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農村研究 年の歩み 50 - Tokyo University of Agriculture

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農村研究 年の歩み 50 - Tokyo University of Agriculture
193
῔農村研究῕ /* 年の歩み
῏῏ 研究動向とその成果 ῏῏
本学会 ῐ東京農業大学農業経済学会ῑ は +3/- 年 ++ 月に創設され῍ 翌年 /. 年 - 月に学会誌 ῔農村研究῕
を創刊したῌ 本年はこの創刊より /* 周年にあたり῍ ῔農村研究῕ も次号で第 +** 号を数えることとなっ
たῌ
これを記念して῍ 本学会では東京農業大学農業経済学会創設 /* 周年記念事業実行委員会を発足させ
シンポジウム等を企画したが῍ この事業の一環として῍ この間の ῔農村研究῕ 掲載論文の変遷を振り返
る ῒ῔農村研究῕ /* 年の歩みΐ をまとめ῍ ῔農村研究῕ 第 33 号 ῐ学会創設 /* 周年記念号ῑ に掲載するこ
とを決定したῌ これは῍ バックナンバ῎にアクセスする際の索引としても読者にご活用いただけること
を期待しているῌ
具体的な編集手順としては῍ まず῍ 編集委員長を岡部守῍ 副委員長を立岩寿一が担当し῍ 編集の第 + 段
階では田中洋介と大島一二が中心となり論文目録を整理したῌ 第 , 段階としては῍ /* 年にわたる本学会
の発展過程をおよそ +* 年ずつの五つの期間に区分し῍ 岡部 守῍ 清水昂一῍ 白石正彦῍ 立岩寿一῍ 友田
清彦῍ 増井好男の 0 名が分担して各期間の ῔農村研究῕ の研究動向とその成果をまとめ῍ 編集担当の金
田憲和が全体の調整を行ったῌ 各期間は῍ 以下のとおりであるῌ
第ῌ期 : +3/.ῑ0. 年 ῐ῔農村研究῕ 創刊号ῑ,* 号ῑ
第῍期 : +30/ῑ1/ 年 ῐ῔農村研究῕ 第 ,+ῑ.* 号ῑ
第῎期 : +31/ῑ2/ 年 ῐ῔農村研究῕ 第 .+ῑ0* 号ῑ
第῏期 : +32/ῑ3/ 年 ῐ῔農村研究῕ 第 0+ῑ2* 号ῑ
第ῐ期 : +33/ῑ,**- 年 ῐ῔農村研究῕ 第 2+ῑ32 号ῑ
それぞれの期間について῍ ῔農村研究῕ の掲載論文を要約してその傾向を俯瞰するのみならず῍ 社会経
済および農業の動向ῌ日本農業経済学会と東京農業大学の動向に関する短い解説も付したῌ これによっ
て῍ 時代状況と論文の変遷の相互関連性もご理解頂けるものと思うῌ
なお῍ 煩雑になるのをさけるために῍ 副題付きの論文題目の多くは副題を省いて引用しているῌ 副題
を含む正確な題目を確認されたい方は῍ 巻末の総目次を参照されたいῌ
以下で要約された論文は῍ この /* 年の掲載論文の一部にすぎず῍ 重要な論文ながら紙幅の都合上割愛
されたものも多いῌ 巻末の総目次には全論文の題目が掲載されているので῍ 読者には῍ 是非こちらもご
参照いただきたいῌ
農村研究 第 33 号 ῐ,**.ῑ
194
第ῌ期 ῎+3/.ῌ0. 年ῌ ῐ農村研究ῑ 創刊号ῌ,* 号῏
+῍ 社会経済および農業の動向
第 , 次大戦後に実施された農地改革は戦前期の
地主的土地所有を解体させ῍ 自作農的土地所有を
うみだしたῌ しかし῍ 戦後の混乱期は深刻な食糧
らに῍ 拠点開発方式による ῒ全国総合開発計画ΐ
は工業化を一層促進させたῌ
他方῍ 農業は他産業に比べて立ち後れ῍ 所得格
難時代であり῍ 日本政府は緊急開拓事業を推進す
差が広がり῍ その改善を図ることが要請されたῌ
るとともに῍ 食料増産を図ることを急務としてい
農林漁業基本問題調査会 ῐ会長῍ 東畑精一ῑ が設
たῌ 加えて物資の不足はヤミ市場を形成し῍ 経済
置され῍ 農業問題への対応策を検討し῍ 0* 年に
はきわめて不安定な状況におかれていたῌ アメリ
ῒ農業の基本問題と基本対策ΐ が答申されたῌ この
カの食料援助を受け῍ 学校給食が始められたのも
答申では῍ 他産業従事者と農業従事者との所得水
この時期であるῌ
準や所得の格差が拡大していることと῍ その要因
一方῍ アメリカの TVA 方式に学んで῍ 国土総
として農業生産性の低位性῍ 価格の不安定性によ
合開発計画のもとに῍ 河川の総合開発が進めら
ることが指摘されたῌ これらの問題を改善するた
れ῍ 工業化の方向も歩み始めたῌ 戦後に導入され
めに ῒ農業基本法ΐ ῐ+30+ 年ῑ を制定し῍ 他産業と
た特定地域開発は῍ 水資源などの開発と活用を図
の所得格差を是正させ῍ 農業所得の向上を図るこ
ることによって電力や用水を工業開発に利用する
とが大きな目標とされたῌ そのために῍ 米を中心
とともに῍ 農業用水としても多面的に利用して食
とした生産から῍ 畜産῍ 果樹῍ 野菜等の需要増大
料増産を図ろうとする計画であったῌ
がみこまれる農産物の生産を拡大させること῍ い
激しい戦後インフレにみまわれたため῍ シャウ
わゆる選択的拡大を図ることῌ 他産業従事者との
プ勧告に基づいてドッジライン ῐ+3.3῏/* 年ῑ に
所得水準を均衡させる自立経営農家を育成するこ
よる緊縮財政がおこなわれたῌ この経済政策は総
とῌ そのために῍ 農地基盤整備や規模拡大῍ 農業
需要を抑制して国際収支を均衡させ῍ 経済の安定
生産性を向上させる農業構造改善対策を推進する
を図ることがねらいであったῌ +3/* 年に朝鮮戦争
こと等を主要な施策とするものであったῌ これら
が勃発したため日本に特需景気がもたらされ῍ 経
の施策に加えて῍ 畜産物の価格安定法など῍ 農産
済復興の足がかりとなったῌ 日本はアメリカ軍の
物の価格を安定させる施策も導入されたῌ
軍需物資やサ῎ビス補給基地として活用されたの
であるῌ
このように第ῌ期は῍ 第 , 次大戦後の食糧難時
代῍ 農地改革῍ 朝鮮戦争による特需景気῍ 全国総
このことによって῍ 日本は /0 年には戦後の経
合開発計画などをとおして῍ 高度経済成長へと転
済復興を果たし῍ 経済の高度成長期を迎えること
換し῍ 農業基本法の制定にいたる日本経済と農業
となったῌ 太平洋ベルト地帯を中心とする臨海部
との変動の激しい時期であったῌ
工業地域の発展は重化学工業の立地を促したῌ さ
῔農村研究῕ /* 年の歩み
195
,ῌ 日本農業経済学会と東京農業大学の動向
ῐ+ῑ 日本農業経済学会の動向
ῐ,ῑ 東京農業大学と本学会の動向
農村研究が創刊された +3/* 年代の前半期にお
東京農業大学は +3,. 年に大学令による大学に
ける日本農業経済学会の大会シンポジウムの共通
昇格したが῍ 農学部のみで構成され学科としての
論題は῍ /, 年 ῒ人口問題と農業ΐ῍ /- 年 ῒ農地改
編成はなかったῌ ところが῍ 昭和年代に入ると農
革の評価ΐ῍ /. 年 ῒ農業所得ΐ などであり῍ 戦後の
業ῌ農村問題は深刻となり῍ 農業ῌ農村を社会科
日本農業の大きな変革となった農地改革の議論が
学の側面から考える農業経済学科の創設が叫ばれ
盛んにおこなわれたῌ /* 年代後半に入ると῍ // 年
るようになったῌ
ῒ戦前戦後の農業構造の変貌ΐ῍ /0 年 ῒ農業生産力
+3-2 年に農業経済学科の設置が認可され῍ -3
の共同組織ΐ῍ /1 年 ῒ農産物価格形成の問題ΐ῍ /2
年に開設されたῌ しかし῍ 渋谷区常磐松にあった
年 ῒ雇用問題と農業῍ 酪農の諸問題ΐ 等が議論さ
大学校舎は東京の空襲によって焼失したῌ このた
れるようになり῍ 農地改革後の新たな農業問題と
め῍ ./ 年に世田谷区の現在地に移転したῌ .3 年に
して農産物価格や雇用問題などが浮き上がってき
は学校教育法に基づく新制大学令による大学とな
たといえようῌ /1 年の ῒ農産物価格形成の問題ΐ
り῍ 東京農業大学農学部農業経済学科として再編
は῍ 東京農業大学を会場として開催され῍ 座長῍
成されたῌ
大川一司῍ 井上晴丸῍ 報告者およびコメンテ ῎
直ちに大学院農業経済学専攻の設置が準備さ
タ῎は῍ 井上竜夫῍ 川野重任῍ 暉峻衆三῍ 中島千
れ῍ /- 年には大学院修士課程の設置が認可され
尋῍ 梅村又次῍ 鈴木忠和῍ 逸見謙三῍ 石渡貞男῍
たῌ 博士課程は 0, 年に設置されたῌ
大内 力῍ 大島 清῍ 硲 正夫などいずれも日本
東京農業大学農業経済学会は大学院修士課程の
農業経済学会で大いに活躍された重要なメンバ῎
設置に合わせて /- 年に創設されているῌ 翌年の
であったῌ
/. 年には ῔農村研究῕ 創刊号が発刊されたῌ 創刊
その後は῍ /3 年 ῒ最近の農地をめぐる諸問題ΐ῍
号の表表紙の裏には東京農業大学農業経済学会の
0* 年 ῒ農政の基調ΐ῍ 0+ 年 ῒ経済成長と農業構
会則῍ 裏表紙の裏には学会役員名簿 ῐ理事῍ 評議
造ΐ῍ 0, 年 ῒ経済成長下における小農制ΐ῍ 0- 年
員῍ 監事῍ 編集委員ῑ が掲載されており発足時の
ῒ成長農産物の流通問題ΐ῍ 0. 年 ῒ構造政策と地域
体制を知ることができるῌ ῔農業経済学科五十年
農業ΐ῍ 等がテ῎マとなり῍ 経済の高度成長期を迎
史῕ にもふれられているように῍ 当時は学部の学
えた日本農業の方向性が῍ 農地問題῍ 流通問題῍
生や大学院生も編集委員として編集作業に携わっ
構造問題῍ 地域問題として活発に議論されたこと
たユニ῎クな学会誌が創刊されたのであるῌ
がうかがわれるῌ
-ῌ
῍農村研究῎ の研究動向とその成果
῔農村研究῕ の創刊号から ,* 号まで ῐ+3/.῏0.
られたものと評価できるῌ 戦後の混乱期や食糧難
年ῑ に発表された論文数は +0+ 篇であった ῐ書評
時代῍ 農地改革や食糧増産運動から高度経済成長
等は除くῑῌ その研究成果は幅広く῍ 多くの貴重な
期に至り῍ 都市化῍ 工業化の進展が農業ῌ農村を
成果が蓄積されたῌ これらを概観すると戦後の日
大きく変容させたῌ 農業基本法の制定によって῍
本農業がどのような過程を経てどのように変化し
選択的拡大部門の成長も著しく進んだῌこの῔農村
てきたのか῍ よく表現されており重要な成果が得
研究῕の初期段階の諸論文は῍戦後復興期から高度
196
農村研究 第 33 号 ῐ,**.ῑ
経済成長期にかけての日本農業の苦闘の歴史を刻
小林 茂 ῒ農業経済学説史方法論ΐ ῐ,* 号ῑ は῍
んだ貴重な記録であるῌとくに῍我妻東策のῒ農村
農業経済学史が経済学史に対して相対的独立性を
時評ΐは毎号掲載され῍当時の農業問題に対するコ
もって成立する固有の領域をもつことを考察し῍
メントとして時代を反映し῍ユニ῏クであるῌ
農業経済学史は耕地の果たす経済的形態の特殊性
の発見῍ 土地所有にまつわる種῎の経済学的解明
ῐ+ῑ 理論および日本の実証研究
の理論を歴史として発見しなければならないこと
+ῑ 経済理論ῌ農業経済理論ῌ方法論
を論じているῌ
川上正道 ῒ栗原理論の基本問題ΐ ῐ1 号ῑ は῍ 農
風戸伊作 ῒ農業協同組合理論の反省ΐ ῐ. 号ῑ は
地改革によって旧来の半封建的寄生地主が解体さ
戦前期の半封建的土地所有が支配的であった農業
れて独占資本に転化したとする栗原理論をとりあ
理論のままでは῍ 戦後の農業協同組合の本質を論
げ῍ 農地改革によって高利貸資本の転化形態で
ずることができなくなってきたことを主張してい
あった寄生地主が全面的に消滅し῍ 分割地農民
るῌ
ῐ小作農民の消滅形態ῑ が日本的分割地農民 ῐ自作
菅沼正久 ῒ協同組合の基礎理論ΐ ῐ,* 号ῑ は῍ 協
農ῑ に転化したものだと論じているῌ 同じく川上
同組合における商業利潤節約機能を再検討し῍ 協
の ῒ横井時敬の農業経済学説 ῐ上ῌ下ῑΐ ῐ2῍ ++
同組合の自立化῍ 商人資本の問題を検討してい
号ῑ は῍ 横井時敬の農業経済理論である小農論思
るῌ
想の生成した根拠について῍ 土地問題論 ῐ地租論ῑ
松田藤四郎 ῒ農産物生産費計算の理論的性格ΐ
をとりあげて考察しているῌ さらに῍ ῒ櫛田民藏の
ῐ,* 号ῑ は῍ 農林省農産物生産費計算の理論的性
農業理論ΐ ῐ+, 号ῑ では῍ 戦前の日本の過小農制が
格を第一次生産費῍ 第二次生産費と分けた問題点
日本資本主義の特殊構造によって存続していたと
を指摘し῍ 生産費計算を原価計算理論によって統
する櫛田民藏の農業理論を考察し῍ 農地改革がお
一的に把握する必要性を主張したῌ
こなわれた戦後段階における再検討の必要性を論
,ῑ 農業経営
じたῌ 川上は῍ この他にも ῒ地域経済の分析方法
萩原哲三 ῒ農業経営形態別にみた購入肥料の動
についてΐ ῐ+0 号ῑ において῍ 戦後の日本経済の発
向ΐ ῐ, 号ῑ は῍ 農家の経営形態別に肥料の購入数
展と地域的不均衡の問題を分析する方法と視角を
量῍ 購入代金῍ 農協の利用率などをとりあげ῍ そ
検討しているῌ
の増減の要因を分析しているῌ
菊池萬輔 ῒ経済構造の基礎概念ΐ ῐ+*῍ ++ 号ῑ
加賀見宏 ῒ農業経営における飼料生産ΐ ῐ- 号ῑ
は῍ 生命の原理と場の認識論によって経済構造の
は῍ 静岡県函南における酪農地域における酪農部
論理を究明しようと試みたῌ
門と耕種῍ 林野とその他部門との関連性῍ 飼料自
栢野晴夫 ῒ農家家計構造分析方法に関する若干
の考察ΐ ῐ+0 号ῑ は῍ 農家の消費生活が戦前と比較
給度向上のための耕種部門の飼料生産構造῍ 飼料
給与の問題などを考察しているῌ
して質量ともに変化していることを把握するため
大槻正男 ῒわが国農業と労働生産性並に労働収
には貨幣経済によって示される社会的ῌ経済的地
益性との関係ΐ ῐ+* 号ῑ は῍ 土地生産性を高めるこ
域性に規定されることを考えるべきことを主張し
とによって労働収益性を向上させ῍ 労働所得を増
ているῌ
大させることができることを論じたῌ
玉城 哲 ῒ分割地所有の理論的性格についてΐ
松田藤四郎 ῒ製炭経営の実態ΐ ῐ1 号ῑ は砂鉄を
ῐ2 号ῑ は῍ 農地改革によって形成された自作農的
産出する中国山地では鉄の精錬のために木炭が重
土地所有がどのような性格を持つものであるかを
要であったが῍ その木炭製造に関わる農家の経営
考えるために分割地所有の基本的性格を検討し῍
実態を分析したῌ また῍ ῒ小規模ブロイラ῏養鶏の
資本と土地所有の論理を考察したῌ
経営的性格ΐ ῐ+/ 号ῑ は῍ 家族労作経営のもとにお
ΐ農村研究῔ /* 年の歩み
197
ける小規模ブロイラ῎養鶏の所得水準はきわめて
とから῍ 農業と鉱業῍ 漁業῍ 林業との法的規制の
低い水準にあり῍ 正当な価値を実現していないこ
関係について論じたῌ また῍ ῑ農地被買収者問題に
とを究明し῍ その要因を分析しているῌ ῑ企業的ブ
ついての考察ῒ ῏+0 号ῐ では῍ 農地改革によって農
ロイラ῎養鶏の発展性ῒ ῏+2 号ῐ は῍ 大規模企業的
地被買収者問題の発生経緯をその状況῍ 問題点な
ブロイラ῎養鶏が充分に展開できない要因を経営
どについて考察したῌ
的側面から分析しているῌ
竹中久二雄 ῑブロイラ῎養鶏の生産構造ῒ ῏+/
号ῐ は῍ ブロイラ῎養鶏の地域的性格と階層的性
津川安正 ῑ公共事業に伴う損失補償の基本的問
題ῒ ῏- 号ῐ は῍ 電源開発῍ 灌漑事業῍ 河川改修な
どの公共事業に伴う補償問題について検討したῌ
格῍ 家族零細経営によるブロイラ῎養鶏の経済的
木村靖二 ῑ米の増産と農地制度の諸問題ῒ ῏創刊
性格を考察しているῌ ῑブロイラ῎養鶏の産地性
号ῐ は῍ 農地改革の成果を正当に評価し῍ これを
とその経済構造ῒ ῏+2 号ῐ は῍ ブロイラ῎の産地形
維持発展させることを論じているῌ
成における地域的集中化῍ 定着化のプロセスとそ
山下 寛 ῑ硫安出血輸出問題の背景ῒ ῏創刊号ῐ
の経済構造を明らかにしたῌ また῍ 小林 茂 ῑ戦
は῍ 朝鮮 ῏当時ῐ の休戦を契機として世界の肥料
後農業における前期的商業資本の展開ῒ῏+/号ῐは῍
市場が一気に買い手市場に転換し῍ 日本の硫安工
ブロイラ῎の流通構造の分析によって前期的商業
業が莫大な滞貨をかかえ῍ 国内価格よりもはるか
資本が農民を支配し῍存在していることを明らか
に安い価格で落札した問題を論じているῌ また῍
にしたῌ
ῑ肥料カルテルの実態と独占禁止政策ῒ ῏+, 号ῐ
これら一連のブロイラ῎研究は ΐブロイラ῎飼
は῍ 昭和 ,, 年に制定された独占禁止法が改正を
育の経済性に関する研究῔ ῏研究代表者 : 我妻東
重ね独占禁止政策が緩和され肥料工業のカルテル
策ῐ の共同研究の成果の一部であるῌ この成果を
が実施された問題点を分析しているῌ
もとに竹中久二雄は ΐ契約農業の経済分析῔ ῏未来
社ῐ を出版しているῌ
松田藤四郎 ῑ水田単作地帯の酪農の方向ῒ ῏+-
大橋一雄 ῑ水田単作及び二毛作地に於ける農民
の農業労働の分析ῒ ῏創刊号ῐ は῍ 東北水田単作地
帯における農業労働の実態を調査分析し῍ 単作地
号ῐ は῍ 北陸における水田酪農を取り上げて水田
における農業労働が二毛作地に比較して筋的にき
酪農の問題点を考察し῍ 田畑輪換による自給飼料
