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テーマを示す複合助詞「について」と格助詞「を」

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テーマを示す複合助詞「について」と格助詞「を」
東京外国語大学
留学生日本語教育センター論集 33:1~14,2007
テーマを示す複合助詞「について」と格助詞「を」
柏崎 雅世
(2006.10.31 受)
【キーワード】 について、のことを、言語・表現活動動詞、思考活動動詞、認識
活動動詞
1.はじめに
複合助詞「について」は、言語・表現活動、思考活動、認識活動、調査・研究・
教育活動を行う対象、また、感情や関係性を示す対象をテーマとして提示する際に
使われる。この研究としては、蔦原(1984)、江田(1987)、佐藤(1989)、金(1990)、
塚本(1991)
、佐藤他(2001)、柏崎(2005)などが挙げられ、また、日本語教育に
おける重要な文型であるところから、教育用参考図書においても、森田・松木(1989)、
グループジャマシイ(1998)など、詳細な記述がある。
柏崎(2005)では、佐藤(1989)、佐藤他(2001)等の知見を参考にしながら、
「ウチ
のテーマ」と「ソトのテーマ」、それに加えて「つながりのテーマ」という分類の枠
組みを設定し、それによって「について」と「に関して」の全体像、および「に対
して」との関係を記述することを試みた。
「ウチのテーマ」とは、「について/に関
して」でテーマとして取り出された対象を示す名詞句が、ガ格、ヲ格、ニ格を伴っ
て後述の動詞述語・形容詞述語に補語として取り込める関係にあるテーマのことで
ある。一方、
「ソトのテーマ」は、取り出された対象の名詞句は後述の動詞述語・形
容詞述語と格関係がないか、または、後述が長文のため、格関係を見極めるのが難
しいものである。
「つながりのテーマ」は、取り扱う対象の全体を「について/に関
して」でテーマとして提示し、その全体の部分や側面を後述する(注1)。テーマと後
述の部分・側面は「の」でつなぐことができる関係にある。
数多くの用例をこの枠組みで分類するに当たり、佐藤(1989)、塚本(1991)等の
先行研究を受けて、具体的な事物を示す具体名詞(注2)の場合、直接、ヲ格、ガ格、
ニ格で後述の動詞・形容詞の補語として取り込めなくても、「~のこと」「~の件」
をつけて取り込めるものは「ウチのテーマ」として分類した。
-1-
(1) a.あなたについて書かれたものもすべて拝見いたしております。(『友情』)
b.あなたのことが書かれたものもすべて拝見いたしております。
(2) a.水野義人の嘱託採用について色々言ってみるけれども、・(『山本五十六』)
b.水野義人の嘱託採用の件を色々言ってみるけれども、・
しかし、よく検討してみると、
「について」でテーマとして取り出された対象が具
体名詞の場合、必ずしもすべてに「~のこと」「~の件」をつけて抽象化(注3)しな
くても、ヲ格・ガ格として取り込めるものもあるのである。
(3) a.あとの軍縮問題について協議する約束であった。(『山本五十六』)
b.あとの軍縮問題を協議する約束であった。
(4) a.蛋白質と脂肪について考えるならば・・・(『銀河鉄道の夜』)
b.蛋白質と脂肪を考えるならば・・・
本稿では、この「について」でウチのテーマとして取り上げた対象が、どのよう
な場合、
「~のこと」「~の件」をつけなければ、格関係に取り込めないのか、どの
ような場合にはその手続きが必要ないのか、また、そこには何らかの規則性や理由
があるのか、について検討する。
2.先行研究
「について」でテーマとして取り出す対象は、いかなる名詞・名詞句および補足
(注4)
節
を含む名詞節であっても可能である。それらの名詞・名詞句・名詞節の中で、
「~のこと」
「~の件」で抽象化しなければ、後続の述語に格関係として取り込めな
いものがあることから、「~のこと」
「~の件」および「を」と後続の述語との関係
について言及している先行研究を概観する。
2-1
奥田靖雄(1983)
奥田のヲ格名詞と動詞の組み合わせの分類は、①対象へのはたらきかけ、②所有
のむすびつき、③心理的なかかわり、④状況的なむすびつきであるが、「について」
と関係してくるのは、③心理的なかかわりのところである。この「心理的なかかわ
