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のれんの資金調達

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のれんの資金調達
平成 28 年度
証券ゼミナール大会
第 5 テーマ
B ブロック
5
「日本のベンチャー企業における資金調達について」
10
15
立教大学
渡辺ゼミナール
田中班
20
1
目次
序 章 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p3
5
10
第 1章
ベ ン チ ャ ー 企 業 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p4
第 1節
ベ ン チ ャ ー 企 業 の 定 義 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p4
第 2節
ベ ン チ ャ ー 企 業 活 性 化 の 意 義 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p4
第 3節
ベ ン チ ャ ー 企 業 の 成 長 段 階 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p5
第 2章
ベ ン チ ャ ー 企 業 の 資 金 調 達 の 現 状 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p7
第 1節
成 長 段 階 ご と の 資 金 調 達 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p7
第 2節
直 接 金 融 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p8
第 3節
間 接 金 融 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p15
第 4節
公 的 支 援 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p17
15
第 3章
20
第 1節
ス タ ー ト ア ッ プ 期 に お け る 課 題 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p22
第 2節
急 成 長 期 に お け る 課 題 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p25
第 3節
公 的 支 援 に お け る 課 題 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p27
第 4節
安 定 成 長 期 に お け る 課 題 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p30
第 4章
25
ベ ン チ ャ ー 企 業 の 資 金 調 達 に お け る 課 題 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p22
日 本 の ベ ン チ ャ ー 企 業 の 資 金 調 達 の 今 後 の 在 り 方 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p34
第 1節
ス タ ー ト ア ッ プ 期 に お け る 提 案 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p34
第 2節
急 成 長 期 に お け る 提 案 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p38
第 3節
公 的 支 援 に お け る 提 案 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p40
第 4節
安 定 成 長 期 に お け る 提 案 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p43
終 章 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p47
30
参 考 文 献 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ p48
2
序章
2013 年 6 月 14 日 、 日 本 経 済 の 再 生 に 向 け た ア ベ ノ ミ ク ス 3 本 の 矢 の う ち 、
成 長 戦 略 を 担 う 「 日 本 再 興 戦 略 -Japan is BACK-」 が 閣 議 決 定 さ れ た 。 こ こ で
は 、日 本 経 済 の 成 長 へ の 道 筋 の 1 つ と し て「 産 業 の 新 陳 代 謝 と ベ ン チ ャ ー 促 進 」
5
が挙げられている。ベンチャー企業が次々と誕生し、成長することで、日本経
済の発展に大きな影響を与えることへの期待が高まっている。
しかし、ベンチャー企業は一般的な企業と比較すると信用が低く、創業前後
に お い て 融 資 を 受 け に く い 。こ の よ う な ベ ン チ ャ ー 企 業 の 成 長 を 支 援 す る に は 、
資金調達環境を整備する必要がある。そのため、政策の一環として「ベンチャ
10
ー促進」が謳われており、エンジェル税制のような政府による資金調達支援が
行われている。また近年、直接金融の1つであるクラウドファンディングも市
場規模が拡大しており、更なる活性化への期待が募る。間接金融においても、
金融機関からベンチャー企業への融資を行う役割を担っている。しかし、ベン
チャー企業の資金調達環境は、ベンチャー大国と呼ばれる米国あり等の諸外国
15
と比較すると、依然として非常に大きな差がある。諸外国のようにベンチャー
企業の資金調達環境を整備していくため、ベンチャー企業の今後の資金調達の
在り方について考えることを本稿の目的とする。
本稿の構成は以下の通りである。まず、第 1 章において研究対象であるベン
チャー企業について見ていく。続いて、第 2 章で、ベンチャー企業の資金調達
20
方法について、直接金融、間接金融、公的支援のそれぞれの現状を明らかにす
る。そして第 3 章では、成長段階ごとの資金調達方法における課題を諸外国と
の比較を交えつつ取り上げ、第 4 章において解決策を提案する。
3
第 1章
ベンチャー企業について
本章では「ベンチャー企業の資金調達」を述べる前提として、研究対象であ
るベンチャー企業について論じる。そこで、ベンチャー企業の定義を行ったう
えで、ベンチャー企業活性化の意義について考察し、ベンチャー企業のそれぞ
5
れの成長段階について明らかにする。
第 1節
ベンチャー企業の定義
ベンチャー企業は、その規模形態から中小企業の範疇に分類されることが多
い 。そ こ で ま ず 、ベ ン チ ャ ー 企 業 と 一 般 的 な 中 小 企 業 と の 違 い を 明 ら か に す る 。
10
両者には、目的と資金調達方法において主な違いがある。中小企業の目的は主
に地域経済の発展への寄与であると考えられる。中小企業は各都道府県の企業
数 に お い て 、99% を 占 め て い る 1 。し た が っ て 、中 小 企 業 の 発 展 は 地 域 経 済 に 直
接影響しており、地域経済の発展に寄与することが求められている。一方、ベ
ンチャー企業は株式市場への上場等を目指しており、成長志向型である。これ
15
は、現在では東証 1 部上場を果たし、大企業へと成長したソフトバンク株式会
社や株式会社ユニクロも、ベンチャー企業としてスタートしていることからも
明らかである。また、資金調達方法においても大きな違いがある。一般的な中
小企業は中小企業金融等の融資が中心であることに対し、ベンチャー企業はベ
ン チ ャ ー キ ャ ピ タ ル (以 下 、 VC)等 の リ ス ク マ ネ ー を 活 用 し て い る 。
20
このように一般的な中小企業とは大きな違いがあるベンチャー企業であるが、
日 本 に お い て 明 確 な 定 義 は 存 在 し な い 。し か し 、今 回 の 主 旨 文 に お い て 、
「創業
からあまり時が経っておらず、新技術や新製品、新事業を背景に成長・拡大し
ようとする意欲のある企業」と定義されている。このことから、ベンチャー企
業とはリスクを恐れずに新しい領域に挑戦する若い企業であるとする。
25
第 2節
ベンチャー企業活性化の意義
1970 年 代 か ら 90 年 代 の 間 に 起 き た 3 度 の ベ ン チ ャ ー ブ ー ム は 、日 本 に お い
1 出 典 (「 中 小 企 業・小 規 模 事 業 者 の 数 等 (2014
業 庁 ホ ー ム ペ ー ジ ・ 2016 年 )
4
年 7 月 時 点 )の 集 計 結 果 」
・中 小 企
て「ベンチャービジネス」という言葉が普及し始めたことに大きく影響してい
る。そして現在、再びベンチャーブームの到来が囁かれ、ベンチャー企業には
イノベーションの促進、新規雇用の創出、生産性の向上 の 3 つの役割が期待さ
れている。
5
我々は、この 3 つの役割の中でも「イノベーションの促進」に着目する。政
府が研究開発型ベンチャーに主眼を置いている現状からも考察できるように、
ベンチャー企業が中心となってイノベーションを生み出すことで、大企業をも
巻き込み、日本経済の発展に寄与することが期待される。
また、主旨文において、ベンチャー企業とは創業からあまり時が経っていな
10
い企業であると定義されていることから、本稿ではベンチャー企業の創出では
なく、既存のベンチャー企業の成長を目的とする。そして、このベンチャー企
業の成長には、資金調達が重要となる。そこで我々は、それぞれの資金調達方
法を充実させることで、ベンチャー企業の成長を促し、日本におけるイノベー
ションの促進を図ることが、ベンチャー企業活性化の意義であると考える。
15
第 3節
ベンチャー企業の成長段階
ベ ン チ ャ ー 企 業 は 成 長 段 階 に よ っ て 「 シ ー ド 期 」、「 ス タ ー ト ア ッ プ 期 」、「 急
成 長 期 」、「 安 定 成 長 期 」 に 分 け る こ と が で き 、 そ の 成 長 段 階 に は 、 そ れ ぞ れ 特
徴的な経営の危機が潜んでいる。
20
図表 1
ベンチャー企業の成長段階
出 典 (『 ベ ン チ ャ ー 企 業 』・ 松 田 修 一 ・ 2014 年 ・ 70 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
(1)シ ー ド 期
シード期とは会社設立までの準備期間を指す。ここでは起業家予備軍が事業
化し、ビジネスに関してどのような経験や学びを得るかが重要となる。
5
(2)ス タ ー ト ア ッ プ 期
スタートアップ期とは会社設立から製品やサービスの販売を開始し、事業が
軌 道 に 乗 る ま で の 期 間 を 指 す 。こ の 期 間 で は 、
「 死 の 谷 」に 注 意 す る 必 要 が あ る 。
死の谷とは、開発コストがかさみ、資金が尽きて倒産の危機を迎えることであ
る。また、創業間もないベンチャー企業の製品やサービスは、他企業との競争
10
や顧客のニーズ等の市場の過当競争にさらされる。これは「ダーウィンの海」
と呼ばれ、これを越えない限り、企業は倒産の危機に陥る。
(3)急 成 長 期
急成長期とは、ベンチャー企業の社会的認知度が上がり、市場や顧客に受け
15
入れられ企業規模が拡大する段階を指す。急成長期への転換期には、ベンチャ
ー 企 業 の 死 亡 率 が 60% 以 上 に 達 す る 。こ れ は 、人 員 を 含 む 全 て の 規 模 が 急 拡 大
する中で、この状況に馴染まない取締役が登場し経営チームの意見が不一致に
なることや、起業家と末端従業員とのコミュニケーションが少なくなること、
新事業の発案等、様々な問題が内在するためである。
20
(4)安 定 成 長 期
安定成長期は市場や製品の社会的認知が確定し、収益が最も安定している段
階であるが、成熟し規模拡大が鈍化する。そのため、ベンチャー企業は新事業
を行わなければ新成長期を迎える前に倒産の危機に陥る。
25
本 章 で は ベ ン チ ャ ー 企 業 の 定 義 、意 義 、成 長 段 階 に つ い て 明 ら か に し て き た 。
次章以降では、ベンチャー企業の資金調達に焦点を当て、現状、課題、そして
解決策について論じていく。
6
第 2章
ベンチャー企業の資金調達の現状
本章では、ベンチャー企業の資金調達の現状について明らかにする。まず、
それぞれの成長段階に適した資金調達方法を概観する。そして、ベンチャー企
業の資金調達方法を直接金融、間接金融、公的支援に分け、それぞれの現状に
5
ついて論じていく。
第 1節
成長段階ごとの資金調達
ベンチャー企業が成長するためには、設備資金、開発資金、営業資金等、多
額の資金が必要である。そのため、企業はどのような資金が、どの程度必要か
10
を予測し、それぞれの成長段階に適した資金調達を行わなければならない。
図表 2
ベンチャー企業の成長段階に応じた資金調達方法
出 典 (「 ベ ン チ ャ ー 企 業 の 資 金 調 達 」・ 大 和 総 研 ・ 2012 年 ・
15
2 ペ ー ジ )を 参 考 に 筆 者 作 成
図表 2 のように、ベンチャー企業の資金調達方法は 、その成長ステージと資
金調達規模に合わせて連続的に繋がり、成長を支えている。この連続性が断た
れると、成長段階に応じた資金調達が困難になり、ベンチャー企業は成長の計
20
画を立てることが難しくなる。したがって、各成長ステージの資金調達方法を
それぞれ充実させることが重要となる。
7
第 2節
直接金融
直接金融とは、資金余剰主体から不足主体へ直接的に資金を融通する仕組み
のことである。一方で、資金余剰主体と不足主体の間に銀行等の金融機関が仲
