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数学ミステリー小説が問う - 長岡技術科学大学 共通教育センター

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数学ミステリー小説が問う - 長岡技術科学大学 共通教育センター
中村 和男
ピュタゴラスが現代に提起するもの -数学ミステリー小説が問う-
『ピュタゴラスの復讐 数学ミステリー』
アルトゥーロ・サンガッリ著、富永星訳/日本評論社
2010年の年末に一つのeメールが届いた。学術的興味を共有してきた15年来の友
人アルトゥーロ・サンガッリ氏からであった。カナダ・ケベック州の大学の数学
の教授であったが、退職後も精力的に科学の啓蒙活動を続けておられる。そんな
彼がミステリー小説「PYTHAGORAS’ REVENGE A Mathematical Mystery」を
出版し、日本語でも翻訳されたので、読んでみて欲しいとのメッセージであった。
数理的な視点から技術や社会を捉え、数理的なセンスでそれらの革新を図れる能
力を育成したいとして、「教養科目」を通した大学教育、「まちなか大学」を通
した市民教育に特別な思いを抱いていた私にとっては、天からの贈り物のように
感じたのであった。
舞台は20世紀末期の英国、米国、カナダ、イタリアに亘っており、数学者、古
典歴史学者、コンピュータ科学者・技術者、古書ディーラーが絡み合いながら展
開されるとともに、一方で紀元前6世紀のギリシャ、イタリア南部で繰り広げら
れたピュタゴラスとその弟子達の活動が挟み込まれていく。事件は、古書ディー
ラーが十数枚の羊皮紙文書を古典歴史学者に持ち込むところから始まる。そこに
は、(氏名が明記されてはいないが)“偉大な哲学者にして数学者”であるピュタゴ
ラスの死と初期ピュタゴラス学派と呼ばれる身近な弟子達の目撃譚らしき事柄が
記されていた。しかもその原文書の最後の部分が何者かによって切り取られてい
たのであった。事件は、この残りの文書そしてピュタゴラス自身の書いた文書の
探索と記述内容の解釈に関わって様々な国際的な人物がそれぞれの立場から活動
してゆく中で展開されてゆく。
その折々に、ピュタゴラス(学派)の「この世はすべて数によって秩序だった
不変の形で支配されている」という哲学と、現代におけるその対極としての「数
学におけるランダムさの本質的な位置付け」を基本的な文脈として配しながら、
読者が関心を持てそうな数学的な主題を挟み込んでいくという構成がとられてい
る。そして事件は、現代におけるピュタゴラスの蘇えり者とその否定者としての
偉大な数学者の登場で大きな展開を見せることになるのである。私自身の「物事
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の本質を数理的な枠組みでとらえてゆき、これによって人間の知性・感性そして
行動に対しても、行動工学者としてアプローチしてゆきたい」という思いとの接
点が随所に感じられたのである。
本書の中で取り上げられている哲学的・数学的なテーマとしては以下のような
ものがある。
・15ゲームパズルの初期配置による可解性の判定
・哲学としての「テトラティクス(4つの要素からなるもの)」「宇宙の音楽的
秩序による支配」なる概念
・「ピュタゴラスの定理」における実利的知の歴史と「証明」の意味
・本来の乱数はコンピュータで発生できるのか。そして純粋数学の分野における
ランダムさが果たす役割
本書を振り返ってみると、明示的法則性の支配とランダムさの支配が交錯する
世界というものへの洞察が提起されているように思われるが、実は私自身が取り
組んできたfuzzy思考が、この対極的洞察に対して第3極として意味のあることを
確認させてくれることになった。本書の著者であるサンガッリ氏自身も“T h e
Importance of Being Fuzzy”を著しており、そちらの方もあらためて読み返してみ
たいと思っている。
執 筆 者 紹 介
中村 和男
前副学長および前経営情報系教授。専門領域は、人間システム工学。
『書名』 著者名 翻訳者名 出版社または文庫・シリーズ名 出版年 税込価格
『ピュタゴラスの復讐:数学ミステリー』アルトゥーロ・サンガッリ著 富永星
訳 日本評論社 2010年 2,310円
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