わめてはげしい労働であることを明らかにしてい
の確保の重要性を指摘しているῌ また῍ ῑ田畑輪換
るῌ
による飼料作物の収益性ῒ ῏+0 号ῐ は῍ 自給飼料の
北原金司 ῑ社会経済政策の見地からする兼業農
生産拡大を図るため田畑輪換による飼料作物の収
業の問題ῒ ῏, 号ῐ は῍ 昭和 ,/ 年頃以降῍ 専業から
益性を増大させるために収益性を評価する方法に
兼業に転ずる農家が増加したことをとりあげ῍ 農
ついて検討しているῌ
村からの社会的῍ 経済的人口の潮流῍ 農家人口の
-ῐ 農業政策ῌ農業構造
我妻東策は ῑ日本農業の方向をどう転換すべき
流出῍ 二三男問題などを考察したῌ
富山竜雄は ῑ戦後における農家兼業化の動向ῒ
かῒ ῏2 号ῐ῍ ῑ貿易自由化と日本農業ῒ ῏+, 号ῐ῍ ῑ山
῏+- 号ῐ῍ ῑ戦後農家の兼業化動向と家族員の業態ῒ
村農業の新しい芽ῒ ῏+. 号ῐ῍ ῑ稲作経営の企業化ῒ
῏+/ 号ῐ῍ ῑ戦後における農家兼業化と農業人口の
῏+0 号ῐ῍ ῑ日本農業の未来像ῒ ῏+2 号ῐ῍ ῑ都市化地
減少ῒ ῏+1 号ῐ などで῍ 戦後における農家兼業化の
帯の農業構造改善に関する助言ῒ ῏+3 号ῐ などで῍
動きをトレ῎スしているῌ
戦後日本農業の方向性を鋭く論じたῌ
小林 茂 ῑ都市化進行地帯における農家経済と
諸橋 襄 ῑ農業と他の産業との規制についての
兼業収入ῒ ῏+0 号ῐ は῍ 東京都日野町 ῏現在は日野
法制的考察ῒ ῏0 号ῐ は῍ 日本経済の発展を図るた
市ῐ の実態調査をとおして῍ 兼業の進行が農家経
め῍ 各種産業の利害を規制調整する必要があるこ
済にどのように関わっているかを分析したῌ
農村研究 第 33 号 ῐ,**.ῑ
198
新幕 昇 ῒ現段階におけるわが国農民の兼業化
過渡的性格ΐ ῐ+, 号ῑ は῍ 昭和 ,2 年公布の町村合
傾向に関する実証的研究ΐ ῐ1 号ῑ は῍ 長野県戸倉
併促進法による町村合併について῍ 合併新市が都
町の実態調査にもとづき῍ 農家を兼業化に向かわ
市と農村の関係や各地域間との関係が複雑にから
せるプロセスを明らかにしているῌ
んだ統合体であること῍ 周辺農山村を犠牲とした
また῍ 新幕
昇 ῒ日本の農民層分解に関する
都市計画がみられるので῍ 合併新市の経済構造と
二ῌ三の基礎的考察ΐ ῐ/ 号ῑ῍ ῒ日本農民分解の現
文化的機能を十分に認識して周辺農山村の生産力
段階的特質と土地移動ΐ ῐ2 号ῑ῍ 森鳰 隆 ῒ戦後農
の発展と文化の向上を図る市政に重点がおかれる
民層分解の特徴ΐ ῐ0 号ῑ῍ 玉城 哲 ῒ農民分解と労
べきことを論じているῌ また῍ 町村合併によって῍
働市場の形成ΐ ῐ3 号ῑ῍ 松田藤四郎 ῒ都市近郊農村
日本の社会構造の基盤をなす地域社会である部落
における農民層の分解ΐ ῐ+* 号ῑ῍ 中島常雄 ῒ酪農
がどのように変質してゆくのかを考察し῍ 町村合
地帯における農民層分解ΐ ῐ/ 号ῑ῍ 宮島昭二郎 ῒ最
併によって都市化の影響を受けて変容しているこ
近における農民層分解論の基調ΐ ῐ,* 号ῑ など῍ 農
とも指摘しているῌ さらに῍ わが国の村落が旧来
民層分解に関する考察が活発に続けられたῌ
の姿から新しい形へと変わりつつある過渡的性格
玉城 哲 ῒ農業技術論における諸問題ΐ ῐ, 号ῑ
をもっていることを明らかにしているῌ また῍ ῒ地
は῍ 農地改革によってつくりだされた新たな農村
方的なものの意義ΐ ῐ,* 号ῑ では῍ 都市化が急速度
は農業における生産関係のなんらかの変化とそれ
で進展する中にあって地方はいかにあるべきかを
にもとづく生産力の前進に新しい方向をみせてい
論じているῌ
るとして῍ 戦後における代表的な武谷の技術論を
とりあげ疑問をなげかけているῌ
笠井文保 ῒ地方自治と農業問題῏市町村合併を
めぐって῏ΐ ῐ+* 号ῑ は῍ 長野県伊那市の町村合併
中島常雄 ῒ農業技術論の課題ΐ ῐ, 号ῑ は῍ 秋田
をとりあげて町村合併が行政機構と農政῍ 財政に
県平場地帯の一農村を事例として考察し῍ 農業技
いかなる影響をおよぼしているかを考察してい
術論は農業技術の一般論としてではなく῍ 具体的
るῌ また῍ 同じく笠井の ῒ新産業都市の建設と近
な個῎の経営内部にわたる現実の農業技術につい
郊農村の変貌ΐ ῐ+3 号ῑ は῍ 東駿河湾臨海部の富士
ての分析が必要であることを論じているῌ
市における事例をもとに῍ 広範に進められている
大越正男 ῒ農業水利の問題ΐ ῐ, 号ῑ は῍ 農地改
新産業都市の建設は地域開発や工場誘致の拡大を
革から農業改革へ前進させるために水利の問題に
もたらすものの農村地域におよぼす影響が大きく
取り組むことが重要であり῍ 長野県下伊那郡の伊
問題も多いことを指摘したῌ
賀良井水利慣行をとりあげて῍ 関係する農民が水
/ῑ 農産物流通
利慣行にどのような意識をもっているかを考察し
菊地昌典 ῒ和牛流通過程における馬喰の役割に
ているῌ
山崎克己 ῒ蒲原地帯における土地改良事業に関
連する農家の経済ΐ ῐ, 号ῑ は῍ 新潟県蒲原平野に
ついてΐ ῐ1 号ῑ は῍ 和牛の流通に介在する馬喰の
機能について考察しているῌ
原
定繁 ῒ戦後における農村市場の展開ΐ ῐ2
おける土地改良事業が農家経済にどのような影響
号ῑ は῍ 戦前に比較していちじるしく農村市場が
を及ぼしたかを検討し῍ 蒲原地帯の土地改良から
拡大した理由は῍ 農地政策により商業的農業が発
農閑期の余剰労働力の貨幣化への期待が῍ 期待さ
展し῍ 農民層分解をとおして貨幣経済が進んだこ
れたほどの成果をあげることができなかった῍ と
とによって῍ 大きな経営階層の農業生産物の需要
論じているῌ
が増大し῍ さらに零細兼業階層を中心に消費財需
.ῑ 地域農業ῌ地域経済ῌ経済地理
要が拡大したためであると論じたῌ
栗原藤七郎 ῒ合併新市と農業問題ΐ ῐ+* 号ῑ῍ ῒ町
菅沼正久 ῒ商業的農業と市場ῌ農協ΐ ῐ3 号ῑ は῍
村合併に伴う部落の変貌ΐ ῐ++ 号ῑ῍ ῒ村落社会の
農産物市場の性格と農産物流通における農協の機
῔農村研究῕ /* 年の歩み
能を分析したῌ
須ῌ田黎吉 ῒりんご生産における任意出荷組合
199
た役割を考察しているῌ
松尾幹之 ῒ飲用牛乳経済の発展構造ΐ ῐ,* 号ῑ
の役割ΐ ῐ+* 号ῑ ῒ青森りんごの共販組織の後進性
は῍ イギリスにおける搾乳業者の興廃と乳業の展
とその背景ΐ ῐ+- 号ῑ は῍ りんご生産の中心地であ
開について考察するとともに῍ わが国の発展と矛
りながら῍ りんごの出荷体制が遅れている要因に
盾の実態を検討したῌ
ついて考察したῌ
1ῑ 山村ῌ林業
中島常雄 ῒ板柳町の出荷組合の機能と性格ΐ ῐ+*
栢野晴夫 ῒ戦後林業生産における集中と危機の
号ῑ では῍ りんご生産の先進地として知られてい
実態ΐ ῐ- 号ῑ は῍ 和歌山県熊野川林業地帯を中心
る青森県板柳町では῍ 出荷組合の地盤が強く῍ り
に民有林業῍ 採取林業生産の集中化がどのような
んご商が買付と集荷に参入するのがむずかしいこ
プロセスで進行し῍ それがどのように林業危機を
とを取り上げ῍ なぜ出荷組合が強いのか῍ その要
もたらしているかを分析したῌ 林業においても戦
因を明らかにし出荷組合の機能を考察したῌ
後独占資本の再編過程の中で危機にさらされ῍ 崩
菅沼正久 ῒ青果物における価格形成ΐ ῐ+1 号ῑ
は῍ 青果物の価格形成メカニズムを論じたῌ
小林 茂 ῒブロイラ῎の流通構造ΐ ῐ+2 号ῑ は῍
落傾向にあることを明らかにしているῌ
高松圭吉 ῒ山村社会と林業経営ΐ ῐ- 号ῑ῍ ῒ山村
の構造と林業金融ΐ ῐ0 号ῑ は῍ 静岡県天竜林業地
関東圏と関西圏におけるブロイラ῎の流通を比較
帯や熊本県五木村の林業経営や林業金融について
検討しているῌ
分析したῌ
鈴木直二 ῒ米の集荷統制についてΐ ῐ+3 号ῑ῍ ῒ第
田中裕一 ῒ最近森林評価問題の傾向と根本的考
二次大戦時における我国の米穀統制ΐ ῐ,* 号ῑ は῍
察ΐ ῐ0 号ῑ は῍ 林業評価問題を育成林の評価῍ 天
食糧管理法の制定 ῐ昭和 +1 年ῑ によって῍ 日本の
然林の評価に分けて論じ῍ 森林評価を森林経営体
米の集荷が統制されたことについて῍ その統制機
として評価すること῍ また῍ 現実の企業的評価の
構や問題点について考察したῌ
みでなく῍ 保安林評価 ῐ社会的利益評価ῑ をも考
0ῑ 食品工業
えるべきであること῍ さらに῍ 評価の根底には経
中島常雄 ῒ我国における製粉工業の展開ΐ ῐ+0
済政策の影響を考えるべきことを論じているῌ
号ῑ῍ ῒ第 + 次大戦以降における製粉工業の発展ΐ
山下敞也 ῒ山村における採草地をめぐる諸問
ῐ,* 号ῑ は῍ 農業と密接に関連する食品工業の一
題ΐ ῐ. 号ῑ は῍ 山村における採草地の問題は過小
つとして日本の製粉工業の展開過程を論じてい
農的土地所有にあるとし῍ それが存続する諸要因
るῌ この研究は後に ῔小麦生産と製粉工業῏日本
を分析したῌ
における小農的農業と資本との関係῏῕ ῐ時潮社῍
+31- 年ῑ にまとめられているῌ
川村 ῍竹中῎ 久二雄 ῒ山村における就業構造と
その特質ΐ ῐ+* 号ῑ は῍ 神奈川県愛甲郡煤ケ谷村
竹中久二雄 ῒ戦後の農村工業動向と農協加工ΐ
ῐ現在は清川村ῑ の調査事例から῍ 山村における就
ῐ+. 号ῑ は῍ 戦後における農村工業性格や動きを
業形態῍ 兼業諸形態と就業構造を分析し῍ 過剰就
明らかにし῍ 農協加工が食品加工資本の系列下に
業を支えるメカニズムを明らかにしたῌ
おかれながら῍ 農村工業の拡大となっているもの
小林
茂 ῒ山村中学卒業者の就業 ῌ 進学の動
の῍ 農民経済の好転に結びついていないことを考
向ΐ ῐ+1 号ῑ は῍ 山村の中学卒業者の進学と就業に
察しているῌ
ついて分析したῌ
栗原藤七郎 ῒ乳産業の形成過程における搾乳
藤田清彦 ῒ林業敷設に伴う山村の変貌ΐ ῐ+, 号ῑ
業ΐ ῐ+0 号ῑ῍ ῒ酪農の形成過程における乳牛貸借
は῍ 高知県῍ 静岡県の山村調査から林道が単なる
制ΐ ῐ+1 号ῑ は῍ 乳産業の形成や酪農の形成にまつ
木材運搬のために機能しているのではなく῍ 地元
わる搾乳や乳牛貸借制のプロセスと῍ その果たし
住民の生活路として重要な役割を果たしているこ
200
農村研究 第 33 号 ,**.
とを明らかにしている
究などが盛んに行われ また生産力視点からは
画期的な業績として農業発達史調査会 日本農業
, 外国研究
発達史 全 +* 巻と同 主要地帯農業生産力形成
菅沼正久 中国の協同組合 創刊号 中国農
史 上下 中央公論社 が刊行された 地主制と
業協同組合の必然性と特殊性について 1 号
の関連では村落共同体や共同体規制の問題も論じ
は 中華人民共和国の成立後に 進められてきた
られたが 農村研究 誌上では 林喜一郎が 部
農業の集団化について考察し 中国農業の社会主
落の発展過程と村落共同体 - 号 において 長
義的改造がどのように必然性をもって進められ
野県諏訪郡本郷村立沢部落を事例として取り上
どのように改造されつつあるかを考察した
げ 水利を中心とした村落共同体において 水田
栗原藤七郎 米と小麦の生産構造 . 号 イ
農業と養蚕業とによる高冷地農業がどのように発
ギリス農業の構造とその団体 / 号 第 , 次大
展してきたのかを実証的に考察している とくに
戦前イギリス農業政策の展開 創刊号 は イギ
+3/* 年代に学界で盛んに論じられた形成期地主
リスの農業政策と世界の二大食糧作物である米と
制に関しては 富山竜雄が 茨城における地主制
小麦の比較をとおしてヨロッパとアジアの農業
生成の基盤とその事例 2 号 で 戦前大地主と
のちがいを考察している また イギリス農業の
呼ばれるものが茨城県において その立地的基盤
構造や農業者労働組合やその性格 農業者および
を通して いかにして どのような形で生成して
地主の団体などの組織にもふれている これらの
きたかを検証している
研究は 後に 東洋の米 西洋の小麦
比較経済
生産力視点からの研究としては 山崎克己 が
論的研究
東洋経済新報社 +30- 年 としてま
水稲生産力の成長と農業技術 +- 号 におい
とめられた
て 新潟県の水稲生産力に着目し 土地生産力成
須ῌ田黎吉 西欧農業史研究の日本農業近代化
長の段階区分 労働節約的技術の展開等について
における意義 +3 号 は 日本農業の有畜化 酪
検討し また須ῌ田黎吉は 西欧農法史研究の日
農の発展 の視角にたって 日本農業の近代化に
本農業近代化における意義 +3 号 において 西
西欧農法史研究が有効な意義をもつことを検討し
欧農法史研究の成果を基礎に日本における酪農発
た
展の可能性に対して農法的視点から検討を加えて
宇治田富造 西インド砂糖プランテションの
いる なお 須田には それ以前に 明治期の
英仏領比較 +0 号 は アダムῌスミス 国富
資本家的農場経営型のリンゴ園として敬業社の経
論 の第 . 編第 1 章の 植民地について にふれ
営を分析した 津軽地方におけるリンゴ園経営史
ながら 植民地から還流した富が資本に転化し産
一 2 号 および明治期の小経営として西谷第
業革命を準備し 重商主義の旧植民地体制が母国
一東果園の経営を分析した 津軽地方におけるり
の資本の本源的蓄積に決定的な意味を持ったこと
んご園経営史 二 +/ 号 があり さらに近世
を論じている
日本の稲作北限地帯である津軽藩の新田開発を考
竹中久二雄 アメリカ農業金融と農場担保金
察した 近世封建社会における後進地域の新田開
融 +2 号 は アメリカの農業金融制度の成立お
発 一 +. 号 および 近世後進地域における
よび特色 農場担保金融のメカニズムを考察して
新田開発の自然的基礎 +0 号 がある
いる
農業経済学説史に関する業績としては 川上正
道が 横井時敬の農業経済学説 上 下 2
- 歴史研究
++ 号 において 横井を現代日本農業理論の源流
日本の農業史研究では +3/* 年代半ばから
としてとらえ その小農主義 土地問題論 農業
+30* 年代半ばにかけての時期は 寄生地主制の研
経済論 農業教育論等について検討を加え また
῔農村研究῕ /* 年の歩み
201
横井時敬とは別の現代日本農業理論の源流はマル
本主義の発達と農村工業ΐ ῐ0 号ῑ῍ 戦前約 ,* 年間
クス主義の農業経済理論であると規定し῍ これに
の兼業化の動態を統計的に検討し῍ 兼業化と農村
関連して ῒ櫛田民蔵の農業理論ΐ ῐ+, 号ῑ を著して
人口の内部構造を明らかにした富山竜雄の ῒ戦前
いるῌ
における兼業化と農村人口ΐ ῐ++ 号ῑ῍ アダムῌス
このほかにわが国における製粉工業の展開につ
ミスの ῔国富論῕ の植民地体制論との関連で西イ
いて考察した中島常雄の ῒ我国における製粉工業
ンド植民地の問題を論じた宇治田富造の ῒ西イン
の展開ΐ ῐ+0 号ῑ や ῒ第一次大戦以降における製粉
ド砂糖プランテ῏ションの英仏領の比較につい
工業の発展ΐ ῐ,* 号ῑ῍ 縄文時代における焼畑農耕
てΐ ῐ+0 号ῑ などが発表されているῌ この時期の終
について論じた木村靖二の ῒ日本先史社会におけ
わりに鈴木直二が発表した ῒ第二次大戦時におけ
る農耕の研究ΐ ῐ+. 号ῑ や ῒ日本原始社会における
る我国の米穀統制ΐ ῐ,* 号ῑ は῍ その後 ῔農村研
焼畑農耕ΐ ῐ+0 号ῑ῍ 中国の春秋戦国間の社会構造
究῕ に続῎と掲載されていく米穀史に関する一連
変動を論じた広沢吉平の ῒ中国初期封建社会成立
の研究の嚆矢であったῌ
期の検証方法試論ΐ ῐ+0 号ῑ῍ 中国における養蚕起
なお῍ 純粋な歴史学研究ではないが῍ 現在῍ 民
原伝説について論じた同 ῒ中国蚕糸業起源論序
俗学者として脚光を浴びている宮本常一が ῒ本百
説ΐ ῐ,* 号ῑ῍ とくに産金との関連で佐渡農業の歴
姓と水呑百姓ΐ ῐ/ 号ῑ を寄稿していることは興味
史を描いた本間雅彦の ῒ佐渡島の農業史研究ΐ ῐ,
深いῌ
号ῑ῍ 尾西機業史について考察した玉城 哲の ῒ資
第ῌ期 ῎+30/ῌ1/ 年ῌ ῐ農村研究ῑ 第 ,+ῌ.* 号῏
+῍ 社会経済および農業の動向
第ῌ期は戦後の東西冷戦構造の枠組みの下で῍
米国のベトナム参戦の泥沼化が進行したῌ 1+ 年 2
どによる地価の高騰を招いたῌ また῍ この時期῍
公害問題も大きな社会問題となっていたῌ
月にはアメリカのニクソン大統領によるドルの金
アメリカの国際収支の悪化と農産物過剰を理由
兌換停止を契機として῍ 国際通貨制度が変動相場
に῍ 日本に対する市場開放圧力も強まったῌ 日本
制へ移行したῌ さらに῍ 1- 年には第 . 次中東戦争
政府は 03 年 1 月に῍ それまでの +,* ῐうち農林水
の勃発と発展途上国の資源ナショナリズムの高ま
産物は 1-ῑ の輸入制限品目を 1+ 年末までに 0* 以
りによって῍ ペルシャ湾岸 0 カ国による原油の
下まで削減することを決定したῌ この結果῍ 1, 年
