパクトは小さい。
20.危機は孤立的である。
21.全部ではないが,多くの危機は技術的解決策を持っている。
22.危機問題には,技術的・財務的な調整で十分である。
23.多くの危機は,それ自体で解決をする。時間が最善の味方である。
(グループIv):過去の危機への対応に関する特別な特性
24.危機管理は,保険政策のようなもの。多くを買う必要のみある。
25.危機中では,危機マニュアルにある緊急方法を使う。
26.われわれは,危機の中でうまく機能するチームを持っている。
27.経営者のみが危機に気を配る必要がある。従業員やコミュニティのメンバーが,それを
シェアーする必要は無い。
28.危機管理で重要なことは,われわれの活動が損なわれていないことを明白にすることで
ある。
29.われわれは,危機に対応するには十分にタフである。
30.われわれは,メディアをいかに操作するかを知っている。
31.危機管理における最も重要なことは,
PRやキャンペーンを通して,よい組織イメージ
を守ることである。
4つのグループ内容を概観するとき,組織文化の逆機能的側面とは質的に性格を具にするものを
感じるのである。組織行動に大きな影響を与える企業危機の対応において,マイナスに機能する一
種新たな組織文化が無意識のうちに,かつ,潜在的に形成され,存在していることに気づくのであ
る。そして,グループ内に示された項目(自己弁護)に多く当てはまる企業ほど,新たなマイナス
的機能側面をもつ組織文化を持った企業ということができるのである。
2。リスク神話と企業危機の形成
企業危機傾向にある組織の経営者が,危機管理に対する意識を表現する4つのグループ項目を見
るとき,単なる危機意識の欠如に対する個人的な自己弁護であると単純に理解することでとどまる
のではなく,企業危機に関する見えざる組織的な共通観が存在していることに注目せざるを得な
い。企業危機に対するものの見方・考え方,そして行動パターンに積極性が見られず,真剣に危機
管理をする必要性を考えなかった背景には,企業危機に関する特別な別の価値観が,組織内で形成
され共有されていたといえる。
企業の成長と発展において,組織管理の潤滑油の役割をはたしか組織文化の機能的側面に対し
て,その現実的成功例がますます組織文化の役割・期待を共有させる一方で,組織での危機管理は
薄れるだけでなく,企業危機に対するある種特別な組織文化がインフォーマルな形で内在化してき
たのである。暗黙のうちに共有された企業危機に対するリスク神話と呼べるものである。ここで
は,経営者による危機管理の欠如に関する自己弁護の内容から,
にしたい。
3つのリスク神話を指摘すること
-
22 −
追手門経済・経営研究
(1)規模に関するリスク神話
危機傾向にあると診断されるほとんどの組織において主張されるものが,(グループI)の最初
にあげられている規模に関する思い込みであった。
“われわれの真の規模が,主な危機からわれわれを守ってくれるだろう。われわれは,現実にわれ
われを低めるようなものは何も無いほど巨大で,パワフルである23)。"
この信念,思い込みは,ある意味で真実ではあるが,それによって主要な危機から免除されてい
ると考えることは,組織が危機傾向のある組織となる第一歩であった。規模に関するリスク神話
は,考え方としてはこれまでの企業行動をありのままの姿として示しているかもしれないが,力の
傲慢さという鈍感な表現でもあり,考え方でもある。規模を基盤とした力の傲慢さが企業危機をも
たらす典型的な事例としては,
Exxon社のValdes事件がよい例であろう。こうした規模に関する
リスク神話を共有する組織が考える危機の意味には,ある特徴が存在している2*)。
① 企業の唯一の責任は,主な株主に対して果たすのであり,組織のステーク・ホルダーの全て
のメンバーや組織とは無関係な傍観者に対してはたすものではない。
② 危機は,組織の製品やトップ経営者など個別的なものに何か影響を与えるものであり,顧
客,周辺コミュニティ,従業員家族,一般環境に影響を与えるものまで含まない。
③ 組織にとって,権力の無さ,力の無さは,存在しないものかバ服要性の無いもの。
まさに組織が活動している環境構造と,組織自体の内部的活動構造とを混同しているのである。
そして組織は,資源の獲得,権力の獲得,地位の獲得のために競争をし,規模を拡大することに長
く努力を集中させてきたのである。こうした状況では,競争戦略に基づく規模の拡大によって,生
き残ることが唯一の目的であり,存続の動機となる。企業危機は,規模の拡大戦略の中に吸収さ
れ,規模に関するリスク神話が定着し,共有されてゆくことになる。規模のリスク神話は,主体の