介役として、資金を融通する仕組みを間接金融と言う。担保能力が不十分であ
5
る ベ ン チ ャ ー 企 業 に と っ て 、間 接 金 融 に よ る 資 金 調 達 に は 限 界 が あ る 。そ こ で 、
直接金融によるリスクマネーの調達をどれだけ行えるかが非常に重要になる。
(1)ス イ ー ト マ ネ ー
スイートマネーとは、起業家や配偶者、親族、知人からの借入金や出資金の
10
ことである。シード期やスタートアップ期においては担保を用意できず、金融
機 関 か ら の 借 入 が 難 し い た め 、家 族 や 友 人 等 に よ る 資 金 の 占 め る 割 合 が 大 き い 。
(2)エ ン ジ ェ ル 投 資
エンジェルとは、ベンチャー企業のスタートアップ期に専門的知識を持って
15
投資する個人投資家のことである。彼らは調達困難なスタートアップ期のリス
クマネーの出し手という金融的な役割に加え、専門家としてのネットワークを
持ち、事業を軌道に乗せるためのアドバイス機能も有している。
日 本 に お け る エ ン ジ ェ ル 投 資 の 状 況 を 見 る と 、2008 年 度 の エ ン ジ ェ ル 投 資 家
の 数 は 約 1 万 人 で あ る 。 一 方 、 エ ン ジ ェ ル 投 資 が 活 発 な 米 国 で は 、 約 23.4 万
20
人である。エンジェル投資家による投資案件 1 件あたりの平均年間投資額、投
資 総 額 の 双 方 に お い て 日 本 は 米 国 よ り も 、 非 常 に 低 い 水 準 に あ る (図 表 3)。
図表 3
25
エンジェルファンドの日米比較
出 典 (「 ベ ン チ ャ ー 企 業 の 資 金 調 達 」・ 大 和 総 研 ・ 2012 年 ・
3 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
8
また、エンジェル投資家の一部では、投資情報の入手や効率的なビジネスノ
ウハウ等の情報交換のために、エンジェルネットワークと呼ばれる投資家同士
のネットワークを形成している。エンジェルネットワークの活動は、情報やス
キルを十分に有していない個人にも投資機会を拡大し、必要なスキルや知識を
5
提供する役割を果たす。そのため、エンジェル投資家の裾野拡大に効果をもた
らすシステムであると考えられる。さらに、個人投資家として既に十分な能力
を持つ者にも便益がある。事業経験や専門性が異なる人々がエンジェルネット
ワークとして集まることにより、多様な投資先企業に対するデュー・ディリジ
ェ ン ス 2 や 経 営 指 導 を さ ら に 専 門 的 に 行 う こ と が で き る よ う に な る 。つ ま り 、エ
10
ンジェルネットワークは、エンジェル投資の成功確率や投資収益率向上にも資
するものと考えられる。
(3)ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ
クラウドファンディングとは、資金を募集する企業へとインターネットを通
15
じて不特定多数の人々から小口の資金が流れる仕組みのことである。クラウド
ファンディングの最大の特徴は、インターネットを通じて、個々の出資額は少
額でも、多数の人々に出資を募ることにより一定の資金を集めることが出来る
点である。信用力が乏しく、銀行等からの資金調達が困難であるスタートアッ
プ期のベンチャー企業にとって、これは有効な資金調達手段であると考えられ
20
る 。日 本 の 主 要 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ の 累 積 支 援 額 は 近 年 拡 大 し 、2015 年 に
は 35.5 億 円 と な っ て い る (図 表 4)。 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ を 活 用 す る ベ ン チ
ャ ー 企 業 も 増 加 し て お り 3 、資 金 調 達 方 法 と し て ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ を 選 択
していることが分かる。
25
2 投 資 家 が 投 資 を 行 う 際 、投 資 対 象 の リ ス ク や リ タ ー ン を 適 正 に 把 握 す る た め に
事前に行う、一連の調査のこと。
3 出 典 (「 ネ ッ ト 資 金 調 達 膨 ら む
クラウドファンディング
昨 年 度 、 国 内 VB
向 け 投 資 の 2 割 」・ 日 本 経 済 新 聞 朝 刊 ・ 2016 年 7 月 4 日 ・ 11 ペ ー ジ )
9
図表 4
日本の主要クラウドファンディング
累 計 支 援 額 (月 次 推 移 )
出 典 (「 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ と そ の 特 性 」・ 三 菱 UFJ 信 託 銀 行 ・
2015 年 ・ 2 ペ ー ジ )
5
クラウドファンディングはその仕組みにより、主に寄付型、購入型、投資型
に 分 類 で き る ( 図 表 5)。
図表 5
クラウドファンディングの分類
10
出 典 (「 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ と そ の 特 性 」・ 三 菱 UFJ 信 託 銀 行 ・
2015 年 ・ 3 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
それぞれについて詳しく見ていく。寄付型は、金銭的な対価の無い資金調達
15
方法である。特定の慈善団体の活動や民間企業、個人が行う社会貢献活動に共
感した個人や法人が、これらに対して寄付を行う。購入型についても金銭的な
対価はなく、対象となる事業から生み出される財・サービスが対価となる。当
該事業者に前払い代金の形で投資を行い、事業が実現した段階で、当該商品等
をリターンとして受け取る。一方、投資型は金銭的な対価がある資金調達方法
20
であり、融資型、ファンド型、株式型に分類できる。融資型とは運営業者が匿
名組合を設立し、インターネット上で出資を募り融資を行い、資金提供者に所
10
定の利息と元本を提供する仕組みである。またファンド型については、資金提
供者が運営業者を介して資金調達者と匿名組合条約を締結して出資を行い、出
資持分を取得する。そして株式型については、資金調達者が未上場の株式を発
行し、資金提供者はインターネットを経由して株式を取得し、株価の上昇等に
5
よる対価を得る。
(4)VC
VC と は 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 に リ ス ク マ ネ ー を 供 給 し 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 の 価 値
向上を支援するファイナンス企業のことである。ベンチャー企業にリスクマネ
10
ー を 供 給 し 、投 資 後 の 支 援 の 成 果 と し て キ ャ ピ タ ル・ゲ イ ン 4 を 得 る こ と を 業 務
と し て い る 。 日 本 に お け る VC の ス テ ー ジ 別 投 資 金 額 を 見 て み る と 、 ス タ ー ト
ア ッ プ 期 に あ た る ア ー リ ー 期 が 最 も 大 き い (図 表 6)。
図表 6
VC 投 資 金 額 の ス テ ー ジ 分 布 (2015 年 度 国 内 向 け )
15
出 典 (「 2015 年 度 ベ ン チ ャ ー キ ャ ピ タ ル 等 投 資 動 向 調 査 年 度 速 報 」・ VEC・
2016 年 ・ 5 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
したがって、スタートアップ期の資金調達手段として重要な役割を果たすと
20
考 え ら れ る 。ま た 、VC は 、出 資 金 の 回 収 の た め に 出 資 先 企 業 の 株 式 公 開 (以 下 、
IPO)を 最 終 目 標 と す る こ と が 多 い た め 、急 成 長 期 に お け る 資 金 調 達 手 段 と し て
の 役 割 も 大 き い 。 し か し 、 日 本 に お け る VC の 投 資 額 は 、 海 外 と 比 較 す る と 低
い 水 準 に あ る (図 表 7)。
4株 式 等 の 売 却 代 金 と 投 資 額 と の 差 。
11
図表 7
米国・欧州・中国・日本の年間投資金額・投資件数の比較
出 典 (「 2015 年 度 ベ ン チ ャ ー キ ャ ピ タ ル 等 投 資 動 向 調 査 年 度 速 報 」 ・
VEC・ 2016 年 ・ 5 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
(4)-1
投資事業組合
投資事業組合とは、投資家から得た資金を基にベンチャー企業の株式等に出
資し、投資先企業の株式上場等によって得たキャピタル・ゲインを投資家に配
分 す る フ ァ ン ド の こ と で あ る 。中 小 企 業 等 投 資 事 業 有 限 責 任 組 合 法 5 に 準 拠 し て
10
組 成 さ れ た 組 合 は 、キ ャ ピ タ ル・ゲ イ ン の 課 税 が 非 課 税 と な り 、二 重 課 税 6 を 回
避 す る こ と が 可 能 と な る 。投 資 事 業 組 合 の 資 金 に は 信 頼 関 係 が 必 要 で あ る た め 、
特定少数者からの資金調達になっている。そのため、生命保険会社や銀行、企
業等の機関投資家からの資金が大きい。
15
(4)-2
出口戦略
ベ ン チ ャ ー 企 業 に 投 資 し た VC 等 の 株 主 は 、 投 資 資 金 の 回 収 を 行 う 。 そ の 方
法 と し て は 、主 に IPO と M&A が 挙 げ ら れ る 。日 本 の 現 状 で は 、IPO が 出 口 戦
略 の 大 き な 割 合 を 占 め る (図 表 8)。
5幅 広 い 投 資 家 層 に よ る 中 小 ・ ベ ン チ ャ ー 企 業 へ の 資 金 供 給 を 促 進 す る た め に 、
投資事業有限責任組合の制度を整備するもの。
6 本 来 、VC
の 利 益 と 、VC か ら 投 資 家 (株 主 )へ の 配 当 金 に 対 し て 、二 重 に 課 税 さ
れる。
12
図表 8
Exit 件 数 比 率 の 推 移
出 典 (「 ベ ン チ ャ ー 白 書 2015」・ VEC・ 2015 年 ・ Ⅰ -11 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
安定成長期に入ったベンチャー企業は、機動的な成長資金の調達、ブランド
構築、人材確保のために、証券市場に新規株式上場を果たす。また、上場基準
を 緩 和 す る こ と で 、ベ ン チ ャ ー 企 業 が 容 易 に IPO を 行 い 、経 済 活 性 化 の 牽 引 役
と な る よ う に 新 興 市 場 が 開 設 さ れ て い る 。 日 本 で は 、 1999 年 の 東 証 マ ザ ー ズ 、
セ ン ト レ ッ ク ス (名 古 屋 証 券 取 引 所 )の 開 設 以 来 、 JASDAQ(店 頭 市 場 か ら 転 換 )、
10
NEO(2007 年 開 設 )、 ヘ ラ ク レ ス (大 阪 証 券 取 引 所 : 2000 年 開 設 )と い っ た 7 つ
の新興株式市場が利用されている。
続 い て 、M&A に つ い て で あ る 。M&A に は 以 下 の 3 種 類 が あ る 。国 内 企 業 間
の合併・買収、国内企業による外国企業の合併・買収、外国企業による国内企
業 の 合 併 ・ 買 収 で あ る 。 M&A は 、 起 業 家 や 経 営 チ ー ム 、 従 業 員 に と っ て も 、
15
ま た 、 リ ス ク を 負 っ て 投 資 を 行 っ た VC に と っ て も 、 投 資 資 金 の 回 収 と し て 重
要 で あ る 7 。し か し 、前 述 し た よ う に 出 口 戦 略 に お け る M&A の 割 合 は 低 く 、一
般 財 団 法 人 ベ ン チ ャ ー ・ エ ン タ ー プ ラ イ ズ ・ セ ン タ ー (以 下 、 VEC)に よ る と 、
2014 年 度 の M&A 件 数 は 36 件 で あ っ た 。
一 方 、 米 国 に お い て M&A は 、 出 口 戦 略 の 主 要 な 方 法 と し て 活 発 に 行 わ れ て
20
お り 、 IPO の 割 合 を 遥 か に 上 回 っ て い る (図 表 9)。
7 出 典 (『 ベ ン チ ャ ー 企 業 』 松 田 修 一 ・ 2014
ジ)
13
年 ・ 日 本 経 済 新 聞 出 版 社 ・ 151 ペ ー
図表 9
米 国 に お け る VC か ら 出 資 を 受 け た 企 業 の Exit 社 数 の 推 移
出 典 (「 ベ ン チ ャ ー 白 書 2015」・ VEC・ 2015 年 ・ Ⅰ -121 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
M&A 件 数 に つ い て 、 こ の よ う に 日 本 と 米 国 の 間 で 差 が 開 い て い る 理 由 の 1
つに両国の会計基準の差異が存在する。日本では独自の会計基準が導入されて
い る 一 方 で 、 米 国 で は IFRS と 呼 ば れ る 国 際 会 計 基 準 の 導 入 が 進 ん で い る 。 そ
し て 、 こ の 会 計 基 準 の 違 い に よ っ て 、 M&A を 行 う 際 に ど の よ う に の れ ん を 評
価するかが変わる。のれんとは、企業買収時に買収企業が手にする、帳簿には
10
表 れ な い 買 収 先 企 業 の ブ ラ ン ド 力 や 販 売 力 、製 品 開 発 力 等 の 資 産 の こ と で あ る 。
