...

7章 共有結合と共有結合結晶 - 名城大学 農学部 有機物性化学研究室

by user

on
Category: Documents
123

views

Report

Comments

Transcript

7章 共有結合と共有結合結晶 - 名城大学 農学部 有機物性化学研究室
7章
共有結合と共有結合結晶
出典
復習と目標
はじめに、共有結合の典型である水素分子の分子軌道とそのエネ
ルギーを、ついでベンゼン分子の軌道とエネルギーを、電子間クーロン反発相互
作用を無視した 1 電子問題として解く[1]。これらの計算を厳密に解くのは非常
に困難であり行わない。解法の流れと得られる図を重視する。ベンゼンでの電
子軌道エネルギーを波長でなく波数で表すと、次章で扱う金属のエネルギーに
つながる。純粋な共有結合結晶は、ダイアモンド構造をもつ 14(旧Ⅳ)族元素
(C, Si, Ge, Sn)の結晶のみである。Ⅱ族とⅥ(現 16)族の化合物結晶(Ⅱ-Ⅵ
化合物)、Ⅲ族とⅤ(現 15)族のⅢ-Ⅴ化合物は、2 種元素の電気引性度が違う
ことにより、共有結合にイオン結合が加わる。共有結合に別種の結合や相互作
用が加わった結晶は多数知られ、それらを紹介する。また、共有結合の開裂と
再結合は、分子や結晶の電子状態を変化させるので、外からの刺激に応答(ス
イッチ、メモリー現象)することになる。このような物質を紹介する。
7.1)
7.1.1)
水素分子と共有結合
分子軌道の波動関数
2 つの水素原子 H・(HA, HB とし、プロトンを a, b とし、それらの間の距離を
R とする)が 1 個ずつ電子(1,2 とする)を出し合い、それを共有して結合を
つくり水素分子ができる(図 7.1)。電子 1 が HA に、電子 2 が HB に配置された
HA(1)••HB(2)と、その逆の HA(2)••HB(1)の 2 つの中性の状態の他に、電子が一方
から他方に移った HA+••HB(1,2)と HA(1,2)••HB+のイオン性の状態が考えられる。
しかし、後者 2 つのイオン性の状態は等しい頻度であらわれるので電荷が静的
1
に偏在することはなく、イオン結合性はない。
1
ra1
●
a
rb1
R
図 7.1
H2+の陽子 a, b と電子1
b
2 つの近似法(分子軌道法、原子価結合法)で電子軌道、そのエネルギーが求
められるが、ここでは分子軌道法を用いる。幾つかの仮定により近似を行う。
1. 電子は分子軌道に入る。
2.
位置の定まらない 2 電子間に働くク-ロン斥力を考慮するのは非常に面倒
なので、無視する。すると、電子 1 は、プロトン a およびbからのクーロン引
力ポテンシャル
{(e2/40)[(1/ra1)+(1/rb1)]}
のみを受け、H2+(図 7.1)の電子状態となり、1電子問題としてシュレディンガ
ー方程式を解くことができる。ここで ra1, rb1 は電子 1 とプロトン a, b の距離で
ある。電子 2 についても同じである。
3. 分子軌道の波動関数を,
水素原子 A、B の原子軌道波動関数a、bの線形
結合で近似する(原子軌道の線形結合 linear combination of atomic orbital LCAO,
7.1 式)
 = caa + cbb
(7.1)
ca2: 電子がa に見出される確率、
cb2: 電子がb に見出される確率
今考えているa とb は、ともに同じ電子状態の波動関数(ここでは1s 軌道)
であるから、確率 ca2 と cb2 は等しく、7.2 式が成立する。
ca = cb
(7.2)
従って、7.1 式は
2
1 = ca(a + b)
(7.3)
2 = ca(a  b)
(7.4)
7.3 式、7.4 式の係数は、規格化条件(空間の微小体積を dとして)
  * d  1
(7.5)
より求まり、
1 
2 
1
2(1  S )
1
2(1  S )
( a   b )
(7.6)
( a   b )
(7.7)
である。前者は対称分子軌道、後者は反対称分子軌道である。S は重なり積分で、
原子軌道a とbの重なりを示し、a に属す電子がbに沁み込む確率振幅である。
S    a * b d
(7.8)
水素の1s 軌道関数(=(a03)1/2 exp (r/a0)、a0 = h2/42me2 = 0.529108 cm)と
重なり積分 S = exp (R/a0)[1 + R/a0 + (R/a0)2/3]、プロトン間の距離 R = 1.06 Å を
用いて1(7.6 式)と電子の存在確率1*1 = |1|2 を図 7.2a に、また、2(7.7 式)の場
合を図 7.2b に示す。
a)
b)
図 7.2. a) H2+の対称分子軌道1 と電子密度|1|2、b) H2+の非対称分子軌道2 と電子密度
|2|2
3
結論:1 では 2 つのプロトン間の電子密度は大きく、電子はかなりの時間にわ
たって 2 つのプロトンから同時に引力をうけるので結合エネルギーが増加し(結
合軌道, bonding orbital)、電子エネルギーは安定化する。一方、2 では 2 つのプ
ロトン間の中点で電子密度はゼロであり、2 つのプロトンの外側にはじき出され、
電子密度は分子軌道を作る前より減少し(反結合軌道, antibonding orbital)、電子エ
ネルギーは不安定化する。
7.1.2)
分子軌道エネルギー
結合軌道1、反結合軌道2 のエネルギー1, 2 は波動関数 7.6 式、7.7 式を、シ
ュレディンガー方程式 H = Eに入れて解けば得られる。ここでの H は 7.9 式で
あるが、実際の計算をしなくとも、7.10-7.13 式のような関数を用いるとエネル
ギー準位の状況が簡単に理解できる。
H 
h2
8 2 m
2 
e2
4 0 ra1

e2
4 0 ra 2

e2
4 0 R
(7.9)
ここで、以下の様にa およびbの軌道エネルギーを
H aa  H bb    a * H a d   b * H b d
(7.10)
また、軌道間相互作用エネルギーHab を
H ab    a * H b d
(7.11)
とすると、1, 2 は Haa, Hab, S を用いて、7.12 式、7.13 式となる。
1 
H aa  H ab
1 S
(7.12)
2 
H aa  H ab
1 S
(7.13)
Haa は、プロトン a とプロトン b が R の距離にあるときの、プロトン a の 1s 軌道
4
に存在する電子のエネルギーである。この軌道は、図 7.1 の様に広がっており、
また水素原子の電子にさらに正電荷が近づいたものであるから、孤立した水素
原子 1s 軌道エネルギー1s より少し低い(図 7.3)。Hab はa の電子がbの軌道に飛
び移る確率を示し、a と b が接近して、a とbとの重なり S が大きくなるほど大
きな値となる。1, 2 は水素分子イオンの 1 個の電子軌道であるが、粗い近似と
し、電子が 2 個ある水素分子においても、2 個の電子は水素分子イオンの分子軌
道にあるものと考える。図 7.3 は 2 個の水素原子の電子(エネルギー1s)が分子軌
道を形成して1, 2 に分裂し、2 個の電子が結合軌道に入り水素分子を形成する
様子を示す。
1s
2
Haa
1
図 7.3 孤立水素原子の軌道エネルギー(1s) : 1s, 水素分子陽イオン H2+の Haa, 水素
分子結合軌道のエネルギー:1, 水素分子反結合軌道のエネルギー:2
上で述べた分子軌道、エネルギーの求め方は他の分子でも本質的に同様である。
7.2)
7.2.1)
ベンゼンと共有結合
混成
炭素原子は 2s22p2の最外殻電子配置をもち、このままでは 2 個の p 軌道電子
のみが結合に関与した水素との化合物 H-C-H を与えると予想されるが、実際は
メタンを始めとする飽和炭化水素 CnH2n+2、エチレンやアセチレンのような 2 重
結合や 3 重結合を持つ不飽和炭化水素を与える。これは、図 7.4 に示す混成軌道
5
を用いて説明された(ポーリング, スレーター) [2]。1 個の 2s 軌道電子が 2p に励
起され、あたかも同一のエネルギー軌道(混成軌道)に 4 個の電子
(2s12px12py12pz1)があり、飽和炭化水素やダイヤモンドに見られる 4 本の結合
を持つ化合物(sp3混成という、結合角は 10928')、3 個の電子が他の 3 種の元
素と結合するとエチレンのような 3 本の結合を持つ化合物(sp2混成という)、2
個の電子が他の 2 種の元素と結合すると 2 本の結合を持つアセチレンのような
化合物(sp混成という)を与える。炭素以外でも価数と結合の方向性から、表
7.1、図 7.5 のような混成軌道が得られている。
共有結合に関与するのは不対電子である。H2O の場合水素の 1s1 が共有結合に
参加する。酸素の電子構造 2s22p4 はフントの規則で 2s22px2pypz となり、そのうち
の py と pz の電子が結合に参加し、既に対をなしている残りの 2s2 と 2px2 の電子
は孤立(非共有)電子対といわれ、普通は共有結合に参加しない。直交する 2 つ
の p 軌道が 2 つの水素原子の s 軌道と結合を作ると、H-O-H の角度は 90と予
想されるが、sp3 混成により 104.5である。炭素原子(1s22s22p2)の場合、3 つの重
要な混成軌道(sp3, sp2, sp)がある。
sp3混成
2p