り」には、さらに 1)認識のむすびつき、2)通達のむすびつき、3)態度のむすび
つき、4)モーダルな態度のむすびつき、5)内容規定的なむすびつきに分かれる。1)
の認識のむすびつきの中で、視覚・聴覚・嗅覚・味覚活動の動詞による「感性的な
むびつき」では、かざり名詞(注5)は具体名詞と現象名詞であるとしている。さらに、
「知的なむすびつき」になるものは、思考動詞、その結果である理解を示す動詞、
漢語動詞であり、かざり名詞は抽象名詞か現象名詞で、具体名詞を連語の中に用い
-2-
るときには、「かならず『・・・のことを』という手つづきでその意味を抽象化しなけ
ればならない。
」(1983:98)と述べる。ただ、認識活動を示す「知る」は「知的な
むすびつき」の動詞なのだが、この原則を守っていない(p105)とする。発見動詞、
認識動詞、感性的動詞による「発見のむすびつき」では具体名詞・抽象名詞ともに
自由に組み合わさる。一方、言語活動の動詞による 2)通達のむすびつきでは、原
則的に抽象名詞も内容規定的な結びつきと区別するために「のことを」が必要であ
る(p112)と述べる。この点については、後ほど詳細に検討を加えたい。
2-2
江田(1987)、佐藤(1989)、塚本(1991)
江田(1987)は、
「名詞+のこと」の使用実態を調べ、小説やシナリオに多く用いら
れ、論説文や自然科学の文章では使用が少ないこと、また、男女別では女性に、年
代別では 30 代、40 代で「名詞+のこと」が多く使われることを報告している。ヲ
格か「のことを」か、どちらが生起するかという検討ではなく、どちらも生起しう
る中で、実際の運用面での特徴が記述されているものである。
佐藤(1989)は、奥田(1983)を受けて、
「について」と「を格」は言い換え可能で
あるが、
「について」は抽象名詞・具体名詞につくが、「を格」は抽象名詞にしかつ
かない、とする。そして、具体名詞の場合、「・・・のことを」と抽象化すると述べ、
下記の例文を挙げる。
(5) a.
母について話した。
b.* 母を話した。
c.
母のことを話した。(a,b,c:佐藤 1989)
塚本(1991)は、
「について/に関して」で表される対象として、
「問題点」
「夢」の
ような「内容性」という特性が強い名詞は、議論・思考・伝達関係の動詞の必須補
語として取り込めるが、「採用」(「採用する」という行為動詞)
、「漢詩」など、「内
容性」といった特性が弱い名詞は、単一の格助詞を用いることができないとする。
「内容性」は「~という」という引用節を伴えるかどうかで判断できるとして、例
文は以下のようなものを挙げ、「~の件」
「~のこと」とするとヲ格で可能であると
述べる。
(6) a.?会社側が大学新卒者の採用を説明した。→採用の件を説明した。
b.?花井先生が漢詩を話した。→漢詩のことを話した。(a,b:塚本 1991)
しかし、この「内容性」とは具体的にはどのようなことなのか明確でなく、引用
節を伴えるかどうかの判断についても、例えば、漢詩の場合、
「朋が遠方より来て喜
ぶという漢詩」のように引用節で内容を説明することができる。そのため、この「内
-3-
容性」を基準として、必須補語として取り込めるかどうかの基準にすることは難し
いと考えられる。
3.名詞と動詞の組み合わせによる検討
3-1
名詞と動詞の選定
上記の例文(5)c、(6)b ともに動詞は「話す」である。これが同じ言語・表現
活動の動詞でも「語る」の場合は下記のように、
「~のこと」を用いなくても「につ
いて」で取り上げた対象の名詞はそのままヲ格の必須補語として、取り込める。
(7)母を語る。
(8)花井先生が漢詩を語った。
すなわち、
「について」で取り上げた対象を示す名詞句をヲ格の必須補語として取
り込めるかどうかは、その対象が具体名詞か抽象名詞か、または、内容性という特
性が強いか等の検討とともに、その結びつく動詞の検討も必要であると考えられる。
そこで、本稿では、まず対象となる名詞・名詞句・名詞節について、様々な例を挙
げて、どのような動詞の場合、
「~のことを」で補語として取り込めるのか、または、
ヲ格で取り込めるのかについて検討する。
検討した名詞・名詞句・名詞節は下記の通りであり、収集した用例(注 6)で使用さ
れているものを参考にした。
①
人: 田中さん、モーツアルト、母、自分、競争者、読者、人々
②
抽象名詞:人生、愛、夢、文化、音楽、ヒューマニズム、希望、妥当性、立法