その価値は、買収時点から年数が経過するごとに低下していく。そのため、日
本 の 会 計 基 準 に お い て は 、の れ ん を 20 年 目 8 ま で に 価 値 が ゼ ロ に な る と 仮 定 し 、
毎 年 一 定 額 ず つ 減 額 し 、 費 用 (の れ ん 償 却 費 )と し て 計 上 す る ル ー ル と な っ て い
る。すなわち、日本ではのれんの規則償却を導入しているのである。一方、米
15
国をはじめとする諸外国においては、のれんの非償却を導入している。これに
よ り 、の れ ん を 償 却 せ ず 、毎 年 減 損 テ ス ト 9 を 実 施 す る こ と で の れ ん の 残 存 価 値
を評価している。
8 20
年 と い う の は 上 限 の 期 間 で あ り 、 20 年 を 越 え な け れ ば 償 却 期 間 の 設 定 は
M&A の 実 態 に 応 じ て 、 M&A 案 件 ご と に 設 定 す る こ と が 可 能 で あ る 。
9 の れ ん の 価 値 が 減 損 し て い な い か を 確 か め る た め に 、回 収 可 能 額 と 帳 簿 価 格 と
を比較すること。
14
第 3節
間接金融
間接金融の中でも銀行融資は、急成長期のベンチャー企業が用いる一般的な
資金調達方法である。ベンチャー企業が資金調達を行う金融機関には、民間金
融 機 関 と 政 府 系 金 融 機 関 の 2 つ が あ る 。主 な 民 間 金 融 機 関 の 種 類 や 業 務 内 容 は 、
5
以 下 の よ う に な っ て い る (図 表 10)。
図 表 10
民間金融機関の内容
出 典 (『 中 小 企 業 ・ ベ ン チ ャ ー 企 業 論 』
・ 植 田 浩 史 ・ 2014 年 ・
10
194、 195 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
続いて、政府系金融機関について見ていく。政府系金融機関には日本政策金
融公庫と商工組合中央金庫がある。彼らは、中小企業の保護や育成等を遂行す
ることを目的とし、融資が困難な中小企業に対して長期資金の供給を行う補完
15
的な役割も担っている。
1 つ目の日本政策金融公庫とは、民間金融機関が行う事業を補完し、中小企
業者等が円滑に資金調達を行えることを目的として設立されたもので、セーフ
ティーネットや地域活性化等の役割も担っている。
2 つ目の商工組合中央金庫は中小企業等共同組合や中小規模の業者を構成員
20
とする団体、および構成員に対する金融の円滑化を目的として設立された。商
工組合中央金庫では日本政策金融公庫では扱っていない預金業務を行う点、ま
た中小企業団体やその構成員に貸出を限定している点が特徴である。
これら民間金融機関や政府系金融機関からの借入はベンチャー企業の資金調
達 方 法 と し て 多 く 利 用 さ れ て い る (図 表 11)。
25
15
図 表 11
設立から現在までの資金調達額の金額比率
出 典 (「 2011 年 ベ ン チ ャ ー ビ ジ ネ ス の 回 顧 と 展 望 」・
VEC・ 2011 年 ・ 47 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
金融機関は融資の際、内部格付によって融資先企業の価値評価を行う。そし
て、この内部格付には定量評価と定性評価がある。定量評価とは、資本金や自
己資本比率などの財務指標を評価に換算するものである。一方、定性評価とは
過去の運用成績等の数値や実績の評価を中心とせずに、経営者能力や人材、意
10
思 決 定 プ ロ セ ス を 評 価 す る 。こ れ ら 2 つ の 評 価 割 合 は 金 融 機 関 に よ っ て 異 な る
が、ほとんどの金融機関が定量評価を重要視しており、都市銀行に至ってはほ
ぼ 100% 定 量 評 価 に よ り 格 付 け が 行 わ れ て い る (図 表 12)。
図 表 12
金融機関による融資判断の評価割合
15
出 典 (「 経 営 情 報 レ ポ ー ト 」・ 税 理 士 法 人 ゼ ニ ッ ク ス ・ コ ン サ ル テ ィ ン グ ・
2012 年 ・ 3 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
16
第 4 節 公的支援
本節ではベンチャー企業における政府および地方自治体による公的支援に
ついて述べる。一般的にスタートアップ期や急成長期のベンチャー企業は不確
実 性 が 高 く 、リ ス ク 評 価 が 困 難 で あ る こ と か ら 、民 間 金 融 機 関 の み で は 長 期 的・
5
安定的な資金供給は難しいと言われている。そこで、成長時におけるベンチャ
ー企業の資金調達、そして今後の日本経済を支えるベンチャー企業を支援する
ことが公的支援には求められる。
(1)公 的 支 援 の 担 い 手
10
ベンチャー企業向けの公的支援を実施している機関は主に経済産業省と総務
省であり、ベンチャー企業の資金調達を支えている。
経済産業省では、ベンチャー企業を国内に創出し成長させるべく、中小企業
庁 や 中 小 企 業 基 盤 整 備 機 構 (以 下 、中 小 機 構 )、国 立 研 究 開 発 法 人 新 エ ネ ル ギ ー ・
産 業 技 術 開 発 機 構 (以 下 、 NEDO)を 設 け 、 補 助 金 の 交 付 や 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 へ
15
の投資を促進させる税制を敷いている。
中小企業庁は、中小企業庁設置法により、起業家の起業機会の提供、企業経
営を向上させる諸条件の提供という目的の達成を任務としており、中小・ベン
チャー企業の経営方法および事業支援を行っている。
中小機構は中小企業施策の総合的な実施機関としての役割を担っている機関
20
である。新たな需要や雇用の創出等を促し、日本経済を活性化させることを目
的 に 創 業 補 助 金 (創 業 促 進 補 助 金 )を 交 付 し て い る 。 さ ら に 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 の
資金調達の円滑化を図るため、ベンチャー企業を支援するファンド事業者や地
方 自 治 体 に 対 し て も 支 援 を 行 っ て お り 、1,000 万 円 を 限 度 と す る 補 助 金 の 提 供 、
ハ ン ズ オ ン 支 援 10 を 行 っ て い る 。
25
NEDO は 研 究 開 発 型 ベ ン チ ャ ー の 創 出・育 成 を 図 り 、経 済 活 性 化 、新 規 産 業・
雇用の創出に繋げることを目的に、シード期の研究開発型ベンチャーや起業家
に対し、ハンズオンによる経営・事業化のサポート、事業資金を供給する金融
機関等との連携等の事業化支援を行っている。
10 投 融 資 し た 側 が そ の 対 象 企 業 の 経 営 面 で も サ ポ ー ト を 行 う こ と 。
17
次に、総務省における機関として、情報通信研究機構がある。これは、国立
研究開発法人情報通信研究機構が運営する、情報通信分野を専門とする唯一の
公的研究機関である。オープンイノベーションの拠点として情報通信分野のベ
ンチャー企業及び情報通信分野で創業を目指す起業家を対象に、ビジネスマッ
5
チングの促進等、事業化支援を行っている。また、通信・放送新規事業を営む
企業を対象に利子の補完や債務保証といった支援を行っている。
最後に、地方自治体について見ていく。それぞれの自治体が実施しているベ
ン チ ャ ー 企 業 支 援 は 多 岐 に 渡 る 。例 を 挙 げ る と 、福 岡 県 北 九 州 市 で は 、
「北九州
スタートアップネットワークの会」が設立され、起業家と支援者の交流の場を
10
設けることで資金調達のリスクを緩和している。さらに、スタートアップ支援
の た め 、 日 本 最 大 級 の イ ン キ ュ ベ ー シ ョ ン 施 設 11 「 Fabbit」 を 中 心 に 市 内 5 か
所に設置している。
(2)主 な ベ ン チ ャ ー 企 業 支 援 策
15
日本におけるベンチャー企業支援策は、起業家教育から上場の際の人材育成
まで幅広く展開されているが、ここでは主に資金調達に目を向け、現行のベン
チャーファイナンス支援について以下の 3 つを取り上げる。
ま ず 1 つ 目 は 、 中 小 企 業 技 術 革 新 制 度 (以 下 、 SBIR)で あ る 。 こ れ は 、 中 小 企
業の研究開発段階を手助けし、事業化・市場化までを支援するプログラムであ
20
り 、 米 国 の SBIR を 基 に 1999 年 に 始 ま っ た 。 省 庁 横 断 型 の 統 一 ・ 大 規 模 な プ
ログラムとすることにより、ベンチャー企業に対する認知度が高まり、多数応
募を募ることができるため、より革新性の高いベンチャー企業を輩出できると
期待されている。この制度は、経済産業省をはじめとする 7 省庁が外部研究開
発 費 の 一 定 割 合 12 を ベ ン チ ャ ー 企 業 に 集 中 的 に 投 入 す る と と も に 、 そ の 開 発 成
25
果の事業化を促進する制度である。支援制度の枠組みは、研究開発支援と事業
化支援の 2 つからなっている。研究開発支援においては、参加省庁が研究開発
のための特定補助金等を指定し、それぞれの既存制度で支援している。また、
11 ベ ン チ ャ ー 企 業 が 事 業 を 起 こ す た め の 施 設 。
12 毎 年 、 支 出 目 標 額 を 閣 議 決 定 し て い る 。
18
事業化支援においては、研究開発支援を受けた事業者に特許減免等の事業化支
援 措 置 を 行 う 。 そ の 結 果 、 2013 年 に は 指 定 本 数 は 113 本 、 実 績 投 入 額 は 356
億円に上り、制度導入以降、その規模は上昇傾向にある。しかし、その金額は
ほ と ん ど 目 標 に は 届 い て お ら ず 、 未 だ 発 展 途 中 と 言 え る (図 表 13)。
5
図 表 13
日 本 に お け る SBIR 実 績
出 典 (「 中 小 企 業 技 術 革 新 制 度 」・ 総 務 省 ・ 2014 年 ・ 41 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
10
一 方 で 、 米 国 の SBIR 制 度 で は 、 年 間 外 部 研 究 開 発 予 算 が 1 億 ド ル を 超 え る
全 11 省 庁 に 対 し 、そ の 2.5%を SBIR に 拠 出 す る こ と を 義 務 化 し て い る 。ま た 、
フ ェ ー ズ 1~ 3 に 渡 る 各 省 庁 横 断 的 な 選 抜 方 式 を 採 用 し 、フ ェ ー ズ 1 で は 15 万
ド ル 、フ ェ ー ズ 2 に お い て 100 万 ド ル の 支 援 を 行 っ て い る 。こ う し た 取 り 組 み
に よ り 、 2009 年 時 点 に お い て 約 6,000 社 に 対 し て 22 億 ド ル 強 の 助 成 を 行 っ て
15
い る 13 。
2 つ目は、信用補完制度である。信用補完制度とは信用保証制度と信用保険
制度の総称のことである。それぞれについて詳しく見ていく。信用保証制度と
13 出 典「
( 中小企業技術革新制度における事業化促進に係る調査事業報告書
年 」・ 経 済 産 業 省 ・ 2010 年 ・ 23 ペ ー ジ )
19
2010
は、企業が金融機関から資金を借り入れる際に信用保証協会が公的機関として
債務を保証し、倒産等、債務不履行に陥った場合に信用保証協会が債務を肩代
わりし、金融機関に返済する制度である。このように、信用保証協会が公的な
保証人になることで円滑な資金繰りを行うことができる。また、信用保険制度
5
とは企業の返済が滞る等の事案が発生した場合に、日本政策金融公庫が信用保
証協会の損失を一部補填する制度のことである。信用保証協会は日本政策金融
公庫に保険料を支払い、信用保証協会が金融機関に代位弁済した場合に日本政
策金融公庫に保険金を請求できる保険契約を結んでいる。
最後に、エンジェル税制について見ていく。エンジェル税制とは、エンジェ
10
ル投資家が中小・ベンチャー企業に投資する時点と、当該株式を売却した時点
において所得税上の優遇措置を与える制度のことである。投資家にとって損失
を算入できるこの税制は、エンジェル投資の活性化を図る目的で制度化された
ものであり、資金調達の活性化の糸口として期待されている。
こ の 制 度 上 に お け る 投 資 時 の 優 遇 措 置 に は 、(A)投 資 額 を 総 所 得 か ら 控 除 す る
15
措 置 、(B)投 資 額 を 株 式 譲 渡 益 か ら 控 除 す る 措 置 の 2 つ が あ り 、ど ち ら か を 選 択
し て 利 用 で き る (図 表 14)。対 象 と な る 企 業 は (A)3 年 未 満 の 中 小 企 業 で あ り 、営
業 キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー が 赤 字 で あ る こ と 、 (B)10 年 未 満 の 中 小 企 業 で あ り 、 収 入
金額に占める試験研究費の割合や従業者の数に規制等、それぞれ異なる。
20
20
図 表 14
エンジェル税制の優遇措置の対象企業要件
出 典 (「 エ ン ジ ェ ル 税 制 の ご 案 内 」・ 経 済 産 業 省 ・ 3 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
株式を売却した際に損失が生じた場合には、その損失をその年の他の株式譲
渡益と相殺することができる。さらに、エンジェル税制は、法人投資家が投資
事業有限責任組合等のファンドを通じてベンチャー企業に投資する場合でも適
用することができるため、法人投資家によるベンチャー投資の促進が期待され
10
ている。
米国や英国のエンジェル税制と比べると、投資額のキャピタル・ゲイン控除