s
px
py
pz
混成軌道
2s
sp2混成
1s
1s
sp混成
図 7.4 炭素の
表 7.1
混成
Sp
1s22s22p2 電子配置と
sp(青),
sp2(赤),
sp3(緑)混成軌道
混成の例
形
直線形
角度
180
例
BeCl2 [Be:1s22s21s22s2p], CH  CH、CO2
6
sp2
平面三角形
120
sp3
sp3d
sp3d2
四面体
三角両錐形
八面体
10928'
90,120
90
ベンゼン、ポリアセチレン、黒鉛(面内)、
BF3, SO2, SO3
ダイヤモンド、BF4、NH3, H2O
PCl5、SF4、I3
SF6, IF5, PCl6
図 7.5 混成軌道 BeF2(sp), BF3(sp2), メタン(sp3), NH3, H2O, PCl5(sp3d), SF4,
I3―, SF6(sp3d2)
BeF2(sp)
非共有電子対
NH3(sp3)
I3(sp3d)
PCl5(sp3d)
BF3(sp2)
SF6(sp3d2)
CH4(sp3)
SF4(sp3d)
H2O(sp3)
A) sp3 混成
s 軌道と p 軌道の寄与が 1:3 である分子軌道の形を考える。軌道の混成を各軌
道の線形結合で表し、4 つの独立な(互いに直交している)規格化された分子軌
道を作り、分子軌道への各 p 軌道の寄与が同等として、そのうちの 1 つの軌道
の向くベクトルを xyz 面内の第一象限にすると、分子軌道は 7.14 式~7.17 式で
ある。
1 = (1/2)(s + px + py + pz)
(7.14)
2 = (1/2)(s – px – py + pz)
(7.15)
7
3 = (1/2)(s + px – py – pz)
(7.16)
4 = (1/2)(s – px + py – pz)
(7.17)
sp3 混成を正四面体混成(tetrahedral hybrid)ともいう(図 7.6、各軌道の成す角は
10928')。
+3
2s
4
sp3
2p
図 7.6 sp3 混成軌道
2
B) sp 混成
s 軌道と p 軌道の寄与が 1:2 の分子軌道で、寄与する p 軌道を px, py とする。3
つの同等で独立な混成軌道は、エチレンやベンゼンのように平面状で、各々が
互いに 120の角を成すものを考える。4 は pz 軌道そのものである。1 をx軸方
向の 7.18 式と定め、2 および3 軌道の中の px, py の係数を規格化と直交の条件
より得る。
1 = s/3 + 2px/6
(7.18)
2 = s/3 – px/6 + py/2
(7.19)
3 = s/3 – px/6 – py/2
(7.20)
sp2 混成軌道は 3 方混成(trigonal hybrid)といわれ、各軌道は互いに 120を成す(図
7.7)。残りの4 = pz は、1~3 が作る平面(xy 面)に垂直に延びている。
2
1
1
2
3
3
図 7.7 sp2 混成軌道(7.18~7.20 式)
8
C) sp 混成
p 軌道として px 軌道を選ぶと、7.21~7.24 の 4 つ分子軌道が得られ、1と2
は x の正、および負の方向に延び、2 方混成(diagonal hybrid)をなし、残りの 2 つ
の軌道は y、z 軸方向に延びる(図 7.8)。
1 = (1/2)  (s + px)
(7.21)
2 = (1/2)  (s – px)
(7.22)
3 = py
(7.23)
4 = pz
(7.24)
図 7.8 sp 混成軌道(7.22~7.24 式)
1
7.2.2)
2
電子分子軌道
ベンゼンの 1 つの炭素原子は sp2 混成軌道を用い、それを中心として xy 面内で
互いに 120の方向にある 2 個の炭素原子(sp2混成軌道)と 1 個の水素原子(1s 軌道)
と共有結合を形成して、ベンゼンの 6 角形の骨格を形成する。これらの軌道は
結合方向に関して∞の回転対称性(本章末尾の参考参照)を持ち、結合といわ
れる。各炭素原子は sp2 混成での結合形成に関与しない pz 軌道の電子を余分に
持っているので、この段階では+1 価に帯電している。ベンゼンの 6 角形骨格は
+1 価炭素が作る六角リングである。そのリングに、残りの pz 軌道の 6 個の電子
が入るが、それらの軌道はベンゼン骨格平面に垂直で、軌道といわれる。こ
れらの pz 軌道電子を電子という(図 7.9)。結合に関与する電子(電子)は、
9
結合部分に局在し、低いエネルギー準位にある。一方、電子は 6 角リング内を
動き回り、光によって励起され易く、イオン化により最初に飛び出てくる電子
である。
電子分子軌道関数の決定:図 7.9 の C+間の距離を a とし、電子の分子軌道
関数をとすると、
1) 注目している電子と残りの電子の間のクーロン反発の相関を無視し、
2) を 2pz 炭素原子軌道関数とし LCAO 近似を用いると、は 7.25 式である。
5
4
3
0
1
a

1
6
2
図 7.9 ベンゼンの(pz)-軌道。炭素の番号を 0~5
とし、ベンゼン骨格の上下に延びた軌道を示す。
各軌道の濃いローブと薄いローブは波動関数の符
号が異なること(くびれの部分が節になっている)
ことを示す。図のようにベンゼン骨格の上下のロ
ーブの濃さの位相が揃った軌道は j=0 の最も安定
な-軌道である。
(c0 0  c11  c2 2  c3 3  c4 4  c5 5 ) 
1
5
c 
6
n 0
n
n
(7.25)
ベンゼン環に沿った座標を x とし、炭素原子 0 の位置を原点とすると、原子 0
~5 は x = 0, 1a, 2a・・5a で、6a は原子 0 の位置である(ベンゼンの長さを L と
する、L = 6a)。従って、7.25 式のを x = na を原点として広がる 2pz 原子軌道関
数(x–na)で記すと、以降に述べる周期的条件を式化できる。
 ( x) 
1
5
 c  ( x  na)
6
n 0
(7.26)
n
係数 cn の決定:この波動関数は等しい間隔 a ごとに同じポテンシャルを見る電
子の波動関数であり、(x), (x+a), ・・(x+5a)も同様であるから、(x+a) = c( x)、
(x+2a) = c( x+a)・・より、
(x+6a) =c(x+5a) = c2(x+4a) = c3(x+3a) = • • = c6(x)
となる。一周すると元に戻る条件(周期的境界条件, cyclic boundary condition)よ
10
り(x+6a) = (x)であるから、c6 = 1 となり、
ce
i
2
j
6
e
i
2a
j
L
j = 0, 1, 2, 3
(7.27)
これより、ベンゼン分子の電子分子軌道は 7.28 式となる。
1

6
5
1

( 0  e
6
e
i
2na
j
L
n 0
i
2
j
6
1  e
i
4
j
6
2  e
i
6
j
6
3  e
i
8
j
6
4  e
i
10
j
6
5
1
5 ) 
e
6
n 0
i
2n
j
6
n
(7.28)
n
関数 7.28 式は、jの値により 7.29 式~7.32 式のように様子を変える。導出には
以下の関係を用いた。
e ij  1, e i 2j  1, e
 j 0 
j=0
1
1
j = 2  j 2 
1
 j 3 
1
j = 3

8
j
3
e
i
2
j
3
, e
i
10
j
3
e
i
4
j
3
( 0  1   2   3   4   5 )
6
j = 1  j 1 
i
6
( 0  e
( 0  e
6
6

i
3
j
1  e 
2
j
3
i
2
j
3
1  e 
( 0  e ij 1  e 
6
1
i
i
 2  3  e
4
j
3
i 2j
(7.29)
i
 2  3  e
2  e 
i 3j
4
j
3
i
4  e
2
j
3
3  e 
i
4  e
i 4j
5
j
3
i
5 )
4
j
3
4  e 
5 )
i 5j
(7.30)
(7.31)
5 )
(7.32)
( 0  1   2   3   4   5 )
j = 3 は同一の式 7.32 を与える(j=3 = j=-3)。
また、ベンゼンの対称性を反映して、
j=1 = j=-5, j=2 = j=-4, j=4 = j=-2, j=5 = j=-1, j=j = j=j+6 である(図 7.10)。
6
0
7
1 -5
2
-4
-6
-3
j

k
0
∞
0
+1 6a
-1
-2
/3a
5
+2 3a 2/3a
4
+3 2a
3
11
/a
+9 2a/3 3/a
図 7.10 6 回
対称性分子に
おける j と-j の
関係(左)。ベ
ンゼン分子中
の電子分子軌
道(右)
図 7.10 にベンゼン分子中の電子分子軌道 7.29~7.32 式を示す。破線は exp
(i2xj/6a)の実数部で、x に沿って変化する位相を示す。j = 0 で各原子位置のは
全て同一位相である(結合軌道)。 j = 1 は 2 個の節を持ち、j = 2 は 4 個の
節、 j = 3 は 6 個の節を持ち(全て反結合軌道)、エネルギーはこの順で上昇す
る。波長は、j = 0 で = ∞、j = 1 で = 6a、j = 2 で = 3a、j = 3 で = 2a
である。 +j とj の波は互いに反対方向に進む進行波である。但し、j = 0、3
の波では、原子波動関数の位相は動かない。
7.28 式の波をjや(= L/j)でなく波数k(= 2/)で表すと次章金属結合との関係
が見える(7.33 式)。j = 0、1、2,3 は、各々kj = 0, /3a, 2/3a, /a に対応し、
/a  kj  +/a にある kj で 6 個の電子分子軌道を記述できる。
j 
7.2.3)
1 5 ik j na
 e n
6 n 0
(7.33)
電子軌道のエネルギー
ベンゼンの電子軌道のエネルギーはシュレディンガー方程式 H  =   に
7.33 式を入れた 7.34 式を解いて得られる。ここで分母は規格化により 1 である。

1
e ik ( p q ) a   * ( x  pa) H ( x  qa)dx


6
1
 (k j )  p q
  e ik ( p q ) a 

1
6 p q
e ik ( p q ) a   * ( x  pa) ( x  qa)dx



6 p q



 * ( x  pa) H ( x  qa)dx 

1
e ik ( p q ) a   * ( x  ( p  q)a) H ( x)dx


6 p q
(7.34)
ここで、それ自身と最隣接原子間の相互作用のみを取り入れるという以下の近
似を行う。
1) p  q

    ( x) * H ( x)dx
(7.35)

12
2)p=q1

     ( x  a) * H ( x)dx
(7.36)

すると 7.34 式は、  (k j ) 
1
(6  6(e ika  e ika )  )    2  cos ka
6
(7.37)
(kj)は 2/a の周期関数である。図 7.11 に、(kj)をkまたはjに対してプロッ
トするとわかるように、j = 0, 1,
2、 3 または、k = 0,
/3a, 2/3a, /a で
の値が解であり、それらで代表できる。|kj|が等しいと、正方向に進む波も、負
2

