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本文ファイル - 長崎大学 学術研究成果リポジトリ
NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE Title 幾何学形体の幼児用知育遊具 Author(s) 織田, 芳人 Citation 長崎大学教育学部紀要: 人文科学, 77, pp.1-15; 2011 Issue Date 2011-03-01 URL http://hdl.handle.net/10069/25013 Right This document is downloaded at: 2017-03-31T08:15:50Z http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp 長崎大学教育学部紀要−人文科学− 第7 7号 幾何学形体の幼児用知育遊具 織 田 芳 人* Geometric-Shaped Educational Toys for Young Children Michito ODA 1 はじめに 筆者は主として幾何学形体を用いた立体構成作品、特に、1回の操作で立体化・折り畳み が完了する動き、すなわちポップアップ、の可能な多面体を用いた立体作品を制作してきた (図C1) 。現在、このポップアップ多面体を活用した幼児用知育遊具の開発に取り組んで いる。そのため、それに関連する幾何学形体の遊具について適宜調査してきた。本稿では、 遊具の語義について、近代幼児教育思想における遊具及び幼稚園教育要領における遊具につ いて、最後に、調査した幾何学形体の遊具について、検討する。 2 遊具の語義 『保育用語辞典』(ミネルヴァ書房 2 0 0 9)では、「遊具・玩具」の項目で以下のように記述 されている。 「遊具」は、子どもの遊び道具全般を指す名称であり、その意味で「玩具」は広義の遊 具に含まれる。狭義には、「遊具」は固定遊具や大型遊具などダイナミックな全身運動 を伴う遊びを誘発する用具(ジャングルジム、乗り物、大型積み木など) 、また、 「玩具」 は子どもが手軽にもち運びができる遊具を指し、一般に「おもちゃ」といわれる1)。 また、『乳幼児発達事典』(岩崎学術出版社 1 9 8 5)では、「遊具(玩具) 」として以下のよ うに定義されている。 乳幼児にとって、遊びはごく自然な要求に基づくものであって、これらの自然的行為を さらに効果的に促すすべての道具を遊具という。つまり乳幼児の内発的要求に応える外 側からの刺激物であり、その刺激を多方面から自主的活動として興味深く行なわしめ、 次の段階へと発達を促進させるに役立つ道具である。玩具と遊具を区別することは困難 であるが、玩具は手に持って遊べる道具に限定する場合がある2)。 *長崎大学教育学部芸術表現講座(美術) 織 田 芳 人 2 本稿では、遊具を「子どもの遊び道具全般を指す名称」として用 いる。したがって、知育3)に有効であると考えられる遊具は、知育 遊具と呼ぶことにする。 また、サイズに関しては、幼児が手に取って形体の変化を体験す ることのできるようなサイズの遊具を小型遊具とし、幼児が内部に 入って空間感を体験できるようなサイズの遊具を大型遊具とする。 ただし、収納性を考慮して、その内部に幼児1∼2名が入ることの 図1 《第一恩物》 できるサイズまでを考察の対象とする。 3 近代幼児教育思想における遊具 3−1 ペスタロッチ スイスの教育思想家 J. H. ペスタロッチは、直観を人間の認識活動の基礎に置く教育を実 践した4)。彼の幼児教育は、第一に、知識の習得そのものが目的でなく、生活への適応が目 的であること、第二に、子どもの感覚に訴える事物を提示することで、子どもの興味や関心 を喚起するという直観教授を原理とすることに要約される5)。 乙訓稔は、近代の幼児教育において、遊具を用いるという方法はペスタロッチに始まると して、次のように指摘する。 ペスタロッチは知識の習得における興味は教師や母親がまず第一に思い起こさなければ ならないことであると述べ、また「模倣」については模倣への欲求と試みは子どもの能 力の最初の表れであるから、子どもの模倣を促す玩具を与えたりして助けるのがよいと 述べている。