の精神、風土、時間、世界
③
事柄:効果、答え方、問題点、事件、世界の終わり、この起訴、軍縮問題、行
方、病気の回復、病状、革命、その研究、大切な事柄、動機、変更した件、
習慣が存在するか、類が及ぶかどうか、新聞の誤報
④
具体名詞:日本、試験結果、世界遺産、漢詩、コーヒー、コンピュータ、漱石
⑤
行為:紹介、新規採用、選挙、スポーツ、現金に換えること
の作品、文豪の手紙、ラジオやテレビ、駐在地、蛋白質と脂肪、その写真
(主に「する」をつけて具体的な行為を示す動詞となる動作性名詞)
⑥
言語:ドイツ語、中間言語、言葉
上記の名詞・名詞句・名詞節と結びつけて検討する動詞としては、柏崎(2005)
の「ウチのテーマで使用されるガ格・ヲ格で結びつく動詞群」分類の中から、
各分類ごとの代表的なもので、しかも対象となる名詞・名詞句・名詞節とコロ
-4-
ケーション(注7)として共起しうる動詞例を以下のように選んだ。
①
言語・表現活動:話す、語る、書く、聞く(注8)
②
思考活動:考える
③
調査・研究・教育活動:調べる
④
認識活動:知る(「知っている」の形で検討する)
⑤
感情・感覚:感じる/心配する/憎む
(感情を示す動詞は、意味的に必ずしもすべての名詞・名詞句と共起するとは限
らないので、これらの 3 語の動詞の中で、コロケーションとして共起する動詞につ
いて、名詞に「~のことを」を付け加えて必須補語として取り込むのか、またはヲ
格でそのまま必須補語として取り込めるのかを検討した。)
なお、柏崎(2005)の動詞分類では、⑥として「関係性の表明」を挙げているが、
これらの動詞はかなり限定され、一層コロケーションとして共起しにくいので、今
回の検討からは除外することとした。
以下の検討では、
「について」は、すべての名詞・名詞句・名詞節に付くので、 「~
のこと/の件を」および「を」によって、必須補語として取り込めるかどうかを、
検討する。取り込める場合は○、取り込めない場合は×、補足が必要なもの△、
「に
ついて」とは意味的に変わって取り込むことになるものについては*を記す。
「知る」
は「知っている」で検証し、
「感じる他」は「感じる・心配する・憎む」のどれかと
結びついて取り込めるかどうかを考察したことを示す。
3-2「人」名詞と動詞の組み合わせ
佐藤(1989)
、塚本(1991)ともに、「人」名詞と「話す」が用例として挙げられ
ていたことから、まず「人」名詞について検討する。
のこと/の件+を
を
話
す
語
る
書
く
聞
く
考
え
る
調
べ
る
知
る
感じ 話
る他 す
語
る
書
く
聞
く
考
え
る
調
べ
る
知
る
感じ
る他
自分
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
△
×
○
○
○
○
競争者
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
*
*
○
母
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
△
*
○
○
モーツアルト
○
○
○
○
○
○
○
△
×
○
×
○
○
○
○
○
田中さん
○
○
○
○
○
○
○
○
×
△
×
×
△
*
*
○
読者
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
*
*
○
人々
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
○
-5-
基本的に、「人」名詞の場合には、「~のことを」で動詞と結びつけることができ
る。ただ、モーツアルトについては、歴史上の人物であることから、
「心配する」
「憎
む」という現在の感情の対象としてはコロケーションとして生起しないこと、また、
「感じる」の対象としては、
「~のことを」をとらず、むしろ「を感じる」のほうが
適切である。それは、モーツアルトが、個人名であると同時に、その作品・音楽を
も含めた総称になっているからであると言えよう。それは、「モーツアルトを聞く」
が可能であることからもわかる。
「人」をヲ格で必須補語として取り込めるかどうかを見ると、
「話す」
「書く」
「聞
く」などの言語・表現活動の動詞においては、「語る」を除いて取り込めない。
「語る」という動詞は、単なる情報の伝達としての機能だけでなく、対象を全体