2
図 7.11 ベンゼン分子の電子軌道エネルギーと波数kの関係
方向に進む波も同一のエネルギーをもつ(縮退)。7.37 式のは炭素原子の 2pz
軌道のエネルギーに近いので、これを 2pz 軌道エネルギーと仮に考えると、図
7.11 は、を中心に上下 4 つ(内 2 つが縮退)に分裂し、分裂幅は 4である。分裂
幅は 7.36 式つまり隣接原子間相互作用の 4 倍(右、左と 2ずつ)で、原子が 6 個
でも無限数あっても変わらない。エネルギー状態の数は周期的に繰返すポテン
シャルの数(C+による)である。
7.3)
7.3.1)
結晶
ⅣB 族(14族)
C,
Si,
Ge,
Sn
炭素(地殻濃度 480ppm)より成るダイヤモンドは典型的な sp3 共有結合結晶
であり、巨大分子とも言える。結晶構造は図 3.2 の閃亜鉛鉱型(CuCl 型)で 2 種
13
の元素を炭素にしたものである。充填率は 0.340 であり、高価な割に隙間だら
けの物質である。ダイヤモンドの大量・大型サイズ結晶の人工合成と、ダイヤ
モンドに導電性を付与できる手法の開発は、新たな半導体素子としてのダイヤ
モンドの活用に重要な課題である。黒鉛、グラフェン、フラーレン、ナノチュ
ーブは電子を含む炭素化合物である。Si(濃暗灰色結晶、地殻濃度 277100ppm),
Ge(灰白色結晶、稀有な元素 1.8ppm)はダイヤモンド構造の元素である。スズ(地
殻濃度 2.2ppm)はスズ(灰色スズ)⇌ スズ(白色スズ)⇌ スズの 3 種の同素体が
あり、普通の金属スズはで 13.2℃でにきわめてゆっくりと転移する。スズ
はダイヤモンド構造をもつ非金属で、Sn-Sn の結合エネルギーは小さく、もろ
い。→の転移速度は30℃以下で急速に進み、腫物状に膨張しボロボロになる
(スズペストとナポレオンのロシア遠征の敗退)。四塩化スズは常温で発煙性の
液体(融点33.3℃)であり Sn(+4)と塩素原子との結合はイオン的でなく共有結
合的であることを示す。Pb(地殻濃度 14ppm)は金属で、共有結合性はない。
表 7.2 に解離熱と単結合の結合エネルギーを、諸性質を表 7.3 にまとめる。
表 7.2
解離熱(kJ mol1)、単結合の結合エネルギー(kJ mol1)
共有結合結晶
ダイヤモンド
Si
Ge
Sn
解離熱
715
456
377
305
結合
C-C
Si-Si
Ge-Ge
P-P
結合エネルギー
347
176
159
213
結合
O-O
S-S
Te-Te
Au-S*
結合エネルギー
138
213
138
10 の桁
*: Au-S 結合は金の表面にチオール基の付いた分子を反応させて合成される SAMs(自己組
織化膜, 4 章囲み6参照)に見られる。10 kJ/mol の桁は実験より推定されたもの(H. Skulason
et al., J. Am. Chem. Soc., 122、9750(2000)), 他に 40 kJ/mol(計算: K. M. Beardmore et al., Chem.
Phys. Lett. 286, 40(1998), 120 kJ/mol, 実験: R. G. Nuzzo et al., J. Am. Chem. Soc., 109,
733-740(1987))、209 kJ/mol の報告もある。
表 7.3
融点 C
ダイヤモンド構造の炭素、ケイ素、Ge、Sn の諸性質
ダイヤモンド
3572
ケイ素
1410
14
Ge
937.4
Sn(*は灰色スズ)
231.97
沸点 C
比重
硬度
比誘電率
屈折率
比抵抗 /Ωcm
g /eV (0 K)
電子移動度 /cm2V1s1
正孔移動度 /cm2V1s1
4800
3.515
10
5.5
2.417
0.61013(15C)
5.4
1800
1200
2360
2.33(18C)
7.0
11.9
3.35
2.3105
1.17
1350
480
2830
5.32(25C)
6.5
16.1
4
46
0.744
3600
1800
2270
5.80(20C)*
1.5
4.70( = 1000 nm)
11106 (20ºC) 相
金属
囲み 1
ダイヤモンドの導電性、超硬炭素、強磁性炭素 SF 小説「アンドロメダ病原体」、「ジュラシ
ック パーク」で著名な作家マイケル クライトンの作品に「コンゴ」[3]がある。コンゴの
鉱山で青色のⅡ型 B ダイヤモンドが発見される。ボロンを含む青色ダイヤモンドは 102
cm の桁の半導体で、光を通し、融点が極めて高いことから、超高密度にトランジスター
を搭載しても、発生する熱で融解することがない超 LSI の基板として、シリコンに置き換
わるものと判断した米国の半導体開発会社が、探索隊を派遣する所が序となる。小説の中
では、それまでに行われたダイヤモンドへのホウ素のドーピングは(p 型ダイヤモンド)全
て不成功であったと記してあるが、最近ドーピングが成功し、得られたダイヤモンドが超
伝導を示すと報告された[4]。次は、n型ダイヤモンドの開発が必要である。C60 を高温高
圧(9.5 GPa, 13 GPa; 620~830 K)で処理すると、極めて硬い黒色固体が得られるとの報告
がロシアより出された[5]。ダイヤモンドの表面に傷を付けるほどの硬さである。黒色であ
ることから sp2 炭素の存在が予想される。導電性や比重は作成条件に依存する(9.5 GPa,
700 K で 2.20 gcm3, 1~10 cm (g = 0.015 eV); 9.5 GPa, 900 K で 2.95 gcm3, 1~10
cm (g = 0.3 eV); 13 GPa, 1270 K で 3.3 gcm3, 105 cm (g = 0.2 eV))。類似の報告が日
本から出された[6]。前報より低圧(2.6~3 GPa)で 700C で作成され、比重(1.9 gcm3)は
C60(1.7 gcm3)、ダイヤモンド(3.5 gcm3)と異なり、非晶質炭素(1.8~2.1 gcm3)の範囲で,
導電性が良い:102 Scm1。C60 分子の高温高圧処理により黒色の室温強磁性体が作成された
との報告がある[7]。これは、幾つかの研究室で確認されたが、飽和磁化の値がバラバラで
ある。C60 分子の高分子化により、サイズの異なる強磁性体ドメインの集合体が出来てい
るようである。
囲み 2
宝石ダイヤモンド 大部分のダイヤモンドは有色であり、特に黄色(窒素が入ることによる)
のものが多い。色がごく薄いもの(約 10 %)が宝石となる。ただし、有色ダイヤモンドのうち
青色や桃色の石は珍しく高価である。スミソニアン博物館にあるホープのダイヤモンドはブ
ルー•ダイヤモンド(結晶としてⅡ型 B: 天然のダイヤモンドでは百万個に 1 個の割合)で、半
導体の性質がある。青色は炭素にホウ素が入ることによる。モアッサンはフッ素の単離、電
気炉の開発で 1906 年ノーベル化学賞を得た。他に、黄色のダイヤモンドの脱色やダイヤモン
ドの合成研究を行った。それは、熔融鉄に多量の炭素を溶かし込み急冷する方法で、ダイヤ
モンドの合成に成功したとされたが、その成功は助手の偽造による。ゼネラル電気の合成ダ
イヤモンドは、熔融したニッケルを溶媒に用いており、発想は類似である。産地はロシア、
ボツワナ、コンゴ、オーストラリア、南ア、カナダで全産出量 15600 万カラットの 90%であ
る(2004 年)。人工ダイヤは 1 億カラット以上生産されている。ブリリアンカットは 58 面カ
ットをいう(屈折率 2.4 のダイヤモンドをもっとも美しく見せるための設計なので他の石には
通用しない:合成ルチル、チタン酸ストロンチウム、ジルコニアなど屈折率がダイヤモンド
に近いものは、ブリリアンカットで美しい輝きを示す)。
15
7.3.2)
共有結合+イオン結合:Ⅱ-Ⅵ、Ⅲ-Ⅴ化合物
原子の電気陰性度(electronegativity)の違いにより、異種原子より成る共有結合
結晶には何らかのイオン性が混入する。電気陰性度は、ポーリングおよびマリ
ケンにより定義された 2 種がある。
ポーリングの電気陰性度:結合 A-B の解離エネルギー(eV 単位)を D(A-B)とす
ると、結合 A-B 中のイオン構造 A+Bの寄与は 7.38 式である。ポーリングはΔAB
の平方根を結合 A、B 原子の電気陰性度の差とし、この関係が多くの結合で満足
するように各原子の電気陰性度の値xを決めた(表 7.4)。金属の仕事関数 と
7.40 式で関係するとされたが、きわめて粗い近似である。
1
2
ΔAB= D(A  B)  [ D(A  A)  D(B  B)]
表 7.4
(7.38)
xA  xB  ΔAB
(7.39)
 = 2.27x + 0.34 eV
(7.40)
ポーリングによる原子の電気陰性度
H
Li
2.20
0.98
Be
1.57
B
2.04
C
Na
0.93
Mg
1.31
Al
1.61
K
0.82
Rb 0.82
Cs 0.79
Ca
Sr
Ba
1.00
0.95
0.89
Ga 1.81
In 1.78
Tl 2.04
Si
1.90
Ge
2.01
Sn
1.96
Pb 2.33
2.55
N
3.04
P
2.19
O
3.44
S
2.58
F
As
Sb
Bi
Se
Te
Po
Br
2.96
I
2.66
At 2.20
2.18
2.05
2.02
2.55
2.10
2.00
Cl
3.98
3.16
色をつけた原子は、水素より電気陰性度の高いもので、水素結合を形成する 。
マリケンの電気陰性度:各原子のイオン化ポテンシャルと電子親和力との和を電
気陰性度とした。
x
1
( I P  EA )
2
(7.41)
ポーリングの電気陰性度とマリケンの電気陰性度は比例関係(xA  (IA + EA)/30)
16
にある。
Ⅱ-Ⅵ、Ⅲ-Ⅴ化合物はイオン性と共有結合性の両者を持つ。Ⅱ-Ⅵ化合物の例
と し て Zn-S を 考 え る 。 Zn(4s2) と S(3s23p4) の イ オ ン 結 合 で は
Zn2+(3s23p63d10)S2-(3s23p6) の 電 子 配 置 で あ り 、 共 有 結 合 で は sp3 結 合 を 考え
Zn2-(4s4p3)S2+(3s3p3)である。ポーリングの電気陰性度を用いイオン性を計算する
と 17~18%のイオン性が予測される。一方、誘電性結晶の結合のイオン性度が
半経験的理論[8]により得られ(表 7.5)、その値は 62%である。Ⅲ-Ⅴ化合物の例と
して In-Sb を考える。In(5s25p)と Sb(5s25p3)のイオン結合では、In3+と Sb3–(5s25p6)
の電子配置であり、共有結合では sp3 結合を考え In(5s5p3)と Sb+(5s5p3)である。
ポーリングの電気陰性度を用いイオン性を計算すると 1~3%のイオン性が予測
される。表 7.5 によるとイオン性は 32%である。
II-VI 化合物の Cd-Te は薄膜太陽電池、巨大磁気抵抗(GMR:強磁性体と金
属を交互に張り合わせたデバイスで、強磁性体の揃ったスピンと同一方向に金
属内に電流が流れるときは電気抵抗が小さく、反対方向に流れるときは大きな
電気抵抗となることを利用している)[9]に利用される。また、III-V 化合物の
Ga-As は発光ダイオード、固体レーザー、光電池、携帯電話に、Ga-N(g = 3.39
eV)は高輝度青色発光ダイオードに用いられている。可視光を用いた太陽電池、
可視光の全領域での光伝導体素子には、可視光の全領域(1.05~3.25 eV)か少し
小さめのバンドギャップを必要とする。
表 7.5
2 原子結晶の結合のイオン性[8]とエネルギーギャップg (eV)
II-VI
ZnO
ZnS
ZnSe
ZnTe
CdO
CdS