無い幽霊のようなものであり,個々人が行う賢い自己防衛とは全く異なる方法で組織全体の行動を
大きく規定することから,企業危機をもたらす組織的原因となる重要な力であり,阻害的な組織文
化でもある。
(2)保護に関するリスク神話
規模のリスク神話の対極にあるのが,保護に関するリスク神話である。“主な危機が起これば,
誰かほかの人がわれわれを助けるだろう25)"という表現に代表されるものである。誰か自己の組織
よりも大きく,強いものに関連して依存する臆病な子供のような組織特性(組織文化)を持ってい
る。この組織文化は,厳しい規則・規制あるいは準規制といった環境の中で成長し,存続してきた
組織に特に顕著な特性といえる。事例として,銀行,航空,病院などを上げることができる。しか
しながら,今日の急激な環境変化の中では,こうした組織における保護のリスク神話に変革がもた
らされていることは,周知のところである。“強いものに守られている,守られたいと望む”組織
文化を共有する組織では,企業危機に対して,まず,最初に対応行動の決定や解決策の模索といっ
た機能的な行動をするのではなく,防衛手段や避難場所を探すことになる。規模のリスク神話を共
有する組織が,あくなき力の追求に本来のエネルギーを集中させ,真剣に危機管理を行わないのと
同様に,保護のリスク神話を共有する組織は,生命線の支持を確保するためによりよい強者に抜
け目無くそしてへつらう必要にしたがって,組織のエネルギーを集中させることから,本来の危機
管理はおろそかにならざるをえない。こうしたリスク神話を共有する組織は,自分自身を馴し,外
部の人々を欺き,まさに自己欺隔の信じられない計画と行動に走るのである。具体的には,マニュ
アルを作成し,書類を整え,命令書を作り,ルールを決め,メモを取るなど,多量の事務作業を行
No. 16
March 2009
企業危機の組織的原因(植藤 正志)
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T O
うことによって,組織自体の誠実な態度を主張するのである。それゆえ,保護のリスク神話を共有
した組織で働く人々に与える心理的影響は,全く能力不足あるいは機能不全にある人々にではな
く,組織に賛同できない,あるいは反対である健全な人々にストレスと苦悩を与えることになる。
まさに保護のリスク神話は,強いガキ大将と臆病な子供との関係を基礎に,臆病な子供が作り出
す組織文化である。そこでは,組織の避難場所や防衛方法が重要な事柄であり,企業危機に対する
主体的な予防と準備対応は重視されないことから,企業危機をもたらす組織的原因が必然的につく
り出されているといえる。
(3)危機自体に関するリスク神話
危機傾向にある組織において見られるリスク神話として,さらに危機自体に関するリスク神話が
存在する。“ほとんどの危機は,非常に重要なものではなくなってくるo危機は,個人あるいは
組織の両方に与えるインパクトとしては,単独では限定的である26)。”こうした表現で示される危
機自体のリスク神話は,なぜ多くの人に信じられるのであろうか。規模のリスク神話と保護のリス
ク神話が組織に強く共有されればされるほど,企業危機に対する認識や対応,
からには予防といっ
た危機意識の希薄化か生まれることは,先に説明したところである。こうした規模や保護のリスク
神話における危機の捕らえ方に加えて,企業の成長過程で直面してきた企業危機をいかに経験し,
理解してきたかという主体的で,経験的な危機に対するものの見方・考え方が共有されてきたこと
が指摘できるのである。
危機は,個人や組織の双方に厳しい財務的,肉体的,精神的な犠牲をもたらすのであるが,その
一方で,そうした損害,損失をもたらす側面とは逆に,創造的かつ建設的なものに変化するという
危機の側面がある。企業危機の分類からも,企業危機の中心的なものは純粋危険から投機的危険に
シフトせざるを得ず,そこに保険管理型リスク・マネジメントに限界をもたらせ,経営管理型リス
ク・マネジメントや経営戦略型リスク・マネジメントへの転換と経営学をベースとした本格的なリ
スク・マネジメントの研究が主張されることからも理解できるのである2呪“われわれが経験した
危機は,われわれに変化を要求することになるが,極めて積極的な利益をもたらすご‥‘もし危機が
ある人に最悪のものをもたらすとすれば,私たちにとっては全てに最善をもたらす。”
“起こった危
機は,ここ数年来の最言のものである28イこうした表現は,企業危機の存在を理解しながらも,
これまでの組織管理論と組織文化の結合から,結果として企業成長が実現されてきた経験則から導
きだされたものであった。楽観的な危機意識は,危機の厳しい影響力や将来に備えた予防にとどま
