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和歌山電鐵貴志川線
和歌山電鐵貴志川線 ■はじめに 和歌山駅の 9 番ホームから隣町の紀の川市貴志川町へと延びる和歌山電鐵貴 志川線。たった 14.3km の短い路線ですが、終点の貴志駅には三毛猫の駅長がい ます。その名はたま。勿論、人間の駅長さんのような仕事はできませんが、彼女 には特別な任務が与えられています。その任務は「招き猫」。実際に彼女は国内の みならず、アジアからもたくさんの観光客を呼び込んでいます。しかし、この路 線、わずか 9 年前には廃線の危機に陥っていました。今でも赤字ではありますが、 9 年前と比べれば赤字額は大幅に減少しました。ここでは、今まで観光目的で利 用されてこなかった地方民鉄の赤字路線がどうして観光路線として取り上げら れるようになったのか、という点について迫って参りたいと思います。 ※尚、本文中の画像は、特記がないものは全て筆者撮影です。 ■和歌山電鐵設立の経緯 貴志川線は山東軽便鉄道によって 1916 年に開業、その後路線延伸や経営会社 の交代を経て、南海電気鉄道(略称:南海)の一路線となりました(和歌山市駅を終 点とする南海本線とは接続していません)。最盛期には年間 361 万人(1974 年度) もの利用客がいましたが、モータリゼーションの進行、少子高齢化による通学利 用者の減少などにより、1995 年度には年間 8 億円の営業赤字となってしまいま す。この後、コストカットにより赤字額は減少しましたが、21 世紀に入ると南 海の他の路線であげた利益で貴志川線の赤字を補填するのも限界に近付き、 2003 年 10 月に南海は貴志川線の廃止を検討する意向であることを沿線自治体 へ通達しました。これに対し、沿線自治体(和歌山市・貴志川町)の首長は南海に 対して営業継続を要請。NHK がニュースで取り上げて廃止検討の話が公となっ たこの日、県も含めた沿線自治体などにより『南海貴志川線対策協議会』が設立 されます。この協議会には沿線の学校も参加し、2004 年 2 月から 3 月にかけて 路線存続を求める署名活動を展開し、25 万人以上の署名が集まりました。5 月 には国や沿線自治体と南海による存続協議も行われましたが、8 月に南海側は貴 志川線廃止の意向を示し、9 月には正式に廃止届を提出しました。 しかし、沿線住民・自治体はまだ諦めませんでした。市民団体は駅の清掃活動 を始め、自治体も貴志川線の新たな事業者の公募を始めます。公募には 9 社が応 じましたが、鉄軌道事業者は岡山電気軌道のみでしたので、岡山電気軌道が出資 する和歌山電鐵が設立され、貴志川線を引き継ぐことになりました。 ■路線概要 和歌山電鐵公式 HP より引用 http://www.wakayama-dentetsu.co.jp/route.html 和歌山-山東間が和歌山市、大池遊園-貴志間が紀の川市貴志川町になります。 ■在籍車両 全て 2 両編成。元・南海電鉄 2270 系電車。2 扉。 ❏いちご電車 同社のシンボル的存在として、2006 年 8 月 6 日に デビューしました。今でこそ地方にはたくさんの観光 列車が存在していますが、当時はまだ珍しい存在であ り、登場時には話題になりました。外装は白のボディ にドアなど随所に赤が配色されています。内装は座席、 吊皮などにナラの木を使用しています。座席にあるい ちご柄の座布団はとてもかわいいです。リニューアル 費用はサポーターによる寄付金で賄われました。 ❏おもちゃ電車 いちご電車に続く観光列車第 2 弾として、2007 年 7 月 29 日にデビュー。沿線 にゆかりのある方が社長を務めてらっしゃるおもちゃ会社からの提案により実 現しました。当初は『ガンダム電車』の予定でしたが、いちご電車の弟としては 『おもちゃ電車』の方がふさわしいのではないか、ということで誕生しました。 真っ赤なボディには随所にロゴが配置されています。車内にはおもちゃが展示さ れた棚があるほか、実際に遊べるガチャガチャも設置されています。 ❏たま電車 2009 年 3 月 21 日に、たま駅長の人気を 受けて登場した車両です。車体には様々な たま駅長のイラストが描かれています。そ の数なんと 101 匹!!内装もたま尽くしで、 ネコの形のライトカバーや三毛猫カラー の座布団はとてもかわいいです。更には車 内放送にまで、たまの鳴き声が入ります。 こちらはいちご電車同様、サポーターの寄付金によって改造されました。たま駅 長自身もお小遣いから 1 万円を寄付したそうです。昨年 12 月には再び改造を受 け、車両前方の屋根にネコ耳を設置し、車両前方の屋根に取り付けられている冷 房装置を駅長帽風に塗り替えました。