0.79
0.62
0.63
0.61
0.79
0.69
g
3.2
3.6
2.7
2.35
2.32
2.42
II-VI
MgO
MgS
MgSe

0.84
0.79
0.79
17
g
7.83
4.5
4.05
III-V
InP
InAs
InSb
GaP
GaAs
GaSb

0.42
0.36
0.32
0.38
0.31
0.26
g
1.35
0.35
0.18
2.26
1.43
0.78
CdSe
CdTe
0.70
0.67
1.74
1.45
ITO(indium tin oxide): 酸化インジウムと酸化スズの混合物で、透明な電導膜であり、液晶、有
機 EL の透明電極材料である。インジウム(地殻濃度 0.049ppm)は中国のレアメタル戦略物質。
無機 As は有毒(しかし、形状依存が大きく三酸化二ヒ素は毒性をもちながら急性骨髄性白血病
治療薬である。有機ヒ素化合物は毒性が弱くサルバルサンは薬として、かって使われた)
。Sb は
非常に毒性が強い。俗説に「ある修道会で豚にアンチモンを与えたら(駆虫薬として働き)豚は
丸々と太った。そこで栄養失調の修道士に与えたところ、太るどころではなく死んでしまった。
それゆえアンチ・モンク(修道士に抗する)という名が与えられた」というものである。AS, Sb,
Bi は半金属である。
囲み 3
FET(Field Effect Transistor:電界効果トランジスター), TFT(Thin Film Transistor:薄
膜トランジスター): トランジスタは、ユニポーラトランジスタ(unipolar transistor)、
バイポーラトランジスター(bipolar transistor)の2つに大別される。ユニポーラトラン
ジスタのうち、電界効果トランジスター(Field Effect Transistor: FET)は、小型化が可
能で集積回路に詰め込みやすいので、コンピューターでは主に FET が使われている。
FET の例として、図に
n 型 MOS-FET の構成を示す。MOS とは、Metal-OxideSemiconductor の略で、それぞれ図中の電極、絶縁体、
半導体の部分に対応する。半導体としてシリコンを用い
たとき、ホウ素などの 13 族元素をドープすると p 型半
導体になり、リンなどの 15 族元素をドープすると n 型
半導体になる。ゲート電圧が OFF の場合、ソース-ド
レイン間に電圧をかけても電流は流れない。ソースまた
はドレインの p-n 接合の一方が逆バイアスになるためで
ある。
(p-n 接合において p 型半導体に正、n 型半導体に
負の電位をかけたときは電流が流れ、これを順バイアス n 型 MOS-FET の 構 造
という。その逆を逆バイアスという。)ゲート電極に正
(上)とゲート電極に正の
の電位をかけたとき、ゲート電極上の正電荷により p 型 電位をかけたときの模式
半導体表面の正孔がはねのけられ、伝導電子が引き寄せ 図構成(下)
られる。p 型半導体表面に n 型のチャンネル(反転層)
ができあがり、逆バイアスの pn 接合が解消されるので、
電子はソースからゲートに移動することができる。このよ
うにしてゲート電極に正の電位をかけることによりトラン
ジスタに電流が流れる。n 型 MOS-FET とは極性が逆の p
型 MOS-FET も存在するが、一般に n 型のほうが良い性能
を持つ。電子のほうが正孔よりも有効質量が小さく、キャリ
ア移動度が大きいためである。FET のうち、半導体としてシリコ
ンの代わりに有機半導体の薄膜を用いたものを薄膜トランジスタ
rubrene
ーと呼ぶ。有機物を用いた TFT は、折り曲げても動作に支障が
なく、簡易印刷製造プロセスで著しく安価に製造できるという特徴を有する。しかし、
有機物はシリコンに比べて移動度が悪いのが難点であったが、近年、芳香族炭化水素系
を中心とした物質探索が進み、ルブレンの単結晶が 8 cm2/Vs の移動度を示すことが見
出された。この値は、アモルファスシリコンの移動度(0.1~1 cm2/Vs)よりは大きいが、
単結晶シリコンの移動度(103 cm2/Vs)にはまだ及ばない。
18
7.3.3)
共有結合+ファンデルワールス結合
黒鉛、黒燐、ボラジン、ポリアセチレンは共有結合とファンデルワールス結合の
例である。
7.3.3.1) ポリアセチレンは分子鎖内が共有
図 7.12
結合で分子鎖間がファンデルワールス結
合による結晶である。1958 年ナッタ(1963
年 触媒の研究でツイグラーとともにノー
ベル化学賞)がアセチレンをポリマー化し
たが膜ではなかった。1971 年白川英樹が
ポリアセチレン膜の作成に成功し、1977
年ヒーガ-、マクダミッドがトランス-ポ
リアセチレン膜のドーピングによる高導
電性を得て、これらの 3 人が 2000 年のノ
ーベル化学賞を得た(図 7.12[10])。ポリアセチレン高分子は膜中でフィブリル
状であり、ドーピングにより熱活性的な半導体特性を示す。非常に低温まで金
属的な温度依存性が、ポリアセチレンの高配向膜のドーピングで見られる(RT =
105 Scm1)。
トランス-ポリアセチレン
シス-ポリアセチレン
7.3.3.2) 黒鉛や黒燐[11]は層状化合物であり、層内は 2 次元共有結合で、層間
はファンデルワールス結合で結ばれる。黒鉛は 3.6.1 項で説明した。リン(地殻
19
濃度 1000ppm):リンの用途の7割は肥料。最も一般的な白リン(毒性が強い、
P4 型正四面体、透明なロウ状固体で発火しやすい)を空気のない状態で 300℃に
加熱すると赤リン(毒性弱い、マッチの摩擦面)となる。白リンを燃やすと五
酸化二リン(P2O5)を与える。P2O5 は極めて優れた乾燥・脱水剤である。P2O5 を水
中で加熱するとオルトリン酸(H3PO4)となり、H3PO4 は金属表面に金属腐食を守
る不溶性薄膜を形成するので、自動車車体塗装前の車体のリン酸処理に用いら
れる。リン酸の Ca 塩の Ca(H2PO4)2 は水に可溶で肥料やガラスの製造原料である。
さらに CaHPO4 となると、不溶性で歯磨き粉の研磨剤となる。Ca5(PO4)3(OH)は
ハイドロキシアパタイトと言い、脊椎動物の歯や骨を校正する主成分で、虫歯の
治療や人工骨など外科医療などに利用される。
白燐を高圧下(1.2 GPa)で加熱(200C)することにより、不活性な鉄灰色で金属
光沢のある無臭の固体の黒燐がブリッジマン(1946 年ノーベル物理学賞)により
得られた(1914 年)。黒燐は斜方晶系で結晶構造を図 7.13 に示す。P-P 間距離 =
図 7.13 黒燐の結晶構造
2.224 Å, 2.242 Å で、燐原子は凸凹の 2 次元平面を ac 面内に形成し、それらが
b軸方向に A 層と B 層のくりかえしで積層する。層間距離 = 3.68 Å で、A 層と
B 層は a 軸方向にずれている。黒燐は熱および電気(RT~1 Scm―1, g = 0.35 eV)
の良導体で、高圧下で超伝導を示す(Tc~6 K, 16 GPa)。常圧で 4.2 K に冷却し
た後に加圧すると Tc は上昇する(Tc= 10.7 K, 29 GPa)。これは 2 次元無機高分子
20
超伝導体の例である。
7.3.3.3) 窒化ホウ素(BN)x[12]は、ジボラン B2H6 と過剰のアンモニアの高温反
応で得られる無機ベンゼンと言われるボラゾール B3N3H6 を縮合するか、ホウ砂
と塩化アンモニウムを過熱すると得られる白色脂肪状難溶性の粉末で、常圧で
は 3000C で昇華し、加圧下では 3000C で融解する。六方晶系グラファイト構造
HN
HB
H
B
N
H
NH
HN
BH
HB
H
B
N
H
NH 縮合
BH
N
B
B
N
B
N
B
N
B
N
B
N
B
N
B
N
N
B
B
図 7.14 ボラゾー
ルと窒化ホウ素
h-BN
(BN)x
に似て(h-BN と云われる)、面内での B-N 間距離は 1.45 Å で 2 重結合性がある
(B-N 単結合は 1.60 Å)。面間は 3.30 Å である。結合には B+••Nのイオン結合性
を持つ。良い絶縁体で耐酸化性に優れ空気中 1000℃の使用に耐えるので良質の
ルツボとなる。他に、立方晶系閃亜鉛鉱型構造の c-BN(ボラゾン)
、六方晶系ウ
ルツ鉱型構造の w-BN があり、c-BN はダイヤモンドに次ぐ硬さをもち研磨剤や
図 7.15 窒化ホウ
素の構造
工具に使用される。
Wikipedia
右図が h-BN の結晶構造の模型で、小さな青がホウ素、大きな
茶が窒素である。ホウ素と窒素が交互に正六角形の頂点にあ
るが、図中 (a) と (b) では、ホウ素と窒素の位置が逆であ
る。そして、(a) の上に (b)、そのまた上に (a) というよう
に、(a)(b)(a)(b)(a)(b) ……と二層周期で積めば、六方晶系
の窒化ホウ素 (h-BN) が組み上がる。図の六角の網目の重な
り方が三層周期である、菱面体晶系の窒化ホウ素 (r-BN) も
報告されている。シアン化カリウム (KCN) とメタホウ酸ナト
リウム (Na2B2O4) から合成した窒化ホウ素に含まれるか、高
圧相 BN が h-BN に戻る過程で生成すると予想されている。こ
れらの構造は黒鉛と似ている。黒鉛では、青・茶の区別なし
に角の全部が炭素原子で占められるが、やはり六角の網目が
21
重なっている。
ほかに、
低温または気相法で合成した BN は無秩序な積層構造となりやすく、
このような BN は乱層構造 BN (t-BN, turbostratic BN) と呼ばれる。
窒化ホウ素と炭素との結晶
名称
化学式
結晶構造
最近接原子間距離 (pm) 層間距離 (pm)
常圧相窒化ホウ素 BN
右図
145
334
黒鉛
右図の原子がすべて C 142
335
高圧相窒化ホウ素 BN
下図
157
-
ダイヤモンド
下図の原子がすべて C 154
-
C
C
常圧相窒化ホウ素は原子がしっかりと組み合った六角網面が広い間隔で重なり、層間をつ
なげるのは弱いファンデルワールス力であるから、互いに滑りやすい。このために「白い
黒鉛」(ホワイトグラファイト)とも呼ばれる。網面がしっかりしているので格子振動に
よって熱がよく伝わり、電気絶縁体の中では最高の熱伝導率を持つ。熱膨張率は低く、ア
ルミナの約 10 分の 1 である。高熱伝導率で低膨熱張率であるためセラミックス中で最高の
熱衝撃抵抗を示し、1500 °C 以上から急冷しても破壊しない。電気絶縁体であるという点
で黒鉛と異なる。黒鉛では層内の原子が 3 本の結合手で結び合い、炭素の 4 個目の価電子
が金属における自由電子のように網面内を走り回ることができる。一方、常圧相窒化ホウ
素では、六角の網目を組んだあと、窒素に残る 2 個の価電子は電気陰性度の高い窒素原子
にとらえられ、動くことができない。可視光線を吸収しないため白色である。大気中では
1000 °C まで、真空中では 1400 °C まで、不活性気圏では 2800 °C まで安定である。ア
ルミニウム、銅、亜鉛、鉄、鋼、ゲルマニウム、ケイ素、ホウ素、氷晶石、硝子、ハロゲ
ン化物の融体に濡れない。柔らかく、モース硬度は、石膏、黒鉛と同じく 2 である。成形
体は機械加工しやすく、マシナブルセラミックスとも呼ばれる。密度は 2.27 g/cm3、融点
は 2967 °C、沸点は 3273 °C である。高圧合成により高価なため、医学的、農芸化学的応
用はなされていない。
7.3.3.4) ホスファゼン[13]は、窒素と燐の交互に並んだ環状および鎖状の化合物
群(図 7.16)で 7.42 式で得られる。
PCl5 + NH4Cl
(NPCl2)n (環状)
(7.42)
Cl4P(NPCl2)nNPCl3(鎖状)
環状のホスファゼン 1 は平面で、2 は非平面(いす型か舟型)で、P-N 結合はほ
Cl
Cl
Cl
Cl
N Cl Cl
P
P
Cl
P
N
N
N
N
P
Cl
P
P
Cl
Cl P
N
Cl
N
Cl
Cl
Cl
Cl
1
2 いす 型
Cl
P
Cl
N Cl Cl N
P
N
P
N
Cl
Cl
2 舟型
図 7.16 ホスファゼン化合物
22
Cl
P
Cl
Cl5P
Cl
P
N
n
3
N
PCl 3
ぼ同じ長さ(1.56~1.59 Å)である。この結合長は通常の単結合(1.77 Å)より短く
p(N 原子)d(P 原子)結合を示唆する。この結合は分子全体に非局在化して擬
芳香族性を与える。nの大きな鎖状化合物 3 はゴムの様な伸縮性があり、無機
ゴムといわれる。燐原子上の塩素は反応性に富み、アルキル基、アリール基な
どと置換することができる。
7.4) 共有結合半径
共有結合 A-B の結合距離は、A-A, B-B 結合距離の算術平均で近似される(例、
C-C(1.54 Å)、Si-Si(2.34 Å)の算術平均 1.94 Å 実測 C-Si 距離 1.930.03 Å)。従
って、A-A, B-B 結合距離の 1/2 がそれぞれ A および B の共有結合半径となる。
表 7.6
ポーリング(上段)[14]およびメーラー(下段)[15]の共有結合半径(Å)
H ~0.30
Li
1.23
Na
1.57
K
2.03
Rb
2.16
Cs
2.35
Cu 1.35
1.17
Be
1.06
0.89
Mg 1.40
1.36
Ca
1.74
Sr
1.91
Ba
1.98
Zn 1.31
1.25
B
0.88
0.80
Al 1.26
1.25
Ga 1.26
1.25
In 1.44
1.50
Tl 1.47
1.55
Ag 1.52
1.34
C
Si
Ge
Sn
Pb
Cd
0.771
0.77
1.17
1.17
1.22
1.22
1.40
1.40
1.46
1.46
1.48
1.41
N
0.70
0.74
P 1.10
1.10
As 1.18
1.21
Sb 1.36
1.41
Bi 1.46
1.52
Au 1.50
1.34
O
0.66
0.74
S
1.04
1.04
Se 1.14
1.14
Te 1.32
1.37
Hg
0.64
0.72
Cl 0.99
0.99
Br 1.11
1.14
I
1.28
1.33
1.48
1.44
2 重結合
C
0.665
N
0.60
O
0.65
F
0.54
3 重結合
0.602
0.547
0.50