らず,過去に経験した危機体験や他の組織で現実化した危機体験を自分の組織のために検討した
り,分析したりすることを不必要とすることになる。企業危機からの成功経験が,個人の楽観的な
危機意識として共有されるとき,組織は,必然的に危機そのものに対してリスク神話を作り上げる
ことになるのである。
危機そのもののリスク神話の下では,企業危機に直面したとしてもこれまでと変わらないリスク
対応を繰り返すことによって,楽観的に危機を取り扱い,危機が過ぎ去った後には個々人を含めて
組織は,自己満足とともに従来の日常的企業活動へと戻ることになる。急激な変化から生まれる新
しい環境,それも量的・質的に大きく相違した環境変化に企業活動が継続的に適合していかなけ
ればならないとすれば,こうした楽観的な危機そのものに対するリスク神話が,適切に機能すると
は考えられない。まさに危機自体に関するリスク神話の共有は,企業危機の組織的原因になること
は避けられない。
−24
追手門経済・経営研究
−
以上,アメリカ企業のトップ経営者から得た危機管理に関する回答(自己弁護)を基礎に,組織
が無意識のうちに,またインフォーマルに共有する特性として3つのリスク神話を指摘した。これ
らのリスク神話は,それぞれ単独で組織に影響を与えるというよりは,相互に連鎖を持って,より
強いリスク神話を形成することになる。従来の組織文化の逆機能的側面とは性質を異にした新たな
マイナス的機能を組織に与えることからも,企業危機の重要な原因を形成することは否定できな
い。組織における潤滑油として評価と市民権を得た組織文化の共有と,組織を企業危機に導くマイ
ナス要素を持つリスク神話としての組織文化の潜在化とその共有という矛盾が,現代企業における
組織管理の大きな問題となっているといえる。
悍 おわりに
フォーマルなものとインフォーマルなもの,ハードの側面とソフトの側面という対立軸は,これ
まで企業経営の展開の中で幾度となく表面化し,議論されてきた。古くは,科学的管理法に対する
人回関係論,古典的組織論に対する動機づけ理論,リーダーシップ論,さらには,意思決定論など
を指摘することができる。そうした対立軸は,既存のフォーマルで,ハードの側面を持つ構造や手
段では経営問題が発生し,そのままでは企業の成長と発展が困難であると認識されるところに,解
決策としてインフォーマルなもの,あるいは,ソフトの側面のものに注目がおかれてきたといえ
る。結果として,フォーマルなものと,インフォーマルなものは結合され,新たなフォーマルなも
のとして生まれ変わってきた。同様に,ハードの側面と,ソフトの側面も結合され,新たな構造物
を作り上げてきた。こうした繰り返しの中で,企業は経営問題を解決し,自動的に企業リスクを解
消させ,企業危機を回避することができたことが,現代企業の規模をベースとした成長を実現させ
てきたのである。
以上のような対立軸の最近のものが,既存の組織管理論と組織文化の関係であったといえる。フ
ォーマルで,ハードの側面を持つ既存の組織管理論と,インフォーマルで,ソフトの側面を持つ組
織文化の結合は,新たな組織管理論としてフォーマルな位置をえるとともに,企業の成長と発展に
重要な役割と貢献をしてきた。ところが,近年の企業環境の急速な変化に直面するとき,現時点で
良好な成果をあげているフォーマルな組織管理が不適合を起こすことは,歴史的な視点から見て不
可避なことである。経営問題の発生と解決の繰り返しの中で,フォーマルとインフォーマル,ハー
ドとソフトの対立軸を見つけ出し,結合することによって企業危機を乗り越えてきたのであるが,
そうであるとすれば,今日の経営問題に対する解決策としてのインフォーマルなもの,ソフトの側
面にあたるものを見出す必要がある。それを組織文化の機能的側面に対する非機能的側面にあたる
リスク神話に源泉を求めるとすれば,これまでほとん・ど注意を払ってこなかった企業の危険あるい
は危機そのものに対する予測,予防,回避と解消といった対応行動,すなわちリスク・マネジメン
ト(危機管理)の認識と評価がそれであろう。今日まで築かれてきた組織管理論にリスク・マネジ
メントの概念を重視し,結合させることが,現代企業が直面している企業危機の組織的原因を取り
除き,新たな組織管理論を構築する一歩になるものといえる。
注
1 )Alfred
D. Chandler, Jr., Strategy and Structure, 1962. (三菱経済研究所訳,『経営戦略と組織一米国企業の
事業部制成立史−』実業之日本社,1975,
2)
Thomas
J. Peters and Robert H. Waterman,
pp. 29-30.)