的に捉えて、その内容について語り手の心情として話すという性質を持っており、
それが具体的な「人」名詞であっても、テーマ化して「語る」対象として直接ヲ格
で結びつけることが可能になっていると言える(注9)。
また、「調べる」「知っている」になると、ヲ格で必須補語として取り込むことは
できるが、
「について」でテーマとして取り上げた場合と、意味的には異なってくる。
「について」で取り上げた場合は、その「人」に関する様々な情報、取り巻く知識
を含めて、全体を「調べる」または「知っている」のであるが、ヲ格で結びついた
場合には、
「田中さん」
「競争者」
「読者」などは、その「人」そのものを「調べる」、
その「人」の存在を「知っている」ということになり、意味的には、
「テーマとして
取り上げる対象」から、「知る」「調べる」という動作の「直接的対象」に移ってい
ると言うことができる。
3-3
抽象名詞と動詞の組み合わせ
抽象名詞と動詞の組み合わせを検討する。妥当性(他)とあるのは、他に「風土・
夢・文化・命題」についても検討をしており、紙幅の都合上記載できなかったが、
「妥当性・立法の精神」と同じ結果を得ていることを示している。
のこと/の件+を
○
感じる他
○
知る
○
調べる
○
考える
○
聞く
○
書く
○
語る
○
話す
○
感じる他
○
知る
○
調べる
○
考える
○
聞く
○
書く
語る
話す
妥当性(他) ○
を
○
立法の精神
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
人生
○
○
○
○
○
○
○
○
△
○
△
×
○
△
○
○
愛
○
○
○
○
○
○
○
△
×
○
×
×
○
○
○
○
-6-
ヒューマニズム
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
○
音楽
○
○
○
○
○
○
○
△
×
○
×
*
○
○
○
○
世界
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
○
時間
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
*
*
*
*
*
希望
○
○
○
○
○
△
△
○
*
*
*
*
*
*
*
*
①
「妥当性・立法の精神・風土・夢・文化・命題」などの抽象名詞は、ヲ格で必
須補語として取り込むことができる。この部類に入るものとしては、他に「雰
囲気・経験・未来」などもある。
②
それに対し、「愛・ヒューマニズム・世界」などは、
「語る」を除いて、言語・
表現活動の動詞「話す・書く・聞く」のヲ格必須補語とするのは苦しい。この
部類に属するものは他に「死・幸福・孤独・恐怖・人間の意識」なども挙げら
れる。
①がどちらかと言えば、具体例を内包した抽象名詞であるのに対し、②は概念を
示す抽象性が高い名詞群と言える。すなわち、抽象名詞であれば「ヲ格で必須補語
として取り込める」という一般化はできず、むしろ概念的抽象性が高いと、
「話す・
書く・聞く」などの言語・表現活動動詞のヲ格必須補語とはなりにくいということ
が言える。
③
「人生」についての検討は次の通りである。
(9) a.
人生について話す。(一般論として人生というものについて話す。)
b.*人生を話す。
c.
彼の人生を話す。(話す内容が彼の人生)
「について」は、一般論のテーマとして「人生」を取り上げることができるが、
「を」格補語では取り込めず、cのように「具体的な人物の人生」であれば、話す
内容として示すことができる。すなわち、[一般論のテーマとして取り上げる意味]
から、[内容規定(注 10)]に移行するのである。
④ 「音楽」も同様、一般論のテーマとしての「音楽」が、
「聞く」動詞ではまさに
「聞く」内容としてヲ格補語となる。これも内容規定に移行している。
⑤
「時間」「希望」について
(10)a.
時間について話す。(一般論として時間というものについて話す。)
b*.時間を話す。
c.
時間を聞く。(=何時か聞く)
d.
時間を調べる。(=かかる時間/発着の時間を調べる。)
-7-
③④と同様、一般論のテーマとしての「時間」が、
「聞く・考える・調べる・知る・
心配する」の動詞では、具体的な経過時間や時刻という内容に移行している。
(11)a.
希望のことを話す/語る/書く/聞く/考える/心配する
b.?希望のことを調べる/知っている
c.