の部分については遜色ない制度となっている。また、一方でキャピタル・ロス
が 生 じ た 場 合 、日 本 に は 英 国 や 米 国 に あ る よ う な 通 常 所 得 と の 通 算 は 存 在 せ ず 、
キャピタル・ゲインとの通算のみであり、通算できずに残った分に関してはそ
15
の後 3 年間に渡って繰り越す措置が取られている。
21
第 3章
ベンチャー企業の資金調達における課題
第 2 章ではベンチャー企業の資金調達の現状について論じた。我々は、前述
したように既存のベンチャー企業の成長のために、各成長段階における資金調
達方法の充実が必要であると考える。そこで、本章では、スタートアップ期か
5
らの成長段階における資金調達方法について、それぞれの課題を明らかにして
いく。
第 1節
スタートアップ期における課題
(1)ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ
10
前述したように、クラウドファンディングの累積支援額が伸びてきており、
クラウドファンディングを資金調達方法として利用しているベンチャー企業が
増 加 し て い る 。し か し 、日 本 の ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ の 市 場 規 模 は 100 億 円
と 言 わ れ て お り 、2013 年 の 米 国 の 市 場 規 模 2,600 億 円 、英 国 の 1,700 億 円 と 比
べ る と 、 依 然 と し て 大 き な 差 が あ る 14 。
15
このように、諸外国と比較しても、日本のクラウドファンディング市場は小
さい。日本でクラウドファンディングの利用が米国や英国のように進んでいな
い 要 因 と し て 、 認 知 度 の 不 足 が 挙 げ ら れ る 。 2014 年 に NTT コ ム リ サ ー チ が 、
全 国 10 代 ~ 60 代 以 上 の イ ン タ ー ネ ッ ト ユ ー ザ ー 1,084 人 に 行 っ た ア ン ケ ー ト
に よ る と 、ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ を 知 っ て い る と 回 答 し た 人 は 7.7%し か い な
20
い (図 表 15)。
14 出 典 (「 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ の ご 紹 介 」
・ ク ラ ウ ド バ ン ク ・ 2014
ージ)
22
年・4 ペ
図 表 15
クラウドファンディングの認知度
出 典 (「 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ に 関 す る 調 査 」・ NTT コ ム リ サ ー チ ・
2014 年 ・ 1 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
このことから、そもそもクラウドファンディングを知らない人が多いことが
分かる。このように、クラウドファンディングはベンチャー企業の新たな資金
調達方法として期待されるが、認知度の低さから利用が促進されていないので
ある。
10
(2)ベ ン チ ャ ー キ ャ ピ タ ル
スタートアップ期から急成長期にかけてのベンチャー企業にとって、大きな
役 割 を 果 た す VC で あ る が 、 第 2 章 で 論 じ た よ う に 、 日 本 に お け る 投 資 額 は 諸
外 国 と 比 較 す る と 低 い 水 準 に あ る 。 こ の 要 因 と し て 、 VC に お け る 資 金 不 足 が
15
挙 げ ら れ る 15 。2007 年 の 経 済 産 業 省 に よ る ア ン ケ ー ト 調 査 で は 、約 半 分 に 当 た
る 48.0% の VC が 「 資 金 提 供 が 増 え れ ば 投 資 を 増 や し た い 」 と 回 答 し て い る 。
VC へ の 出 資 が 不 足 し て い る た め 、VC は ベ ン チ ャ ー 企 業 へ の 投 資 を 行 え な い 状
況 に あ る こ と が 分 か る 。 こ の 資 金 不 足 に は 、 VC へ の 出 資 者 構 成 が 大 き く 影 響
している。米国や欧州においては、年金基金等を中心とした機関投資家が主な
20
担 い 手 と な っ て い る 一 方 で 、 日 本 の VC フ ァ ン ド は 国 内 事 業 会 社 や 金 融 機 関 が
主 な 担 い 手 と な っ て い る (図 表 16)。
15 出 典 (「 日 本 に お け る ベ ン チ ャ ー キ ャ ピ タ ル の 現 状 と 課 題 技 術 の 産 業 化 の た め
に 」・ 日 本 ベ ン チ ャ ー キ ャ ピ タ ル 協 会 ・ 2013 年 ・ 5 ペ ー ジ )
23
図 表 16
VC フ ァ ン ド の 出 資 者 内 訳 (上 : 日 本 、 下 : 欧 州 )
出 典 (「 ベ ン チ ャ ー 白 書 2015」、 VEC、 2015 年 、 Ⅰ -151 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
日 本 の VC フ ァ ン ド に つ い て 、 事 業 法 人 や 金 融 機 関 か ら の 出 資 割 合 が 大 き い
こ と や 、 そ こ か ら 生 じ る 問 題 点 に は 歴 史 的 背 景 が あ る 。 国 内 VC フ ァ ン ド は 、
事業会社や金融機関の特定戦略目的で設立されたものが多く、ほとんどの無限
責 任 16 社 員 は そ の 子 会 社 、 有 限 責 任 17 社 員 も 大 半 を 親 会 社 に 依 存 す る 形 で フ ァ
10
ンド結成されていた。そのため、親会社の目的が優先されることが多く、ファ
16 会 社 が 倒 産 し た 場 合 等 に 、 会 社 の 債 権 者 に 対 し て 負 債 総 額 の 全 額 を 支 払 う 責
任を負うこと。
17 会 社 が 倒 産 し た 場 合 等 に 、 会 社 の 債 権 者 に 対 し て 出 資 額 を 限 度 と し て 責 任 を
負うこと。
24
ンドパフォーマンスは利益の最大化よりも元本回収の目線となってしまってい
たと推測される。これにより、ベンチャー企業への投資が不十分となる事態を
誘発してしまう。
5
第 2節
急成長期における課題
(1)間 接 金 融
間接金融は、企業自体の信頼性が高まる急成長期から安定成長期に移る際に
多 く 利 用 さ れ る 資 金 調 達 方 法 で あ る 。 ま た 、 2011 年 に 行 わ れ た VEC に よ る 調
査において、ベンチャー企業が今後最も期待する資金調達方法として挙げられ
10
た の が 銀 行 融 資 で あ る 18 。 さ ら に 、 584 社 の 中 小 企 業 へ の 調 査 に よ る と 、 地 方
銀行・第二地方銀行が彼らのメインバンクとされていることが明らかになった
(図 表 17)。 こ の こ と か ら も 分 か る よ う に 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 は 都 市 銀 行 の よ う な
大きな金融機関だけでなく、地方銀行のような地域金融機関等からの円滑な資
金調達を求めている。
15
図 表 17
中小企業のメインバンクの業態
出 典 (「 地 域 経 済 に お け る 金 融 機 能 の 向 上 に 関 す る 調 査 研 究 」・
み ず ほ 総 合 研 究 所 ・ 2012 年 ・ 8 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
20
第 2 章 で 述 べ た よ う に 、銀 行 の 融 資 判 断 で は ほ と ん ど の 金 融 機 関 が 定 量 評 価
を 重 視 し て い る (p16、 図 表 12)。 ま た 現 在 、 迅 速 か つ 効 率 的 な 融 資 を 実 行 す る
ために、クレジット・スコアリング方式を導入する金融機関も増加している。
これは信用リスクと関係が深いと考えられる財務状況や企業属性等をスコアと
25
し て 算 出 し 、融 資 判 定 を 行 う 手 法 で あ り 、ト ラ ン ザ ク シ ョ ン バ ン キ ン グ (以 下 、
18 出 典 (「 ベ ン チ ャ ー ビ ジ ネ ス の 回 顧 と 展 望 」
・ VEC・ 2011
25
年 ・ 48 ペ ー ジ )
ト ラ バ ン )の 1 つ と し て 考 え ら れ る 。ト ラ バ ン と は 、財 務 情 報 等 の 広 く 共 有 さ れ
たハード情報を基に取引を検討するものである。
しかし、定量評価やハード情報による判断では過去の運用実績などを基に評
価するため、実績や十分な担保のないベンチャー企業には不利になる。これで
5
は間接金融による円滑な資金調達が行えなくなってしまう。
そ こ で 、我 々 は 融 資 判 断 を す る 際 に 、ト ラ バ ン で は な く リ レ ー シ ョ ン シ ッ プ・
バ ン キ ン グ (以 下 、 リ レ バ ン )を 促 進 す べ き で あ る と 考 え る 。 リ レ バ ン と は 一 般
的に、金融機関が顧客と長期的・継続的に取引を行うことで、顧客に関する情
報を蓄積し、定量化や認証が困難なソフト情報を基に、融資を検討するもので
10
ある。リレバンが促進されることで、過去の運用実績の少ないベンチャー企業
に対する融資を円滑に行うことができるようになる。
リレバンを促進するためには、定性評価を適切に行うための目利き能力が金
融機関に求められる。しかし、現状では目利き能力が十分でなく、リレバンを
促 進 す る 際 の 阻 害 要 因 と な っ て し ま う (図 表 18) 。 こ の よ う に 、 ベ ン チ ャ ー 企
15
業への融資に最適なリレバンであるが、金融機関における目利き能力不足によ
って促進が困難となる。
図 表 18
20
金融機関の目利き能力
出 典 (「 地 域 金 融 機 関 の 地 域 密 着 型 金 融 機 関 の 取 組 等 に 対 す る 利 用 者 等 の 評 価
に 関 す る ア ン ケ ー ト 調 査 結 果 等 の 概 要 」・ 金 融 庁 ・ 2014 年 ・
4 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
26
第 3節
公的支援における課題
我々は、日本のベンチャー企業に対する公的支援の更なる充実を望む。具体
的にはベンチャー投資を活発にするための環境整備と、ベンチャー企業への資
金面の援助の充実が必要であると考える。そこで、解決すべき課題を以下に挙
5
げる。
(1)エ ン ジ ェ ル 税 制
2013 年 に お け る エ ン ジ ェ ル 税 制 の 利 用 率 は 個 人 投 資 家 全 体 で 30%未 満 19 で
あり、制度化当初期待されていたベンチャー企業のスタートアップ期から急成
10
長期にかけての資金調達を支える役割を十分に果たせていない。要因として、
主に適用要件の厳しさが考えられる。
優 遇 措 置 A で は 、「 創 業 か ら 3 年 未 満 の 中 小 企 業 」、「 創 業 か ら 全 事 業 年 度 赤
字 で あ る こ と 」 20 が 要 件 と し て 挙 げ ら れ て お り 、 投 資 す る に は リ ス ク の 高 い も
のとなっている。実際に、設立経過年数の延長要求がエンジェル税制未利用者
15
の 50%に も 上 っ て お り (図 表 19)、創 業 か ら 全 事 業 年 度 赤 字 で あ る こ と を 要 件 か
ら 撤 廃 し て ほ し い と い う 回 答 が エ ン ジ ェ ル 税 制 未 利 用 者 の 70 % 以 上 に な っ て
い る (図 表 20)。以 上 の こ と か ら 、設 立 経 過 年 数 3 年 未 満 と 赤 字 企 業 限 定 と い う
厳しい要件によりエンジェル税制利用者が限定されてしまい、エンジェル投資
家が増えないことが分かる。
20
図 表 19
個人投資家による設立経過年数延長の要求
低い
要求
高い
出 典 (「 エ ン ジ ェ ル 投 資 家 等 を 中 心 と し た ベ ン チ ャ ー エ コ シ ス テ ム に つ い て 」・
野 村 総 合 研 究 所 ・ 2015 年 ・ 131 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
19 出 典 (「 個 人 投 資 家 に よ る ベ ン チ ャ ー 企 業 等 へ の 投 資 活 動 の 実 態 に 関 す る 調
査 」・ 野 村 総 合 研 究 所 ・ 2013 年 ・ 43 ペ ー ジ )
20 国 家 戦 略 特 別 区 域 法 上 の 国 家 戦 略 特 区 に お い て は 「 営 業 利 益 率 が 一 定 以 下 」
となっている。
27
図 表 20
個人投資家による創業から全事業年度赤字撤廃の要求
低い
要求
高い
出 典 (「 エ ン ジ ェ ル 投 資 家 等 を 中 心 と し た ベ ン チ ャ ー エ コ シ ス テ ム に つ い て 」・
野 村 総 合 研 究 所 ・ 2015 年 ・ 132 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
(2)日 本 版 SBIR
第 2 章 に お い て 、ベ ン チ ャ ー 企 業 の 研 究 開 発 段 階 か ら 事 業 化 段 階 ま で を 支 援
す る 制 度 と し て 、SBIR を 取 り 上 げ た 。SBIR と は 、本 来 は 省 庁 横 断 型 の 公 的 支
援として導入されたものであるが、その実態は期待されるレベルにまで至って
10
い な い 。 SBIR の 支 援 メ ニ ュ ー は 、 省 庁 の 縦 割 り の 行 政 シ ス テ ム の 中 で 、 長 期
