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これだけは知っておきたい リスク要因と予防要因

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これだけは知っておきたい リスク要因と予防要因
Special Features 2
シリーズ
がんから身をまもる
最終回
乳がん
これだけは知っておきたい
リスク要因と予防要因
構成◉藤原ゆみ composition by Yumi Fujiwara
国立がん研究センターがん予防・検診研究センター
疫学研究部部長
岩崎 基
乳がんのリスク要因は女性ホルモンや肥満、
遺伝子などいくつか知られている。
そのうち、
女性ホルモンや
遺伝子などは自分でコントロールすることが難しいが、
たとえば肥満にならないような生活を送ることは
できる。
ライフスタイルによって乳がんのリスクを低減させることは十分可能なのだ。
乳がんのリスク要因については、罹患率が高い欧米
を中心に多くの疫学研究が行われてきました。その結
深く関与する女性ホルモン
果、いくつかの乳がんのリスク要因が明らかになって
エストロゲンは初経を迎えるころから分泌量が増え
います。中でも重要な因子は、女性ホルモンの一種で
始め、卵巣機能が低下する閉経後では減少していきま
あるエストロゲンです。複数の研究において、血液中
す。そのため、エストロゲンに曝露する期間が長い、
のエストロゲンレベルが高い人は乳がんのリスクが高
つまり初経年齢の早い人や閉経年齢が遅い人はリスク
いということが確認されています。
が高いとされています。また、更年期障害の治療など
エストロゲンは、主に卵巣から分泌されるホルモン
でエストロゲンとプロゲステロンを投与するホルモン
で卵胞ホルモンともいい、プロゲステロン(黄体ホル
補充療法を受けた人、同じく両ホルモンが含まれてい
モン)とともに女性の体の発達、生殖機能の維持など
る経口避妊薬を服用している人もリスクが高いことが
の役割を果たす重要なホルモンです。では、なぜこの
確認されています。
ホルモンが乳がんの発生にかかわっているのでしょう
他にもリスクが高いとされているのは、出産歴がな
か。そもそもがんは、なんらかの原因により細胞が異
い、初産年齢が遅い、授乳歴がない人です。逆をいえ
常に増殖していくことで発生に至ります。エストロゲ
ば、第一子を産むのが早く、多くの子供を産んで長く
ンには細胞の増殖作用があるため、がんの発生に関与
授乳している女性は、乳がんのリスクが低いというわ
していると考えられています。
けです。女性ホルモンの濃度は妊娠、出産に伴って変
化すること、乳腺の細胞は妊娠、出産、授乳を経て変
化することが知られており、それらの変化が乳がんの
岩崎 基
(いわさき・もとき)
医学博士。1998 年群馬大学医学部
卒業、2002 年同大学大学院医学研
究科博士課程社会医学系公衆衛生学
専攻修了、同年国立がんセンター研
究所支所臨床疫学研究部リサーチレ
ジデント、04年国立がん研究センタ
ーがん予防・検診研究センター予防
研究部研究員、06 年同センター予防
研究部ゲノム予防研究室室長、10年
独立行政法人国立がん研究センター
がん予防・検診研究センター予防研
究部ゲノム予防研究室室長、13年よ
り現職。研究分野:がん疫学・予防。
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リスク低下に関与しているのではないかと考えられて
います。
女性ホルモンに関するリスク以外では、一親等(両
親・子供)の乳がん家族歴があります。これは、近年
話題になっている遺伝性の乳がんを示しているだけで
はありません。遺伝性乳がんは乳がん全体の 5 ∼ 10%
程度と考えられていますが、家族ではライフスタイル
や体質が似ていることが、がんのリスクにかかわって
いるといえます。
その他、良性乳腺疾患、マンモグラフィ検査の高密
度所見
(乳腺の密度が高い)
、電離放射線の曝露は、乳
■乳がんのリスク要因
内因性・外因性ホルモン
エストロゲンレベルの高値
経口避妊薬の使用
ホルモン補充療法の受療
生理・生殖要因
初経年齢が早い
閉経年齢が遅い
出産歴がない
授乳歴がない