7.5)
F
共有結合の変形と開裂に伴う機能
以下の分子が形成する化合物は共有結合結晶ではなく、4 章で示した分子性結
晶である。結晶の成分分子は共有結合でできており、共有結合の変形(分子変
形)や結合の開裂-再結合に伴い、様々の機能が出現する。
23
7.5.1)分子構造の変化と機能
ロドプシンの分子構造光応答[16]
外部からの刺激(温度、電場、磁場、光、電磁波、酸-塩基)に対して、分子
の構造が変化し、外に情報を出す(応答)分子がある。視覚をつかさどるロドプ
シンはその一つで、レチナールのシッフ塩基が蛋白質オプシンについたものであ
る(図 7.17a)。光の照射により C11-C12 結合が 90回転し cis から trans のレチナ
ールに変化する(図 7.17b,c)。それに伴い 40 デバイほどの双極子モ-メントの
変化を生じて周囲の電場が変化し、電場変化はイオンの流れを制御して視神経
に刺激を与えることになる。レチナール分子のコンフォメーション変化による
情報伝達の速度は 200 fs と、非常にすばやい。
a
b
c
h
N
H
X
トランス-レチナール
NH
N
H
X
X
図 7.17
O
ロドプシンの光による分子構造変化
7.5.2) 結合の開裂を伴う機能
7.5.2.1)
フォトクロミズム、サーモクロミズム、ピエゾクロミズム[17]
熱、光、酸―塩基等の外部作用により個々の分子の共有結合が開裂し、さら
に、別の刺激により再結合する分子がある。この変化に伴い分子の電子状態が
変化するのでこれらの分子は応答性分子、色が変化するとカメレオン分子など
と呼称された。
溶液の pH 測定に用いるフェノールフタレインは酸-塩基の検出に用いられるが
24
(図 7.18a)、この発色原理はノーカーボン紙に利用され、酸性白土を用いるこ
とで pH を操作し、青、赤、黄、さらに黒の色素(クリスタルバイオレットおよ
び類縁分子)になる(図 7.18b)。プロトン移動によるイオン化状態は分子内電荷
移動化合物であり、その色は共役系の拡張および電子供与体部分のイオン化電
位と電子受容体部分の電子親和力が規定する。色調、退色性、鮮明度(にじみ)
に優れた分子が必要となる。
図 7.18c,d はスピロピランやスピロオキサジンで、通常紫外光によって共役系の
拡張したメロシアニン色素に変化し、熱や可視光で元に戻る(フォトクロミズム)。
光があたると黒く、光が無いと透明になる分子はサングラスに利用できる。繰
り返し寿命と熱安定性の優れた分子が必要となる。スピロオキサジンの方が繰
り返し寿命に優れる。フォトクロミズムは以下の例でも見られる。繰り返し寿
命や熱安定性に優れたものとしてフルギド(図 7.18e)やジアリールエテン(図
7.18f[17d])がある。レーザーによる書き込み、書き直し色素(光記録材料フォ
トクロミック色素)の応用が考えられている。光メモリーには繰り返し寿命、
熱安定の他に、長波長域に吸収がある(レーザの波長域)、良い感度、応答速度
の速さ、非破壊読み出しなどの条件を満たすことが必要である。ジアリールエテ
ン化合物では閉環構造で 500~700 nm にモル吸光係数の大きな( > 104 /Mcm)
吸収を示す分子が開発されており、また、閉環反応、開環反応とも 2~3 ps と応
答速度も速い。ジアリールエテン化合物のフォトクロミックを利用して電子伝
達のオン-オフを行わせる分子素子(図 7.18g[17e])が報告された。左側の開環
状態がスィッチオフで、共役が進んだ閉環状態がスィッチオンである。分子の
両端を電極に結合させた分子スィッチとして用いるならば、分子構造の大きな
コンフォメーション変化は耐久性の点から好ましくない。大きな構造変化のな
25
い, 結合の切断-再結合による伝導経路の切断と復帰が必要である。
フォトクロミズムは、1899 年にテトラフェニルジヒドロトリアジンやナフト
キノン誘導体の固体(図 7.18h)で見出されたことに始まる。図のナフトキノン結
晶は光により無色から赤紫色に変化し、暗所で元に戻る。これらフォトクロミ
ック色素での逆反応は暗所放置(図 7.18c, d, h でのΔ)で起きたり、異なる波長(図
7.18d, f, g での h ')で起こる。光の照射された部分のみが変色するので、厚い結
晶・膜での使用ができない。
加熱や冷却により発色現象(サーモクロミズム)を示すサーモクロミック物質は
多数知られる。分子内水素結合のケト-エノール互変異性を示すサリチリデンアニ
リン(図 7.18i)も似た状況にあり、これらは、分子間や分子内での電荷移動相互
作用の考察により, 更に幅広い色調変化が可能である。スィッチング速度や耐久
性の視点から分子内水素結合系の方が優れる。
結合の切断-再結合ではない、分子内でのコンフォメーション変化によるサー
モクロミズムがあり、ビアントロンは分子内での共鳴領域での拡張による深色
化が顕著である(図 7.18j)。
他に発色現象は、圧力によるピエゾクロミズム(図
7.18k)のラジカル分子が形成するロフィン 2 量体のほかに 6.1.2 項の遷移金属ジ
メチルグリオキシム[17f]がある、後者では化学結合の切断-再結合はない)。電極
表面での電気化学的酸化還元によるエレクトロクロミズム(図 7.18l でビオローゲン
を示すが、本教科書の多くの電子供与体、電子受容体はエレクトロクロミック
材料である)は非自発発光型表示素子として利用される。
上記の発色現象は
主に 2 種類の色の間での互変的転移であるが、図 7.18m に示す溶媒の極性変化
に伴う色の変化(ソルバトクロミズム)は 2 色ではなく多色変化である。図中の分子
はローダミン 6G で木綿、絹の染色(紅色)に用いられる。
26
7.5.2.2)非可逆的結合の切断による機能
これには、図 7.18b のクリスタルバイオレットラクトンのように、感圧・感熱
用色素も含まれる。また、分子に色素を結合させ、その結合を何らかの方法で
切断し色素を遊離させるカラーコピー法(ROSET
ring opening by single electron
transfer 図 7.19a)がある。血液(ヘモグロビン)の鑑定に用いられるルミノー
ル反応は(図 7.19b)、ルミノールがアルカリ溶液中で過酸化水素、オゾン、次亜塩
素酸などで酸化すると発光する反応である。この発光(460 nm の鮮やかな青色)
はヘミン、ヘモグロビンの存在下で過酸化水素を加えたときに特に鮮明である。
ヘミン、ヘモグロビン、血液は発光反応の触媒である。このほか数多くの反応
が知られる。
囲み 4
ピエゾ電気、強誘電体: この節では、共有結合の変形、開裂に伴う機能として主に色に焦点
を合わせたが、他の機能も可能である。スピロピラン類は結合の切断-再結合により大きな誘
電率変化が見られる。結晶中での分子配列によっては、光による誘電分極の制御や、その逆、
電圧により結合の切断-再結合を用いた発光、を示す結晶が可能である。類似(結合の切断は
ないが)の現象はピエゾ電気で、結晶にある方向から高圧をかけると、結晶がわずかに歪み、
誘電分極による電荷が発生する(電気石でジャックとピエールのキュリー兄弟が発見した)。
結晶が歪んだとき、正負の電荷をもったイオンの中心の位置が相対的にずれることによる。
圧電率の高い結晶である水晶、ロッシェル塩、チタン酸バリウム、酒石酸塩(カリウム塩、カ
リウム・ナトリウム塩、エチレンジアミン塩)などが、ピックアップ、マイクロフォンに利
用される。強誘電体は電場がなくとも大きな誘電分極(自発分極という)をもち、圧電率が
大きいので音響機器に用いられる(ロッシェル塩、チタン酸バリウムおよび類縁体、KH2PO4
など)
。逆の現象:結晶にある方向から電圧をかけることによる結晶の収縮と、電圧を除く
ことによる結晶の膨張により超音波が発生する現象もキュリー兄弟が発見し、超音波発生
器、ソナー(sound navigation and ranging)に発展した。
「ピエール・キュリーは、天才的な
科学者であるが、たまたまそれ以上に天才的な科学者―マリー、つまり有名なキュリー夫人
―と結婚したので、偉大な科学者でありながら、いつも誰かの夫として引き合いに出される
歴史上唯一の人物になった」
。
強誘電体(きょうゆうでんたい、ferroelectrics)とは誘電体の一種で、外部に電場がな
くても電気双極子が整列しており、かつ双極子の方向が電場によって変化できる物質を指
す。また、このように電気双極子モーメントが自発的に整列した状態を強誘電状態、この
性質を強誘電性と呼ぶ。代表的な物質としてチタン酸バリウム BaTiO3 やチタン酸ジルコン
酸鉛 Pb(Zr,Ti)O3 があり、FeRAM(強誘電体メモリ)などに使用されている。また強誘電体
は全て圧電効果を有するため、アクチュエータなどとして使用されるものも多い。
27
図 7.18 応答性分子 a) フェノールフタレイン, b) クリスタルバイオレットおよび関連
分子、c) スピロピラン、d) スピロオキサジン、e) フルギド(無水コハク酸誘導体)、f) ジ
アリルエテン、 g) ジアリルエテン化合物スイッチ素子、 h) ナフトキノン誘導体、 i) サ
リチリデンアニリン、j) ビアントロン、k) ロフィン 2 量体、l) ビオローゲン、 m) ロー
ダミン 6G
a)
HO
OH
O
フェノールフタレイン
b)
Me2N
O
NMe2
O
クリスタルバイオレット
O
H
CO2
赤
Me2N
NMe2
H
O
O
OH
Me2N
O
O
CO2H
酸性白土
NMe2
N
X=H
NO2
O
N
N
O
X=H
NO2
O
Ph O
H
f)
O
O
Ph
Me
O
O
O
S
O
O
O
j)
Cl
無色
F