まさに、この模倣や興味という子どもの自発活動性を幼児のころから重視 し、そのために玩具を用いる方法、 すなわち子どもの関心・興味を中心に置くペスタロッ チの保育ないし教育の方法原理は、フレーベルをはじめとして、今日に至るまで引き継 がれてきているのである6)。 さらに、乙訓によれば、ペスタロッチは、知的な教育として幾何と地理を挙げ、事物を考 える教育として幼児教育の段階で幾何の初歩を導入し、形の要素を通じてその特性による組 合せや割合を教授すべきであると説いたという7)。 3−2 フレーベル ドイツの教育家で、世界で最初の幼稚園8)を創設した F. A. W. フレーベルは、幼児のため の教育遊具「恩物」を考案した。合わせて2 0種類の恩物があるが、わが国では、第一恩物か ら第十恩物までを「恩物」とし、第十一恩物から第二十恩物を「手技」として取り扱ってい る9)。 第一恩物から第六恩物までは立体を用い、第七恩物で面を取り扱い、第八・第九恩物で線 を経験させ、第十恩物では点を取り扱う(実際には粒体)10)。第一恩物(図1)は毛糸でで きた球であるが、第二恩物(図2)は、木製の球・円柱・立方体と、それぞれを入れる立方 体の箱である。第三恩物(図3)は、木製の小立方体8個と、それらを入れる立方体の箱で ある。第四恩物(図4) 、第五恩物(図5) 、第六恩物(図6)は立方体に基づいて考案され 幾何学形体の幼児用知育遊具 3 図2 《第二恩物》 図3 《第三恩物》 図4 《第四恩物》 図5 《第五恩物》 図6 《第六恩物》 図7 《第七恩物》 図8 《第八恩物》 図9 《第九恩物》 図1 0 《第十恩物》 た木製の立体が用いられ、それぞれが立方体の箱に入れられている11)。 乙訓稔は、フレーベルについて、以下のように述べている。 恩物は、原語が「Gabe」(与えられたもの)であるように、幼稚園の保育で子どもた ちに与えられる毛糸や木製の球や円柱や立方体などの遊具であり、基本的には幼児期に 適用される六種類の遊具があるが、その応用の遊具が子どもの精神的、身体的な発達に 即応して、簡単なものから複雑なものへと順序づけて提供される。子どもは、教師の指 導のもとに恩物を使って遊ぶなかで、手と目を正確に使うことにより、精神的、身体的 な発達が促進されるのである。このような遊びの道具を教材とすることは、フレーベル が見聞したペスタロッチのブルクドルフの学園の教育で行われていたことであるが、フ レーベルがそれをさらに徹底して具体化し、就学前の三歳からの幼児のための教育的遊 具として考案・製作したことが、幼児教育史上において画期的なことなのである12)。 フレーベルは、宇宙万物は神の理性により基本的な形が創られ、合理的に分類されている と考え、第一恩物の球は自然界の完全統一を表す理想の形体、第二恩物の球は動、立方体は 静、円柱はその中間を表すとした13)。 織 田 芳 人 4 図11 《円柱さし》 3−3 図1 2 《立体おとし箱》 図1 3 《隠れ家》 モンテッソーリ イタリアの女医・教育家であるマリ ア・モンテッソーリは、幼児期には精 神的発達の基礎として、感覚の訓練が 特に重要であると主張し、そのための 教具を考案した14)。モンテッソーリは 図1 4 《隠れ家》の枠 図1 5 枠の接続 「教具」を次のように説明している。 わたしたちの教育法によると、子どもに特定の教具をあたえ、その使い方を指導する(た とえばフレーベル法ではフレーベルの「恩物」はこれにあたりますが)先生にかわって、 子ども自身が教具を選んで、その創造的能力によって教具を「使う」のです。…。活動 しなければ知性は発達しないのですが、活動する道具がなくては、活動もできません15)。 また、教具のサイズに関するモンテッソーリの考えは以下のとおりである。 …、活動する子どものためにふさわしい環境を構成することです。これが必要なのはあ きらかで、その理由は、わたしたちが時間割を廃止し、時間割を子ども自身の活動とと りかえたからです。この活動に役立つ具体的な教具があたえられなければなりません。 まず第一に、部屋をほんものの小さな子どもの家にかえて、子どもの身長と体格にふさ わしい小さな椅子、小さな机、小さな洗い場、小さなトイレ用品、小さなじゅうたん、 小さな食器、戸棚、テーブルクロス、お皿といったものを用意します。すべてこれらは ミニサイズにできているだけでなく、三、四歳児でも場所をおきかえたり、庭やテラス へもちはこべるようにかなり軽いものでなければなりません。