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PDF版 - NIRA総合研究開発機構

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PDF版 - NIRA総合研究開発機構
2004 年 度 NIRA 公 共 政 策 研 究 セ ミ ナ ー
ケーススタディにおける指導・協力者
<敬称略>
A)法と市場と市民社会-金融市場のガバナンス-
『市場ガバナンスの変革 -市民社会と市場ルールの融合を目指して-』
研究指導講師
アドヴァイザー
専門家ヒアリング
Ⅰ
Ⅱ
犬飼 重仁
河村 賢治
総合研究開発機構 主席研究員
関東学院大学経済学部 講師
河村 賢治
川村 雅彦
関東学院大学経済学部 講師
ニッセイ基礎研究所 上席主任研究員
B)グローバル時代の多文化社会-共生に向けた政策的取り組み-
『共に生きる社会を目指して -多文化社会へ向けた政策課題-』
研究指導講師
担 当 者
専門家ヒアリング
Ⅰ
Ⅱ
丹野 清人
飯笹佐代子
首都大学東京都市教養学部 講師
総合研究開発機構 主任研究員
吉田 容子
武藤かおり
倉橋 靖俊
弁護士
女性の家サーラー
(財)豊田市国際交流協会 理事兼事務局長
C)地域協力と東アジア
『東アジアの活力と地域協力 -大交流時代における日本の役割-』
研究指導講師
担 当 者
専門家ヒアリング
Ⅰ
Ⅱ
金子
彰
小泉 哲也
東洋大学国際地域学部 教授
総合研究開発機構 主任研究員(前)
梁
春香
三橋 郁雄
東洋大学国際地域学部 教授
(財)環日本海経済研究所 特別研究員
講
公共政策概論
公共のプラットフォームを考える
政策分析の手法
事例調査の技法
政策研究の方法論
義
縣 公一郎
北川 正恭
阿部 一知
山田 治徳
原田
泰
早稲田大学教授
早稲田大学教授
東京電機大学教授
早稲田大学教授
大和総研チーフエコノミスト
市場ガバナンスの変革
-市民社会と市場ルールの融合を目指して-
NIRA セミナー 報告書 No.2004-01
2005 年 6 月
NIRA 公共政策研究セミナー 第 3 回
「市場ガバナンスの変革 -市民社会と市場ルールの融合を目指して-」
研究体制
石田 義明
埼玉県 職員
金田 晃一
大和証券グループ本社 CSR 室次長
小池 由貴子
ヒューマンリソシア株式会社
ヒューマンライフケア薬師の湯 介護支援専門員
丸田 昭輝
株式会社テクノバ 調査・開発研究部 主査
和田 健次郎
渋谷区 職員
(五十音順)
研究期間
平成 16 年 9 月~平成 17 年 3 月
(NIRA 公共政策研究セミナー期間を含む)
執筆分担
はじめに
丸田 昭輝
第 1 章
丸田 昭輝
第 2 章
和田 健次郎
第 3 章
石田 義明
第 4 章
小池 由貴子
第 5 章
金田 晃一
i
目
次
はじめに ····································································· 1
第 1 章 初期排出権取引市場のあり方に関する一考察······························ 5
1.はじめに ································································ 5
2.わが国の京都メカニズム活用の方針········································· 5
3.
「京都メカニズム」と「排出権取引市場」···································· 6
4.わが国の排出権取引にかかわる問題········································· 7
4.1 ホットエアに関わる問題 ··············································· 7
4.2 CDM プロジェクトにおける「追加性」の問題 ···························· 8
4.3 日本の排出権取引市場と世界市場とのリンクの問題 ······················· 8
4.4 投機マネーへの対応 ··················································· 9
4.5 生産の移転に伴う排出量移転の問題 ····································· 9
5.初期排出権取引市場の望ましいデザイン····································· 10
5.1 初期市場の排出権価格が後期市場に与える影響 ··························· 10
5.2 排出権価格と企業の行動 ··············································· 10
5.3 政府が取るべき対策 ··················································· 11
5.4 政府による CDM 支援策 ··············································· 12
6.まとめと提言 ···························································· 12
第 2 章 コミュニティファンドの登場が社会に投げかけるもの······················ 15
1.はじめに ································································ 15
2. わが国におけるコミュニティファンドの現状 ································ 15
2.1 概況 ································································· 15
2.2 事例:東京 CPB の場合 ················································ 16
2.2.1 設立の経緯························································ 16
2.2.2 組織······························································ 17
2.2.3 出資・融資························································ 18
2.2.4 融資先の具体例···················································· 18
ii
2.2.5 まとめ···························································· 19
3. コミュニティファンドの社会的意義 ········································ 19
3.1 直接金融への流れを示すもの ··········································· 19
3.2 官中心の資金配分の破綻 ··············································· 19
3.3 市場の成熟 ··························································· 20
3.4 市民自治としての政策金融 ············································· 20
4. 今後の展望 ······························································ 20
4.1 直接金融における多様なプレイヤーの噴出と官のありかた ················· 20
4.2 公益法人制度改革に関連して ··········································· 21
4.3 信用の確保にむけて ··················································· 21
4.4 最後に ······························································· 21
第 3 章 地方自治体の自立と資金調達 ··········································· 23
1.はじめに ································································ 23
2.問題の所在 ······························································ 23
2.1 複雑な地方財政制度 ··················································· 23
2.2 地方債の現状 ························································· 24
2.3 地方債の利回り ······················································· 25
3.地方債を巡る現在の動きと今後の課題······································· 27
3.1 ミニ公募債 ··························································· 27
3.2 連帯債務による共同発行 ··············································· 28
3.3 寄附による投票 ······················································· 28
4.自立的な財源調達に向けた地方債改革······································· 29
5.おわりに ································································ 30
第 4 章 日本の介護サービス市場の健全な成長における要件
-訪問介護と居宅介護支援における一考察-··························· 33
1.はじめに-問題の所在····················································· 33
2.介護サービス市場と市場参加者············································· 34
iii
2.1 介護サービス市場の特性と現状 ········································· 34
2.1.1 擬似市場(準市場)としての介護サービス市場の特性·················· 34
2.1.2 擬似市場(準市場)としての介護サービス市場の現状·················· 35
2.2 市場参加者の役割から見る市場発展のための要件 ························· 36
2.2.1 中央政府の役割···················································· 36
2.2.2 保険者(市町村)の役割············································ 37
2.2.3 サービス事業者の役割·············································· 38
2.2.4 ケアマネージャー(サービス購買代理人としての役割を含む)の役割 ···· 39
2.2.5 サービス利用者・家族(サービス購買人)の役割······················ 39
3.まとめ ― ソーシャルガバナンスの理論と理念····························· 39
第 5 章 「CSR 行動規範」枠組みモデルのグランド・デザイン ····················· 43
1.CSR の論点整理 ·························································· 43
1.1 CSR 概念論··························································· 43
1.1.1 責任対象·························································· 43
1.1.2 責任領域·························································· 43
1.1.3 責任要請·························································· 44
1.2 CSR 活用論··························································· 44
1.2.1 メリット·························································· 45
1.2.2 仕組み···························································· 45
1.2.3 姿勢・態度························································ 46
1.3 CSR 評価論··························································· 47
1.3.1 システム評価······················································ 47
1.3.2 パフォーマンス評価················································ 47
1.3.3 インパクト評価···················································· 47
2.モデルの検討 ···························································· 48
2.1 インターフェイス機能 ················································· 48
2.1.1 「企業」と「従業員」·············································· 48
2.1.2 「企業理念」と「個別社内規定」···································· 48
2.1.3 「社会」と「企業」················································ 48
2.2 構造とテイスト ······················································· 49
参考文献 ····································································· 53
発行にあたって ······························································· 59
iv
はじめに
丸田 昭輝
わが国における個人資産の残高は 1,400 兆円に上るといわれている。実に、GDP の 3 倍
に匹敵する規模である。
しかもその 55%が現預金として、また 29%が保険・年金として蓄えられており、債券・
投資信託・株式投資はわずか 12%に過ぎない1。これは、個人資産の 54%が債券・投資信
託・株式投資に、13%が現預金に振り向けられている米国とは正反対の状況である。
「日本経済再生のカギは個人資産の活用にある」という主張はこれまで何度も繰り返さ
れてきたし、
また多くの金融機関がさまざまな個人向け金融商品を開発してきた。
しかし、
依然として個人マネーは流動化しておらず、
「笛吹けど踊らず」の状況が続いている2。そ
れはなぜか。
河村賢治(関東学院大学)が指摘するように、わが国の金融市場が抱える問題は、個人
が安心して投資できる投資環境の整備が遅れていることにある。個人向け金融商品が提供
されたとしても、それが流通する市場がジャングルならば、人は虎の子たる個人資産を市
場に託すことはないであろう。つまり、金融市場のガバナンスが課題となっているのであ
る。
本研究グループでは、わが国における金融市場を中心とする市場のガバナンスのあり方
に関して、半年間研究を行ってきた。本報告書はその成果である。本報告書は 5 章からな
るが、以下、簡単に各章の論点を紹介する。
第 1 章はグローバル市場とも接合する比較的大きな市場である「排出権取引市場」に着
目している。この『初期排出権取引市場のあり方に関する一考察』
(丸田論文)では、日本
にとって好ましい排出権取引市場のあり方について検討している。
京都議定書が 2005 年 2 月に正式に発効し、
わが国の温室効果ガス排出量の 1990 年比 6%
削減は国際公約となった。丸田は、わが国の国際的立場を考えると、この公約は必ず達成
しなければならないものであると主張する。その実現の鍵となるのが排出権取引である。
実際に削減義務が課せられるのは 2008 年から 2012 年であるが、
本論文は 2008 年以前の
市場(初期市場)のあり方が、2008 年以降の市場に大きく影響すると強調している。特に、
初期市場の排出権価格が低い場合は、企業は温室効果ガスの自社削減よりも排出権購入を
志向する一方で、排出権削減に繋がるプロジェクトはなかなか進まず、結果的に後期市場
において排出権が高騰する可能性があることを指摘している。
本論文が指摘するように、排出権取引市場は「経済合理性」だけではなく、
「社会的目的
の実現
(京都議定書の目標達成)
」
の視点を取り入れて設計されるべきである。
それこそが、
排出権取引市場のガバナンスにおける最大の課題となっている。
1
続く第 2 章から第 4 章は、地方自治や市民社会と関連の深い市場に関して議論を行って
いる。まず第 2 章の『コミュニティファンドの登場が社会に投げかけるもの』
(和田論文)
では、近年設置が進んでいるコミュニティファンドについて取り上げている。和田が指摘
するように、コミュニティファンドは市民が主体的に公益性の高い民間事業や、その理念
に賛同できる NPO に資金を提供する仕組みである。従来的には、市民は寄付という行為
でしか公益事業に関われなかったが、コミュニティファンドを利用することで市民は出資
者としての立場を得ることになる。
和田は、わが国に設立されている二つのコミュニティファンドについてケーススタディ
を行い、その現状と課題を分析している。それによると、コミュニティファンドは市民の
善意と公共心が前提であるが、同時にそこに危うさがあり、善意につけこんだ詐欺が発生
する懸念があるという。よって和田は、市民が安心して出資できる仕組みが必要であり、
様々な関係者の協働によるルールつくりが望まれると主張している。
本論文が指摘するように、コミュニティファンドは「市民の、市民による、市民のため
の政策金融」であり、成熟した市民社会のひとつのツールとなる可能性を秘めている。こ
れまであまり議論されてこなかったコミュニティファンドの可能性と課題を明らかにした
点で、本論文の意義は大きいといえる。
第 3 章の『地方自治体の自立と資金調達』
(石田論文)では、地方自治体の自立的財源調
達のための地方債のあるべき姿について検討している。地方債は三位一体改革の理念であ
る地方財政自立改革と密接に関係するが、その複雑さゆえに、ともすると自治体職員でさ
えも十分に理解していなかったという実態がある。
石田が指摘するように、地方債は本来は地方財政法で「建設事業債」のみが認められて
いたが、国の財源不足等により、
「特例債」
(その大半は地方債)も大量に発行されてきた。
理念的には、建設事業債はその地域の公益事業が目的であるため、より地域密着型の公債
とすることが望ましく、また特例債は、ある意味では地方交付税の代替手段であるため、
地方交付税の本来の負担者である国民や一般の機関投資家などから広く投資を募ることが
望ましい。
石田は最近の地方債の動きに着目し、建設事業債にはミニ公募債(小額・短期間の公債)
方式を、
特例債には複数の自治体による共同発行債の方式が望ましいと提言を行っている。
さらにインベスター・リレーションズの観点から、各自治体は住民を含めた全投資家に財
政状況を説明することが必要と強調している。
このように地方債は、地方自治と金融市場の接点に存在する金融商品である。そして同
時に、地方債は「補完性の原則」という地方自治の原則とも整合性のある制度にしていか
なければならないと考えられる。本論文が指摘するように、地方債に関する議論は未だ端
緒についたばかりであり、今後この視点での議論が進むことを望むものである。
第 4 章の『日本の介護サービス市場の健全な成長における要件』
(小池論文)では、競争
市場と公的サービスの接点に存在する介護サービス市場に着目し、その市場参加者が果た
2
すべき役割を論じている。
来るべき高度高齢化社会に対処するために鳴り物入りで導入された介護保険制度である
が、この制度の根幹を支えているのは「介護サービス」という商品である。本論文が指摘
するように、この商品が流通する市場は、公的サービス分野に市場メカニズムの観念を導
入することで成立している「擬似市場」である。しかも現在の介護サービス市場は、サー
ビス提供者の不足や報酬体系・インセンティブ設計の不備などの問題を抱えており、擬似
市場が有効に機能する条件を欠いている。
ならば、この市場が健全に発展するためにはなにが望まれるか。小池はその必要条件と
して、福祉多元主義に基づいた役割分担と市場設計が重要であると強調する。
本論文が結論するように、介護サービスという擬似市場を成立させる条件は、民主主義や
ソーシャルガバナンスを成立させる条件とも重なる。それは、市場原理重視ではなく、市
民社会重視の思想である。
以上の章は、市場とその市場で取引されるコモディティに注目しているが、第 5 章では
市場の主たるプレーヤーである企業に注目し、企業の社会的責任(Corporate Social
Responsibility:CSR)について検討を行っている。この『
「CSR 行動規範」枠組みモデルの
グランドデザイン』
(金田論文)は、CSR に関する論点を構造的に整理し、CSR 行動規範
の枠組みモデルを提示するものである。
金田は、CSR に関して「概念論(CSR の本質や内容)
」
、
「活用論(企業から見た CSR)
」
、
「評価論(ステークホルダーから見た CSR)
」の点から分析を行っている。
特に「CSR 活用論」においては、金田は CSR マネジメント体制の構築のために二重の
「PDCA サイクル」を想定している。従来的には「Plan‐Do‐Check‐Act」の枠組みで CSR
を回していくのであるが、金田はこの「Do」の中にさらに別の PDCA サイクル「Perform
‐Disclose‐Communicate‐Appreciate」があり、これが相互信頼構築の鍵となることを指摘
している。
CSR という言葉はよく聞くものの、具体的に CSR とは何かと聞かれて明確に答えられ
る人は決して多くはないであろう。本論文は、CSR について観念整理をし、具体的な CSR
のモデルを作成する上で大いに手助けとなるであろう。
本報告書でとりあげた論点は、わが国の金融市場をはじめとする市場分野が抱える問題
のごく一部である。しかし広義の市場のガバナンスを高めるという視点は、市場や商品の
違いを超えて、広く当てはまる議論であると思われる。特に市場と倫理、市民社会、企業
の社会的責任との接点は、今後さらに研究が望まれるテーマでもある。
本報告書が、わが国の市場システムのガバナンスのあり方に関する研究の一助となれば
幸いである。
1
2
2002 年 9 月末。
1990 年における現預金の割合は 46%であり、むしろ増加傾向にある。
3
第 1 章 初期排出権取引市場のあり方に関する一考察
丸田 昭輝
1.はじめに
2005年2月16日に京都議定書が正式に発効し、わが国の温室効果ガス(greenhouse gas、以
下「GHG」)排出量の1990年比6%削減は国際公約となった1。しかし2002年においてGHG
排出量は7.8%増加しており、公約とあわせて約14%の削減が必要となっている。
改めて指摘するまでもなく、京都議定書は欠陥が多い取り決めである。世界最大のGHG