F
S
O
O
+
Cl
無色、 淡黄色
R
2x
Me
S
H
黄色(エノール型)
Cl
S
N
N
O
O
Ph
緑色
Ph
Ph
N
Ph
N
酸化
赤紫色、 緑色
28
N
加圧
Ph
N
黄色
N
R
x
Et2N
Ph
Ph
減圧
N
赤紫色
ロフィン2量体
m)
N
O
赤色(ケト型)
Ph
k)
R
Me
N
冷却
O
還元
N
F
F
F
N
N
F
F
加熱
冷却
N
Me
h'(>600nm)
S
H
黄色
R
S
+
O
l)
Me
h(365nm)
F
加熱
O
S
F
F
Me
Me
O
Me
Me
i)
Cl
赤 紫色
h
F
h'
Me
O
N
Cl
h
Cl
O
赤紫色
O
h
S
O
Cl
Cl
O
Ph
O
Ph
N
O
Me
Me
g)
H Ph O
H
O
h)
NHPh
O
O
F
Ph H
黒
N
N
青色
O
H
O
O
h
h' or 
無色
Ph
Me
N
無色
H
O
X
O
N
Ph
O
黄
Me2N
X
X h' or 
d)
e)
OMe
NMe2
h
c)
O
赤
青
MeO
Cl
O
NEt2
Cl
Me
Me
CO2Et
Ph
図 7.19 a) ROSET 反応、b) ルミノール反応
R
a)
O
R
CH2 Dye
O
N
O
e
O2N
CH2 Dye
N
O
O
N
N
N
NO 2
O
O2 (H2O2)
OH (触 媒)
Dye
SO2NR'R"
MeO2S
O
NH
NH
CH2
O2 N
SO2NR'R"
Dye:
H2N
O
O
O2 N
SO2NR'R"
b)
R
O
O
H2N
O
ルミ ノ ール
N2
H2O
光
O
*****************************
ジョン・マイケル・クライトン(John Michael Crichton、1942 年 10 月 23 日
年 11 月 4 日) アンドロメダ病原体 失われた黄金都市 ジュラシック・パーク
29
- 2008
ライナス・カール・ポーリング(Linus Carl Pauling, 1901
年 2 月 28 日 - 1994 年 8 月 19 日)は、アメリカ合衆国の量子化学者、
生化学者。彼自身は結晶学者、分子生物学者、医療研究者とも自称し
ていた。ポーリングは 20 世紀における最も重要な化学者の一人とし
て広く認められている。量子力学を化学に応用した先駆者であり、化
学結合の本性を記述した業績により 1954 年にノーベル化学賞を受賞
した。また、結晶構造決定やタンパク質構造決定に重要な業績を残し、
分子生物学の草分けの一人とも考えられている。ワトソンとクリック
が 1953 年に DNA の生体内構造である「二重らせん構造」を発表する
前に、ポーリングはほぼそれに近い「三重らせん構造」を提唱していた。多方面に渡る研
究者としても有名で、無機化学、有機化学、金属学、免疫学、麻酔学、心理学、弁論術、
放射性崩壊、核戦争のもたらす影響などの分野でも多大な貢献があった。1962 年、地上核
実験に対する反対運動の業績によりノーベル平和賞を受賞した。ポーリングは単独でノー
ベル賞を 2 度受賞した唯一の人物である。後年、大量のビタミン C や他の栄養素を摂取す
る健康法を提唱し、更にこの着想を一般化させて分子矯正医学を提唱、それを中心とした
数冊の本を著してこれらの概念、分析、研究、及び洞察を一般社会に紹介した。
1917 年、コーバリスのオレゴン農業大学(現:オレゴン州立大学)に入学した。オレゴ
ン農業大学に在学中、ポーリングはデルタ・ユプシロン・フラタニティのオレゴン農業大
学支部を創設。経済的な理由により、大学の講義に出席する傍ら、フルタイムで働く生活
を余儀なくされた。入学して 2 年が経った後、ポーリングは母を養うためにポートランド
で職を探そうとしていたが、大学側は彼に定量分析(ポーリングが学生として終えたばか
りのコース)を教える職を提供した。これにより、彼は学生を続けることができるように
なった。
オレゴン農業大学での最後の 2 年間で、ポーリングはギルバート・
ルイスとアーヴィング・ラングミュアによる原子の電子構造と分子を
形成する原子間結合についての研究を知る。これにより、物質の物理
的及び化学的性質とそれを構成する原子構造の関係の研究に集中する
ことを決心した。後には量子化学という新分野の開拓者の一人となっ
た。1922 年、ポーリングは化学工学で学士号を授与されオレゴン農業
大学を卒業。カリフォルニア州パサデナのカリフォルニア工科大学に
進学し、ロスコー・ディキンソンに師事する。卒業研究はx線回折を
用いた結晶構造決定に関するものであった。同大学在学中に、鉱物の
結晶構造に関する 7 報の論文を発表した。1925 年、物理化学と数理物理学で博士号を最優
等で授与された。 今日、ポーリングが残した科学への貢献は多くの人によって称えられて
いる。イギリスのニュウーサイエンティスト誌による「史上偉大な 20 人の科学者」で、ア
ルベルト・アインシュタインと共に選ばれた唯一の 20 世紀の科学者である。ナイチャー誌
のミレニアム・エッセイの著者である Gautam R. Desiraju は、ポーリングをガリレオ、ニ
ュートン、アインシュタインに続くこの 1000 年で最も偉大な
思想家、思弁家の一人であると主張した。ポーリングは多様
な分野に興味を持っていたことでも有名であり、量子力学、
無機化学、有機化学、タンパク質構造、分子生物学、医学な
どを研究した。彼が大きな業績を残したのは、特にこれらの
分野の境界にあたる部分である。彼の化学結合の研究は現代
量子化学の端緒を開き、混成や電気陰性度などは、今日の一
30
般化学の教科書にも登場する重要な概念となっている。彼の原子化結合法は酸素の常磁性
や有機金属錯体の色など分子の一部の性質を説明出来ず、後にロバート・マリケンの分子
軌道理論に座を奪われたが、ポーリングの原子価結合法の長所はその単純性にあり、現代
でも根強く使用されている。今日存在する原子化結合法は現代的に改良されたもので、分
子軌道理論や密度汎関数理論らと共に化学現象を記述する道具として存続している。結晶
構造に関するポーリングの研究は、複雑な鉱物や化合物の構造予測と構造決定に多大な貢
献を残した。-ヘリックスと-シートの発見はタンパク質の構造研究の基礎を築いた。
ポーリングは世界最初の現代的電気自動車ヘニー・キロワットの開発に貢献した
パーシー・ウィリアムズ・ブリッジマン ( Percy
Williams Bridgman、1982 年 4 月 21 日 -1961 年 8 月 20 日)はアメ
リカの物理学者である。高圧の研究で、1946 年ノーベル物理学賞
を受賞した。
マサチュセッツ州ケンブリッジに生まれた。1900 年にハーバード
大学に入り、物理を学んだ。1910 年から教官を務め、1919 年教授
になった。1905 年から高圧下の物質の性質の研究を始め、高圧装
置の改良を行った。当時の装置が 300MPa の圧力しか発生できなか
ったのに対して 10GPa 以上の高圧を出すことのできる装置を発明
した。液体自体の圧力を用いてシールする方法も開発し、ブリッジ
マン・シールと呼ばれる。
開発した高圧装置を使って、高圧下の物質の電気抵抗などを研究した。また単結晶を成
長させる方法をダンマンと別に開発しブリッジマン法と呼ばれる。科学哲学の分野で、「操
作主義」と呼ばれる科学観の提唱者としても知られる。世界平和に関してラッセル=アイ
ンシュタイン宣言に署名した 11 人の科学者の 1 人である。
キューリ
1906 年 4 月 19 日木曜日、朝から降る雨の中ピエールは教授たちとの昼食会に出席し、終わ
った 2 時半頃に著作の校正を見るため向かった出版社はストライキで閉まっていたので、
彼の次の予定先へ向かった。都市整備される前のパリは道も狭く、多くの馬車が混み合い
ながら行き交っていたドフィーヌ通りでピエールは、目の前を馬車が通り過ぎた後に道を
渡りだした。その時、反対方向に進む荷馬車に気づかず、その目前に躍り出る格好になっ
31
た。馬にぶつかり転んだ彼の頭上に、急には止まれない荷馬車の左後輪が乗り上げた。騒
ぎに駆けつけた巡査が抱き起こした時には、ピエールは頭蓋骨にひどいダメージを負って
即死していた。彼の死後、妻マリは単独で 2 度目のノーベル賞を、また娘のイレーヌ・ジ
ョリオ=キュリーとその夫で研究所の助手だったフレデリック・ジョリオ=キュリーも放
射性元素の研究でノーベル賞を受賞している。もう 1 人の娘エーブは、母の伝記を書いた
孫にあたる Helene Langevin-Joliot はパリ大学の核物理学教授であり、同じく孫の
Pierre Joliot は生化学者として知られている。
フェルディナン・フレデリック・アンリ・モアッサン
(Ferdinand Frédéric Henri Moissan、1852 年 9 月 28 日 – 1907 年 2
月 20 日)はフランスの化学者である。1906 年にフッ素の研究と分離お
よびモアッサン電気炉の製作の業績によりノーベル化学賞を受賞した。
生涯
モアッサン家はトゥールーズからパリに移り住み、そこでアンリ・モ
アッサンが生まれた。父は東部鉄道の下級管理職で、母はお針子だっ
た。1864 年に一家はモーに移り、モアッサンはそこで地元の学校に通
った。1870 年、大学入学資格を得ないまま学校を去り、パリの薬屋で働き始める。そこで
ヒ素中毒の人を助けるという体験をし、化学を勉強することを決心した。まずエドモン・
フレミーの研究室で学び始め、後に Pierre Paul Dehérain に師事した。Dehérain は彼に
学歴をつけるよう説き伏せた。モアッサンは大学入学に必要なバカロレア資格を何度か失
敗した末の 1874 年に取得した。
1874 年、モアッサンは Dehérain と共同で初めての学術論文を発表した。それは植物にお
ける二酸化炭素と酸素の代謝についての論文だった。その後、植物生理学から無機化学へ
と転向し、自然発火性の鉄に関する研究が当時のフランスの無機化学をリードしていた 2
人の化学者アンリ・サンクレール・ドヴィーユとアンリ・ドブレに注目された。1880 年に
博士号を取得すると、ある研究所での職を友人から紹介された。1882 年に結婚、1885 年に
息子が生まれている。1880 年代のモアッサンはフッ素の研究、特にフッ素の分離に注力し