余談ですが、親会社の岡山電気軌道にもほ ぼ同様の装飾がされたたま電車が走行しており、車内には和歌山応援館という看 板が掲げられ、遠く離れた岡山の地で和歌山県の PR が行われています。 ❏きいちゃん電車(ラッピング車) 来秋開催される紀の国わかやま国体の PR 列車。車体 には同国体の公式マスコットキャラクター・きいちゃ んが描かれており、車内には国体のパンフレットも置 かれています。 ※このほか、南海カラーの列車も 2 編成在籍していま す。 ■貴志川線を支える人々・ネコ達 昨年の『たま駅長就任 6 周年記念式典』にて。左の方が小嶋社長。抱いてらっしゃ るのはたま駅長。右の方は社員さん。抱いてらっしゃるのはニタマ駅長。社長と社 員が手に持ってらっしゃるのは駅長たちにご褒美として与えられた鰹節。 ❏小嶋光信社長 親会社の岡山電気軌道社長や両備グループ代表も務めてらっしゃいます。今ま でも各地で地方公共交通の再生に取り組んでこられましたが、今年 4 月には全国 の地方公共交通の事業者に今まで培ってこられたノウハウを提供していく『一般 財団法人 地域公共交通総合研究所』を設立されました。 ❏社員さん 人件費削減のため、朝夕のラッシュ時は『乗務』 、昼間は『常務』をされてい る方もいらっしゃいます。ちなみに、彼らは形式的にはたま駅長の部下です。 ❏たま駅長(写真は着ぐるみバージョン) 和歌山電鐵の救世主的存在となった三毛猫。ネコ の駅長としてその名はすでに全国区になっていま す。元々、貴志駅に隣接する売店の飼い猫でしたが、 貴志川線が和歌山電鐵に移行した際、土地の所有者 を調査した結果、たまの小屋が市有地に設けられて いたことが判明し、撤去せざるを得なくなりました。 困った飼い主は新たなたまの住処を貴志駅にでき ないか、小嶋社長に直接打診した結果、無人の貴志 駅で「駅長」業務をこなすことを条件に、貴志駅に住 むことが認められました。こうして、2007 年 1 月 5 日にたま駅長は正式に駅長に就任します。その後の人気、活躍は皆さんの知って のとおりです。たくさんの国内メディアに取り上げられたほか、フランスの映画 にも出演を果たしました。和歌山県にたくさんの観光客を招いた実績が認められ、 県から『勲功爵』 『大明神』といった名称を授けられ、社内でも『ウルトラ駅長』 『社長代理』まで出世しました。これらの役職等は毎年 1 月 5 日に貴志駅で行わ れる『たま駅長就任 N 周年記念式典』で授けられるのですが、活躍が凄すぎて、 もう昇進も限界に近付きつつあります。 そんなたま駅長も、近年は高齢のため、火曜から金曜の週 4 日出勤にとどまっ ていますが、これからも長生きして、客を招き続けてほしいです。 ❏ニタマ駅長 伊太祁曽駅長兼貴志駅長代理。高齢のたま駅長の後継者的存在として、2012 年のたま駅長就任 5 周年記念式典でデビュー後、たま駅長と同様に「招き猫」とし て駅長業務をこなしています。今年のたま駅長就任 7 周年記念式典では、スーパ ー駅長に出世しました。 ❏水戸岡鋭治氏 ドーンデザイン研究所代表。両備グループデザイン顧問として、いちご電車等 への改造や貴志駅リニューアル工事のデザインを手掛けられました。他にも JR 九州を始め全国各地で観光列車をはじめとした鉄道デザインを手掛けられてお り、今日の観光列車ブームを語るには欠かせない人物です。 ❏南海電気鉄道 元運営会社なのになぜ?と思われる方も多いでしょうが、貴志川線引き継ぎ時 には無償で車両・施設を譲渡したほか、運転士教育にも携わっていました。今で も大規模な車両点検は南海の工場で行っています。以前の事業者が路線を手放し た後も協力するのは珍しいことだそうです。 ❏貴志川線の未来を“つくる”会 貴志川線廃止騒動時に立ち上げられた市民団体の一つです。「乗って残そう貴 志川線」をスローガンに活動しており、廃止騒動時には 6,000 人もの会員を誇っ ていました。今は 3 分の 1 程度まで減少したものの、それでも異例の多さと言え ます。今でも、貴志川線の永続のために、広報紙の発行や駅の清掃活動などを行 っています。今日の貴志川線があるのは、この会をはじめとした市民団体の協力 があってこそです。 ■沿線の観光資源 ❏貴志駅 『たま駅長ミュージアム』 元々、老朽化が激しかった貴志駅舎ですが、たま駅長の人気もあって、建て替 えられることになりました。和歌山県は『木の国』ということで、屋根には檜皮 葺が用いられました。檜皮葺は高野山金剛峯寺などで用いられている技法で、貴 志駅舎の建設に当たっては金剛峯寺御用達の職人さんが手掛けられました。本来 ならかなりの金額がかかりますが、デザイン担当の水戸岡氏の熱意に押された職 人さんが通常の半値以下で請け負ったそうです。