それらは軽くて子どもの 身体にあっているばかりでなく、子どもの心理にもあっていなければならず、その理由 は、子どもの心理はわたしたちの心理とくらべて単純で複雑ではないからです16)。 モンテッソーリ・メソッドに基づいて製作された遊具が市販されている。図1 1は《円柱さ し》と呼ばれる、円柱の太さを学習する遊具、すなわち「教具」である。図1 2は《立体おと し2箱》と名付けられた教具で、一つは立体の断面の形を、もう一つは立体の側面の形を学 ばせるものである。 幾何学形体の幼児用知育遊具 5 3−4 シュタイナー ドイツの哲学者・教育者であるルドルフ・シュタイナーが創設した「シュタイナー学校」 の教育理念は、知育に偏することなく、意志と感情と思考をバランスよく育てようというも のである17)。 シュタイナーの教育理念に基づく幼稚園では、遊具を次のように捉えている。 幼児のためにおもちゃや教材を選ぶときには、組み合わせ能力を要求するものや、感覚 器官の正確さを抽象的な仕方で訓練することをねらいとするようなものは避けてくださ い。そのような働きは、知的な思考を呼びおこしますが、それはあらゆる芸術的な空想 力に欠け、健康を害する早熟な状態を生じさせます18)。 シュタイナー教育における手作りの遊具の中には、図1 3に示す正五角柱的形体の遊具もあ る。《隠れ家 the camp》と名付けられている。図1 4に示すような四角形の木枠に布を張った ものを5個用意して、だいたい五角柱になるように相互に接続するが、1カ所だけ出入り口 として開けておく(図1 5) 。天井部分には別の布を渡して、隠れ家に見立てるというもので ある19)。 4 幼稚園教育要領における遊具 4−1 領域「表現」 幼稚園での保育内容の基準を示す『幼稚園教育要領』が2 0 0 8年3月に改訂された。その中 の感性と表現に関する領域「表現」の内容「生活の中で様々な音、色、手触り、動きなどに 気付いたり、感じたりするなどして楽しむ」について、次のように解説されている。 幼児は、生活の中で、例えば、…、面白い形の遊具、あるいは心地よい手触りのものな ど、様々なものに心を留め、それに触れることの喜びや快感を全身で表す20)。 また、内容「いろいろな素材に親しみ、工夫して遊ぶ」に対する解説では、 幼児は、遊びの中で、例えば、紙の空き箱をたたいて音を出したり、高く積み上げたり、 それを倒したり、並べたり、付け合わしたり、押しつぶして形を変えたりして様々に手 を加えて楽しむ21)。 と述べられている。 4−2 領域「環境」 一方、身近な環境とのかかわりに関する領域「環境」には、内容の一つとして「身近な物 や遊具に興味をもってかかわり、考えたり、試したりして工夫して遊ぶ」が掲げられており、 以下のように解説されている。 織 田 芳 人 6 身近にある物や遊具、用具などを使って試したり、考えたり、作ったりしながら、探究 していく態度を育てることが大切である。…。幼児は、手で触ったり、全身で感じてみ たり、あることを繰り返しやってみたり、考えたりしながら物にかかわっていく。この ようなかかわりを通して、幼児は物や遊具、用具などの特性を探り当て、その物や遊具、 用具などに合った工夫をすることができるようになる22)。 同じく、領域「環境」の内容「日常生活の中で数量や図形などに関心をもつ」に対しての 解説は以下のようである。 教師は…幼児が生き生きと数量や図形などに親しむことができるように環境を工夫し、 援助していく必要がある。数量や図形についての知識だけを単に教えるだけではなく、 生活の中で幼児が必要感を感じて数えたり、量を比べたり、様々な形を組み合わせて遊 んだり、積み木やボールなどの様々な立体に触れたりするなど、多様な経験を積み重ね ながら数量や図形などに関心をもつようにすることが大切である23)。 5 調査した幾何学形体の遊具 5−1 小型遊具 図C2はヨットの船体を半球、マストを丸い棒、マストの先端を小さな球、帆を正三角形 で表した木製の工芸品である。起き上がり小法師として遊ぶこともできる形体である。図C 3は幾何学形の中に描かれた絵柄を合わせるパズルの例である。他社製の類似品についての 説明から、対象年齢1∼2歳と推測される24)。 図C4の《Puzzle Tangram》は、三角形や四角形のパーツを組み合わせて新たな平面図形 をつくり上げる遊具である25)。