ていた。モアッサンは自前の実験室を持っておらず、シャルル・フリーデルらの実験室を
借りていた。そこに 90 個のブンゼン電池を使った強力な電池があり、モアッサンは三塩化
ヒ素の電気分解によって気体が発生する様子を観察できた。その気体は三塩化ヒ素に再び
吸収される。1886 年 6 月 26 日、フッ化水素の電気分解によってフッ素が分離できた。フラ
ンス科学アカデミーは 3 人の代理人マルセラン・ベルテロ、アンリ・ドブレ、エドモン・
フレミーを送り、その報告が正しいか確認させた。しかし、このときモアッサンは実験を
再現することができなかった。実は、最初の実験でフッ素が得られたのは、フッ化水素に
不純物としてフッ化カリウムが含まれていたせいであり、今回の実験ではそれが含まれて
いなかった。その後問題に気づき、何度かフッ素の分離を実演し、最終的に 1 万フランの
賞金を得た。その後 1891 年まではフッ素の研究に明け暮れた。モアッサンは様々なフッ素
化合物を発見しており、例えば 1901 年には Paul Lebeau と共に六フッ化硫黄を発見した。
1900 年までに 220 アンペア、80 ボルトの大電力で 3500℃の温度に達する電気炉を開発し、
ホウ素や人工ダイヤモンドを作り出す研究を行った。自身の発明した電気炉により、様々
なホウ化物や炭化物を作ることができるようになり、それがモアッサンのもう 1 つの研究
32
分野となった。1906 年にフッ素の研究と分離およびモアッサン電気炉の製作の業績により
ノーベル化学賞を受賞。彼がノーベル賞の受賞候補者としてノミネートされた時、一緒に、
ロシアのメンデレーエフもノミネートされていたが、一票差でモアッサンが勝利した。受
賞の翌年の 1907 年 2 月、パリにて急死。急性虫垂炎が原因とされているが、フッ素の研究
が影響したかどうかは不明である。
研究
フッ素の単離
フッ素は 1771 年のカール・シェーレ以来、その化合物の存在は知られていたものの、ガラ
スや貴金属とも反応してしまうほどの強い活性を持ち、毒性も強い元素であるため、単離
(純粋なフッ素の単体を取出すこと)が極めて困難であった。多くの化学者が単離に挑戦
して失敗し、中には実験中に亡くなった者もいた。モアッサンも実験中に片目を失明した
が、1886 年 6 月、液体フッ化水素 (HF) に二フッ化水素カリウム (KHF2) を溶かした溶液
を電気分解し、フッ化カルシウム(蛍石)の容器を捕集に使うなどすることにより、つい
にフッ素の初単離に成功した。二フッ化水素カリウムを溶かしたのは、フッ化水素が導体
でないためである。電極には白金/イリジウム、容器には白金を使い、全体を-50℃まで冷
却した。これにより、正の電極から水素ガスが、負の電極からフッ素ガスが得られた。フ
ッ素を生産する技法は今もこれと基本的に同じである。
その後の研究
モアッサンはさらにフッ素の研究を行い、さらに電気炉を開発した。モアッサン電気炉は
大電流でアーク放電を起こして 3500℃もの高温を得るものである。モアッサンはモアッサ
ン炉を使って鉄と炭素を溶解させたあと急冷し、金属の収縮圧でダイヤモンドを合成する
実験を行った。1893 年に合成の成功を発表したが、モアッサンの死後、実際は助手がモア
ッサンを喜ばすため、生成物に天然のダイヤモンドを仕込んだことを告白するという話を
残している。1893 年、アリゾナ州のバリンジャー・クレーターで見つかった隕石の破片の
研究を始めた。モアッサンは隕石の破片から微量の新種鉱物を発見し、研究の末、それが
炭化ケイ素であると結論付けた。1905 年、この鉱物はモアッサンに因んでモアッサナイト
と名付けられた。
ダイアモンド(diamond)
は、炭素(C)の同素体
の 1 つであり、実験で確かめられている中では天然で最
も硬い物質である。日本語で金剛石(こんごうせき)と
もいう。結晶構造は多くが 8 面体で、12 面体や 6 面体
もある。宝石や研磨剤として利用されている。ダイヤモ
ンドの結晶の原子に不対電子が存在しないため、電気を
通さない。地球内部の非常に高温高圧な環境で生成され
るダイヤモンドは定まった形で産出されず、また、角ば
っているわけではないが、そのカットされた宝飾品の形から、菱形、トランプの絵柄(ス
ート)
、野球の内野、記号(◇)を指してダイヤモンドとも言われている。
ダイヤモンドという名前は、ギリシア語の adamas (征服できない、懐かない)に由来す
る。イタリア語・スペイン語では diamante(ディアマンテ)、フランス語では diamant(デ
ィアマン)、ポーランド語では diament (ディヤメント)という。ロシア語では Диа
мант (ヂャマーント)というよりは Алмаз (アルマース)という方が普通であ
るが、これは特に磨かれていないダイヤモンド原石のことを指す場合がある。磨かれたも
のについては Бриллиант (ブリリヤーント)で総称されるのが普通。
33
4 月の誕生石である。石言葉は「永遠の絆・純潔・不屈」など。
ダイヤモンドより硬い物質
理論的には、ダイヤモンドの炭素原子が一部窒素原子に置換された立方晶窒化炭素はダイ
ヤモンド以上の硬度を持つ可能性があると予測されている。さらに、六方晶ダイヤモンド
との別名を持つロンズデーライトは、ダイヤモンドよりも 58%高い硬度を持つことが計算に
より予想されている。 2009 年時点で存在するダイヤモンドより硬い物質はハイパーダイヤ
モンドで市販の多結晶質ダイヤモンドの 3 倍程度の硬さ。また同程度の硬さの物質は超硬
度ナノチューブがある。
カラーダイヤモンド
イエロー・ダイヤモンド
ダイヤモンドは無色透明のものよりも、黄色みを帯びたものや褐
色の場合が多い。結晶構造の歪みや、窒素 (N)、ホウ素 (B) な
どの元素によって着色する場合もある。無色透明のものほど価値
が高く、黄色や茶色など色のついたものは価値が落ちるとされる
が、ブルーやピンク、グリーンなどは稀少であり、無色のものよ
りも高価で取引される。また、低級とされるイエロー・ダイヤモンドでも、綺麗な黄色(カ
ナリー・イエローと呼ばれる物など)であれば価値が高い。2010 年に南アフリカで発見さ
れ『サンドロップ(Sun-Drop)』と名付けられた 110.03 カラットのイエロー・ダイヤモン
ドに、ササビーズは「西洋ナシの形をした装飾的で光り輝くイエローダイヤとしては世界
最大」と賞賛、最も希少で最も魅力的な「ファンシー・ビビッド・イエロー」の鑑定書を
付けた。このダイヤは 2011 年 11 月、ジュネーブ
で行なわれた競売において、1000 万スイスフラン
(約 8 億 4000 万円)で落札された。 20 世紀末頃
から、内包するグラファイトなどにより黒色不透
明となったブラック・ダイヤモンド(ボルツ・ダ
イヤモンドとも呼ばれる)がアクセサリーとして
評価され、高級宝飾店ティファニーなどの宝飾品
に使用されている。放射線処理により青や黒い色
をつけた処理石も多い。最近ではアップルグリー
ン色のダイヤもあるがこれも高温高圧によって着
色された処理石である。また、無色の(目立った
色のない)ダイヤモンドに別の物質を蒸着するこ
とでコーティング処理した、安価な処理石もある。
有名なダイヤモンド
カリナンは 1905 年に南アフリカで発見され、カッ
ト前の原石は 3,106 カラットもあり、これをカッ
トすることで合計 1,063 カラットの 105 個の宝石
が得られた。これらは当時のイギリス国王である
エドワード 7 世に献上されている。105 個のなかでもザ・グレート・スター・オブ・アフリ
カ(アフリカの巨星)は 530.20 カラットで、カットされたダイヤモンドとしては長らく世界
最大の大きさを誇っていた。ザ・グレート・スター・オブ・アフリカはロンドン塔内に展
34
示されており、見学することができる。現在、世界最大の研磨済みダイヤモンドは、ザ・
ゴールデン・ジュビリーである。この石は 545.67 カラットあり、国王ラーマ 9 世の治世 50
周年を記念して 1997 年にタイ王室に献上された。
その他、以下に右に示した有名なダイヤモンドについて記す。
1. グレート・ムガル : フランスの宝石商タヴェルニエの旅行記に記された伝説のダイ
ヤモンド。原石の状態では 787.50 カラットあったとされ、事実とすればその当時
世界最大だが、わざわざベニスから呼んだカット職人がカットに失敗し 280 カラッ
ト余りに。その後の行方は不明。卵を半分に切ったような形、といった記述からオ
ルロフと同じではないかと考える研究家もいる。
2. リージェント(上面) : インド産。わずかに青みを帯びる。グレート・ムガルから切
り出されたのではないかと考えられている。140.64 カラット。ルーブル美術館蔵。
3. フロレンティン(上面) : インド産のイエロー・ダイヤモンド。137.27 カラット。
長年トスカーナ大公家に所蔵されていたが、その後所有権がハプスブルク家へ移る。
ハプスブルク最期の皇帝が帝政崩壊時に持ち逃げしたあと、現在まで行方不明。
4. 南の星 : ブラジル産。128.48 カラット。2002 年に著名なフランスのブランド、カ
ルティエ社が購入した。その後、さるインド人の個人所有物になったらしいが真相
は不明。
5. フロレンティン(側面)
6. サンシー : インド産、微かに黄ばんだダイヤモンド。55.23 カラット。ルーブル美
術館蔵。
7. ドレスデン・グリーン : おそらくインド産のグリーン・ダイヤモンド。41 カラッ
ト。ドレスデン美術館蔵。
8. コ・イ・ヌール(1852 以前): ムガール帝室に伝来した、歴史的に最も古い有名なダ
イヤモンド。186.0125 カラット。
9. ホープ: おそらくインド産。サファイアのような濃青のダイヤモンド。所有者が次々
に不慮の事故で死亡すると云う呪いの宝石の都市伝説で有名。45.52 カラット。ア
メリカ合衆国国立自然史博物館蔵。
10. コ・イ・ヌール(ブリリアント・カット上面, 1852 以後) : インドのマハラジャか
ら東インド会社を経て、イギリスのヴィクトリア女王へ献上された後、夫のアルバ
ート公がオランダの研磨業者にブリリアント・カットに仕立て直しを命じ、重量が
105.602 カラットに減少。現在もイギリス王室が所蔵しており、ロンドン塔に展示
されている。