的な支援や横との連携を考慮せずに打ち出されたものとなっており、省庁横断
型 と は 言 え な い の で あ る 21 。利 用 す る ベ ン チ ャ ー 企 業 側 か ら も 、
「支援策の種類
が 多 く て 複 雑 」、
「 適 用 条 件 や 審 査 基 準 が 細 か く 分 か り に く い・使 い に く い 」、
「ど
こ に 問 い 合 わ せ た ら よ い か 分 か ら な い 」 等 の 指 摘 22 が あ る 。
15
ま た 、 日 米 の SBIR を 比 較 す る と 、 日 本 の SBIR の 統 一 的 な 運 営 が な さ れ て
い な い こ と が 明 ら か で あ る (図 表 21)。
21 出 典 (「 わ が 国 ベ ン チ ャ ー 支 援 策 の 実 効 性 を 高 め る ポ イ ン ト 」
・日 本 総 研・2014
年・4 ページ)
22 出 典 (「 起 業 家 教 育 の 実 態 及 び ベ ン チ ャ ー 支 援 策 の 周 知 ・ 普 及 等 に 関 す る 調
査 」・ 有 限 監 査 法 人 ト ー マ ツ ・ 2014 年 ・ 143 ペ ー ジ )
28
図 表 21
日 米 SBIR の 比 較
出 典 (「 わ が 国 ベ ン チ ャ ー 支 援 策 の 実 効 性 を 高 め る た め の ポ イ ン ト 」・
日 本 総 研 ・ 2014 年 ・ 7 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
5
日 本 に お い て は 、 中 小 企 業 庁 が SBIR の 管 轄 を 行 っ て い る が 、 省 庁 横 断 的 な
司令塔として機能していない。中小企業庁は設置法上、中小企業に関係がある
事項に関し、各府省に対して報告又は資料の提出、その他必要な協力を求め、
意 見 を 述 べ る 程 度 に と ど ま っ て い る 。 そ の 結 果 、 SBIR の 各 特 定 補 助 金 の 制 度
10
設 計 や 研 究 開 発 課 題 設 計 は 、 SBIR 制 度 の 趣 旨 よ り も 各 特 定 補 助 金 等 の 主 旨 に
基づき、実施されている。また、予算についても、各省庁において中小企業向
け 支 出 目 標 額 を 閣 議 決 定 す る こ と に な っ て お り 、2013 年 の 実 績 額 は 356 億 円 2 3
である。
一 方 、 日 本 版 SBIR の 模 範 と も な っ て い る 米 国 の SBIR は 、 米 国 中 小 企 業 局
15
の 強 い 権 限 の 下 で 実 施 さ れ て い る 。 SBIR の 応 募 要 件 も 、 目 的 に 沿 っ た 形 で 定
められており、米国における「スター誕生」を強力に支援している。
米 国 と 比 較 し て も 明 ら か な よ う に 、 日 本 の SBIR は 、 中 小 企 業 庁 が 統 括 機 関
として機能していないため、省庁横断的な公的支援としての本来の役割を果た
せておらず、ベンチャー企業が利用しにくいものとなっている。
20
23 出 典 (「 中 小 企 業 技 術 革 新 制 度 」
・ 総 務 省 ・ 2014
29
年 ・ 41 ペ ー ジ )
第 4節
安定成長期における課題
安 定 成 長 期 を 迎 え た ベ ン チ ャ ー 企 業 に と っ て 、 IPO や M&A と い っ た 出 口 戦
略は今後の成長を担う最も重要なものである。日本における出口戦略の方法と
し て 比 較 的 高 い 割 合 を 占 め る の は IPO で あ り 、 M&A は 大 企 業 の 事 業 拡 大 や 事
5
業承継等を目的に用いられるに留まっている。
IPO に 関 し て 見 る と 、 リ ー マ ン ・ シ ョ ッ ク が 発 生 し た 2008 年 以 降 、 回 復 傾
向 に は あ る も の の 、 そ の 水 準 を 落 と し て し ま っ て い る (図 表 22)。
図 表 22
新興株式市場への新規上場企業数の推移
10
出 典 (「 ベ ン チ ャ ー 白 書 2015」・ VEC・ 2015 年 ・
13、 14 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
こ の 要 因 は 、 IPO に よ る ベ ン チ ャ ー 企 業 の 負 担 増 大 に あ る 。 虚 偽 記 載 や 粉 飾
15
決 算 、反 社 会 的 勢 力 と の 関 係 か ら 上 場 廃 止 と な る ケ ー ス が 増 加 し た こ と を 受 け 、
新 興 株 式 市 場 の 各 取 引 所 や 引 受 証 券 会 社 の 審 査 は 厳 格 化 し た 。2009 年 に は 内 部
統 制 整 備 の た め の J-SOX 法 (内 部 統 制 報 告 制 度 )が 金 融 商 品 取 引 法 等 に お い て 規
定され、上場準備期におけるベンチャー企業の内部統制に掛かる負担を増大さ
せ た 。こ の よ う に 、上 場 審 査 の 厳 格 化 に よ っ て ベ ン チ ャ ー 企 業 の IPO コ ス ト が
20
増 大 し 、IPO を 行 う ベ ン チ ャ ー 企 業 が 減 少 し 始 め た 。こ れ を 受 け 、2014 年 に は
金融庁によって上場後 3 年分の内部統制報告書作成に掛かる監査が免除された
24 。 こ の よ う な 内 部 統 制 制 度 の 見 直 し と 円 安 に 伴 う 日 経 平 均 株 価 上 昇 に よ り 、
出 典 (「 内 部 統 制 報 告 書 、監 査 を 3 年 免 除 、 改 正 金 商 法 成 立 」・ 日 本 経 済 新 聞
朝 刊 ・ 2014 年 5 月 24 日 ・ 5 ペ ー ジ )
24
30
今 後 IPO は 拡 大 す る と 見 込 ま れ て い る 。そ こ で 我 々 は 、も う 1 つ の 出 口 戦 略 で
あ る M&A を 活 性 化 す る こ と で 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 の 投 資 の 出 口 を 支 援 す る 必 要
が あ る と 考 え る 。 ベ ン チ ャ ー 白 書 2015 に よ る と 、 株 価 が 下 落 し た 際 に 、 ベ ン
チ ャ ー 企 業 は IPO し に く い 環 境 に 置 か れ る た め 、そ う し た 場 合 に 利 用 で き る 出
5
口 戦 略 と し て M&A を 普 及 さ せ る 必 要 が あ る 。
し か し 、日 本 に お け る M&A 水 準 は IPO 以 上 に 低 く 、2014 年 度 に お け る M&A
件 数 は 36 件 で あ り 、 同 年 の Exit 件 数 に 占 め る 割 合 は 5% し か な い 25 。 日 本 に
お い て ベ ン チ ャ ー 企 業 の M&A が 促 進 さ れ な い 背 景 に は 、 買 い 手 側 と 売 り 手 側
における要因がそれぞれ存在すると考えられる。
10
買 い 手 に お け る 1 つ 目 の 要 因 は 、既 存 の 企 業 が ベ ン チ ャ ー 企 業 に つ い て 認 知
し て い な い こ と が 挙 げ ら れ る 。M&A の メ リ ッ ト や デ メ リ ッ ト を 考 え る 以 前 に 、
そ も そ も 企 業 は M&A の 対 象 と な る ベ ン チ ャ ー 企 業 に つ い て 情 報 を 得 ら れ て い
な い の で あ る 。図 表 23 を 見 る と 、既 存 の 企 業 が M&A に 対 し て 感 じ る 課 題 に つ
いて「対象となるベンチャー企業が見つからない」が最も高い割合を占めてお
15
り、ベンチャー企業と繋がる機会が乏しいことが見てとれる。
図 表 23
ベ ン チ ャ ー 企 業 へ の 出 資 ・ M&A の 課 題
出 典 (「 新 事 業 創 出 支 援 に 関 す る 実 態 調 査 」・ 野 村 総 合 研 究 所 ・ 2013 年 ・
20
72 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
25 出 典 (「 ベ ン チ ャ ー 白 書
2015」・ VEC・ 2015 年 ・ 11、 12 ペ ー ジ )
31
2 つ目に、制度の観点から見た「のれんの規則償却」が挙げられる。前述し
たようにのれんとは、帳簿には表れない資産のことであり、その価値は買収時
点から年数が経過するごとに低下する。日本の会計基準では、これをのれん償
却費として規則的に計上する。しかし、これは理論上のものであり、現実には
5
全てののれんの価値が減少するとは限らない上に、仮に減価する場合でも毎期
規則的に減価するとは言えない。のれんの耐用年数や減価パターンは、一般的
には予測不可能であり、のれんの償却を正確に行うことは極めて困難である。
ま た 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 を 対 象 と し た M&A に お い て は 、 短 期 的 な 業 績 面 で 赤 字
が継続していたとしても、ビジネスモデルの新規性や将来の成長性の面から企
10
業価値を評価し、買収の意思決定をするケースが一般的である。しかし、こう
し た M&A に お い て は 、 将 来 性 の 評 価 を 高 く 見 積 も る ほ ど 、 の れ ん と し て 計 上
される金額が多額になりやすい。この場合、資産計上された多額ののれんを比
較的短い期間で償却したとすると、買収企業の利益は大幅に圧迫されることに
な る 。こ う し た 懸 念 か ら 、既 存 の 企 業 は ベ ン チ ャ ー 企 業 の 買 収 に 消 極 的 に な り 、
15
日 本 に お け る M&A が 伸 び 悩 ん で い る の で あ る 。図 表 23 に お い て も 、45.5% の
企 業 が M&A 時 の 課 題 と し て「 投 資 す る 際 の 企 業 や 事 業 の 価 値 評 価 が 難 し い (無
形 資 産 の 評 価 等 )」 を 挙 げ て い る 。
次に、売り手側における要因である。通常、売り手とは自社を大企業に売り
渡す企業のことを言うが、我々は主に投資家の立場に立って課題を提起する。
20
投 資 家 に と っ て 、出 口 戦 略 と し て 一 般 に 利 益 を 増 幅 で き る の は IPO と 考 え ら れ
て い る 。 IPO す る こ と は 、 投 資 先 企 業 が 一 定 水 準 の 利 益 を 上 げ 、 企 業 価 値 を 上
昇 さ せ る こ と で あ る た め 、 IPO に 伴 う 投 資 家 の 利 益 は 大 幅 に 増 大 す る 。 一 方 で
M&A の 場 合 、DCF 手 法 26 や 類 似 企 業 比 較 法 27 に よ っ て 企 業 価 値 を 測 定 し て い る
た め 、こ ち ら も リ ス ク が 小 さ く 、投 資 家 の 利 益 拡 大 に 貢 献 す る と 言 わ れ て い る 。
25
し か し 、 M&A は IPO と は 異 な り 、 長 期 間 か け て そ の 価 値 を 測 定 す る が 、 そ の
26 あ る 資 産 や プ ロ ジ ェ ク ト の 金 銭 的 価 値 を 、 そ れ ら が 将 来 生 み 出 す キ ャ ッ シ ュ
フローの現在価値として求める方法。
27 上 場 企 業 の 中 か ら 、 評 価 対 象 会 社 と 事 業 内 容 や 規 模 な ど が 似 て い る 会 社 を 抽
出 し 、 そ の 株 式 時 価 総 額 等 を 各 種 指 標 (売 上 高 等 )で 除 し た 倍 率 を 、 評 価 対 象 会
社の指標にかけ合わせて企業価値を算定する方法。
32
期 間 に 予 測 さ れ た シ ナ ジ ー 効 果 28 を 得 ら れ な か っ た 場 合 、 企 業 価 値 と 株 主 価 値
は予測したほどには上昇しない。つまり、投資家の観点から見ると、一般的に
M&A は IPO よ り も 利 益 増 加 が 見 込 ま れ な い と 考 え ら れ て い る 。
以 上 、 買 い 手 と 売 り 手 双 方 の 課 題 よ り 、 日 本 に お け る M&A の 活 性 化 が 妨 げ
5
られていることが分かる。次章において、これら 2 点を解決するための提案を
行う。
28 相 乗 効 果 。 2
者が共同で何かを成すことで 1 者では達成できない成果を生む
こと。
33
第 4章
日本のベンチャー企業の資金調達の今後の在り方
本 章 で は 、第 3 章 で 明 ら か に し た 課 題 に つ い て 、そ の 解 決 策 を 提 案 す る 。我 々
は 、 図 表 24 の よ う に 成 長 段 階 ご と に 解 決 策 を 提 示 す る こ と で 、 ベ ン チ ャ ー 企
業の資金調達の活性化に寄与し、成長を促すことができると考える。
5
図 表 24
各成長段階における提案
筆者作成
10
第 1節
スタートアップ期における提案
(1)銀 行 に よ る ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ 仲 介 業 務
第 3 章では、クラウドファンディングの普及が進んでいない要因として 、認
知度不足を取り上げた。我々は、この認知度不足を解消し、クラウドファンデ
ィ ン グ の 利 用 を 促 進 す る た め に「 銀 行 に よ る ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ 仲 介 業 務 」
15
を提案する。
こ れ は 、銀 行 が 仲 介 業 者 に な り 、投 資 家 と 事 業 者 を 繋 げ る と い う こ と で あ る 。