図1 6の《tangram》は、さまざまな組合わせ例をカードで示し て、幼児たちが取り組みやすくしている。 図C5は《ブロックポイ Shapes and Sort It Out》と称する遊具で、積み木のパーツとなる 円柱、三角柱及び四角柱を、それぞれに対応した孔から箱の中に入れて遊ぶものである。カ タログには、対象年齢1歳以上で、「遊びながら形を覚えることができ、形や色の認識力、 手と目の協調を養います」とある。図1 7に示す《ハウス・パズル》のように、円柱や三角柱 といった形体に数字や記号を加えて、より複雑にしたものもある。 図1 8の《この影ってどーれ?3D Shapes and Shadows》は円柱、三角柱、四角柱に円錐と 四角錐を加えて、これらを組み合わせた形体の投影図形を探し出させるものであり、3歳以 上を対象としている。 幼児が手に取って遊ぶ小型遊具の中で、幾何学形体遊具の典型 は積み木である。独りで遊ぶことができるし、パーツの数が多け れば、複数名で遊ぶことも可能である。図C6はネフの《City シ ティ》という積み木である。「印刷されたパターンによって、立 方体や三角柱が家や建物に見立てられる積み木」26)と説明されて いる。また、図C7は〈architect〉と名づけられたシリーズの積 み木の一つで、教会をつくるためのパーツ2 5個が予め用意されて いる。対象年齢5歳以上とある。 図1 6 《tangram》 幾何学形体の幼児用知育遊具 7 図17 《ハウス・パズル》 図1 8 《この影ってどーれ?》 図1 9 《ポリドロン》による展開図 図C8は有名なレゴの《基本セット》(対象年齢5歳以上)を組み合わせてつくった形体 である。「このセットには、お子様の年齢にあった基本ブロックが入っています。お子様の 創造性と想像力で、楽しい形が次々と生まれます」と説明されている。パーツが直方体であ るため、幾何学形体をつくりやすくなっているが、基本的に直方体とその組み合わせに止ま る(図C8右) 。ただし、パーツ数を多くすると、擬似の四角錐をつくることが可能である (図C8左) 。 図C9は《ポリドロン Polydron 正多面体セット》による正多面体3個である。カタログ には「遊びながら工夫する心が育まれる不思議な創造性開発遊具」「対象年齢4歳から大人 まで」「算数・数学の図形の授業のために発明・開発されました」と記載されている。図1 9 はポリドロンでできた正多面体を展開したものである。 図C1 0は《3Dジオシェイプス Geoshapes ジュニアセット》で立体をつくる様子である。 これも《ポリドロン》によく似た遊具であり、対象年齢も4歳以上である。パッケージには 「3Dジオシェイプスは、オーストラリアで図形の勉強のためにつくられた、新しいブロッ クです。!基本的な形と色の違いが識別できます。"立体構造が楽しく遊べ、面と空間の認 識ができます。#安心です」とある。 《ゾムツール Zometool パイオニアセット》(図C1 1)は頂点を各種の孔を有する球体とし、 稜を線材として、それらを接続していくことで多面体をつくる遊具であり、6歳から研究者 までを対象としている。図2 0にパーツを示す。説明書には「ゾムの幾何学形は、自然界にひ そむかたちに基づいています。…。 …大変複雑な幾何学形を簡単に組み立てられるようになっ ています。多面体をはじめ、自然界のあらゆる形を、ゾムツールを使って作ってみてくださ い」と記されている。 形体が変化し、しかも、その変化が繰り返し可能な小型遊具もある。ネフ社の《Knick》(図 2 1∼図2 3・図C1 2)は、部分的に貫通した溝を設けた小さな立方体がゴムひもで繋ぎ止めら れた遊具である。Knick はドイツ語で、折れ、曲がりを意味している27)。ゴムひもは、それ ぞれの溝に沿って移動可能であるため、水平・垂直方向に限られるが、小立方体を接続させ たさまざまな形をつくることができる。 図2 4∼図2 9・図C1 3に示す〈フレックスター Flexistar〉は、3次元的に折られた線材が共 通部分で回転するようになっていて、一定の拘束を受けながらも、全体の形状が規則的に変 化する。《フレックスター3》の説明書には「フレックスター3は、いろいろな形と図形を 作る創造的な玩具です。美しい図形が次々に形作られます。