排出国である米国は京都議定書から離脱し、第二位の中国には何の義務も課されていない。
GHG排出量上位五カ国のうち、削減義務を有するのは第四位の日本だけである2。一方欧州
は15カ国共同の削減目標(-7%)をもち、政策上の柔軟性を有している。
京都議定書は実効性の点でも疑がわしい。日本と欧州が削減目標を達成しても、米国と
発展途上国が削減努力を行わない状況では、2010年には世界のGHG排出量が約30%増加す
るとされる。
わが国の産業界では、京都議定書の達成を困難とする声が多い3。しかしいかに不利であ
ろうとも、日本は京都議定書の目標を遵守しなければならない定めにある。もし日本が目
標を達成できない場合には、2013年以降に超過分の1.3倍が上積みされ、また後述する京都
メカニズムから排除される。結果としてわが国の国際的影響力は低下するであろう。
本論文は、日本が京都議定書の目標を達成するための鍵となる排出権取引市場に関して、
望ましい姿を提言するものである。
議論に先立ち、いくつかの前提条件を提示する。
① わが国の現状に即した制度設計
本論では、現在の京都議定書の取り決めを所与とし、その枠内で、わが国にとって好ま
しい制度を提言する。京都議定書が抱える問題についての議論は行なわない。
② 初期市場を中心とした制度設計
京都議定書が削減義務を課している期間は2008年~2012年であるが、英国や欧州連合で
はすでに排出権取引が始まっている。このような初期市場は、2008年以降の市場の形態に
大きく影響を与える。本論文ではこの初期市場に注目し、そのあり方を提示する。
③ 地球温暖化防止という目的との整合性
わが国にとって好ましい制度を提案するにしても、排出権取引には「地球温暖化防止」
という目的がある以上、それに寄与する制度が望まれる。後述するように、ロシアが有す
る余剰排出権の購入を前提とするような制度は、この目的とは相容れないであろう。
2.わが国の京都メカニズム活用の方針
京都議定書は1997年の第3回締約国会議(COP3)で採択されたが、そのとき同時に「京都
メカニズム」という規定が盛り込まれた。これは、GHG削減義務を負う先進国ではすでに
省エネが進んでいることに対する、政策上の柔軟措置である(図表1-1)。
GHGは局地的汚染物質であるSO2とは異なり、速やかに大気に拡散するため、地球上のど
5
こで削減しても同様の効果が得られるとされる4。京都メカニズムから生じる排出権が、国
際的コモディティであるといわれる所以である。
わが国の「地球温暖化対策推進大綱」(以下「大綱」)によると、課せられた削減量6%
のうち1.6%(CO2換算で約2000万トン、2008~2012年累積で約1億トン)について京都メカ
ニズムを活用するとしている(図表1-2)5。この1.6%とは、あくまでも政府が主体となって
京都メカニズムを活用し、その排出権クレジットを獲得するものである。これとは別に、
民間企業が京都メカニズムを活用し、排出権クレジットを確保することも可能である。
図表 1-1 京都メカニズム
共同実施(Joint
Implementation:JI)
先進国が他の先進国(市場経済移行国)でGHG削減プロジェクト
を実施し、削減量を自国の削減量に組み込む。このとき移転され
る排出量をERU(Emission Reduction Unit)クレジットと呼ぶ。
クリーン開発メカニズ
先進国が発展途上国でGHG削減プロジェクトを実施し、削減量を
ム(Clean Development
自国の削減量に組み込む。このとき移転される排出量をCER
Mechanism:CDM)
(Certified Emission Reduction)クレジットと呼ぶ。
排出量取引(Emissions
6
Trading:ET)
先進国間で余剰排出権を取引する。
著者作成
図表 1-2 わが国の地球温暖化対策の方針と京都メカニズムの活用割合
削減量
削減の内訳
京都メカニズムの活用
±0%
エネルギー起源CO2
民間による活用
-0.5
非エネルギー起源のCO2、メタン、一酸化二窒素
-
-2.0
革新的技術開発、更なる地球温暖化防止活動の推進
民間による活用
+2.0%
代替フロン
-
-3.9%
森林吸収源
-
-1.6%
京都メカニズムの活用
政府による活用
出典:地球温暖化対策推進大綱を参考に著者作成
3.「京都メカニズム」と「排出権取引市場」
京都メカニズムは通常、京都議定書の条文に対比させて、図表1-3(a) のように説明されて
いる。しかしこの図は、排出権取引の実態を正しく表していない。JI やCDM で発生する
クレジットも市場で取引されるため、広義には排出権取引である。
日本の現状からみた排出権取引市場は図表1-3(b)のようになる。
①は政府間排出権取引で、
わが国がロシアなどから余剰排出権を購入する場合がこれにあたる。②はわが国の政府が
主体となって、他国で実施されるCDMやJIのクレジットを確保する場合である。大綱が想
定する1.6%分の排出権の確保とはこの①と②である。
③はわが国の企業A が課せられた排出量削減目標を達成するために、国内他社から余剰
6
排出権を購入する場合であり、いわゆる国内排出権取引である。④は企業A が海外のCDM
やJI のクレジットを調達して、自社の削減量に組み込む場合である。この③と④は大綱が
想定する1.6%分とは別のものである(ただし、企業が④によって購入したクレジットを政
府が購入し、1.6%分に組み込むことも考えられる)。
図表 1-3 日本国の現状からみた排出量取引の形態
(a) 京都メカニズム
先進国A
資金/技術
削減量
排出量取引(ET)
クリーン開発メカニズム(CDM)
共同実施(JI)
先進国B
GHG
削減プロ
ジェクト
先進国A
資金/技術
削減量
途上国B
GHG
削減プロ
ジェクト
先進国B
先進国A
資金
排出権
目標以上
の削減
(b) 日本国の現状からみた排出量取引の形態
他国
①
目標以上の
削減量
資金
排出権
②
日本国
日本国政府
③
資金
企業B
目標以上の
削減量
排出権
企業C
資金/技術
排出権
企業A
④
資金/技術
排出権
CDM
JI
企業D
CDM
JI
国内排出権取引市場
排出権取引形態
①政府間排出権取引
(国際排出権取引)
②政府によるCDM・JI
クレジット調達
③民間企業間の排出
権取引(国内排出権
取引)
④民間によるCDM・JI
クレジット調達
取引主体
政府間(例.日本政
府とロシア、ウクラ
イナ)
政府とCDM・JI プロ
ジェクト実施者
民間企業間
民間企業とCDM・JI
プロジェクト実施
者
特徴と課題
出典:各種資料から著者作成
・ 地球温暖化防止に寄与しない。
・ ロシアやウクライナでは、産業部門別の排出量目録
(インベントリ)の整備が遅れている。
・ 日本として1億トン分の排出権購入を予定。
・ CDM・JI プロジェクト数が少ないのが問題。
・ 環境省主体で2006年度から実施予定。
・ 中長期的には、我が国の企業のGHG削減余地は少な
く、取引は低調になると予想される。
・ 自主規制や自社での削減目標の達成のために、潜在
的な買い手は多い。
・ CDM・JI プロジェクト数が少ないのが問題。
出典:各種資料から著者作成
4.わが国の排出権取引にかかわる問題
4.1 ホットエアに関わる問題
京都議定書が定めるロシアとウクライナの排出削減目標は±0 %であるが、1990 年以降
7
「ホットエア」)。
の経済停滞により、両国には排出量枠が余剰にあるといわれる(いわゆる
わが国でも、京都議定書の目標達成のためにホットエアの購入を主張する人が多いが、実
際にはホットエアの購入には問題が多い。
第一に、ホットエアは何の排出量削減対策もせずに生じた排出枠であるため、地球温暖
7
化防止に寄与せず、京都議定書の精神に適合しない。
第二に、ホットエアは市場の撹乱要因となる。ホットエアは排出権の供給過剰を生み、
排出権価格の暴落を招く恐れがある。これはCDM やJI の健全な発展に悪影響を与えよう。
また、ロシアが余剰排出権の売り渋りをしたり、あるいはわが国がその購入をあてにする
態度を示すことで、排出権価格が逆に高騰する可能性も考えられる。
第三に、ホットエアが市場に現れない可能性もある。排出権取引に参加するには産業部
門別の排出量目録(インベントリ)の整備が必要だが、ロシアではこの整備が遅れている8。
一般に、ロシアはホットエアの売却を目的に京都議定書を批准したといわれているが、
むしろロシア内では、経済に悪影響を与えるとして批准に反対する声が強かった9。ロシア
が批准を決めた直接の理由は、WTO加盟問題でEUと取引をしたためである10。よってロシ
アは、京都議定書を批准したことで最大の政治的目的は達しており、ホットエア売却はま
さに余剰利益でしかない。よって、ロシアがインベントリ整備を急ぐ理由は少ない。
以上の理由から、ホットエアに期待した目標達成は非常に危険であるといえる。
4.2 CDM プロジェクトにおける「追加性」の問題11
ホットエアと異なり、発展途上国におけるGHG削減プロジェクトから生じるCDM クレ
ジット12はその国の持続的発展に寄与するため、京都議定書の精神に合致する。また供給量
の予想がつかないホットエアと異なり、CDM はプロジェクトベースなので、排出権確保の
見通しが可能である。
しかしCDM には、国連CDM理事会が定めた「追加性」というハードルがある。つまり、
ビジネス的に採算のある事業はCDM とは認められず、排出権クレジットの売却で初めて採
算がとれる(追加性のある)プロジェクトのみがCDM として認められるのである13。
この規定は排出権価格とCDM の関係に大きな影を投げかけている。CDMプロジェクト
は単独では採算を取れないことが前提となるので、もし排出権価格が低い(あるいは価格
低迷が予想される)のであれば、そのプロジェクトは実施されないであろう。つまりCDM プ
ロジェクト育成のためには、排出権価格は適当なレベルになければならないといえる。
この追加性という規定にはかなりの批判があるものの、CDM プロジェクトは準備に数年
を要するので14、大きな変更がないまま2008年を迎えると予想される。よって追加性を受け
入れた上で、CDMを促進するような方策が必要となる。
4.3 日本の排出権取引市場と世界市場とのリンクの問題
将来の排出権価格の動向は、政府や企業にとって大きな懸念である。
2005年1月に始まった欧州排出権取引市場(EU Emissions Trading Scheme:EU-ETS)は、
初期排出枠が緩かったため当初はCO2 1トンあたり7ユーロ(910円)程度であったが、4月現
在15ユーロ(2,000円)前後で推移しており、徐々に上昇傾向にあるのが伺える。
指摘するまでもなく、省エネ先進国である日本はGHG削減費用も世界一であり、製造業
十七業種の平均CO2削減費用は7万5200円/トンとされる15。これから考えると現状の排出権
価格は非常に低いといえるが、2012年にかけて価格が高騰するとも予想されている。
8
EU-ETSは排出枠超過時のペナルティを定めており、2005年~2008年では40ユーロ(5,200
円)、2008~2012年では100ユーロ(1万3000円)である。理論的には、排出権価格がペナ
ルティ以上になると企業は排出権の購入よりもペナルティを選ぶと思われるので、排出権
価格の上限はこのペナルティに一致すると思われる。いわばEU-ETSは、ペナルティによっ
て排出権価格に天井が設定されているといえる。
わが国でも排出権取引市場の立ち上げが予定されているが、現状ではEUや英国の排出権
取引市場とはリンクしておらず、その規模も小さい。それゆえに需給ギャップが大きくな
ると、一気に価格が高騰する危険性もある16。
日本市場をEU-ETSとリンクさせるには、EU-ETSと同様の絶対値ベースでの排出枠(企
業の生産量にかかわりなく設定される排出枠)の採用が条件とされる。しかし、日本のGHG
対策の根幹は日本経済団体連合会の自主行動計画であり、大部分の産業が原単位ベース(生
産量あたりの排出枠)でのGHG削減を掲げているため、絶対値ベースでの排出枠には抵抗
が強い。しかし孤立した排出権取引市場は企業にとってもメリットが少ないことを考えれ
ば17、絶対値ベースでの排出枠を採用し、EU-ETSとのリンクを確保すべきである。
4.4 投機マネーへの対応
いわゆる投機筋によって、排出権取引市場が撹乱されることを危惧する声もある。企業
は身を削る思いでGHG排出量削減に取り組んでいるので、排出権をマネーゲームの対象に
されたくはないというのは、関係者の共通の思いであろう18。
現実的には、参加企業は排出権を何度も売り買いするのではなく、自社のGHG排出量削
減割合を見ながら、数回程度の取引を行うのみとなろう。また排出権の大部分は専門のブ
ローカーによって仲介される、いわゆる相対取引が中心であり19、取引はむしろ紳士協定的
となろう。よってマネーゲームに翻弄される市場になる可能性は低いと思われる。
4.5 生産の移転に伴う排出量移転の問題
基本的には、排出削減義務を課せられ、排出権市場のプレーヤーとなるのは中・大企業
であり、小規模事業者には排出削減義務は課せられないであろう。例えばEU-ETSにおいて
も、CO2排出施設のカバー率は46%である。
ここに排出量削減の抜け穴が存在する。大企業が生産の一部を削減義務を負わない小規
模事業者に下請けさせた場合、その企業のGHG排出量は削減されるが、日本全体としては
削減にはならない(むしろ輸送部門でのGHG排出量が増加する)。またある企業が工場を
発展途上国に移転させた場合、わが国のGHG排出量は減少するが、地球全体のGHG排出量
は削減されない(発展途上国の発電効率は劣るため、むしろGHG排出量は増加する)。
同様の例が英国の排出権取引市場でも報告されている。航空大手のブリティッシュ・エ
アウェイズ社はGHG排出量削減のために排出権取引市場に参加しているが、市場に参加し
ていない小規模航空会社が急激にシェアを伸ばしており、航空部門全体でのGHG排出量が
削減されているとはいい難い20。
このような抜け穴への誘惑は、絶対値ベースの排出枠を設定した場合にはより強まるで
9
あろう。それは結局、わが国のGHG削減目標の達成を困難にする。このような事態を防ぐ
ためにも、排出量移転による排出量削減については厳しく監視していくことが必要であり、
証券取引等監視委員会のような監視機構の設置が望まれる。
5.初期排出権取引市場の望ましいデザイン
以上の問題点を念頭に、初期排出権取引市場の望ましい姿について提言を行う。
5.1 初期市場の排出権価格が後期市場に与える影響
大阪大学と(財)地球産業文化研究所が1999 年に行った排出権取引のシミュレーションで
は、以下の二つの価格変動パターンがみられたとされる21(この場合の対象は国である)。
・ 失敗パターン(経済効率小):初期の排出権価格が高く、各国は割安な削減技術に投資
を行う。過剰な投資によって排出権が過剰供給され、期末に排出権価格が暴落する。
・ 成功パターン(経済効率大):初期の排出権価格が低く、削減技術への投資が進まない。
排出権価格は徐々に上昇、各国は不遵守を恐れて、期末にむけて過剰に削減する。
この実験の結論は、初期市場の排出権価格は低いほうがよいというものであるが、現実
はそう単純ではない。なぜなら初期市場の排出権価格は、企業内対策だけではなく、CDM/JI
クレジット供給量にも影響するからである。
以下、国内排出権取引市場に注目し(図表1-3の③)、簡単なモデルを用いて、初期排出
権取引市場の価格が後期排出権取引市場の形成に及ぼす影響を考察する。
5.2 排出権価格と企業の行動
すでに述べたように、わが国においては企業間の排出権取引は低調になると考えられる。
この場合、企業は不足する排出枠をCDM/JI クレジットの購入で補充するであろう。
単純化のために、CDM クレジットのみが市場に供給されているとしよう。図表1-4 に、
QRだけの排出量削減を義務図けられた企業の戦略を示す。この企業の限界削減費用をMC
とするとき、初期の排出権価格がPLである場合(Case A)、企業はQAまでを自社で削減し、
QR-QA(= QC1+・・・+ QCm )分のCDM クレジットを市場で購入する。
一方、初期の排出権価格が高くPHである場合(Case B)、企業が市場で購入するクレジッ
ト量は QR-QB(= QC1+・・・+ QCn )となる。
Case A とCase B を比較すると、初期の排出権市場の価格によってCDM需要が大きく影
響をうけることがわかる。ある意味で、企業内対策とCDMは代替的である22。
ここにひとつのジレンマがある。初期の排出権価格が低い場合は、企業は自社での削減
よりもCDM クレジットの購入を志向するが、初期排出権価格が低いゆえに、十分なCDM
クレジットが市場に供給されず、結果として価格高騰の可能性がある。一方、初期の排出
権価格が高い場合は、CDM プロジェクトは進むが、同時に企業の自主的な削減も進むため、
排出権は供給過剰となり、価格暴落の可能性がある。
両方の場合において、排出量対策には一連の投資と時間を要するため、価格による需給
調整が容易には進まず、後期市場において価格が大きく振れる可能性が大である。
10
図表 1-4 排出権価格と CDM 需要の関係
Case A:初期の排出権価格が低い場合
Case B:初期の排出権価格が高い場合
排出権価格
排出権価格
MC
MC
PH
PL
QC1 QC2・・・・
QA
QC1・・ QCn
QCm
QR
削減量
QB
CDM 需要大
QR
削減量
CDM 需要小
注:各 CDM プロジェクトはクレジット量が決まっているので、QC1~QCm の各値は固定である。
著者作成
5.3 政府が取るべき対策
このジレンマについて、別の側面から日本政府が取るべき対策を検討してみよう。図表
1-5 に、初期市場の排出権価格と政府による CDM 対策の有無の組み合わせが、後期排出権
市場にどのように影響するかを示す。政府の対策がない場合、初期市場の排出権価格が高
ければ、企業内対策と CDM プロジェクトの両方が進むと思われ、後期市場での価格は低
下しよう(表中の(b))
。逆に初期市場での排出権価格が低ければ、企業内対策も、また CDM
プロジェクトも進まず、後期市場での価格は高騰する(表中の(d))
。
仮に国内市場が立ち上がったとしても、現状では非常にゆるやかな排出枠でスタートす
ると見られており、排出権価格は低めで推移するであろう。よって、企業内対策もあまり
進まないと思われる。この場合、(c)か(d)のパターンをとると予想されるが、この場合 (d:
後期市場での価格高騰)に至ることは極力避けるべきである。よって政府としては、でき
るだけ CDM プロジェクトの支援を行い、後期市場における CDM クレジットの市場供給
を確保することが必要である。
図表 1-5 初期市場の排出権価格が後期排出権市場に与える影響
→
初期市場
排出権 CDM
価格
支援策
あり
高い
なし
あり
低い
なし
後期市場
対策
排出権の需給
CDM:大いに進む
企業内対策:進む
CDM:進む
企業内対策:進む
CDM:支援策次第
企業内対策:進まない
CDM:進まない
企業内対策:進まない
→供給量:大
→需要量:小
→供給量:大
→需要量:小
→供給量:支援策次第
→需要量:大
→供給量:小
→需要量:大
排出権価格
(a) 価格急落
(b) 価格低下
(c) 支援策次第
(d) 価格高騰
著者作成
11
5.4 政府による CDM 支援策
CDM プロジェクトの主体はあくまでも民間企業となるため、その投資促進条件は「ロー
リスク・ローリターン」か「ハイリスク・ハイリターン」であるべきである。だが現状の
CDM では「ハイリスク・ローリターン」となっている。よって支援策としては、初期費用
補助(ローリスク・ローリターン型への移行)か、CDM クレジットの高価買取(ハイリス
ク・ハイリターン型への移行)が考えられる。
すでにわが国ではCDM プロジェクトの初期費用の一部(プロジェクト総額の半分まで、
上限5億円)を補助する制度が実施されている23。この場合、その対価としてCDMクレジッ
トの一部(補助金額を補助金決定時の排出権価格で割った量)を政府に移転することが求
められている。この補助策はローリスク型支援であるが、同時に政府への移転クレジット
量と移転価格を事前に決めておくという点で、ローリターン型でもある24。
しかし、将来の排出権価格の高騰を予想しているプロジェクト実施者もいるであろう。
その様な事業者には、事前にクレジットの移転価格を決めておく現在の支援策は魅力的で
はない。むしろプロジェクト投資は自身の責任で行い、発生したCDM クレジットの一部を
政府が時価で買い取ることを事前に約束するという、ハイリスク・ハイリターン型の支援
策が望ましい25。この支援策には、クレジット発生時の排出権価格が高騰した場合に予想以
上の買取資金が必要になるという問題があるが、前述したEU-ETS市場とのリンクを確保す
ることで、排出権価格に天井を設定することができると考えられる。
6.まとめと提言
本論文は、わが国は京都議定書の目標を必ず達成しなければならないと考え、その目標
達の鍵となる排出権取引の初期市場のあり方について分析を行った。以下、要点を提言と
してまとめる。
・ ホットエアの購入を前提とした京都議定書の目標達成計画は危険である。京都議定書の
精神に反するだけではなく、ホットエアが市場に供給されない可能性も高い。
・ 国際的に孤立した排出権取引市場は企業にとってもメリットが少ない。排出権価格の高
騰を防ぐためにも、EU-ETSとのリンクは必要である。
・ 初期市場の排出権価格が低い場合は、企業内対策とCDM プロジェクトの両方が進まず、
後期市場で価格高騰の危険性がある。
・ CDMに関しては、現状のローリスク・ローリターン型の支援策に加えて、ハイリスク・
ハイリターン型の支援策が求められる。
排出権取引市場は、第一に京都議定書の目標の達成という社会的目的の実現に資するべ
きであるが、同時に経済合理性も確保しなければ市場として機能しないであろう。この両
方の理念の共存が、排出権取引市場の設計において望まれている。
1
2
基準年における GHG 排出量は、CO2 換算で 12 億 3700 万トンである。一方 2002 年における GHG 排出量は
13 億 3100 万トンとなっている。
世界三位であるロシアは排出量増加を±0%にとどめることを義務づけられているが、その後の経済停滞に
より余剰排出権を有し、削減努力は必要ではない。同第 5 位のインドは中国同様に削減義務を負わない。
12
3
日本経済新聞社「第8回環境経営度調査」によると、製造業 590 社のうち 42.9%が「達成はやや難しい」、
29.7%が「実現は困難」と回答している(日本経済新聞 2004 年 12 月 7 日)。
4
Kumi Kitamori「温室効果ガスの国内排出権取引:最近の進展と OECD 諸国の現状」、『環境保護と排出権取
引 国内排出権取引の進展と今後の課題』OECD、1999(邦訳:技術経済研究所、2002 年)。
5
「地球温暖化対策推進大綱の評価・見直しを踏まえた新たな地球温暖化対策の方向性について(第2次答申)
(案)」2005 年 3 月。
6
京都議定書では、「排出権(Emission Right)取引」ではなく、「排出量(Emission)取引」を用語に用いてい
る。これは「Right」という単語の使用について発展途上国が反対したためである。
7
米国 ICF Consulting では、ロシアでは 2008 年以降、毎年 3 億 5000 万トンの余剰が発生すると試算している。
< http://www.icfconsulting.com/News_&_Events/russia-kyoto-2004.asp >
8
松尾直樹「排出権調達のための国家戦略が必要 CDM をめぐる国際情勢と日本としての考え方」、『地球環
境』2005 年 3 月。
9
The Russia Journal, May 12, 2004 < http://www.russiajournal.com/news/cnews-article.shtml?nd=40358 >
10
BBC News, Oct 30, 2004 < http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/3702640.stm >
"Kyoto a-go-go", The Economist, Sep 30 2004 < http://www.economist.com/agenda/displayStory.cfm?story_id=3247221 >
11
紙面の都合で JI に関わる問題については割愛するが、ひとつの問題として、本来は有望な JI 対象国である東
欧諸国が欧州排出権取引市場にとりこまれてしまい、日本が東欧で JI プロジェクトを実施することが難しく
なっていることがあげられる。若林雅代「地球温暖化問題に対する海外の動向」、『電気評論』2004 年(臨