1*῍ 値上げ等により第 + 次石油ショックが発生
+, 月までに農林水産物の非自由化品目は ,- まで
し῍ 高度経済成長は終焉し῍ 世界経済はスタグフ
減少したῌ
レ῏ションを伴った低成長に移行したῌ
また῍ 1, 年にはソ連῍ 中国などが農産物の不作
1, 年に誕生した田中内閣による列島改造政策
に見舞われて国際穀物相場が急騰し῍ 世界的な食
は῍ 大都市に集中していた工業立地を地方に分
糧危機が叫ばれたῌ 1- 年には῍ アメリカの大豆輸
散ῌ再配置し῍ 交通ῌ通信網を全国的に広げ῍ 都
出禁止措置が取られたῌ
市部の改造と地域開発を同時に進めようというも
一方῍ 日本農業の状況を見てみると῍ 日本経済
のであったῌ しかし῍ この政策は地域開発をあて
の高度成長のなかで῍ 農業人口は +301 年には全
こんだ不動産会社等大企業による土地買い占めな
産業人口の +3῍ となり῍ 農業基本法が制定され
農村研究 第 33 号 ῏,**.ῐ
202
た 0+ 年時点の -*῍ から ++ ポイントも低下したῌ
は῍ 一時的ῌ緊急避難的なものと考えられていた
しかし῍ 農家戸数は 0* 年の /2, 万戸から 0/ 年に
が῍ 米の過剰問題は消費の減退と相まって構造的
は //2 万戸と ..+῍ の減少に止まったῌ
なものとなっていったῌ 1+ 年から 1/ 年までの /
日本の米生産量は +301 年産῍ 02 年産とも +,../
年間は米生産調整ῌ稲作転換対策が実施され῍ と
万トンと史上最高に達したῌ その一方で῍ 米の需
くに 1+ 年産米については前年の目標面積を , 倍
要は 0* 年代後半から減少し始めたために῍ 03 年
以上も上回る ,-* 万トンの生産調整が必要とされ
+* 月末の政府持越在庫量が /0* 万トンになる見
るとともに῍ 米の政府買い入れ制限措置がとられ
通しとなり῍ 米の過剰問題が表面化してきたῌ こ
ることになったῌ こうした中῍ +303 年産米から自
のため῍ 農林省は 02 年 1 月に ῑ総合農政の展開に
主流通米制度が発足し῍ 1, 年には卸売から小売῍
ついてῒ を発表したῌ ここでは῍ 米作偏重から῍
および小売から消費者への販売価格が自由化さ
畜産῍ 果樹῍ 野菜などに重点を移すため῍ ῌ 総合
れ῍ 米小売への新たな業態 ῏生協ῌス῎パ῎ῌデ
食料の安定供給῍ ῍ 生産῍ 構造῍ 価格῍ 流通の各
パ῎トなどῐ の新規参入が認められたῌ
施策の総合的推進῍ ῎ 生産にとどまらず流通῍ 消
また῍ みかんは 1, 年に生産量が前年の ,.3 万
費まで広げた農政の展開῍ を総合的に推進すると
トンから -/1 万トンに増加し῍ 価格の大暴落を招
いう方向が示されたῌ
いたῌ
03 年に始まった米の生産調整 ῏転作ῐ は῍ 当初
,ῌ 日本農業経済学会と東京農業大学の動向
῏+ῐ 日本農業経済学会の動向
びに理事長に選出したῌ 00 年には米国ミシガン州
この間の日本農業経済学会大会のシンポジウム
立大学との間で ῑ交流に関する覚書ῒ を交換し῍
テ῎マ等の変遷をみると῍ 当時の基本法農政の行
姉妹校関係を結びその後の学生交換留学 ῏東京農
き詰まり῍ 列島改造計画による投機的な農林地等
大から毎年学生約 / 名が + 年間留学ῐ の端緒が開
の買収と地価上昇῍ 米の過剰問題῍ 環境問題῍ 異
かれたῌ 02 年には新しい図書館が竣工したῌ
常気象による地球規模の食糧危機問題などが反映
また῍ 経済の高度成長を背景に大学進学率が高
されているῌ すなわち῍ +30/ 年には ῑ開放経済と
まり῍ 0/ 年に 3* 万人であった大学生が 1* 年には
農業ῒ῍ 00 年には ῑ技術進歩と農業ῒ῍ 01 年には
+-. 万人῍ そして 1/ 年には短期大学と合わせて
ῑ農村社会の変貌と農業の担い手ῒ῍ 02 年には ῑ小
,*3 万人へと急増し῍ 大学の大衆化が進んだῌ こ
農制の検討ῒ῍ 03 年には ῑ食糧問題ῒ῍ 1* 年には
うした中で῍ 旧来の大学教育制度や研究体制の矛
ῑ稲作をめぐる諸問題ῒ ῏東京農業大学で開催さ
盾が顕在化し῍ 全国的に大学紛争も激化したῌ 東
れ῍ 本学農業経済学科卒業の宮島昭二郎氏が稲作
京農業大学は῍ 他大学と比べれば比較的平穏で
の新佐賀段階に関する報告を行ったῐ῍ 1+ 年には
あったが῍ 03 年には大学ῌ校友会ῌ父兄会の三者
ῑ酪農経営の諸問題ῒ῍ 1, 年には ῑ農業における地
合同会議が開催されたῌ
域問題ῒ῍ 1- 年と 1. 年はそれぞれ ῑ農業経済学と
1+ 年には平林忠教授が後任の学長に選出され῍
農学ῒ῍ ῑ農業経済学と経済学ῒ ῏農業経済学の学的
本学創立 2* 周年記念式典が挙行され῍ 法人理事
体系化に関する論議ῐ῍ 1/ 年には ῑ食糧政策ῒ をそ
長には小野三郎が就任したῌ 1. 年には箱根駅伝で
れぞれテ῎マとしてシンポジウムが開催されたῌ
陸上部が往路優勝したῌ
施設整備の面では῍ 1. 年に本部新築工事が完成
῏,ῐ 東京農業大学と本学会の動向
し῍ 1/ 年には +* 号館の新築工事が完了したῌ 同
東京農業大学は῍ +30/ 年に内藤敬教授を学長並
年῍ 東京農業大学成人学校の設置認可を受けたῌ
農村研究 /* 年の歩み
また 1/ 年には鈴木隆雄教授が学長に選出され
た
203
農業経済学科教員の異動では +3,. 年から本学
に勤務され -2 年の農業経済学科設立以降 0. 年
このような状況下で この時期の農業経済学科
まで一貫して農業経済学科長 0* 年から 00 年ま
は 学科の自立ῌ発展期拡大された学科と教育
で農学部長 を務め 学科ῌ大学院農業経済学専
システム : 大学の大衆化と実学主義教育確認
攻の発展にご尽力されてきた我妻東策教授が退職
農業経済学科五十年史 と位置づけられる す
された また 1* 年には農業経済学科の諸橋襄教
なわち 00 年に農家実地研修に基づく学生の記録
授 1. 年には木村靖二教授 西山武一教授がそれ
集 大地に学ぶ 年刊 の創刊号を発刊すると共
ぞれ退職された 他方 +302 年には沢村東平教
に 01 年には研究室制度を確立し 03 年にはそれ
授 1, 年には大橋一雄教授が農業経済学科教授と
までの学科コス制廃止と新たな学科目の再編を
して就任された
行って学科教員の拡充強化を図り 1- 年にはゼミ
また 本学会 東京農業大学農業経済学会 で
ナル制度を拡充する +- ゼミ編成 など 次
は +21. 年に評議員会制度を改め 理事会制度と
と改革をおこなった
した
-ῌ
῍農村研究῎ の研究動向とその成果
この期に 農村研究 に発表された論文数 資
ネ経済表における地主階級の収入としての純生
料ῌ書評ῌ学位論文要旨は除く は +/, 篇で 第
産概念が資本制地代としての本性を十分に備えて
,0ῌ1 号 +301. +, は我妻東策先生古希記念論文
いることを明らかにした
集として ,1 篇の論文が歴史ῌ理論ῌ現状分析の
川上正道 は 日本零細農耕の地代論
,0 ῌ 1
- 部構成で配列され併せて我妻先生の履歴と著作
号 で マルクスの農民的分割地所有の地代論
リストが掲載されている 特に歴史的研究は /.
日本の地代論争をふまえて +30* 年代後半の米価
篇と全体の - 分の + を占めている また 編集面
水準の下での地代形成とその特性を考察してい
では第 ,2 号 +302. +, からは従来の B/ 版の縦
る
組み形式 白表紙 から A. 版の横組み形式 黄
大淵素行は 立地論と差額地代論
,0ῌ1 号
色表紙 に改められた また 第 --ῌ-. 号合併号
で 古典派差額地代論とドイツ農業経営学派のユ
+31,. , には 特集 横井時敬
に関連する .
ンカ 地代概念 大川一司の Alternative-use-
本の論文と特集以外に 1 篇の研究論文が掲載され
rent cost theory にも言及しつつ 差額地代ῌの
た さらに 第 .* 号 +31/. - は創刊 ,* 周年記念
研究の重要性を提示し 差額地代第 + 形態論研
号として +/ 篇の論文が掲載されている
究
では 面積ῌ形状差特別差額地代
を提示し
この期は東京農業大学に籍を置く会員研究者だ
けでなく 学外の多くの一流の研究者 本学の農
ている
農業経済理論に関する研究では 小林
茂は
業経済学科卒業 大学院農業経済学専攻修了生を
重農主義における農業経済学の淵源
,0ῌ1 号
含む からの投稿を得 学術会議登録学会誌に準
でケネ経済表をめぐるチュルゴオなどの文献に
じる評価を高めた
も言及しつつ農業経済学の方法論を考察してい
る
+ 理論および日本の実証研究
保志
恂 は 農業恐慌理論における若干の問
+ 経済理論ῌ農業経済理論ῌ方法論
題
-2 号 で大内 力の農業恐慌論を批判し
地代論に関する研究では 小林 茂は 重農学
ヴァルガ リュボシッツ メンデリソンなどの論
派経済学における利潤と地代
,0 ῌ 1 号 でケ
文にも言及し 農業構造の特殊な弱体性との関連
204
農村研究 第 33 号 ,**.
で農業恐慌について考察し 日本農業再生産構
における費用の概念と収益財の評価 ,+ 号 に
造の地帯構成 ῌ北海道型の基本的考察 .*
おいて 資本用役 資本利子 の原価性の問題
号 で農業再生産基盤ῌ生産力構造の矛盾を労働
生産費と経営費との混同に由来する費用概念の混
力構成 機械化作業体系 土地生産性 農業生産
乱の問題 さらに一般企業簿記の収益計算におけ
組織の関連で考察している
る未実現利益と実現主義の視点から収益財の評価
竹中久二雄は 現代インフレションと農業問
と内給生産要素について体系的に考察している
題 .* 号 で +31* 年代後半の構造的インフ
加用信文は 農業経営規模の概念 ,, 号 で
レションのメカニズム 非競争市場原理のもと
経営規模は 長期的条件において生産力の規定要
での独占または寡占経済による管理価格の設定と
因となる固定的要素の大きさ と規定し 農業経
通貨の増発等の通貨政策 や農産物販売の総合指
営規模の概念を集約度ῌ経営組織との関連で考察
数と農業生産資材など購入品の総合指数などの物
している さらに 加用は 農業複式簿記の理論
価指数 政策米価の関連にも言及し とくに農家
的構造 -1 号 で農業複式簿記の難点について
経済における金融資産へのその影響を鋭く分析し
アメリカの商業的家族経営における簿記導入の実
ている
態をふまえ 農業はその循環に生産過程を含み商
佐藤俊郎は 農地の転用と土地利用の変化埼
業簿記的構造ではなく工業等の産業資本の循環方
玉県屈巣沼地の転用事例 -0 号 で農地転用
式とる点や 未成木ῌ未成畜などの育成費用 増
と土地利用について実証分析を行っている
価の処理 企業と家計の未分離の家族経営の視点
農民層分解論に関する研究では 宮島昭二郎は
農民層分解論の系譜とその基本争点 ,+ 号
などから考察している
沢村東平は 農業経営における生産要素の代替
で 戦前の研究における栗原百寿の中農標準化
関係 ,0ῌ1 号 で 要素代替関係の実験例を提
論 田中 定の自小作型前進論 戦後の花田仁伍
示し 具体的に要素代替の関数的性質 要素結合
の商品範疇確立説 石渡貞雄の中農肥大化論を批
における費用の最小化を分析した また 日本農
判的に考察し さらに 農民層分解層に関する試
業における経営理念の形成 ,3 号 では 経営理
論 ,- 号 では佐賀県農家の地域別階層移動の
念目的計画実行など経営理念の展開方向を
実態分析をふまえ 分解促進の内部要因 商品生
提示し 家族農業の経営管理的性質 -1 号 で
産と技術進歩 と外部要因 農家および農家人口
は 家族農業の法人化の動向にも言及しつつ 家
の流出 の分析を行い 最後に全機構的把握とそ
族農業の経営統合の類型的分析を行った さらに
の構造的結合を強調している
沢村は 家族農業の分化と統合 .* 号 で 家族
菅沼正久は 農民層分解論
研究覚え書 .*
号 で伊藤喜雄 井野隆一 常磐政治 梅村又次
酒井淳一 花田仁伍 梶井 功などの農民層分解
論の論評を行っている
農業の企業化された組織と管理について解明して
いる
金沢夏樹は 横井時敬と農業経営学 -- 号
で ドイツ農業経営学等との関連で横井時敬の農
今村奈良臣 は 工業化地帯
の農民層分解
業経営学における位置づけを行い さらに横井の
-* 号 で愛知県における労働市場の拡大変化と
小農ῌ土地生産力ῌ合関率の論理を批判的に考察
集団栽培ῌ技術信託ῌ請負耕作の広がりの中での
している
農家経営階層分析 専業農家オペレタ層の
松田藤四郎は 農場原価の変動費化ダイレク
動向や請負耕作の実態分析と政策課題の提示を
トῌコスティングへの予備的考察 ,0ῌ1 号
行っている
で 変動原価を製品原価とし 固定費を期間原価
, 農業経営ῌ地域計画ῌ農業労働
とする直接原価計算の視点から農業における 要
農業経営に関する研究では 大槻正男は 農業
素生産 関係の生産関数 合成要因生産物
農村研究 /* 年の歩み
205
関係の生産関数 固定費の変動費化 費用線型化
程における , つの型に関して 稲の乾燥と脱穀作
の方法を考察した また 量的適応過程における
業 乾燥方法 稲と稲藁などを中心に 水田単作
農場費用曲線 ,3 号 では 農場費用水準を決定
地と二毛作地での実証的分析を行った 大橋はま
する要因 費用作用因の質ῌ比率ῌ価格 の体系
た 農業労働力の流出と農民の労働負担
いわゆ
生産関数と費用関数 費用関数の把握方法 量的
る主婦農業をめぐる問題点
,0ῌ1 号 では
適応と農場の費用経過を解明した 松田はこの他
戦時下の 職工農家 の農業労働の実態や 現下
にも 緑化樹木生産の会計問題 -3 号 や 植木
の 兼業農家 の農業労働 主婦農業の問題点を
産地の立地配置 -, 号 などで 新たな作目の会
解明し 農業労働の変化と労働負担 -0 号 で
計問題や立地配置にも意欲的に取り組んでいる
は 耕耘機ῌトラクタなど 乗る 農業労働の
久保嘉治は 農業経営の所得目標 ,2 号 で
マルコフ過程および推移確率の推計方法から 生
産所得分布のマルコフ過程によって 生産所得分
布と生産所得 所得目標の試算を行っている
新沼勝利は 都市農業の展開方向 -- 号 で東
京都の世田谷農業の経営的分析を行った
白石正彦は 水田農業集約化と内包的規模拡大
負担問題 機械化作業と労働災害の実態解明を
行っている
岡部 守は 出稼ぎ労働力流出に伴う農業労働
過程の変化
昭和 ./ 年 秋田県大雄村の事例調
査より
.* 号 で出稼ぎ労働力の性格規定を
行い 出稼ぎ 流出の地域性やその農業労働過程
に及ぼす影響を実証分析している
の諸条件 -- 号 で 加用信文の農業経営規模論
- 農業政策ῌ農業構造ῌ農業金融ῌ農協
をふまえて 熊本県走潟地区を中心に 固定資本
農業政策 ῌ 農業法制に関する研究では 諸橋
投下の増大と内包的規模拡大 中型機械導入ῌ促
襄が 小作権強化の回顧と展望 -* 号 農業水
成蔬菜作の暖房機導入 水稲プラス促成蔬菜経
利権についての地方法制 ,0ῌ1 号 などで法制
営の収益性を分析している
論を展開し 木村靖二は 自由諸国における農政
これ以外にも 林喜一郎は 出稼ぎ労働力の地
の基調 -, 号 で生産調整と低価格支持政策を
帯別特性と農業経営の変容 ,- 号 南九州畑
めぐる米国 カナダ 日本の実態について考察し
作地帯における日本農法の暖地的近代化 ῌ .*
ている
号 福家 豊は 米多収穫技術の分析 ,/ 号
また 栢野晴夫は いわゆる 新農業構造政策
冨山竜雄は 大規模水稲協業経営の展開と部落
について ,0ῌ1 号 で 中野正雄は 中核農家
,/ 号 宮島昭二郎は 新 佐賀段階 における
の育成と食料自給
昭和 .2 年度農業白書をみて
米作生産力の形成 ,0ῌ1 号 江里口広は みか
-3 号 で それぞれ農政問題を考察してい
ん作経営の階層別収益性の分析 ,, 号 小林公
る
能は ホップ特約栽培の特質 ,- 号 長野県北
米価問題の解明に挑んだ論文としては 木村靖
部地方におけるホップ特約栽培の展開 -, 号
二の 米価体系の崩壊過程 -/ 号 加用信文の
で地域条件と作目特性をふまえた経営学的実証分
米価算定をめぐる問題点 ,/ 号 神谷慶治の
析を行っている
米価と生産費に関する諸問題 ,/ 号 がある
計画論に関する研究では 武藤和夫が 農業生
自治体農政については 冨山竜雄が 戦後の町
産の地域分担計画に関する一試論 -+ 号 で 多
村行政と部落 ,, 号 で集落構造とその機能を
段階 非 線型計画法による 空間均衡 モデル
考察し 竹中久二雄は 地方行政における農業政
の構造の理論的解明とその適用事例について考察
策の問題点 福島県郡山市の事例を中心に している
-3 号 で 郡山市の財政ῌ農業財政の構造と農
農業労働に関する研究では 大橋一雄が 水稲
作における収穫労働過程 ,+ 号 で 収穫労働過
業振興政策を実証的に分析している
農業共済の分野では 新田恭一郎が 水稲共済
206
農村研究 第 33 号 ,**.