楽しいだけでなく、教育的にも 優れたツールです」と記されている。7歳以上を対象としている。《フレックスター6》の 対象年齢は1 0歳以上である。 織 田 芳 人 8 図20 《ゾムツール》のパーツ 図2 1 《Knick》! 図2 2 《Knick》" 図23 《Knick》# 図2 4 《Flexistar3》 図25 《Flexistar4》! 図26 《Flexistar4》" 図2 7 《Flexistar6》! 図2 8 《Flexistar6》" 図29 《Flexistar6》# 図3 0 《起き上がる形本》! 図3 1 《起き上がる形本》" また、遊具ではないが、紙製の多面体が、飛び出し式絵本のように飛び出す、正にポップ アップ構造の本がある。図3 0・図3 1の《起き上がる形本》がそれである。正四面体、正六面 体、正八面体、等が起き上がるようになっている。製作者によれば、「視覚障がいのある就 学者の空間図形学習の副読本」として考案・製作したという28)。 5−2 大型遊具 家の形は、幼児にとって内部に入りやすいと思われる形体であり、生活に密着した幾何学 形体である。その典型として《おえかきハウス》(図3 2)がある。搬送しやすいように組立 式になっている。組立と分解を繰り返し行えるような強度はなさそうであるが、分解するこ とで収納しやすくなる(図3 3)。対象年齢は2歳以上である。図3 4の《キッズプレイハウス》 も同じ類のもので、「描いて、貼って、入って遊ぼう!子供の想像力を育む」と説明されて 幾何学形体の幼児用知育遊具 9 図32 《おえかきハウス》 図3 3 《おえかきハウス》組立前 図3 4 《キッズプレイハウス》 図35 《自分でブロック》パーツ 図3 6 《ボールハウス》収納時 図3 7 《ポリス・ステーション》収納時 いる。これらはダンボールハウスと総称されている。 図C1 4の《自分でブロック》は、図3 5に示したパーツをいろいろに組み合わせてつくる遊 具で、レゴの大型版といったところである。説明書には「『作って』『遊ぶ』大型知育玩具で す。…。作り方・遊び方もお子様自身が考え、工夫するから、想像力が育ちます」と記され ている。対象年齢1∼5歳である。 図C1 5は《的当てゲーム DE ボールハウス》である。幅9 0#・奥行き9 0#・高さ1 0 0#の 直方体で、折り畳むと、直径4 0#程度・厚み5#程度に縮小される(図3 6) 。比較のために 6 0#の直線定規を手前に置いている。パッケージには「かんたん!ワンタッチ設置」 「収納 バッグから出すだけ!組み立てに部品は一切つかいません!」と説明されている。遊び方と しては「!おうちごっこ、"的当てゲーム」である。構造上、幼児自身で組み立てられるも のではないので、幼児がポップアップを楽しむような遊具にはなり得ない。対象年齢は、 「ト イザらス」ホームページでは1∼6歳と表示されている。 図C1 6も《ポリス・ステーション》と名付けられた、上記の《ボールハウス》と同じよう な構造を有する家形の遊具である。ただし、《ボールハウス》と異なって、底部に立体保持 のための棒を2本差し込む必要がある。3歳以上を対象としている。パッケージには、 「パッ と広げるだけで(一部組み込みあり) 、テントの出来上がり!」「使わない時は、簡単に小さ くたたんでバッグに収納」と記されている(図3 7) 。説明書の「ご使用上の注意」に「本製 品はフレームを内部に使用しているため、勢いよくひろがることがあります。製品の組み立 て・収納は必ず大人の方が行ってください」とあるように、幼児が組み立てることはできな い。 6 考察 6−1 近代幼児教育思想における遊具 乙訓の指摘に従えば、幼児教育に遊具を用い、しかも、その知的教育に幾何学形体を用い るという手法の基底には、ペスタロッチの幼児教育思想の存在が推測されてくる。 織 田 芳 人 1 0 後藤秀爾は遊びの機能に着目して、「子どもの遊びには二つの機能があって、一つは認知 的発達促進の機能、もう一つは癒しの機能である。モンテッソーリの教育は認知的発達促進 の機能を重視したもの、シュタイナーの教育は癒しの機能を重視したもの、フレーベルの教 育は二つの機能をあいまいに表現したものである」29)と三者の教育思想を概括している。 シュタイナーの教育理念によると、組み合わせ能力を要求する遊具や感覚器官の正確さを 抽象的な仕方で訓練することをねらいとするような遊具は避けなければならないという。