時増刊号)や、石坂匡史「EU 域内排出権取引制度の概要と導入に伴う影響分析」、『エネルギー経済』第 30
巻、第 4 号、2004 年など。
12
CDM によって生じた GHG 削減の余剰分のうち、排出権取引対象の債権として認められたもの。
13
「立ちはだかる「追加性」の壁」、『日経エコロジー』、2005 年 1 月。
14
CDM 認定第一号の「HFC23 破壊」(事業主:イネオスケミカル社)の場合、2002 年 9 月に実施地の韓国企
業と基本合意をしてから、CDM 理事会で正式に認可されるまで 2 年を要している。準備段階を入れると 3 年
以上がかかっていると考えられる。
15
日本経済新聞社「第8回環境経営度調査」より。ただしアンケート形式であるため、削減費用は高めに回答
されていると思われる(日本経済新聞 2004 年 12 月 7 日)。
16
英国排出権取引市場でも、市場規模が小さいために価格が不安定であったことが指摘されている。小笠原靖
「イギリスおよび EU の温室効果ガス排出権取引制度について」、『環境研究』2003 年、No.130。
17
例えば、電力中央研究所の大河原は、「日本で他国制度とのリンクがない排出権取引が導入され、電気事業
にキャップを課せられたとするならば、電力会社は国連排出権取引で認められている CDM、JI などに自ら資
金を提供して、排出削減プロジェクトに活路を見出すことになろう」と述べている。大河原透「CO2 排出権
取引と電気事業」、『電気評論』2004 年 4 月。
18
(財)地球産業文化研究所の阿波波らは、「排出権は本来、温室効果ガス排出削減に関する国同士の、あるい
は企業が国や社会との約束を果たすために用いられるもの」であると主張している。阿波波雅宏ら「京都メ
カニズムの活用と課題」、『電気評論』2002 年 2 月。
19
2005 年 1 月に始まった欧州排出権取引市場(EU ETS)も、現状では相対取引が中心であり、Natsource 社の
ようなブローカーが取引の中心となっている。しかし、徐々にノルドプール(ノルウェーの電力取引所)や
欧州エネルギー取引所(ドイツ)などの取引所が先物やスポット取引を始めている。
20
高尾克樹「英国の温室効果ガス排出量取引の政策実験(上)」、『環境と公害』、April 2004。
21
(財)地球産業文化研究所「排出権取引市場 制度設計に関する研究」<www.gispri.or.jp/pdf/haisyutuken.PDF>
22
マラケシュ合意(COP7 で決定された京都議定書の運用ルール)によると、定量的な規定はないものの、排出
権取引は国内対策の「補完」であるべきとされており、一種の代替関係をみることができる。
23
新エネルギー総合開発機構「CDM/JI 実施支援補助金(助成金)制度について」
< www.kyomecha.org/pdf/nedo_cdmji.pdf >
24
(例)10 億円の投資で 100 万トンの CO2 を削減するプロジェクトがあり、これに 5 億円の補助を政府から得
るとする。補助時の排出権価格が 1000 円であれば、政府へのクレジット移転量は 50 万トン(=5 億円 / 1000
円)となる。ただし、クレジット発生時の排出権価格が 1500 円に上昇していたならば、この移転分のクレジッ
トは市場で 7.5 億円(=50 万トン×1500 円)で売却できたはずである。
25
このようなクレジットの政府買い上げ制度は、すでにオランダで実施されている(オランダの場合はオーク
ション制度を採用している)。
13
第 2 章 コミュニティファンドの登場が社会に投げかけるもの
和田 健次郎
1. はじめに
今、
〈お金〉の預け先に関心が高まっている。その背景には、空前の低金利や金融不安が
あることは確かであるが、その一方で、金銭的なリターンのみに期待するのではなく、預
けた〈お金〉の使われ方にこだわる人が確実に増えてきている。CSR(企業の社会的責任)
をどれだけ果たしているかに着目した SRI(社会的責任投資)ファンドの増加は、その一
端を示しているといえよう。
そうした個人の意欲に呼応するかのように、環境や福祉等の分野で社会性の高い市民事
業1(ボランティアではなく対価を受け取ってサービスを提供するもの)を行う NPO 等へ
の融資を目的として、
市民から出資を募るコミュニティファンドが各地で設立されている2。
総務省は、2003 年 11 月に策定・公表した「地域再生支援プラン」の中で、地域の資金
を地域内で還流させるためにコミュニティファンドの形成支援の方針を打ち出した。
現在、
自治体がコミュニティファンドへ出資や貸付をするために地方債を発行した場合、償還利
子の半分を地方交付税で賄うこととしている3。
海外では、社会性は高いが一般の金融機関が融資しにくい分野に対して積極的に資金を
流そうとする小さな金融は、日本以上に盛んに活動しているといわれている。国連は、世
界的な貧困撲滅・自立支援に対するマイクロクレジット(小口融資・少額融資)の重要性
に鑑み、今年 2005 年をマイクロクレジット年と定め、ベストプラクティスと学んだ教訓の
共有を通じ、発展への効果と持続可能性を高めることを目指している4。
本稿では、まず、わが国におけるコミュニティファンドの現状についてレポートする。
事例として中心的に取り上げるのは、昨年 2004 年 8 月に初めて融資を行った、東京都新宿
区にある東京コミュニティパワーバンク(以下「東京 CPB」とする)である。東京 CPB
は、新しいコミュニティファンドであるが、金融の専門家や中間 NPO(NPO を支援する
NPO)の協力を得て、わが国における先行例やイギリスのコミュニティ金融の事例を調査
したうえで組織設計されている。そこには、コミュニティファンドのあり方や方向性をみ
ることができる。
この事例研究を踏まえて、続いてコミュニティファンドの社会的意義を考察する。その
うえで、最後に今後の展望や課題を考えるための視座を提供したい。
2. わが国におけるコミュニティファンドの現状
2.1 概況
NPO 等の市民活動の公共的な領域における比重が増大しつつあるものの、これらの活動
は、担保が乏しかったり、経営基盤が脆弱だったりするため、一般の金融機関からは融資
を受けにくい。
こうした資金需要の存在がコミュニティファンドの叢生を後押ししている。
各コミュニティファンドの活動領域は、おおむね都道府県レベルである。これらは金融
15
庁から認可された金融機関ではなく、会員方式で出資金を集め、融資を行う任意設置の組
合である。出資側も融資を受ける側も会員であり、互助的な組織形態となっている。元本
の保証はなく、また配当率も事前に保証できない(今回調査した限りでは配当を行ってい
るコミュニティファンドはない)
。
金融機関の設立には国の認可が必要だが、国は金融機関の新設には消極的である。神奈
川で活動する女性・市民信用組合設立準備会は、その名が示すとおり金融機関の設立を目
標に設立された団体である。コミュニティファンドとして融資活動を続ける一方、今なお
引き続き設立への働きかけを続けている。金融機関になれば、増大しつつある借り入れの
申しこみに対応する資金調達の拡大が可能となるためという5。
ほとんどのコミュニティファンドに共通しているのが、NPO 法人等を併設し、任意組合
との二重構造となっていることである。これらは事務局として融資の実務を行う一方、事
業計画作成の相談・支援等を行っている。団体ごとに活動内容は異なるが、経営セミナー
の開催、融資先事業のプレゼンテーションの実施・ニュースレターやホームページ上での
紹介等、出資者から融資先が見えるようにそれぞれ独自の工夫を凝らしている。
融資に際しては、額は数百万から 1 千万円、保証人は必要だが原則無担保という場合が
多い。審査基準は、事業の社会性や資金回収の確実性に求められる。最終的には金融の専
門家や学識経験者等による審査を経て融資が実行される。返済の状況は概ね良好であり、
比較的活動暦の長い未来バンク事業組合(東京、1994 年設立、融資件数約 50 件、累計額 5
億円以上6)、女性・市民信用組合設立準備会(神奈川、1998 設立、融資件数約 70 件、累計
額 3 億円以上7)でも貸し倒れは発生していない。
未来バンク事業組合の田中優理事長は、当初反原発運動を契機に環境問題に取り組んで
いた。その過程で環境破壊型事業の資金として個人貯蓄が使われているという実態に気づ
く。
「僕たちは、自分たちが反対する環境破壊型事業に、貯蓄という行為で白紙委任してい
るんです」
。そうした問題意識が当団体の設立につながっている。融資に際しては、
「必ず
メンバー複数名で融資を受けたい人と会い、その過去の活動実績も吟味して『この人なら
必ず返済してくれる』とその人を信用できるか否かを融資決定への重要基準にしている」
という8。
2.2 事例:東京 CPB の場合
2.2.1 設立の経緯
東京 CPB の母体は生活クラブ生協である。生活クラブ生協の組合員は、家庭に安全な食
品を届けるという共同購入の方法だけでは社会問題の解決は不十分だと考え、広く福祉・
環境等の領域で活動の幅を広げていったが、その活動の成熟に伴って資金が必要となって
きた。しかし特に女性による起業の場合、預貯金が少なかったり担保がなかったりするた
めにほとんど融資を受けられなかった。
「夫なら貸せる」と言われることもあったという。
この経験と日本の金融の問題点を踏まえ、市民事業に継続的に資金を提供する社会的な
システムを目指して設立されたのが、東京 CPB と NPO 法人コミュニティファンド・まち
未来(以下「まち未来」とする)である。
16
東京 CPB の設立趣意書には、現在の金融の問題点を指摘するとともに、
〈お金〉の地域
内循環の必要性が語られている9。
「私たちは…銀行や郵便局に預貯金をしていますが、そのお金がどのように使われてい
るのか、知ることも関与することもできません。…この巨額の資金の一部でも地域コミュ
ニティの形成、活性化に使う事が出来るなら、私たちの暮らしは、もっと豊かに希望に満
ちたものになるに違いありません。…市民自身が地域社会に貢献する事業を応援し(出資
し)
、かつ、それを使いこなす(融資を受ける)
、このことにより地域でお金が回り始めま
す。私たちは、
“出資する人と融資を受ける人が共同で作り上げる”
、出資する人も融資す
る人も“まちの作り手”として地域社会に貢献する機能…をめざすものです。
」
2.2.2 組織
東京 CPB とまち未来のしくみは下記のとおりである。
東京 CPB は貸金業登録し、融資を実行している。まち未来は、東京 CPB の事務を行う
ほか、事業計画作成等の個別相談・経営セミナーの開催・専門家の紹介といった融資先の
活動のサポートをしている。両団体には、理事が 8 名、監事が 1 名ずつおり、多彩な顔ぶ
れである。名を連ねているのは、生活クラブ生協の関係者のほか、金融関係者、研究者、
中間 NPO の役員等である。貸出金利の一部や、事業収入(人材育成事業)等を運営経費
にあてているが、事務局の職員は生活クラブ生協からの出向である。3 年で独立採算でき
ること目標にしているという。
図表 2-1 まち未来と東京 CPB のしくみ
出典:NPO 法人コミュニティファンド・まち未来&東京コミュニティパワーバンクホームページ10
17
2.2.3 出資・融資
出資は、1 口 5 万円で、個人(原則 18 歳以上)は 1 口以上、団体は 3 口以上となってい
る。
融資にあたっては、ほかのコミュニティファンド同様担保は不要だが、連帯保証人は必
要である。融資額は、出資金の 10 倍まで、1 千万円を上限にしている。先述のとおり、融
資を受けるには出資金を払って会員になることが必要である。
年に 4 回融資が実行され、金利は 2005 年 1 月現在 1.0~2.5%である。申し込みにあたっ
て必要な書類は、
「事業内容説明書」
「資金使途を確認するための書類(見積書等)
」
「収支
計算書、貸借対照表および付属明細書」
「財産目録」
「資金繰り表」といった財務関係の書
類のほか、団体の組織状況を確認するための「借入を議決した議事録、事業計画書、定款、
規約、覚書、ニュースレター」等である。
まち未来の開催する講座には、
個人の夢や思いを事業計画としてつくりあげるまでの
「一
般・基礎コース」と、具体的な事業の経営や運営を行なうための知識を学ぶ「アドバンス
コース」の 2 つがある。内容は、どちらもマーケティングや財務、経営戦略の立て方、事
業計画書策定方法、リスクマネージメント、事業評価の視点等である。
審査は、市民審査委員会で行われる11。メンバーは 10 人で、金融の専門家(元信金の人
等)
・市民事業経験者・東京 CPB の会員有志等から構成されているという。まず提出され
た書類によって審査がなされ、次いで訪問審査が行われる。ここでは、書類審査時点での
疑問点等の確認、事務所等施設の見学を行う。
市民審査委員会の審査を経て融資が実施された半年後には、東京 CPB 役員および事務局
が融資した事業の現場を訪問し、事業計画にそって遂行されているかどうかのチェック、
およびヒアリングを行う。
2005 年 2 月現在、出資については個人会員 530 人、団体 23 で総額 8,190 万円、また融資
については 4 件、総額 1,800 万円となっている
なお、図表 2‐1 の中の「草の根市民基金」とは、草の根の市民活動を応援する為に 1993
年に生活クラブ生活協同組合で発足したものである。2004 年度から草の根市民基金の運営
をまち未来が担い、基金の管理、選考会の開催等を行っている。
2.2.4 融資先の具体例
第 3 回融資(2005 年 1 月)
:NPO 法人 ひまわりの会(東京都板橋区)
融資対象:障がい者デイケアセンターの施設改修費として
融資金額:400 万円
金利:2.2%
貸付期間:3 年
返済方法:6 ヶ月間据え置き・元利金等割賦返済
障がい者や高齢者に対する介護と自立の支援として、2004 年 12 月から居宅介護支援、
手話通訳、施設でのデイサービス等地域と社会の福祉増進を目指して活動している団体で
ある。東京 CPB のニュースレターには、融資決定の理由が以下のように書かれている。
「知的障害者のデイサービスが板橋では2箇所しかなく需要が見込めること、
理事メンバー、
および常勤スタッフの問題意識・意欲が感じられたこと、経験も資格も満たしており、理
18
事会と常勤スタッフの関係性も良好に感じられたことを評価しました。
また知的障がい者、
心身障害がい者の働く場所や居場所づくりが地域社会の重要なテーマになっていることを
考えれば、どのような質のサービスを提供するか、地域との関係をどれだけ良好なものに
するかが、継続性の鍵になります。そのための情報収集やネットワーク作りも積極的に行っ
ていこうとする意欲にも期待し、また年齢が比較的高く将来の展望を持っている理事と、
若く意欲があり専門知識を持ったスタッフとの関係性づくりにも新しい可能性を感じまし
」
た12。
2.2.5 まとめ
先述のとおり、市民事業への資金の流れを提供する社会的なシステムとして流れを作っ
ていきたいというのが東京 CPB の大きな目的である。
今のところ出資は、生活クラブ生協の組合員の口コミが多いが、2005 年 1 月に NHK で
東京 CPB とまち未来の活動が放映された際は、問い合わせの多くが「出資したい」という
ものだったという。
市民事業への支援に大きなウェイトがあることも特徴である。市民事業を立ち上げて長
くたたき上げでやってきたところは財務能力がなく、若くこれから市民事業を立ち上げよ
うとする人は、ビジネスの感覚があるが現場を知らないという傾向があるという。市民事
業への支援がなければ、融資が成り立たないといってもいいかもしれない。また、融資の
金利が低いこともあって、NPO 支援による事業収入がなければ東京 CPB・まち未来自身継
続していくことが難しい。
将来的には、既存のコミュニティファンド以上に融資を拡大していきたいとと考えてい
る。ここで懸念されるのが、貸し倒れのリスクが高まることである。
そのため、今後活動を広げていくにあたって、市民事業への融資基準をどのようにして
作成していくかが課題となっている。研究者やコンサルタント、行政等とネットワークを
作り、審査基準作りをしていくことが求められている。
また、市民審査委員会のメンバーはみなボランティアである。ボランティアであるがゆ
えに融資が年に4回と少ないことも課題であろう。
3. コミュニティファンドの社会的意義
3.1 直接金融への流れを示すもの
コミュニティファンドへの出資が増加していることは、個人の側からみた金融不安・金
利の低下と無関係ではないだろう。しかし、このしくみが継続的に形成され拡大していく
過程はわが国における金融に対する人の意識の変化に対応するものとみなしてよい。先に
引用した東京CPBの設立趣意書には、郵便局や銀行といった間接金融を通じた資金供給に対
する不信が如実に現れている。
3.2 官中心の資金配分の破綻
間接金融から直接金融への流れは、社会が成熟し、経済が高度成長期から安定成長期に
19
変わり、官を中心とした資金配分の限界が明らかになりつつあることがその要因である。
高度成長期には、
「市場不信」に基づく資金配分のコントロールと、
「市民不信」による政
策決定の独占が当然であった。官は法規制によって間接金融をコントロールし、また財政
投融資の政治的配分を行うことによって、高度成長に対応するインフラの整備を図ってき
た。ところが現在は、官による政策決定はもはや高度化・多様化するニーズに対応しきれ
なくなってきている。
3.3 市場の成熟
成熟した市場を前提に、成熟した市民が政策決定を行う必然性はここにある。社会の成
熟は、人々の欲求階層の上昇に対応している。成熟した市場では、商品の高付加価値化と
いった形で現れる。以前は「効率性」で切り捨てられていたものが市場価値としてクロー
ズアップされてくる。市民事業の増大、そしてそれを支えるコミュニティファンドの叢生
は、市場価値の中に市民価値が浸出し、市場ベースで社会問題を解決していくことのでき
る可能性の広がりを示している。
3.4 市民自治としての政策金融
市場の成熟に伴って登場するのは、政策意思を持ったプレイヤーである。公共政策はす
でに政府の独占物ではなくなっている。
「政策づくりはもはや統治の秘儀ではない。政策自体が、個人思考を単位とする、問題解
」
決の手法の模索・設計なのである13。
ここにおいて、公共政策の担い手は、市民(又は団体・企業)と、市民から信託された
政府に分解される。コミュニティファンドは、社会性を基準に、市民が眼の見える所に、
望む所に自分の資金を提供しようとするしくみである。市民活動によって政策を実現しよ
うとする意思がそこには見えつつある。市民一人一人が主体的に社会管理にコミットしよ
うとすることであり、市民自治の理念といってよい。
その意味でまさにコミュニティファンドは市民自治としての政策金融であり「市民の、
市民による、市民のための政策金融」といってよいであろう。
4. 今後の展望
4.1 直接金融における多様なプレイヤーの噴出と官のありかた
「市場不信」と「市民不信」を克服し、直接金融が拡大していくということは、必然的
にコミュニティファンドだけでなく多様なプレイヤーが噴出することを余儀なくする。も
ちろん、無法状態のままでよいわけではなく、経済の安定・個人の保護のためのルールが
必要となる。現在、日本版金融サービス法の議論がされているが、ここでも法規制の隙間
を縫った組合形式の数々のファンドが問題とされている。市民が安心して出資できる制度
作りが不可欠である。
とはいえ、懸念されるのは、活動の阻害につながる無用な規制の策定である。政府の方
針の多くには、まだ根強い市民不信、市場不信が見え隠れしている。ここではコミュニティ
20
ファンドの今後を考えるうえでの重要と思われる点について、若干の視座を指摘しておき
たい。
4.2 公益法人制度改革に関連して
2004 年 11 月に「公益法人制度改革に関する有識者報告書」が発表され、12 月には政府
の基本方針が閣議決定されている。これに対しては、
「民間活力を発揮するための制度改革
「問題だらけ やりな
(のはずが)はむしろ逆行(さわやか福祉財団・堀田力理事長)14」
おしを(シーズ=市民活動を支える制度をつくる会・松原明事務局長)15」と市民団体か
ら反発が非常に強い。たとえば、団体の公益性を国が判断することが提案されているが、
その方法については全く曖昧で、政府の裁量に委ねられる公算が高い。市民社会のルール
作りと公共性は、多様な開かれたフォーラムで議論されるべきものである。改革の目的は
検討作業の各段階で繰り返し確認し、手段の策定においても目的が貫かれなければならな
い。
4.3 信用の確保にむけて
出資者から見た信用の問題を解決する方法も模索されている。1989 年設立の市民バンク
(東京都目黒区)は、既存の金融機関と連携して市民事業への融資を手がけてきた16。そ
の代表の片岡勝氏とさわかみ投信の澤上篤人氏によって2004年11月にはコミュニティファ
ンド育成ステーションが設立されている。コミュニティファンドの設立と維持運営の支援
を行い、全体の成功率を高めようとすることを目的としている。また、澤上氏はコミュニ
ティファンドの運用への不安を和らげるために、本格的長期ファンドを組み合わせたファ
ンドをつくることも検討しているという17。
そうした意味では、冒頭に述べた国の地方交付税によるコミュニティファンド支援のあ
り方は適切なのか再検討が必要なのかもしれない。たとえば、先ほど市民事業への融資基
準をどのように作成していくかが課題となっていると述べた。コミュニティファンドの運
営は、ボランティアや母体組織からの支援によって成り立っていることが多く、特に審査
に当たっては金融のプロがボランティアで介在している場合がほとんどである。NPO・金
融機関の実務担当者や研究者の協働が望まれている。行政がこうした取り組みをソフト面
から支援することがあってもよいだろう。
4.4 最後に
社会の成熟に伴って、市民事業と通常の事業の境さえも薄れていく。たとえば、地域金
融機関の目的は基本的に地域経済の活性化とされる。コミュニティファンドも同じ目的を
有している。また、コミュニティファンドは、担保主義ではなく人や事業の将来性を要件
にしているが、既存の金融機関も担保主義を脱することが課題となっている。さらに NPO
への融資も複数の地域金融機関で開始されている。西武信用金庫は中間 NPO と連携した
市民活動への融資も構想している。こうした多様なプレイヤーの競合・活動を通して、あ
るべき金融の姿が浮かび上がってくるのではないだろうか。
21
※ コミュニティファンドの取材にあたっては、まち未来・東京 CPB の辻利夫氏、奥田裕
之氏から詳細な情報提供をしていただいた。また、さわかみ投信の澤上篤人氏からは、日
本の金融のあり方、コミュニティファンドの社会的経済的意義について貴重なご意見を伺
うことができた。紙面をお借りして厚く御礼を申し上げたい。無論、本稿の責任は筆者に
ある。内容の不備・不足があればご教示いただけると幸いである。
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他に「ソーシャルベンチャー」「コミュニティサービス事業」「ソーシャルエンタープライズ」「コミュニティビ
ジネス」等様々な呼称がある。
設立の順に、未来バンク事業組合(東京、1994 年設立)、女性・市民信用組合設立準備会(神奈川、1998)、
北海道 NPO バンク(北海道、2002)、NPO 夢バンク(長野県、2003)、東京コミュニティーパワーバンク(東
京、2003 年設立)等がある。。
詳細は、地方債協会 2003.「地域再生支援プランとコミュニティ・ファンド形成支援事業について― 総務省
自治行政局自治政策課情報政策企画官 牧慎太郎氏に聞く」、『地方債月報』12 月号、地方債協会、参照。
詳細は、国際協力開発機構「特集◎マイクロファイナンス 弱者を支える融資」、『国際協力』1月号通巻 597
号、国際協力開発機構、2005 年、参照。
向田映子「女性・市民信用組合設立準備会の活動と市民金融の実践」、『信用組合』5 月号、全国信用組合中央
協会、pp.10。
2004 年 3 月現在。
2005 年 1 月現在。
樫田秀樹「あなたは未来バンクを知ってますか?」、『現代』7 月号、講談社、2003 年、pp.265。
東京コミュニティパワーバンク設立趣意書
NPO 法人コミュニティファンド、まち未来&東京コミュニティパワーバンク
http://www.h7.dion.ne.jp/~fund/com.fund.html
設立準備会で、融資をする際の審査を広く公開するべきかどうか検討されたが、個人情報保護の観点から、
当面は審査委員会を一般に公開せず、審査の基準等は明らかにしながら、守秘義務や個人情報保護を考慮し
つつ、個別案件について可能な情報開示について努めることとされた。
ニュースレターVol.6、pp.3。http://www.h7.dion.ne.jp/~fund/newsletter.vol6.pdf.