希望を話す/語る/書く/聞く/考える/調べる/知っている
「について」でテーマとして取り上げた場合、希望の内容も含めて、希望という
ことそのものが言語・表現活動、思考活動などの対象となり、
「~のことを」を用い
た(11)a においても同様である。しかし、「話す」
「語る」「書く」「聞く」[考える]
「調べる」「知っている」「感じる」などの動詞にヲ格補語として直接取り込むと、
希望の内容だけが対象となり、内容規定に移行する。
3-4
言語の名詞と動詞の組み合わせ
この内容規定への移行は、言語の名詞との組み合わせで考察するとより鮮明にな
る。ドイツ語は奥田(1983)の例である。
のこと/の件+を
を
話
す
語
る
書
く
聞
く
考
え
る
調
べ
る
知
る
感
じ
る
他
話
す
語
る
書
く
聞
く
考
え
る
調
べ
る
知
る
感
じ
る
他
ドイツ語
○
○
○
○
○
○
○
○
*
○
*
*
○
○
○
○
中間言語
○
○
○
○
○
○
○
○
*
○
*
*
○
○
○
○
言葉
○
○
○
○
○
○
○
○
*
○
*
*
○
○
○
○
(12)a.その言語研究者はドイツ語について/のことを話した/書いた/聞いた。
b.その学生はドイツ語を話した/書いた/聞いた。
(13)a.第二言語習得の研究者は中間言語について/のことを話した/書いた。
b.来日間もない留学生は中間言語を話した/書いた。
(12)a(13)a はいずれも、
「ドイツ語」
「中間言語」をテーマとして取り上げ、それ
に関連する事柄を話 したり 、書い たりす る活動 の対象としている。しかし、
(12)b(13)b は、
「ドイツ語」
「中間言語」が表現伝達のためのツールとして話されて
いる。すなわち、話すテーマとしての対象ではなく、話す具体的な内容に移行して
いるのである。
しかし、
「考える」「調べる」
「知っている」
「心配している」などの思考活動、調
-8-
査活動、認識活動、感情表出などの動詞においては、
「について」の場合と同様、各
活動のテーマとしての対象になっていると考えられる。
3-5
事柄の名詞と動詞の組み合わせ
事柄を示す名詞を検討する。
「効果(他)
」とあるのは、紙幅の都合上、
「軍縮問題・
心理作用・その研究・動機・生活」についても検討を行い、「効果」と同じ結果を得
ていることを示している。また、
「類が及ぶかどうか(他)」は「習慣が存在するか」
についても検討し同じ結果が出ていることを示す。
のこと/の件+を
話
す
語
る
書
く
聞
く
を
考
え
る
調
べ
る
知
る
感
じ
る
他
話
す
語
る
書
く
聞
く
考
え
る
調
べ
る
知
る
感
じ
る
他
○
効果(他)
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
病状
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
世界の終わり
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
○
○
病気の回復
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
革命
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
○
この起訴
○
○
○
○
○
○
○
○
×
×
×
×
○
○
*
○
行方
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
*
○
*
*
○
新聞の誤報
○
○
○
○
○
○
○
○
×
△
×
*
○
○
○
○
事件
△
△
△
△
△
△
△
△
○
○
○
○
○
○
○
○
変更した件
△
△
△
△
△
△
△
△
○
○
○
○
○
○
○
○
×
×
×
×
×
×
×
×
○
○
○
○
○
○
○
○
答え方
×
×
×
×
×
×
×
×
○
○
○
○
○
○
○
○
問題点
×
×
×
×
×
×
×
×
○
○
○
○
○
○
○
○
大切な事柄
×
×
×
×
×
×
×
×
○
○
○
○
○
○
○
○
類が及ぶか
どうか(他)
①
まず「類が及ぶかどうか」
「習慣が存在するか」は「について」では、テーマと
して取り上げることができた補足節であるが、
「~のことを/~の件を」では取
り上げることができない。これは助詞「の」の性質によるところもあると思わ
れるが、これらの補足節は直接ヲ格で受けて補語として取り込めるので、
「~の
ことを/~の件を」のような手順を必要としないとも言える。また、「答え方」
「問題点」
「大切な事柄」については、直接ヲ格で受けて補語として取り込める
ので、「~のことを/~の件を」を付加すると、逆に重複し、回りくどくなる。