そ うであれば、フレーベルの恩物は組み合わせ能力を要求する遊具であり、モンテッソーリの 教具は感覚器官の正確さを訓練する遊具であるといえるので、それらの遊具類は否定される ことになる。 しかし、シュタイナーの教育はそうした遊具自体をすべて否定しているのではなく、それ らを整然と秩序立てて子どもたちに使用させるという使用方法を否定しているとも捉えられ る。そのように捉え直せば、フレーベル、モンテッソーリ、シュタイナーの教育における遊 具は肯定的に併存し得ると考えられる。 また、教具のサイズに対する「子どもの身長と体格にふさわしい小さな」というモンテッ ソーリの指摘は合理的であって、筆者も、ポップアップ多面体遊具のデザイン検討モデルを 制作する際、幼児の身長等を基にそれらのサイズを決定している。 6−2 幼稚園教育要領における遊具 領域「表現」の内容「いろいろな素材に親しみ、工夫して遊ぶ」に対する解説で例示され ている「高く積み上げる」「並べる」「付け合わせる」といった行為は、積み木による遊び方 そのものでもある。また、領域「環境」の内容「数量や図形などに関心をもつ」に対する解 説では、数量や図形に関心をもたせる手段として「積み木」などの遊具が挙げられている。 このように、幼稚園での教育に遊具が果たす役割は大きいと推測される。 ただし、内容「数量や図形などに関心をもつ」に対する解説に「数量や図形についての知 識だけを単に教えるだけではなく」と断りがあるように、「数えるとか、覚える、比べる、 当てる等というような知的いとなみを重視する操作的な科学観と異なって、感情と論理が分 化する以前を重視する科学観」30)が主張されている。わが国の幼児教育界では、この科学観 が優勢であるため、知的教育が警戒されているという31)。 6−3 調査した幾何学形体の遊具 図C5の《ブロックポイ》はモンテッソーリ・メソッドに基づく遊具《立体おとし2箱》 (図1 2)における断面の形を学ばせる教具と同じであり、図1 8の《この影ってどーれ?》も 同様に《立体おとし2箱》(図1 2)における側面の形を学習させる教具と同じであって、い うまでもなく、形を認知させる知育遊具という位置付けである。 正多角形をパーツとする《ポリドロン》や《3Dジオシェイプス》は、当然、多角形や多 面体を理解する上でおおいに有効であると容易に推測される。《ゾムツール》も含めて、こ れら幾何学形体の小型遊具には、いろいろな形、すなわち、いろいろな幾何学形体をつくっ て遊ぶ中で、それらの形を認知することが期待されている。 このような形や色の認識力を養う、想像力を育む、創造性を開発するといった教育的有効 性を謳う幾何学形体の小型遊具には、二つの傾向が見られる。一つは、予めつくられた幾何 幾何学形体の幼児用知育遊具 1 1 図38 幾何学形体遊具の使用法による分類 織 田 芳 人 1 2 学形体を幼児に認知させる遊具であり、幼児にとっては単体で遊ぶ遊具である。もう一つは、 幼児自身に幾何学形体をつくらせる遊具であり、幼児にとってはパーツを組み合わせて遊ぶ 遊具といえる。この観点から、大型遊具も含めて分類してみると、図3 8のようになる。 大型遊具においては、多面体的な幾何学形体が小型遊具におけるほどには用いられていな いと推測される。知育遊具という観点からは、《おえかきハウス》(図3 2) 、《ボールハウス》 (図C1 5)あるいは《ポリス・ステーション》(図C1 6)の形体が幼児にとって幾何学形の 類として認知されるものであるかどうかは明らかでない。一方、大型遊具の収納性は軽視で きないので、収納時に小さくなるものは大変便利である。 7 まとめ 遊具の語義について、近代幼児教育思想における遊具及び幼稚園教育要領における遊具に ついて、さらに、調査した幾何学形体の遊具について、検討した。それらの結果に基づいて、 筆者が開発中のポップアップ多面体遊具の位置付け及び意義を明らかにしたい。 調査した幾何学形体の遊具の中にあって、ポップアップ多面体遊具が占めると考えられる 位置を図3 8に示した。多面体的形体の大型遊具が少ないと推測されることから、小型よりも 大型において、ポップアップ多面体遊具の独自性が発揮されると考えられる。 さらに、大型のポップアップ多面体遊具では、折り畳み時に、その占有面積は立体時より も拡大するものの、厚さが大きく減少するので、収納に便利である。