の機能とその限界北海道空知郡南幌町および徳
. 地域農業ῌ地域経済ῌ経済地理
島県麻植郡鴨島町の比較 ,0ῌ1 号 で実態分
経済地理の研究では 栗原藤七郎が 農業経済
析を行っている
学の研究における歴史と地理の総合 ,, 号 で
農業金融に関する研究では 竹中久二雄は 農
経済発展段階説におけるヨロッパ中心史観とそ
協金融の拡大と矛盾 ,, 号 で 農協金融におけ
の崩壊を論じ 経済発展の地理的条件や 文明論
る対人信用を基礎とする農協原則と経営原則の乖
としての農業問題を考察し 最後に農業経済研究
離のメカニズムを解明し また 農業金融の信用
における歴史と地理の総合を提言している さら
論的特殊性 ,0ῌ1 号 では 農業金融 信用
に 栗原は 工業の普遍化性と農業の特殊化性
の基礎としての小農制 再生産構造と小農制 お
,. 号 で工業化と世界史の一元化 工業化社会
よび小農の価値配分関係とその特殊性 自作農地
の諸弊害 普遍化と特殊化の総合など文明論的考
代の形成メカニズム 消費金融的性格との関連
察を行っている
で農業金融の信用論的特殊性を考察している さ
笠井文保は 地域開発をめぐる諸問題 ,0ῌ
らに竹中は 農業金融論の系譜と課題 ῌ ῍ ,2
1 号 地域開発と農業 ,, 号 水稲低位生産
号 ,3 号 で戦前ῌ戦後の制度論的農業金融論
性地帯における養鰻経営の成立 ,/ 号 など 経
農業金融論の経済学的展開 農業金融の信用論的
済地理学的手法での実態分析を行っている
展開 制度金融に関する諸見解などを体系的に考
増井好男は 養殖ウナギにおける流通の特殊性
察し 農業資本形成の金融的分析 -- 号 で
静岡県の事例を中心として ,0ῌ1 号 で養
cobb-douglas 型生産関数の計測に基づき農業資
殖ウナギの流通問題を分析し 種苗 成魚の流通
本形成率と貯蓄率を実証的に分析し 農業資本形
は生きたまま流通する活魚流通と 種苗が天然の
成の金融的役割を解明した 竹中はまた 地域開
豊凶に左右されていることによって生じる問題を
発をめぐる農業と金融 ῌῌ῍ -1 号 -2 号 に
明らかにし さらに 吉野川下流地域における新
おいて 地域開発政策をさえる金融構造につい
興養鰻産地の形成 徳島県板野郡松茂町の事例
て 資金需給の地域別格差 都市地代と農業地代
-3 号 など 経済地理学的手法で実態分析を
貨幣資本の蓄積運動と乱開発 地域開発と農協金
行っている
融などの点から実証的に解明している
協同組合ῌ農協に関する研究では 菅沼正久が
協同組合における矛盾の理論 上 中 下
/ 計量経済学的研究ῌアグリビジネス論ῌ農
産物流通ῌ価格論
計量経済学的手法による研究では 神谷慶治が
,, 号 ,- 号 ,. 号 で産業資本主義段階の枠組
農業の将来 ,. 号 で人口の推移マトリックス
みの中で協同組合の内部関係である組織ῌ事業ῌ
によって 欧米主要国と日本の職業推移マトリッ
経営における矛盾 労働者の協同組合が資本制商
クスから差分方程式の導出と予測を行い 農家
品の価値実現の媒介を果たすことによってのみ
の存在形態 先の先
の話し ,0ῌ1 号 で
組合員の需要を充足 の論理を展開し そのメカ
は 耕地の社会死 対社会 の農地の保存力 平
ニズムを産業資本主義段階で解明し 農協合併
均余命がきわめてはかないものとなったこと の
の政策論的考察 ,0ῌ1 号 では 農協の適正経
実態から 自己意識の主体性をもち広い見地に
営規模論 農協近代化と合併や農協組織の 体質
立って盲点をもたない学問ῌ科学研究の樹立によ
改善 農協合併助成法の制定等について考察し
る 先の先 の農政確立を提言した 神谷はまた
ている
農業人口はどう動くか -- 号 でマルコフ過程
白石正彦は 都市化進行地域における農協の課
題 -1 号 で鴻巣市箕田農協の事業と運営につ
いて実証的に解明している
分析によってその終局値を求めている
舘斉一郎は 所得水準と農業就業人口率 ,.
号 で 日本の都道府県別デタに基づいて そ
農村研究 /* 年の歩み
の計量的分析を行い 農家家計の消費関数に関
する一試論 .* 号 では 消費性向の推移を消費
関数の計測結果によって評価している
永安幸正は 地代の存立条件と分配率 ,3 号
で 日本で翻訳されていない外国の新しい地代論
文献にも言及しつつ計量経済学的手法で考察して
いる
丸山義皓は 資本主義経済の発展と労作的農業
207
る
新沼勝利 は 近年における緑地樹木の価格動
向 -0 号 で 類別価格の形成と周期変動 季節
変動 市場間での価格の特徴を実証的に解明して
いる
池田勇治は 国際小麦価格の動向 -2 号 で
マッカラῌモデルによる価格動向の予測 予測
と現実の価格動向を解明している
のメタモルフォゼ ῌ -3 号 で家族労作経営
の内発的生命力の強さを数量経済学的手法で考察
している
アグリビジネスに関する研究では 舘斉一郎が
わが国アグリビジネスの構造と規模 ,0ῌ1 号
, 外国研究
伊賀正亮 は オンタリオ州中西部における肉
牛ῌ養豚農家の線型分析 ,- 号 で 最適経営組
織の線型分析を行っている
で 日本における国民経済とアグリビジネス お
飯島 正は インドネシアにおける土地改革の
よびその就業人口と固定資本について 産業連関
性格 ,0ῌ1 号 で実証的分析を行い 舘斉一郎
分析により実証的に解明している
は 台湾におけるバナナ生産の発展過程 ῌῌ῍
鈴木忠和は 産業構造の中のアグリビジネス
-0 号 -2 号 で バナナの産地移動と生産の地
,2 号 で やはり産業連関分析をふまえ 日本の
域的発展ῌ地域分化をその内的諸要因から クロ
アグリビジネスと産業構造を計量経済学的に解明
スセクション分析 タイムシリズ分析をふまえ
している
実証的に解明している
農産物流通ῌ農産物価格の研究では 鈴木直二
小野 功は 海外移住が国際協力におよぼす影
が 農産物取引所の機能 .* 号 で商品取引所の
響 ῌ
農業移住を中心として
.* 号 で南米
沿革から 現物取引と先物取引 農産物取引所の
における農業移住の農業開発への影響等を解明し
機能 保険機能ῌ価格平準化機能ῌ需給の早期調
ている
節機能ῌ適正市価の決定と公示 について述べ
商品取引所と投機の必要性等を考察している
- 歴史研究
佃 暢裕は 野菜市場における公的市場の機能
この時期の歴史研究では 数回にわたる連載の
と役割 ,- 号 都市近郊における青果卸売市
研究や 一定の主題に関する連続的な研究が多数
場の機能と問題 東京三多摩地区を中心として
著されていることが特徴であり この特徴はその
,0ῌ1 号 野菜の小売価格形成と不完全市
後の時期の農業史研究にも継続されていく ま
場
東京都における消費者ῌ小売商の行動様式の
ず 第῎期に中国農業史ῌ養蚕史に関する研究を
検討を中心として
,2 号 野菜の産地形成
発表していた広沢吉平は 中国古代社会の農業
とマケティング
福島県岩瀬地区を中心に
構造論 上 中 下 ,+,- 号 において
-/ 号 野菜の集荷組織と組織運営
系統組織
殷代社会の農業技術構造および社会経済的構造に
における意思決定機構を中心に
.* 号 など
ついて検討を加え さらに 中国古代農業経済論
この分野の実証的分析を数多く行っている
,0ῌ,1 号 では 殷ῌ周代の蚕糸業について考
日暮賢司は 野菜価格の周期変動に関する一考
察している
察
キャベツ価格変動と価格政策の関連を中心に
中国農業史に関しては この時期の中ごろに
して
.* 号 で キャベツへのくもの巣理論の
中国農業史の権威で 斉民要術 の訳者としても
適用により その価格変動の要因分析を行ってい
知られる西山武一が 宋元地方農書考 -* 号
208
農村研究 第 33 号 ,**.
において 斉民要術 と 王禎農書 をつなぐも
る地方米穀市場の展開 ,0ῌ,1 号 近世にお
のとして 陳ῌ農書 や 種蒔直説 について検
ける中央米穀市場の展開 ῌ ῍ ,2 ,3 号 近
討を加え また むらさき考 -, 号 では 斉
世における米穀流通政策 -, 号 昭和期の米
民要術 や 天工開物 本草綱目 日本の農書
穀流通経済 -3 号 などである
などを引きながら染料としてのむらさきについて
第ῑ期に わが国における製粉工業の展開につ
考証している 王禎農書 における水車について
いて考察した中島常雄は この時期もその延長線
考証した 王禎農書ῌ水車考 -0 号 は 今日的
上で手延べ素麺と製粉工業の歴史的発展について
視点から見ても注目すべき研究である なお 農
検討 を 加 え 在 来 製 麺 業 の 発 達 と 製 粉 工 業
書に関連して日本の農書研究としては 島 正三
,0ῌ,1号手延素麺特産地における水車製粉経
の 内閣文庫蔵 清良記 巻七上ῌ下覚えがき
営の形態変化 ῌ ῍-,-/号を発表している
,0ῌ,1 号 が発表されている
須ῌ田黎吉は 第ῑ期における 西欧農法史研
農村社会学の分野からの歴史的研究として
佐ῌ木豊は 農民自身が行った実践的調査である
究の日本農業近代化における意義 との関連で
井伊谷農村調査 を取りあげ それがなぜ成功し
再び 西欧農法史研究の日本農業近代化におけ
たかを明らかにした 農村調査の主体と論理
昭
る意義 について ῌ ῍ ῎ ,.,0ῌ,1 号 にお
和初期における静岡県井伊谷村の事例
,3 号
いて 日本農業近代化の方法論を提示することを
を発表したが さらに明治後期に前田正名の提唱
ねらいとして 農法的視点から土地生産性の発展
で開始された町村是調査について 村是調査の
過程を考察し イギリス農業の近代化過程を明ら
構造と論理 -+ 号 村是調査の論理構造 -,
かにしようとした この時期の中ごろから 須
号 森恒太郎の村是調査思想
余土村是調査の
田は明治農法に関する精力的な研究を展開し
担い手たち ῌ
-/ 号 村是運動と地方老農
明治農法形成における農学者と老農の交流 ῌ
層
余土村是調査の担い手たち ῍
-2 号 な
-+ 号 を著したのを皮切りに , 回目からは 実
ど一連の業績を著した 佐木がこの時期の最後
学的農学者横井時敬の前半生をめぐる人
明治
に発表した 地方改良運動と村是調査 ῌ .* 号
農法形成における農学者と老農の交流
と改題
は 次の第ῒ期に引き継がれていく
し 2 回にわたり連載している --ῌ-..* 号
農業水利や農業土木の歴史に関しては 玉城
横井時敬と明治農法に関する須 田のこの研究
哲が 明治期における農業水利団体の成立と発展
は 現在 この分野について研究しようとする者
過程の検討を通じて いかに近世的村落連合の原
の必読文献となっている
理が再編ῌ維持されるのかを考察した 明治期に
なお 農村研究 第 --ῌ-. 合併号には横井時
おける農業水利団体の確立過程 ,0ῌ,1 号 前
敬の特集が組まれ 須田の論考の他 木村靖二
稿を承けて千葉県養老川水系の西広堰について紹
の 横井時敬先生の思想と論策 金沢夏樹の 横
介ῌ検討した 明治期における農業用水会社
千
井時敬と農業経営学 山田龍雄の L.L. ゼン
葉県養老川水系における事例
,3 号 第 + 次
スと横井時敬博士 が掲載されている このほか
世界大戦後の公共土木事業と昭和恐慌期の救農土
に関連論文としては 小林公能の 横井時敬と東
木事業の連続性について検討を加えた 救農土木
京高等農学校 .* 号 がある
事業成立への道 .* 号 を著している
第ῑ期の終わりに 第二次大戦時における我国
また 小出 博は 中世における東北日本の農
の米穀統制 を発表した鈴木直二は この時期に
地開発 -+ 号 において 中世のいわゆる農地開
入り米穀市場や米穀流通経済に関する論文を次
発の停滞期について従来の研究を紹介し 問題提
と発表している 明治ῌ大正期の米穀流通経済
起を行っている
ῌ ῍ ῎ ῏ ῐ ,/ --ῌ-.-1 号 近世におけ
以上の他に 農業史の分野では 栗原藤七郎の
農村研究 /* 年の歩み
209
明治年間および大正初期の乳製品工業の発達
書誌 -* 号 栗原藤七郎の 非国家主義的農本
ῌ ,0ῌ,1 号 木村靖二の 縄文時代の原始農
主義思想について --ῌ-. 号 宮本 守の 醤
耕 ,0ῌ,1 号 佐῎城開の 近世における小ブ
油マニュファクチュア成立の技術的基礎 -/
ルジョア的富農の形成 ῌ ῍ ,0ῌ,1 ,2 号 宮
号 中村 勝の 中央卸売市場法成立前史に関す
島昭二郎の 果樹 ミカン 農業の展開と地主先
る一考察 -0 号 などがある
駆経営 -* 号 加用信文の James Anderson
第ῐ期 ῏+31/ῌ2/ 年ῌ ῑ農村研究ῒ 第 .+ῌ0* 号ῐ
+῍ 社会経済および農業の動向
+31- 年から為替相場は 変動相場制に移行し
田利用総合対策実施要綱が決定され +312 年には
円高が進んだ 翌 +31. 年は第一次石油危機に
水田利用再編対策実施要綱 +* カ年計画 がださ
よって経済成長率が戦後初めてマイナスを示すこ
れ +32/ 年までに三期にわたる水田利用再編対策
ととなり 日本経済は低成長の時代へと進んで
が実施された 米の過剰は +31* 年と +313 年に +
いった +313 年には第二次石油危機が発生した
千万トン前後の数量になり 減反面積も増加し
こうした中 工業製品の輸出は増加していった
大きな米過剰問題としてクロズアップされた
が 同時に農産物の輸入も増加した +30/ 年に
政府は食管制度による財政負担を軽減する方向で
1-῍ あった熱量ベスの食料自給率は +31/ 年に
の政策を次
と打ち出していった
は /.῍ にまで低下していた しかしその後の自
他方で 農産物貿易の自由化は一層進み +312
給率低下は緩慢で +32/ 年でも /-῍ を示してい
年には牛肉ῌオレンジの輸入枠拡大で 日米農産
た 他方 穀物自給率は 畜産物需要の増大に伴
物交渉が妥結した また +320 年には全米精米業
う飼料穀物の輸入量の増加によって この +* 年
者協会 RMA が 日本の米市場開放を要求して
間で .*῍ から -+῍ へと低下した
アメリカ通商代表部への提訴を行い 国際化の中
+31/ 年に農地賃貸借流動化促進のための 農業
振興地域整備法 が改正された また翌年には水
で日本の米も決して安寧としていられない状況が
形成されつつあった
,῍ 日本農業経済学会と東京農業大学の動向
+ 日本農業経済学会の動向
+323 年 - 月 ῒ 期 +323 年 0 月 +33. 年 0
中安定子ῌ荏開津典生 農業経済研究の動向と
月 の / 期に分け集計結果を解説している
展望ῌ総括 中安定子ῌ荏開津典生編 農業経済
まず 計量ῌ非計量別論文数割合で計量の割合
研究の動向と展望 富民協会 +330 では 日本
をみると῎期 ,0῍ ῏期 ,3῍ ῐ期 .2῍ ῑ期
農業経済学会の 農業経済研究 に掲載された論
//῍ ῒ期 1.῍ と 計量論文が大きく増加してい
文の形態的分類の分析が行われている +31- 年か
る また 計量論文での共著論文が増加しており
ら +33. 年までを ῎期 +31- 年 - 月+311 年 -
ῒ期で ,0῍ になっている さらに興味を引く点
月 ῏ 期 +311 年 0 月 +32+ 年 - 月 ῐ 期
は 計量論文には海外農業を対象とした論文がほ
+32+ 年 0 月+32/ 年 - 月 ῑ期 +32/ 年 0 月
とんど無いとのことであり 引用に海外論文を多
農村研究 第 33 号 ῐ,**.ῑ
210
用しながら狭い日本農業の範囲に閉ざされている
かなかったῌ なお῍ 自由にかつ手軽に利用できる
のはなぜかとの皮肉も語られているῌ 計量῍ 非計
パソコンが研究室に導入され始めたのは +32/ 年
量の厳密な分類は難しいが῍ ῔農村研究῕ のこの期
からであるῌ パソコンの時代になると῍ 計量関係
での計量研究は大雑把にみて +/῍ 内外と思われ
の計算だけでなく῍ デ῎タ集計や統計解析῍ ワ῎
るῌ
プロ利用と身近な存在として非計量的論文の作成
また῍ ῔農業経済研究῕ での使用デ῎タによる論
にも大きな役割を果たすこととなったῌ
文の分類では῍ 実態調査は / 期合計で 3῍ と低
ところで῍ この期は学内でも教学に関するいく
く῍ 官庁統計が .-῍ と最も多いῌ さらにテ῎マ別
つかの注目すべき動きがあったῌ +312 年には総合
では῍ / 期の合計で農業政策 +/῍῍ 農業史 +-῍῍
研究所が設置され῍ 学科を超えて大学として対外
生産性 ++῍῍ 構造ῌ組織 2῍῍ 計量モデル 1῍ と
的な評価を意識した研究にも力が入れられるよう
続いているῌ ῔農村研究῕ では実学主義の伝統もあ
になったῌ また同年にはこの研究所の設置とも関
り῍ 実態調査にデ῎タを依存する論文の割合はタ
連するが῍ 発展途上諸国への国際協力῍ 人材育成
イトルからみても ῔農業経済研究῕ よりかなり高
の中核として本大学が拠点大学として選定され
いと判断できるῌ またテ῎マでみても῍ 実態調査
たῌ これは῍ 国内はもとより海外諸大学῍ 諸研究
あるいは実証分析を重視した論文が多いため῍ 農
所等との共同研究を急速に推進する大きな契機と
家῍ 農村῍ 作目などに関連した論文が多くなって
なったῌ こうした共同研究は῍ 本学科の教員も参
いるῌ
加して総研プロジェクト῍ 文部省海外学術調査研
究῍ あるいは科研費などによって῍ その後論文や
ῐ,ῑ 東京農業大学と本学会の動向
著作物として多くの途上国研究の成果を生み出す
ところで῍ 先述した計量的研究にはコンピュ῎
端緒となったῌ
タやパソコンが欠かせないῌ 農業経済学科時代῍
こうした動向の中῍ 東京農業大学農業経済学会
学科会議室に小さなコンピュ῎タが他学科に先駆
も῍ 時代の要請と教育的視点から ῔農村研究῕ の
けて導入されたのは +312 年であるῌ ワ῎プロ機
充実に力を入れてきたῌ また῍ +313 年から学外理
能はなく計算プログラム ῐBasic 言語ῑ を作成し
事の増員と編集委員会制度の大幅な見直しによっ
ての利用であったが῍ 重回帰分析῍ 時系列分析῍
て῍ 編集の強化を図ると同時に学外研究者による
主成分分析等を行うことができ῍ 計量分析の実用
評価制度を導入し῍ 論文評価の客観性を高めてき
範囲が一気に拡大したῌ しかし῍ プログラム作成
たῌ
を必要としたため῍ 手軽に利用というわけにはい