投資家は、既存のクラウドファンディング同様に、ウェブサイトから利用する
ことができ、銀行の窓口からも利用可能とする。銀行の扱うクラウドファンデ
ィングは融資型とし、現在の融資部門が新たな業務として行う。融資型クラウ
20
ドファンディングを利用する投資家は返済時期や利回りを考慮し、ファンドを
34
選 択 す る だ け で あ る 。そ の た め 、個 別 の 企 業 を 調 べ る 必 要 は な い 。し た が っ て 、
投資家にとって比較的簡単なクラウドファンディングと言える。
そして、この提案のメリットは 2 つある。1 つ目は、クラウドファンディン
グ の 認 知 度 向 上 で あ る 。2015 年 に 全 国 銀 行 協 会 が 行 っ た 調 査 29 に よ る と 、い ず
5
れ か の 銀 行 で 個 人 口 座 を 持 つ 人 は 91.5%で あ り 、ほ と ん ど の 人 が 保 有 し て い る 。
このことから、銀行は利用者が多く、身近な金融機関であることが分かる。
ま た 、1998 年 に 銀 行 で 投 資 信 託 30 販 売 が 解 禁 さ れ 、投 資 信 託 を 購 入 で き る 店
舗の数が飛躍的に拡大した。投資家の観点から見ると、投資信託は小額から投
資でき、専門家による分散投資が行われているため、比較的投資しやすい商品
10
である。実際に公募株式投資信託の残高に占める販売チャネル別推移を見てみ
る と 、 解 禁 か ら 急 速 に 拡 大 し て い る (図 表 25)。 つ ま り 、 銀 行 で の 販 売 は 販 売
チャネルとして有効だと分かる。このように、馴染みのある銀行でクラウドフ
ァンディングを扱うことにより、認知度が向上し、利用が促進できると考えら
れる。
15
図 表 25
公募株式投資信託の販売チャネル別残高構成の推移
出 典 (「 個 人 資 産 の 運 用 分 析 を 通 じ た 世 界 的 な 視 野 で の 産 業 金 融 の 枠 組 み に 係 る
検 討 」・ 野 村 総 合 研 究 所 ・ 2014 年 ・ 29 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
29 出 典 (「 よ り よ い 銀 行 づ く り の た め の ア ン ケ ー ト ( 2015
年 度 )」・ 全 国 銀 行 協
会 ・ 2015 年 ・ 38 ペ ー ジ )
30 投 資 家 か ら 集 め た 小 口 の 資 金 を 大 き な 基 金 と し て ま と め 、 運 用 の 専 門 家 が 株
式や債券などに投資・運用する商品のこと。
35
2 つ目のメリットは、窓口で対面相談ができることである。通常のクラウド
ファンディングではウェブサイトのみで取引が行われている。しかし、これだ
けではクラウドファンディング初心者は相談することができず、利用を拒む可
能性がある。そこで、仲介業者となる銀行はウェブサイトだけでなく、窓口で
5
も取引ができるようにする。みずほ銀行では、対面での詳しい説明をして欲し
いというニーズやインターネットを使えない人への対応策のために、投資信託
の窓口販売を行っている。このように、窓口販売では銀行に訪れた人と対面の
相談ができ、従来には無い利用者に寄り添ったクラウドファンディングが可能
となる。
10
また銀行側のメリットとして、クラウドファンディングを扱うことにより新
たな手数料収入を得ることが挙げられる。これは、投資家の運用益、企業側か
ら手数料を取ることとする。実際に、銀行が投資信託を窓口販売した時のメリ
ットとして手数料収入が挙げられた。
加えて、クラウドファンディングによるベンチャー企業の資金調達を促進す
15
るため、ベンチャー企業ファンドを作ることとする。現在、融資型クラウドフ
ァンディングを扱う仲介業者であるクラウドバンクでは、中小企業支援型ファ
ンドという中小企業に特化したファンドを作っている。このように、銀行の扱
う商品にベンチャー企業特化型ファンドを作り、より円滑な資金調達に寄与す
ることができる。
20
以上のように、身近な銀行が仲介業者になることで認知度不足が解消され、
従来よりも相談しやすいクラウドファンディングになり、利用者増加に繋がる
のである。
(2) 年 金 積 立 金 管 理 運 用 独 立 行 政 法 人 に よ る VC 投 資
25
第 3 章 で は 、 日 本 の VC は 資 金 不 足 に 苦 し ん で い る た め 、 VC か ら ベ ン チ ャ
ー企業への投資額が依然として未熟であることを課題として取り上げた。そこ
で、
「 年 金 積 立 金 管 理 運 用 独 立 行 政 法 人 (以 下 、GPIF)の 運 用 対 象 の 変 更 に よ る 、
VC 出 資 」を 提 案 す る 。GPIF と は 、厚 生 労 働 大 臣 か ら 寄 託 さ れ た 年 金 積 立 金 の
管理及び運用を行うとともに、その収益を国庫に納付し、厚生年金保険事業及
30
び 国 民 年 金 事 業 の 運 営 の 安 定 に 資 す る こ と を 目 的 と し た 機 関 で あ る 。 129 兆
36
7,012 億 円 の 運 用 資 産 31 (2016 年 )を ポ ー ト フ ォ リ オ に 基 づ き 、 主 に 国 内 債 券 や
国 内 株 式 、外 国 債 券 、外 国 株 式 に 投 資 し て い る 。2014 年 に は 基 本 ポ ー ト フ ォ リ
オのうち、国内債券の割合を大きく減少させる一方、国内株式、外国株式、外
国 債 券 の 構 成 割 合 を 引 き 上 げ る と い っ た 変 更 を 行 っ た (図 表 26)。年 金 財 政 の 長
5
期的な健全性を確保すべく、後述する分散投資を進めていることが窺える。
図 表 26
GPIF ポ ー ト フ ォ リ オ (左 : 変 更 前 、 右 : 変 更 後 )
出 典 (「 国 債 35% に 下 げ 、 公 的 年 金 運 用 、 中 長 期 で 、 日 本 株 25% 。」・
10
日 本 経 済 新 聞 朝 刊 ・ 2014 年 10 月 31 日 ・ 1 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
そこで、我々は運用対象の変更により、この莫大な運用資産のうち、一部を
VC 投 資 に 充 て る こ と を 提 案 す る 。現 在 、GPIF で は 海 外 の イ ン フ ラ 投 資 や 新 興
国 の プ ラ イ ベ ー ト ・ エ ク イ テ ィ 投 資 32 を 中 心 に 、 総 資 産 の 0.04% を 国 外 の オ ル
15
タ ナ テ ィ ブ 投 資 33 を 行 っ て い る 。 し か し 、 オ ル タ ナ テ ィ ブ 資 産 に 対 す る 投 資 の
上 限 は 5% で あ る 。そ こ で 、こ の 範 囲 内 に お い て VC 投 資 を 行 う こ と で 、VC の
資 金 不 足 を 解 消 で き る と 考 え ら れ る 。仮 に 運 用 資 産 の 0.02% を VC 投 資 に 充 て
31 出 典 (「 平 成
28 年 度 第 1 四 半 期 運 用 状 況 」・ GPIF・ 2016 年 ・ 1 ペ ー ジ )
32 未 上 場 企 業 へ の 株 式 投 資 。
33 株 式 や 債 券 等 の 伝 統 的 な 資 産 運 用 を 越 え て 、 ヘ ッ ジ フ ァ ン ド や 商 品 、 不 動 産
等、異なったリスクを持つ運用対象に対して投資するもの。
37
た 場 合 、 約 268 億 円 が VC に 投 資 さ れ る こ と に な る 。 VC の 1 件 あ た り の 投 融
資 残 高 が 約 7 億 円 34 で あ る こ と か ら 、VC か ら ベ ン チ ャ ー 企 業 へ の 投 資 が 増 加 す
ることが予想される。
このような運用対象の変更は、公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高
5
度 化 に 関 す る 有 識 者 会 議 に お い て も 提 言 さ れ て お り 、ア ベ ノ ミ ク ス 3 本 目 の 矢
である「日本再興戦略」に基づき、公的年金を始めとする公的・準公的資金の
運用等の在り方について、検討が行われている。具体的には、新たな運用対象
と し て 、VC 投 資 の 他 に も REIT・ 不 動 産 投 資 、イ ン フ ラ 投 資 、プ ラ イ ベ ー ト ・
エ ク イ テ ィ 投 資 、 コ モ デ ィ テ ィ 投 資 35 等 を 追 加 す る こ と に よ り 、 運 用 対 象 の 多
10
様 化 を 図 り 、分 散 投 資 を 進 め る こ と が 望 ま し い と 言 わ れ て い る 。分 散 投 資 と は 、
債 券 や 株 式 の よ う に 、特 性 の 異 な る 複 数 の 資 産 に 分 散 し て 投 資 す る こ と に よ り 、
長 期 的 に リ ス ク 水 準 を 抑 え る こ と を 可 能 に す る 投 資 方 法 で あ る 。 GPIF は こ の
投資方法に則り、国内外の債券や株式等を一定割合組み入れることにより、年
金 財 政 上 必 要 な 利 回 り を 最 低 限 の リ ス ク で 確 保 し て い る 。 VC 投 資 等 を 運 用 対
15
象として追加することで、これらを促進することにも繋がる。
以 上 の よ う に GPIF が 運 用 対 象 を 多 様 化 す る こ と で 、VC 投 資 が 可 能 に な る 。
そ し て 、 VC の 資 金 が 潤 う こ と で 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 へ の 投 資 が 活 発 に な り 、 ス
タートアップ期におけるベンチャー企業の資金調達の活性化が期待できる。
20
第 2節
急成長期における提案
(1)中 小 企 業 技 術 ・ 経 営 力 評 価 制 度 の 促 進
第 3 章において、間接金融による融資判断はトラバンではなく、リレバンを
用いることでベンチャー企業への資金調達を円滑に行えると論じたが、リレバ
ン促進のためには、金融機関の目利き能力を補完しなければならないという課
25
題が浮き彫りとなった。
そこで、我々は「都道府県単位での中小企業技術・経営力評価制度の促進」
を提案する。この制度は以下の流れで行われる。まず、産業活性化支援センタ
34 出 典 (「 ベ ン チ ャ ー 白 書
2015 年 度 版 」・ VEC・ 2015 年 )
35 商 品 先 物 市 場 で 取 引 さ れ て い る エ ネ ル ギ ー 、 貴 金 属 、 穀 物 等 の コ モ デ ィ テ ィ
(商 品 )に 投 資 す る こ と 。
38
ー等の機関が事務局となり、中小企業からの直接の申し込み、中小企業からの
金融機関を経由した申し込み、中小企業の同意を得た金融機関からの申し込み
の 3 つの方式で申し込みを受け付ける。そして、産業活性化支援センターが申
請書を基に、民間の評価機関の事務局に評価者の派遣を依頼する。評価機関事
5
務局は評価者を選定して評価実施を依頼、そして評価者は企業に出向いてヒア
リングを行い、評価書を作成する。作成された評価書は、評価機関事務局にて
選 別 さ れ 、 さ ら に 技 術 評 価 支 援 委 員 会 で の 審 議 を 経 て 、 発 行 さ れ る (図 表 2 7 )。
図 表 27
評価書発行のプロセス
10
出 典 (「 平 成 26 年 度 地 域 経 済 産 業 活 性 化 対 策 調 査 」・
三 菱 総 合 研 究 所 ・ 2015 年 ・ 3 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
技術や経営力について、専門機関からの評価書が発行されることには、中小
15
企業と金融機関双方にメリットがある。中小企業のメリットとしては、以下の
3 つが挙げられる。①自社の強みや弱みを確認できること、②方向性をチェッ
クできること、③事業改善のヒントを得られることである。一方、金融機関の
メリットとしても、以下の 3 つが挙げられる。①取引先企業の事業実態を把握
することで、技術・製品・サービス等、事業内容の価値判断の参考にできるこ
20
と 、② 取 引 先 の 問 題 点 が 分 か り 、事 業 改 善 に 向 け た 支 援 の 基 礎 資 料 に な る こ と 、
③融資判断の参考にできることである。兵庫県、広島県、福岡県ではこれらの
取 り 組 み が 既 に 行 わ れ て い る 。兵 庫 県 に お け る 累 積 発 行 件 数 は 952 件 で 、こ の
う ち 融 資 に 繋 が っ た も の は 583 件 で あ っ た 36 。 融 資 審 査 に お い て 、 評 価 書 が あ
36 出 典 (「 平 成
26 年 度 地 域 経 済 産 業 活 性 化 対 策 調 査 」・ 三 菱 総 合 研 究 所 ・ 2015
年 ・ 10 ペ ー ジ )
39
と一押しの材料となって融資枠が増加することや、金利等の条件が良くなって
いるケースが多い。このように実績が出ていることから、これら 3 県以外の他
地 域 へ の 促 進 を 提 案 す る 。そ の 際 、評 価 を 行 う 人 材 の 確 保 が 重 要 と な っ て く る 。
そ の た め 、 公 設 試 験 研 究 機 関 37 の よ う な 機 関 か ら 自 治 体 の 産 業 活 性 化 セ ン タ ー
5
等支援機関に専門家を派遣することが望ましい。そして、この機関がベンチャ
ー企業についてのヒアリング等の調査を基に評価を行う。完成された評価書を
受け、金融機関は定性評価による融資判断を行うことが可能になる。
以 上 の よ う に 、都 道 府 県 単 位 で 企 業 技 術・経 営 評 価 制 度 の 促 進 を 行 う こ と で 、
金融機関に不足している目利き能力を補う。これにより、一層リレバンは促進
10
され、定性評価を行いやすくなることで、ベンチャー企業の間接金融による円