松下圭一『政策型思考と政治』東京大学出版会、1991 年、pp.12。
堀田力/山田二郎/太田達男「鼎談 公益法人制度改革 何が問題か」、『公益法人』2 月号、公益法人協会、2005
年。
公益法人協会「公益法人制度改革に関する政府方針 どう見るか識者 16 氏からコメント (公益法人制度
改革)」、『公益法人』1 月号、2005 年。
市民バンクは、融資の受付・審査・決定を行い、提携している信用組合(現在は江東信用組合と青和信用組
合)が融資を実行している。その狙い、担保が不要なこと、融資対象となる事業のサポート重視、審査の方
法等、コミュニティファンドと類似点は多い。さらに片岡氏は、2001 年 11 月からは、西京銀行と提携し「し
あわせ市民バンク」をスタートさせ、山口県内を中心とした融資を開始している。
日本経済新聞社「市民型直接金融の広がり、既存金融の行き詰まりを映す」『日経マネー』3 月号、日本経済
新聞社、2005 年、pp.144。
22
第 3 章 地方自治体の自立と資金調達
石田 義明
1.はじめに
平成 17 年度の地方財政予算については例年になく活発な議論が起こった。
いわゆる三位
一体の改革である。①国税から地方税への税源移譲、②国庫補助・負担金の廃止・縮小、
③地方交付税の見直し、という 3 つを同時に進めようとするものである。活発な議論と多
大なエネルギーを使った割には、
地方分権を進めるという観点からは多くの不満が残った。
そういった中で、国庫補助金や地方交付税と密接不可分の関係にある地方債については
その仕組みの複雑さゆえ、この三位一体と関連づけての見直しの論議はあまり起きていな
い。ただし、地方債の償還金については、その性格は考慮せず、地方財政計画の歳出に一
括計上され、マクロとして地方交付税等により財源が保障されていることが、地方財政の
モラルハザードを引き起こしているという指摘がある。この問題は、道路の整備や治水な
どの国民生活上必要な基礎的な社会資本の整備と、地方交付税の振替分と、いわゆる豪華
な箱物施設といわれるようなものとを分けて議論しなければならないが、実態が分からず
に十把一絡げにされている状況である。
こういう三位一体の改革とは別に、地方債については既にいろいろな観点から見直しが
始まっている。
平成 15 年 4 月から東京都を除く市場公募債発行団体が共同で地方債を発行
した。また、市場公募債発行団体以外でも事業を特定したミニ公募債の発行が始まった。
平成 18 年度から地方債許可制度が協議制度へ移行されるなど見直しが進んでいる。
それに
あわせ、各地方自治体は投資家向けに IR(インベスター・リレーションズ)を始め出して
いる。
いずれの議論においても、地方分権を確固たるものにするため、市民が自分たちの自治
体の資金調達について理解でき、関心を持つようにすることが必要である。今の制度はあ
まりにも複雑である。自治体職員でさえも理解していない。今大事なことは制度を合理化
し、住民とともに投資家に対しても情報を開示し、地方自治体の状況を理解してもらう努
力が必要である。
以上のことを踏まえ、ここでは地方自治体が自立した資金調達を進めるために必要な仕
組みと、
その実現のための方策を考えることを目的としている。
論点を明らかにするため、
市場公募債を発行している都道府県の地方債を中心に論じる。また、記述は当然個人的な
見解となるが、筆者の経験から、発行者側の立場からのものとなる。
2.問題の所在
2.1 複雑な地方財政制度
地方財政計画は、翌年度の地方団体の歳入歳出総額の見込額で、地方債関係では、歳入
に起債額、歳出には地方債の利子及び元金償還金が記載される。役割としては、①国家財
政・国民経済等との整合性の確保、②地方団体が標準的な行政水準を確保できるよう地方
財源を保障、③地方団体の毎年度の財政運営の指針、の 3 つである。
23
地方交付税の総額は国税 5 税の一定割合を基本にしつつ、地方財政計画における地方財
政全体の標準的な歳入、歳出の見積もりに基づきマクロで決定される。この地方交付税に
は、地方団体間の財政力の格差を解消する財源調整機能と、地方財源の総額を保障するマ
クロな財源保障機能、どの地方団体に対しても計画的な運営が可能となるミクロな財源保
障機能がある。性格としては、①国が地方に代わって徴収する地方税、②国庫補助金とは
違って、使途が制限されない一般財源、③歳出面(国:地方=2:3)と歳入面(3:2)で
ギャップがある税源配分を補完、の 3 つである。
このように世界に類を見ない精緻な財政制度ができあがっており、逆にこれがモラルハ
ザードを起こしていると指摘されている。
2.2 地方債の現状
地方財政法では、地方公共団体の歳出は、地方債以外の歳入をもつて、その財源としな
ければならない。ただし、公営企業、出資金等、地方債の借換え、災害復旧事業等、公共
施設の建設事業等に要する財源とする場合のみ発行できると、その使途は限定列挙されて
いる(地方財政法第 5 条)
。
現在地方債を発行ルールから見ると、①通常債、②特例債、の 2 種類に分けられる。近
年この特例債の発行額が膨大になっており、原則で発行される通常の建設事業債よりも逆
に大きな割合を占めてきている。これが地方債発行残高の急増につながっている。この特
例債は国の政策や財政状況の悪化に応じて措置され、入り口ベース(国税 5 税の法定割合)
の交付税総額が足りないために、収支不足額を補填するために発行されるものであり、①
完全な赤字地方債、②充当率の引き上げなどですき間を埋める特例的な建設地方債、に分
かれる。主なものは、以下のとおりである。
財源対策債:地方財政対策における財源不足額補てんのために発行される建設地方債
(国庫補助率の引下げに伴う補てんのための発行も含む)
補正予算債:国の経済対策等で追加の公共事業の財源として発行される建設地方債
減税補てん債:税制改正に伴う地方税減収補てんのために発行される赤字地方債
臨時財政対策債:交付税特別会計借入の振替で発行される赤字地方債
減収補てん債:地方税収が地方交付税算定に用いた標準税収入を下回った場合の減収補
てんで発行される建設地方債(赤字地方債の時もあった)
地方財政の借入金残高は平成 16 年度末で 204 兆円と見込まれている(図表 3-1 参照)
。
平成 3 年度から 2.9 倍、134 兆円増えているが、そのうち 76 兆円(実に 57%を占める)は
特例的な借入金である。現に平成 15 年度の地方債計画では普通会計分 15 兆円のうち、通
常分が 6 兆 6 千億円、特別分が 8 兆 4 千億円となっている。
平成 17 年度地方交付税において、国税 5 税の法定割合分は 11 兆 9,810 億円しかなく、
通常収支の不足は 7 兆 5,129 億円にも達している。その補てんとして、臨時財政対策債が 3
兆 2,231 億円、財源対策債が 1 兆 7,600 億円などで対応している。本来は地方交付税法第 6
条の 3 第 2 項 1 の状況に該当するのであるから、各地方自治体が地方債を発行せずに、地
方財政の制度や率の変更を行い、地方交付税等として歳入に計上されるものであった。
24
図表 3-1 地方財政の借入金残高の状況
出典:総務省ホームページ
2.3 地方債の利回り
前述したように、
国の地方財政計画により、
どの地方公共団体も財源を保障されている。
しかし、地方債は発行段階でも、流通段階でも利回りに格差がついている。
発行段階では、東京都と横浜市が個別に交渉をし、それ以外の団体が統一条件交渉をす
る 3 テーブル方式が昨年から行われている。従来は総務省主導で、全団体が統一して条件
交渉を行う仕組みであったものが、平成 14 年に東京都が抜け、次いで平成 16 年には横浜
市が抜けている。この方式がとられてからは、東京都を除く団体が発行する共同発行債(後
述)
、東京都債、横浜市債、その他の個別発行債、に分かれ発行条件が決まっている。これ
25
らの実態は利回り以外にも手数料を考慮に入れる必要があり、条件決定日も異なるため、
簡単に比較することはできない。各団体の個別の債券発行にかかる手数料は、10 年もので
100 円当たりの引受手数料が 48 銭、38 銭、32.5 銭の 3 段階、他に受託手数料が 1.2 銭、登
録手数料が 3.5 銭、元金手数料が 10 銭、利金手数料が 20 銭となっている(一部非公表の
団体がある)2。引受手数料は近年引き下げられている。銀行等引受の縁故債は各団体間で
バラバラである。
流通市場においても、それぞれの地方債の利回りに格差が生じている。流通利回りの差
と各団体の財政指標との関係を整理してみた(図表 3-2 参照)
。流通利回りの格差は先ほど
の引受手数料の差にも現れている。
図表 3-2 地方債の流通利回りスプレッド・格付け・財政指標
自治体名
流通利回り国債
格付け
財政力指数
スプレッド※1
※2
※3
経常収支比率
起債制限比率
※3
※3
東京都
0.065
AA+
①1.044
⑤ 93.6
⑥12.9
京都府
0.084
AA+
⑧0.488
② 88.6
② 9.9
埼玉県
0.086
AA+
⑦0.616
④ 91.9
⑤11.3
横浜市
0.086
AA※4
②0.899
① 88.4
⑧14.7
神奈川県
0.086
AA
⑤0.810
⑦ 95.7
① 6.2
愛知県
0.089
AA
④0.856
⑥ 93.9
④11.2
大阪市
0.119
AA-
③0.861
⑨102.5
⑨15.8
北海道
0.126
AA-
⑨0.350
③ 89.5
③11.0
大阪府
0.132
AA-
⑥0.698
⑧101.1
⑦13.9
※1:各地方債の償還日(2014 年 9 月、10 月)に相応する国債のイールドカーブ比スプレッドである。日本証
券業協会・公社債店頭売買参考値(2005.2.15)から算出。
この方法で算出すると、共同発行債は 0.081 のスプレッドとなる。
※2:格付けは㈱格付投資情報センター(2003 年 8 月)
(オープン格付け)
※3:財政指標は 2003 年度普通会計決算。丸数字は各指標の順位。
ただし、都道府県と政令市は財政構造が異なるため、単純に比較できない。
※4:2005 年 3 月にAA+に変更。
筆者作成
この流通利回りは発行する各地方自治体のどのような点を見て決まるのであろうか。農
林中金総合研究所では、公募地方債の銘柄間格差についてその要因を分析しているが、
「
(1999 年の)分析では、銘柄間格差の背景は『公募債残高』など流動性要因に影響を受
けており、信用リスクについては明らかな影響は見て取れなかった。しかし、今回の考察
により、昨今着実に、銘柄間格差には地公体(地方公共団体)の財務内容が織り込まれて
きたといえるであろう。」3
26
利回りの順位は格付けとは一致するが、財政指標との関係ではこれと言った決定的要因
はないと思われる。投資家が将来の償還の確実性を考えて商品を選択するならば、市場公
募債の満期一括償還に備えた基金へ、計画通り積み立てているか、また積み立てた基金を
一般会計が借り入れしていないかが最も重視される項目ではないかと思う。一覧で見られ
る資料がないので、主な団体の状況をホームページ等から調べる。
東京都:平成 16 年度の最終補正予算で減債基金積立不足額を 5,916 億円から 5,304 億円
に圧縮
神奈川県:平成 16 年度の最終補正予算で県債管理基金の積立不足額 1,070 億円のうち
468 億円を補てん
北海道:満括基金への積立の一部保留。
⑭430 億円 ⑮580 億円 ⑯690 億円
大阪府:減債基金からの借入累計額:平成 17 年度末見込み 5,109 億円
逆に、埼玉県と横浜市は翌年度以降積み立てるべき金額の一部を、前倒しで積み立てて
いる。
3.地方債を巡る現在の動きと今後の課題
3.1 ミニ公募債
平成 14 年 3 月に市場公募債を発行していない群馬県が「愛県債」という名称でミニ公募
債の発行を始めた。この特徴は、3 年や 5 年もので住民が買いやすく、対象事業がある程
度特定される点にある。つまり、自分が購入する地方債がどのような事業の財源なのかが
分かり、その事業の当否を判断できることにある。
ただし、その発行条件は各団体がバラバラである。ミニ公募債は市場公募債を発行して
いる団体も発行していない団体も発行しているが、発行条件については今後整理される必
要がある。
(図表 3-3 参照)
図表 3-3 ミニ市場公募債の発行状況
応募者利回り
対
(単位:億円)
自治体名
発行額
象
事
我孫子市
2
0.58%
古利根沼用地取得事業
城陽市
2
0.64%
学校給食センター施設整備等
宮城県
30
0.66%
高等学校整備等
君津市
3
0.72%
清和中学校大規模改造等
習志野市
3
0.80%
子育て支援事業等
業
注:平成16 年11 月25、26 日発行のものを掲載。発行価格100 円。償還期間5 年満期一括
筆者作成
我孫子市は環境保全という事業の特殊性から、政策的に低く設定している。発行額が小
さい市の場合はどのように発行条件を設定しているのであろうか。感覚的には、パー発行
ということもあり、また 1 万円という少額の発行もあるため、通常の市場公募債よりも利
回りが高く設定されているように思われる。市場から見た場合、ミニ公募債はどのような
27
意味を持つものであろうか。今後事例を重ねながら、そのあり方や課題が整理されていく
ものと思われる。
3.2 連帯債務による共同発行
平成 14 年 4 月、2 テーブル方式が始まり、それまでの各自治体一律の条件から東京都が
独立し、東京都は独自で発行条件を交渉することになった。平成 15 年 4 月、東京都以外の
団体が地方債(市場公募債)の共同発行を始めた。総務省(自治省)主導の護送船団方式
が崩れてしまった。各地方債は国の地方財政計画、地方債計画等で信用補完されており、
団体ごとに差がつくものではないとしてきたものの、
前述したとおり、
実際にセカンダリー
マーケットでは格差がついていた。
平成 16 年度は、27 団体で 1 兆 2,430 億円を発行している。各団体で 300 億円~600 億円
である。それぞれが他団体発行分に対し連帯債務を行っている。制度発足時には、各地方
自治体で他の自治体までの債務を保証するのか、ということが大きな議論になった。この
方式はロットが大きく、個別発行より利回りが低く、コストも抑えられ、安定的な調達が
可能となるなどメリットが大きいが、国と自治体の役割分担や責任の明確化、連帯債務(財
政指標的には例外扱いされることとなっている)の扱いなど課題も多い。
この課題を克服することなどを目的に、地方公共団体統合財務研究会からは、共同発行
するための組織を作るべきとの提言が出ている4。また、宮沢尚史氏は、主に市町村債を対
象に財務ランク別の「共同発行」を提案している5。
今後さらにいろいろな角度から検討する必要がある。
3.3 寄附による投票
長野県の泰阜村や北海道のニセコ町などでは、例示されている事業を選んで寄附できる
基金条例ができている。借金と寄附では大きな違いだが、事業に着目した住民からの資金
調達という意味で、この考え方と制度の課題を検討する。
泰阜村の状況は以下のとおりである。福祉事業は目標額が 500 万円で既に 300 万円が集
まっている(図表 3-4 参照)
。
図表 3-4 泰阜村の寄附金の状況(平成 17 年 3 月末現在)
事業名
寄附額
学校美術館修復事業
1,950,371 円
在宅福祉サービス維持向上事業
3,102,000 円
自然エネルギー活用・普及事業
1,105,000 円
使い道の指定がなかった寄附金
3,040,836 円
合
9,198,207 円
計
出典:泰阜村ホームページ
28
まだ始まったばかりであり、今後の推移を見守る必要があるが、この最大の問題は税の
減免をどのように考えるかである。この制度を推進しているグループは、
「個人が自治体に
寄附をすると、そのうちの一定額が所得から差し引かれ、課税対象額が減る。
(中略)税率
が高い国税の方が地方税より減収額が多くなる。
」そのため、これは税源移譲と同じである
「寄附額そのものを税額から差し引く方式」も提案されている 6。
と述べている 6。 さらに、
ここまで行くと、税のあり方論を含めさらなる議論が必要になる。
4.自立的な財源調達に向けた地方債改革
提言 1:通常の建設事業のために発行される建設地方債はミニ公募債的に地域住民が投資
できるような仕組みを考える。その際には寄附による投票制度的な発想も導入で
きないか検討する(図表 3-5 参照)
。
地域住民が対象事業の内容を例えば環境、福祉、文化などどのような事業かということ
を評価し、利回りは環境事業であればゼロというようにして、その利回り分は寄附金と見
なす方法である。もちろん現行制度では税の取り扱いは無理であるが、工夫の余地はある
と思う。アメリカの地方債は免税債で利子所得を免税にしている。今回の提案はそもそも
利子を受け取らず、それを寄附したことと見なし、寄附金同様の免税措置を適用したらど
うかということである。地方債を免税債にすることともに、利子ゼロ地方債も検討に値す
るものと思う。
この方式では、発行された地方債を借り換える時どうするかというテクニック上の課題
は残る。
図表 3-5 地方債の区分による発行方法
通 常 債
特 例 債
建設事業
財源不足の穴埋め※
対象事業
返済負担者
地域住民・企業
国民
発行方法
ミニ公募債方式
共同発行
寄附による投票の発想を
加味
投資家
地域住民・企業等
機関投資家
※地方債の充当率を上げるなどして、形は建設地方債にしているケースも多い。
筆者作成
提言 2:財源不足で緊急避難的に発行している特例債は共同発行する。
税源移譲がなされるまでの間、国の措置で発行するものは同一条件で借り入れする方が
よいという考え方である。償還は将来の全国民が負担することになるからである(図表 3-5
参照)
。
現在提唱されている共同発行機構の活用についても検討する必要がある。この機構につ
いては専門性の向上に伴う発行コストの縮減と管理コスト等を精査する必要があるが、大
29
量の地方債を安定的に消化できる等メリットはある。しかし、地方分権という観点からは
課題も多い。まず、各団体からの出資をどうするか。その財源はあるのか、出資団体間の
バランスをどう取るのか。東京、横浜は入るのか。現行の共同発行でも課題となっている
発行条件が、財政状況の一番悪い団体に結局収斂してしまう恐れはないか(提言内容とは
矛盾するのであるが)
。
各団体の議会のチェックがどこまでできるのか等々検討課題は多い。
提言 3:投資家や住民に地方自治体の財政状況を分かりやすく説明する必要がある。
提言 1,2 の改革とあわせ、対象者を投資家や住民に分けて詳細に IR も実施する。
分かりやすい財政制度が前提になるが、住民に対する説明方法を工夫する。そのために
も流動性を高め、よりよい条件での発行を目指すため、大量の資金を一括して調達する手
法をさらに進める一方で、対象事業を明らかにした地方債を適宜発行することも必要であ
る。それとともに、各地方自治体も財政状況、特に潜在化している外郭団体等の将来負担
になる債務の存在も含め、隠さずに丁寧に説明する必要がある。
5.おわりに
仕事をする必要がない親(国)が財布の紐だけは自分でかたくなに手放さず、仕事して
いる子ども(地方)には条件をつけながら少しずつ給料(補助金)を渡す。同居する豪華
な家を借金して建てろ、返済のときは援助(地方交付税措置)する。さらに親も借金で苦
しいのだ、毎日の生活費も自己責任で借金(臨時財政対策債)しろ。と言いつつ、親のほ
うは自らの生活を全く正そうとしないばかりか、子どもは何するかわからないと言って仕
事を渡さない。これが現状である。
提言を 3 つ掲げたが、その前に最も重要なことが 2 点ある。1 つはいうまでもなく、国
と地方の仕事のあり方を補完性の原則 7 に則って整理し、その仕事に応じた税財源を配分
することである。自己責任で地方債を発行せよといっても、自立的な地方財政制度になっ
ていなければ、無理な話である。もう一点は、地方債を発行する地方自治体と、引き受け
る金融機関側との相互理解である。従来は共通言語もなかったといえるのではないだろう
か。県の財政を担当している職員でさえ金融市場のことはほとんど知らない。逆もそうで
あろう。
減収補てん債を赤字地方債と書いている本もある。
お互いが基盤とするバックボー
ンを理解して初めて IR も実があがるのである。
この問題を調べてみて思ったことは、地方自治体側からは、今まで抜本的な改革案が提
案されていないということである。このような改革の時期に、発行者側からの意見表明も
重要である。双方からの議論が盛んになることを望む。
1
2
3
4
地方交付税法第 6 条の 3 第 2 項。
毎年度分として交付すべき普通交付税の総額が引き続き第十条第二項本文の規定によつて各地方団体につい
て算定した額の合算額と著しく異なることとなつた場合においては、地方財政若しくは地方行政に係る制度
の改正又は第六条第一項に定める率の変更を行うものとする。
平成 16 年度市場公募地方債発行団体連絡協議会資料より。