しかも、1回の操作で 折り畳みが完了するため、いっそう利便性に優れている。 ポップアップ多面体遊具で想定している対象年齢は幼児4∼6歳である。小型遊具につい ては6歳以上でも差支えなく、小学校の算数教育での活用も考えられる。しかし、大型遊具 については、操作の安全性の点で、重量と強度の兼ね合いが重要になるため、現段階では6 歳程度までと考えている。 幼児に幾何学形体を直感的にせよ認知させることは知育の一つであって、偏重が好ましく ないことは当然であるが、必要なものである。ポップアップ多面体遊具は、いうまでもなく 多面体を用いており、しかも、幼児自身で立体化・折り畳みができるものを構想しているの で、幼児期の教育に有効な遊具として期待される。 付記 本稿は科学研究費補助金(基盤研究!)(課題番号2 1 5 3 0 9 5 1)による研究の一部である。 註2 8)に関しては、本学部の平岡賢治教授(数学教育)よりご教示頂きました。記して謝意 を表します。 註 1)森上史朗・柏女霊峰編『保育用語辞典―第5版』ミネルヴァ書房,2 00 9,pp. 3 67 ‐ 36 8(下線は筆者によ る) 2)黒田実郎監修『乳幼児発達事典』岩崎学術出版社 1 98 5,p. 50 3(下線は筆者による) 3)徳育・体育などに対して、知的認識能力・思考能力を高めることを目的とする教育。 『広辞苑―第五版』 幾何学形体の幼児用知育遊具 1 3 岩波書店 19 9 8 4)前掲書『保育用語辞典』p. 3 9 8 5)乙訓稔『西洋近代幼児教育思想史―コメニウスからフレーベル』東信堂 2 0 05,p. 8 7 6)同書 p. 8 6(下線は筆者による) 7)同書 p. 8 5 8)世界で最初の本格的な保育所といわれる「新性格形成学院」を開設(1 81 6年)した人物はイギリス人 R. オーエンである。同書 p. 79及び pp. 1 0 6 ‐ 1 0 7 9)玉成高等保育学校幼児保育研究会編『フレーベルの恩物の理論とその実際』フレーベル館,1 9 8 1,p. 1 1 10)同書 p. 3 17 11)同書 p. 1 0‐1 1 12)前掲書,乙訓稔『西洋近代幼児教育思想史』pp. 14 4 ‐1 45(下線は筆者による) 13)玉成恩物研究会編著『フレーベルの恩物であそぼう』フレーベル館 2 0 00,p. 6 14)前掲書『保育用語辞典』p. 4 0 0 15)マリア・モンテッソーリ(クラウス・ルーメル,江島正子訳) 『モンテッソーリの教育法―基礎理論』 エンデルレ書店 1 9 8 3,pp. 6 9 ‐ 7 0 16)同書 pp. 65‐ 6 6(下線は筆者による) 17)今井重孝「第二章 シュタイナー教育とシュタイナー思想」神尾学編著『シュタイナー・クリシュナム ルティ・モンテッソーリ…未来を開く教育者たち』コスモス・ライブラリー 2 0 0 5,p. 6 5 18)エリザベト・M.グルネリウス(高橋巌・高橋弘子訳) 『七歳までの人間教育―シュタイナー幼稚園と 幼児教育』水声社 2 0 0 7,pp. 1 0 1 ‐1 0 2(下線は筆者による) 19)C. クリントン,M.ローリング,S. クーパー(寺田隆生訳) 『子どもと楽しむシュタイナー教育の手作 りおもちゃ』学陽書房 2 0 0 5,pp. 5 5 ‐ 56 2 0)文部科学省『幼稚園教育要領解説』フレーベル館 2 0 08,p. 16 0(下線は筆者による) 2 1)同書 p. 164 2 2)同書 p. 128(下線は筆者による) 2 3)同書 p. 129(下線は筆者による) 2 4)動物の絵柄を合わせてはめ込むスモールワールド社(U.S.A.)製ズー・パズルが対象 年齢1∼2歳と 説明されている。http://item.rakuten.co.jp/dbms/ 2 5)タングラムは、正方形を7片の三[四]角形に切り、そのさまざまな組合わせを楽しむ中国のパズル。 『リーダーズ英和辞典』研究社 1 9 9 9 2 6)小柳帝・プチグラパブリッシング編『EDU-TOY ネフとヨーロッパの木製知育玩具たち』プチグラパブ リッシング 20 04,p. 4 6 27)R.