滑な資金調達が期待できる。
第 3節
公的支援における提案
創業したばかりで信用力のないベンチャー企業にとっては、特にスタートア
15
ップ期において公的支援による資金調達が必要となる。しかし、製品の継続的
なレベルアップを行い、成長していくためにはスタートアップ期だけでなく、
急成長期にかけても公的支援が重要となる。そこで、我々の以下の 2 つの提案
は、スタートアップ期と急成長期の両方での資金調達を充実させることを目的
としている。
20
(1)エ ン ジ ェ ル 税 制 の 改 正
第 3 章 に お い て 、ベ ン チ ャ ー 企 業 へ の 資 金 提 供 の 幅 を 広 げ る と 期 待 さ れ る エ
ンジェル税制に関して、利用を妨げている要因を挙げた。同章で述べたエンジ
ェ ル 税 制 の 課 題 は 、優 遇 措 置 A に お け る 適 用 要 件 が 厳 し い こ と で あ っ た 。こ れ
25
を解消し、ベンチャー企業への投資を促進するため、我々はエンジェル税制の
改革を提案する。現在、優遇措置 A は優遇措置 B よりも利用されているため、
優 遇 措 置 A の 利 便 性 を 向 上 さ せ る こ と で 、よ り 一 層 の 利 用 拡 大 が 望 め る 。ま た 、
37 各 地 域 に お い て 自 治 体 に よ っ て 設 置 さ れ た も の で あ り 、 企 業 の 技 術 の 信 頼 性
についての評価をはじめとして様々な中小企業支援を行っている機関のこと。
40
一般にエンジェル投資家は自身が元々起業家であった富裕層と言われている。
経済産業省による調査を見ても、日本におけるエンジェル投資家が高所得者で
あ る こ と が 分 か る (図 表 28)。
5
図 表 28
エンジェル投資家の年収
出 典 (「 ベ ン チ ャ ー 企 業 の 創 出 ・ 成 長 に 関 す る 研 究 会 」・ 経 済 産 業 省 ・
2008 年 ・ 5 ペ ー ジ )よ り 筆 者 作 成
10
所得税について、日本では累進課税制度が採用されており、高所得の投資家
の 方 が 税 金 は 高 く 、投 資 額 が 所 得 か ら 控 除 さ れ る 優 遇 措 置 A を 適 用 し た 際 の 便
益 は 大 き く な る 。こ れ ら の こ と か ら 我 々 は 優 遇 措 置 A に 着 目 し 、高 所 得 投 資 家
によるエンジェル税制の利用を促進する。
エンジェル税制を拡充する上で、必要なのは対象となる企業の要件緩和であ
15
る 。現 行 の 優 遇 措 置 A で は 対 象 企 業 を 研 究 開 発 型 の 赤 字 企 業 に 絞 っ て お り 、設
立経過年数を短く設定していることが投資家の投資意欲を阻害する要因と考え
ら れ る (p21 の 図 表 14)。同 税 制 を 知 っ て い た が 利 用 し な か っ た 理 由 の 上 位 に「 適
用要件が厳しい」ことが挙がっていたことを考慮しても、要件を緩和すること
は必要不可欠である。そこで我々は投資家の投資意欲促進を図るため、具体的
20
な 解 決 策 と し て 、 優 遇 措 置 A に お け る ① 「 設 立 経 過 年 数 を 3 年 未 満 か ら 10 年
未 満 へ の 延 長 」、 ② 「 創 業 か ら 全 事 業 年 度 赤 字 と い う 要 件 の 撤 廃 」 を 提 案 す る 。
設 立 経 過 年 数 を 10 年 未 満 に す る こ と は 、 研 究 開 発 型 企 業 に 特 化 し て い る と
考えられる現行の税制の基盤を崩すことを意味する。しかし、エンジェル投資
41
家の数や投資件数が少ない現在の状況を踏まえると、設立経過年数を延長する
ことで、研究開発型企業に限定されていた対象企業要件をより幅広いベンチャ
ー企業へと拡大することができる。ベンチャー企業の成長サイクルを見てみる
と 、5 年 を 過 ぎ た 頃 か ら 利 益 を 生 み 出 し 、10 年 を 1 つ の 区 切 り と す る こ と が 多
5
い 。現 在 、国 家 戦 略 特 区 の み に お い て 、設 立 経 過 年 数 を 3 年 か ら 5 年 未 満 に す
る よ う 望 ま れ て い る 38 。 し か し 、 こ の よ う に 限 ら れ た 地 域 だ け で な く 、 全 国 に
おいて延長することで、エンジェル税制の利用者増加を図ることができるので
ある。
ま た 、優 遇 措 置 A に お け る「 創 業 か ら 全 事 業 年 度 赤 字 で あ る こ と 」を 撤 廃 す
10
る こ と に よ り 、投 資 家 の エ ン ジ ェ ル 税 制 を 利 用 す る 上 で の リ ス ク 認 識 を 軽 減 し 、
ベンチャー企業に一層のリスクマネーを投じられることが見込まれる。
以上のように、投資家の投資意欲を阻害する要件を延長・撤廃することでエ
ンジェル投資の拡大が図られ、スタートアップ期から急成長期にかけて包括的
な支援が可能となる。
15
(2)総 合 科 学 ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 会 議 に よ る SBIR の 統 括
第 3 章 に お い て 、中 小 企 業 庁 が 省 庁 横 断 的 な 司 令 塔 と し て 機 能 し て い な い た
め 、 SBIR が 統 一 的 に 運 用 さ れ て お ら ず 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 に と っ て 利 用 し に く
い も の と な っ て い る と い う 課 題 を 取 り 上 げ た 。 そ こ で 我 々 は 、 SBIR を 省 庁 横
20
断的なものとして機能させるべく、新たに政府の統一的司令塔を設置すること
を提案する。
前述したように、現在の中小企業庁では司令塔としての機能が弱い。ベンチ
ャー企業の育成にあたっては、設立から事業化・市場化まで多方面からのサポ
ートが必要とされ、他の施策との連携が重要となる。また、企業の成長ステー
25
ジに応じて、必要とされる支援策が途切れずに提供されることが望ましい。そ
こ で 、「 総 合 科 学 技 術 ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 会 議 (以 下 、 CSTI)に よ る 統 括 」 を 提 案
す る 。 CSTI と は 、 内 閣 総 理 大 臣 の リ ー ダ ー シ ッ プ の も と 、 科 学 技 術 ・ イ ノ ベ
ーション政策の推進のための司令塔として、総合的かつ基本的な政策の企画立
38 出 典 (「 平 成
27 年 度 税 制 改 正 大 綱 」・ 自 民 党 ・ 2015 年 ・ 6 ペ ー ジ )
42
案 及 び 総 合 調 整 を 行 う も の で あ る 。 現 在 、 CSTI は 科 学 技 術 に 関 す る 政 策 に つ
い て の 調 査 審 議 や 研 究 開 発 の 評 価 を 行 っ て い る こ と か ら も 、 SBIR の 管 轄 機 関
に は 適 任 で あ る と 考 え る 。 ま た 、 CSTI の メ ン バ ー 構 成 は 、 各 省 庁 の 大 臣 か ら
な っ て お り 、 省 庁 よ り 一 段 高 い 立 場 に あ る こ と が 分 か る 。 し た が っ て 、 CSTI
5
が SBIR の 統 括・遂 行・成 果 の 評 価 、見 直 し や 改 善 策 の 提 示 を 行 う こ と と す る 。
こ の よ う に CSTI が SBIR の 運 営 を 行 う こ と で 、SBIR は 省 庁 横 断 的 な 制 度 と
し て 機 能 す る 。 さ ら に 、 統 括 機 関 に よ る SBIR の 評 価 ・ 見 直 し が 行 わ れ る こ と
により、ベンチャー企業が利用しやすいものに改正される。これにより、ベン
チャー企業への公的支援がさらに充実することが期待される。
10
第 4節
安定成長期における提案
(1)M&A の 促 進
第 3 章 に お い て 、 出 口 戦 略 の 1 つ と し て 、 M&A を 促 進 さ せ る べ き だ と 述 べ
た 。 し か し 、 M&A は 買 い 手 と 売 り 手 の 双 方 の 要 因 か ら 促 進 さ れ て い な い 。 そ
15
こ で 我 々 は 、買 い 手 企 業 に 対 し て 2 点 、売 り 手 側 で あ る 投 資 家 に 対 し て 1 点 の
提案を行う。
ま ず 1 つ 目 に 、 買 い 手 に 対 す る 措 置 と し て 、 両 者 の 出 会 い の 場 と な る 「 VEC
による情報プラットフォームの構築」を提案する。前述したように、いくら
M&A に 伴 う 大 企 業 の 負 担 を 低 減 す る 政 策 を 行 っ た と し て も 、 ス タ ー ト 地 点 と
20
して既存の企業とベンチャー企業を結び付けなければこれらは無用の長物とな
っ て し ま う 。 実 際 に 野 村 総 合 研 究 所 の 調 査 に よ る と 、 38.6%の 企 業 が 、 ベ ン チ
ャ ー 企 業 と マ ッ チ ン グ の 場 の 増 加 を 望 ん で い る 39 。 こ の よ う な 要 望 か ら も 、 両
者 を 結 ぶ た め の 架 け 橋 と な る 存 在 と し て VEC が 必 要 な の で あ る 。 ベ ン チ ャ ー
企業に関する統計を様々な角度から集計し、マッチング事業等を実施している
25
こ と を 鑑 み て も 、VEC が こ う い っ た 取 り 組 み を 実 施 す る 意 欲 は 十 分 で あ る 。具
体 的 な 形 態 と し て は 、 M&A を 実 施 し た い ベ ン チ ャ ー 企 業 か ら 自 社 の 経 営 状 況
や 技 術 と い っ た 情 報 を 公 募 に よ り 収 集 し 、VEC の ホ ー ム ペ ー ジ に あ ら ゆ る ベ ン
39 出 典 (「 新 事 業 創 出 支 援 に 関 す る 実 態 調 査 」
・ 野 村 総 合 研 究 所 ・ 2013
ページ)
43
年 ・ 73
チ ャ ー 企 業 に 関 す る 情 報 を 掲 示 す る 。現 在 、VEC の ホ ー ム ペ ー ジ で は エ ン ジ ェ
ル税制を利用したベンチャー企業に関する情報しか掲載していない。これを公
募により収集したベンチャー企業全ての情報掲載をすることで、既存の企業は
ベ ン チ ャ ー 企 業 の 事 業 や 技 術 に つ い て 知 る 機 会 を 得 る こ と が で き 、 M&A の 利
5
用増加に繋げることができる。
2 つ目に、制度の観点として「のれんの非償却促進」を提案する。これは、
IFRS に 盛 り 込 ま れ て い る 会 計 基 準 の 1 つ で あ り 、 の れ ん の 償 却 を や め 、 毎 年
減 損 テ ス ト 40 を 実 施 す る こ と で の れ ん の 残 存 価 値 を 評 価 す る 手 法 で あ る 。 毎 年
のれんの回収可能額を見積もり、減損の必要の有無を慎重に検討しなければな
10
らないため、減損会計の面でいえば企業の実務負担が生じる。しかし、減損テ
ストとは、もともと将来の可能性を前提に計上した資産であるのれんを、毎年
の決済において将来の成長性の見込みがどのように変化したかを踏まえて評価
するため、資産計上の根拠と期末評価の拠り所が極めて整合的である。過去の
業 績 と い う よ り も 、将 来 の 成 長 性 に 着 目 し た ベ ン チ ャ ー 企 業 の M&A に お い て 、
15
のれんの非償却という取り扱いは、将来における成長を見据えた投資と一致し
ている。ただ、前述したように、減損テストを実施すると価値評価コストが発
生してしまう。そこで、我々は「減損テストの簡略化」を提案する。これは、
2011 年 に 米 国 財 務 会 計 基 準 審 議 会 (FASB)に よ っ て 、 企 業 が 行 う の れ ん の 減 損
テストを簡略化する目的で、改正された会計基準である 。本来、企業は 2 ステ
20
ップの定量的なのれんの減損テストを実施する必要があった。しかし、本改正
により、市場の動向や不当な制度改革といった定性的評価に基づき、のれんの
公 正 価 値 が 帳 簿 価 額 を 下 回 る 確 率 が 50% 以 上 で あ る と 判 断 し た 場 合 を 除 き 、の
れんの公正価値算定をする必要性はなくなった。つまり、公正価値が簿価を上
回 る 確 率 が 50%以 上 と 判 断 し た 場 合 、公 正 価 値 を 測 定 す る 必 要 が な く 、費 用 を
25
抑えることができる。これを日本においてものれんの非償却と同時に適用する
ことで、多くの企業が減損による費用を削減することが可能になると考えられ
る。
40 の れ ん の 価 値 が 減 損 し て い な い か を 確 か め る た め に 、 回 収 可 能 額 と 帳 簿 価 格
とを比較すること。
44
次に、売り手に対する措置として「みなし清算条項付種類株式の普及」を提
案する。種類株式とは普通株式に様々な権利を付与したものであり、出資者で
ある投資家と発行体であるベンチャー企業双方にメリットがある。まず、投資
家にとってのメリットとして、主に以下の 2 つが挙げられる。1 つ目は、普通
5
株式よりも先に一定額の配当を受けることが可能なことである。2 つ目は、会
社清算の際に、残余財産のうち一定額を優先的に受け取ることができ、ベンチ
ャー投資におけるリスクを軽減できることである。一方、ベンチャー企業にと
ってのメリットとして、普通株式よりも高い価値を持つため持分の希薄化を抑
え つ つ 資 金 調 達 で き る こ と が 挙 げ ら れ る 。そ し て 、数 あ る 種 類 株 式 の 中 で 、我 々
10