農林中金総合研究所「公募地方債にみる各地公体間の価格差」
、
『金融市場』2002 年 8 月号。
地方公共団体統合財務研究会「地方公共団体における財務マネジメント効率化推進のための提言」
30
5
6
7
2003 年 2 月 27 日。
「戦略的な地方債市場改革への提言」
『NIRA 政策研究』2003 年 8 月号、pp.52-54 にその提言の概要が掲載さ
れている。
宮沢尚史「地方債流通の新たな展開に向けて」
、
『地方財務』2005 年 3 月号。
跡田直澄「分権推進 政策見極め自治体に寄付」
、
『私の視点』朝日新聞 2004 年 5 月 11 日。
補完性の原則 (principle of subsidiarity) とは、小さな下位の共同体が効果的に遂行できる事柄を、より大き
な上位の共同体が奪ってはならないとする原則。欧州連合(EU)は、集団的なアプローチが個人、地方、あ
るいは国家的アプローチよりも効率的であるという分野において、国家主権を委譲するという、補完性の原
則に基づいている。また、補完性の原則は、近接の原理とあわせて用いられる。近接の原理 (principle of
proximity) とは、行政の責務は一般的に市民に一番近い行政主体によって行われるべきであるという原則のこ
とであり、地方自治体の責務の、中央政府等他の行政主体への移転は、技術的・経済的な効率性の要請に基
づくものであって、かつ市民の利益により正当化されるものでなければならないとする。
The Subsidiarity principle is intended to ensure that decisions are taken as closely as possible to the citizen and that
constant checks are made as to whether action at Community level is justified in the light of the possibilities available at
national, regional or local level. Specifically, it is the principle whereby the Union does not take action (except in the areas
which fall within its exclusive competence) unless it is more effective than action taken at national, regional or local level.
It is closely bound up with the principles of proportionality and necessity, which require that any action by the Union
should not go beyond what is necessary to achieve the objectives of the Treaty.
31
第 4 章 日本の介護サービス市場の健全な成長における要件
-訪問介護と居宅介護支援における一考察-
小池 由貴子
1.はじめに-問題の所在
厚生労働省は平成 16 年 7 月 30 日社会保障審議会介護保険部会において、
「介護保険制度
の見直しに関する意見」をとりまとめた。4 年間の制度推進の効果と課題分析結果による
と、①サービスの質の問題への注目 ②情報開示と事後規制ルールの確立 ③体系的な見
直しが必要なケアマネジメント ④依然として根強い施設志向 ⑤重度者に対する在宅
サービス ⑥施設と在宅ケアの利用者負担の不均衡 ⑦社会保障制度間の給付重複 ⑧多
彩な「住まい方」の選択肢の確保 ⑨施設・入院ケアのあり方に対する再検討 ⑩より一
層の在宅ケアの推進、という 10 の課題に主としてまとめることができる。
特に着目したいのは、上記の 10 の課題の中の①から③までである。
①「サービスの質の問題」に関しては、介護保険制度の根幹を問う課題である。なぜなら
介護保険制度はサービスなしでは運用できないからであり、そのサービスを担う人材が質
を大きく左右するからである。サービスの質を確保するためには、よい人材の確保と資質
向上、雇用・労働環境の改善が不可欠である。しかしサービスの質を担保する公正な市場
のあり方については、この 5 年前後をみても取り上げて考察を行っている論文が少なく、
議論が熟しているとはいいがたい。そのため介護サービス市場は慢性的な人材不足・過重
な責任・低い労働対価より、よい人材がなかなか定着しないという現状があるのではない
だろうか。
②「情報開示と事後規制ルールの確立」は、介護サービス市場のあり方を利用者権益と事
業者や市町村の責務の観点から問うものである。今回の見直しでは、介護サービス市場が
規制緩和をして多様な介護サービス事業者の参入を認めている一方で、不正に対する実効
ある事後規制システムが不十分であると指摘している。規制については、事前規制として
適正な介護報酬やインセンティブ体系の整備ということも重要な前提であるにもかかわら
ず、事前規制が十分論議と検証をされないまま現状に至っている感が否めない。現状の介
護保険制度では、この事前規制の部分の評価と見直しも、事後規制ルールの確立とあわせ
て十分に行う必要があると思われる。
③「体系的な見直しが必要なケアマネジメント」については、制度のキーパーソンを担う
ケアマネージャーの業務過多と低い労働対価によるサービスの質の低下を示唆するもので
ある。
33
以上のことはすべて現在の介護サービス市場が内包する課題でもあり、市場原理が導入
された介護保険制度を見直すためには、介護サービス市場のあり方を分析評価することが
不可欠であると考える。
よって本稿では、まず擬似市場としての介護サービス市場の特性や機能のための要件を
整理し、そこから現状の介護サービス市場が抱える問題を分析したい。そして原則に立ち
返って市場参加者の責任と役割を考察することにより、健全な介護サービス市場の発展の
要件について提言としてまとめたいと考えている。また、居宅サービス事業者については
特に収益性が低い居宅介護支援と訪問介護を取り上げる。
2.介護サービス市場と市場参加者
2.1 介護サービス市場の特性と現状
2.1.1 擬似市場(準市場)としての介護サービス市場の特性
介護市場は通常の市場とは違い、擬似市場(準市場)方式となっている。
(図表 4-1 参照)
図表 4-1 擬似市場(介護保険)
出典:駒村康平「擬似市場論-社会福祉基礎構造改革と介護保険に与えた影響-」澁谷博史編
『福祉の市場化をみる眼-資本主義メカニズムとの整合性』ミネルヴァ書房、2004 年
擬似市場は、従来政府が直接供給してきた保健医療・福祉・教育などのサービスに主に
採用される市場メカニズムである。その目的は非効率でニーズへの応答性に欠けた公的部
門を分権化し(購入者と供給者に分離)
、市場に類似した競争原理を導入して、公共サービ
スの効率性を改善し、消費者の選択の幅を拡大し、ニーズへの応答性を高めることにあっ
た1。
擬似市場が機能する要件として駒村(2004)は、①十分な供給主体の存在 ②価格・報
酬体系・インセンティブの設計が重要。そして、③サービス利用者のニーズ把握とチェッ
34
ク ④サービスの安定供給 ⑤コスト増加への評価(取引費用への考慮)という5つの要
件があると説いている。
2.1.2 擬似市場(準市場)としての介護サービス市場の現状
上記の駒村(2004)の要件を実際の介護サービス市場の現状に即して分析してみると、
①「十分な供給主体の存在」については社会保障審議会介護保険部会で「量より質の問題
に移行している」といっているが、特に在宅サービス分野のホームヘルパーの慢性的な不
足の問題が依然として指摘されている2。厚生労働省の平成 14 年までの訪問介護員の累計
養成数は 201 万人となっているが、実際従事しているのは 21 万人で 1 割程度となって
いる3。なぜこのような現象が起こっているのだろうか。それは上記②「価格や報酬の問題」
と深い関係があると思われる。
②「価格報酬体系やインセンティブの設計が重要」については、唯一の報酬体系である介
護報酬の単価設定が低く評価項目が雑な部分があるため、労働対価として評価されない行
為があり、その部分のホームヘルパーの時給は事業者の持ち出しとなってしまっている現
状がある。また交通費も補償されていない。訪問看護と比べて一番高い身体介護の介護報
酬でも、その報酬単価は約半分という低さである4。
ケアマネージャーも同様の状況がある。介護報酬の請求は一律のケアプラン料のみで、
利用者が入院して在宅サービス利用がなくなった場合は、介護報酬を算定できない仕組み
となっている。入院をしてもアセスメントや関係機関との連絡調整・相談対応は必要であ
るが、その行為が無償と化してしまうのである。その時給分は事業者からの持ち出し費用
となる。
インセンティブとしての公的な評価は、ケアマネージャーの場合4種類以上のサービス
をケアプランに盛り込むと 1 件につき介護報酬が+1000 円の加算となる。しかし 4 種類の
サービス利用に満たなくても、実質 4 社以上の様々な主体からサービスの提供を受けてい
る場合があり、その場合は対象とならない。連絡・調整・相談には同様の時間とコストが
かかっているが、それはどこからも評価されず無償の行為となっている。
また介護サービス事業は収入のほとんどが保険内の収入となっているため5、上記のよう
な介護報酬設定のままだと、事業者が経営存続をしていくためには人件費を削らざるを得
ない。重大な責任を求められている専門職であるにもかかわらず低い労働賃金のまま働か
ざるを得ない現状となっている6。そのため資格をとっても職にはつかないといった状況に
なっているのではなかろうか。しかも扶養しなければならない家族がいて介護職として働
く場合、この低賃金の状況では他業種と比べ生活上厳しいものとならざるを得ない。その
ため人材が他業種に流れる状況もあると思われる。
従ってサービスの内容を十分に反映した適正な介護報酬の価格設定とインセンティブが
必要である。それが設定されないと、潜在的に事業者側でコストのかかる利用者とそうで
ない利用者の選別(クリームスキミング)がはたらき、利用者に対しての公平性を欠くこ
35
とも否めない7。
③「サービス利用者のニーズ把握とチェック」については、特にサービスの購買代理人と
なるケアマネージャーの役割が重要となる。現状としてはケアマネージャーの質のばらつ
きがあるため、質の向上をいかに図るかということで論議されている問題である。公正中
立な立場でいかに利用者のニーズに即したケアプランをたてるか、ということが求められ
ているが、ケアマネージャーが民間企業に属する限り、上記②の問題が影響してその企業
にお金が入るようなケアプラン作成を求められる可能性が高い。
④「サービスの安定供給」についても、サービスを提供する人材が確保できるかという問
題につながっている。人材確保の問題は上の②の要件が達成されているかどうかが大きな
鍵となるといえよう。
⑤「コスト増加についての評価」は、介護報酬がサービス提供月の 1 ヶ月以上後に事業者
に振り込まれるため、その間の経営資金や不測事態に陥ったときの資金手当てとコストを
事業者側で考慮しなければならない状況となっている。そのため経営上のリスクも高いが
それをバックアップするような制度がない。
2.2 市場参加者の役割から見る市場発展のための要件
2.2.1 中央政府の役割
①「福祉多元主義による条件整備者としての中央政府の役割の再確認」
福祉国家における政府責任の偏重による反省から、多元的福祉を実現するべきだという
福祉多元主義が登場し、①政府部門 ②営利部門 ③ボランタリー部門 ④インフォーマ
ル部門(家族・隣人)の4つが分担して担うべきだという主張がある。
(高橋:2003)
福祉多元主義が再認識される現在において、中央政府には、直接的な介入というよりは
むしろ、この4つの部門がバランスよく役割を果たすための条件整備をいかにするかとい
うことが重視される。
(Johnson:1987)
②「適正な介護報酬による、国による市場規制」
経済活動による利用者へのマイナス影響を最小限にしかつ擬似市場が機能するために、
国が主体となって、労働対価を反映した介護報酬の適正な価格設定による規制をかけるこ
とが重要であると思われる。統一的なルールの策定は国によってしかできないが、その設
計は、絶えず見直しが可能でなければならない。低い賃金で過重な責任のままでは離職率
は高いままであり人材の確保やサービスの質の維持向上はのぞめない。
そして介護保険の目指す介護の社会化が現状では不完全であるという論議があり8、今後
もインフォーマル部門の役割は介護において重要なため、社会的なバックアップと評価は
必要と思われる。ドイツにおいては金銭給付も認められているが、在宅介護における負担
36
感を示す家族は 8 割を超えている。そのため家族の労災保険料や年金保険料の負担を公的
にバックアップする制度がある9。介護保険のないイギリスは 2001 年に「介護者支援のた
めの国民戦略」を発表し、介護者にたいするケアを重要視している。具体的には介護者へ
の所得補助や労働復帰支援、介護者センター支援等を行っている。
2.2.2 保険者(市町村)の役割
①「地域の実情に即した介護サービスの構築」
地方分権下では地域の実情に即した介護サービスを自治体の裁量で作っていくことも可
能である。
いかに市民の声を反映し実情に即したサービスの構築できるかが問われている。
②「利用者およびサービス事業者に対する相談体制の充実」
利用者保護の見地からの苦情相談対応体制や、介護サービス事業者に対しても安定した
サービス提供ができるための相談サポート体制を、
保険者が担うことが必要だと思われる。
事業者・利用者間で満足度や質の高いサービス提供がスムーズに行われるためには、
必要に応じて相談バックアップ体制を自治体が担うことが重要だからである。
本来なら地域の在宅介護支援センターがこの役割を担うことが期待されているが、筆者
がヒアリングを行った東京都の S 区では、
介護保険見直しに伴う地域包括支援センター
(仮
称)の設置準備で手一杯な状況であり、事業者に対するバックアップ体制がほとんど望め
ない状況であった。こういう状況では効率的なサービス提供が滞る可能性も否めない。
③「低所得者に対する利用者負担軽減措置の継続」
社会福祉サービスは低所得者になるほど自己負担を考慮して需要抑制が働くことがわ
かっている。
(駒村:2002)そのため、地方自治体独自の福祉政策の一環として利用者負担
軽減措置を講じることは重要である。こうしたバックアップが需要喚起となり、新たな事
業者の参入を促すことにもつながると大日(2002)は論じている10。しかし保険者として
の地方自治体の介護保険上の役割が非常に限定されており、減免措置についても厚生労働
省の介入があり自己判断の制限を受けている現状が指摘されている。
(高橋:2002)
財政的な理由で東京都内では平成 17 年 3 月で廃止した自治体もあるため、
原則に立ち返
り見直しの必要があるのではなかろうか。
④「保険者(市町村)の権限強化と役割の見直し」
③でも触れたように介護保険上では保険者である市町村の役割は非常に狭いものとなっ
ている。介護サービス市場の安定した運営には行政による規制が重要であるため、再度、
国・都道府県・市町村の役割についての見直しが重要である。
37
2.2.3 サービス事業者の役割
①「質のよい人材の確保・育成」
これはサービス提供主体における大前提である。質を維持するための教育や育成システ
ムを保険者である市町村とも共同で取り組んでいく必要があるのではなかろうか。例えば
現行の介護職の基礎資格であるホームヘルパー2 級は、現行の日本の制度では海外と比べ
養成期間が非常に短い。講義・実習・演習含め 130 時間科目取得で修了証を得ることがで
きる。これに比べドイツでは、老人介護士が 3 年、老人介護補助者が最低 1 年を必要とす
るといわれている。そのため日本では介護福祉士11とホームヘルパーの資格の資質の差を
埋める新しい資格の検討が進んでいる。
②「第三者評価への積極的関与と情報開示」
第三者評価は、都道府県が推進している。東京都の場合、東京都福祉サービス評価推進
機構で認証された評価機関が評価を行うこととなっている。厚生労働省によると第三者評
価受審費用は 1 機関あたり平均約 42.7 万円負担金が必要である。助成を出して受審を勧め
る自治体もあるが費用負担がかかるため事業者の受審抑制となっている。
しかし評価によりサービスの質への取り組みが証明されることになるため、選択される
事業所の判断材料になる可能性が高い。また利用者にとっても情報開示によるサービスの
自己選択がしやすくなるため、評価を受ける際の金額補償がなされれば今後より推進され
ることが期待される。
③「企業の社会的責任(CSR)への積極的な取り組みと外部評価」
介護・福祉サービスの分野で CSR12が論じられたことは皆無に等しい。介護や福祉といっ
た分野は人間の命や尊厳に重大な影響を及ぼす部門であり、介護サービス事業者が CSR を
実践することは重要だと思われる。それによって企業価値やステークホルダー価値を高め
ることができ選択される事業者として介護サービス市場に貢献することができるであろう。
投資判断により資本の蓄積も望める可能性がある。
川村(2004)によると日本型 CSR の実践領域は経営の誠実さを中心に、4つの企業責任
の領域があると説いている。
これらの取り組みを評価し情報開示することで、利用者側もサービス選択に際しメリッ
トを受けることができると思われる。
―川村(2004)による日本型 CSR の実践領域―
◎経営の誠実さ
=経営トップのコミットメント・第三者の視点による企業統
治・企業倫理・情報開示・説明責任・リスクマネジメント
◎市場に対する責任
=公正取引・消費者の権利・収益性の向上など
◎従業員に対する責任 =機会均等・能力開発・仕事と家事の両立性など
◎環境に対する責任
=資源循環・自然環境保全など
◎社会に対する責任
=地域社会との対話・連携・社会貢献活動など
38
2.2.4 ケアマネージャー(サービス購買代理人としての役割を含む)の役割
◎ ケアマネージャーの公正中立的な姿勢の遵守
佐藤(2002)は、ルグランとバートレットの理論枠組みから擬似市場(準市場)として
の成功要件を整理しているが、その一つに「情報」という要件がある13。ケアマネージャー
の公正中立性が重要な問題であり、利用者に対して公正で正確な情報提供と適正なケアプ
ラン立案は非常に重要である。なお 情報に関しては「モラルハザード」の問題があると
指摘されているため、このことを念頭において利用者がきちんと自己決定できるようにサ
ポートする姿勢が必要である14。
三菱総合研究所(2003)の調査によると、ケアマネージャーの 9 割は他のサービス事業
所が併設されており、その併設介護サービス事業の利用率は全国平均より突出して高い。
ケアマネージャーが民間企業に属している以上、公には禁止されていても経営の面から
併設事業サービスを盛り込んだケアプランを暗黙に企業側から要請される状況から脱する
ことはできず、公正中立な立場は保てないと思われる。
2.2.5 サービス利用者・家族(サービス購買人)の役割
◎ 市民による積極的な政策評価への参加
市民側で積極的にサービスの状況や提案・希望などを率直に行政に申し出て、政策評価
に参画する姿勢が必要である。高橋(2002)は、市民がサービス提供に参画する媒体とし
てボランタリーセクターが重要な役割となりうることを示唆している15。
市民が政策評価の過程にどう参画するか、それが利用者本位の介護サービス市場ひいて
は介護保険の制度の発展につながる重要な要素である。
3.まとめ ― ソーシャルガバナンスの理論と理念
以上、介護サービス市場における特性と現状分析、市場参加者の役割の評価を通して介
護サービス市場発展の要件について考察を行った。
提言としてまとめたこれらの要件については、介護サービス市場の健全な発展に大きく
寄与すると同時に、よりよい介護保険制度の骨格に通じるものであると思われる。
また今回の分析で国の規制力や保険者である自治体の権限が弱小している傾向にあるこ
とがわかった。
介護保険制度をよりよくするための規制システムをどのように働かせるか、
そして国と地方自治体の役割の明確化をいかに図るかが問題である。
本論では詳細な言及はしなかったが、現在の日本は新自由主義政策をとる小泉政権下に
ある。そうした状況下で介護保険制度の運用規制システムを捉えるためには、ソーシャル
ガバナンス(協働的統治システム)という理論・理念が重要であると考える。
神野(2004)によると政府とコミュニティ(市民社会組織)はソーシャルガバナンス関
係、政府と市場はマーケットガバナンス関係、市場とコミュニティもある種のガバナンス
39
◎
提言のまとめ (介護サービス市場発展の要件)
1.