-ῌ
῍農村研究῎ の研究動向とその成果
この期の +* 年間で ῔農村研究῕ に発表された論
地代論的な研究はこの期には少なくなっている
文数 ῐ研究ノ῎トを除くῑ は῍ +13 篇であったῌ こ
が῍ まず保志 恂の ῒ耕作権概念の地代論的研究ΐ
のうち第 /* 号 ῐ+32* 年 - 月刊ῑ は ῒ第 /* 号記念
ῐ.+ 号ῑ があげられるῌ 保志は῍ 資本制生産様式の
論文集ΐ として῍ ,/ 篇の論文が掲載されたῌ また
展望できない段階において近代的土地所有への道
第 0* 号 ῐ+32/ 年 - 月刊ῑ は ῒ創刊 -* 周年記念号ΐ
も閉ざされているとすれば῍ 規模拡大への地価障
として῍ +0 篇の論文が掲載されたῌ
壁を突破する道は私有権それ自体への止揚を問題
にする外ないと῍ 土地国有の検討を大胆に提唱し
ῐ+ῑ 理論および日本の実証研究
+ῑ 経済理論ῌ農業経済理論ῌ方法論
ているῌ
加藤光一 の ῒ地代論における農業恐慌認識 ῏
῔農村研究῕ /* 年の歩み
῔資本論῕ 第ῌ部第六篇にかかわって῏ΐ ῐ0* 号ῑ
211
発展に大きく寄与したῌ
は῍ 従来ほとんどみられなかったアプロ῎チであ
松田藤四郎の ῒ農産物生産費構成における出荷
る地代論に農業恐慌的視角を取り入れた内容を
費の原価性ΐ ῐ.0 号ῑ も῍ 当時の農産物生産費調査
扱っているῌ
の矛盾点を鋭く突いたものであったῌ すなわち当
黒瀧秀久の ῒ戦後 ῒ林業地代論ΐ 研究における
時の生産費調査には出荷費は計算対象外であった
二潮流とその現代的意義ΐ ῐ0* 号ῑ は῍ 土地産業と
が῍ 農産物の価格形成や経営分析では無視し得な
しての林業の地代形成メカニズムの再検討を目指
い状況になっていたῌ この出荷費が果たして生産
したもので῍ 従来の林業地代論研究への批判的考
費構成の原価性をもつか否かについて論じた論文
察でもあるῌ
であるῌ
農法論としては῍ 大橋や保志の業績が挙げられ
るῌ
新沼勝利の ῒ酪農経営の分析と評価の方法に関
する試論ΐ は῍ 財務指標῍ 生産管理指標῍ そして
大橋一雄は ῒ米麦二毛作農業の衰退と小農的農
総括の - 回に分け掲載された ῐ.3῍ /-῍ /. 号ῑῌ 経
法の衰退ΐ ῐ.+ 号ῑ で῍ かつて多くの地域で見られ
営評価を行う場合῍ 財務指標と生産管理指標の項
た米麦二毛作農業は῍ 小農的な合理的農法を確立
目を選択して分析指標を作成し῍ それを分析する
していたが῍ それが麦作の衰退とともに影を没し
ことにより経営評価を行う方法を論じているῌ
てしまったことを実態調査資料に基づき分析して
いるῌ
また῍ 個別経営のみならず生産組織の研究も見
られるようになったῌ
保志 恂は ῒ中国東北部における農耕方式の変
岡部 守は ῒ水稲直播栽培と農作業受委託組織
革ΐ ῐ.2 号ῑ や ῒ東アジア稲作農法の発展論理に関
の展開ΐ ῐ., 号ῑ ῒ生産組織における収益配分メカ
する一考察ΐ ῐ.- 号ῑ で海外の農法について分析
ニズムΐ ῐ.1 号ῑ ῒ地域農業の変貌と農業公社の成
しているῌ
立῏栃木県鹿沼市の事例῏ΐ ῐ.. 号ῑ 等の論文を
,ῑ 農業経営ῌ地域計画
経営関係では北田紀久雄の ῒ都市近郊野菜作経
執筆しているῌ
上記岡部の最後の論文に対しいくつかの疑問を
営の現状と問題点῏所沢市富丘地区の事例を中心
投げかけたのが῍ 宮原幸則 ῐ農林省農事試験場ῑ
に῏ΐ ῐ/* 号ῑ ῒ経営的性格を中心とした野菜品目
の ῒῒ地域農業の変貌と農業公社の成立ΐ に対する
類型化の試み῏クラスタ῎ῌ主成分分析の適用に
疑問ΐ ῐ.0 号ῑ であるῌ その受け止め方は読む人の
よる῏ΐ ῐ0* 号ῑ 等があるῌ 後者の論文は過剰供給
立場や主義主張によって異なるであろうが῍ 特筆
下にある野菜の需給調整策の一助として῍ 経営的
すべき点はこうした論争がほとんどなくなってき
側面から野菜品目の性格を把握整理し῍ 類型化を
ているなかで῍ 学会誌としてきわめて意義あるこ
行うことによりその検討の素材を提供しているῌ
とであるῌ
また῍ 畜産経営に関するものとして石岡宏司の
生源寺真一 ῐ農林省農事試験場ῑ は ῒ農家の分
ῒ公共育成牧場の技術的ῌ経営的課題῏群馬県高
化ῌ分解ベクトルと生産組織ΐ ῐ.3 号ῑ において῍
畠育成牧場の事例を中心として῏ΐ ῐ/- 号ῑ があ
生産組織の機能している複合生産地帯を対象とし
り῍ 公共育成牧場の経営管理の重要性を論じてい
て῍ 収益ないし分配の視点から農民分解論的認識
るῌ
に係わる分析を行っているῌ
簿記ῌ会計関係の研究では῍ その歴史から見て
武藤和夫の ῒ地域農業計画の課題と接近方法῏
も特に畜産物関係が遅れていたῌ 新井 肇の ῒ家
過剰生産調整下における῏ΐ ῐ/0 号ῑ は῍ 農業経営
畜資産の棚卸評価 ῐ一ῑ ῐ二ῑΐ ῐ./ῌ.0 号ῑ で῍ 家
研究において当時次第に重要視されてきた地域農
畜の棚卸評価について実態と理論の両側面から新
業計画について῍ 計画主体はじめいくつかの重要
たな評価方法を提案し῍ その後の家畜評価方法の
な課題の整理῍ そして基幹作物の選定と経営類型
212
農村研究 第 33 号 ῐ,**.ῑ
策定に対する接近方法の基本的な提示が試みられ
システムへの接近 ῏ 畑地灌漑地域を対象として
ているῌ
῏ΐ ῐ.1 号ῑ で῍ 米の生産調整を契機として῍ 水田
-ῑ 農業政策ῌ農業構造ῌ農業金融ῌ農協
農業から畑作農業への関心が高まりつつあるとい
この期の農政的課題は῍ 米関連としては転作に
う視点から῍ 畑地灌漑農業の推進の必要性を論じ
よる水田利用再編῍ 食管法の改正῍ 米国との農産
物の関税引き下げ交渉等であったῌ
今村奈良臣は ῒ水稲収量水準と稲作転換に関す
ているῌ
農業金融関係の研究は῍ 日暮賢司の ῒ組合金融
における債権保全の一考察῏茨城県玉川農協にお
る考察ΐ ῐ.- 号ῑ で῍ 米の過剰基調の下で進められ
ける養豚の長期平均払制度を中心に῏ΐ ῐ./ 号ῑ
てきた生産調整政策は῍ 果たしてわが国農業῍ 農
ῒ共同化金融の役割と問題点῏秋田県福地農協の
家῍ 農村組織にどのような作用を及ぼしてきたの
組合金融を中心として῏ΐ ῐ/* 号ῑ ῒ固定化負債累
か῍ またその政策的意義についてはほとんど分析
積のメカニズムとその防止に関する考察῏長野県
が加えられてこなかったとし῍ その分析の必要性
伊那南農協の畜産に関する事例を中心に῏ΐ ῐ0*
を強く訴えているῌ 本論文はそれら課題への接近
号ῑ 等の現地調査をベ῎スにした事例研究が中心
の一歩として位置づけ῍ 考察されているῌ
となっているῌ
また῍ 農業構造に関しては水利の研究が多く行
われたῌ
わが国の農業の中心が水稲にあった関係で῍ 農
農協研究としては῍ 白石正彦が ῒ土地区画整理
事業と農協の役割῏静岡県長田農協を中心として
῏ΐ ῐ., 号ῑ において῍ 土地区画整理事業は農協の
業水利に関しては古くから多くの論文があったῌ
バックアップを受けつつ農民が主導権を持って推
しかし῍ 玉城 哲 ῐ専修大学ῑ は ῒ農業水利論と
進していくことが῍ 農家経済の安定と地域環境の
経済学ΐ ῐ/* 号ῑ で農業水利が経済学的研究の対
保全のため重要な課題であると論じているῌ
象とされることは稀であったとし῍ その理由につ
また῍ 斉藤 仁 ῐ農林省農業総合研究所ῑ の ῒ農
いて考察しているῌ 農業用水は一般の市場財のよ
村協同組合の組織基盤としての村落ΐ ῐ.. 号ῑ は῍
うに自由に流通し得ないという制約から῍ 価格を
農協論の多くが組織論的視点を欠いていることに
通じての最適配分の達成は考えられないというこ
対し῍ その認識の重要性を積極的に評価しようと
とに῍ 実物的視点と経済財的視点とをどのように
する新しい展開の試みでもあるῌ
総合化するかに最大の問題があるというῌ
.ῑ 地域農業ῌ地域経済ῌ経済地理
岡部 守は ῒ水管理労働の特質と水管理システ
増井好男は ῒ養鰻産地の地域的性格῏矢作川下
ムΐ ῐ/* 号ῑ ῒ農業用水の水質汚濁に伴う水稲管理
流ῌ一色町の事例῏ΐ ῐ.1 号ῑ ῒ養鰻産地の展開過
労働の対応ΐ ῐ/, 号ῑ ῒ農業用水における ῒ近代的ΐ
程῏吉田町と大井川町との地域的差異῏ΐ ῐ.2 号ῑ
水管理方式の形成過程ΐ ῐ/- 号ῑ はじめ関連した
はじめ他の養鰻産地の地域的特性を論じているῌ
多くの論文を著しているῌ この最後の論文では῍
さらに ῒアメリカにおけるナマズ養殖産地の成立
水管理方式の成立を水の自由財から希少財への変
条件ΐ ῐ/+ 号ῑ ῒ台湾における養鰻産地の展開過
化の過程としてとらえ分析を進めているῌ
程ΐ ῐ/1 号ῑ など海外の内水面養殖にまで研究の
堀口健治は ῒ畑地灌漑における水利用の個別的
範囲を広げているῌ
性格と社会的性格 ῏ 豊川用水を事例として ῏ΐ
石井雄二は ῒ菅平農業における土地利用の地域
ῐ.1 号ῑ で῍ 強まる水資源及び水利用の社会的性
的変化 ῏ 民宿経営が農業に及ぼす影響を中心に
格と῍ 他方での農業生産力の発展のために必要と
῏ΐ ῐ/2 号ῑ と ῒ高冷地野菜産地菅平の土地利用の
される水利用の個別的性格について῍ その両者の
現局面῏レタス専作化の性格を中心に῏ΐ ῐ0* 号ῑ
関連と対立に関し考察しているῌ
において῍ 菅平の土地利用の変化について分析を
森 昭 ῐ農林省中国農業試験場ῑ は ῒ地域農業
加えているῌ
農村研究 /* 年の歩み
213
/ 計量経済学的研究
質と価格開差の関係を中心に .. 号 肉牛に
計量的手法を用いた実証論文が次第に多くみら
おける地域間移動の特殊性グラビティῌモデル
れるようになってきたのが この期の特徴でもあ
による分析 ./ 号 循環変動からみた豚の周
る
すでに見たように この期の後半頃からパソ
期解析 .2 号 その他である
コンの普及が始まった
当初の機能では十分な記
樋口貞三は 稲作の規模拡大と収量変動冷害
憶容量や処理能力の制約もあり必ずしも十分な分
現象を中心として /1 号 において周期分析
析はできなかった
重回帰分析 主成分分析等を駆使して 北日本の
武藤和夫は計量的手法を用いた論文を数多く発
稲作の生産環境は周期的な不安定期に入ってお
表している
工場における緑化樹木の需要予測
り また規模拡大の結果水稲生産の限界費用を高
分析数量化理論による一接近 ., 号 主要
め 規模の不経済も認められると分析している
露地野菜価格および入荷量の時系列変動要因分析
荏開津典生ῌ川村 保の 農業の実質利子率
, 元配置分散分析 乱塊法 による .. 号
/2 号 は 実質金利に関する従来の議論を 借り
その他がある
この後者は 統計的手法を用いて
手の償還負担の実質的な重さという観点から拡張
露地野菜の価格および入荷量の年次変動のパタ
し 農業投資資金の実質金利を求める定式を提示
ンを分析した
考察の課題としたのは 時系列変
したものであり 同時にわが国農業に関する実質
動の要因を傾向 年間 と季節 月間 の , つに
利子率も計測されている
分け それぞれの全変動に対する寄与率を計測す
ることであった
舘斉一郎は産業関連分析を中心とした研究を数
, 外国研究
+ アジア
多く手がけてきた
アグリビジネスの投入構造
中野正雄の マレシアにおける土地開発計画
変動価格変動の産業関連構造への影響 ..
と再開発計画フェルダおよびフェルクラについ
号 農業の産業関連構造の変化昭和 -//* 年
て ., 号 は 土地開発と社会福祉の向上の両
について /* 号 国民経済と農業産出額との
面を巧みに組み合わせた独創的な農業開発方式に
連関構造 /1 号 等がある
アグリビジネスは
ついて論じている
固有の農業部門に加えて それを取り巻く産業部
大島一二は 中国農政と人民公社制の分配格差
門を包括した産業群を意味する概念である
各産
に関する一考察 /3 号 において 公社員への分
業間の取引構造を産業連関表を用いて 単年であ
配格差の把握 そして地域間の分配格差の要因に
るいは経年変化の中で分析が行われる
上記の
ついて論じている
アグリビジネスの投入構造変動価格変動の産
藤田 泉の 中国の農業集団化過程における家
業関連構造への影響 では アグリビジネスの
畜飼養管理問題 0* 号 の中心は 人民共和国の
投入産出構造をとらえ 価格水準あるいはその体
成立から高級農業生産合作社にいたる期間の家畜
系の変化が産業連関関係の変化にもたらす作用に
飼養形態とそれに関する諸問題について論じたも
ついて分析を行っている
のである
門間敏幸は 和牛子牛価格変動と市場価格形成
, アメリカ
に関する実証分析 /- 号 で 子牛価格の戦後に
新沼勝利の アメリカ農場経営における EDP
おける変動パタンについて主要子牛市場ごとの
の利用と適用問題 /* 号 は 経営管理のため電
分析モデルを作成して 詳細な分析を行ってい
子化された情報の利用がどのように行われている
る
か またその課題は何かを論じた
清水昂一は畜産経済関連の論文が中心となって
増井好男の ジョジア州における農業的土地
いる
卸売市場における牛枝肉の価格形成肉
利用の地域的展開 /, 号 は 養鶏やピナツの
214
農村研究 第 33 号 ,**.
産地で知られるジョジア州の農業的土地利用の
地域的特色をセンサス資料を用いて分析した
農法史に関する業績として この時期から保志
恂による一連の研究が開始されている 中国稲作
堀口健治の 日本資本の農漁業分野における対
の歴史的展開における多毛作化と輪作について論
外進出の現状とその性格商社の米国における穀
じた 東アジア稲作農法の発展論理に関する一考
物およびまぐろ缶詰関連産業への資本進出を事例
察 .- 号 日本の零細農耕の成立条件 その原
として 0* 号 は 今では資本の海外進出は目
型と展開過程等について分析した 零細農耕の形
新しいことではないが 当時としては新しい動き
成過程 ./ 号 零細農耕農法の一側面である水
であった日本商社の米国への一次産品での資本進
田作付方式について検討を加えた 水田作付方式
出を分析したものである
に関する考察 .0 号 などである
- ヨ῍ロッパ
農村社会学の分野からの歴史的研究としては
白石正彦はイギリスの農協について イギリス
第ῑ期に続いて 佐ῌ木豊が町村是調査に関する
における農協組織とその機能 /* 号 で論じて
旺盛な研究を発表している 地方改良運動と村
いる また イギリスにおけるミルクマケティ
是調査 ῑ ῒ ΐ .+ .- .. 号 町村
ングῌボドの組織と機能 /+ 号 オランダ
是ῌ県是運動の社会過程 .0 号 大正ῌ昭和
における農協組織とその機能 /, 号 もある こ
期の町村是運動 .1 号 町村是調査運動の社
のうち イギリスにおけるミルクマ ケティン
会理論 .2 号 町村是調査の様式と基準 /*
グῌボドの組織と機能 では イギリスと他国
号 地方自治制度確立期における行政村と地主
のミルクマケティングῌボドの比較 EC 加
的土地支配福岡県浮羽郡町村是調査を事例とし
盟後のミルクマケティングῌボドの組織の機
て /+ 号 地方改良運動期における行政村
能の変化などが分析されている
と地主的土地支配 /, 号 などの業績である こ
れら一連の業績は 町村是調査について論じると
- 歴史研究
き 必ず参照されるべき研究であり 研究のさら
第ῑ期に 横井時敬と明治農法について一連の
なる進展が期待されたが 佐木が若くして病に
業績を発表した須ῌ田黎吉は この時期に入ると
倒れたため 惜しくも実現されることはなかっ
明治期における斎藤萬吉の農政学の研究に取り組
た
み 斎藤萬吉の福島時代 手稿 にちなんで
歴史地理学の分野では この時期から笠井文保
.+ 号 および 斎藤萬吉の農政学農科大学
による和紙産地の立地と変遷に関する研究が開始
助教授時代の講義を中心に .- 号 を発表し
されている 和紙産地の立地と変遷 ῌ ῍ ..
また前田正名と全国農事会の農政活動をめぐって
./ 号 で日本全体の和紙生産分布の歴史的変遷を
近代農政史上における明治 -* 年前後 ῌ ῍ ῎
総論的に考察したあと 同 ῎ .2 号 の北海
.2/* 号 を発表して この分野に多くの新し
道ῌ東北を皮切りに 関東 中部 近畿と続き
い知見をもたらした さらに明治農法に関連し
῏ 0* 号 まで連載され 次の
この時期には 同 ῐ
て 石川式田区改正から耕地整理法の成立までの
第ΐ期へと引き継がれている また 増井好男は
過程を考察した 耕地整理展開の政治経済的およ
浜名湖沿岸養鰻産地の発展過程 ῌ ῍ /- /.
び農法的考察 /- 号 暗渠排水と耕地整理の関
号 において 浜名湖沿岸は明治 -* 年代に養鰻産
連を中心に考察した 冨田甚平による近代的排水
地として成立し 大正時代に確立をとげたことを
技術の確立過程 ῌ 0* 号 を著している なお
明らかにし 昭和前期の第一次成長過程と後期の
土地改良事業に関連しては 戦時体制下の農業水
第二次成長過程における発展の要因とその地域的
利政策と河水統制を中心に考察した佐藤俊朗の
特徴を考察している
土地改良事業進展の一齣 /* 号 がある
この時期の中ごろになると 友田清彦 による
῔農村研究῕ /* 年の歩み
215
マックスῌフェスカに関する一連の研究が開始さ
に関する一連の研究も開始されるῌ ῒ῔清良記῕ お
れるῌ ῒわが国の草創期土性調査事業に関する考
よび ῔ῌ墅截῕ における田畑位付ΐ ῐ/. 号ῑ῍ ῒ῔清
察ΐ ῐ.1 号ῑ に始まり῍ ῒ来日前における M. フェ
良記῕ および ῔ῌ墅截῕ の田畑分類ΐ ῐ// 号ῑ῍ ῒ῔清
スカの経歴と学問ΐ ῐ.3 号ῑ῍ ῒフェスカ来日前後
良記῕ 巻七の基礎研究 ῌ ῍ ῎ ῏ΐ ῐ/1῏0* 号ῑ が
の 土 性 調 査 事 業 と そ の 従 事 者 た ちΐ ῐ/* 号ῑ῍
それであるῌ この ῔清良記῕ 巻七は῍ わが国最古
ῒフェスカとゲッチンゲン大学農業講座ΐ ῐ/+ 号ῑ῍
の農書とされているが῍ その記述の真偽や解釈を
ῒグスタフ ῌ ドレックスラ ῎ の生涯と業績ΐ ῐ/,
めぐり多くの論争がなされてきたῌ 永井は独自の
号ῑ῍ ῒグスタフῌドレックスラ῎の農業重学ΐ ῐ/-
仮説を設けて῍ これらの論争点や新たな課題に対
号ῑ῍ ῒ来日前におけるフェスカの土壌調査ΐ ῐ/.