11. リージェント(側面)
12. コ・イ・ヌール(ブリリアント・カット側面, 1852 以後)
35
合成ダイヤモンド
19 世紀末のアンリ・モアッサンの実験など、ダイヤモンドを人工的に作ることは古くから
試みられてきたが、実際に成功したのは 20 世紀後半になってからのことである。1955 年 3
月に米国のゼネラルエレクトリック社(現ダイヤモンド・イノベーションズ社)が高温高
圧合成により人類初のダイヤモンド合成に成功したことを発表した。上述の発表後に、ス
ウェーデンの ASEA 社がゼネラル・エレクトリック社よりも数年前にダイヤモンド合成に成
功していたという発表がされた。ASEA 社では宝飾用ダイヤモンドの合成を狙っていたため、
ダイヤモンドの小さな粒子が合成されていたことに気づいていなかった。現在では、ダイ
ヤモンドを人工的に作成する方法は複数が存在する。従来通り炭素に 1,200 - 2,400℃、
55,000 - 100,000 気圧をかける高温高圧法(High Pressure High Temperature, HPHT。静
的高温高圧法と動的高圧高温法とがある)や、それに対して大気圧近傍で合成が可能な化
学気相成長法(Chemical Vapor Deposition, CVD。熱 CVD 法、プラズマ CVD 法、光 CVD 法、
燃焼炎法などがある)によりプラズマ状にしたガス(例えば、メタンと水素を混合させた
もの、その他にメタン-酸素やアセチレン-酸素などがある)から結晶を基板上で成長させ
る方法などが知られている。人工ダイヤモンドは上述の静的高温高圧法においては鉄、ニ
ッケル、マンガン、コバルトなどの金属(これらは触媒として合成時に用いられる)や窒
素などの不純物の混入などで黄、緑、黒やこれらの混合した色等の結晶として生成される
のが一般的で、宝飾用途には利用されず、主に工業用ダイヤモンドとして研磨や切削加工
(ルータービットやヤスリ、ガラス切り)に利用されている。しかしながら、宝飾品レベ
ルのダイヤモンドは人工的に合成可能で、技術的な面では何も問題は無い。特に、カラー
ダイヤモンド(上述)は現在様々な方法で作製可能であるが、その鑑定書を作成する公的
機関では、決められた手順に沿って評価され、その過程で天然・人工の区別も行われてい
る。評価方法は、目視・顕微鏡観察から、赤外線および紫外線の吸収・反射・透過による
測定、レーザによるフォトルミネッセンス、ラマン分光法、電気伝導度測定などあらゆる
角度で進められる。CVD 法によって 0.1μm - 10μm/hour という低速度での人工ダイヤモン
ド合成が 1990 年代に行なわれていたが、1999 年頃に米カーネギー研究所が開発した、窒素
を加える方法で 150μm/hour の速度になってからは、ボストンのアポロ社で宝飾用のダイ
ヤモンドを製造して販売している。紫外線によるオレンジ色の発光や、レーザーを使用し
たフォトルミネッセンスによる CVD 独特の吸収線、カソードルミネッセンスにおける成長
模様などによって CVD と天然ダイヤモンドの違いが検出できるようになってきている。
しかし、宝飾品レベルのダイヤモンドは人工的に作成可能だが、これが普及していないの
は、デビアス社等供給サイドの圧力があるからだと言われている。
ダイヤモンドアンビルセル(DAC)ダイヤモンドアンビルセル (diamond anvil cell,
DAC) は、天然または人工合成のダイヤモンドを使って超高圧を実現するための機械。小さ
なダイヤモンドを 2 つ用意し、その間に試料を挟み込んで圧縮する。小型(手のひらサイ
ズ)で透明(リアルタイムで光学的な観測が可能)であり、サブテラパスカル(数百万気
圧、数百 GPa)までの加圧が可能である。鉱物学や物性物理学などで用いられる。一方、ダ
イヤモンドそのものが大型化できないので、試料は大変小さなものにしなければならない。
ダイヤモンド以外に、サファイヤ、炭化ケイ素を使ったアンビルセルもあるが、加圧でき
る圧力はダイヤモンドよりも劣る。なお、アンビルとは金床のことである。
**********************
36
参考文献、参考書
1. 小林浩一著、”化学者のための電気伝導入門”、裳華房(1989)
2.
a) L. Pauling, Proc. Nat. Acad. Sci., 14, 359-362(1928).
b) J. C. Slater, Phys. Rev., 37, 481-489(1931)
3. M. Crichton 著、"Congo", Avon Books (USA) (1980): 現在は「失われた黄金都
市」(ハヤカワ文庫)に改題されている。
4. E. A. Ekimov, V. A. Sidorov, E. D. Bauer, N. N. Mel'nik, N. J. Curro, J. D.
Thompson, S. M. Stishov, Nature, 428, 542-545(2004).
5. V. D. Blank, S. G. Buga, N. R. Serebryanaya, G. A. Dubitsky, B. N. Mavrin, M. Yu.
Popov, R. H. Bagramov, V. M. Prokhorov, S. N. Sulyanov, B. A. Kulnitskiy, Ye. V.
Tatyanin, Carbon, 36, 665-670(1998)
6.
M. K. Kozlov, M. Hirabayashi, K. Nozaki, M. Tokumoto, H. Ihara, Appl.Phys.
Lett., 66, 1199-1201(1995),
7. T. L. Makarova, B. Sundqvist, R. Hohne, P. Esquinazi, Y. Kopelevich, P. Scharff, D.
A. Davydov, L. S. Kasherova, A. V. Rakhmanina, Nature, 413, 716-718(2001),
8. a) J. C. Phillips 著, ”Bonds and bands in semiconductors”, Academic Press, 1973,
Chap. 2
b) ポーリング、クールソン(C. A. Coulson), Phillips らによる化学結合のイオ
ン性の解説として、黒田規敬、仁科雄一郎、文献1章 13d, p202, ”III-VI 族
化合物–層状構造の化学結合”がある。
9. M. N. Baibich, J. M. Broto, A. Fert, F. Nguyen Van Dau, F. Petroff, P. Eitenne, G.
Creuzet, A. Friederich, J. Chazelas, Phys. Rev. Lett. 61, 2472-2475(1988).
10. 赤木和夫、田中一義編、白川英樹博士と導電性高分子、化学同人(2002)
37
11. a) P. W. Bridgman, J. Am. Chem. Soc., 38, 609-612(1916). 解説に、
b) 丸山有成、文献1章 13d, p212、”黒リン”、
c) 川村春樹、城谷一民, 固体物理,
19,
693-698(1984)
12. R. T. Paine, C. K. Narula, Chem. Rev., 90, 73-91(1990).
13. C. W. Allen., Coordin. Chem. Rev., 130, 137-173(1994).
14.
L. Pauling, The Nature of the Chemical Bond and the Structure of Molecules
andCrystals, Cornell University Press (1939)
15. T. Moeller 著, "Inorganic Chemistry", John Wiley, 1952
16. T. Kobayashi, T. Saito, H. Ohtani, Nature, 414, 531-534 (2001)
17. 機能性色素(a), 機能性有機材料(b), 光化学(c)の教科書に多くの例がある。
a) 大河原信、松岡賢、平嶋恒亮、北尾悌次郎著、 ”機能性色素”
、講談社サイエンテ
ィフィク(1992)
b) 木村勝著、”有機機能化学 [第2版]”三共出版(1989)
c) 井上晴夫、高木克彦、佐々木政子、朴鐘震共著、光化学 I、丸善(1999)
d) M. Irie, Chem. Rev., 100, 1685-1716(2000).
e) S.L. Gilat, S.H. Kawai, J.M. Lehn, J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1993,
1439-1442.
f) Y. Hara, I. Shirotani, A. Onodera, Solid State Commun., 19, 171-175(1976).
38
参考
対称性 symmetry
ヘルマン·モーガンの記号(Hermann-Mauguin notation)
シェーンフリースの記号(Schönflies notation)括弧内
1.回転軸 rotation axis
a) C2 180回転
対称軸 axis of symmetry
n(Cn)
2回回転軸(2回軸、2回対称軸)
b) C3
120回転
c) C4
90回転
d) C6
60回転
e) C∞
Me
a)

H
Me
H
Me
Me
b)
B
F
O2N
Me
F
Me
Me
F
c)
Xe
F
Me
Me
H
Me
H
H
H
H
e)
NO2
F
F
d)
NO2
Me
F
HC
H
CH
F
Be
F
39
2.対称面 plane of symmetry
鏡映面
mirror plane
鏡映
reflection
m()
Br

H
X
X
X
X
X
H
X
Br
3.反転 inversion ī (i)



H


H
C
H

40
H
C
H
H
4.回映、回反
軸(axis of rotatory inversion) n : n 回転+対称心
Sn: シェーンフリース記号 回転+鏡映
4
H
H
C
H
H
41
Fly UP