福祉多元主義による条件整備者としての中央政府の役割の再確認
2.
適正な介護報酬による、国による市場規制
3.
地域の実情に即した介護サービスの構築
4.
利用者およびサービス事業者に対する相談体制の充実
5.
低所得者に対する利用者負担軽減措置の継続
6.
保険者(市町村)の権限強化と役割の見直し
7.
質のよい人材の確保・育成
8.
第三者評価への積極的関与と情報開示
9.
企業の社会的責任(CSR)への積極的な取り組みと外部評価
10.
ケアマネージャーの公正中立的な姿勢の遵守
11.
市民による積極的な政策評価への参加
関係があると位置づけている。その中でソーシャルガバナンスは、
「公共縮小-市場拡大」
ではなく「政府縮小-市民社会拡大」戦略であり、そこでは市民の自発的協力関係(地縁
近隣自治組織や有志の自由グループ)
に裏打ちされた民主主義の確立が重要と言っている。
市民組織が積極的にソーシャルガバナンスに参加していくことで、市民のための市民よ
る社会統治と社会サービスの構築が図られることを示唆している。
それは介護保険制度というひとつの政策制度の発展にも重要な寄与をし、介護サービス
市場にも重要な影響を投げかけることになるのではないか。
ソーシャルガバナンスと日本型福祉サービスおよび介護サービス市場を含めた介護保険
の議論について、今後多彩な専門分野からの学際的アプローチを期待したい。
1
2
3
4
5
6
詳細は(長澤:2002)を参照。
社団法人生活経済政策研究所(2004)によると、介護労働安定センター調査で介護職のうち 2001 年の 11 月
からの 1 年間のうちに採用した在籍者の 40%にあたる新規採用者の 22%は 1 年以内に離職している。特に非
常勤職員の離職は高く、在籍者の 62%にあたる新規採用者のうち 32%が離職している実態がある。生活経済
研究所が独自で行った調査 2003 年度版でも在勤職員の約半数近くが人材不足を感じている状況となっている。
また厚生労働省の介護サービス施設・事業所調査によると、ケアマネージャーの平成 13 年試験合格者約 3 万
2千人のうち居宅介護支援事業所に新規で勤務する人は約 1 万 6 千人にとどまっている。
厚生労働省作成。平成 14 年介護サービス施設・事業所調査による。
訪問介護の最も単価の高い身体介護 30 分では 231 単位、
これに比べ訪問看護は 30 分未満で 425 単位である。
また要介護度が低くなると利用率が高い生活援助は 1 時間未満で 208 単位となっている。営業時間外に緊急
で電話相談や対応した際訪問看護は緊急時訪問看護加算が月定額の 290 単位もしくは 540 単位認められてい
るが、訪問介護は特に設けられていない。
厚生労働省が行った平成 14 年介護事業経営実態調査では居宅介護支援事業は 100%保険収入のみしかなく、
訪問介護も保険外収益 0%で介護事業以外での収益が 0.4%となっている。一人当たりのサービス利用額の月
額は、支給限度額の 4 割に留まっているため、保険内での収益性をあてにすることはできない状況である。
厚生労働省平成 14 年平成 14 年介護事業経営実態調査によると、
居宅介護支援専門員の常勤平均月額給与は、
265,000 円、非常勤職員で 121,000 円となっている。訪問介護の介護福祉士常勤平均月額給与は 23 万円、非常
勤職員で 81,000 円となっている。ホームヘルパー1 級から 3 級取得者の常勤平均月額給与は、20 万円、非常
勤職員で 65,000 円である。
更に生活経済政策研究所(2004)の行った調査によると、ホームヘルパー非常勤職員の時給は、700 円~800
40
7
8
9
10
11
12
13
14
15
円、主任クラスのベテランで 1,479 円だった。この調査では『毎月勤労統計調査』の産業平均と比較している
が、常用平均で時給 1,854 円となっており、介護職ベテランでも産業平均の 80%から 90%という結果である。
平成 15 年雇用構造基礎統計調査によると、事業所規模 10 人から 99 人規模で女性労働 45 歳から 49 歳は平均
給与 26 万 4,200 円となっている。
平成 16 年政経研究所が行った雇用実態調査では、大卒総合職サービス業 40 歳平均で 407,400 円、45 歳で
478,400 円、50 歳で 532,300 円となっている。
実際には法律で禁止されているが、事業者側に潜在的な防衛として働く可能性がある。
本沢(2001)は、介護保険が①保険給付額の限度額からみても家族介護が前提である ②家族介護の位置づ
けや評価が不明確 ③保険料設定では世帯単位となっており家族の私的扶養関係を持ち出している ④利用
料の一部負担に対する自助努力に私的扶養関係を持ち出し租税財源による所得補充制度の構築を怠っている
と指摘している。
鬼崎(2002)によると、家族などの介護者についての年金保険料は介護金庫(1995 年に設置された公的介護
保険の保険者)が負担し、労災保険の保険料は市町村が負担することとなっている。
介護需要の分析については、大日(2002)の論文が詳しいので参照。
介護福祉士は介護福祉専門職の国家資格である。現在講義・演習・実習をあわせて 1650 時間を必要とし、修
了年限は原則として2年(社会福祉関連科目履修が全くない場合)。科目履修と実習で資格が取得できるた
め、質の問題が論議されている。
このほかホームヘルパー資格を持ち実務経験年数によっては、直接国家試験合格にて資格取得もできるよう
になっている。
CSR とは Corporate Social Responsibility の略で邦訳すると企業の社会責任といわれている。2003 年当初より日
本でも概念が広まっている。企業を取り巻くステークホルダーに対し、企業の社会的責任(法令遵守・有用
な製品やサービスの提供・収益の獲得と納税・株式利益の保護・環境保護・社会活動参加・情報開示等)の
を明示する取り組みであり、これにより企業の競争力を高めようとする意思を含んでいる。
佐藤(2002)は準市場化の成功要件を、ルグランとバートレットの理論枠組みから整理を行っている。それ
によると①市場構造 ②情報 ③取引費用と不確実性 ④動機付け ⑤クリームスキミング という 5 点を
挙げている。
モラルハザードとは、利用者が自分にとって適切なサービスがわからない時、必要以上に過剰なサービスが
押し付けられる恐れがあるということである。利用者にとっては利用してみないとサービスの内容や適切な
量がわからず、費用もやむを得ず払うことになる。(詳細は堀田:2004 を参照)
また福祉オンブズマンや情報提供・相談という分野でボランタリーセクターの取り組みについて取り上げ、
制度への監視者・規制者としての役割が重要になると言及している。
41
第 5 章 「CSR 行動規範」枠組みモデルのグランド・デザイン
金田 晃一
事業環境の変化、特に、消費者、投資家、従業員の企業選択行動や、企業活動のグロー
バル化を懸念する NGO、途上国の行動等を背景に、日本の主要企業は、ここ数年の間に相
次いで、企業の社会的責任(CSR)に関するポリシーを公表する、あるいは、統括部署を
設置するなど、CSR を意識した経営に着手し始めた。本稿では、自らの企業行動を包括的
に規定する経営ツールとしての行動規範1に着目し、CSR の実践に必要な要素を盛り込んだ
「CSR 行動規範」の枠組みモデルをデザインする。第 1 章で、CSR に関する議論を①概念、
②活用、③評価の側面で整理しながら、モデル化に際して考慮すべき要素を抽出し、第 2
章で、それらを反映させたモデルを具体的に提示する。
1.CSR の論点整理
1.1 CSR 概念論
まず、CSR の本質や内容に関わる議論を取り上げる。ここでは、特に、①「責任対象」
(誰に対して企業は責任を負っているか)
、
②
「責任領域」
(どこまでが企業の責任なのか)
、
③「責任要請」
(どのような場合に企業は取引先などのステークホルダーに対して責任ある
行動をとるように要請できるか)の観点から議論を進める。
1.1.1 責任対象
責任対象に関する代表的なアプローチには、①CSR を先験的(アプリオリ)に規定する
タイプ:学問的な観点から規定された企業の主要な役割や機能、すなわち、主に「収益拡
大を通じた企業(株主)価値の向上」に注目するもの、②CSR を経験的(アポステリオリ)
に規定していくタイプ:持続的な事業経営の観点から、日々構築していく必要がある社会
との関係性、いわゆる「社会性」に注目しながら、個々のステークホルダーに対する責任
を論じるもの、③両者のアイデアを折衷的(エクレクティック)にまとめるタイプ: CSR
を目的(
「企業(株主)価値の向上」
)と手段(
「日常的に個々のステークホルダーに対する
責任を果たす」
)に整理し、両者の統合を図るもの2などがある。
翻って、
「CSR 行動規範」とは、組織体としての企業や従業員一人ひとりが、日常業務
を遂行する際に配慮すべきことを規定するものであるため、モデル化に際しては、②のタ
イプの中心概念である「社会性」が不可欠な要素となる。
1.1.2 責任領域
責任領域に関しては、領域の「構成」と「外縁」に分けて議論を整理する。Carroll によ
れば、CSR は、①「法的責任」
、②「経済的責任」
、③「倫理的責任」
、④「裁量的責任」
から構成される。この考え方で企業を定義すれば「①法的要請の枠内で②経済的制度とし
ての生産的役割を果たすことに加え、③法文化されていなくても、ステークホルダーから
43
倫理的に期待されている行動をとり、さらに、④従来、国や地域が担ってきた社会的役割
「倫
をも自発的に負う存在」となる3。最近の CSR の傾向を、この構成を用いて表現すれば、
理的責任領域が従来の裁量的責任領域を侵食する『倫理的責任のスプロール化現象』が起
きている」ということになろう。その背景としては、ステークホルダーの「期待」が、情
報化社会の進展によってネット上などに集約され、企業行動に影響を与えるほどの「ソフ
ト・ロー」に転化し始めていること、また、
「1.2.1 メリット」で述べる各種メリットを享
受するため、企業が自主的に、賛同する他社や他セクターとともに「ソフト・ロー」を作
り、先行対応していることなどが挙げられる。
次に、責任領域の「外縁」
、すなわち、幅と深さについては、上記の「ソフト・ロー」の
キャッチボールに見られるように、①「個々のステークホルダーが企業に対して抱く期待
や要請」と②「企業自身の自己認識」という 2 つの可変要素の「せめぎ合い」により決定
される。①は所属する国や地域の文化的な差異によって異なり、②は企業文化やトップの
感度などによって異なる。さらに、同じ国や地域のステークホルダー、また、同じ企業で
あっても、時代背景が変われば、それぞれ、期待や要請、自己認識度も変わってくる。そ
こで企業としては、ステークホルダーの期待や要請が多様かつ常に変化していること、ま
た、その「多様性」には様々なリスクやチャンスが伴うことを、
「CSR 行動規範」を通じ
て、従業員に十分理解してもらう必要がある。
「多様性」は、CSR を理解する上での中心
的概念のひとつである。
1.1.3 責任要請
「せめぎ合い」の結果、責任要請、すなわち、企業が自らの取引先などのステークホル
ダーに対して責任ある行動をとるように要請する傾向が、ここ数年、多国籍企業を中心に
見られるようになった。特に、主要なアパレル、エレクトロニクス、食品関連のメーカー
は、サプライチェーン管理の観点から、自社の行動規範を通じて、調達先や下請工場に対
して CSR を果たすよう期待や要請をしている。また、ヒューレット・パッカード、IBM、
デル等のエレクトロニクス業界各社は共同で、
サプライヤー向けの共通行動規範を作成し、
2004 年より世界の関連企業に採用を呼びかけ始めた。他方、金融機関においても、UNEP FI
(国連環境計画 金融イニシアチブ)4や赤道原則5に加盟または賛同している企業は、環境
や人権等、持続可能性に配慮した事業のあり方を追求し、その重要性を投資先や融資先に
訴えている。
ステークホルダーに対して責任要請する際には、自らが要請内容と同等、あるいは、そ
れを上回る取組みをしているという「正当性」を確保することが前提条件となる。このよ
うなステークホルダーへの働きかけ行為に対する「正当性」は「CSR 行動規範」の中で言
及すべきであろう。
1.2 CSR 活用論
企業の多くは、自らの企業価値を高める、もしくは、自らの持続可能性を高めるという
目的を達成するための推進ツールとして CSR の概念を活用し始めている。ここでは、
44
①CSR によるメリットと、②メリットを実現するための仕組み、同様に、③メリットを実
現するためのステークホルダーに対する姿勢・態度について考える。
1.2.1 メリット
CSR の実践を通じて享受できると想定されるメリットに関して、ここでは、①「ビジネ
ス拡大」
、②「競争力強化」
、③「危機対応」の 3 点から整理してみたい。まず、
「ビジネス
拡大」分野では、同じ程度の価格・品質であるならば、消費者は、CSR を果たしている企
業から製品・サービスを購入する、また、消費者からの声が将来の新たな事業機会のヒン
トになるなどのメリットが挙げられる。次に、
「競争力強化」分野では、CSR を果たして
いる企業の場合、従業員の働く意欲は高まり、優秀な人材の獲得にも役立つ。また、中長
期的に見て株価の安定や上昇の可能性が高まり、サプライヤーからは部品・原材料の供給
の安定化が図られ、競合他社からは、例えば、アライアンス案件などが持ち込まれるなど
の可能性が生まれるというメリットがある。
「危機対応」領域では、ステークホルダーから
の忠告や苦言・提言を前向きに受け止め、適切かつ迅速に対応することにより、将来の大
きなトラブルを未然に防ぐことができるというメリットがある。また、①~③の結果とし
て、企業のレピュテーションが高まるという包括的メリットも期待できる。ただし、繰り
返しになるが、これらは想定上での議論であり、これらのメリットを顕在化させるには、
以下に示す CSR 実践の外面の準備と内面の準備、すなわち、優れた仕組みとステークホル
ダーに対する姿勢・態度が重要である。
1.2.2 仕組み
仕組みの整備には、①組織の設置(ex. CSR 委員会)
、②制度の導入(ex. 内部通報制度)
、
③組織や制度といったコンポーネントを体系化した体制の構築(ex. CSR マネジメント体
制)など、さまざまなレベルがある。ここでは、特に、③について、CSR マネジメント全
体と、その一部であるステークホルダーとの「相互信頼」マネジメントとに分けて考えて
みたい。CSR 活動をシステム管理する際、P(Plan)‐D(Do)‐C(Check)‐A(Act)
サイクル6を活用することが一般的である。CSR に関する計画が策定され、それが組織・制
度・体制として反映され、従業員によって実施され、その仕組みがうまく作動するかの検
証がなされ、改善につながるという流れで管理することを意味する。環境の ISO14001 の
場合、Do は体制整備に力点が置かれているが、CSR の場合、Do には、パフォーマンス、
すなわち、実施が含まれる7。
この CSR の Do を「相互信頼」側面に限定してプロセス分解してみると、そこには、
P-D-C-A で表される別のサイクルを見出すことができる。すなわち、P(Perform:活動の
実践)‐D(Disclose:活動の情報開示)‐C(Communicate:重要なステークホルダーとの
対話)‐A(Appreciate:的確な理解、良さの認識、感謝)である(図表 5-1)
。
45
図表 5-1 相互信頼の PDCA サイクル
Disclose
Plan
Act
CSR
Do, Perform
Check
TRUST
Communicate
Appreciate
筆者作成
自社のパフォーマンス情報を開示しても、ステークホルダーがそのままに理解してくれ
るとは限らず、実際には、ステークホルダーに情報が届いていない、または、誤解してい
る場合がある。同様に、ステークホルダーの意向を企業が誤解している場合もある。大切
なことは、コミュニケーションする行為ではなく、相互理解の上での「相互信頼」という
状態である。これには、Understand には無い、Appreciate という言葉が持つニュアンス、す
なわち、ステークホルダーの主張の中に、それまで気づかなかった価値を見出し、それに
感謝するという意味合いが含まれる。この点を従業員に理解してもらうためにも、
「相互信
頼」の重要性については、
「CSR 行動規範」で言及すべきである。
1.2.3 姿勢・態度
CSR のメリットを自覚し、そのための仕組みを整えても、ステークホルダーと向き合う
企業としての、また、従業員一人ひとりの姿勢に問題がある場合、想定したメリットを顕
在化させることは難しい。具体的には、①実施したことを隠さない「透明性」を伴った姿
勢、そして、②宣言していることと実施していることに齟齬が生じないようにする、また、
問題が発生した場合には、事実を確認し、自社に責任が認められる場合は、その旨を認め、
時間を置くことなく、再発防止に着手するといった「誠実性」を伴った姿勢が重要である。
確かに、
「CSR 行動規範」自体が経営ツールのひとつであるため、その効用は限定的で
あり、トップによるリーダーシップの発揮や研修制度などが必要となるが、それでも、規
範の中に「透明性」や「誠実性」を担保する仕組みに加え、その重要性を具体的に書き込
むことにより、従業員のステークホルダーに対する姿勢・態度は大きく影響されるであろ
う。
46
1.3 CSR 評価論
企業にとって、ステークホルダーが自社の取組みのどの部分を、どのように理解し、評
価しているかを知ることは戦略的に重要である。ここでは、特に、評価対象に関する議論
を取り上げ、具体的には、①システム評価、②パフォーマンス評価、③インパクト評価の
3 点に着目する。
1.3.1 システム評価
全体的な CSR マネジメントが確実なものかを評価する考え方、すなわち、
「1.2.2 仕組
み」で取り上げた CSR の PDCA サイクルが、計画した組織、制度、体制で滞りなく回る
かを評価する考え方である。ただし、問題点も指摘されている。例えば、体制の整備によ
るシステム強化を意図して、CSR 委員会を設置したとしても、それが実際に機能している
かは保証できない。逆に、意思決定に余計な時間がかかる、また、既存の個別担当部署の
CSR 委員会への依存体質が強まるなどの理由から、企業全体としての CSR 対応度は、CSR
委員会を設置する前よりも低下する可能性もある。このように、システムの完全性にばか
り目を奪われていると、そのシステムが形骸化していた場合、実際のパフォーマンスの向
上には結びつかない。メディアや調査機関による CSR アンケートの一部は、この「システ
ム盲信の罠」にはまっているところも見受けられる。特に、CSR の場合は、システム評価
と同様に、次に示すパフォーマンス評価が重要になる。
1.3.2 パフォーマンス評価
ある一定基準以上のパフォーマンス、すなわち、実績を示しているかどうかについて評
価する考え方である。最近では、CSR レポート/サステナビリティ・レポート上で、過去
1 年間のパフォーマンス実績を記載するのみならず、将来的に何をどこまでやるという、
パフォーマンス目標を掲げる企業が出始めている。
パフォーマンス評価の問題点としては、