し検討を進めたῌ これら永井の研究は῍ 旧来の
号ῑ῍ ῒM. フェスカの日本原野開墾論 ῌ ῍ΐ ῐ//῍
῔清良記῕ 像に大きな修正を迫る研究業績であり῍
/0 号ῑ と続く研究であるῌ これら一連の研究は
その研究は次の第ῐ期にも引き継がれていくῌ
マックスῌフェスカに関する初めての本格的研究
なお῍ この時期に東京農業大学時代における鈴
であったῌ その土性調査によって῍ フェスカは明
木直二の米穀流通史に関する最後の論文となった
治時代の日本農業に多大な貢献をしたが῍ それの
ῒ米穀流通の時代的特質ΐ ῐ.1 号ῑ が著され῍ 田辺
みでなく彼独自の日本農業論を築いていったこと
信治も ῒ近世ῌ世田谷農村の考察ΐ ῐ/+ 号ῑ を発表
を῍ 資料に基づいた緻密な分析で明らかにしたῌ
しているῌ
また῍ 友田にやや遅れて῍ 永井義瑩の ῔清良記῕
第ῐ期 ῎+32/ῌ3/ 年ῌ ῐ農村研究ῑ 0+ῌ2* 号῏
+῍ 社会経済および農業の動向
+32* 年に῍ 日本は自動車と鉄鋼の生産量でアメ
あったῌ 翌年の第 , 期対策以降῍ 米の生産抑制政
リカを抜き世界第 + 位の座を占め ῒジャパンῌア
策はさらに厳しくなっていったῌ こうした米を巡
ズῌNo. +ΐ が流行語にもなり῍ 日本経済は発展し
る状況の下῍ 自主流通米の流通量が政府米と匹敵
続けていたが῍ かげりも見え隠れしていたῌ
するに至り῍ 食糧管理制度の空洞化は進んでいっ
1* 年代末から日本経済は大幅な国家財政悪化
の兆しが見え始めたῌ 当初予算から -*῍ を超え
る国債依存度が続き῍ 国債残高は +** 兆円を越え
財政の硬直化が進んだῌ
たῌ
2/ 年は῍ 戦後の日本経済の画期ともいえる年で
あるῌ
2/ 年 3 月のプラザ合意で῍ アメリカ政府はドル
2+ 年に設置された臨時行政調査会は῍ 財政合理
高是正に踏み切り῍ 以降急速に円高が進んでいっ
化を目指したものであったῌ これとほぼ期を同じ
たῌ この円高の過程で῍ 日本銀行は / 回にわたっ
くして῍ 農政の分野でも 2* 年 +* 月に農政審議会
て公定歩合を引き下げ῍ 金利は ,./῍ の世界最低
ῒ2* 年代の農政の基本方向ΐ が答申されたῌ この
水準に達したῌ 長期金利の低下により῍ 有利な投
答申は῍ 食料の安全保障のための備蓄構想と価格
資先を求めた資金は株式に向かい῍ ついで不動産
政策の再検討を打ち出したῌ
投資に向かったῌ 株価ῌ地価の上昇により多額の
また῍ 2* 年は水田利用再編対策事業第 + 期の最
値上がり益が発生し῍ それがまた株式ῌ不動産の
終年次にあたり῍ 米政策の見直しが行われる年で
投資を呼ぶことで῍ これら資産価格は急上昇して
農村研究 第 33 号 ῐ,**.ῑ
216
いったῌ バブル経済の始まりであるῌ
3* 年に入ると῍ 株価は年初から暴落し῍ 不動産
価格も年末には暴落に転じたῌ バブルの崩壊に伴
い῍ 銀行も多額の不良債権を抱え῍ 金融パニック
全量統制する食糧管理法は廃止され῍ 3/ 年に施行
された食糧法によって῍ 米の価格と流通は自由化
されたῌ
農地制度についても῍ 農業生産の担い手に法人
の様相を呈し始めたῌ 企業の倒産῍ 失業率の上昇
経営が期待されるなど戦後自作農体制の空洞化῍
など῍ 日本経済は長期の不況に突入したῌ この不
終焉を迎えているῌ
況からの脱出策として期待されたのが῍ 規制緩
また対外面では῍ 22 年には牛肉ῌオレンジの輸
和ῌ市場原理の導入であるῌ 3+ 年のソ連邦の消滅
入自由化が決定した ῐ自由化開始は 3+ 年からῑῌ
により῍ 社会主義体制は解体し῍ 市場経済万能の
長きに亘った GATT ウルグアイラウンド交渉も
風潮が広まり῍ 日本でも規制緩和が唯一の施策で
3. 年には合意に至り῍ 農産物の輸入制限はすべて
あるかの様相を呈したῌ
関税化されることになったῌ 3/ 年には WTO 体
農業政策の分野も例外ではないῌ 3, 年には ῒ新
しい食料ῌ農業ῌ農村政策の方向ΐ ῐ新政策ῑ が公
表されたῌ この新政策の理念は現在に至るも引き
制が発足し῍ 日本農業は農産物輸入のさらなる自
由化を迫られているῌ
以上のように῍ この時期は日本農業が市場開放
継がれているῌ その骨子は ῒ生産ῌ流通段階にお
を迫られ῍ 国際化に組み込まれていくとともに῍
ける各種の規制と保護のあり方を見直し῍ 市場原
戦後の日本農業の制度的枠組みが全面的に見直さ
理や競争条件のいっそうの導入を図るΐ というも
れていく時期であったῌ
のであるῌ 戦後日本農政の重要な柱であった米を
,ῌ 日本農業経済学会と東京農業大学の動向
ῐ+ῑ 日本農業経済学会の動向
この間の日本農業経済学会の大会テ῎マの変遷
改革が学会の共通課題意識であったῌ
また῍ この間に開催された大会の座長として῍
を踏まえ῍学会の問題意識の変遷を追ってみようῌ
21 年に堀口健治῍ 3* 年に松田藤四郎῍ 藤本彰三
+321 年の日本農業経済学会の大会シンポジウ
が῍ 報告者として 3* 年に Sri Widodo が選ばれ
ムの共通論題は ῒ国際化時代における日本農業の
るなど῍ 本学会会員の活躍が目立ったῌ
展望ΐ であったῌ その後も 22 年は ῒ国際化時代の
日本農業῏展望と課題῏ΐ῍ 23 年は ῒ農産物市場
ῐ,ῑ 東京農業大学の動向
開放と地域経済ΐ῍ 3* 年は ῒ米῏アジア稲作と国
+ῑ 農業経済学科と大学院農業経済学専攻の充
際市場῏ΐ など῍ 経済のグロ῎バル化を背景とし
て῍ 農業の国際化を対象とした共通論題の設定が
相次いだῌ 3+ 年にはアジアで最初の開催国とし
実
この期は東京農業大学が新たに拡充充実してい
く時期であったῌ
て῍ 第 ,+ 回国際農業経済学会大会を共催したῌ 3,
+321 年には農業経済学科出身の松田藤四郎教
年からは日本農業の構造転換῍ 制度的転換が共通
授が῍ 第 3 代東京農業大学学長に就任したῌ 松田
論題として毎年取り上げられたῌ すなわち῍ 3, 年
新学長のもとで北海道オホ῎ツク地区に生物産業
は ῒ日本農業生き残りのための制度改革ΐ῍ 3- 年
学部が新設され῍ 産業経営学科には多くの農業経
は ῒ転換する日本農業とその担い手ΐ῍ 3. 年は ῒ日
済関係研究者が配置され῍ 本学会会員も増加し
本農業ῌ農政の将来展望ΐ であるῌ つまり῍ この
たῌ
+* 年間は῍ 日本農業の市場開放とそれに伴う影
23 年には῍ 農業経済学科が創設 /* 周年を迎え῍
響῍ その対策としての日本農業の構造改革ῌ制度
記念式典を催すとともに ῔農業経済学科五十年
ΐ農村研究῔ /* 年の歩み
217
史῔ を刊行したῌ また 3+ 年には῍ 東京農業大学が
奨学金制度を設けるなどの助成策を講じたῌ この
創設百周年を迎えたῌ
結果῍ 農業経済学専攻では大学院生の増加が見ら
教学の面では῍ 3* 年から推薦入学制度が一部改
れたῌ とくに外国籍の大学院生の増加傾向が顕著
正され῍ より面接ῌ特技を重視する方向に変わっ
であったῌ これらの院生の多くは博士号を取得し
たῌ また῍ 22 年と 3. 年にはカリキュラム改定が
て῍ 帰国後は母国の大学教員や政府関係の職員と
行われたῌ 後者の改定では῍ ῑ食料ῌ農業経済コ῎
なり重責を担っている者も多いῌ
スῒ と ῑ生物産業情報コ῎スῒ が設定され῍ これ
,ῐ 農業経済学科教員による共同研究の成果
が後の国際食料情報学部の食料環境経済学科と生
2* 年ごろより学科教員による共同研究が数多
物企業情報学科の母体となったῌ 3/ 年には全学的
く行われたῌ 竹中久二雄教授を中心とする食品産
な学部学科再編にむけた検討を開始し῍ これが 32
業の共同研究は食品産業分析の先駆的なもので῍
年の国際食料情報学部設立へとつながったῌ この
その成果は῍ 竹中ῌ堀口編著 ΐ転換期の加工食品
32 年の学科再編ῌカリキュラム改正において῍ 新
産業῔ として御茶ノ水書房から 21 年に刊行され
しい食料環境経済学科では῍ 基礎理論の理解を深
ているῌ また῍ 3* 年には ΐ農を生命の産業として
めるため農業経済学ῌ経済学の単位を増やし῍ ま
考える῔ も竹中ῌ岡部編著で学陽書房から刊行さ
た国際化や地域を重視する科目も増やしたῌ さら
れているῌ
に研究室活動を重視する観点から῍ 研究室活動を
また῍ 松田藤四郎教授を中心とするグル῎プは
特別演習として単位化したῌ 研究室活動の活発化
東京農業大学総合研究所プロジエクト研究や文部
により῍ 収穫祭での学生参加が充実するととも
省科学研究費による海外学術研究を行い῍ 英文の
に῍ 公務員῍ 教員῍ 農業団体職員などへの就職者
報告書を毎年刊行すると同時に῍ 松田ῌ金沢編著
が増加してきているῌ
の ΐジャワ稲作の経済構造῔ ΐタイ稲作の経済構
また῍ この期は大学院の充実には著しいものが
あったῌ 東京農業大学大学院では῍ 2/ 年より農大
造῔ ΐフィリピン稲作の経済構造῔ の三部作を農林
統計協会から刊行しているῌ
卒業生の入学金免除῍ 3* 年から学費を半額とする
-ῌ
῍農村研究῎ の研究動向と成果
この期に ΐ農村研究῔ に発表された論文数 ῏資
料ῌ書評ῌ学位論文要旨は除くῐ は +2, 篇であっ
が多かったことであろうῌ 以下῍ 主要課題別に紹
介していきたいῌ
たῌ 特に῍ 03ῌ1* 号は学科創設五十周年記念論文
集として῍ 東京農業大学農業経済学科を卒業した
῏+ῐ 理論および日本の実証研究
多くの研究者の投稿を掲載したῌ
+ῐ 農産物価格論争
また῍ この期は東京農業大学に籍を置く会員研
この時期῍ ΐ農村研究῔ 誌上で῍ 東京農業大学の
究者だけではなく῍ 学外の多くの一流の研究者か
教員のみならず῍ 学外の研究者も参加して農産物
らの投稿を得たῌ これにより῍ ΐ農村研究῔ は学術
価格論争が掲載されたῌ この論争は῍ 多くの農業
協会雑誌に準ずる学術誌としての評価を高めたῌ
経済研究者の注目を集めたῌ 一般に他の学会誌で
この時期の ΐ農村研究῔ 誌上の研究動向の特徴
は῍ 個別の単発論文が掲載されるだけで῍ 相互の
は῍ 国際化の進展を反映して外国研究が大幅に増
論争が継続して掲載されることはほとんどないῌ
加したこと῍ 農業大学独自の個性的なテ῎マを継
この論争において῍ ΐ農村研究῔ は論争の場を提供
続して研究する論考が多かったこと῍ 経済原論や
し῍ 論点を明確化し῍ 共通の認識を形成するのに
国の政策のあり方を根本的に検討する骨太の論文
寄与したῌ
218
農村研究 第 33 号 ,**.
論争は 佐伯尚美が 農産物価格論の破綻 0.
ながら 何も無い と その抽象性をまず批判し
号 と題して 米価水準を巡って未だに 低米価
つぎに農産物価格が最劣等地の費用価格で決まる
と主張する論者がいるが それは不毛な価格論で
ことの理論的 政策論的解明を試みている
あると指摘したところから始まった 佐伯はさら
. 人の論争は 抽象的次元の論争であるだけで
に 以下の - 論点を提起した 第 + に 抽象的理
はなく 日本の米価決定の理解 政策米価論への
論モデルにおいて需要は所与のものと前提されて
示唆に富む内容を多く含んでいた
いること 第 , に 国際関連が捨象されているこ
, 経済理論ῌ農業経済理論ῌ方法論
と 第 - に あるべき価格 と政策的価格 現実
保志
の価格との混同が見られること である
恂は 収穫逓減法則と差額地代大内
力氏の所説をめぐって 0- 号 で 大内の差額
いずれも従来のマルクス経済学価格論への根底
地代論が収穫逓減法則を基調に体系化されている
的批判である これを受けて 常盤政治が 農産
として 資本論本来の収穫逓増を基調とする差額
物価格論の 破綻論
に寄せて 0/ 号 で まず
地代論の意義を提示している また 地代論の構
佐伯はマルクスの上向下向の方法論を理解して
成と展開 ῌ力学的規定の視点から 1+ 号
いないと指摘し 次に現実の米価論を吟味した
で 地代論は範疇的展開ῌ形態的展開として捉え
前半の方法論への批判は従来のマルクス経済学派
る視角だけでは不十分であり 力学的展開生産
の見解とさほど変わらないが 後半の現実の米価
力ῌ諸範疇の対抗展開という視角からとらえるこ
論には 新しい論点が多く含まれている すなわ
との重要性を指摘している この論考から , 年の
ち 相対価格論ないし相対収益論では 佐伯の
空白を経て 地代論の構成と展開 ῍差額地代の
米の生産を一義的に規定するのは米価であり
止揚全人民的所有ῌ論理と歴史 10 号 で
米価が高ければ米生産は増大するし 低ければ減
土地からの労働者ῌ人間の外化ῌ疎外に対して
少する という考えを否定し 他の作物との相対
地代範疇の止揚が土地への労働者ῌ人間の復権を
価格で米生産が決まるのであり 米過剰であるか
意味することを指摘した マルクス経済学の有効
ら高米価であるという論理は短絡的過ぎると批判
性が問われたこの期に マルクスを思想史的に把
している 兼業農家米価無反応論 では 零細
握する見解が提示されたことは意味深い
農家といえども価格に全く無反応ではない と反
- 農業経営ῌ地域計画ῌ農業労働
論している
松田藤四郎ῌ新井 肇ῌ新沼勝利らは 農業会
ついで 犬塚昭治が 原論無用の農産物価格論
計学の分野で顕著な成果を上げた 日本では 農
は可能か佐伯ῌ常盤論争によせて 00 号
業会計学研究は 京都大学がひとつの中心である
を寄稿している 犬塚は 法則性の歪みと その
が 農大グルプはその影響を受けながら とく
現実特有の事実がもつ特殊性を明らかにすること
に緑化樹木や畜産の会計学的考察というほとんど
はまさに現状分析の課題である と 原論軽視に
未開拓の分野で業績を残した
警鐘を鳴らしている
新沼勝利は . 回にわたって 緑化樹木の経営費
さらに 梶井 功が 佐伯教授の論難にこたえ
用に関する考察 一四 0*0, 0. 号 を
る 01 号 を寄稿した 梶井はこの論文中で 米
連載し 公共用緑化樹木産地の個別経営調査事例
価の新算定方式の是非について判断の手がかりが
の分析を行い 緑化樹木の経営費 収益性を産地
何か得られるのであろうか 農産物価格政策のあ
間の比較を行った
り方に対する とくに政策米価むろんここでは
新井 肇は 畜産経営会計の課題 01 号 で
生産者米価を念頭においているのあり方にたい
畜産会計論は家畜の資産的および機能的特質に由
するなんらかのヒント 算定方式の是非を考える
来しているものとして 畜産会計の基本的課題を
上で参考になる論理がなにかあるだろうか 残念
明らかにしている
農村研究 /* 年の歩み
219
武藤和夫は 高度情報化社会の農業の活性化
号 で 構造政策の下で土地所有者と借地経営者
03 ῌ 1* 号 で 日 本 の 農 業 経 営 に お け る コ ン
との事業費負担の問題や 有益費の問題などを
ピュ タの導入と活用を分析した 農業経営に
巡って問題が発生しており 政策にも矛盾がある
とってコンピュタ活用と情報活用の重要性を先
ことを論証した
駆的に提起した論文である
EU の農業政策に関しては 生源寺真一 ῌ 木南
大橋一雄は 東京農業大学農業経済学科の農業
章が EU 農政改革の構造
肉牛部門を中心とし
労働研究室を主宰し 日本の農業労働の研究を労
て 11 号 で EU の CAP 政策について考察
働科学の視点で考察してきた第一人者であるが
し 個の政策ではなく総合的 体系的に理解す
, 回にわたる 私の農業労働研究を省みる 0,
ることの重要性を提起した
0- 号 で 農業労働力 農業労働過程 農業労働
應和邦昭は , 回にわたって アメリカにおける
時間の三分野に分類して 研究の総括を行ってい
自由貿易批判論 上 下 農産物の自由化
る この論文で戦後の労働科学に基づく農業労働
問題を考えるに当たって
1-ῌ1. 号 でアメ
研究の歴史が概括できる
リカの農政アナリストのマクῌリッチの資料を
弘田澄夫は あとつぎの就業構造
統計的検討
基に検討を行い 望ましい国際貿易関係のルル
0, 号 で 農業就業動向調査報告書 の統
は自由貿易主義の限界を乗り越えたものでなけれ
計分析からあとつぎの就業構造を分析し 就業の
ばならないと指摘する 自由貿易の急先鋒に立っ
多重化による定着化 U タン就農 高齢化の進
ているアメリカでの批判的論文を紹介したことは
んだ地域での離農率の低さなどの動きを明らかに
意義深い
した いずれも先駆的な提示である
土地改良と水利に関する論文は 岡部 守が数
三廻部真己は 農作業における労働災害発生メ
多く発表した 土地改良事業の展開と集落営農
カニズムの分析 02 号 で農作業現場の構造的
新潟県神林村の事例を中心に
1/ 号 農
欠陥 構造的不安全状態の帰結として 農作業事
地利用権の再調整の課題 12 号 では 土地改良
故が発生していることを指摘した
事業が農地集積 集団化を有効に進めていること
吉田義明は 中核的稲作地帯における農家女性
を実証した 土地改良事業費負担に関する考察
労働
M 字型就労を視点として
1/ 号 で農
最上川下流地区の事例を踏まえて
10 号
家女性の年齢別就労率の推移と変化の要因を明ら
では 土地改良の事業費負担への公的助成の必要
かにした
性を論じた また 都市化地域における土地改良
小田切徳美は 兼業農家の家族農業従事構成
家族協業の性格への接近
0. 号 で家族協業
の形態の地域性の重要性を指摘し ついで家族農
区の今後の方向 03ῌ1* 号 では 土地改良区の
自治体移管の可能性について論じた
農業金融や農業財政の分野の研究者は日本では
業従事構成と経営耕地面積との関連を考察した
少なく 研究蓄積にも乏しい 日暮賢司は 取引
. 農業政策ῌ農業構造ῌ農業金融ῌ農協
費用を概念として用いながら この分野の貴重な
梶井 功は 新農業構造政策法批判 11 号
研究成果を 農村研究 に発表している 農協金
で 構造政策新法の問題点を検討し 新農政の構
融の革新に関する考察
金融自由化との関係を中
造政策の実現の可能性を考察した 特に個別経営
心に
01 号 は 金融自由化のもとでの農協と
体や組織経営体といった担い手の見通しの困難性
組合員との取引費用の低下の条件を分析した ま
を指摘した
た 取 引 費 用 の 農 業 金 融 へ の 適 用 に つ いて
堀口健治は 最近の農業諸政策間の不整合性
03ῌ1* 号 では アメリカの制度派の研究を念
について 02 号 最近の構造政策と土地改良政
頭に置き 取引費用の概念と日本の農業金融分析
策との不整合性
実態面からの検討
03ῌ1*
への適用の可能性について考究している
220
農村研究 第 33 号 ,**.