この他にも駅舎にはステンドグ ラスや煉瓦なども用いられていますが、いずれも破格の金額で請け負ってもらう ことができ、コスト削減につながりました。こちらの駅舎の建設にもたま電車等 と同様にサポーター制度が採られました。新しい駅舎には和歌山電鐵グッズも販 売する売店のほか、『たまカフェ』というカフェも入居し、観光客に好評を博し ています。ホーム上にも面白い施設があります。それは 3 つの小さな神社―猫神 社、いちご神社、おもちゃ神社です。いずれも和歌山電鐵が誇る観光列車に関連 しています。 ❏伊太祁曽駅検査場をはじめとする国指定登録有形文化財 今年 7 月、開業以来使用されてきた伊太祁曽駅検査場、同駅プラットホーム、 上屋、西第二橋梁、大池第一・第二橋梁が国指定登録有形文化財となりました。 現時点ではまだ観光資源として活用されていませんが、将来的には施設の見学を 可能にするとのことです。 ❏三社参り 日前宮・竃山神社・伊太祁曽神社を参る旅です。元々、貴志川線が建設された のは三社参りの為でした。日前宮とは、創建 2600 年余の日前(ひのさき)神宮と 國懸(くにかかす)神宮の総称で、この 2 社は同じ境内に存在しており、両者を合 わせて紀伊国一宮として人々に親しまれています。竃山神社は神武天皇の兄・彦 五瀬命(ひこいつせのみこと)が、伊太祁曽神社は日本に木を植えた神様とされる 五十猛命(いたけるのみこと)を祀っています。いずれも格式の高い神社で、毎年 正月には初詣の為、多くの人で賑わいます。 ■観光客誘致に向けた取り組みや対応等 ❏1 日乗車券の発売 和歌山-貴志間の往復料金 740 円(小人は半額)より安い、720 円(同)で販売して います。利用日の日付を削って利用する方式です。 ❏ホームページを日本語のほか 3 ヶ国語に対応 海外、特に台湾や香港などアジアからいらっしゃる観光客が増加しているのに 合わせて、ホームページは日本語のほか英語、中国語(繁体字・簡体字)に対応し ています。駅にある注意書き等も中国語に対応しているものがあります。 ❏和歌山デスティネーションキャンペーン(DC)の開催 今月 14 日から 12 月 13 日まで開催されています。和歌山電鐵ではなく、JR が主催するキャンペーンですが、和歌山電鉄もモデルコースに組み込まれていま す。大河ドラマの次に集客効果があるといわれている DC ですので、多くの観光 客を見込めます。 ■観光客増加による効果 旅客輸送量は上のグラフのとおりです。和歌山電鐵に移行した 2006 年度以降 は 210 万人台を維持していますが、目標の 250 万人にはまだまだ足りません。 経済効果については、2008 年に関西大学の宮本教授がたま駅長による経済効 果を約 11 億円と試算していますので、現在はさらに経済効果をあげています。 グッズ収入はたま駅長関連のキーホルダーやお守りの売り上げが好調で 1 億 900 万円にのぼります。赤字額も約 8,000 万円まで減少しました。 ■最後に 和歌山電鐵は現在、沿線自治体の補助を受けて運営されていますが、その補助 金はとりあえず 2015 年度までで、以降の支援は決まっていません。地方公共交 通再生の成功事例として取り上げられることも多い和歌山電鐵ですが、赤字運営 が続いており、永続に向けてはさらなる取り組みが求められます。和歌山電鐵は たま駅長などをきっかけに「知って、乗って、住んでもらう」戦略により、「日本 一心豊かなローカル線」になって永続することを目指しています。 私の両親が和歌山県出身なので、毎年正月とたま駅長就任 N 周年記念式典が ある 1 月 5 日には乗りに行くことが多いのですが、それ以外の時期に乗ったこと がなく、今回の取材で初めて和歌山電鐵の普段の様子を知ることができました。 アジアからの観光客もいらっしゃいました。政府の観光立国戦略により、今後も 海外からの観光客は増加するでしょう。貴志川線にとってはチャンスだと思いま す。貴志川線の永続を願います。 8 ページという限られたページ数でしたので、書きたいことも書ききれず、皆 様にわかっていただけたかどうかは分かりませんが、もし貴志川線に興味をもた れた方がいらっしゃれば幸いです。最後までお読み頂きありがとうございました。 ■参考資料 【書籍】 ・日本一のローカル線をつくる たま駅長に学ぶ公共交通再生 (著/小嶋光信 学芸出版社) ・幸福な食堂車 九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の「気」と「志」 (著/一志治夫 プレジデント社) ・日本鉄道旅行地図帳 第 8 巻関西 1(新潮社) ・和歌山電鐵さんにて頂いた貴重な資料・お話 【Web サイト】 ・和歌山電鐵 貴志川線 http://www.wakayama-dentetsu.co.jp/