初産年齢が遅い
体格
肥満(閉経後)
身長が高い
食物・栄養・身体活動
飲酒
身体活動度が低い
その他
一親等の乳がんの家族歴
良性乳腺疾患
マンモグラフィの高密度所見
電離放射線曝露
がんの確実なリスク要因とされています。
これまで説明してきたリスクは、自分でコントロー
ルすることが難しいものばかりです。しかし、私たち
がコントロール可能な生活習慣に関するリスク要因も
あります。このリスク要因をまとめたレポートに、世
界がん研究基金・米国がん研究協会が 2007 年に提示
した「食物・栄養・身体活動とがん予防」 があります。
これは、それまでの疫学研究結果などの科学的根拠を
もとに、がんのリスク要因、もしくは予防要因とがん
との関連性を
「確実」
「ほぼ確実」
「限定的 - 示唆的」
「限
女性ホルモン、特にエストロゲンは乳がんの重要なリスク因子だとさ
れている。
定的 - 判定不能」
のレベルに分けて示しています。
このレポートで、リスク要因として
「確実」
「ほぼ確
実」
とされたのは、飲酒、高身長、閉経後の肥満でした。
日本人に適した予防法
中でも閉経後の肥満は、前述したエストロゲンにも関
一方、予防要因では「確実」
「ほぼ確実」として、身
係している重要な要因です。というのも、閉経して卵
体活動、閉経前の肥満が示されました。身体活動は、
巣機能が失われた後は、脂肪細胞がエストロゲンの主
リスクとなる肥満の防止にかかわるためにリスクを低
な供給源となるため、肥満者ではエストロゲンレベル
下させると説明できますが、閉経前の肥満はなかなか
が高くなるのです。また、乳がんに限らずがんの発生
説明が難しいところです。一説に、閉経前の肥満者の
には、脂肪細胞から分泌されるアディポカインによる
多くに肥満に伴う無排卵性月経などの月経異常があり、
慢性炎症状態やインスリン抵抗性がかかわっていると
相対的なホルモン曝露の低下があるためだといわれて
考えられています。
います。
アルコール飲料はその代謝過程で発生するアセトア
しかし、これらは欧米人中心のデータをもとにした
ルデヒドや活性酸素が DNA 損傷を引き起こすと考え
結果であって、日本人にそのままあてはまるのかとい
られています。加えて乳がんでは、エストロゲンの曝
うと疑問が残ります。欧米人と日本人では体格や生活
露が高まる可能性が示唆されています。高身長につい
習慣が異なるからです。
ては、身長が高ければ高いほどリスクが増加するとい
そこでがんの要因を探るための研究を行うとともに、
う研究結果もあり、小児期・思春期の栄養やホルモン
私たちの研究も含め、日本人を対象とした疫学研究の
の状態が乳がんのリスクと関係しているのではないか
結果を系統的に集めて改めて評価することによって、
と推察できます。
日本人のためのがん予防法を提案しています。なお、
なお、多くの臓器においてがんのリスク要因である
評価は関連性の強さから「確実」
「ほぼ確実」
「可能性
喫煙については、レポートが提示された当初、乳がん
あり」
「データ不十分」と 4 つに分けています。現時点
のリスク要因とはされていませんでした。しかし、そ
で発表されている、日本人における生活習慣要因の乳
の後の研究で長期間あるいは 1 日あたりの喫煙本数と
がんの関連性の評価は、確実なリスク要因として「閉
喫煙年数で評価した累積曝露量が多い喫煙者でリスク
経後の肥満」
、
可能性ありとして
「閉経前の肥満」
「喫煙」
、
増加が示されたことなどから、更新時に「限定的 - 示
データ不十分として「受動喫煙」
「飲酒」などを提示し
唆的」へ格上げされ、リスク要因としての確実性が高
ています。
まってきています。
肥満については、日本人のコホート研究(特定の集
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欧米人、日本人においても、閉経後の肥満は重要なリスク要因。
も一定の評価が得られて
■日本人における生活習慣要因と乳がんの関連の評価
「科学的根拠に基づく発がん性・がん予防効果の評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」
http://epi.ncc.go.jp/cgi-bin/cms/public/index.cgi/nccepi/can_prev/outcome/index をもとに作成