泉田洋一 は 農業における価格変化と資本形
大矢四十六も 畑灌施設利用の経済評価網走
成 0+ 号 で 投資の決定は予想収益率と借入金
市の大規模畑作営農集団を事例に 03ῌ1* 号
利子率との比較を通してなされるという視角から
で営農集団について考察を深めた
モデルを構築し 計測を行い実証した
井形雅代も 大規模畑作営農における新作物導
農協 ῌ 協同組合に関しては 白石正彦 がこの
入に関する考察西網走農協第 +, 生産組合を事
期 日本の農協をはじめとする各種協同組合の実
例に 1, 号 で 網走地区の生産組合を論じ
態報告を多く積み上げている デンマクにお
た
ける形成期農業協同組合の思想ῌ組織ῌ事業の特
堀口健治は 稲作優等地ῌ庄内平野における稲
質 1/ 号 で 協同組合運動の先進地であるデン
作経営の最近の諸特徴について藤島町および羽
マクの農業協同組合を歴史に遡って考察してい
黒町を事例にして 0+ 号 で 借地条件のばら
る また インドネシアとタイにおける協同組合
つき 米の単当収量の専兼格差の固定化 数個協
制度の形成と展開農村開発政策と組合員基盤と
業の展開傾向を指摘した
の関連を中心にして 03ῌ1* 号 では これま
石井雄二は 地域主義における自然認識の現代
でほとんど紹介されることのなかった両国の農業
的意義と限界玉野井芳郎氏の所説の批判的検討
協同組合を農村開発政策と組合員基盤を軸に据え
0. 号 他の論文で 地域及び地域主義に関し
て考察している
ての理論的考察を深めた
/ 地域農業ῌ地域経済ῌ経済地理
竹中久二雄は この間多くの文部省科学研究費
増井好男は この期 沖縄研究に精力的に取り
組んでいる . 回にわたる 沖縄農業の地域的展
を受け 農業経済学科の同僚と共同研究を行い
開 /3 0* 00 02 号 や 他二回の沖縄研究論
その成果を 農村研究
に発表している 水田利
文で 復帰後の沖縄農業の現状と課題を地域性と
用再編政策の役割と限界資本と土地所有の相克
特産物に焦点を当てて多方面にわたって考察して
関係 0- 号 は 水田利用再編政策の展開を時
いる 沖縄農業を総体的に捉えた研究が少ない中
代区分した上で 土地所有の圧力を軽減し資本形
で貴重な成果である 特に野菜ῌ花卉を県外移出
成と蓄積を促進する再編政策こそが課題であり
作目として育成して 沖縄農業の牽引車としてき
集団的な土地利用と面積補助から生産物補助への
た過程の考察は興味深い
調整などが不可欠であることを論証した 原料
また 増井は離島振興の観点から 八丈島にお
農産物の貿易構造と加工食品産業 0/ 号 では
ける花き園芸の発展と地域振興 12 号 におい
原料農産物の貿易自由化と食品産業の海外進出が
て フェニックス ベレニなどの観葉植物を中
国内農業にどのような影響をもたらすかを考察し
心とする八丈島の農業振興の問題点を扱ってい
た 21 年時点での加工食品産業の海外原料調達の
る
研究は先駆的なものである
新沼勝利は 1 回に及ぶ 営農集団の展開過程に
関する実証的研究南網走営農集団の事例を中心
板垣啓四郎も 沖縄経済の自立的発展ビジョン
再考地域開発経済論の視点から 11 号 で
沖縄経済を論じた
に 0/1, 号 で大型機械の共同利用組織と
0 農産物流通ῌ食品産業
して出発し 集団的土地利用に基づく輪作体系を
この期までは 農産物の流通や食品産業の研究
確立して高い生産性をあげている南網走営農集団
は 日本農業経済学会でも余り多くはなかった
の分析を行っている 南網走営農集団は著名であ
農村研究
では 池田勇治が 二十世紀なし輸出
り 多くの報告が有るが事例紹介の域を出ないも
の背景と課題 1, 号 オウトウ市場の国際化と
のが多かった 本格的に考察したのは この新沼
産地の対応 1- 号 で果実市場の国際化を論じ
論文が始めてと言って良い
た とくに果実の輸出の可能性を論じたのは先駆
農村研究 /* 年の歩み
的である
1 社会学ῌ農村社会学ῌ農業教育学
221
2 計量経済学的研究
舘斉一郎ῌ寺内光宏は 野菜ῌ果実輸入の計量
東京農業大学農業経済学科では 神谷慶治が農
経済分析 03ῌ1* 号 で 当時増加していた輸入
村社会学研究室の創設者であり その後 佐
木
野菜と果実の輸入需要関数を設定して計測を行
豊 内山正照が引き継いできた このため 農村
い また国内生産への影響を考察した この結果
社会学ῌ教育学の分野でのユニクな研究成果が
野菜の輸入は国内需要の補完的役割を担い 果実
発表されている
は品目間代替性の強さとあわせて競合的関係にあ
内山正照は農業の存在意義を哲学的に把握する
ることを実証した
論文を 飽食社会ῌアノミ時代の幕開現代日
清水昂一は ブロイラ価格形成の計量経済
本と農家の場合 0/ 号 原子力時代におけ
分析 1+ 号 で 当時のブロイラ価格の動向と
る農業の存在理由 03ῌ1* 号 で考察した
変動の特徴を分析し 価格決定関数を導いた ま
大久保武 は 海外出稼ぎ労働者 輸出当事
た 米国における肉用牛の生産構造分析 03ῌ
国ῌ第三世界の実情バングラデシュの 国際労
1* 号 では 米国肉用牛の生産構造をあらわした
働力移動 13 号 で 海外出稼ぎ労働者の輸出
連立方程式体系モデルを二段階最小二乗法で計測
当事国であるバングラデシュについて 現地での
し ビフῌサイクルの短期化などを実証した
実態調査を踏まえ その国際労働力移動の現状
門間敏幸は 牛肉輸入自由化を控えた子牛生産
を 彼らの社会階層的背景 母国への送金の行方
農家の意識構造階層構造分析 AHP による定
その国内経済への影響 さらにバングラデシュの
量的把握 03ῌ1* 号 で 階層別の対応を検討
移民労働者政策にわたって論じた 日本の外国人
し 中規模子牛生産農家の価格変動等に対する経
労働者についての研究に先鞭をつけたものであ
営対応が弾力的であることを実証した
る
熊井治男は 農山村地域における生活課題と地
寺内光宏は 稲作における要素投入構造と生産
技術特性 10 号 で 稲作における生産技術特性
域福祉活動の展開 03ῌ1* 号 で 社会福祉の制
を生産要素投入関数の計測を通じて明らかにし
度改革が分権化 多元化 総合化の方向に向いて
規模の経済性が発現していることを確認し 規模
いることを指摘し 新しい地域福祉活動のあり方
拡大の可能性を検証した 従来 稲作の規模に関
を示唆した
しては U 字型のコスト曲線の存在が指摘され
田島重雄ῌ稲泉博己は 諸外国における農民施
設教育に関する研究 03ῌ1* 号 で 農民教育の
国際比較を行った
藤田康樹 は 発展途上国における農村女性グ
ルプ活動の有効性と成立ῌ継続要因に関する研
究 13 号 で途上国の農村女性のグルプ活動
規模の経済性には限界があると指摘されていたこ
とへの反証となる論文である
北田紀久雄は 農地面積の変動要因に関する分
析 03ῌ1* 号 で 農地の改廃の決定要因を計測
した
鈴木充夫は 米価下落と稲作生産構造 1+ 号
の事例調査を通して成立ῌ継続要因を考察した
で 昭和 0* 年産米生産費調査の個表の再集計を
これらの農民教育の国際研究は独自性に富むもの
行い 経営規模による農家の行動原理から米価下
である
落の影響力を計測した
稲泉博己は 農民教育の哲学的ῌ教育思想的背
堀田和彦は 牛枝肉卸売価格と景気変動 平成
景に関する研究 実践教育 思想と 教育農
不況 に関する計量分析 13 号 で 牛枝肉卸売
場 思想との関係についての一考察 1, 号 で
価格は 国産牛肉 輸入牛肉 景気変動の影響を
教育思想論の視角から 教育農場 のあり方を検
受けていることを実証した
討した
222
農村研究 第 33 号 ,**.
, 外国研究
心に 1- 号 では江蘇省の農村工業化の展開
+ 東南アジア
過程を明らかにした
松田藤四郎をリダとした東京農業大学総合
藤田 泉は 中国の農業集団化過程における家
研究所の長年にわたる東南アジア研究は 確たる
畜飼料問題 03ῌ1* 号 で中国の家畜飼料基盤
研究成果を収め その一端は 農村研究
に発表
を +3-* 年代から歴史的に考察し +3/* 年代の農
されている
業集団化過程でいかなる問題が生じたかを考察し
松田藤四郎は 西部ジャワにおける水田利用
ている 中国の農法との関連で飼料基盤を明らか
の集約化と農民の対応 0+ 号 で 西部ジャワ稲
にした労作である
作の生産力と水田利用がどのような要因に規制さ
- アメリカ
れているのか また農民が集約化の方向をどのよ
立岩寿一は 現代コンベルト農法に関する
うに考えているのかを現地調査に基づき解明し
研究イリノイ州の事例を中心にして 10 号
稲作生産力は自然の地力に依存する段階であり
で アメリカῌイリノイ州換金穀作地帯の農場経
技術格差が階層分解に至るまでには達していない
営調査報告書を基に 22 年の凶作後の農業生産力
が 今後灌漑施設の整備とあいまって階層分解に
の内実を分析し 従来の土地利用のありかたの変
進む傾向が見え始めたことを指摘した
化や 新たな農法が生まれる契機は見出せないこ
藤本彰三は 西部ジャワ稲作農村における土地
とを指摘した
制度と技術革新 0+ 号 で インドネシア ジャ
ワ島バンドン近郊農村の実態調査を通じて 土地
- 歴史研究
所有関係が農民の技術革新に与える影響を解明し
第ῐ期ῌ第ῑ期と横井時敬や斎藤萬吉 また全
た
国農事会の農政活動や明治農法 とくに耕地整理
これらの調査は東京農業大学とインドネシアの
等の土地改良について盛んに論文を発表してきて
大学との共同調査によるものである 長期に亘る
いた須ῌ田黎吉は この時期に 樋田魯一と土地
日ῌイの共同調査による詳細な研究は 高く評価
区画改良 耕地整理 03ῌ1* 号 を著している
されている
この論文は ほぼ同じ時に 草創期の土地改良
東南アジア研究にはこの他に 三簾久夫の マ
日本経済評論社 に 解題 として発表された
レシアにおける稲作生産力の規定要因 ダン
須田の 耕地整理提唱の先駆者樋田魯一と
ジョンカランの事例 03ῌ1* 号 がある
ともに樋田魯一に関する初めての本格的研究で
また 増井好男は タイ国南部におけるエビ養
殖の発展と地域経済 13 号 において タイ南部
ソンクラ湖周辺におけるエビ養殖の発展要因と環
境におよぼす影響を論じている
あってわが国耕地整理史研究においては不可欠
の文献となっている
この時期はまた 第ῑ期に開始された研究が
引き続き次 と発表されている 歴史地理学で
, 中 国
῏῍
῎
は 笠井文保が 和紙産地の立地と変遷 ῌ
大島一二は 中国農村の詳細な実態調査を多数
0+1, 号 を発表している この時期に発表さ
発表している 中国農村経済における郷鎮企業
れたのは 第ῑ期までの北海道ῌ東北から中部
の役割に関する一考察江蘇省無錫県 H 郷の事
および近畿の一部までの研究を承けて 近畿の残
例を中心に 0- 号 では 郷鎮企業の利潤の一
りの地域における和紙生産に関する研究であり
部は郷ῌ村の財政と深く結びつき 農村における
さらに近畿以南の地域の研究が継続されることが
農業投資と社会福祉の重要な財源となっているこ
῍ をもって中断
期待されたが 残念ながら 同 ῎
とを考察した また 中国における農家経済の変
されている
容と兼業の進化農村工業化地域の事例調査を中
永井義瑩は 第ῑ期に引き続いて 清良記
に
῔農村研究῕ /* 年の歩み
関する研究を積極的に進め῍ ῒ῔清良記῕ 巻七をめ
ぐる農書研究 ῌ ῍ΐ ῐ0+῍ 0- 号ῑ を著しているῌ
223
フェスカ研究に新知見を付け加えているῌ
このほかに単発の論文としては῍ 須藤陽子 が
この研究は῍ 第῏期の一連の研究と併せて῍ その
ῒ庄内ῌ松沢家 ῔農耕日誌῕ の分析ΐ ῐ1+ 号ῑ にお
後῍ 著書 ῔近世農書 ῒ清良記ΐ 巻七の研究῕ ῐ清文
いて῍ 明治農法が最も典型的に展開されたと言わ
堂出版ῑ として結実したῌ 永井はまた地方書の系
れる山形県庄内地方について῍ 飽海郡旧北平田村
統本の校合を試み ῒ地方書の基礎研究 ῌΐ ῐ1+ 号ῑ
ῐ現酒田市ῑ の地主ῌ松沢家の経営史料を利用し
を発表したが῍ ῒ同 ῍ΐ 以降は発表されないまま
て῍ その手作り田で明治農法が展開する過程を考
に終わっているῌ
察しており῍ また有馬洋太郎は ῒ明治初年におけ
友田清彦も第῏期に引き続きマックスῌフェス
る農家の休日ΐ ῐ13 号ῑ で῍ 北関東平地林地域の在
カに関する研究を進め῍ ῒM. フェスカの甲斐国農
村耕作地主の日記を史料として῍ 明治初年におけ
業論 ῌ ῍ ῎ΐ ῐ0,῍ 0-῍ 0/ 号ῑ および ῒユリウスῌ
る休日について分析しておりユニ῏クな論考と
キュ῏ンの生涯と業績ΐ ῐ03ῌ1* 号ῑ を発表し῍
なっているῌ
第ῐ期 ῎+33/ῌ,**- 年ῌ ῐ農村研究ῑ 第 2+ῌ32 号῏
+῍ 社会経済および農業の動向
+33* 年代後半から ,+ 世紀初頭に至るこの期間
に大きな打撃を与え῍ +33, 年以降続いていた経済
は῍ 日本経済῍ 日本農業のみならず῍ ,+ 世紀型の
の後退をより深刻化させ῍ アジアの多くの国῎は
世界システムが῍ 多方面にわたり大きく変化する
経済や金融の ῒグロ῏バリゼ῏ションΐ῍ ῒリベラ
時期であったῌ
リゼ ῏ ションΐ の弊害を直接経験することにな
日本農業に関しては῍ 3. 年の米緊急輸入῍ 3/ 年
の WTO 発足の動きを受けて῍ 31 年には ῒ新たな
るῌ またこの金融危機に始まるアジア経済危機以
降῍ 国際的な穀物過剰状況が発現したῌ
米政策ΐ が決定され῍ 33 年には ῒ米輸入の関税化ΐ
,**+ 年には῍ 狂牛病 ῐBSEῑ が発生し῍ その後
が開始されるとともに ῒ食料 ῌ 農業 ῌ 農村基本
国内でも発生が確認され῍ 食品の安全性への消費
法ΐ が制定されたῌ ,*** 年には῍ ῒ食料ῌ農業ῌ農
者の関心が急速に高まっていったῌ その状況下῍
村基本計画ΐ 及び ῒ緊急総合米対策ΐ が決定され῍
食品表示の偽装ῌ不正表示等が相次ぎ῍ 食料安全
アジアからの農産物輸入増大に代表される ῒ日本
保障をめぐる関心は῍ 食料の量的問題のみでなく
農業の国際化ΐ に対応した種῎の国内農業発展策
安全性を中心とした質的問題をもクロ῏ズアップ
がとられたῌ
されたῌ 日本農業は῍ 自給率向上等の量的確保の
かかる日本農業の動きは῍ 国際的な ῒ農政の自
由化ΐ に対応したものであったῌ たとえばアメリ
課題の上に῍ ῒ食の安全性ῌ信頼性ΐ という課題を
背負ったのであったῌ
カの +330 年農業法は῍ 価格支持῍ 不足払い῍ 生産
また ,+ 世紀の幕開けは῍ ,* 世紀世界システム
調整等の従来の農政の基本的構造を大きく変化さ
の大きな転換をもたらすものであったῌ その衝撃
せ῍ ῒ自由化ΐ にすすむとともに国際市場依存型の
は ,**+ 年 3 月 ++ 日のアメリカにおける同時テロ
政策をとっていったが῍ 日本の農政も῍ それに対
の発生から始まり῍ アフガンῌイラクでの戦争へ
応するように同一基調をとっていったのであるῌ
と拡大し῍ ῒ環境ῌ食料の世紀ΐ とされた ,+ 世紀
しかし῍ +331 年のアジア金融危機は῍ 日本経済
に῍ ῒテロとの戦いΐ と ῒ新たな世界システムの構
農村研究 第 33 号 ῏,**.ῐ
224
築ῒ という大きな課題を課したのであるῌ
,ῌ 日本農業経済学会と東京農業大学の動向
῏+ῐ 日本農業経済学会の動向
具体的な改革の動きをみると῍ +330 年に文部省
この時期の日本農業経済学会の動向を῍ 大会の
に新学部を申請し῍ 31 年に認可されたῌ そして
共通論題から見ると῍ 30 年度 ῑ農業と環境をめぐ
+332 年 . 月から新学部新学科体制に移行し῍ 従来
る政策と展望ῒ῍ 31 年度 ῑ新食糧法をめぐる諸問
の農学部 +* 学科体制から . 学部 +- 学科体制へと
題ῒ῍ 32 年度 ῑ農政改革の理念と枠組みῒ῍ 33 年度
移行したのであるῌ . 学部は ῑ農学部ῒ῍ ῑ応用生物
ῑ,+ 世紀型日本農政の選択ῒ῍ ,*** 年度と ,**+ 年
科学部ῒ῍ ῑ地域環境科学部ῒ῍ ῑ国際食料情報学部ῒ
度 ῑ,+ 世紀日本農業の進路ῒ῍ ,**, 年度 ῑ国際社
であり῍ 生物産業学部とあわせて / 学部 +- 学科
会を生きる日本の農業ῒ῍ ,**- 年度 ῑ食品産業の
に῍ さらに短期大学部とあわせると 0 学部 +3 学
変容と食料ῌ農業政策ῒ であったῌ この共通論題
科に再編されたῌ
に見られるように῍ ,* 世紀末の日本農業経済学会
農学部農業経済学科も῍ 国際食料情報学部食料
の動向は῍ ῑ環境ῒ῍ ῑ食ῒ῍ ῑ国際化ῒ῍ ῑ,+ 世紀の展
環境経済学科へと名称変更するとともに῍ その教
望ῒ という研究課題が示されているῌ いずれの課
育内容も大きく変化し῍ 社会科学を用いてより多
題も῍ 農業経済学の領域の拡大に対応したもので
様な食料ῌ環境を科学する学科へと変貌したῌ そ
あり῍ 日本の農業経済学会が新たな課題に果敢に
して ,*** 年には῍ 新たな研修プログラムである
取り組みだしていることが見て取れようῌ
ῑ遠距離視察研修ῒ を開始し῍ 国際化に対応した人
材育成を目指しているῌ また῍ ,**, 年 . 月から
῏,ῐ 東京農業大学の動向
は῍ 新研究室体制へ移行し῍ 従来の +* 研究室から
この期間の東京農業大学は῍ +2 歳人口の急速な
,+ 研究室へと教育ῌ研究体制を充実させたῌ 教員
減少という状況に対応して῍ 大きな改革の期間で
一人が一研究室を担当することにより῍ 学生の多
あったῌ いわゆる ῑ大学冬の時代ῒ の到来を乗り
様なニ῎ズに対応した教育ῌ研究体制になったの
切るため῍ 本学は積極的な改革を実現したῌ その
であるῌ
改革とは῍ 大きくは学部再編と新学科の立ち上げ
かかる大学改革῍ 学部ῌ学科改革の成果は῍ 今
だったが῍ その変革の基本的方向は῍ カリキュラ
後の本学及び本学科の教育の質῍ 研究の質により
ム再編と学生サ῎ビス充実であったῌ 従来型大学
検証されることになるが῍ 下に述べるように῍ ΐ農
教育の欠陥は多方面で指摘されていたが῍ 本学の
村研究῔ の発表論文は多様な領域にわたってい
方向は῍ ῑ学生が主体の大学教育ῒ であり ῑ多面的
るῌ 時代と学生の多様なニ῎ズに答えようとする
な教育の充実ῒ であったῌ
当学会の研究内容の充実を示していようῌ
-ῌ
῍農村研究῎ の研究動向とその成果
この時期の ΐ農村研究῔ に発表された論文数