「事件」「変更した件」については、当然のことながら「~の件を」は重複する
ので接続できないが、
「~のことを」を接続してテーマ化することは可能である。
-9-
②
「効果・心理作用・軍縮問題・病状・その研究・動機・生活」などの名詞は事
柄であるが、後述の動詞で示される言語・表現活動、思考活動、調査・研究・
教育活動、認識活動、感情・感覚の「内容を質的に特徴づける」(注 11)性質があ
る。これらの名詞は、
「のことを」でもヲ格でも、各動詞と組み合わせることが
できる。一方、
「世界の終わり・病気の回復・革命・この起訴」などの名詞・名
詞句は、質的な内容というより、一回性の生起する事柄を示していると言える。
事件性が強調され、内容を質的に特徴づけるものではない。これらの名詞句は、
「話す」「書く」「聞く」のヲ格補語として取り込むことができない。
③ 「行方」
「新聞の誤報」についても、基本的に②と同様のことが言える。さらに、
「行方を聞く/調べる/知っている」の場合、
「行方」は一般的な消息不明の問
題というテーマから、具体的な「行き先」に移行している。また、
「誤報を聞く」
も一般的な誤報問題ではなく、誤報のニュースそのものを聞くことになる。
3-6
具体名詞と動詞の組み合わせ
やはり具体名詞になると、ヲ格補語として取り込むことが難しいものが増える。
のこと/の件+を
を
話
す
語
る
書
く
聞
く
考
え
る
調
べ
る
知
る
感
じ
る
他
話
す
語
る
書
く
聞
く
考
え
る
調
べ
る
知
る
感
じ
る
他
試験結果
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
世界遺産
○
○
○
○
○
○
○
○
△
○
△
△
○
○
○
○
日本
○
○
○
○
○
○
○
○
△
○
△
×
○
○
○
○
漢詩
○
○
○
○
○
○
○
○
△
○
*
*
○
○
○
○
漱石の作品
○
○
○
○
○
○
○
○
△
○
×
*
○
○
○
○
ラジオやテレビ
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
*
○
*
○
○
駐在地
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
*
*
○
*
*
*
蛋白質と脂肪
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
△
○
○
○
○
その写真
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
○
文豪の手紙
○
○
○
○
○
○
○
○
×
△
×
×
○
○
○
○
コンピューター
○
○
○
○
○
○
○
○
×
△
×
×
○
○
○
○
コーヒー
○
○
○
○
○
○
○
○
×
△
×
×
×
△
○
○
①
「試験結果」はABCなど、評価の具体的な値を示す場合には、具体名詞にな
るが、試験の結果全体として述べる場合には、3-5 で扱った「内容を質的に特
徴付ける事柄」としての性質を持ち、それがどの分類の動詞ともヲ格で結び付
くことができる結果になっていると考えられる。
-10-
②
「蛋白質と脂肪・その写真・文豪の手紙・コンピューター・コーヒー」など非
常に具体性の高い名詞は、
「話す」
「書く」
「聞く」などの動詞ではヲ格で補語と
して取り込めない。ほとんどの名詞をテーマとして対象とすることができる「語
る」についても、微妙になってきている。
「コーヒー」に深い思い入れがあって、
そこに大きな価値を見出している場合には、何とか可能になるように思われる。
また、
「文豪の手紙」の場合、
「手紙」という具体的な名詞ではなく、
「文豪の書
簡」とやや抽象性を持たせると、
「語る」も可能になってくる。しかし、これら
の名詞においても、「考える」「調べる」「知っている」「感じる等」の動詞につ
いては、ヲ格でそのまま補語として取り込むことができる。
③
動詞「聞く」は、
「漢詩」「漱石の作品」「ラジオやテレビ」「駐在地」などの名
詞の場合、テーマとして取り上げる対象ではなく、直接「何を聞くか」という
「聞く」内容に移行している。また、
「ラジオやテレビ」については次のように
なる。
(14)a.ラジオやテレビについて調べる。
b.ラジオやテレビのことを調べる。
c.ラジオやテレビを調べる。
(14)a(14)b はラジオやテレビという情報の媒体のことをテーマとして調べるので
あるが、(14)c は具体的にその物体を分解したりして調べることである。ヲ格の場
合、直接的な「調べる」という動作の対象へと移行している。
「駐在地」は次のようになる。
(15)a 駐在地について{調べる/知っている/心配する}