趣旨に即したパフォーマンス指標が選択されているかなどが指摘されている。
行動規範のレベルでは、細かいパフォーマンス目標を掲げることは適切ではないと思わ
れるが、時代の要請に応じて、また、事業活動のグローバル化に応じて、これまでなかっ
た新たな項目の追加について検討が必要になるものもある。例えば、前者には、個人情報
保護やワークライフ・バランス、後者には、児童労働・強制労働の禁止、国や地域の文化
の尊重等が挙げられる。
1.3.3 インパクト評価
確実に作動する CSR マネジメント・システムが存在するか、また、CSR 上やるべきこ
とをやっているか、という評価段階を超え、事業活動があらゆる側面から、社会にどれだ
けプラスの影響をもたらしたかを評価する考え方である。企業としては、自らのリソース
を使った CSR 活動が社会的課題の解決や社会的便益の向上といった「社会発展」にどのよ
うに活用されうるか、という新たな視点を持つことになる。
インパクトの規模を拡大する、
または、
質を高める方法としては、
①NGO や政府とのパー
47
トナーシップや他社とのパートナーシップなど、複数の主体と協働作業する、または、②
協働作業をしないまでも、他者にも適用可能なモデル構築し、地球公共財として社会に提
示することなどが挙げられる。このような「ソーシャル・インパクト」の計測は困難であ
り、現時点では、CSR の評価アプローチとして確立しているとは言い難い。しかし、ODA
のプロジェクト評価などからの応用が期待される。
2.モデルの検討
2.1 インターフェイス機能
「CSR 行動規範」は、少なくとも、①「企業」と「従業員」
、②「企業理念」と「個別社
内規定」
、③「社会」と「企業」をそれぞれ結びつけるインターフェイスとして位置づけら
れる。したがって、
「CSR 行動規範」には、インターフェイスに求められる「分かりやす
さ」が体現されていなくてはならない。
2.1.1 「企業」と「従業員」
元来、
行動規範は、
2 つの意味でインターフェイスとしての役割を担っている。
1 つめは、
「企業」と「従業員」をつなぐ役割である。これは、企業が実践すると表明していること、
そして、それを実現するために、従業員が行わねばならないことの両方を大まかに規定し
ているものが行動規範であるという考え方に則っている。1 つの項目の中に、企業として
の個別ポリシーと従業員への周知事項を並列で記載している規範もあれば、
「私たちは・・・
します」と記載し、企業と従業員の両方を示している規範もある。
2.1.2 「企業理念」と「個別社内規定」
2 つめは、
「企業理念」と「個別社内規定」をつなぐ役割である。これは、企業の思想や
価値観を大きく示しているものが企業理念、それを、行動レベルに落とした表現、すなわ
ち、遵守、注意、推奨など、行動の方向性を明確に示したものが行動規範であるという考
え方に則っている。そして、行動規範の内容を、さらに、個別の課題ごとに別形態にまと
め、行動の手順、責任部署、罰則など具体性を持たせて記述したものが、調達規定や情報
管理規定などの個別社内規定となる。
2.1.3 「社会」と「企業」
このような意味合いを持つ行動規範が、ひとたび「CSR 行動規範」に衣替えすることに
なれば、
さらに、
別な意味でのインターフェイスとしての役割を果たすことが要求される。
「CSR 行動規範」であれば、規範に対するステークホルダーからの公開圧力は高まる。そ
して、一度、公開したとなれば、行動規範は結果的に、従来からある「社内に対する統制
ツール」としての役割に対して、新たに、
「社会に対するコミットメント」としての役割が
加わる。この意味で、
「CSR 行動規範」は、
「社会」と「企業」をつなぐインターフェイス
という 3 つめの役割を持つことになる。
48
2.2 構造とテイスト
これまでの議論を参考に、実際に「CSR 行動規範」枠組みモデルを提示する。まず、CSR
の中心概念ともいえるステークホルダーとの関係性を明確にした①「コミットメント」を
設定して、ステークホルダーに向き合う姿勢・態度を明確にする。ここでは、社会性、誠
実性、透明性、多様性、正当性の 5 点を取り上げる。次に、規範の個別項目のすべてに対
して、横断的に関わる問題を抽出し、それらを②「基本原則」とする。ここでは、社会発
展、相互信頼、法令遵守、危機対応、情報公開、体制構築の 6 点を取り上げる。そして、
最後に、主要なステークホルダー毎の分類を基本に、③「個別規範」を洗い出す。ここで
は、わかりやすい構成にするために、企業から見た 6 つのステークホルダーである顧客・
消費者、従業員、コミュニティ、株主・投資家、取引先、競合他社、それに、従業員と会
社の関係を加えた計 7 点に分類している。具体的な項目の選定にあたっては、最終財製造
系多国籍企業を中心に、金融・商社・小売・運輸・食品系企業のネット上に公開されてい
る実在の行動規範を参考にした。なお、行動規範のテイストについては、①大切にしたい
価値観の共有に重きを置く「バリュー型」
、②法令遵守・注意喚起に重きを置く「コンプラ
イアンス型」
、③その混合型等があるが、本モデルにおいては、混合型を念頭に置き、デザ
インを試みた(図表 5-2)
。
以上、①「コミットメント」
、②「基本原則」
、③「個別規範」の 3 層構造による「CSR
行動規範」枠組みモデルを提示した。しかし、
「CSR 行動規範」を作成する場合には、さ
らに「トップ・メッセージ」が必須となる。経営トップとしてどのような価値観を持ち、
何を目指すのか - 企業を牽引する経営トップのメッセージは、ともすれば無機質とな
りがちな「CSR 行動規範」に、人間味とそれが生み出す求心力を与えるものとなろう。
49
図表 5-2 「CSR 行動規範」枠組みモデル
トップ・メッセージ
第 1 章 コミットメント
1.1 社会性の認識:ステークホルダーに対する影響を考慮して行動します。
1.2 誠実性の堅持:ステークホルダーに対して誠実に対応します。
1.3 透明性の維持:ステークホルダーに対して開かれた姿勢を維持します。
1.4 多様性の理解:ステークホルダーの多様な考え方を理解します。
1.5 正当性の確保:ステークホルダーに求める以上の社会的責任を果たします。
第 2 章 基本原則
2.1 社会発展:事業活動を通じて社会発展に寄与します。
2.2 相互信頼:コミュニケーションを通じて社会との信頼関係の構築に努めます。
2.3 法令遵守:事業活動を行う国や地域の法令・規則を遵守します。
2.4 危機対応:危機の発生を防止するだけでなく、発生を想定した対策を準備します。
2.5 情報公開:事業活動に関わる正確な情報を公正かつ適切に公開します。
2.6 体制構築:CSR のマネジメント体制を構築し、継続的に改善します。
第 3 章 個別規範
3.1 顧客・消費者8
・商品(製品・サービス)
:
品質の確保/安全性の確保/わかりやすい情報提供9/適切な事故対応
・広告10・マーケティング:
違法行為の禁止11/人権侵害・誹謗中傷の禁止12/子どもへの配慮
・顧客情報:
適切な取り扱い/漏洩の防止
3.2 従業員
・労働13:
機会均等・差別の禁止/強制労働の禁止/児童労働の実効的な廃止/
健全な労使関係の維持
・職場環境:
安全性の確保/健全性の確保14
50
・従業員情報15:
適切な管理/漏洩の防止
・人材育成:
研修機会の提供/能力開発の場の提供
・ワークライフ・バランス:
従業員と家族のゆとりある生活
3.3 コミュニティ16
・企業市民:
国や地域の文化、慣習、歴史の尊重/地域社会との協調/
地球的課題への対応/寄付・ボランティア、NGO との関係
・環境保全17:
環境リスクの事前評価/環境負荷の低減18/環境技術の開発/生態系への配慮
3.4 株主・投資家19
・財務情報・重要なリスク情報の開示
・インサイダー取引の禁止20
3.5 取引先21
・公平・公正な選定
・合意内容の遵守
・贈答・接待22
・取引先に対する CSR 活動要請23
3.6 競合他社
・公正競争24
・知的財産の尊重25
3.7 従業員と会社の関係26
・会社資産27
・機密情報28
・利益相反の禁止
・記録・報告
・公的発言
附 則
・内部通報制度の活用
・改廃・罰則・個別規定との関係・問い合わせ部署など
筆者作成
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企業および企業で働く人々の行動の拠るべき基準を指す。
厚生年金基金連合会の株主議決権行使基準では、「企業の目的は、長期間にわたり株主利益の最大化を図る
ことである。なお、株主利益の最大化は、従業員、取引先、地域社会などのステークホルダーの利益と矛盾
するものではなく、これらのステークホルダーとの良好な協力関係の確立によって達成できるものである」
と既定している。http://www.pfa.or.jp/jigyou/pdf/gov_01.pdf 参照。
Carroll は、経済的責任を第 1、法的責任を第 2 の責任としているが、本稿では、この順番を入れ替えている。
「企業社会責任の経営額的研究」P.66、および、「CSR マネジメント」P.12 参照。
http://www.unepfi.org/ 参照。
http://www.equator-principles.com/ 参照。
考案者(Dr. W. Edwards Deming)の名前を取って、デミングサイクルとも呼ばれる。
「CSR 経営と SRI」p.52 参照。
顧客に占める政府機関の割合が大きい場合、「政府調達」という項目を追加してもよい。
リスク商品を扱う金融機関にとっては、重要な項目。
表現の自由との関係から、エンタテインメント系企業の場合、記述が難しい項目。
本来ならば、基本原則に「法令遵守」と記載されているため、敢えて、取り上げる必要はないが、具体的に
どのような行為が広告・マーケティング行為において法令違反であるかを書き下しておくことも重要である。
この場合、著作権を侵害した広告や、違法な比較広告などを指す。
従業員の多様な文化への理解が深い場合、他国の文化を冒涜するような広告を出してしまうリスクは抑えら
れる。
以下の 4 項目は「仕事における基本的原則及び権利に関する国際労働機関(ILO)宣言」を参考にした。
セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントの不許容など。
就職希望者の個人情報を含む。
「コミュニティ」を「社会一般」と読み替えれば、ここに「反社会的行為への関与の禁止」や「政治との関
わり」に関する項目を置くことも可能。
「地球環境」を独立したステークホルダーとして項目立てることも可能。
省資源、廃棄物の減量、リサイクルなど。
「株主に対する利益還元」を明記している企業もある。
「従業員と会社の関係」の分類項目に移すことも可能。
サプライヤーや委託会社などのビジネス・パートナー。
「政府(役人)」を独立したステークホルダーとみなし、「物品や金銭の供与の禁止」について明記するこ
とも可能。その場合、「政府調達」に関する項目を置くことも可能。
主に、人権、労働、環境に関する条項を規定している。
公正な取引、独占の禁止など。
自社の知的財産の保護については、「機密情報」の項目に含まれる。
この他、兼業に対する考え方、職場における個人的な政治・宗教活動の禁止など、就業規則と重なる項目を
記載することも可能。
会社資産を私用で使用しないことや、会社資産の管理・保全義務など。
この中には、自社の知的財産権の保護も含まれる。
52
参考文献
第1章
・阿波波雅宏、伊藤麻紀子、纐纈三佳子、高橋浩之、蛭田伊吹「京都メカニズムの活用と
課題」
、
『電気評論』2002 年 2 月。
・石坂匡史「EU 域内排出権取引制度の概要と導入に伴う影響分析」
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『エネルギー経済』
第 30 巻、第 4 号、2004 年。
・大河原透「CO2 排出権取引と電気事業」
、
『電気評論』2004 年 4 月。
・小笠原靖「イギリスおよび EU の温室効果ガス排出権取引制度について」
、
『環境研究』
2003 年、No.130。
・小笠原靖「京都メカニズムの本格活用策の早期導入が必要」
、
『地球環境』2005 年 3 月。
・工藤拓毅「地球温暖化対策としての京都メカニズムの重要性」
、
『エネルギー経済』第 28
巻、第 2 号、2002 年。
・産業構造審議会環境部会地球環境小委員会、将来枠組み権津専門委員会『気候変動に関
する将来の持続可能な枠組みについて』2004 年 12 月。
・高尾克樹『英国の温室効果ガス排出量取引の政策実験(上)
』環境と公害、April 2004。
・高村ゆかり・亀山康子『京都議定書の国際制度』信山社、2002 年。
・高村ゆかり『京都メカニズムは地球環境にやさしいのか』
、『電気学会誌』2003 年、
Vol. 121。
・地球温暖化対策推進本部「京都議定書目標達成計画」2005 年 4 月。
・中央環境審議会地球環境部会、気候変動に関する国際戦略専門委員会『気候変動問題に
関する今後の国際的な対応について 中間報告』環境省、2004 年。
・西村邦幸「排出量取引導入の動向と課題」
、
『ECO INDUSTRY』2004 年 12 月。
・富士総合研究所『英国排出権取引制度の状況 その1 取引の動向』2003 年 3 月。
・藤目和哉「環境政策としての炭酸ガス排出権取引市場とその政策効果の評価」
、
『エネル
ギー経済』第 27 巻、第 3 号、2001 年。
・松尾直樹「排出権調達のための国家戦略が必要 CDM をめぐる国際情勢と日本としての
考え方」
、
『地球環境』2005 年 3 月。
・若林雅代「地球温暖化問題に対する海外の動向」
、
『電気評論』2004 年(臨時増刊号)
。
・Kumi Kitamori「温室効果ガスの国内排出権取引:最近の進展と OECD 諸国の現状」
、
『環
境保護と排出権取引 国内排出権取引の進展と今後の課題』OECD、1999(邦訳、技術経
済研究所、2002 年)
。
第2章
・新しい経済活動を伴う地域経済の活性化に関する研究会「報告書」2004 年。
・五十嵐敬喜/天野礼子『市民事業 ポスト公共事業社会への挑戦』中央公論新社、2003
年。
・今井照『市民的公共性と自治』公人の友社、1993 年。
53
・今井照『市民自治としての産業政策』公人の友社、1996 年。
・NPO 夢バンク:http://www.yumebank.org/
・閣議決定「今後の行政改革の方針」2004 年。
・樫田秀樹「あなたは未来バンクを知ってますか?」
、
『現代』7 月号、 講談社、2003 年。
・片岡勝『問題解決ビジネス-地域活性化の方法』財務省印刷局、2001 年。
・木村剛『金融維新 日本振興銀行の挑戦』アスコム、2003 年。
・金融庁「金融改革プログラム ― 金融サービス立国への挑戦 ―」2004 年。
・公益法人協会「公益法人制度改革に関する政府方針 どう見るか 識者 16 氏からコメン
ト(公益法人制度改革)」
、
『公益法人』1 月号、2005 年。
・公益法人制度改革に関する有識者会議「報告書」2004 年。
・国際協力開発機構「特集 マイクロファイナンス 弱者を支える融資」
、
『国際協力』1
月号、国際協力開発機構、2005 年。
・小林陽太郎(監修)/経済同友会・次代を造る会・総合研究開発機構(著)
『イノベーショ
ンできない人は去りなさい!』PHP 研究所、2003 年。
・澤上篤人『成功する長期投資』廣済堂出版、2001 年。
・神野直彦『希望の島への改革―分権型社会をつくる』日本放送協会、2001 年。
・女性・市民信用組合設立準備会:http://www.wccsj.com/
・総合研究開発機構『日本版金融サービス市場法制定に向けた提言』2005 年。
:http://www.nira.go.jp/newsj/kanren/150/155/teigen.pdf
・総務省「地域再生支援プラン」2003 年。
・地方債協会「地域再生支援プランとコミュニティ・ファンド形成支援事業について―
総務省自治行政局自治政策課情報政策企画官 牧 慎太郎氏に聞く」
、
『地方債月報』12
月号、地方債協会、2003 年。
・寺井芳隆「芽を出すコミュニティーファンド 市民による新しい地域内資金循環の試み
融資原資の確保が課題」
、
『日経地域情報』No. 435、日本経済新聞社、2004 年。
・東京コミュニティパワーバンク/NPO 法人コミュニティファンド・まち未来
:http://www.h7.dion.ne.jp/~fund/
・日本経済新聞社「市民型直接金融の広がり、既存金融の行き詰まりを映す」
、
『日経マネー』
3 月号、日本経済新聞社、2005 年。
・日本経済新聞「地域の資金を NPO に」2004 年 2 月 23 日。
・日本経済新聞「東京・新宿の NPO、地域の企業支援」2004 年 6 月 30 日夕刊。
・日本経済新聞「資金難 NPO に支援の手」2004 年 7 月 14 日夕刊。
・日本経済新聞「
〈お金〉の行き先自分で決める 市民銀行が金融を変える」2004 年 8 月
23 日。
・日本経済新聞「営利と非営利重なる時代 企業とNPO垣根低く」2004 年 10 月 11 日。
・北海道 NPO バンク:http://www.npo-hokkaido.org/bank_hp/index.htm
・堀田力/山田二郎/太田達男「鼎談 公益法人制度改革 何が問題か」
、
『公益法人』2 月
号、公益法人協会、2005 年。
54
・松下圭一『政策型思考と政治』東京大学出版会、1991 年。
・松田岳『米国の地域コミュニティ金融 : 円滑化策とそれが機能するための諸条件』金融
庁金融研究研修センター、2004 年。
・未来バンク事業組合:http://homepage3.nifty.com/miraibank/
・向田映子「女性・市民信用組合設立準備会の活動と市民金融の実践」
、
『信用組合』5 月号、
全国信用組合中央協会、2003 年。
第3章
・跡田直澄、渡辺 清「
『ふるさと再生基金』の革命」
、
『Voice』June,2003,pp.176-183。
・稲生信男「自治体改革と地方債制度」学陽書房、2003 年。
・犬飼重仁「戦略的な地方債市場改革への提言」
、
『NIRA 政策研究』vol.16 No.8、2003 年、
pp.52-54。
・白川一郎「自治体破産」日本放送協会、2004 年。
・地方交付税制度研究会編「地方交付税制度のあらまし」地方財務協会、2004 年。
・地方債協会、総務省自治財政局地方債課「地方分権時代における地方債制度の将来像」
平成 13 年度「地方債に関する調査研究委員会」最終報告書、
『地方債月報』April,2002
pp.32-57。
・地方債協会、総務省自治財政局地方債課「地方債市場の発展に向けた環境整備について」平
成 14 年度「地方債に関する調査研究委員会」最終報告書、
『地方債月報』April, 2003、
pp.10-38。
・農林中金総合研究所「公募地方債にみる各地公体間の価格差」
、
『金融市場』2002 年8月号、
pp.13-16。
・宮沢尚史「地方債流通の新たな展開に向けて」
、
『地方財務』2005 年 3 月号。
第4章
・Norman Johnson. The Welfare State in Transition :the theory and practice of welfare pluralism.