+ῐ 経済理論ῌ農業経済理論ῌ方法論
῏研究ノ῎ト῍ 資料῍ 書評῍ 学位論文要旨は除くῐ
加用信文は῍ ῑスミスとアンダ῎ソンのあいだῒ
は +., 篇で῍ 研究課題の多様化と外国研究の進
῏2- 号ῐ を発表し῍ 経済学の方法論を再検討したῌ
展῍ 若手研究者の登場を反映しているῌ 以下῍ そ
倉内宗一は῍ ῑ農業ῌ都市間の地代論と地価問
の概要を主要課題別に紹介したいῌ
῏+ῐ 理論および日本の実証研究
題ῒ ῏32 号ῐ で῍ 地代論分析と地価問題に関する問
題提起を行ったῌ
農村研究 /* 年の歩み
225
, 農業経営ῌ地域計画
進運動における農業委員会 ῌ 農協の役割 2-
井形雅代は 営農集団におけるリダの意
号 家族経営協定の発展過程と今日的展開 20
識と役割オホツク網走農協の営農集団利用組
号 今日的な家族農業経営の確立に関する考察
合の事例 ῌ 2, 号 に始まる研究 ῎ まで
法人化と家族経営協定の相互の関係を中心に
2,
2/ 号 で 営農集団におけるリダの意識
23 号 家族経営協定における夫婦協定の
の課題とその役割を実証的に分析し 営農集団育
今日的展開と課題 3. 号 等で 家族経営協定に
成及び発展の人的資源面の課題を明らかにした
関する研究を発表し 家族経営協定の課題 変化
新沼勝利は 地域経営における営農集団の組織
化に関する考察 22 号 で 営農集団の地域にお
ける意義を考察した
する状況下での家族経営協定のあり方や必要性及
びその拡大等について考察した
また五條は 食糧法下における農地利用集積
新 沼 勝 利 ῌ 井 形 雅 代 は 23 号 か ら 始 ま る
の現状と課題 21 号 では 米価低迷下で大規模
ファムῌコントラクタの展開過程に関する
稲作経営の存立条件を検証し 農地利用集積の実
研究 ῍ まで 23
3+ 号 で ファムῌコント
態と今後の課題を整理した
ラクタの形態 北海道における展開過程 成立
寺内光宏は 政府米銘柄区分別産地品種銘柄
条件と課題等を分析し 農業経営及び地域農業の
別うるち米の品種特性 2- 号 産地品種銘柄
発展に向けたファムῌコントラクタのあり方
別うるち米相場の時系列的推移 20 号 で 国内
を研究した
米産地には高価格銘柄米の確立が求められている
井上洋一は 食糧法下における稲作生産組織
の展開方向に関する考察 2/ 号 で 新法下の稲
作生産組織による稲作発展の課題をまとめた
という状況認識のもと 産地品種銘柄別うるち米
の品種特性と価格水準の関係等を明らかにした
岡部
守 は 土地改良投資効果の考察 2-
宏は 農業における資金管理の基本問
号 により 土地投資効果に関する議論を整理し
題 21 号 で 農業経営における資金管理の特殊
た また 土地改良事業の事前ῌ事後評価 20
性と方法について具体的な諸表様式を含めて理論
号 では 農水省資料の分析により 土地改良事
的ῌ実証的に議論した また 大都市地域の市街
業の事前 事後評価の問題点を考察し 後に公共
化調整区域における共生的土地利用計画の方向
事業見直し議論にも関連するこの問題の所在を明
性 作成手法と課題 3+ 号 で 大都市隣接農村
らかにした
熊谷
部の土地利用の都市ῌ農村共生的方向性とその計
農業金融の分野では 泉田洋一ῌ 万木孝雄ῌ 豊
画ῌ合意の進め方について理論的ῌ実証的に分析
田秀夫が 農村開発金融に関する新見解の特徴
し 中山間地域における農業農村整備事業の性
と含意 3- 号 で 農村開発金融をめぐる議論と
格の変遷と今後の方向性に関する実証的研究
特徴を整理した
3, 号 : 北本桂造ῌ 丸橋千尋と共著 では 農村整
日暮賢司は A Study on the Fundamental
備の方向性が農村生活面 農村環境面 農村観光
Changes of Rural Finance 3- 号 平成不況
面へと変化してきたことを明らかにし 今後の方
下における農協金融特性の現状と課題 30 号
向性を検討した その後さらに 中山間地におけ
農業金融政策の課題と再編への考察 31 号
る農業農村整備事業の展開に関する実証的研究
で 農協金融及び農村金融に関する現状の分析と
3/ 号 : 丸橋千尋と共著 を発表し 整備事業の
その課題を整理した
方向が生産面だけでなく生活ῌ環境ῌ観光等に向
かっていることを実証した
農協ῌ協同組合に関しては 白石正彦が New
Co-operative Principles and the Subject of
- 農業政策ῌ農業構造ῌ農業金融ῌ農協
Asian Co-operative Movement 2, 号 で 新
五條満義は 家族経営協定の今日的実践と推
協同組合原則の特質と日本を中心にアジア型農協
農村研究 第 33 号 ῐ,**.ῑ
226
の特質を分析したῌ
のあり方を異業種複合という視点から考察したῌ
政は῍ ῒ新食糧法の施行と JA 米事業の対
高柳長直は῍ ῒ離島における農業振興の展開過
応に関する一考察ΐ ῐ2- 号ῑ で῍ 新食糧法下の JA
程ΐ ῐ21 号 : 助重雄久と共著ῑ で῍ 石垣島を事例に
米事業の課題と展望を考察したῌ
離島農業の振興を作目選択の観点から考察し῍ 農
章
井上洋一は ῒ新食糧法下における農協の米事業
業振興の発展要因と阻害要因を明らかにしたῌ
システムに関する考察ΐ ῐ20 号ῑ῍ ῒ単位農協にお
また高柳は῍ ῒ産業地域社会における居住環境
ける米事業の展開方向に関する考察ΐ ῐ3, 号ῑ で῍
と居住意識ΐ ῐ2. 号ῑ で῍ 東京都城東地域を事例と
新たな法制下の農協の米事業についてその課題と
し῍ 定住意向者と転出意向者の意識の乖離を明ら
展開方向を考察したῌ
かにしたῌ
.ῑ 地域農業ῌ地域経済ῌ経済地理
/ῑ 社会学
清水昂一は῍ ῒ農業地域類型区分と肉用牛生産
大久保武は῍ ῒ日本社会における外国人労働者
との関係ΐ ῐ20 号ῑ で῍ 判別関数からみた熊本県の
の定着化とエスニック ῌ マイノリティ ῎ΐ ῐ2,
事例を分析し῍ 地域類型区分と肉用牛生産の特質
号ῑ῍ ῒ外国人労働者の就業構造と分断的労働市
を明らかにしたῌ
場ΐ ῐ22 号ῑ῍ ῒ近年における日系人労働者の不安
高柳長直は῍ ῒ輸入野菜増加傾向下における野
定雇用の増加と特質ΐ ῐ3+ 号ῑ῍ ῒ労働市場におけ
菜産地形成ΐ ῐ3. 号ῑ で野菜輸入増加傾向下の新
る日系人労働者のエスニシティΐ ῐ3- 号ῑ を発表
産地形成の要因を米生産調整῍ 差別化戦略とマス
し῍ 現代日本における外国人労働者問題を῍ 在日
コミの利用῍ 集落営農などの視点から明らかにし
外国人社会の形成及び労働市場という視点から分
たῌ また ῒ景気低迷期における地場産業の産地構
析したῌ
造ΐ ῐ31 号ῑ では῍ 産業構造論の視点から家内工業
0ῑ 農産物流通ῌ食品産業ῌ食料経済
的地場産業の構造や流通主導権等の課題を明らか
菊池哲夫は῍ ῒ先取りとせり取引の価格形成に
にしたῌ
おける比較分析ΐ ῐ23 号ῑ を発表し῍ 東京市場と大
應和邦昭は῍ ῒグロ῎バリゼ῎ションとその対
抗策としての地域資源循環システム῏山形県長井
阪市場を事例にして先取りとせり取引の卸売価格
形成への影響を分析したῌ
市の ῔レインボ῎プラン῕ を一例として῏ΐ ῐ31
また鈴木充夫は῍ ῒ東京都中央卸売市場におけ
号ῑ で῍ グロ῎バリゼ῎ションに対抗する日本農
る野菜卸売価格変動の要因分析ΐ ῐ32 号ῑ で卸売
業及び農村地域の再生の一手段として地域資源循
市場の価格変動要因を分析したῌ
環システムがもつ一定程度の有効性を明らかにし
桂
瑛一は῍ ῒ農産物マ῎ケティングの基本的
特質ΐ ῐ23 号ῑ で῍ 農産物マ῎ケティングの基本的
たῌ
金田憲和は῍ ῒ地域経済複合化の経済効果῏北
海道産業連関表による分析῏ΐ ῐ3, 号ῑ で῍ 食品加
工業と原料供給農業の同時発展を目指す施策が地
域経済のために重要であることを示したῌ
特質をめぐる諸問題を分析したῌ
食料経済に関する論文が多く掲載されたのも῍
この期の特徴であるῌ
金
明淑は῍ ῒソウル市における主婦の食料消
杉本隆重は῍ ῒ農業ῌ農村における情報システ
費意識ΐ ῐ2- 号ῑ で῍ 家庭の食料消費の決定に大き
ムの役割と課題ΐ ῐ3* 号ῑ῍ ῒ農業ῌ農村の地域農
な影響力を持つ主婦に焦点を当て韓国大都市の食
業情報システムの役割と課題ΐ ῐ3, 号ῑ で῍ 地域規
料消費の特徴を分析したῌ
模の農業情報システムの果たす役割とその確立に
伴う課題を考察したῌ
上岡美保は῍ ῒ世帯主年齢階層別食料消費構造
の変化ΐ ῐ第 21 号ῑ で῍ 家庭内食料消費動向を世
守は῍ ῒ異業種複合型第三セクタ῎と地
帯主年齢別に把握し῍ 年齢階層間での食料消費構
域振興ΐ ῐ3, 号ῑ で῍ 第三セクタ῎による地域振興
造を分析したῌ また ῒわが国の食生活変化と食料
岡部
農村研究 /* 年の歩み
の安定確保 22 号 : 清水昂一と共著 では 食生
227
かにした
活の変化とともに低下した食料自給率の実体面と
1 環境経済学ῌ農業の多面的機能
食料安全保障としての自給率の今後の方向性につ
嘉田良平は 農業ῌ農村のもつ多面的機能と
いて分析した また 農家世帯における米消費の
今後の政策課題 3* 号 で多面的機能の実現に
実態と意識に関する研究 3. 号 : 井上洋一と共
向けた政策課題を整理した
著 を発表し 農家世帯の米消費を非農家と比較
寺内光宏は 首都圏区域における農業資源の
することでその実態を示すとともに農家の米消費
外部経済効果 2- 号 で ヘドニック価格アプ
に関する意識についても分析した また 若年齢
ロチの応用モデルであるロバックῌモデルを
消費者の食品安全性に対する意識と食品の品質表
援用して 首都圏の地域農業資源の環境財として
示に対する購買行動に関する分析
大学生を対象
の経済効果を明らかにし とくに都市化が進行し
としたアンケト調査を中心に
3/ 号 で 生
た近郊都市においてその効果が高いことを明らか
活形態が特殊な大学生に焦点を当てて購買行動に
にした また 地域農業資源の有する多面的機能
ついてコンジョイント分析をおこなった
に対する住民の評価 31 号 で 地域住民の多面
清水昂一は わが国における食生活変化と食
的機能に対する意識と評価を考察している
料の安定確保 22 号 : 上岡美保と共著 で 食料
寺内はまた 棚田におけるオナ制度導入
自給の実態と食料安全保障としての食料自給とい
による国土ῌ景観保全機能の維持 22 号 で 棚
う , 点に着目し 食料自給の変化の特徴と農業の
田オ ナ 制度の意義と課題をまとめた さら
持つ多面的機能と食料自給の在り方を考察した
に 都市的平坦地域における水田の有する遊
0 農業貿易ῌ国際経済
水ῌ貯水機能等による洪水防止機能の保全
愛知
Elias BekriはThe Feature of Price Move-
県扶桑町を事例として
3+ 号 で 水田の洪水
ment of Pepper in the World Market 2, 号
防止機能効果を明らかにするとともに 貯水槽設
で 胡椒をめぐる世界市場を分析し 西アジア胡
置経費を代替可能な市場財とした代替法を適用し
椒産地の対応を検討した
て 洪水防止機能の経済評価額の算出を試みた
應 和 邦 昭 は 国 際 貿 易 と 環 境 2, 号 で
寺内は この他にも 地域農業資源の有する多面
GATT の資料を分析し 地球環境問題の観点か
的機能に対する住民の評価
山形県長井市を事例
ら望ましい貿易理念を模索した また 農業貿易
として
31 号 では CS 分析を適用して農業
と環境 20 号 では GATT OECD 資料の分析
資源の多面的機能が農業振興の認識へ及ぼす影響
をもとに 農業貿易自由化強化が地球環境問題に
に関し定量的な把握を試み 住民参加による地
悪影響をもたらす恐れがあることを明らかにし
域資源循環型町づくりの実践過程と合意形成
た さらに GATT/WTO and the Environ-
3- 号 で地域資源循環による町づくり必要性と
ment : Is Free Trade Compatible with the En-
そのための住民合意形成の課題を明らかにした
vironment? 21 号 では GATT WTO が推
金田憲和は The E#ect of Agriculture on
進する自由貿易の強化が開発途上国の環境問題に
the Housing Environment 20 号 : Irham と共
多くの弊害をもたらしていることを明らかにし
著 で 農業活動が住環境に与える影響をヘド
た
ニック法によって比較分析した この結果 影響
金田憲和は 国際貿易理論と農産物輸入自由
は条件により大きく異なること 都市部では水
化 22 号 で 完全貿易自由化の場合のわが国の
田ῌ牧草地は負の 畑ῌ森林ῌ樹園地は正の効果
農産物輸入量をヘクシャῌオリンῌヴァネッ
を持つことを明らかにした また Data Aggre-
ク定理を用いて計測し 土地利用型農産物を中心
gation and Hedonic Method 21 号 : Irham と
に現状をはるかに超える輸入が生じることを明ら
共著 では ヘドニック法による環境評価とデ
228
農村研究 第 33 号 ῒ,**.ΐ
タの空間的統合レベルとの関係について計測と検
,ΐ 東南アジア
討を行ったῌ その結果῍ 全国レベルのデ῎タを用
板垣啓四郎は῍ ῔東南アジア諸国における食品
いた場合は正の影響が計測される傾向があり῍ 地
加工業の展開῕ ῒ2. 号ΐ῍ ῔台湾における食品加工
域レベルのデ῎タでは正ῌ負双方の影響が見られ
業のダイナミズム῕ ῒ2/ 号ΐ῍ ῔アジア諸国におけ
ることを示したῌ
る農産物流通システムの現状と課題῏フィリピン
田中裕人は ῔ゾ῎ントラベル法における便益移
を事例として῏῕ ῒ21 号ΐ῍ ῔ベトナムの農業成長
転῏広島県世羅台地を事例として῏῕ ῒ3- 号 : 網
下における農村貧困の課題῕ ῒ3+ 号ΐ を発表し῍ 東
藤芳男と共著ΐ で῍ 観光農園の利用価値をトラベ
南アジアの食品加工業の展開と農産物流通の変
ルコスト法を用いて計測するとともにチョウ検定
化῍ その中での農民の貧困問題を考察したῌ
により便益移転性を考察し῍ ある程度の便益関数
藤本彰三ῌ宮浦理恵は῍ ῔マレ῎シアにおける
の移転可能性を示したῌ また ῔農空間のレクリ
第 - 次国家農業政策大綱と食料生産の課題῕ ῒ3+
エ ῎ ション機能の増進政策に関する経済評価῕
号ΐ で῍ マレ῎シアの農政と食料生産の関係を分
ῒ3. 号ΐ では῍ 堺市南部の遊歩道や交流施設の仮
析し῍ 今後の展開方向と課題を考察したῌ
想的な整備事業の必要性を検証したῌ
-ΐ アメリカ
大久保研治は ῔草地利用及び管理に関する問題
アメリカ研究では῍ 小澤健二が ῔アメリカ新農
の評価と地域間における差異῕ ῒ3. 号ΐ῍ ῔阿蘇地
業法の特質῕ ῒ2- 号ΐ により῍ +330 年アメリカ農
域における草原管理状況の把握と不安要因の解
業法の歴史的特質を明らかにしたῌ
明῕ ῒ3/ 号ΐ で῍ 草地管理の重要性とその評価に関
する考察をまとめたῌ
立岩寿一は῍ ῔アメリカにおける離農動向とそ
の意義῏高齢者離農を中心として῏῕ ῒ2. 号ΐ で῍
高齢離農者の社会保障῍ 年金依存度が高まってい
ῒ,ΐ 外国研究
ることを示しアメリカ型世代間農地継承の通説に
+ΐ 中 国
疑問を呈したῌ また ῔アメリカ農業における雇用
高柳長直は῍ ῔中国北京における大都市工業の
労働者の特徴῕ ῒ2/ 号ΐ῍ ῐThe Current Condition
特性と配置῕ ῒ2+ 号ΐ を発表し῍ 主として出版印刷
of Farm Laborers in Napa Valley in Califor-
業の連関構造の分析を通して῍ 縦系列産業連関が
niaῑ ῒ21 号ΐ で῍ アメリカ農業の現状を労働力確
強く大都市内部の業種ごとの集積があまり見られ
保の視点から分析し῍ 3. 号での ῔アメリカにおけ
ないことを明らかにしたῌ
るジャポニカ米流通の現状と価格変動῕ で῍ 米価
大島一二は῍ ῔中国内陸農村における農家兼業
格支持政策と米流通の関係を明らかにしたῌ
の実態と課題῏雲南省の農家調査から῏῕ ῒ23 号ΐ
坂内 久ῌ大江徹男は ῔アメリカの養豚におけ
で῍ 農家生産請負制が農家兼業の進展に大きな役
る先端技術の導入と生産構造の変化῕ ῒ3, 号ΐ で῍
割を果たしていることを指摘したῌ また ῔中国農
養豚農業の構造変化の実態を技術構造の変化を軸
村における非農業部門の発展と農家労働力の流出
に明らかにしたῌ
過程 ῏ 山東省煙台市農村の改革 ῌ 開放政策下の
.ΐ アフリカ
,* 年῏῕ ῒ3, 号ΐ で῍ 非農業部門への農家労働力
稲泉博己は῍ ῔北部ナイジェリアにおける農民
移動がエリ῎ト層からその他の階層へ一定の方向
主導による乾期カウピ῎の導入῕ ῒ22 号ΐ で῍ 農業
性を持って拡大していることを示したῌ ῔中国の
普及 ῌ 農業教育の役割を考察し῍ 農民主導の普
農産物流における仲買商人層の機能῕ ῒ3. 号ΐ で
及ῌ教育システムを検討したῌ
は῍ リンゴ流通における産地仲買人の役割の拡大
と流通過程の掌握῍ 生産過程の包摂等について分
ῒ-ΐ 歴史研究
析したῌ
この期には῍ 友田清彦と有馬洋太郎が῍ それ
ΐ農村研究῔ /* 年の歩み
229
ぞれ基本的には統一的な主題のもとで一連の論文
郡の ΐ浜浅葉日記῔ にみる近世後期の犂耕ῒ ῏3.
を発表しているῌ 友田清彦 の ῑ岩倉使節理事官
号ῐ がそれであるῌ 前者は内務省期における勧農
ΐ理 事 功 程῔ と 日 本 農 業 ῌ ῍ῒ ῏2-῍ 2. 号ῐ῍
政策の展開について῍ 西洋の衝撃と農政実務官僚
ῑウィ῎ン万国博覧会と日本農業 ῏上ῐ ῏下ῐῒ ῏22῍
のネットワ῎クという統一的視点から実証的に考
23 号ῐ῍ ῑ農政実務官僚岩山敬義と下総牧羊場 ῌ
察したものであり῍ 後者は近世ῌ近代の関東にお
῍ῒ ῏3.῍ 3/ 号ῐ῍ ῑ下総牧羊場の系譜 ῌ ῍ῒ ῏30῍
ける馬耕ῌ犂耕について総合的に考察しようとし
31 号ῐ῍ 有馬洋太郎の ῑ近世中期から明治初年に
た論考の一部で῍ 従来の研究の空隙を埋める業績
おける栃木県域の馬耕ῒ ῏3+ 号ῐ および ῑ相州三浦
であるῌ
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