b 駐在地のことを{調べる/知っている/心配する}
c 駐在地を{調べる/知っている/心配する}
(15)a(15)b は、駐在地の場所はある程度見通しが立っているか、確定してお
り、その場所に関する情報を調べたり、心配したりする。しかし、
(15)c では、駐
在地がどこになるかまだ未定の段階で、そのことを調べたり、心配したりしている。
このように、具体名詞の場合には、
「話す」
「書く」
「聞く」などの動詞ではヲ格
で補語として取り込めないほか、他の分類の名詞ではヲ格で補語として取り込めた
動詞「調べる」
「知っている」などにおいても、ヲ格で補語として取り込むと、意味
の変化が起こる場合があるということが言える。
3-7
行為の名詞と動詞の組み合わせ
最後に、塚本(1991)で言及されていた行為の名詞の場合を検討する。
-11-
のこと/の件+を
を
話
語
書
聞
考
調
知
感
話
語
書
聞
考
調
知
感
す
る
く
く
え
べ
る
じ
す
る
く
く
え
べ
る
じ
る
る
る
る
○
×
る
る
他
他
紹介
○
新規採用
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
○
選挙
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
○
スポーツ
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
×
○
○
○
○
現金に換えること
×
×
×
×
×
×
×
×
○
○
×
○
○
○
○
○
①
○
○
○
○
○
○
○
×
×
△
×
×
○
この分類に入る名詞としては、他に、
「起用」
「条約締結」「輸出」
「貿易」など
も挙げられる。
② 「現金に換えること」という名詞節は「こと」が付いていることから、
「のこと」
「の件」を接続することはできない。
③
3-2 「人」名詞、3-6「具体名詞」の場合と同様、「話す」「書く」
「聞く」の動
詞では、ヲ格で補語として取り込むことはできない。
4.まとめ
以上、
「について」でテーマとして取り出した名詞・名詞句・名詞節が、後述の動
詞のヲ格補語として取り込めるかどうかについて検討した。その結果、1)
「話す」
「書く」
「聞く」などの言語・表現活動(「語る」は除く)と、2)その他の思考活動
動詞「考える」、調査・研究・教育活動動詞「調べる」
、認識活動動詞「知る」、感情・
感覚を示す動詞「感じる/心配する/憎む」とでは、性質をことにしており、分け
て検討する必要があることがわかった。
4-1
①
言語・表現活動動詞「話す」
「書く」「聞く」
「人」名詞:基本的に「~のことを」を用いなければ、補語として取り込めな
い。ただし、「語る」はヲ格でむすびつけられる。また、
「聞く」は名詞によっ
て内容規定に移行する。
②
抽象名詞:
「愛・ヒューマニズム・世界・死・幸福」など概念を示す抽象性が高
い名詞はヲ格でむすびつけられない。
「妥当性・立法の精神」など具体例を内包
した名詞はヲ格で補語として取り込むことができる。
「時間・希望」などは具体
的な経過時間や希望内容に意味が移行する。
③
言語の名詞:ヲ格で補語として取り込めるが、その言語はテーマではなく、言
語・表現活動動作の内容規定になる。
-12-
④
事柄の名詞:
「世界の終わり・病気の回復・革命」などの一回性の生起する事柄
の場合、ヲ格でむすびつけられない。
「効果・心理作用・病状」など内容を質的
に特徴づける性質を持つ事柄名詞はヲ格で補語として取り込むことができる。
⑤
具体名詞:具体性の高い名詞はヲ格で補語として取り込むことができない。た
だし、
「聞く」は対象名詞が内容に移行してヲ格補語となる。
⑥
行為の名詞:基本的にヲ格で補語として取り込むことができない。
4-2「考える」、
「調べる」、「知る」
、「感じる/心配する/憎む」
①「人」名詞、②抽象名詞、③言語の名詞、④事柄の名詞、⑤具体名詞等、基本
的にヲ格補語として取り込むことができる。ただし、「調べる」
「知っている」の場
合、あるいは、名詞によっては、
「テーマ」としての対象から、その動作の直接的対
象という内容に移行する。また⑥行為の名詞は、ヲ格補語として取り込めないもの
もある。
注
1.「全体と側面」の関係については、まず佐藤(1989)において指摘され、さらに、
佐藤他(2001)で「について」と「を」の関係として言及されている。
2.奥田(1983)では、具体的な事物を示す名詞を具体名詞と名づけている。一方、
抽象的な内容を示す名詞は抽象名詞である。
3.奥田(1983:98)では、「知的なむすびつきをあらわす連語のなかに具体名詞を
もちいるときには、かならず「・・・のことを」という手つづきでその意味を抽象
化しなければならない。」とある。
4.