確実
ほぼ確実
可能性あり
リスク要因
予防要因
肥満(閉経後)
なし
リスク要因・予防要因とも現時点ではなし
喫煙、
肥満(閉経前)
運動、
授乳、
大豆、
イソフラボン
いないため、データ不十
分としています。
飲酒は世界的には確実
なリスクとなっているも
のの、日本のコホート研
究は対象者に飲酒習慣の
ある女性が少なく、また
研究数も少なく、一致し
データ
不十分
受動喫煙、
飲酒、
野菜、
果物、
肉、魚、
穀類、
牛乳・乳製品、
緑茶、
葉酸、
ビタミン、
カロテノイド、
脂質
た結果が得られていない
ことからデータ不十分と
しています。
団を対象に長期間にわたり健康状態などを調査する研
究)を集めて解析を行った結果が根拠の一つになって
大豆やイソフラボンは予防効果の可能性あり
います。この解析結果では、閉経前、閉経後ともに
予防要因では、確実、ほぼ確実なものはありません
BMI(体格の指標、30 以上で肥満とされる)が上がる
が、可能性ありとして「運動」
「授乳」
「大豆、イソフ
ごとにリスクが増加していました。閉経後の肥満は、
ラボン」を挙げています。運動は世界的なエビデンス
先の国際的なレポートと同じく日本人でも確実なリス
でもリスクが下がるとされていますが、私たちのコ
ク要因だといえます。しかし、閉経前の肥満に関して
ホート研究では、身体活動量(日常的な活動、余暇時
は、逆の結果となりました。とはいえ、このデータは
の運動を含む)が多い人は全がんのリスクは下がるも
18 万人の日本人女性から発生した約 1800 人の乳がん
のの、乳がんに絞ると関連がみられませんでした。た
のケースから成り、その対象数の多さから、国際的な
だし、私たちの症例対照研究(がん患者と健康な人で
評価とは逆であってもリスクが上がる
「可能性あり」
と
過去の習慣を比較する)では、余暇時の運動頻度が高
評価しました。こうした違いが生じた理由については、
い人は閉経前後ともリスクが低い傾向がみられました。
欧米では過度の肥満者が多いために予防的な効果がみ
特に、ホルモン受容体が陽性の乳がん(ホルモンの関
えたものの、日本では少ないという分布の差によるも
係が強いとされている)では、リスク低下の傾向がよ
のかもしれません。
り強く表れていました。つまり、運動によって体重を
喫煙は、私たちのコホート研究において閉経前後の
女性を対象に
「非喫煙」
「非喫煙だが受動喫煙あり」
「喫
煙・過去に喫煙」という群に分けて調べたところ、閉
適切に管理し、肥満を避けることによりリスクが低下
すると推測できます。
他に注目したい予防要因は、
「大豆、イソフラボン」
経前の女性で非喫煙群に比べて受動喫煙群では 2.6 倍、
です。大豆および大豆食品は日本、アジアで多く食べ
喫煙群では 3.9 倍のリスクとなり、閉経後では有意差
られていますが、欧米ではほとんど食べられていない
はみられませんでした。この結果をみる限り、閉経前
ことから、罹患率がアジアで低く、欧米で高い乳がん
の女性の喫煙はかなりのリスクですが、対象者数が少
に関係しているのではないかという仮説があります。
ないため、積極的に評価することは難しいと考えます。
また、大豆や大豆食品は、植物性エストロゲンといわ
ただ前述したように、喫煙は世界的にも乳がんのリス
れ、エストロゲンに似た構造をもつイソフラボンを多
ク要因であるという可能性が示唆されていること、さ
く含有しています。イソフラボンは、エストロゲン受
らに日本人を対象にした他の疫学研究でもリスク増加
容体に結合し、エストロゲンの作用を抑制することが
を示した研究が複数あることから、日本でも可能性あ
動物実験で証明されています。この抗エストロゲン作
りと判断しています。受動喫煙については、世界的に
用が乳がんのリスクを低下させるのではないかと考え
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Special Features 2
シリーズ
られているのです。
実際にアジア人を対象とした疫学研究をまとめた解
析では、イソフラボンが予防的に働く可能性が示唆さ
れています。私たちのコホート研究でも、味 汁を 1