Harvester Wheatsheaf, 1987.
・アーク・グード「福祉国家はどこにいくのか-日本・イギリス・スウェーデン」ミネル
ヴァ書房、1997 年。
・浅井春夫「新自由主義的社会保障改革における介護政策の位置-市場原理導入のテコと
しての介護保険制度」
、
『季刊家計経済研究』No.52、財団法人家計経済研究所、2001 年
pp.33-41。
・足達英一郎「日本における CSR の現状と課題」
、
『法律時報』vol.76 No.12、日本評論社、
pp.34-39。
・イエク・B・F・フッテン編『ヨーロッパの在宅ケア-組織と財源の国別概要-』筒井書
房、1999 年。
・飯尾潤「政策分析の手法-政策過程論の射程」
、
『NIRA政策研究:公共政策の人材基盤充
実に向けて-NIRA公共政策研究セミナーを中心に』vol.16 No.2 、総合研究開発機構、
55
2003 年、pp.20-23。
・大日康史「公的介護保険による実際の介護需要の分析-世帯構造別の推定」
、
『季刊社会
保障研究』vol.38 No.1、国立社会保障・人口問題研究所、2002 年。
・鬼崎信好『世界の介護事情』中央法規、2002 年。
・川村雅彦「日本の『社会的責任』の系譜(その1)
」
、
『ニッセイ基礎研レポート』ニッセ
イ基礎研究所、2004 年 5 月。
・神野直彦「新しい市民社会の形成-官から民への分権」神野直彦・澤井安勇編著『ソー
シャルガバナンス-新しい分権・市民社会の構図』東洋経済新報社、2004 年。
・工藤修一「新介護報酬は介護費用を抑制できるのか」
、
『大分大学教育福祉科学部研究紀
要』vol.26 No.1、2004 年、pp.99-114。
・厚生労働省統計情報部編『賃金センサス 第 4 巻-平成 15 年賃金構造基本統計調査』労働
法令協会、2004 年。
・小林陽太郎監修・経済同友会・次代を造る会・総合研究開発機構『イノベーションでき
ない人は去りなさい!』PHP、2003 年。
・駒村康平「擬似市場論-社会福祉基礎構造改革と介護保険に与えた影響-」澁谷博史編
『福祉の市場化をみる眼-資本主義メカニズムとの整合性』ミネルヴァ書房、2004 年
pp.213-236。
・財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団『介護保険転換期-新制度の仕組みとドイツ
制度の現状-』東神堂、2004 年。
・堺園子『世界の社会福祉と日本の介護保険』明石書店、2000 年。
・佐藤克彦「わが国の介護サービスにおける準市場の形成とその特異性」
、
『社会福祉学』
vol.42 No2、日本社会福祉学会、2002 年、pp.139-149。
・社会保障審議会介護保険部会『介護保険制度の見直しに向けて-社会保障審議会介護保
険部会報告・介護保険 4 年間の検証資料』中央法規、2004 年。
・杉澤秀博編著『介護保険制度の評価-高齢者・家族の視点から-』三和書籍、2005 年。
・生活経済政策研究所『介護事業の人事・給与管理と経営状況に関する実証的研究』生活
経済政策研究所、2004 年。
・政経研究所『雇用実態調査 2005 年度版モデル・実在者・役職者の賃金・賞与・年間賃金
-2004 年 8 月調査』政経研究所、2005 年。
・高橋万由美「多元的当事者選択の拡大-介護保険・保育にみる多元的福祉へ向けた条件
整備の状況―」武智秀之編『福祉国家のガヴァナンス』ミネルヴァ書房、2003 年、
pp.207-236。
・東京都社会福祉審議会『利用者本位の福祉の実現に向けて-福祉サービス市場とこれか
らの福祉』pp.3-5。
・東京都福祉局保険部介護保険課『介護報酬および運営基準の改定(平成 15 年 4 月)関係行
政資料』東京都、2003 年。
・内閣府国民生活局物価政策課『介護サービス市場の一層の効率化のために-「介護サー
ビス価格に関する研究会」報告書―』内閣府、2002 年。
56
・長澤紀美子「英国 NHS における擬似市場の展開」
、
『社会政策研究3』東信堂、2002 年、
pp.93-113。
・日本大学「健康と福祉の安全保障」プロジェクトチーム「レポート:イギリスのコミュ
ニティケア-介護サービスの現状と課題(上)
」
、
『介護保険情報』vol.2 No.5、社会保険
研究所、2001 年。
・日本大学「健康と福祉の安全保障」プロジェクトチーム「レポート:イギリスのコミュ
ニティケア-介護サービスの現状と課題(下)
」
、
『介護保険情報』vol.2 No.6、社会保険
研究所、2001 年。
・ハインツ・ロスガング「ドイツにおける高齢者介護保険(特集 1 介護労働の国際比較と
日本の課題)」
、
『女性労働研究』No.42、女性労働問題研究会、2002 年、pp.30-45。
・淵田康之・大崎貞和『検証アメリカの資本市場改革』日本経済新聞社、2002 年。
・堀田一吉「介護サービスと市場原理」真屋尚生編『健康と福祉:21 世紀の地球と人間の
安全保障(日本大学総長指定の総合研究)
』日本大学総合科学研究所、2003 年。
・本沢巳代子「介護保険と家族」
、
『季刊家計経済研究』No.52、財団法人家計経済研究所、
2001 年、pp.42-49。
・三菱総合研究所「居宅介護支援事業所および介護支援専門員業務実態に関する調査」三
菱総合研究所、2003 年。
・山口ひろみ「わが国の『介護』に関する文献調査:経済学的な視点から」
、
『医療と社会』
vol.14 No.1 、2004 年、pp.1-14。
・横山寿一「社会福祉・社会保障を襲う規制緩和-ねらいは株式会社参入への全面開放」
、
『福祉のひろば』No3、総合社会福祉研究所、2003 年、pp.8-14。
第5章
・Driscoll Dawn-Marie. & W. Michel Hoffman, Ethics Matters. Bentley College, 1999.
・Edwards Michael. and Simon Zadek, “Governing the Provision of Global Public Goods: The Role
and Legitimacy of Nonstate Actors”. Inge Kaul, Pedro Conceicao, Katell Le Goulven and Ronald
U. Mendoza, Providing Global Public Goods: Managing Globalization. Oxford University Press,
2003, pp.200-220.
・秋山をね「社会的責任投資とは何か」生産性出版、2003 年。
・秋山をね+大崎貞和+神作裕之+野村修也「いまなぜ CSR なのか」
、
『法律時報』11 月
号、2004 年、pp.4-26。
・足達英一郎+金井司『CSR 経営と SRI』金融財政事情研究会、2004 年。
・犬飼重仁「公共圏のプレイヤーとしての企業の今日的課題‐市場経済と企業の新たな公
共性確立へ‐」
、
『NIRA 政策研究』vol.17 No.11、2004 年、pp.46-58。
・インゲ・カール+イザベル・グルンベルグ+マーク・A・スターン『地球公共財 グロー
バル時代の新しい課題』日本経済新聞社、1999 年。
・梅津光弘『ビジネスの倫理学』丸善、2003 年。
・海外事業活動関連協議会「企業の社会的責任(CSR)に関する国際基準・規格の現状と
57
今後の対応について」海外事業活動関連協議会、2002 年。
・金田晃一「NPO とのパートナーシップ構築:ソニーの CR モデル」
、中村陽一+日本 NPO
センター『日本の NPO2001』
、2001 年、pp.99-113。
・金田晃一「わが国における CSR 活動:ソニー株式会社」
、日本規格協会『CSR 企業の社
会的責任 事例による企業活動最前線』日本規格協会、2004 年、pp.93-101。
・河口真理子「二十一世紀の新たな企業像」
、大和レビュー春季号、2004 年、pp.19-60。
・国際協力事業団 企画・評価部評価監理室『実践的評価手法』国際協力出版会、2002 年。
・後藤敏彦+足達英一郎+中村典夫「座談会:Part1 CSR の全体像、Part2 企業に求められ
る行動」
、笹本雄司郎『CSR の心』第一法規、2004 年。
・高巌+日経 CSR プロジェクト編「CSR 企業価値をどう高めるか」日本経済新聞社、2004
年。
・谷本寛治『SRI 社会的責任投資入門』日本経済新聞社、2003 年。
・中谷巌『コーポレート・ガバナンス改革』東洋経済新報社、2003 年。
・水尾順一+田中宏司『CSR マネジメント』生産性出版、2004 年。
・森哲郎『ISO 社会的責任(SR)規格はこうなる』日科技連、2004 年。
・森本三男『企業社会責任の経営学的研究』白桃書房、1998 年。
58
2004 年度 NIRA 公共政策研究セミナー ケーススタディ報告書の発行にあたって
NIRA 公共政策研究セミナー(NIRA セミナー)は、公共政策研究の分野の研究者やコー
ディネータなどの養成を目的として、2002 年度から総合研究開発機構(NIRA)が実施し
ている人材養成事業である。今年度は、昨年度に引き続き、ケーススタディ重視の方針を
より鮮明に示すために、次の 3 つの事例研究テーマを設定した。
(
)研究指導講師
A)法と市場と市民社会-金融市場のガバナンス (犬飼 重仁 NIRA 主席研究員)
B) グローバル時代の多文化社会-共生に向けた政策的取り組み
(丹野 清人 首都大学東京講師)
C) 地域協力と東アジア
(金子 彰 東洋大学教授)
これらは、これまでの NIRA 自身の研究実績に基づいて募集時に NIRA から提示してお
り、受講者の選択肢を広く確保すべく3テーマを提案したものである。研究指導講師のも
とでグループ研究によるケーススタディがそれぞれ実施され、
専門家ヒアリングの場など
を通じて、
各参加者がそれぞれの関心対象について綿密なケーススタディを行って3分冊
のケーススタディ報告書に取りまとめられた。
それぞれのグループでの研究の企画設計はつぎのようなものである。
まず各テーマにお
ける基本的な政策課題を理解し問題意識を醸成するために、
講師による概論の講義を受け
て受講者が参加グループを決定した。受講生はそれぞれ研究企画案を作成し、それをもと
に講師等を囲んで議論・検討が進められた。受講生の問題意識を参考にして各グループ2
回の専門家ヒアリングが設けられ、最近の動きなどについて受講生は、現場の声を聞き、
研究者による解説に耳を傾けた。このような研究プロセスを経て、3月の報告会では受講
生によるプレゼンテーションが行われ、中間段階で講師等から専門的な助言を受けた。そ
の後、各自で論文執筆を進め、講師等から論文内容に対してコメントを受けて、政策事例
研究報告書として刊行されることとなった。
通算で6回にわたるケーススタディでの指導を引き受けてくださった3人の講師(上
記)には厚く御礼申し上げる。A グループのアドヴァイザーとして支援してくださった河
村賢治・関東学院大学講師、ならびに B、C グループの NIRA 側担当者として協力した飯
笹佐代子・研究開発部主任研究員、小泉哲也・国際研究交流部主任研究員(当時)
、A グ
ループを支援した松本高宏・研究開発部研究員、また専門家ヒアリングでご協力いただい
た方々にも御礼申し上げたい。そして、本セミナーに自発的に参加され、仕事等で多忙な
時間をやりくりしながら講義からケーススタディまでを踏破され、
政策事例研究論文を完
成された受講生の皆様に深く敬意を表したい。
本セミナーとこの報告書を通じて、
公共政策研究分野における人材育成に対して幅広い
ご理解をいただけることを切に願う。
2005 年 6 月
総合研究開発機構・政策研究情報センター
2004年度 NIRA 公共政策研究セミナー
( 2004年9月~2005年3月実施・全12回 )
NIRA 公共政策研究セミナー(NIRA セミナー)は、政策分析の基本を考え実践的に修得する政策研究の導入
セミナーです。公共政策の研究や分析を、理論的、学際的、実践的に進め、問題を提起し議論を展開できる人材
の養成を目指しており、政府、企業、団体等で実際に政策に関連する業務に携わっていながらスキル・アップの必
要性を感じている、公共政策の実務者、研究者、コーディネータなどを目指している、あるいは市民として自発的に
政策を論じ行動を起こしたい、NIRA セミナーはこうした問題意識を持っている方を対象としています。2004 年度は
講義と3つのケーススタディ・テーマの組み合わせによって進められました。
NIRA セミナーの特徴
政策課題に理論と実践の両面からアプローチする、未来志向型の政策研究の基本と手法を
身に付けることなどを特徴としており、2004 年度は特に次の7点を重視した設計になっています。
・
・
・
・
・
・
・
学際性、多元性、総合性を重視したプログラム
政策課題に対する理論と実践からのアプローチ
3つの政策テーマに基づく実践課題の理解
グループワークによるケーススタディ
充実した研究指導体制
参加者による研究企画とそれに対する助言
政策現場から生の声を聞いて問題意識を醸成
関
連
資
料
NIRA セミナー関連資料は、NIRA セミナーHP(http://www.nira.go.jp/icj/seminar/2003/kanren.html) で全文公開しております。
(ただし、NIRA 政策研究は除く。)
『市場ガバナンスの変革 -市民社会と市場ルールの融合を目指して-』 NIRA セミナー2004 報告書 No.2004-01、2005 年 6 月発行
『共に生きる社会を目指して -多文化社会へ向けた政策課題-』 NIRA セミナー2004 報告書 No.2004-02、2005 年 6 月発行
『東アジアの活力と地域協力 -大交流時代における日本の役割-』 NIRA セミナー2004 報告書 No.2004-03、2005 年 6 月発行
北川正恭「公共のプラットフォームを考える」 NIRA セミナー2004 第 2 回講演録、2004 年 9 月発行
『まちづくりと政策形成 -景観・環境分野における市民参加の展開と課題-』 NIRA セミナー2003 報告書No.2003-01、2004 年3 月発行
『教育の制度設計とシティズンシップ・エデュケーションの可能性』 NIRA セミナー2003 報告書 No.2003-02、2004 年 3 月発行
北川正恭「インパクトある政策研究-民主主義のインフラ整備-」 NIRA セミナー2003 第 1 回講演録、2003 年 9 月発行
『廃棄物問題にみる新しい自治のかたち-公的問題と私人の参加-』 NIRA セミナー2002 報告書 No.2002-01、2003 年 3 月発行
『関心高まる地方環境税-制度化の背景と課題・展望-』 NIRA セミナー2002 報告書 No.2002-02、2003 年 3 月発行
「公共政策の人材基盤充実に向けて-NIRA 公共政策研究セミナーを中心に-」 『NIRA 政策研究』Vol.16 No.2、2003 年 2 月発行
松井孝治「政治行政と政策研究」 NIRA セミナー2002 第 9 回講演録、2003 年 1 月発行
林芳正「政策研究における人材」 NIRA セミナー2002 開講記念シンポジウム講演録、2002 年 10 月発行
宮川公男『「公共政策・人材養成プログラム」策定に関する研究報告』 2002 年 5 月発行
* こ の 報 告 書 の 全 文 、 関 連 資 料 、 な ら び に NIRA セ ミ ナ ー の 詳 細 は 、 NIRA セ ミ ナ ー ホ ー ム ペ ー ジ
( h t t p : / / w w w. n i r a . g o . j p / i c j / s e m i n a r / i n d e x . h t m l )でも紹介しております。
セミナーに関 するご質 問 等 は、NIRA セミナー事 務 局 までお問 合 せください。
NI RA セミ ナー事 務 局 ( E- ma il:j imukyoku@n ir a.go.jp)
政 策 研 究 情 報 セン ター 主 任 研 究 員 中村
政 策 研 究 情 報 セン ター
円
高橋久美子
A グル ープ・ケー ススタ ディ支 援
研究開発部 研究員
ISBN4-7955-1814-9
松本 高宏
C3030
市場ガバナンスの変革
-市民社会と市場ルールの融合を目指して-
発
行
Ⓒ総 合 研 究 開 発 機 構
〒150-6034
東京都渋谷区恵比寿 4-20-3
恵比寿ガーデンプレイスタワー34 階
TEL:03(5448)1740 FAX:03(5448)1746
URL:http://www.nira.go.jp
2005 年 6 月 発行
再生紙使用
2005
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