Jr.,In Search of Excellence, 1982づ大前研一訳,rエクセレント
No. 16
企業危機の組織的原因(植藤 正志)
March 2009
― 25 −
・カンパニー』講談社,1983.)を参照。
3 )T.
E. Deal and A. A. Kennedy, Symbolic Manager, 1982づ城山三郎訳,『シンボリック・マネジャーj新
潮社,
1997.』を参照。
ティール=ケネディは,「強い文化」を指摘するとともに,「強い文化」といえども企業環境に応じて
適合する組織文化は異なるとして,
4類型の組織文化を示している。
フィードバック特性(結果を知るまでの期間)
4)中橋國蔵・柴田悟一編集,
5)Edgar
I経営戦略・組織辞典』東京経済情報出版,
2001, p. 225.
H. Schein, OrganizationalCultureand Leadership,1985づ清水紀彦・浜田幸雄訳,
ダーシップ』ダイヤモンド社,
6)巾橋・柴田編集,『前掲書J
r組織文化とりー
1989.)を参照。
p. 225.
7』「水道哲学」は,松下幸之助が戦後の貧窮した生活の中で,他人の水道水を飲んでいる人に,代金を請
求することも無く,何の文句も言わない現象を見て思考した考え方といわれる。すなわち,「水道哲学」
は,生産につぐ生産で物資を無尽蔵に提供し,価格を水道水のように安くして,社会全体を豊かにする
という経営思想である。
一一ブJ,松下には「ダム経営」という経営思想も存在している。「ダム経営」とは,資金や在庫,人材や
技術などにゆとりを持ち,常に安定した経営を維持することで,社会の発展に貢献しようとする考え方
である。
8)本田宗一郎は,昭和31年に「世界的視野に立ち,顧客の要請に応えた性能の優れた廉価な製品を生産
する」という経営理念を制定した。この経営理念のもと,技術の極限を目指した高性能エンジンを問発
し,「ドリーム号」,「カブ号」などの高性能バイクを市場に投入するとともに,世界的レースで優勝する
ことから,ホンダの技術水準のたかさを名実ともに認めさせることになった。
9)新しい製品を誰よりも先に市場に出し,市場のスタンダードを作り出すことから市場支配力を構築す
る考え方である。OSソフトのMS-DOSやウィンドウズは,その典型的な例である。「大きくリスクをと
って,大きく勝とう」は,マイクロソフト社の組織文化を表現した言葉であり,時に失敗の経験を持つ
が,他の大きな成功体験によって,この組織文化は強化されてきたとされる。
(高EH朝子,「組織文化のマネジメントについての研究ノート」慶応MCC通信FてらこやJ
Vol. 29, p.
6.)
10)3Mでは,過去の貴重な経験から自らの信念を貫いて製品開発に取り組む組織文化の重要性が認めら
れている。その具体的な事例が15%ルールである。
!5%ルールとは,研究者や技術者が[ビジネスとし
て役立つだろう]と考えるものについては,自分の研究テーマとは異なることに労働時間の15%を費や
していいというルールである。(3Mの研究開発体制の紹介ホームページを参照)
同様の組織文化として知られるものにゴアテックを開発したW.