日 1 杯以下飲む群に比べて、3 杯以上飲む群ではリス
クが 0.6 倍低下するという結果が出ています。また、
イソフラボンの摂取量をみると、摂取量が一番多い群
では一番少ない群に比べて半分以上リスクが下がって
がんから身をまもる
最終回 乳がん
がん予防の実践は、科学的なエビデンスの評価に基づいた予防法を取
り入れることが大切。
■乳がん予防法
※①∼④は、がん予防全般に共通。
①タバコは吸わない。他人のタバコの煙を避ける。
②アルコール摂取を控える。
③適正な体型(BMI21~25)を維持する。
④身体活動量を増やす。
⑤大豆・イソフラボン摂取。
いました。血液中のゲニステイン(イソフラボンの主
高インスリン血症の作用が考えられています。高イン
要な物質)を測定した研究でも、高い濃度の群で低い
スリン血症では、インスリンおよびインスリン様増殖
群に比べリスクが下がるという結果が出ました。
因子が、細胞の増殖を促すため、がんのリスクが上が
さらに、集団としての摂取量に差のある対象者間で
るとされています。
比較するために、日本人、日系ブラジル人、ブラジル
糖尿病がリスク要因だとされているがんには、すい
人を対象にした研究も行っています。こうした比較に
臓がん、肝臓がん、子宮体がん、大腸がんがあります。
よって、量とリスクの関係をみることができるからで
中でもすい臓がん、子宮体がん、大腸がんは、肥満が
す。食品に関しては摂取し過ぎることで、予防的な要
関連するがんです。糖尿病の重要なリスク要因は肥満
因が逆にリスク要因に転じることもあり、こうした研
であり、前述したように脂肪細胞から産生されるア
究は非常に大切なのです。この研究では、摂取量の多
ディポカインはインスリン抵抗性を引き起こすといわ
い日本人と、ほとんど摂取しないブラジル人、その中
れています。同じく肥満が関係する乳がんでも糖尿病
間くらいの日系人を比べた結果、イソフラボンをある
との関連性がありそうに思えます。
程度摂取することによりリスクは下がるものの、食べ
しかしながら、国際的な疫学研究を統合した結果で
れば食べるほどリスクを下げるわけではないことがわ
は糖尿病患者の乳がんのリスクが約 1.2 倍増加するも
かりました。およそ 1 日 20 ∼ 30㎎(豆腐の場合、50
のの、日本人のコホート研究を集めて解析した結果で
∼ 75g 程度だが、異説あり)の摂取量が適量だと推測
は関連性は示されませんでした。ただし、日本人の研
しています。なお、この結果は食事からイソフラボン
究では糖尿病の患者数が少なく、まだ安定したデータ
を摂取した場合で、サプリメントの摂取は検討してい
とはいえません。今後、新たな研究データが蓄積され
ません。
ていけば、結果が変わる可能性はあります。
食品に関しては、大豆、イソフラボン以外の予防要
現在、乳がんの発生に関連する遺伝素因を明らかに
因はみつかっていません。またリスク要因とされる食
するために全ゲノム関連解析という手法を用いた研究
品についても、例えば脂肪食などの仮説はあるものの、
が盛んに進められています。この研究により、乳がん
一定の結果が得られていないのが現状です。乳がんは
患者とそうでない人においては、遺伝子のタイプにわ
30 代、40 代という若い年代から発生することを考え
ずかな違いがあることが判明し、違いがある箇所も
ると、成人期ではなくて、小児期・思春期の食事が関
70 個ほど見つかっています。ただし、これらがどん
連しているのではないかと推察できます。
なふうにがんの発生にかかわっているのか、どう予防
注目される糖尿病との関連
に結びつくのかはこれからの課題です。
乳がんを予防するためには、まだ科学的根拠がはっ
最近では、糖尿病とがんとの関連性が注目され、糖
きりしないことを実践するより、今わかっていること
尿病の既往でリスクが増加するがんについていくつか
を確実に実践することが大切です。乳がんのリスク要
報告されています。リスク増加のメカニズムとしては、
因と予防要因をもとに、実践可能な予防法を表にまと
高血糖による酸化ストレス、インスリン抵抗性による
めましたので、ぜひ取り組んでみてください。
(図版提供:岩崎 基)
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