「何が問題かについて考える」
「行くかどうかについて尋ねる」など、
「何が問題
か」という疑問文、また「行くかどうか」という選択疑問文は補足節として「に
ついて」で取り上げることができる。
5.奥田(1983)は、連語とは動詞が核になっていて、それを、を格の名詞がかざっ
ているものとする。例えば、
「木を切る」という連語は、
「木」がかざり名詞で
「切る」がかざられ動詞である。
6.
『CD-ROM 版新潮文庫の 100 冊』
(1995)より 453 例取り出した。引用はこの収集
例による。
7.Collocation:語と語の慣習的な結びつき(姫野他 2004『日本語表現活用辞典』
pⅲ研究社)
8.奥田(1983)では、動詞「聞く」は「見る」とともに、「感性的なむすびつき」
と分類され、言語活動動詞の「通達のむすびつき」とは分類をことにしている
-13-
が、通達的結びつきでもあるとされている。p112 では、
「を格のかざり名詞が
内容を差し出す飾りを伴うときは、通達のむすびつきにちかづく」と述べる。
本稿では、柏崎(2005)の分類に基づいているので、言語・表現活動の動詞と
考え、「話す」「書く」との相違があるかどうかも考慮する。
9.奥田(1983)では、
「かたるのような、ふるくさい動詞は、妻をかたる、浅沼委員
長をかたるのように、具体名詞とも直接的にくみあわさるが、このような組み
合わせはふるいものであって、現在では表現=文体上の歴史主義をなしてい
る。」と述べる。
「古い組み合わせ」というよりは、
「語る」という動詞が、対象
をテーマ化して、直接取り込む性質を持っていると考えたい。
10.奥田(1983:134)で「心理的な活動をしめす動詞が、その心理的な活動の内容を
質的に特徴づける抽象名詞とを格のかたちでくみあわさると、かざり・かざら
れのむすびつきは対象的な性格をうしなって、内容規定的なむすびつきに移行
する。」と述べる。
11.奥田(1983:137)では、思考の内容規定を表す連語として、かざられ名詞は「考
える」、かざり名詞としては「策略、方針、方法、理由、わけ、意見、真偽、善
悪、当否など、思考活動の内容を質的に特徴づけるもの」と記されている。
参考文献
奥田靖雄(1983)『日本語文法・連語論(資料編)』むぎ書房
金仙姫(1990)
「現代日本語における「について」
「に関して」
「に対して」の用法上
の差異について
アンケート調査を中心に」『国語学研究』30
グル-プジャマシイ(1998)『日本語文型辞典』くろしお出版
江田すみれ(1987)「「名詞+のこと」の意味と用法について「について」とのかわ
り」『日本語教育』62
佐藤尚子(1989)「現代日本語の後置詞の機能:『について』と『に対して』を例に
して」『横国大国語研究』7
佐藤尚子他(2001)
「社会教科書における後置詞について」千葉大留学生センター紀
要7
塚本秀樹(1991)「日本語における複合格助詞について」『日本語学』10-3
蔦原伊都子(1984)
「複合辞\について」
『文法‐文法上の諸問題(現代語法)特集・
複合辞』日本語学 3-10
寺村秀夫(1993)『寺村秀夫論文集Ⅰ-日本語文法編-』くろしお出版
森田・松木 (1989)『日本語表現文型-用例中心・複合辞の意味と用法』アルク
-14-
The Compound Particle nitsuite and The Particle o
KASHIWAZAKI, Masayo
The compound particle nitsuite is used to present as themes objects of
linguistic/expressive activities, thinking activities, cognitive activities, and
investigation/research/education activities, as well as targets toward which
emotions are expressed.
This article examines whether nouns and noun phrases presented as themes
by nitsuite can appear as o-marked complements of the aforementioned verbs.
The results are as follows:
1. Linguistic/expressive activities such as hanasu (“to talk”), kaku (“to
write”) and kiku (“to listen”) (with the exception of kataru (“to state”)
When nouns or noun phrases denote humans, concrete objects, activities
and
abstract
concepts,
they
cannot
appear
as
complements
of
the
linguistic/expressive verbs in the form of N(P) -o. They must take the form of
N(P)-nokoto-o.
2.Thinking activities, cognitive activities, investigation/research/education
activities, and emotional activities:
All nouns and noun phrases can in principle appear as complements of the
aforementioned verbs in the form of N(P) -o.
-207-
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