L,ゴア・アンド・アソシエーツ社が
ある。ゴア会長は,「楽しみながら儲ける」,「全ての社員が会社を所有している」を理想の哲学として浸
透させることに努力した。結果,何でも楽しんで挑戦してみるという自由を組織文化として持つ会社と
して知られるよ引こなった。社員は自由間達に意見や考え方を表現し,話し合う。会社の経営スタイル
は,「無管理」といわれ,肩書きや階層の無い組織となる。同時に,さまざまな行動の規則が派生的に生
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追手門経済・経営研究
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み出されることになったo
(高田朝子,
No. 16
op. cit.,p.5.)
11)r二番手主義」とは,新製品の開発と市場導入には高いリスクとコストが付きまとう。そこで,決して
他社より先に新製品を導入せず,先行企業の様子を見ながら,その後で参入する戦賂が有効であるとす
るもの。そのためには,市場を正確に見極め,それにあった計画を綿密にたて,その実施にあたっては
すばやい行動が求められる。
『柴田悟一・中橋國蔵 編著,
r経営管理の理論と実際』東京経済情報主出版,
1997,p. 319.)
12)「三現主義」は,ホンダ宗一郎の実践的な経営活動にベースをおいた哲学といえる。宗一郎は,社長で
あるにもかかわらず,一日中作業着を着て工場で開発にかかわっていた。彼は常に現場で,現実に起こ
った現象だけを信用し,注目したことから,後にホンダの行動パターンを表現するものとなった。(柴田
‘中橋編著I前掲書J
p. 317.)
13)松下とホンダの組織文化は,大きく相違した特長を持つだけでなく,企業の成長と発展に異なるプロ
セスをもたらせていることを理解させるのである。こうした組織文化の相違が,企業の進む方向性に大
きな影響と役割を与える他の事例といては,フォードとGMにも見ることができる。(a.
Ford,
Gene}・a/Motors,and the Auto,nohilcIndustry,]。964.内m忠雄・風間禎三郎訳.
フォードー栄光への足跡』ダイヤモンド社,
D. Chandler, Jr.,
r競争の戦略,
GMと
1970.)
14) William G. Ouchi Jiro,Theory Z, How American Businesscan meet the Japanese Challenge,1981. (徳山二郎
監訳,『セオリーZj
15)W.
CBSソニー出版,
G. Ouchi,f前掲書J
198!』を参照。
p. 260.
16』T. J. Petersand R. H, Waterman,
!前掲書』を参照。
17) T. E. Deal and A. A. Kennedy, f前掲書」を参照。
18)C.
A. O'Reilly,J. Chatman, D. F. Caldwell, "People and OrganizationCulture: A ProfileComparison Ap-
proach to Assessing Person-Organization
F it," Academy of Management
19)柴田・中橋編著,『経営管理の理論と実際j
20』Union
Jo四面, September, 1991,pp. 487-516.
pp.33ト332.
Carbide のポバール工場でのガス漏れ事故,
Exxonのバルディーズ号の原油流失事'■it,
NASAの
シャトル爆発事故に関連する企業危機とその対応行動に関しては,拙稿,「企業危機の見えざる原因」大
阪学院大学通信,第36巻第8号,
21)Ian
pp. 1-25.を参照。
I. Mitroffand Terry c. Pauchant, We're So Big and Powerful Notl面g Bad can Happen to Us
ルフIn-
vestigationof American's CrisisProne Corporation,1990, p.83.
22)I. I. Mitroffand T. C. Pauchant,op. cit.,
p . 85.
23)I. I. Mitroffand T. C. Pauchant,op. cit.,
p . 85.
24)拙稿,
(企業危機の見えざる原因J
pp. 9-12.
25)I. I. Mitroff and T. C. Pauchant,op. cit.,
p p. 88-89.
26)!. I. Mitroffand T. C. Pauchant,op. cit。pp. 95-97.
27)リスクの分類とリスク・マネジメントの形態と発展に関しては,拙著,
論』税務経理協会,
r現代リスターマネジメント
2000, pp. 3-12,pp. 18-23.を参照。
28)1. I. Mitroffand T. C. Pauchant,op. cit.,
p . 96.
呼成20年10月9日受理)
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