は「みなし清算条項付種類株式」に着目する。これにより、投資家が種類株式
に よ っ て ベ ン チ ャ ー 企 業 に 投 資 を 行 っ て い た 場 合 、 M&A 時 に 投 資 家 は 残 余 財
産から優先的に発行価額と同額を受け取ることが可能となる。つまり、みなし
清算条項を適用することによって、買収によるエグジット金額が投資金額を下
回らない範囲であれば、投資家は投資金額を回収することができるのである。
15
しかし、会社法において、合併が残余財産の分配に関する条項に該当するとは
解釈できず、この権利を定款に記載することは同法上認められないのではない
かとの懸念から、定款ではなく、投資契約や株主間契約で規定している場合が
多い。この点が種類株式の活用が進まない要因の 1 つと考えられる。
そ こ で 我 々 は 、み な し 清 算 条 項 付 種 類 株 式 を 普 及 さ せ る べ く 、
「合併等におけ
20
る 対 価 の 優 先 的 な 分 配 権 の 、定 款 へ の 記 載 」と 、
「経済産業省による種類株式の
評 価 事 例 の 公 表 」 を 提 案 す る 。 会 社 法 第 29 条 に 基 づ く 株 主 間 の 権 利 調 整 事 項
として、合併等において種類株主に対価を優先的に分配することを任意に定款
に記載することは、種類株式の利用促進に繋がると考えられる。しかし、その
ためにはベンチャー企業や投資家等、ベンチャー投資に関わる全ての主体がこ
25
のことを正しく理解しなければならない。それを解決するのが 2 つ目の「経済
産業省による種類株式の評価事例の公表」である。現状では、日本公認会計士
協会が種類株式の普及のために評価事例の公表を行っているが、全ての事例を
評価し、公表することは困難であり、掲示板としての役割を十分に果たすこと
はできない。そのため、経済産業省が同協会と連携し、さらに多くの評価事例
30
を集め、掲示板となることにより、ベンチャー投資に関わる主体が種類株式に
45
ついて理解することが可能になるのである。
以 上 の よ う な 取 り 組 み は 、出 口 戦 略 と し て の M&A の 更 な る 可 能 性 を 見 出 し 、
買い手と売り手双方に利用するインセンティブを与えることができるのである。
そ し て M&A が 促 進 さ れ る こ と に よ り 、 出 口 戦 略 に お け る 選 択 肢 の 拡 充 が 期 待
5
できる。
46
終章
近 年 、ベ ン チ ャ ー 企 業 の 創 業 支 援・育 成 が 国 を 挙 げ て 取 り 組 ま れ て い る 中 で 、
我々はベンチャー企業の育成が最重要課題であると考え、スタートアップ期か
らの成長段階における資金調達方法について、課題と解決策を取り上げた。
5
スタートアップ期におけるベンチャー企業は、信用力が乏しいため直接金融
に よ る 資 金 調 達 が 重 要 で あ る 。 そ の 中 で 、 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ や VC か ら
の投資等が資金調達方法として挙げられる。しかし、クラウドファンディング
では、認知度の低さから諸外国と比べ利用が進んでいないことを課題として取
り上げた。この課題解決には、人々にとって身近な銀行がクラウドファンディ
10
ングの仲介業務を行うことで、認知度不足を解消し、資金調達方法として万全
な も の に す る 必 要 が あ る 。 ま た VC は 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 の 手 綱 を 握 る 存 在 で あ
るが、近年、その活動は彼ら自身の資金不足によって活発でない。彼らの資金
不 足 を 改 善 す る に は GPIF の 運 用 対 象 に VC を 含 め る こ と に よ り 、 膨 大 な 運 用
資 金 の 一 部 を VC 投 資 に 充 て る こ と が 必 要 で あ る 。
15
事業が成功し、市場の信用も高まると、金融機関による資金提供が活発にな
り資金調達に多様性が生まれる。しかし、間接金融においては現在、定量評価
を重視しており、ベンチャー企業への融資が行われにくい。そこで、リレバン
による定性評価が求められるが、これには金融機関の目利き能力改善が急務で
あり、中小企業技術・経営評価制度を利用した専門機関との連携が必要不可欠
20
である。
また、ベンチャー企業のスタートアップ期、急成長期では公的機関からの出
資や諸制度が重要であり、これらを充実させる必要がある。しかし、現行の公
的 支 援 で は エ ン ジ ェ ル 税 制 、 SBIR に お け る 課 題 か ら 、 本 来 の 機 能 を 果 た せ て
おらず、双方における改革を行うべきである。
25
安 定 成 長 期 に 入 っ た 頃 、出 口 戦 略 を 通 じ た 企 業 価 値 の 増 加 を 目 指 す 。そ こ で 、
情報プラットフォームの構築や、のれんの非償却促進、みなし清算条項付種類
株 式 の 普 及 を 推 進 す る こ と で 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 の M&A が 活 性 化 し 、 出 口 戦 略
を拡充できると考えられる。
このように、それぞれの成長段階の資金調達方法を充実させることで、ベン
30
チャー企業の成長を促すことが期待される。
47
参考文献
≪書籍≫
・『 中 小 企 業 ・ ベ ン チ ャ ー 企 業 論
・『 ベ ン チ ャ ー 企 業
5
新 版 』、 植 田 浩 史 、 2014 年 、 有 斐 閣
第 4 版 』、 松 田 修 一 、 2014 年 、 日 本 経 済 新 聞 出 版 社
・『 ベ ン チ ャ ー 白 書 2015』、 VEC、 2015 年
≪論文≫
・「 イ ノ ベ ー シ ョ ン を 促 進 す る 『 公 共 調 達 』 に 関 す る 調 査 分 析 」、 三 菱 総 合 研 究
所 、 2015 年
10
・「 エ ン ジ ェ ル 投 資 家 等 を 中 心 と し た ベ ン チ ャ ー エ コ シ ス テ ム に つ い て 」、 野 村
総 合 研 究 所 、 2015 年
・「 企 業 活 動 に お け る 資 金 調 達 実 態 調 査 」、 株 式 会 社 東 京 商 工 エ リ サ ー チ 、
2008 年
・「 企 業 結 合 会 計 ( の れ ん 及 び 減 損 )」、 企 業 会 計 基 準 委 員 会 、 2015 年
15
・「 金 融 危 機 後 の ベ ン チ ャ ー 企 業 の 資 金 調 達 に 関 す る 新 し い 潮 流 」、 株 式 会 社
NTT デ ー タ 経 営 研 究 所 、 2010 年
・
「 金 融 機 関 に よ る リ ス ク マ ネ ー 供 給 力 の 強 化 等 を 通 じ た 創 業・新 規 事 業 支 援 の
促 進 に む け て 」、 金 融 庁 、 2013 年
・「 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ と そ の 特 性 」、 三 菱 UFJ 信 託 銀 行 、 2015 年
20
・「 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ に 関 す る 調 査 」、 NTT コ ム リ サ ー チ 、 2014 年
・「 ク ラ ウ ド フ ァ ン デ ィ ン グ の ご 紹 介 」、 Crowd Bank、 2014 年
・「 経 営 情 報 レ ポ ー ト 」、 税 理 士 法 人 ゼ ニ ッ ク ス ・ コ ン サ ル テ ィ ン グ 、 2012 年
・
「 研 究 開 発 型 ベ ン チ ャ ー の 投 資 判 断 に 関 す る 調 査 研 究 報 告 書 」、株 式 会 社 価 値
総 合 研 究 所 、 2015 年
25
・「 個 人 資 産 の 運 用 分 析 を 通 じ た 世 界 的 な 視 野 で の 産 業 金 融 の 枠 組 み に 係 る
検 討 」、 野 村 総 合 研 究 所 、 2014 年
・「 個 人 投 資 家 に よ る ベ ン チ ャ ー 企 業 等 へ の 投 資 活 動 の 実 態 に 関 す る 調 査 」、 野
村 総 合 研 究 所 、 2013 年
・「 個 人 資 産 の 運 用 分 析 を 通 じ た 世 界 的 な 視 野 で の 産 業 金 融 の 枠 組 み に 係 る
30
検 討 」、 野 村 総 合 研 究 所 、 2014 年
48
・「 新 事 業 創 出 支 援 に 関 す る 実 態 調 査 」、 野 村 総 合 研 究 所 、 2013 年
・「 信 用 保 証 協 会 の 取 り 組 み 」、 一 般 財 団 法 人 全 国 信 用 保 証 協 会 連 合 会 、
2015 年
・
「 信 用 保 証 利 用 企 業 に お け る 新 規 借 入 時 の 信 用 保 証 の 利 用 状 況 」、中 小 企 業 庁 、
5
2015 年
・「 中 小 企 業 技 術 革 新 制 度 」、 総 務 省 、 2014 年
・「 中 小 企 業 に お け る 資 金 調 達 の 課 題 」、 経 済 産 業 委 員 会 調 査 室 、 2005 年
・「 中 小 企 業 の 資 金 調 達 に 関 す る 調 査 」、 株 式 会 社 み ず ほ 総 合 研 究 書 、 2015 年
・「 中 小 企 業 補 完 制 度 に つ い て 」、 中 小 企 業 庁 金 融 課 、 2012 年
10
・
「トランザクションバンキングの問題点およびリレーションシップバンキング
の 有 意 性 に つ い て の 一 考 察 」、 名 古 屋 学 院 大 学 総 合 研 究 所 、 2014 年
・「 米 国 銀 行 に お け る 中 小 企 業 金 融 の 実 態 」、 株 式 会 社 日 本 政 策 金 融 公 庫 、
2014 年
・
「 平 成 25 年 度 創 業・起 業 支 援 事 業 (起 業 家 教 育 の 実 態 及 び ベ ン チ ャ ー 支 援 策 の
15
周 知 ・ 普 及 等 に 関 す る 調 査 )調 査 報 告 書 」、 有 限 責 任 監 査 法 人 ト ー マ ツ 、 2014
年
・「 平 成 26 年 度 地 域 経 済 産 業 活 性 化 対 策 調 査 」、 株 式 会 社 三 菱 総 合 研 究 所 、
2015 年
・
「 平 成 26 年 度 産 業 技 術 調 査 事 業 (大 学 発 ベ ン チ ャ ー の 成 長 要 因 を 分 析 す る た め
20
の 調 査 )」、 野 村 総 合 研 究 所 、 2015 年
・「 平 成 27 年 度 税 制 改 正 大 綱 」、 自 由 民 主 党 ・ 公 明 党 、 2014 年
・「 ベ ン チ ャ ー 企 業 の 資 金 調 達 」、 大 和 総 研 、 2012 年
・「 ベ ン チ ャ ー 企 業 の 創 出 ・ 成 長 に 関 す る 研 究 会
最 終 報 告 書 」、 ベ ン チ ャ ー 企
業 の 創 出 ・ 成 長 に 関 す る 研 究 会 、 2008 年
25
・
「ベンチャー投資等に係る制度検討会報告書~ベンチャーファイナンスの進化
に よ る ベ ン チ ャ ー エ コ シ ス テ ム の 活 性 化 に 向 け て ~ 」、有 限 責 任 監 査 法 人 ト ー
マ ツ 、 2016 年
・「 ベ ン チ ャ ー 投 資 等 に 係 る 制 度 検 討 会 報 告 書 ~ M&A に よ る ベ ン チ ャ ー 企 業 の
出 口 戦 略 の 拡 大 に 向 け て ~ 」、 ベ ン チ ャ ー 投 資 等 に 係 る 制 度 検 討 会 、 2015 年
30
・「 ベ ン チ ャ ー ビ ジ ネ ス の 回 顧 と 展 望 」、 VEC、 2011 年
49
・
「 よ り よ い 銀 行 づ く り の た め の ア ン ケ ー ト( 2015 年 度 )」、全 国 銀 行 協 会 、2015
年
・「 リ レ ー シ ョ ン シ ッ プ 貸 出 に お け る 担 保 ・ 保 障 の 役 割 」、 み ず ほ 総 合 研 究 所 、
2006 年
5
・「 リ レ ー シ ョ ン シ ッ プ バ ン キ ン グ の 本 質 と 波 及 経 路 」、 小 藤 康 夫 、 2007 年
・「 我 が 国 に お け る ベ ン チ ャ ー 企 業 の M&A 増 加 に 向 け た 提 言 」、 富 士 通 総 研 、
2013 年
・
「 わ が 国 ベ ン チ ャ ー 支 援 策 の 実 効 性 を 高 め る た め の ポ イ ン ト 」、日 本 総 研 、2014
年
10
・「 2015 年 度 ベ ン チ ャ ー キ ャ ピ タ ル 等 投 資 動 向 調 査 年 度 速 報 」 、 VEC、 2016
年
・「 GPIF 平 成 27 年 度 業 務 概 況 書 」、 年 金 積 立 金 管 理 運 用 法 人 、 2015 年
≪新聞記事≫
15
・「 国 債 35% に 下 げ 、 公 的 年 金 運 用 、 中 長 期 で 、 日 本 株 25% 。」、 日 本 経 済 新 聞
朝 刊 、 2014 年 10 月 31 日 、 1 ペ ー ジ
・「 上 場 促 進 へ 規 制 緩 和 、 金 融 庁 、 ベ ン チ ャ ー 向 け 、 報 告 書 減 ら す 」、 日 本 経 済
新 聞 朝 刊 、 2013 年 10 月 16 日 、 4 ペ ー ジ 、
・
「ネット資金調達膨らむ
20
クラウドファンディング
昨 年 度 、国 内 VB 向 け 投
資 の 2 割 」、 日 本 経 済 新 聞 朝 刊 、 2016 年 7 月 4 日 、 11 ペ ー ジ
・「 内 部 統 制 報 告 書 、 監 査 を 3 年 免 除 、 改 正 金 商 法 成 立 」、 日 本 経 済 新 聞 朝 刊 、
2014 年 5 月 24 日 、 朝 刊 5 ペ ー ジ
50
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