シンチンゲル・山本明・南原実編『現代独和辞典』三修社 1 9 7 2,p. 5 7 4 28)木原隆明「折り畳み可能な立体模型教材の開発」〔第9 2回全国算数・数学教育研究(新潟)大会ポスター セッション資料〕(2 01 0年8月) 29)後藤秀爾編著『平成1 0年度研究報告』愛知学泉大学生活文化研究所 1 999,p. 4 30)泉千勢・一見真理子・汐見稔幸編著『世界の幼児教育・保育改革と学力』明石書店 2 0 08,p. 3 5 6 31)同書 p. 357 図版出典 図1∼図10:玉成恩物研究会編著『フレーベルの恩物であそぼう』フレーベル館 2 00 0 図11・図12:モンテッソーリ・マリーアン http://www.marieanne.biz/syohin/ 図13∼図15:C. クリントン,M. ローリング,S. クーパー(寺田隆生訳) 『子どもと楽しむシュタイナー教 育の手作りおもちゃ』学陽書房 2 00 5 図16:《tangram》Vilac(フランス)本体1 3×1 3×0. 4!〔コペンハーゲンで入手〕 図17:《ハウス・パズル》中国製1 7. 6×19. 4×1 7. 8! 図18:《この影ってどーれ?》エトボイラ製(タイ)個々の寸法1 1×1 1×1 2! 図19:《ポリドロン正多面体セット》Polydron International Ltd. (英国) (中国製) 織 田 芳 人 1 4 図20:《ゾムツール・パイオニアセット》ゾムツール(米国) 図21∼図23:《Knick》ネフ(スイス)1. 1!角×1 2個 図24:《フレックスター3》The Orb Factory Ltd.(カナダ)収納時7. 5×7. 5×7. 5! 図25・図26:《フレックスター4》The Orb Factory Ltd. (カナダ)収納時1 1×5. 5×5. 5! 図27∼図29:《フレックスター6》The Orb Factory Ltd. (カナダ)収納時1 1×1 1×5. 5! 図30・図31:《起き上がる形本1》木原隆明(明間印刷所)1 5×2 1. 5×2! 図32・図33:《おえかきハウス》Craft house(日本)8 8×7 1. 5×7 9. 5! 図34:《キッズプレイハウス》ディノス http://www.dinos.co.jp/p/ 7 6×1 0 4×1 1 0! 図35:《自分でブロック》ピープル(日本)7. 4×14. 8×1 0. 9!基準 図36:《的当てゲーム DE ボールハウス》パピー(日本)9 0×9 0×1 0 0! 図37:《ポリス・ステーション》The Pop Up Co.(米国)1 20×1 15×8 0! 図38:筆者作成 図C1:筆者作品《folding structure octahedron》 (1 9 91)’ 91モダンアート明日への展望展(横浜市民ギャラ リー)立体時の本体7 4×7 4×10 5! 図C2:《Sailboat》Billedleg(デンマーク)5. 8×5. 8×9!〔コペンハーゲンで入手〕 図C3:《ミッフィーかたちパズル・ステップ1》アポロ社3 6×2 6×3! 図C4:《Puzzle Tangram》Inware(ドイツ)1 1×11×1!〔ストックホルムで入手〕 図C5:《ブロックポイ》プラントイ製(タイ)1 8×18×1 3. 6! 図C6:《City》ネフ(スイス)3. 5!角,註2 6)参照 図C7:〈Architect〉Varistoys(ラトビア)2!角基準〔ヘルシンキで入手〕 図C8:《レゴ基本セット》レゴ・ジャパン0. 8×0. 8×1!基準 図C9:図19参照 図C10:《3Dジオシェイプス・ジュニアセット》ジオジャパン 図C11:図20参照 図C12:図21∼図2 3参照 図C13:図24参照 図C14:図35参照 図C15:図36参照 図C16:図37参照 幾何学形体の幼児用知育遊具 1 5 図 C1 《folding structure octahedron》 図 C2 《Sailboat》 図 C3 《かたちパズル》 図 C4 《Puzzle Tangram》 図 C5 《ブロックポイ》 図 C6 《City》 図 C7 《architect》 図 C8 《レゴ基本セット》 図 C9 《ポリドロン》 図 C1 0 《3D ジオシェイプス》 図 C1 1 《ゾムツール》 図 C12 《Knick》 図 C1 3 《フレックスター3》 図 C1 4 《自分でブロック》 図 C15 《ボールハウス》 図 C1 6 《ポリス・ステーション》